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2019年3月 6日 (水)

豪徳寺に参拝(1/3)

 20151012日、弘前市の新戸部八州男社長を訪問した後、翌日、豪徳寺を訪問して、井伊直弼公のお墓所と日下部鳴鶴の墓所に参拝した。

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豪徳寺の由来

彦根藩二代目藩主井伊直孝公が豪徳寺(東京都世田谷区)の近くを通りかかった時、猫が手招きをしたため、お寺に入ったところ、丁度激しい雷雨が降りだし落雷の難を危うく逃れたという逸話がある。そのため和尚の法話を聞くことができ、後に豪徳寺を井伊家の御菩提所としたといわれる。一説には招き猫発祥の地ともされている。

豪徳寺では「招福猫児(まねぎねこ)」と称し、招猫観音(招福観世音菩薩、招福猫児はその眷属)を祀る「招猫殿」を置いている。招猫殿の横には、願が成就したお礼として、数多くの招福猫児が奉納されている。

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   『書天王が描く世界』 p36より

 

2019-03-06  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年2月11日 (月)

身体の保全と危機管理、がん増加の真因

日本は「農薬大国」で、年間約60万トンもの農薬が生産されている。農薬は主に殺菌剤、除草剤、殺虫剤として使われる。これらの中には、発がんリスクの高い猛毒を含む。我々は普段の食事で、体によいと思って食べている野菜や果物と共に、そのような毒物も摂取している恐れがある。日本人の体内脂肪から有機塩素材(農薬)の残留量が世界平均の3倍も検出されたというデータもある。

 日本の年間約60万トンの農薬を一人当たり年間に換算すると、6kgの農薬を「浴びて」いる計算になる。輸入される外国の農産物に使われる農薬や防腐剤を含めると、我々は恐ろしい量の「毒」を浴びている。

 

ガン患者の増加

1975年の医師数が約13万人、がん死者数は約13万人だった。その後の40年間で、医師数は約3万人増加し、がんに関する研究や治療は格段に進歩したのに、2014年のがん死者数は36万人を越えた。

1970年代の日本の総医療費は10兆円であった。2010年代に総医療費は40兆円までに拡大したが、がん患者は減るどころか3倍に増えている。

 1950年から2010年までの60年間でみて、肉の摂取量9.8倍、卵6.3倍、牛乳・乳製品が18.2倍と著増し、米が半分、芋類は10分の1と激減した。つまり、肉・卵・牛乳・バター・マヨネーズなどに代表される「高脂肪」の欧米食が現代日本人のがん増加の原因の一つであると推定される。その証拠として、以前多かった胃がんや子宮頸がんなどの日本型のがんは減少して、肺、大腸、乳、卵巣、子宮体、前立腺、すい臓、食道がんなどの欧米型のがんが著増している。

 畜産品は、利益最優先で牛、豚、鶏の成長を早めるため、成長ホルモンが投入されている。畜舎の中に過密状態で育てるため、伝染病の予防で多量の抗生物質が飼料に投入され無理に飼育されている。そうやって育った肉や乳製品を多く食べれば、病気にもなるのは「理」に合っている。「理」に適わない食品が体に毒になる。それは「宇宙根源の理」に反した食物である。

 ハムや加工肉を日に50g以上食べ続けると大腸がんになる確率が18%増加するとWHOから報告があった。ハムや加工肉は、防腐剤や添加物が多く入っている。そんな肉を長年食べれば、病気になるのが必然である。

2000年も前から漢方医学では「食は生命」としている。贅沢な欧米型の現代食生活を謳歌すると、20年後に病気と言う悪魔のサイクルのご縁を頂く。因果応報である。がんという病気を対処療法で治しても、その根本原因である食生活を直さないと病気は治らない。気づいた時には遅いが、遅くても、一日でも早く食生活を正すのが、ご先祖へのご恩返しである。

データは2016年当時。 『書天王が描く世界』(全246頁)p220より

 

2019-02-11   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

縁は正義を嫌う

--  価値観の相違を乗り越えて

 正義を通すと、人は鬼にならざるを得ない。お互いが相手の価値観を排除しあうから、戦いとなる。お互いが阿修羅ごとき戦う神となると、相手には悪魔のごとき所業を犯すのが常である。お互いに価値観を受け容れて許容する心が仏心である。全て受け容れるから海の如く大きな器ができる。佛教は神仏融合を含めて包容力があるから日本の「和」の精神にあって受け容れられた。一神教は、排他的な思想が濃いため不幸なご縁を作り出す。聖徳太子の憲法17条は、和の精神である。

