c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2021年4月20日 (火)

己の道は手のうちに。己が教祖様

 

己を拝め

 キリスト教で「天にまします我らの神よ」と祈っても、仏教で「南無阿弥陀仏」と手を合わせても、神も仏も己を助けてはくれない。ただ見守っているだけだ。己を助けるのは己である。己が人生の運命を握っているのに、その努力をしないで、「神も仏もないないのか」と運命を嘆いても、それはお門違いである。

 マラソン選手の有森裕子さんの名言「自分で自分を誉めてやりたい」というくらいの「誰にも負けない努力」が必要だ。

 人は自分を拝む勉強をしない。自分が行動を起こさなければ、人生は変わらない。

 

背中を観よ

 自分の背中を観よ。しかし己は己の背中を見ないし、多くの人は観ようともしない。しかし己を支えてくれるのは背中である。その背中は他人の視線が鏡として、背中を見てくれる。だから人皆わが師である。

 

自灯明

 仏様が与えてくれた機会を他人の為に、人のために話をしなければ、自分は幸せになれない。いいことや、良いことは人に話さねばならない。黙っている人こそ、くせ者である。保身者である。

 人がしないから、させてもらっている。面倒くさいから、やらせてもらっている。自分が幸せを作っていくのだ。実力の裏が教養である。早く勉強した人が、早く実力をつける

 自らが人生の暗夜を自らの灯で灯せ。だから仏様は「自灯明」を説かれる。

 自らが灯なら、暗い顔ではダメだ。周りを照らすように明るい顔を示せ。暗い顔は、玄関に髑髏を飾るようなものだ。

 

己の死を見つめよ

 死はグラデーションだ。死はある日、突然にやってくるものではない。人間も生物だから、急に全ての組織が死ぬわけでも、全て新しく生まれるわけでもない。死んだような生き方では、段々と死んでいく。

 心も新陳代謝である。朝日が昇れば、昨日の自分は死んだのだ。今日は新しい考えを頂いて、新しい自分が新しい一日を作る。昨日の失敗を糧に、新しい自分が生まれる。だから失敗を恐れることなかれ。失敗から、新しい自分が生まれる。死なくして、生はない。

 自分の死は決まっている。死は必然だが、生は偶然である。生きている間に、何を後世に遺すかが大事なのだ。生物で一番大事なことは、自分のDNAを残すことだ。

 馬場恵峰師は、お弟子さんを残し、作品を残し、足跡を残して、天寿を全うし、使命をやり遂げて旅立たれた。生が有限であることを知っていたから、できたこと。

 

師の死を活かすことは、自分が師を超える事

 人間は先代の功績をベースにその上に知恵を積み重ねてきた。師からDNAを受け継いだのなら、それを上回る業績を残すべきだ。それがその道を歩む後継者の使命である。その道の教祖になるように努力をすべきなのだ。

 

実践あるのみ

 手本ばかり見て、書を書くからうまく書けない。自分で考えて書けば、うまくなる。人の真似をするな。自分で考えて書け、覚えて書け。

 習字をするからうまくならない。作品を書きなさい。下手でもいいから高い紙に高い墨で、丁寧に書きなさい。そうすれば残るし、うまくなる。

 人生でも高い金を払って、高い、価値ある仕事をしなされ。安い仕事では実力はつかない。

 だから師の行動を真似するな。自分で考えて、師を超える行動をしなされ。師の行動は、師の人格の表れである。それを真似しても意味がない。自分で考えて、自分の人格が現われる行動をすべきである。それが学びの成果である。

 

我以外皆師

 書の教室に来ても、自分だけ先生から添削をしてもらったら、後は知らんふりでは成長できない。他のお弟子さんが先生から添削を受けている状況を見て学べ。それが「我以外皆師」である。人生二度なしで、一生勉強である。

 字書き恥かきで、実際に恥をかいて体験しないと成長できない。恥をかくことを避けるのは、自分が可愛くて、自分を守り過ぎである。それは自惚れである。これでは成長できない。

 これは全ての道(武道、芸道、学道)で、いくら秘伝書でノウハウを伝えても、血の滲む鍛錬を繰り返さないと名人にはなれない。鍛錬とは、鍛を1000日、錬を万日として修行することだ。今はノウハウ書がオンパレードであるが、それでは薄っぺらな人生しか送れまい。それは本当の勉強していないことである。

 

 本稿は、馬場恵峰師の知己塾の講義を元に、私の想いを加筆しました。

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2021-04-20   久志能幾研究所通信 1995   小田泰仙

累計閲覧総数  258,135

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年4月19日 (月)

死友を求む ~死本主義社会で格差が拡大~

 真友? 仲友? 師友? 道友?

  群友? 損友? 潰友? 毒友?

