2020年8月 3日 (月)

ご恩返しの響きは、人生交響楽団の調べ

 受けたご恩は、直接は返しにくいものだ。例えば先輩から赤ちょうちんに連れて行かれてご馳走になっても、お返しは「なし」である。それは自分の部下に奢ってあげればよい。それがご恩の響きあいである。

 先輩から人生の指導を受ければ、それを後輩に伝えればよい。その受けた御恩を、自分の後輩に返していく。そうやって代々先輩の苦労話を受け継がれていく。それが御恩返しのハーモニーである。

 最大のご恩は親から受けた恩である。

  親孝行 したいときには 親はなし

 師から受けた教えの御恩を返そうとしても、その時、師はこの世にいないことが多いもの。だからその教えは、後進に伝えればよい。

 私は多くの師から、大きな教えを頂いたので、このブログで、その内容を書いてその恩返しをしている。

 知りたることを人に教えざるは、借金をして金を返さざるが如し。

                  福沢諭吉翁

 

 私の趣味は、写真である。宴会や会合の時、その写真を撮りまくっている。それを皆さんに、お礼の気持ちで提供している。

 先年、高校の同窓会があり、仲間が宴会の風景を写真に撮っていた。その後、その写真を納めたCDが皆さんに送られてきた。お金を払おう必要もなく、会費からその費用は出ていたようだ。写真を提供して頂いて写真係に感謝である。よき想い出の写真となった。記憶は日々薄れていくが、写真が残っていれば、記憶が鮮明になる。

 

ご恩返し連綿の断絶

 先年、50年ぶりの中学の同窓会が開催されて、私は写真係を黙って担当した。その時撮った写真を整理して、82枚のデータをCDに納めて同窓会幹事に託した。私はてっきり、幹事から皆さんへCDのコピー配布があると思っていた。ところが、その写真データを、幹事達だけで、プロジェクターに写して、楽しんでオシマイであった。

 私は高校同窓会の写真CDの恩返しとして、中学同窓会のCDを提供したのだ。それが使われずにお蔵入りとなってしまった。私は怒りである。

 20人近くいる幹事の誰も、その写真CDをメンバーに配ろうとする発想がなかったことに愕然とした。聞けば幹事同士で醜い主導権争いをしていたという。そんな利己的なレベルの幹事が開催する同窓会では、二度と参加したくはない。受けた恩を忘れては、犬畜生に劣る。

 

2020-08-03 久志能幾研究所通信 1688 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

私のHDバックアップ、人生のバックアップ

 私は毎月、パソコンの6テラ分のデータをバックアップしている。写真やビデオデータが増えて、その容量が急増して閉口である。その昔はフロッピーディスクやMOで済んでいたのが嘘のようである。

 今のバックアップの手法を紹介する。

 

バックアップ機器

 私はパソコンの4テラと2テラのハードディスクを3セット用意して、毎月、3ヶ月をワンサイクルとしてバックアップとしている。毎月、月末にパソコン内の全データをバックアップする。

 今、入手できるのが最大で4テラのハードディスクだから、4テラと2テラのハードディスクを1セットとして使っている。

 3重だから、ハードディスクの使用頻度が1/3になるので、問題がないが、一応、ハードディスクの電源オンオフ回数、累計の使用時間は管理している。ハードディスクの寿命に関係するのが、電源オンオフ回数で、それが3年分を過ぎると危ない。

 家のパソコンは、ハードディスクの保護のため、朝電源を入れて、夜しか切らない。省エネとして、一日に何回も電源をオンオフしては、ハードディスクの故障の原因となる。

 

3重のバックアップサイクル

 翌月、3か月前にバックアップしたハードディスクをフォーマットして、それに当月分のバックアップ分を書き込みする。

 翌月も同じパターンでバックアップする。

 これを3ヶ月のサイクルで繰り返す。

 時折、月の途中で、ディスクトップのデータをバックアップする。

 これで過去3ヶ月分のバックアップが準備できる。

 ハードディスクは常時は電源を入れず、3ヶ月ごとに電源を入れて、稼働である。常時電源を入れておくよりも安全だと思う。あまり長い間、電源を入れないのも、ハードディスクにはよくない。

 

生あるものは必ず死

 これは今まで、私のパソコンのハードディスクがクラッシュして何回も泣いたことから生まれた智慧である。ハードディスクは壊れて当たりまえ。それを前提にバックアップをしている。

 データをブルーレイディスクに保存すればよいが、6テラもあると、物理的にも、時間的にも無理である。そのバックアップには、50Gのブルーレイディスクが120枚もいる。その記録時間も膨大である。またディスク代が高価である。パソコンのハードディスクのバックアップは、ハードディスクへのバックアップが再利用ができて一番効率的である。

 あえて自動ではバックアップはしない。手動である。月一回のことだから、不要なデータを消すことを兼ねて、手動でバックアップである。

 

友情バックアップ

 もう一つのバックアップとして、イベントや宴会等で写真を撮った場合、その写真データをCDに納めて知人に進呈している。そうすれば、当方のデータが消えても、知人の家にそのデータが残っている。安全である。きちんと保管してくれるような高品質の写真を送るようにしている。

 

私の引継ぎ

 会社の異動で職場を変わる場合でも、私は引継ぎにあまり時間をかけない。日頃、仕事の中身は全て書類で残しているし、日頃、部下にその資料を見せているので、その時になって、慌てて引き継ぐ必要もない。これも日ごろの仕事のバックアップと同じである。

 

