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2019年8月 2日 (金)

姨捨山への地獄道を再開発 = 死に体から蘇生

人は3度死ぬ

 人生での一度目の死は、会社の定年退職であるが、人生の使命が終ったわけではない。

 二度目の死は、肉体的な死であるが、それまでにはかなりの時間がある。それまでに、やるべきことをやり遂げるのが、人生の総仕上げである。

 三度目の死は、縁あった人たちの記憶から、その人の記憶が無くなる時である。その時を少しでも伸ばすための仕事が、定年後の仕事である。それからが本当の人生である。それは自分で全て取り仕切れる仕事である。

 

この世の仕事の仕上げ

 その仕事に嫌な上司の干渉はない。その時期に完成させた仕事が世に長く残るとは、その人が永遠に生きることだ。その作品を見る度に、後世の人がその人に思いを馳せる。その人の作品が語りかける。そんな風に命が永らえる作品を残して旅立ちたい。だから定年後だからと、おちおち棺桶で寝ていられない。

 

第二の人生の生

 第二の人生で、何に己の命を捧げるのか、還暦までの38年間の修行をどう生かすのか。単に命の糊をしのぐために働くのか。第二の人生は、お金の為ではない。今まで培った能力を世のために使うべきなのだ。

 

出版業の出会い

 それを探して私は5年間もさ迷い、瓢箪から駒みたいに出版業という鉱山に突き当たった。IT技術の発展が、私みたいな素人でも出版業に携われる時代に変化した。幸せなことだ。金脈ではないのが残念だが、後世に残す仕事してはやりがいがある。今は手さぐりで鉱山を掘っている。

 

音楽写真家という職業の出会い

 50年間、趣味で飛行機の離着陸写真を撮り続けていたら、ピアニストの河村義子先生から演奏会の写真撮影の依頼がきた。飛行機の着陸時の一瞬を切り取ってきた技が、音楽家の演奏中の顔の一瞬を撮る技に役立った。

 何が人生で役立つか、分からないものだ。朝起きてまだ息をしていれば、まだまだやるべきとはあるとの仏さまのメッセージである。

 

第二の人生の死 -- 姨捨山への地獄道

 第二の人生では、自分という大地を耕し続けないと、使用済み核燃料の処理の問題のように、使用済み徘徊老人や寝たきり老人になって、家族や社会のお荷物になる。それは第二の人生の死である。

 やることがなく無為に生きる人が溢れる時代である。大型ショッピンモールに行けば、朝から老人たちが、ベンチに座り込んでお喋りで時間を潰している。仕事を選ばなければ職はあるのに。そんな生活をすれば、病気にもなりがちだ。

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 姨捨山ベンチ

  2019年7月31日、10:02  大垣の大規模小売店舗のベンチコーナ

  この老人達は買い物をするわけでもなく、朝の10時からベンチにたむろっている。

 

第二の人生を徘徊して姨捨山へ

 定年退職後、年老いて寝込めば、誰かが介護をしなければならない。介護に疲れて妻が夫の首を絞め、子供が介護の親を殺す時代である。親の介護のため子供が会社を辞め、そのため妻との喧嘩が絶えず、生活が崩壊することもある。己の体の維持管理の怠慢がわが子を不幸のどん底に突き通す。

 認知症のかなりの部分が、自身の快楽(タバコ、美味飽食、運動不足、痴呆TVの閲覧)に起因する。それが家族を地獄に追いやる。昔の姨捨山風習がまだ合理的であった。昔の貧しい時代は、そうしないと家が崩壊してしまう。姨捨山風習は貧しい時代の生きる術であった。それを豊かな時代の我々は非難をできない。

 

第一の人生で死に損ない

 いつまでも第一の人生にしがみ付いて、その権力の座を離さない餓鬼がいる。名経営者でも、年老いれば、若い時よりも体力はなくなり、頭も働かず、気力も失せる。スズキの鈴木修会長、セブンイレブンの元鈴木会長、日産のゴーン被告と、一時は名経営者と持てはやされても、老いれば醜態をさらす。

 何時までも権力の座に居座るのは、老害である。それは、社会の新陳代謝を阻害する毒である。モノには限度がある。

 それで成果を上げていれば問題がないが、大垣市のように、小川敏市長の無為無策、無能の為、大垣市が衰退し、地価が半値まで下がってしまった。市民税の無駄遣いの行事ばかりをするようになったのは、社会的公害である。それに本人の自覚がない症状は危険な状態である。認知症やアルツハイマー型認知症は、自分でもその症状が分からないのだ。過去の市長としての活動状況を実証すると、小川敏市長は、認知症の疑いがある。

 69歳の小川敏市長が、今から挽回策を取っても、その政策が実現するころに生きている保証は限りなく低い。政策の実現には時間がかかるのだ。老いた政治家では、仕事ができないのは、世の常識である。なおかつ18年間も市政を担当して、プラスの実績がない政治家など、もうお呼びでないのだ。

