2020年2月 5日 (水)

磨墨智621 「神も仏も無いのか....」と嘆かない

 そう、貴方に強くなって欲しいがため、「神も仏もないのか」と嘆く状態を神様が与えている。それは神仏の深慮遠謀である。艱難辛苦が人を強くする。人は強くなければ時間を作れない、強くても男は優しくなければならない。それを仁義礼智信という。

 南方のラワンの木は、環境抜群の熱帯ですくすくと大きく育つが、大きくなると自分の体重を支え切れず倒れてしまう。そんなラワンの木のような人間になってはならない。

 それに対して寒冷地の木は、成長は遅いが緻密な年輪を重ねて強靭な材木に育つ。

 

自転車道とは転ぶこと

 今まで70年近く生きてきて分かったことは、人間が作り出したトラブルは人間が解決できるのだ。神仏は自分に見合った課題しか与えない。そうなった因果を己が作ったのだ。自分で解決できるのだ。だれも貴方に総理大臣をやって欲しいと頼まない。その昔、私も仕事の上で塗炭の苦しみを味わっても、今思うとなんと愚かなことで悩んでいたことかと思うことが多い。それの経験があるから、今の成長した自分がある。

 自転車の習得でも、転んで痛い目を会ってうまく乗れるようになるのだ。人生の車の運転も同じである。

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  馬場恵峰書 2006年

 

鬱病の蔓延

 そういう苦労のない人が、些細なトラブルで引き籠り、鬱病の仮面を被ってしまう。鬱病は病院に行っても治らない。薬で、益々鬱病が酷くなってしまう。薬物依存になる。その副作用が大きい。薬では、心は強くならない。現代の鬱病治療とは、まるで高血圧症に降圧剤を投与するような対処療法である。根本治療ではない。病院にとっては金儲けのネタなのだ。

 私も会社の陰鬱な仕打ちと仕事の葛藤で鬱寸前になったことがあるが、病院に行けば、間違いなく鬱病と診断されたはずだ。私は、病院の鬱病治療では、薬漬けになる事を本で知っていたので、病院に行かず、自分で治した。

 それも当時、私の担当である管理部署には、精神的にダウンした社員を異動でどんどん送り込んできて、その対応策で学んだ成果である。開発部隊は仕事がきついが、管理部署は楽だろうと、相手先の管理職がダウンした部下を私の部署に送り込んできたのだ。当時のある部署の役員は、過剰な成果を求めて部下の管理職を責めて、数多くダウンさせた。役員は倒した部下の数が多いほど、出世したのが現実であった。まるでブラック企業のようであった。若い人は、その部署に異動になるのを恐れていた。

 だから隣の部署にいた私も鬱病関係の本を10冊弱買い込んで研究をして、その発生原因と対策・治療法を自分で学んだ。

 

鬱病の現状

 今は鬱病になったもの勝ちである。上司が部下を育てようと叱ってもパワハラだとして病院に駆け込めば、全員、鬱病の診断書を頂ける。会社も腫れモノを触るように、一歩引いてしまう。医師も本人の申告病状を否定できないので、鬱病と診断するしかない。病院もその方が儲かるのだ。医師も患者保護で、会社には患者の情報を流さないし、担当上司は医師とも話も出来ない。何かおかしな社会となった。それだけ人間が精神的に虚弱になったようだ。その根本原因は、人間としての感謝を忘れ、仁義礼智信の教育を放棄して、拝金主義・成果主義の技術だけを教える教育体制にあると思う。

 

プラスマイナスゼロ

 宇宙根源の法則の理は単純である。人生のプラスマイナスはトータルはゼロである。逆境でのマイナスが大きければ、人生が好転した時のプラスが大きい。そうでないとバランスが取れない。だからその逆境の時、どれだけ自己充実をするかにかかっている。

 いい思いだけして借金踏み倒しで来世に旅立っても、子孫がそのツケを払わされる。長~い時間のスパンで観れば、人生は公平である。

 

先楽、後楽 

 人は絶好調の時は学ばない。世間の冷たい風に吹かれ、罵られ、嘲られ、叩かれた時こそ、大きな学びがある。人生の前半では、天分の才で能力の高い人は絶好調である。しかしそれを鼻にかけ学校を出てから学ばないと、老いてから痴呆的醜態を晒す人は多い。他山の石としたい。

 人生は、今日が始まりなのだ。何事も始めるのに、遅すぎることはない。

 

来世で生まれ変わった時のために

 人生レ―スの第4コーナを回って、老齢期に学ぶ勉強は、どんな道(書道、絵画、外国語等)でも、輪廻転生で生まれ変わってからこの世で使える技である。現世の生まれながらの天才は、前世でそのご先祖が努力をしたのだ。だからそのために生前に練習するのだ。

 だから人生、死ぬまでが勉強である。己のDNAを受け継ぐ子孫のために勉強をしよう。きっと3世代後にそれが花開く。人は学びながら歳を頂くのだ。学ばないと年甲斐もなく老いる。醜態である。

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  馬場恵峰書

 

2020-02-05 久志能幾研究所通信 1472  小田泰仙

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磨墨智622 死ぬな、殺すな、生きて時間を創れ

目標を持たないから早く死ぬ。

生きる信念・理念を持たないから、早く死ぬ。

到達点を見極めないから路半ばで死ぬ。

生きたいという願望がないから死ぬ。

強い願望があれば神様が生かしておいてくれる。

生かされていることを感謝して働いて時間をつくろう。

 

生あるもの必ず死あり

 世は無常である。どんな生き物にも死があり、どんなモノにも寿命がある。それを意識せず、命を永らえたいという意思がないから、早く死ぬ。早くモノを死なす。早く死ぬ人は、人生を丁寧に生きないし、モノを丁寧に扱わない。一番大事な自分の体を大事にしないからだ。だから天からしっぺ返しを受ける。