 

 自佗は時に随うて無窮なり。海の水を辞せざるは同事なり、是の故に能く水聚りて海となるなり。(修證義)

 

お釈迦様は2500年前、自分が生まれ育った国を他国に滅ぼされる憂き目を受けている。その際、お釈迦様は他国の軍を前にして3回、座って止めようとした。しかし、4回目は止めることをせず、他国に攻め滅ぼされた。お釈迦様は、武力に対して、武力ではなく対話と行動で止めようとした。

浄土宗を開いた法然上人は、幼少期に武士であった父親を敵対する者によって殺される経験をしている。父は死の直前に若き法然上人に対し、「敵を恨んではならない。これは前世における行いの報いなのだ。もし、おまえが恨み心をもったならば、その恨みは何世代にもわたって尽きることはないだろう。早く俗世を逃れ、出家して私の菩提を弔ってほしい」と遺した。それにより、法然上人は敵を討つことをやめ、自分や人々が救われる道を求めて、僧侶となった。法然上人は、報復の連鎖を繰り返すことをやめたのだ。

 

幕末から現代の戦い

1860年、安政の大獄では、幕府の体制を守り、開国して欧米の植民地侵略から日本を守るため井伊直弼公は鬼となり多くの志士を処罰した。それから幕末の殺伐たる争いが巻き起こった。

1868年、西郷隆盛軍は、江戸城明け渡しを求めて、100万人が住む街を焼き討ちすると脅して、勝海舟に降伏を迫った。どんな理由があれ、平和に暮らす民を焼き討ちするという発想が許せない。そこには大儀を掲げ、己の価値観が最高という驕りがある。

太平洋戦争後のビルマでは、戦勝国の英国兵は現地人をモノ扱いして、人間とは認めていなかった。倉庫の食糧を盗むため侵入した現地人を英国兵が射殺した。英国兵は、動かない死体を足で蹴って「end」と表現したと、会田雄次氏はその著書の『アーロン収容所』で書いている。「dead」なら人間としてその対応しなければならないが、「end」だから、モノ扱いをすれば良いと考えているようだ。欧米人にとって、有色人種は人間ではない。価値観の隔離した動物扱いの存在である。

1945年、米国は非戦闘員20万人を原爆で殺した。日本人が白人であれば、決して落とさなかった原爆である。

1940年、ドイツ帝国は、アウシュビッツでユダヤ人を工場生産のように死を大量生産した。ヒットラーがユダヤ人の価値観を認めなかったからである。

現代でも中共は、チベット弾圧を繰り返し、約120万人の人民を虐殺した。人口の約20%にも及ぶ。日本に換算すると2,000万人の民を殺したことになる。

中共が建国以来、自国民の4,000万人を死に追いやったのは歴然たる史実である。共産党にとって、人民は労働力で人という価値を認めていない。

1946年、ソ連のシベリア抑留では80万人の日本人が強制労働をさせられ、10万人が極寒の異国の土になったといわれる。私の父もシベリア抑留されたが、生還できたから、今の私の命がある。父の弟はシベリアの土になった。共産党のソ連にとって、捕虜は人間ではなく単なる労働力であった。国際法上でも違法であるが、その国際法の価値観を己の価値観に合わせて無視をした。

 2015年、パリISテロでは、ISは己の正義を信じてマシンガンの銃口を無実のキリスト教徒に向けた。宗教の価値観の違いを認めなかった結果である。

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2019-02-11   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

縁がないというご縁で、吾が縁道を歩む

 2015年に改健したお墓の当初計画は、現のお墓に入っている親戚と合祀する予定であった。しかしその親戚より改建を反対されて、実施を諦めた。墓誌にもその親戚の戒名を刻めない情けない事態になった。しかしお陰で別の場所に今回のお墓を改建するご縁を得た。その親の子の情けない対応に接したのだが、住職から、「この世では縁がないというご縁」を頂いたと解釈すべきと助言を頂き、成り行きに任せることにした。無理を通しても却って悪縁を招くと考えた。

 

縁無き衆生

縁のない人には「縁の無いというご縁」がある。縁無き衆生度し難し、である。「度」とは秤のことである。人間界での浅はかな秤では、計りしれないご縁のつながりがあり、この世では縁のない人である。黙って身を引くのが、佛様のお計らいと感じた。

