文化・芸術 Feed

2020年11月14日 (土)

放浪記 ⒋2 ボストン旧跡探索

 

 このボストン市の観光案内には、米国独立ゆかりの史跡を歩いてたどるウォーキングルートがフリーダム・トレイルとして推奨されている。このルートを廻るとここの歴史的場所や記念碑の16か所を歩いて訪れることができる。

 多くのお上りさんや家族連れが、ラフなウォーキングスタイルで同じ方向にぶらぶらと歩いているので、安全でもあり私もお勧めしたい無料の観光方法です。このコースの歩道には、約20センチ幅で、案内地図と同じ赤いペンキがベターと延々と塗ってあるはいかにもアメリカ的合理主義? とはいえ下手な案内看板よりはるかに分かりやすい。また旧市街は赤いペンキの代わりに赤い煉瓦が歩道に埋め込んで多少気をつかっているのが分かるのだが、日本の京都なら環境破壊と文句が出そう。とても私の感性からはこんな発想が出で来ない。

 

踏破挑戦

 このコースを回るのは、観光ガイドブックに1日がかりを覚悟と記載されていた。私はボストン美術館に行っての帰りに、このコースに行くことを決めたので、17時半から2時間半の大忙しの行程となってしまった。そのため各史跡では閉館になっている場所も多々あった。しかし米国の京都のような古都としての雰囲気が各所に残っており、総じて良い思い出となった。次回は、各史跡を見学しながら、このコースを回りたいと思う。

 この緯度の高いボストンは、サマータイムの関係もあり夜9時まで明るいので助かる。この日の歩行数は35,000(約25km)を越えた。ああ疲れた・・。

初稿 1994年8月7日

 この項を再校正しながら、かつて西濃の小京都と呼ばれた大垣を思い出してしまった。それは次原稿で記す。

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 図⒋5 コースの赤い目印 

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 図⒋4 古い錨と帆船 

00050031s  図⒋6 バンカー・ヒル・モニュメント 

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 図⒋7 フリーダム・トレイル(市の観光案内より)

 

2020-11-13 久志能幾研究所通信 1823  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

   

2020年11月10日 (火)

見学記 ハーバード大学付属美術館(FOG MUSEUN)

 

 ミシガン大学の美術館を見てさすがアメリカは遣ることが違うと感心していたが、ここの美術館を見て、さらにその驚きを驚愕に変更せざるを得なかった。

 ハーバード大学の敷地内にあるこのイタリア建築風の美術館は、日本の大きな美術館顔負けの内容と広さを持つ。またこの美術館は大学の芸術学部の建物でもあるので、ミージアムショップはおろか、図書館、教授室、研究室等も同居している。

 この美術館の圧巻である印象派の集めた部屋には、モネ、ピカソ、ゴッホ,ルノアール、マチス、セザンヌ、スラー等の絵画、彫刻が展示してあり壮観である。これと比べると、日本の大学はなんと貧乏なことか。経済大国と言いながらも、富の蓄積の差はこういった所で顕著に出るものだ。

 この美術品の多くは、この国のトップを形成するハーバード大学のOBによって寄付、産業界からの援助等で収集されたのであろう。その豊かな力を羨ましく思う。日本のエリートもこんな面にも力を注いでくれると、日本の面目が立つと思う。こう言った面の教養のないエリート集団は世界の恥である。またこの面での力を発揮できない内は、米国を追い抜いて名実共に世界一にはなれまい。

 歩き疲れた私は、この部屋の椅子で思わずうたた寝をしてしまった。イヤー贅沢。私は名画に出会うと眠たくなる。

 初稿 1994年8月7日

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ハーバード大学付属美術館

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500050020s  印象派の部屋

 

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 大学構内の白バイ

 

2020-11-10 久志能幾研究所通信 1819  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年11月 4日 (水)

見学記 ボストン美術館

 

 

第4章 ボストン

                                   1994.08.07

 米国の京都といった趣のこの街は、各地に建国当時の歴史的建物が残る博物館みたいな古都である。また、ハーバード大学とMITがあるためか学生が多く、知的で落ちついたな雰囲気の都市でもある。かつお上りさんの観光客も多いので、安全でもある。ただし、ハーバード大学のあるケンブリッジは、若者の街らしく少々活気があり過ぎる。

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  ボストンの住宅街  1994年8月7日

 

⒋1 ボストン美術館

 