 

 人は必ず死ぬ。死は必然だが、生は偶然である。友とのご縁も偶然である。それを前提に生きる場合、どんな友が最高なのか? 友にも格がある。友は、自分に見合った友しか現れない。だからこそ魂の昇華のため精進しなければならぬ。

 「命」とは死ぬまでに与えられた時間の総量である。毎日が死に向かって「前進」している。死に対して、後退はあり得ない。必ず死に向かって前進である。それを加齢という。その間にどれだけ使命を全うできるかが、人生ゲームの勝負である。その競争相手は自分である。その人生ゲームで友と過ごす時間は多い。その時間の活用如何が人生ゲームの勝敗を分ける。

 

死友

 死友とは、生には限りがあることを覚悟して、道を求めて、共に生きてきた友である。死の床にあって、涙を流して悲しんでくれる人が、真の友である。「死友」である。

 馬場恵峰先生は死の床にあって、涙を流して私の手を握って喜んでくれた。

 

 2020年12月21日、恵峰先生宅をお見舞いで滞在していたら、珍しく恵峰先生の意識がしっかりしてお話ができた。11月と12月で一泊2日の4回、お見舞いに先生宅を訪問したが、そのうち先生に意識があったのは8回のうちで3回ほどである。

 それを博多のO社長に電話で話したら、1時間半後にO社長が先生宅に現れて驚嘆した。O社長は電話の後、すぐ車を飛ばして来たのだ。その決断力に敬服である。

 O社長は泣きじゃくりながらベッド上の恵峰先生と抱きあった。思わず私ももらい泣きをした。そこまで心を通い合わせたのが死友である。そんな死友に恵まれて恵峰先生は幸せであった。

 

道友

 2014年10月の大島修治氏主催の太志塾で、馬場恵峰先生は参加した皆さんに希望の書を揮毫して進呈した。その色紙に書かれた宛名の言葉が「〇〇〇〇道友」である。この時、初めて「道友」という言葉に出会えた。よい言葉である。言葉も友である。良き「友」に出会えて、それを皆さんに紹介すると、自分の人生が豊かになる。言葉が人生を創る。

 

書友

 恵峰先生の手紙の中で、「書友」という言葉頻繁にでてくる。書道を通して、人間としての生き方を学ぶ友である。

 

仲友

 親友以上に価値ある友は、仲間である。同じ目的や同じ趣味で集まった仲間である。べたべたせず付き合えて、親友よりも価値がある。

 

師友

 安岡正篤師が主催の「関西師友会」でこの「師友」という名を知った。これも良き名前である。

 

潰友

 大変な時(病気等)、気をかけてくれなかったら、友ではない。単なる社交辞令的な付き合いしかできない人である。自分の大事な時間を潰し、人生時間を無駄にする人である。

 

 3年間程、国家試験の予備校で、同じ目標に向かって一緒に机を並べて学び、度々赤提灯で飲んだ受験仲間がいた。彼に私の癌闘病生活を話したら、「今度、お見舞いにいかねば」と言ったが、その後彼から全く連絡がない。それは外交辞令であった。

 

 中学以来50年間、年賀状のやり取りをしていた友は、私が癌の手術をしてその年の年賀状を出せなかったら、翌年、彼から年賀状が来なかった。彼には私が癌になって手術をすることを話していた。情けない思いを味わった。今までの彼の年賀状は全て印刷物であった。

 

損友

 人生の益(人生目的を全うするための資源)を稼ぐことを阻害する人は、損友である。お互いに刺激しあって、人生を稼がねばならぬ。

 

毒友?

 会った時に目についた愚行を、品を変え手を変え、真摯に諫言しても、その悪癖が治らなければ毒友である。その愚行の匂いが自分の生活を脅かす。

 助言とは、単なるアドレスではない。嫌われことを覚悟して命をかけて切りつける刃なのだ。その刃で返り血も浴びる。その覚悟なければ、諫言など言わない。

 刃を使わなければ、長年しみ込んだ悪い習慣の匂いが、己の体にも染みついてくる。それを防いだのが孟母三遷の教えである。友なら三遷するよりも、宝刀で友の悪行を断ち切りたい。それが分かってくれなければ、毒友である。

 宝刀とは、不動明王、文殊菩薩が持つ煩悩を断ち切る佛刀である。不動明王は怒りだけの佛ではない。不動明王は右手にもった宝刀で迷える衆生の煩悩を断ち切り、左手に持った羂索で、地獄に落ちそうな迷える衆生を救い上げる。その目は怒りの目ではなく、慈しみの目である。

 この不動明王像の目は、遠くから見ると怒りの目であるが、近寄って懐に飛び込んで見上げると、優しい慈悲の目に変る。松本明慶大仏師師はそういう目を彫りあげた。仏像彫刻の世界にも創造がある。

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 松本明慶作 不動明王 TOBU百貨店「松本明慶仏像彫刻展」で

  2018‎年‎4‎月‎16‎日

 本写真は松本明慶仏像彫刻美術館の掲載許可を得ています。

 

群友

 単に交際を求めて異業種交流会等に参加して知り合った人である。いくら多くの人と名刺交換をしても、そこから交流が始まったことは、私の場合には過去一度もなかった。所詮暇つぶしで集まった人たちだ。

 私の尊敬する見城徹氏(幻冬舎社長)は、「GOETHE」の中で異業種交流会等には決して参加しないと断言している。

 

あと10年間で、何人の新友と出会えるか?

