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2020年1月13日 (月)

窒素ガスに死びれる 悪縁ディーラからの遁走記 3/6 

悪縁ディーラから遁走2

 

1 窒素ガスの不手際

 大垣に帰郷後、あるトヨペット店で車の定期点検を受けたら、窒素ガスの入ったタイヤに、普通の空気を補充させられた。その失態にそのディーラのサービスマンは平然としていた。詫びも弁償もなかった。私は技術力と倫理観のレベルの低さを見て、そのディーラから黙って遁走した。

 窒素が入っているタイヤのキャップは、普通の空気入りのタイヤと区別がつくように変えてある。トヨタカローラ店では、私がその件の説明を忘れていても、キチンと対応してくれた。そのトヨペット店とは大違いである。その店の整備マンは、業界で常識の知識がなかったのだ。その程度の差別化スキルがない店は、淘汰されても致し方あるまい。

 

クレーマーだったら幸せだろう

 私がクレーマーだったら因縁をつけて、ガッポリとせしめれたかもしれない。クレーマーは貧乏人のやることである。人を一方的にクレーマーと誹謗するのは、心の貧乏人である。誹謗者は視野が狭く、物事を論理的に考えられない。私は言っても無駄と悟って、黙ってそのお店を去って、クレーマー行為はしていない。後で愛知県の知人の元店長に聞くと、そのディーラの悪評は愛知県の業界にも伝わっていた。

 私をクレーマーだと非難するコメント者は、悪意のブログ妨害である。匿名で悪意あるコメントをするのは卑怯である。その人間は、IPアドレスから特定された。その人間はディーラか大垣市長の利害関係者と推定される。

 

2 無神経な営業センス

 その後、車検は別のディーラに変更したが、そのトヨペット店は6年間も車検と定期点検のダイレクトメールを寄こすのであった。ダイレクトメールがこればゴミとして処理せねばならぬ。迷惑も甚だしい。智慧ある営業なら、顧客が急に車検や1年点検に来なくなったのだから、その異変に気付くべきである。その営業センスがなければ、営業マン失格である。

 つまりそのお店は、仕事をルーチンワークとしてしかやっていない。単なる作業をしているのだ。車検連絡をノルマ数だけ発送すれば、それで成績が評価され体制のようだ。

 店長や社長が、社員を考える人間として扱いをしていない。仕事とは何たるかを店長が知らないのだ。店長はやりたいことだけをやって、店長としてやるべきことをやっていない。だから営業成績が上がらない。

 人こそが、創造的に無から付加価値を生み出すお宝である。それをこの店はないがしろにしている。

 

3 新人の練習相手にさせられた

 あまつさえ昨年春には、女性新入社員の電話応答実習の相手先にされた。自宅の留守電にその営業電話が録音されていた。新入社員は、ノルマでリストの名簿に電話をかけるだけのようだ。6年間もお店に来ない幽霊顧客にまで、電話攻勢をする営業である。一定の数の電話をするというノルマさえ達成すればよく、売れかどうかはどうでもいいのだ。

 「お留守のようですから後日また電話をします」とあったが、その後に連絡はない。新人教育の電話マニュアルに記載されたままの外交辞令のセールス電話である。

 私も留守電があれば聞かねばならぬ。1分100円として年間300円の損害である。留守電は文書と違って、最期まで聞かないと要件が分からない。セールス電話は、時間泥棒である。今時、車販売の営業で電話商売をするのは、前近代的な商売手法である。

 

4 店長の就任挨拶

 さらに6月に新店長が赴任したとの挨拶状が舞い込んだ。ご丁寧に、その1週間ほど後に、店長から直々の電話が来た「新しく店長として赴任したのでよろしく」である。40年間も車に乗ってきて、ディーラからのこんな暇な電話挨拶は初めてである。

 私は今までの経緯に憤っていたので、「お宅には不愉快に思いをさせられたので、二度と行かない」と怒って電話を切った。

 

5 クレームは商売のお宝

 相手は私の剣幕に驚いたが、不味い客に電話をしたくらいしか思わなかったようだ。本来なら、クレームは営業のお宝である。そのクレームから自社の弱点や問題点の改善のネタが出せるのだ。自分の営業成績向上のネタが埋まっているのだ。

 その店長から電話があってから数か月も経つが、全く音沙汰がない。知人の元店長や百貨店でその昔、営業をしていた人に意見を聞いても、常識としてその場合は顧客に顔を出して謝り、状況を聞き込み調査するという。それこそ絶好の営業のチャンスなのだ。店長として、今までのお店の問題点を把握できる機会なのだ。それがその新任店長にはなかった。他人事ながら情けない。知人も呆れていた。この会社の退廃の匂いを嗅いだ。

 

6 社内で横の情報なし

 もっと情けないのは、その後、私が新任店長を怒鳴り付けても、その情報が営業マンに伝わっておらず、また車検の案内状が届いたこと。つまりこのお店では、店長も営業マンも、車検受付も、顧客の情報を共有していない体制なのだ。それでは良い仕事はできまい。

 私はこのディーラから逃げたのだが、相手は逃げても逃げても追いかけてくる。成果主義に染まった悪女の深情けである。相手は、金に飢えた守銭奴のようだ。

 6年前に、タイヤの窒素ガス補充で不愉快な思いをして、そのお店の腐敗の匂いを嗅いで、縁を切るため遁走したことが正解であったことが証明された。

 

