2020年6月 3日 (水)

小川敏コロナ対策は大便対策、海津市の1/10

 2020年6月1日、人口3万4千人、予算規模150億円の海津市は、コロナ対策で5億円を補正予算計上すると発表した。それに対して、人口16万人、予算規模603億円の大垣市のコロナ対策費はたったの2億2480万円である。

 それを市民一人当たりで計算すると大垣市のコロナ対策費は、たった1415円で、海津市の1/10以下である。大垣市は、小川敏の口先だけ、カッコだけの対策である。それを小川敏は、針小棒大に発表する。その発表文に肝心の対策費の総額は記載されない。金額が少なすぎて恥ずかしいからだ。

 海津市は、その財源確保で、市長や副市長、教育庁が給与を20%~10%を減らす処置で、痛みを感じる対策を打っている。大垣市は全くその処置はない。ぬくぬくとした小川敏に、子育て日本一を謳うに資格があるのか。

 

コロナ対策費比較

           大垣市     海津市

人口         158,832人    33,004人(2020年1月1日)

令和2年度一般予算   603億円     150億円

コロナ対策費     2億円2480万円   5億円

市民一人当たり対策費   1,415円   15,149円

 

子供へ         5千円ギフト券    1万円を補助

市民へ          なし       3000円の買い物券

新生児に        なし        1万円を補助

一人親限定で      2万円

(数が少ない)

市長給与の減額     なし    市長の給与を 20%減

(財源確保)            副市長の給与を15%減

                  教育長の給与を10%減

        口先、カッコだけの対策  長が痛みを感じる対策

 

疑問

 何故、緊急事態宣言でも収入減の影響を受けない公務員が、特別給付金10万円を支給されるのか。世の中が狂っている。なぜ大垣市の役人は辞退しないのか。

 

大便対策

 大垣市のトピックス、新着情報の伝達に「おおがき便」と名付けるセンスを疑う。まるで長期政権で腐敗した大垣市市政の大便を連想させる。わざわざ「おおがき便(びん)と言い訳をしなければならないお粗末さである。この名前では(びんと毎回言い訳の活字を入れなければならぬ。ひらがなも漢字でも、文字数が増えれば、その分、印刷費用が発生する。役人は命名の基本さえ知らない。私なら当たり前の誰でもわかる「大垣通信」と名付ける。

 「大垣」をひらがなにする必然性もない。「大垣」と「おおがき」とは全く違う意味なのだ。「大垣」が意匠登録してあるかどうかは未調査だが、その観点で、市の名前は漢字が正式である。

 名前は命なのだ。名前を見れば、全てがわかる。それを見れば、名付けた人物の性格さえわかる。命名者は、物事に名前を付ける際に、誤解を受けないような気配りさが全くない。コスト意識もない。杜撰な性格なのだ。上記の対策を見ると、役人根性丸出しのまさに大便対策である。

Photo

  コロナ対策費の総額はどこにも記載がない

  小川敏は「がんばろう」の精神論の口先だけ。小川敏は金を出さない。

 

2020-06-03 久志能幾研究所通信 1617  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年6月 2日 (火)

大垣市仮想肖像画美術館 vs 如来の御尊顔

 大垣市に将来、肖像画美術館ができたら、市長であった小川敏の肖像画や似顔絵が展示されるだろう。現在でも、動態美術館として、新聞や元気ハツラツ市、各種の行事で小川敏の「動態」肖像画を鑑賞できる。人間観察として、人間学と心理学の勉強になる。

 肖像画に描かれる顔だけが、人格表現の手段ではない。全身の動作・表情の全てが人格表現の手段である。

 人間以外の動物は、全て言葉以外の非言語コミュケーションで済ませている。文書では、たった7%の比率の言葉だけで伝わる。それ故、言葉の一つ一つが敏感に他人に影響する(文のトーン)。それ以外は、声の質や顔の表情が、その人の人格や性格を示している。

 

人が他人から受け取る情報の比率

 話す言葉の内容             7%

 声の質(高低)、大きさ、テンポ    38%

 顔の表情               55%

     アメリカの心理学者  アルバード・マレービアン博士

 

Photo_2

氷山の一角

 日頃の言動や顔に出る一瞬の表情は、その人の人格の氷山の一角である。水面下の潜在意識がその人物の行動を支配している。潜在意識は、人生観、仕事観、人間観から構成されている。小川敏の言動や顔を見ると、人生観、仕事観、人間観が未完成で、決して上等のレベルではない。指導者として不適の人格である。

 Photo_3   日ごろの言動は洗剤意識の氷山の一角

 

小川敏のキャラクター図

 この頻繁に登場するキャラクター図はヒトラーを連想させる。ニコリともせず「ハイル ヒトラー」と叫ぶ姿を連想させるキャラクターに、私は不快感を覚える。いかにも俺が一番偉いのだとのポーズで、ニコリともせず、唯我独尊の姿である。大垣市民として、こんな図を見ると恥ずかしい。

 

Photo_4 

『Wao! Club 2020年6月』より

 人口16万人の大垣市が2億2480万円のコロナ対策費で自慢している。それに対して人口3.4万人の海津市が5億円のコロナ対策費を出している。それなのに、恥ずかしくもなく針小棒大で自慢するのが、小川敏である。

 

