c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2020年5月31日 (日)

学ぶとは自分探し

 学ぶために記憶するとは、単に個別の項目を覚えるのではない。個々の項目と他の項目の関連を学ぶことなのだ。本を読んで新しい知識を得るのは、今まで学んで構築した脳内のネットワークを強固なベースにする手段である。

 単に一項目を覚えても、人生では何も役立たない。それが自分の人生とどういう関係があるかまで、掘り下げて学ぶことが学問である。単に覚えることは受験勉強の抹消の技でしかない。学ぶ以上は、その知識が肉体となり、本能となり、自分自身の癖や性格までを直さねば、本当の学問ではない。受験勉強はその入り口での練習なのだ。

 

科学

 科学の「科」とは、「禾」偏に「斗」と書く。稲を収穫して、それを秤で計測することを意味する。科学は幹を枝に分解して、枝を葉と花に分解し、花を「花びら」と「雌しべ」に分解し、細かく細分化して本質を究明する学問である。

 現代は、余りに細分化しすぎたがため本質を見失なっている。病気になり西洋医学がその病名を探求し、治療法を開発するのだが、病気は治りました、病人は死にましたということも起こる。それは部分最適を追及して、全体最適ではない状態に落としている。

 

経済

 経済を究極に細分化した果てがグローバル経済主義で、理論的には正しく、個別には成功するが、社会全体は不幸になる理論である。個人主義の欧米では、経済万能主義に行き着き、これに邁進中である。ねずみが集団となり、狂ったように暴走して海に突っ込んで行き、全部が滅亡する様を思い描いてしまう。

 

東洋思想

 哲学や宗教、そして東洋思想は、その末端からその根源に向ってその源を探る学問である。木を見ず森を見て、その本質を究明する。東洋医学は西洋医学と違い、その病気のもとになった原因を探し、元から治していく治療方法である。

 

歴史

 歴史を学ぶとは、人間の営みを学ぶことである。2000年前の人間の行動と現代人の行動に、差などはない。史記、十八史略、三国史、ローマ史を読むと、人間の行動は昔と何ら変わっていないことが良く分かる。

 

経営

 経営とは、人間の歴史を学ぶことである。「経」とは、縦糸と横糸の関係を象形文字として現している。いままで連綿として営まれた歴史を、現代という流行の横糸で織りなした状況を、盛んに火を燃やして陣屋のなかで活動している様を表現した字が「営」である。今起こっている事象は、過去の事象の流れのなかで、今の事象はどういう関係にあるかを解明するのが、学びである。

 今の事象だけに振り回されていると、本質が分からず、間違った対応をすることになる。そのために、その関連を学ぶことが、歴史と経営を学ぶことなのだ。オックスフォード大学には経営の学問はない。経営は歴史を学べば、不要であるという考えである。

 

死屍累々

 学びを怠った民族は、滅亡するしかない。教育をなおざりにする組織は衰退するしかない。その事例は歴史の上に死屍累々と山積する。

 万歳突撃を繰り返し、多くの兵士を犬死させた日本軍の愚行は、敗戦まで止められなかった。その血が現代の高級官僚に受け継がれている。

 今の中韓の歴史の対応をみていると、考えさせられる。歴史は繰り返すので、歴史を学ばない愚かな国に振り回されることはない。

 教育を軽視している小川敏に支配された大垣市が没落したのは、故あること。万歳突撃を繰り返すのと同じで、元気ハツラツ市の愚行をPDCAも回さず、10年間も繰り返すのは、旧日本軍と同じである。日本軍は陸軍大学のエリートと呼ばれる軍人が支配した。大垣市も東大出というエセエリートが、愚行を繰り返している。それで大垣駅前商店街の従業員8000人が路頭に迷った。それで大垣市は没落した。歴史は繰り返す。

 

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow.

The important thig is not to stop questioning.

                  Albert Einstein

昨日から学び、今日を懸命に生き、明日への希望を持て。

大切なのは問うことを止めないことだ。

 

自分探し

 自分探しを怠ると、己を見失い自虐的にも、攻撃的にもなる。挙句にうつ病に罹り、幽霊となり、認知症にもなる。学問をするとは、自分を見失わないための手段である。日本時の65歳以上で15%が認知症になるのは、人として学びを継続しないからだ。何も考えず、痴呆的で洗脳的なワイドナショーのテレビ番組を見続けていることだ。

 人として、当たり前に学び続けて、頂いた命を全うしたい。

 

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 下図の巻物の文面に気に入り、恵峰先生にお願いして板書に書いて頂いた

