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2022年11月28日 (月)

108歳を目標(10/12) ヒトの存在は空

人不異空 空不異人 人即是空 空即是人

 人の実態は空であり、何もないものである。何もないものが人である。人は何もない所から卵子と精子が結合して人が生れ育って人間になる。しかし100年も経つと死んで煙となり、この世から消滅する。遺骨も墓の土に埋められて、80年で土に還りこの世から物理的に消える。

 だから人の実態は、空である。それが分かれば、この世の悩みから解脱できる。人の葛藤の苦しみや病魔など、実体のない「空」なのだ。それを般若心経が256文字で説いている。人間世界の艱難辛苦の雑事は、「深般若波羅蜜多」を修行することである。観音様が到達された「空」の境地になることが、天寿を全うすることだ。

 

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佛の世界が象徴するもの

 古代より聖人は人の何たるかを佛の姿で象徴してきたようだ。佛の最高位は釈迦如来(社長)である。その下には、次の佛たちが担うべき職務を全うしている。各専門部門を統括する菩薩様(役員)、部門別の実行統括者の明王(執行役員)、実行部隊の天(部長)、佛の道を開いた開祖様(次長)、人が佛となった権現様(課長)である。カッコ内は、企業に当てはめた職位である。

 

人間さま

 それを人間に当てはめると、人(霊止)とはご先祖から受け継いだ霊魂が止まった存在である。人間とは、その霊に一時的な肉体が付与されただけの存在で、100年も経てば、煙となって消える。

 その霊こそが、全てを司る釈迦如来である。此の世で生きていくために、知恵を蓄える機能として文殊菩薩、考えるために普賢菩薩、慈悲と智慧を与える虚空蔵菩薩、世間を慈悲をもってい観る観音菩薩の能力を与えられた。

 己の怠惰で傲慢な感情を不動明王が叱咤激励して自制させている。

 外からの敵から身を護るため、四天王の防御の能力を身に着けた。

 多聞天のように、人の話、佛の話を聴いて徳を上げて実行に移している。

 どんな凡人も一芸に通じれば、開祖となれる。

 どんな凡人でも精進をして徳を高めれば、その道の権現様になれる。

 

人間はお体様に支配されている

 自分の体の如来様とは、自律神経様である。如来とはかくの如く来たりしものである。いくら頭で考えても、自律神経が体の運営を統括して、体を経営している。その理想の経営を己の邪鬼が邪魔するから、体が経営不振(病気)になる。人間がいくら頑張っても、自律神経の経営力には勝てない。

 体は四天王である免疫細胞が、外からの細菌の侵入を防いでいる。病気になるのは、その細胞の働きを阻害する邪鬼である。邪鬼とは己の傲慢、我儘、欲望である。その邪鬼の欲するままに狂った生活習慣、狂った食生活をするから、病気になる。四天王が十分に働けないから病気になる。

 美味に惑わされて毒のある食品を食べるから、高血圧、認知症、がん、腎臓障害を患うのだ。全ての原因は、自分内に存在する如来様を蔑ろにしたこと。

 それを考えれば、自ずと己の体の寿命を全うする術が見えてくる。経営とは、持てる資産を最大限に活用して成果を出すことだ。持てる資源には支障がある資源もある。それを他の資源で補うのが経営である。

 此の世で完璧な資産を持った人間はいない。目の不自由な人は、それを補う天附の音楽能力を使えばよいのだ。会社でも、人事異動で人を適材適所で配置して、その能力を発揮させ、会社を支えている。

 人の体もそれと同じである。単に人間を構成する部品に弱いところがあるだけである。残った機能を最大限に発揮すれば、なんの問題もない。それが社長の経営の見せどころである。

 その人間の構成としての象徴を、私は釈迦如来、虚空蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩に見る。私は毎日この佛様に手を合わせている。佛に身を任せれば天寿を全うできる。

 

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 松本明慶大仏師作 釈迦如来像 

 

2022-11-28  久志能幾研究所通信 2553  小田泰仙

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2022年11月23日 (水)

108歳を目標(7/12) 自衛隊員を後から撃つな

 「世界には二人の名医がいる。それは食欲不振と発熱だ」

    イエルス教授   p181  

    渡部昇一・石原結實著『病気にならない生活のすすめ』 PHP

 

 自分の体に常駐している名医を無視しては、長生きはできない。

 自分の体という組織体の社長は自律神経である。社長に反旗を振りかざしては、リストラされてしまう。自律神経社長は、人の37兆個の細胞社員と五臓六腑の内臓事業体を経営する凄腕経営者なのだ。外部の敵から適切に防衛戦争をする名指揮官である。ホモサピエンスという自律神経社長は、300~400万年もの実戦経験がある名経営者である。経営にド素人な我々とは違うのだ。

 その社長に反旗を翻すとは、体の自律神経社長に指揮された自衛隊員(免疫細胞)の背中を鉄砲で撃つことだ。身内の自衛隊員を殺すようでは、長生きはできまい。

 

発熱

  人間の体を支配する自律神経は、発しん、下痢、発熱で体内に入ってきた毒素を外に出そうとする。それを解熱剤を服用すると体が拷問を受けることになる。

 菌を嫌い抗菌製品に囲まれた無菌状態で生活をすると、バイキンに対する抵抗力が弱くなる。箱入り娘のように純粋培養すれば、世間知らずの人間が出来上がると同じだ。

 KK、KM問題も、親が子供を過保護に世間知らずに育て、社会の荒波から強引に隔離をしようとするから、却って問題が大きくなる。

 会社時代、私を追い抜いて行った若手エリートもその末路は悲惨であった。エリートたちは純粋培養で育てられ、挫折を知らない。エリートが挫折をした時は、再起不能である。

 体の総支配人である自律神経が、発熱で体を立て直そうと必死に頑張っている。バイキンと戦って発熱しているのを解熱剤で対処しては、自衛隊の後ろから鉄砲で味方を撃つようなものだ。その行為への罰は死である。

