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2021年4月20日 (火)

己の道は手のうちに。己が教祖様

 

己を拝め

 キリスト教で「天にまします我らの神よ」と祈っても、仏教で「南無阿弥陀仏」と手を合わせても、神も仏も己を助けてはくれない。ただ見守っているだけだ。己を助けるのは己である。己が人生の運命を握っているのに、その努力をしないで、「神も仏もないないのか」と運命を嘆いても、それはお門違いである。

 マラソン選手の有森裕子さんの名言「自分で自分を誉めてやりたい」というくらいの「誰にも負けない努力」が必要だ。

 人は自分を拝む勉強をしない。自分が行動を起こさなければ、人生は変わらない。

 

背中を観よ

 自分の背中を観よ。しかし己は己の背中を見ないし、多くの人は観ようともしない。しかし己を支えてくれるのは背中である。その背中は他人の視線が鏡として、背中を見てくれる。だから人皆わが師である。

 

自灯明

 仏様が与えてくれた機会を他人の為に、人のために話をしなければ、自分は幸せになれない。いいことや、良いことは人に話さねばならない。黙っている人こそ、くせ者である。保身者である。

 人がしないから、させてもらっている。面倒くさいから、やらせてもらっている。自分が幸せを作っていくのだ。実力の裏が教養である。早く勉強した人が、早く実力をつける

 自らが人生の暗夜を自らの灯で灯せ。だから仏様は「自灯明」を説かれる。

 自らが灯なら、暗い顔ではダメだ。周りを照らすように明るい顔を示せ。暗い顔は、玄関に髑髏を飾るようなものだ。

 

己の死を見つめよ

 死はグラデーションだ。死はある日、突然にやってくるものではない。人間も生物だから、急に全ての組織が死ぬわけでも、全て新しく生まれるわけでもない。死んだような生き方では、段々と死んでいく。

 心も新陳代謝である。朝日が昇れば、昨日の自分は死んだのだ。今日は新しい考えを頂いて、新しい自分が新しい一日を作る。昨日の失敗を糧に、新しい自分が生まれる。だから失敗を恐れることなかれ。失敗から、新しい自分が生まれる。死なくして、生はない。

 自分の死は決まっている。死は必然だが、生は偶然である。生きている間に、何を後世に遺すかが大事なのだ。生物で一番大事なことは、自分のDNAを残すことだ。

 馬場恵峰師は、お弟子さんを残し、作品を残し、足跡を残して、天寿を全うし、使命をやり遂げて旅立たれた。生が有限であることを知っていたから、できたこと。

 

師の死を活かすことは、自分が師を超える事

 人間は先代の功績をベースにその上に知恵を積み重ねてきた。師からDNAを受け継いだのなら、それを上回る業績を残すべきだ。それがその道を歩む後継者の使命である。その道の教祖になるように努力をすべきなのだ。

 

実践あるのみ

 手本ばかり見て、書を書くからうまく書けない。自分で考えて書けば、うまくなる。人の真似をするな。自分で考えて書け、覚えて書け。

 習字をするからうまくならない。作品を書きなさい。下手でもいいから高い紙に高い墨で、丁寧に書きなさい。そうすれば残るし、うまくなる。

 人生でも高い金を払って、高い、価値ある仕事をしなされ。安い仕事では実力はつかない。

 だから師の行動を真似するな。自分で考えて、師を超える行動をしなされ。師の行動は、師の人格の表れである。それを真似しても意味がない。自分で考えて、自分の人格が現われる行動をすべきである。それが学びの成果である。

 

我以外皆師

 書の教室に来ても、自分だけ先生から添削をしてもらったら、後は知らんふりでは成長できない。他のお弟子さんが先生から添削を受けている状況を見て学べ。それが「我以外皆師」である。人生二度なしで、一生勉強である。

 字書き恥かきで、実際に恥をかいて体験しないと成長できない。恥をかくことを避けるのは、自分が可愛くて、自分を守り過ぎである。それは自惚れである。これでは成長できない。

 これは全ての道(武道、芸道、学道)で、いくら秘伝書でノウハウを伝えても、血の滲む鍛錬を繰り返さないと名人にはなれない。鍛錬とは、鍛を1000日、錬を万日として修行することだ。今はノウハウ書がオンパレードであるが、それでは薄っぺらな人生しか送れまい。それは本当の勉強していないことである。

 

 本稿は、馬場恵峰師の知己塾の講義を元に、私の想いを加筆しました。

4k8a02411s  馬場恵峰書

2021-04-20   久志能幾研究所通信 1995   小田泰仙

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著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年4月19日 (月)

死友を求む ~死本主義社会で格差が拡大~

 真友? 仲友? 師友? 道友?