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2020-05-31 久志能幾研究所通信 1614  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

私の未来予測(今後40年間)と課題

私は死ぬ。

 知人も師も皆も死ぬ。 生は偶然、死は必然。

 人はどんなに長く生きても120歳まで。

  

認知症患者、癌患者の増加

 癌の治療薬は開発できず。対処療法の技術が進歩しても、根本原因を解消しないと、ガンが増加する。40年間かけて出来ないことは、後40年間かけてもできない。食品業界・医療産業が拝金主義を止めない限り、認知症、癌は増える。

 

日本の高齢化

 2050年は25%が75歳以上。今後、老人は増えすぎるので、大事にされない。昔、老人が大事にされたのは、老人が少なかったから。大事にされるのは、数の少ない類。今後、それは子ども。論理的に年金制度は崩壊する。労働者二人で1人の老人を支えるのは大変。

 

国民が目覚めない限り、日本経済はデフレを継続。

 デフレ化は、先進国は全て同じ。この状況で増税を画策する官僚が跋扈する限り、日本経済の復活はない。その根本原因は、官僚が利己主義になったから。修身の欠如。

 

世界の資本は安い労働力を求めて動く。

 全世界、デフレ化していく。戦争がない限り、デフレは続く。アジアの次がインド、アフリカ、南米と経済発展が展開していく。安い賃金が上がれば、次の安い賃金の国に生産は移る。最貧国が豊かになり、経済発展の循環が終わらないとデフレ経済は終わらない。

 

IT化、AI化で人は幼稚化する

 日本が世界の精神文化の指導者になる可能性がある。創造する人が、世を支配する。

 

AI化は限界。

 AIとは単に回帰分析と条件分岐の集積である。今のビジネスマンの仕事の80%が手続き業務。付加価値のない手続き業務はAIに置き換わる。今の自分の仕事が続くか、胸に手を当てて考えよ。しかし人間の創造性は置き換えられない。それがAI時代を生き抜く知恵。AIは人間のカンには勝てない。AIのロジックを創るのは、人生の素人である。だから創造性があれば、AIに勝てる。

 

防衛力が強化される。

 いざとなったら米国は日本を守ってくれない。米国の青年の血を、日本のために流すのは、米国議会が反対する。私が米国民なら、私でも日本を守るために血を流すことに反対する。日本の防衛力を強化するしかない。今までが異常であった。

 

アジアの没落

 アジア諸国も高齢化の波が押し寄せる。

アフリカの盛況

 今後、アフリカは人口ボーナスの恩恵を受ける。

インドの盛況

中国の没落

 共産党が支配する限り、中国の衰退は避けられない。中国がこの20年間も繁栄できた要因は、技術泥棒と奴隷制度があってのこと。先進国からの技術盗用があって製品は安くできた。開発費が不要だから安く開発できた。その製造で農工民を奴隷扱いの激安労働があってのこと。

 公害規制がないに等しいから、廃液、公害排気を垂れ流して工業製品の生産ができた。それに便乗して日本の拝金企業が中国に進出して、公害対策費をかけずに生産をした。だから安く生産が出来た。中国住民は公害で塗炭の苦しみを味わっている。そんなことが長く続くはずがない。

 帝国の繁栄は100年も続かない。中華人民共和国は1949年に設立された。

韓国の没落

 恨の文化では、発展に限界がある。サムソンの発展は、日本の技術者の盗用技術があってのこと。

EUの瓦解

 宇宙根源の原則で、価値観の違う国の経済統合は無理。今の制度では国家間の格差が固定されて、貧乏国は永遠に貧乏のまま。

米国の没落

 肥満者の増加が米国を弱める。帝国の繁栄は100年しか続かない。オランダ、スペイン帝国、大英国帝国の没落が歴史の証人である。今度はアメリカ帝国等が没落する。

 

今後の課題、自分がやるべきこと

やるべきこと

 私の死が必然だから、後は野となれ山となれ、の精神で生きる。やれるうちに、やりたいことをやる。やりたくても、やれない日が何時か来る。

 自分の死を前提にしないから、生き方が曖昧になる。多くの人は、何時までも生きていられると思って日々過ごしている。人間、還暦を過ぎればいつ死んでもおかしくない。何時までもあると思うな、己の命。もう人生の日暮れなのだ。日暮れて道遠し。人生の大事を急げ。

 