 201511月のパリでのISテロのような者たちのように、価値観が違って育てられると、話せば分かるとはいかない。問答無用の惨劇となる。相手の価値観を尊重して、そっと当方が身を引くのが、この世では正しい選択と思う。

 いままで60余年を生きてきて、人との葛藤で正論を掲げて何度も痛い目をあってきた。今回、やっとその「縁がないというご縁」の存在に気づかされた。親の子供に対する教育の失敗は、本人の没後23年目でやって来る。

 

ご縁の道

 人に道に縁道あり。その道が高速道路の場合もあれば、曲がりくねった山道の場合もある。そこを走る車や人は、目的も能力も違う。その道が同じと思うから、自分勝手に走り衝突が起きる。人は人として、己の道を歩めば交通事故も無い。高速道路と一般道は立体交差で衝突がないようになっている。同じように、走る世界が違うため、他の人とは歩む縁道が違う解釈して、己の世界で、最終目的地に向って、一歩、一歩を歩めばよい。遅いか早いかは別にして、最終目的地は「死」である。それに向って、歩む過程が人生道である。そう思うとき、人をうらやんだり、妬んだりする心が消える。人と葛藤が生じるとき、その人とは歩む縁道が違うと解釈すれば、怒りも消える。

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  東山魁夷画伯「道」、軸は馬場恵峰先生書

 

『書天王が描く世界』(全246頁)p177より

2019-02-11   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

ご縁の破れ窓理論

 惚けの始まりか、認知症の始まりか、単なる運動神経の老化のせいか、201511月初旬に、自車をバック時に壁にぶつけ、バンパーを傷つけてしまった。半年前に悪戯でボディに傷をつけられたため、全面塗装をしたばかりである(警察に被害届を提出)。車歴15(2015年当時)でも全面塗装後は、気持ちよく乗ることができていた矢先のことである。このまま放置しておいても、大した問題ではないが、何か引っかかるものがあり、修理することにした。修理費用で4万円余がかかったが、そのまま放置するより、懐に痛い思いをすることで、今後、細心の注意をすることができると考えての修理であった。

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その修理が、20151114日に終り、1115日(日)に納車された。馬場恵峰師揮毫の墓石字を確認した翌日のことである。たった一つの傷を放置すると、全体が崩壊するという「蟻の一穴」の格言と「破れ窓理論」を思い出して、修理をして正解であったと思う。

 

破れご縁

 これから思い起こしたのが、ご先祖や周りのご縁の展開での歴史の流れに俯瞰すると、悪縁の風が入ってくる運命の窓が破れていると、家が傾く事象に思い至った。小さな縁を大事にしない人たち、ご先祖のご縁を大事にしない人たちは、破れ窓の「運命の家」に住んでいると思う。破れ窓の在る家には「破れご縁」が入ってくる。悪縁が悪縁を呼ぶ悪魔のサイクルに陥るようだ。逆も真なりで、よきご縁と付き合うと、良きご縁が循環するようで、それを今回のお墓つくりで体感した。

 私の親戚にも、両親の七回忌以降の法事をやっていない家がある。そんな考え方だから、その家とやり取りをしても不愉快になったので、付き合いをやめてしまった。それが当方にとってはよき展開であったようだ。「君子悪縁に近寄らず」である。今回のお墓作りで体得した人生の智慧は、「割れ窓理論」で説明される。それを私なりに解釈したのが「ご縁の割れ窓理論」である。

 

割れ窓理論

割れ窓理論(英: Broken Windows Theory)とは、軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリング(英語版)が考案した。「建物の窓が壊れているのを放置すると、誰も注意を払っていないという象徴になり、やがて他の窓もまもなく全て壊される」との考え方からこの名がある。

 

割れ窓理論とは

治安が悪化するまでには次のような経過をたどる。

1.建物の窓が壊れているのを放置すると、それが「誰も当該地域に対し関心を払っていない」というサインとなり、犯罪を起こしやすい環境を作り出す。

2.ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きるようになる。

3.住民のモラルが低下して、地域の振興、安全確保に協力しなくなる。それがさらに環境を悪化させる。

4.凶悪犯罪を含めた犯罪が多発するようになる。

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したがって、治安を回復させるには、一見無害であったり、軽微な秩序違反行為でも取り締まる(ごみはきちんと分類して捨てるなど)。警察職員による徒歩パトロールや交通違反の取り締まりを強化する。地域社会は警察職員に協力し、秩序の維持に努力する。などを行えばよい。

