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2021年1月19日 (火)

恵峰師の豪快運転を「平常心是道」に

 

 2013年2月14日、馬場先生宅に知己塾出席のため訪問した。夕食で、先生の運転で市内へ食事に誘われた。その時の運転が、先生の人格らしからざるレベルであった。要するに、仏の馬場先生がハンドルを握ると人が変わった。車は人を虜にする魔物である。そこに車の素晴らしさと恐ろしさがある。

 見るにみかねて、後日、恵峰師に運転の改善をお願いする手紙を、本資料『極楽運転道 交通安全の科学』を添付しておそるおそる差し上げた。なにせ私の師である。事故があれば日本の宝の損失である。手紙で諫言を書くのに、一大決心が必要であった。

 その後、三根子奥様から絵葉書の礼状が届き、

 「心暖まる運転のご忠告ありがたくお受け致します。私も実はハラハラドキドキで乗せていただく時もあり、言うとオコルので、言えません。でも小田先生からお便りをいただき助かりました。心から感謝です」

との文面である。馬場先生は神業の筆力を持ってみえるが、やはり人間であった。安心した。

 

「平常心」を揮毫

 その1ヵ月後の3月27日、岐阜駅じゅうろくプラザで恵峰先生の講演会があり、「平常心」の掛け軸を書かれた。翌日、馬場先生は「奥の細道むすびの地記念館」の見学のため大垣を訪問され、ご案内をさせて頂いた。

 その昼食会場で、下記の掛け軸を贈って頂いた。さすが人生の達人の先生は、お礼の表現もさりげなく、超一流の芸を駆使される。

 

平心常

 車の運転では平常心が必要です。自分という乗り物でも、人生を平常心で歩き、歩いた後を「道」にする。平気で死ねる、平気で生きられることが人生修行である。それを先生の知己塾で教えていただいた。

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 先生の手にかかると数分間でうん万円の書が完成する。その背景には50年間の修行がある。でも我々凡人は50年かかっても到達できない境地。

P10508471s  馬場恵峰書

2021-01-19 久志能幾研究所通信 1894  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月18日 (月)

人生の「テストドライバー」を目指す

 

 レーシングドライバー(レーサー)とは、決められたコースを最速で走り競争相手に勝つことが求められる。レースでは、他車と駆け引きしながら、走り勝つことが求められる。要は勝負の世界のドライバーである。

 それに対してテストドライバー(試験車評価者)は、試験する車の特性を正確に把握して、正しく評価することが求められる。テストドライバーは他車と競争して、速く走ることではない。その車の特性を知りつくし、最高の性能を引き出すことが仕事である。

 

テストドライバー

 テストドライバーは、持てる五感を全て使い、前の試作部品と今回の改善部品の差を確認できることが求められる。それを数値として評価する。それが測定データで証明されるとシメシメである。

 テストドライバーはシフトダウンをしても、クラッチの合わせで車の速度を変えない技量が求められる。路面の状況を正確に把握して、スピンしてもそれを制御する技量が求められる。

 上級のテストドライバーの訓練では、一日の訓練をすると、タイヤがつるつるになる。一日の消耗タイヤ費だけで20万円である。

 試験した開発部品に納得ができず、試乗しておかしいと思えば、その車が完成間際で設備が完成していても、ライン立ち上げに「ノー」という権限がある。

 

人生道レース

 人生道を走るために、自分自身(心と体)を正しく評価して、正しく安全に素早く、美しく走れるように心身を鍛えねばならぬ。そのために正しく評価して指導してくれる「師」を持たねばならぬ。それをしないから、人生道で脱落、転落、自殺をするのだ。だからこそ、「3年かけて師を探せ」である。

 人生道レースの基本は自分の健康である。健康でなければ、人生道レースで勝てない。その競争相手は、自分である。走行中の大事な時に、病気になって病院にピットインでは、人生の勝利など夢の夢だ。体のかすかな不調の気配にも気づき、早めの手を打つべきだ。自分は人生道を走行する「体」のテストドライバーなのだ。

 人生道に待ち受ける危険を事前に想定して、行動することが危機管理である。事故は仏様が己を試しているのだ。その事故に己はどう対処、予測していたのかが、問われている。人生道は、雪道よりも恐ろしい。一つ間違えれば、スピンして奈落の地獄にまっしぐらである。

 

