2018年5月15日 (火)

恵比須軕の歴史と伝説(2/4)

「御頭渡し」の儀

 恵比須軕の恵比須大神の人形の御頭を渡す儀式「御頭渡し」は、大垣まつりの締めくくりの儀式である。本楽の夜、各町の軕が曳き分かれた後、その年の担当町から次の年の担当町へと、御頭を渡す儀式「御頭渡し」が古来と同じ手順で、今も伝統行事として執り行われる。御頭は担当地区の代表の家で保管される。最近では、担当役員の家の事情もあり、その御頭は耐火金庫に納められて大切に保管される例もある。毎月、1日と15日は、保管地区の神社か集会場に御頭を飾って神事が行われる。

 御頭の保管は船町、伝馬町、岐阜町、宮町の4町内が一年交代で担当している。今年2018年は、宮町が「御頭」保管の担当である。そのため、宮町は2つの山車の受け持ち、大変である。宮町ではこの6月1日から毎月神事が集会場で行われる。

 

今年の「御頭渡しの儀」

 2018年5月13日、午後6時から伝統の儀式「御頭渡し」が、大垣八幡宮神殿で古来と同じ手順で行われた。本来、午後9時半からであるが、雨で本楽が中止になったので、その時間が早くなった。

 あいにくの雨の中を、横笛のお囃子が流れる中、伝馬町の方がびしょ濡れになりながら、ビニールに覆われた御頭を恵比須軕から外した。伝馬町役員が外した御頭を捧げながら、八幡宮神殿前に置く。神主様がお祓い授け、伝馬町の全員で大祓詞を謳い、伝馬町の役員が「確かにお渡ししました」、宮町の役員が「確かにお受け取りしまいた」と述べて受け渡しの儀式は終わる。宮町の役員が、神前に置かれたお頭を捧げて、再度、恵比須軕に御頭を取り付けて完了である。

 その後、恵比須軕の前で、横笛のお囃子を奏でてから、大垣市内を通って宮町の軕収納庫に曳いていく。あいにくの雨の中、軕を曳くのは大変である。それでも、昨年は境内が真っ暗で、カメラも高感度対応の機材でなかったので写真撮影が大変だった。今年は雨のため早い時間の明るいうちに儀式が執り行われたので、写真が鮮明に撮れた。何が幸いするやら。

 

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 昨年2017年5月14日21:15 御頭渡しの儀 

 夜宮の後の八幡宮神殿前で、真っ暗の中での儀式

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23dsc08735  今年2017年5月13日17:42  八幡宮神殿前 明るいうちでの儀式

244k8a0126_8  お頭を外す前にお囃子を演奏

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 お頭の取り外し

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 伝馬町の役員が八幡宮神殿にお頭を捧げて運ぶ

284k8a0126_12  お頭を慎重に神殿前に設置 

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 神主のお祓い

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 お頭を伝馬町から宮町に引継ぎ

324k8a0126_14  お頭の取り付け 

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 御囃子を奏でる

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 雨の中を市内の巡行と収納庫へ向けて出発

お祭りを支える人達

 伝馬町の世話役全員で大祓詞を謳っていたとき、私の横にいた老人が、それに合わせて大祓詞を口ずさんでいた。以前に恵比須の御頭をお世話された町内の方だろうと推察した。恵比寿様を商売繁盛、大垣繁盛の神様として心から崇めておられるようだ。そういう人達が大垣まつりを支えている。感謝。

昨年と今年の撮影状況

 昨年2017年は、地元ケーブルテレビが神殿の中を右往左往して、「お頭渡しの儀」を神殿の外から撮影するには最悪の状況だった。今回は、雨で観客が少なくケーブルテレビも不在だったのが幸いした。私も昨年は、当日この行事を初めて知って行動したので、撮影位置が神殿に集まった観客群衆の後ろになり、上手く撮影が出来なかった。今回は、構えて早めに来て一番前に場所取りをしたので、上手く撮影できた。この撮影も2年越しである。

2018-05-14    久志能幾研究所 小田泰仙  

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

 

2018年5月14日 (月)

恵比須軕の歴史と伝説(1/4)

 大垣まつりは、1648年(正保5年)、ウィーン公使であった戸田共氏伯爵のご先祖にあたる初代の大垣藩主戸田氏鉄が城下の八幡神社を再建した折、城下十八郷が神輿三社を寄進して喜びを表し、大垣十ヶ町(本町、中町、新町、魚屋町、竹島町、俵町、船町、伝馬町、岐阜町、宮町)が10両の軕(山車)を造って曳き出してその喜びを体現したことが起源という。

 1679年(延宝7年)、第四代の大垣藩主戸田氏西が、神楽軕、大黒軕、恵比須軕の三輌を下賜。この3輌を「三輌軕」とよぶ。

 2018年5月12日8時45分から、大垣まつり「試楽」が開催された。大垣まつりは、370年の伝統ある祭りである。5月12日は快晴に恵まれ、「大垣祭の軕行事」として2016年12月にユネスコ無形文化遺産に登録されたこともあり、今までにない人出であった。早朝の試楽はまだ人出が少なかったが、夜宮はいまだかってない混雑で、写真撮影の場所取りも撮影も困難を極めた。私は撮影中に群衆に押されて、2回も望遠レンズフードを落としてしまった。暗闇で足元のフードを探すのに大変だった。