 風邪を引いたら、安静にして汗をかいて寝ていればよいのだ。そうすれば体内の免疫細胞が風邪菌をやっつけてくれる。その戦果が発熱と発汗である。それを解熱剤を飲めば、体の持つ免疫力が下がってしまう。免疫力を下げれば長生きはできない。

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嘔吐

 嘔吐は、自己防衛機能が体が入ってきた食物が悪性と判断して、受け入れず体外に出す防衛機能である。私はいまだかって二日酔いになったことがない。つまり少し飲み過ぎると全て吐いてしまうのだ。体がアルコールを受け付けないようだ。酒は発がん性の毒物である。お陰で私は肝障害等の病気には縁がない。

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高血圧

 高血圧症とは、血管内部がプラークで詰まり、血流が悪くなれば、自律神経が血圧を上げて血流を正常に戻そうとする現象である。

 自律神経が必要だと判断したから、自律神経が血圧を上げているのに、降圧剤を服用したら、副作用が出る。血液が末端まで届かず、認知症にもなる。血液中の免疫酵素が組織の末端に届かず、がんにもなってしまう。

 高血圧症の治療は、血管内部の詰まり状態をなくす食事療法しか解決策はない。元を断たなきゃダメなのよ。

 

がん

 自治率神経は、体にがんが出来れば、その毒素を一か所に集めて、全体に広がらないようにする。抗がん剤いう毒素が体に入ってこれば、組織を守るため、一番影響のない皮膚を捨てようとする。それが脱毛である。

 がんになった真の原因を取り除かず、がんだけ切り、元の狂った食生活、狂った生活習慣に戻るから、がんが再発する。元を断たなきゃダメなのよ。

 

食欲不振

 食欲不振は、体の細胞が休みたいと訴えている。それを無視して食べるから病気になる。余分に食べた分の食料費用は、医師を養う為に使われる。それはエジプトの古代碑文にも記されている。

 現代人は食べ過ぎである。最大の敵は、「食え食え」と洗脳教育をするテレビコマーシャルである。食品業界は、拝金主義に染まり、人の健康など知ったことではないのだ。

 CMに登場するファストフードは、噛まずに食べれてしまう。どうしても早食いになり、満腹感が出にくく、つい食べ過ぎてしまう。それが敵の付け目である。食品を数多く咀嚼すると、それが脳に刺激となって到達し、食べ過ぎを防いでくれる。しかしファストフードはそれのストッパーの信号が脳から発されない。だからつい食べ過ぎとなり、栄養過多で病気になる。

 

 鬱とは体と神経が酷使され過ぎ、悲鳴を上げている状態である。唯一の治療法は、その酷使を止めることだけ。それをまやかしの薬で胡麻化すから、鬱病が治らない。儲かるのは心療内科の医師だけだ。

 一度、心療内科の門をくぐると、統一教会と同じレベルの秘密の洗脳教団に取り込まれるようだ。私の部下が心の病気になって心療内科を受診した。しかしその後は、患者の情報が全くこちらに入ってこない。患者の病状は、個人情報とかで、課長の私にも会社の保健婦も門前払いである。診療内科医と全く面談が出来なかった。20年前の現役時代に遭遇したことで、違和感を覚えた。

 「鬱」という字は、木が鬱蒼と茂っている状態である。幹に対して葉が茂り過ぎたのだ。自然の木の事象を見れば解決策は簡単である。つまり多すぎる葉を減らせばよい。つまりその人が背負っている負荷を減らせばよい。それを薬で治そうとするから、おかしくなる。薬は基本的に毒である。体が病気で弱っているのに、薬を投与するとは、自軍の後ろから鉄砲で味方を撃つことだ。その行為は軍法会議にかけられ死刑判決である。

 私も一時期、鬱状態に陥ったことがある。病院に行けば、自動的にうつ病と診断されただろう。私は鬱病の本を買いまくり、鬱病を研究し、その治療法を学び、病院に行かず、自分で治した。薬は使わず、休日は太陽に当たり、運動をして、仕事量を減らして、休養をしっかりとって鬱状態を改善した。正しい治療法は、元を断たなきゃダメなのよ、である。

 

低体温

 体温が1度下がると、免疫力が30%も低下すると言われる。逆に体温が1度上がると免疫力が5~6倍も上げるという。低体温は、生活習慣病やアレルギー、うつ、ガンなど、さまざまな病気を引き起こす。例えば、肺結核者はがんにならない。なぜなら発熱で体温が高くなっているので、がんになりにくい。

 がんになってもがんでは死なない。免疫力低下で、肺炎等を発症して亡くなる。免疫力の向上こそ長命の秘訣である。

 だから体温を下げる生活は、体の自衛隊員を虐待する行為だ。お風呂に入らず、シャワーだけで過ごすとか、冷たいものばかり飲むとか、睡眠不足の生活では、自律神経環境が狂って、低体温になり、がんになりやすい。

 私は、朝寝朝朝湯が大好きである。残念だが、歳をとると長時間の睡眠は難しくなる。だから朝寝をしたくてもできなくなる。せめて朝湯で体を温めている。だから私は、朝晩、お風呂に10分間肩まで浸かって体を温めている。ただし10分以上の入浴は、浴室内死亡の恐れがあるので、必ず10分間だけである。浴室内死亡は日本で年間2万件ほど起きている。

 そして私は毎朝の体温測定・記録を欠かさない。それで体調が管理できる。

 