 死を意識しないから安易な生き方になる。倒産を考えないから、会社を私物化して、杜撰な経営となる。

 

会社の寿命

 会社だって命がある。昔は会社の寿命は60年と言っていたが、今は30年と言われる。大企業でも知識だけの頭でっかちの経営者が、大船に乗った気で安易に経営するから、破綻する。

 中小企業では、会社創立1年後の生存率は40%、5年後は15%、10年後は6%、20年後は0.3%、30年後は0.02%である。

 それは社長が、創業当初の志を忘れ、会社の利益を交際費や妾や高級車、別荘に身を入れ込むから、会社を維持できなくなるからだ。要は天罰である。会社を私物化した咎である。

 

大垣市の寿命

 20年間弱も、小川敏が大垣市を無能政治で支配したから、大垣市は没落して、滅亡寸前である。大垣駅前は、昭和20年7月にB29の空襲で焼け野原になった。今、大垣駅前が、大垣市が衰退したのでビルが無くなり焼け野原のような閑散とした風景になった。小川敏が無能政治爆弾を大垣市に投下したのだ。大垣市の敗戦である。

 大垣市の顔である大垣駅前商店街は80%が店を閉めた。近隣都市間では、大垣市だけが公示地価が、小川敏が市長になって連続19年間、下落の一途である。

 それでいて小川敏は、市の職員の給与だけは県下一の高給にした。しかし、大垣の未来を作る子供を教える教員の給与は県下最低レベルに落とした。大垣市の児童生徒の教育環境は県下最低である。

 小川敏は、己の自慢話として大垣市制100周年記念行事で3億5千万円を浪費しても、後世に何も残せなかった。その使用用途の会計報告もマル秘にして公開しない。結果は翌年も地価の下落である。

 小川敏は大垣市経営を私物化しているとしか思えない。今は6選に向けて事前選挙運動に熱を上げているとしか思えない。

 

私の勤めた会社の寿命

 私が命を捧げた前職の会社は創立後65年で市場から消えた。その間に一緒に仕事をした仲間が24名も亡くなった。経営層が学閥に支配され、決断ができず、先見の明のない経営者がのさばったから、市場から淘汰された。あのJALでも、あのGМでも、潰れる時代である。JALの株を持っていれば、大金が紙くずになった。   

 

プロジェクトの寿命

 どんなプロジェクトだって命がある。いい加減な気持ちや、杜撰な計画や決意のない実行をするから、途中で死亡(挫折)である。どんな夢を抱いても、プロジェクトを育てようという意思がないと、育たない。「偉大な仕事は夢で始まり、情熱で維持され、責任感で成就される(堺屋太一の言葉)」。その一つでも欠けるプロジェクトは頓死である。

 自分も今まで、毎年の年初に目標を立てて頑張るが、情熱か責任感かが足りなくて、多くの夢が頓挫した。忸怩たる思いである。

 今は、「死ぬまでにやりたい108の夢」が死なないように、大事に育てている。

039a34401s  馬場恵峰書

 

仏像の寿命

 仏師の命は精々100年、しかし仏師は1,000年間も人々の祈りの受け皿となる仏像造りに命を掛ける。1000年間も拝まれる仏像を創れれば、仕事冥利に尽きる。

 松本明慶大仏師が高野山中門に納めた四天王像は、今後、1000年間は皆さんに拝まれる仏像である。

 

私の余命は1年?

 私は昨年、癌が発見され手術をした。医師からは、「5年後生存率は53%」と説明された。五年後には私と同じ症状の人の半分が、死ぬ。統計データからの値は冷酷である。単純計算すると5年×0.53=2年である。今が術後1年目であるので、余命は1年ということになる。それは医師の言う通りに標準治療を受けた場合である。

 私はそんなことで死んでたまるかと、自分で病気を調べ、免疫力の文献を当たり、抗がん剤を調べ、代替治療を調べて、今までの生活習慣、食生活を変えた。主治医の勧める抗がん剤治療を拒否して、別病院で代替治療を選択して今を過ごしている。

 私は、2年で死んでたまるかという意思で生きている。まだまだやり残したことが山積みである。

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 高野山中門 増長天  松本明慶先生作 2015425日撮影

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 高野山中門 広目天  松本明慶先生作 2015年4月25日撮影

 

2020-02-04 久志能幾研究所通信 1471  小田泰仙

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2020年2月 4日 (火)

磨墨知455 臓器移植の拒否を

臓器移植用の心臓を輸送中のヘリが墜落

 2020年2月1日朝、福島・郡山市で、福島県警のヘリコプターが臓器移植手術のための心臓を運ぶ途中で墜落した。乗っていた7人がけがをした。心臓移植手術は断念された。日本臓器移植ネットワークによると、ヘリは、東大病院で臓器移植手術を待つ男性に、福島県内で脳死判定を受けた男性の心臓を運ぶ途中であった。

 一人の命を助けるため、まかり間違うと、7名の命が失われるところであった。この事故で、臓器移植の是非を再度考える機会を得た。

 

臓器移植 

 臓器移植は自然界の原理原則からみて正しいのだろうか?

 それによって多くの人の時間がロスしてないだろうか?

 人類の時間を、綜合的にはロスしていのだろうか?