  群友? 損友? 潰友? 毒友?

 

 人は必ず死ぬ。死は必然だが、生は偶然である。友とのご縁も偶然である。それを前提に生きる場合、どんな友が最高なのか? 友にも格がある。友は、自分に見合った友しか現れない。だからこそ魂の昇華のため精進しなければならぬ。

 「命」とは死ぬまでに与えられた時間の総量である。毎日が死に向かって「前進」している。死に対して、後退はあり得ない。必ず死に向かって前進である。それを加齢という。その間にどれだけ使命を全うできるかが、人生ゲームの勝負である。その競争相手は自分である。その人生ゲームで友と過ごす時間は多い。その時間の活用如何が人生ゲームの勝敗を分ける。

 

死友

 死友とは、生には限りがあることを覚悟して、道を求めて、共に生きてきた友である。死の床にあって、涙を流して悲しんでくれる人が、真の友である。「死友」である。

 馬場恵峰先生は死の床にあって、涙を流して私の手を握って喜んでくれた。

 

 2020年12月21日、恵峰先生宅をお見舞いで滞在していたら、珍しく恵峰先生の意識がしっかりしてお話ができた。11月と12月で一泊2日の4回、お見舞いに先生宅を訪問したが、そのうち先生に意識があったのは8回のうちで3回ほどである。

 それを博多のO社長に電話で話したら、1時間半後にO社長が先生宅に現れて驚嘆した。O社長は電話の後、すぐ車を飛ばして来たのだ。その決断力に敬服である。

 O社長は泣きじゃくりながらベッド上の恵峰先生と抱きあった。思わず私ももらい泣きをした。そこまで心を通い合わせたのが死友である。そんな死友に恵まれて恵峰先生は幸せであった。

 

道友

 2014年10月の大島修治氏主催の太志塾で、馬場恵峰先生は参加した皆さんに希望の書を揮毫して進呈した。その色紙に書かれた宛名の言葉が「〇〇〇〇道友」である。この時、初めて「道友」という言葉に出会えた。よい言葉である。言葉も友である。良き「友」に出会えて、それを皆さんに紹介すると、自分の人生が豊かになる。言葉が人生を創る。

 

書友

 恵峰先生の手紙の中で、「書友」という言葉頻繁にでてくる。書道を通して、人間としての生き方を学ぶ友である。

 

仲友

 親友以上に価値ある友は、仲間である。同じ目的や同じ趣味で集まった仲間である。べたべたせず付き合えて、親友よりも価値がある。

 

師友

 安岡正篤師が主催の「関西師友会」でこの「師友」という名を知った。これも良き名前である。

 

潰友

 大変な時(病気等)、気をかけてくれなかったら、友ではない。単なる社交辞令的な付き合いしかできない人である。自分の大事な時間を潰し、人生時間を無駄にする人である。

 

 3年間程、国家試験の予備校で、同じ目標に向かって一緒に机を並べて学び、度々赤提灯で飲んだ受験仲間がいた。彼に私の癌闘病生活を話したら、「今度、お見舞いにいかねば」と言ったが、その後彼から全く連絡がない。それは外交辞令であった。

 

 中学以来50年間、年賀状のやり取りをしていた友は、私が癌の手術をしてその年の年賀状を出せなかったら、翌年、彼から年賀状が来なかった。彼には私が癌になって手術をすることを話していた。情けない思いを味わった。今までの彼の年賀状は全て印刷物であった。

 

損友

 人生の益(人生目的を全うするための資源)を稼ぐことを阻害する人は、損友である。お互いに刺激しあって、人生を稼がねばならぬ。

 

毒友?