後継者育成の責任

 リンカーンは、人は40歳を越えたら自分の顔に責任を持たねばならないと言った。私流に解釈すれば、このことは自分だけでなく部下に対しても教育の責任があることを意味している。人はあるレベルに到達すると自分の持つ情報を後継者に正しく伝授する責任が発生する。それがバックアップである。そうなれば、いつ死んでも、何時異動があってもよい。人事異動とは、パソコンのクラッシュと同じである。

 

 自分のしてきた事を、いつか人に伝えれなかったら、何もしてこなかったと同じである。

    アー ウ ィン ・シュ レジ ンガー *2

 

 どんなことでも教育を受けたことは他に伝授して初めてその行為が完結する。設計でも事務 、現場等でも自分のやってきたことを部下がそれ以上にこなしてくれて初めて彼への教育及びその業務が完成したと言える。

 今の科学技術が過去の技術の蓄積の積み重ねである以上、教育はその上台となる。そういう意味で後に続く人をゼロか らスター トさせてはならない。これが会社の組織 及 び技術の継続、発展には不可欠である。

 

自分の生データをバックアップ?

 自分が死んだら、今まで蓄えた智慧が消滅する。体のDNAは新らしく生まれてくる子供が受け継ぐが、その脳みそ内は再生できない。その智慧を文書に残すのが、唯一のバックアップ手段である。完全ではないが、これしかない。だから私はその体験や知恵を書類に残している。

 前職の会社では、自分のノウハウを文書にして遺してきた。それは設計要領書、規格、論文、報告書、再発防止書等である。だから今の私のブログは遺言である。

 バックアップとは危機管理である。自分の後継者を作るのも、バックアップであり、危機管理である。

 

 書いたものだけだよ、後の残るのは   馬場恵峰師の口癖

 

2020-08-03 久志能幾研究所通信 1687 小田泰仙

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2020年8月 2日 (日)

相田みつをが出逢った逆縁の菩薩

 相田みつを氏は学生の時、喫煙の濡れ衣を着せられ、不良学生と烙印を押された。そのため相田氏は、軍事教練の教官から徹底的に虐められた。結果として軍事教練の単位が、相田氏だけとれず落第となり、進学できなかった。

 当時、軍事教練の単位がないと進学できない時代である。氏はそのため寂しい青春を過ごすことになり、ある縁で在家ながら禅の道を学んだ。それが後に書の道に進む縁に結びつく。

 大学に進んでいたら、学徒動員で戦死していた恐れがある。氏はこの軍事教官を「逆縁の菩薩」と呼んでいる。なにが人生で幸いするか、人知を超えた天の計らいである。この軍事教官は、相田みつを氏には福の神であった。

 

馬場恵峰師の見た夢

福の神・貧乏神

 美しく着飾った女性が資料館を訪ねて来た。どなたでしょう…と聞くと「私は富を与える福の神だ」と答えた。館長は大喜びで奥へ迎え入れた。しばらくしてみすぼらしいなりをして色青ざめた女が訪ねて来た。聞くと、「私は貧乏神だ」と言う。驚いて館長は、貧乏神さまでもおことわりと、追い返そうとすると女は言った。「私を追い返すの…..愚かな事よね….と。先に迎え入れられた福の神は、私の姉で姉妹はいつも離れた事はないのだから、私を追い出せば、姉もいなくなりますよ….」と言って、みすぼらしい女は出て行った。間もなく姉の福の神もこの館から消え去っていた。

 館長は夢から醒めると、この様をよく考え直して見た。人間というものは一方的に都合の良いことのみを願っても、それは達成されるものではない。福があるから禍があり、良いことがあれば悪いこともある。生があるから死がある。相合う喜びあれば別れの悲しみあり。これが人生の真実。相反する禍福を超えて執着しないところにこそ堅実な人生の生き方と….地位が上がった、収入が増えた….そういう得意の絶頂で、禍の谷の深さを意識しない位あぶないものはない….館長は良い反省の夢と手を合わせた。資料館造って20年様々な出逢い喜び悲しみ別れ等々。落成記念写真の120名来賓の中、物故者も20名を超え、20名以上の人が病院そのほかでなかなか会えない。今この四曲の200余の和歌、日頃訪中の折々、いろは歌等々思い出多く自作たるもの、下記つづりしものにして、思いもよらず親愛なる新立大工の心配りのものにして、全長二米八十の屏風本体と共に、館落成20周年の得難き人情交友のあかしとして他に類なき尊いものと言えよう。戌子の上冬の夜も次第に深くなり。また齢82翁の今日も終らんとする。みかん園も活気づく頃も、もう20回。山里の四季の中で過ごす事の有難を感謝して手の痛みと付き合いながら重い深きひと時、天之機緘不測、即天が人間に与える運命のからくりは人知では到底はかり知る事はできない。残された人生に、唯一筋書芸三昧の歩みに餘念なく。館長の夢は大きな玉手箱と…今日も終らんとす。ここに随筆として一篇即興書きどどむ。

          平成20年10月21日三宝斎恵峰

 

 自分の人生を振り返り、谷があるから山がある。谷での試練が有るから、成長ができた。人生塞翁が馬である。いいことばかりの人生などない、が70近くまで生きてきて学んだ真理である。

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 福の神・貧乏神の板書を解説する馬場恵峰師  図書館にて 2011年4月2日

 この板書は書の収納箱の蓋に書かれている。

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2020-08-02 久志能幾研究所通信 1686 小田泰仙

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2020年8月 1日 (土)