大垣市の体温

 大垣市を支配する市長が冷たい政治をすると、市民が凍るような生活を強いられる。その結果、大垣市は没落する。人口減と大垣市の公示地価の下落だ。都市の体温とは、人口と公示地価であらわされる。それが都市の健康のバロメーターである。

 魅力のない人は成長しない。魅力のない都市は発展しない。市長の責務はその都市を魅力ある都市に変貌させること。

 没落一途の大垣市は、この5年間でマイナス1.04%の人口減。公示地価も下落の一途。

 大垣市の人口推移

 2015年  162,157 人 減少

 2016年  161,992   減少

 2017年  161,628   減少  小川敏市政5期目

 2018年  161,308   減少

 2019年  161,123   減少

 2020年  160,485   減少

 日本一発展中の福岡市は、2015~2020年で、4.9%の人口増である。

 行政の長が利己主義で利権ばかり追い、市民生活を軽視する政治をすると、市民の免疫力で淘汰されるだろう。前市長の小川敏がその悪例である。その悪政を石田仁市長が継承すると言うとは、狂気である。

 為政者が利権を食べ過ぎるから、大垣市が病気になったのだ。

 

 

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 馬場恵峰書

 

2022-11-23  久志能幾研究所通信 2549  小田泰仙

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2022年11月21日 (月)

人生の成功とは

天附の才能 30%

努力    30%

心がけ   40%

  心がけこそ、好きこそモノの上手なれ、である。

    馬場恵峰師談  2006年4月28年 明徳塾

 

 最近、この言葉を記録したB5カードを見付けた。これの件を最近のA家のKK問題に重ね合わせ、その反面教師の実例として再確認した。彼は弁護士になる努力も心がけもゼロ%である。だから成功するはずがない。KMさんも天附の環境に甘えて、努力も心がけもゼロ%であったので、M美術館の学芸員としての能力が育っていないことが露見した。

 私の両親は戦後、裸一貫から立ち上がり、私を育ててくれた。父は地獄のシベリア抑留から生きて帰国できた。父の弟はシベリアの土になった。私には天附の才能も家柄もなかった。私は両親の働く姿の背中を見て育った。だから私は努力と心がけだけは、人並み以上にしたと思う。人生は努力しただけ成果が上がるわけではない。その成果は問わず、頑張ったプロセスが大事だと思う。

 松下幸之助翁も、二階に上がるために必要なことは、「二階に上りたいという熱意」という。それが努力と心掛けである。その話を幸之助翁が京都経営者講演会で参加者の質問に答えて話したら、会場の全員が笑ったという。それを笑わなかった人が、稲盛和夫氏であった。

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 馬場恵峰書

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2022-11-20  久志能幾研究所通信 2547  小田泰仙

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2022年11月20日 (日)

第41回 岐阜水墨画人展を見学

 

 2022年11月18日、岐阜市日乃出町のロイヤルホールで開催されている「岐阜水墨画人会展」に行ってきた。4年ぶりにKさんにお会いして、親交を新たにした。当時より私が20キロも痩せているので、私を見ても気が付かなかったという。聞けばご主人を癌で亡くされたばかりだとのこと。私も癌を罹患し、今、生き延びている幸せを感じた。前回お会いした時からの時の流れを痛感した。がんもあるし、新型コロナウイルス騒動もある。生きていくは大変な時代だ。

 

生命

 展示作品で目を引いたのが神山恵子氏作『生命』である。植物という生命はひたすら天を目指して伸びていく。動物もひたすら生きているが、動物の行動は、少し生々しく感じるが、植物の方が素直な静かな生命力を感じる。

 人間の欲望は、カネの為、他の為とかで生き方をさ迷わせる。しかし植物は、何も考えず、ひたすら頂いた命を使って天に向かって成長していく。そういう生き様を現代人は忘れている。こういう命を表した絵は、水墨画があっている。ごてごてと絵の具を塗りたくった油絵には合わない。一度、死の瀬戸際に追い詰められると、こういう絵に引き付けられる。

 馬場恵峰先生も書画を多く描かれた。恵峰先生は書だけでなく、墨で絵も同時に描かれるので、絵と文字の美しさから多くの作品を集めた。今は私のお宝である。

 

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  神山恵子氏作 生命   撮影許可は得ています

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命無残

 会場のある柳ケ瀬商店街はすっかり寂れていて、シャッターが下りたお店が多かった。以前に来た時と様変わりである。岐阜の大通りの書店も無くなっており、時代が変ったようだ。商店街にも、商店の状況にも命があり、繁栄と衰退を繰り返しているようだ。世は無常である。

 帰りの電車を岐阜駅ホームの待合室で待っている時、その中にいた6人の若者全員が、スマホ画面を無言で見つめていた。まるで統一教会スマホ支部に洗脳されているような雰囲気である。そんなスマホ情報に洗脳されて、人間として命を全うできるのか、不安に覚えた。時間は命である。電車内でもスマホをいじっている人の大半がゲームである。スマホを捨てて、もっと人間として考えることに時間を使って欲しい。自分の有限の時間を勝手にスマホに奪われるようで、私はスマホは好きではない。

 私は外出時、スマホを持って行かない。私は時間に追われた仕事をしていないので、かかってきた電話でも、後でスマホの着信履歴を見れば事すむことだ。外出時、持っていくのは、A4版の紙ばさみで、電車の中や、待ち時間にメモ用紙に文案を書きなぐっている。私の発想の場は家だけではなく、場を変えることで新しい発想も生まれる。スマホでは、そういう状況にはならないようだ。文字を打つのは簡単だ。それよりも新しい発想を生み出すことが大事である。

 