しかめっ面

 小川敏は、いつもしかめっ面で威厳を保つ。市民から寄付を受け取るときでも、ニコリともしない。まるで玄関にドクロをぶら下げているようだ。

 「顔色や容貌を、いきいきと明るく見せることは、人間としての基本的なモラルである。なぜなら人の顔色は、 家の門口のようなものだからである。広く人と交際して、自由に付き合うには、 門をひらき入口を清潔にし、客が入りやすくすることが大事である。

 ところが、本心は人と交際を深めたいのに、顔色に意を用いず、孔子の格言を信じて、ことさら渋い顔つきを示すのは、入口にガイコツをぶら下げ、門前に棺桶を置いているようなものである。これでは誰も近づかなくなる。」(福沢諭吉)

  Img_3134sjpg   2011年1月9日 出初式で、ブラスバンドの演技を観閲する。

  この面前で、子供たちが休日に出初式に駆り出されて、ブラスバンドの演技をしている。小川敏は冷血漢の輩のような眼で、眺めているだけである。子供の前でもニコリともしない。

 この顔で19年間も君臨すれば、大垣が没落して当然。

Img_3121

2011年1月9日 出初式で、ブラスバンドの演技を観閲する。

Img_3120s   2011年1月9日 出初式で。

Dsc09582s

  寄付を受け取る小川敏。  岐阜新聞 2020年3月12日

  寄付を下々から受け取ってやるのだ、という尊大な顔である。下々に寄付をさせても、ニコリともしない。

 

下品な笑み

 小川敏が笑う顔を見せたのは、ギネスの金儲け商売に騙されて水饅頭共食いの記録の認証を受けた時に思わず出た下品な笑みだけである。

 

1dsc01979 

 市政100周年記念行事「水饅頭の共食い記録達成」で

 

 米大統領リンカーンの言葉「男は40を過ぎたら自分の顔に責任を持て」

 以上を考察すると、小川敏の顔はリンカーンからは失格の烙印を押されるだろう。

 It is said that Abraham Lincoln, when he was President of the U.S., was advised to include a certain man in his cabinet. When he refused he was asked why he would not accept him. "I don't like his face," the President replied. "But the poor man isn't responsible for his face," responded his advocate. "Every man over forty is responsible for his face" countered Lincoln.

http://www.sermonillustrations.com/a-z/l/lincoln.htm

  

仏像のお顔

 人としてあるべき指導者の理想の顔は阿弥陀如来、釈尊如来、大日如来の顔ではないか。仏師はそれを意識して仏の顔を彫る。観音菩薩像や普賢菩薩像、千手菩薩像のお顔では、組織の長として優しすぎるお顔である。普賢菩薩像のお顔は、知的財産事業部の担当役員のお顔である。それは慈悲の眼差しを持ったお顔である。不動明王の表情では怖すぎる。それは佛大国防衛庁の長官のお顔である。

 やはり如来様のような威厳あるお顔が理想の指導者のお顔であろう。「如来」とは、「かくの如く来たれし者」という意味で、あるべき理想の姿を言う。そういうお顔は人格からの発露である。そういう観点で、仏像の顔を鑑賞すると、それを創りだした仏師の意図と願いの心が見える。仏師はそのお顔の彫りに命をかける。

 

1  松本明慶大仏師作 阿弥陀如来(部分) 慈照寺

 『大仏師 松本明慶作品集』(小学館)より

(松本明慶美術館より掲載許可を得ています)

P10409361s   松本明慶大仏師作 不動明王像

  怒りの表情だが、目は慈愛に満ちている

Dsc01363s 松本明慶大仏師作 千手観音菩薩像(福山市 三好眼科蔵)

Dsc06566   松本明慶大仏師作 普賢菩薩像

 

2020-06-02 久志能幾研究所通信 1616  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年6月 1日 (月)

見学記 米国肖像画美術館

 ワシントンDCスミソニアン博物館群の中に建つ「肖像画美術館」を1994年8月11日に訪問した。下記はその印象記である。(初稿1994年8月)

 最初は肖像画なんてと思って、行くのが後回しになってしまった。ここの面白さは入場するまで、しょうじょうが、つかなかった。

 この美術館はアメリカ美術館と同じ建屋で、その内部を二分する形で、南半分の建物がこの肖像画美術館となっている。ここのハイライトは米国歴代の大統領の肖像画コーナである。その部屋の造りも重厚で、他の部屋のそれと格段の差がある。また各大統領の個性を表現した肖像画は写真とは一線を画するものがあり、肖像画の各人の顔と業績を重ね合わせると、何か納得できるイメージを与えてくれるから不思議である。なぜか歴史に名を残した人の顔はどこか威厳がある。私はその昔、人相学を研究したことがあり、その知識を元に人の肖像画を見ると非常に興味深い。なぜならこの世で一番美味なものは、人を食うこと。顔にその人の人生が現われる。現在、自分も古希に近い歳まで生きてきて、その思いを新たにしている。

 その他に、米国の歴史上の人物の肖像画が所狭しと展示してある。

   

2  図⒌17 大統領の肖像画の部屋      

1fdr_2  図⒌16   “FDR as the great sphinx "   ルーズベルト大統領

       

 大統領たちの肖像画のコーナでの最大のユーモアは、フランクリン・ルーズベルト大統領のスフィンクス像である。このユーモア溢れるスフィンクス像は、子供協会が氏を名誉ゲストとして招いたパーティでFDR図書館に寄贈された。その名も“ FDR as the great sphinx " 。厳粛な大統領たちの肖像画の部屋の入口部で、パイプをくわえ、ニャリとしながら一瞥しているさまはおかしい。特にこのコーナの中央部で物思いにふける建国の父リンカーン大統領の肖像画と、視線をそらすかのようなトボケたマスク像との対比は面白い。こういうユーモアは日本のお役所には無いものだ。生真面目な日本のお役所も、こういった余裕・ユーモアを少しは見習ったらと思う。

