c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2021年1月25日 (月)

両界曼荼羅で自分探し

 

 曼荼羅は、サンスクリット語のnandalaの音写した言葉で、本来の意味は“本質、中心、真髄などのもつもの“を表し、仏教では仏の悟りとその世界を意味する。特に密教においては、聖域、仏の悟りの境地、世界観などを仏像、シンボル、文字、神々などを用いて視覚的・象徴的に表した図をいう。

 

人生の俯瞰図

 曼荼羅は日本密教の教えの中心ともなる大日如来を中央に配して、更に数々の「佛」を一定の秩序にしたがって配置した人生の俯瞰図である。「胎蔵曼荼羅」(胎蔵界曼荼羅とも)、「金剛界曼荼羅」の2つの曼荼羅を合わせて「両界曼荼羅」または「両部曼荼羅」と称する。

 胎蔵曼荼羅が真理を実践的な側面である現象世界として捉えるのに対し、金剛界曼荼羅では真理を論理的な側面である精神世界として捉えている。こういう概念を1300年も前に曼荼羅の図に表した創造者の知恵には、畏敬の念が起こる。

 

生きている意味

 胎蔵曼荼羅には様々な姿の佛の御姿が表されている。一人ひとりの佛にも意味がある。各々の佛が曼荼羅の世界でその場所のお役目を果たしている。自分が歩む人生で、与えられた時代とその与えられた場所で、佛としてのお役目を果たすのが、自分の使命である。己は何のために生れたか、自分探しが人生の曼荼羅である。人は生きているだけでも、佛の価値がある。

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上図:胎蔵曼荼羅(岩田明彩師作)   松本明慶仏像彫刻展(仙台・藤崎)

松本明観師、岩田明彩師、(2014年11月20日)

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2021-01-25 久志能幾研究所通信 1900  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

人生の曼荼羅  死肉を喰らう

 

 人生を俯瞰的に見ると、人生はピラミッドや高山の頂点を目指して歩む姿に例えられる。それは人生の宇宙観であり、緻密に築かれた城の石垣にも例えられる。

 

人生のピラミッド

 人生の目標とする所が山の頂点なら、俗世間的に言えば会社の社長である。佛の世界ではそのトップは大日如来である。そこに達するには、地獄界、畜生界、邪鬼界、人間界、天界、菩薩の世界を経ないと到達できない。人は生まれながらに頂点で生まれるのではなく、試練・修行を経て悟りの境地に達する。お釈迦様も釈迦王国の滅亡、修行、試練、弟子の離散の地獄を見て、悟りの境地を得られた。お釈迦様は万能の存在ではなく、悩みある我々凡人と同じ人間である。また大日如来も単独では存在できない。その回りの菩薩、天、鬼がいてこそ存在できる地位である。

 

人生街道で出会う仏様

 人生では、あるときは地獄の鬼と対面するときもある。不渡り倒産の危機に直面して七転八倒の苦しみを得ながら進む地獄界のときもある。時には鬼となって相手に借金の返済を迫るときもある。天として(部下や会社の)守り佛として会社を自衛する四天王となるときもある。人間とは人を殺めるような鬼畜の性もあれば、童を愛する天女のような心の両面を持つ。その心は流転して無常である。すべて己の観念が作り出している世界である。

 

受戒位

 人間とは「人」と「人」の間にある「門」を毎「日」渡り歩き、悟りの世界を求めて歩く修行僧といえる。どれだけ富財宝を手に入れても、死ぬときは全て手放して裸であの世に旅たつ。それ故、人生では、貯めた財宝ではなく、人に与えた価値で評価される。

 それを悟るにどれだけの失敗・恥・経験を積むかが、人生の修行である。人は痛い目を経験しないと目が覚めない愚かな存在である。かの釈尊でさえその過程を踏襲された。そういう目に会わないと、人の痛みが分からない。自分が仏になるための戒を授けられたのだ。

 