 会った時に目についた愚行を、品を変え手を変え、真摯に諫言しても、その悪癖が治らなければ毒友である。その愚行の匂いが自分の生活を脅かす。

 助言とは、単なるアドレスではない。嫌われことを覚悟して命をかけて切りつける刃なのだ。その刃で返り血も浴びる。その覚悟なければ、諫言など言わない。

 刃を使わなければ、長年しみ込んだ悪い習慣の匂いが、己の体にも染みついてくる。それを防いだのが孟母三遷の教えである。友なら三遷するよりも、宝刀で友の悪行を断ち切りたい。それが分かってくれなければ、毒友である。

 宝刀とは、不動明王、文殊菩薩が持つ煩悩を断ち切る佛刀である。不動明王は怒りだけの佛ではない。不動明王は右手にもった宝刀で迷える衆生の煩悩を断ち切り、左手に持った羂索で、地獄に落ちそうな迷える衆生を救い上げる。その目は怒りの目ではなく、慈しみの目である。

 この不動明王像の目は、遠くから見ると怒りの目であるが、近寄って懐に飛び込んで見上げると、優しい慈悲の目に変る。松本明慶大仏師師はそういう目を彫りあげた。仏像彫刻の世界にも創造がある。

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 松本明慶作 不動明王 TOBU百貨店「松本明慶仏像彫刻展」で

  2018‎年‎4‎月‎16‎日

 本写真は松本明慶仏像彫刻美術館の掲載許可を得ています。

 

群友

 単に交際を求めて異業種交流会等に参加して知り合った人である。いくら多くの人と名刺交換をしても、そこから交流が始まったことは、私の場合には過去一度もなかった。所詮暇つぶしで集まった人たちだ。

 私の尊敬する見城徹氏(幻冬舎社長)は、「GOETHE」の中で異業種交流会等には決して参加しないと断言している。

 

あと10年間で、何人の新友と出会えるか?

 70年間生きてきて、今現在、仕事を通して新たに知り合う人は、年に10人程である。その中で、心を許して付き合える人は1人もいないだろう。

 平均寿命まで10年間あるとして、あと何人と新たな出会いがあるか、限りなく少ない数に愕然とするはずだ。

 だからこそ、今付き合っている友を大事にしよう。友と付き合うとは、残り少ない時間(命)を分けあっているのだ。ゆめゆめ、時間を無駄にすることなかれ。

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      馬場恵峰書

 恵峰先生は、20枚前後の色紙に揮毫された。その色紙は全て違った色紙であった。

 

2021-04-20   久志能幾研究所通信 1993 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月16日 (金)

運転中はマークレビンソンをブッ飛ばせ

 

 私は今でもテストドライバーのつもりで、運転中は音楽やラジオ番組を聞かない。私は指導教官からの30年前の教えを今でも守っている。

 なぜなら運転中は五感を研ぎ澄ませ、僅かな音の変化で、車の状態、回りの状態を察知することが、テストドライバーとしてとしては試験車を運転時に必要なのだ。身の危険をタイヤ音、エンジン音、風邪切音で察知しなければならないからだ。

 

 私が知人に車を乗せてもらう時、殆どの人がラジオ番組や音楽を流している。私にとって、運転しながらの音楽鑑賞はご法度である。なにせ車を運転するとは、この世で一番大事な命を運んでいることだから。

 私がタクシーを利用する時も、運転手がラジオか音楽をかけていると、不愉快になる。

 

 外科医は手術中に携帯電話にも出ないし、音楽も聴かない。なにせ人の命を手術しているのだから。車の運転も同じである。

 

オーディオマニア

 レクサスLSには高級オーディオが装備されている。私がレクサスLSを運転した時も、高級オーディオには一度もスイッチを入れなかった。結局、レクサスLSを所有した2年間、オーディオの電源を一度も入れず、レクサスLSを手放した。だからその高級オーディオの音が良かったどうかは分からない。

 私はオーディオに疎いのではなく、車内で音楽を聴くのは邪道であるという意見である。私はオーディオマニアである。だから自宅では超高価なオーディオ装置で音楽を聴いている。優に新車のクラウンが買えるほど高価なオーディオシステムである。

 

無事

 人生道では、魅力的な音が満ちている。般若心経でいう「音」とは、此の世の誘惑である。それに気を取られて身を滅ぼした人も多い。人生道を走る時は、回りの誘惑を排して、目的に向かって邁進すべし。交通事故を起こさず、無事に走ることが最大の運転テクニックである。

 

2021-04-16   久志能幾研究所通信 1991 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年4月14日 (水)

ハンドルを握りしめない

 

 自動車会社の試験車運転資格(テストドライバー)の訓練では、「ハンドルは握りしめてはダメ。10時と2時の位置に、そっと手を添えよ」と教えられる。ハンドルを握りしめると、咄嗟の回避操作ができにくい。

 

