2019年12月12日 (木)

危機管理 人生道を走る乗り物

 長年乗る車を選定するなら、自分の命を守る車でありたい。フロント部の短い一リットルカーや軽自動車では、トラックに追突した場合、トラックの荷台の下に潜り込んでしまう形になる。それでは事故になったら人生が終ってしまう。

 いくら安全装置が完備しても、ベンツと軽自動車や小型車とが正面衝突をすれば、小さな車の被害が大きくなるのは誰が考えても自明である。

 だから安全上は、車のエンジン部が長い2000ccクラス以上のセダンが望ましい。それが衝突事故を起こした場合、自分を守る緩衝機能を果たしてくれる。

 

死の席

 車に乗せてもらうにも、後部座席の右側(運転席の後)が安全で望ましい。右側が難しければ後部の左席である。助手席は、米国ではデスシート(死の席)と言われ、事故時に一番死亡率が高い席である。だから私はお客さんを乗せる場合は、助手席には座らせないようにしている。それが気配りである。

 

人生道を走る車で自己防衛

 自分が人生道を走る場合、その乗り物のフロント部に防御壁を装備して走るべし。それが危機管理である。必要なら上司に必要悪の付け届けをしよう。それが企業の戦場で最前線に飛ばされないための自己防衛壁である。

 私の職場の1年後輩のD君は、上司に逆らったので、技術職なのに欧州の営業部に飛ばされて、その不慣れな環境と心労から病気になり50代半ばでこの世を去った。上司の好き嫌いで「死の助手席」に座らされたのだ。会社の人事は、極論すれば、好き嫌いである。それなら自己防衛すべきである。

 私の両親は、私のために上司に盆暮れの付け届けは欠かさなかった。お陰で私は出世はしなかったが、危険な部署に飛ばされることは避けることが出来た。両親に感謝である。無事これ名馬である。

 自分を運んでくれる体の保守こそが危機管理である。狂った運転をせず、狂ったガソリン(食事)を入れずに走りたい。正しい運転で、ご先祖から頂いた命を大事に運びたい。

 

2019-12-12 久志能幾研究所通信 1423  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年12月11日 (水)

食べるものがない

 急に小腹がすいて、何か無性に食べたいと近くのコンビニに足を向けた。ところが買うものがないのだ。菓子パンを手に取り、裏を見ると、フランスパンもクロワッサンもワッフルも小粋なパンも総て「ショートニング、マーガリン、植物油」が入ったものばかりであった。プリンでもと手に取っても、植物油が入っていて諦めた。私は、植物油の入った食品はドクターストップで食べない。それに私はショートニング、マーガリンの入った食品は、絶対に食べない。

 アラレか煎餅でもと探しても、価格が100円の商品しかなく、価格的に信用が置けなく、日本製ではないようで、何か恐ろしくなり手が出せなかった。本来、アラレや煎餅は油を使って焼くので、原則的に、私はドクターストップで食べない。小腹がすいて、あえて毒でも食らえと思ったが、100円という値段を見て諦めた。安いものにはワケがある。

 ナッツ類も食べたいが、これはドクターストップで私は食べない。食べたいのだが、我慢が辛い。ナッツ類は脂分が多いので禁止である。

 コンビニのおにぎりも、コンビニ弁当も、添加物・防腐剤が怖しくて、買う気になれず、諦めた。

 結局、昔ながらの和菓子のお饅頭を買ってすませた。和菓子も砂糖の塊で毒であるが、たまになら、添加物も少なく、その毒の影響は少ないと判断した。

 

日本人の良心の劣化

 毎日、こんなものを食べていたら病気にもなるなと、コンビニの商品棚をみて納得した。日本人の2人に一人が癌になる時代である。コンビニに並んでいる食品も見ると、それが納得される。日本の食品企業は、金儲け至上主義で、健康に悪い要素を入れて平気で販売している。それで、良心の呵責を感じないようだ。日本人に癌が増えたのは、企業人の倫理観、道徳観の劣化も大きな原因だと思う。消費者の健康を害することなど無頓着で、金儲けをしたい企業人が増えたのだ。

企業の問題対処

 企業は金儲けの為なら、添加物も油もショートニングもマーガリンも平気で入れて販売する。売上、利益至上主義のためである。何時から日本人はこんなに浅ましい人種になったのか。そんな金儲けをして、働き甲斐、やりがいが生まれるのだろうか。仕事をする以上、世のためになる仕事をしたいもの。人の健康を害させてまでして金儲けをするなら、ベニスの商人のシャーロックである。日本人の道徳教育が間違ってきた証しである。

 