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  柳ケ瀬商店街

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  JR岐阜駅ホームの待合室

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 馬場恵峰書

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2022-11-19  久志能幾研究所通信 2546  小田泰仙

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2022年11月18日 (金)

108歳を目標(6/12) 病気とは仏からの啓示、病気と闘うとは冒涜

 

 長い人生、病気との闘いに明け暮れていては長生きはできない。108歳まで人生を戦うために病気と共存共栄することだ。

 敵を知り、己を知れば、108戦危うからず。

 それを一病息災ともいう。

 人生では病気以外にも敵は多い。男は家を出れば7人の敵がいる。私は、古風な母からそう教えられた。その中の最大の敵が己の慢心である。

 

共存共栄 

 コロナ菌だって、宿主の人間が死んでしまえば、己も死ぬ。だからコロナ菌も学習をして、肺まで侵入しないように進化を遂げて、弱毒化し、感染力を上げた。コロナ菌が感染する目的は、宿主を殺すことではない。種として繁殖することだ。ウイルスは宿主とともに成長してきた。人間はウイルスがいたから、卵の生殖体制から胎盤での生殖体制になり、霊長類として進化ができた。

 病気になっても、病気と闘わない、病気を敵視しない生き方で長命が達成できる。病気とは「今の生活スタイルに、問題や無理がある」と仏様が教える内部監査報告である。それ故、病気と闘うなどと発言するのは、神仏に対して冒涜である。病気になったら、その生活の間違いを直せばよいのだ。病気とはuso119健康監査機関(?)の監査報告なのだ。病気とは、自分の行動を監査してくれる佛の監査員なのだ。佛の監査員と仲良く生きていけばよい。

 

部品の故障

 病気になったら、自分の体の部品の一つが故障したと判断する。故障したのだから、その真因を見つけて治せばよい。精神を病んだら、魂を支える頭脳と心が故障したのだ。人の根幹である「魂」が病んだわけではない。精神も心も人間を形成する部品の一つだから、治せないわけがない。

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KK問題

 毎日がみがみと理不尽に怒鳴られれば、精神だって疲労破壊で故障する。出来の悪い親が、親の見栄で理不尽に振舞えば、子供が疲弊する。

 親の見栄で高望みの超有名進学高校に姑息な手段で入学させ、無理な教育を強要すれば、か弱い少年の心は壊れてしまう。

 Hさまが心配である。A家の両親は学生時代は落ちこぼれであったようだ。両親が学生時代は遊び惚けていたのに、子供に躾を強要すれば子供が反発するのは、自然の理である。だからKK問題が起きた。

 子供は親の後姿を見て育つ。かえるの子はかえるである。かえるの子をとう大出の大鷲に育てようとするから無理が出る。誰もそんなことを望んでいない。不祥事の連続は佛様の啓示である。布袋様は、「A家の振る舞いが三千界の理に合わない」と警告している。Hさまは心の故障の起きやすい性格に育てられたようだ。最近のH様の元気のないお顔を見るが辛い。

 A家からの問題続出は、因果応報である。火のない所に煙は立たぬ。A家と971ちょうの傲慢極まりない対応の結果なのだ。

 

内部監査員

 病気はISO14001監査員より厳密な評価である。ISO9001やISO14001監査機関は英国が作った金儲けシステムの一つである。だから監査員は企業の顔と懐具合を見て審査をしている。監査不合格にしてしまうような厳しすぎる認証機関では、お客が逃げてしまう。企業という客が欲しいのは、監査機関の「印籠」だけなのだ。審査内容は二の次だ。だから、ISO9001やISO14001から認証をもらっている企業でも不祥事が絶えない。あの日産も三菱ふそうもISO9001やISO14001の審査を通っている。

 監査の時だけ審査をパスすれば、ISO9001認証を貰える。認証機関も問題なく過ぎれば、定期的に認証料が入ってきて儲かり幸せである。そういうシステムを作った英国は狡猾である。

 私は会社内でISO9001やISO14001、QS9001の勉強をさせられ、企業内内部監査員の資格を得て、自社内のほぼ全部署の監査もした。だからその裏側を良く見てきた。

 

仏様からの監査

 しかし仏様の監査は厳しい。病気という監査結果を放置すると命が危ない。並みの人は、病気を悪魔の手先のように扱い、対処慮法で患部を攻撃するから、病気が根治しない。病気の症状に、解熱剤、降圧剤、抗がん剤、抗生物質で対処慮法を使い出先の敵陣だけを攻撃するから、病気が根治しない。対処療法で一時的には収まり、治ったように見えるが、病気の根本が消えていないので、必ず再発するし、別の病気が発症する。元を断たなきゃダメなのよ。

 病気は仏様が遣わした体のリトマス試験紙と考えて、その原因を考えよう。

 トヨタ生産方式の何故なぜを5回繰り返して、病気の真因を見付けないと病気は治らない。

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 糖尿病、高血圧症、肥満、がんは生活習慣病である。生活習慣を正さないと治らない。対処療法の薬だけに頼るから、別の病気を発症する。

 私の長年、高血圧症に悩まされ、降圧剤の薬を20年間飲み続けた。その結果、鬱、網膜静脈閉塞症、白内障、網膜剥離、記憶力減退、最後はガンになった。

 その全ての根本原因は、美味いものの食べ過ぎ、運動不足で、血管内部にプラークが溜まり、血流が悪くなり、高血圧になった。それを降圧剤で血圧を下げるから、必要な血液が全身に流れず、各種の病状が出た。プラークの影響で毛細血管の細部まで免疫酵素が運ばれないという弊害で、20年後にガンになった。