 

この世の地獄・戦前

 戦前の日本は貧乏で、昭和東北大飢饉(1930年、1934年)で、・親を姨捨山へ捨てる風習、子供の間引き、娘の売り飛ばしが横行した。それが遠因で戦争の時代に突入していく。今の豊かな時代は、まだこの40年間ほどだけである。その現実を忘れて現代人は飽食、放蕩を尽くしている。それは天が仕掛けた落とし穴である。その天罰が、ガン、認知症、贅沢病(痛風、高血圧、肥満)、精神の荒廃の増大である。

 

この世の地獄・戦前

 寝たきり老人の介護は使用済み核燃料の扱いのようである。寝たきり老人を施設に預け、家族の誰も「放射能」を恐れるかのように近寄らない。自分が寝たきりになってベッドに縛り付けられ、食欲のないのに胃瘻をされて、生かさず殺さずにされたら生き地獄である。意思表示もできず、寝返りも、かゆいところもかけない。死にたくても自分では死ねない。自分なら餓死での自殺を選ぶが、ベッドに縛り付けられればそれも叶わない。それは地獄である。

 スウェーデンでは寝たきり老人はごくまれで、人権無視の延命治療はあまりされていない。胃瘻やベッドへの拘束は虐待扱いとされる。先進国のはずの日本がこの医療体制を執っているので、スウェーデンからは呆れられている。

 

生涯現役が家族と社会への愛情

 自分が健康で人生を全うすることが、家族と社会への愛情表現である。心も体も健やかであることが条件である。介護の為に、わが子から人生を奪ったら鬼である。認知症で社会に迷惑をかけたら犯罪である。そんな鬼にはなりたくはない。佛として成佛したい。佛が無理なら、せめて人間として尊厳ある死を選びたい。それが私の死生観である。

 

この世で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つ事である。

寂しいことは、仕事のないことである。

                       福沢諭吉翁の訓言

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   馬場恵峰書

 

2019-08-02   久志能幾研究所通信No.1280  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年7月31日 (水)

「生前火葬から逃走」10年目の総括

 前職を定年退職して、その後の10年間を総括する。10年前の定年1年前に、定年延長せず、退職することを決断した。今、それから10年が経過した。その後の総括をすると、よくぞ定年延長なしを決断したと自分を褒めてやりたい。その時、定年後にやることを決めていたわけではない。

 

もし定年延長していれば

 もしそのまま定年延長をしていれば、会社人間の私は、以前の生活習慣、食生活のままでは、病気になって早く死んでいただろうと思う。前の会社の勤務状況では、心労からスキルス性の癌になった確率も高い。

 私の元部下は、松下電器に転職したが、その後の人員削減の嵐に巻き込まれてストレスからスキルス性胃癌になり55歳で亡くなった。

 また当時の生活習慣を継続していては、心筋梗塞、脳梗塞になった恐れもある。当時の会社で、一緒に仕事をした仲間が24人も次々と亡くなっている。多分、会社のブラック性のストレスの影響であろう。

 

仏様のメッセージ

 今年、私は今年、癌を患い手術をうけた。定年後のストレスの少ない生活のせいで、遅延性の癌であったのが不幸中の幸いであった。定年延長で、従来のままの生活をしていたら、スキルス性の癌に罹った確率も高かった。癌になったお陰で生活習慣を見直すことができた。病気は神仏からの啓示である。即死の病気(心筋梗塞や脳梗塞、交通事故死)でなければ、病気とは執行猶予のついた懲役刑なのだ。悔い改め、生活を改善しなさいとの仏様のメッセージである。

 

生前葬

 会社で定年を迎えて会社に残ると、使用済み放射性物質ならぬ、いわば「使用済み人材」の扱いを受ける。定年退職を「生前葬」だと定義する定年小説『終わった人』(内館牧子著)まで現れている。私は、そんな会社の物差しで測られたくない。私は還暦後の自分の道を探した。まだ棺桶に入れられるのは早い。会社に残れば「生前火葬」である。生涯現役が天の思し召しである。

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 内館牧子著『終わった人』講談社

 

生前火葬

 定年退職の生前葬後に続いて、会社に残ると生前火葬である。生前火葬では魂が焼かれる。生前葬が終わったのだからと、部長、課長の肩書は無用として剥奪され、無地の名刺で、白い経帷子の派遣社員扱いの制服を着せられる。建前上は、部長、課長待遇であるが、職制表からは抹殺されて、立場がない。