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 10時と2時の箇所に手を置くだけ

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   ハンドルを握りしめてはダメ

 

慣性

 ハンドルとは、自分の船や車を思った方向に進ませてくれる操舵装置である。それを握りしめると、何かあって場合、方向を変えるに大きなエネルギーがいる。

 自分の乗った大船は、大きな慣性エネルギーを持っている。簡単には方向は変わらない。ハンドルは握りしめず、ただ添えるだけでよい。

 車でも、どんなものでも、何もしなくても、直進性があるので勝手に真っすぐに走っていく。真っすぐに走らなければ、それは操舵以前の機械の問題である。要は支離滅裂な性格と同じである。

 

心の慣性

 自分には固定観念というカチンカチンの行動習慣がある。子供は1日に20回の決断をするという。АにしようかBにしようか、迷っても、親からBはダメと頭ごなしに躾をされると、Аを決断することが、性格(固定観念)となる。その訓練を7歳までに、20回×365日×7年=51,100回の繰り返しの定着訓練としてすることになる。そうやって性格が形成される。人間は7歳までに97%の脳が完成する。だから簡単には考えは変わらない。何も指示されなくても、その方向に走っていく。だからこそ、良き固定観念を形成したい。それは半分は親の責任である。

 

人生航路のハンドルさばき

 ハンドルとは自分の主義、価値観、思想である。固定観念が指示をするハンドルである。その価値観の方向に舵が切られて、人生はその方向に人生航路を辿る。その思想や価値観は、時代と自分の成長の過程で変わる。

 「平和が大事、人の命が大事」と言っても、戦争になれば、敵を殺さないと己が殺される。銃後の親や妻子が殺される。国が滅ぼされる。そんなとき、平和が大事と言っていたらバカである。戦争の時は、真面目に人殺しをせねばならぬ。

 

君子豹変

 かように状況によって、その価値観は変わる。だからその価値観を堅く握りしめては、身の破滅である。その思想には、そっと手をそえるだけでよい。周りの状況に合わせて、その思想を変えていかねばならない。変えなければ偏屈である。それが人生航路でのハンドルの握り方である。君子豹変でよい。

  

2021-04-14   久志能幾研究所通信 1988 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月11日 (日)

ゆでガエル洗脳病をぶっ飛ばせ(11/11)安物買い

「安物買い病」をぶっ飛ばせ

 

 安さ至上主義で、100円ショップでモノを買えば、それは外国の奴隷労働を推進する悪徳となる。100円製品は奴隷労働で作られた製品である。その消費分だけ、日本の雇用が失われて、悪魔のスパイラル効果で日本の経済衰退の原因となっている。安物買いは、自分で自分の首を絞めている。安物買いの銭失い。安物を買う輩はそれに気が付かない。安物買いは他人迷惑である。

 

 欧州が移民を推進した為、貧富の差が拡大して、テロや犯罪が増加して、社会が不安定になって、今そのツケを払っている。今のままでは、いつかそれが日本の未来となる。

 

自分を買う

 モノを買うとは、自分を買うことだ。安いものを買うとは、自分を安く買っている。浅ましく買うとは、自分を浅ましくしている。安いものに囲まれるとは、自分が安く下品な人物に堕ちていく。私は、その人の所有しているモノで、その人を人物評価している。見ればわかる。

 成金が金の任せて買っているモノは、高くても趣味が悪い。それは下品で、その人の人物を表している。

 人と付き合うなら、上品な人を選びたい。上品な人と付き合っていると、なぜか心が豊かになる。その反対は、……。

 

自己投資

 自分有限会社の社長として自分にもっと投資しよう。自分に投資をしないから、段々と下品になり、ジリ貧になる。

 

 私が就職をした48年前、母は私に「お前が定年になるころは、退職金も年金も無いものと思え」と言った。私はそれを想定して生きてきたので、今の私がある。金を貯めたのではない、どんな時代になっても生活できる能力を養ってきた。学ばない人生は墓場の人生だ。

 並みの会社員は、自己投資をせず、引きこもりで己の人生を崩壊させた。投資無きところに成長なし。自己投資をせず、勉強しない人間に未来なし。

 

書道の学び

 馬場恵峰先生は、「書道で書くなら、高い紙に高い墨で書きなさい。そうすれば、後々まで残るし、字もうまくなる。安い紙に書くから、安易に書いてしまう。だから、字もうまくならないし、後世の残らない」と言われた。