7 ネッツトヨタ南国の岐阜講演会

 2011年5月、私は経営研究会の運営スタッフとして、表記の講演会の案内をこの店の店長に勧めた。しかし店長は、この講演会に全く興味を示さなかった。当日は、この会社の社長も参加したが、ネッツトヨタ南国の経営手法を自社に取り入れる経営能力はなかったようだ。

 この参加者約600人中で、私は50枚弱のチケットを売りさばいた。経営研究会の中では、断トツの販売成績であった。参加者に喜んでもらえて幸せであった。その中で、この店の店長に講演会の紹介をしたときの店長の素っ気なさは異常であった。説明を迷惑そうに聞いて、店舗の売上向上には気がないように見えた。

 その講演会場に、その販売店の新入社員も参加していたが、社長が参加していることが分かると、慌てて身を隠した。それでこの会社の社風が露見した。本来、この講演会への参加は、自慢こそすれ隠れることはないはずである。

 ネッツトヨタ南国は、デフレ経済で全ディーラの売り上げが下がっている中、売上が伸びているのだ。その経営の秘密を知りたいとも思わない店長では、お先真っ暗である。

 この時から、このお店の異常さは気にはなっていた。

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「顧客幸福」で不況でも売る 日経ビジネス 2010.1.25号

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ネッツトヨタ南国 大原社長の講演 じゅうろくプラザ 2011年5月12日

  

7 挨拶なしの転勤

 大垣に帰郷してから、このお店のフロントマンの助言で、自車の再整備でかなりの金を使った。ヘッドライト部の一式交換、ETCの追加、ドライブレコーダーの追加、イオン発生装置等の整備である。それでフロントマンとかなり親しくなって、好意で自著や情報を多く提供した。

 ある日、遊びにお店に行ったら、そのフロントマンがいない。聞くと別のお店に転勤になったという。転勤はともかく、何故、懇意の顧客に一言の挨拶がないのかと、その会社の営業方針に不快感を覚えた。一見の客ならともかく、私は普通以上の金を使った客である。転勤の挨拶なしでも、営業方針には反しないが、過去の経緯から私には非常識に映った。

 

情報は利他の心

 以上の不愉快な事象が連続したので、皆さんが被害にあわない為の情報として記載した。グローバル経済主義・金儲け主義が蔓延する中、弱い立場の客として、真実の情報を共有して身を守るのが、「専守防衛」である。

 「知りたることを教えざるは、カネを借りて返さざるが如し」と経典にも書かれている。価値ある情報を他人に教えないのは罪である。その利他の行為を匿名で誹謗するのは、敵対行為である。

 

2020-01-13 久志能幾研究所通信 1449  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年1月12日 (日)

悪縁ディーラからの遁走記 2/6 命の危険

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面会をすっぽかされる

 数年前、父の知人の某会長から、自社の車販売店の経営分析をして欲しいとの依頼を受けた。それで、その会長経由で、その車販売店の社長と面会の約束を取り付けた。しかし約束した時間に会社に行ったら、社長は外出して不在で、面会約束をすっぽかされた。その件を会長に報告したら、会長は怒って社長を叱責したそうだが、その社長は蛙の面に水の様子であったそうだ。私にも、すっぽかしの謝罪などなかった。この件で、社長がまともでないことが露見した。

 その会社の社員からの伝聞では、その社長は以前に本社で不正が露見して、この販売店に左遷させられたという。

 

損益分岐点を計算

 私は仕方がないので、公開データで経営分析を試みた。売上、利益、経費の数字から、損益分岐点を計算する公式を使っての経営分析である。その結果は、経費の割合が異常に大きく、辻褄が合わないことが判明した。それで不正が疑われた。その件は会長に報告した。会長は部下の経理部長に、私に会社の経理データを提供しろと命令したが、何時まで経ってもそのデータは私には届かなかった。そのデータを見せれば不正が露見すると危惧したのだろう。

 

脅迫を受ける

 それで数店あるお店で、個別の聞き込み調査をした。それが早々にその会社のお客様相談室室長に通報されて、その室長から「二度とお店に近寄るな」と脅迫をされた。「会長がお前に用があるときは、こちらから連絡する」と通告された。それ以降、全く連絡はない。このため会長とは、その前の面談が此の世でのお別れとなった。

 

命の危険

 またその室長は、「うちは銀行から経営診断をしてもらっているので、その必要はない」という。知人のその銀行元支店長は、「当銀行は会社の経営診断などしない」と断言した。

 その銀行元支店長はその件で「その室長は元警察関係者で、闇の世界と通じているようだ。今のまま深入りすると、貴方の命の危険があるので身を引いた方がよい。相手も不正の露見を防ぐために必死になるだろう。無名の貴方を夜道で襲い、此の世から消しても、警察も犯人を捜さないだろう」と助言された。だから私は早々にその会社の調査から遁走した。

 

此の世の別れ

 数年後、その会長が他界されたので、経営分析依頼された時の面会が、此の世の最後のお別れとなった。会長にもう一度、会いたかったが、周辺のガードが固く、面会は叶わなかった。此の世では、そういうご縁であったと納得して身を引いた。

 