死肉を食らう佛

 足る知るを知らない輩が餓鬼道に堕ちる。その心はガリガリに痩せ、外見の腹だけが異様に膨らみ、目に付く人のもの手当たり次第に死肉を食らうが如き食い様である。食べても食べても、集めても集めても満足しない飢餓地獄の世界である。毘舎遮は、死肉を喰い、血をすすって飢えをしのぐ。死肉を喰っても血をすすっても満腹せず、ひたすら喰いまくる。死肉を喰う同じ仲間であっても、目も合わせず、会話さえしない。

 

曼陀羅の餓鬼

 餓鬼は東寺の曼荼羅図にも描かれている。餓鬼は劫波杯(血を盛った杯)や人の手足を持ち、これを食らう死鬼衆として描かれている。餓鬼とは人間の性である。曼荼羅図に描かれている姿は、衆生が餓鬼道に堕ちないようにとの戒めである。

 現代は拝金主義者、グローバル経済主義者という餓鬼が、社会で大手を振って君臨している。金を集めるだけの強欲に支配され、冨を独り占めする。下水が詰った状態の様で腐臭が凄まじい。四天王としての六根を麻痺された現代人が死鬼衆に食われている。

 その姿を弘法大師は、1300年間に予言した。貧富の差が拡大して、格差社会が酷くなっても、富者がひらすら死肉を喰う様は、現代資本主義社会と同じである。カルロス・ゴーンは日産社員を必要以上にリストラし、浮いた金で贅沢三昧をした。まるで死鬼衆の様である。

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 東寺 曼荼羅図 外金剛部院(部分)死鬼衆

 

自然の摂理

 死肉を喰う族も必要だ。それも必要悪だ。森林の枯れ葉が、次世代の芽の肥やしになるのは、自然界の摂理である。そういう人間がいて、佛もいて社会が成り立っている。自分の死後に、死肉(財産)を喰われても、いいではないか。どうせ来世には持って行けない。それがこの世で役立てば本望だ。そういう仕組みのなかで、己はどうするのかが佛から問われている。

 

死肉を喰らう佛に遭遇

 私もこの2年間だけでも、人から煮え湯を飲まされた事件が数度あった。その輩たちは超富裕層で、病気持ちの老人たちであった。それは全ての事例で共通していた。死期も近い老人たちが、まるで死肉を喰うような仕打ちを私にした。それは曼荼羅で、死肉を喰う佛として描かれて様と同じだ。死肉を喰っているのは、佛である。それが人生だと弘法大師は曼荼羅で教えている。

 

古希での受戒位

 私は古希も近い歳で情けない目に会った。「そういう縁を避けよ」、「人の本性を見極めよ」との佛の教えである。縁なき衆生度し難し。修証義に曰く「善悪を弁えざる邪険の輩には群すべからず」と。

 第二の人生で悟りに到達したい。悟れなかった人が、現世で餓鬼道・幽霊道に迷いこむ。帰らぬ過去の後ろ髪を引かれ、まだ来ぬ未来に目を向け、虚ろな目を向けて迷う生き様である。すべて人のせいにする被害者意識の人生である。

 

人皆佛

 人生の曼荼羅に、自分の歩いた履歴が表れている。その曼荼羅の中に現れている佛に自分の宇宙観が現れる。出会うご縁は全て自分を良くしようと現れる佛である。だから人生に無駄な縁は無く、自分以外は全て我が師である。死肉を喰う輩も仏様である。貧乏神のコスプレで現れる逆縁の菩薩にも尊い教えがある。

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 馬場恵峰書、文は小田泰仙作 

 

2021-01-24 久志能幾研究所通信 1899  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月23日 (土)

中門とは曼荼羅への入口(改)

 

 弘法大師が高野山の立体曼荼羅が広がる根本大塔の前に中門を設置して、門の四隅に四天王を配した意味は深い。その先に人間の歩く道がある。まずその門を通らないと始まらない。人生の目的地までは千里の道のりである。

 『新約聖書』マタイ伝第七章に「狭き門より入れ。滅びに至る門は大きくその路は広く、これより入る者多し。いのちに至る門は狭く、その路は細く、これを見出す者なし」という。「狭き門」は、キリスト教で天国に至ることが困難であることを例えた言葉である。転じて、入学試験や就職試験など、競争相手が多くて突破するのが難しいことの例えである。

