i-修身 Feed

2024年2月 1日 (木)

自分生産工場、加熱で人生作り、昇華

トヨタ生産システム:人作り、モノ作り

 

トヨタ生産システムの基本

 前工程は神様、後工程はお客様(生産はカンバンで)

 不良品を後工程に流さない(後工程はお客様)

 異常があればすぐラインを止める(アンドン)

 問題は何故なぜを5回繰り返して真因を探す(対処療法は禁止)

 神仏を尊崇、報恩感謝の生活(豊田綱領)

 

自分人生生産工場

 自分人生生産工場では大釜が据えられている。その釜とは自分自身の体である。その中に何を入れて料理するか、それが人生の仕事である。釜の下から、業火(試練、天災、イジメ、事故)等で加熱され、窯に入れた中身が料理される。土で出来た人間の体は、何時かは土に戻る。死んだ後に残るのは、料理され、昇華した物だけである。自分は何をこの世に残して旅立つのか、それが人生の使命である。

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前工程は神様、後工程はお客様

 与えられた材料・環境・条件で生産する。えり好みはできない。自分がパレスチナの紛争地区、中国、ロシア、ウクライナで生まれなかったことを喜ぼう。日本のこの時期に生れたことを喜ぼう。私のご先祖は生れた時期が悪く生まれ、戦争に駆り出され、極寒の地や灼熱の地で土となった。それを思うと自分の境遇に感謝して、置かれた場所で、最大最良の生産をして、後工程に花を流そう。

 

不良品を後工程に流さない

 自分人生工場の生産品は「信用」である。

 後工程はお客様である。人生工場の生産工程では、世の中に迷惑をかけないものを後工程に流す、である。世界の価値観は大きく異なる。人や国を観るなら、長年の歴史的事実、過去の言動を観て付き合い方を考えよう。付き合う人により、人生が変わる。付き合わない方が、良き人生を送れる場合が多い。

 日本の価値観は、人様に迷惑をかけるな、約束を守れ、お天道様が見ている、である。

 

 

カンバン式で、納期を基準に着工手順を決める

 人生では、期末試験、卒業、就職、天災遭遇、定年、旅立ちと、明確に来るべきイベントが決まっている。決められた時期に人生カンバンがその都度、一枚発行される。それを心して昇華して、次工程に流すのが、人間としての義務である。。

 カンバンが来ることは分かっているのだから、その準備と手順をあらかじめ決めておく。その意識がないから、慌てるのだ。

 日本列島に住む以上、一生のうち、一回は巨大地震のカンバンが発行される。南海トラフ巨大地震はこの2000年間で、100年毎に起きている。日本列島の定期行事である。それを人生の生産計画に入れて、その準備をすることが、人生の危機管理である。それがトヨタ生産システムである。災害に備えて、必要なものを備蓄しよう。災害大国日本で災害に合うのは、当たり前。それは、神様の前工程である。それに文句を言っても、すこしも解決の手助けにならない。相手は神様なのだ。

 

病気は自分と言う設備の保全不備

 その原因を「何故なぜを5回繰り返し」て真因を探すべし。対処療法ですませるから、病気が再発する。自分と言う設備が健康で稼働しないと、良い製品が生産できない。健康で生産活動をすることは、人生の義務である。

 自分生産工場はこの世に何を生み出すのか、自問しよう。それこそが使命である。

 

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 馬場恵峰書、文責は著者

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神仏を尊崇して、報恩感謝の生活(豊田綱領)

 トゲが一本が指に刺さっただけで、生活が乱れてしまう。何もなく平穏無事に暮らせることが如何に素晴らしいかを考えよう。人生の生産が平穏に出来ることを神仏に感謝しよう。まずそこから生産を始める。

 

 

「死」というカンバン

 人として生まれた以上、何時かは来るのが「旅立ち」である。その準備を予めするのが、トヨタ生産システムである。死のカンバンには、納期が明記されている。概ね80年後である。人生の定年延長、人生じまいの納期の延期は、自分で健康管理に精進すればできる。

 

 モノの仕掛けの最終工程は出荷である。人生生産ラインで、人として生まれれば、最終工程は出棺である。心して準備をしよう。

 看取り士の資格を取って、知識を得て、その準備をするのがよい。

 

 戒名を葬式の時受けるのは、臨時応急処置である。戒名は生前に、準備して頂くのが正式の工程である。葬式は、戒名を頂く授戒会とお別れの告別式から成る。生前に授戒会を受けるのが正式である。

 私は戒名は既に頂いたので、今年、授戒会の儀を受ける予定である。

 

2024-02-01  久志能幾研究所通信 2814号  小田泰仙

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2024年1月11日 (木)

飛龍 地獄を楽園に変える in Sagan

 

現世の地獄

 地獄はあの世にはない。極楽も同じである。今の現世が地獄であり、極楽なのだ。現世を地獄にしているのは、人間の強欲、支配欲で、すべては人間の業からの結果である。

 どんな人間でも条件が整えば、極悪非道のことを平気で成し遂げる。ナチスのアウシュビッツ強制収容所で約100万人のユダヤ人が虐殺された。直接、手を汚したのは、平凡なドイツ国民である。家庭では良き父親であった。彼らは毎週日曜日、教会に行き美しい声で讃美歌を歌う敬虔なキリスト教徒である。人間社会は、いつの時代も地獄を作り出す。それが戦争の時に顕著に現れる人間の業である。

