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2020年9月11日 (金)

あなたの目的は何?

 「人間はモチベーションで方向が決まる。お金が目的なら、それが達成できればそこで止まる。名声も同じだ。私の目的はゴルフなんだよ。」

  プロゴルファー 中嶋常幸  (PRESIDENT 2003.3.17 P17)

 

 「首位打者を目標にしていたら、どっかで挫折していたでしょう。

 “あれをやっておけばよかった”ということがないようにすることです」

     イチロー選手  2007年

 

 大垣市長の小川敏の目的は、大垣市長になる事だけであったようだ。現在の状況から判断すると、彼には大垣市民のため、何かを成し遂げようという志はなかった。だからそこで成長が止まった。そんな男が19年間も大垣市に君臨したので、大垣市民に不幸をもたらした。

 

感動と理動

 小川敏は頭だけを動かして大垣市を経営したから、市民の心を動かす政治が出来なかった。心が動けば、頭も動くのだ。そうすれば市民が喜ぶ政治ができたはずである。

 人は「感動」しても、「理動」はしない。今まで日本では、記憶力だけが優れていた人が評価される時代が続いた。50年前の記憶力だけの試験成績が良かっただけの輩が評価され、政治経済の舵を取った。俗に頭がいいいわれる人は、先例を重視して、新しいことは避ける傾向にある。だから日本の成長が止まり、大垣は没落した。「理」だけで考えるから、理性以上の考えに及ばないのだ。創造性が欠如しているのだ。理性とは理性でしか物事を考えられない偏った能力である。

 だから一流企業でトップの不祥事が続く。超一流大学出の人がオウム真理教に騙されて、絞首台に上った。金だけで物事を考えたから、日産でカルロス・ゴーンの事件が起きた。東大出ではない前市長・小倉満時代は、大垣は輝いていた。その後、東大出だけで評価された小川敏が大垣市を支配したから、大垣が没落した。理性だけでは、発想に限界があるのだ。それが現代日本の成長を阻害する病巣である。

 

私の夢

 だからこそ、自分は小川敏を反面教師として、一生かけても実現できないような夢を見ている。理屈で考えれば、アホかいなという大きな夢を見ている。

 夢を見るなら10倍大きくして、夢を見るようにしている。トヨタ自動車の大野耐一氏の教えである。簡単に実現できないから、自分は一生自己挑戦して成長できる。それが自分の成長戦略である。

 夢を見るなら利己ではなく、利他の夢を見よう。夢が実現したら、多くの人が喜ぶ夢を見よう。きっと神仏が助けてくれる。

 私の夢は、自宅にミニコンサートができる音楽ホールを造る事。そこで海外の音楽家達が、リハーサル、練習できる場所を提供することだ。現在、そういう場所がなく、音楽家が困っている。いくら練習と言っても大きなホールを借りれば、一日30万円の賃料が必用となる。

 

ブログの目的

 私のブログは、読んで少しでも生き方、人生を考える糧となり、何度でも読み返したくなる内容を書くように心がけている。自分の生き方の自省として書いている。私には書くことは生きることなのだ。そうしないと毎日欠かさず3年間も続けられない。 Img_5727s

 初めて馬場恵峰先生宅を訪問した時、お土産で頂いた書。

 2011年4月2日入手。東日本大震災直後で、その日にちを忘れない。

 

2020-09-11 久志能幾研究所通信 1745  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月 8日 (金)

私の公約3 大垣駅に駅ピアノを設置

仮定として、私が大垣市長になったら、で公約を宣言する。

誰か次回の市長選で立候補して、この公約を実現して欲しい。

公約

 大垣駅に駅ピアノ(ストリートピアノ)を設置する。

 

駅ピアノとは

 誰でも弾ける「ストリートピアノ」を公共施設や商業施設に設置する動きが東海地方にも広がってきた。「音楽で街の活性化をしたい」との欧州の取り組みで、それが全世界に広がってきた。

 駅ピアノと言っても200万円もだせば、アップライトの立派なピアノが買える。グランドピアノなら300万円である。中古なら50万円も出せばよい。年間、12回の調律をするとして25万円もあればよい。元気ハツラツ市で毎年1,000万円を無駄遣いして、会計報告もなく、闇に消える金より、はるかに大垣を元気にする効果が高い。

 私は園児が強制的に踊らされる幼児の音楽より、演歌三昧、フォークの絶叫音楽のような下品な催し物より、文化の香りが高い環境を大垣に導入したい。それで大垣の活性化の一助としたい。企業から寄付を募ってでも実現したい。その寄付こそ、企業の宣伝として使えばよい。

 

大垣市の現状

 現在は、小川敏の大垣市政が、文化芸術関係には金を出すのを渋るので、大垣駅に駅ピアノは実現しそうにもない。岐阜駅に駅ピアノがあって、何故、大垣駅に駅ピアノがないのか。岐阜市新市役所より立派な大垣新市庁舎ができて、なぜ費用がそれほど高くない駅ピアノが実現できないのか。それは小川敏が文化芸術活動に理解がないからだ。