企業や組織の長は何のために存在するか

 安倍首相も小川敏大垣市長も、国民、市民のことなど知ったことではない政治をしている。政治家として倫理観が劣化している。消費税を上げれば、国民の経済が打撃を与えることが自明なのに、それを実行する愚さがある。大垣市民を苦しめる政策をするしかない小川敏である。

 

自己防衛

 国を亡ぼすのは国外の敵ではなく、身内の敵なのだ。コンビニに行って、その食品メーカの名をしっかり刻んで覚えておくことだ。消費税を上げた首相の名を刻むことだ。利己のために金遣いの荒い小川敏の名を刻むことだ。私はその食品メーカの製品は買わないようにしている。選挙で次回は投票しないことにしている。

 

2019-12-11 久志能幾研究所通信 1422  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

乞食と大垣市長は3日やれば、やめられない

 いくら小川敏が無能で無為無策でも、市長を20年間も勤めれば、5.5億円の報酬(報酬3億円+退職金2.5億円)が与えられる。大垣市長を長年やっても、その成果も問われず、大垣が没落しても、その責任も問われず、市長の座に居座れるので、辞める気になるわけがない。だから乞食と大垣市長は3日やれば、やめられない

 小川敏が無能政治で大垣を没落させて、市民の不動産財産を半減させても、市長職の報酬5.5億円である。それが許されるなら、此の世は末世である。

 50年前の学校のテストの成績がよかっただけで、東大に行った。しかし、状況証拠から、東大を卒業後、伊藤忠商事に入ったが、そこでは使い物にならず、会社を辞めざるを得なかったと推定せざるを得ない。それはこの18年間の市長としての言動と実績を見れば容易に推定できる。

 

市長就任の偶然

 それが前市長小倉満氏の急死という偶然の産物と、東大卒だからと大垣市長に選出された。しかし、その後の市長歴18年間の実績がこの低落である。伊藤忠商事を辞めたのにはワケがあった。日本の学校のテスト点数だけでその後の人生を評価するという価値観を変えないと、大垣市の没落が、日本の没落になってしまう。

 既に日本の成果だけを求める経済政策が、壁にぶち当たっている。この20年間の失われたデフレ時代である。日本の学生の学力は低下の一途である。科学技術は衰退の一途である。労働観、道徳、倫理観が下落の一途である。経済は停滞したままである。従来の日本の価値観を変えないと、日本の滅亡である。

 

大失敗の「大垣中心市街地活性化計画」

 寂れた駅前商店街を活性化させるため、この計画を実施しても衰退は止まらず、この2年間だけでも百貨店ヤナゲンは閉店するは、全体の20%の店がシャッターを下ろすはと、活性化計画は大失敗である。それに対して大垣市はその失敗に完黙である。小川敏にはPDCAという概念はないのだ。それでも市長職を続ける。これでは大垣市の没落も必然である。

 

大垣駅前商店街を衰退させた

 小川敏の無為無策の経済音痴の政策で、年率1%で大垣経済を衰退させ、大垣駅前商店街の8割はシャッターを下ろしてしまって、幽霊通りになっている。大垣市の商業に従事していた8000人が泣きて大垣市を去った。大垣駅前には、マンション、予備校が立ち並んでいる。駅前にマンションや予備校が立ち並ぶとは、その都市の没落の始まりの事象なのだ。

 大垣市の平均地価は、小川敏が市長になって18年間、連続で下落の一途であり、一度も上昇しなかった。こんな市はない。

 

新市庁舎建設の愚

 市長の座に居座れば、豪華な市庁舎を市民税で建てて、立派な市長室でふんぞり返らる特権がある。庶民は寂れた商店街の維持に四苦八苦である。だから大垣市の市民税は刈谷市等より10万円程も高い。それは小川敏に大垣市を発達させる智慧がなかったためである。小川敏には50年前の知識しかない。

 その大垣新市庁舎は、東京オリンピックで資材が高騰しているときに建てた。時期を少しずらせば125億円の建設費が数億円安くなったのに。小川敏は、どうせ市民の金だと思ってやりたい放題である。大垣新市庁舎は、岐阜市新市庁舎よりも5割も豪華である。

 その市庁舎建設を、小川敏は「大垣市中心市街地活性化」の目玉として位置付けた。それは正気の沙汰ではない。新市庁舎を観光地として人が集まるわけがない。それを平然と計画書に謳うのが異常である。

 

市制100周年記念行事

 大垣私製100執念記念行事で、3億5千万円を痴呆的行事に散財した。マル秘条令を作って、使途用途を公開しない。汚職の疑いがあっても追求できない。それが東大法学部を出た人間のやることである。

 この行事を実行した翌年も、大垣市の地価は下落である。3億5千万円が無駄金であったことが、公示価格で証明された。

 