日経の本性、洗脳教育「トランプ大統領は敵だ」

 新聞社の本音は、言葉のちょっとした使い方で露見する。いくら本音を隠しても、記事を見ればすぐわかる。文書とは人格、社格そのものである。

 

日本経済新聞記者の本音が出る記事

 2020年7月2日付の日本経済新聞の見出しに「バイデン氏、敵失が支え」とある。その他の文中の表現にも記者の本音が出ている。ここでいう「敵」とは記者自身が思っている敵である。下記の記事中の文(青字)は、記者が解釈して書いたことで、事実ではない。

 トランプ氏の「自滅」に助けられている面がある。

 トランプ氏は・・大規模な集会を強行したが・・・・。

 トランプ氏の・・・不適切な対応という敵失が大きく作用している。

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 日本経済新聞 2020年7月2日

 

グローバル経済企業の敵はトランプ大統領

 中国との商売を継続したいグローバル経済企業にとって、中国と敵対するトランプ大統領は「敵」なのだ。彼らの社是は、株主への利益至上主義なのだ。自分達の企業が儲かれば、社会がどうなっても構わないのだ。彼らにとって、中国がどれだけ不正をしようが、どれだけウイグル族を虐殺しようが、知的財産を盗もうが、自分達が金儲けさえできればよいのだ。グローバル経済企業は今まで中国に多大な投資をしているので、それを捨てるわけにはいかないのだ。

 日本経済新聞社のスポンサーがグローバル経済企業群である。だから日本経済新聞社にとって、トランプ大統領は敵なのだ。だから「敵失」という言葉を平然と使う。

 日本経済新聞社はグローバル経済企業に都合の悪い記事は書かない。その典型が、4年前の米国大統領選挙報道である。選挙結果が出るまで、クリントン候補が優勢と報道をしていた。今回も、マスコミはその轍を踏んでいる。

 バイデン氏は認知症が進んでいるという。そういう報道は大マスコミでは全くされない。

 

事実はない。解釈の違いだけ

 事実はない。解釈だけがあるだけだ。 ニーチェ

 No facts, only interpretations.

 

 どんな報道でも真実ではない。すべて記者の考えというフィルター、新聞社の思想というフィルターがかかって、記事が書かれている。それを念頭に記事を読まないと洗脳される。

 我々はそのフィルターを理解して、その事実を把握しないと、地獄に落ちる。皆さんも同じことを中国共産党や北朝鮮の宣伝部が言えば、嘘ではないかと構えて聞くでしょう。それが日本経済新聞だからと盲信するのでは、日本経済新聞社に洗脳教育をされているのだ。

 朝日新聞も慰安婦報道で大嘘を言っていた。今だ、朝日新聞が存続しているのは、日教組が子供たちを洗脳教育したためである。

 中日新聞社も、河村名古屋市長が南京虐殺事件に関して意見広告を出そうとしたら、その掲載を拒否して、中国の肩を持った。だから中日新聞社の記事は中国寄りの記事になっている。

 

 紙に書かれた事実は、人々から直接に伝えられる事実と同一でない。事実そのものと同じくらい重要なのは、事実を伝える人間の信頼度である。事実はめったに事実でないが、人々が考えることは憶測を強く加味した事実である。

     (ハロルド・ジェニーン『プロフェッショナル・マネージャー』)      

 

 要約とは、膨大な情報の中から理解すべき価値ある情報を選び取る作業です。これを他人任せにすることが、いかに危険な行為であるか、身にしみて感じました。自分にとって必要な情報だけを選び取る選球眼を磨かなければ、情報の大きなうねりの中に組み込まれて沈没してしまうことになる。

    (吉田たかよし『脳を生かす! 必勝時間攻略法』)

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大本営発表

 その昔の洗脳教育の大本山が、大日本帝国の大本営発表であった。

 今は、日本政府がその役割を担い「日本には1千兆円の借金がある」と解釈を変えて宣伝し、増税に利用した。それで財務省は、財務の貸借対照表の見方を悪用した。財務省は、国民が財務を知らないとして洗脳教育をしている。

 大垣では、小川敏が同じ洗脳教育の宣伝をやっている。曰く「大垣は子育て日本一」の大嘘である。それでいて大垣市の児童生徒一人当たりの教育費が県下最低なのだ。だから大垣は没落した。

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2     講義_武道としての情報設計- より(2006年)

 

2020-08-01 久志能幾研究所通信 1685 小田泰仙

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2020年7月31日 (金)

人生の縁道で出会う福の神  生前火葬から逃亡

 来る縁が良い縁か悪い縁かは、棺を覆ってからしか分からない。還暦を迎えてから分かったことは、良い縁も悪い縁も全て己が招いたことで、それをどう解釈するかが問題で、どう対応するかは対処処方の小さな問題である。来る縁が良いものであるように生き様を変えるのが根本処方である。来る縁に善悪はない。全て選択の問題であるので、悪い縁と分かっていれば、選ぶまでもない。選択不能の事項なら、受け入れるしかない。それに無駄な抵抗をするから地獄を見る。不幸の時は、不幸を楽しめばよい。死ぬ時は死ねばよい。それも人生である。

 

生前火葬から逃亡

 定年延長して前職の会社に身を置いても、その扱いは派遣社員並みである。職位は剝ぎ取られ、部下はなく、人事権もない。能力の低い前部下の指示を仰がねばならぬ。その境遇は精神的に惨めである。定年後は、使用済み核燃料みたいな扱いで、生前火葬されると同じである。定年延長の期間を過ぎれば、精神がしっかりと焼かれてボロボロになる。