店頭雑誌で会社のレベルが分かる

 その会社の店舗の待合室に置いてある雑誌や週刊誌は、芸能人のスキャンダルが満載の下品なものばかりであった。それでその会社のレベルが推察された。良識ある店長なら、雑誌一つでも精選して店舗に置くのだ。

 愛知県の知人の店長は、展示雑誌を自ら選定していた。当然、上品な雑誌を選定している。

 

休業案内に見る傲慢さ

 その店舗のお盆や年末の長期休業案内の掲示のやり方が、顧客を馬鹿にした表示方法であった。店舗の入り口の柵にその掲示物がぶら下げてあるが、当方が地面に身をかがめて見ないと字が読めない。こちらが地面に平つくばって、掲示を見ろ、である。それがその会社が表す顧客に対する姿勢である。

 私がそれを会長に指摘すると、会長もそれには気が付いておられて、「今度、部下に言う」と言っておられた。しかし、それも叶わず会長は他界された。

 社長・店長と店舗の状況を見れば、その会社のレベルは分かる。

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お盆の長期連休表示    「休日日のご案内」 2015‎年‎8‎月‎14‎日

 

その会社の末路

 それ以降、そのディーラとは縁が無くなった。その後、その会社は人員整理に追い込まれて倒産寸前となった。その後、別会社の資本が入り、経営権が人手に渡った。

 私も下手に深入りすると、身が危なかった。君子危うきに近寄らず、で正解であった。身の危険を感知して、遁走して正解であった。危ない会社は、危ない顔をしている。

 

2020-01-12 久志能幾研究所通信 1448  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

悪縁ディーラからの遁走記 1/6

悪縁から脱兎の如く逃げ、女々しくとも正道を歩む

 

人生時間は有限

 60歳の人が、毎日1人とご縁を結んでも、死までに7,300人しか知り合いになれない(平均寿命80歳として)。日本の人口が1億2千万人でも、知り合えるのはたった7,300人である。還暦後では実際、週に一人とでも新しい知遇を得るのが難しかろう。20年間で1,000人も新しいご縁を結べまい。

 人生の時間は有限である。その一人とご縁があるとは、もう一人とのご縁が、此の世では無くなる。だからこそ、価値ある人とのご縁を選ばねば、人生が墓場になる。それは命を預けるディーラ選択でも同じである。

 

孟母三遷

 孟母三遷は、その戒めの教えである。孟子の母は偉かった。孟母三遷の母の庇護もなく、悪縁の仲間に付き合わされて寒い川原で、裸で泳がされ、殺された中学生がいた。極悪の師に縁が出来て、サリン事件を起こした人もいた。新興宗教に誘われて、全財産を貢がされて、家族離散の憂き目にあった人もいる。人を見る眼が無く、保証人になって破産した人もいる。すり寄ってきた悪縁の真贋が区別できず、その悪縁から逃げなかったのが原因である。

 

会社は公器

 会社は社員を雇い、社会の利益のために存在するので公器である。公器である以上、社会に迷惑をかけるのは罪である。自分達の利益のため、電話セールスで、関係ない人の時間を奪っては時間泥棒である。会社として利益を上げなければ、公共インフラの無賃使用で税金泥棒である。

 会社として、社会の誰かを幸せにする仕事をしなければ、その会社の存在意味がない。その会社が誰かに不幸の種を撒くなら、そんな会社はつぶれた方が、社会のためである。

 社員に無意味な時間を使わせるのは、社会のインフラを無駄遣いしているのだ。日本の繁栄の足を引っ張っている。

 社員に無意味なルーチンワークをさせ、創造的な仕事をさせないのは、その人の持つ大事な人間性を殺している。社員の花開くべき能力を殺している。

 

ハインリッヒの法則

 一件の重大災害の裏には、29件のかすり傷程度の軽微な災害があり、さらにその後ろには、冷や汗が流れるような事例が300件潜んでいる。

 (1941年、アメリカの損害保険会社に勤める安全技師、W・H・ハインリッヒが確定した法則)

 

 組織で、新聞沙汰になるような大きな失敗が露見すると、その背後には、顧客からのクレームなどの失敗が29件あり、さらにその背後には、失敗という形にはならなくても、社員が「ヒヤリ」とした事例が300件ある。

 ということは、小さな失敗を見過ごす会社は、重大な事故を起こす確率が高い。小さな事象を、きちんと対応しないと会社存亡の危機を迎える。だから、私はディーラに危険を感じると、さっさと遁走する。危ないディーラは、うっかりミスで車の整備に不具合が出て、死亡事故を起こす恐れがある。君子危うきに近寄らず。危険を感じたら脱兎のごとく逃げろ、である。そんな会社で、利己的にクレーマーで立ち回っていると、身に危険が及ぶ。

 

逃走方針

 私はそのご縁に腐敗と危険の匂いが感じられれば、そのご縁から必死に遁走する。「女々しい」と誹謗されようが、わが身が大事である。わが身は両親から頂いた大事な命なのだ。

 お釈迦様は自分のことを「天上天下唯我独尊」と言われた。この世で、私はこの世で一人しかいない、誰とも代わることのできない大事な体である。自分が大事だから、他の人も同じように大事な命であるという意味である。だから人を傷つけてはならない。