一人で死ぬ覚悟をすること。

 死ぬ時は一人。誰でも死ぬ時は一人。

 第一の死は肉体の死。

 第二の死は、己を覚えていてくれる人がいなくなった時。

 第三の死は、己が生きた証がこの世から無くなったとき。

 佐藤一斎師も安岡正篤師も皆さんの心の中で生きている。そのレベルまで実現できずとも、それを目指して日々精進するだけでも人生の充実感を味わえられる。

 

健康管理をする

 ベッド上で植物人間として生き永らえても意味がない。認知症患者、癌患者にならない取り組みに注力する。健康でないと天命を全うできない。

 

経済力を確保する

 政府は助けてくれないと覚悟する。生涯現役の覚悟で、時代が変わっても、生活でき能力を付ける。お金を貯めるのではなく、稼ぐ能力を付ける。

 

危機管理能力を向上する

 国は国防、自分は危機管理で身を守る。自分の城は自分で守る。今後、老齢者を狙うハイエナ・詐欺師が増える。国さえ油断できない。国も己の年金・資産を狙っている。国も借金が多くて金がない。使命感を喪失した官僚が金に飢えれば、金を持っている老人を狙うのは、自然の成り行き。

 国家は、経済と政治と軍隊で成り立つ。自分は経済力と人生経営力と危機管理力で生きねばならぬ。

 

心を管理する

 豊かな精神状態を作る。人間としての自分の完成を目指す。人は動物として生まれ、人間に成長して死ぬ。畜生の根性のままで死にたくはない。

 

日本に恩返しをする。

 日本が精神文化の指導者になるための種まきをする。自分がこの時代に生かされ、育てられた御恩を、知的財産の蓄積、精神文化向上への貢献で返す。後世に生きた証の痕跡を残す。その手段の一つが、書籍の出版、芸術家の支援。

 

4k8a99231s   馬場恵峰書、文言は著者

2020-05-30 久志能幾研究所通信 1613  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月27日 (水)

運の悪いヤツとは付き合うな

 かのナポレオンは、運の悪いヤツを部下にすることを徹底して避けた。運の悪い部下を持つと、自分の運が悪くなるという哲学であった。時にはジプシー女にも占わせたり、自分でカード占いをしたという。

 運の悪いヤツは、運が悪くなる生活リズムで生きている。運の悪いヤツは顔が陰気である。話すことが陰気である。その行動が後ろ向きである。運の悪いヤツと付き合って、その波動を受けると、自分まで運が悪くなる。だから運の悪いヤツはとは付き合ってはダメなのだ。

 

冥資

 サラリーマン生活での中間管理職は、部下をそう自由に選ぶことはできない。同様に上司を選ぶこともできない。それをできないと考えると、益々運が悪くなる。誰に聞いても、その対策案で納得できるものはなかった。

 強いて言うと「冥資」を受けられる徳や運を身に付けるしかあるまい。「冥資」とは知らない間に受ける佛の加護である。

 

要領

 「冥資」を受けるには要領をよくすること。要領とは物事の勘所であり、物事をうまく処理する手段である。地獄のシベリア抑留から生還された丸順の今川順夫最高顧問(当時)は、「生きて帰れたのは、(良い意味で)要領がよかったから」と言っておられる。

 同じく地獄のアウシュビッツ強制収容所から生還したヴィクトル・E・フランクルは、その著書『夜と霧』の中で言う。地獄の強制収容所で生き延びた者は、生きる目的を持っていた。生きる目的を達成する為には、要領よくせねばならぬ。頭でっかちの利口では駄目だ。賢くなければ、運が良くならないし、生きていけない。

 

耐える時

 サラリーマンとして悪運の強い上司の下に異動となったら、我慢するか反抗するかの選択が問われる。大企業では往々に有名大学出のエリートが上司になっている。だから、それに逆らと大変だ。私は、宮仕えとはそういうものと覚悟(達観)していたので、心の中では舌を出していたが、表面的には、じっと耐えてサラリーマン時代を過ごした。悪運という嵐が頭の上に来ているなら、じっと耐えて身を低くするしかない。悪運の風をまともに受けては倒れてしまう。柳のように受け流せばよい。それが宇宙根源の理である。物理学の応用である。

 その私が、その上司のもとから、別の部署に異動した。その時、上司が変わるとこうも環境が変わるものかと驚いた。サラリーマン生活は上司次第である。

 

反抗して死を選ぶ

 一年下の同僚のD君は、頭が切れたが、いつもその上司に立てついたため、海外に飛ばされた。上司は彼が性格的に営業は不向きと知りながら海外の営業職に飛ばした。それが原因で、彼は帰国後、心労がたたり54歳の若さで病死した。私はその上司の推定殺人だとおもう。