3fdr_2 図⒌18 FDR as the great sphinx が睨みを効かす大統領肖像画の部屋

     (正面はリーカーンの肖像画)

 

 さしずめ日本の首相で、この種の像に似合うのは葉巻をくわえた吉田茂かな。満州事変当時の関東軍をも白けさせた軍国主義的な過激な言動や逮捕歴*1、および人を食うのが一番の長生きの秘訣といって憚らなかった氏の胸像は “YOSHIDA as the grate sphinx" と命名すべきだろう。

 

注)grate 〔同音:great〕:不快感を与える。(キーキートイウ)音を立る。 (おろし金で食料を)おろす、(人の感情を)害する。

 逮捕歴*1: この経緯は城山三郎著『落日燃ゆ』に詳しい。吉田首相が戦後日本の政界に君臨できたのは、単なる時局に巡り合わせとしか言えまい。人材の払拭した当時の日本には氏しかいなかった。私は『落日燃ゆ』の広田首相が立派だと思うのだが、歴史は大なる皮肉を作ってくれる。

 

ニクソン大統領

 数ある大統領の肖像画の中で、この人の肖像画だけが横長の額となっている。そのポーズも独特である。これは寝業師と言われた氏を象徴していると言ったら言い過ぎか。その職位に就く人の天分・才能は、その就くべき職種・地位・階級によりその標準偏差が異なる。当然大統領職を担う人々の偏差値は高い。その大統領としてのグループ内で、ニクソン氏の天分のレベル・才能・人格としては平均以下だと私は思うが、それを自分の努力、情熱で平均以上に持ち上げた実績はすばらしいと思う。ダーティなイメージの付きまとうこの大統領は、決して私の好きな政治家ではないが、この点には敬意を表せざるを得ない。天分の才能に恵まれていない我々凡人には、良き反面教師と思う。挫けても、なおかつはい上がろうとする情熱には敬意を表したいし、見習いたい姿勢でもある。その晩年の執筆活動、自分の葬儀の段取り、自分の弔辞をクリントン大統領に頼んでいた周到な準備等には頭が下がる。この肖像画はそんなことに思いを馳せらせてくれる。

 

日本の首相肖像画美術館?

 日本にはこの種の首相の肖像画を集めたアトリエがないのは、狭い国土のためいたしかたないのかもしれない。米国の大統領のように、国の統合の象徴として尊敬を集めるに値する人格の首相が、日本に過去何人いたことやら。また、1年で4人も首相が変わるようでは(1994年当時)、すぐに飾る部屋もなくなってしまう。狭い国土では大問題である。悲しい現実である。

 

モールス

 1837年に発明されたモールスの通信機とそれを公開実験している場面を描いた絵が展示されている。精巧なおもちゃのような通信機は金メッキされ展示されているが、そのメカニックな外観は機械屋の私には興味深いものがある。歴史の実物とその絵画がペアで展示されている趣向に心憎い心配りを感じた。

 このだだっ広いアメリカ大陸での通信の重要性を考えると、このモールスの発明品の展示の重みが認識でき、なぜこの発明品がここに展示されているかが分かろうというもの。

 

4        図⒌19 モールスの実験風景(手前がモールス通信機の実物)

 

Photo       図⒌20 モールス信号機 1837年

 

付属図書館

ここの美術館内にある付属の図書館が興味深い。内部はビクトリア調の雰囲気のある、美術関係の図書館で、静粛な(当然?)たたずまいである。ここまではお上りさんは来ない。その中でパソコン等の近代的なOA機器を使って(25年前の1994年当時)しているのが、違和感なくマッチしている。ここで、しばらく机に向かって図書を閲覧するのもおつなもの。私はここで少々のオアシスのワープロ作業をした。当時はノートPCではありません。

 

6       図⒌21 付属図書館の内部

 

2020-06-01 久志能幾研究所通信 1615  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月31日 (日)

学ぶとは自分探し

 学ぶために記憶するとは、単に個別の項目を覚えるのではない。個々の項目と他の項目の関連を学ぶことなのだ。本を読んで新しい知識を得るのは、今まで学んで構築した脳内のネットワークを強固なベースにする手段である。

 単に一項目を覚えても、人生では何も役立たない。それが自分の人生とどういう関係があるかまで、掘り下げて学ぶことが学問である。単に覚えることは受験勉強の抹消の技でしかない。学ぶ以上は、その知識が肉体となり、本能となり、自分自身の癖や性格までを直さねば、本当の学問ではない。受験勉強はその入り口での練習なのだ。

 

科学

 科学の「科」とは、「禾」偏に「斗」と書く。稲を収穫して、それを秤で計測することを意味する。科学は幹を枝に分解して、枝を葉と花に分解し、花を「花びら」と「雌しべ」に分解し、細かく細分化して本質を究明する学問である。

 現代は、余りに細分化しすぎたがため本質を見失なっている。病気になり西洋医学がその病名を探求し、治療法を開発するのだが、病気は治りました、病人は死にましたということも起こる。それは部分最適を追及して、全体最適ではない状態に落としている。

 

経済

 経済を究極に細分化した果てがグローバル経済主義で、理論的には正しく、個別には成功するが、社会全体は不幸になる理論である。個人主義の欧米では、経済万能主義に行き着き、これに邁進中である。ねずみが集団となり、狂ったように暴走して海に突っ込んで行き、全部が滅亡する様を思い描いてしまう。