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ビジネス界の例[編集]

ビジネス界において、割れ窓理論を適用して成功を収めている例がある。

日本・東京ディズニーランド・東京ディズニーシーでは、ささいな傷をおろそかにせず、ペンキの塗りなおし等の修繕を惜しみなく夜間に頻繁に行うことで、従業員や来客のマナーを向上させることに成功している。

アメリカのデパートチェーン、ノードストロームは、単に傷を治しておくという消極的対策だけでなく、「割れ窓」の対極である意味合いのピアノの生演奏を顧客に提供するなどして、成果につなげている。

                 Wikipediaより 20151118日より編集

 

   『書天王が描く世界』(全246頁)p128より

2019-02-11   久志能幾研究所 小田泰仙

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2019年2月10日 (日)

人生という飛行プロジェクト

 生あるものは必ず死ぬ。春夏秋冬、始まりがあれば終わりがある。飛行機も飛び立てば、必ずいつかは着陸せねばならぬ。飛行機の離着陸に人生を感じる。

 

飛行はプロジェクト

 旅客機がある飛行場から飛びたち、目的地の飛行場に着陸する飛行は一つのプロジェクト(以下PJ)である。操縦士だけでなく、機関士、クルー、キャビネットアテンダントを含め、10数名のクルーによって遂行される目的を持ったPJである。地上の整備員、管制官等の多くのサポータ全員の協力があって、このPJは完遂する。一つでも、一人でも欠けても完遂ができない。

 多くの支援を受けて、飛行機が全出力を出して飛び立っていく。引力を振り切っての離陸である。その姿は健気である。巡航飛行に入り、高度10,000mを飛ぶ飛行機は、コンパスを使い、目的地を目指す。コンパスが無ければ、何処に行くか分からない。目的地の上空に差し掛かれば、高度を下げ、速度を下げ、フラップ、ギアを降ろして、優雅に静々と大空から降りてくる。

 

着陸の美

着陸には離陸とは違った美しさがある。離陸から巡航、そして着陸に到る過程はまるで一つの人生のようである。人生の旅立ちでは人間としての育成が必要で、どこに志すかが必要で、壮年期は、北極星に相当する己の戒め、使命、志を見つめて歩かないと、人生行路で墜落・沈没する。いくら盛大な人生を送っても、晩年を見据えて行動しないと、惨めな末路が待っている。

 

お墓という飛行場

お墓とは一つの人生を終えて、次世の大空に旅立つための基地である。戒名という来世飛行コードをもらい、佛弟子として佛道を行じるという修行航路を向かう。墓地はその離陸する飛行場なのだ。

 一人で生きてきたつもりでも、多くに人のご縁・支援があって全うできた人生である。飛行機事故の80%は着陸時に起きている。それは人生の終着点で、道を誤る人が多いのに似ている。その事故例は私の家系図にも見受けられる。人生の着陸が近づいてきたのに、速度を落とさず、地面に激突する人もある。荷物(遺産)や燃料を積みすぎて、離着陸での失敗をする人も多い。多すぎるお金が、人生を不幸にする事例に事欠かない。遺産相続争いで、家族の間で炎上するのは、醜態である。それは感謝を忘れ、利己だけを考えた人生の結末である。人は裸で生まれ、裸で死んでいくことを忘れた咎である。

残すのが金だけの人生は哀しい。何のために生まれたのか。それでは授かった天命を知らずに生きたのと同じで、屍の人生である。人生で残るのは、集めたものではなく、与えたものなのだ。人と生まれた以上、稼ぐ人生よりも、与える人生でありたい。

 

河村義子先生の49

 201929日、河村先生のご主人に明日の所要の件で、連絡を取ったら、たまたま明日の210日は義子先生の49日だという。その日の私の所用と触れ合って、その偶然に驚いた。偶然とはいえ、義子先生の霊が私にさよならを言ったような気がした。義子先生を思い浮かべ、頂いた多くの教えに感謝して、手を合わせた。

 河村義子先生の人生飛行は、昨年の聖なる日の1225日に無事着陸して、その後、整備を終えて、新しい飛行コード(聖観院教音義愛大姉)で浄土に向けて離陸した。それも多くの人に送られてである。