 サラリーマンが嫌なら独立することだ。それができないなら、嫌われないように保身するのがサラリーマンの智慧である。それが賢者である。運はよくならないが、最悪は避けられる。私の両親は、上司への盆暮の心づけを欠かさなかったので、その危機を避けられた。今にして思うのは、これは危機管理上の保険であった。親のご恩に改めて感謝している。

 前職はそれがまかり通るブラック企業であった。D君は頭が良かったが、世間を渡る如才が足りなかった。つまり要領と賢さが足りなかった。メンタル面でもタフでないと宮仕えは勤まらない。

 市長にも悪運の強いヤツがいる。それが市民生活に影響するので、たちが悪い。本人は幸せだが、市民が不幸である。会社で悪い上司の下に異動させられたと同じである。どうすればよいか、永遠の課題である。

 

運の悪いヤツは、

 時間にルーズである。

 健康に気を付けない。

 約束を守らない。

 ウソを言う。

 酒癖がわるい。

 (体に悪いと知っていて)煙草を吸う。

 笑顔がない。

 ご縁を大事にしない。

 出会いを自分から求めない。

 チャンスを大事にしない。

 愚直なことを大事にしない。

 陰徳をおこなわない。

 神仏を信じない。

自分が運の悪くなる言動や考えをしていないか、自省したい。

Dsc065671s  松本明慶大仏師作 普賢菩薩、 書は馬場恵峰書

 普賢菩薩とは、梵名でサマンタバドラといい、「普く賢い者」の意味であり、彼の世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者であることを意味する。また、女人成仏を説く法華経に登場するので、特に女性の信仰を集めた。密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)の象徴とされ、同じ性格を持つ金剛薩埵と同一視される。そのため普賢菩薩はしばしば金剛薩埵の別名でもある金剛手菩薩とも呼ばれる。「遍吉」という異名があり、滅罪の利益がある。この項、wikipediaより)

2020-05-27 久志能幾研究所通信 1608  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月25日 (月)

「武田信玄公の訓語」で己を照らす

 武田信玄は20歳で、父を追放して武田家の家督を継いだ。年若くても一国一城の主である。それで年長者を束ねていかねばならぬ苦労をした指導者であった。反感を持って己を見ている部下たちを統率する苦労を味わった指導者である。

 武田家24武将を描いた掛け軸は、武田家の結束を表す絵として有名である。その絵には、23人の武将しか描かれていない。24人とは信玄を含めて24武将である。信玄は織田信長のような絶対君主ではなく集団合議制の指導者のような位置付けで、全体を統率していた。

 そういう状況で体得した人生訓が、「武田信玄公の訓語 心についての12か条」である。だから凡人の私には、一つ一つの言葉が納得される。

 

後継者

 いくら名君でも後継者問題は永遠のテーマである。武田信玄は父より後継者の座から排除されたので、クーデターを起こして、逆に父を追放した。時に20歳である。信玄はそれだけの知力も決断力も胆力もあった人物である。

 その血筋を引いた信玄の長男義信は、息子たちの中では、能力的にも一番優れていたが、父・信玄と同じようにクーデターを起こす計画をして、それが露見して寺に幽閉され自害に追い込まれた。血は争えない。だから一番優秀な長男を自害に追いやったので、後継者は武田勝頼になってしまい、それが武田家滅亡の道筋となった。

 

堪忍

 その時に信玄に7番目の訓語「堪忍」があれば、長男を生かせる調があったはず。そうなれば武田家は存続したかもしれない。それが頭の隅にあってこの7番目の訓語堪忍ある時は事を調す」ができたかもしれない。そうなれば、長篠の戦いはなく、馬場春信公は死なず、別の運命となったはずである。そうなれば、私と馬場恵峰先生の出会いはないことになる。ご縁とは不思議なものである。

 

愛嬌

 信玄は若くして統領になったので、古参の家臣が信玄を馬鹿にして言うことを聞かないことが多かったはずだ。その悔しさは、私も年上の部下を持って痛感した。上司と言っても、それは会社から与えられた職位であって、経験は古参の部下の方がある。その中でリーダとして責務を果たすには、構えなければならぬ。心に余裕がないと愛嬌どころではなく、必死なのだ。それが「我慢ある時は愛嬌をうしなう」である。指導者は常に笑顔で愛嬌がなければならぬ。それも指導者として成長するために獲得すべき能力である。

 