 70年間生きてきて、今現在、仕事を通して新たに知り合う人は、年に10人程である。その中で、心を許して付き合える人は1人もいないだろう。

 平均寿命まで10年間あるとして、あと何人と新たな出会いがあるか、限りなく少ない数に愕然とするはずだ。

 だからこそ、今付き合っている友を大事にしよう。友と付き合うとは、残り少ない時間(命)を分けあっているのだ。ゆめゆめ、時間を無駄にすることなかれ。

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      馬場恵峰書

 恵峰先生は、20枚前後の色紙に揮毫された。その色紙は全て違った色紙であった。

 

2021-04-20   久志能幾研究所通信 1993 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月18日 (日)

LINEにあらずんば人にあらず。LINEで廃人に!

 

 今時は、LINEに入っていなければ、仲間外れである。異常な世相である。「馬場恵峰先生を偲ぶ会」が2021年4月11日に長崎県波佐見町文化会館で行われた。そこでその異常さに気が付いた。

 当日、「馬場恵峰先生を偲ぶ会」に来るべきM氏が来ていないので、後日連絡をしたら、彼はその行事を知らなかった。それで幹事に確認したら、本件はLINEで仲間に連絡したから、LINEに登録されていない人は、連絡外だという。私もLINEに登録されていないが、別ルートで知っていたので参加できた。

 主催者側が、LINEに登録された人しか知らせないのは非常識である。主催者は「LINEにあらずんば、人にあらず」と、LINEに洗脳されていた。

 

廃人にならないための自己防衛

 スマホからLINEを削除しよう。そうしないとLINEに洗脳されて、個人情報も金も自分の嗜好情報も、銀行口座番号も、自制心さえ盗まれる。さらにLINE上の不倫情報(やましいことがある人?)まで盗まれ、それで脅迫されかもしれない。

 LINEの洗脳で人間性が傷つけられる。これで人生破産である。LINEは人間を動物以下にする。自分の心を制御できなくするからだ。それが廃人への道である。

 

LINEの恐怖

 LINEによって日本人8,600万人の重要な個人情報が中国・韓国に漏れていた。マスコミが絶賛し、推進させて国民に使わせていたLINEである。大垣市も小川敏がそれを強力に推進していた。その個人情報データが、韓国内のサーバにあり、しかも中国関連企業からアクセスできる状態になっていた。それが判明して日本中大騒ぎである。

 

LINEの運営会社の正体

 LINEの運営会社はZホールディングス(ZHD)で、最初は韓国のネイバー(NAVER)という企業が運営していた。Zホールディングスは2019年9月31日まで「ヤフー株式会社」という名前だった。Zホールディングスは2021年3月1日、ネイバーと経営統合した。つまりZホールディングスは、ヤフー株式会社と韓国ネイバーとの合体企業である。

 LINEは「LINE Pay」を運営し、電気・ガス・水道等の公共料金支払いや、税金・介護保険料・公営住宅料・保育料等の各種料金等の公金の支払いにも使われていた。自治体によっては住民票及び税証明書等の取得等の行政手続きをLINEでできるようにもしていた。

 これがすべて韓国内サーバで管理されていて、中国側もアクセスできるようになっていた。つまり日本人8,600万人の重要な個人情報がすべて中国・韓国に漏れていた。

 

「独自の暗号化技術」に問題点

 LINEの暗号化機能には「Letter Sealing」が2016年から使われている。この「Letter Sealing」はLINE独自の暗号化で、その安全性が第三者によって保障されていない。兵庫県立大学大学院の五十部孝典准教授は「この暗号方式自体に問題があり、国家レベルの高度な攻撃力を有している攻撃者に対しては十分な安全性を有していない」と述べている。つまりこれでは個人情報保護もできない。情報が外部から「丸見え」だった

 

中国共産党という化け物

 中国共産党は先進国の技術情報を盗み、激安の奴隷労働で急激に発展し、軍事を拡張している危険な覇権国家である。韓国は極度の反日国家である。韓国も日本の技術窃盗に前科ありである。それなのにZホールディングスは、このサービスを韓国にサーバを置いて、中国人にも管理させていた。

