b-図書 Feed

2020年8月10日 (月)

書評『病気になりたくともなれない話』

宇田成徳著『病気になりたくともなれない話』致知出版社

 

木鶏クラブでの講演会 致知出版 2005416

講師  宇田成徳博士

Scan0014__1s

Scan0014__2s

所感1

 医師ではない宇田博士が説く健康法(開運法、仕事術)は、実例のデータを多く示してくれるので納得してしまった。経営者ではなく、同じ開発者研究者(当時)で工学博士(元松下電器)であり、特許も多数持ち、R&D100アワード賞には輝いた方の体験談は、人生の師の言葉と合い通じる重みがある。心も頭も体も、そして運命も真理は同じである。

 日本の最近の社会がおかしくなったのではなく、自分達が食生活を悪い方向に変えてきた。それが病気の原因である。またこの50年で「心」の食べ物も悪くなった。社会がおかしくなるはずである。

 日本がおかしくなったのは、「狂った食事」、狂った生活」、「狂った教育」が原因である。だから狂った政治家が生まれた。

 

 

所感2 日本の政治

 日本がおかしくなったのは、政治家の悪政が原因である。日本は病気である。

 日本は30年来、不景気が続くのに、減税ではなく、なぜ増税なのか。狂っている。欧米が年間1500時間労働で、2~3%成長なのに、なぜ日本は2000時間労働で、成長率が1%なのか。日本の経営が狂っている。経営者が拝金主義に染まって、頭が固くなってしまったのだ。欧米は拝金主義ではあるが、頭が柔軟である。だからGAFAが成長している。

 大垣市がおかしくなったのは、小川敏が原因である。小川敏は大垣市をこれだけ衰退させた元凶なのに、その責任も感ぜず、6選を目指すのとは狂っている。日本の経済成長率が1%で、大垣市の成長率がマイナス1%である。小川敏の経済政策が狂っている。

 

宇田先生の健康と人生のキーワード

健全な精神は、健全な肉体に宿る。

人生は最高のことしか起こらない。

賢者は先人に学び、愚者は体験に学ぶ。素直な人は自然に学ぶ。

一は全て通じる。

親孝行をすれば実力は4倍になる。

客観性を磨くと、自分が見えてくる。

どうしたら喜んで貰えるか、どう見られているかを考えれば実力は4倍になる。

144k8a10931s 馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」

 

 

私(宇田)の方針

 一は全て通じる。3年挑戦して、師を越えなかったらおかしいと思え。

 私は、企業として相手の会社と共同研究をしている時、その会社に出張で入るとき、「どうぞ○○の発展をお祈りします」と言って入る。会議でも相手のことを祈りながら発言する。

 友人にニッコリ笑ってもらう、喜んでもらおうと思えば、いくらでもアイデアが出てくる。

 私は、毎朝、なりたい自分をノートに書き出している。人は一番多く見たり聞いたりしたことが実現する。ならば自分でなりたい自分を毎日書き出さばよい。

 

就職試験論文に落ちたくても落ちない答案作成方針

(人生の生き様を書く)

論点

 ただひたすら生きる(60点)、

  社会の役に立つために働く (30点)

  知識の過多 (10点)

以上の合計点で合否が決まる。

1978~2003年で、宇田先生が指導した学生で落ちたのは一人だけ。

 

学び方

 賢者は他人の失敗に学ぶ、愚者は体験に学ぶ。

 素直な人は自然に学ぶ

 

病気は疲れた時に出る。疲れなければ寿命は125歳である。

1)水分をたっぷりとると病気は1/2になる

 オシッコは毒である。水が足りないとオシッコが薄い、濃縮されない。

 腎臓が150L/日の浄化をしている。腎臓は0時から休む、だから夜更しは腎臓に負荷をかける。それは疲れの元である。

 

2)ミネラルをたっぷりとれば1/5に減るはず

 昔(50年前)、アトピーはなかった。つまり食生活の変化が原因である。

 本に書いてあることは90%のみで、後の10%の大事なことは書いてない。それを探すのが真の読書である。

 

3) 冷たいものを避ければ1/4減る

 胃中の酵素が、食物を消化・溶かす働きをする。

 冷えると酵素の働きが弱くなる。だから冷たいものは避けること。

 

 私は(小田)は、朝起きると白湯を一杯飲む。決してコーヒではない。

 