 

東海地方のストリートピアノ

岐阜県  岐阜市 岐阜駅

愛知県  星が丘テラス

     半田市 クラシティ

     豊橋市 こども未来館ここにこ

     南知多町 島の駅

 (読売新聞 2019年11月20日より)

 

2020-05-08   久志能幾研究所通信 1574 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月 5日 (火)

写ッシー君は魂(オニ)を睨む

芸術とは

 音楽とは音を素材に使った心(魂)の会話なのだ。芸術とは心の表現とそれに接せる人との会話である。絵画、彫刻、写真等は、全てその会話の媒介物(仏)でしかない。介在仏の芸術作品には魂が籠っている。私はそれにこだわって美術作品、芸術作品に接している。私の撮る写真には魂を込めている。だから名画と呼ばれる作品は、人の命と同じ価値がある。

 「魂(オニ)」とは己のうちにある「鬼」が「云う」と書いて魂である。

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 松本明慶大仏師作 「魂(オニ)」、背景は馬場恵峰書

 

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裏切り行為

 私はこの5年間、多くの演奏中の写真を撮ってきた。しかし、その写真を撮ってプリントやCDを進呈しても、相手は当然と思い、感謝の言葉を言ってくれる人など皆無に近かった。カメラマンとは黒子の存在で、人扱いをされていないようだ。

 河村先生からはその都度、お礼が来ているので、気にならなかったが、それ以外の人は、礼状もお礼の言葉さえ全くない。たまに忘れたころに年賀状が届き、ついでのようにお礼が書いてある。お礼を期待して写真を撮っているのではないので、今まで気にも留めなかった。しかし河村先生が亡くなられて、その問題点に疑問を感じるようになった。

 

 

人間性の問題

 ある音楽関係者は、写真を送っても礼一つ言わず、その写真の出来映えに文句さえいう有様である。私に写真を撮ることを要求して、撮らせて当然と思っているようだ。私もカメラマンのプロとしてプライドがある。

 ある人は先生の名声を利用して事前の演奏会宣伝で売名行為に走っている。それに地方紙が悪乗りして記事を掲載しても、肝心の本番の演奏会の記事は掲載がない。売名行為が明白である。その人からも、以前にある演奏会の写真送付の依頼があり、その写真を送っても、礼の言葉の一つさえない。

 地方紙に私の撮影した写真が著作権違反で引用されたこともあった。それも勝手にトリミングされての掲載であった。私が魂を込めた作品を踏んづけたのだ。

 それに対照的なのが馬場恵峰先生の書友達である。写真を送ると書友の方だと、必ず手紙、それも毛筆かペンでも直筆の礼状が来る。その差は顕著である。

 

芸術家とは

 芸術家は、自分の才能に惚れて、往々に我儘な性格になるようだ。小さい頃からちやほやされ、プレゼントされても当然の世界に浸るのかもしれない。芸術家は華やかな世界だが、離婚者も多い。自分の稀有な才能に自惚れて、我慢が出来ない性格になるのかも知れない。

 芸術家である前に、一人の人間としてありたい。河村義子先生はピアニストである前に、人間味のある主婦であり、母であり、教育者であった。しかし、そこまで弟子達を指導できなかった先生が不憫である。河村先生に群がった人の中には、そうでない人が多くいたようだ。

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 チェリストTIMMとの共演 音楽堂 2017年9月29日 

 

2020-05-05   久志能幾研究所通信 1569 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月29日 (日)

河村義子先生を偲んで

 河村義子先生が逝去されたのは2018年12月25日であった。先日、一周忌法要があり、私はその命日の数日前に先生宅を訪問してご霊前にお参りさせていただいた。

 そこでご主人といろいろお話をして、お参りされる皆さんが私と同じ感想を持たれていることを知った。皆さんが、義子先生と知り合いになり、普通では叶わぬ世界一流の音楽家達と交流が出来たと感謝である。それは皆さんが異口同音に感謝されていた。大垣の片田舎で、世界を相手に活躍された義子先生の偉大さが実感できる。ご逝去後一年経っても、先生宅にお参りにこられる人が絶えないのも、先生の人徳であろう。葬儀では約1000人の方が参列された。

 

先生との出会いのご縁

 思えば河村義子先生とのご縁も稀有なご縁である。もし私が定年延長をして大垣に帰郷していなければ、このご縁はない。前職の、上からと下からのいじめの軋轢で、かつ実質吸収合併された会社の中間管理職の立場で、宮仕えの延長は嫌だと辞める決断したのがご縁の始まりである。

 大垣に帰郷後、酔狂にも長年の夢であったピアノを入手して、防音室まで作って始めたピアノである。公式の言いわけは、「ボケ防止でピアノを習う」である。若いころ(1970年)、平塚市でピアノ殺人事件が起こり、その影響でサラリーマン生活・借家住まいではピアノは無理と諦め、ピアノを始めるなら防音室が必用と覚悟をしていた。ピアノもグランドピアノと、決めていた。それは定年後でしか、実現しなかった。

