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2022年8月19日 (金)

いのち、霊止

 

 お墓作りの全ての工程が終ったので、2015年12月1日より、予定通りトイレと玄関のリフォームに取り掛かった。築45年の自宅の耐震補強を兼ねた第6次のリフォームである。

 床と壁をめくると白蟻に喰われた跡が出てきた。2年前のリフォーム時に対策をしてあったが、その痕跡のようである。床や壁を剥がさないと分からないので始末が悪い。知らないうちに家の内部を犯す白蟻は、自分の体の中に潜む病巣に似ている。心して対応したいもの。

 白アリも生きるためには、食べねばならぬ。お互いの領分を守るために、家の白アリ対策は必須である。自分の城は自分で守れ、である。白アリにとって日本家屋は、ご馳走である。白アリだって、人類と200万年も共生してきたのだ。その白アリと共生する知恵を持てばよいだけだ。

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 リフォームで壁と床と天井を剥がした玄関    2015年12月1日

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  白蟻に喰われた床材

 

命を捨てる

 そこにまた不思議なご縁があった。2015年12月2日の朝、大垣八幡宮神社の横の川辺で、70歳前後の女性が首を吊っているのが発見された。その話を今回リフォームの仕事の業者から聞かされた。彼はいつも早朝にジョギングに行く道筋であるが、当日は私の家のリフォームの仕事があるので、その現場に遇うことを避けることができたと、私に感謝をしてくれた。そんな姿を見ればトラウマのように頭に残ってしまうと。下手をすれば彼が第一発見者になっていたかもしれないと。

 私にとっても、その現場はいつもの朝の散歩コースであるし、私もリフォームに取り掛からなければ、その現場に行き、私が第一発見者になっていたかもしれない。つくづくと佛縁を感じた次第である。

 

 その道は子供達に通学路にもなっており、子供達が見たら大変なことになる。自殺した人を責める訳にはいかないが、せめて人様に迷惑をかけずに世を去って欲しいもの。覚悟の自殺なら、山奥で人目につかず一人で死ぬものだ。しかし、人目のある場所で死ぬのは、その直前まで誰かに助けてもらいたい気持ちの未練があったようである。

 死ぬ気になれば何とでもなる。生んで育ててくれた親を思えば、死を踏みとどまれるはず。捨てるならその命をくださいと泣いている難病の人がこの世には数多くいる。1973年入社後の頃、設計ミスでトラブルに困っていた時、指導員の太田博さんから、「人間が作った問題は、人間がなんとか解決できる」と教えて頂いた。その言葉が今でも頭に残っている。

 

佛の力

 首を吊り、意識が遠のく間でも、少しでも生きてくれよと心臓を動かし、肺を動かし、血液を全身に送る作用が、佛の力である。その佛の力を振り切り、死に向かうのは、人の道に反している。最後の最後まで、自分を捨ててはならないと思う。死は神仏の管轄で、人間の管轄ではない。どんな人間でも社会から恩恵を受けて成長した。その恩に報いるためにも、生き続けなければならぬ。

 

 自然界の生命体は、ただひたすらに生きる。自然物は無所属、無条件でひたすら立ち向かう。太陽や雨や風は、たた照り、ただ降り、ただ吹く。風は「何のために」とは考えない。人間も自然界の一つの存在だ。猫も犬も「何のために」とは考えず生きる。生命体は、ただひたすらに生きる。それは人間も同じだ。それが生命に与えられた使命である。それに反してはならない。犬畜生と人間の違いは、人は他人の喜びの為に働くことだ。

 

佛の教え

 佛の最大の教えは、人のものは盗ってはならない、人を殺してはならない、堕落してはならない、である。自殺とは、己を殺す殺人である。

 人は最低一人を幸せにする義務がある。その一人が自分である。

 

霊止

 今回のお墓作り、家系図作り、ご先祖探しの工程と加齢による体の衰えと病気で、命の不思議さ、ご先祖から頂いた命の大事さを再確認した。病気は自分の体の管理の怠慢であるが、生死は自分では管理できない佛縁の営みであると信じている。頂いた命は、限りある限り永らえてご先祖や社会にご恩返しをすべきだと思う。

 

揮毫

 2014年夏、恵峰先生にお願いして下図の「いのち」の書を書いてもらった。前の書には無かった「霊止」が追加されていた。「ひと」を「霊止」と書くとは意味深長である。

 

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2022-08-19  久志能幾研究所通信 2467  小田泰仙

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2022年8月18日 (木)

洗脳教育、墓石に学ぶガン対策

 

 少しずつ、言葉巧みに毒を頭の中に沁みこませて行く。新興宗教団体が行う信徒獲得の手段である。それに染まると、長期間に亘ってもその洗脳教育が解けない。

 1995年のオオム真理教の地下鉄サリン事件から19年たった2014年に、指名手配されていた信徒が逮捕された。しかし信徒はその洗脳が解けていなかった。洗脳の恐ろしさが再認識された。