 そして自分より能力の低い部下が、上司僧侶として引導が渡される。派遣社員扱いの処遇で働く地獄界の火の海に落とされ、そこで自分の自尊心と誇りが燃やされ灰にされる。

 派遣社員からも、職位権限がないので軽んじられる。2,3年も務めると、焼きもちの火よりも強烈で、長時間の火葬に嫌気がさす。

 満期の5年の火刑に堪えられる人は稀である。よほど面の皮が厚いか心臓に毛が生えているか、家のローンが残っているかでないと続かない。

 その定年後の5年間で、すっかり精力、気力が燃やされて、魂の抜け殻が残り、生前火葬が終了する。気骨ある骨も残らない。あとは徘徊の人生が待っている。

 職人の世界でも、辣腕の料理長として長年君臨していても、定年になって元の職場で働けば、若造から「ジジイ」扱いされ、「おいジジイ、この皿洗っとけ」である。「ジジイ」ならまだましで、「クソジジイ」ではプライドも消滅である。

 

逆縁の菩薩の教え

 私は定年後の元部長が、昔の部下の課長の下でヘイコラとしている卑屈な姿を目の前で見て、定年退職する決断をした。その元部長は逆縁の菩薩であった。定年後の5年間で仕事は同じ、給与は半分以下で働けば、精力と気力を使い果し、その後の起業がほぼ困難になると確信した。定年後の第二の人生の立ち上げには体力も気力もいる。その大事な時期を生前火葬で灰にされてはかなわない。生前葬が終わったら、その後は、「人生の主」として歩みたい。

 

生前火葬の損益計算

 定年後、会社に残って働けば、元基幹職でも給与は1/3に激減する。それでも年金よりは倍近い年収である。定年後の計画がないならそれも可である。しかし年間1,800時間の自由時間が奪われる。年金生活に対して、プラス150万円程を稼ぐために、1,800時間の自由時間を引導僧侶の上司に貢ぐことになる。150万円を1,800時間で割ると、ファーストフード店やコンビニのアルバイトの時給以下となる。会社にとっては、経験豊かな人材を使用済み人材として格安でこき使える。

 自分の老計・死計を考えると、定年延長は、正しい選択ではないと判断した。それで、私は早期入棺・生前火葬から逃亡した。

 誰にでも守るべき自尊心がある。それを放棄するのは奴隷の人生である。還暦まで生きてきて、そこまで落ちぶれたくはない。私は上司の悪魔のような絡め手の引き留めを振り切って、焼かれる前に逃亡した。生前火葬からの逃走後に、多くのご縁が生まれた。生前火葬されていれば、そのご縁も生まれなかった。

 

定年後の取り組み

 定年後、国家資格を取ろうと猛勉強をした。毎日、図書館の学習室に9時から17時まで籠って、大学受験の時より勉強をした。本来なら受かって当然のはずであったが、試験に受からないので、脳の異常(記憶力低下)を疑い、調査を始めた。ネットで病気を推定して、名医を探して、九州・久留米の先生を探り当てた。そこで病気を特定して治療に取り組み、本来なら心筋梗塞、脳梗塞になる寸前であった病状を改善した。要は血管内に溜まったプラークが原因であった。これも、国家資格を取る決断と真剣に受験勉強をしなければ、出会えなかったご縁である。仏様が、試験の不合格という啓示で、病気を治す取り組みを始めさせてくれた。

 

人生の主

 人生は、自分が主として、生を全うしたい。「主」とは、王座に燈火である「、」を灯すと書く。自分の人生が、人生の奴隷であってはならない。

 王座に座る己は、自分の体の主人であるから、その状態を見てあげるのが上司の勤めである。自分は人生劇場の主人公なのだ。自分の体の不調を早く感知して、対応する。それで自分の人生劇の主役の務めが全うできる。

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  馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」(久志能幾研究所刊)より

 

2019-07-31   久志能幾研究所通信No.1278  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月 3日 (水)

追悼 河村義子先生 

死刑囚として生きる  大きな未完成を求めて 

 「芸術に完成はあり得ない。

  要は、どこまで大きく、未完成で終わるかである。

  1日を大切に精進したい。」 奥村土牛画伯

 土牛画伯は、富士山をテーマに多くの絵を残した。画伯の死の1年前、100 歳の時に描いた「100歳の 富士」は有名だ。とても、100 歳の時の作品とは思えない。その画風は単なる美しい富士山ではなく、白い雪化粧の中に、宗教的雰囲気と精神的葛藤を漂わせている。画伯が100 歳を超える長寿で、かつ現役であり続けえたのは、「大きな未完成」を求めるため、前向きの意思と芸術へのこだわりを持っていたためでしょう。画伯の上記言葉は、芸術に限らず人の全ての分野に当てはまるのでは。人は意思と目標がなければ、長生きはおろか、人生の全うもできまい。