  馬場恵峰先生は、中国に行かれると、毎回、同行の人が持てるだけの書道用紙を買ってこられた。日本では手に入らない高級な紙である。毎回数十万円の出費であった。

 馬場恵峰先生は、いつも中国から買ってきた紙(色紙や巻物等)を私に見せて、「小田さん、この紙に何を書くか考えるのが楽しいのだ」と言われたことが、今は懐かしい思い出である。

 

2021-04-11 久志能幾研究所通信 1984 小田泰仙

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2021年4月10日 (土)

右手に志、左手に算盤、背中に我慢と不安

 

 行動=状況把握+使命感+強み

      ドラッカー

 

 経営も仕事も芸術も、全て人格が決める。人格以上の仕事はできない。創る仕事から人格以上のものは出てこない

 

 自分の使命は何か?

 自分の強みは何か?

 

 現状把握も、己の使命感と強みを意識しないと見えてこない。自分の人格を上げないと、見えるものも見えない。目に見えるものでなく、見たいと思うものしか目に入らない。自分の価値観というフィルターで、見るべきことが隠されてしまう。だからこそ、その価値観のレベル向上が必要で、それが魂の向上である。

 

 魂を磨け。人格を上げよ。金儲けの才覚を磨け。それを世のために使え。お足がなければ、世間を歩けない。渋沢栄一流の算盤と論語を重んじよ。

 右手に志、左手に算盤、背中に我慢と不安を背負って、歩め。勇気を持って未知なる長い道へ第一歩を踏み出せ。百里の道も一歩から。

 

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2021-04-10   久志能幾研究所通信 1983  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

ゆでガエル洗脳病をぶっ飛ばせ(10/11)人件費

「人件費削減病」をぶっ飛ばせ

 

 人件費は経費ではない。設備投資費である。人こそが価値を二倍にも十倍にもしてくれる。グローバル経済主義病に犯された会社は、その人件費をケチり、正社員を減らし、派遣社員を増やし、海外に工場を作り、製品を逆輸入している。結果として日本の給与水準がこの30年間下がり続けている。これでは日本の景気が良くならないし、少子化も解消しない。そのツケは必ず払わねばならぬ。

 

日本企業のこの30年間

 企業は内部留保を優先し、給与を上げず、派遣労働者を増やし、人材育成費を削減してきた。その結果、会社は発展させてくれる人財が消滅した。結果として、自分で自分の首を絞めている。日本企業の人材育成費は、世界最低レベルに低下している。グローバル経済主義病の症状である。社員教育を疎かにして、成長できるはずがない。

 

人は大事と言いながら

 経営者は、人の教育は大事と言いながら、不況になると真っ先に人材育成費を削減してきた。そんな経営者が会社を良くできるわけがない。だから日本企業は衰退した。私の前職の会社も、そうであった。教育担当の私は忸怩たる思いを何度も味わってきた。

 

大垣の没落

 小川敏のように、自分達だけにお手盛りで給与を上げるから大垣市は没落した。大垣の役人の給与は、岐阜市のそれを抜いて県下一の高給になった。その代わり、大垣市の児童生徒一人当たりの教育費が県下最低となった。教職員の給与も最低レベルになった。大垣市の役人と一般庶民に収入の2倍以上の大格差が生まれた。そんな大垣市が発展するわけがない。

 

電機業界の衰退

 パナソニック、ソニーに代表される日本の電機業界は、人件費を削り、虎の子の技術者をリストラして、業績の低下を防ごうとした。しかしリストラされた技術者が、中韓企業に雇われ、その技術が中韓の企業に流れた。その後、用済みの技術者はお払い箱である。日本の技術者が屈辱的な扱いで、中韓の企業を追われた。

 日本企業のリストラのしっぺ返しで、中韓で製造された安い製品が日本に流れ込み、日本の電機産業は壊滅した。みんなそれで不幸になった。グローバル経済主義病の症状である。

 日本の電機産業は自分で自分の首を絞めたのだ。人を大事にしなかった咎である。グローバル経済主義病である。

 

自分有限会社の衰退

 自分を大事にせず、家庭内の自分の待遇を疎かにして、勉強をしないサラリーマンは、能力開発が出来ず、企業のリストラ対象になった。

 原因を自分の中に見つけないと、また同じ過ちを繰り返す。

 自己投資なくして、成長なし。

 

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2021-04-10   久志能幾研究所通信 1982  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月 8日 (木)

10年後、この世にいないとしたら

 

10年後のために、今することは何か?