 

東洋思想

 哲学や宗教、そして東洋思想は、その末端からその根源に向ってその源を探る学問である。木を見ず森を見て、その本質を究明する。東洋医学は西洋医学と違い、その病気のもとになった原因を探し、元から治していく治療方法である。

 

歴史

 歴史を学ぶとは、人間の営みを学ぶことである。2000年前の人間の行動と現代人の行動に、差などはない。史記、十八史略、三国史、ローマ史を読むと、人間の行動は昔と何ら変わっていないことが良く分かる。

 

経営

 経営とは、人間の歴史を学ぶことである。「経」とは、縦糸と横糸の関係を象形文字として現している。いままで連綿として営まれた歴史を、現代という流行の横糸で織りなした状況を、盛んに火を燃やして陣屋のなかで活動している様を表現した字が「営」である。今起こっている事象は、過去の事象の流れのなかで、今の事象はどういう関係にあるかを解明するのが、学びである。

 今の事象だけに振り回されていると、本質が分からず、間違った対応をすることになる。そのために、その関連を学ぶことが、歴史と経営を学ぶことなのだ。オックスフォード大学には経営の学問はない。経営は歴史を学べば、不要であるという考えである。

 

死屍累々

 学びを怠った民族は、滅亡するしかない。教育をなおざりにする組織は衰退するしかない。その事例は歴史の上に死屍累々と山積する。

 万歳突撃を繰り返し、多くの兵士を犬死させた日本軍の愚行は、敗戦まで止められなかった。その血が現代の高級官僚に受け継がれている。

 今の中韓の歴史の対応をみていると、考えさせられる。歴史は繰り返すので、歴史を学ばない愚かな国に振り回されることはない。

 教育を軽視している小川敏に支配された大垣市が没落したのは、故あること。万歳突撃を繰り返すのと同じで、元気ハツラツ市の愚行をPDCAも回さず、10年間も繰り返すのは、旧日本軍と同じである。日本軍は陸軍大学のエリートと呼ばれる軍人が支配した。大垣市も東大出というエセエリートが、愚行を繰り返している。それで大垣駅前商店街の従業員8000人が路頭に迷った。それで大垣市は没落した。歴史は繰り返す。

 

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow.

The important thig is not to stop questioning.

                  Albert Einstein

昨日から学び、今日を懸命に生き、明日への希望を持て。

大切なのは問うことを止めないことだ。

 

自分探し

 自分探しを怠ると、己を見失い自虐的にも、攻撃的にもなる。挙句にうつ病に罹り、幽霊となり、認知症にもなる。学問をするとは、自分を見失わないための手段である。日本時の65歳以上で15%が認知症になるのは、人として学びを継続しないからだ。何も考えず、痴呆的で洗脳的なワイドナショーのテレビ番組を見続けていることだ。

 人として、当たり前に学び続けて、頂いた命を全うしたい。

 

Img_44121s

 下図の巻物の文面に気に入り、恵峰先生にお願いして板書に書いて頂いた

 P10202321s

 

2020-05-31 久志能幾研究所通信 1614  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

私の未来予測(今後40年間)と課題

私は死ぬ。

 知人も師も皆も死ぬ。 生は偶然、死は必然。

 人はどんなに長く生きても120歳まで。

  

認知症患者、癌患者の増加

 癌の治療薬は開発できず。対処療法の技術が進歩しても、根本原因を解消しないと、ガンが増加する。40年間かけて出来ないことは、後40年間かけてもできない。食品業界・医療産業が拝金主義を止めない限り、認知症、癌は増える。

 

日本の高齢化

 2050年は25%が75歳以上。今後、老人は増えすぎるので、大事にされない。昔、老人が大事にされたのは、老人が少なかったから。大事にされるのは、数の少ない類。今後、それは子ども。論理的に年金制度は崩壊する。労働者二人で1人の老人を支えるのは大変。

 

国民が目覚めない限り、日本経済はデフレを継続。

 デフレ化は、先進国は全て同じ。この状況で増税を画策する官僚が跋扈する限り、日本経済の復活はない。その根本原因は、官僚が利己主義になったから。修身の欠如。

 

世界の資本は安い労働力を求めて動く。

 全世界、デフレ化していく。戦争がない限り、デフレは続く。アジアの次がインド、アフリカ、南米と経済発展が展開していく。安い賃金が上がれば、次の安い賃金の国に生産は移る。最貧国が豊かになり、経済発展の循環が終わらないとデフレ経済は終わらない。

 

IT化、AI化で人は幼稚化する

 日本が世界の精神文化の指導者になる可能性がある。創造する人が、世を支配する。

 

AI化は限界。

 AIとは単に回帰分析と条件分岐の集積である。今のビジネスマンの仕事の80%が手続き業務。付加価値のない手続き業務はAIに置き換わる。今の自分の仕事が続くか、胸に手を当てて考えよ。しかし人間の創造性は置き換えられない。それがAI時代を生き抜く知恵。AIは人間のカンには勝てない。AIのロジックを創るのは、人生の素人である。だから創造性があれば、AIに勝てる。

 

防衛力が強化される。

 いざとなったら米国は日本を守ってくれない。米国の青年の血を、日本のために流すのは、米国議会が反対する。私が米国民なら、私でも日本を守るために血を流すことに反対する。日本の防衛力を強化するしかない。今までが異常であった。