出世競争

 人生道を走るのは、人より早く出世することが目的ではない。それは単なる会社での出世競争である。下劣な精神でも、汚れた会社内なら、悪知恵があれば他人を蹴落として社長にも出世できる。まるでゴーンのように。それで幸せなのか。

 

トヨタの社長のこだわり

 だから豊田章男社長は、自社製品を良く知るため、感性を上げるため、こだわりでレース用のライセンスを取得している。普通の会社の社長、役員は、自分で車の運転をすることがご法度であるが、車メーカは少し事情が違う。トヨタでは、社長や役員は自分で自社の車を運転して、「商品」を自分の眼で確認するのが伝統だ。ただ秘書室の担当は気が気きではない。できれば社長には危険な運転はして欲しくないのが本音である。

 

石田退三氏の墓参り

 約40年前に、豊田英二氏(当時社長か会長)が、社長車センチュリーの後部座席に乗るのではなく、自分でカリーナEDを運転して、豊田市から彦根市まで豊田佐吉翁の長女、愛子さんのお墓参りと石田退三氏の墓参りに行っている。

 トヨタの大番頭といわれた石田退三氏のお墓は、トヨタの家風を表すように華美ではなく、堅実である。石田退三氏のお墓は、氏が生前に経営の正道を歩んだ姿を表している。石田退三氏の戒名「豊光院釈精進」は、「豊田を光らせた精進者」と言う意味の素晴らしい名前である。

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石田家墓所  岡崎産の御影石  石田退三氏の戒名「豊光院釈精進」

2015年7月7日撮影

 

2021-01-18 久志能幾研究所通信 1893  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月17日 (日)

極楽運転道 雪上走行運転

寒冷地評価試験

 担当した部署で開発する部品は四駆用の部品である。その部品の評価試験は、実車試験を北海道網走にて、農地を一時的に借りてテストコースを設営して、雪道走行試験をすることになる。

 ここで実際の雪道を想定した極限試験を体験する。私はあくまで課長として、体験しただけであるが、人生で貴重な体験をする。実際の試験は課員が実施した。私が体験として試験車で雪のテストコースを運転した。その運転中、雪上で急ブレーキを踏むと、車は急にスピンをして全く制御が出来なくなる。滑りだすと2輪駆動でも4輪駆動でも関係ない。過剰な駆動力が駆動輪にかかり、車は横滑りをしてあらぬ方向に滑っていく。最後にテストコースの周囲に積んだ雪山に突っ込んで止まる。車が雪の中に埋まり、フロントガラスが雪で真っ白な状態となり、一瞬車内が暗くなる。身動きできないので、待機していたレッカー車に、雪山から引っ張って出してもらう。

 

人知を超えた世界

 人生で、人智の及ばない力で流される状態を思い起こした。そういう場合は、無理してかけた力が無くなるのを待つしかない。そうなったのも自分が撒いた種である。なまじっか力んでも、無力である。沈むときは底まで沈めば、それ以下にはならない。人徳があれば、回りが助けてくれる。そんなことに思いをはせた寒冷地評価試験であった。これは希望をしても体験できない貴重な職務であった。

 

 「死ぬるときは死ぬるが良き候」(良寛)

 不運なときは、もがいても無駄である。

 沈むときは底まで沈め。後は浮かび上がるだけ。

Photo    雪上試験(イメージ)

http://cdm.mking.carview.co.jp/minkara/userstorage/000/007... 2013/04/01

HP「みんカラ」より引用

 

4WD(四輪駆動システム)

 四輪駆動(四駆)とは、人生を走るうえでの象徴のようなシステムである。人生の道とは、いつも泥濘の道で舗装されてはいない。そこを走るのに普通の後ろだけの2輪駆動では、タイヤがぬかるみで滑るため空回りして前進できない。4つのタイヤに駆動力を配分して、初めて前進できる。

人生でも仕事でも、力を込めて走っても空回りする時もある。その時は、力を抜いて考えることも必要だ。その時を過ごすには、もう一つの能力を身につけ、持てる全ての力を2本の足に配分して、人生街道を慎重に歩むと、人生の道が開ける。そうすれば事故(不運)も減り、有意義な人生が送れる。

第二の人生道は、舗装もしていない泥濘の道なき道である。自分が走った後が道になる。定年後、テレビばかりをみて、出歩かず、人と会わなければ、人生はそこで終わってしまう。一本足の案山子では、何処へも行けない。