 

天の差配

死んだのではない、ただ、お迎えが来ただけなのだ。飛行場の管制官は、必然の業務として、お迎えの離陸の管制をしているだけだ。此の世の運命は必然である。天の差配は人知を超える。私は地上整備員の一人として、義子先生の人生飛行、着陸、離陸の仕事関係で、多くのお手伝いができたことをありがたいと思う。合掌。

 いつか私も人生飛行を終えて着陸して、西に向かって飛び立たねばならぬ。それまでに、やるべきことは多い。やることが多いとは有り難いこと。

1  雨の中でも手荷物の積み込みはある 長崎空港

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地上クルーの打ち合わせ

Photo_2 地上クルーのチーム活動 セントレア  

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赤道上のシンガポールから夜を徹して飛行してセントレアに着陸  20151111

6離陸 20151111日  セントレア

2019-02-10   久志能幾研究所 小田泰仙

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企業占い師を診断する

 企業診断士とは、企業の経営を診断する「先生」である。私はその卵の姿を5年間見てきて、占い師と合い通じるものを発見した。自分の体や姿を観て、自分の生き方を診断・改革・改善できず、何が企業診断士かと思う。企業の診断とは、経営診断である。

経営とは、生き物である会社の営みである。その営みは、歴史と現代の世相の絡み合いから生まれる状況である。それを観ようとするなら、身を正さないと、見るべきものも見えない。

人の短処は良く見えるもの。企業診断士である前に、「自分株式会社」を経営する己でありたい。自分の株主は、両親でありご先祖様なのだ。

 

診断士の様相

 肥満体の診断士、だらしない服相の診断士の卵、重箱の隅をつつくような診断士の指導教官等である。自分の体の診断をしてその対策もできない人に、経営の診断などできるわけがない。だらしない服相の企業診断士を顧客が信用するのか。単に教科書に載っている指標だけで、企業を診断しても、その信ぴょう性は薄い。重箱の隅を突っつくような事象だけを捉えて、本筋を外れた診断をしてどうするのか。

 

未来予想

 未来は誰にも分からないが、その姿からおおよその推定はできる。現実の姿は、未来の予告なのだ。それがそんなにも外れた推定ではないことが、60にもなると分かってくる。その結果は、その顔や外観、日頃の行動に刻まれている。責任ある人間なら、己の顔にも責任を持たねばならぬ。顔とは、名刺であり、服相であり、言葉遣いであり、交友関係の顔である。50代の男の顔を観れば、おおよその未来は見えてくる。その言動を観れば、未来は確定である。

 

音を観る

 人の外見や行動は、一つのメッセージを発している。そのメッセージを観るのが観音様である。自分が佛となって、人を観ないと、自分の未来は拓けない。自分の未来は人様が運んでくれる。その人が良縁を運んでくる福の神か、悪縁を運んでくる貧乏神かの見極めをしたいもの。それを見極める力の育成は、自己研鑽しかない。

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  『馬場恵峰書 佐藤一斎著「言志四録」51選集』(久志能幾研究所刊)より

 

    『書天王が描く世界』p60より

2019-02-09   久志能幾研究所 小田泰仙

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2019年2月 9日 (土)

占いという名の極道

 占いに凝っても運勢は良くならない。神さまは、自分自身を信じられない人には、幸運を授けてくれない。なぜなら、占いは自分が考えることを放棄させるからだ。

 

日本の占い産業

 現在、日本の占い産業は、占い師50万人、年間売り上げ2,0004,000億円の第6次産業とさえ言われている。現代人の占い好きが、このデータに表れている。昭和54年に流行った「天中殺」の和泉宗章の占い鑑定は、半年待ちの予約が必要で、30分間2万円であった。当初30分で1万円(以前は5千円の噂?)の鑑定料は、氏の著作『天中殺入門』が180 万部のベストセラーになって、2倍に値上がりした。人の足元を見られる商売はぼろ儲け?を実証した。これで単純計算すると、年間2億円ぐらいの収入になる。

 だから、やるなら占ってもらう立場よりも、占う側の立場になることだ。占い業は実に儲かる職業である。特に税務署も捕捉不能なのが魅力的? また必要経費、設備投資が大変少なくてすむのも魅力(街の易者は国有一等地をタダで利用可能?)。円高も関係がない。いや円高で迷える羊が増えて、商売繁盛の恩恵が大でさえある。人生において、いつまでも占われる側の受動形では、永遠に浮かばれまい。占いなどは簡単である。米の有名占い師は次のように言う。