 真島消化器クリニックの治療は食事療法と運動指導だけである。それで血管内部にプラークが減少して、問題は解決した。薬は不要であった。大垣から九州久留米市の真島消化器クリニックまで、年2回、通った甲斐があった。片道6時間の旅である。真島先生の指導のお陰で病状が好転した。今までの循環器系医師の治療に不信感を抱いた。彼らは対処療法の降圧剤しか処方しなかった。その方が、彼らは儲かるからだ。

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 馬場恵峰書

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2022-11-18  久志能幾研究所通信 2545  小田泰仙

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2022年11月16日 (水)

108歳を目標(5/12) 自分自身を料理する

 

 煮ても焼いても食えぬ人は、長生きできない。自分自身を料理して、人に美味しく食べてもらうのが、長生きの秘訣である。「人に美味しく食べてもらう」とは、人のために役立つこと、人に喜んでもらうこと。

 クセのある味でなく、素直な人間味のある人柄になることが、良き料理品である。

 我々は生れてから、叱られ、叩かれ、刺され、くさされ、切り刻まれ、焼かれて料理される。そういう試練を経て、人間として成長する。そうやって鍛えられた身が、引き締まって美味しい肉なのだ。

 それに比べて過保護で育てられたボンボンの肉は、養殖魚のような臭みがある。身は弛緩し美味しくない。養殖の魚の命は短いのだ。それはエリートと呼ばれる特権種族である。

 我々に体は放っておかれれば、腐臭の肉となっていまう。その己の体の料理を外部の料理人(医師)に任せれば、金儲けの道具にされるだけだ。自分の身は自分で料理せねばならぬ。トヨタ経営の原則「自分の城は自分で守れ」に相通じる。

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 馬場恵峰書

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   人生の消化過程

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人生経営

 人生経営とは料理をするのと同じである。鍋の火加減を見ながら試行錯誤をして自分の料理を味付けする。人を喰うための料理も同じである。自分の体の調子を見ながら、体が食べるもの、心が食べるもの、運動、学習、休憩、睡眠を味加減して育てていく。それが体の経営である。自分自身を料理することが、人生経営である。

 生れた人間をそのまま鍋(学校や社会)に放り込めば、それで料理が完成するわけではない。手塩をかけて料理しなければ、一人前の人間に料理が仕上がらない。材料の状態によって火加減も変えなければならぬ。それが人間の人生経営である。

 

自分が料理するもの

 自分の体は土から生まれて、土に還る。その己の器に何を入れて料理するかが、人生経営で問われる。その料理には時間制限がある。通常の与えられた時間制限は、日本人男性の平均で、72歳である。これは男性の平均健康寿命である。それ以降は、寝たきり、病院通い等で思うようには動けなくなる。だからこそ、その健康寿命を延ばす取り組みが肝要なのだ。その時間を最大限に伸ばして、後世に残る料理を作るのだ。肉体は滅んでも、料理は残る。だからこそ美味しい料理を遺そう。

 馬場恵峰先生は素晴らしい書画の作品を残してくれた。

 松下幸之助翁は素晴らしい経営哲学を遺してくれた。

 

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2022-11-16  久志能幾研究所通信 2543  小田泰仙

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2022年11月 8日 (火)

お墓内部の梵字 ご先祖様の寝室を飾る

 

 墓の文字は馬場恵峰先生に書いて頂くことにし、ご快諾を頂いた(2015年)。並みの書家は、頼まれても墓の字を絶対に書かない。それは己の字のまずさが長く後世に残るから嫌がるのだ。

 馬場恵峰先生のご先祖は、武田家の武田四天王といわれた馬場信春公である。武田三代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加したが、「長篠の戦い」(1575年6月29日)までかすり傷一つ負わなかったという。このため「不死身の馬場美濃」、「不死身の鬼美濃」と評されている。井伊家の赤備えは、もともと武田信玄軍団の赤の装備に由来する。徳川家康が、徳川四天王と称された井伊直政の武功を称えて、赤備えを許したというご縁である。

 

梵字

 お墓や卒塔婆には、仏教の五大要素である「地水火風空」にあたる梵字が彫られている。その梵字は、仏教で大切な五大要素や宗派のご本尊を意味している。梵字は、一つ一つに象徴する如来や菩薩などを象徴している。

 墓石に梵字が使われている場合、その宗派のご本尊への敬意や、「守ってほしい」という願いが込められている。例えば、真言宗では大日如来を表す「ア」と言う梵字が用いられる。

 本来、お墓の納骨室内部に般若心経を彫ろうと思ったが、納骨室の狭い内部側面には物理的に難しい。そこでその五面には梵字を彫ることにした。ご先祖様に安らかに眠っていただく環境を作るためである。

 何時かは自分も入る寝室である。この発想は、2015年3月12日に馬場恵峰先生宅で、三重塔と五重塔の写真撮影をした時のことが頭にあり、今回の発想となった。その時は今回のお墓建立の話は全くない状態である。これも恵峰先生とのご縁の賜物である。

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 三重塔  馬場恵峰先生書

 三重塔製作は新立広美氏  恵峰先生宅で  2015年3月12日撮影

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 恵峰先生と管主寛旭和尚 

 寛旭和尚は将来の中国仏教界のトップに立つ方

   2014年6月26日      福田琢磨氏撮影

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2022-11-08  久志能幾研究所通信 2535  小田泰仙

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2022年11月 7日 (月)

失われた30年、日本版の梨泰院圧死事件

民度の低い国会議員が原因

 日本がこの30年間も経済が停滞しているのは、民度の低い国会議員達、それを報道するゴミのようなマスコミのレベルの低さ、利権意識の高さが原因である。それにより、国民が生活苦で圧死しそうである。

 世界は激変しており、改革を強要する波が日本に押し寄せている。その波が来ているのに、その流れに抵抗勢力が頑なに抵抗して現状維持で守ろうとしている。だから外国と日本の間で矛盾という壁に押しつぶされて、日本全体が圧死寸前だ。