4) 快便

 動物の排便は瞬間である。野生動物は便秘で悩まない。

 排便時間の長い人は食事を改善すること。「狂った食事」をしている。

 そんな生活では何時か、大腸がんになる。

 

5) 食べ過ぎは疲れの元

 食べ過ぎると消化不良となり、それが体に毒となり、この毒で体が疲れる。

 二十日ねずみの実験

 A  満腹ねずみ    6ヶ月の寿命

 B  Aの60%ねずみ  18ヶ月の寿命

P10702501s

6) 怒ると疲れる

 怒りとは何か。ハリネズミは威嚇するとき針を立てる。動物の威嚇の名残が人間の怒りである。怒りは瞬間にエネルギーを燃焼させ、瞬時に老廃物が発生する。瞬時には体内で老廃物を処理できないので、尿毒ができ、自分で作った毒で疲れる。

 

7) 喜ぶと元気になる

 喜びの典型は犬が喜ぶとき。一番の喜びとはエサをもらったとき。パブロフの条件反射で唾液,胃液が出て、体中活発する。それが、喜びの原点である。人間も喜びが体を活性化させる。

 

8) SEXはなぜ快感なのか

 自然界に不必要なことは残らない。それは快感ではないからである。自然界での典型的なSEXはカマキリの交尾である。交尾のあとオスはメスに喰われるが、痛くはないはずである。自然界の麻酔が脳内に出てくるからだ。

 

2020-08-10 久志能幾研究所通信 1700  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年8月 9日 (日)

危機管理16 『チーズはどこへ消えた?』(1/2)

 スペンサー・ジョンソン博士著『チーズはどこへ消えた?』(2000年 扶桑社880 円)がベストセラーになった。話はたわいない内容であるが、現実には深刻な人間の性を寓話的に描いた作品である。ある迷路に 2匹のねずみと 2人の小人が住んでいた。そこに美味しいチーズがあり、満ち足りた生活をしていた。ある日、そのチーズがなくなる時が来た。その時の4者(匹?)の対応ぶりのお話である。ここで登場する「チーズ」とは、我々が人生で求める仕事、家族、財産、精神的な対象の象徴である。「迷路」とは我々の幸せを求める場所、仕事場、家庭の象徴である。登場する2匹のねずみと2人の小人は我々の性格を象徴している。チーズが消えた時、自分ならどうするかを自問自答して読む哲学書でもある。

 

この物語の教訓

 変化は起きる   チーズはつねに持っていかれ、消える

 変化を予期せよ  チーズが消えることに備えよ

 変化を探知せよ

   常にチーズの匂いをかいでいれば、古くなったのに気がつく

 変化に素早く適用せよ

  古いチーズを早く諦めれば、それだけ早く新しいチーズを楽しめる

 変わろう     チーズと一緒に前進しよう

 変化を楽しもう

   冒険を十分に味わい、新しいチーズの味を楽しもう!

 進んですばやく変わり再びそれを楽しもう

          チーズはつねに持っていかれる

1

 スペンサー・ジョンソン博士著『チーズはどこへ消えた?』(2000年 扶桑社880 円)

 

警告の書として

 会社は放置すると死んでしまう。そんな厳しい現実を、形を変え、たわいもない寓話にしてのが『チーズはどへえ消えた?』である。今、企業は生き残るため、従業員の意識改革と教育に必死である。必死でない企業が倒産している。そんな背景もあり、この書は米国の多くの有名企業(*) の教育用テキストとして使われてベストセラーになったようだ。今ある状態が永遠には続かない、今の本業がいつかは成り立たなくなるときが来る。その時にどうするか、その時の各人の生きざまがこのお話しの中でたとえで語られ、そこに登場する4者(ねずみと小人)のどれに自分は当てはまるかを自問自答させられる厳しい物語でもある。

 赤字の会社・事業部・部門・個人(赤字の人生)は、変化が来るとは思わず、変化を一時的なものとしてしか認めず,変化を怖がり、安全な場所で今までどおり働きたいと思い、変化をしようとする人の足を引っ張る人や体制が多いし、体質がそうなっている。少なくとも黒字の会社と比較するとそういう傾向が多い。だから、この書を警告の書として世界の企業のトップは読めと勧めている。たぶん変わらない部下にイライラしながら。なにせ大前研一氏は「35歳から50歳までの社員は企業内の不良債券だ」とまで極言している。そんな意見がでるのもそれなりの根拠があるはずだ。本当に著者が伝えたかったのは「変化を恐れるな、変化を楽しみなさい」である。それが出来ない人が不良債権となり、会社を危機状態に陥らせるのです。