 私はこのありさまを、隣りの部署の元部長が定年延長で働いている姿を見てたので、定年延長を拒否して会社から逃げ出した。

 もし定年延長であと5年間を働けば、精神的に落ち込んで、新しい世界には跳べないだろう。

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金太郎飴から桃太郎へ挑戦

 トヨタの社員は、金太郎飴のよう何処で切っても画一的だと言われる。それがトヨタの強みでもあり、弱みでもある。大量生産の製造業の在り方としては理想であるが、現代社会の多様性には少しミスマッチあるようだ。

 GAFA (Google,Apple,Facebook,Amazon)で代表される企業とは、企業価値額で、トヨタは負けている。GAFAはダイバーシティを武器に、多国籍、他民族、多価値観の人間がものを作っている。新しい産業には、異質の文化の融合が必用のようだ。

 私も会社時代は、トヨタ系の会社に勤めていたので、私は正にトヨタ金太郎飴社員であった。しかし私が定年になり、定年延長を拒否して会社を離れたので、その束縛から解放された。会社を離れることで、価値観の違う人たちの付き合いで、多くのご縁を頂いた。

  

新しい世界

 「障子を開けて見よ、世界は広いぞ」(豊田佐吉翁)

 私は、定年後、大垣に帰郷して、前職の閉じた世界から、障子を開けて広い世界に飛び出した。それは正解であった。そのお陰で、この10年間、下記の世界を飛ぶことができた。定年後、前職の会社に居れば経験できない体験である。

 その世界は、陰陽の原理で、明暗が分かれる。それが自然である。明の世界ばかりではない。両方の世界から学ばねばならぬ。

 

欧州の歴史探索旅行(3回)

リフォーム工事の世界(9年間)

シシリアシ島でのスケッチ旅行の世界

仏像彫刻の世界

経営者研究会の黒い世界

恐怖の新興宗教の黒い世界

国家資格取得の受験勉強の世界

拝金主義の銀行の手口を垣間見る世界

ピアノの世界

演奏会を撮影する世界

本を出版する世界

黒い会社を経営診断する世界

恵峰先生の書の世界

ブログの世界

大垣市の市政研究の世界

病気の世界(眼、血圧、心臓、ガン)

 

 老いることは、忌み嫌うべきではなく、喜ばしいことだ。「老」には「結ぶ」という意味がある。親子が生物の発展の形である。物事は結ぶことで生成発展する。結婚しかり、合併しかり、異質なものが結び合うことで新しいものが生成される。それを「化成」という。ニンベン「イ」は背の伸びた若者、「ヒ」は腰の曲がった老人の姿である。親子が結ばれて新しい価値が生まれる。それが「化」の意味である。

 

ダイバーシティ(多様性)へ

 老いるとは経験を練ることである。経験と幸福は、自分とは異質の人がその福を運んでくれる。時に、人の本気度を試すために、福の神が貧乏神の全く逆のコスプレで来るときもある。老心は百面相である。老心は異質なものの昇華体である。だからその衣装に騙されないようにしよう。人間界の投影が神の世界である。神の世界もコスプレが大流行である。

 神には、裕福も貧乏もない。それを決めるのは人間の欲というフィルターがかかった目である。来る人が貧乏神に見える時は、目が曇っている時。目が曇っていては、真実が見えない。そんな状態では、人生時間も稼げない。

 

縁を見る目

 人が罹る目の病気に白内障、緑内障がある。心の目が罹る病気の一つが「欲内障」である。良くない症状である。これは手術では直らない。火葬場で灰にならないと消えないといわれる業病である。禍があるから福が光る。人生の禍福の合計は、人生と言う長い尺度ではトータルゼロである。「不遇な時期は人生の貯金の時と割り切って自己充実を図れ」が佛様のメッセージである。

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加藤梅香先生の書

 

2020-07-31 久志能幾研究所通信 1684 小田泰仙

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2020年7月30日 (木)

人生道千曲がりでのご縁

 還暦を迎えて、歩いてきた過去を振り返えり、更にその後の10年を振り返ると、下っていた人生道千曲がりの道でも、自分の修行としての下り坂で、上に上るためには通らなければならない道であったと、今更ながら運命の悪戯に感謝している。

 悪路を歩いている間は、目先の試練で惑わされてそんな考えは浮かんでこない。しかし過去は考え方を変えれば、その悪い経験を自分の修行であったと、過去の見方を変えることができる。そうすれば自分の未来が変わる。過去を肯定せずして、自分の未来はない。

 逆縁の菩薩に出会わなければ会えない師とのご縁がある。新しいご縁は、縁あるもの死なくしては、生まれてこない。

 

過去の山道

 還暦前の会社時代は、いくら冒険だとしても、所詮、ガードレールの付いた道を歩いていた。還暦後、自由な世界で道を歩いていると、なんと今までが安全な世界で生きていたかと愕然とする。やはり障子は開かねば、広い世界が見えない。障子の外は広いのだ。

 もの心がついて50年、ひたすら頂上を目指して千曲がりの道を歩いてきた。時に坂を下るときもあったが、視線は頂上を見ていた。その坂も、古希を迎える間際になって、やっとその意味を悟る有様である。

 

地獄を見る

 私は健康オタクで頑張ってきたが、若い頃は仕事に目がくらみ、知らず知らず体を傷つけてきた。それに気がついたのは、古希も近いときで、癌が見つかったときだ。そのため終活準備、入院、手術、余命宣告、病後の養生で、多くの出会いと別れがあった。