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    四輪駆動システム 

     「トヨタのHPより  http://toyota.jp/hiace/005

4k8a93791s  馬場恵峰書

2021-01-17 久志能幾研究所通信 1892  小田泰仙

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2021年1月16日 (土)

極楽運転道 私の運転の作法

 

運転の基本方針

・何のために車に乗るか、明確にして乗る

  どこへ行くのか。それを明確にしないから、途中で寄り道をするし、無駄なドライブをする。それが人生時間を無駄にする根本原因だ。

 車は、自分が思ったところ(志)へ自分を運んでくれる夢の道具である。最初に志あり。その志が大事なのだ。それを道具に振り回されるから、不幸になる。

 

・なるべく車を使わない

 事故は、[事故確率]×[走行距離]の確率で起きる。

 

 各要素の数値を減らせば、事故の確率は減る。

 車とは目的地に行く手段である。

 それが、走ることが目的になっていませんか?

 それが車を凶器に変える。その凶器が己の人格を変える。

 何のために走るか、考えよう。

 その走る目的を全うしよう。

 無事是名馬。無事これ人生の達人。

 

・曲がらない。ひたすら大通りを走り、裏道は走らない

 曲がるからタイヤに余分な摩擦が生じて、タイヤが磨耗する。ガソリンを無駄にする。曲がるという余計な変化があるから、事故を起こす。近道をしようと曲がりくねって必死に走っても、到達時間に大きな差はない。裏道街道は事故が多い。

 人生道はひたすら真っ直ぐに、目的地に表街道を走るのが基本。

 そんなに焦って何故走る? 人生道の終着点は「死」。

 

・ブレーキを踏まない

 急ブレーキを踏むのは予想運転をしていないため。要は上の空で運転していたのだ。試験車運転試験中に急ブレーキを踏めば、一発で失格である。

 止まるときも、予想運転をしてエンジンブレーキをかければ、省エネにもなり、ブレーキパッドも減らない。車に優しいのだ。

 相手にブレーキを踏ませない気配りの運転をする。無理な運転をするから、相手がブレーキを踏むという迷惑をかける。人生道は譲り合って、走ろう。車の運転ぶりを見れば、その人の人生が分かる。

 その成果で、私の車のブレーキパッドとタイヤの寿命は普通の人の2倍です。その基本は予想運転で、それが危機管理である。

 

・運転中は車と回りの状況に全神経を使う

  人生でも自分の体と周りの状況に気を使わないと、人生で沈没する。

 

2021-01-16 久志能幾研究所通信 1891  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月15日 (金)

極楽運転への遠い道

過去の否定が極楽への道  自動車部品の開発へ

 

 極楽への到達には、長い寄り道が必要であった。極楽には地獄を通らないと到達しない。私の極楽運転への道は、1991年のバブル崩壊から始まった。バブルが崩壊した後、私の所属する機械事業部が急速に失速して売り上げが壊滅的に激減した。今の新型コロナ禍での大不況と同じであった。

 私はその年、課長になれる予定であったが、その事業部の縮小で課長になるポストないとのことで、自動車部品事業部に異動して課長となった。そこで四駆用の部品の開発を担当することになった。バブルの崩壊とともに、私の約20年間に及ぶ一つの時代が、日本経済の地獄の始まりで終焉した。それが私の極楽への道の第一歩であった。

 

過去の時代の否定

 新しい部署の設計方針では、高価な研削加工をできるだけ使わない方針であった。原価低減活動にて、研削加工の廃止が真っ先に槍玉に上がるのを見て、ショックを受けた。当社はその面ではトップシェアで、国外でも名が知られている。そのお膝元の自動車部品開発部では、その加工がコスト面で毛嫌いされている。そんな情報は同じ会社の機械開発部の部員には伝えられていない。ひたすら従来の延長線上の開発が推進されていた。これは経営の問題である。技術者の問題ではない。

 

会社内の文化の違いに戸惑う

 またここで今までの「しきたり」を否定されて出鼻を挫かれることになる。部下の仕事で何か指摘をすると「自動車部品事業部ではそんな仕事のやり方はしていません」と。

 図面の描き方の規格でも、会社独自の規格はなく、客先の図面規格に従っていた。機械事業部では、独自の製図規格を制定して運営している。まるで会社が違うような有様で、つくづくと社内に2つの文化があることを認識した。機械事業部にいると、絶対に思いつかない発想である。いかに蛸壺に篭って、仕事をしてきたかを思い知らされた。これはどちらの事業部にも言える事で、会社改革の支障になっていた。