 残念なことに5月13日の本楽は、雨で中止になったが、雨の中を、恵比寿軕を含む3軕はビニールの覆いを被って市内を練り歩いた。雨のため、各軕の収納倉庫では、奉納芸の披露もあった。奥の細道むすびの地記念館では、玉ノ井軕の女の子達の日本舞踊の披露があったようだ。

 

恵比寿軕の歴史

 1679年(延宝7年)、第4代藩主戸田氏西公が恵比須神を祀るにあたり、先代の出身地である摂津の広田神社に祀られている西宮の恵比須神に、人を派遣し祈願したといわれる。現存の恵比須大神の人形は左甚五郎の作と伝えられる。

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左甚五郎は江戸時代初期に活躍した伝説的な彫刻職人である。16歳の時に多武峯十三塔その他を建立し、その時の天下人に「見事である。昔より右に出る者はいない。それでは甚五郎は左である。左を号すべし。」と言わしめた。そのお達しにより、位(号)として“左”を名乗ったといわれている。

 日光東照宮の眠り猫をはじめ、甚五郎作といわれる彫り物は全国各地に100ヶ所近くある。その製作年間は安土桃山時代から江戸時代後期まで300年にも及び、出身地も様々なので、左甚五郎とは、一人ではなく各地で腕をふるった工匠たちの代名詞としても使われたようである。(この項、wikipediaより)

 伝説によると、恵比須大神の人形の顔面の塗料が剥げていたので、塗り師が塗り変えようと顔面に手を触れた途端、口から火を吹いたといわれる。

 また祭礼の日に雨が降ると、恵比寿様が鼻を垂らすという伝説も残っている。

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174k8a0126_5 この日の晴れ舞台の為に伝馬町の子供達も猛練習。PTAも全面支援。良き教育の場である。2018512日試楽にて

2018-05-14     久志能幾研究所 小田泰仙  

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2018年5月13日 (日)

小学生の夢、大人の悪夢

 日本FP協会では、全国の小学生を対象に「将来の夢」をテーマにした「小学生『夢をかなえる』作文コンクール」を2007年度より毎年実施している。このコンクールの応募作品に書かれた「将来なりたい職業」の結果を男女別に発表した。その2017年度の結果を見て私は暗澹たる気分になった。悪夢を見ているようだ。

 

第11回 男子児童のなりたい職業

順位(前回)  職業          票数

1(1) サッカー選手・監督など      189

2(2) 野球選手・監督など      181

3(3) 医師             109

4(4) ゲーム制作関連      105

5(5) 建築士          62

6(14)ユーチューバー          51

7(6) バスケットボール選手・コーチ 50

8(11)大工             43

8(8) 警察官・警察関連        43

10(17)科学者・研究者          40

日本FP協会:https://www.jafp.or.jp/personal_finance/yume/syokugyo/

 

製造業の就業者数の減少

 総務省は1日、2012年12月の製造業の就業者数が前年同月比35万人減って998万人(原数値)となり、51年ぶりに1000万人を下回ったと発表した。国内では製造業が調整を進めた分の雇用を成長したサービス産業が吸収しており、産業構造は大きく変化している。

 製造業の就業者はピークだった1992年10月の1603万人からほぼ一貫して減少してきた。就業者全体に占める製造業の割合が最も高かったのは70年代前半の27%超で、これが昨年2012年12月には16%まで落ち込んだ。(2013/2/1付日本経済新聞)

 

経済産業省作成の資料では、製造業の割合が

 2000年 20.5%

 2005年 18.0%

 2010年 17.2%

 2014年で16.4%である。

 

 経済産業省が企業を対象にしたアンケート調査によると、人材が不足する分野として機械工学が最多の結果となった。それだけ技術分野に進む学生が減っている。(2018/4/25付日本経済新聞)

 

日本の未来

 未来を背負う子供たちが、製造業を避け、安易な金儲けを夢見て働くようでは、日本の未来はない。年収一億円のユーチューバーを夢見る子供が増えるのは、大人には悪夢である。ゲーム制作もユーチューバーも社会には付加価値を生まない。ゲーム制作もユーチューバーも社会のテラ銭稼ぎの商売である。陰陽の世界で言えば、陰の世界の仕事である。世界に誇れる仕事ではなかろう。それで未来の日本は支えられない。ゲームが後世に残る仕事を生むわけではない。それは時間の浪費をさせる悪の遊びである。

 モノを作り出す職業の人気が、5位の建築士、8位の大工、10位の科学者・研究者では、将来の日本は絶望である。後は大半が虚業である。

 

占いの世界での職業

 東洋の占いは、全て陰陽で分けて占う。四柱推命での職業では、正財偏財の職業に分ける。正財は、農業、職人、大工等のモノを作り出す職業である。偏財は、医師、役人、学者、商人等の間接部門の職業である。正財の人間がいて、偏財の人間の仕事がある。それが偏財の仕事ばかりに人気があって、モノを作り出す職業に就く人がいなくなれば、国は衰退する。あくまでバランスである。

 

大人の責任

 この原因が、社会の拝金主義者の跋扈の影響であることは明白だ。チャラチャラしたテレビ番組や、虚業の世界を絶賛する安易な情報操作で、それを価値があると誤解してしまう子供達である。それは洗脳教育と同じである。そのように仕向けているマスコミの責任である。それを指導できない大人たちの責任なのだ。仕事とは何かを教えていない大人の責任なのだ。