 極限状態の地獄を見て初めて、その縁の真価が露見する。すべては仏様の導きであったと、今にして思う。地獄の道に入らねば、見えない世界がある。生死の境を超えることで、多くのご縁を授かった。そこから生還できたことに感謝である。

 人生道は千曲がりの坂道である。頂上に着くには、千回曲がらねば到達しない。無駄な曲がりはない。その曲がり角を1回ずつ超えるごとに、経験と知恵がご褒美で与えられる。それがお宝である。

 

 

参考  2017/07/18

人生は千曲がりの山道(改定) - 久志能幾研究所通信

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2020-07-30 久志能幾研究所通信 1683 小田泰仙

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2020年7月29日 (水)

死計 ―― 人生仕舞いを考える

 自家のお墓を改建した時のお話です。

 2015年11月、自家のお墓の改建工事中、まるまる4日間ずっと墓地で立ち会った。しかし石屋さんが作業中の側に常時いるわけにもいかず、多くの時間は墓地内の墓を見て回って時間を過ごした。そのお陰?で、墓地にある時代の経った多くの墓を熟視することになり、自分の人生仕舞いを考える機会を得た。静寂な墓地内を歩き回るのは、人生を考えるにはよい機会である。今までで、こんなに長い時間を墓地で過ごしたことは無い。また建築物の現場立ち合いは数多くしたが、お墓の建築での立ち合いは始めてであった。

2 菩提寺の墓地 

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  水屋の向こう側でお墓の設置工事中 2015年11月16日

 

無縁墓

 菩提寺の檀家200家中で、約30%が音信不通である。東京に出て行ったまま、連絡先が分からない家、絶えた家、法事をしない家等である。その事実をこの眼で確認した。お墓は一家に2,3基もある例が多いので200基近くも無縁墓があるようだ。お墓の解体作業では一基10万円から20万円の費用がかかる。総計で3千万円も処理費がかかることになる。無縁の場合、その費用はお寺が持つが、最終的にはお寺を支えている他の檀家が負担する。それを考えると、お墓の後始末、自分の人生の後始末とその後を真剣に考えた。

 

無縁墓の迷惑

 無縁墓になっている家のご先祖は、決して今の状態を望んでいたわけではない。無縁墓になるとは、墓地の一聖地を無賃滞在するキセル行為となる。他の檀家にも迷惑をかける。別の檀家が新たに墓地を求めたくても、無縁墓が居座っているとそれも叶わない。お墓が新陳代謝をせず増え続ければ、日本中、無縁の墓だらけになってしまう。そうなるとお寺の没落と消滅である。そんな迷惑はかけたくないと思う。

 

お墓の生老病死

 自分の死後、50年間も供養をしてもらえば、お墓が無くなっても納得できる。50年間も経てばあの世でも転生があろう。来世にも諸行無常で、生老病死があるはずだ。この世のお墓にも生老病死があり、新しくお墓を建てても、墓石の寿命がきて、風化した墓石を何時かは改建しなければならない。お墓を守る家系にも生老病死がある。改建してくれる親族がいなくなれば無縁の墓となる。それは他人迷惑、お寺への営業妨害である。

 このことに思いが到り、私の死後の50年分の護持会費と永代供養費(50回忌まで)を来年納めると住職に話をした。それでも100万円ほどの話である。中古のベンツに乗ると、一回の車検で80万円も取られる(知人の伝聞)。それを思うと大した額ではない。お金を残して逝ってもお国が没収してしまう。その金をお役人が無駄遣いするだけだ。あと数十年経って、自分がヨイヨイの体になって、その段取りもできない状態になってからでは遅い。それで、今の時点で死後の段取りをする決断をした。今回のお墓改建の待ち時間で思いついた決断である。わずか2週間で2回も親族の骨を拾うというご縁が、自分仕舞いの道を拓いてくれた。(2015年10月記述)

 

後日談

 上記の3年後の2019年1月、私に癌が見つかり、2月に手術と決まった。その手術の前に、葬儀の段取りと、50年分の護持会費と永代供養費(50回忌まで)をお寺に納めた。お墓が出来ていたので、その決断は早かった。お墓も何時かは必要となる。早めに段取りしておいてよかったと思う。

 未だかって死ななかった人はいない。世界一の金持ちであったアップルのジョブズでさえ、56歳で死んでいる。金があっても死の前には無力である。

 何時までもあると思うな、親と自分の命。死を意識して覚悟すれば、怖いものはない。

 やりたいことを、やれるうちにやってしまおう。そのうち、金があっても体力も気力もなくなり、やれなくなる。人生はやったもの勝ちである。後は野となれ山となれ。

 

人の死

 人は二度死ぬ。一度目は肉体的・社会的な死である。二度目は、その人を知り、悲しんでくれる人や供養をしてくれる人たちがこの世にいなくなったときが、第二の死である。その死後までお墓が残っても、あまり意味がない。それは社会への迷惑となる。そのお墓が、限りある墓地を占有することになる。会社や組織から、老兵は静かに消えるように、お墓も時が来たら静かに撤去されて、墓地から去るのが美学である。お墓が老体の醜態を晒しては見苦しい。

 

危機管理

 50年か100年後、今回のお墓を守ってくれる人がいなくなる状態になった場合の危機管理として、今回の新設のお墓の撤去費用も預けようかと住職さんに相談したら、呆れられて、「次回お会いしたとき相談しましょう」という話になった。まだお墓の開眼法要も済んでいないのに、吾ながら用意周到すぎると呆れた。(2015.11.23)