 「人の運命を見る時は、30%の直感力と古来伝わる運命術を応用し、後は相手に媚を売ることです」と。

 

占いは乞食の商売

 街頭の易者をつくづく見るに、貧相で学識があるとは見えない風体であることが多く、なぜこんな輩に、人生の重大な相談を持ちかけているのか、他人事ながら心配になってくる。もともと古代中国では易は乞食の職業で、現在のタレント業の川原乞食と同じ類である。現代の易者が日の当たる華やかな場所に、でしゃばるのは気に食わない。

 そもそも占いは現状・未来を予言してくれる(ように見える)が、何ら解決策は提示してくれない。運命を切り開き、決断をするのは自己である。とは言っても、人間とは弱いものだ。つい占いという安易な手法を頼りがちになる。せめて、占いは自分の反省材料に使うべきだろう。なにか悪い掛が出た時には、今の行動の見直しか慎重さを促す神の声と聞くなら、使い道もあろう。

 

神様からの勤務評定

 自分の心に咎めるところがあれば、いつとなく気がうえてくる。すると、鬼神と共に動くところの至誠が、乏しくなってくるのです。そこで、人間は平生踏むところの筋道が大切ですよ。 (喜仙院 談(勝海舟『氷川清話』より)

 

私の恥ずかしい過去

 当時は私も人生に悩み多き時期で、恥ずかしながら時の人であった和泉宗章氏に鑑定をしてもらった一人である。占いに凝ると、考えることがどうしても消極的になる。これでは運命は好転しない。一時期、占いに凝って数十万を投資した私の反省です。

 

「親愛なるブルータスよ。その過ちは、我々が悪い星の下に生まれたからではない。過ちは我々自身の内にあるのだ。」  シェークスピア『ジュリアス・シーザ』

 

古代中国の職業観

 中国古代の占いに「四柱推命」があり、現代でも幅をきかせている。東洋哲学の陰陽道を基本としたこの占いでは、世の全ての事象を陰陽に分けている。それを「四柱推命」で各職業に当てはめると、「正財」と「偏財」に2分される。陽の「正財」とは、世の中で生産を司る仕事を意味する。陰の「偏財」とは、生産に直接寄与しない職業を意味する。例えば医者、学者、兵士、サービス業等である。その最極値の職業は、占い師と河原乞食(タレント)でしょう。どういうわけか、この2つの職業が現代日本で、もてはやされている。なにか狂っている・・・。本来占いとは、裏道でひっそりと息づくもので、表道には出てこないものだ。

 また現代日本では、泥臭く油臭いと思われる製造業が不当に虐げられていて、学生の人気が離散している。表の「正財」の職業が存在して初めて、裏の職業が存在する。現代では、カッコ良く、賃金の高い非製造業(製造業のテラ銭稼ぎの)の職種ばかりが学生に人気がある。主客が逆転したこんな風潮がある日本の未来に、私は憂いを抱いている。

 

占い活用の極意

 占いは使わないにこしたことはない、とういう考え方もある。伝説によると、昔の支那のある皇帝は一旦緩急ある時に備えて、高給を払って占い師を召し抱えていた。しかし、皇帝は死ぬまで占い師から助言を受けることがなかった。つまり皇帝の治世は平穏に終始したのである。これは占いを活用する極意といったものであろう。(千種堅 談『婦人公論 1980.2月号』)

           

占い師の条件

 ・人並み以上の常識・知識・洞察力

 ・豊富な人生経験

 ・人並み以上の体力・精神力

 ・人を引きつける話術(結婚詐欺、アナウンサー以上の技能必要)

 ・最低3つの占いの知識

 

占い師の業

 占い師は、占なわれる人の悪い「業」を受けることになり、精神的疲労は甚大であるという。なにせ客は深刻な悩みを抱いた人が多い。その話を聞くだけでも疲れる。その悲劇のどん底の藁をもすがる気持ちで占い師を頼って来ている当人から、いかようにも解釈できる「鑑定」で、金を巻き上げるから、まともな神経ではやれない。このために体力と精神力のタフさは欠かせない。

