c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2020年3月26日 (木)

磨墨知33-1 タイマツを掲げよう(2)

 タイマツとは、志・夢・憲法・方針である。それが自分の行き先、組織の目指す先を示す。暗夜の中、タイマツが行き先を照らす。ニューヨークの入り江に建つ「自由の女神像」の掲げる燈火が、アメリカに移民してきた人々に勇気を与え、心を鼓舞させて、自由の国を造った。

河村義子先生の夢が、大垣の音楽芸術活動のタイマツとなった。大垣の未来を背負う子供たちに夢を与えた。 4k8a3399s  チェリストTIMMを招いてのコンサートに、120名の子供たちを「あしながチケット」で招待して、子供たちに一流の音楽に接しさせた。演奏会の前に挨拶をされ、子供たちのためにベーゼンドルファーのピアノをやさしく解説された河村義子先生。子供たちをこよなく愛した先生であった。(2017年9月29日 大垣音楽堂で)

今川順夫氏のシベリア抑留で生まれた負けじ魂の炎が、大垣の恒久平和の願いとなった。氏は子供達の為に多くの寄付をされた。Dsc04619s  地獄のシベリア抑留の講演会で、支給されていた一食分のパンの量を説明する今川順夫最高顧問。これで極寒の中の重労働に耐えて生還した。「この地獄を生きのびて日本に帰り、会社を創るのだ。こんなところで死んでたまるか」と、その負けじ魂で、シベリアから帰国後に会社を創立して、5000人の会社を作り上げた。(2014年8月14日 大垣興文地区センターにて)

安岡正篤師や渡部昇一師の著書や多くの偉人の書が、私の心に灯をともした。 

憲法の威力

 日本国憲法が戦後の日本の行動を決めてきた。日本憲法は、アメリカが二度と日本が立ち直れないようにした自己縛りの憲法である。70年前の敗戦の混乱のさなかに作られた憲法で、アメリカから押し付けられた憲法である。賞味期限が切れている。北朝鮮、韓国、中国からの侵略行為に対して、国を守るには無力の憲法である。ドイツでも戦後、数回の憲法改正を行っている。改憲しない方がおかしいのだ。

 大垣市民憲法が、大垣の行く末を決めてきた。大垣市民憲法も、小川敏が2009年に大垣市民憲法を改悪してから、大垣の没落が始った。必然の流れである。

 

行き先明示

 後に続く人が先頭を走る人が斃れても、先人が掲げたタイマツの方向が分かっていれば、後進がその方向に進路を向ければ、何時かは目的地に到達する。行き先が分かっていれば、部下は安心してリーダについていく。

 自分の行先の目的地をタイマツで明確にしよう。そうすれば寄り道をしなくても済む。寄り道が最大の時間ロスである。タイマツを掲げれば、周りからの援助もある。仏様からの援助もある。何処へ行くか分からない放浪人を、誰も援助はしない。

 己の人生の行き先は、天命、使命に示されている。

Dsc004751s

 馬場恵峰書

 

2020-03-26 久志能幾研究所通信 1514 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月25日 (水)

磨墨知151-1 無意にブログを読み漁らない

結論が最初に書いていないブログを読まない。

付加価値がないブログを読まない。

自分の人生に影響しないブログを読まない。

それはTV番組でも本でも、行事や人との付き合いでも同じである。

題名に、話題(topic)と目的語(purpose)のないブログを読まない。

 

 「ブログはあくまでも個人日記。金の粒が落ちている可能性はありますが、金の鉱脈はありません。特にネット検索初心者にとってブログを熱心に読み漁るのはネットサーフィンにもつながる不毛な行為だと思います。」

  『内藤式「ザ・検索術」』の著者で心理学者の内藤誼人氏のコメント

  『プレジデント』2007.3.19号 p59

 

 人のブログを見ると、上記のコメントに納得させられる。そのブログの記事で何を言いたいのか、何を伝えたいのか、それが曖昧なブログが氾濫している。文書を読む以上、そこから得られる情報で自分の行動が変わらなければ、テレビを時間つぶしに眺めると同じで、時間の無駄である。時間は命なのだ。

 それはバラエティーショー番組で、見識のかけらもない芸人が、コメントを垂れ流す番組を見ると同じで、人生の無駄である。時間は有意に使わないと、人生が無意に過ぎてしまう。

 

無意から有意へ

 人は白紙で生まれてきたので、一番多く見たり、聞いたり、読んだりしたことしかできない。無意な情報に多く接せると、無意な行動しかとれなくなる。それは洗脳教育と同じである。それが認知症への階段を上ることになる。無意な情報を避け、有意な情報に接するべきなのだ。

 

情報の提供

 私はブログ記事を書く場合、読み手に何らかの付加価値を提供する意図で書いている。私は単なる日記としては書いていない。将来の行動にフィードバックできるように、事件の記録として書いている。

 私のブログでは、結論を最初に書き、ビジネス文書として構成している。それで何を伝えたいかを明確にしている。私が一番大事にしていることは、タイトルである。そこに文書の全てを表すタイトルにすることに注力する。次に大事なトピックセンテンス(核文)にも最大の注意を注ぐ。

 記事を読んでいただくことは、相手の時間を頂くことなのだ。自分の意見が正しいことを教えて頂いたのだと考える。人の時間を頂く以上は、倍返しで価値ある情報を提供することで、それに応えたいと思う。読んでよかったな、と思う記事を目指している。その情報で、少しでも読者の人生が変われば本望である。