 今回改建したお墓の撤去費用を検討したら、その費用は、設置費用よりはるかの少ないのが分かったのが救いであった。設置の場合は傷つけないように慎重に工事を進めるが、撤去時は砕いて搬出するとのことで、重機は不要とのこと。

 

2020-07-29 久志能幾研究所通信 1682 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年7月28日 (火)

普賢菩薩と文殊菩薩の教え  大垣の末路

 普賢菩薩は文殊菩薩と共に釈迦如来の両脇侍として、尊ばれてきた。仏教を信仰し、精進に努める誓いと行いを求めて努力をし、信仰者を守護してくださる。普賢菩薩は象に座しておられる。象は地上の動物の中で一番大きな生物で、力を象徴している。象は大力を持ち何者にも動じず、菩提(悟り)に運んでくれる徳を持っている。

 文殊菩薩は釈迦如来の両脇侍として、大乗仏教の上頭とされる。三人よれば文殊の智慧というにように、文殊菩薩は智慧を象徴するみほとけである。経軌によると文殊菩薩は清らかな心を持つ童子の姿とすることが記されている。

 また文殊五尊像は、獅子(威厳を象徴)に座した文殊菩薩とその従者たちが、海を渡って飛来する情景を表し、中国山西五台山はその聖地として巡礼者の信仰を集めてきた。

 以上、松本明慶著『慈 大仏師松本明慶作品集』(2004年 小学館)を引用・編集。

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  松本明慶大仏師作 普賢菩薩  文殊菩薩

 

AI

 菩薩界には智慧を象徴する佛はおわしますが、知識を象徴する仏様はいない。知識が欲しければ、コンピューターで検索すればよい。その昔は辞書であった。それがコンピューターになっただけだ。今流行りのAIも、所詮、今までの知識を基に条件分岐と多変量解析、回帰分析で出した答えを応用しただけである。AIも人間の智慧には勝てない。AIには、愛も智慧もない。AIも、知識以上の智慧は出てこない。

 

知恵の象徴

 普賢菩薩も文殊菩薩も智慧の仏様であるが、その表現が興味深い。文殊菩薩は、右手に宝刀、左手に法典の巻物を握っている。それに対して普賢菩薩は合掌をしている。

 

 世の中は陰陽である。仁王さんの名で親しまれている金剛力士は、開口の阿形像と、口を結んだ吽形の二体から構成されている。それは陰陽を表している。

 同じように陰陽を表して、文殊菩薩と普賢菩薩は、片や宝刀、法典巻物を持ち、片や何も持たない。片や右足を組み、片や左足を組む。文殊菩薩を運ぶ獅子は目をカッと明け、普賢菩薩を運ぶ象は目を薄めに明けている。

 これは文殊菩薩が世の中の智慧を表しているのに対して、普賢菩薩は自ら湧き出る知恵を表している。両方があって、初めて真の智慧である。二佛が釈迦如来の脇侍として、左右を固めている。世の智慧と自らの智慧を使って、菩薩行を勤めよとの教えである。自分だけではダメなのだ。他人任せでもダメなのだ。

 

日本経営者の下劣伝

 大垣市長の小川敏のように、自分は東大出で賢いと自惚れて、人の意見を全く聞かないから、前職の伊藤忠商事でも排斥されたのだろう。だから日本の超一流の会社を辞めて、地方の超零細の家業を継がざるを得なくなったのだろう。その会社もいまだ超零細のままである。HPで従業員数や会社規模さえ公開していない状態だ。小川敏はその反省もせず、そんな傲慢な姿勢で大垣市を支配したから、大垣は没落した。小川敏を盲信した罰である。

 ソニーも東大出の社長が増えると、ソニーは創業の精神が薄れ没落していった。だからウォークマンを生んだソニーからは、iPodもiPhoneも生まれなかった。ジョブズはソニーから学んだのだ。ソニーの歴代社長は経営者失格である。ストリンガー元社長は、グローバル経済拝金主義に染まって、アイボの開発を止めさせ、ソニーの独創性の芽を殺した。そしてソニーを没落させた。

 日本産業界は、そんな大企業の社長が跋扈しているので、衰退の一途である。また大企業の不祥事が絶えない。知識に偏重した経営で、失敗したのだ。

 

知識に偏してしないか

 現代の学校教育は、どうしても知識に偏している。そうして、人間の徳といいますか、愛情というものが教えられていない。悪く言えば、“知恵ある動物”をどんどん育てている。だから間違ったら怖い。何をするか分からん。こういうことが一面に言えるのやないかと思う。

 昔はどうかといえば、昔も今もたいして変わらないと思いますけれども、昔は、人間として何が正しいかというとがまず先に教えられた。そうして人間の道といいますか、そういうことが分かってきた。そのうえにいろんな知識が必要である。知識が分かったら、その知識をもって、お互いのためになることを知りあうというようになったんです。

   『松下幸之助発言集4  全41巻』p226   PHP

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   馬場恵峰書

 

2020-07-28 久志能幾研究所通信 1681 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年7月27日 (月)

今週の推奨銘柄  大垣株は売り

カラ売り推奨銘柄

 憂言放言組織 大垣市株式会社(社長 小川敏(東大卒))  

 

買い推奨銘柄

 有志企業 福岡市株式会社(社長 高島宗一郎)

 福岡市政と大垣市政を比較し、絶望の極み - 久志能幾研究所通信

 http://yukioodaii.blog.enjoy.jp/blog/2019/03/post-7588.html

 