 

日本圧死

 日本はかって半導体王国として謳歌していたのに、いつの間にか世界一の電気メーカ群が倒産し、電機産業が消滅した。それで国民が失業、生活苦、自殺に追い込まれのだ。外国の圧力に屈した電気メーカは、技術者を冷遇、首切りをした。彼らはK国に己を身売りして技術を漏らした。それが日本メーカの没落に止めを刺した。

 左前になっていた日産は、ゴーンにリストラの名目で資産を売られ、従業員を首にされ、サプライチェーンをズタズタにされ、美味しいところをむしゃぶりつくされた。ゴーンは金がかかる研究開発費を減らした。それが原因で現在、日産はよい車を生み出せず、車は売れず、売上減にあえいでいる。ゴーンの来る前、日産は押し寄せる外資からの波に対して、労働組合の天皇が君臨し、経営に口出しし、やるべき改革を妨害したためだ。外資と古い経営者との間で、従業員はもてあそばれ圧死である。

 平成不況で国内に失業者が100万人もいるのに、一部の派遣業者の利権のため、外人労働者を優先的に移民として入国させている。その結果、日本の賃金水準を下げる政策となっている。儲かるのは派遣業者とそれを推進した大臣や諮問機関である。その代表が竹中平蔵である。それにより、国内労働者の雇用が激減し、日本全体の賃金が下がった。外資と利権屋の波が日本青年を押しつぶした。経済戦争で敗れ焦土と化した日本には、圧死した不幸な日本国民で溢れた。

 それらの圧力に輪をかけた禍が、コロナ対策での利権の横行である。政府の経済対策の無能さである。

10年前の悪夢、圧死轢死歴史

 2009年から~2012年の民主党政権時代は、狂った群衆心理に巻き込まれて、狂った政党に投票し、日本は沈没圧死寸前に追い詰められた。民主党の全員の民度の低さが、日本国民全員を谷底の地獄に突き落とそうとしたのだ。

 その悪行を忘れて蓮舫議員も辻本議員も平然としている。蓮舫議員はいまだ、二重国籍問題の正式釈明をしていない。安倍元首相の国葬への対応も人間として失格である。国会議員は、議員である前に、人間であるべきだ。政治はその政治家の人格以上のものを生み出さない。蓮舫議員も辻元議員も国会議員として存在するのは、日本の恥である。日本再建はまず、日本人の意識改革が必要だ。そうしないと日本全員が隣国の攻撃で圧死してしまう。

 

売国奴跋扈

 それら悪政を続ける大臣や議員を当選させた国民にも責任がある。なぜ隣国のスパイもどき議員が大臣をやっているのか。媚中派の奴らが国の防衛力増強を妨害している。中国は台湾、沖縄、尖閣諸島を虎視眈々と狙っている。連日領海侵犯領空侵犯を繰り返している。まるで刃物を持ったヤクザが、家の回りをうろうろしていると同じ。それなのに、その自己防御に反対するのは売国奴である。なぜそんな売国奴議員を当選させている国民にも責任がある。

 

日本民族大合唱「変わらなくちゃ」

 日本民族は、習慣ややり方をなかなか変えない。また一度新たに作った制度を変えることも難しい。だから間違った政策や習慣を変えないので、この30年間の失われた時代が生まれた。日本人は歩かず、考えず、変えない国民のようだ。

 英国は間違ったと分かったらすぐ変える。英国のEU離脱、トラス首相の僅か100日での辞任、スナク首相に劇的交代の事例でも明らかだ。英国人は歩くとすぐに考えを変えるようだ。危機の時代はそれも一つの対応策で、正解の一つのようだ。何もしないより、良い対応法だ。なにもしないのが一番悪い。

 ドイツ人はうさん臭い理想という餌を大義名分に掲げ、それに洗脳されて現状を思慮なく変え、猪突猛進する国民性である。ドイツ人は雑踏で圧死はしないが、別の落とし穴に落ちる国民性である。ドイツは脱炭素を信じ、ロシアを信じ、脱原発、脱石油政策を完璧に邁進し、原発を全廃し、ロシアのガスだけに頼る政策に舵を切った。頭は良いが賢くないメルケルさんだ。現在はウクライナ戦争の影響のため、ドイツ国民が燃料費高騰の経済状況で悲惨な目に会っている。あまり賢明な国民ではないようだ。過去にナチスを熱烈に盲信して、国を滅ぼした単純思考性の国民性は変わっていないようだ。

 日本では何事も決めらない岸田首相が1年も居座っている。彼は検討するだけで、何もしない。だから外国から押し寄せる圧力に押しつぶされて、検討死となっている。無能な政治家をのさばらせるから、日本は浮上できない。無秩序に放置された政治状況は、梨泰院雑踏圧死事件の発生状況と同じだ。有権者が目を覚まさないと駄目である。

 

失われた30年

 世界が激変しているのに、無能な首相が居座って変わらないのが日本なのだ。変えようとするのを必死で止める議員達がマイナスの雪崩現象を起こしている。本来なら、岸田氏はとうの昔に首相を辞めていなければならない。

 同じように経済界でも古い経営者が誤った経営をしているから、失われた30年が生まれた。未だに日産はごたごたしている。それは日産が生れた時からの体質なのだ。その体質を日本人は変えられない。

 後ろから「変えろ、変えろ」と群衆が押しても、それを踏み留まり混乱するから圧死する。これが日本での逆の梨泰院雑踏圧死事件である。だからこの30年間、日本人の賃金が上がらず、生活苦で圧死である。