3年後のために、今することは何か?

1年後のために、今することは何か?

今日、することは何か?

死後の世界で出会う人のために、今することは何か?

この10年間で何を遺すのか?

 

5年後

 日本人の平均寿命は80歳である。今、70歳の人は10年後にはこの世にいない確率が高い。60歳の人でも20年後にはこの世にいない。20年などあっという間だ。75歳になれば、4人に一人は認知症である。つまり脳死である。そのことを考えないから、ドタバタの人生で終わる。死の間際になってあわてる。

 死に接して、慌てないように人生を送れば、死の時になっても、従容として死ねる。立派に死ねる。死ぬ時は、死ぬのが一番適切な行動だ。延命治療など不要である。

 

成年重ねて来たらず

一日再び晨(あした)なり難し

時に及んで当に勉励すべし

歳月は人を待たず

陶淵明(365~427年)『雑詩十二首』

 

 

時間の浪費   p 35

 その原因はどこにあるのか? 君たちはあたかも自分は永久に生きられるかのように今を生きていて、自分のいのちの脆さに思い致すことは決してない。いかに多くの時間がすでに過ぎ去ったかを意識しない。時間なぞ無尽蔵にあるもののように君たちは時間を浪費している。そうやって君たちがどこの誰かに、あるいは何らかの事に与えているその日が、実は君たちの最後の日であるかもしれないのに。死すべき者のように君たちは全てを怖れ、不死の者であるかのようにすべてを得ようとしているのだ。          

   セネカ「人生の短さについて」3-4(中野孝次訳)

Img_64031s  馬場恵峰書 2006年

2021-04-08   久志能幾研究所通信 1980 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

「To do人生」から「To be人生」へ

 

 ビジネスでの成功のための道具として、「to do リスト」が氾濫している。やるべきことに優先順位を付けて、リストにして実行するための道具である。何のために? ビジネスでの成功のためである。

 しかし、人生で最終的に目指すべきは、人間になることであり、人格者になることであり、佛になることである。決してビジネスでの成功者になることではない。

 ビジネスでの成功者が、人格者であることは稀である。ビジネスでの成功は、人生の中で一時的過渡現象である。ビジネスで成功すると傲慢極まりない輩になることが多い。それが失敗して辛酸を舐めて人格者になる人が多いのが世の常である。ビジネスでの成功は、人生の一里塚であり、一夜城の建設である。やるべきことをやり切って、金が貯まっても、守銭奴のままでは、成仏できまい。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。何もあの世に持っていけない。

 

Doの人生

 金を稼ぐ(do)、そのために何をやる(do)か?

 金を稼いで、それでどうするのだ。

 毎日、のんびりと寝転がって過ごすため?

 熱帯地方の住民は、環境が豊かなので金がなくとも毎日、のんびりと寝転がって過 ごしている? それが究極の姿ではないか。それがよほど幸せだ。

 

 女を作る(do)、そのために何をやる(do)か?

 女を作って、人生をどうするのだ?

 その女もいつしか老いる。老いれば、嫉妬心が旺盛になる。

 その己も何時かは老いる。老いた身に豊満な美女は不要である。

 そんな女がまとわりついてきて幸せか?

 

 贅沢な生活をする(do)、そのために何をやる(do)か?

 人生、寝て1畳、立って半畳、食べて1合、飲んで一升である。

 贅沢に過度に栄養を体に入れば、病気になって早死する。

 贅沢で安易な生活を送れば、すぐ病気になる。早死にである。

 最初から持たない生活をすれば、人生の目的は早く達成する。

 

Beの人生

 To do人生では、何時か限界がくる。いつまでも体が動くわけではない。やりたくても、やれない時が来る。老いれば体力も欲望も無くなってくる。金を作り、女を作り、飽食し、欲望を満たすことが人生の目的ではない。人は必ず死ぬ。死にゆく身に、金も名誉も女もモノも意味を持たない。色即是空、空即是空である。

 

余命

 男性の平均寿命は80歳。今70歳なら、多くの人は10年後にはこの世にいないのだ。癌になれば、5年後には半数はこの世にいないのだ。

 私も癌になり、手術後、医師から余命2.5年と宣告された。医師の言う通りなら、後、半年の命である。素直でない私は、医師の言葉を信じず、癌を再発させないように取り組んでいる。素直に医師の言葉を信用すると、そのようになるという。

 

何を目指す?