 その情報で、読者の生きざま、行動、行く末に修正を加えて、皆さんの志、夢の実現に向けて、0.01歩でも前進すれば嬉しい。それで社会が良くなる。毎回のブログが私の遺稿なのだと決意して書いている。将来はこれを編集して出版予定です。

 

知りたることを教えざるは、金を借りて返さざるが如し(お釈迦様の教え)

Img_64031s  馬場恵峰書          時間は命なのだ。

 

2020-03-24 久志能幾研究所通信 1512 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月23日 (月)

企業経営は経営理念。人生経営は志・夢

 企業の経営方針、行動、会社の行く末を決めるのは経営理念である。それがお粗末だと、儲かっても堕落一途である。

 自分の生きざま、行動、行く末を決めるのは、志、夢である。それに向かって日々0.01歩ずつでも前進すれば、いつかは志や夢が実現する。

 だから経営理念、志、夢は、日に何度も声を出して繰り返し、社員や自分自身に対してアルファ―メーションとして、魂を揺さぶる言葉でなければならぬ。それも納得できる言葉でなければならぬ。だから簡潔に、直接的に伝わる言葉であるべきだ。その言葉は、利己でなく利他の共感できる精神でなければならぬ。

 

経営理念のあるべき姿

 社員を鼓舞して、共感でき、利他の精神で、使命感に目覚めさせ、会社の行き先を決める理念であるべき。自分の志・夢でも、同じである。

 

簡潔に、明瞭に

 日本調剤のくだくだと書かれた経営理念では、読む気にもなれない。何が言いたいのだ。それは時間泥棒の経営理念。それでは社員や顧客の心に響かない。社員や顧客の心を打つには、畳に畳針を通すように、ぐいぐいと心に突き刺さすような言葉でなければ、通じない。

 自分の志・夢は、自分を自分で鼓舞するためにある。その文言は、簡潔・明確であるべき。

 

 トヨタ自動車と日本調剤の経営理念を比較すると、その差がよくわかる。(文末の資料参考)

 

共感できる文言で

 利己主義丸出しの「医薬の分業」では、利他の共感もない「医薬分業で、オレは薬だけ出すから、医療行為は知ったことではない、医師に丸投げしたのだ」が、日本調剤㈱の経営理念の本音である。これではとても共感など得られない。薬局が患者のことを考えず、薬を垂れ流すから、薬害が増える一方である。

 

睡眠薬殺人

 医師・薬局が無神経に処方する事例を挙げれば、睡眠薬が挙げられる。本来睡眠薬など必要がない。それが病気になる原因だと思う。私の父も長年、高血圧の薬と睡眠薬を飲んでいた。それが癌の発生原因だと、今になって思い至った。薬が父を殺した。なぜ医師・薬剤師は睡眠薬を飲まなくてもよくなる生活指導をしないのか。高血圧症も、睡眠薬依存症も、生活習慣病である。それは生活習慣を正せば治るのだ。

 人生で、長期にわたって睡眠薬を服用させるなど犯罪である。毒を盛るようなものだ。医師と薬局はその睡眠指導をするべきだが、それでは儲からないので、睡眠薬を出し続ける。医師も薬剤師も患者の命はどうでもよく、儲かりさえすればよいのだ。

 それより自己防衛で、眠たくなるまで、仕事をすればよい。良く働いた一日は安らかな眠りを誘う。心配しなくても、何時か永遠の眠りがやってくる。その時に寝だめ(?)をすればよい。寝だめをすれば、来世で生まれ変わった時、すっきりと目覚めるだろう。

 

社会貢献につながる訴えを

 その経営理念を実行すると、企業、個人として社会に貢献する活動ができるのか。それが社会、個人に夢をあたえるのかを自問すべきだ。その観点で日本調剤㈱の経営理念は恥知らずである。恥を恥とも思わない会社が、人の命に関係する薬を出している。怖ろしいことだ。

 その結果として、日本人の癌や病気は増え続け、医療費(薬代も含め)、年々増加の一途である。2018年度のそれは42.6兆円を超えた。税収は60.3兆円である。借金の新規赤字国債が33.7兆円である。国の予算94兆円のうち40%が、医療費である。収入からみれば、その70%が医療費など異常すぎる。だから日本調剤が「医薬分業の実現」を経営理念に掲げ、患者の命を無視して、金儲けに邁進した結果が今の国の予算でる。

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 使命感のある行動で

 会社とは公器である。会社にも命がある。人のためにその命を使わなければ、その会社の存在意義がない。中小企業は、5年後の生存率が14.8%とされている。 10年後は6.3%になり、さらに20年後は0.4%、30年後は0.021%となる。その結果は、使命感で経営をせず、金儲けだけで企業運営をした報いである。市場が、その会社の存在価値が無いとして、排除したのだ。市場の評価は神の如く正確である。

 自分はご先祖が一族の代表として、この世に派遣させられた存在である。その命を使って世のために働かなければ、人として恥ずかしい。だから利己だけに生きた人は早く召される。

 