 2022年、統一教会の洗脳教育の害で安倍元首相が暗殺される事件が起きた。

 子供の幼年期における親の教育の大事さと、ブラック企業での洗脳教育、新興宗教での洗脳教育の恐ろしさを対比して考えたい。

 

テレビ教の洗脳教育

 日頃でもテレビの痴呆番組、グルメ番組、ファーストフード・医薬品の広告の氾濫で、知らず知らずに頭が洗脳され汚染され、ポテトチップをつまみ清涼飲料水を飲みながら、テレビを見続けるとテレビ痴呆信徒にされている。それが認知症とがんの原因となる。

 その洗脳が40年間続き、その結果が、日本人の2人に1人ががんになる時代となった。75歳以上は4人に一人が認知症になる時代である。すべて悪い食品の宣伝洗脳が原因と推定される。その対策は簡単だ。その洗脳の宣伝から遠ざかれがよいだけだ。何でも元を断たなきゃだめなのよ。

 

 昼から刑事ドラマで、毎日人殺しのテレビドラマが氾濫している。これでは凶悪犯罪が頻発するのも当然である。くだらない芸能人のよろめきゴシップで、日本人の品格が落ちるのも故あること。無料でテレビが見えるのは、企業の健康を無視した金儲けという悪魔が裏に潜んでいる。

 

銃乱射事件

 米国の銃の乱射事件が起きると、立て続けに同じような事件が頻発するのも、洗脳教育と同じ作用がある。犯罪が頻発するハーレムに育った子供が、犯罪に走るのに抵抗がないのも、同じ洗脳教育である。

 2015年12月の韓国人の靖国神社爆弾事件も、韓国政府が50年間の反日教育をしてきた「成果」である。柔軟な脳の発達期に反日教育で洗脳すれば、畜生の仕業をしても、国中で賞賛の声が満ちる国と成り下がる。反面狂師として興味深い狂育成果物である。

 人は、数多く見た通り、教えられた通りの人間になる。良きことを多く見ればよき人生が、悪いことばかりに取り囲まれて育てば悪しき人生が創り出される。

 

墓石の洗脳

 墓石でも同じことが言える。特に柔らかい石を墓石に使っていると、水が長年内部にしみこんでいる。その水に鉄分が含んでいると、一度墓石に染みこんだ鉄分は、高圧高温洗浄でもその汚れは落ちにくい。その水垢が落とすにはシュウ酸を入れた温水が必要となる。雨が降った後に水の染みこんだ墓石を見ていると、己の自我が確立していない状態で、洗脳教育を知らずに受けて地獄に堕ちる人たちの姿が墓石に重ねて見えてしまう。

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 雨の後で水を吸い込んだ墓石  石が柔らかいと水を吸う

 雨上がりの後に、墓地を訪れ、墓石の種類の差によって水の吸い方に違いがあるのを見比べると良い。水を多く吸う墓石は、寿命が短い。つまり冬に墓石の内部の水分が凍り、それが体積膨張して内部から石を破壊するからだ。私の家の墓石は、建立後60年で痛んできた。それで改建した。

 人間の心も洗脳されると、疲労破壊され、心がぼろぼろになる。

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言葉の毒

 日々使っている言葉が人を傷つけ、自分自身を傷つける。自分が吐く言葉の影響を一番受けるのは自分である。言葉に含まれる何気ない小さな毒が、長年に亘って心に蓄積すると、毒薬をあおるような被害を受ける。母の励ましが子供を育て、子供の心を傷つける言葉が子供を殺す。言葉とは「こと魂」である。人を傷つける言葉を吐く人とは、距離を置いたほうがよい。近づいてくる縁が全て善ではない。毒ある縁を避け良き縁に接せるのが、佛の智慧であるし、佛縁を大事にする心である。

 

変わらなきゃ

 みんなは、「変わらなきゃ」、「自己改革しなきゃ」、と大騒ぎをしている。しかし今だかってそれで変わった人などいない。暫らくすると元の木阿弥となっている。それは何故そうなったかを考えず、「変わらなきゃ」と言っているだけだからだ。それには洗脳された脳を変えることが必要だ。その洗脳は、一日に20回、一年365日、10年間も続けば73,000回も脳に与えた破壊工作なのだ。それを修復するには、相応の取り組みが必要だ。

 だから今の日本を変えるのは大変である。しかしやらねば日本が亡ぶ。

 

2022-08-18  久志能幾研究所通信 2466  小田泰仙

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2022年8月17日 (水)

為写経

 

 2015年、お墓の改建を機に、父の末弟の小田五郎に「護國院」という立派な院号を長松院住職様から付けていただいた。小田五郎は昭和19年にビルマで戦死された英霊である。また元の戒名が戰勲至誠居士であるので、吉田松陰が好んで使った「至誠」であるのも因縁である。