 人は必ず死ぬ。人は生まれた時に、神様から死刑宣告をされている。それゆえ、死刑囚としての人の生きざまは、死をどの様に認識するかで、100 年間の残り少ない(?) 日々を送る時、そのアウトプットが大きく異なる。特に、後世にその作品を託す芸術家は、限られた時間をいかに作品に昇華すべきかに心血を注いでいる。

 

芸術の価値

 美術品や骨董品が、何故価値があるかは、それの壊れていない姿にある。だからこそ、人は有り難がり、大事な物として床の間や美術館に飾るのである。これが少しでも欠損していると、全く価値がなくなる(それは歴史博物館向き)。人を骨董品に例えると失礼だが、人が100 歳まで生きて、なおかつ現役であることに、その偉さがある。壊れた骨董品に価値が無いように、いくら長生きしても「創作」活動を停止したのでは、人としての存在価値が半減する。長くその地位にあること、長くその仕事を継続していることは、それだけで価値がある。長く続けるだけでも、それ相応の情熱と努力がなければできない。人並み以上の時間の継続は、現状維持で良い、との安易な姿勢では達成できない。人生での現状維持は、即後退を意味する。それは残存時間をカウントする時限タイマーを早送りモードにすること。その気持ちになったら、後進に道を譲るべきでしょう。

 

死刑囚とは

 作家で精神科医の加賀乙彦氏が、興味ある報告をしている。彼は刑務所で多くの受刑者と面接して、終身刑の囚人と死刑囚との間で、その生き方に明白な差を見いだした。終身刑の囚人が、なんとなく元気がないのに対して、死刑囚は元気でキビキビしている。両者の差で明白なのは、前者の眼は死んでいるが、死刑囚は眼が輝き、澄んでキラキラと輝いていることだという。終身刑の死が不確定なのに対して、死刑囚は明日にも死刑執行があるかもしれない。その緊張感の有無が、この差を生むらしい。それは死刑囚が死を避けて通るより、避けえない事実として、1日1日を有意義に過ごそうとする意識が働くためのようだ。

  「死を見つめる意義」大阪大学人間科学部教授 柏木哲夫

                   『日本経済新聞 夕刊1996.10.12』

 

100歳の奥村画伯

 100 歳を越えた画伯が、有限の時間を意識しないはずがない。その日々の心情は、ある意味で死刑囚と同じかもしれない。だからこそ、限られた時間内で、緊張感を持って生きる大事さを認識していたのでしょう。それが冒頭の言葉に顕れている。だらだらとした日々を送る終身刑の囚人より、緊張感のある死刑囚として生きたほうが、有意義で前向きの人生が送れるようだ。生きているのと、生き永らえるとの差は限りなく大きい。

 そんな(100 歳の)画伯の筆使いが、雪化粧の富士山を美しくそびえさせつつ、成長するかのように描かせている。しかし、その美しさは、絵葉書等に登場する「単に」美しい富士山のそれではない。富士山の頂上の美しさは、それの歴史を示す中腹部の崩れゆく暗い岩肌の対照として、輝きとして存在する。まるで人の古傷や生きざまを表した縮図であるかのように。これは長年(?) 、人間家業をしてきた画伯の醍醐味かもしれない。この芸当は、80歳の鼻垂れ小僧にはできまい。死刑囚としての私の死刑執行は、明日か30年後.....

                     

エピローグ 

 ある本で土牛画伯の言葉に触れた数カ月後の1996年10月11日、あるご縁で、この『百歳の富士』のリトグラフが、で目の前に提示された。あるご縁を感じた私は即決購入し、この絵を土牛画伯の命の具現化として、自宅に飾った。この絵は試刷りのリトグラフで、土牛画伯のサインはないが、本物のリトグラフである。

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義子先生の死計

 河村義子先生は5年前に、難病のガンが発見され、余命宣告された。義子先生は、根本治療をすると、ピアニストとしてやっていけなくなることが分かり、手術を拒否して最期までピアニストとして生きる道を選ばれた。義子先生は最後の最期まで、ピアニストとして命を輝かせて生きた。

 その輝きは、欧州への演奏会旅行、TIMM との演奏会、ドレスデントリオとの演奏会、カナデノワコンクールへの立ち上げ、クリスマスコンサートの企画、音楽監修、後進の指導等で、死期が迫っている素振りを全く見せず、その素晴らしい音楽活動を遺された。芸術家として、未完の完成を目指して命を燃やされたと思う。その時期が享年61歳として少し早かったが、活動に悔いはなかったと思う。それがせめての慰めである。だから1000人余の弔問客が押し寄せたと思う。

 その病気を知らない多くの人が、その訃報の愕然とした。私も見事に騙された一人である。先生のレッスン中でもその気配は見せなかった。たまに雑談で、死を予感する言葉を示唆されたが、冗談だと思い、鈍感な私はそれに気がつかなかった。

 