 青燃(青年)よ、大志を抱け。大きな夢を見よ。志と夢の実現に汗をかけ。青燃(青年)とは、歳では定義できない。青く燃える夢さえ持ち続ければ、青年であり続けられる。

 私は齢を重ねても、人から「青いね」と言われたい。盛んに燃える赤い炎は、燃え尽き寸前のように見える。その炎には、人の邪念が透けて見える。だから私は青い炎を燃やし続けている。

 

039a12131s   馬場恵峰書

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参考 トヨタ自動車と日本調剤の経営理念比較

豊田綱領 (豊田の5つの精神)

1.上下一致、至誠業務に服し産業報国の実を挙ぐべし

1.研究と創造に心を致し常に時流に先んずべし

1.華美を戒め質実剛健たるべし

1.温情友愛の精神を発揮し家庭的美風を作興すべし

1.神仏を尊崇報恩感謝の生活を為すべし

 

日本調剤株式会社の企業理念

日本調剤の企業理念「真の医薬分業の実現」

 「医薬分業」とは、それぞれの分野の専門家である医師と薬剤師が、日本の医療システムの中で明確な役割分担と強固なチームワークを持って、患者さまをサポートする医療制度であり、信頼される医療システムに不可欠な仕組みとして位置づけられています。日本調剤は、創業以来一貫して「真の医薬分業の実現」を企業理念として掲げて、自ら「医薬分業」の先駆けとして全国に展開してきました。

 形式としての「医薬分業」は、分業率が7割を超え※、全国へ普及しつつあるものの、本来の機能としては不十分な状態が続いています。国民の医療を支える大切な役割であるにもかかわらず、まだ十分に浸透しているとはいえない状態です。日本の医療制度を支えるべき調剤薬局の使命は、患者さま、そのご家族、地域にとって必要とされる存在になり、日本の医療に、そして社会に貢献すること。それが私たち日本調剤が目指す「真の医薬分業」の姿です。

 社会から必要とされ、国民の皆さまから支持いただく存在へと、日本調剤は、医薬のプロフェッショナルとしてグループの総力をあげて「真の医薬分業の実現」に取り組んでいます。

※日本薬剤師会HP 「医薬分業進捗状況(保険調剤の動向)」より

https://www.nicho.co.jp/corporate/profile/philosophy/

  

2020-03-23 久志能幾研究所通信 1511 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月20日 (金)

ご縁に恵まれる「無財の八施」(知施と笑顔)

知施

 雑誌・本等を読んだ後は、捨てるのではなく、それを必要とする人にあげると良い。そうすれば将来何かの役にはたつはず。また日頃お世話になっている人への感謝の意味で、情報を提供する。これを私は「知施」と定義している。なにせ、雑誌や本は捨てても誰も喜ばない。ゴミが増えるだけである。古本屋に処分しても二束三文である。

 

知施の分かる人

 このモノ余りで情報洪水の時代では、モノより価値があるのは「選別された情報」である。「価値ある情報」には、その収集と選別にしかるべき費用と人工がかかっている。なおかつその情報は、将来に大きな価値への変貌を秘めている。しかし、その情報を提供しても、その価値や入手の労苦を評価できない人とは、距離を置いてお付き合いすべきだ。それが長い人生で、価値ある人財の集積密度を濃くしてくれる。

 

社会の現実

 1994年に自分の体験記としてまとめた『ミシガン大学セミナー体験記』、『ニューヨーク美術館めぐり』,本書『知的生産活動としての生活VA』の途中原稿等を、これはと思う人に見てもらっている。様々の人の反応は興味深いが、私から見て、これはという人からはそれに相応した反応、手紙、コメントを頂けた。これは相関係数の高い価値ある指標で、人財の価値を再認識させられた。一流の人は一流の審美眼を持っている。またその行動と考え方は美しいものだ。評価高き人財の人脈は大いなる財産であり、壊さないように大事に守っていきたい。心情的にも、人が膨大な精力と金と時間をかけてまとめた情報に、それなりの反応と敬意を示していただけるのは、知的労働に対する報酬として金銭に代えれない嬉しいものだ。

裏切り者

 しかし、反応がないのには・・・。何で「ありがとう」の一言が言えないの? この種の人が意外と多かったのは哀しい現実であった。人の期待を裏切る輩である。それは人生の裏切り者なのだ。なかには、礼一つ言わず「(読むのが)終わりました」と言って返し、私を憤慨させた常識なき若人もいた。まあ情報料を踏み倒す人よりはましではあるが。この類の裏切りもの人種と付き合って、将来得るものはあるまい。だから私はそんなレベルの人に、二度と情報を提供する気が起きない。するだけ時間の無駄であり、不快感さえ被る場合がある。人の好意に対する反応は、将来の人財の蓄積にも影響を与えるものだ。これからの情報化社会では、有形の物品より無形の知的生産財に対する感性を鋭敏にしたいもの。

知識量は関係ない 

 また私から見て、優秀に見える人(高職位、高学歴、有名大学卒、社会的資格のある)が必ずしも価値ある人財でないことが多かったのは、注目すべき事実であった。この反応から見て、常識ある人とそうでない人との棲み分けが明らかで、興味深い事実である名大学を出た人が、必ずしも「信用金庫」としてのAAA に格付される訳ではない・・・・。