 

 お釈迦様はあの世が有るともないとも言わず、ただ精進せよ、とだけ言い残されて入滅された。地獄極楽の話は、後世の弟子が仏教を広げるために、作り上げたおとぎ話である。嘘も方便である。実際は、現世が地獄極楽なのだ。

 

蓮の花とわさび

 その人間社会の地獄の泥沼の中に咲く花こそが、蓮の花(佛の心)である。強欲の渦巻く泥沼の中に、蓮の花を咲かせるのが龍の力である。蓮の華を咲かせた龍は、昇龍となって翔ぶ。その龍の正体は、昇華された高尚な自分の精神である。その姿こそが飛龍であり、昇龍である。

 

 蓮の華に対比されるのが、ワサビである。ワサビは清らかな水の中にしか生息できない。まるで純粋培養されたエリートの育て方そのものである。真の佛は泥沼から生まれる。

 

アウシュビッツ強制収容所で

 第二次世界大戦中、精神科医のフランクルは、生存率0.052%の地獄のアウシュビッツ強制収容所で生き延びた。彼が生き延びるために取った行動は、

 

働ける体であるように見せる

  働ける状態でなければ、自動的にガス室行き

常に若く見えるように、立ったり歩いたりする時は背筋をピッと延ばしていた。

  若く見えるように髭を毎日剃った。

  最後のパン一切れを人に与えても、ガラスの破片で髭を剃ってもらった。

病気にならない   病人になれば、自動的にガス室行き

常に未来を信じる

  近い将来、講演会で自分が演説している姿を思い浮かべた。

収容所での苦しみは意味があると認識

  無意味だとすると生きることの価値が無くなる

愛する人との魂での会話

感動を失わない

  沈みゆく太陽の夕焼けの風景に感動

ユーモアを失わない

  自分を見失わない魂の武器

 

 彼は戦後、アウシュビッツ収容所での生活を『夜と霧』という著書で紹介して、生きる意味を世界に問うた。彼の精神は龍となり、世界に飛んだ。

 

彼がアウシュビッツで得た人生の結論

 生きるとはつまり、(生きる義務を引き受ける行為)

   ・生きることへの問いに正しく答える義務

   ・生きることが各人に課す課題を果たす義務

   ・時々刻々の要請を充たす義務

 苦しむとは何かをなしとげること

 

今の生の意味

 私の父は戦後、シベリアに強制抑留をされた。父が生き延びて帰国してくれたので、今の私の生がある。アウシュビッツ強制収容の話は他人ごとではない。シベリア抑留の死亡率は10%と言われるが、シベリア抑留の当初は、ソ連側の準備不足で死亡率80%であったという。父の弟の叔父はシベリアの土になった。従弟は父の顔を知らない。

 

「辰づくし」展

 昨年末まで、Saganで開催されいた「辰づくし」展で、中島法晃師の「楽園」と「現象」を入手した。強欲が渦巻く泥沼の現世を「楽園」、飛龍の姿を「現象」と表現された中島法晃師の高観に脱帽である。

 龍は想像の動物であるが、確かに龍とは、己の精神状態を表す「現象」である。

 

 久志能幾研究所通信  志を持て!龍になれ 孤龍興雨 in Sagan

 

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 中島法晃 画   「楽園」(下側)と「現象」(上側)

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  中島法晃 画   「現象」部分

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  中島法晃 画  「楽園」部分

 

 

2024-01-11  久志能幾研究所通信 2801号  小田泰仙

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2023年11月 8日 (水)

何を置いて逝くのか 残るのは線香の煙だけ

夢追いて 体は老いて 煙置く

 

 人間は一生をかけて(80年×365日=29,200日)、何を現世に置いてあの世に旅たつのか。土でできた肉体は、いつかは土に帰る。土でできた肉体は大きな器である。その器に何を入れて昇華させるのか。それが人間の生き様であり、成果である。かけた時間に相応して、人生が決まり、昇華する価値が決まる。

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            新人教育テキスト「修身」2004年

 

 

人生のチェックアウト

 人は人生ホテルに、裸でチェックインして、裸でチェックアウトする。ホテル滞在中の衣食住は、天からの借り物で、チェックアウト時は全て置いて逝く。どんな立派なホテルに泊まっても、いつかはチェックアウトしなければならない。

 それも自分の意思ではなく、ある日突然にお呼びがかかる。死神運転手が「お迎え」の車で来た時、乗車拒否はできない。向こうだって年功序列の搬送計画がある。運転手も上司の閻魔様の御指示には逆らえない。死は云わば、あの世の裁判所からの出頭命令だ。その時、身に着けるのは経帷子のみ。その時、何を置いて逝くのか。

 各学年の進級(その学年生活の死)、学校の卒業(学校生活の死)、会社人生の定年(会社人生の死)、定年後の第二の人生の死がある。どんな人生でも、どんなプロジェクトでも、生老病死であり、必ずその終りがくる。恋愛だって生老病死である。情熱的な恋愛でも永遠には続かない。どんな恋愛もいつかは冷める。青春の情熱は一瞬である。