 一つの臓器が悪くなるというのは、他の臓器も寿命が短くなっているはずである。それを無理に、その悪くなった臓器だけを臓器移植をしても、他の臓器とのバランスが崩れてしまう。また臓器拒否反応の抑制薬、感染予防の抗生物質を多量に投入される。それが体に良いわけがない。それの影響で亡くなる人も多い。だから、臓器移植は宇宙根源の自然の理に反していると思う。倫理的にも問題である。私は反対である。

 

運命を受け入れ

 臓器移植で、人の命を「殺めて」までして、私なら長生きしたいと思わない。私が臓器移植しか治療の手段のない病気になったら、私は臓器移植を拒否し、それを運命として受けれたい。私が死んだ場合、私は臓器提供拒否である。

 

運命とは

 運命とは、ご先祖の生活習慣の長年の蓄積、その土地の生活習慣の歴史、その社会の健康への取り組み等、それが己の体に影響して、健康な臓器かそうでないか、教育がよいか、生活が豊かか等を決める「その家の経営」だと思う。それを運命と私は思う。だから私はその改善のため、食生活の改善、考え方の変革等に取り組んでいる。その啓蒙活動に力を入れている。

 ご先祖やそのご縁者の考え、生活習慣の集大成版が己の体である。今の己の生活習慣が、子孫の健康に影響する。一番の影響者は両親である。卑近な例では、親がタバコを吸えば、子供も煙草を吸う確率が高い。悪い食生活を送れば、遺伝子に傷がつくだろう。37兆個の細胞がその影響を受けて、癌になる確率も他の人よりも高くなるだろう。それが運命である。それを意識して、己の生活習慣を正しくしているか、自問したい。

 

自然界からの逆襲

 自然界の理に反した金儲け至上主義の食品生産体制が、今回の新型コロナウイルス、先のSARS、牛海綿状脳症(BSE)の発生ではないかと思う。それが自然界からの逆襲だと感じる。狭い牛舎での飼育、砕骨肉での飼育、抗生物質を多量に投与された状態の飼育、それらが異常な病気の遠因と私は思う。

 

日本最初の心臓移植

 日本で最初に心臓移植手術をしたケースでも、患者は臓器拒否反応で死亡した。心臓移植手術をした和田医師は、後日殺人罪で起訴された。心臓を摘出された若者は、医師団の発表では、脳死と説明されたが、助かるべき治療を受けられず、心臓を摘出された可能性もあった。

 

中国での臓器移植

 現代では、カネがあれば中国に行って、強制収容所に入れられたウイグル族、チベット族の人間から臓器摘出をして、己だけの命を永らえることができる。しかし往々にして術後の併発症で亡くなる人が多いようだ。それは自然に理に反しているからではないか。 

 中国に行けば、数日でドナーが見つかるという。それは上記のカラクリである。それを薄々知って中国に行って臓器移植をする人は、人間として正しい道を歩んでいるのだろうか。金持ちは命が助かるが、貧乏人は助からない。無実で強制収容所に入れられ、臓器摘出をされる民族は悲惨である。

中国の臓器提供数と移植数 アジアで1位、世界2位に

CNS】中国・国家衛生健康委員会は1126日の記者会見で、中国は臓器の提供・移植に関する仕組みを基本的に完成させたことを発表した。現在、年間に提供・移植される臓器の数はアジアで1位、世界で2位となり、移植者の生存率指標は世界でも先進的レベルに達したとしている。

 2019年上半期に中国全土で行われた臓器提供は2757例で、前年同期比で9.5%増、提供臓器は7186個、前年同期比で3.6%増となっている。

(以上、下記の記事を一部抜粋)

https://www.msn.com/ja-jp/news/world/

日本の末路

 日本が中国に占領されて、中国領日本自治区になれば、日本人が臓器提供の対象となるだろう。新型コロナウイルスが猛威を振るっても、尖閣諸島への中国船の領海侵犯は連日である。

アメリカの怒り

 だからトランプ大統領を始め米国議会は中国と全面戦争をする気になった。米国では人権無視はご法度なのだ。なぜ日本のマスコミはそれを報道しないのかが、問題である。中国との商売優先が頭にあるマスコミは、それをタブー視して、スポンサーに気兼ねをして記事にはしない。それも神への冒涜ではないか。そんな体質だから新聞購読数の減少が止まらない。

 新聞のスポンサーの日本企業は、拝金主義に犯されて、金儲け一本道である。だから景気が回復しない。天罰である。お天道様に顔向けできない恥ずかしい行いである。

 

母のケース

 私の母は脳溢血で倒れ、一時的には奇跡的に回復したが、その後、脳梗塞になり、意識がなくなり、人口呼吸機と点滴だけで5か月間、植物人間として命を永らえた。年末の寒い日に眠るように息を引き取った。私は死に目にも会えなかった。

 私が見舞いに行っても、意識もなくベッドに横たわる母を見るのは辛い状況である。母は自分の力では呼吸も出来ない。今、意識が戻っても、筋肉が削げ落ちた肉体で、起き上がることもできまいと見える。それでも現代医学は、植物人間のような母を生かし続ける。なにか神への冒涜ではないかとも感じた。

 欧米では、植物人間の治療はごく少ないと聞く。自分がその立場なら、家族を苦しめてまでして、生き永らえたくはない。それでは社会に貢献できない。しかしは母、意識がないので、その意志表示をできなかった。地獄はあの世にはない。それが地獄であった。

 どんなものにも寿命がある。それを天が寿命だと言っているのに、無理に延命治療で命を引き延ばすのは、神仏への冒涜ではないか。それで家族が地獄の苦しみを味わう。死を素直に受け入れるのが、宇宙根源の理に従った生き方ではないのか。 

2020-02-03 久志能幾研究所通信 1470  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

磨墨知452 調和=弱肉強食

 滅びゆくものを無理に「保護」しない。保護する時間が無駄である。弱者の滅びは自然界が調和している証拠で、自然界の原理原則である。弱いものを保護するとますます弱くなる。滅びるものが滅びず、全てが栄えるとはすべての種が絶滅する事になる。一種だけ繁栄しすぎるのは、生態系が崩れて全てが滅ぶのです。その場合の保護は見せ掛けの援助となる。宇宙全体の時間経過に棹さすもの。

 グローバル経済主義の跋扈で、世界が衰退寸前になってきた。自然の調和が取れなくなったためである。1%の種族が、99%を独り占めする社会は、弱肉強食が行き過ぎた現象である。