 

テストドライバー資格

 この部署では、開発した部品を評価するための運転技量が問われる。そのため設計者は全員、試験車運転資格(テストドライバー)を取らされる。この事業部への「新入社員?」である私は、実地訓練を受け、この資格を取得した。その資格で問われる内容は、人生の安全運転と同じである。

 当時、上級資格を持った部下の指導下で訓練をした。実技訓練で部下が助手席に座り、運転訓練を受け、部下の教官から「課長は学習能力がないですね」と嫌味を言われながらの運転訓練である。たとえ部下でも、車上では教官である。何を言われても反論できない。その資格取得後は、安全を最優先に心がけていたので、小さい事故はあったが、大きな事故には遭わずに無事過ごす事が出来たと感謝している。

 

資格を取得

 取得資格は初級の資格であったが、それでも助手席に指導教官が座って、親会社の富士山麓のテストコースで、当時、担当部署で開発中の部品を搭載した試験車の運転が出来た。トヨタ本社のテストコースで、指導教官の横で時速200キロの走行体験もした。今にして思えば良い経験であった。中級の資格取得に挑戦したが、時間切れとなった。

02_04  イメージ図(日本自動車研究所のテストコースの写真を借用)

 

人生道の疾走

 人生の街道を自分の体という乗り物で疾走するには、安全が最優先である。それは自動車の運転で問われる課題と同じである。その中でも、普通の運転者より高い技量が求められる試験車運転資格(テストドライバー資格)での最優先事項は安全である。試験車運転資格試験で問われるのは、3Sの能力である。3Sとは、安全 (Safety)に、素早く(speedy)、滑らかに(smooth)である。これを言い換えると、次の表現になる。

 

 自分の子供が急病になって、車で病院に連れて行かなければならない。焦って安全運転を怠れば、事故で病院にたどり着けず、子供が死んでしまう。低速で走れば、時間がかかり子供が死んでしまう。スピードを出して乱暴に運転すれば、振動や衝撃で容態が悪化して、子供は死ぬ。安全に、素早く、滑らかに運転して、我が子を病院に送り届ける。これがテストドライバーに求められる能力で、これがないと部品の評価はできない。

 

 これは全ての仕事のやり方を象徴している。子供を仕事の置きなおすと、仕事の心得そのものである。この資格の実技試験で、急ブレーキを踏むと一発で不合格である。なぜなら危険の予想が出来ていないとの判定である。事前に危険を予測できるのに、それを怠った結果が急ブレーキである。要するに安全確認の心構えができていない。

 

 その他の技術として、3秒前に方向指示をしてから車線変更をする。要するに、自分や組織は何処の方向に向うのか、周りにも部下にも、適正な時期に示せ、である。

 サイドブレーキを引く時は、カチャカチャという音を立てず、ノブを押しながら引け。つまり、車をいたわり優しくして操作をせよ、である。仕事や周りへの心配りである。

 曲がる時は、右よし左よし後方よし、と呼称する。安全の自己徹底である。仕事でもチェックリストを使うのと同じである。今でも私は呼称運転をしている。

 

2021-01-15   久志能幾研究所通信 1890  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年12月 5日 (土)

車線変更は3秒前、転職は3か月前、死の予告は3年前

 

車線変更

 車の運転では、車線変更や方向変更はその行動の3秒前に方向指示器を出そう。急に曲がるから、後続車が予期せぬ動きに驚いてドキッとさせる。

 車線変更と同時にウィンカーを出してどうするの? ウィンカーの意味がない。

 3秒間は「せんじゅういち、せんじゅうに、せんじゅうさん」と数えればよい。そのようにテストドライバー資格試験訓練で教わった。

 

転職

 転職する場合でも、その3か月前には会社と仲間に知らせよう。急に辞めるから社会の信用を失うのだ。

 人生の方向転換は、3か月前に回りに知らせよう。周りがそれに合わせて支援をしてくれる。自分はどこに行こうとしているかを家族や周りの人に知らせよう。自分の決意を知らせておこう。相手にも心の準備をさせてあげよう。

 