 

2018-05-13

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年5月12日 (土)

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館~訪問記2/2

零戦「海軍十二試艦上戦闘機」の実物大模型

 零戦の試作機の実物大模型が飛燕の上の空中に吊り下げて展示されている。そのため、至近距離では見られず、少し残念である。この試作機の初飛行は、この各務ヶ原飛行場である。小牧の三菱重工で製作され、牛車でここまで運ばれたと聞いた。当時の物資の無い日本の状況を象徴している。

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UF-XS実験飛行艇

 我が国が誇る救難飛行艇US-1A、哨戒機PS1の基礎技術を開発した機体である。新明和工業が、名機二式大艇のDNAを受け継ぎ、この実験機で多くのデータを集積して、今の飛行艇を開発した。どんな技術でも同じであるが、天才技術者が、名機を作るわけではない。地道な実験を繰り返し、多くの失敗の塗炭の苦しみを経て、素晴らしい技術が獲得できる。それが名機の誕生となる。飛行機はその技術の集大成なのだ。だから惹かれる。

 この博物館では、上から俯瞰できるのが良い。米国スミソニアン航空宇宙博物館でもこうはいかない。上から俯瞰する飛行機はなかなか良い眺めである。

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  UF-XS実験飛行艇の技術が花開いた水陸両用の救難飛行艇US-1A

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 日本独自開発の超音速ジェット機T2 ブルーインパルス(2代目)に採用された

134k8a9615 超音速ジェット機T2高等練習機を改造した研究機

 コンピュータ制御確立に貢献した研究機

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 日本で初めてラセンス生産された超音速ジェット戦闘機F-104

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飛行シミュレータ

 飛行シミュレータも、以前はセスナの機体であったと記憶しているが、現在はジェット旅客機の操縦席になっている。親子で体験している姿が微笑ましい。

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再会

 この博物館で偶然、前職場の研究開発部で一緒に仕事をした元I次長に再会した。20年ぶりの再会である。現在85歳でお元気である。現在は特に仕事は何もやっていないが、リンドバーグ著「翼よ、あれがパリの灯だ」を翻訳されて自家製の本にされたとか。「それは既にあるではないですか」と問うと、その翻訳本の日本語があまりにひどいので自分で訳し直したという。そのデジタルブック版を贈って頂けることになった。縁は異なもの。犬も歩けば棒に当たる。まず出歩かないとご縁には出会えない。

 

2018-05-12

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2018年5月11日 (金)

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館~訪問記1/2

 本博物館は、航空と宇宙の展示を兼ねた国内唯一の専門博物館で、実機34機、実物大模型9機の計43機が展示されている。リニューアル後は1.7倍に拡大された敷地に、実機展示数で日本一を誇る飛行機が展示されている。ここ各務ヶ原は、ライト兄弟が動力飛行に成功した1903年から14年後の1917年に、国内二番目の飛行場が作られた由緒ある場所である。

 2018年5月9日、上記博物館を見学した。当初は車で、と思ったが、国道21号線、岐阜~各務原市の道路渋滞状況を考えて、電車で行くことにした。ガイドパンフレットで、名鉄「各務原市役所前駅」下車とあったので、博物館が駅の近くにあると勘違いをした。駅から3.5キロほどの距離があり、歩けないことはないが、バスに乗らねばならない。知らずに途中まで歩いて、客待ちのタクシーにその距離を教えられ、即、タクシーに切り替えた。バスの本数は少ない。

 

トヨタの新型タクシーに乗車

 各務原市役所前駅から博物館まで1,500円である。偶然、乗ったタクシーがトヨタの新型タクシーであった。その利便性、快適性を体得した。背が高いので乗りやすい。前職でホンダのスポーツカーNSXに試乗したことがあったが、実に乗りにくい。サーキットならともかく、一般道を走るには視線が低すぎて視界が狭く乗りにくいし、シートが低いので、乗り降りが大変だ。改めて、恰好は悪いがトヨタの新型タクシーは快適である。車は性能や格好じゃないよ、乗り心地、利便性だよ、と納得した。人との付き合いも、学歴や肩書、利害関係ではないよ、人柄だよ、と実感する事例に最近は度々遭遇してその想いを新たにした。

 

博物館に到着

 入門ゲートを過ぎると、屋外に展示されたヘリコプターV-107A、YS11、救難飛行艇US-1A、対潜哨戒機P-2Jが出迎えてくれる。まず写真撮影で忙しい。観客が飛行機の前から離れるの待っている時間がもどかしい。観客の姿を飛行機の写真に入れたくはないからだ。

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入館

 入場料に60歳以上はシニア割引があり、この時だけ歳をとった有難さを感じた。当日は、春の連休の大混雑も過ぎて、程よい人数の観客であった。私は飛行機を見るとわくわくする。写真を撮りまくって幸せな気分となった。私が若い頃(20代、30代)に話題になった飛行機がズラーっと展示されており、至近距離で眺めて写真を撮れて嬉しくなった。飛行機にはロマンと夢がある。技術者として技術の粋を集めた形を見ているだけで楽しい。この博物館には20年ほど前に来たことがあったが、それ以来ご無沙汰である。今回、戦闘機「飛燕」も復元展示され、この3月24日にリニューアルオープンされ、何時行こうかと思っていた矢先である。