 無理に保護して、アメリカの自動車産業は、政府保護に頼って、市場での闘う厳しさを捨て、結果として、国際競争力をなくして衰退した。

 無理に補助金政策で保護しても、日本の繊維産業業は無くなった。人件費が高くなりすぎて、日本では採算がとれなくなったのだ。

 保護された産業は全て衰退している。世界の産業の生成衰退の自然の理に叶った現象である。保護政策は、宇宙根源の自然の理に反しているからだ。

 

自給自足が力

 国民が生きるための農業の保護は別である。それは国の自己防衛機能である。自給自足ができなくなったら、今の中国のようにアメリカから食料を武器に攻め立てられる。カネがあっても、相手が食糧を武器として使うと、我々が生きるための食い物が手に入らない。兵糧攻めである。食料は武器となる。だから安易に外国の食料に頼っては駄目である。国内食料生産は保護しなければならない。

 

2020-02-03 久志能幾研究所通信 1469  小田泰仙

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2020年2月 2日 (日)

磨墨智620 神仏を尊べどこれを頼まず

 表記は武芸の達人である宮本武蔵著『五輪書』の言葉である。苦しいときの神頼みでは物事は達成できない。神仏に頼んでいると、気が緩み無駄な時間が流れる。

 神様にいくら祈っても、見守ってくれるだけで、助けてはくれない。心に安心感を与えてくれるだけだ。自分を助けるのは、自分である。

 

 神に頼るとは、なんたることか。自分で自分を助けよ。

    ベートーベン

 

鍛錬

 千日の稽古が鍛で、それを万日繰り返すのを錬という。千日とは約3年、万日とは約30年になる。それがあって初めて物事が習得できる。そうすれば神仏に頼ることもない。

 『五輪書』に「千日の稽古(けいこ)を鍛とし、万日の稽古を練とす」とある。「鍛練」は「鍛錬」とも書き、もともと金属を打ってきたえる意味で、そこから転じて「厳しい訓練や修行を積んで、技芸や心身を強くきたえる」の意味である。「鍛」という字は「金」+「段(音符)」からなり、音符の「段」には、徹底して加工を重ねるの意味がある。

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 馬場恵峰書

 

水先案内人

 当時、ある人を「人生の師・経営の神様」と私は信じていた。会社で困難に直面して、その人に相談に行ったら、「今忙しい」と相談に乗ってもらえなかった。話も聞いてもらえなかった。

 それ以来、私は神様や「経営の神様」と言われる人に頼むことを止めた。それ以来、自分で考えて決断をすることにしている。

 その「経営の神様」には、研修を通して人生の師を信じて、5年間程で、数百万円のカネを使った。要はその人は金儲けのため、講師として経営・人生の話をしていただけであった。その時わかったことは、彼は間違ったことを言っていたのでなく、単なる経営の話しを「水先案内人」として解説していただけであった。口では何とでもいえるのだ。それ以来、私はその人と距離を置いた。

 己が危急存亡の時、助けてくれなかったなら、それは味方ではない。「国との戦争の時、助けてくれなかったら、その国は敵である」と渡部昇一師が語っていた。

 

格物致知

 人生で降りかかる試練や苦難は、人生経営での「一つの」訓練なのだ。後から今振り返ってみれば、大したことはない問題であることが殆どである。それを「己を鍛える訓練」として、自分で取り組めばよいのだ。それが「神仏を尊べどこれを頼まず」である。実際に体験して、初めて身に付き智慧となる。それを格物致知という。

 

2020-02-02 久志能幾研究所通信 1468  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年2月 1日 (土)

磨墨智450 足るを知る

 際限ない欲望が時間を浪費する。タイムパーフォーマンスを追求しよう。社会では、一人勝ちは許されない。全ては調和の世界である。

 

足るを知らない癌細胞

 人間の体という宇宙で、一つの細胞の独り勝ちを許すと、癌が発生する。食べても食べても、満腹感を得られない餓鬼の状態になると、自己防衛機能の働きで、細胞の増殖が止まらなくなる。それが癌である。癌は自分の体を守ろうとして発生した細胞である。

 飲んでも飲んでも酒を止めないから、肝臓がんになる。

 吸っても吸っても禁煙しないから、肺がんになる。

 過剰なストレスが癌を誘発する。自己防衛機能が働き癌になる。

 食べても食べても満足しないから肥満になり、それが癌の遠因となる。

 食べ足りなくて死んだ人は、現代社会では稀有である。食べ過ぎで、多くの人が病気になる。

 

自然の理、病気の痴

 例えれば、機械の処理能力以上の負荷をかければ、機械は負荷オーバで止まる。しかし人の体は許容能力があるので、受け入れてしまう。しかしそれは一時的で、長期になれば、体が破綻する。それが病気であり、癌である。認知症も同じである。

 認知症は、使うべき機能を使わないという負荷を脳の長期間与えたのだ。それに脳が耐えきれず、認知症になった。認知症は、体の自己防衛本能の表れであるし、「使わない器官は退化する」という自然界の理である。

 近年中に、日本人は癌で死ぬ人が50%、認知症になる人が25%になるという。自分はどの死に方を選ぶだろうか。自問したい。

 認知症は、本人は極楽である。家族が地獄に突き落とされる。要は「知」が劣化して病気になったのだ。雁垂れの中に「知」を書いて「痴」である。

 

生活習慣病

 癌も糖尿病も認知症も高血圧症(これは病気ではないが)、肥満症は生活習慣病である。生活習慣病だから、薬では治らない。治すには、自分の生活習慣を変えないと治らない。それを医師は生活習慣の改善の指導より、薬物投与に血道を上げる。医療処置はするが、治療はしない。だから病気が治らない。