 それを「女々しい」と人を匿名で誹謗する人は、人の心を傷つけても平気な暴力者だ「幼稚園落ちた日本死ね」という匿名でしか意見を言えない卑怯者と同じである。卑怯で軽薄で客観性ある見方の出来ない人がはびこるから、日本社会が劣化する。犯罪や汚職がはびこる。イジメが絶えない。

 

ディーラとのご縁

 普通の人が、一生の間でディーラとのご縁があるのは精々数店だろう。私も転勤がなければ、一生で精々3店舗ほどのディーラとのご縁しかなかったはずであった。しかし私の場合、遠方に転勤があり、定年後、大垣に帰郷したこともあり、某経営研究会に入ってご縁ができたことも重なり、その結果としてディーラや自動車整備店と接した数が12店舗になった。そのご縁のお陰で、各地の正規ディーラ、カーショップ、街の整備工場等で、車整備の多くの「顔」を観察できた。

 そのごく数少ない付き合いのディーラ中で、悪縁・悪徳のお店に関わると人生が不幸になる。車は自分の「天上天下唯我独尊」の命を運ぶ道具である。いわば自分の分身である。その整備が不備だと、己の命に影響する。だからこそ信頼できるお店を選ばないと、人生で難破する。

 

2020-01-11 久志能幾研究所通信 1447  小田泰仙

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2020年1月 4日 (土)

タイヤに窒素を入れて「得・徳・疾く」

 私は15年ほど前から、自車のタイヤに窒素ガスを入れている。窒素はガスが漏れにくく、温度変化にも強いため、航空機のタイヤにも使われている。フォーミュラカーもタイヤには窒素を入れている。

 

窒素入りタイヤのメリット

 窒素は空気に比べてゴムの透過速度が三分の一とガスが漏れにくく、空気圧チェックが年に1回くらいですむ。時間節約となる。

 窒素入りタイヤは、燃費向上につながる。タイヤ圧の管理は一般の人は怠慢になり勝ちである。JAFの調査によると高速道路を走る車で、その内15%の車のタイヤ圧が不足していたという。タイヤ圧が不足すると燃費が悪くなる。それが窒素入りのタイヤだとその確率が減る。

 窒素は酸素に比べて、タイヤやホィールの金属部への腐食影響が少なくタイヤの寿命を延ばすことが出来る。

 窒素は音の伝達率が低く、タイヤからの走行音の伝達が減少して、乗り心地が良くなる。しかし僅かな差なので体感するのは難しい。

 費用もタイヤ4本で2千円ほどである。無料の空気に比べて、それがデメリットだろう。

 安全運転への貢献、燃費節約への貢献は0.1%かもしれないが、その積み重ねが人生を質実剛健にする。

 

不徳の露見

 2013年、岐阜トヨペット大垣北店が、車検時に窒素が入った私のタイヤに空気を入れるという失態を犯した。タイヤには窒素入りの目印があったが、岐阜トヨペット大垣北店の整備マンは、それの知識がなかったようだ。岐阜トヨペット大垣北店は窒素を入れる設備も持っていなかった。そのミスを指摘しても、岐阜トヨペット大垣北店は、その事態を理解できず、その謝罪もなかった。

 これでは苦情を言っても時間の無駄だと思い、早々に退散して、別のお店で「お金を払って」窒素を入れ直した。それ以降、岐阜トヨペット大垣北店とは縁を切った。「窒素入りタイヤ」という事象がディーラの技術レベル、信用レベル(徳)を教えてくれた。

 自分の命を預ける車の点検を任せるディーラは、技術力、仁義、徳、礼儀、智慧、信用力があるお店を選ぶべきである、が今回の学びであった。

 

日本人の徳の消滅

 しかしこれは特定のお店だけの問題なのか。自分のやった仕事にミスがあっても、客に反省も詫びもない。そんな日本人が増えたようだ。企業も拝金主義がまかり通る経営が最優先される。日本人全体が「仁義礼智信」を忘れた、人間としての基本素養を放棄しつつあるのではと危惧している。それは日本の政治、大垣の政治でも垣間見える。

 

 「ビジネスは壊れやすい花瓶に似ている。無傷であればこそ美しいが、一度割れると二度と元の形には戻らない。」

    Business is like a fragile vase - beautiful in one piece, but once broken, damn hard to put back together again to its original form.

     “Letters of a businessman to his son" by G.KINGSLEY WARD

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 馬場恵峰書

 

2020-01-04 久志能幾研究所通信 1444  小田泰仙

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2019年12月12日 (木)

危機管理 人生道を走る乗り物

 長年乗る車を選定するなら、自分の命を守る車でありたい。フロント部の短い一リットルカーや軽自動車では、トラックに追突した場合、トラックの荷台の下に潜り込んでしまう形になる。それでは事故になったら人生が終ってしまう。

 いくら安全装置が完備しても、ベンツと軽自動車や小型車とが正面衝突をすれば、小さな車の被害が大きくなるのは誰が考えても自明である。

 だから安全上は、車のエンジン部が長い2000ccクラス以上のセダンが望ましい。それが衝突事故を起こした場合、自分を守る緩衝機能を果たしてくれる。

 

死の席

 車に乗せてもらうにも、後部座席の右側(運転席の後)が安全で望ましい。右側が難しければ後部の左席である。助手席は、米国ではデスシート(死の席)と言われ、事故時に一番死亡率が高い席である。だから私はお客さんを乗せる場合は、助手席には座らせないようにしている。それが気配りである。

