ポジティブシンキング(極楽とんぼ気質)
聞き手 逆に、会社の人に対してはプレッシャーみたいな感じを持たれることはありませんか。
鈴木 いや、ないですね。チームのルールで、「仕事中は一切飛行機をやっているという存在感を表すな」と徹底しています。あくまでアフター5の活動で、仕事ではないですから、業務中は飛行機の話題は聞かれない限りは一切アピールしないことが基本です。逆にそうしている方が、経験的に、結果が良かった時のインパクトは、非常に大きいですね。「あんな忙しい日々を送っていて、こんなこと、いつやれるわけ」とよく聞かれたりします。そうすると、「ああ良かった」と思いますね。
聞き手 じゃあ、もし今仕事を取るか、大事なイベントの飛行機の方とどちらを取るかと言った時は仕事ですか。
鈴木 間違いなく仕事ですね。だって私は仕事で飯を食っているわけで、人力飛行機で飯は食えませんから、仕事を取ります。会社は仕事をちゃんとやってないと、こうやってバックアップもしてくれないと思います。目的が達成しないとやっぱり不完全燃焼で気持ちが悪いとかいう性格を持っていますので、仕事も趣味も関係ないですよ。だから何ごとも、全力投球ですね。
聞き手 そうしないと記録を作れませんね。
鈴木 結構、疲れますけどね(笑)。
聞き手 また不調の時もあるでしょうからね。
鈴木 浮き沈みでいくと、鳥人間コンテストで、僕は3年に一度しか優勝できないと言われていました。2年連続して没している時もあります。確かにテストフライトではよく飛んでいますが、気象条件やトラブルに遮られたりすると、次の結果を出せるのが翌年になるので、いかに気持ちを落ち込ませないで維持するかが、マインド・コントロールとして重要です。だから頂点に立ってもおごらない。そこで駄目でも落ち込まない。だから優勝しても、あまりどんちゃん騒ぎもしないで冷静に受け止めますし、祝勝の宴会とかもあまりやりません。
聞き手 逆に失敗した時の反省会とかは……。
鈴木 激しいですね。徹底的にやります。優勝しても対岸に行けなかった2、3年は、優勝しても激論を闘わせました。例えば、一度4,400mで前の日本記録を破った年に、鳥人間コンテストでも優勝しましたが、2kmしか飛びませんでした。その時に、回りのメンバーから、「なんで2kmしか飛ばないのだ。5km以上は飛ぶんじゃないか。何がそうさせているのだ」というような感じで、激しく議論します。
良かった時は良かった時で、なんで良かったんだろうという反省、悪かった時はそれの何十倍もの、なんで駄目だったかという理由を必ず明確にして、それを次にフィードバックする。冷静に考えるということを身につければ落ち込んでも、次にそのフィードバックをかければ絶対いい結果が出せます。全部プラス思考で考えるようにしていますので、どんな失敗をしても落ち込みはないわけです。表向きには落ち込んでいるふりをする場合もありますけどね。落ち込んでもタイムロスになりますよね。そんな過去のことをくよくよしてもしようがないと。
オンリーワン技術
聞き手 反省会から生まれた技術はなんですか?
鈴木 大阪府立大学に記録で負けた時は、30分で没しました。その時に思いついたのが今のコックピット形状です。空気のインレットとアウトレットの問題を発見しました。コックピットの後に完全にスケスケのメッシュの布が張ってあります。それの効果を5分の1の風洞実験で確かめました。回りのチームが一生懸命、プロペラはどうするかとか、翼の形状はとかってやっている頃に、我々はもうそんなもん見向きもしないで、コックピットの課題に集中しました。要は30分持たない理由が人間の冷却でした。テストフライトでのデータ上は、250Wで飛んでいます。 250Wでパイロットの中山をベンチの自転車にかけると、1時間なんか楽勝で持続します。しかし30分しか飛ばないのはなぜという疑問に対して再現テストをした時に、コックピットに空気がきれいに流れてないことがわかって、コックピット形状を微妙に変更していきました。従来も強度解析にはCAEを使っていましたが、この対策には、コックピットの形状設計に三次元CADを使い、空力解析をしました。(図10)
聞き手 空気抵抗は速度の二乗に比例しますよね。機体速度が遅いから、コックピットはむき出しでは駄目ですか?