死の示唆

 「この写真は私の遺影に使うの」、「ヨーロッパの演奏旅行を完遂できて、もう思い残すことはない」(帰国後の発言に当時、何を大げさな!と私は呆れた)、「白木の箱でなく帰宅できました」、等を考えれば、先生の心情が理解できたのにと悔いが残る。なぜあれほど、ドレスデントリオとの演奏会開催にこだわって、実現に精力を注がれたのか、当時は分からなかったが、逝去されて初めて悟る愚かさを痛感する。

 私の玄関に飾ってある「百歳の富士」を見るたびに、未完の完成を求めて死の間際まで音楽堂に求道された義子先生を想いだし、先生を偲んで、追悼の言葉としたい。

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シュッガルト楽団と共演(シュッガルトのHPより)

ドイツにて 2016年5月

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TIMMとの演奏会(大垣市音楽堂)‎2017‎年‎9‎月‎29‎日

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「世界で一流の音楽を楽しむ会」に呼ぶ予定のサラ・ディビスさんの演奏会で。(多治見市) ‎2018‎年‎5‎月‎29‎日、

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最後の公式演奏会「ドレスデントリオとの共演」大垣クインテッサホテル

2018年1月13日

2019-04-03     久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年4月 2日 (火)

生涯現役の心がけ

 人はどんなに強欲で精力的でも、深夜になれば睡魔に襲われ、眠りにつく。どんなに財産があろうとも、最後は赤子の如くになって寝る。その時には、食欲、性欲、物欲も権力欲もなく、ただひたすら眠りたいだけである。人の一生を一日に置き換えると、人生の終末は、深夜に眠りに就く姿によく似ている。その時には、良く働いた一日に満足して、安らかな眠りにつきたいと思う。

 

無為の眠り

 一日の運動・労働不足で寝付かれず、酒に頼っての睡眠前儀式では寂しい。就寝前に当日(一生)の反省をして、横になるのが良き眠り前の儀式である。やることもないから、寝ようかでは、「起きたけど 寝るまで特に 用もなし」の来世(明日)が待っている。そんな終末を迎えたくはない。やり残してでも、やり続けながら立ったまま眠るが如き人生も憧れである。

 

走りながらの眠り

 深夜0時を回っても、まだやり足りないと睡魔と戦いながらの受験勉強や、やりかけた仕事がまだ途中で、しぶしぶ眠りにつくような眠り方も理想である。勉強や仕事をやりながら寝てしまう時もあろう。それは現役として走りながらの死の姿である。そんな眠り前の儀式もない形も理想的な眠りではある。

 

わしがやらねば誰がやる

 平櫛田中(1982~1979・彫刻家)は、90歳の時に30年分の材木を買い込み、彫刻道に励んだ。平櫛田中は百歳を超えても、30年かかっても使いきれないほどの材木を所有していた。これはいつでも制作に取り掛かれるようにと、金銭に余裕がある時に買いためた材木が、いつの間にかそれだけの分量になっていたためである。そして死の直前まで彫刻に励み、107歳の天寿を全うした。下記は彼がよく揮毫した言葉である。

「今やらねばいつできる わしがやらねば誰がやる」、

「不老 六十七十は洟垂れ小僧 男盛りは百から百から

 わしもこれからこれから」

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 人生において、最後まで現役でいるのは理想である。仕事に惚れ、仕事に没頭し、惚けて死んでいくのが理想の人生。

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2019-04-02     久志能幾研究所 小田泰仙

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2019年4月 1日 (月)

老いてからの心構え

 人生は生老病死。それに逆らって生きるから、過労死する。自然体がよい。行く末を見極めて、人間として生きよ。老いては子に従えは、自然の摂理。権力の座にしがみ付くのは、醜態である。

 

・子供にこうして欲しいと思うな。

 息子には他人の女が付いている。息子には息子の人生がある。息子は昔の己の姿。大目に見て上げよう。

 

・今日は、今日のことを仕上げよ。

 過去は胸にしまえ。今日が最期の日と思え。明日があると思うな。今のうち。一日一生。一瞬一生。人のことを構っている時間はない。

 

・人の長所だけを見よ。

  意識して探さないと、欠点だけが目につく。視野が狭くなると、長所が見えない。

 

・心を健康に保て。

  体が健康でも、心が病めば、生きた屍である。健康でなければ幸福はない。

 

・老いを受け入れよ。

  自然に逆らうとは、神佛に逆らうこと。自然体が一番よい。生あるものは生老病死。今更つっぱっても大人げない。

 

・消費をして日本経済を活性化せよ。

  あの世にお金を持っては逝けない。老人にできることはお金を使うこと。消費は世の為人の為。消費は人の為ならず。お金を使えば自分に帰ってくる。

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Photo_2   馬場恵峰書

2019-04-01  久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月12日 (火)