 

人生道を走る車で自己防衛

 自分が人生道を走る場合、その乗り物のフロント部に防御壁を装備して走るべし。それが危機管理である。必要なら上司に必要悪の付け届けをしよう。それが企業の戦場で最前線に飛ばされないための自己防衛壁である。

 私の職場の1年後輩のD君は、上司に逆らったので、技術職なのに欧州の営業部に飛ばされて、その不慣れな環境と心労から病気になり50代半ばでこの世を去った。上司の好き嫌いで「死の助手席」に座らされたのだ。会社の人事は、極論すれば、好き嫌いである。それなら自己防衛すべきである。

 私の両親は、私のために上司に盆暮れの付け届けは欠かさなかった。お陰で私は出世はしなかったが、危険な部署に飛ばされることは避けることが出来た。両親に感謝である。無事これ名馬である。

 自分を運んでくれる体の保守こそが危機管理である。狂った運転をせず、狂ったガソリン(食事)を入れずに走りたい。正しい運転で、ご先祖から頂いた命を大事に運びたい。

 

2019-12-12 久志能幾研究所通信 1423  小田泰仙

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2019年12月 9日 (月)

左党・右党「茹で蛙」症候群

 あるレストランの駐車場で、左にハンドルを切ったまま駐車していた車が目に止まった。私は車が可哀そうだなと感じた。つまり操舵を切ったまま止めておくと、機械の操舵部に応力がかかったままになるので、メカ的な負荷がかかりっぱなしになる。だから機械が可哀そうと感じたのだ。長い間では、ガタが生じるだろう。これは現実的には問題になる事はないが、気配りの問題で、一事が万事の問題である。車を大事に乗ろうとすると、そんな気配りが出てくる。そういう気配りをしないから車の寿命が短くなる。私の車は車歴20年で現役である。私が車を止める場合は、ハンドルを真っすぐにして止める。

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テストドライバーの車への気配り

 私が会社で試験車運転資格(テストドライバー資格)を取る訓練をしていた時、サイドブレーキ(当時は座席横のレバーをカチカチと引いていた)をかける時、「カチカチと音を立てないようにレバーボタンを押して引け」と教官から指導された。カチカチという音を立てると、ラチェットがその分、摩耗するので、それを防ぐための配慮である。車と自分は一体なのだ。車をいたわれば、腕も上がる。テストドライバーにとって、車は一心同体の相棒なのだ。

 

政治は国民と一心同体

 現在日本の政治情勢は、サヨクが傍若無人の振る舞いで国会をかく乱させている。まるで政治が左に切られたままになっているようだ。サヨクのマスコミも跋扈している。左への応力が長年積み重なり、疲労破壊寸前となって暴走しているような趣である。日本を取り巻く世界の政治情勢は緊迫しているのに、安陪さんの「桜を見る会」の宴を重箱の隅を突っついて大騒ぎをしている。もっと大きな問題である尖閣諸島の連日の領海侵犯、沖縄が奪われる危機、中国で邦人のスパイ容疑拘束等の議論から目を逸らせるがごとくの陰謀のようである。日本の国家存亡の危機が迫っているのに、呑気なものである。議員として亡国の輩である。

 ウイグル族が100万人も虐殺されようとしているさ中、花見の宴の問題で、下らない論争で国会が野党の横暴でマヒしている。それを問題視してウイグル法案を通した米国議会と大違いである。そういう下品な野党議員を選んだ国民にも責任がある。現状は国民のレベルがそれを表している。まず自省が必用だ。

 毎日少しずつ左への思想に染まると、左党「茹で蛙」が出来上がる。それは国の癌死である。だから若者の支持政党で、共産党へは低い投票率だが、60以上の元学生運動共感者世代は、いまだ共産党への投票率が高い。政治と我々の生活は一心同体である。まず身を慎まなければ、国も政治もよくならない。

 

食生活は癌予防と一心同体

 毎日の左党のたしなみが癌を招く。英国の学会の研究では、酒は少量でも発がん性があるのだ。毎日、左に舵を切られて晩酌で肝臓が傷めつけられれば、肝臓君だって、我慢の限度がある。それが癌の発生である。

 毎日が右党で、甘いものばかり食べていると、癌になる。癌は糖分の甘いモノが好物なのだ。癌になったら糖分の制限をするのが食事療法である。

 私は甘党であるが、癌になってから、お饅頭を食べるのを制限している。いくら美味しくても命には代えられない。私には死ぬまでにやることがあるのだ。

 戦後の食生活の激変で、この40年間で癌は3倍に増えた。乳がん死亡者はこの30年間で3倍に増えた。左党、右党の偏った嗜好が原因である。食品業界が、国民の健康無視、利益最優先で酒、スィーツ、飽食を売りまくったためである。

 少しずつ、癌の好物の環境に染まってガン「茹で蛙」になっていく。それが日本人の今の姿である。だから日本人の2人に一人が癌なるのだ。自己防衛しかない。

 

2019-12-09 久志能幾研究所通信 1420  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月 6日 (金)