死の準備

 死の3年前にその準備をしよう。その時期は自ずと分かるものだ。それとなく周りの人に知らせよう。突然に死ぬから周りに迷惑をかける。

 私は河村義子先生の死が予見できなかった。だから茫然自失となった。それが察知できなかったことに、悔いが残る。

それが何となくわかっていれば、回りの人は、その人と会ってお別れの覚悟をするのだ。その人が目に見えて段々と衰弱していき、死が避けられないのが納得できれば、静かに見送ってあげられる。取り乱すこともない。だからその人との別れに納得がいくのだ。人の死は必然であるから。

 それが突然の訃報に接するから未練が残る。

 

死の病気の選択

 その点で、死ぬなら癌がお勧めである。脳梗塞、心筋梗塞、認知症では即死も同然で、心と身辺整理の準備ができない。

 それに対して癌は死ぬまで余裕がある。最期の1か月程は動けないが、それまでは健康体と変わらない生活が出来る。それで自分の後始末が出来る。

 延命治療で、体中に管を入れられ、胃瘻をされ、点滴で栄養剤以外に睡眠薬も投入されて、手をベッドに縛られては、死ぬに死ねない。本人には地獄である。

 世には、親を終末医療の施設に放り込こんで、見舞いにも来ず、親の年金を懐に入れる親不孝者もいるようだ。

 

死後の準備

 突然に死ぬから、あの世で立ててもらえるお寺も、無住職のお寺になってしまう。事前に戒名を戴いて、院号を授かれば、そのお寺の住職として赴任が出来る。そこで心置きなく仏道に精進できる。

 戒名の院号とは、導師が故人の為に建てるあの世のお寺名である。そのお寺で仏道に精進をする。

 

2020-12-05 久志能幾研究所通信 1851  小田泰仙

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2020年10月23日 (金)

むやみに車線変更しない

 

 車の運転では、時間節約ため、むやみに車線変更をしないこと。変化には必ず危険が付いて回る。それが時間をロスする。車線変更という動作は、曲がり、速度変化するため、エネルギーロスと摩擦ロスが生じる。

 

運動の第2法則(運動の法則)

 静止していた物体が動き出したり,一定の速度で動いていた物体の速度が増加や減少した場合、運動の第2法則(運動の法則)で、「加速度の大きさは,力の大きさに比例し,質量に反比例する。」

 F=m・α

 一定の力が働いているときには,等加速度直線運動をする。

 

 車線変更をして追い抜いて狂走しても、今の交通事情では、到達時間は数分しか変わらない。

 私は、前の車がよほどのろま運転以外は、車線変更せず、目的地に車を走らせる。それが運命、ご縁だと思って走る。そのうち、前の車は曲がってどっかに「逝って」しまう。人生一本道である。わき道、寄り道、浮気、車線変更をせず、煩悩に惑わされず、真っすぐに走ろう。

 そんなに急いで何処へ行く。行き先は死しかない。人は必ず死ぬ。死までの運転道中が人生だ。その人生を如何にスピーディに、スムースに、安全に自分が運ぶ「目的物」を届けるかが問われる。それが命を全うすることだ。

 自分が人生で運ぶ「大事なモノ」とは何かを自問しよう。

 

テストドライバーの使命

 自動車会社の試験者運転資格(テストドライバー資格)で要求される能力は、早く走ることではない。いかに車をスピーディに、スムースに、安全に走らせるかである。運転中に異音を感じて、いかに素早くその対応が出来るかである。

 例えれば、テストドライバーの使命は、後部座席に乗せた急病の子供を病院に運ぶ仕事である。早く(スピーディに)早く行かねばならぬ。息子の病状は一刻を争う。乱暴な運転では、後部座席に息子の容態に悪影響が出る。だからスムースに運転である。暴走運転では事故の恐れがある。安全運転最優先である。テストドライバーの検定試験中に急ブレーキをかければ、一発で不合格である。予想運転が出来ていなく、危険運転であるとの評価である。3S運転が、テストドライバーの基本である。人生も同じである。

 

人生道のテストドライバー

 人生道では、己は後部座席に大事な「志」を乗せて疾走している。早くいかねば、命が尽きてしまう。命は日々、尽きていく。傍若無人に走れば、世間と衝突して、志の実現ができない。危機管理をしないと、志が途中で爆発分裂する。

 車の運転の仕方そのものは、己が人生を歩む姿を象徴している。一事が万事で、たかが運転、されど運転である。車の運転の状況を見れば、その人の性格、人生が分かる。車のハンドルを握ると性格が変わる人がいる。そういう人は人生で成功しない。車の運転とは人生である。

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  馬場恵峰書

 

2020-10-23 久志能幾研究所通信 1797  小田泰仙

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2020年10月21日 (水)

逆走死? どんな死に方をしたいですか?