 米国の京都と言えるボストンにあるこの美術館は、この都市の雰囲気を反映して知的で上品な美術館である。内部で、写真を撮る人もほとんどいない珍しい美術館で、客層がお上りさんの少ない、通向けの美術館と言える。東洋美術、特に日本美術の収集で有名なためか日本の若いギャルが集団で見にきていて、日本も豊かになったものだと、変なところで実感させられる。美術館の外側に京都の中根金作氏の設計による日本庭園・天心園まで作ってあり、日本美術、東洋美術への思い入れは世界一だ。ただし日本庭園の背景風景が米国風(米国の風景なので当たり前)なのは少々違和感がないではない。

00050012s    図⒋1  美術館入口

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     日本庭園

 

中近東美術の部屋

 また中近東美術の部屋では、部屋の温度と湿度が特別に設定されており、ドアを開けて足を踏み入れるとムットする。こんな配慮をしてある美術館は今まで見たことがなく、そこまで気配りすることに感心した。私にとって、この暑さはノーサンキュウです。

 

エジプト文明の展示室

 エジプト文明の展示室では、展示の定石とおりミイラや柩の数体が展示してある。これは大英博物館で一室に100体近いミイラを棚に入れて展示するのに比べれば、常識的な配慮である。大英博物館のミイラ、柩の展示方法はクレージで死者への冒涜であり、白人の有色人種への蔑視でもある。

 

学芸員

 各部屋の警備員は学芸員といった雰囲気で、何か絵について質問すれば、たちどころに滔々とした説明をしてくれそうである。ワシントンの国立美術館のガードマンに徹している黒人の職員に比べると対照的である。

 ここのカフェテリァは新しく増築された入り口部の吹き抜け部にあり、2階の球面の天窓から差し込む明かりのため明るく、モダンな感じは最高。

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  図⒋2  中央部の吹き抜け

 

売国奴

 ここの日本美術のコレクションは素晴らしい。この美術館は、美術品を欧米の美術館に略奪されたエジプト、ギリシア、イラン等の国の心情を理解するのに役立つ点で高く評価されるべきだ。

 だれだ! こんな国宝級の絵画を毛唐に売り渡した没落大名は!

 英国の貴族が落ちぶれても尊敬されているのは、国の存亡に係わるいざという時には、先頭に立って戦う義務と責務を負っていているからだ。過去の戦争ではそうであった。事実として貴族の戦死率は平均より遙に高い。それくらい国に対するロイヤリティは高い。だから、そういう人種が国の利益に反することをするのは売国奴である。

 日本の貴族に相当する旧大名、華族がボストン美術館にある美術品を売り渡したので腹が立つ。しかるべき立場になると、それに比例した責任が発生するのは世の常識。こんな大名がいるようでは徳川幕府が潰れたのも無理がない。我々は後世の人から後ろ指を指されない生きざまをしたいものだ。

 

総括

 とはいえ、ここに展示されている日本美術を選別したアーネスト・フェノロサの眼識の高さには、舌を巻かざるをえない。この国宝級の美術品がここでしか観れないとは情けないことだ。最近(1994年当時)の名古屋ボストン美術館誘致問題で、余計この件がしゃくにさわるこの頃である。しかし人類の遺産保護のためには、かえって良かったのではという気にもさせられる複雑な心境である。

 2020年、現在でも、日本の文化芸術活動に対する政府が出す予算は低い。それも先進国中で最下位に近く、私は情けない思いを感じている。

 その縮図の大垣市も文化芸術活動に対する予算が極端に低く、大垣没落の一因となっている。小川敏のように文化芸術の理解のない市長が居座ると、その都市は没落する。

 

美的感覚

 企業活動においても、デザイン力、芸術力の有無が企業の成長に影響すると、アメリカの経営で注目されている。直接に金儲けばかり追求しても、限度があるようだ。私が企業や経営者、知人で注目するのは、その企業や人の行動が美しいかどうかである。それが私の評価基準のひとつである。私のモノをみる選眼の指標は間違っていなかったようだ。

 

2020-11-04 久志能幾研究所通信 1813  小田泰仙

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2019年4月29日 (月)

絵画ビジネスのからくりに泣く、60万円が3万円に

 癌を患い余命宣告されたので、終活の一環として、集めた絵画の後始末を始めた。今回、所有の絵を処分しようとして、愕然とした。それで現代美術界の絵画ビジネスのからくりを思い知らされた。

 当時、新鋭画伯の絵は、人気が沸騰していた。日展で特選入選を果たしていた。東京日本橋の三越本店で個展が開催された。三越本店で個展が開催されれば、画家として大出世である。

 

 