 生は偶然だが、死は必然である。

 そこに何を置いて逝くのか、すべて生を受けた時に計画した志次第である。

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何を遺すか

 死とは肉体的な死だけを意味しない。例えばある部署に部門長として人事異動して、規定の任期を勤めて、その部署を去る場合は、その任期という生命体の「死」である。部門長としてある事業を任された場合、その任期中に何を創り上げるか、何を遺すか、それが問われる。その任期後、人事異動で別に部署に移動すれば、その人が存在したという事実は煙となる。しかしその人がその部署に残した「何か」がその人の昇華物なのだ。それが問われる。

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回想 

 上記資料は、私が前職で、新入社員教育カリキュラムの中の「修身」の講義で使った。当時の新入社員も今は40歳超えである。この20年をどう過ごしたのか、聞いてみたい。

 この6年後の私の定年時の挨拶回りで、社内を回った時、私の講義を聞いてくれた営業マン中堅(女性)は、その講義を良かったと言ってくれた。嬉しかった。人生を考える上で、自分でも良い講義をしたと思う。

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 今からでも遅くない

 定年になって1年目は、第二の人生の新入生である。人生を考えることは、定年後のシニア世代でも、余命が僅かの人でも構わない。何時から始めても、遅いことはない。残りの時間を、何にお金を使い、何に時間を使い、誰と出会い、何を計画したかで、人生の最終仕上げの出来栄えが変わる。今ここに全力をかけよう。

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 馬場恵峰書

 

2023-11-08  久志能幾研究所通信 2770号  小田泰仙

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2022年8月13日 (土)

 

 人の命は精々100年である。それに対して仏像の命は1000年である。佛師は、佛像を彫る刃に自分の命を賭ける。

 自分の「作品」の命を想定して、自分は仕事をしているのか、自問したい。人は皆職人で、芸術家である。会社の一般職が扱うプロジェクトの命は、精々10年である。私はそれより長い命の「作品」を創ることに命を賭けたい。

 今計画中の音楽サロンは完成後、100年は使ってもらいたい。

 馬場恵峰先生の書も写真に撮って出版して、国会図書館に納めたから100年、200年は命があるはずだ。

 後藤大地さんが彫った龍は、今後1000年は人の目に触れるだろう。その龍は、ある都市の山車に付けられる。お祭りごとに人の目を奪う。うらやましい限りだ。

Dsc021241s     後藤大地さんが彫った龍

 人は100年の命を賭けて、何を作り、何を遺して逝くのか。それが人の生き方として問われている。私はその時期が迫り、それを意識せざるを得ない。

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     成長モデル

 

仕事、使命

 仕事とは、命を使うことだ。仕事に時間(命)を捧げるとは、自分の命を捧げる事だ。仕事とは「事」に仕えることだ。食い扶持を得るために仕事をしているのではない。それは作業である。人間として生きるなら、「業」を「作る」のではなく、仕事で「事」に「仕える」べきだ。犬畜生は生きるために、獲物を得る作業をしている。人間はそうであってはならない。

 日常の政治経済、生産、商業、農業の営みは、全て布施である。すべて世の中に貢献している仕事である。橋を作るのも、船を作るのも、すべて布施である。

 

 然あれば即ち一句一偈の法をも布施すべし、 此生佗生の善種となる一銭一草の財をも布施すべし、此世佗世の善根を兆す、法も財なるべし、財も法なるべし、但彼が報謝を貪らず自らが力を頒つなり、 舟を置き橋を渡すも布施の檀度なり、治生産業固より布施に非ざること無し。(第21節) 

  道元禅師 修証義 第4章

 

 自分の命は、40億年続いたご先祖からのDNAの継承である。人とは「霊止」と書く。ご先祖の霊が、今の自分に宿っている。だから単に生き永らえるために、糧を求めるだけで作業をしてはならぬ。

 

地獄の業火

 グローバル経済主義で、金儲けだけが目的の「作業」だけで一生を終えては、人として情けない。米国のグローバル経済の邪鬼や、中国共産党のように、なるべく楽をして、他人からカネを集めるだけのことは、仕事ではないだろう。その「事」で、一人だけが幸せになり、99人が不幸せになるのは、「業」を作っているのだ。それは地獄の業火で焼かるだろう。

 日本の企業人がグローバル経済主義に染まり、金儲けだけ動いているから、日本の景気が良くならない。自業自得である。自分有限会社の経営は、そうならないように精進すべきである。

 

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 馬場恵峰書

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2022-08-012   久志能幾研究所通信 2460  小田泰仙

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2022年4月27日 (水)

佛像のお顔に、佛師の心が映し出される

 

 佛師は佛像造りに命を賭ける。その命を賭けた佛像の顔にも、松本明慶師の歳により歴史が刻まれる。明慶師が彫った20年前の佛様のお顔は、端正で勢いがある。それが今は、その佛様のお顔に艶がでている。松本明慶師の人格が上がったのだ。

 

仕事は人格の現れ

 仕事とはその人の心の現れである。勢いがあれば生命感あふれる仕事が完成する。人格が向上すれば、相応の心配りが感じられる仕事となる。仕事とは要求さえたことだけをこなせばよいわけではない。目に見えない箇所にまで心を込めてなんぼである。それでこそ、仕事に「艶がある」と言える。