すでに起こった未来

 大垣の現在の没落の状態は、未来の大垣の兆

 それが「大垣未来ビジョン」の末路

 

推奨理由 

 現在、アメリカの年間成長率は3%、欧州が2%、日本が1%である。大垣市の小川敏市政この20年間の成長率はマイナス1%である。今後、日本は先進国に比較して相対的に衰退すると予想される。大垣は更に暴落すると予想される。

 都市の公示地価がその都市の成長度を神の啓示の如く表している。大垣市は、小川敏が市長に就任して、19年間で半分以下に暴落した。

 日本のこの30年間が、「失われた30年」と言われる原因は、日本と大垣が下記の状態であるからだ。

 市民として、日本国民として、どげんかせなにゃならぬ。

 

ダイバーシティ(多様性)が向上しなかった。

 日本はベンチャー企業を育てなかった。

 新しい取り組みを、政府と既得業者が潰した。

 いまだ親方日の丸の企業が跋扈している。

 大垣は既存企業の既得権が横行して、新しい店が生まれない。

  規制が多くて自由な経済活動ができなかった。

 利権がらみの政策が横行した。

 自分は目を広くしているだろうか?

 

女性の地位が向上しなかった。

 消費の7割は女性が握っている。

 高齢の古い頭の経営者では、市場動向が理解できない。

 だからGAFAやユニコーン企業(尖った企業)が日本に生まれない。

 

教育費をケチった

 日本は教育後進国になった。

 日本は大学、大学院への進学が、OECD中で平均以下(7ポント下)

 政府の教育費がOECD中で最下位。

 子供への教育投資費は、将来の年収に影響する。

 大垣市の児童生徒一人当たりに教育費は県下最低。

  大垣市の教育費は、刈谷市のそれの半分である。

 小川敏はその子供への教育予算を喰った。その金を自分達の給与に回した。

 大垣市役所の年収は県下一高い。大垣市の教職員の年間給与は岐阜市より200万円低い。

 自分は自分の成長のために金をかけているだろうか?

 

少子高齢化が激化

 サラリーマンの給与がこの30年間、下がりっぱなし。

 国民の給与が年々下がっていく国が、栄えた例は歴史にない。

 派遣社員や外人労働者を採用して、新しい雇用を創出しなかった。

 社員は将来が不安で結婚も子供も作れない。

 自分は挑戦を大事にしているか?

  私は47歳で科学工業英語1級に合格した。

  挑戦して3年かかった。

  私は還暦から国家資格試験に挑戦した。

  私は65歳で、久志能幾研究所を立ち上げた。

 

企業は人減らしばかりで、人を大事にしなかった。

 REO重視のグローバル経済主義経営の影響である。

 成果主義重視で、目先の利益ばかり追う経営に終始。

 目先の利益を追求して、未来への投資をしなくなった。

 人こそが10のモノを100にも1000にも創造してくれる。

 自分は人を大事にしているだろうか?

 

組織はその長の人格以上に成長しない

 日本の首相が頻繁に変わり、それも経済音痴ばかりであった。

 政界のクリーン度が下がった。(先進国中で平均以下)

  不正の横行

 社長のレベルが下れでsがった。

 日本企業の社長が利権と名誉欲で社長の座に執着、下品になった。

  東芝、日産、東電、ジェイアール西日本、三菱自動車

  小川敏は市長の座に執着して市政を澱ませた。

 

トップが古い経営に終始

  福岡市の高島市長は古い政治を捨てた。それで高度成長できた。

  日本と大垣は古い政治へ執着して衰退した。

  

新しい投資をしなくなった

 災害の多い日本国土に防災の投資は不可欠。

 それを「仕分け・節約」と称して予算を削るから、洪水等の災害が絶えない。

 大垣の小川敏は防災に金をケチるから、基幹道路が頻繁に水没する。

 自分は危機管理として身の回りに投資をしているだろうか?

  自分の成長のため、本やPCや研修に金を使っているだろうか?

  人生で最大の投資先は、自分自身。

 

挑戦しなくなった

  一番でなければ、ビリも同然。

  一番でなくてもよいと考えると、妥協が生まれる。

  一番を目指さないから、新しいことが生まれない。

  Sonyが没落して、appleが成長する。

  自分は志を高くして生きているだろうか?

 

国民の政治への無関心

 無関心のため、政治に腐敗が横行しても国民が怒らない。汚職議員・利権議員を当選させてしまう。小川敏は小賢しい細工で、無投票当選に持ち込み、5選・19年間の独裁政治を謳歌している。それで大垣は没落した。

 国会議員が、中国と裏でつながり、激安の製品輸入を許し、国内産業を壊滅させた。マスコミがグローバル経済主義・拝金主義の影響を受けて、正しい報道をしなくなった。 

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2020-07-27 久志能幾研究所通信 1680 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年7月26日 (日)

認知症という脳死。原因と対策

仕事とは、世の中で生かされ、生きるための方便(仏語)

 定年後、やる事もなく無為に日々を過ごし、飽食をしていると認知症になる。人は食べるためにだけに生きると飽食になり、病気、認知症となる。現在、認知症の患者は約800万人である。65歳以上では15%が認知症といわれる。頂いた命の使命を果たさないと、天はその人からその能力を容赦なく奪っていく。

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   日本経済新聞2014/07/09より

 