武田信玄公の訓語 心についての12か条

心に物なき時は体やすらか也

我慢ある時は愛嬌をうしなう

欲なき時は義理をおこなう

怒りなき時は言葉やわらかなり

誤りなき時は人を恐れず

驕りなき時は人をうやまう

堪忍ある時は事を調す

私なき時は疑うことなし

勇ある時は悔ゆることなし

くもりなき時は静かなり

迷いなき時は人をとがめず

貧りなき時は人にへつらわず

武田信玄公の訓語心についての12か条也

疾如風除如林侵掠如火不動如山

 

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Dsc0971233  馬場恵峰書

 

2020-05-25 久志能幾研究所通信 1606  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月24日 (日)

「武田信玄公の訓語」を贈られる

 

 2020年4月18日が馬場恵峰先生の奥様の49日の法要であった。このコロナ騒動で、私は49日の法要には参列を自粛した。非常事態宣言が出ている岐阜県から無風状態の長崎県に出向くのは、気が引けたからだ。下手に動いてコロナ菌を先生宅に持ち込んで、高齢の馬場恵峰先生が罹患したら大騒動である。法要にお花を送り、法要への参列は遠慮させていただいた。

 先日、恵峰先生から葬儀のお礼の挨拶状と返礼が届いた。それは「武田信玄公の訓語」の掛け軸であった。その言葉をかみしめて、恵峰先生のご先祖に思いを馳せた。

 

武田信玄公の訓語

心に物なき時は体やすらか也

我慢ある時は愛嬌をうしなう

欲なき時は義理をおこなう

怒りなき時は言葉やわらかなり

誤りなき時は人を恐れず

驕りなき時は人をうやまう

堪忍ある時は事を調す

私なき時は疑うことなし

勇ある時は悔ゆることなし

くもりなき時は静かなり

迷いなき時は人をとがめず

貧りなき時は人にへつらわず

武田信玄公の訓語心についての12か条也

疾如風除如林侵掠如火不動如山

 

鬼美濃

 武田家の武田四天王といわれた馬場信春公は、馬場恵峰先生のご先祖である。武田三代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加したが、長篠の戦いまでかすり傷一つ負わなかった。このため「不死身の馬場美濃」、「不死身の鬼美濃」と評されている。

 長篠の戦いの中、織田・徳川連合軍との決戦で、武田軍は敵の鉄砲隊との攻防で有能な人材を次々と失い大敗を喫した。武田勝頼が退却するのを見届けると、殿軍を務めていた馬場信春公は、反転して追撃の織田軍と壮絶な戦いをして戦死した。『信長公記』に「馬場美濃守手前の働き、比類なし」と評される最期だった。享年61。人生50年といわれた時代の61歳で、現役の将として桁外れの奮闘には驚嘆する。

 大阪夏の陣(慶長20年・1615年)に参戦した子孫が戦いに破れて、九州の山奥に落ち延び、焼き物の窯元として身を隠したという。それで馬場恵峰先生が九州に居られるワケである。

 「100mの巻物」を揮毫した挑戦でも、下書きなしの一発勝負で、たった3文字しかミスがなく、揃った字体、どんぴしゃの文末配置、素晴らしい書体である。それを見ると、鬼美濃と呼ばれた馬場信春公の先祖がえりで、剣を筆に持ち替えただけと理解すると、先生の天分の由来が理解できる。表の顔の馬場恵峰先生は仏のような方だが、筆を持たせると書道の鬼となる。鬼にならなければ、後進を指導できないし、後世に残る作品は生まれない。

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  「武田信玄公の訓語」 馬場恵峰書

 

2020-05-24 久志能幾研究所通信 1604  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月17日 (日)

人として成長する

 

 人と生まれた以上は、知識・技量だけではなく、精神面を含め人格の高い人間に育たなければ、人として生きる意味がない。知識・技量の一面だけではダメなのだ。魂の浄化が一生の課題である。

 人は動物として生まれ、人になるために学び、人として死ぬために生きる。好き嫌いの感情、飲食・睡眠・交尾だけで生きては、犬畜生の動物と同じである。警察犬だって、匂いで犯人を見付ける技量は持っている。その犬だって訓練で日々成長する。犯人を捕まえる能力も上がる。しかし警察犬が幾ら技を向上させても、精神の成長はない。成長するにつけ、精神面の成長がないと、魂をもった人間の成長とは言えない。人は魂の成長を求めて道を歩む。