 

アジアの没落

 アジア諸国も高齢化の波が押し寄せる。

アフリカの盛況

 今後、アフリカは人口ボーナスの恩恵を受ける。

インドの盛況

中国の没落

 共産党が支配する限り、中国の衰退は避けられない。中国がこの20年間も繁栄できた要因は、技術泥棒と奴隷制度があってのこと。先進国からの技術盗用があって製品は安くできた。開発費が不要だから安く開発できた。その製造で農工民を奴隷扱いの激安労働があってのこと。

 公害規制がないに等しいから、廃液、公害排気を垂れ流して工業製品の生産ができた。それに便乗して日本の拝金企業が中国に進出して、公害対策費をかけずに生産をした。だから安く生産が出来た。中国住民は公害で塗炭の苦しみを味わっている。そんなことが長く続くはずがない。

 帝国の繁栄は100年も続かない。中華人民共和国は1949年に設立された。

韓国の没落

 恨の文化では、発展に限界がある。サムソンの発展は、日本の技術者の盗用技術があってのこと。

EUの瓦解

 宇宙根源の原則で、価値観の違う国の経済統合は無理。今の制度では国家間の格差が固定されて、貧乏国は永遠に貧乏のまま。

米国の没落

 肥満者の増加が米国を弱める。帝国の繁栄は100年しか続かない。オランダ、スペイン帝国、大英国帝国の没落が歴史の証人である。今度はアメリカ帝国等が没落する。

 

今後の課題、自分がやるべきこと

やるべきこと

 私の死が必然だから、後は野となれ山となれ、の精神で生きる。やれるうちに、やりたいことをやる。やりたくても、やれない日が何時か来る。

 自分の死を前提にしないから、生き方が曖昧になる。多くの人は、何時までも生きていられると思って日々過ごしている。人間、還暦を過ぎればいつ死んでもおかしくない。何時までもあると思うな、己の命。もう人生の日暮れなのだ。日暮れて道遠し。人生の大事を急げ。

 

一人で死ぬ覚悟をすること。

 死ぬ時は一人。誰でも死ぬ時は一人。

 第一の死は肉体の死。

 第二の死は、己を覚えていてくれる人がいなくなった時。

 第三の死は、己が生きた証がこの世から無くなったとき。

 佐藤一斎師も安岡正篤師も皆さんの心の中で生きている。そのレベルまで実現できずとも、それを目指して日々精進するだけでも人生の充実感を味わえられる。

 

健康管理をする

 ベッド上で植物人間として生き永らえても意味がない。認知症患者、癌患者にならない取り組みに注力する。健康でないと天命を全うできない。

 

経済力を確保する

 政府は助けてくれないと覚悟する。生涯現役の覚悟で、時代が変わっても、生活でき能力を付ける。お金を貯めるのではなく、稼ぐ能力を付ける。

 

危機管理能力を向上する

 国は国防、自分は危機管理で身を守る。自分の城は自分で守る。今後、老齢者を狙うハイエナ・詐欺師が増える。国さえ油断できない。国も己の年金・資産を狙っている。国も借金が多くて金がない。使命感を喪失した官僚が金に飢えれば、金を持っている老人を狙うのは、自然の成り行き。

 国家は、経済と政治と軍隊で成り立つ。自分は経済力と人生経営力と危機管理力で生きねばならぬ。

 

心を管理する

 豊かな精神状態を作る。人間としての自分の完成を目指す。人は動物として生まれ、人間に成長して死ぬ。畜生の根性のままで死にたくはない。

 

日本に恩返しをする。

 日本が精神文化の指導者になるための種まきをする。自分がこの時代に生かされ、育てられた御恩を、知的財産の蓄積、精神文化向上への貢献で返す。後世に生きた証の痕跡を残す。その手段の一つが、書籍の出版、芸術家の支援。

 

4k8a99231s   馬場恵峰書、文言は著者

2020-05-30 久志能幾研究所通信 1613  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月29日 (金)

遮音ガラスを通して「信用破綻」の音が響く

 自宅の一室を完全防音のピアノ室に改装しようと、遮音サッシの見積りを2社から取った。遮音サッシのガラスの厚み10mmである。一部屋分の窓の取り換えで100万円弱と高価である。

 普通の二重ガラスサッシは、断熱の効果があるが、ガラスが薄く質量がないので、遮音にはあまり効果がない。遮音には、厚いガラス(全体質量が大きい)が必要である。それをY社関連会社の音響専門の社長から教えてもらった。

 現在、当家の部屋は二重ガラスの窓に、更に二重ガラスの内窓を追加している。合計4枚のガラスで外部と遮断している。自宅の窓の全ては、この内窓を付けている。それで今まで、200万円程の金を使っている。

 ところが、その装備では断熱はできるが遮音が完全ではない。そのサッシを手配したサッシ屋に遮音の技術知識がなく、単なる断熱の二重ガラスサッシを手配していたことが露見した。

 

Dsc09722s  

見積金額が逆転

 今回、見積りを音響の専門会社であるY社の関連会社から取った。それに今まで出入りしていたサッシ屋が「是非うちにも見積りをさせて欲しい」とやってきた。

 ところがその金額が最初のY社関連会社の見積金額より高かった。Y社の製品は通常、定価販売であるので、高い金額は覚悟していた。ところが今回はY社が少し値引きをしてくれたようだ。

 

見かけ取りが発覚

 それで、今まで信用していたサッシ屋から正規以上の高い値段で買わされていたことが発覚した。なおかつ、サッシ屋のくせに、遮音の専門的技術知識なく、間違ったガラスを設置していた。