 定年後、購入したピアノもこだわってチッペンデール形式の猫足のピアノを選定した。ヤマハの販売課長が、この30年間で中部地方では、このピアノを含めて2台しか見たことがないという代物であった。

 そのこだわりがあったから、その販売課長さんの紹介で、個人レッスンの講師として、河村義子先生を紹介して頂いた。ド素人の還暦後のおじさんの個人レッスン引き受けを快諾された義子先生も偉いと思う。このこだわりのピアノでなければ、河村義子先生とのご縁はなかったかもしれない。そういう点で、この猫足のピアノは、ご縁の招き猫ピアノである。この猫ちゃんを粗末に扱うと化けて出そうである。

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 猫足のピアノ

 

音楽家とのご縁

 義子先生とご縁ができて、世界の一流の音楽家や関係者と親しくなった。それはドイツ、米国、ウィーンの音楽家とのご縁である。義子先生とのご縁で、ウィーンの楽友協会の資料館館長のビーバー・オット博士にも表敬問する機会を頂いた。これも義子先生がライフワークで戸田極子伯爵夫人の研究をされていたご縁に起因する。私も義子先生とご縁がなければ、ウィーンになどに飛ばなかっただろう。

 

演奏中の撮影

 先生のご縁があったから、音楽活動の写真を5年間にわたり撮影する機会に恵まれた。いくら写真が好きでも腕があっても、演奏中の写真を自由に撮れるわけではない。河村義子先生からの依頼がないと、音楽家の写真は勝手には撮影できない。そのご縁で、無音シャッターのミラーレスsony α9を設備投資して臨むことができた。それで私の新しい分野への挑戦が出来た。たまたま写真歴50年の経験を活かすことが出来たのは幸いであった。

 

義子先生の覚悟

 義子先生は5年前に癌が見つかり、手術をするとピアニストとして生きていけなくなる恐れがあると言われ、癌の手術を断念されて、最期までピアニストとして生きる覚悟をされた。丁度、私が先生と知り合ったころである。

 私が先生とお会いしたころ、いつも部屋に掲示されているご自身の写真は「気に入っていて私のお葬式にも使うの」というので、何の冗談かと呆れた思い出がある。

 また4年前に先生がドイツへ1か月ほど演奏旅行に行かれて、帰国後、「やりたいことは全てやったので、いつ死んでもいい。幸せ」というので更に呆れた思いである。鈍感な私は義子先生の決意に気が付かなかた。

 先生は人生の賞味期限の意味を知っておられたのだ。義子先生は、人生を最期まで、全力で駆け抜けていかれた。

 

ドレスデントリオの最後の演奏会

 2018年1月13日に、ドレスデントリオを招いて先生最後の公式演奏会をクインテサホテル大垣でされた。私や周りは病気の事情は知らないので、何を焦って年に2回も大きな演奏会を企画するのかと、半ば呆れていた。先生が資金的に困っておられたのを援助できたのが、今にしてよいことをしたと思う。

 この少し前に、チェリストTIMMの演奏会を開催したばかりで、市内の大手企業に協賛金のお願いに回れない事情があった。それを陰で支援できたのは功徳であった。私の支援があり、先生がこの講演会をする決断をされた。

 このお陰で、私はドレスデントリオに密着して音楽家チームのご縁ができた。飛行場へのお出迎え、数日間のリハーサル会場での撮影、支援、大垣でのサポートをできてよき経験を得られた。普通の人ではこんな経験はできまい。義子先生に感謝である。お陰で、ドレスデントリオと義子先生の新春演奏会は大成功であった。これが義子先生の公式演奏会の最後となった。 

Dsc04341s  ドレスデントリオとの共演 クインテッサホテル大垣 2018年1月13日

花が咲いた

 義子先生が長年、大垣の音楽の普及活動で尽力をされていて、それが花開いた結果である。準備万端、実践万端すれば、後は花が開くしかないのだ。それを佐藤一斎は、「已むを得ざるにせまりて、しかる後のこれを外に発する者は、花なり」と表現している。まさに「縁ありて 花ひらき、恩有りて 実を結ぶ」である。

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 馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」(久志能幾研究所刊)よ

 

命の恩人

 河村義子先生が亡くなられて、私が葬祭場でその病名を知り、少し胸騒ぎを覚えて、その翌年の年初に精密検査をしたら、癌が見つかった。あと半年発見が遅れていれば手遅れであったろう。義子先生のご家族から、地元の病院は野戦病院のようで、それより義子先生が入院された病院(愛知県がんセンター)がよいと推奨された。それで即、入院・手術を受けた。有りがたいご縁であった。義子先生のお陰で命拾いができたようだ。

 すべてご縁の連鎖であった。これは仏様のご配慮としか思えない。どこか一つでもご縁が切れていれば、こんな状況にはならなかっただろう。人智を超えた何か大きな力だと思う。