人財の価値

 親しくしていただいているH先生の言葉によると、通常の人間の価値の重みづけファクターを1とすると、人の価値は 10-3~10+3 程度に分布するそうだ。つまり、価値ある人は普通より10+3倍も価値があり、逆の場合10-3倍しかない人もいる。だから価値ある馬は、価値のない人間より遙に価値があることになり、賢い馬はそうでない人間よりはるかに賢いとか。この計算式から、価値ある人脈の合計価値が、そうでない多くの人達の合計価値より、はるかに凌駕することは自明である。

 

     n                                m

     Σ(価値ある人脈の価値) ≫ Σ(普通の人脈の価値)

      i=1                               i=1

                      n<m

 

「無財の七施」の功徳

 仏教では、施しによる奉仕が説かれていて、お金のない人にも可能な「無財の七施」が勧められている。

 

無財の七施        『雑宝蔵経』巻6

・ 眼施    目による施し

・ 和顔悦色  笑顔による施し

・ 言辞施   言葉による施し

・ 心施    まごころによる施し

・ 身施    体=労働による施し

・ 床座施   席を人に譲ることによる施し

・ 房舎施   住まいによる施し

 

 私はこの七施以外に、情報化社会にマッチした「知施」を追加定義している。「無財の八施」である。「知施」は、自分の体験したことや考えを文章としての知的生産物で人に施すこと。また情報の伝達、価値ある情報の掲載された雑誌等を進呈することだと認識している。これは直接的にはお金がかからず、無財の八施に合う行為であると思う。ただし、この種の体験にお金がかかった場合には、少々の情報料をいただいている場合もある。

 

知りたることを教えざるは、金を借りて返さざるが如し(お釈迦様の教え)

 

 なお、この八施は私の努力目標で、まだ完全ではない。

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Img_64011s   馬場恵峰書

2020-03-20 久志能幾研究所通信 1508 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月19日 (木)

小川敏のガイコツと棺桶、大垣没落の原因

ふた七日

 2020年3月15日、馬場三根子先生のふた七日の法要が、馬場恵峰先生宅で行われ、参列をした。参列者は親族以外では、私だけであった。馬場恵峰先生から来て欲しいと言われたので、行かないわけにはいかない。

 新コロナウイルスの関係で、混雑する電車に乗るのが怖かったので、グリーン車で往復した。驚いたことに、米原~京都間が行きは一両が私を含めて2名だけ、帰りは私一人で貸し切り状態であった。京都~博多~諫早は、いつもの半分以下の乗客数であった。新コロナウイルスの影響をまじまじと感じた。

 密集した車内での感染を避けるための危機管理として、グリーン車の利用は合理的だと思う。とにかく九州まで行かなければならなかったのだ。命には代えられない。

 

笑顔の三根子先生

 いつも笑顔が絶えない馬場三根子先生を思い出し、先生宅に掲示してあった「和顔愛語」の軸を入手して帰宅した。顔施は、仏教での七施の一つである。三根子先生は、いつも笑顔で優しい言葉で皆さんに接していたので、皆さんから惜しまれて89歳の大往生が出来たと思う。ご冥福をお祈りします。

 いつもしかめっ面をして、笑顔を見せず、自分を曝け出さず、自己防御している人は、玄関にガイコツと棺桶を飾っているのだと福沢諭吉翁はいう。

 

 顔色や容貌をいきいきと明るく見せることは人間としての基本的なモラルである。なぜなら人の顔色は、家の門口のようなものだからである。広く人と交際して自由に付き合うには、門をひらき入口を清潔にし、客が入りやすくすることが大事である。

ところが、本心は人と交際を深めたいのに顔色に意を用いず、孔子の格言を信じて、ことさら渋い顔つきを示すのは、入口にガイコツをぶら下げ、門前に棺桶を置いているようなものである。これでは誰も近づかなくなる。

                   福沢諭吉翁

 

大垣市のガイコツと棺おけ

 小川敏は、何時もしかめっ面をして、俺はエライいのだと威張っている風に見える。大垣市の恥である。市長は大垣の顔である。大垣市長の不機嫌そうな渋い顔は、大垣市の玄関にガイコツと棺桶を飾るようなものだ。ガイコツ面で19年間も独裁政治をするから大垣市は没落した。いつも渋面の小川敏が大垣を没落させた。そう顔に書いてある。「小川敏は信用できない」と顔に書いてある。小川敏が大垣の歴史に汚点を残した。金のかからぬ笑顔さえできない小川敏は、ケチで大垣の貧乏神であった。だから大垣が没落した。

 令和2年度の公示地価を見ても、他市の公示地価は上昇だが、大垣だけは、また下落で、前年比 マイナス0.55%である。これで小川敏が市長に就任以来、連続で19年間、下落の一途である。地価は市長の行政手腕の通信簿である。市場の評価は神の如く正確である(松下幸之助翁の言葉)。大垣市の価値下落の責任と原因が小川敏の顔にあった。

 

Img_3134sjpg   2011年1月9日 出初式で

  この顔で19年間も君臨すれば、大垣が没落して当然。

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  寄付を受け取る小川敏。  岐阜新聞 2020年3月12日

 寄付を下々から受け取ってやるのだ、という尊大な顔である。

 下々に寄付をさせても、ニコリともしない。

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ソ連の笑顔

 ゴルバチョフが1985年にソ連の書記長に就任した時、アメリカ政府には彼の情報がなかった。彼がアメリカと冷戦終結の交渉をするとき、笑顔のゴルバチョフを見て、米国大統領側近の高官が、「あの人なら信用ができる」として、冷戦終結の会議が進展した。ゴルバチョフの笑顔が歴史を変えた。