 だから、40年前は10兆円であった日本の総医療費が42兆円を超えるまでになった。日本の税収は60兆円である。

 今や日本人の2人の一人が癌になるのは、自然界からの警告である。癌や認知症が増えたのは、「足るを知る」を忘れて、極楽三昧の食生活に落ちぶれ、安易な生き方に堕ちた日本人への天罰である。

 

餓鬼修羅道

 カルロス・ゴーンのように、金を集めても集めても餓鬼修羅地獄のように、金に飢えた状態に堕ちてしまう。今のゴーンの歳で、使いきれないカネを集めても、彼はあの世には金を持って行けない。カネがあっても寿命を延ばし、病気を治せるわけではない。世界一の金持ちであったスチーブ・ジョブスでさえ、癌に勝てずに、56歳で亡くなった。お金の意味は何か。世界一の金持ちの意味とは何か。考えさせられる。

 

自然の理

 万物は流転している。食べ物でも、人の消化能力を超えて多量に食べるから、体内に滞留して、腸で腐敗する。だから病気になる。

 政治も長期政権で滞留するから、政治が腐敗する。自然界の理である。大垣市の政治の理性が無くなり、腐敗が進行すると、世界初のドローン墜落人身事故、久瀬川氾濫、室村町アンダーパス水没事故、大垣市小中学校エアコン設備率2.1%の露見、大垣市教職員給与が岐阜市より208万円も低い事実の露見、大垣市の公示地価暴落、大垣駅前商店街の消滅、大垣の衰退等で、天が怒りの事象を表す。

 

大垣の癌細胞

 4期も5期も大垣市長職をやると、その美味につられて、辞められなくなるようだ。それは大垣の癌細胞のようである。6選を目指すと言うのが如何に異常かも、その毒素のため認知できなくなる。その癌の毒素のため大垣市の衰退が激しい。

 5期も大垣市長職を勤めることになっても、まだまだ市長職にしがみ付くのも餓鬼地獄に堕ちた症状である。現職として、後進を育て、席を譲ることが出来ないのは餓鬼である。大人ではない。

 市長として後進を育てると、己の立場を脅かす脅威として、現職の強みを生かして出馬予定者の人材を蹴落とすまでの浅ましい行動を取ろうとしている。阿修羅地獄の極みである。

 人間の体でも、癌が大きくなると、その体自体が衰退して死ぬが、発生した癌も同時に死ぬ。大垣が駄目になる前に、神仏が支配する天地が、その癌を殺すだろう。それが天地、自然、歴史の営みである。栄枯盛衰は自然界の理である。

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  馬場恵峰書 

2020-02-01 久志能幾研究所通信 1467  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年1月31日 (金)

日本狂セリ。小川敏狂セリ、春画的手法の乱用

 コロナウイルスで世界は大騒ぎをしているのに、日本の対応は異常で、狂ってしまったとしか思えない状況である。

 日本が与党も野党もマスコミも国民も認知症になったかのような対応で狂っている。今は非常事態であるのに、呑気な対応で終始している。

 大垣が没落寸前・経済危機寸前なのに、小川敏の19年に亘る独裁政治が横行して、ますます大垣市が衰退していく。小川敏は、さらに4期連続無投票当選にむけて画策している。清流が流れる大垣に、小川敏の汚川が流れ、無能政治が支配する限り、大垣の発展はない。

 

 大垣の 清水を汚す 汚川かな (百舌鳥)

 

国会の野党質問の狂乱

 国会の29日の参院予算委員会で質問に立った立憲民主党の蓮舫議員は、サクラ問題で文書管理の不備の追求ばかりである。

 蓮舫議員自身の文書管理の二重国籍問題はうやむやにして、サクラ問題追及など、お笑いである。そんな議員を当選させる国民も狂っている。

 蓮舫議員は、サクラは問題にするが、国民の命に影響する近直の大問題のコロナウイルス問題はスルーする。その政治感覚が異常で狂っている。

 国民党の女性議員も多くがサクラ問題に意固地になっていた。もっと重要な問題が山積している今、野党がこの低落では、日本は良くならない。だから与党は安心して、愚劣な政策をやりたい放題である。

 

国賓扱いの狂気

 習近平国家主席を国賓扱いにする対応に、国民の86%が反対している(サンケイの世論調査で)。そういう事態を想定しない愚かな政府である。ウィグル・チベット族への弾圧、臓器摘出、知的財産盗み放題、南シナ海の海洋軍事進出、連日の日本領海・領空侵犯で日本侵略の機会をうかがっている国のドンを国賓にすること自体、自民党は正気の沙汰ではない。

 

増税の狂気

 消費税を10%に上げれば、景気が悪くなるのが自明なのに、財務省の役人の天下り先確保で、増税を強行した。安倍内閣は狂っている。

 

芸人の不倫問題対応でテレビ狂乱

 テレビではある芸人の不倫問題を大々的に報道していた。たまたま今日(2020年1月30日),店に買い物に行ったら、そこの店頭のテレビが芸人の不倫騒動を報道しているのが目に入った。そんなレベルの話をワイドナショーで取り上げる日本のテレビの愚劣さを許容する日本に痴呆化の兆しを見る。それを見ている人が日本に大勢いるのだ。その放送エネルギー(放送、取材、電気代、タレント出演料等)が総て消費者の負担になってくる。その分、日本の経済が劣化する。

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 2020年1月30日 某テレビ番組

 この番組制作費はいかほどか。それが全てスポンサー負担。つまり消費者に行く。

 

新コロナウイルス対応の狂気

 アメリカは中国からの帰国者を米軍基地に一時的に隔離対応をしている。日本は、特別機で帰国させた邦人をそのまま開放である。そううち2人は診察拒否までしている。当人は権利と義務をはき違えている。最近の日本人は周りに配慮する感覚がマヒし、危機管理感覚が狂っている。

 