 住職様も英霊に院号を付けるというのは、住職としても人生で滅多にないことであり、大変名誉なことなので、その代金は不要と言われた。ありがたいことであった。

 その一連の過程で、小田家先祖代々諸精霊の位牌を作るとよいと長松院住職様からのアドバイスを受けて作成した。

 

 その位牌を納めに来た横田仏壇屋の奥様から、それなら為書きの写経をお墓に納めると良いという助言があり、早々に写経を始めた。書いているうちにそれならお墓に入っているご先祖様全員の為写経をしようという気になり、全33名分の写経をする大変なことになった。それでも8月15日から始めて、10月3日で33名のご先祖様の為写経を終ることができた。まだ時間があるので、更に写経を進めた。

 これも以前に、知己塾で恵峰先生より「般若心経の写経をすると書道の勉強にもなる」と言われて、その教材を入手していたご縁があって、直ぐに取り掛かれることが出来た。ありがたい恵峰先生からのご縁である。

 

 般若心経の一字一字を慎重に書いていると、その意味するところが伝わってくる。書いてこそ、その経の意味が理解できる。それが分かったのも大きな功徳であるようだ。

 

 馬場恵峰先生は、今までに1万5千文字の写経をされたという。先生でも1枚の般若心経を書かれるのに2時間を要するという。それも斎戒沐浴をしてからの写経である。ご縁があり、先生の書の写真集を出版することで、先生の書かれた経の写真を昨年から撮らして頂いている。次頁はその一部である。

 

 2015年10月3日、33名のご先祖様の為写経を終えて、小田五郎さんに新たな院号がついたことを思い出し、その位牌を作ることを思いついた。既に五郎さんの50回忌は終っていて、元の位牌はお炊き上げされているはずだが、諸般の事情で仏壇に位牌も祭られてこなかったようだ。英霊でもあるし、私の家にその関係遺品が残されていて、私が遺品を管理しているご縁もある。住職様と相談をして、位牌を新作することにした。結果として、2015年の半年間で3つの位牌を新作するという不思議なご縁となった。何かに導かれているようだ。

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  馬場恵峰書

2022-08-016   久志能幾研究所通信 2464  小田泰仙

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2022年8月14日 (日)

平和祈念の墓標

 

 先日、小田五郎氏(父の兄弟の五男)の為写経を終わったことに、なにか因縁を覚えた。明日8月15日は小田五郎氏の78回目の命日である。小田五郎氏は昭和19年8月15日、インパール作戦で戦死を遂げた。享年24歳である。

 為写経は、12人のご先祖の為に、順次、約10日に一枚のペースで行っている。たままた8月15日の目前に小田五郎氏の為写経が完成した。そのご縁で、インパール作戦を思い出した。

 

インパール作戦

 2015年10月8日、私が高野山に行ったとき、ビルマ戦線での戦没者慰霊碑を発見して、ビルマ・インパール作戦で戦死(昭和19年8月15日)された父の兄弟で五男の小田五郎氏の無念を思い、手を合わせた。インパール作戦では、日本陸軍の損害は、戦死者が第15軍の主力3個師団で計11,400人・戦病死者が7,800人・行方不明者1,100人以上(計20,300人以上)にのぼり、そのほか第15師団だけで3,700人の戦病者が発生した(『戦史叢書』による)。

 ビルマ・インパール作戦では、2万人余の戦死者が出た。その多くは戦死者以外にマラリアや餓死等であり、その主の原因は司令部のずさんな作戦ミスにある。戸部良一氏は、『失敗の本質』において、インパール作戦でずさんな計画が実行された原因について、牟田口軍司令官や河辺方面軍司令官の能力も影響しているが、より重要なのは「人情」という名の人間関係・組織内融和が優先されて組織の合理性が削がれた点にあると主張している。組織のトップがその責任を果たさなかった場合の結末は悲惨である。

 

父の兄弟の四男

 2016年1月6日、長松院で祖母の追善供養の法事の打ち合わせをした後、思いついて彦根護国神社内にあるシベリア戦没者慰霊碑に向った。その慰霊碑の裏面を見て、そこに父の兄弟で四男の小田史郎氏の名を発見して、改めて厳粛な気持ちになった。今まで数回ここを訪問しているが、裏面に小田史郎氏の名前があることには気がつかなかった。お墓の開眼法要も終り、戒名の訂正と祖母の追善供養の段取りが終った後での発見である。何か導かれたようだ。

 

共産主義という敵

 改めて共産主義国家ソ連の非道さを考えることになった。貧富の差をなくすため共産主義が生まれたが、実際は資本主義以上の貧富の差を生み、一部特権階級のみが極楽の生活を送る。現代の皮肉である。その轍を中国共産党が踏んでいる。1950年代の大躍進政策で、自国民推定で2,000~5,000万人を餓死させたことで毛沢東は、生涯でただ一度自己批判をして党主席を辞任している。5,000万人を殺しても責任を問われたわけではない。