 

*:シティーバンク、エクソン、イートストマンコダック,ジェネラルモータース、グットイヤー、マリオット、モービル、オハイオ州立大学、ゼロックス、教会と病院、政府機関、米軍等で活用(他15社名が記載)

   (この情報は邦訳本には記載されていない。原書のみの情報)

 

経営者の本音

 この物語は、かっての高校のクラスメートの一人マイケルが自分の会社の仲間に配ったお話として語り、その後に、この話の聞かされた元クラスメート達による静かな熱い議論がある。ここからが経営者の本音の部分である。そこで私が注目した重要な現実(変化しない自分)とシリアスな発言(変化しない人は解雇)があった。

 

変化しない自分

 ビシネスウーマンのローラが疑問を投げかけた。「変化を恐れている人はどれくらいいるの?」と、その場のかつてのクラスメートに挙手してもらった。しかし、たった一人しか挙手しなかった。で、「自分以外の人は変化を恐れていると思っている人は?」との質問に変えたら、全員が挙手した。つまり自分では気づいていない。認めたくないという現実がある。この種の教訓は品を変え形を変え我々に教訓という苦い薬を提供してきた。それはいかに人間が変われないかの証明でもある。また、変わったつもりでも、回りからは変化してとは見えないという事実でもある。その格差に気づいてほしいのである。

 

 私が受けた某経営者セミナー(2000年頃)で、我々はリーダーとして、また経営者として変わるつもりで、参加したのだが、実際は少しも変わっていない自分との出会いがあった。その出会いに気づいただけでも自分を褒めてあげたい。普通の人はそれさえ気づかない。

 

変化しない人は解雇

 変わらなかった人に対しては、どうしたのだという質問が飛び、「辞めてもらうしかなかった。全員働いてもらいたかったが、我が社が急激に変わらなければならない状況で、そうしないと全員が困る状況に陥るからだ」と、マイケルは苦渋に満ちて告白した。米国企業のトップがこの書を勧める本音がここにあるような発言である。我々がリーダーや経営者の意識で、これらの4者の人達を俯瞰的に観て、組織を運営していかねばならない。しかし危機状態でも変われない人達がいる、その現実を知ることである。ここに組織の縮図がある。あなたが4者の上に立つリーダーなら、どういう運営をするかの命題としても読める「楽しい」大人のファンタージーである。これが楽しく読めなければ、あなたはヘムである。リストラを覚悟するか、意識改革をしなくてはなるまい。

 

10年間で8割が倒産

 日本には約3,000 万社の中小企業が存在するが、10年間で8割が倒産する現実がある。残るのはたった2割である。これが50年間となると、存続するだけ奇跡と言われる。単純に確率計算をすると,0.2 の5乗は0.00032 である。確率的に3,000 社に1社しか生き残れない。

 大企業でも、普通は企業の寿命は30年といわれる(2000年頃)。花形産業でもその寿命は30年である。今の技術革新の激しい時代(2020年)は、その寿命は18年と言われる。

 私の前職の会社も創業65年で、市場から名が消えた。その会社を吸収合併した会社も、以前に倒産寸前になって別の大会社の資本が入った。

 兵庫県明石市の人麻呂神社には、50年前に当時の地元の企業100 社が寄進して社の修復をおこなった。坂の石段にその時に寄進した企業名が刻まれている。しかし、当時の企業で現在も存続している企業はたった1社しかない。それもその企業名は確かに残っているのだが、その企業の業態は変わっている。上記の確率から計算と現実をみると、現実の厳しさを実感できる。現在は、倒産しないという神話のある業界や大企業の破綻の噂が目白押しである。

 そもそも寄進とは隠徳である。寄進を行為を石に名前を刻ませるとは売名行為である。名前を刻む作業にも費用が発生して、寄進したお金が目減りしている。トップのそんな傲慢な姿勢が、50年後に企業が消滅する因果を招いたのではと思う。売名行為をする、それは企業が成長の頂点を極め、後は衰退するとの暗示である。

 数百年続いた伝統あるお菓子屋さんがある。そこが生き延びた理由を店主に聞くと、伝統を絶えず時代に合わせて変え来たので、今の伝統が守られているという。伝統を守るには変わらないと守れないのである。それが守破離である。

 