時間は命 人に車で送らせない

 私は訪問先の好意で、帰路、車で送ってもらうことをなるべく辞退している。しかし相手の好意を断るのが大変である。その時は鬼になって断っている。公共交通機関のないへき地なら、タクシーを呼んでいる。お金の問題ではない。その時間分、相手先に稼いでもらった方が、日本経済のためには良いことだ。

 その逆で、私もお客さんを送るのも止めて、タクシーを呼び、タクシーチケットを渡している。それが合理的である。私も相手もアッシー君ではないのだ。その間の時間、お互いに稼ぐべきだ。

 

車で送らせるとは

 人に車で送らせるとは、相手の時間を奪う事。またその時間は、相手に支配される時間となり、自分の時間も奪われる。同乗中では勝手なことをできなくなってしまう。時間は命なのだ。

 またその時間、電車で行くより車で行くのでは、混雑した道路状況のため、余分に時間がかかる。電車なら乗っている間にメモを書いたりPCを触ったりと仕事が出来る。車で送ってもらっては、それが出来ない。また相手に交通事故の危険性さえ高めさせてしまう。

 時間コストは1分100円なのだ。相手に車で送らせて10分を無駄にすると1000円が無駄になる。それより1000円でタクシーを呼んだ方がよい。歩いた方が健康によい。

 

人に車で送らせると、人の運命まで変える

 私が若いころ、私の同僚が部下に駅まで送らせて、それが原因で交通事故を起こし、老人を撥ねる事故を起こした事件があった。それが遠因となったのか、彼は会社を辞めてしまった。それから彼は当時、超優良企業の松下電器に転職した。しかしその後、松下電器はリストラの嵐が吹き荒れ、彼は心身の疲労からか進行性の癌になり、がん発見後半年の50代で亡くなった。人の運命は分からないものだ。

 

馬場恵峰先生の深情け

 その昔、私が九州の馬場恵峰先生宅に行くと、帰りに先生が気を利かせて車で送ってくれると言う。90歳越えの恵峰先生に車で送らせて、事故でもあったら大騒ぎで、私も立つ瀬がない。それよりその時間に、価値ある書を書いていただいた方が、後世の為である。今までは、それを断るのに大騒ぎである。奥様の三根子先生も、暗い夜道の恵峰先生の運転を心配していた。

 しばらくして、馬場恵峰先生が運転免許を返上したので、その断る言いわけの心配が無くなりほっとしている。馬場恵峰先生は91歳まで運転をしていた。実はその運転が怖しい。先生の車に同乗させていただくと、豪快な決断力ある運転で、私は肝を冷やすことが度々である。私のテストドライバー資格を持つ視点から見て、とんでもない運転である。それでも事故もなく、91歳の運転免許返上まで、無事であったので幸いである。今はほっとしている。

 

2019-12-06 久志能幾研究所通信 1417  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年11月23日 (土)

愛車の心臓手術、小川敏の分解点検が必要

 20年間、乗った愛車が、エンジンからの油漏れで、そのままでは車検が通らないので、エンジンを降ろしバラバラに分解する「心臓手術」を受けた。それがやっと3週間ぶりに今日(2019年11月22日)「退院」である。

 本来なら新車に変えればよいのだが、20年も乗り、まだ走行距離12万キロ、エンジンの油漏れ以外は絶好調である。ナビ、ドラレコ、衝突防止装置、目玉(ヘッドライト部も全面交換)、タイヤ、全面塗装も最新更新したばかりである。愛着もあり、長年乗ったので体の一部として使える足でもあり、良いものを長く使う私の方針もあったので、修理する決断をした。

 

新車の検討

 エンジンを修理せず、新車にすると、カローラクラスで300万円、1リットルカーでも150万円のお金がかかる。今回、エンジン修理で約42万円の請求書であった。当初の見積金額は60万円であり、20年間も乗ったので、修理費用42万円は妥当だろうと納得した。要は年間2万円のエンジンメンテ費用と思えばよい。エンジン分解の選択で正解であったようだ。

 

費用の内訳

 エンジン分解の技術料が22万円、部品代が20万円である。

 部品代で一番高いのが、「エンジンオーバーホール ガスケット類」で4万円である。他はベルトアッシー3万円、ピストンリングアッシー1.9万円、ウォーターポンプ1.4万円、他は数千円の部品ばかりである。要は工賃が主要な費用である。

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  交換した部品

 

自動車の部品取り寄せ

 自動車の部品は30年間も修理ができるようだ。家電製品部品の10年保管とは大違いである。しかしトヨタは30年しか部品を提供してくれない。クラッシックカーを所有している知人に言わせると、「トヨタは世界の自動車会社の恥」だという。なぜなら日産なら、30年でなくいつでもその部品を手配してくれるからだという。トヨタから部品が手に入らない場合、仕方がないので、廃車になった車から部品だけを剥がして使うという。また古いトヨタ車は米国ではまだ多く使われているので、米国のその業界から取り寄せるという。

 

結論

 私の品物の購入方針「高くても良いもの長く使う」に合致した今回のエンジン修理であった。高いモノにはワケがある。安いモノにもワケがある。

 

小川敏市政のオーバーホール

 18年間も、小川敏が旧態依然たる市政方針で暴走すれば、大垣市も市長もぼろぼろになるのは必然である。小川敏と大垣市政のオーバーホールが必用である。公金の死用用途をマル秘にする条令を作るなど正気の沙汰ではない。まるで汚職をやっていますと宣言するようなものだ。本体もCPUも狂っている。このままでは途中でエンストが目に見えている。