市役所職員の給与は県下一

 大垣市役所の給与は県下一の高さである。岐阜市よりも高い。大垣市民の平均給与の2倍である。しかし大垣市職員の働きの程度は半分である。その財源を児童生徒たちの教育費を減らし、自分達に転用してしまった。だから大垣市の児童生徒の一人当たりの教育費は県下最低レベルである。小川敏は、大垣の未来も、子供の未来も食い物にした。

 その結果、大垣の小学校のエアコン設備率は、2.1%で県下最低である。岐阜県下の他市はエアコン設備率が100%である都市が大部分である。その穴埋めを、国に泣きついて補助金を貰う有様である。恥知らずである。

 

市長職への執着

 小川敏は、姑息な市長権限で、事前選挙活動を展開して、選挙が広報されたときは、大垣財界の賛同を取り付け、対立候補が出れないようにしてしまった。それで連続3期も市長選無投票に持ち込んでしまった。小川敏は、民意を問う投票の権利を奪ったのだ。

 小川敏は、20年弱の5期も市長職に居座るから、市の職員はヒラメ状態になっている。市の職員も家族もあり家庭がある。市長に逆らうわけにはいかない。20年近くも同じ市長が君臨すれば、人事が停滞する。腐敗するのは常識である。それで職員の人事が澱んでいる。

 

小川敏の価値観は何か

 今、日本の社会で求められる価値観は何か。小川敏は成果だけを求めて、プロセスは無視する政治である。小川敏は、数値だけを追い、人の心を虚しくする政治しかできない。それでいて、その数値も成果も達成できないので、無能である。小川敏は、50年前の成績だけで評価される日本教育界が生んだバケモンである。日本の教育を見直さねがならぬ。小川敏は、知識があって東大を出ても、智慧がない人間が政治をすると、大垣市が没落するという事例を示した。小川敏は悪い事例を提供した貢献者である。

 

小川敏が示した価値観

 学校の成績がよければよい。

  智慧がなくても良いという価値観。それで大垣は没落した。

 大垣の人口が増えればよい

  駅前にマンション建設。将来は貧民窟になる要素である。

  稼がない住民が増えて、市には負担ばかり増える。

 大垣市が大きくなればよいと市町村合併を推進

  過疎地を合併して、平均人口密度が半分になった。

  それで市民の税負担が増えた。

 市役所職員の給与が高ければよいと給与をあげた。

  金目当てで市の職員を目指す人間が増え、住民サービスが低落した。

 市の行事は派手なほうがよい。

  カネばかりかかる行事が氾濫して、税金の無駄遣いが増えた。

  会計報告はマル秘扱いになり、汚職が疑われる事業が増えた。

 子育て日本一を目指す掛け声だけが映えればよい。

  実質の子育ては、県下一の最低レベルになっている。

  小川敏は、口先だけの魔術師である。

 新市庁舎が大きければよい。

  岐阜市新市庁舎よりも5割も豪華な市庁舎を建てている。

 市長職の期限が長い方がよい。

  5期20年間の長期政権は腐敗の元である。

 私製100執念記念行事は多ければよい。

  金を多く使いたい。会計報告がないから、汚職が疑われる。

 市長はできるだけ行事に顔をだして、売名行為をしたほうがよい。

  それが次の選挙の事前活動になる。

  小川敏は、決まり切った挨拶をするだけだから、誰が挨拶をしても同じ。

 

 こんな価値観が蔓延すれば、大垣市だけでなく、日本が亡ぶ。小川敏は日本の衰退の象徴なのだ。日本の教育が生んだバケモノである。今、日本の未来が危ないのだ。

 

2019-12-10 久志能幾研究所通信 1421  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 9日 (月)

左党・右党「茹で蛙」症候群

 あるレストランの駐車場で、左にハンドルを切ったまま駐車していた車が目に止まった。私は車が可哀そうだなと感じた。つまり操舵を切ったまま止めておくと、機械の操舵部に応力がかかったままになるので、メカ的な負荷がかかりっぱなしになる。だから機械が可哀そうと感じたのだ。長い間では、ガタが生じるだろう。これは現実的には問題になる事はないが、気配りの問題で、一事が万事の問題である。車を大事に乗ろうとすると、そんな気配りが出てくる。そういう気配りをしないから車の寿命が短くなる。私の車は車歴20年で現役である。私が車を止める場合は、ハンドルを真っすぐにして止める。

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テストドライバーの車への気配り

 私が会社で試験車運転資格(テストドライバー資格)を取る訓練をしていた時、サイドブレーキ(当時は座席横のレバーをカチカチと引いていた)をかける時、「カチカチと音を立てないようにレバーボタンを押して引け」と教官から指導された。カチカチという音を立てると、ラチェットがその分、摩耗するので、それを防ぐための配慮である。車と自分は一体なのだ。車をいたわれば、腕も上がる。テストドライバーにとって、車は一心同体の相棒なのだ。