 しかしTo be人生には、限界がない。佛になるために、己は何であるべきなのか(be)? その前に、動物で生まれて、人間にもなっていないことに気が付くべきだ。新聞の社会面には、畜生のような振る舞いの事件が氾濫している。

 一番大事なことは、動物で生まれた我々は、死ぬまでに人間になることが最優先である。それを自覚して精進すべきなのだ。

 その上の界で、その道の師匠となるために、己は何であるべきなのか。その道の達人となるために、己は何であるべきなのか。家族の指導者になるために、己は何であるべきなのか。

 家の外も内も変わらず、人格者であれ。その前に、動物で生まれた己を人間に昇華させよ(Be)。それがTo be人生だ。

 

 人は人の中で人となる。人多き人の中にも人はなし。人となれ人、人となせ人という事。

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 馬場恵峰書

 東日本大震災で倒壊した神社の再建時に出た端材に揮毫

 

2021-04-08   久志能幾研究所通信 1979 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月 7日 (水)

強盗(go to)より減税を。人生時間の減税を

 

 ごおとうイートよりも、ごおとうトラベルよりも、減税こそが経済活性化の肝である。それが全国民に公平に、満遍なく景気回復の種を蒔くことになる。

 

大嘘

 安倍首相(当時)は、2017年9月26日夜のテレビ東京番組で「(08年の)リーマン・ショック級の事態が起こらない限り引き上げていきたい」と言った。このコロナ禍の経済危機はリーマン・ショック以上である。それなのに減税せず増税したのは、強盗なみの噓八百である。

 

利権まみれ

 幹事長の二階俊博は一般社団法人全国旅行業協会の会長である。その利権のため、強通トラベルの再開を画策しているようだ。ごうつうトラベルは、コロナ禁拡散の危険性が高い。小役人のGo to 主義(ご都合主義)で税金をバラまかれてはたまらない。

 

二階氏「GoToトラベル再開を」

 自民党の二階俊博幹事長は4日放送のBSテレ東番組で、新型コロナウイルスの感染状況に留意した上で、停止中の観光支援事業「Go To トラベル」を再開すべきだとの考えを示した。再開により、感染拡大のリスクが高まるのは悩ましいとしながら「恐れていたら何もできない。みんなが家に引きこもっていたら、日本の経済が止まってしまう。経済効果がある」と述べた。

  2021.4.4 18:59 産経ニュースより

 

 旅行業の全産業の売上に占める割合は0.11%ほどにしかならない。飲食業を含めても全体の1.3%程である。それだけの分野に莫大なgo to補助金(第一次補正予算にて事業総額1兆6,794億円)を出しても、その効果は少ない。それより全産業に満遍なく景気の刺激を与えるのは、減税である。

 アメリカはトランプ前大統領が減税をしたから景気がよくなった。日本はその逆で増税である。だから日本の景気が良くならない。

バイデン大統領は、社会費を増大させている。そのため増税が必至である。増税の為、近い将来、米国の景気失速は間違いないだろう。

 

 旅行業界の売上高  1兆6989億円(2020年)  全体の0.11%

 飲食業界の売上高 19兆32939億円(2018年)  全体の1.2%

 全産業の売上高 1,481兆8,986億円(令和元年度)(財務省発表)

(金融業、保険業を除く)

 

定年後は人生税金を少なく

 人生の義務と税金とは、定年までの労働である。それが社会に対する義務と人生の税金である。それが終われば、税金フリーとして自由に活動して、自分の人生の活性化を図るべきだ。その過程で世の中に貢献できれば最高だ。

 

人生の大宇宙空間

 定年で会社人生が終わって、平均寿命の80歳までの20年間の時間がある。12時間×365日×20年=87,600時間という人生の大宇宙空間が広がっている。世の為、自分のためにその時間を税金フリーとして活動すべきである。その時間を無為に過ごすから、社会のお荷物になってしまう。挙句に認知症になればお手上げである。

 全体統計からみて、己が旅行をしても精々0.1%の消費である。食べて飲んでも1.3%の消費である。己の人生では、もっと社会に有益なことがあるだろう。群れて酒を飲み、飽食して、魚釣りに興ずるだけが人生ではない。人間として生まれた意味を探せ。使命を探して生きよ。熟年者を!大志を抱け、である。

039a34451s  馬場恵峰書

2021-04-07  久志能幾研究所通信 1977 小田泰仙

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