 しかしその成長で、完全無欠の人間を目指してはならぬ。完全無欠の人間は、人ではなく、神である。神は人ではないから「人でなし」である。

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  修身 魂の成長

 

魂の成長

 人間である以上は、成長のためには稚気を捨て、精神の修行が必用である。己は何の為に生まれたのか。己は何の為に今の職業を選んだのか。己の使命は何かを自問せねばならぬ。

 

市長の使命

 小川敏は何の為に大垣市長になったのか。市長になるのが目的で市長になったとしか思えない。彼は19年間も無為無策で過ごし、無能政治で大垣を没落させた。小川敏は、名誉欲だけで、市長の椅子に座りたいだけで、大垣市長になったのではないか。事前選挙買う道として売名行為に走り、市長候補者を蹴落とす策略ばかりに熱上げる市長では、市民が不幸である。長期に市長の座に座るだけが、その目的では、人間としての市長ではない。市長になって何がしたいのか、それが小川敏の行動からは全く分からない。

 

下品の極み

 小川敏は水饅頭のギネス共食いで、大垣市の品性を下げて、ミッキーマウスとのパレードでうつつを抜かした。こんなに税金を無駄遣いする幼稚さでは、とても人格者の市長とはいえない。とても、尊敬できるリーダではありえない。後世の人が見たら歴史の残る税金無駄遣いの愚か者である。時にはバカ騒ぎも許されるが、小川敏は動物の脳に支配された市長として、19年間も人と未来への投資をケチり、大垣財政を締め付ければ、大垣が寂れて当然だ。

 

 人間が成長するためには、稚気を去ることだ。甘える心、人に頼ろうとする心を去り、自分の足で立つことによって、人間は子どもから大人になるのだ。千載に名を残すような人物になるためには、稚気を去らねばならない。

      橋本佐内 『啓発録』

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   馬場恵峰書 2013年

 

2020-05-17 久志能幾研究所通信 1592  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月16日 (土)

八重須(8S)の心で金儲け

 

整理整頓とは、無精大陸を無着陸横断飛行

 整理整頓は仕事ではないが、仕事をする前の責務である。道徳みたいな存在である。仕事とは人生である。人生から仕事を取ったら、人は生ける屍である。整理整頓は、尊い仕事に対する神前奉仕である。

 散らかっているモノを見付けたら、持ち上げて、途中で近くの机に仮置きではなく、定位置まで運ぶか、そのままゴミ箱に入れる。一度、モノを持ち上げたら、着地せず、目的地まで無着陸横断の空中移動をさせよ、である。

 

「大西洋」無着陸横断飛行

 整理整頓とは、リンドバーグが成し遂げた「大西洋」無着陸横断飛行と同じである。強い決意で、己の心に巣くう「無精な大西洋」を無着陸で横断しなければ、怠惰な生活に墜落する。それがゴミ屋敷にしないための小さな心掛けである。持ち上げた品物を無着陸で、定位置に置くのが、整理整頓である。

 誰でも出来そうで、なかなかできない心がけである。それを「年間150万円、10年間で1500万円の儲け」だとニンジンをぶら下げて、取り組もう。

 

150万円の金儲け

 ビジネスマンは年間、150時間もモノを探すために浪費している。150時間はプレジデント社のデータである。コクヨは、その時間を年間80時間と社員の実測データから割り出した。だから実際に人は、年間150時間くらいは、探しものに時間をかけているようだ。ビジネスマンの時間レートは一分100円、1時間1万円である。それから計算すると、整理整頓をすれば、年間150時間、150万円のロスがなくなる。

 

5S、8S

 トヨタ生産方式の神髄は、5Sの徹底である。5Sとは、整理・整頓・清潔・清掃・躾である。オダ仏教では、8S(八重須の心)を推進している。

 8Sとは、整理・整頓・清潔・清掃・躾・スマート、セイフティ、スピーディ、である。それを総括した内容が「修身」である。智慧を使ってスマートに、安全第一に素早く稼ぐ、である。心の修行として8S(八重須の心)である。仕事に真心を、無駄を省いて贅沢を。贅沢とは素敵なのだ。

 

整理とは、不要なモノを処分する。

整頓とは、何時でも取り出せるようにする。

清潔とは、商品価値の維持である。

清掃とは、付加価値の向上である。

躾とは、性能向上である。

スマートとは、智慧の付加である。

セイフティとは、危機管理である。

スピーディとは、商品価値消滅の防止である。

 