飛燕

 復元された飛燕は、至近距離で見ると威圧感があり、思った以上に重厚で大きい。展示の照明もわざと暗いして、銀色の機体が映えるように配慮されていた。各所に、制限された環境で開発を進めた先人の技術者の苦労が見て取れる。写真で見ていたスマートな戦闘機とはイメージとは、かなり違う。

 飛燕の機体にも零戦で開発された沈鋲式リベットも採用されている。当時に最先端技術である。戦争とは国力の総力戦であることは、最先端の戦闘機を見るとよくわかる。当時はガラス素材の技術が米国に劣り、家の窓のように枠にガラスをはめたような操縦席の窓ある。対抗する当時に米国戦闘機は、全面一体式のガラス窓となっている。そこに技術の底力の差を見る。その差を設計力で補おうとした当時の設計者に頭が下がる。

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久志能幾研究所 小田泰仙   著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2018年5月10日 (木)

大垣まつり 準備中

 今日201851016時頃、郵便局にピアニスト玉田裕人さん宛ての封書を出しに行ったら、その道の途中でお囃子が聞こえてきた。大垣市内にお囃子が聞こえると、それはお祭り当日の山車練り歩きの練習を告げる「大垣の春の風物詩」の奏である。それ行け、とその方向に歩いたが、何時しかお囃子の音は消えて、大垣八幡神宮の前に来てしまった。八幡神宮の鳥居の前にのぼりが立ち、神前には新しいしめ縄も張られ、512日、13日の大垣まつり案内看板がかかっていた。神社境内では恒例のお化け屋敷の設営が真っ盛りであった。八幡様も大垣まつりの準備中である。

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恵比寿さん山車と大黒さん山車

 八幡様への参拝の後で、水門側沿いに大黒さんの山車を見つけて、その後に続いて街の中心部まで追いかけをして写真撮影した。行きつけのお店に人に聞くと、店前に大黒さんの山車、恵比寿さんの山車がやって来ると、ご祝儀を出すのだそうだ。若い衆が休日を返上して山車を引いている。そのお礼でもある。山車がやって来もしないお店では、どうしようもなかろう。大黒さんと恵比寿さんの山車は福の神である。

 今日は、大垣市内の大通りで大黒さんと恵比寿さんの山車を拝顔できて、私も目出度い気分である。聞けば、明日11日の午後から、大垣八幡神宮周辺が通行規制されるので、ガソリンスタンドもお休みにするという。慌てて自車にガソリンを入れた。

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2018年5月 9日 (水)

大垣市の子供達の命を護れ

コンクリート路上のストリートフットサルは危険

大垣ドローン墜落人身事故の二の舞を危惧

 

 元気ハツラツ市では、石黒塾の主催で毎回、コンクリート路上のストリートフットサルが開催されている。子供たちには危険であるので、即中止すべきである。

 石黒塾のフェイスブックから調べると、このイベントは2015年ころから始まったようだ。その頃の写真をフェイスブックで見ると、今とほとんど同じ状況の設備で、危険性は今と同じである。元気ハツラツ市は大垣市主催も同然であり、石黒塾の企画は大垣市に管理監督責任がある。大垣市役所は子供達の命を商店街の金儲けの為に危険に晒している。

 

一般社会の状況

 ネットでフットサルの設備を調べても、こんなちゃちな設備はお目にかかれない。コンクリートの路上でフットサルをしている例は見つからなかった。ペラペラのベニア板仕切りで、フットサルしている例も見つからない。これは、大垣地方だけの痴呆的な状況のようだ。

 

日本フットサル連盟の規約

 日本のフットサルは、日本サッカー協会とその傘下にある日本フットサル連盟によって統括されている。日本にあるフットサル専用の施設は、屋外の人工芝コートが比較的多い。ただし、日本サッカー協会主催・主管の競技リーグや各種大会では、基本的に屋内の体育館やスポーツコートの屋内施設で行われる。コンクリート路上なんてもっての外である。

 

識者の意見

 大垣駅前商店街の商店主達は、コンクリートの路上での球技は危険だからやめろと言っているが、石黒塾のメンバーは全く聞く耳を持たず、ずっと継続されている。また子供たち用のフットサルは、大垣駅前商店街の活性化には何の貢献もしない。私も商店主にも、その設備の危険性を通達しているが、大垣元気ハツラツ市実行委員会は無視である。危機管理の意識さえない。

 石黒塾に中止さえ指導できない元気ハツラツ市実行委員会も大垣市にも、組織を統率する能力も運営能力もない。そういう無政府状態で、事故は起こるもの。2017年11月7日の大垣市主催のロボフェス大垣・ドローン墜落人身事故のような事故が起きるの危惧している。

 

石黒塾には危機意識が希薄

 石黒塾のメンバーは危機管理の何たるかを全く理解できないようだ。そんな意識ではお店の活性化など夢の夢である。フェイスブックから調べると、石黒塾には若者だけの集まりで、見識がある年長の経営者はいないようだ。今の石黒塾の教えでは経営はまともになれまい。当然、自分達のお店の顧客に対する安全意識と対策が欠如しているだろうと推定される。良識ある顧客は、恐ろしくて、寄り付くまい。だから大垣駅前商店街が衰退している。

 