処分価格に愕然

 2011年5月13日、私はその会場でその画家の絵を10号60万円で買った。他にも大垣の百貨店で3枚の絵を買って、合計4枚で200万円ほどの支払いである。

 今回、資金繰りに困り、これを処分しようとして、絵画ビジネスの裏を思い知らされた。購入価格60万円だから、せめて20万円程で引き取ってくれるかと甘い期待をしたが、業者は、これは東京の絵画交換会でしか売れないので、一枚3万円程だ」という。つまり60万円が3万円に化けてしまう。差額は画廊とデパートが「食べて」しまった。ばからしくなり、処分を諦め、何処に寄付することを考えている。

 デパートも催し場の場所代、減価償却、宣伝経費、店員の給与等を考えると、販売価格の35~40%を取らないと採算が合わない。画廊も売れ残りを考えれば、40%くらいは取るだろう。だから画家には20%くらいしか渡らない。

 だから画家の手取りが販売価格60万円の絵で12万円だから、売る時に3万円は妥当かもしれない。それが現代美術界の常識なのだ。

 

画家も儲からない

 輝かしい経歴の画家でも、こんな低落である。儲かるのは、画廊やデパートだけである。絵を描いた本人にも、販売価格の2割程度しか渡らない。日展等に出展する場合は、50号、100号等の大きさでにないと展覧会では映えない。その展示作品は、買ってもらえないと、画家が自宅で保管せねばならず、その経費が大変だ。普通の人が、50号、100号の絵を家に飾るわけにはいかない。だから大きな絵は美術館以外には売れない。画家もその絵が売れないので儲からない。しかし名を売るためには、日展等の展覧会には出さねばなぬ。画家は、描いても売れない絵の保管の為だけで、マンションの一室を借りているという。家賃の経費が馬鹿にならないという。

 

儲かるのはマスターピース

 絵画の値上がりで儲けようとするのは、日本の絵画ビジネスを知らない痴れ者である。儲けたかったら、西洋の昔の絵のマスターピースと言われる絵画を入手すること。これは絶対に値下がりせず、値上がりする。財産として、価値がある。ただし、最低でも1億円以上の絵の場合である。またその昔の西洋の絵が、日本間に合うとは限らない。つまり1億円以下の絵は、鑑賞の消耗品で、財産価値ゼロである。

 

絵の価値

 絵は所有して家で飾って楽しむために買えばよい。それが飽きたら売ればよい。しかし、その時点で、買った価格と売る価格の差に泣きを見る。そもそも芸術で儲けようとする根性が、間違っている。絵は所有して、飾って楽しむものだ。絵を買うのなら、それと心中するつもりで買わないと泣きを見る。

 

 

2019-04-29   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年1月21日 (月)

お宝探偵団は客寄せパンダ

美術品を投資目的に買うのは不遜

 いくら投資として絵画を集めても、売るときは2030%の価格である。値上がりの金儲けを目的に絵を買うのは不遜である。絵を所有してその間、楽しめたと思うのが芸術作品との接し方である。

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 お宝探偵団での鑑定結果は、あくまでお店の販売価格で、それを売るときは3分の一の価格である。そうでないと鑑定士、古美術商、デパートがやっていけない。彼らも生活がかかっている。お宝探偵団で出す価格は、客寄せパンダの値段である。一品物の販売は経費が掛かるのです。それが工業製品の価格とは違うところ。

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絵画を金儲け目的で買うなら、最低1億円以上のヨーロッパの昔の絵画「マスターピース」と呼ばれる絵画に投資すべきである。それなら価値がある。しかしそういうヨーロッパの昔の絵画は、日本人の感性に合わず、飾っても見ていても楽しくはないだろう。

絵画業界では、投資目的で買った数千万円の絵でも、買い手がつかないかもしれない。100万円単位の絵は、画商が売れないとみると、買取りを拒否することもある。それは市場で値が付かないのだ。100万円以下の絵は、売るときはポスター扱いである。

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絵の価格は、画家年鑑で、厳密に決められている。画家によって、一号いくらと業界で決まっている。業界はそれによって価格を決める。それも生きている画家が対象であって、物故作家では価格が下がる。その理由は、もう新作の作品がでてこないから、キャンペーンで人気を持ち上げる手段が取れないからである。

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画家も大変である。展覧会に出す絵は、30号、40号と大きな絵でないといけない。そんな絵は簡単には売れない。だから画家はその絵の保管に場所をとられる。多くは別にマンションの一室を借りて保管する。その経費も大変だ。

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 人気画家の絵でも、画家が受け取るのは販売価格の20%ほどの金額である。残りは画商、デパートが取ってしまう。画商、デパートにしろ、建屋の減価償却、人件費、場所代、売れ残りのリスクを見ると、販売価格の2030%の価格で扱わないと採算が取れない。だから絵画で財テクをするのは、間違いである。芸術は楽しむものであって、金儲けで付き合っては、裏切られる。絵にも命がある。その命に失礼である。美術品で儲かるのは、業者だけである。画家も絵を買う人も、儲からない。それは芸術関係の全てに当てはまる。