 なぜ変わらないのか。変わらなくちゃ、と言いながら、変わらないのは、対処療法に終始してその真の原因を追究しないからだ。

 なぜ何故を5回繰り返して、真因を探そう。媚中派のマスコミに騙されてはならない。国民が目を拭い、耳を洗って真実を直視しないと、日本国民は圧死である。

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反省

 この30年間を振り返り、また今回の梨泰院雑踏圧死事件(イテウォン)を検証して、自分達の行動を反省すべきだと思う。韓国の梨泰院雑踏圧死事件は、他人を慮らず、他人を押しのけ、自分の欲望を満たすための行動が、惨劇を招いた。それこそグローバル経済主義の本質である。経済が拡大して、そんな事例が最近は頻発している。これは商業主義が行き過ぎ、グローバル経済主義の暴走が原因だ。今回の梨泰院雑踏圧死事件もハロウィンという金儲け行事の過剰さが原因である。

 我々はもっと人間の原点に立ち返って、人としてあるべき姿を見直す必要があるだろう。理性と人間性を忘れて、拝金主義で暴走するから、貧富の差が拡大し、更に人が欲望を拡大する。カネに飢えた議員を中国が付け込んでくるので、今の政治の退廃が起きている。それが亡国の道である。

 グローバル経済主義も、脱炭素政策も、政治に無関心になった世相が起こした現象だ。金儲けだけにうつつを抜かすから、邪鬼に付け込まれるのだ。政治とは人間社会を運営するための頭脳である。

 多くの衆知を集め、正しい知識から智慧を得て、それを賢く選択・決断をする。私はそういう行動がとれる人間になりたいと、文殊菩薩、普賢菩薩、虚空蔵菩薩に毎日手を合わせて祈っている。動物として生まれた人の生きる目的は、人間になることだ。私は人間になってから、佛を目指して旅立ちたい。

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 馬場恵峰書

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 松本明慶大仏師作 文殊菩薩

  衆知を集め、文殊の知恵を出せと教える佛様。

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 松本明慶大仏師作 普賢菩薩

  多くの選択肢から正しく選択し、賢く決断せよと教える佛様。

4k8a04291s 松本明慶大仏師作 虚空蔵菩薩

  宇宙根源の理に目を向けよと教える仏様

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2022-11-07  久志能幾研究所通信 2534  小田泰仙

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2022年11月 4日 (金)

墓誌と院号、佛の世界の裏道

 

 昔は一人一墓であったが、お墓の土地供給の問題もあり、一家で一つのお墓となってきた世である。いわば一戸建てから集合住宅になったようなものと解釈している。それで問題になるのは、誰がそのお墓に入っているかである。前のお墓はそれが曖昧であったので、今回、新しいお墓を建立するので、墓誌も併設することになった。

 

墓誌

 墓誌で色んな書き方があり、戒名、命日、俗名、享年に更に叙勲の有無まで書くような例も見受けられる。当初、父の弟で五男の方が勲八等を叙勲されており、それを記入する方向で話が進んでいた。

 しかし、死ねば沸の前では全て平等であり、俗世間の位など何の意味もないのではないかと思い直して、記入は取り止めとした。

 また命日もそれを見て喜ぶ人がいるかどうかであり、両親の命日は子供が一番知っている事項である。あえて墓誌に書く必要もなく、個人情報の類であるので、止めることにした。

 

墓誌での命日

 弥勒菩薩は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなると約束された菩薩(修行者)である。弥勒菩薩はゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。弥勒菩薩が来訪するという56億7千万年の尺度からいえば、40年や80年の享年に差があるわけもなく、誤差範囲である。この世に生を受け、しかるべきこの世のお勤めをして旅立った人に、寿命の多少で偉さに差がないと思い、命日を記すのを止めた。結局、戒名と俗名だけを記した墓誌とすることになり、簡潔な美しい墓誌となる。

 石田家の墓誌は、石田退三氏の戒名だけで、俗名さえ記されていない。石田退三氏は旧勲一等瑞宝章(瑞宝大綬章)を授与されている。ご遺族が故人の意思を継いで、戒名だけの墓誌を作られた。倒産寸前のトヨタを立て直した大番頭に相応しい墓誌である。

 

院号

 現在、父の五男に当たる小田五郎氏に戒名に院号が付いていないので、今回の墓誌を新設するにあたり、英霊への後供養として院号を付けて頂いた。夫を亡くし二人の子供が戦死をした当時、祖母は院号を付ける経済的余裕がなかったと思わる。当初、祖父小田成健の戒名にも院号がなく、叔父が祖母の亡くなった時に、祖母と一緒に院号を付けてもらった。

 

 戒名とは引導をされる僧侶が弟子にするために授ける名前である。院号とは贈り名とも言われ人の死後にその徳を称えて贈る称号である。業績のある方のためにお寺を建てると同じように、亡くなられた方の心の中にお寺を建て、来世の名前を戒名として授け、佛として修行をしてくださいと供養する意味である。

 

 院号はお金を出せば付けてもらえるものでもなく、相応の功徳ことがないと付けてもらえない。お寺によっては、いくらお金を積んでも付けてもらえない場合がある。

 

英霊の院号

 父の弟の小田五郎氏はビルマで昭和19年に戦死された英霊であり、「戰勲至誠居士」と立派な戒名が付けられている。至誠とは吉田松陰が好んで説いた『孟子』離婁上の言葉である。今回、お寺さんのご意向で、「護國院戰勲至誠居士」との立派な院号を付けていただくご縁を頂いた。

 院号についても今ままではあやふやな知識で、今回初めて詳細な知識を得ることが出来た。人生知らないことばかりである。

 