 エンストとは市長の現役死である。市長職は過酷である。休日がないのだ。ストレスも大きい。今までの大垣市長は、全員、現役死である。この状況は、市長自身は暴走しているので辞めない。その取り巻きも止められない。親族が止めるしか手がない。それともそれを親族が望んでいれば、完全犯罪である。親族は、上品な学友が口では何も言わないが、陰で嗤っていることが分からないようだ。同窓会での話題が見ものである。

 この状況の最大の被害者が、大垣市民なのだ。大垣市商業を追われた8千人の怨念が世に木霊している。不動産財産価値が半減した市民が泣いている。ヤナゲンが閉店して、そのあおりでヤナゲンのテナントを追い出されて、その心労のためこの10月に急死した店主のTさんが草葉の陰で泣いている。

 大垣市民が乗っている小川敏という生活用車の分解点検が必要なのだ。

 

2019-11-22 久志能幾研究所通信 No.1406  小田泰仙

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2019年10月25日 (金)

引き上げられた死体には手がなかった(改訂)

水没事故の凄惨状況、20年前と変わらず

「台風19号「車中死」が3割」

 上記表題の記事が、日本経済新聞の社会面に掲載されていた(2019年10月24日)。台風19号で、死亡が確認された84人のうち、3割(25人)が車で移動中の「車中死」とみられることが分かった。

 25人が、車を運転中に崩壊道路から川に転落したり、車が水没して水圧でドアが開けられず、車中で死亡した。

 私が20年前の危機管理として、対策した車内ハンマー装備の必要性を2017年にブログで公開したが、あまり認知されていないようなので、再度、このブログで啓蒙活動をする。

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日本経済新聞 2019年10月24日

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水没事故の凄惨さ

 2003年頃、ビスタ刈谷店の松本透課長(当時)から聞いた怖~いお話である。実話である。

 1992年頃、この課長さんの友人の知り合いが、知多の佐布里池に車ごと落ちる事故を起こした。事故を起こしたのは二十歳過ぎの男性で、若いガールブレンドも同乗していた。事故は昼間に起きて、それを目撃した仲間が助けようと水中に潜り、内部で窓ガラスを必死に叩いている2人を発見した。しかし水中のため車外からでもドアを開くことができず、結局、警察に助けを求めた。警察が車を引き上げた時は、すでに2人共死亡していた。恐ろしいことに、引き上げられた男性の手が無くなっていた。

 男性は車が水没してから脱出しようと、必死に窓ガラスを割るため、手の甲で叩き続けた結果、手の骨が全て砕けてしまい、結果として引き上げたときに手がないという凄惨な姿となった。

 

車の安全設計が仇

 最近の自動車の車内には、安全化設計と軽量化設計のため、ガラスを割ることができる部品は車内に存在しない。また事故を想定した強度設計の車のガラスが、人間の手で割れるわけがない。また水没の場合、水圧でドアは開かないし、電気も駄目になるので、パワーウイドウも開かない。悲惨である。

 2000年10月の愛知県下の記録的な水害時も、刈谷の主婦が自動車ごと用水に水没して、死亡したとの痛ましい事故が身近で起こっている。

 

ハンマー兼ハサミ搭載の必要性

 この種の事故の自己防衛手段として、車内搭載のハンマーが必要である。さらに車が横転した場合の脱出時には、このハンマーにハサミ機能が必要となる。横転して車が火災になった場合、車から脱出できないと、生きたまま焼かれることになる。

 

火災の危険性

 国土交通省の発表では、平成25 年に発生した車両火災事故件数は1,220 件、前年の平成24 年は1,099 件で、毎年1,000 件以上の車両火災事故が継続して発生している。冒頭に話は30年程前の話であるが、状況が変わっているわけではない。むしろ電気自動車・ハイブリット車の普及、電子機器の増加に伴うバッテリーの高容量化で、車両火災の危険性は増している。

 

水没の危険性

 車は水没に弱く、車がドア下面から30cmも水没すると、脱出の緊急性が増す。それが60cmになると、ほぼ脱出は困難になる。車輪が浮いた状態では、更に状況が悪くなる。(JAFの調査)

 

車の横転時の危険

 私は車の横転時に、車内からシートベルトを外して脱出する難しさを検証したビデオを見た。車は横からぶつけられると簡単に横転する。

 最近、電気系統の配線が多くなった車には、火災事故が多いという。横転した場合は、自分の体重のためシートベルトが体に食い込み、簡単にシートベルトのロックが外せない状況が実験で分かってきた。その場合は、シートベルトを切って脱出するしか方法がない。いくら自分で運転に気をつけても、信号無視の車に横からぶつけられると、簡単に車は横転する。側面からぶつけられると、ドアが開かなくなり、火災になれば悲惨である

 それで、1998年からこのハンマー兼ハサミを自車に装備した。

 

危機管理として対応

 私は松本さんの話を聞いて、すぐ車にハンマーを乗せた。ただし乗せただけで、固定をしていないと駄目である。この種の事故の場合は車の姿勢がどうなっているか保証の限りでなく、その非常時にハンマーがどこかに飛んで行っていて、それに手が届く保証は全くない。これは運転席近くにキチンと固定すべきだ。