 それで「貴社は見積価格が他社より高い」と言ってそのサッシ屋を断った。ところが、後日、平然と数十万円も安い値段で、是非当店にと再見積書を持ってきた。私は、そのサッシ屋に「値段の高い安いで断ったのではない。貴店は信用も技術もないことが露見したからだ。貴店からは二度と買わない」と最後通牒を出して、縁を切った。

 私のビジネスの哲学は「一度でも、裏切った人とは縁を切る」一度あることは、二度三度と続くのだ。これが私の「人生の危機管理」である。私は自分の「信用金庫」を大事にしている。

 

「ビジネスは壊れやすい花瓶に似ている。無傷であればこそ美しいが、一度割れると二度と元の形には戻らない。」

    Business is like a fragile vase - beautiful in one piece, but once broken, damn hard to put back together again to its original form.

    “Letters of a businessman to his son" by G.KINGSLEY WARD

 

2020-05-29 久志能幾研究所通信 1611  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

英国戦争博物館 ゼロ戦の落日 

 1991年6月に英国戦争博物館を見学した。この英国戦争博物館には、日本の零戦のコクピット部のカット展示がされていた。昔からこの博物館の零戦はその筋では有名で、飛行機キチガイの私は見学することが長年の夢であった。しかし実物に接して本来嬉しい筈が、何故か悲しいとか、虚しいとか、なんとも言い難い心境になってしまい、予定外の心境に陥ってしまった。先の英国科学博物館での技術の歴史への感激とは全く異質の心境である。

 この展示を見て感じたのは、当時世界最高の戦闘機と呼ばれた零戦の、航空雑誌の写真では分からなかった工作技術の意外な低さであった。まるで出来の悪いブリキ細工のオモチャみたいに見えて、私は悲しい思いにさせられた。こんなものに命を託して、お国のために戦わなければならなかった当時の人々の哀愁が漂ってきて、先に見た大英博物館でのエジプトのミイラ棺を連想してしまった。

 

技術の並列展示

 この零戦を単独で見ればそう感じなかったかもしれないが、並列して展示してある同時代のランカスター爆撃機(英)、スピットファイア(英)、フォッケウルフ(独)、ムスタング(米)と比較すると当時の日本と欧米の製造技術の格差が認識でき、戦争に負けた一端の理由が技術者として理解できる。

 例えば、操縦席のガラス(キャノピー)を比較すると、ゼロ戦は金属枠で囲われたガラス構成である。それに対してムスタングやフォケフルフ、スピットファイアのキャノピーは一体型で金属枠が無いか少ない。これは日本に高性能のガラスを製造する技術がなかったから、金属枠で補強をせざるを得なかったためである。小さな技術の積み重ねで航空機はできている。それが航空機の部品の隅々に現れる。それが国力の差である。

 

工作機械はマザーマシン

 零戦を見たのはこれが最初ではなく、日本でも航空ショーで見ているのだが、こういう製造技術のレベルで比較観察したのは初めてであった。工作機械はマザーマシンと呼ばれてその国の技術の基盤をなすものだが、それがこういった兵器の形の最先端の工業製品にその底力が現れるものだと、歴史の証拠として示してくれた。ゼロ戦だけ地上に晒しの者のように展示してある。そういった事をさり気なく、この差が分かる者には明白に示す英国人の意外と冷酷な性格もヒンヤリと感じた。

 この零戦は当時としは世界最高水準の設計であったが、その設計技術に製造技術が追いつけ無かった例としては良い実例であると私は思う。しかし歴史は皮肉なもので、今欧米がこのギャップの手痛いしっぺ返しを日本から受けていると言うと言い過ぎだろうか。今や日本の工作機械、電子技術なしには米国の最先端兵器が生産出来ないのはアメリカ政府のジレンマであろう。

 

東芝機械ココム違反事件

 その苛立ちの象徴がココム違反事件である。東芝機械ココム違反事件とは、1987年に日本で発生した外国為替及び外国貿易法違反事件である。東芝機械がソ連に輸出した工作機械は、潜水艦のスキュー加工の精度が上がり、海中での騒音の低減になった。そのためソ連の潜水艦技術が進歩して、アメリカ軍に潜在的な危険を与えるようになった。それが日米間の政治問題に発展した。

 工作機械業界は有る面では3Kの一面を持っているが、基礎製造技術として技術国家にとってかけがいの無いもので、今後この面の軽視は許されないと感じた。この事を示唆してくれたこの博物館の意義は大きい。

 

戦争博物館の本領

 なおこの博物館は兵器ばかりでなく戦争の悲惨さを描いた絵画、写真、映画、青年を徴兵に誘う当時のポスター、ヒットラーの歴史上の記録も2階、地階に同時に展示してある。日本の防衛庁等が設営している飛行機博物館とは一寸趣を異にしている。

                        初稿1991年6月

00040030s

00040031s

00040032s

 零戦

00050006s

 フォッケウルフ(ドイツ)

00050017s

 ムスタング(米国)

00050018s

 スピットファイア(英国)

 

2020-05-29 久志能幾研究所通信 1611  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年5月28日 (木)

「モノを視える化」して雑念を片付け隊

持ち物の定位置化

 会社勤め時代は、トヨタ式の5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)を徹底していた。自分の机の引き出し内にブルーシートを敷いて、事務用品の形に切り抜き(姿置き)、その品の定位置化を図っていた。