 

夕焼け小焼けで日が暮れて♪

 最近、義子先生のことを思い出すと、童謡「夕焼け小焼け」の歌詞が聴こえる。義子先生は、自分の夢を大きく燃やして、大きな夕焼けを作り出して、人生を全うされた。その夕焼けが多くの弟子を照らしている。自分も相応した小さな夢を燃やして、人生の小焼けを作り出して、人生を全うしたいと思う。先に逝かれた義子先生だが、先生の遺志を継いでそれを全うし、「皆で仲良く帰りましょう♪」で、先生の後を追い浄土に還るのだ。人は必ず死ぬ。早いか遅いかは、大した問題ではない。人の偉さは、死ぬ時に、後進にどんな「大きな金の夢♪」を残せるかである。それが人の課題である。

 

戒名

 義子先生の戒名は「聖観院教音義愛大師」である。童謡の中の「まるい大きなお月さま♪」とは、「皆さんを優しく見守り、衆生の助けの叫び声を観れば助けに駆けつける『聖観音菩薩』」であると私は解釈している。私が大垣に帰郷して、最初に大仏師松本明慶先生の作品に触れたのは、聖観音菩薩像である。私には、ご縁の仏様である。

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 大仏師松本明慶作 聖観音菩薩像

 

2019-12-29 久志能幾研究所通信 1438  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月17日 (火)

四時の序、功を成したものは去る

 これは『十八史略』にある言葉で、「四時」とは春夏秋冬の事である。春は春の役割を果たし、夏につなげていく。夏も秋も冬も同じである。各時がその役割を全力で果して、次の季節につなげていく。

 人間も同じである。今の時代を、今求められる役割を果して、次の世代につなげていく。そして彼岸に去っていく。今まで、人間が生きてきた自然の摂理である。人間だけでなく自然界の摂理である。

 前の世代の人たちの頑張りがあったから、今の日本がある。我々はそれを次世代につなげていく責務がある。今を生きる我々は、前の世代から受け継いだ資源を最大に活用して、次の世代につなげないといけない。

 

なぜそんなに頑張るのか?

 故河村義子先生が、大垣の音楽活動の普及で皆さんのために異常に頑張っているので、「どうしてそんなに頑張っておられるのですか?」と問うたら、「つなげたいから」がその返事であった。後から考えると、自己の死期を悟って、全力で今の活動をつなげたいとの河村義子先生の想いの叫びであった。

 私は義子先生と自分の活動を比較して、自分は何を受け継ぎ、何を後世に伝えるか、真剣に考えている。

 

小川敏の役割

 小川敏は、大垣の行政の歴史で何を受け継ぎ、何を伝えるのか。大垣の歴史を破壊し、経済を破壊して、教育を破壊して、長期政権という虚名だけを残したのではないか。小川敏は、大垣を没落させた罪人である。この時代のやるべき役割を放棄した罪人である。

 

小川敏は悪人

 小川敏は悪人である。仏教の経典での教えは、「悪人」とは悪いことをした人のことではない。人のためにやるべきことをやらなかった人間の事である。責任者として、その世代にやるべきことをやらなかった人間である。

 

2019-12-16 久志能幾研究所通信 1426  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年12月14日 (土)

講演会品質とカメラマン人格

 2019年12月10日、プレジデント社開催のネッツトヨタ南国の横田英毅相談役の経営塾に参加した。そこでの問題は、その経営塾の講義の間、専属のカメラマンがビデオと写真を撮影して、一眼レフCANON 5DⅣのシャッター音がうるさかったことである。ミラーレスカメラが出現する前までは、一眼レフのカシャカシャというシャッター音は仕方がないと諦めていた。

 講演会や経営塾の講義内容を商品として売るなら、一眼レフカメラのシャッター音のない静寂な講演会にして欲しい。講師の話に没頭したいのだ。

 

無音カメラを愛用

 私は2年前から、演奏会用にミラーレスカメラSony α9の無音カメラを愛用して、演奏会では周りに迷惑をかけないように無音で撮影している。場所も演奏会ホールの一番後ろで、望遠レンズを使って撮影である。また演奏中はその席から動かない。動けば音楽演奏に集中している聴衆に迷惑である。

 それと比較して、雑誌社主催の講演会での一眼レフのシャッター音が気になった。雑誌社のカメラマンが、まるでそのシャッター音に無神経なのだ。主催者も無神経である。カメラマンは講演内容など気にしていないのだろう。それでは撮影する画像の品質も悪かろと推察してしまう。

 そのカメラマンは、70~200mm望遠レンズを装備して撮影しているのだから、講師の遠くから撮影すれば良い。それを聴衆の前に出てきて撮影するので、目障りで不愉快である。カメラマンの音と動きが暴力である。「講演会」という商品を破壊している。

 