 一般に技術者は100を知っても確実な内容の10ぐらいしか表現しないが、文学者は10を知って100を表現するくらい芳醇な創造力があると言われている。占い師はこの微かな情報を、膨大な話にして相手を、納得させる技術が必要とされる。だから占い師を志す人は「ああ言えば、上祐」と言われた氏ぐらいの話術・心臓が欲しいもの。またその本当の運命を読み取っても、商売上であえて口に出しては言わない点に(ペテン師としての)占い師たる奥ゆかしい教養?が見いだせる。

 

占い師の人気急増

 最近の不況・就職難のためか、占い師になりたい人が急増しているとか。その自由業としての立場と収入の多さ、資格がなくてもなれる点が魅力だという。しかし1000人の占い志願者中、プロになれるのは3人だけとの厳しい現実もある。上記の条件を満足する人格・能力なら、どの道に進んでも社会的な成功は間違いない。なにも占い師に成りさがる必要がどこにあるのか。

 だからもし占ってもらうなら、然るべき占い師を選別するために、占い師の人相を鑑定する知恵を身につけてからにすること。それだけの知識と洞察力があれば、占なってもらう必要はないという論理となる。

 

占いは永遠なり?

 街頭や路地裏のうらさびれた易者を見るに、いつも次のことを思う。

「何で自分の将来が占えなかったの? 街の易者にまで落ちぶれて・・・」

 なにせ古代中国では易者は乞食の商売。だから、こんな人には占ってもらいたくない。人生で迷ったら、せめて恩師や人徳ある人に相談するのが賢明な手段である。宗教や占いに走らないこと。これは恐ろしい。これを1995年にオウム真理教事件が証明してくれたのは大いなる功徳である。24年も経った現在でも、新興宗教の跋扈は続いている。オウム真理教の後継団体が、今だ活動を続けている。怖ろしいことだ。目を覚まして、現実を見よう。少なくとも、お釈迦様は預言者ではなかった。

 

2019-02-09   久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年2月15日 (木)

今からでも遅くない

 2015年11月29日、堂島の「大村藩蔵屋敷跡の碑」と「雙松岡塾の碑」を見学した後、馬場恵峰先生ご夫妻を川添様の車で伊丹空港までお送りした。恵峰先生が19時10発の飛行機への出発ゲートと通られたのを見送って、新幹線で20時40分ごろ、自車を駐車してある彦根のお寺に戻り、大垣に22時頃帰宅をした。

 しかし最後の場面でミスをしてしまった。お寺に置いた車を出すとき、境内が暗かったためと疲れのためか、境内にある大きな石に後部バンパーをぶつけてしまった。翌日確認をすると、結構大きな傷であり、気持ちがよくないし何かの啓示だと思い、修理することにした。その費用42,000円。僅か1ヶ月に2度のバンパー修理である。

 

バックカメラを追加装備

 その原因は過労もあるが、運動神経の劣化と注意力に低下が大きな原因である。老化すればその補助として老眼鏡が必要なように、車の後ろにも目が必要であると判断して、バックカメラを追加することにした。約33,000円。

 最近の車ならバックカメラは当たり前であるが、車歴15年の老兵にも「新しい目」を導入して、若返えらせた。今からでも遅くない。気がついたときに、打てる手を打つのが私の信条である。

 

佛様からの啓示

 この物損事故を佛様からの啓示と受け止めた。すべては因果応報である。車の設備更新をして、今後の事故防止に備えることが出来るなら安いものかも知れない。バンパーをぶつけるというご縁から、新しい「目」が手に入ったと解釈した。世の中の出来事は、全て解釈のしかたで人生が変わる。

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今からでも遅くない

 2015年9月11日、墓面の字を揮毫してもらった日、恵峰先生宅で「今からでも遅くない」という題名の色紙(下書き)を見つけて写真を撮らせてもらった。2016年9月に先生宅を訪問したら、この文面の書が軸と色紙に正式に揮毫されていて、気に入り直ぐ両方とも入手した。人生で、何事でも遅すぎることはない、気が付いた時が、それを始めるのに一番よい時期なのだ。

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人生の最大の過ちとは

 何事もその第一歩を踏み出さないことが、人生最大の過ちである。まず一歩を踏み出さないと、何事も始まらない。やってダメなら引き返せばよい。己の背後に死期がせまる。明日は分からないのが、人間の人生だ。やって失敗する後悔よりも、やらないで死期を迎える方が、後悔は大きい。失敗の後悔は、人生の知恵となるが、やらない後悔は、死の床で己を鞭うつことになる。