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私の使命

芸術関係で華やかな活動をする人は、ごく限られた人だけである。芸術家の生活は、堅気の生活ではない。特別の才能のない私は定年まで、サラリーマンの堅気の生活をしてきて、良かったと思う。その良きサラリーマンの生活も、グローバル経済主義の浸食で、日本の良き精神文化が衰退し、拝金主義、利己主義が氾濫して、そうでもなくなってきたのが哀しい現実である。私は心豊かな生活を追及したいと思い日々工夫をしている。このブログで、その一助となる情報を提供していきます。

 

2019-01-21      久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年7月28日 (土)

0.2歩先を観て、半歩遅れて歩く

 2018年7月26日、近所のピアノの先生の勧めで、本巣市宗慶の「美術の森」で開催されている「神山恵子水墨画展」(7月21日~8月5日)を鑑賞した。犬も歩けば棒にあたる。棒こそがご縁である。縁が向こうから来るのではない、歩いて縁を作りにいくのだ。

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 右端の床の間の水墨画「心躍る忠太郎太鼓」は国際文化ガバレッジ賞を受賞

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芸術の創造に接する幸せ

 この展示会では、神山恵子さんが日本の風景を実際見て感じて写生して水墨で描いた作品30点余が展示されている。神山恵子さんは自称、年金生活の主婦として、水墨画に取り組んでおられる。世には取り組みたくても、生活上で出来ない人がいる。夫の理解のない人がいる。健康でないと取り組めない。才能がないと取り組めない。水墨画等の芸術の創作活動に取り組めるのは幸せなのだ。

 この種の趣味はほとんど持ち出しである。夫の援助がないとやっていけない。聞けば1枚の絵の制作に3日から1週間ほどかかるという。専用のアトリエでなく、台所の片隅で作品を仕上げる。そのほうが落ち着くとか。このような個展を開くには、その額縁の準備が大変だという。その資金も大変だ。それで販売価格から計算すると、額代にかなりの部分が消えてしまう。

 神山恵子さんは、二人の師について水墨画を始めて10年で、展覧会で多く入選するほどの力量となられた。これは才能だと思う。芸術の世界はいくら努力をしても、超えられない壁がある。私も還暦を過ぎてからピアノを始めて、超えられない高い壁を感じるこの頃だ。

 師が変わって、作風が変わっていく部分の変わらない部分があるという。指導しても変わらないところは、師も諦めて、それが神山さんの個性だとされている。どんな道でも師の影響は大きい。

 

神山恵子さんの略歴

 2001年  50代後半、岐阜水墨画画人会展を見て心揺さぶられ、水墨画家柴山蒼月師に師事する

 2014年 「水墨画」誌上で9点が佳作入選

 2014年 荒井克典師に師事

 2015年 第20回全国公募総合水墨画展 優秀賞

 2016年 第33回墨神会全国公募展 横浜市教育委員会賞

 2017年 第34回 同上      国際文化ガバレッジ賞

 

庵」一枚購入

 この展覧会を見て一枚の水墨画を購入した。その水墨画は、背景の樹木や葉っぱのぼかしが素晴らしく、庵の風情が際立っている。水墨画の特徴がよく出た作品である。ご縁を感じて、この絵の購入を決めた。

 水墨画の粋は、焦点の明確化とその他のものを消すことにある。描かないから、焦点を合わせた対象が浮かび上がってくる。写真の如く描き過ぎてしまうと、焦点がぼけてしまう。その兼ね合いが難しい。他の作品で、あまりにリアルに描きすぎて、焦点がぼけてしまった作品もあった。

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即身成仏

 こんな静寂な林の中の庵で、世俗の煩わしさを絶ち、食を絶って即身成仏になることを夢見るのも人生の一コマである。人の最終目標は仏になること。餓死は眠るが如く逝けるという。飽食では、病魔に襲われて苦しんでの成仏となる。

 極東戦争裁判で、唯一の文官で死刑になった廣田弘毅元首相の母は、死期が迫っているとき、オランダに駐在している息子の弘毅に一目会いたいと願うが、息子が帰国できないと分かると、自ら食を絶って眠るように亡くなったという。それが廣田弘毅のその後の生き方に影を落としたようだ。母は生きたのであって、生き永らえたのではない。強烈な生への表れである。意味もなく生き永らえたくないとの意思表示である。生きる以上は己の意思で生を全うしたい。