 仏教でも同じことを教えている。人は狭い門の母の経道を通り、母親を苦しめて人間界に生まれてきた。決して大門を楽に通ってきたわけではない。大門は人も動物も生き物が通ってくる。その中で魂を持った人間だけが、その次の中門に入れることができる。

 

中門を通れる資格

 人間は自分の使命に向って進む。動物は欲望のまま生きる。中門に入界審査官の四天王が立ち、通る人の心に問うている。仏道界では中門を通れるのは、魂を持った人間だけである。欲にまみれた餓鬼は、その門を通れない。中門の四隅に立つ四天王が己の魂を誰何する。

 世の中は、グローバル経済主義の強欲に取りつかれた餓鬼が跋扈している。餓鬼の世界は、金を集めても集めてもその欲が満ちることはない。多くの餓鬼は、金欲にまみれ、食欲にまみれ、性欲にまみれ、虚楽に酔って、此の世を過ごしている。利他少欲とはかけ離れた世界である。己はその四天王の目を直視できるのか。肥満した体、醜く出っ張った腹、たるんだ頬、下品な顔立ち、すべてが過去の強欲さの蓄積の証しである。

 その中門の先には大宇宙を表す立体曼荼羅が広がっている。己の目的地はどこか。何のために人間稼業をしているのか、自問しよう。

039a0676s   高野山中門 2015年4月25日撮影

039a0680s  広目天 松本明慶大仏師作  高野山中門  2015年4月25日撮影

039a1203s  増長天  松本明慶大仏師作  高野山中門  2015年10月8日撮影

 

人の狭き門

 人として生まれたのなら、構えた門の下に何を置くかである。門の下に「人」を置けば「閃き」である。門の中に人がチラッといるのを見るという意味である。閃きは生きている人間にだけに与えられている。閃きは仕事、修行において求めるものを探求し艱難辛苦の果てに天与されるもの。贅沢三昧の極楽温泉に浸かり心が緩んだ人には授からない。

 

 「間」とは門を閉じても日光、月光がもれるさまから、隙間を意味する。月の光は日に照らされて放つ光である。だから「閒」とも書く。言動から佛性の光が漏れ出るのが人間である。己は縁ある人に何を照らし与えているのか。功徳ある照らしでありたい。光を吸い込むブラックホールの存在では哀しい。

 

 「開く」は「門」+「幵」で、「幵」は、両手の象形である。門に両手をかけて開くの意味を表す。己の人生の新しい門は、己の両手で渾身の力で押さないと開けられない。開けられないのは門が重いからではなく、力の出し方が足りないのだ。

 

 「才」を置けば「閉じる」である。「閂」も同じである。門を木のかんぬきでとじた様を表す。己という人生の門にかんぬきをしては、人生は始まらない。かんぬきだけは置くのを避けたい。見ざる聞かざる言わざる、ではサルの畜生である。

 

 門の下に「口」を置けば「問う」、「耳」を置けば「聞く」。人生を生きていくために、己の門の下に何を置くかが問われている。

 

 門の下に「木」を置けば、(ひま)である。閑だから考えることが出来る。夢を抱くことが出来る。ラテン語でスカラーとはラテン語で「閑」である。ギリシャ社会では、労働は奴隷に任せて、特権階級が閑だから思想を練ることができた。それがスカラー(哲学者)である。

 

 門の下に心を置けば、「悶える(もだえる)」。口には出さずに、心を門の下に置いて公衆に晒す状態である。金に悶え、名誉欲に悶え、性欲に悶え、食欲に悶えて、恥を天下に晒している。それは智者の行為ではない。悶えた人間は、中門をくぐれない。

P11202771s  馬場恵峰書

2021-01-23   久志能幾研究所通信 1898  小田泰仙

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2021年1月22日 (金)

未来は変えられない。過去を変えよう。 磨墨知151

「何になったら」、「もし~だったら」を止めよう

 