 

政治は国民と一心同体

 現在日本の政治情勢は、サヨクが傍若無人の振る舞いで国会をかく乱させている。まるで政治が左に切られたままになっているようだ。サヨクのマスコミも跋扈している。左への応力が長年積み重なり、疲労破壊寸前となって暴走しているような趣である。日本を取り巻く世界の政治情勢は緊迫しているのに、安陪さんの「桜を見る会」の宴を重箱の隅を突っついて大騒ぎをしている。もっと大きな問題である尖閣諸島の連日の領海侵犯、沖縄が奪われる危機、中国で邦人のスパイ容疑拘束等の議論から目を逸らせるがごとくの陰謀のようである。日本の国家存亡の危機が迫っているのに、呑気なものである。議員として亡国の輩である。

 ウイグル族が100万人も虐殺されようとしているさ中、花見の宴の問題で、下らない論争で国会が野党の横暴でマヒしている。それを問題視してウイグル法案を通した米国議会と大違いである。そういう下品な野党議員を選んだ国民にも責任がある。現状は国民のレベルがそれを表している。まず自省が必用だ。

 毎日少しずつ左への思想に染まると、左党「茹で蛙」が出来上がる。それは国の癌死である。だから若者の支持政党で、共産党へは低い投票率だが、60以上の元学生運動共感者世代は、いまだ共産党への投票率が高い。政治と我々の生活は一心同体である。まず身を慎まなければ、国も政治もよくならない。

 

食生活は癌予防と一心同体

 毎日の左党のたしなみが癌を招く。英国の学会の研究では、酒は少量でも発がん性があるのだ。毎日、左に舵を切られて晩酌で肝臓が傷めつけられれば、肝臓君だって、我慢の限度がある。それが癌の発生である。

 毎日が右党で、甘いものばかり食べていると、癌になる。癌は糖分の甘いモノが好物なのだ。癌になったら糖分の制限をするのが食事療法である。

 私は甘党であるが、癌になってから、お饅頭を食べるのを制限している。いくら美味しくても命には代えられない。私には死ぬまでにやることがあるのだ。

 戦後の食生活の激変で、この40年間で癌は3倍に増えた。乳がん死亡者はこの30年間で3倍に増えた。左党、右党の偏った嗜好が原因である。食品業界が、国民の健康無視、利益最優先で酒、スィーツ、飽食を売りまくったためである。

 少しずつ、癌の好物の環境に染まってガン「茹で蛙」になっていく。それが日本人の今の姿である。だから日本人の2人に一人が癌なるのだ。自己防衛しかない。

 

2019-12-09 久志能幾研究所通信 1420  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 8日 (日)

体重を25kg削減させた刃

 身辺整理で家中の書類を整理していたら、2009年10月29日の人間ドックのデータが目に留まった。そのデータを見て考えてしまった。

 飽食は病気の元なのだ。世の中は「食べろ、食べろ」と誘惑の大合唱である。消費者に腹いっぱい食べさせたいと思う食品業界の企業戦士達は、金儲けが目的で、人の健康など知ったことではない。その食の誘惑に負けた人間が病気になる。「止められない♪ 止まらない♪ 河童妖怪♪」は、病気へのお誘いの歌である。食べ過ぎた後は、胃腸薬の宣伝CMの大合唱である。日本の食品業界は何かおかしい。

 

人間ドックの変化

    2009年10月29日    2019年12月8日

体重    75.4 kg         50.40 kg

腹囲    96 cm          75 cm

体脂肪率  25.8           9.3

 

 2009年10月の人間ドックの後、私に大腸ポリープが発見され、その摘出手術をした。大腸がんになる恐怖心から、2010年1月からダイエットに取り組み7か月で14キロの減量に成功した。

 それから9年後の2019年2月に癌が見つかり手術をした。結果として半年で17キロほど痩せたが、2009年から見ると、体重25キロ減、腹囲21㎝減、体脂肪率16.5減である。

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 人から見ると羨ましいかもしれないが、体力も同時に無くなり、体が思うように動かず辛い。知人の話しでは、体力が回復するのに1年間は要するという。これも試練である。

 

一食は医者のため

 ドイツには古くから次の諺がある「1日3食のうち2食は自分のため、1食は医者のため。」

 体重が75キロから25キロも減ったので、1/3が減った。つまり1食分の体重が減ったわけだ。ドイツの諺通りである。

 政府や医学界が「健康の為、3食キチンと食べろ」とうるさく言うのは、「しっかり食べて、しっかりと病気になって、しっかりと稼がせて欲しい」という本音が裏にある。余分に食べるから、体の飢餓防衛機能で、その脂肪が体に必要以上に蓄えられるから病気になる。要は、今までが食べ過ぎなのだ。