 

中国共産党「国家情報法」

 中国には、2017年に成立した「国家情報法」という法律があり、これは中国当局の要請によって、民間企業などに当局への情報提供を義務付ける。中国にデータセンターを置いてある場合、その情報が中国政府にすべて握られてしまう危険性がある。

 

台湾政府の対応

 台湾政府は2014年9月、LINEの無料通信アプリについて、セキュリティ上の懸念があるとして、各政府機関での使用を禁じた。

 2015年、台湾の政治家の秘書を騙る者からLINE上の特定グループへの登録を促すメールが送られた。そのメールに添付されているファイルを開くと、情報を抜き取るバックドア型不正プログラムが動き出す仕組みになっていた。

 

中国共産党の監視体制

 現在、中国共産党はすべての人民を監視するシステムを構築した。「天網」(スカイネット)と呼ばれるシステム(全国に1億7,600万台の監視カメラを設置し、AIで顔認証)は、一人ひとりに「信用スコア」をつけて、学歴から犯罪歴、友人関係、購入歴、SNSでの発信履歴までをポイント化し、その人物をプロファイリングする。

 

 可愛そうなのは、善良な中国国民である。中国共産党と中国国民は別物である。馬場恵峰先生が愛したのは中国国民で、中国共産党ではない。

 ロシアでも素朴なロシア国民と冷酷なロシア国家とは、全く別と同じである。

 中国共産党に日本人のデータが渡れば、同じような人物特定が行われる。政府政府関係者とか、自衛隊関係者との情報が漏れれば国家安全保障上の危機である。友人関係や趣味嗜好ばかりか、LINEなら不倫相手との会話などが取られれば、脅迫の材料にもなってしまう。

 相手の弱みを握って脅すという手法は、中国の得意なやり方でる。2004年には上海の日本総領事館の男性が、ハニートラップにはめられ中国から情報提供を強要され自殺した。

 LINEの情報を中国当局が入手することで、ハニートラップ以上に簡単に、脅迫ネタを取得できてしまう。人を疑うことをしない日本人は、趣味や嗜好をリサーチされたうえで近づかれたら、ハニートラップに簡単に落ちる。行きつけの場所、音楽の嗜好などを調べて、親密になることなど簡単なことだ。

 

LINEの洗脳作用(麻薬効果)の恐怖

 LINEには同時発信機能以外に、相手の閲覧通知機能がある。LINEを使うと、相手が通知を見たか、その返事がくるかどうかが気になって仕方が無くなる。

 LINEで閲覧してすぐ反応をしないと、送信者はずっとその閲覧状況を監視していて「なぜアイツは「いいね」の反応を寄こさないのだ!と上から視線で相手を見てしまう。その結果、LINEは人間不信と「上から視線の人間」を増長させる道具になっている。だから余計に一日に何回もスマホを触る結果となる。それがスマホ脳障害である。

 それでスマホが手放せなくなり(麻薬効果)、集中力がなくなり、学校の成績が下がり、人との共感性を無くし、人間性が損なわれて、出世が難しくなる。それをLINEは助長する。

 だから目の前に面談中の相手がいても着信があると、目の前の相手にお構いなくスマホで返信をする羽目になる。それが相手への最大の侮辱となる。それで人間関係が壊れてしまう。実際、壊れてしまった。それで人生がうまく行くわけがない。

 

佐渡への流刑を体験

 2017年4月8日に、明徳塾OB会が佐渡であった。馬場恵峰先生と一緒に佐渡の島内を車でドライブした。そこで明徳塾OB会の仲間が、LINEに洗脳されている情けない姿を目の前で見た。

 佐渡の島内の移動は、レンタカーを借りて、5~6人ずつに分乗して島内を走った。その折、同乗の仲間が全員(運転手以外の4人)、スマホのLINEにかじりついて、情報のやり取りをしていた。走行中の周りは風光明媚な島の風景である。それには目もくれず、スマホのLINE画面にくぎ付けとなっていた。全員である。 

 まるでスマホ罪で佐渡への流刑になり、スマホに縛り付けられたように、私には見えた。車内で皆がスマホの情報に沸き立ち、私だけが蚊帳の外に置かれ、孤独感を味わった。車内で隣に座っているのに、皆は遠い世界で大騒ぎである。当時、私はまだスマホを持っていなかった。ガラケーである。

 

私の危機管理

 ちなみに私はLINEもFacebookもやらない。pay payもやらない。電子メールとショートメールだけである。大事なやり取りは手紙である。このLINE等から個人情報が盗まれることを知っているからだ。此の世で無料のものはナイ。どこかで落とし前を払わされている。

 私はIT音痴ではなく、前職では管理部門で危機管理とIT情報構築の責任者であった。親会社からも情報漏洩の件で、厳しい対策を求められ、その対応してきた。だから普通の人の何倍もIT技術の知識と危機意識を持っている。