 問題が見つかれば、まず一声上げないと、何も改善されない。声を上げるのに遅すぎることはない。行政は、市民のことではなく、自分達に都合で物事を運ぶ。声なき声では、現市政に、現状のやり方を認めていると勘違いをさせることになる。それは現状の大垣行政を見て、悟った。それでも、言えば何かが変わる。

 政治の世界でも、先の太平洋戦争の発生は、市民が疑問の声を上げるに躊躇している間に、新聞社が戦争をあおり、突撃ラッパを鳴らしたのだ。戦争の方が新聞社は儲かるからだ。

 私も64歳でグランドピアノを買い、ピアノを習い始めた。67歳で出版の事業を始めた。後悔は、もう少し早く始めればよかったという思いだけである。わが師の馬場恵峰師は現役の92歳。日々、深夜まで書を書きまくり、お呼びがかかれば、中国、ベトナム、ハワイ、日本中を駆け巡っている。中国には240回余も行かれている。それから見れば、私は、鼻たれ小僧。

 少年よ、大志を抱け。老年よ、大始を抱け。その小さな始まりの一歩が、大きな人生の始まりだ。その一歩は小さいが、我が人生には大きな一歩だ。アームストロング船長の気分で)

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2018-02-15

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年2月14日 (水)

障子を開けてみよ、石の世界は広いぞ

 「雙松岡塾跡の碑」の石は、庵冶石という銘石で、当時の日本では最高で高価な石である。庵冶石は硬く表面が滑らかで、文字を刻んでも400年は風化しないという(業者の言い分で、実際はこんなには持たない)。昭和18年という太平洋戦争の戦争真っ最中で、物資も欠乏してきた大変な時期に、この碑を庵冶石を使って建立した楠本著卯三郎氏(元大阪大学総長)の意気込みが感じられる。

 その碑の存在を調べ、大阪の倉庫に眠っていたこの碑を発見して、その再建に尽力された大村高校同窓会「雙松岡碑と大村藩蔵屋敷跡碑を保存する会」の皆様に敬意を表します。

 

世界という視野

 日本の国土は、全世界の陸地面積のうち0.25%の占有率でしかない。その中で採れる最高の石であると誇っても、残りの99.75%の全世界から産出される良品の石と比較すると、確率的にも見劣りがする。我々は井の中の蛙であってはならない。世界にはもっと良い石が存在する。当時としては輸送手段や、採掘技術が未発達であった事情があるが、国産の石というブランド信仰だけで、石材を選定しては不可である。しかし日本の石材店は、国産というだけで割高の石を売っているお店が多いようだ。

 私は自家の墓の再建に当たり墓石の選定では、インド産で一番硬く、吸水率ゼロの石を選択した。日本の最高級の石材よりも固く(比重、圧縮強度)、比較的安価である。吸水率が高いと冬季では、雪や雨で石が吸った水が凍り、その水分が膨張して石を痛める。降雪が多い土地では吸水率の低い石の選定が必要である。

 豊田佐吉翁の言葉「障子を開けてみよ、世界は広いぞ」とは、石碑の石材の選択にも言える。

Photo 上記のデータは石材業者のカタログ値による。公的機関の測定データではありません。

 下図は某記念碑であるが、雪の多い土地なのに予算上で安いという理由だけで、ある銘柄の御影石を使ったが、築15年で表面にヒビが入ってしまい、予算をケチった恥を多くの市民の前を晒している。後世の残る記念碑の石材の選定にはコストだけで決めてはならない。

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   築15年でヒビが入った御影石(某記念碑)

碑の拓本

 馬場恵峰先生が「雙松岡塾の碑」の拓本を取ることを川添会長さんに勧められた。そうすれば記録にも残り、後世の人の勉強の糧になるという。師も昔の名筆といわれた石碑も拓本を取って、拓本から昔の名筆を学んだという。

私も今回の墓の改建で、風化して読めなかった墓石の文字を、恵峰先生より拓本のアドバイスしていただいた。大垣拓本同好会に協力を仰ぎ、墓石から拓本を取った。そのお陰で墓に刻まれたが、風雪で読めなくなっていた「黄鶴」の文字が判定できた。それが今回のお墓の建立のご縁となった。拓本を取るという知恵を教えて頂いた恵峰先生に感謝です。

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  2015年6月1日

 

2018-02-14

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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