 今回の私の大病は、仏様からの戒めなのだ。若い時は、病気には体力でカバーができたが、加齢で病気への抵抗力が減少した時、発病するようだ。その時の対応で生死がわかれる。幸いにして、仏様と河村義子先生からの霊界メッセージに命を助けてもらった。その助けて頂いた命を大事にしていきたい。

 

医者の食べる分

 国の予算で税収60兆円、医療費40兆円という現実を、自分の年収と今回の医療費の支払いを比較すると、まんざらかけ離れた比率でないことを発見した。いかに今まで、医者のために食べていたかを実感した。食べ過ぎるから病気になる。食べ足りないくらいが丁度いいのだ。食を我慢する意思は難しいが、己を生んでくれた両親への感謝の念を起こし、己の使命を考えれば、出来ることである。

 

健康管理

 お金を稼ぐつもりで、健康管理をすれば、無駄な医療費が無くなる。健康であることが、最大の稼ぎである。健康でなければ、お金も貯まらない。人のため、世のためにも貢献できない。自分の使命が達成できない。死んでもいいから(?)、健康であるべきだ。だから私は死ぬ気で(?)、健康管理に取り組んでいる。

 己は何のために生きているのか。単に食べるために生きているのではないことを今回に病気で思い知った。

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馬場恵峰書

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馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」(久志能幾研究所刊)より

2019-12-08 久志能幾研究所通信 1419  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年12月 7日 (土)

組織の長の存在意味

 組織の長の存在目的は、その組織の顧客(市民・社員)の創造と維持のために働くことである。

 「経営の目的の正しい定義はただ一つ、顧客の創造と維持である。(ピーター・ドラッカー)

 日本創造学会の「創造」の定義は、「今あるモノの分解・再構築で新しい価値を生む出す」である。

 「発明」は天才が、今までにないものを生み出すこと。しかし凡人の我々は、発明は難しくても、智慧と熱意があれば創造はできる。

 高学歴だけで、知識だけあっても、智慧と熱意のない輩には創造はできない。

 大垣市長の任務は、今ある大垣の資産(人財、財、歴史、都市インフラ、文化、芸術、自然資産、伝統)を再構築して、現代の社会の変化・ニーズに合うように再設計、再構築して、大垣に新しい付加価値を生み出し、大垣の価値を上げ、発展させることである。

 

小川敏の罪

 小川敏は、過去の知識だけで智慧がないから、大垣に新しい付加価値を創造できなかった。この18年間、維持もできなかった。教科書に書いてあるようなお粗末な「大垣市活性化計画」を実行して、PDCAさえ回さないから、「大垣市中心市街地活性化計画」が大失敗して大垣が衰退した。大垣駅前商店街が消滅寸前になった。その間違った行政を18年間も続けるから、その価値を維持するどころか、大垣市は、価値が半分に暴落した。地価はその都市の付加価値を表す最適に指標である。他市はリニア景気で地価が上がっているのだ。岐阜県第二の都市の大垣市が、地価の高さで、県下2番目から5番目の地位に没落したのだ。小川敏の無能政治のためである。

 小川敏は、大垣市の付加価値を上げてくれる未来の人材の一人当たりの教育費を、県下最低レベルに落としてしまった。その資源を自分たちの給与に転用してしまった。大垣市役所の給与は岐阜市を差し置いて県下第一位である。

小川敏は芸術・文化活動に全く理解をせず、資金援助をしないので、大垣の文化活動は衰退してしまった。

 それでいて大垣の未来に何の貢献もしない私製100執念記念行事に3億5千万円も散財して、その会計報告もマル秘にしてしまった。50年前に「灯台方角部」を卒業したのがお笑いである。大学法学部で何を学んだのか。100周年機縁行事で市民税を大散財したのに、翌年の大垣市の地価は下がった。お笑いを通り越して、怒りである。

 小川敏がその職にあること自体が罪なのだ。小川敏が無能だから、大垣市民を不幸に落としているからだ。大垣に新しい付加価値を生めなかったからだ。その維持もでなかったからだ。

 

自分人生有限会社の社長として

 己は「自分人生」の会社の社長として、「自分人生有限会社」に付加価値を上げる実績を残してきただろうか。小川敏を反面教師として自省したい。

 会社では企業戦士として、エリートコースを歩いてきた人に限って、会社の仕事から離れて、第二の人生を歩み始めたら、魂の抜け殻のような老後を送る人が多い。定年後にやることが自分で考えられないのだ。そういう人が、真っ先に認知症になる。