他社の例

 これは致知出版社の講演会でも同じである。素人と思われるカメラマン(女性社員や若手一般社員)が真剣に聞いている聴衆の前にきて、一眼レフのデカいシャッター音をマシンガンのように平気で立てて撮影している。数多くシャッターを切れば、その分、仕事をしているように思うのか、撮影する写真枚数も多すぎる。雑誌に掲載される公演中の写真は1、2枚のみである。要はド素人の撮影者なのだ。この件は、致知出版社の主催者の幹部に苦言しても、少しも改善されない。カメラマンが変われば、元の木阿弥であった。

 問題は、カメラマンの横で話を聞いている聴衆にとって耳障りであること。後でその出版社から発売された講演CDを聞くと、そのパシャパシャというシャッター音が録音されている。それを聞くたびにその講演のか所でシャッター音の雑音を聞かされることだ。一度気になると、その録音の話の途中で、ますます気になる。

 

大垣市の例

 11月9日に大垣市で開催された歴史講座「明智光秀の生誕地」でも、大垣市役所の専属カメラマンが静かな講演会会場で一眼レフの大きなシャッター音を立てて撮影していた。それが私の真横でパシャパシャなので、余計に気になった。それで大垣市の文化レベルが分かってしまう。大垣市は文化には金をケチるのだ。大垣市は、痴呆的行事には億単位の金を散財するが、文化への設備投資にはビタ一文出さない。

P1130367s 大垣市歴史講座「明智光秀の生誕地」 2019年11月9日

 

 つい最近、河村義子先生の演奏会で、中日新聞社のカメラマンが私の横で一眼レフの大きな音を立てて撮影していた。私は無音のミラーレスカメラであった。それで中日新聞社の文化レベルが露見してしまった。

 テレビ報道でも、記者会見の撮影現場では、一眼レフのシャッター音がすさまじい。それが当たり前と思うことが異常である。世は無音シャッターのカメラが主流になりつつある。講演会主催者は世の技術の動向を見て欲しい。

 

全員が経営者

 自分はカメラマンで撮影するだけ、自分は講演会を運営するだけ、自分は客を集めるだけと、全体の講演会を「経営する」という視点が主催者にないから、品質の悪い商品(講演会・経営塾)が出来上がる。それは部分最適の経営をしているのだ。講師は満点、カメラマンも満点、司会者も満点、客集めも満点。しかし全体評価はイマイチとなる。だから客に感動を与える商品を提供できないのだ。それでは他社の猿真似の商品になってしまう。日本の経営が行き詰まってているのは、経営者が部分最適を追い求めすぎ、顧客のことと全体最適を考えていないからだ。結果として部分最適に特化した欧米に負ける経営となっている。欧米の価値観は金儲け至上主義、部分最適主義である。

  

ネッツトヨタ南国の経営

 ネッツトヨタ南国では、全員が経営者の意識で、お客様が何を望んでいるかを、社員全員に考えさせて客に感動を売る経営をしている。私はその経営に興味があり、今回、横田さんの講演会を知り、東京に聴きに行った。

 

2019-12-14 久志能幾研究所通信 1424  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年8月31日 (土)

未来計画10 音學堂「久志能サロン」開設

 大垣駅に近い場所で、20畳くらいの店舗を借り、コンサートピアノを置いて音學堂「久志能サロン」(仮称)を作る計画を温めている。大垣の地価が下がっているので、安く借りられそうだ。その目的は、自分もピアノを楽しみ、人生を學ぶためである。芸事を習うとは、人生を習うこと。それ以外に、大垣の若い人や、海外の演奏家にコンサートの事前リハーサルや練習の場を提供することにある。大垣の音楽活動の底上げの一助になればと計画している。

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  ヤマハCF6  ヤマハカタログより

 

 2018年初にドレスデントリオが来日した時、彼らは、本番の演奏前に、金山駅の近くのマンションの一室で、事前の音合わせの練習をした。ピアノの先生が所有しているマンションの一室を提供された。

 河村義子先生も、ここで2018年1月13日のクイッテサホテル大垣での新春コンサートの事前音合わせをした。その時に何故か、河村義子先生は、私の同席をさせてくれず、練習演奏の写真を撮らせてくれなかった。今にして思うと、河村義子先生は自身の死を予感して、ドレスデントリオと内密に病気の話しをしてから練習をされたと推定される。鈍感な私は、それに思いが行かなかった。

Dsc03379s ドレスデントリオ&藤本真実 2018年‎1‎月‎11‎日

 

私の夢

 私の長年の夢は、コンサートピアノを入手して音楽ホールを作ることだ。そのために、2017年4月にオーストラリアのベーゼンドルファー工場も視察した。

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P1010035s    ベーゼンドルファー本社工場  2017年4月26日

 しかし今から、土地を買い、建屋を造り、ピアノを買うには道が遠すぎる。でも部屋を10年間限定で借りて、小さな音楽サロンを作るなら、できないことはない。10年経ったら、部屋を返せばよいのだ。私もそんなに長くは生きられない。せいぜい39年(?)である。その期間が、できるだけ長くが、生きがいと生きる糧となるはず。