縁は偶然、別れは必然

 この世は一期一会、偶然手に入った自分の若さも、いつかは別れなければならぬ。永遠の師も、恋人も、友人でもいつかは別れが訪れる。 

 縁ありて花開き、恩ありて実を結ぶ。しかしそれはこの世の一時のこと。その花もいつかは散る。得た実もいつかは無くなる時が来る。散ることを知って、一期一会を全うしたいと思う。今日の己は、昨日の己にあらず。明日の己は、今日とは別の己である。 

 縁にも生老病死がある。いくら自分が成長しても相手が成長しなければ、その人とのご縁は老病死である。いくら仲が良くても、共に同じような成長は難しい。己と成長のペースが同じでない人との付き合いは苦痛となる。それで自然な別れが生じる。それもご縁である。

 5年ほど前に、友のたった一言の使い方が原因で、40年来の友と別れたことがあった。今にして思うと、私は友の成長のなさが我慢できなかったようだ。友人であっても同じように成長し、同じ価値観を共有しないと、友人として成立しない。縁は偶然だが、別れは必然であることを実感している。同じようなことを渡部昇一先生が『95歳』という著書で書いてみえる。

 

 縁は偶然の産物。その縁を掴むか、育てるかは、その人の縁力である。縁力を高めるお心肥をケチる人に、良きご縁は回ってこない。人格の低い人、仏縁の薄い人には縁の育成は難しい。

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  馬場恵峰書『源氏物語より(1)』「桐壺」

 

「限りとて別るる道の悲しきに、いかまほしきは命なりけり」(『源氏物語』)

 どんなご縁にも、どんなに愛しい恋人ともいつかは別れが来る。そのとき「いかまほしきは命なりけり」と望んでも運命は残酷である。だからこそ頂いた命と命の出会いは一期一会、ご縁を大切にすべし。この世で出会う相手は、人生の恋人なのだ。

 

2019-02-12   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

人生の結論

 人生の結論は死である。そこから始めて何を残すか、何をやるかを考えるのが人生設計であり、そこから死計の智慧が生まれる。若い頃は頭で薄々分かっていても実感の無かった死という結論が、あちこちと体に不調を抱える歳になり、お墓作りを通しておぼろげながら見えてきた。

人生の四計(生計、活計、老計、死計)を考えない人は、スリラー小説みたいな人生を無為に送り、上り坂、下り坂、マサカの場面に遭遇して転落する。本を読んだり、スリラー小説、演劇を見るときは、初めから終わりへと頁をめくり、観劇をする。そのストーリーのクライマックスで、どんでん返しを見せられて狼狽する。そうならないように、死計を考えて生きていきたい。

 

クライテリア(CRITERIAとは基本方針である。1994年のミシガン大学テクニカルライティング受講時、出会ったキーワードであり、一番感銘を受けた言葉である。先ず方針ありきで、その基本方針・考えがないと書類作成も仕事でも何事も進まない。会社経営では、終わりの目標から始めて、そこに到達するために、衆知を集めて取り組む。人生経営で、自分はどんなクライテリアの基づき生きてきたのか。残された時間をどのように使うのか。

米国ビジネス社会では「読みにくく、内容不明瞭な文書を、受取手(上司、同僚)が読まなくてもなんら責任がない」とのスチーブンソン教授の見解は、論理構成の重要性を再認識させられた。読んでもらうために、真剣に書類の「クライテリア」を明確にして「デザイン」をしなくてはならない。

 

文書デザインは、ビジネス社会で情報を伝えるツールとしての書類に、命を与える。書類を「設計」するには、その基本概念の明確化と書類の戦略と戦術が要求される。それは製品を作るためプロセスと同じである。

人生デザイン、何のために生きるかというクライテリアを盛り込んだ人生設計図である。それなくして死計もありえない。一番素晴らしい人生とは、死に臨んで死計として従容として死に就くことである。よく働いた日が安らかな眠りを誘うように、計画を完遂した人生は安らかな死を賜う。それはやるべきことをやり遂げた人への佛様からのご褒美である。いつ死んでもよいように、今を一生懸命に生き、仕事をして、使命を果たす。一念とは「今」の迷う「心」を一つにして、背中に我慢を背負い、右手にソロバンと左手に海図(理念・経典)を持って、明日は分からない命を抱えて生きることである。そのためには、命の運搬手段としての体に悪い影響を与える事象を遠ざけるのが死計である。

 

 余生とは、生きながらえている状態である。人生設計図に余生などはない。最期まで現役であれば、余生は不要である。この歳まで無事に「歳を頂いた」のだから、ご先祖とこの世にお返しをしなければなるまい。

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 馬場恵峰書 『恵峰人生書画詩文旅日記』 日中文化資料館蔵

 上図は『報恩道書写凝集』(久志能幾研究所)に収録

 

    『佛が振るチェッカーフラグ』p68より

2019-02-12   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月26日 (月)