石黒塾には経済観念が欠如

 このフットサルの企画は、大垣市から元気ハツラツ市の事業として予算が付与されている。つまり子供達の命に影響する凶行に大垣市が金を出して奨励している。それは市民税である。このフットサルは商店街の活性化には何の貢献もしない。商店主達からは、このフットサルは元気ハツラツ市の邪魔になるとブーイングである。石黒塾は、それさえ聞き流しである。大きな場所を占有して、その分の露天商の利用料が取れず迷惑なのに、石黒塾のメンバーはその経済の原則さえ理解できない。元の塾長の石黒靖敏氏は生徒達に何を教えたのか。教え子を見れば、教師のレベルが分かる。

 

学校と大垣市の無責任さ

 学校の担当者の眼も節穴である。子供達を危険に晒して、何も気がつかない。大垣市教育委員会はこんな貧相なフットサル設備で子供達を遊ばせていて平気なのか。何が「子育て日本一を目指す大垣市」なのか。お笑いを通り越して、怒りである。税金泥棒である。

 

大垣市長には危機意識・危機管理がない

 大垣市長は毎回、元気ハツラツ市に顔を出すが、そういう危険性のある場所は素通りである。見ざる、聞ざる、近づかず、である。それに対して、トヨタグループのトップは自ら現場に足を運び、具体的に危険性箇所を指摘する。大垣市長はトヨタのトップの爪の垢を煎じて飲んでほしい。

 私が前職で務めたトヨタ系の工場では、月に一回、現場の職制は当然だが、間接部門の管理職も一緒に現場に出て、工場内に危険な場所はないかの相互点検を実施していた。元気ハツラツ市でそんな対策は見たことがない。大垣市は警備会社に丸投げである。大垣市には危機管理が存在しない。その結果がドローン墜落人身事故であり、室村町アンダーパス水没事故、高屋町地下道水没事故で長期閉鎖事象である。それで誰も責任を取らない。江戸時代の封建社会のようである。

 

大垣市への天罰

 トヨタの危機管理が一流なので、結果として繁栄している。三流の大垣市政と対極にある。トヨタの城下町の刈谷市役所には危機管理室があるが、大垣市には、危機管理室の言葉さえ影も形もない。一事が万事である。

 その危機管理対策が怠慢であった天罰が、ドローン墜落人身事故である。大垣市に責任があるのに、その責任を業者へに押し付けた。大垣市民として恥ずかしい。責任を明確にせず、真の責任者がドローンとドンずらしたから、危機管理が益々進まない。

 

親の背中を見て子供は育つ

 ドローン墜落人身事故みたいな不祥事を起こしても、業者に責任を押し付ければよいとの悪例を示した。大垣市役所の年寄りの後姿を石黒塾の若者が真似をしている。若者は言っても聞かないが、年寄りのやる愚かさをすぐ真似る。今の石黒塾のように。

 経験ある年長者は、後進に範を示すのが勤めである。大垣市役所はその逆をやっている。大垣市長を筆頭に、である。

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   2017‎年‎10‎月‎1‎日 元気ハツラツ市で

2018年3月4日の元気ハツラツ市の状態

 ベニヤ板のピン角が危険

 支えの棒が、歩行者がつまずく危険あり

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201848日の元気ハツラツ市の状態

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2018年5月6日の元気ハツラツ市の状態 

 見栄えのためにベニヤ板に色を付け、恰好を直しただけで、危険防止には全く配慮がされていない。危険性は、前と同じである。子供達が勢い余って囲いのヘリのピン角にぶつかれば、腕を切る危険がある。角で足を引っかければ怪我をする。これでは寂れた場末温泉の遊技場である。大垣市役人の精神の貧困さを表している。

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2018年5月 8日 (火)

松本明慶佛像彫刻美術館 ~ 訪問記

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 本美術館には、昭和から平成にかけて松本明慶大佛師によって謹刻された佛像が168体(20184月現在)も展示されている。松本明慶師が40年の歳月を賭して完成させた大日如来をはじめとして、様々なお姿・表情の木彫刻の佛様が出迎えて頂ける。日本屈指の佛像彫刻美術館である。

 201855日に訪問して、写真を撮らせて頂いた。重い三脚とカメラを担いでの訪問となった。春の連休中で大混雑の京都の中で、ここは別世界の静寂な空間である。

 なお、文中の「大広間」(第一展示室)等の表現は私の勝手な命名で、正式名称ではありません。現在、名称を募集中とか。

 

迎賓の間(玄関)

 松本明慶仏像彫刻美術館の玄関の戸を開けると、蓮の葉に乗った高さ55cmのブロンズ製のかわいい童観音座像が笑顔で出迎えてくれる。その雛型の白檀の一本彫り童観音座像のサイズは12cmである。5倍に拡大しても、その形状に破綻がない。松本明慶師が言われるように緻密に作られているから、どれだけ拡大しても、その形に破綻がない。

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玄関広間(一階ロビー)

 1階の玄関広間では、学芸員の松本華明さんが優しく出迎えてくれる。来訪名簿に記帳をして1階を一回りしてから2階に進もう。

 一階の壁には、松本明慶師が全国にお納めした大佛19体の写真が年代ごとに展示されている。松本明慶師が36歳で初めて挑んだ大佛・不動明王を起点として、現在に至るまでの大佛造佛の軌跡をご紹介している。2015年に高野山金剛峰寺中門に納佛した広目天立像・増長天立像の納佛風景の写真も興味深い。