 

現代の生死

 人は裸で生まれて、裸で死んでいく。死ぬときは一人である。ほんの百年ほど前は、そういう生活が当たり前であった。今の世は、贅沢すぎるのだ。ありがたいことだとも、感じなくなるほど贅沢なのだ。飽食の挙句、病魔に侵されベッドに縛り付けられ、管を何本も体に入れられ、死なないように生かされている。贅沢から地獄への転落である。本人は不幸、家族は地獄、医療関係者だけが儲かる。国民は健康保険費高騰で不幸。何かおかしい。私の母が脳梗塞で倒れた時、約4か月間、意識なくベッドに横たわっていた。家族には地獄である。母の使われない筋肉が弛緩して、意識が戻っても、とても立ち上がれまいと分かる状態に体が衰退していた。

 

この世の地獄と光

 母は現代医療の限界を見せてくれた。母を見舞って、街にでると、何故自分達だけが地獄の苦しみを味わうのかとの思いに襲われた。地獄はあの世にはない、この世にあるのだ。それを作り出しているのは、我々の生きざまなのだ。それをお釈迦様は生老病死として、誰も避けられない苦しみとして教えられた。現代は血迷った狂人が、死刑になりたいと無関係の人を殺める事件が頻発する。地獄の様だ。

 地獄との出会いもご縁である。だから平穏無事な日々が、いかに極楽に近いかを悟らせてくれる。それでこの絵で何か引き付けられるものを感じて、購入を決めた。良い額も使用している。お買い得であると思う。絵との出会いもご縁である。いくら良い絵でも、その時の自分の心が共鳴しないと、手が出せない。お金の問題ではない。

 

名画とは

 私の名画の定義は、人目が無ければ盗んで自宅に飾りたくなる気持ちを起こさせるのが名画である。私は世界の美術館の70館ほどを訪問したが、海外の美術館では、残念ながら、私の定義の「名画」にはお目にかかれなかった。幸いなことに、そのため盗む機会がなく、逮捕されなかった(?)。いくらうん億円の絵でも、その美術館ご自慢の名画でも、盗んで自宅の「ウサギ小屋」に飾るには、大きすぎ、仰々し過ぎ、ゴテゴテし過ぎている。特に昔の名画は暗い作品が多く自宅に飾りたいとは思わない。そういう点で、水墨画は、欧米の油絵とは別世界の産物で、精神的な香りがする手ごろな作品である。

 

時代の波に翻弄される愚かさ

 今日2018年7月26日、オウム真理教の死刑囚6名が刑を執行された。彼らは最先端の新興宗教の大波に乗り、溺れたのだ。生きるとは何かを、自分の頭で考えず、現世の苦しみから逃れるため、現世から隔絶した教祖の教えに盲従した。

 我々は彼らを批判できない。「グローバル経済真理教株式会社」で、品質偽装、産地偽装、会計偽装、過労死職場を社長に命令されている幹部とオウム真理教の信徒と何が違うのか。上司から指示されたら、宮仕えの身で逆らえるのか。逆らって解雇されたら家族が路頭に迷う。そういう立場になったら私も拒否できるかは自信がない。オウム真理教信徒と同じ過程で、東電、タカタ、三菱自動車、東芝、電通のように、人の命を殺める不祥事が頻発している。すべては利他少欲を忘れて餓鬼道の堕ちた衆生の末路である。集めるほど、茂るほど、人は本質から遠ざかっていく。葉っぱが茂り過ぎた状態を鬱という。「足るを知る」を忘れたのだ。

 

人より0.2歩先を観て、半歩遅れて歩く

 人はなぜ絵を描くのか。人はなぜ音楽を奏でるのか。なぜ彫刻をし、文学を作り、エッセイを書くのか。己の内なる世界から湧き出してくるものを、何かに形として表現をしたいと思うのは自然であろう。

 ゴッホも金儲けの目的で絵を描いていたのではあるまい。天才であるが故、時代よりも1歩を先走り過ぎていた。それで世間から狂人と呼ばれて、貧困のうちに死んだ。天才の芸術家の多くが、不遇のうちに死んでいる。その芸術家の死後に時代が、その芸術家の思想にやっと追いついて評価されるのだ。

 天才は世の中より1歩先を行き、狂人といわれる。偉人は半歩先を歩き、事業で成功する。凡人の私は、半歩も先を行くのは難しいので、人より0.2歩先を観るように心がけている。半歩先を見るのは至難の業だが、0.2歩先なら、勉強すれば見ることは可能だ。0.2歩でも先は先である。