 「●●になったら、やる」と言わないで、やるべき事は即実施しよう。言い訳や逃げ道を作るから、目的が達成できない。今までやってきたことが無駄となる。大事なのは今。出来ることから実行しよう。千里の道も一歩から。

 

 未来は変えられないが、過去は変えられる。

 過去を変えないと、今のままの人生が未来に続く。

 過去がどんなに悲惨であったとしても、その逆境が自分を鍛えてくれた学習の場として解釈する。そうすれば悲惨であった境遇が、よき訓練の場だったと解釈できる。そのためには今が輝いていなければならない。だから今に全精力を使え。

 死んだ時間を振り返ることなかれ。大切なのは今の時間。死んだ子の歳を数えても時間は戻ってこない。数えていれば、日が暮れる。命は一刻一刻と尽きていく。人生の大事を急げ。

Img_44212s  馬場恵峰書

2021-01-22 久志能幾研究所通信 1897  小田泰仙

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2021年1月20日 (水)

自分を見る目を持て

 

 馬場恵峰師は、原田観峰師より「自分を外に放り投げて、自分を外から眺められる人間になれ」と指導された。自分を客観的に見つめることの難しさは、己に欲がある限り困難を極める。

 

 高野山開山1200年の年に納佛された四天王は、その中門を通ると、上から自分を睨みつける四天王の目つきに圧倒される。そんな目で、自分の行動を見つめるのも、道を誤らない方法であろう。欲に任せて生きていけば、縁ある花も開かない。「花を開かせたなら実を結ぶ人間になれ」と恵峰先生は耳にたこができるほど毎回、力説される。

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  高野山中門 増長天  松本明慶大仏師作  2015年4月15日撮影

 

 お墓を作る過程で、自分とご先祖と回りの親戚の葛藤や軋轢に接することが多くあった。なぜ、あの親戚達は愚かな行動を取るのかが不思議であった。家系図を頭の隅に置き、自分を離れて客観的にその状況を観察すると、彼らの生い立ち、生まれ育った環境、現在に状況が見えてきた。そして如何に自分がよき親、よき師、恵まれた環境で生きてきたかが分かるにつれ、両親ご先祖に手を合わさずにはおれない。還暦を過ぎ、お墓を作って新たに得た感慨である。

 

89歳の教え

 その先生の言葉で最近多いのが「私も89歳で、何時までも皆さんにお話が出来るわけではない。だからこそキツイ言葉も吐くが許して頂きたい」である。当日の午前中に国立病院で定期診察に行かれて、異常はないとの診断を受けての言葉である。89歳の御歳で血圧も正常との驚異的な健康体である。それでも80歳の時に初めてお会いしたときの若さに比べれば、見た目でも老いられた。

 「何時までもあると思うな、親と金」は、全ての森羅万象に通じる。万年の寿命と思われたお墓にも100年ほどの命しかないことを、今回のお墓つくりで思い知った。ましてや生身の人間の命ははかない。だからこそ今の命を大事にして生きるべきだとの思いを強くした。少しでも恵峰先生から多く学んでおきたいと思う。

 

2015年忘年会

 2015年12月14日、恵峰先生宅を墓開眼法要のお礼挨拶と先生の書の写真撮影、書道教室参加のため訪問した。その夜が月書会の忘年会があり、書道教室はお休みとのことで、急遽、忘年会に参加をした。その忘年会での恵峰先生の挨拶で、上記の原田観峰師の話を聞かされ上記に思い至った。

 次図の歌の意味は、「月松会に集う皆さんは鶴と亀なんだ。心技を修めて、体の栄養だけではなく、頭の栄養を永久の壽の糧として欲しい」である。

 この歌を当日の朝、忘年会に参加するお弟子さんのため15枚の色紙に自作の和歌を揮毫された。15枚の色紙は全て書き方が異なって書かれた。

 

5年後

 5年前、「何時までも皆さんにお話が出来るわけではない。」と言われた馬場恵峰師は今年の1月1日にご逝去された。死の直前、不吉な予感を覚えて、九州に飛び、直前に数回お会いできたのがせめての救いである。三根子先生もその前年の3月に突然に亡くなられた。ご冥福をお祈り申し上げます。