 1階に置かれたテレビモニタでは、松本明慶師の仏像彫刻のドキュメンタリーが放映されている。お土産コーナで、関連図書や絵葉書、干支の木彫刻、白檀のお線香、Tシャツ等のグッズが売られている。

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大広間(第一展示室)

  2階の大広間には、なじみ深い仏様が並んでいる。沈香・白檀・桧・欅・楠などを材とした、一木づくりの味わい深い佛像である。広々とした空間で落ち着いて仏様を鑑賞できる。

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本丸お前立ちの間(第二展示室)

 「本丸お前立ちの間」には、懐に入れてお守りとして持ち運べる白檀の緻密な「香合佛」が中央に展示されている。寄木作りの佛像製作を説明したパネルも興味深い。奥に風神、雷神の仏様が睨んでおられ、お前立ちのお役目である。

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本丸の間(第三展示室)

 この本丸には、松本明慶大佛師の代表作が展示されている。この重厚なテーブルと椅子に座って周りの佛像を鑑賞しながら小久保館長から佛像の説明を聴こう。静かに思索にふけるには最高の場である。

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身閑の間

 私はここを「身閑の間」と呼んでいる。ここに座ってこの「本丸の間」と向うに見える「奥の院の間」の佛様に囲まれて過ごしていると、寺院で佛様を拝んでいるのとは少し違う心境で、自分を見つめることができる。寺院では、畏れ多くてご本尊の前で恐縮してしまい、自分も構えてしまいがちだが、ここではのどかで安らかな気持ちで、己を飾らずに佛様と接するすることができる。

 己の身が閑(のどか)でなければ、自分が何者か、どこからきて、何を求めて生きているかを考えられまい。家の門の中に、木を置いて世間と距離を置くのが「閑」である。いわばそれは結界である。その反対に鳥居を門の中に置くのが「開」である。心を失うと書いて「忙しい」である。

 神様の世界は八百万の神様がおられると言われるが、思索にふけると佛の世界も同じく八百万の佛様がおられると思わざるを得ない。そう考えさせてもらえる空間である。ここで思索にふけると心が安らぐ。静かな時が過ぎてゆくのが心地よい。

 ここの佛様は寺院のようには御精魂が入れられていない。言い方が悪いが、お寺のご本尊になられる前の修行中の佛様である。何時でも要請があれば、お寺の御本尊として出世(?)して祀られる資格のある佛様ばかりである。それ故、気楽に肩を張らずに手を合わせることができる。その多くの様の中に、己を発見する。

奥の院の間(第四展示室)

 「奥の院の間」は、昨年に完成した新しい展示室である。この建屋の2階の部屋を全て統合して大空間を作り、展示室に改装した。かなり前に完成していたが、松本明慶師が細部にこだわりを持って進めたため、なかなか公開してくれず、やきもきしていた。また施設管理上の問題で、役所との交渉で時間がかかってしまった。私は松本明観さんにも、「途中でもいいから早く公開して」とセッついて、完成前に見せてもらった。やっと今年初頭に正式に公開された。

 ここには、今まで展示したくても大きさと数量の多さのため展示できなかった佛様が展示されている。その多くが大佛の雛形として彫られた佛像である。

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アクセス

 京都御所の蛤御門より徒歩2分の場所である。地下鉄丸太町駅より、京都御所沿いに北に500m歩いて、護王神社の角の交差点を西に曲がって200mの場所にある。(地下鉄丸太町駅より徒歩12分)

住所 〒602-8004 京都府京都市上京区下長者町通室町西入ル西鷹司町16

 

開館日

原則として毎月第1週・第3週の土曜日と日曜日

1日が日曜日の月は、7日・8日・21日・22日に開館

午前10時から午後5時まで開館している。入館無料です。全国の展示会のため、閉館の時もあるので事前に電話で確認ください。

(075-332-7974・松本工房)

正式の情報は、松本明慶仏像彫刻美術館のホームページを参照ください。

http://m-myoukei.com/

 

2018-05-08

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2018年5月 7日 (月)

アンパンマンに頭が上がらない大垣市長

 2018年5月6日、大垣元気ハツラツ市が開催され、調査に赴いた。そこで、大垣市長の役目とは何か、市長の使命とは何かを考える機会を得た。

 大垣ハツラツの当初の目的の撮影も終わり、途中で喫茶店に寄ったおり、落とし物に気が付いて、再度、元気ハツラツ市の中央の新大橋に出かけたら、黒塗りの公用車が目の前に止まって、大垣市長が降りてきた。見ると行き先は、元気ハツラツ市のメイン会場でのアンパンマンショーである。

 大垣市の平成30年度予算額は、1,563 億9,600 万円である。大垣市長は、一時間1,785,342円、一分間297,557円の経費が流れて去っていく大垣市行政の執行に責任がある。それをアンパンマンにうつつを抜かし、あろうことか公衆の面前でスマホをいじっていた。

 

大垣市長にやって欲しいこと

 そんな時間があれば、大垣市の未来を考えることに時間を使って欲しい。衰退しつつある目の前の現実を直視して欲しい。直視すべきは、スマホの画面ではない。見るべきものを間違えている。市長が参加すべきは、アンパンマンショーではない。そんなのは、委員長か副市長の部下に任せればよいのだ。そうしないから、大垣市は衰退している。大垣市の興亡は全て組織の長、つまり大垣市長の双肩にかかっている。