 しかし歩くのは半歩後でよい。自分で考えず、人と同じように世間に引っ張られて歩くのでは、社会の波に翻弄され、挙句に溺れて沈没する。その流行が正しいかどうか確認してから、世間から半歩遅れて歩いても、何の支障もない。私はスマホもやらず、フェースブックもやらず、LINEもやらず、グルメにも走らず、テレビも見ず、本に囲まれて生活をしている。しかし情報収集とご縁の獲得にはお金をかけている。

 

2018-07-28  久志能幾研究所 小田泰仙  

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2018年5月18日 (金)

国宝「彦根屏風」を見学

 2018年5月4日、彦根城博物館で国宝「彦根屏風」を見学した。この屏風は年に4月ごろの1回しか公開されないので、なかなか見る機会がない。それ以外の時期は複製が展示されている。彦根駅の壁面にもこの実物大の写真が掲示されている。4月12日に、馬場恵峰先生をこの彦根城博物館に案内したおり、この屏風の公開日を知って、今回見学した。

 

彦根城博物館

 彦根城博物館は、1987年、彦根城表御殿跡地にその復元を兼ねて建てられた博物館である。彦根は、徳川幕府の重鎮の井伊家が代々彦根藩主を勤め、城下町として栄え、数々の歴史・文化を育んできた。井伊家には豊富な美術工芸品や古文書が伝えられている。その数は約4万5千点にのぼり、彦根城博物館所蔵資料の中核となっている。その他、彦根および彦根藩に関する資料も収集しており、収蔵資料は9万1千件を超える。

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彦根屏風

 彦根屏風は、江戸時代初期に描かれた遊里の風俗画である。紙本金地著色、六曲一隻、縦94.0cm横271.0cm(本紙のみ)の中屏風画である。当時の風俗が良くわかる絵である。近世初期風俗画の代表作の1つで、浮世絵の源流とも言われる。描かれた場面は近世初期、京都六条柳町の遊里である。

 着物の描写も胡紛で立体的に表現されていて細やかい。女性の髪の毛も緻密に描かれている。

 右から4人目の遊女が男性の髷を結っているが、これが後に女性全般に広がった。当時の遊女はファッションリーダーでもあった。その女性の横に描かれた洋犬は、洋犬を飼うことが当時の最新のファッシンであったことを表している。

右から2人目の女性は、濡れそぼった髪を垂らし、華やかな場に不釣り合いな芭蕉文様の着流しを着ている。世の無常を説く謡曲「芭蕉」に登場する芭蕉の精が重ね合わされている。

 屏風の中央に位置する禿(かむろ)は、屏風の絵の構成上で、室内と室外の描写をつなぐ重要な役割を担う。指先の構図の意味は、諸説がある。禿とは、遊女見習いの幼女である。禿は、最上級の太夫や、または花魁と呼ばれた高級女郎の下について、身のまわりの世話をしながら、遊女としてのあり方などを学んだ。

 タバコ盆に描かれた喫煙文化は、南蛮貿易からもたらされた。

 屏風中の後ろに描かれた屏風の画は、当時から150年も前に流行した周文様式の山水画をほぼ完璧に描いている。これなどから、この絵師が高い技量を持っていたと推定される。

製作時期

 制作年代は、類品との比較や金地の使い方などから、寛永年間、特に寛永6年(1629年)前後から11年(1634年)の間だと推測される。この時代、風紀の取り締まりが厳しくなっていき、絵のような情景は急速に失われつつあった。この絵の発注者及び絵師は、かつて自分たちが楽しみ、今無くなりつつある情景を追憶するために制作されたとも推測できる。屏風や軸は当時の考え方や思想を反映している。絵は歴史の物語を秘めている。

 

屏風の購入者

 この屏風の購入者は井伊直弼との説もあるが、その禁欲的な性格から見て考えにくく、洗練された美意識をもち、趣味も広かった井伊直亮が購入したとの説が有力である。

 以上は、彦根城博物館内の説明資料、wikipediaを参考に記述。

 

美術品の撮影許可

 この彦根城博物館では、フラッシュを焚かなければ撮影可というのが嬉しい。欧米の美術館では常識だが、日本の美術館や寺院では殆どが撮影禁止である。是非、この世界の常識を広めて欲しい。日本の美術館の常識は世界の非常識である。

 寺院でも仏像の撮影禁止のお寺が多い。仏像は日本のお宝である。寺院の自己都合で撮影禁止にして欲しくない。仏様の意向に反していると思う。

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 なおこの屏風の詳細は、彦根城博物館のHP上で、「彦根屏風」をルーペで拡大して鑑賞することができる。彦根城博物館の配慮に感謝。