 

 人は老いれば、自ずと色んな病気を抱える。その時、医師にかかって薬を貰うが、自分の意志で死に方を決めないと、勝手に認知症にされてしまう。

 通常の医師は、高血圧だと降圧剤を処方する。降圧剤は対処療養の薬で、高血圧が治るわけではない。血圧を降圧剤で下げると、必要な血が末端まで行かず、認知症、脳梗塞、心筋梗塞、癌になりやすい。

 降圧剤を飲まないと、脳溢血の恐れがある。でも苦しまず、一瞬であの世に行ける。認知症では5年程、家族に地獄の迷惑をかけて、脳死として死ぬ。また認知症では、交通事故で死ぬ確率も高い。

逆走

 先日も(10月20日)、駅前大規模小売店アピタの駐車場から出ようとしたら、老人の運転する車が出口から逆走で突っ込んできた。私は、思い切りクラクションを鳴らして警告したが、その老人は知らないそぶりで、出口から駐車場にそのまま入って行った。その老人の雰囲気から見て、認知症のようだ。怖ろしか!

202010201b   逆走の車 2020/10/20 12:17  アピタ駐車場の出口

 

 薬を飲んで認知症の脳死で死ぬか、飲まずに脳溢血で死ぬか、選択が必用だ。

 対処療法なら、私は脳溢血を選ぶが、本来の根本療法は、血管に溜まったプラークを減らす食事療法である。しかし、医師はそれでは儲からないので、その治療は「黙秘」である。普通の医師は、だまって降圧剤を処方する。

 

父の死

 高齢の場合でも、癌が見つかれば、手術である。切れば治ると保証してくれる。85歳の父の場合も医師はそう診断して、私に手術を勧めた。私は医師を信じて、父の手術を了承した。結果、手術は成功したが、その後、別の部位に癌が転移をして、父は手術後1年で他界した。2002年のことだ。却って父を苦しめただけであった。手術をしなければ後5年程は生きていたはずである。これも死に方の選択を間違えた事例である。そんな類の話は、後からあちこちで聞いた。しかしその当時は、そこまで頭が回らなかった。悔いである。

 癌になった根本要因を除去せず、手術だけをするから、癌が転移する。そこまで当時の医師は助言をしてくれなかった。

 

自分の死に方を選択

 現在でも、癌の場合、医師は手術をするだけで、その後の再発防止策は、自分で探すしかない。私の癌の場合も、手術後、多方面の調査をして、再発防止の対応をした。医師は標準治療として抗がん剤を勧めたが、私はその薬物治療を拒否した。高齢の私は抗がん剤のために衰弱し、免疫力が低下して、肺炎等で死ぬ危険性が高まる。それよりも、癌の再発防止に取り組み、それでも癌が出来れば諦めようと決断した。お陰で2年後現在、再発防止には成功したようだ。

 これも自分で死に方を選択した成果だと思う。まだまだやるべきことが残っている。そんなに早く死ぬわけにはいかない。残り少ないあと38年(?)を頑張らねばと精進している。

 

2020-10-21 久志能幾研究所通信 1795  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年8月18日 (火)

マーク・レビンソンの媚音に迷わない

 安全運転上で、運転中の音楽鑑賞は禁止である。音楽に聞きほれると注意散漫となって、事故の危険性が増える。

 前のレクサスLSに乗っていた時も、高級オーディオを装備してあったが、ついぞ音楽をかけたことはなかった。今の足として使っている車も、私は運転中もそうでないときも音楽は決してかけない。私はいつも緊張状態で、テストドライバーの意識で運転に集中している。

 その昔、車で通勤していた時は、講演テープなどは聞いていたが、音楽はかけなかった。あんな狭い空間で、音楽を楽しんでも致し方あるまい。

 私が1993年、初めて試験車運転資格を取る訓練を受けた時、指導教官は真っ先に私の車のラジオの電源を切った。「運転に集中しなさい」である。それよりも周りの音、自車のエンジン音に注意を向けよ、である。