 現代日本では65歳以上の人の15%が認知症である。警察署長や校長先生等が一番認知症になりやすいという。気ばかり使って、頭を使ってこなかったためである。

 

窓際族

 会社時代の管理職として得た智慧は、「辞めさせたい人には、仕事を与えないと、勝手に辞めていく」である。要は対象者を窓際族にすればよいのだ。仕事をどんどん与えると、逆に辞めない。これが会社人事の原則である。

 人生有限会社も同じである。人生でやることが無くなると、此の世ではお呼びでなくなるので、認知症になり、脳死となる。その人は人間社会を辞めるのだ。

 

無職の仕事士と人生窓際族

 私は現在、無職の立場で忙しい。サラリーマン時代は有職であり、会社から金を貰って指示された仕事を期限までにこなせば、後は暇である。しかし、今は無職で、死ぬまでにやりたいことが山済みであるので、やればやるほど、忙しさが増えてしまう。ご先祖から受け継いだ「自分人生有限会社」の付加価値を生み出す仕事が山積みである。そこに、今までの経験と培った智慧の使い道がある。おちおち死んでなんかいられない。出版もせねばならぬ。最近、「大人の玩具」を買ったので、ますます忙しくなった。

 

死というチャンス

 何を人生で残すかを考えると、死というチャンスも楽しくなる。このチャンスは人生で一度だけである。私は他人様よりも有意義なものを世間に残し、有意義な死としたいと頑張っている(?)。「おだ仏教」の社長は己である。己の決断が総てである。長の仕事は決断である。93歳の馬場恵峰先生が、後世に残す作品作りに忙しいのを見ていると、元気になる。師は弟子に命を与える。

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 文責は著者、書は馬場恵峰先生

 

2019-12-07 久志能幾研究所通信 1418  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年12月 6日 (金)

時間は命 人に車で送らせない

 私は訪問先の好意で、帰路、車で送ってもらうことをなるべく辞退している。しかし相手の好意を断るのが大変である。その時は鬼になって断っている。公共交通機関のないへき地なら、タクシーを呼んでいる。お金の問題ではない。その時間分、相手先に稼いでもらった方が、日本経済のためには良いことだ。

 その逆で、私もお客さんを送るのも止めて、タクシーを呼び、タクシーチケットを渡している。それが合理的である。私も相手もアッシー君ではないのだ。その間の時間、お互いに稼ぐべきだ。

 

車で送らせるとは

 人に車で送らせるとは、相手の時間を奪う事。またその時間は、相手に支配される時間となり、自分の時間も奪われる。同乗中では勝手なことをできなくなってしまう。時間は命なのだ。

 またその時間、電車で行くより車で行くのでは、混雑した道路状況のため、余分に時間がかかる。電車なら乗っている間にメモを書いたりPCを触ったりと仕事が出来る。車で送ってもらっては、それが出来ない。また相手に交通事故の危険性さえ高めさせてしまう。

 時間コストは1分100円なのだ。相手に車で送らせて10分を無駄にすると1000円が無駄になる。それより1000円でタクシーを呼んだ方がよい。歩いた方が健康によい。

 

人に車で送らせると、人の運命まで変える

 私が若いころ、私の同僚が部下に駅まで送らせて、それが原因で交通事故を起こし、老人を撥ねる事故を起こした事件があった。それが遠因となったのか、彼は会社を辞めてしまった。それから彼は当時、超優良企業の松下電器に転職した。しかしその後、松下電器はリストラの嵐が吹き荒れ、彼は心身の疲労からか進行性の癌になり、がん発見後半年の50代で亡くなった。人の運命は分からないものだ。

 

馬場恵峰先生の深情け

 その昔、私が九州の馬場恵峰先生宅に行くと、帰りに先生が気を利かせて車で送ってくれると言う。90歳越えの恵峰先生に車で送らせて、事故でもあったら大騒ぎで、私も立つ瀬がない。それよりその時間に、価値ある書を書いていただいた方が、後世の為である。今までは、それを断るのに大騒ぎである。奥様の三根子先生も、暗い夜道の恵峰先生の運転を心配していた。

 しばらくして、馬場恵峰先生が運転免許を返上したので、その断る言いわけの心配が無くなりほっとしている。馬場恵峰先生は91歳まで運転をしていた。実はその運転が怖しい。先生の車に同乗させていただくと、豪快な決断力ある運転で、私は肝を冷やすことが度々である。私のテストドライバー資格を持つ視点から見て、とんでもない運転である。それでも事故もなく、91歳の運転免許返上まで、無事であったので幸いである。今はほっとしている。

 

2019-12-06 久志能幾研究所通信 1417  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 5日 (木)