 ガガーリンは、世界初の宇宙飛行士候補の20名からただ一人だけ選抜された。1961年、彼が世界初の宇宙飛行士として地上に降りたとき、その笑顔が、世界中に配信された。その笑顔がソ連の威信を高めることをソ連の宇宙航空局は知っていた。宇宙飛行士は肉体の頑丈さが必要とされ、過酷な訓練が続く。命がけの訓練である。一歩間違えば死である。その中で、ガガーリンはいつも周りの人を和ませる笑顔であった。いつも笑顔であった。

Bf9fe617  ガガーリンの笑顔

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  馬場恵峰書

 

2020-03-19  久志能幾研究所通信 1506 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年3月17日 (火)

自分株式会社のR&D方針

 自分は自分株式会社の社長である。自分人生の主人公である。自分は研究開発(R&D)部門の取締役である。

 

目的・目標

 自分の人生で、研究・開発すべきことは何か?

 それは何のために開発するのか?

 それが明確なら、有意なパワーとなる。

 

 何の為に生まれてきたのか?

 何のためなら死ねるのか?

 自分の使命は何か? 

 その使命達成の為、何を研究して、何を開発すればよいのか?

 これらが明確でないと研究開発の意味がない。

 それがないと、単なる営業の人生で終わってしまう。

 それでは人として生きた価値が残せない。

 

戦略

 何をやらないか、何にならないかの作戦を立てるのが戦略である。全方位作戦で戦っていたのでは、資源が枯渇する。命とは、自分が此の世で使える有限の時間である。不要な戦いを略さないと、時間はいくらあっても足りない。多くの人は価値なきことに時間を使って、大事なことに使う時間が足りなくなっている。それでは人生の勝利者になれない。恥も外聞も打ち捨てて、人生の大事に取り組め。

 

研究テーマ

 自分は何が出来るか、やって見なければ分からない。ご縁を大切にしてテーマを探せ。

最大のテーマは、運を強くすること

 運を良くすることではない。どんな状況でも沈没せず、運に強くなること。そのためには、見える世界だけでなく、見えない世界を研究にせねばならぬ。

 

開発

 開発とは、無いものを作り出すことではない。今ある能力で、未開発の能力を育成することだ。生まれた天分だけでは、人生は成功しない。天分の才能と心の才能を統合させて、力を発揮すればよい。天分の才能に溢れた人が世界一になれるわけではない。心の才能がないと凡人の力しか出せない。

 マラソンメダリストの有森裕子さんは、天分の体の資質が人並みかそれより劣っていた。しかし彼女の「心の資質」が世界最高であった。だから(その世界では)平凡な肉体的能力で、心の才能を最大に発揮してバルセロナ五輪で銀メダルを獲得した。彼女より天分の才能に恵まれた選手は、誰も彼女の心に勝てなかった。天分の才能は、心の支配下にある。

 私には人に自慢できる天分はない。しかし諦めない執念深さだけは、誰にも負けない自負がある。「諦めないという心」を開発するのも大事である。

 

招き猫のご縁を大切に

 開発は偶然の産物である。その偶然はご縁と執念深さに帰着する。そこで出会ったご縁から発したことを開発すればよい。人生は全て偶然である。今ある己の命も、1億円の宝くじが一億回連続で当たるよりも稀有な存在だ。

 

招き猫に九死あり

 真似気猫は、守破離である。右手を上げ、左手を上げ、両手を上げて目的達成である。最初は伝統を守り、次にそれを破り、最後に「離」で開発成功すればよい。

 招き猫に失敗、挫折は当たり前。一発で前例を破り、うまく行けば、誰も苦労はしない。殺されても殺されても生き返り、九回目に死ぬまでに開発成功すればよい。殺されても、何か掴んで生き返ればよい。野良猫が化けて、招き猫に出世する。招き猫は、手を上げるという行動をとるから、ご縁が頂ける。

 一歩前進、一歩後退、原点復帰、半歩ほふく前進、試してガッテンである。止らなければ何時かは成功する。一度で成功すれば、世の中は全員成功者である。そんなことはあり得ない。自分が成功しなくても、後進、子供・孫がやってくれると信じよう。

Img_4734s   もりわじん作の招き猫

  

ブルーオーシャンで戦う

 レッドオーシャンで過当競争するのでは、費用対効果が少ない。

 私も50年前、団塊の世代として国立大学の受験に失敗して、私立大学に行った。しかし遊ばず、勉強をして特待生を獲得した。私立大学では多くの学生が受験戦争から解放されたとして、皆遊んでいた。そのため少し勉強すれば一番になれた。そこはブルーオーシャンであった。そこで過当競争の愚を知った。学生時代の勉学は、己の基礎能力の開発と学びの習慣づけである。

 

失敗は智慧の貯金と割り切ろう

 「失敗だ! その分賢くなった。それでいいのだ~」とドラえもんになりきろう。失敗するから、智慧が付く。失敗しないのは、挑戦していないからだ。一路挑戦、一生青春。

 

アイデアを大事に育てよう

 荒唐無稽内なアイデアも千回言えば、本物になる。言霊がアイデアを育てる。大人なのだから、夢ある大人のオモチャを入手しよう。玩具がアイデアを育ててくれる。小人(ことな)は、目に見える現金しか信用しない。それでは夢は実現しない。