 

グローバル経済教という敵

 企業が勝ち抜くためのベストプラクティスとして、資本主義社会でグローバル経済主義が横行しているが、結果は貧富の差の拡大があっただけである。常に企業のトップの一部の特権階級のみが、美味しい目を味わい、大多数の労働者はより不幸になる仕組みである。

 

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  彦根護国神社 シベリア戦没者慰霊碑

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 シベリア戦没者慰霊碑裏面 

 上段左から2人目が小田史郎氏の名    2016年1月6日撮影

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  高野山 ビルマ方面戦没者慰霊碑 2015年10月8日撮影

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 戦争は常に自己の国の利益を最大にしようとする利己主義から生まれる。病気との戦争も自己の欲望を最大にしようと極楽三昧の生活を送るところから発生する。己を滅ぼすのは己である。国のトップが狂えば、国が滅び、会社のトップが金儲け主義を邁進すれば、儲かるのは一時的で、長期的には衰退する。ご先祖から頂いた体をその欲望のままに生活すれば、病気になり早くあの世に旅立つのも故あること。

 

 ご先祖が戦争で非業の死を受けたことや、世界の多く人が理不尽な扱いで命を奪われた歴史の事実を凝視すると、自分が受けてきた諸般のことは、なんと小さいことかと思い知らされる。小さな人間の力では何も出来ないかと、無力感にも襲われる。しかし艱難辛苦を浴びたご先祖に比べて、今の自分の幸せさ、生きていること、生かされていることに報恩感謝の念が沸き、未来へ希望を持って生きていきたいとの想いが出てくる。

 

2022-08-014   久志能幾研究所通信 2462  小田泰仙

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2022年8月12日 (金)

身体の保全と危機管理、遺体の腐敗防止?

 日本は「農薬大国」で、年間約60万トンもの農薬が生産されている。農薬は主に殺菌剤、除草剤、殺虫剤として使われており、これらの中には、発がんリスクの高い猛毒を含んでいる。我々は普段の食事で、体によいと思って食べている野菜や果物と共に、そのような毒物も摂取している可能性がある。実際、日本人の体内脂肪から有機塩素材(農薬)の残留量が世界平均の3倍も検出されたというデータもある。

 最近の日本人は死んでも、昔ほどすぐ腐敗しないと言われる。つまり防腐剤が体にしみ込んでいるのだ。

 日本の年間約60万トンの農薬を一人当たり年間に換算すると、6kgの農薬を「浴びて」いる計算になる。輸入される外国の農産物に使われる農薬や防腐剤を含めると、恐ろしい量の「毒」を浴びていることになる。

 

日本はダントツの農薬使用量

 農薬の致死量は2グラムである。日本では、その3000倍の農薬が一人当たりに使われている。米国の使用量の4倍の量である。安全にうるさいスウェーデンの使用量の20倍である。下のグラフを見れば、中国の農作物が危険などと批判できない。

 

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▲ 出典:FAO「FAOSTAT」農地1haあたり国別農薬使用量(2018年)より弊社作成。

農薬https://musubi-ichiba.jp/blogs/syoku/noyaku-genjyo

 ブログ「産直 むすび」より引用

 

がんの大量生産

 1975年の医師数が約13万人、がん死者数は約13万人だった。その後の40年間で、医師数は約3万人増加し、がんに関する研究や治療は格段に進歩したのに、2014年のがん死者数は36万人を越えた。2021年には38万人になった。

 1970年代の日本の総医療費は10兆円であった。2021年には医療費総額は43兆円を超えた。しかしがん患者は減るどころか4倍に増えている。

 がん死は年々増加の一途である。政府はそれの事実を隠すために、年間1万人程の死者の新型コロナ禍を大々的に公報して恐怖を国民に植え付けている。その死亡者も疾患持ちの高齢者が大半である。

 新型コロナの恐怖を政府やマスコミが煽るのは、コロナ対策には兆円単位の利権がからんでいるのがその原因である。官僚の心ががんに侵され、堕落したのだ。現実は、がん死の方が、新型コロナ死よりも38倍も恐ろしいのだ。

 

農薬過多の原因

 日本人が自然に反して潔癖すぎる食品を求めすぎた結果、農薬を多く使わないと、農製品を商品として扱わないのが原因だ。多少は曲がったキュウリや虫食いの野菜を許容すれば、農家もここまで農薬を使わない。農薬を大量に使わないと扱う商社側が、農製品を買い取ってくれないからだ。売る方も消費者の求めるものを売っている。自業自得なのだ。

 農薬に殺される害虫は、人類と200万年も共生をしてきた。それを急に見てくれが悪いから殺す、では自然界の理に反している。害虫とは人間様からの一方的な位置づけ(差別)で、自然界ではそれで全体が回っているのだ。だからがん等の病気の増加は、日本人に「自然に帰れ」と警告しているのだ。