鈴木 駄目ですね。多分10km飛ぶ機体が1kmとか、そういうレベルまで落ちると思います。全体の抵抗値はものすごく少ないので、全体の抵抗値の中でここが大半の割合を占めています。学生達ってよく、慣れるまでコックピットっておろそかにしていますね。最近それが理解されて、学生たちもきちんとその辺を対策しています。それで突然、急激に飛ぶようになったわけですね。でも、こういうことって、克服してやったもん勝ちですね、だからやって真似しちゃうともう、何機も同じようなレベルに到達してしまい、そうすると価値観が薄れます。我々の価値観は、やっぱり誰も行ったことのない時に、対岸へ到達するという結果にあります。一番最初に実現した人間は誰かで、次に行ったやつが誰なのかは誰も知らない。そういう世界になりますね。
聞き手 コロンブスの卵と同じですね。
鈴木 それが前人未到という価値観です。1998年の琵琶湖横断の時、2位のチームは5kmぐらいしか飛んでいません。5kmに対して23kmという絶対的な差を生み出したプロセスは、やはり技術者としての百歩先を行った満足感で、技術者冥利の世界です。もう競争相手達が、翼の設計は何だ、材質は何がいいかと試行錯誤している頃に、我々は、5年前にそれを見極めて、コックピットの検討を始めていたのだという自負がありますね。
聞き手 それってありますよね、技術屋って。そういうオンリーワン技術を開発した誇りが。
鈴木 そうですね。隠し持っていてね、いざ製品化した時に、いつからその技術を開発していたのだ、と驚かす感じですね。
図8,9,10 コクピット形状と翼リブ形状
日本記録への道(計測技術の取り入れ)
聞き手 機体に計測機器を積まれていますが、その経緯と効果を教えて下さい。
鈴木 会社にいて20年の歴史がありますが、最初の10年間はヤマカン設計、ヤマカンテストですね。レベルが上がってきたら、そうは問屋が卸さない状況に気づいてきて、本格的にいろいろなアプローチを始め、風洞実験と計測技術の駆使を始めました。ちょうど1990年頃、制御系とか電気系に強いメンバーが加わった頃です。
テストフライトは800m長の富士川滑空場です。我々の機体の滑空比は30から35ぐらいあります。要は10m 浮かぶと、350mまで滑空してしまいます。ということは 800mの滑走路でテストするとして、離陸で30m前後ロスをして、そこから上昇に入り、定常飛行に入り、定常飛行を終わるともう中間点まで来ています。約10秒か15秒だけ水平飛行の区間がありますが、そこでもう漕ぐのを止めないと降りられません。ということは 800mの滑走路の中で、最適のセッティングをその10秒間の中で見極めないと駄目ですね。そのためにデータを取り始めました。800mの滑走路では、今ぐらいの機体のポテンシャルになると、楽に飛べてしまって機体のセッティングができません。パイロットのコメントでは、「もう楽楽で、どこまでも行くぜ」ですけど、実際、最適値を見つけたわけではありません。だからその最適値を見つけるためにデータ取りが要る、という目標と目的意識に変わってきました。ですから毎回、全部パソコンにデータを落として、飛行機速度、回転速度、パワーの関係を見て最適値を見つけて、それをリリースします。
聞き手 逆境が極楽とんぼを育てたようですね(笑)。もし米エドワーズ空軍基地のように10Kmの飛行場があれば、データなんか取らないですよね。
鈴木 そうですね。飛行機の性能が悪い時は明らかに、違いは体で分かりましたが、極楽とんぼのこの機体になってから、全く分からなくなりました。私もパイロットとして乗っていたので、セッティングのずれやピッチの組み立ての間違などはすぐ見破れます。マラソンもそうですけど、途中いい調子で走っていてもガクンと突然来ますね。中山の例でいくと 260Wだと1時間持続できる。しかし 300Wになると、もう30分以下しか持続できないという境界線がはっきりしてきますね。そこに入らないような負荷の境界条件を一生懸命見つけるわけです。それこそが、データ取りの世界で重要ですね。
技術の進歩
聞き手 実物を見て感激したのですが、翼のリブも全部肉が埋まっているし、全体剛性も高そうですね。
鈴木 翼型が層流翼ですから、60%ぐらいまでは形状保持してないと空力性能がひき出せないので、ああいう構造にしてフィルムで覆っているわけです。昔の機体は、どっちかというとフィルムを覆っている部分が多くて、翼面積もとても大きくなって、もう本当に張りぼての風船が浮いているようなイメージでしたね。(図9)