 

大垣市長の使命

 大垣市長の使命は、大垣市民の幸せと生活の安全の確保、大垣市の発展のための政策を施し、大垣市の百年の計を立てる事である。そのために、何をやって、何をやらないかの戦略を練るのが仕事である。戦略とは、戦いを略すること。全てに手を出していては、戦いに勝てない。アンパンマンショーへの参加は、略すべき行事である。その軽重を考えられないのでは、リーダーとしての市長の資格がない。

 

金の義理のための裏事情

 アクアウォークのアピタ大垣より、アンパンマンショーの公演費用を半額で提供するとの話が大垣市にあったそうだ。元気ハツラツ市のチラシのトップに、「アンパンマンショー」は「アクアウォーク大垣共催イベント」として掲載されている。その義理立てで、大垣市長がアンパンマンショーに嫌々「ご臨席」されたようだ。本心では、子供相手のショーなど見たくもないだろう。私でも時間を取ってまでしては見たくもない。それ故、大垣市長は、暇を持て余してスマホをいじっていたのだろう。つまり大垣市長はアンパンマンに頭が上がらなかったのだ。ショーが終わったら、大垣市長は現金なもので、挨拶をするでもなく、あっという間に消えた。いつもなら滔々と演説をぶつ大垣市長であるのに。このアンパンマンショーは「大垣市政100周年記念事業」の一つなのに、だ。せめて子供たちがアンパンマンと握手する姿を見てあげて欲しかった。見て上げるのも教育である。

05dsc01626  5月6日12:16 大垣市長のご臨席 

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 5月6日12:18 スマホ

07dsc01641  5月6日12:19   市長の体の姿勢が、嫌々であることを示している。

08dsc01643 5月6日12:20   市長に媚びを売るアンパンマン。

 子供たちの夢を壊している。

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 アンパンマンと握手するために並ぶ子供達

 大垣市長はいつの間にか姿を消している

大垣市長の薄情さ

 大垣市長は12時前に会場に到着した。それよりほんの少し早く来て、その前の出し物の大垣西高校の若人の和太鼓演奏や吹奏楽部演奏を聴いてあげれば、大垣の未来を背負う若者への励ましになったのだ。吹奏楽部の代表が挨拶で、「今回の演奏で、学校最後の舞台を飾れた」と涙ぐんで挨拶をしていた。それを聞いていたので、市長の振舞いを情けなく思った「徳不孤 必有隣(論語) 徳は孤ならず 必ず隣有り」の正反対を大垣市長は実行している。大垣市民として恥ずかしい。政治に、人情がなければ、血の通った政治はできない。政治家大野伴睦氏は、「政治は義理と人情だ」と明言した。大垣市長は、金の義理しか果たさない人である。政治家として失格である。

01dsc01573  5月6日10:43 大垣西高校の吹奏部演奏

02dsc01606  5月6日11:32 大垣西高校の和太鼓演奏 

「アンパンマンショー」が100周年記念事業?

 「アンパンマンショー」を元気ハツラツ市で開催しても、大垣市は少しも活性化しない。まず元気ハツラツ市が大垣衰退の元凶なのだ。それさえ分からない大垣市長である。そのアンパンマンショーが「大垣市政100周年記念事業」の一つである元気ハツラツ市のトップイベントとして扱われている。子供相手のこのショーをトップ記念行事とする扱いには、大垣市民として恥ずかしい。

 

正義の味方は誰?

 原作者のやなせたかし氏は、アンパンマンを「正義」というテーマで創作した。氏は端的に「『正義の味方』だったら、まず、食べさせること、飢えを助ける。」と述べている。大垣市長が正義の味方に肩を持つなら、大垣駅前商店街が寂れて、商店主たちが食べられなくなっている現実を直視すべきである。元気ハツラツ市で、食べる金を稼いでいるのは、市外県外の露天商達である。大垣駅前商店街の商店主達は飢えている。廃業が続いている。今年は大垣駅前商店街組合の理事長のお店が閉店した。大垣市の商店街の状況を象徴している事象である。

 

公用車の運転手のお仕事

 アンパンマンショーの間、黒塗りの公用車の運転手も手持ちぶたさに、車の横に立って時間を潰していた。彼の人件費も市民の税金である。その後、彼は運転席で居眠りをしているようであった。当日はポカポカ陽気であった。

 仕事とは尊いものである。しかし、その尊い仕事を、投げやりにさせているのは、大垣市長の心がけの拙さである。市長を春の連休中に、付加価値の生まないアンパンマンショー視察のために送迎するのは、辛かろう。眠たくもなる。

 

公用車の異様さ

 その公用車の後部座席の窓を見て違和感を覚えた。濃いスモークフィルムが貼ってあって車内が全く見えないのだ。市長は公人である。何が後ろめたくて顔を隠してまでして、こそこそと市内を公用車で走り回っているのか。なぜ隠す必要があるのか。市長は、あちこちに顔を出して、顔を売っているのに、この公用車の後部窓の状態は異様である。天皇陛下の御料車には、スモークフィルムなど貼ってない。国民の父として振舞いをされていている陛下を見習ってほしい。大垣市長は、大垣市民の父も同然である。公用車の中で居眠りをしているのを見られたくないのかと勘ぐってしまう。移動中なら、居眠りしても何の問題もないではないか。

03dsc01616  5月6日11:53 大垣市長の公用車到着

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 5月6日12:18  大垣市長を待機中

どのイベントが一番重要なのか?