 

がん原因食品の増加

 1950年から2010年までの60年間でみて、平均的に肉の摂取量9.8倍、卵6.3倍、牛乳・乳製品が18.2倍と著増し、米が半分、芋類は10分の1と激減した。つまり、肉・卵・牛乳・バター・マヨネーズなどに代表される「高脂肪」の欧米食こそが現代日本人のがんの大きな原因の一つであると推定される。その証拠として、以前多かった胃がんや子宮頸がんなどの日本型のがんは減少して、肺、大腸、乳、卵巣、子宮体、前立腺、すい臓、食道がんなどの欧米型のがんが著増している。食生活を悪い方に変えたから、病気が増えたのだ。だからがん等の病気の増加は、日本人に「食生活を見直せ」と警告しているのだ。

 

宇宙音源の理に反した食肉生産

 畜産品は、利益最優先で牛、豚、鶏の成長を早めるため、成長ホルモンが投入されている。畜舎の中に過密状態で育てるため、伝染病にかからないように、多量の抗生物質が飼料に投入され無理に飼育されている。そうやって育った肉や乳製品を多く食べれば、病気にもなるのは「理」に合っている。「理」に適わない食品が体に毒になる。それは「宇宙根源の理」に反した食物である。

 「ハムや加工肉を日に50g以上食べ続けると大腸がんになる確率が18%増加する」とWHOから報告があったばかりである。ハムや加工肉は、防腐剤や添加物が多く入っている。そんな肉を長年食べれば、病気になるのが必然である。

 だからがん等の病気の増加は、日本人に「食生活を見直せ」と警告しているのだ。

 

食は生命

 2000年も前から漢方医学では「食は生命」としている。贅沢な欧米型の現代食生活を謳歌すると、20年後に病気と言う悪魔のサイクルのご縁を頂く。因果応報である。がんという病気を対処療法で治しても、その根本原因である食生活を直さないと病気は治らない。気づいた時には遅いが、それでも一日でも早く食生活を正すのが、ご先祖へのご恩返しである。

  

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

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2022-08-11   久志能幾研究所通信 2459  小田泰仙

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2021年8月 8日 (日)

墓石の吸水率、心の悪縁吸収率をゼロに

硬い石を選択して吸水率をゼロに。

心を強靭にして悪縁の吸収率をゼロに

 

 日本の御影石は一般的に高価だが良質である。しかしもっと安価でより良質の石材がインド産にあり、今回の選択とした。その理由は、硬い石は水を吸わず、凍結等での石の劣化を防止できるから。高価な国産のブランド石でも、柔らかい石では水を吸う。吸水率で石の種類を見ると下記の差がある。今回選定したインドグリーンブラック(M-1H)は吸水率ゼロである。

 

          圧縮強度 kgf/cm2    吸水率(%)

 花崗岩(御影石)     1,500        0.25 

 安山石         1,000         2.5

 凝灰石               90                  17.2

 砂石             450                 11

各石材の吸水率比較

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Photo 石の素材

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 石を叩けば、その音で硬さがわかる

 

 石材は自然天然材のため、同じ産地の石でもばらつきが大きい。公表データからおおよその傾向は分かるが、最終判断は、サンプル石材を叩いて、音を自分の耳で確認するのが良い。硬い石は甲高い音が、柔らかい石は低い音がする。私は松居石材商店でこれを教えてもらい、自分の耳で確認をして納得した。

 

 同じ御影石でも前表のように、その硬度や吸水率にはばらつきが大きい。同じ御影石を使った碑でも、単に価格だけで御影石を選定すると、質の悪い御影石が提供される場合がある。下図の碑はある公共団体の祈念碑の例である。この碑を手配した担当者も、請け負った商社も、石材のことを知らないで入札方式で、コストだけで見合う御影石を選定して製作した。その結果がわずか15年後に、水を吸い冬季に凍結してヒビが入ったみすぼらしい姿の晒しである。個人の碑ならともかく、多くの人が目にする公共の碑には相応の石材を選定しないと、子や孫の世代に金をケチったことが露見して恥をかくことになる。

 石材の経年変化は50年後でないと分からない。墓石の素材の選択の責任を子孫がとることになる。そのため、私は石屋さんの勧めで一番硬い石を選択した。

 

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築15年でヒビが入った御影石(某記念碑)

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水を吸っている御影石(某慰霊碑)

11 風雪で傷んだ墓石(築80年)

2 風雪で傷んだ墓石(築80年)

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風雪で傷んだ墓石(築52年)

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悪縁に対する剛性さ

 石も人も叩かれてその真価が分かる。そして長い歳月がその本質を明らかにする。墓石に対して吸水率が問題になるように、自分の心の吸縁率が問われる。自分の心がしっかりとしていないと、寄ってきた悪縁を吸い込んでしまう。それが人生の長年の風雪の試練で、心の破壊が起きる。人格の破壊、鬱病の発症、悪くすると自殺である。