小川、汚川の狂乱氾濫

 大垣の小川敏は、市長選6選を狙って隠密の事前選挙活動を始めた。6選が実現すれば、連続24年間の独裁政治である。それが如何に民主主義で異常かを小川敏は気が付かない。小川は狂っているとしか思えない。それも姑息な手段を画策して、4期連続で無投票当選にするつもりなのだ。

 

小川敏、子育て自慢の狂乱

 県下一衰退速度が速い大垣市で、県下一の市民負担額の多い新市庁舎を建てて浮かれている。浮かれているときに限ってショックが襲うのだ。

 小川敏は、何も訳の分からない園児を新市庁舎開庁祝いに駆り出して、大垣の広報にまで載せて、新市庁舎建設に浮かれている。新市庁舎建設で、市民一人当りの負担額が、県下一の高さだから、立派になるのは当たり前である。まるで市民からカツアゲした餓鬼が、それを自慢するようなものだ。

 大垣の園児には、立派な大垣市の大人に成長するという使命がある。それをないがしろにしての、お祝いの行事に「子供の代表として」との言葉の魔術をつかい、「賑やかし」で駆り出しを強要されている。それを市民の誰も疑問に思わない。これは教育への冒涜である。

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 広報おおがき 2020年1月15日号

 駆り出された園児はダシに使われている。

   これは小川敏の事前選挙活動ではないのか?

 

 小川敏は、「大垣は子育て日本一を目指す」と言葉の魔術師としてほざくが、その実態は、大垣は県下最低の教育環境である。すべて小川敏市政が食べてしまった。

 なにせ大垣市の児童生徒一人当たりの予算は、県下最低なのだ。なんでそれが子育て日本一を目指すといえるのか。まるでペテン師に近い言動である。

 大垣市の幼稚園、小中学校のエアコン導入率は県下最低レベルであった。なにせ他市が殆ど100%のエアコン導入率であったが、大垣市は2.1%であった。大垣の恥を小川敏が作った。

 大垣市の職員の給与は県下最高であるが、教職員の給与は県下最低である。大垣市の教職員の給与は、岐阜市と比較して、208万円も低い。それで大垣の子供達が他市よりも優秀になるわけがない。

 岐阜市では、市の職員の給与より、教職員の給与が高い。大垣市はその逆である。子育ては、子供が社会に巣立つまでの期間である。幼児だけの期間が子育てではない。小川敏はごく一時期の事だけを、春画的手法で誇張して市民に説明して、市民を騙している。

 小川敏は、毎回、事あるごとに、ごく一部の事を春画的に拡大して、自分の功績みたいに自慢している。狙いは4期連続無投票当選である。その末路は大垣の没落である。

 

大垣市の教育は県下最低レベル

          一人当り予算   児童生徒数 

         千円  大垣100で   人

多治見市    735    158    8,862  

岐阜市     529    114    32,074  

可児市     517    111    8,352   

大垣市     465    100    14,400  

各務ヶ原市   445     96    12,525   

刈谷市(愛知県)918    197    11,120  

 

大垣市・岐阜市の職員給与

      一般職     教育職

大垣市   665.62万円  529.61万円  2016年

岐阜市   639.87万円  738.09万円  2014年

  給与.comより https://kyuuryou.com/city/212016/?nendo=2014

 

大垣市職員の給与は県下最高レベル

大垣市議の年収   942万円 全国115位

大垣市役所職員年収 685万円  全国67位( 全国792市中で上位)

           岐阜県下一位(岐阜市より多い)

岐阜市役所職員年収 672万円 (全国117位)岐阜県下二位

岐阜市民の年収   344万円 全国170位

大垣市民の年収   320万円 全国280位

 

新市庁舎の建設費、大垣市は県下一豪華

      人口  新市庁舎費用  市民一人当たり負担

大垣市   159千人  126億円  79千円(県下一)

岐阜市   406千人  266億円  65千円 

各務ヶ原市 145千人   83億円  57千円

多治見市  107千人   52億円  48千円

 

2020-01-30 久志能幾研究所通信 1466  小田泰仙

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2020年1月29日 (水)

磨墨智453.満足では幸せになれず

   幸福=充足/欲望

    幸せ=人が喜ぶ行為/無償の愛の行為

 

 幸福になるために時間を創ろう。欲望を小さくすれば充足までの時間は短くできる。無償の愛は、人よりも己が幸せになれる。

 「足るを知る」とは禅の言葉である。欲望を大きくするから、器が埋まらない。結果だけを追い求めるから、幸せになれない。

 立って半畳、寝て1畳、飲んで三合、そんなに人は消費できない。必要以上にかき集めても、人には寿命という時間制限がある。だから人は、貯めたお金を全ては使いきれない。またお金を使うのに疲れて不幸せになっていく。お金が集まり過ぎると、猜疑心が大きくなり、不幸になる。

 人が死んだ後に残るは、集めた量ではなく、世間、世に与えた量・質である。

 

満足と幸せの違い

 幸せとは、欲しいものを手に入れて満足することではない。幸せとは、欲しいものを手に入れる過程で、得られる心の充実感である。それはプロセスの中にあり、目的追及の過程に存在する。利他の行動、感謝の気持ちが生まれる行動、目に見ない嬉しさであり、何度でもその効果が持続する。

 満足とは、結果である。結果に満足しても、決して幸せとは言えない。満足は目標達成の時であり、利己欲の達成の時であり、ご褒美の経済的利権の獲得であり、儲かったという気持ちであり、お金のように他人からも見えるものである。それは一度限りの満足である。それを手に入れると、更にそれ以上のものを求め、無間地獄に堕ちていく。

 

 満足  vs  幸せ

 結果      プロセス

 頭が理解    心が充実

 利己      利他

 驕り      感謝

 目に見える   目に見えない

 一度限り    何度でも

 

 カルロス・ゴーンは日産社員2万人の首を切り、系列を切り、人材育成費を切り、社員のリストラの血で染まった123億円を独り占めしても、更にカネを求め続けて墓穴を掘った。