 何時かは己も死ぬのだ。それが師の最期の教えである。師は最後まで後進に残す作品作りに没頭し、弟子の教育に邁進し、自身の人格向上に精進された。中国に自費で250回以上も行かれ、民間の日中友好に尽力された。縁あって花開き、実を結ぶことを後ろ姿で後進に教えられた。

 己でも後40年は生きられないのだ。せめて「花を開かせ実を結べる人間」になれる」ように、それに一歩でも近づくように精進をしたい。それが先生への供養である。

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 忘年会で色紙の説明をされる恵峰先生   2015年12月14日

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  恵峰先生宅で見つけた色紙       2015年12月14日

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 やまざとに  集う月松鶴亀は  心技おさめて     永壽の糧たり

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  忘年会で色紙の説明をされる恵峰先生     隣は三根子先生

 2015年12月14日

2021-01-20 久志能幾研究所通信 1895  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月19日 (火)

恵峰師の豪快運転を「平常心是道」に

 

 2013年2月14日、馬場先生宅に知己塾出席のため訪問した。夕食で、先生の運転で市内へ食事に誘われた。その時の運転が、先生の人格らしからざるレベルであった。要するに、仏の馬場先生がハンドルを握ると人が変わった。車は人を虜にする魔物である。そこに車の素晴らしさと恐ろしさがある。

 見るにみかねて、後日、恵峰師に運転の改善をお願いする手紙を、本資料『極楽運転道 交通安全の科学』を添付しておそるおそる差し上げた。なにせ私の師である。事故があれば日本の宝の損失である。手紙で諫言を書くのに、一大決心が必要であった。

 その後、三根子奥様から絵葉書の礼状が届き、

 「心暖まる運転のご忠告ありがたくお受け致します。私も実はハラハラドキドキで乗せていただく時もあり、言うとオコルので、言えません。でも小田先生からお便りをいただき助かりました。心から感謝です」

との文面である。馬場先生は神業の筆力を持ってみえるが、やはり人間であった。安心した。

 

「平常心」を揮毫

 その1ヵ月後の3月27日、岐阜駅じゅうろくプラザで恵峰先生の講演会があり、「平常心」の掛け軸を書かれた。翌日、馬場先生は「奥の細道むすびの地記念館」の見学のため大垣を訪問され、ご案内をさせて頂いた。

 その昼食会場で、下記の掛け軸を贈って頂いた。さすが人生の達人の先生は、お礼の表現もさりげなく、超一流の芸を駆使される。

 

平心常

 車の運転では平常心が必要です。自分という乗り物でも、人生を平常心で歩き、歩いた後を「道」にする。平気で死ねる、平気で生きられることが人生修行である。それを先生の知己塾で教えていただいた。

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 先生の手にかかると数分間でうん万円の書が完成する。その背景には50年間の修行がある。でも我々凡人は50年かかっても到達できない境地。

P10508471s  馬場恵峰書

2021-01-19 久志能幾研究所通信 1894  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月17日 (日)

極楽運転道 雪上走行運転

寒冷地評価試験

 担当した部署で開発する部品は四駆用の部品である。その部品の評価試験は、実車試験を北海道網走にて、農地を一時的に借りてテストコースを設営して、雪道走行試験をすることになる。

 ここで実際の雪道を想定した極限試験を体験する。私はあくまで課長として、体験しただけであるが、人生で貴重な体験をする。実際の試験は課員が実施した。私が体験として試験車で雪のテストコースを運転した。その運転中、雪上で急ブレーキを踏むと、車は急にスピンをして全く制御が出来なくなる。滑りだすと2輪駆動でも4輪駆動でも関係ない。過剰な駆動力が駆動輪にかかり、車は横滑りをしてあらぬ方向に滑っていく。最後にテストコースの周囲に積んだ雪山に突っ込んで止まる。車が雪の中に埋まり、フロントガラスが雪で真っ白な状態となり、一瞬車内が暗くなる。身動きできないので、待機していたレッカー車に、雪山から引っ張って出してもらう。

 