 今から10年も経てば、私も80近い。それから後の29年(?)は、別の取り組みをしたい。その頃はオダ仏教の教祖(?)として、忙しいかもしれにない(?)。

精子1トン

 夢は人を騙して(他人を動機付けして)実現するものだ。最初に騙すのは、自分自身である。自分ならできると暗示をかけて、猪突邁進迷走する。精子一トン何事かならざらん(精神一統何事かならざらん)。精子を一トン放出するくらいの精力をかければ(?)、何でも実現可能である。迷走してあちこちに頭をぶつけ、多くの失敗をして、知識を智慧に昇華させて、身魂を磨く。それで皆さんが幸せになればよい。自分も幸せになれる。悪いことをするわけではない。悪いことに使うのでなければ、お金は何とかなるものだ。結果オーライである。あとは得意技の踏み倒し(?)である。

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 馬場恵峰書 智慧

 

2019-08-31   久志能幾研究所通信No.1323 小田泰仙

新しい大垣を育てる階  連絡先 080-3102-1284(SNSで連絡ください)

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年8月20日 (火)

未来計画-8「久志能文化財団(仮称)」設立

概要

 大垣市の文化芸術活動を支援する「久志能文化財団(仮称)」を設立することが私の未来計画(夢)である。その財団を通して大垣の未来を創るため、若者を育てる文化芸術活動に、資金援助をする。

 

現状の問題点

 現在の大垣市には、芸術音楽活動を支援するシステムがない。特にこの20年弱は、小川敏市政の芸術への無知無理解で、大垣市は芸術活動の支援がなく活動が衰退した。このままでは大垣は文化芸術の不毛地帯になってしまう。小川敏市長のように、芸術が分からない人間が増えたら、日本は下品な文化の国に没落である。金勘定しか興味のない人間が増えるから、人心が荒廃し、街が寂れ、凄惨な事件が頻発する。だから大垣市は没落した。芸術活動を教養として、世界の人たちと交流をする人材を育成するのが、我々年長者の責務である。

 

大垣の歴史

 昔から大垣は文化芸術の都として栄えた。江戸末期に、藩医であった江馬蘭斎が江戸で西洋医学を学び、彼によって蘭学医術が大垣にもたらされた。それは、京都に西洋医学がもたらされるよりも早かった。それだけ当時の大垣は進歩していた。江馬蘭斎の娘・江馬細香は教養のある芸術家であった。だから幕末の思想家・頼山陽が惚れたのだ。芸術は世の中を変える。今の若者が日本と大垣の未来を背負ってくれる。年長者はせめてその支援をしたい。

 

江馬蘭斎、江馬細香に関しては、下記の記事をご参考

当ブログのカテゴリー「桜田門外ノ変の検証」

記事  「桜田門外ノ変」の検証 (20)冬夜(改定)

 

滋賀県の例

 滋賀県では、平和堂の夏原氏が創設した平和堂財団がある。その財団では、音楽芸術関係の若手を育てるプロジェクトに支援をするシステムである。それで「カナデノワコンクール」にその支援をしてもらおうと、応募方法の調査をしたら、対象は滋賀県の芸術活動に限定されていて、応募資格なしであった。それなら大垣にもその種の財団を私が作ろうと思いついた。

 故河村義子先生も、音楽活動の資金集めで苦労をされた。その苦労を若い芸術家に背負わせてはならない。

 

設立する支援財団案

 本来、大垣市が文化芸術関係の支援をしてくれれば、問題がないのだが、現在は小川敏市政の芸術への無理解の影響で、それが困難な状況である。それが18年間も続いている。前の故小倉満市長とは大違いである。芸術文化は、パトロンの支援がないとやっていけない。それはヨーロッパのルネッサンス期の状況を見ても明らかである。

 大垣でも一人の財産だけで平和堂財団相当の文化活動の支援は難しいが、多くの企業や有志が共同で資金を出し合って、同類の支援組織を作ることはできる思う。

 その財団で、毎年、芸術活動に関する活動に関する資金援助を募集する。その提案案件を、委員会で審査して、合格した活動案に50万円(仮)なり、然るべき支援金を提供する支援システムを作りたい。

 これから、私はこのプロジェクトに賛同して頂ける企業を探しに、各企業を回る計画をしている。皆さんも協賛いただける方は、金額を問わず協賛金をお願いしたい。

 

実情

 若手の育成事業のカナデノワのコンクールを開催するにも、大垣市の音楽堂を1日借りると、平日で15万円、休日なら30万円の使用料が必用となる。せめて、大垣文化事業団は、その支援だけでもしてくれるとありがたいのだが。今は、その支援がない。その他に審査員、司会者、スタッフへのお礼、賞金、パンフレット費用等でお金がかかる。入賞した子供たちに副賞のお菓子を配るにもお金がかかる。現在は、その多くがボランティア活動として無償で協力を頂いているのが実情である。

 