「彦根屏風」 http://hikone-castle-museum.jp/collection/331.html

 

文化の恩人

 この屏風は井伊家の持ち物であったが、相続税支払いの関係で彦根から流失寸前であった。スーパーマーケットチェーン平和堂を一代で築き上げた夏原平次郎氏(1919- 2010)が、1997年に12億円を彦根市に寄付して、彦根屏風を彦根市に残す恩恵を授けた。彦根のお宝が守られて、ありがたいこと。感謝。

 

2018-05-18

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite  Blog: http://yukioodaii.blog.enjoy.jp

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2017年12月15日 (金)

安藤忠雄の挑戦

 2017年12月14日、国立新美術館で開催中の「安藤忠雄展―挑戦―」(12月18日迄)に余裕を持って、東京六本木に出向いたが、「安藤忠雄展」だからと安心して(そんなに観客は多くないだろうと)行ったのが間違いであった。

 確かに入場券売り場は空いていたが、会場内の観客が、作品の前から動かないのだ。その動く速度の遅さは運慶展と勝るとも劣らず、である。25メータほどの長さのコーナでは、40作品ほどが一直線に展示され、作品ごとに模型、写真、説明、ビデオのセットで展示され、そこから人が動かないのだ。すり足でしか進まない。特に若い人や女性も作品にくぎ付けである。結局、1時間半ほどを費やしてしまった。久しぶりに見ごたえのある展示会であった。

 

「光の教会」

 中でも圧巻は、会場内に代表作「光の教会」の原寸大モデルが建てられてあったことだ「建築は模型や写真を見るだけでは足りない。実際に体験してもらわなければ、建築家がそこに込めた気持ちは伝わりません。200坪のテラスを展示に使っていいというので、じゃあ1分の1スケールでつくってしまおうと考えた。材料はもちろん本物と同じコンクリートを用いています。展示品ではあるけれど、東京都に確認したらこれは美術館の『増築』扱いになるという。慌てて許可申請をして、何とか間に合わせましたよ」(週刊文春 2017年10月19日号)

 写真や模型では体験できない、生の作品である。教会というキリスト教の関係であるが、宗教を超越して、建築作品の祈りの場の創造として感動した。全ての飾りを削ぎ落し、まるで水墨画を見るような風景である。祈りには、宗教の差などは関係ない。宗教は、その根源はみな同じである。国や民族で、それに合わせて変化して生まれ育っただけで、宗教の基本概念を縦に切ったり横に切ったりして、その見た目が、丸であったり、四角であったりするに過ぎない。

 この「光の教会」だけは、撮影が可能です。

 

光へのこだわり

 安藤氏は光にこだわりがあり、「人生に「光」を求めるのなら、まず目の前の苦しい現実という「影」をしっかりと見据え、それを乗り越えるべく、勇気を持って進んでいくことだ。」、「人間にとって本当に幸せは、光の下にいることではないと思う。その光を遠く見据えて、それに向かって懸命に走っている、無我夢中の時間の中にこそ、人生の充実があると思う。」との考えが、この教会の設計に現れているようだ。

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闘いの勲章

 氏は、建築という分野で、如何に建築の目的を、持てる才能と環境を全て生かして、自然に溶け込む作品作りの邁進してきた。今は、2009年に胆嚢・胆管・十二指腸、2014年に膵臓と脾臓にがんが見つかり全摘した身である。それでも元気に建築を通して希望と夢と勇気を持って生きることの大切さを伝えたいと、今でも毎日、創造に邁進している。まさに超人である。建築作品は安藤さんの命なのだ。だから作品としの「建築の命を育てる」というのも氏の信条である。

 

現地現物

 安藤氏の言葉「私もこれまで、数々の教養人と出会ってきましたが、やはり本当に教養がある人は、「現場に足を運ぶ」ことの重要性を知っているように思います」。「好奇心を失ってしまった人がその気持ちを取り戻すには、とにかく行動してみることです。とにかく現場に行ってみれば、必ずそこで心を動かされる何かと出合えます。そういう体験を何度もしないと好奇心なんて育ちません。」

 私はこの言葉には共感できる。実際に「安藤忠雄展―挑戦―」の会場に来なければ、また運慶展などで、まじかで実物を見ないと、その感動は伝わらない。トヨタの現地現物の考え方そのものである。だから、私はなるべく機会があればどこでも出向くようにしている。

 