裸で生まれて 裸で死んでいく

 今夜2018年11月26日、町内の方のお通夜があり急遽、参列をした。厳粛な式の中、日頃、忘れていた死を思い出した。通夜式の最後に、故人の生前の写真を時系列にプロジェクターで映し、個人を偲ぶ趣向があった。元気だったころの仕事中の姿から、退職してから皆とゴルフ、旅行をして元気だったころ、老いてお爺さんになり、孫を見て顔をほころばせている時までを映し出していた。その映像を見て、日頃忘れていた現実、人は老い、死んでいく現実に、引き戻された。

 

人の一生

 人は、寝て一畳、立って半畳、食べて一合、飲んで一升。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。足るを知る生活には、一衣一鉢の黒衣で足りる。今は、物があり過ぎるから、争いが起こる。余計に金を持つから、更に金に執着心が起きる。今回の日産のゴーン氏の強欲ぶりの醜態をマスコミで知って、更にその思いを新たにした。

 持たない生活、食べない生活、一人でいても寂しくない生活を目指すべきだ。知足の生活に幸せがある。かのソロモン王でさえ、己ほど着飾ってはいなかった。今の己の生活を振り返る機会を頂いた。

 

五蘊

 蘊とは、仏教用語で、「集まり」の意味である。五蘊として人間の肉体と精神を五つの集まりに分けて示した。仏教では、この五蘊が集合して仮設された存在が人間であるとして、五蘊仮和合と説く。これによって五蘊(=人間)の無我を表そうとした。古くは阿含経の中に言及されている。五蘊は次の5種である。

 「色」は物質的存在を示し、「受」「想」「行」「識」は精神作用を示す。人間の心身の機構を羅列的に挙げ、それによって人間の生存およびその環境の全てを表そうとした。

 

色蘊 :人間の肉体を意味する。

            後には全ての物質も含む意味になった。(例:桜そのもの)

受蘊 :感受作用(例:桜の木をみて「美しい」と感じる行為)

想蘊 :表象作用(例:眼をつむって「桜」というイメージを思い浮かべる行為)

行蘊 :意志作用(例:桜の枝を瓶にさしてみようと思い巡らす行為)

識蘊 :認識作用(例:「桜」と認識する行為)

 

下記の書画は、馬場恵峰先生に揮毫をお願いしたら、我々が先生の書を撮影している間に、直接、軸に揮毫をして完成させてしまわれた。脱帽です。

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    2016928日 揮毫

2018-11-26 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2018年11月19日 (月)

組織のかかる死病

 会社とは、社員を支え育成に限りない援助を与えてくれる親的な存在である。会社も長く存続すると、それ相応に成熟し安定成長に入る。自然現象として、大事な情報がトップに伝わらない現象である「情報の動脈硬化病」、「組織の硬直化病」という死病がじわりじわりと迫りくる。企業の寿命は30年といわれる。入ったときは若かった会社もいつかは老いる。社会を見渡しても、2000年の雪印乳業の食中毒事件、2001年の三菱自動車のリコール隠し、2002年のみずほ銀行のシステムダウン等、この病気に起因する不祥事が続いている。発病後のトップの発言は不思議と同じで、「そんなことは聞いてなかった」である。情報が流れない情報ルートの詰まり、組織の硬直化といった死病に罹った企業の症状である。そして倒産の危機に面する。

 病気にかかれば治療する。事前予防をする。当たり前のことを当たり前にするのが自然の理にかなった経営である。その治療が業務改革である。(2003年7月31日記)

 

13年後の真実

 以上を13年経った今の目で見直しても、問題企業の体質は何ら変わらない。最近の燃費偽装問題で、三菱自動車の隠ぺい体質は、13年経っても変わらないことが露見した。人も企業も変わらない。なぜそうなったかの真因を追求せず、表面的な対処療法で済ませるからである。よき反面教師の教えを頂いた。(2016年9月23日記)

 

行政のかかる死病

 大垣市のように独善的な市長が18年間の長きにわたり君臨すると、市役所はヒラメの職員ばかりになり、正論、諫言が通らなくなる。言えば唇寒しの状態が蔓延して、情報の流れが止り、腐敗の原因となる。情報は現代組織の血液である。自分達で行事の使用用途を非公開のマル秘にする条例を作り、やりたい放題に金を使えば、不正が起きない方がおかしい。それが民主主義社会で如何に異常なのかが、分からないほど大垣市長は病が進んだのだ。

 2017年11月5日の大垣市ドローン墜落傷害事件を起こしても、行政の責任者は、業者に責任を押し付けて遁走した。大垣市制100周年記念行事の大判振舞いで、大垣さん大臭合、水饅頭偽ネス記録造成、ミッキーパレード等の予算には疑惑点が多いが、小川市長は条例を楯に使途用途の公開を拒否して何も言わない。