 最近は意識して、外出時にもスマホを持って行かないようにした。携帯の不携帯である。スマホ奴隷から解放されて快適である。

 

中国の情報、LINEの情報は、鈴木傾城氏、黄文雄氏のブログ記事を参考にしました。

鈴木傾城著「日本人はLINEを捨てよ。中国・韓国は国家レベルで個人情報を盗み日本を潰す」

https://www.mag2.com/p/money/1034939

 黄文雄著「あまりに脳天気。日本人が知らぬ中国共産党「LINEデータ悪用」の手口」

https://www.mag2.com/p/news/491463

 アンデシュ・ハンセン著『スマホ脳』新潮社

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馬場恵峰書 ネット上の情報だけでは真の交友ができまい。

 

2021-04-18  久志能幾研究所通信 1993 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年4月17日 (土)

時間貧乏病をぶっ飛ばせ(磨墨智152-4)

 

 時間は、全ての人間に平等に1日24時間を与えられている。時間貧乏人になるか、時間の富裕層であるかは、本人の意識と智慧の出し方如何である。

 「時間がない、忙しい、忙しい」と走り回っている時間貧乏人は、永遠に時間という富は手に入らない。それは、なぜ忙しいかを考えていない証拠である。

 そういう人は、急ぎではないが大事なことを疎かにして、大事ではないが、急ぎのことを最優先にしている。

 「忙しい、忙しい」と走り回っている人に限って、時間にルーズで、パチンコ店の駐車場にマイカーが長時間駐車してある。それを目撃した恵峰先生は呆れている。

 そういう人に限って「恵峰先生から書道を習いたい。今は忙しいから閑になったら来ます」という。そう言っているうちに、忌中という札が玄関に下がる。それを4,5年前に講義で言われた恵峰先生も、今年亡くなられた。歳月は人を待たず。時間は命なのだ。

 

時間の富裕層

 時間の富裕層は時間の有限性を知っている。その限られた一日のうちで、一定の時間を社会奉仕活動に費やすことは、限られた時間を有効に使う訓練になる。またその過程で、社会の実相を見させてもらえる。それが今後の自分の生き方を変える活きた経験となる。

 

 時間をかけた社会奉仕活動は、お金の寄付より価値がある。10年後、元本に利子をつけて仏様が返してくれる。この世は奪った分が手に入るのではなく、与えた分が倍返しで返ってくる(五右衛門風呂の定理)。グローバル競争社会とは対極の世界である。与えない人は、何も与えられない。それが孫の代に返ってくるときもある。可愛い孫が大喜びである。今の自分の幸せは、ご先祖様が積み立てた功徳の貯金の配当を得ているに過ぎない。

 「自分信用金庫」に功徳の貯金をしよう。貯金する過程で道が開ける。ペイオフもなければ、差し押さえも預金封鎖もない。格付けAAAAの超安全資産である。

 

「雑詩其一」  陶淵明 五十歳のころの詩

 人生無根蔕

 飄如陌上塵

 分散逐風轉

 此已非常身

 落地為兄弟

 何必骨肉親

 得歓當作楽

 斗酒聚比鄰

 盛年不重来(盛年重ねて来たらず)

 一日難再晨(一日再びあしたなりがたし)

 及時當勉励(時に及んでまさに勉励すべし)

 歳月不待人(歳月は人を待たず)

 

(意訳)

 人生には根もヘタ(蔕)もなく、舞い上がるチリ(塵)のようなもの。風に飛ばされて、もとの状態を保てない。地に舞い落ちた所に兄弟が生まれる。だから肉親だけにこだわる必要はない。嬉しい時には心ゆくまで楽しめべばよい。酒をたっぷり用意して近隣の皆を集めよう。若い時は二度とは来ない。一日のうちに二度の朝はない。勉強できる時に勉強しよう。歳月は人を待ってはくれない。

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2021-04-17   久志能幾研究所通信 1992 小田泰仙

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2021年4月13日 (火)

人生経営での命(時間)儲け。金儲けは二の次。

 

会社経営

 会社経営で必要なことは、利益を上げるために売上高を多くすることではない。売り上げがいくら多くても、一部門が赤字の垂れ流しでは、赤字転落である。経営の最優先課題は、利益を阻害する要因(赤字要因)を無くすことだ。

 

赤字の垂れ流し

 前職の会社でも、欧州に作った現地法人が赤字を垂れ流し、日本で稼いだ利益の大半を帳消しにしていた。それが長年続いたが、当時の社長がその会社の閉鎖を決められなかった。エリートの社長が優柔不断であった。その会社は政府の関係があり、会社の解消に支障があったが、社長に決断力がなかった。