 テクニカルライティング的には、冒頭に記載する事項が一番重要なのだ。新聞でも、冒頭の記事が一番重要である。大垣西高校の若人の和太鼓演奏や吹奏楽部演奏などは、元気ハツラツ市のチラシの末尾に記載されているので、大垣市としては重要ではないとの意思表示である。こんな市長で、大垣の未来はどうなってしまうのか。心配で心配で、昼寝もできない。お蔭様で夜は熟睡している(?)。

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元気ハツラツ市の宴の陰で泣く

 元気ハツラツ市が開催されている大垣駅前通りは露店が開店して人出で賑わっているが、商店街のアーケード通路はシャッター通り化していて、中央の賑やかさとは対極で、人通りもまばらである。当日は、大垣市のやり方に反抗して店を閉めている店主も多い。誰かうまい汁でも吸っているのか?

 大垣市長は、役員に公用車からメインの中央舞台に案内されて、そのまま帰るので、この状況を見ないようにしている。見ざる聞かざる言わざる、である。

11dsc01598  5月6日11:25  

12dsc01602 5月6日11:24

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 5月6日11:28

 

2018-05-07

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite  Blog: http://yukioodaii.blog.enjoy.jp

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2018年5月 6日 (日)

「徳不孤 必有隣」とのご縁

 徳は孤ならず 必ず隣有り(論語)

  その意味は、「本当に徳のある人は孤立や孤独であることはない。純粋で高潔な人や謹厳実直な人は、とかく近寄りがたく敬遠されがちであるが、いかに峻厳、高潔で近寄りがたくても、真に徳さえあれば、必ず人は理解しその徳を慕い、教えを請う道人や支持するよき隣人たちが集まって来る。」である。

 人は、自ら学び得たことや、技量が世間に省みられず、認められないことは耐え難い。往々に、己の主義主張や心操を曲げて、世間に迎合してしまいがちである。しかし、道を求め続け、学を究め続ければ、おのずから理解者は現れ、支持する人も出てくるのだ。

 陰徳陽報として、目立とうが目立つまいが、人の嫌がることを陰徳として喜んでさせていただく下座行に徹すると徳は高まり、人々は慕い集ってきて孤にしてはおかない。

 

理解のご縁

 2018年4月13日の朝、馬場恵峰師を彦根市の松居石材商店にご案内した。その応接室にかかっていた額が「徳不孤」であった。私には、あまりに達筆すぎて読めなかったが、恵峰師はすぐ理解して、解説をしてくれた。それが上記である。

 この額は、松居石材商店の先代が、鳩山一郎氏を自宅に泊めてもてなしたことへのお礼として、鳩山一郎氏がその場で揮毫されたという。石屋さんだから、家に揮毫用の太い筆もあるのです。

 後日、政治家大野伴睦氏が、この額を見て「一郎の字だ、一郎の字だ」と喜んだという話を松居さんの叔母がしていたという。残念だが、今はその叔母さん以外に、その生き証人はいない。伝聞である。

 一介の石屋さんに鳩山一郎氏も大野伴睦氏も訪問してくるとは驚きである。松居石材商店は創業文政12年(1829年)で、創業189年のお店である。文政12年の前年には、シーボルト事件が起きている。文政12年は、「桜田門外の変」の起きた31年前である。私もよき石屋さんとご縁ができて嬉しい。

 

鳩山一郎

 鳩山一郎氏は、(1883年(明治16年)- 1959年(昭和34年))は、日本の政治家、弁護士である。第52・53・54代内閣総理大臣で、位階勲等は正二位大勲位。55年体制最初の内閣総理大臣を勤めた。

 鳩山一郎氏が提唱した「友愛」は、1938年に出版されたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの著書『The Totalitalian State against Man』(直訳: 全体主義国家対人間)を原点としている。「友愛」の論語版が「徳不孤 必有隣」のようだ。

 

大野伴睦

 大野伴睦氏は、(1890年(明治23年)- 1964年(昭和39年))岐阜出身の日本の政治家で、東京市会議員を経て衆議院議員となり、衆議院議長、国務大臣北海道開発庁長官、日本自由党幹事長、自民党副総裁を務めた。没後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。

 氏は典型的な党人政治家として知られ、「伴ちゃん」の愛称で親しまれた。また、「政治は義理と人情だ」「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」等の名言を残した。今まで私には、新幹線駅「岐阜羽島駅」を誘致した政治家としか頭になかった。今回、大野伴睦氏を見直した。

 

ご縁の不思議さ

 今まで、お墓を作るための打ち合わせで、この松居石材商店を訪問してこの額を何回となく見ていたが、今回、馬場恵峰師を松居石材商店にご案内したご縁で、その意味を初めて理解した。少し恥ずかしい。また鳩山一郎氏と大野伴睦氏に、いまさらながら親しみを覚えた。

 2018年5月4日、松居石材商店のご主人を改めて訪問して、この額の写真を撮らせて頂いた。ご縁に感謝。

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2018-05-06

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