 40歳の時の仕事と、60歳の時の仕事の艶が同じでは哀しい。仕事に艶がでるように精進をしたい。

 仕事は正直だ。その人の人格以上のものは出ない。仕事をする前に人間を作れ。

 

顔を大事にしよう

人間の人格の顔は、「顔」である。都市の顔は駅前商店街である。そこに行政の通信簿が見える。駅前商店街で大垣市の公示地価が決まる。前市長が愚腕を振るった20年間で、大垣に公示地価は半分以下に暴落した。現在、大垣駅前商店街はシャッター通りである。前善市長が心を込めて大垣を作らなかったためだ。現市長は、その政策を継承するという。狂気である。

 

リンカーンの言葉

 人間の顔も同じだ。リンカーンは「男は40になったら顔に責任を持て」と言った。それを理由に知人から推薦された人の入閣を拒絶した。その人の顔が気に食わなかったからだ。人生での仕事ぶりが顔に刻まれる。顔を見れば、その人の人格が分かる。

 自分の仕事に自信がないと、自衛策で渋い顔をして胡麻化そうとする。それはまるで玄関に髑髏をぶら下げるようなものだ(福沢諭吉著「学問のすすめ」)。

もっと自信をもって笑顔で社会に向き合おう。顔は社会の窓である。

 

佛様の責任

 佛様でも、顔に責任を持って衆生と向き合っている。慈悲深い仏様なら、慈悲溢れる顔立ちをされている。怒りで衆生を導く不動明王なら、その怒りの形相が凄まじい。その怒りの形相を、佛師は丹精込めて彫り上げる。だから単なる怒りの表情ではない。怒りの中に艶がある。

 そのお顔を彫るのが、松本明慶師である。松本明慶師の人格がそのまま佛様の顔に出る。

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聖観音菩薩像 松本明慶大仏師作 2000年頃

 『大仏師松本明慶 作品集』小学館 

 松本明慶仏像彫刻美術館の掲載許可を得ています

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 聖観音菩薩像 松本明慶大仏師作 2010年製作

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 虚空蔵菩薩像 松本明慶大仏師作 2014年製作

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 普賢菩薩像  松本明慶大仏師作 2019年製作

 

2022-04-27 久志能幾研究所通信 2372号  小田泰仙

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2022年4月21日 (木)

私の経典 「宇宙根源能理経」に学ぶ(1)

 

 私は経験で得た智慧と多くの経を集約した「宇宙根源能理経」を信じて行動している。世の中の真理が分かれば、自分の身の回りで起こることに、怒らず、有頂天にもならず、冷静に対処できる。「宇宙根源能理経」とは自分教(オダ仏教)の経典である。紫字が私の経典の言葉である。

 

 

1 我々は大宇宙の中の一つの要素に過ぎない。その要素は、当然、その宇宙に存在するものと同じ運命を辿る。宇宙の動きは人生の師である。

 

 宇宙に存在する姿を見れば、生き方が分かる。その代表である星であっても、小粒子から生まれ、成長し、大惑星になり、最後は燃え尽き大爆発をして、ブラックホールになり消滅する。人間も同じである。

 大宇宙の中の要素の中で、一番人間に近いのが動物、植物である。その動きを見て生きて行けば、良い人生を送れる。

 

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 馬場恵峰書

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2 生物はひたすら生きる。何か目的があって生きているわけではない。

 

 生物はひたすら生きて、種の保存として種を残し、種をつなぐ。それだけである。それは植物でも動物でも同じ。

 その中でも人間に生れ、それも日本の今の時代に生れるのは、一億円の宝くじが100万回連続で当たると同じくらい稀有なこと。生まれたことに感謝して、その命を大事にして生きる。人生訓はそれだけである。

 それに不平を言うから幸せになれない。ウイグル族や北朝鮮で生まれ、悲惨な生活を送ることを想像しよう。日本に生れたことが幸せなのだ。

 

 

3 空即是色、色即是空

 

 起こる現象に善悪はない。それに善悪の色を付けるのは己の妄想である。すべてその人間の解釈の問題である。平和の時代に人を殺せば殺人罪だが、戦争では、多くの人を殺せば英雄で勲章ものである。冷静に事象を対処しよう。水が集まって海となっても、それに善悪はないのと同じだ。

 石の人生(石生?)でも砂漠で生まれれば、回りの影響で砂漠の一粒の石として構成されるしかない。同じように、その社会で生まれれば、その社会に影響されて生きる。良き環境なら良き人間となり、そうでないとその逆だ。だから生まれた環境に感謝して、環境を良くするように、人間として正しく生きればよい。それに逆らうから幸せになれない。

 自他は時に従って無窮である。海が水を拒否できないのは同事である。この故に水が集まり海になる。(修証義)

 

 

4 全ては無常である。常に変化して、いつかは尽きる。

 

 高き所に行けば、不安定になりいつかは落ちる。無常だから。地獄に落ちても、時間が経てば状況が変わる。無常だから。だからひたすら、自分に正直に、他にも正直に生きればよい。