 エリートと言われた社長以下の経営陣は、赤字になると真っ先に人材育成費を削った。愚かな経営陣は、人件費をコストとしか見ていなかった。そうしている間に、累積赤字で会社の耐力を失い、それが後年に競合会社に吸収合併される悲劇を招いた。無能で優柔不断の経営者が、会社を潰した。

 

宮仕えの智慧

 私の同僚が上司とのそりが合わず、その海外の現地法人の営業に飛ばされた。そこで心身とも苦労したようで、帰国後、すぐ病没した。享年54歳。

  私が別用件で現地に出張して会った時、かなり疲れた表情をしていた。彼が技術者で営業には不向きが明白なのに、そこにその上司が彼を飛ばしたのは、推定殺人だと仲間内では噂をした。宮仕えとは残酷なものだ。上司に嫌われた場合の悲劇である。

 私はその上司には面従腹背を通して、嫌われないように保身をしたので、その災難を逃れられた。また両親がその上司に盆暮れの付け届けを欠かさなかった。それは宮仕えの智慧であった。だから命を守ってくれた両親に感謝である。命が一番大事なのだ。

 

自分有限会社の経営 

 人生経営で必要なことは、自分の人生経営を阻害している要因を除くことだ。金儲けよりも、阻害要因を排除することが最優先である。

 いくら金儲けの才能があっても健康でないと、人生は大赤字である。 

 安いからと激安飲食店を選んで、それが原因で病気になっては人生経営の命が赤字となる。安いものにはワケがある。

 安いからと遠くの店に足を運んでは、時間ロスで人生経営の命が赤字となる。

 食べ過ぎて病気になっては、人生経営の命が赤字となる。

 安く美味いからと「毒」入り食品を食べて、病気になっては人生経営の赤字となる。

 安いからと激安商品を選んで、それが原因で人格が下品になれば、人生が貧困になる。それで奴隷労働で作った製品ばかり買えば、日本の雇用がなくなり、日本経済が病気になってしまう。安いものにはワケがある。

 せめて小さな心掛けで日本経済の足を引っ張ることは止めよう。

 儲けのためにプラスすることばかり考えず、マイナス要因を排除することが最優先である。時間は命なのだ。

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2021-04-13 久志能幾研究所通信 1987  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月11日 (日)

ゆでガエル洗脳病をぶっ飛ばせ(11/11)安物買い

「安物買い病」をぶっ飛ばせ

 

 安さ至上主義で、100円ショップでモノを買えば、それは外国の奴隷労働を推進する悪徳となる。100円製品は奴隷労働で作られた製品である。その消費分だけ、日本の雇用が失われて、悪魔のスパイラル効果で日本の経済衰退の原因となっている。安物買いは、自分で自分の首を絞めている。安物買いの銭失い。安物を買う輩はそれに気が付かない。安物買いは他人迷惑である。

 

 欧州が移民を推進した為、貧富の差が拡大して、テロや犯罪が増加して、社会が不安定になって、今そのツケを払っている。今のままでは、いつかそれが日本の未来となる。

 

自分を買う

 モノを買うとは、自分を買うことだ。安いものを買うとは、自分を安く買っている。浅ましく買うとは、自分を浅ましくしている。安いものに囲まれるとは、自分が安く下品な人物に堕ちていく。私は、その人の所有しているモノで、その人を人物評価している。見ればわかる。

 成金が金の任せて買っているモノは、高くても趣味が悪い。それは下品で、その人の人物を表している。

 人と付き合うなら、上品な人を選びたい。上品な人と付き合っていると、なぜか心が豊かになる。その反対は、……。

 

自己投資

 自分有限会社の社長として自分にもっと投資しよう。自分に投資をしないから、段々と下品になり、ジリ貧になる。

 

 私が就職をした48年前、母は私に「お前が定年になるころは、退職金も年金も無いものと思え」と言った。私はそれを想定して生きてきたので、今の私がある。金を貯めたのではない、どんな時代になっても生活できる能力を養ってきた。学ばない人生は墓場の人生だ。

 並みの会社員は、自己投資をせず、引きこもりで己の人生を崩壊させた。投資無きところに成長なし。自己投資をせず、勉強しない人間に未来なし。

 

書道の学び

 馬場恵峰先生は、「書道で書くなら、高い紙に高い墨で書きなさい。そうすれば、後々まで残るし、字もうまくなる。安い紙に書くから、安易に書いてしまう。だから、字もうまくならないし、後世の残らない」と言われた。

  馬場恵峰先生は、中国に行かれると、毎回、同行の人が持てるだけの書道用紙を買ってこられた。日本では手に入らない高級な紙である。毎回数十万円の出費であった。

 馬場恵峰先生は、いつも中国から買ってきた紙(色紙や巻物等)を私に見せて、「小田さん、この紙に何を書くか考えるのが楽しいのだ」と言われたことが、今は懐かしい思い出である。

 

2021-04-11 久志能幾研究所通信 1984 小田泰仙

累積閲覧総数 255,500

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月10日 (土)

右手に志、左手に算盤、背中に我慢と不安

 

 行動=状況把握+使命感+強み

      ドラッカー

 

 経営も仕事も芸術も、全て人格が決める。人格以上の仕事はできない。創る仕事から人格以上のものは出てこない

 

 自分の使命は何か?