 人によってはカナヅチやナイフをこの目的で装備している人もいるが、車のガラスを割るのに、普通のカナヅチでは芳しくない。なにせ車のガラスは、事故を想定した強化ガラスである。少々の衝撃では割れず、単にヒビが入るだけである。ガラスを割る機能として、ハンマーの先端は90度の鋭角さが必要である。

 最近のニュースで、異常者が石で被害者のフロントガラスを割ろうとするドライブレコーダーの映像が流れた。その映像では、フロントガラスにヒビが入るだけで、割れなかった。もしこれが、先端の尖ったハンマーで叩くなら、フロントガラスは、粉々になるはずである。そのように車のガラスが設計されている。

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     車搭載のハンマーの形状

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保安部品として

 カーパーツショップに行くと、いろんな種類のハンマー製品が売られているが、これは保安部品と考えて、純正品が勧められる。サイドパーティーの部品でも値段の差は、車の価格、己の命の値段から見れば微々たるもの。私の購入したトヨタ純正部品で、定価3,800円(当時)。

 

人生の危機管理

 幸福はお金で買えないが、不幸は少々のお金と決断で避けることができる。お金があってもそれに投資をするとの決断がないと、不幸は避けられない。わずか2,3千円のことだ。これはお金の問題でなく、考え方と決断の問題である。保険としてこのハンマーを使わずに、その役目を終えることほど幸せなことはない。これが危機管理の鉄則である。またこのハンマーは他車の事故の救援にも使える。事故はどんな場合も悲惨である。2000年に車を更新した時、このハンマーを外して、新しい車にそのまま付け直した。これは一生ものだ。2019年の今も、このハンマーは現役である。

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 自車に搭載したハンマー

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 松本店長さんの話では、現在でもこのハンマーの存在を知っている人は稀で、あまり装備をしていないという。それは2003年当時の話しであったが、現在でもそれは変わっていない。

 車のカタログにも、このハンマーの記載は隅に小さく載せてあるだけとか。本来なら標準装備にすべき保安部品である。

 自動車会社に対して、「ハンマーを標準装備にするべき」と声を大にして言いたい。また、車を買う時、このハンマーを勧めてくれないようなディーラーからは、車を買うべきではない、と言いたい。

 

自分の身は、自分で守れ。

 トヨタ自動車「中興の祖」石田退三氏曰く「自分の城は自分で守れ」。

 

2019-10-25 久志能幾研究所通信 №1379   小田泰仙

初稿 2017年6月23日

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2019年10月19日 (土)

危機管理 ドライブレコーダーの二重化

 2019年10月7日、右折車の強引な割り込み状況が、ドライブレコーダーに記録されていなかった事象で、危機管理として私は対応した。

 私の過去の経験では、自車で4度の事故・事故寸前の状況が、累計3台のドライブレコーダー中で、2度も録画されていなかった事例がある。それでドライブレコーダーの製品をネットで検索すると、かなり多くのその類の報告が見つかった。

 一番大事な時の記録がされないのは、危機管理上で問題である。だから二重の体制が必要と判断した。

 

製造メーカの問題

 原因はドライブレコーダー自体と記録媒体SDカードの問題であるようだ。今回は信頼できると信じていたメーカ・富士通テンの製品がエラーを起こした。その富士通テンは、一部上場企業なので、一般的な弱小メーカよりは信頼できると判断していた。この件をディーラーに報告すると、保証期間内なので機器を交換するという。それで安心はしたが、保安部品として二重の体制が必要と判断して、もう一台のドライブレコーダーを追加することにした。

 

SDカードの問題

 この件を量販店で確認すると、ドライブレコーダーのSDカードは、消耗品扱いで、一定期間ごとに交換すべきという。その件は知っていたが、まだ使用期間上で、その寿命に達してはいなった。富士通テンの標準付属のSDカードは高耐久性のSDカードではなかつた。今回はSDカードの問題ではないようだが、安全を見て、高耐久性・高信頼性のドラレコ専用のSDカードに入れ替えた。ドライブレコーダーのSDカードは過酷な使い方をされる。タクシー運転手は、SDカードを消耗品として一ダース単位で買って交換しているという。

 

ガイドブックとのご縁

 今回、たまたま書店に行ったとき、その店頭で『初めてのドライブレコーダー選び 最新ガイド2020』(八重洲出版 1320円)が目に飛び込んできたので、即購入して、新規に買うドライブレコーダーを選定した。

 今回は、最近のあおり運転事故の話題性を考慮して、前後の2カメラ方式のドライブレコーダーを選定した。コムテック製で、約3万6千円。コムテックは、私は認識がなかったが、ドライブレコーダーに技術を特化して開発しているメーカのようだ。ディーラーにその信頼性を確認して、選定した。

 これで前側は2台のカメラ、後方が1台のカメラとなる。危機管理として万全をとれば、事故は起こらない。

 

危機管理とは

 「危機管理」の「管」とは、竹のクダのことである。だから「管」はまっすぐに筋を通すの意味に転じた。宇宙根源の「理」を通して、危機にならないようにするのが危機管理である。人の作った機器は壊れるのが自然の理である。それを想定して二重のドライブレコーダーを装備するのが危機管理である。

 

2019-10-19   久志能幾研究所通信No.1372  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。