2019-08-20   久志能幾研究所通信No.1303  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年8月11日 (日)

第5回ナデノワのコンクール 夢と課題

 2019年8月8日、故河村義子先生が創立された第5回カナデノワのコンクールが大垣市スイトピアセンタの音楽堂で開催された。このコンクールは、若手の人材育成の場である。私は、河村義子先生を偲んで10時から17時までコンクールを視聴した。

 カナデノワのコンクールは、故河村義子先生が5年前に思いを込めて立ち上げたコンクールである。その時には、ご自身に癌が見つかり、余命5年程であることを知っておられたようだ。そのため、死後のことを考え、このプロジェクトの後継者も育成しての取り組みであった。

 カナデノワコンクールでは、河村義子先生の弟子たちが優遇されると勘違いされるのを恐れて、義子先生はこのコンクールには一度も顔を出さなれなかった。

 本来なら河村義子先生が昨年に亡くなられて、その中止が懸念されたが、審査員長で名古屋音楽大学学長の佐藤先生から助言があり、「今まで4回まで開催してきて、ここで止めるのは残念」との温かい励ましの声で継続が決まった。河村義子先生の意思を、後継者が受け継ぎ、今年の5回目の開催にこぎつかれた。

 昨年までは私はスタッフとして写真撮影を担当したが、今年は体調の都合もあり写真撮影は遠慮した。

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 2019年8月8日 大垣市音楽堂 カナデノワコンクール

 

カナデノワとは

 「奏での輪【輪・和・羽】を意味し、アンサンブルを通して、心の・和、響の・和を大切にしながら豊かな心で大きく羽ばたいて欲しい、という願いがこめられています。

 ピアノは一人で演奏することの多い楽器ですが、連弾や歌とピアノなど、誰かと一緒に演奏することで、2倍も3倍も楽しむことができます。家族やお友達同士など音楽を愛する仲間が、ともに感じること、ともに表現することの新たな喜びを分かちあい、さらに絆を深めるきっかけとなりますように。

 HP: http://www.kanadenowa.jp

 E-mail: info@kanadenowa.jp

  カナデノワのホームページより

 

カナデノワでの協奏

 カナデノワの演奏コンクールでは、ペアで音楽を協奏する技が問われる。小さい子供から、高校生、大学生まで協演の技を競う。歌の部門では、二人で踊りながら歌ったり、先生の伴奏に合わせて歌うなど、そのハーモニーの表現はさまざまである。

 2019年の第5回のコンクールでは65人が協奏を披露した。

 

子供とのデュエットを眼で奏でる

 ピアノの先生がリードをして、小さい子とデュエットをする姿は微笑ましい。子供と先生のデュエット演奏では、やさしく子供を見守りながら演奏する先生の姿に安心して、二人の演奏を観ていられる。先生は、子供の音量、ペースに合わせて弾かないと破綻する。子供の弾く音量・音質に合わせて叩く鍵盤も加減をして音も出さねば、デュエットの意味がなくなる。主役は子供なのだ。先生が子供を見つめる目が美しい。

 同世代の仲間とピアノを弾くよりも難しかろう。子供も先生を全面的に信頼しての演奏であるが、そんなことを考えている余裕はないかもしれない。それが人生だ。師は黙って見守ってくれている。

 

掛け合いの協奏

 今回の課題曲で「とうりゃんせ」が心に響いた。小さな子供が先生と「とうりゃんせ」を歌うが如くピアノで弾き合う様は微笑ましい。聴いていて楽しくなる。

 

人生のデュエット

 世の物事は陰陽、プラスマイナス、白黒である。デュエットの演奏でも、一人が高音部をもう一人が低音部の鍵盤を担当する。当然、弾き方も違う。それが横から見ていて、二人の姿のハーモニーが美しい。それから演奏の実力がわかる。

 

ピアノの相性

 ピアノデュエットでは、一台のピアノの低音部、高音部を二人で担当して弾く場合と、2台のピアノで協奏する方式がある。今回、最後の二組が2台のピアノで協奏をした。それで驚いたのが、スタインウェイとベーゼンドルファーのピアノの協奏となったこと。設備的にスタインウェイのピアノを2台も持っているホールは皆無に近い。必然的に今あるピアノで協奏しようとすると、音楽堂のようにスタインウェイとベーゼンドルファーのメーカの異なる2台となる。しかし音色の違うピアノであるが、違和感なくその協奏が聞けて拍子抜けをした。

 後で演奏者に聞いても、二つのピアノの音色まで気を使う余裕はないとのことで、また拍子抜けした。

 

ベーゼンドルファーの選択

 今回も2台あるピアノで、ベーゼンドルファーのピアノを選択した参加者はゼロであった。昨年と同様に全員、スタインウェイのピアノを選択した。ベーゼンドルファーのピアノは、鍵盤が97鍵あるモデル290インぺリアで、横幅が普通の88鍵のピアノとは微妙に違うため、コンクールではミスタッチが怖ろしいらしく、選択が敬遠される。また音の出方が微妙に遅れるので、弾き方に習熟が求められるようだ。