私のチーズが消えた---過去を抹殺して

 私は、前職の事業部の看板商品の開発に、入社以来20年間、開発一筋に携わってきた。ところが人事異動で生技開発室を担当することになり、今までやっていた自分の経歴を否定する技術開発に取り組みを命じられた。自分の過去を抹殺する業務である。今、自動車部品開発で、新工法技術が価格競争とグローバル競争で、求められる技術の一つであるからだ。いつまでも過去の技術にこだわっていると部品事業部の製品が売れない結果となる。私自身、目の前からチーズが消えた現実に置かれた。

 

 当社の看板商品のもう一つが自動車部品事業部の油圧部品である。当時、時代は地球環境保護、省エネ、の流れを受け、電気化のニーズが高まっている。当社の油圧部品は、世界市場シァアで15%の世界第2位であるが、5年後に今の製品の(チーズ)の市場は激減している恐れがある。少なくとも電気化のニーズが高まるのは各種の予想で警告されている。油圧部品市場が激減した時になって、「チーズはどこに消えた?」と狼狽してはなるまい。

 現在、美味しいチーズがいくら大量にあっても、日々どんどん古くなり、減っていく。「ホー」が「新しいチーズは今までの場所ではなく、外にあるのではないか」と考える瞬間がある。それこそ著者が一番言いたかったことなのだ。

 

 この書の著者スペンサー・ジョンソン博士は心理学者である。20世紀は頭の時代で、21世紀は心と魂の時代と言われる。頭だけで考えているだけでは登場人物のヘムとホーのように変化に対応できない。まず行動が必要だ。変化は起きるものとして、変化を予期し、素早い対応が求められる。そうできない企業は破産し、人は破綻する。変化する、変化に機敏に対応する、そうした倒産への防御が危機管理である。そのためには企業は変化し続けなければならない。企業を構成するのは人間である。その人間が変わらないと企業も変わらない。

 

2020-08-09 久志能幾研究所通信 1698   小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

連絡 カテゴリー追加「b-図書」

 表記カテゴリーを追加しました。

私の読書感想、図書の紹介です。

 

2020-08-09 久志能幾研究所通信 1697   小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年8月 8日 (土)

危機管理30  あなたの臨終

 死とは、人生で最初で最後の最大のプロジェクトである。その経験を伝えた人はいない。だから希望として、自分の死は悔いのないプロジェクトとして完成させたい。

 私は、自分の臨終を考えて、理想の死にかたを追求している。それが美味しいモノに誘惑されて病気になり、心筋梗塞やガンで死ぬことは避けたい。美味しいモノには毒がある。その毒物がこれほど溢れている時代は人類史上、初めてである。毒と分かっていても、つい手を出してしまう。その誘惑を排除して、心と体の健やかさ(健康)を保って、天寿を全うしたい。理想は老衰死である。それが危機管理である。

 不慮の事故等で死ぬのは、危機管理ができていなかった証である。その事故に遭う確率を少しでも減らして生きたい。身の回りは危険が一杯である。

 天命を全うするため、死というプロジェクトに本気で取り組みたい。それこそ本当の終活である。財産や品物の整理や身辺整理は、些細なこと。そんなことは、後の人がやってくれる。後は野となれ山となれでよい。

 それより何のために生きて、何のためなら死ねるのかを、明らかにすれば死は諦められる。諦めるとは、死を明らかにすること。

 

「詩人の颯声を聴く」

  本気になると

  世界が変わってくる

  自分が変わってくる

  変わってこなかったら

  まだ本気になってない証拠だ

  本気な恋

  本気な仕事

  ああ

  人間一度

  こいつを

  つかまえんことには

 

 これが但馬銀行に掛かっている。谷山さんが掛けられた。その詩でずいぶん救われた人がいる。何故かというと、銀行ですから、破産した人、しそうな人,いろいろ来る。お金借りたいと思って来て、そして、「わしは、まだ本気でなかった」と。「本気でやらなかったからこうなったんや」と。それで、「だから、銀行からお金借りません」って。そして帰ってやり直す。たくさんの人が「本気」で救われました。

 

息をしている瞬間が臨終

 一遍上人は「ただいまの念仏の外に臨終の念仏なし。臨終即平生なり」という。つまり、あなたも私もいま、息をしていますが、その息をしている瞬間が臨終だ。毎時毎秒、 1分 1分が臨終なんだ。今、そういう気持ちで生きている人間がいますか。そこまで徹底して追及した人はいません。一日一生などといいますが,一瞬に比べたら、一日はとても長い。