 

「忍」が開発の要素

 発明家の豊田佐吉翁は、開発に行き詰まると「忍」という掛け軸の前で、何時間もそれを見つめて考えていたという。心に刃を向けよ。安易な気持ちで取り組むから、うまく行かない。自分の怠惰な心を殺せ。「女殺し」より(?)、「自分殺し」のほうがたやすい。

 失敗や困難は、神仏が何かを変えよと啓示を与えている。

 

継続が開発の要

 自己開発は長い坂を登るようなもの。継続こそが、開発成功の要である。

 

 継続も忍も、堅い志が長期間にわたり維持されてこそ開発が成功する。10年後の姿を心のキャンパスに描き続けよう。夢は何時か実現する。夢みたいな話でも、夢を見て、夢を語り続けないと実現しない。

 「久」しく「志」を持ち、「能」を磨き、兆し「幾」を創ろう。

 

生涯現役

 自己開発は、生涯の開発テーマである。長生きしなければ、開発が未完成になる。長生きしても、生涯現役でなければ、生きている価値がない。それは植物人間として、生き永らえているだけ。

 65歳には、64歳では見えなかった己の未開の才能がある。年々歳々日々同じからず。日々好日。65にして64年間の非を知る。

 

健康

 健康でなければ、開発の長丁場は耐えられない。体だけでなく、心がすこやかでなければ、世のための開発はできない。最終目的は、世の中にお役に立つ人間になることだ。

 心が邪だから、サリンを開発してしまう。毒ガスをいくら開発しても、人生は拓かれない「自分には出来ない」という洗脳ガス(サリン)が自分の人生を殺す。自分の運命を拓くのは「私には出来る」という心である。有森裕子さんはそれで銀メダルを獲得した。有森さんの名言「自分で自分を褒めてあげたい」と言う為には、健康でなければその努力も出来ない。死んでもいいから健康管理である。目的達成のために、健康管理である。

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   馬場恵峰書

2020-03-17 久志能幾研究所通信 1504 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月16日 (月)

オナラの匂いは佛の聲。佛様を裏切らないこと

悪食でオナラが臭くなった

 

原因

 葬儀に参列して、そこで出た食事、間食を食べたら、いつもは匂わないオナラが急に臭くなって閉口した。その原因は、葬儀場で出たお弁当が、私が食べてはいけない物ばかりであったこと。唐揚げ、イモの天ぷら、カボチャの天ぷら、野菜の天ぷらと見事に全て揚げ物ばかりである。多分、食中毒防止のため、油で揚げた総菜にしているのだと推定した。私には油を使った料理は、血管内のプラーク蓄積防止でドクターストップである。

 火葬場で待ち時間に出る間食等でも、食中毒防止で対策をした食材が多かった。またその場の間食では、私が食べてはいけないお菓子類が出て、ついそれを食べてしまった。食べ始めると美味しいので、ついまた食べてしまう。目の前に美味しいものがあると、誘惑に負けてしまう。だから誘惑に負けないように、自宅には間食の菓子類は置いていない。しかし出先だと、つい油断をしてしまった。

 

結果

 その結果として数日間、オナラが異常に臭くなった。つまりお腹の中で腐敗をしてガスが発生したと推定される。つまり食べてはいけない食材だと、体が教えてくれた。

 

佛の尽力

 動物の体は神秘な存在で、佛さまの如く、体に悪いものを排除してくれる。人間も自然界では動物の一種である。悪いものを食べれば、嘔吐や下痢で、体に取り込まない処置をしてくれる。食材に異常な腐敗臭があれば嗅覚や味覚が異常を検知して、食べないようにしてくれる。

 そこまでの毒性がなければ、体が受け入れてしまうが、腸内で腐敗という現象が起こり、オナラが臭くなるという佛の聲を発する。毒性の低い食材を長期間食べると、体の不調という慢性的な病を発する。異常なものを食べれば、嘔吐、下痢、発疹、発熱等で、体が反応する。だから体の反応を自分の体を守る仏様の聲として、真摯に聴くべきなのだ。

 医食同源で、食べ物は薬にもなれば、毒にもなる。美味しいものには毒がある。美味しいから、つい食べ過ぎる。それも消化が追い付かず、体内に滞在する時間が長くなり、腸内腐敗の元である。食べ過ぎも毒である。くわばらくわばらである。自分の城は自分で守れ、である。死んでもいいが、健康管理最優先である。自分の内なる佛さまが、全力で自分の体を守ってくれているのに、己が毒であることを分かっていながら、美味しいものに目がくらみ、敵を体内に入れては、味方の佛様に対して裏切りである。

 

食の奴隷にならない

 食の奴隷にならないように修行をしたいもの。今のテレビは、食の奴隷への招待CMばかりである。それには毒である食品添加物や防腐剤がテンコ盛りなのだ。それも欧米では禁止されている添加物、防腐剤である。なにせ最近は食中毒など、聞いたことがない。何かおかしくないか。自然の理に反する現象である。食品メーカとお役人は、国民の健康など知ったことではないのだ。それが日本だけが癌が増加する原因である。自分の身は自分で守るしかない。

 

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2020-03-15 久志能幾研究所通信 1502 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月14日 (土)