ご縁に出会った時の心得

仏法ご聴聞の心得

一つ、この度のご縁は

   今生初めてのご縁と思うべし

一つ、この度のご縁は

   私一人のためのご縁と思うべし

一つ、この度のご縁は

   今生最後のご縁と思うべし

   青山俊董著『道元禅師・今を生きるとは』(大法輪閣 p186)

 

 私はこれはと言うご縁に出会ったとき、その対処方法の決意である。これは私の叔母の師である青山俊董堂長の著書から学んだ言葉である。青山俊董堂長の講話を聴く機会が致知出版社の研修会であり、参加の段取りをした。しかし私が年初に手術入院のため、それが叶わなかった。それで青山俊董堂長の著書を読み直す機会のご縁を頂いた。

 

ご縁との遭遇

 その縁が悪縁かも知れない。それを見極める能力(見識)を得るために学ぶべきだなのだ。単なる知識を得る目的で学ぶかから、悪縁に引っかかる。

 その良縁だと思って心身ともに捧げたら、絞首台に登らされた若者達がいた。オウム真理教に入信した頭のいい人たちであった。人生の周りは悪縁だらけなのだ。その悪縁を避けて、真珠のようなご縁を見出すのは大変な注意力がいる。そのために知識よりも知恵を付けないと、人生航路で沈没する。

 

食とのご縁

 食とのご縁も一期一会である。人は他の生命を殺めないと生きていけない。手を合わせて食と向き合うべきなのだ。それを手を合わせず食い散らすから罰が当たる。その相手も食べられまいと毒を盛って防御している。美味しいものには毒がある。

 食の原則を教えてくれるが母親である。古風な母親が子供のために作る料理に間違いはない。しかし最近の若い母親は、食品企業・テレビ業界に洗脳教育をされてしまったようで、狂った食生活を子供に強いているようだ。だから若い女性に癌が増えている。この30年で3倍の増加である。

 小欲少食が幸福、健康の基本である。その原則を忘れて、食の饗宴に興じるから、癌、糖尿病、認知症に罹る。

 

人とのご縁

 人との出会いも一期一会である。利に迷って悪食の人とご縁を結ぶから、人生が堕落する。人生で得なければならないのは、人を観る目である。

 私の長い人生で、これはと言う師、人物に出会えたのは数人である。師と思って接していたら、緊急事態の折、化けの皮が剥がれ、単なる水先案内人であったことが判明したことが多々ある。それも貴重な学びである。

 

モノとのご縁

 私が「大人の玩具」を2019年11月2日、衝動買いしたのも、自分としてその目があったと確信できたためである。この時、「仏法ご聴聞の心得」が心に響いた。そのためには母の教え、経験、見識、買っても後悔しないという確信が持てた為である。来た縁は勇気をもって手に入れないと二度とやってこない。その掴むべき握り側の縁を逃がし、後からそれに手を出すとそれは反対側の刃物になっている。

  

2019-12-05 久志能幾研究所通信 1416  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 4日 (水)

癌再発防止で血液検査をハシゴ

 現在、通院している3つの病院(ガン関係)で、わずか1週間の間に血液検査を3回も受けさせられた。血液検査の当日は朝食抜きで、その血液検査が連続したため、これが原因で体調を崩してしまったようだ。ただでさえ、食事が満足に取れない体で、朝食抜きが続いたので、昨日は体調不調になりブログをお休みしました。恐縮です。

 病院で検査を受けすぎると病気になる?

 

3つの血液検査の比較

従来の血液検査

 今回、この状況で、興味深いデータが得られた。公立と私立の病院での血液検査結果は正常値であった。異常値が一つもなく、二人の医師より「術後の経過は大変良好」とお褒めの言葉まで頂いた。

 その検査項目は、ここ20年来、多くの病院で実施している血液検査項目と同じである。つまり通常の一般的検査では、正常な血液状態と判定された。

 

「血液栄養解析」という血液検査

 ところが、ナグモクリニック名古屋で受けた「血液栄養解析」では「ビタミンD欠病症、亜鉛不足」との判定で、そのままではガンの再発が危惧される状態であった。

 この南雲吉則先生が推奨する血液検査は、「オーソモレキュラ療法」とも呼ばれて、ノーベル賞を2度も受賞したライナス・ポーリング博士が提唱した。これは体内の血液の栄養状態を調べる検査である。オーソはギリシャ語で「正しい」、「モレキュール」は「分子」である。つまり体内の必須栄養の量を整える治療である。要は、体内に何が足りなくて病気(癌、アレルギー、鬱、糖尿病、認知症)になったかを調べる検査をして治療をする方法である。