聞き手 要は肝心の翼型の性能を出せるかですね。
鈴木 そうです。これですと、翼型の性能よりも、いかに軽く作るかが大きな要素となります。
聞き手 機体重量は34キロですよね。昔に比べて軽量化はされてないのですか。
鈴木 重量管理は設計コンセプトとして明確です。我々は長年、鳥人間に参加していますよね。その過程で、わざと年々翼を大きくしています。12mから始まって、12、14、18、25、27、30、32mと大きくしてきました。「極楽とんぼ」の最新機の翼長は32mです。機体重量はほとんど変わっていません。そこが技術の進歩なのです。大きくなっても、重さは変えない。(図11)
聞き手 具体的な技術革新の要素は何ですか。
鈴木 その軽量化に大きく寄与した技術革新は材料ですね。結局強度部材にはシンプルなパイプ材を使っていますので、カーボンのグレードが上がると軽く作る要素に大きく寄与します。20年前に比べると、カーボンの引っ張り強度が何倍にも上がっています。ただ難しいのが薄肉パイプですね。薄肉パイプ構造は、バックリングが入りますので、凹みます。変形を起こすと、それとのバランスが設計的に難しい。それこそ解析を普通の手計算の曲げ強度でいくと、断面積が薄くても大きければ大きいほど剛性が上がりますが、曲げが入ると断面がつぶれて、バックリングでやられてしまう。その辺の背反事象を、限られた翼型の大きさの中でいかに効率よく設計するかが強度設計の技になるわけです。
その軽量化に大きく寄与したもう一つの技術要素が接着剤の進歩ですね。昔は接着剤の重さ管理と作業時間に大変な負荷がかかっていました。日大の初代人力飛行機リネットでは接着剤の重さが問題になりましたからね。今は瞬間接着剤ですから、重量上、強度上と製作期間の劇的な短縮になっています。つまり、昔のエポキシ系の接着剤ですと、凝固するまでに1日はかかりました。
性能に大きく影響するプロペラは、当然コンピュータのプログラミングをして計算します。材料はカーボンです。その雄型はNC工作機械でワーカーブルの樹脂型を切削して、それを鏡面に仕上げてエポキシの型に転写します。それは社内で作りました。雌型は京都の友達のレーシングカー屋さんで作ってもらいました。プロペラを作るのはメンバーの一人でこの種の製作の達人なのです。
図11 極楽とんぼ号の飛行距離の年度経過
DNAの伝承
聞き手 会社のDNAとして、後進を育てるとか、会社の方向性とかをどう思われますか。
鈴木 当社の例では、性能とかユニークなデザインとか、すごく特化した魅力がある製品が多いわけです。ただ、今、環境の問題とかコスト競争力とかグローバル化の時流の中で、魅力ある商品を生み出すというミッションがあります。魅力ある商品って、何らかのDNAがそういう商品の方向性を作り上げていますね。ですから、若い世代とある経験者の世代とラップさせながら、マニュアルに書いた仕事を教えるだけではなくて、例えば僕らは非常に日頃馬鹿馬鹿しい話を部下にしていることも、部下が自然に影響を受けるとかね。だから、ある世代をラップさせながら、世代交代というのは絶対必要だし、改革も必要だし、それは文書には書けないですね。そういうユニークさとか、そのキャラクターの部分は、こういうことをやっている自由な風土さえ持っていれば自然に引き継がれるのかなあとは思います。何かがんじがらめの、ルール・マニュアルだらけの会社になってしまうとちょっと危機感を覚えますね。
聞き手 最近の勝ち組と称される好調な企業とその製品から発する魅力を見ると、明確に会社のDNAが影響していますね。まさにDNAの伝承ですね。
鈴木 会社のDNAは、自然に引き継がれるような気がします。上司から次の上司へ風土が伝承される。今自分でいいなあと思っているのは、こういうことをやってもあまり、反対する人間がいません。どっちかというと行け行けムードで、それだけでも幸せかなあと。
聞き手 日本記録を更新したチームの背景に、会社のDNAを感じますね。また鈴木さんのお話から、一つのことをやり遂げた人だけが持つ人生哲学と仕事のやり方に、共感と感銘を受けました。
本日はお忙しいなか、ありがとうございました。
写真提供 ヤマハ発動機株式会社、鈴木正人氏
2020-10-18 久志能幾研究所通信 1791 小田泰仙
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