 一遍さんは息をしているときがすなわち臨終だという。そう考えたら、なんでもできる。人間、いま死ぬんですよと言われて、すると、慌てふためく人もいれば、そうかと考えて、なすべきことを全部しようという人もいます。死ぬ気でやれ、なんていったりしますが、本当に死ぬ気でやったら、できないことはないんじゃないですか。

 

創造する人間

 「老人は早起きだというが、そんなことはない。私が普通の人と同じように遅くまで寝ていたい。しかし、私が普通の人と同じように遅くまで寝ていて、どうして人々の心に光を灯す詩が書けますか。創造する人間は絶えず、危機の中に身をおいてないといけない」

 

著者プロフィール

 四国松山に住まい、

 ひたすら詩作に一道精進を続ける。94歳(2003年1月現在)

 随筆集「念ずれば花ひらく」の著者。

 1980年 正力松太郎賞受賞

 1989年 愛媛県教育文化賞受賞

 1991年 仏教伝道文化賞受賞、愛媛県功労賞受賞

 2006年12月11日 逝去

 坂村真民(聞き手藤尾秀昭)著「詩人の颯声を聴く」より。一部編集。

 致知出版社(2000年) 1300円

 

本気

 「本気」の詩を見てご臨終になる人、生き返る人。自分はどちらであろうか? 今日元気であっても、明日地震で死ぬかもしれない。東日本大震災、阪神淡路大震災のように。明日、テロに遭遇するかも知れない。ニューヨーク貿易センタービルの同時多発テロのように。いつ何時、レバノン大爆発の巻き添えにあうかもしれない。いつ何時、ガンで余命宣告をされるかもしれぬ。癌ならまだ時間余裕があり幸せである。心筋梗塞、脳梗塞に襲われれば、即死状態である。その数は年間20万人余である。

 「今、すなわち臨終」との一遍上人の言葉が、心に重くのしかかる。今を必死に生きない人に明日は無い。それは生きているのではなく、生き長らえていることで、ただ息をしているだけの人生ではないのか。

 私の好きな詩に「本気」がある。本気で物事に取り組んでいれば、道半ばで斃れても、本望である。それは名誉の戦死である。本気でないから、死に臨んで悔いが出る。

 

河村義子先生の本気

 私も1年半前に、余命2年半の余命宣告を受けた(5年後の生存率51%)。計算上は後1年の命である。

 義子先生は、死の5年前にその余命を悟られたようだ。義子先生は、死を明らかにして、諦めて本気で人生最後の5年間を生きた。私はその最後の5年間にご縁があったことに、感謝である。義子先生から、人生のフィナーレの生き方を教えて頂いた。

 

 本気ですれば大抵のことはできる。

 本気でしていると何事も面白い。

 本気でやっていると誰かが助けてくれる。

 人を幸福にするために、本気で働いている者は、みな幸せである。

                       作者不明

4k8a08491s

 馬場恵峰書

 

2020-08-08 久志能幾研究所通信 1696  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年7月22日 (水)

書評「死という最後の未来」

石原慎太郎・曽根綾子著 玄冬舎 1500円(2020年6月20日初版)

.

 死という未知を学ぶ

 私はこの本を読んで、生きる勇気を貰った。死に対して達観できて、勇気を持って人生の収穫期を生きる勇気を得た。死の直前は、人生舞台の幕が下りる寸前のクライマックスである。カーテンコールを期待して最後の頑張りをしよう。良く死ぬために、よく生きる。そういう勇気をこの本からもらった。

 曽根さんは、自然界に身を置くと、その営みに感化されて、春夏秋冬の自然の営みで、人間もそのサイクルで老い、死ぬのが納得できるという。人間は自然界の中の小さな存在だ。今の現代人はそれを忘れている。

 久しぶりに読後感の良い本に出合えた。文中に示唆に富む言葉を多く見付けた。それを下記に記す。

                    2020年7月21日読破

 

 

石原 ホーキング博士は40年前の講演会で「高度な文明を持った星は、自然の循環が狂って、宇宙時間でいうと瞬間的に滅びます」と言った。彼の言う宇宙時間の瞬間的とは、100年である。

 ホーキング博士は永遠性を肯定的に説いた人で、そういうふうに語った哲学者もいない。それと同じことを、お釈迦様も法華経も説いている。(p117)

 