院号の裏道

 格式あるお寺では、その人に徳がないと、カネを積んでも院号は付けてもらないようだ。しかしあるお寺のお墓を拝見した時、殆どの墓に院号が付けられいたのを見て驚いた。要はそのお寺ではカネさえ出せば院号がもらえるお寺であるようだ。

 格式あるお寺でも、院号を付けられた人に人徳があったとは思えないのに、院号が付けられている例は多くある。私の推察では、故人の徳ではなく、その故人の葬儀を司った人の徳が高い場合に、院号が付けられるようだ。まあそういう後継者を育てた個人の徳と言ってもよいようだ。徳が高いとは、お寺に貢献した人(寄進を多くした人?)であるようだ。信仰深くなく、お寺にお参りにもあまり来ない人は、親の死後に院号を頼んでも院号は授けてもらえないようだ。お寺さんも良く見ている。お寺さんは仏様の代理人なのだ。

 

生前に戒名授与

 懸念があるなら、自分でお寺さんに御願いして生前戒名を授かることだ。私はがんを患い、退院して落ち着いた後、住職から戒名を授けてもらった。そして墓誌にも戒名を彫った。その彫った字に朱をいれた。まだ私が生きているからだ。

 戒名は生前に授かるのが、正式の手順である。亡くなってから葬儀の際に戒名を授かるのは、緊急応急処置である。その場合は、住職さんが家族からその人のことを聞き込んで、名前を付ける。だから生前に本人が住職と打ち合わせをして、最適の名前(戒名)を付けてもらうのが理想である。それで安心して死ねる(?)。

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 馬場恵峰書

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2022-11-04  久志能幾研究所通信 2532 小田泰仙

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2022年11月 2日 (水)

お墓に蓮華の模様  泥沼の蓮華の教え

 

 お墓つくりで最後まで悩んだ案件が、蓮華の模様の有無である。「簡素に華美に走らず」の基本方針で、お墓つくりを進めたが、蓮華の模様をつけるかどうかで最後まで悩んでしまった。最初は蓮華の模様無しで進めたが、親戚の助言や蓮華の意味を考えて、伏せ蓮華の模様を付ける事に変更した。受け蓮華だと結構目立つのだが、伏せ蓮華ならそんなにも華美とは見えないことを確認して決断した。ご先祖供養としての気持ちとして伏せ蓮華の模様も許されると判断した。

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 泥中之蓮 六根清浄

 蓮華とは蓮の花のことで、蓮は仏教の世界で最高の花である。蓮の花は泥の沼の中に美しく咲く。それに対してワサビは清純な山の中の清流の中に咲く。人間社会の中で正義を貫きすぎると自身はワサビの存在となってしまう。正義とは狭義な存在である。神仏の身でない人間は、清濁併せ呑む大きな度量が必要である。清らかな環境で育って清純な心を持っても、人としてワサビの存在になっては佛になれまい。それを仏教は蓮華の花で教えている。

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六根清浄

 六根清浄とは、人間に具わった六根を清らかにする修行である。六根とは、五感(眼根(視覚)、耳根(聴覚)、鼻根(嗅覚)、舌根(味覚)、身根(触覚)、意根(意識))と、それに加え第六感とも言える意識の根幹である。

 六根は人間の認識の根幹である。それが我欲などの執着にまみれていては、正しい道(八正道)を往けない。そのため執着を断ち、心を清らかな状態にする修行が六根清浄である。そのため不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じないために俗世との接触を絶つ修行が行なわれた(山ごもりなど)。

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 馬場恵峰書『百m巻物』  日中文化資料館蔵 

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自然に学ぶ

 四季の自然のつるといの中様々に学び気付く事多し、ふと見ればはきだめに南瓜の芽がいくつも出て、せい髙あわだち草が菜の花畑のおうに泥沼から蓮の花咲き可憐さ華麗言葉を失う。それらの自然存在に気付く時、自然はこの事以外においても野采果実等々物を造り育てる名人でその物を最大限に活かすのが人間である。

 人間皆それぞれすばらしい種子であり、明日、否、今どんな何とした花が咲くのか貴重な宝を人間持っている。何事も縁を活かし勇気出して新しい自分の道を進もう。

 「そのうちって‥‥」「いや今のうち、今でしょう」そのうちのいいわけはいいわけに結ばらぬ。 人生チャンス二度なしの受けとめ、今そこからです。耳で見て、目で聴く心眼を開いて行きましょう。 智学び仁もって人の道守り勇気出して大切なあなたの人生、私の生涯明日を念じ今大切にと。

        文:馬場恵峰

 

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 馬場恵峰書『百m巻物』  日中文化資料館蔵 

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 人は泥沼の人間社会の中で、いかに美しい人生の華を咲かせるかが問われる。人は汚れた世界で生きていく。しかし汚れたままではいけない。自分を美しくする環境や人との出会いを求めなさい、が仏教の教えである。

     

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 蓮の花  Wikipedia 「ハス」より引用 
                                                                                                       

 蓮(LOTUS)は、古代エジプト、インド、ギリシア、ローマの神殿にもさりげなく彫刻されている。西洋でも高貴な花として認められている。ギリシア神話では、その実を食べると現世の苦悩を忘れるとされた。ギリシア神話の世界では、神の世界にも現世のギリシアとされ、生々しい神の恋愛話や武勇伝が神話を彩っている。

 私も2010年、2011年とローマやシシリア島に20日間の旅行をしたが、当時はそんな意識が無いので、目に入らなかったが、写真で神殿等を見ると確かにLOTUSの模様がある建築物が多くある。

 その後、2017年に戸田極子公爵夫人の足跡をたどるためウィーンへの旅した。そこの楽友協会の「黄金の間」でそのロータスの飾りを発見した。

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2022-11-02  久志能幾研究所通信 2531  小田泰仙

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