安藤忠雄

 日本の建築家。大阪出身。東京大学名誉教授。高校卒業後、独学で建築を学ぶ。「住吉長屋」で日本建築学会賞を受賞。独自な建築表現を確立し様々賞を受賞。世界的な評価を得ている。東京大学工学部で教授、イエール大学、コロンビア大学、ハーバード大学、南カリフォルニア大学などで客員教授を務めた。そのほか、多くの公職を歴任した。

 

2017-12-15

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2017年11月17日 (金)

京都国立博物館で国宝展を見学

 2017年11月17日の今日、京都国立博物館で開催されている国宝展に行ってきた。松本明慶仏像彫刻展で、松本華明さんからこの展示会を教えてもらい、京都に出かけた。ところが、運慶展でもどこにこんなアホがいたかと思った人出であったが、国宝展では、それを上回る人出で、どこにこんなバカが大勢いるかと思うくらいであった。私はアホでバカでした。

 現地に、タクシーを飛ばして開場45分前に到着したが、結局私の前に500人ほどの行列ができていた。運慶展では、開場45分前で私の前の行列は150人であったが、今回はその3倍である。幸い、入場の第一陣の約1,000人の中の一人として入館できたので、なんとか朝一番の陣で入館ができた。

 それも米原駅で新幹線ひかりへの乗り換え時間が3分間しかないので、構内を全力疾走して、ひかりに滑り込みで間に合い、このテイラクである。それが間に合わないと30分後の到着であった。また運慶展での学びとして、京都駅で入場チケットを事前に入手しての段取りであった。事前入手がないと20分ほどの時間ロスとなるので、京都駅内の京都観光案内所で、事前入手が望ましい。

 

会場で

 今まで、教科書等で見たことがある約200点もの国宝が、整然と並んでいた。一番驚いたのは、2階の書のコーナである。このコーナが想像を絶する大混雑なのだ。運慶展よりもひどいくらいの混雑ぶりで、少しも前に進まない。それでも今日は平日の金曜日でこの有様。そんなに日本に書を愛する人がいたのかと驚いた次第である。もう一つのコーナが考古学の展示で、あまりの人込みで、ここは少し見ただけで退散した。それでも入場して退場するまでで、約1時間半を要した。それだけ見ごたえのある展示であった。この規模の展示は41年ぶりとのこと。この展示会は11月26日まで。

 お昼前に見学が終わったが、精神的に疲労困憊で、頭を冷やすため徒歩で京都駅に向かい(約25分)、他には寄らずにそのまま大垣の帰路についた。

 

展示コーナ

 書の展示では、日本の三跡の一人の藤原行成の書の名品が巻物で展示されていた。それを皆さんが読みながら凝視してすり足で進んでいる。だから少しも列が進まない。それほどの名品であった。残念ながら空海の書は、展示終えである。写経の巻物の展示では、写経の一字毎に佛が宿るとして、一文字毎を金色の線で丸く囲った写経巻物が展示されていた。素晴らしい名筆である。

 東寺に展示されている両界曼陀羅図の金剛界、胎蔵界の軸も展示されていて、以前、東寺で見た時よりも、見栄えがよく展示されていた。

 仏像、仏画も展示されていたが、古典的価値の作品のようで、美術品としての見地では、少し物足りない思いである。

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名品の生病老死

 その国宝が生まれた当時は、色鮮やかで素晴らしい作品でも、年月での色の退化は如何ともしがたい。遺産的価値と、現時点とでの美術品としての価値は別のような気がする。色褪せて判別が難しい源氏物語絵巻や仏画を見ると、その感を強く感じる。

 

名画や名品の定義。名縁とは

 私の名画の定義は、捕まってもいいから美術館から盗んでみたくなる絵や美術品が名画、名品である。しかしいくら名画、名品でも巨大な作品や威圧感を感じる作品をウサギ小屋の日本の自宅においても、致し方あるまい。自分の身丈に合った作品が、自分にとって名画、名品なのだ。その点で、美術館や国宝には、それに合格する作品は少ない。私も世界の美術館を100カ所ほど回ったが、その中で、盗んできたくなるような作品には、ほとんど出会っていない。悲しいことである。

 世の中で、どんな素晴らしい出会いでも、それを受け止める自分の器が大きくなければ、その価値が分からない。そのために自分を成長させねばならない。そうでないと、世の中にある素晴らしいお宝に出会っても、素通りである。猫に小判である。

 

図1 京都国立博物館の入門前の行列 開場45分前

図2 京都国立博物館に入館して開場を待つ行列 開場30分前

   約1000人(横四人で行列、手前で折り返し)向うが入り口

   2017年11月17日09:00

図3 京都国立博物館内から見た外の行列風景 開場直後

図4 退門後の京都国立博物館 2017年11月17日11:13

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2017-11-15

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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