 血に飢えた拝金主義の企業が、スマホを使って誘惑をしている。ゲームにのめり込み、スマホ脳に侵されれば、廃人への道をまっしぐらである。

 また悪縁に対して心が弱いと、拝金主義の宣伝に騙されて、食べてはいけないものを食べてしまい、体がボロボロになり、ガン、糖尿病、認知症にもなってしまう。

 ボロボロになった墓石をみて、自信の体内の血管がボロボロになっている姿を想像して恐ろしくなった。私の高血圧症、網膜静脈閉塞症、網膜剥離、白内障、記憶力低下の症状は、狂った食生活で、悪い縁(食材)を吸い込み過ぎたため、毛細血管の内部ばボロボロになったためであった。

 墓石は、自家のお墓が遠方にあれば、年に数回しか目にしない。その痛みに気が付くのが遅くなる。体の異常でも同じである。

 

2021-08-07   久志能幾研究所通信 2113  小田泰仙

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2021年8月 6日 (金)

泰平の永眠誘う墓土台 たった1枚で 身閑安眠(3/3)

中国の石加工技術レベルに脱帽

 2015年10月27日、一枚作り巻石が彦根の石屋さんに到着したので、確認に行った。大阪の日本石材センターで見たときは、梱包された状態であったので、中身が見えなかったが、今回、その仕上げ状態を見て、中国の石材加工技術レベルに脱帽した次第である。

 

 残念な話であるが、現在では墓石加工技術では中国が日本の上を行っている。それを今回の墓造りで目の当たりにした。今回の一枚作り巻き石は、長さ3.6m、幅1.5 m、厚さ37cmである。この大きさの石を全面加工できる工作機械が現在の日本には無い。建設用の切断機ではあるのだが、墓石用の加工機ではない。現在は石材需要の量が激減して、経営的に成り立たないので、この分野から日本企業は撤退したという。

 日本人のご先祖を敬う心が薄れて、お墓づくりが衰退し、墓じまいが盛況になっている。これが日本の衰退の一因だと思う。

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石材加工の工作機械

 幅1.5 mの石材を加工するには、それを据え付けられる門型の石材切断機が必要である。これを加工した石材切断機はカッター径が120インチ(3,048mm)という。それでも、一度では加工できず、両面から二度に分けて切断する工程が必要である。右図は日本の業者が所有している機械であるが、この機械でカッター径が50インチであり、これから想定すると、4倍の大きさの推定で30m余の大きさの機械となる。

 工作機械はマザーマシンと呼ばれ、機械工業の基礎なすものである。現在、良質の工作機械を作り保有する国は日本、ドイツとなっているが、国策で工業化を進める中国は、工作機械開発でも恐ろしいエネルギーを蓄えているといえる。

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石材切断機  ダイヤストン株式会社所有  これで50インチの砥石径の大きさ

実際の120インチの砥石経の機械を想像すると、とんでもない大きさである。

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中国新幹線に見る脅威

 2007年4月の中国国鉄によるCRH型車両導入により開始された高速鉄道網は2011年末には 13,073 km、2015年末には 25,000 kmに達する計画である。

 2020年現在、中国高速鉄道の営業距離は3万6000キロで世界一となっている。

日本の新幹線は、40年間かけて2015年現在、フル規格6路線(合計2,616km)である。2020年で、2,997.1 kmである。

 中国は、15年弱で日本の総路線距離の10倍を敷設したわけである。その陰に右図のような建設機械がある。やはり数を稼ぐと、このような建設機械も開発して力を付けることが出来る。技術は単発勝負ではなく、量を稼いでその実力が磨かれる。残念であるが、技術力は金と人を投入しないと、持続できない。現在のの日本の停滞は、技術開発に金と人をケチッた咎である。

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中国高速鉄道を敷設する巨大マシーン

http://www.recordchina.co.jp/a122062.html

 

中国のモノづくりに刮目

 今回のお墓作りでは、一体型の五輪塔の球形部の加工が悪く、現地の検査員の検査に合格せず、検査員と現場サイドで大喧嘩をして、結局、作り直しとなったという。中国製のレベルではと当初はあまり重きを置いていなかったが、この顛末を聞いて、職人の世界の中国人の姿勢に襟を正した。日本の技術力の維持を願いたい。そのために必要なことは、何かを考えている。

 

日本経済衰退の一因

 共産党による強制的な実行力には恐ろしいものがある。技術はその実績量で、技術の蓄積ができる。日本の技術を導入したからと見下していても、数をこなせば、いつかは凌駕されるのが技術の世界である。そうやって日本も経済・技術大国のなったのだから。