 それでいて、エアコン設備率が県下最低水準で、小学校の子供たちが夏の酷暑に泣く声は、市長の耳に届かない。市民の声は聞かざる市長である。

 大垣駅前商店街の61%がシャッターを下ろしても、それが市長の目には入らない。小川敏市長は、見ざる聞かざる言わざる。これは死病に罹った状態である。

 

身内というカス

 名経営者と言われた人でも、企業が公器であることを忘れて、身内の人間には甘くなることが多い。その身内の人間が経営者として失格でも、身内ゆえ、切るに切れず、経営の中枢部が侵食されてゆく。そうすると本体の経営がおかしくなる。血管のプラークのように経営の中枢の障害物となって経営情報の流れを阻害する。経営の血の流れに付いた不純物は、身内というカスなのだ。身内ゆえに切るに切れない。経営情報という血が正常に流れないので、じわじわと企業の生命力を削いでいく。業病である。

 

松下電器の過ち

 かの松下幸之助翁も娘婿の経営者を切れなかった。そのため娘婿を辞めさせる汚れ役を後進の社長に任せたが、反撃され返り討ちにあって消えてしまった。そして松下電器はおかしくなっていった。それは企業が公器であることを忘れた罰なのだ。

 地元の企業でも名経営者と呼ばれた方も、身内におかしな娘婿を入れたがため、経営がおかしくなった。そんな娘婿を選ぶような娘の男を見る眼が問題で、娘の育て方を間違えたのだ。

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     2016年9月28日 揮毫

 

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2018-11-19 久志能幾研究所 小田泰仙

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二番じゃダメなんです

 自分の心の中には、4尊の佛様が葛藤している。四流佛は、いくら助言をしても全く動かない不動迷王である。「そんなことは分かっているわい」と、助言をすると怒るので、不動明王様もお手上げで、もうホットけ、である。

 三流佛は、雑事に追われて「忙しい、忙しい」と日々を送り、一歩前進二歩後退を繰り返す不賢忙殺である。自分の悩みを忘れる為に、現実から目を背け、諫言に耳を塞ぎ、雑用に取り組むことで悩みから逃れる佛である「急ぎ事ではないが、人生でもっと大事なことは何かを考えよ」と普賢菩薩様は嘆く。

 二流佛は、物事を遅れずに早からずソツなく過ごし、その場で足踏みをする高見見佛である。分かっていてもつい傍観者の立場になってしまう仏様である。ブツぶつと仏にぼやきはするが動かない「傍観ではなく、その本質の音を観よ、もっと動け」と観音菩薩様は諭す。

 一流佛は、一歩前進、障害に出くわし半歩後退はするが踏み止まり、決して諦めない極道菩薩である。道を極めるのに労を惜しまない極道者の佛様である。

 

己の心で四佛が乱舞

 四尊は全て自分の心中におわします佛様である。日々、場面によって主役となる佛が違う。ある時はアクセルのお役目をするし、ブレーキのお役目もする佛様である。全ての仏が、己の心の状態に合わせて、神出鬼没で人生ステージに乱舞する。人生演出家としての己に根性がなく、その配役決めで迷うと、役者の佛様は右往左往で、波瀾万丈の人生劇場となる。

 

似番菩薩

 「二番じゃダメなんですか?」と耳元で囁く妖怪がいる。この妖怪は、二重国籍問題はひとごとのようにして、ブラーメンで人を攻めるのが得意である。「耳を洗い目を拭って相手を見て、己の魂の叫びを聴け」が、魂の真の声である。「魂」とは自分の内なる「鬼」が本心を「云う」と書いて魂である。親切がましく助言をする佛の本心を見極めたい。本心を隠し、言行が振れ、自分の経歴詐称をする妖怪の本質を見極めないと、ニセモノ人生を掴まされ、自分の人生も日本の政治もダメにしてしまう。一流の佛でなければダメなんです。一番を狙っても入賞さえ難しいのに。二番とは限りなくビリに近い順位である。

 

極道菩薩

 手を合わせれば、観音菩薩の化身である極道菩薩が、救いの手を差し伸べ、己の背中を押してくれる。手を合わせるとは、自分を静かに内観して、その内なる声を聞くことである。人生での戦う相手は、自分の内なる四体の佛である。

 どの佛が浄土に導いてくれるか考えてみよう。人生の第4コーナに突入したのなら、二番じゃぁ駄目なんです。ゴールまで、もう時間がないのです。閻魔大王がゴールで、待ち構えている。

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衆生の救いを求める声を聞き、救いのため足を踏み出し、手を差し伸べているお姿。救いの手のため、人の腕の長さに比べて長い。 大仏師松本明慶作 聖観音菩薩像

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2018-11-19 久志能幾研究所 小田泰仙

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