 

 車を運転するとは、一億円相当の自分の命を運んでいるのだ。家族が同乗していれば4億円相当の金塊を運んでいると同じなのだ。構えて運転をせよ、である。ちょっとした油断で、事故が起き、それがフイになる。

 

2020-08-18 久志能幾研究所通信 1711  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年7月 3日 (金)

妾とレクサスは囲うものではない

骨董と妾は囲うものではない

骨董品と妾は成仏させよ

 なにせ骨董品は、その保守が大変である。特に書画は陰干しも必要だし、経年変化する膠の保全が大変でお金がかかる。妾とレクサス等の高級車は、乗らないときの維持費が大変である。

 

骨董品の叫びと祟り

 また骨董品には作者の魂が籠っている。それが恨みとして祟るかもしれない。名古屋ボストン美術館はその祟りで潰れたようだ。

 ボストン美術館に拉致された日本の国宝級の仏像や仏画、古美術品は、拉致されて150年が経つ。それらに使われた膠の寿命は100年である。その保守をボストン美術館が、正しくやっているかは保証の限りではない。なにせ拉致された美術品の実態さえ、正確に分からないのだ。北朝鮮の拉致問題と同じである。ボストン美術館の倉庫で膠の寿命がきた美術品が助けて欲しいとの叫び、その積もった怨念が、名古屋ボストン美術館の経営不振と閉館の原因ではないのか。

 日本政府も、海外に流失した美術品の回収事業を始めるべきだ。それでこそ文化国家である。

 

レクサスの祟り

 私も「レクサス欲しい症候群」にかかっていたが、偶然、2年ほど前にレクサスの最高グレードの車種を手にいれることになった。それでレクサスを2年程乗り回して極楽気分になっていた。ある日、祟りで目が覚めた。それは、お金の減り方が半端でないことで気が付いた。

 本妻としての愛車の駐車場代とは別に、二号さんとしてのレクサスの駐車場代が月に22,000円、本妻の税金の55,000円以外にレクサスの税金が年に88,000円、自動車保険が本妻で51000円、レクサスに年88,000円である。お手当としてのガソリン代も高い。他に色々と経費が掛かる。

 レクサスも置いておくだけというわけにもいかず、たまには乗って可愛がってあげねばならぬ。少し間をおくとバッテリーが弱り、バッテリー交換である。これが普通の車よりもはるかに高い。前回、癌の手術をして入院したので暫らく乗らなかったら、バッテリーが上がり、バッテリー交換である。

 やはり二号さんでも定期的に懇ろに乗ってあげねば、すねてしまう。妾の嫉妬は高くつく。本妻を諦めて二号さん一本にすればよいが、それも未練が残る。レクサスのバカでかい車体で、市内の狭い駐車場のお店に行くのが大変だ。それは本妻の足としての車の方が使い勝手がよい。だから結局、レクサスを買っても、しばらくは2台持ちになってしまった。未練があり、なかなか本妻とは別れられなかった。でもそれは分不相応であった。

 しかしこのレクサスがあったから、大垣を訪問された馬場恵峰先生三根子先生ご夫妻をこの車で送迎できて、三根子先生にも喜んでもらえてよかったと思う。それでレクサスが成仏である。

 

格物致知

 名古屋ボストン美術館は、古美術品の祟りに20年間耐えて、没した。私は2年間、祟りに耐えて、耐えきれずレクサスを手放した。

 欲しいというモノは、一度手に入ると、こんなものかと達観になる。だから再度欲しいという気にはなれない。それはどんな品物やイベントでも同じであるとやっと達観できた。だから後悔してもいいから、欲しいと思ったものは、入手して、やりたいことを体験するのが人生だ。それをやらないから未練が残り、死の間際でやらなかったことを後悔する。何事も、実際にやってみないと、その旨さも不味さも分からない。だから、なんでもやってみる事だ。ダメなら引き返せがすむ話である。そういう意味で、レクサスを買ったことは後悔していない。よい経験であった。

 愚かなことは、愚かだとやって見て初めて実感するのだ。実際に体験して、それが知に致るという。「格物致知」である。それは本を読むだけでは体得できない。

P10500021s   馬場恵峰書   2008年

2020-07-03 久志能幾研究所通信 1653 小田泰仙

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