人知を超えた世界

 人生で、人智の及ばない力で流される状態を思い起こした。そういう場合は、無理してかけた力が無くなるのを待つしかない。そうなったのも自分が撒いた種である。なまじっか力んでも、無力である。沈むときは底まで沈めば、それ以下にはならない。人徳があれば、回りが助けてくれる。そんなことに思いをはせた寒冷地評価試験であった。これは希望をしても体験できない貴重な職務であった。

 

 「死ぬるときは死ぬるが良き候」(良寛)

 不運なときは、もがいても無駄である。

 沈むときは底まで沈め。後は浮かび上がるだけ。

Photo    雪上試験(イメージ)

http://cdm.mking.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/007... 2013/04/01

HP「みんカラ」より引用

 

4WD(四輪駆動システム)

 四輪駆動(四駆)とは、人生を走るうえでの象徴のようなシステムである。人生の道とは、いつも泥濘の道で舗装されてはいない。そこを走るのに普通の後ろだけの2輪駆動では、タイヤがぬかるみで滑るため空回りして前進できない。4つのタイヤに駆動力を配分して、初めて前進できる。

人生でも仕事でも、力を込めて走っても空回りする時もある。その時は、力を抜いて考えることも必要だ。その時を過ごすには、もう一つの能力を身につけ、持てる全ての力を2本の足に配分して、人生街道を慎重に歩むと、人生の道が開ける。そうすれば事故(不運)も減り、有意義な人生が送れる。

第二の人生道は、舗装もしていない泥濘の道なき道である。自分が走った後が道になる。定年後、テレビばかりをみて、出歩かず、人と会わなければ、人生はそこで終わってしまう。一本足の案山子では、何処へも行けない。

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    四輪駆動システム 

     「トヨタのHPより  http://toyota.jp/hiace/005

4k8a93791s  馬場恵峰書

2021-01-17 久志能幾研究所通信 1892  小田泰仙

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2021年1月 8日 (金)

私の行動指針2021 「一期一会磨墨全智」

 

 令和3年1月1日、馬場恵峰先生が逝去された。先生の教えを思い出し行動指針を更新した。

 

1 健康(命)を管理せよ

  命が健康でなければ、何事も成就できない。

  健康が最優先。生死は神仏の管理、健康は己の管理。

  己は37兆個の細胞の主。己を支える細胞を痛める悪行をしない。

  37兆個の細胞の命を全うせよ。

  酒、タバコ、油、糖、怠惰が細胞を殺し、癌や認知症にする。

2 時間は命が最優先

  命とは自分がこの世で使える限りある時間の総量。

  一刻一刻、時間は尽きていく。人生の大事を急げ。

  自分の命を最優先に大事にせよ。人の命(時間)も大事にせよ。

3 ご縁を大事に。縁あって花開く。

  出会うご縁の価値を判別せよ。そのため学べ。

4 努力より選択を重視せよ。

  選択したら決断を早い時期にする。決断したら行動せよ。

5 現地現物で、本質、真因に迫れ。

  Go and See for yourself thoroughly understand the situation.

6 他への貢献を優先せよ

  幸せは周りが運んでくれる。

  人のために話をしないと、自分が幸せになれない。

  与えたものが10年後に返ってくる。

  利他行は菩薩行、利己道は畜生道。

7 自己の強みを生かせ

  己は万能の神ではない。神を目指さず、強みを生かせ。

  強みを生かせば、弱みは人間味となる。

8 目に見えないものを大事にせよ。

  生きているのではない。生かされているのだ。

  人を祈る気持ちで行動。

9 金を貯めるのではなく、後世の残るものを創れ。

  この世で出来ることに全力を注げ。生ある仏を目指せ。

  死後のことを考えるから行動に制限が出る。

  良いことなら、後は仏様が後始末してくれる。

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 馬場恵峰書

 

2021-01-08     久志能幾研究所通信 1883  小田泰仙

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2021年1月 2日 (土)

訃報 馬場恵峰先生

 

昨夜、九州の馬場恵峰先生がご逝去されました。

謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

ブログは1週間休載します。

 

2021-01-02     小田泰仙

2020年12月29日 (火)