自分株式会社の社長心得10則

1 自分という会社を活性化しようと思うなら、今困っていることを一つ一つ解決していけばよい。

     対処療法ではなく「何故?なぜ?」を5回繰り返して、真因を探し、対策を打つ。そうすれば自ずと自分の人生が開ける。

 

2 人生には呼吸がある。その呼吸を大事にしよう。

      幼年期、青年期、壮年期、老年期には、それぞれやるべきことがある。それをきちんとすれば、次の時期に大きな問題は起きない。大きな問題をおこすのは、それをさぼったからだ。

 幼年期に躾を受けないから、大人になって堕落する。

 青年期に勉学をなおざりにするから、正規社員になれない。

 壮年期に仕事を真剣に取り組まないから、老年期に困窮する。

 頭を使わないから認知症になる。

 老年期には、来世の準備をしよう。それが老計、死計である。そうすれば、あの世に逝っても困らない。

 

3 先例がない、だから自分で道を拓く人生を歩むべし。

  小渕恵三元首相は、秘書官に「前例はどうなっているか」とは一度も聞かなかった。

 

4 己の心を管理しよう。

      自分を管理するのは、他人の心を管理するより易しい。自分が自分を制御できなくて、大勢の部下を管理できるわけがない。

 昔勤めた会社には、管理職・役員になってはいけない人が多くいた。反面教師として、人生を教えてもらった。その会社は、当然の如く社会から淘汰された。自分が佛様から淘汰されないように、心の管理を徹底しよう。

 

5 リーダーシップを発揮せよ。

      リーダーシップとは、部下を管理することではない。自分の中に存在する、我儘な自分、利己的な自分、臆病な自分、佛の自分、鬼の自分、それらを統括して、自分の能力を最大に発揮させることである。

    組織は頭から腐る。リーダーシップを発揮しないリーダがトップになると、組織は腐る。腐っている例は、日本の首相、大垣の市長である。それを他山の石として自問しよう。自分は自分株式会社のトップなのだ。自分教の教祖なのだ。自分の人格以上には、自分の人生は高まらない。

6 「YES」は自分だけでしてよいが、「NO」を出すときは、自分の心に刃を向けて、それでいいか、それでいいか、と10回問え。

       それが「忍」である。己の心に刃を向けないと、己は安易な道を選びがちだ。

 

7 自分の徳を明らかにする(明徳)。

  そうすれば、利他の心で動ける。利己に走るから人生の社長業で失敗する。人生では与えたものしか返ってこない。利他は無限の力を出せるが、利己は限定的な力しか出せない。

 

8 自分の中にある潜在意識のもう一人の「主人公」を説得せよ。

      その主人公の固定観念の壁はカチンカチンである。それを壊すのが人生の修行である。その壁は、過去に一日に20回の選択での決断を繰り返し、20 年間もかけて計146,000回も繰り返し押し固められた固定観念の壁である。

 

9 目を拭い、耳を洗って、現実を見て、苦言を受け止めよ。

      甘言で身が亡ぶ。諫言で人が人の中で人となれる。

    耳中常聞逆耳之言(菜根譚)

 つまりトヨタ生産方式でいう「現地現物」である。問題が起きれば、現地に飛ん行って自分の目で確認して、状況を完全に把握せよ、である。それを他人に任せるから、偏向した情報しか入ってこない。だから判断を間違える。

 

10 人生とは、動物として生まれた人が、魂を磨くことで人間になる道筋である。その人生道を精進しよう。

     修行しないと安易な堕落道に堕ちてしまう。

 現代社会は、動物として生まれ、動物のままで死んでいく人があまりに多い。だから日本の成長が鈍化した。自分で修身を学ぼう。

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2020-03-14 久志能幾研究所通信 1501 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月12日 (木)

訃報 春風散華

 2020年3月3日12:00頃、馬場恵峰先生の奥様・三根子先生が心臓発作で急逝された。享年89歳。最期近くまでほぼ現役と変わらない生活をされておられたので、天寿である。

 2020年2月14日、私が帰宅のため馬場先生宅から大村駅まで車で行くとき、お元気な姿でその車に同乗された矢先である。それが最後のお別れとなった。三根子先生が大村駅まで私の乗る車に同乗されたのは、最初で最後のことであった。

 三根子先生は地元の温泉で気持ちよく入浴されていた時に、心臓発作に襲われた。お風呂には時節柄、誰も入浴していなかったため発見が遅れたという。入浴中は、歌を歌われていたという。溺死ではあるが、心臓発作のため水は飲んでいなかったようで、苦しまず逝かれたのがせめてもの救いである。天寿であるが、もう少し長生きして頂きたかった。

 その訃報を聞いて慌てて九州に走り、通夜、本葬、火葬、灰葬、仕上げ、自宅の祭殿へ設営してお参り、翌日に先生宅を再度訪問してお参りと写真を進呈してから、帰宅の途に就いた。

 

撮影担当

 葬儀のお手伝いとして、恵峰先生の依頼で、葬儀の模様の写真撮影を担当した。200枚ほど撮影して、夜にホテルで編集して、葬儀の翌朝、その印画130枚とSDカードを恵峰先生と家族にお渡しした。それで恵峰先生から大層感謝されたのが幸いである。