延命治療はやらない

曽根 人生の最期でやってはいけないこと。点滴・胃瘻、気管切開、酸素吸入。(p159)

 

 私の母も脳梗塞で、半年間、意識もなくベッドで延命治療を受けた。自分で呼吸ができないので、酸素吸入である。そばで見ていて残酷だと思った。自分なら早く死なせて欲しいと思う。付き添いの家族が不幸である。

 

曽根 人間の一生は「永遠の前の一瞬」。(p162)

曽根 本当の友情というのは、相手の健康や幸せを望むこと。(P169)

曽根 私の場合は何も残したくはないですけれど、棺に入った時に、誰か胸元に「ミッション・コンプリート」と書いた紙をおいてくれないかしら、と思いますね。(P178)

石原 織田信長が桶狭間の戦いに出かける前に、一差し舞ったのは「敦盛」。「人間五十年、下天の内を比べれば、夢まぼろしの如くなり。一度性を受け、滅せぬ者のあるべきか。これぞ菩薩の種ならむ、これぞ菩薩の種ならむ。死のは一定、しのぶ草には何をしようぞ、一定かたりをこすよの」

 人は、誰か死んだ後、なんだかんだと勝手なことを言うけど、全くおこがましい、ちゃんちゃらおかしいと信長は軽蔑しているんです。(P171)

 

曽根 寿命は、聖書の中で「ヘリキア」という言葉で出てくる。ギリシア語で、意味は3つある。それは寿命、その職業に適した年齢、背丈である。どれも自分の自由にならない。命の長さは神様が決めること。(P183)

石原 大自然の中では、誰も頼れない。そいう環境に身を置かないと脳幹を鍛えられない。今の若者は、辛いことを避けて経験しないから、脳幹が鍛えられいない。今の若者は、スマホに氾濫している情報を過剰に摂取しているから、本能が衰える。頭にはどっさり実がなっているが、支えなければ肝心の幹がやせているから、なにかあると簡単にポキンと折れてしまう。(P199)

 

曽根 やはり食が大事ですから。あとはリンパマッサージ。これは定期的にやって、血流をよくしています。目を使う仕事ですし、頭皮も全部揉んでもらうんです。気持ちがいいですよ。頭蓋骨の中の血流をよくすることも重要ですから。(P203)

曽根 私は50歳になった時から、寝る前に「3秒の感謝」というものを始めた。「今日までありがとうございました」と言うんです。もしその夜中に死んだとしても、けじめをつけたことになるでしょう。死ぬことは良い制度だと思います。

 だって、「あなた自由にやりなさい」とずっと生きていたら、どこでやめたらいいかわからないじゃないですか(笑)。(P205)

 私は寝る前に、仏壇の前で仏様とご先祖に感謝をしてから眠りにつく。私は曽根さんと同じことをしている。それがけじめになっていることを教えて頂いた。

 私は馬場恵峰師の教えに従って、朝は希望を抱いて起き、夜は感謝で眠りにつく。

曽根 人は、社会貢献することが大切。年老いて、誰しも外見がどんどん衰えていきます。その人を輝かせるのは「徳」だけなんです。社会にほんの少しの奉仕もしようと思わない人は、「徳」がないのです。

 古代ギリシア語の「徳」という言葉には、卓越という意味もある。奉仕に興味がない人は、卓越もしていない。

 「受けるよりは与えるほうが幸いである」(P207)

 現代の日本社会は、貰うことばかりに狂騒している。利他の心が失われてしまった。今の日本人は心の修養が出来ていないのだ。修身の教育が必要だ。

曽根 人の役に立てるということは、自分自身の希望になる。自分にも光を与えられるということなんでしょう。(P213)

曽根 私たちは、こと中年以降は、弱っている人たちや助けを必要とする人たちの存在を、絶えず意識して生きることが必要だと思いますよ。運命を嘆いてみたり、文句ばかり言っているような人は、誰かに与えるとか差し出すとか、心に寄り添うということがまったくないように見受けられますね。(P130)

 私は嘆きばかりしていたり、未来の話をしない人とは縁を遠ざけるように心がけている。その言葉の影響を一番多く受けるのは、本人自身なのに、その人はそれに気が付いていない。そんな人と付き合っては、自分の人生のフィナーレを穢すことになる。私は少しでも、皆さんのためになる情報を提供しようと取り組んでいる。

Photo

Dsc045961s

2020-07-22 久志能幾研究所通信 1675 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。