兵どもが夢の跡 人間関係の葛藤は戦争だ

 

 毎日、大垣の「ミニ奥の細道」を歩いていると、会社勤め時代に仕事の上でビジネス戦争を交わした仲間のことが思い出される。

 定年後の10年間の人生を振り返ると、会社時代とは違う仲間、師との付き合いの中、多くの人間関係での葛藤を思い出す。そんな思い出が、東北の地で詠んだ芭蕉の句と重なりあう。

 

「夏草や 兵どもが 夢の跡」   (岩手県平泉町)、

「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」 (山形県・立石寺)

 

 そんな仕事上でのチャンバラも今は昔である。この10年間の人間関係の葛藤が夢のようである。蝉が地上に出て、騒々しい鳴き声を響かせるのもせいぜい1週間である。長い人生を思えば人間の絶頂期の数年は、蝉が鳴く期間と同じであろう。どんなに騒々しく働き栄達を極めても、10年もたてば会社から消える。一緒に一時期を戦い、ゴマすり戦争に敗れ飛ばされ、過労死や病魔に襲われ亡くなったビジネス戦士を思うと、哀愁を感じる。芭蕉も戦国時代に思いをはせ、上記の俳句を詠ったのであろう。自分はよくぞ無事に還暦を迎えられたと神仏に感謝したい。それから10年が経ち、癌に侵されたが何とか生き延びさせてもらっている。感謝である。

 

諸行無常

 その帰属した会社さえグローバル競争時代を迎え、同じグループ会社と合併を余儀なくされ消滅した。グローバル競争時代にあっては、年商5千億円の自動車部品メーカは、中小零細企業なのだ。それでは生き延びられないと親会社からの指示で戦略的合併をさせられた。うたい文句は対等合併であったが、実質的に吸収合併で、吸収された方は、悲哀を味わうことになった。

 会社の寿命も60年である。いくら花形産業としてもてはやされても、それは10年も続かない。いつかは衰退産業となり消えるのが運命だ。諸行無常である。会社生活の38年間、私は何と闘っていたのか、歩きながら考えている。

 

 人生は旅であると芭蕉は詠う「旅に病んで 夢は枯野を駆け巡る」それが実感として伝わってくる。

 

無意識の罪ある人生

 私も昨年は癌を患い、余命宣告され、芭蕉の読んだ句が、頭をかすめたことが度々であった。人は必ず死ぬ。それを前提に考えると、目の前の葛藤など些細なことだ。死んだ後、「後は野となれ山となれ」では投げやりの人生だ。そうでなく、人としてこの世に何を残すかを考えて生きたい。やりたいことではなく、やるべきことをやって、浄土に行くべきだ。人には使命、天命がある。それを実行する道具の体を大事にしないのは、天に対する反逆である。

 

人皆わが師

 人生を振り返ると、「他人の言動や病は自分の師」なのだ。周りには、悪の師が多いが、そういう事をしてはならないとの反面教師でもあった。家族をタバコで癌にさせ結果として殺しても、その自覚もないまま、その夫も息子もまだ煙草を吸っている。家族がタバコを吸えば、乳がんの発生率が1.6倍になる。煙草は認知症のリスクも上げる。

 新型コロナウイルスに罹るのも、発病する原因が自分にあったのだ。それをはねのける自己免疫力が低下していたのだ。

 そういう人間の無意識の行動が、反面教師として「人皆わが師」である。

 

地獄への下り坂

 私自身も、長年の狂った生活、狂った食生活で、自分を自分で癌に追い込んだ。その真因を悟らず、対処療法で済ませるから、多くの人は地獄に落ちていく。多くの人はその自覚さえない。自分がそういう罪を犯さないように、自分が反面教師の役目をしていた。自分が病の床に着かないと、そういう夢は見ない。

 人は知らず知らずに「がんセンターへの長い坂」を登り、「地獄への下り坂」を辿っている。すべて自分が原因なのだ。

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馬場恵峰書『奥の細道』全集 日中文化資料館蔵

2020-12-29 久志能幾研究所通信 1877  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。