 これは日頃の恵峰先生の教えから学んだ行動である。いつも先生に揮毫をお願いするとその場で書いて頂ける。先生は「今日、依頼の書を持って帰れば、後日に郵送で送るより、頼んだ人がずっと喜ぶはず」といつも相手を慮かる恵峰先生の行動から学んだことである。だから、私は撮影した翌日に写真プリントを恵峰先生に進呈した。

 当初は、大垣に帰宅後、写真を編集して、地元のカメラ屋でプリントを頼む予定であった。本葬の後、夜ホテルに着いて、先生の教えを思い出し、急遽ノートパソコンで撮影した写真を編集して、翌朝に大村市の「カメラのキタムラ」に行き、そこでプリントをした。SDカードもそこで購入して、先生宅に着いてから、ノートパソコンから直接、コピーをしてお渡しをした。

 

遺徳を偲ぶ

 現在、猛威を振っている新型肺炎の影響で弔問客が少ないかと思いきや、約500人の方がマスク姿でお参りに参列され、生前の遺徳が偲ばれた。

 お葬式とは人生の卒業式である。そこに人との交流の歴史とその人が遺した業績が凝縮される。徳のある人生を送れば、皆から惜しまれて、多くの人が参列し、立派なお葬式をしてもらえる。その例を馬場三根子先生、河村義子先生の葬儀で再確認した。ここ1年間で、私は立て続けに大事な人を三名も失った。それも悲しいが、徳のある偉大な人とご縁があったことを喜ぶべきなのだ。ご縁は偶然だが、別れは必然である。そのご縁がよきご縁であったことを感謝したい。

 書の弟子を代表して黒川雅子さん、明徳塾関係の田舞徳太郎社長、孫の代表が弔辞を述べた。最後に恵峰先生の感極まる御挨拶があったが、私はいずれの弔辞にも感銘を受け、生前の三根子先生の温かさ、徳の高さを再確認した。

 

金で買えないもの

 歳月人を待たず。

 春風秋雨。

 何時までもあると思うな親とカネ。

 出合いは偶然、別れは必然。

 生は偶然、死は必然。

 

 稀有なめぐり合わせで恵峰先生、三根子先生とご縁ができて、今まで13年間、三根子先生を母と思い接してきて、孝行すべきことはやったという思いである。

 私が昨年、癌の手術をしてから9か月間程、体力の関係で先生宅に行けなかった。昨年の10月から先生宅に行けるまで体力が回復した。先生宅を訪問するたびに、三根子先生から「小田さん、今度はいつ来るねん?」と言われる。つい「また来月参ります」と言わざるをえない雰囲気であった。そう言われるのも嬉しいものだ。三根子先生のそばにいると春の風を受けるように温かく気持ちが和むのだ。そのため想定外に旅費の出費がかさんだが、それに応えて毎月顔を出したのが、せめてもの先生孝行であった。

 後から、「あの時、会いに行っておけばよかった」という後悔はないのが救いである。此の世では、いくら金を積んでも買えないものがある。今度はない、何時かもない、今しかないことを改めて教えられた。三根子先生のご冥福をお祈りします。

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馬場恵峰卒寿記念写経書展写真集「報恩道書写行集」(久志能幾研究所刊)より

 

2020-03-12 久志能幾研究所通信 1499 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年3月 3日 (火)

迷った時の決断方法

 決断をしないのは最大の過ちである。しかし「決断をしないという決断」も大事な決断である。だから私はその決断の可否を下記の基準で決めている。

 私はまだまだ未熟で、今まで多くの判断ミスを繰り返してきて、痛い目に逢ってきた。判断を誤まって悲嘆にくれる時、多くの本を読み、そこから得た決断法のまとめが下記である。今でも全ては正しく決断出来ないが、下記は少しでも間違いの少なくなるための私の決断マニュアルである。

 

 1 宇宙根源の理にならった決断を

    枝葉末節のことで決めない

    美しい決断を(美学の追求)

    闇から光のある方向への選択を

     今が闇でも、一歩でも光のある世界に近づく選択をする。

 2 未来に重きをおいた決断を

    今はマイナスになっても、将来にプラスとなる道に

    広い道より狭き道へ(安易な道を避け)

    常にベストを求めて選択。妥協をしない。

    自分が成長できる道を選択

 3 時間に重点を置いた決断で

    努力よりも選択に時間をかけて

     間違った道で努力をしても無駄になる。

     狂った新興宗教団体でいくら努力をしても無駄である。

      最大の努力をして絞首台にのぼった若者も多い。

     それと縁を結ばないという選択と決断が重要だ。

     ブラック企業も悪縁の知人も新興宗教団体と体質は同じ。

    即決は不要だが、早い時期に決断をする。

     決断の先送りが最大の過ち。

     ひとまず決めて、間違っていれば即修正する。君子豹変。

 4 横並びよりも、自分の価値観を大事に

    仁義礼智信に叶う方向に

    人として恥ずかしくない正道を進み

    嫌われても良心に従い

    お金よりもご縁・経験・元気・報恩が得られる道を選ぶ。

 5 自利よりも利他の観点での決断を

    人生は与えたものしか返ってこない。

    世の中や人に与えても、返ってくるのはその十分の一。

              与えた分の十分の九は、人生の授業料である。

    しかし与えないと、ゼロしか返ってこない。

    それこそが、死ぬときに後悔する最大の悔いとなる。

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2020-03-02 久志能幾研究所通信 1497 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。