 日本企業は中途半端なグローバル経済主義に染まり、中途半端な姿勢で経費削減に取り組み、中途半端な金儲けに走り方針で、技術開発に金を惜しみ、人件費は経費として削減を続けてきた。そのツケが日本経済停滞であった。

 日本人は、現在の経済大国の地位を獲得するために、先人が汗と涙の苦労をしたことを忘れている。まるで、それを成し遂げた教育環境、開発環境を空気、水のように感謝しない国民になってしまった。それがお墓の建立率が下がってきていることでも現れている。

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 馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」

   2018年10月31日書  久志能幾研究刊

 

2021-08-06   久志能幾研究所通信 2112  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年8月 5日 (木)

泰平の永眠誘う墓土台 たった1枚で 身閑安眠(2/3)

大きさに驚嘆

 中国での加工が終った墓石が、日本に入庫したとの連絡があり、2015年10月21日、石屋さんと一緒に東大阪市の石材センターに確認に出向いた。

 最初に目に飛び込んできたのは、石材センターの仮置き場に置かれた一枚づくりの巻石である。長さ3.6m、幅1.5m、厚さ37cmの一枚づくり巻石の梱包を傍で見て、「なんじゃこれは!」である。現物を見てから、とんでもないものを注文したものだと、吾ながら呆れた。

 図面から寸法を追えば、当然の大きさではあるが、実物を見て実感するのとは大違いである。どんな設計でも、やはり実物大のモックアップで設計検証をする大事さを実感した。

 石材センターの所長さんも、「今まで扱ったことがなく、一枚石づくりの巻石では日本一では」と言う。「これより大きい墓所の巻石は数多く存在するが、複数枚の石材を組み合わせて構築するので、一枚石づくりでは存在しない」という。そういうつもりは無かったのだが、結果としてエライことになってしまった。しがない年金生活者がやることではない。

 

ご縁の連綿

 今回の不思議なご縁で、3基のお墓を同時に建之することになり相応の大きさの巻石が必要となった。お墓の建之後に草取りや掃除等の手間を少なくする意図で一体構成を検討したら、たまたま大きな石材が在庫していて、それも、為替レート90円で入手した石材が偶然に在庫していたというご縁の賜物である。私の力ではない。何かに支援されたご縁の流れは恐ろしい。

 当家の墓石も、現在の大きさ9尺と同じであるが、座布団(ベッド)に相当する芝台が立派になった。それに加えてクリスタルグリーンブラックの色合いのため、大きく見える。五輪塔も、当家の墓石に合わせた大きさにした。北尾道仙さんの神道式のお墓は他の2つの墓石に合わせた大きさにしたため、現状よりも大きくなった。佛石、上台、中台、芝台のうち、佛石、上台、中台の一体型形式のお墓は、日本全国でも6体くらいしか存在しない(2015年当時)とのことで、石材店さんも構えていた。

 参考にしたお墓(松居家)の例では、納骨室の通気口を塞ぐ蓋が金属製であった。それでは石材との見栄え上で品がないと感じたので、材質を石材に変更してもらった。こんな石材への穴明けの加工は、普通はやらないとか。それもそうだと元機械設計者として納得である。これはコストアップの元凶ではある。結果として良い仕事をして頂いたと思う。感謝。

 半月形の石材は、風雨で水が通気口を通って納骨室の流れないようにするための水止めの堰材である。これも今回意図して追加した工夫である。

 

縁あり花開く

 遠戚の叔母が亡くなり、その家が絶家となったので、そのお墓のお守りをどうするかが問題になった。私がそのお守りをすると意思表示したことから始まったお墓造りである。本来、その叔母とは遠い親戚関係で、私がその墓を守る義務はない。叔母の墓は無縁墓としてお寺さんが管理する予定であった。その功徳か、その後に色々と不思議なご縁が連続して、今回のお墓改建の結末となった。世の中には「見えない何か」があると実感した。

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Img_7604sjpg 完成した三基のお墓石

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通気口の蓋と堰材

039a15511s 馬場恵峰書

2021-08-05   久志能幾研究所通信 2111  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

泰平の永眠誘う墓土台 たった1枚で 身閑安眠(1/3)

 (泰平の眠りをさます上喜撰(蒸気船) たった四盃で 夜も寝られず)

 (ペリー総督が率いる黒船が江戸湾に現れた時に歌われた狂歌)

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メンテナンスフリーで一体作り巻石

 従来式のお墓は、その土台を巻石で囲こむ「巻石部の土台」で構成される。この方式は、組み合わせた巻石部がずれたり、土台に蒔いた砂利の間から雑草が生えたりして見苦しくなりがちである。その防止のため、手入れが大変である。当家は遠方のお墓なので、その工数を少なくしたい方針で改建を進めた。

 その昔、父がお盆の墓参りに出かけた時は、炎天下でその周りの草取りが大変だったという話をよく聞かされた。そんな作業を無くすため、お墓のメンテナンスフリーの実現を計画した。