 生物が生れれば、真っすぐ死に向かっていく。無常である。人間なら、たかが100年の命。澱みに浮かぶ泡沫と同じである。それは平安時代と変わらない。此の世で起きることは夢幻である。だからこそ精一杯に生きねばならぬ。

 

 ウクライナ侵攻も、一つの権力であるプーチンが大きく成長し、膨張爆発した過程の一コマである。ビッグバンでも膨張が始めたら止まらない。それでも爆発、燃焼して、そのエネルギーが無くなれば消える。星が生れ、死ぬ前に一瞬明るくなり、爆発して消滅し、ブラックホールになると同じである。

 プーチンがいくら暴走しても、あと20年も生きるわけではない。人であるかぎりいつかは死ぬ。プーチンが隠し金20兆円を溜め込んでも使いきれず死ぬ。それが条理である。ロシア人の平均寿命は73.2歳である。ロシア人は日本人に比べて10年も短命なのだ。プーチンは1952年10月7日生まれ、現在69歳である。あと10年は生きられまい。10年経てば世界が変わる。

 

 

5 世の中は因果応報。原因があるから結果がある。世の中は縁起である。

 

 宇宙がビッグバンで生まれたから膨張が始った。その宇宙でさえ、何時かは銀河爆発で消える。人が生を受け、人間として生きるために育ったから、生老病死がある。宇宙のどんな物質でも磁気を持っている。プラスとプラスの極なら、反発するのが宇宙の理である。プラスとマイナスで引き合うのは自然の理である。その原理を知れば、人間関係で対立があるのが当たり前。その引き合う引力が金や恋愛で生じる。それが分かれば、世間の汚職問題は、起きて当たり前と分かる。それを防ぐのが心の電磁シールド(良心)である。

 

 だから問題が起きれば、その真因を見付けて解決しないと永遠に解決しない。対処療法ではだめなのだ。ショートカットで応急処置も、神仏にお願いしても、ご利益あるお札を貼っても、問題は解決しない。元を断たなきゃダメなのよ。

 

 復讐は大宇宙がやってくれる。因果応報である。自分の手を下すより、自分は自分の使命に全力をあげよう。

 「天之機緘不測」(菜根譚)、天が人間に与える運命のからくりは、人知では到底はかり知ることはできまい。天は因果応報を運行している。だからこそ日々大切に、年々歳々、生き活かされる人生を大切に、余生を正しく生きよう。

 

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 世の中は陰陽で構成される。宇宙世界はプラスの要素とマイナスの要素から構成される。また表の世界も、裏の世界もある。それが宇宙である。

 

 宇宙でも表の世界とブラックホールの世界に分かれる。ブラックホールでは光さえ外に出ない。

 

 嫁姑問題は起きて当たりまえ。嫁と姑というマイナスが2つあるので、反発・対立して当然の物理現象である。反発が起きない方が異常だ。プラスの夫に両方のマイナス因子が引かれるのだから。究極の解決策は別居しかない。

 

 軍隊のように機械的に集められた組織で、絶対的上下関係が存在すれば、いじめが起きて当然。いやいや集められた組織に強烈なプラスばかりが密集するのだから。ロシアの軍隊では、毎年新入兵隊の100名が自殺するという。ロシアの経済規模は、韓国と同じ程度である。それで100名の自殺者である。

 旧日本軍でも、いじめ問題で東条首相が、いじめを厳禁して厳罰に処すとしたが、なくならなかった。その原因は強制的に作った集団だから。

 現在の日本でいじめ問題が起きるのは、その集団への帰属で、利己主義が働くからだ。心の教育が疎かになったのが真因である。

 

 人間社会も、生きている社会と、あの世の世界があって成り立つ。それを昔の賢人は、表の世界の「桃太郎話」とあの世の世界の「浦島太郎話」を創作した。それを子供に教育として聞かせたのだから、日本の昔の人は凄い。

 だから私は表の世界をたくましく生き、福沢諭吉の肖像画(?)に手を合わせる。また裏の世界も信じていて、ご先祖にも仏像にも手を合わす。世の多くの人は、金ぴかの片方だけに手を合わすから幸せになれない。

 

 

2022-04-21  久志能幾研究所通信 2366号  小田泰仙

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2022年4月20日 (水)

感動! ♪おむすびコロリ お家で腐って さあ大変♪

 

 いつも行くお店で握ってもらった「おむすび」を3日ほど忘れて、部屋で放置したら、痛んで食べられなくなっていた。最近、急に暖かくなって常温で放置したのが原因のようだ。それに感動である。それはその「おむすび」に防腐剤が入っていないことが証明されたからだ。

 

腐らない食品

 いつも大規模小売舗のテナントのご飯は、冷蔵庫に入れれば10日経っても腐らず大丈夫である。逆にいくら冷蔵庫に入れたとしてそこまで持つのが不思議であった。食品表示欄で確認しても防腐剤が入っていないが、前述のおにぎりの件と比較すると、防腐剤が密かに入っていると確信した。

 

食中毒事件の発生ゼロ

 このご時世で、これだけ大量の食品が売られていても、食中毒事件は聞かない。それだけ大量の防腐剤が入っているのだろう。食中毒事件が起きれば、そのお店は営業停止を喰らうし、大規模小売店舗から追放だろう。だから防腐剤非表示でも、防腐剤が使われているとしか思えない。だから日本のがんの発生が増える一方なのだと確信した。もう二度と、大規模小売店舗ではご飯を買わないと決心した。