 この血液検査は、私が今まで受けてきた血液検査とは、その解析結果が、違っていた。その解析結果は、どんな栄養素が、どれだけ不足しているかが、数値で示されていた。今までの血液検査とは、一線を画する検査法である。私はこの検査方法を、内容的に信用できると判断した。

 

50万円の血液検査

 3ヶ月ほど前に、東京の某クリニックでも新しいシステムの血液検査を受けた。そこでは、その血液をギリシャのベンチャー企業の研究所に送り、そこで詳細な分析をしてその個人に最適の抗がん剤とガン予防のサプリメントを選定してくれるシステムであった。費用は50万円。

 私は、愛知県がんセンターの標準治療の抗がん剤治療を拒否して、別の癌再発防止策のため、藁にもすがる思いで血液検査を受けて、その結果に基づくサプリメントを服用したら、肝機能低下を起こしてしまった。それが原因とは確定できないが、かかりつけの医師と相談して、サプリメントの服用を止めた。それで肝機能は正常値に戻ったという事件があった。

 

サプリメントは怖しい

 サプリメントは人により、効き方が千差万別で、注意が必要であると体得した。何事も体験してみなければ、分からない。現在でも癌の治療は医師も分からないのだ。多くの医師もガンで亡くなっている。その死亡率は一般の患者と同じである。医師の労働は過酷なので、むしろ死亡率は高いかもしれない。

 私の知人が、私の癌を知り、好意でサプリメントを送ってくれたが、サプリメント服用が怖しくなり、開封せずそのままにしている。だから好意でもサプリメントを人に送るのは避けた方がよい。

 

推奨

 私は、皆さん全員に「血液栄養解析」という血液検査をお勧めする。詳細は、南雲吉則著『病気が逃げていく! 紫外線のすごい力』(主婦の友社 1300円 2019年12月20日発行)を参照ください。

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 今のままでは、日本人の2人に一人がガンにかかる現状が、20年後は、全員が癌に罹患してしまう。もしくは認知症になってしまう状況である。今から手を打って、癌発病、認知症発病の抑制効果が出るのは20年後なのだ。

 

2019-12-04 久志能幾研究所通信 1415  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 2日 (月)

キャピタル・ゲインを求めない生き方

 私は、人モノ金情報の獲得で、下記の生き方を目指している。キャピタル・ゲインを下げ、キャピタル・フローを上げることを意識している。

 

人脈

 情報・交流・行動のフローを上げよ。それが人徳を上げ、人生を豊かにする。人脈をため込んでもダメ。人脈も流れないと腐るだけ。日々のメンテが必要だ。それがフロー(流れ)である。

 

モノ

 モノをため込んでは駄目。土地だってため込んでは、値下がりする。両親が苦労して入手した自宅土地も、土地の値段が半分になった。家の価値は、売るならゼロである。それより快適な住まいにするフローを作った方がよい。豊かな家はモノがなく、すっきりしている。

 美術品にキャピタル・ゲインを求めると火傷をする。日展で特選2回の画家だとの触れ込みで、買う時は50万円の絵が、売る時は3万円である。絵はフローとして楽しむもので、金儲けするモノではない。金儲けは画廊やデパートがする。

 

お金

 キャピタル・ゲインを求める生き方をしてはいけない。キャピタル・フローを上げる取り組みをすること。お金は使えば使うほど、知恵がついてきて、10年後に豊かになれる。お金は経験を得るための費用なのだ。それをケチり貯め込むから、考えが貧しくなり、不潔なご縁が付いてくる。

 

時間

 時間は貯められない。キャピタル・ゲインがない最たるもの。流れゆく時間を大切にすれば、キャピタル・フローが最大になり、人生が豊かになる。

 

健康

 体のキャピタル・フローを上げる生活をせよ。キャピタル・ゲインとして脂肪を貯め込む生活をするから肥満になり、病気になる。小欲、少食、よく歩く。当たりまえの生活をしないから、病気になる。ドカ食い、大食いはキャピタル・ゲインを上げる事。それは死を意味する。

 

ご縁

 ご縁にキャピタル・ゲインはない。日々、陰徳を積み、運気のフローを良くすることに心がける。運気のキャピタル・ゲインを貯めることは考えてはいけない。運気のキャピタル・ゲインを上げるとは、施した徳を恩着せがましくすること。それをいつまでも覚えていること。それが顔に出て、結果として運気を下げる。

P1060653s   馬場恵峰書

 

注:キャピタル・ゲイン(capital gain)とは債券や株式、不動産など資産価値の上昇による利益。購入価格と売却価格の差による収益である。価格が下がって損をする場合はキャピタル・ロス(capital loss)と呼ぶ。

 

2019-12-02 久志能幾研究所通信 1414  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。