賞味期限切れ

 賞味期限の来たものもゴミ箱へ。賞味期限が過ぎると、腐臭が漂う。期限が来たら、品物は機械的に捨てる。モノの値段よりもそれが占有する土地代が無駄である。小さなスペースにも税金がかかっている。そんなことで悩まない。悩めば、その悩んだ時間分だけ、己が大事なことを考えることが阻害されて、余分にお金がかかる。時間は有限で、命なのだ。

 

市長の賞味期限

 小川敏の5選目の市政で、賞味期限切れの症状があちこちに出ている。小川敏は、税収を増やすための施策の正道よりも、血迷って寄付を強制する邪道の政治に血道をあげる。そのため、行政行事にまともな会計報告さえなくなる。汚川からの腐臭のようである。

 昔の迷馬も老いれば、駄馬にさえ負ける。

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2020-05-16 久志能幾研究所通信 1591  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

祈りと宿命

 

 祈りは願いに力を与え、宿命に言霊を届けるシャトルとなる。

  祈りは運命に力を与え、新しい運命を生む。

  祈りは己を謙虚にさせ、新しい境地を生む。

  その意識が新しいご縁を生む。

  今から出会う人は、神仏の代理人である。

  それも一期一会である。

 行動なき祈りは戯言である。

  具体的に動けば、具体的な答えを神仏は出してくれる。

  動かなければ、永遠に変化がない。

  ニュートンの第一法則である。

 お布施なき祈りは、無賃乗車である。

  成功してからお布施を出そうとするから成功しない。

  お金持ちは、前払いである。

  ユダヤ人は、貧乏な時から、収入の一割を寄付する。

  ユダヤ人は、自分は神から守られていると信じて行動する。

  ユダヤ人は、自分は既に豊かであると信じて寄付をする。

  だからユダヤ人に成功者が多い。

 感謝なき祈りは神仏に無礼である。

  感謝の心が行動を生み、運命を創る。

  行動なくして運命は生まれない。

  神社仏閣でも、その維持にお金がかかる。

  それへの援助が、感謝のお賽銭である。

  100円では多い、10円では少ない。

  だから私のお賽銭は50円玉としている。

   毎日、お賽銭を1か2の神仏に出す。

  私は神仏の前では、感謝だけで、お願いはしない。

 佛に祈っているのではない、己に祈っているのだ。

  人生を、運命を、明日を変えるのは自分という仏様である。

  天におわします神仏は、物理的な力は出せない。

  科学技術がいくら進歩しても、人間は細胞一つ作り出せていない。

  自分という神秘を見直そう。

  己を生んでくださった両親、ご先祖に手を合わせよう。

  自分という人生(時間)を授けて頂いたのだ。

  成人して、起きている間だけでも、35億円の価値がある。 

   16時間×365日×60年(80歳-20歳)×10,000円/H=35億円

  

 縁有りて、花開き、恩有りて、実を結ぶ

 

039a15511s  馬場恵峰書 

2020-05-16 久志能幾研究所通信 1590  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月15日 (金)

未知を求めて「道」を歩む

東山魁夷画伯作「道」を入手

 東山魁夷展(神戸市美術館、1990年ごろ)で入手した「道」のポスターは、気に入っていてずっと部屋に飾っていた。ご縁があり2011年に、この絵のリトグラフ(1,000部中の一つ)が手に入った。この「道」は人気があり、一度人の手に渡ると、なかなか市場に出てこない。リトグラフと言っても当時百万円近くもの価格で、資金的に私には手が出なかった。長い間、欲しいと思い続けていると、不思議と向こうからやって来る縁が生じた。

 この絵は敗戦後の混乱の続く昭和25年に描かれ、日展に出展され、特選を獲得した。この絵は、当時の日本人に勇気を与えた。

 

人の道

 道にはまっすぐな道、曲がりくねった道、二股に分かれた道がある。どの道を通るかはその人の選択である。開発、創造、人財育成を思う時、東山魁夷画伯の「道」が思い浮かぶ。

 この絵から、人生が見える。どんな技術開発でも、人生の歩みでも、やってみなければ分からない。あそこまで行けばと、やっとの思いで目標地に達すると、その先に道は更に続いている。時には断絶した道も出現して,跳ばねばならない場面もある。まさに人の人生を象徴している。

Img_6696s  東山魁夷画伯作「道」、馬場恵峰書 2006年

道とは

 古代中国の各都市は城壁で囲まれていた。その外側は魑魅魍魎(ちみもうりょう=山の怪物や川の怪物)が住む恐しい場所と信じられていた。城壁の外に出て、その恐ろしい場所を通って他の都市に行くときは、異教徒を殺し、魔よけとしてその生首をぶら下げて歩いたという。その歩いた所が踏み固められて道となった。それが道の語源である。道の「しんにゅう」は十字路を意味する。