 最近、加齢現象で物忘れが良くなり、モノが散乱しても気にならなくなった(?)ので、よく持ち物を忘れることが多くなった。出先でシマッタ!と思うことが多くなった。

 その対策で、外出時の持ち物の定位置化を図った。正規ではブルーシートの切り抜いての「姿置き」をするのだが、今回は簡略式で、ポストイットで形を作って「姿置き」の代用とした。やはりトヨタ式は確実である。持ち物の忘れる確率が減った。その効果として、

 探す時間が激減

 忘れる確率が激減

 室内が美しくなった

Dsc09720s

Dsc09718s   姿置きの状態

 

心の定位置化

 人生の残り時間を意識して、探しもので無駄な時間を費やすのを止めたいものだ。

 現世では、己の雑念や煩悩を5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)しないと、心が荒れて迷う時間が増える。私は毎朝、仏壇の前で、手を合わせ、読経をして心を整える。朝、目が覚めて今日一日頑張れることにお礼を述べ、今日の決意を誓う。夜は一日の無事を感謝してその日の反省をご先祖と仏様に報告して、心を安らかにして床に入る。

 オダブツ教では6S(整理・整頓・清潔・清掃・躾と信仰)で、人生の生産性向上と魂の浄化を計っている。

Dsc09721s

2020-05-28 久志能幾研究所通信 1610  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

小川敏は子供の未来を喰って、メタボになった

「芽」や「卵」は体に悪い!?

 「植物の芽」を食べ過ぎないほうがよい。なぜなら、芽の細胞の中には、「核たん白(プリン体)」という遺伝子成分がたっぷり含まれているからです。小さな芽を大きく育てるための原動力となる成分ですから、栄養満点。だからこそスプラウトの栄養価に注目が集まるわけでが、まさにここが落とし穴なのです。

 プリン体は、体内で代謝されることで「尿酸」という物質を作り出します。遺伝子の部分が分解されて作られる尿酸は、やがて体内に蓄積されて、結晶化します。この結晶が通風のもとです。

 ビールも通風にはよくない。ビールがウィスキーの原料である「麦芽」がプリン体の宝庫です。(p110)

狂牛病は「種の存続」を脅かした結果

 卵を食べる、芽を食べる、種を食べる。それは「その種の存続」にダメージを与えることです。食物を選ぶときに「避けたほうがよいこと」として、心得ておいてください。本来、生き物は基本的に、種の存続を脅かす食べ方をしないものです。(p114)

 南雲吉則著『実年齢より20歳若返る!生活術』PHP文庫より

 

 鶏の卵1個でも、数の子の卵一個でも、プリン体は一個である。だから明太子、キャビア、数の子等の美味しい卵を常食すると、美食家は痛風になる。だから一日に鶏の卵を1個食べる分には問題がないようだ。

 

20scan0174    南雲吉則著『実年齢より20歳若返る!生活術』PHP文庫

.

大垣の卵と芽を食べた

 自然界の法則は、政治・経済・教育の世界にも通用する。大垣市は小川敏が19年間、無為無策で市政を支配した結果、大垣は没落した。その原因は、小川敏が子供にかける教育費を自分達に使ってしまったからだ。大垣市職員の給与は県下一高い。それに比較して、大垣市の児童生徒一人当たりの教育費は県下最低である。つまり小川敏は、大垣の未来の種、芽である大垣市の子供たちへの教育費を食べてしまったのだ。

 それも毎年14,000人余の児童生徒の卵を喰ってきたのだ。一人ならともかく、14000個の卵を大量に摂れば、キャビアを食べると同じで、その悪影響が出る。痛風である。今、大垣市は痛みを感じている。

 言い換えれば、小川敏は自分の子供の進学資金を己の娯楽遊行費に使ったのだ。

 小川敏は大垣市の存続を脅かした。小川敏は宇宙根源の理に反した政治を行ってきたためである。神仏が大垣に天罰を与えている。だから大垣市は没落した。

 

学力低下は経済的な停滞を生む

 大垣の子供たちの教育費が実質的に削減されたことは、大垣の子供たちの学力低下につながり、将来の経済的な停滞を招いている。現実に今、それが起きている。2000年当時でも、京都大学の西村和雄教授の調査で、大学生で分数の計算ができない大学生が結構いることが判明した。同じ現象が大垣市の子供たちに起きるだろう。

 その結果、他力本願的な人間が増え、大垣市が衰退をしていく。現実の衰退を目も前に見ても、何かやろうという人間がいなくなった。大垣駅前商店街の二代目は大垣市の出す餌につられて、虚楽的な元気ハツラツ市や市政100年記念行事に熱狂して、正気を無くしている。彼らは大垣の発展の足を引っ張り、衰退に加勢している。

 

経済の芽

 大垣駅前にマンションや学習塾が建つということは、大垣駅前のマンション住民の増加や学習塾の増加だけに目が眩み、税金の入る商業地のエリアをつぶし、将来の発展の芽を摘んでしまった。大垣商業地は負のスパイラルで衰退の一途である。

 元気ハツラツ市で市外の業者を呼んで活性化を図っても、地元の商店の売り上げが取られ、衰退の加速度を上げた。

 大垣外の資本の大規模小売店を優遇しても、その利益は大垣市外の本部に吸い上げられしまい、大垣は潤わない。その分、大垣の地元の商店が衰退する。

 

 

大垣市の教育は県下最低レベル(2019年)

     2020年度もあまり変わらない

      一人当り予算   児童生徒数 

         千円  大垣100で   人

 多治見市    735    158    8,862  

 岐阜市     529    114    32,074  

 可児市     517    111    8,352   

 大垣市     465    100    14,400  

 各務ヶ原市   445     96    12,525   

 刈谷市(愛知県)918    197    11,120 

 

 大垣市・岐阜市の職員給与

      一般職     教育職

 大垣市   665.62万円  529.61万円  2016年

 岐阜市   639.87万円  738.09万円  2014年

  給与.comより https://kyuuryou.com/city/212016/?nendo=2014

.