 自分の強みは何か?

 

 現状把握も、己の使命感と強みを意識しないと見えてこない。自分の人格を上げないと、見えるものも見えない。目に見えるものでなく、見たいと思うものしか目に入らない。自分の価値観というフィルターで、見るべきことが隠されてしまう。だからこそ、その価値観のレベル向上が必要で、それが魂の向上である。

 

 魂を磨け。人格を上げよ。金儲けの才覚を磨け。それを世のために使え。お足がなければ、世間を歩けない。渋沢栄一流の算盤と論語を重んじよ。

 右手に志、左手に算盤、背中に我慢と不安を背負って、歩め。勇気を持って未知なる長い道へ第一歩を踏み出せ。百里の道も一歩から。

 

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2021-04-10   久志能幾研究所通信 1983  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

ゆでガエル洗脳病をぶっ飛ばせ(10/11)人件費

「人件費削減病」をぶっ飛ばせ

 

 人件費は経費ではない。設備投資費である。人こそが価値を二倍にも十倍にもしてくれる。グローバル経済主義病に犯された会社は、その人件費をケチり、正社員を減らし、派遣社員を増やし、海外に工場を作り、製品を逆輸入している。結果として日本の給与水準がこの30年間下がり続けている。これでは日本の景気が良くならないし、少子化も解消しない。そのツケは必ず払わねばならぬ。

 

日本企業のこの30年間

 企業は内部留保を優先し、給与を上げず、派遣労働者を増やし、人材育成費を削減してきた。その結果、会社は発展させてくれる人財が消滅した。結果として、自分で自分の首を絞めている。日本企業の人材育成費は、世界最低レベルに低下している。グローバル経済主義病の症状である。社員教育を疎かにして、成長できるはずがない。

 

人は大事と言いながら

 経営者は、人の教育は大事と言いながら、不況になると真っ先に人材育成費を削減してきた。そんな経営者が会社を良くできるわけがない。だから日本企業は衰退した。私の前職の会社も、そうであった。教育担当の私は忸怩たる思いを何度も味わってきた。

 

大垣の没落

 小川敏のように、自分達だけにお手盛りで給与を上げるから大垣市は没落した。大垣の役人の給与は、岐阜市のそれを抜いて県下一の高給になった。その代わり、大垣市の児童生徒一人当たりの教育費が県下最低となった。教職員の給与も最低レベルになった。大垣市の役人と一般庶民に収入の2倍以上の大格差が生まれた。そんな大垣市が発展するわけがない。

 

電機業界の衰退

 パナソニック、ソニーに代表される日本の電機業界は、人件費を削り、虎の子の技術者をリストラして、業績の低下を防ごうとした。しかしリストラされた技術者が、中韓企業に雇われ、その技術が中韓の企業に流れた。その後、用済みの技術者はお払い箱である。日本の技術者が屈辱的な扱いで、中韓の企業を追われた。

 日本企業のリストラのしっぺ返しで、中韓で製造された安い製品が日本に流れ込み、日本の電機産業は壊滅した。みんなそれで不幸になった。グローバル経済主義病の症状である。

 日本の電機産業は自分で自分の首を絞めたのだ。人を大事にしなかった咎である。グローバル経済主義病である。

 

自分有限会社の衰退

 自分を大事にせず、家庭内の自分の待遇を疎かにして、勉強をしないサラリーマンは、能力開発が出来ず、企業のリストラ対象になった。

 原因を自分の中に見つけないと、また同じ過ちを繰り返す。

 自己投資なくして、成長なし。

 

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2021-04-10   久志能幾研究所通信 1982  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年4月 8日 (木)

10年後、この世にいないとしたら

 

10年後のために、今することは何か?

3年後のために、今することは何か?

1年後のために、今することは何か?

今日、することは何か?

死後の世界で出会う人のために、今することは何か?

この10年間で何を遺すのか?