 

開発の道

 現代で、全く新しい分野に進むには、自分の首をかけて未開の地に道を創る意気込みが必要である。何時の時代も新しい道には夢がある。夢は命をかけてこそ実現できる。

 時として足元は己の失敗で血の海である。死屍累々の中をひたすら前進して道を創る。技術経営の世界でも、新しい新製品の開発を商品に結びつける苦闘の過程を、ダーウィンの海という。新製品開発では、技術開発の前に死の谷が横たわり、それを乗り越え商品にする航海(ダーウィンの海)を経て初めて青々とした海(ブルーオーシャン)が広がっている。安易に妥協してそこを航海していると、競業他社が流れ込んできて、販売の死闘が始まり、血の海(レッドオーシャン)に突入していく。

 

自分の未知なる道

 死屍累々の死の谷を乗り越え、ダーウィンの海を乗り切ったら、次に訪れるであろう血の海に突入する前に、新しい航海の道を創らないと未来はない。生涯自己挑戦の人生でありたい。

 

4k8a02471s   馬場恵峰書 

2020-05-15 久志能幾研究所通信 1588  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月14日 (木)

男の人生、60代の後ろ姿

 

男の人生

20代  ハンサムにする

         身だしなみをきちんとする

30代  強く生きていく心を教える

40代  財力に心を砕く

50代  賢く物事の判断をきちっと行う

60代  聖人の道を歩く   

            何事もこだわらないように

70代  色んなことに精通する 

                学んだことを人に捧げる

          馬場恵峰師の講演より

 

現世を俯瞰する

 世の中の拝金主義の経営者、利己主義の大垣市長をこの基準に照らして眺めると、日産の盛衰、大垣市の盛衰は必然と見える。そういう観点で、ゴーンも小川敏も良き反面教師である。共に頭が切れるが、その才能を自己の利益誘導に使っているだけである。天はそんなことに使うために、人より優れた才能を授けたのではない。

 

日産を餌食

 ゴーンは66歳、小川敏は69歳、共に人格的に円熟し、世の尊敬を集めなければならないのに、そうでないのが哀れである。ゴーンは口先ではリバイバルとほざいていたが、単なる日産の資産の切り売りと従業員の首切りをしただけである。当時のマスコミはゴーンの批判は全くせず、恥も外聞もなく名経営者と絶賛であった。現時点で、どうしてそういう報道をしたかの反省もない。

 

言葉の魔術使

 小川敏も、口先では街の活性化、子育て日本一とほざくが、現実は全く真逆の政策を画策して、悲惨な結果となっている。小川敏は言葉の魔術使として、効果が過小な施策を針小棒大に表現して、自己宣伝しただけである。

 その結果、これだけ大垣を衰退させても地方紙は批判記事を全く掲載しない。御用新聞は、小川敏の腰巾着のように、寄付や表敬訪問の写真を市長選に向けての事前活動として、紙上に頻繁に掲載させているようだ。その分、大事なニュースがカットされている。

  小川敏市政となって、大垣駅前商店街の80%がシャッターを下したのだ。立派になったのは分不相応な新市庁舎だけである。地方紙はその現実を全く無視である。

  大垣市の教育は県下最低になった。小川敏は、大垣市の児童生徒一人当たりの教育費は県下一低くしてしまった。何が「子育て日本一」なのか。大嘘である。

 

フェイクニュース

  報道すべきことを報道しないのもフェイクニュースである。そうやって先の大戦では、マスコミは国民を騙して、戦争に駆り立てた。日本軍の悲惨な敗走の実態も報道されなかった。今もその体質は変わっていない。大垣市・小川敏と痴呆紙は完全密着である。三密どころか、利害関係で算密である。汚川ウイルスに感染したようだ。

 

組織の盛衰は指導者次第

 人も会社も、行政も、長い目で観ると人物の人生・企業の生・都市の生は同じである。その組織の指導者が、その職務に使命感を持って臨んだか否かである。人も組織もその指導者の人格如何で盛衰は決まる。口先だけの指導者がのさばって、日産と大垣市の惨状は目も当てられない状態となった。そういう状況で小川敏が大垣市長6選を目指すとは、狂気であるとしか思えない。

 これで小川敏が当選したら大垣市民は日本中から笑われて、恥をかく。

 

2020-05-14 久志能幾研究所通信 1586  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。