 

危険な食品

 むろん、私は以前からコンビニではおにぎりなど絶対に買わない。ほっか弁店でも買わない。ほっか弁店では、油を使って炊飯しているからだ。そうすると炊いたお米の表面の艶が出て、美味しく見える。また海苔を付けた場合、べたつかず、商品価値を上げられるからだ。私には油はドクターストップであるから、食べない。

 

日本のがん増加の原因

 日本で使用されている添加物数は、1500種類以上あり、石油などから作られる認可された合成添加物の数は350品目以上ある。

 ところが欧米だとその数は30種程度である。その原因は、今の官僚が使命感を忘れて利権に走り、業界の意のままに添加物や防腐剤を認可しまくっているからだ。官僚はその業界への天下りを考えているのだ。

 2022年3月から、いままで「人工添加物」という表示が、単に「添加物」とだけの表示で良いように法律が改悪された。消費者が騙されやすい状況に、汚役人が法律を改悪したのだ。自分達の利権のためだ。

 

 それらの総合結末が、現在の日本だけガンが激増している現実である。日本のがんの原因は、役人の劣化である。大垣の役人の劣化が大垣の没落を招いたが、それが国家レベルとなると、日本人全体のガンの増加となり、日本人の消滅につながる。おそろしい話だ。

 

【世界の化学合成添加物認可数】

 日本    … 約350品目

 アメリカ…約130品目

 ドイツ …約 60品目

 フランス…約 30品目

 イギリス…約 20品目

 https://www.toyota-kenkou-seikatsu-center.co.jp/6269/

 

 汚役人の腐敗防止

 人の心が腐敗するのを防ぐのが修身教育だ。役人はお国の為、国民のためにノブレス・オブリージュの精神で尽くす必要がある。その覚悟が無ければ、役人になどなるべきではない。

 ところ今は役人が拝金主義に汚染されている。今の地方の役所ではコネで入る輩が増えているようだ。それで一般人の2倍に給与を貰っている。それで国民や市民の為に働かないのだから犯罪である。

 だから日本の経済停滞が改善できない。その元凶が政治家と官僚である。国民が声を上げないと日本が沈没する。大垣のガンのような惨状が日本全体に広がるのを防がねばならぬ。

 

身の回りは毒だらけである。自分の身は自分で守るしかない。

 

 2022-04-19  久志能幾研究所通信 2364号  小田泰仙

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2022年4月11日 (月)

嫁姑戦争の終焉

 

 10年程前、馬場恵峰先生が明徳塾で話された講話を、百メートル巻物に集約して書かれた。それを2016年に『馬場恵峰書「百尺巻頭書作選集」』として出版した。その一部を紹介する。

 

 人間の性は、修身で磨くしかない。人は動物として生まれ、人間になるように育てられるが、犬畜生の根性のまま老いる人もいるようだ。人間とは、人と人の間でよい関係を取り持つことが出来る人のことだ。これを守れば嫁姑戦争など起こらないのだが。

 

 嫁姑戦争では、人間関係の衝突である。利己から出た嫌味弾の撃ちあいである。要は人間にしかない智慧が腐敗して、犬畜生の性にまで劣化した結果である。特に日本人であれば、花鳥風月を楽しむ余裕があれば、そんな醜い性は智慧でオブラートに包むことが出来る。欧米ならキリスト教の説く愛でそれを守るはずである。

 

 それが出来ない人は、動物で生まれて人間になるように育てられたが、精神が成長できず、野獣のまま生きているのだ。人間も自然界の一部である。それを人間関係だけで全うするから、地獄絵となる。自然界はそんな狭い世界ではなく、広い世界である。嫁姑問題など小さな事象である。花鳥風月を楽しむ余裕があれば戦争など起こらない。

 

嫁に対する姑の心得

1 世代を考えて家風を押し付けないようにしよう

2 若い夫婦を信頼して見守りましょう

3 嫁の意見を尊重し理解ききわけましょう

4 家族団欒の時を作ってあげましょう

5 若夫婦だけの時間を考えてやりましょう

6 託された孫の育て方を研究し協力しましょう

7 講演会、研修会に進んで嫁をだしましょう

8 どんな事でも尋ねられたら親切に教えましょう

9 嫁の悪口はやめましょう 南の得にもならなぬもの

10 信頼され尊敬される姑として世代を見つめて行きましょう

 

喜は美也。怒は醜也。哀は苦也。楽は和也。

 

 

姑に対する嫁の心得十ヶ条

1 姑の言葉を善意に受け取りましょう

2 早く婚家の家風に合うように努力をしましょう

3 知ったかぶりはやめましょう

4 常に身を律し心に敬の一字を持続して行きましょう

5 婚家の御先祖・佛事・神事を学び大切に

6 婚家のいろいろの財産を大切にしよう

7 自分の生家自慢をよしましょう

8 嫁として常に姑の身体保安に気をくばりましょう

9 笑顔や愛語は嫁の大きな宝物大切に

10 親孝行の手本を子供達外皆に示範して行こう

 