 小川敏は姑息な手段で3期連続無投票当選に持ち込み、5期の市長職を勤めて、大垣市の墓穴を掘っている。大垣市は瀕死の状態である。更に小川敏は4期連続無投票当選を目指して動き出した。大垣市を地獄に落とすつもりである。本人は3億円の手当で極楽天国である。

 

成果主義の天国と地獄

 我々は成果主義に踊らされて、満足のために結果だけを追い求めるから、結果を出して満足しても、決して幸せにはなれなかった。それは各個人の利己と利己の戦いになるから、勝者の1%だけが幸せになり、99%が不幸せになる社会となってしまったからだ。今日の勝者は、明日の敗者にすぐ没落する。

 成果主義評価が浸透すると、見かけの成果を上げるため、安易な目標を掲げて申告する。だから容易に目標は達成できるが、自分の能力は上がらない。自分は忸怩たる気分で幸せとは思えなくなる。そうやって社員全員が、チャレンジしなくなるので、会社は衰退していく。

 日本で最初に成果主義を取り入れた富士通は、その弊害に気が付き、早々に成果主義を止めてしまった。

 

6選を目指す小川敏の満足と不幸せ

 小川敏は5期も大垣市長職を勤めても、幸せでないから、成果を求めて6選を目指すのだろう。求めても求めて切りがないのに。大垣市を良くするのが目的ではなく、6選を目指すのが目的となり、市長の自己宣伝の行事ばかりに力を入れるから、大垣の発展には逆効果である。だから市民税を使って多選を目指すための目立つ行事ばかりとった。大垣市のための結果が出ず、大垣市民が不幸せになっていく。小川敏だけが満足である。それで大垣市は衰退・没落した。

 この19年間の小川敏の無能政治で、地価は半値以下に暴落し、大垣経済は20%も衰退した。駅前商店街は80%が店を閉めた。約8000人の商店従業員が泣いて大垣を去った。人心は倦んだ。市の職員はヒラメになった。小川敏は天狗となって、大垣市職員の給与を県下一に上げたが、こっそりと大垣市教員の給与は最低レベルに落とした。児童生徒の教育環境を県下最低レベルに追い込んだ。

 人には寿命という時間制限がある。それを無能な小川敏だけで6選を独り占めしようとするから、他の市長職に適した人の時間を奪い、大垣の歴史の時間を奪っている。小川敏は、恥も外聞もなく6選への事前選挙工作を始めて「恥知らずの恥は外道」を行っている。

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 馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」(久志能幾研究所刊)より

 

2020-01-29 久志能幾研究所通信 1465  小田泰仙

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藁人形には五寸釘を打たない

 私は万物には精霊が宿っていると信じている。だから私は藁人形には五寸釘を打たない。人を恨めば、倍返しでその咎を受けるだろうと思う。そんな暇があったら、私は反省と学ぶことに時間をかける。人を恨まねばならないような仕打ちをする輩とご縁があったら、その人の分析をして、二度とそういうレベルの人とご縁がないように自己防衛をしている。その人は、悪縁の実相を教えてくれたのだ。そんな悪縁の人と付き合っていると、もっと大事な人とのご縁にかける時間が無くなってしまう。人生時間は有限である。人生二度なしである。私は、五寸釘よりも、ペンの力が大きいと信じて行動している。

 

精神教育

 現代日本社会で、心に病を持つ人が激増したのは、人の心を大事にするよりも、拝金主義・物質主義・刹那主義・利己優先主義が横行して、人の心を傷つけることが平気になったためである。日本の心教育の再建が必用である。

 親が仏壇の前で手を合わせないから、子供が手を合わさず、親が後ろ姿で子供を教えないから、子が目に見えないものに畏敬を覚えなくなる。仏壇のない家の子が不良になる確率は、仏壇・神棚のある家の子よりも大きいという。

 

己が神仏

 元京大総長の平澤興氏は、弟子が仕事で悩んで相談に来た時、「全力を尽くすのは当然だが、さらに神仏に祈ったか?」と問うたという。祈りとは、冷静に自分を見直す機会である。神仏の前で手を合わせて、傲慢になる人はいない。神仏の前では、人は謙虚に冷静になる。そこで自分と冷静に対峙できる。そこに神仏の加護がある。神仏は己の魂に籠る。己こそが神仏である。己が運命を切り開くのだ。神仏は見守っているだけである。

 

モノには精霊が籠っている

 モノには精霊が宿っているので、使われないと悲しむと思う。モノにはこの世のお役目がある。それが使われずに死蔵されと、そのモノに哀れを感じる。そう言っても、現在、私の家で使われず死蔵されている品数が死屍累々である。その多さを見ると、慙愧に堪えない。日々反省である。

 もっと大事なことは、自分の中で、使われずに死蔵されている才能である。出来ないのではなく、使って見なかっただけなのだ。だから何でも挑戦すべきだと思い、毎日新しいことに挑戦している。そこに日々新しい発見がある。

 

心の保護膜

 人の体は、鉄面皮のような面の皮、心臓の剛毛と頭蓋骨でその体を守っている(私の面の皮は薄い?)。しかし仏様も人間創造時の設計ミスで、心に保護膜を付けることをお忘れになった。そのため、たった一言で人の心は大きく傷つけられる。たった一言で勇気付けられる。私は、人間を含めた万物に宿る精霊、心魂は存在すると信じて日々暮らしている。だから口頭での言葉には細心の注意をしている。

 

家の精霊

 今まで、私は大学卒業後、就職で愛知県に移り、計6軒の借家に住んだが、その間、釘一本打ったことがない。釘を柱に打てば、家の木が痛みを感じて悲しむと思うからだ。ご縁があって住まわせてもらっている家で、家の精霊に申し訳ないと思うからだ。その借家で以前に住んでいた人が打ち込んだ多くの釘を見ると、五寸釘が打ち込まれたのを見るようで、その家に住む精霊が不憫になる。