次のステージ

 今、自分が立っている階段に、次のステージの幾(きざし)が現れる。人間も人生の第4コーナを回る高齢になると、天上界、人間界、畜生界、地獄界に選別をされる。現在を見れば来世でのポジションは分かる。

 

天上界は、生涯現役で天寿を全うする人達で、およそ5%である。あと15%の人が頭もそこそこにしっかりしたまま、世に迷惑をかけず死を迎える。

人間界は普通に老化し、普通に病気になって亡くなる人達で、約60%である。

畜生界は約1割で、己の不摂生の限りを尽くし、余命1年と医師から宣告されてから、焦って「金はいくらでもだすから助けてくれ」と医師に泣きつく人達である。かのアップルの創業者で世界一の大金持ちのジョブズ氏でさえもガンには勝てなかったのに。いまだ、死病からお金で助かった人はいない。

地獄界は認知症の患者で、約10%である。自分のことが分からなくなり、肉親を不幸のどん底に落とす。すべて2・6・2の法則に分類される。

 

因果応報

 自分が第二の人生に向うとき、今までの因果応報で選別されて入る「界」が決まる。天の采配は非情で正確である。せめて最悪の地獄界(認知症)には罹患しないように、今からでも遅くないので精進すべきである。病気は発病すべくして、その原因を己が作っている。

 

原因(私の推定)

 認知症の原因は、単純明快である。認知症の現象は脳が正常に働かなくなった。だからその原因は、己の過去の行動で脳細胞を殺すような因子を与え続けて、一部の脳細胞が死滅したため。そのため脳が正常に働かなくなった。それが認知症である。使わない器官は退化する。生物の基本的機能の基本である。

 肉体面では、過度な酒・タバコの飲用、食べすぎ、太りすぎ、過度な偏食、毒がある添加物を過剰継続的摂取等である。

 精神面では、過度の名誉欲、金銭欲の使いすぎである。また過度な不安要素を受けすぎたのだ。生物の持つ自己防衛機能で、その機能を停止したためである。

 また頭脳面では、頭を使わないという過度の怠慢習慣である。使わない器官は退化する。単純明快である。

 原因がわかれば対応は可能である。あとは己の意思の問題である。

 

私の高血圧症治療と認知症の関係

 私は長年高血圧症に苦しめられ、降圧剤を20年間程服用していた。降圧剤は対処療法の薬である。それで高血圧が治るわけではない。当時はそんなことは考えず、医師の勧めるまま飲んでいた。還暦後、国家試験に挑戦したが、その受験勉強の過程で記憶力の低下に我ながら愕然とした。また網膜静脈閉塞症を患い、その原因も模索していた。

 そもそも高血圧とは、血管に問題があり、血圧を上げないと全身に血が回らないので、自律神経の機能で、血圧を上げているのだ。その血圧を下げれば、必要な血が全身に回らなくなる。頭の血のめぐりも悪くなる。惚けて当然である。

 また血液中には白血球のように癌等の外敵を殺す免疫力がある。降圧剤で血圧を下げれば、その免疫力要素も全身に回らなくなる。後年、私が癌になったのも納得される。

 

真因追及のため久留米に飛ぶ

 それで本とネットを調べて、その真因が、脳細胞の血管が詰まっているためとの結論に達して、久留米市の真島消化器クリニックの門を叩いた。そこでの診察は、全身8か所の血管内のプラークの蓄積状態を超音波で測定する診察であった。その結果は、私の予想通り血管内にプラークが蓄積していて、そのままでは脳梗塞、心筋梗塞の危険性が高いレベルであることが判明した。それから推論すると、もっと細い毛細血管が集まった脳細胞にもプラークが蓄積して、記憶力が低下したと推定した。同じく細い毛細血管の集まった網膜にもその影響が及び、網膜静脈閉塞症になったと判断した。

 

高血圧症完治

 それから真島院長の指導で、食事療法に取り組み約2年間で、血管内のプラークの厚みが減り、完治までは行かないが、血圧を正常値に戻すことができた。もしそのまま生活をしていれば、脳梗塞、心筋梗塞、失明、認知症になっていたはずである。

 

肉体面への負荷

 過度な酒・タバコの飲用、食べすぎ、甘いものや油分の摂り過ぎ、太りすぎは、血管を傷め、肥満になり、脳細胞にダメージを与えると推定される。過度な偏食、毒がある添加物や防腐剤を継続的に摂取すれば脳細胞にダメージを与えることが明確に推定される。

 

精神面の負荷

 精神面では、過度の名誉欲、金銭欲の使いすぎは、脳の機能を司る部分に過剰な疲労を与えると推定される。また家庭内の不和等で不安要素やストレスを受けすぎると、生物の持つ自己防衛機能で、その機能を停止する。それが認知症である。

 

頭脳面の負荷

 また頭脳面では、頭を使わないという過度の怠慢習慣が、使わない器官は退化するという原則で、認知症になったと推定される。気ばかり使って、頭を使わなかった警察署長や校長先生が、退官後認知症になりやすいという。

 

認知症の対策

 対策の大前提は、薬は毒、医食同源、使わない器官は退化、である。

 食べ過ぎを避け、暴飲暴食、お酒の自制、薬を飲まなくてもよい「正しい食生活」、「正しい生活」を過ごす、である。病気になるのは、狂った食生活、狂った生活習慣が原因である。

 多方面に興味を持ち、社会との接点を持ち、社会奉仕の精神で、生涯現役で仕事を続けるのが、脳に刺激を与えて認知症防止となる。

P10702501s  馬場恵峰書

2020-07-26 久志能幾研究所通信 1679 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。