 石芝台も、一般的な工法で砂利を敷くと、その隙間から草が生えてくるので、除草の手間も大変で、それを考えて一体構成の石芝台とした。また一体構成の石芝台なら経年変化で枠石がずれるようなこともなく、耐震構成ともなる。地震や雑草の心配をしなくてもすむ。これでご先祖様も安心してのどかに永眠して頂ける。私も現世で働いた後は、のんびりと永眠できる。

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土台に雑草が生え、巻石がずれた例

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石芝台の構成    どうしても経年変化で隙間ができる

一枚作り巻石のご縁

 たまたま、お墓改建の計画中に、為替レート90円での「1枚ものの石」が在庫していると聞かされ、一枚作り巻石を作る決断をした。何かに背中から押された気がした。草取りの無駄排除や経年変化防止をする目的で進めたが、それが大きさで本邦初のものとなってしまった。

 

 「一体作り巻石」のサイズは、9寸のお墓(普通サイズのお墓)を3基と墓誌、塔婆立てを配置すると、相応の大きさが必要である。最低でも横3.5×縦1.5mの大きさとなった。

 下図は完成予想図

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 横3.5×縦1.5mの大きさに、石を切り出すため、一枚作り巻石の素材は3.9×1.9×1mの原石が必要となった。比重を3とすると重量は約21トンである。これを3.5×1.5×0.3mの板に加工した。それでも重過ぎるので、裏側を軽量化のため80mmほどの深さで全面削り取っている。それで2.5トンにまで軽量化をした。

 そうでないと2.5トンのフォークリフトで運べない。それ以上の能力のフォークリフトは、墓地の門の大きさの制約で墓地に入れない。本来、重機を使えば搬入は楽であるが、由緒正しき門があるため、重機がお寺の境内に入れないという制約があった。

 

見えないご先祖の力

 この大きな石が手に入ったのも、不思議なご縁の積み重ねである。一体構成に変更することに決断したのは、石田退三氏(トヨタ中興の祖、トヨタの大番頭)の師である児玉一造氏の言葉を思い出したからである。

 「何でも悪いことに使う金でなければ、後からそいつは何とでもなる。金のことでトヤカク考えていて、やらねばならぬことの時期を失するなぞ、おおよそ馬鹿げている」(石田退三著『トヨタ語録』)

 このご縁は、ご先祖様の見えない力に背中を押されてのことと思う。合掌

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  寺門の高さ・幅の制約

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墓地の入り口の制限

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 馬場恵峰書

2021-08-04   久志能幾研究所通信 2110  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年8月 3日 (火)

「修証義」からの学び

 

 「修証義」は道元禅師が書かれた経である。現在でも通用する最高の哲学書でもある。私はこの20年来、毎朝、この経を仏前で読んでいるが、毎朝新たな発見がある。般若心経や観音経のように、難解な漢文ではなく、日本語の日常語で書かれているので読めば意味は直ぐ分かる。しかしその簡潔な表現が奥深いのに気がつくのには長い年月を要した。それは自分の人生での日々の経験が、修証義に照らされて人生を考える杖となったからだ。

 

基本の教え

 その教えの基本は「仏となるための教え」である。つまり、仏さまと等しいさとりを得て、仏となるための教えである。さとり(菩提・阿耨多羅三藐三菩提、この上なき正しいさとり)を求める心が、「菩提心」である。

 この「菩提心」を発すことは、「自未得度先度の心を発すべし」と述べられている。まず、自分のことを考えるのではなく、自分よりも他人を救いたいという心を起こすべきと説かれている。さとり、救いを求めようとする心を意味した「菩提心」は、「自未得度先度の心」へと高められている。この生き方は、「自分本位の心を捨て、世のため人のため、すべてのもののために尽くす」である。

 下記の言葉は自分の身を振り返り、身につまされる。真理は800年の昔と何も変わらない。当たり前を当たり前に記述したのが経である。

 

命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに証跡なし

 これは古希を迎え、自分と仲間の老いを自覚せねば悟れない心境である。

 

無常忽ちに到るときは国王大臣親暱従僕妻子珍宝たすくる無し、只独り黄泉に趣くのみなり、己に随い往くは只是れ善悪業等のみなり

 死に際しては、どんなに金を積もうとも、無駄である。何も持ってあの世に行けない。人は必ず死ぬ。死ぬ体を抱えて、どういう生き方をするかが問われる。その老いた醜い病身は、自分の悪業が作った。

 

自他は時に随うて無窮なり、海の水を辞せざるは同時なり、是故に能く水聚りて海となるなり。

 全て受け入れるから佛になれる。清濁併せ呑むから佛になれる。

 

添付の書は馬場恵峰先生の書。2002年3月。  日中文化資料館 蔵

 

2021-08-02   久志能幾研究所通信 2108  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

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