 今は、月に一度、土地の氏神様に、お酒で清めて塩を撒いて、手を合わせて感謝をしている。土地にも精霊が住んでいると信じているからだ。お陰で無事に暮らさせていただいている。

 

命を繋ぐ

 昭和9年から始まった法隆寺の昭和大修理で、「鬼」と称された宮大工の西岡常一は、その修理方法を御用学者が鉄の補強をして木にボルト締めすべきとの提案を強固に反対してそれを阻止した「そんなことをすれば、木が泣きよります」と言って反対した。そこの西洋文化とは一線を画する考えがある。万物に神が宿るとした日本人の職人の心がある。木の精霊を信じる職人がいる。それでこそ千年先に命を繋ぐ仕事が生まれる。

 

自宅リフォーム

 現在、住んでいる自宅も、50年前に両親が苦労をして建てた家なので、10年前から7年がかりでリフォームした。本来、リフォームせず建て替えた方が安かったが、新築とほぼ同じ金額をかけてリフォームをした。両親の想い出と魂が籠っていると思ったからだ。だから私は家の精霊に気を使って、家の柱に釘一本打っていない。両親が建てた家に釘を打つのは、なにか気が引けた。

 だから書画を飾るための釘は、全て大工さんにピクチャーレールを取り付けてもらって対応した。それ以外は締め付けネジのついたフックや、万力等で固定をして家に傷をつけないように、大事に使っている。そういう心配りだから、2002年の燐家の火事の際、もう寸前で延焼しそうになったが、仏様・精霊さんのご加護で延焼にならずに済んだと信じている。家の精霊に感謝である。

 

大垣行政の愚行

 私は理科系、技術者でバリバリの科学技術信奉者である。しかし神仏は信じている。だから神仏をないがしろにする大垣市長の小川敏には怒り心頭である。小川敏は神仏の前で真剣に祈ったことはないだろう。真剣に大垣市民のために祈り、真剣に己れの行動に対峙すれば、今までの愚行は行えないはずだ。大垣が没落することもなかっただろう。政治は結果が全てである。

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   馬場恵峰書

 

2020-01-28 久志能幾研究所通信 1464  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年1月27日 (月)

磨墨智127  正しく狂せり

 「人間は本質的に狂の部分を持っている。狂っているときが一番正常で健全だ」 ギリシャの哲学者セネカ

 狂は純粋なのだ。純粋から成果が出る。革命は狂から発する。狂でないから、妥協、浮気、醒めた目、無責任が己の魂を支配する。純粋に行動する人間に神仏は味方する。

 狂にも、正しい狂と誤った狂がある。

 

江戸城無血開城の狂

 慶応4年(1868年)、山岡鉄舟は幕臣として、清河八郎とともに浪士組を結成。江戸無血開城を決定した勝海舟と西郷隆盛の会談に先立ち、官軍の駐留する駿府(現在の静岡市)に辿り着き、単身で西郷と面会した。山岡鉄舟は狂して、明治維新の革命の動乱期に、押し寄せる怒涛のような大波を押し除け、江戸城無血開城を実現させ、徳川慶喜の命も助けた。

 西郷隆盛は山岡鉄舟の人間性を「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬと言う人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と賞賛した。山岡鉄舟は世のために正しく狂した。

 

カルロス・ゴーンの狂

 ゴーンは金の亡者になり、拝金主義に狂して、日産を支配した。彼は日産の資産を切り売りし、2万人の日産社員の首を切りまくり、前妻を切り、新車開発費を削り、人材育成を削り、ご縁の系列会社を切って、表面的には日産の業績は回復した。その裏で123億円を不正に貯め込んだ。表面的なことしか目に入らない狂ったマスコミは、見事に騙されてゴーンを名経営者として絶賛した。マスコミは拝金主義に染まって狂っている。ゴーンは狂ったのでなく、金に血迷ったのだ。

 聖書に「汝の行動は汝の予言者である。」という言葉がある。当時のゴーンの行動が今を予言していた。当時、多くの人がゴーンの業務改革に疑問を持っていた。それに目をつぶってゴーンを絶賛したマスコミの罪は重い。

 ゴーンは逮捕・保釈中に正常な判断が狂って、よりによって政情不安なレバノンに逃走劇を演じた。ゴーンの不正の捜査が進み、ゴーンのマネーロンダリングの闇が露見しそうになっていた矢先であった。レバノン政府が倒れれば、その身が危ないのに、狂したのでそれが見えなくなった。誤った狂を演じると、バチが当たる。お天道様に恥じない道で狂わないと、人生の正道を踏み外す。

 

ささやかに狂する

 私も人並み以上に「ささやかに狂して」、仕事に狂い、文書道に狂い、テクニカルライティングに狂い、人財育成教育に狂い、飛行機に狂い、写真に狂い、音楽に狂い、仏像彫刻に狂い、高級車に狂って、今の私がある。狂っている時は、純粋な心になるので、私心と妥協が無くなる。つい最高のモノを求めたくなる。だからお金がかかる。

 トヨタ自動車元副社長の大野耐一は「悪いことに使うのでなければ、お金は何とかなるものだ。」と言っている。彼はトヨタの工場への設備投資でそれを実行してトヨタの基礎を築いた。彼はトヨタの再建に狂して、トヨタ生産方式を創り出した。私はその言葉が励みとなった。何事もこだわりを持って事に当たらねば、人並み以上の成果は得られない。人並み以上成果とは、時間創出である。

 

不動心

 「この道より外に我を生かす道なし。此の道をあるく。ただひたすら一本道。」とは、一つの道に狂して、精進することである。

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  馬場恵峰書 2012年

 

2020-01-27 久志能幾研究所通信 1463  小田泰仙

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