2020-05-28 久志能幾研究所通信 1609  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

 

2020年5月27日 (水)

運の悪いヤツとは付き合うな

 かのナポレオンは、運の悪いヤツを部下にすることを徹底して避けた。運の悪い部下を持つと、自分の運が悪くなるという哲学であった。時にはジプシー女にも占わせたり、自分でカード占いをしたという。

 運の悪いヤツは、運が悪くなる生活リズムで生きている。運の悪いヤツは顔が陰気である。話すことが陰気である。その行動が後ろ向きである。運の悪いヤツと付き合って、その波動を受けると、自分まで運が悪くなる。だから運の悪いヤツはとは付き合ってはダメなのだ。

 

冥資

 サラリーマン生活での中間管理職は、部下をそう自由に選ぶことはできない。同様に上司を選ぶこともできない。それをできないと考えると、益々運が悪くなる。誰に聞いても、その対策案で納得できるものはなかった。

 強いて言うと「冥資」を受けられる徳や運を身に付けるしかあるまい。「冥資」とは知らない間に受ける佛の加護である。

 

要領

 「冥資」を受けるには要領をよくすること。要領とは物事の勘所であり、物事をうまく処理する手段である。地獄のシベリア抑留から生還された丸順の今川順夫最高顧問(当時)は、「生きて帰れたのは、(良い意味で)要領がよかったから」と言っておられる。

 同じく地獄のアウシュビッツ強制収容所から生還したヴィクトル・E・フランクルは、その著書『夜と霧』の中で言う。地獄の強制収容所で生き延びた者は、生きる目的を持っていた。生きる目的を達成する為には、要領よくせねばならぬ。頭でっかちの利口では駄目だ。賢くなければ、運が良くならないし、生きていけない。

 

耐える時

 サラリーマンとして悪運の強い上司の下に異動となったら、我慢するか反抗するかの選択が問われる。大企業では往々に有名大学出のエリートが上司になっている。だから、それに逆らと大変だ。私は、宮仕えとはそういうものと覚悟(達観)していたので、心の中では舌を出していたが、表面的には、じっと耐えてサラリーマン時代を過ごした。悪運という嵐が頭の上に来ているなら、じっと耐えて身を低くするしかない。悪運の風をまともに受けては倒れてしまう。柳のように受け流せばよい。それが宇宙根源の理である。物理学の応用である。

 その私が、その上司のもとから、別の部署に異動した。その時、上司が変わるとこうも環境が変わるものかと驚いた。サラリーマン生活は上司次第である。

 

反抗して死を選ぶ

 一年下の同僚のD君は、頭が切れたが、いつもその上司に立てついたため、海外に飛ばされた。上司は彼が性格的に営業は不向きと知りながら海外の営業職に飛ばした。それが原因で、彼は帰国後、心労がたたり54歳の若さで病死した。私はその上司の推定殺人だとおもう。

 サラリーマンが嫌なら独立することだ。それができないなら、嫌われないように保身するのがサラリーマンの智慧である。それが賢者である。運はよくならないが、最悪は避けられる。私の両親は、上司への盆暮の心づけを欠かさなかったので、その危機を避けられた。今にして思うのは、これは危機管理上の保険であった。親のご恩に改めて感謝している。

 前職はそれがまかり通るブラック企業であった。D君は頭が良かったが、世間を渡る如才が足りなかった。つまり要領と賢さが足りなかった。メンタル面でもタフでないと宮仕えは勤まらない。

 市長にも悪運の強いヤツがいる。それが市民生活に影響するので、たちが悪い。本人は幸せだが、市民が不幸である。会社で悪い上司の下に異動させられたと同じである。どうすればよいか、永遠の課題である。

 

運の悪いヤツは、

 時間にルーズである。

 健康に気を付けない。

 約束を守らない。

 ウソを言う。

 酒癖がわるい。

 (体に悪いと知っていて)煙草を吸う。

 笑顔がない。

 ご縁を大事にしない。

 出会いを自分から求めない。

 チャンスを大事にしない。

 愚直なことを大事にしない。

 陰徳をおこなわない。

 神仏を信じない。

自分が運の悪くなる言動や考えをしていないか、自省したい。

Dsc065671s  松本明慶大仏師作 普賢菩薩、 書は馬場恵峰書

 普賢菩薩とは、梵名でサマンタバドラといい、「普く賢い者」の意味であり、彼の世界にあまねく現れ仏の慈悲と理智を顕して人々を救う賢者であることを意味する。また、女人成仏を説く法華経に登場するので、特に女性の信仰を集めた。密教では菩提心(真理を究めて悟りを求めようという心)の象徴とされ、同じ性格を持つ金剛薩埵と同一視される。そのため普賢菩薩はしばしば金剛薩埵の別名でもある金剛手菩薩とも呼ばれる。「遍吉」という異名があり、滅罪の利益がある。この項、wikipediaより)

2020-05-27 久志能幾研究所通信 1608  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。