 

カナデノワコンクールの

 このコンクールの視聴者が、参加者とその親御さんだけのようで、本来、もっと一般の人の参加が望まれる。浜松国際ピアノコンクールのように一般の人たちが盛り上げて、大垣のカナデノワコンクールを全国レベルのコンクールにしたいと願う。

 

カナデノワコンクールの課題

事前のPR活動不足

 今回は河村義子先生のご逝去もあり、開催できるかどうかの問題もあり、その準備が大変であった。そのため開催の案内も不十分で、その内容をもっと一般に広報すべきであったと思う。

 

協賛金の不足の課題

 こういう音楽活動には資金が必用だが、協賛金を出してくれる企業が数少ないのが大問題である。私もこのコンクールを含めて、河村義子先生主催の音楽会の協賛金を集めに走り回ったことがあるが、結局、2件で計15,000円の協賛金が集まっただけで、挫折した。資金集めに奔走された河村義子先生の苦労がしのばれる。最後は私も協賛金を提供した。

 今後、この活動をもっとPRして協賛金を集めたいと思う。

 

運営スタッフの不足

 この運営スタッフもボランティアであるが、その数も少なく、大垣市の協力があると良いと思う。

 大垣市民病院で定期的に開催されている「院内ふれあいコンサート」も当初は河村義子先生の持ち出しで孤軍奮闘して運営していたが、途中から大垣市が援助を始め、電子ピアノも購入してくれて、市役所から応援のスタッフも出してくれるようになった。感謝。

 現在は、カナデノワコンクールに大垣市からの支援が全くないに等しい。大垣の子供たちの情操教育の場であるので、市の協力が必要である。今の大垣市の文化軽視の体制では無理なのだ。それが残念だ。

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 大垣市民病院 院内ふれあいコンサート ‎2017‎年‎6‎月‎5‎日

 バイオリンの天野千恵さんと河村義子先生

 

記念撮影の必要

 昨年は私が撮影担当であったが、今年は事情があり、撮影なしである。やはり表彰の記念撮影だけでも記録に残すべきだろう。お母さんのスマホの撮影では、後年、後悔することになるだろう。スマホのカメラと一眼レフフルサイズの比較では、画質が全然違うのだ。

 

支援と広報の課題

 こういう二人で演奏する形式のコンクールは全国でも数少ないので、これを育てていきたい。私はその支援をする予定である。

 現在は、参加者の関係者しか聴講者がいないが、もっと一般の人の参加者を増やしたい。それには広報活動と市の協力が必要だ。現在の大垣市の体制ではそれが難しいので、悩みの種である。せめて大垣財閥も資金面で協力をお願いしたい。

 

大垣の未来のために

 なぜか大垣市はこういう音楽活動の文化行事にお金を出さない。大垣市長が芸術に無理解であるためである。ノーベル賞受賞者の大村智先生は、昨年8月7日の大垣市の講演会で、哲史と山本周五郎の言葉を引用された。

「芸術を楽しむことによって、情緒が高められたり、品性が陶治される(哲史)」

「すべて芸術は人の心をたのしませ、清くし、高めるために役立つべきもの(山本周五郎)」

 大村智先生は、北里研究所病院で芸術作品を教育に活用されている事例を紹介された。この講演会の場に大垣市長も同席して、挨拶で大村先生の講演に感銘を受けたと吹聴していたが、実際の行動が大村智先生とは逆で呆れる。

 カナデノワコンクールは、ボランティア活動で、子供達の未来のための投資である。こういう文化教育の行事に、大垣市は金を出さないのは、不合理である。大垣市制100年記念事業の愚劣な行事には3億4千万円余も浪費である。そのお金には腐臭が感じられる。その使用用途と会計報告は条令でマル秘なのだ。哲史が言うように、それから見ると確かに大垣市長の品性は高くない。

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 北里研究所病院内の芸術作品に囲まれての教育 

 2018年8月7日 大村智先生の講演スライド

 

大垣の未来演奏

 大垣市の未来のために、行政と市民が奏でる活動が、大垣の未来を創る。悲しいことだが、行政の指揮者の大垣市長が大垣市民とは遊離して、行政だけが勝手に自己満足の演奏を凶行して、暴走している。その影響で、大垣市は衰退していて消滅寸前である。小川敏市長の演奏は、あぶく銭の金切り音がやかましい行政毒奏である。新しい市長に期待をしたい。

 

2019-08-11   久志能幾研究所通信No.1292 小田泰仙

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  考えなければ認知症になる。65歳以上は17.5%が認知症(2020年)

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  前向きに戦いながら死にたい。陰口は後ろ向き、負け戦である

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後は野となれ山となれ、のため

  やるべきことをやれば、後は仏様が後始末してくれる。

  悪いことでなければ、なんとかなる。

 

2019-08-11   久志能幾研究所通信No.1291 小田泰仙

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