 

5年後

 日本人の平均寿命は80歳である。今、70歳の人は10年後にはこの世にいない確率が高い。60歳の人でも20年後にはこの世にいない。20年などあっという間だ。75歳になれば、4人に一人は認知症である。つまり脳死である。そのことを考えないから、ドタバタの人生で終わる。死の間際になってあわてる。

 死に接して、慌てないように人生を送れば、死の時になっても、従容として死ねる。立派に死ねる。死ぬ時は、死ぬのが一番適切な行動だ。延命治療など不要である。

 

成年重ねて来たらず

一日再び晨(あした)なり難し

時に及んで当に勉励すべし

歳月は人を待たず

陶淵明(365~427年)『雑詩十二首』

 

 

時間の浪費   p 35

 その原因はどこにあるのか? 君たちはあたかも自分は永久に生きられるかのように今を生きていて、自分のいのちの脆さに思い致すことは決してない。いかに多くの時間がすでに過ぎ去ったかを意識しない。時間なぞ無尽蔵にあるもののように君たちは時間を浪費している。そうやって君たちがどこの誰かに、あるいは何らかの事に与えているその日が、実は君たちの最後の日であるかもしれないのに。死すべき者のように君たちは全てを怖れ、不死の者であるかのようにすべてを得ようとしているのだ。          

   セネカ「人生の短さについて」3-4(中野孝次訳)

Img_64031s  馬場恵峰書 2006年

2021-04-08   久志能幾研究所通信 1980 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

「To do人生」から「To be人生」へ

 

 ビジネスでの成功のための道具として、「to do リスト」が氾濫している。やるべきことに優先順位を付けて、リストにして実行するための道具である。何のために? ビジネスでの成功のためである。

 しかし、人生で最終的に目指すべきは、人間になることであり、人格者になることであり、佛になることである。決してビジネスでの成功者になることではない。

 ビジネスでの成功者が、人格者であることは稀である。ビジネスでの成功は、人生の中で一時的過渡現象である。ビジネスで成功すると傲慢極まりない輩になることが多い。それが失敗して辛酸を舐めて人格者になる人が多いのが世の常である。ビジネスでの成功は、人生の一里塚であり、一夜城の建設である。やるべきことをやり切って、金が貯まっても、守銭奴のままでは、成仏できまい。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。何もあの世に持っていけない。

 

Doの人生

 金を稼ぐ(do)、そのために何をやる(do)か?

 金を稼いで、それでどうするのだ。

 毎日、のんびりと寝転がって過ごすため?

 熱帯地方の住民は、環境が豊かなので金がなくとも毎日、のんびりと寝転がって過 ごしている? それが究極の姿ではないか。それがよほど幸せだ。

 

 女を作る(do)、そのために何をやる(do)か?

 女を作って、人生をどうするのだ?

 その女もいつしか老いる。老いれば、嫉妬心が旺盛になる。

 その己も何時かは老いる。老いた身に豊満な美女は不要である。

 そんな女がまとわりついてきて幸せか?

 

 贅沢な生活をする(do)、そのために何をやる(do)か?

 人生、寝て1畳、立って半畳、食べて1合、飲んで一升である。

 贅沢に過度に栄養を体に入れば、病気になって早死する。

 贅沢で安易な生活を送れば、すぐ病気になる。早死にである。

 最初から持たない生活をすれば、人生の目的は早く達成する。

 

Beの人生

 To do人生では、何時か限界がくる。いつまでも体が動くわけではない。やりたくても、やれない時が来る。老いれば体力も欲望も無くなってくる。金を作り、女を作り、飽食し、欲望を満たすことが人生の目的ではない。人は必ず死ぬ。死にゆく身に、金も名誉も女もモノも意味を持たない。色即是空、空即是空である。

 

余命

 男性の平均寿命は80歳。今70歳なら、多くの人は10年後にはこの世にいないのだ。癌になれば、5年後には半数はこの世にいないのだ。

 私も癌になり、手術後、医師から余命2.5年と宣告された。医師の言う通りなら、後、半年の命である。素直でない私は、医師の言葉を信じず、癌を再発させないように取り組んでいる。素直に医師の言葉を信用すると、そのようになるという。

 

何を目指す?

 しかしTo be人生には、限界がない。佛になるために、己は何であるべきなのか(be)? その前に、動物で生まれて、人間にもなっていないことに気が付くべきだ。新聞の社会面には、畜生のような振る舞いの事件が氾濫している。

 一番大事なことは、動物で生まれた我々は、死ぬまでに人間になることが最優先である。それを自覚して精進すべきなのだ。

 その上の界で、その道の師匠となるために、己は何であるべきなのか。その道の達人となるために、己は何であるべきなのか。家族の指導者になるために、己は何であるべきなのか。

 家の外も内も変わらず、人格者であれ。その前に、動物で生まれた己を人間に昇華させよ(Be)。それがTo be人生だ。

 

 人は人の中で人となる。人多き人の中にも人はなし。人となれ人、人となせ人という事。

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 馬場恵峰書

 東日本大震災で倒壊した神社の再建時に出た端材に揮毫

 

2021-04-08   久志能幾研究所通信 1979 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。