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『馬場恵峰書「百尺巻頭書作選集」』久志能幾研究所刊 2016年

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    馬場恵峰師 近影 2014年4月10日

 

2022-04-11  久志能幾研究所通信 2358号  小田泰仙

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2022年4月10日 (日)

嫁姑戦争にハマる

 

 最近、YouTubeで嫁姑問題の動画にハマっている。そこに生々し人間模様があり、つい見てしまう。人生問題、人間関係問題として今も昔も変わらない姿に、生の教材として観察している。なにせシンデレラ物語でも継母問題がテーマであり、嫁姑と同じカテゴリーで古今東西世界共通のテーマである。2000年前の人間は今と精神的に変わっておらず、むしろ劣化したのかもしれない。

 特に大垣市や政界の政治家を見ていると、その感が強い。

 

ダメ夫

 世には劣化した現代人が多く溢れている。出てくるダメ夫は、スマホにかじりつき、ゲーム三昧で妻の訴えを聞かないスタイルが典型である。そこには本を読むような知識人は登場しない。周りの人間を見ていて、それにも納得してしまう。

 

ダメ妻

 登場するダメ妻は、利己主義の塊のような女性である。動画の内容は、脚色をしてあるとはいえ、何か納得してしまう。今まで、会社内で接してきた若い女性を見ていると、まんざら嘘でもない現実である。

 昔の職場の女性陣をみても、絶対に関わりたくないという種族が多くいた。周りに仲間から、「お前の嫁に言っとけ」と頻繁に忠告されていた女性もいた。それが自分の部下なら最悪である。私もそういう「お局さん」に讒言され左遷されたことがある。今は昔の修羅場のお話で、YouTubeの嫁姑問題の動画が他人事とは思えない。

 

 日本の心の教育が駄目になっていることが、この嫁姑問題の動画で示されている。これでは、日本の復活は難しい。

 

この嫁姑問題で新たな知見を得たので、列挙する。

 

1 嫁が夫の親の介護をするのは当たり前と思っていた。しかし、民法上では、血のつながりのある親族にその介護に義務があるが、血のつながりにない嫁には、その義務はない。

 

2 嫁いじめは、今はモラハラに当たり、裁判や弁護士を交えての離婚交渉になれば、慰謝料として100~200万円の損害賠償を請求される。

 現代は簡単に録音できるので、それが証拠となり、モラハラの言い逃れは難し。一発で多額の慰謝料が請求される。

 

2 不倫で離婚ともなれば、夫も不倫相手も慰謝料が請求される。その額は数百万円。不倫は高くつく。

 離婚時の子供の養育費は、月20万円ほどで、子供一人当たり成人までの費用となると数千万円になる。5歳から20歳迄の間なら、3,600万円である。それで不倫した夫は地獄に落ちる。

 ただしその慰謝料や養育費をきちんと毎月払ってくれる相手は、25%ほどしかいない。現実は厳しい。だから一括で払ってもらわないと、取りはぐれになる。

 

3 妻を正当な理由なしに実家に帰すと、立派な離婚要因となる。

  弁護士を通せば、一発で離婚成立、慰謝料が多額に請求される。

 

4 「退去してください」と言っても、相手が不当な居座りを続ければ、警察に通報して、不法滞在罪で検挙される。立派な犯罪となる。これは新聞の拡販員、強引なNHK集金人にも適用される。

 

5 夫が死亡して、妻がその死後、婚家とうまく行かないなら、絶縁処理が法律的にできる。姑と縁を切ることが出来る。

 

 

2022-04-10  久志能幾研究所通信 2357号  小田泰仙

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2022年2月18日 (金)

児童が死ぬまで待とう、大垣市は事故になるまで放置

 

 大垣市は、児童生徒の通学路に命の危険があっても、事故で児童が死ぬか怪我をしないと動かない。未必の殺人傷害事件になる恐れがあっても、法律的にも不備があっても、大垣市は動かない。それでも公僕の役人なら、子供たちのために何とかすべきだ。何が「大垣市は子育て日本一」だ、ブラックジョークである。役人の世界は、事故が起こらないと動かない魔界である。

 

危険家屋

 近くの通学路の横に非常識な家が建っている。今月、連日、大雪が降り、その問題点が露見した。この家の屋根の雪が通学路に落ちるし、屋根から落ちそうになった雪が氷となってぶら下っている状態が長く続いた。その雪は時間が経ち、氷の塊になっているので、通学時の児童生徒の上に落ちれば、怪我か死亡事故となる。

 

 またその家の前の通学路はこの10年間、一度も除雪をされたことがない。屋根も雪止めがなく、雪が積もれば、そのまま通学路に落ちる設計となっている。前は老夫婦が住んでいたが、今は空き家状態である。自治会にも登録されておらず、詳細は不明だ。その子供たち(成年)が週に2,3日滞在しているようである。

 

たらい回し

 児童生徒に危険であるので、大垣市に相談した。街づくり推進課、道路課、学校教育課のそれぞれに2回も足を運び、対策を相談に行った。担当部署をたらい回しされ、結論は「法律的に行政として動くことが出来ない」が、結論であると電話で先日、通告が来た。なぜ傷害事故が起きるのが確定的なのに、行政は動けないのか。

 

 それで今日(2月18日)は大垣警察署に相談に出向いた。「未必の殺人傷害罪」になるのではと相談したが、そういう罪では認定が難しいとのこと。事件が起きれば、警察は動くが、現時点では動けないという。弁護士に相談して欲しいという。要は門前払いである。

 

 明白に事故発生が予見されるにも関わらず、行政も警察も、児童生徒が怪我をするか、死亡事故とならないと動かない。現実の日本の行政の恥部である。これは事故の前の危険状態の責任を問う法律に不備がある。

 

 熱海の土石流事故(2021年7月3日)と同じように、死亡事故が起きないと、行政は動かないのだ。事前に事故を予想しても、行政が動かないのでは、危機管理になっていない。これは日本の行政・法律の恥部である。

  

落雪による傷害事故の責任は建物の所有者にある

 屋根からの落雪により人に傷害や死を与えた場合、事故の責任は建物の所有者が負う。これは、民法第717条1項に定められている。

 これで児童が死亡すれば、数千万円の損害賠償をされるだろう。12年間、危険な状態を放置したのだから、重過失である。

P10806871s ‎  2022‎年‎2‎月‎8‎日、8:13

 凍った状態の屋根の雪が落ちれば、子供が死ぬ。下校時、一人で歩くと、子供だからから、ぶら下った雪をいじって事故になる恐れがある。子供たちの行動は予測不能である。通学路を除雪しないと、それを避けて車道を歩かねばならず、車との接触の危険性がある。

 P1080723s

 通学の児童達 毎日260名の児童が通る 2020年2月17日、7:36

 この日は、雪が少なく良質の雪だったから、雪を踏みしめて歩けたが、2月7日の大雪に時は、児童生徒は、通学路が除雪されていないので、車道を歩いた。通勤時で車の往来が激しく危険であった。
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真因1

 東日本大震災の原発事故でも、事前に津波での電力遮断が予想されたが、実際に事故が起こるまで、政府は動かなかった。そんな事例が日本には山積である。なぜ、事故発生が確定的なのに、行政は動かないのか。それは役人世界が縦割り社会化、自己保身の強化、利己主義の蔓延、減点主義の評価制度が蔓延して、日本人の人間性が劣化したのが真因である。拝金主義の蔓延、グローバル経済主義の崇拝が、それに輪をかけた。修身教育が無くなって、人間性が劣化したのだ。要は利己主義の人間が増えたのだ。

 

真因2

 もう一つの真因が、親の劣化と親からの教育の劣化である。この家の以前に住んでいた両親はキリスト教信者で、異常な性格であった。町内会の行事には参加しない。草取り行事にも参加しない。地蔵盆祭りのおさがりを班長さんが持って行くと、それを「うちはキリスト教だ」と班長さんにそれを投げつけて返した。投げつけられた班長さんが泣いていた。当番の地蔵の当番も拒否で、その当番代行も、自分では行かず、自治会長に押し付けであった。

 条例で禁止されたたき火を頻繁にする。利己主義だから大垣市の条令禁止事項など知ったことではないのだ。火事になる恐れなど、頭が回らないのだ。家の建て方も利己主義そのままで、燐家に目一杯に寄せて家を建てている。家の上空で屋根が燐家に領地を犯している。車の駐車でも排気ガスが周りに迷惑をかける止め方を平気でする。注意しても逆に反論してくる有様である。

 そういう親の後姿を見て育てられた子供(成人)がどうなるかは、自明である。それが今回の屋根の雪の落下危険放置、通学路上の除雪放棄が起きた原因である。要は、親の教育で、利己主義の極みになった大人の恥行なのだ。 

 

親の後姿の教育

 親の後姿での教育の間違いが、今の日本社会を襲っている。以前はなかった凄惨な事件が頻発である。死にたいから無差別殺人をして死刑になりたいなど、おぞましい事件の氾濫である。なぜそうなったのか。こういう事件で、週刊誌で報道される家庭環境は劣悪である。起こるべくして起きた事件である。

 

 女優・三田圭子が子供の教育を放棄して、金だけ与えれば教育だと勘違いをした例もある。それは日本社会の縮図である。芸能人だけの問題ではない。それで子供が覚せい剤事件を起こした。母が「うちの子には月々50万円もお小遣いをあげているから、不良なんかになるわけがない」と警察に怒鳴り込んだのは、お笑いである。

 

30年間の教育の集大成

 KK問題の不祥事も、親の教育が30年後に集大成として顕在化しただけである。だからいまだに、その教育の不備が不祥事を連発させ、週刊誌、ネットで炎上している。いくら971庁が強圧的に報道を押させ込んでも、煙が止まらない。火にないところに煙は立たない。その根本原因は、親の教育である。その根本問題を解決しないから、問題事件が次々と起きる。元を断たなきゃ、ダメなのよ。

 社会の試練を受けないと、ヒトは人間には成長しない。人と人との間と書いて「人間」である。人と人の間の関係を構築できないのは、人間以下である。人の周りの状況を理解しないのも人間ではない。

 

対策

 自分の城は自分で守れ。もう無責任な大垣市には頼らない。自分達で対策を考え、自分達で実行することにした。

 

 

2022-02-18 久志能幾研究所通信 2308号  小田泰仙

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