2020年9月26日 (土)

朝日新聞社からの「危篤」連絡

 

 今朝(2020年9月25日、10:23)、朝日新聞の後藤という女性から電話がかかってきた。女性の声の一声が「朝日新聞の紙面が変わりました」と新聞購読勧誘である。私はそれを聞いて「俺は朝日が大嫌いだ!」と怒鳴って電話を切った。

 

問題点

 どこで私の電話番号の個人情報を入手したのだ。

 天下の大新聞社が不正に個人情報を入手して、新聞勧誘の電話をかけてるなんて、倫理規定に違反している。

 なぜ、勝手に人が憩いでいる時間帯に電話をかけてくるのだ。

 今時、電話勧誘の商売など、非常識である。時間泥棒である。

 曰く「紙面が変わりました?」

 なぜ経営が変わったと言えないだ。

 なぜ経営者が刷新されました、と言えないのだ。

 

対処療養では倒産

 朝日新聞は慰安婦事件の虚偽報道で販売部数が激減して、経営が苦しくなり、この勧誘電話を全国でかけまくっているのだろう。それは対処療養である。

 ウソの報道、偏向報道、再発防止なしの経営、それが現在の朝日新聞の報道ぶりである。昔と何も変わっていない。それが苦境の原因である。

 それを小手先の対処療法の「朝日新聞の紙面が変わりました」で進めるから、問題が解決しない。真因を明確にして、問題をつぶさないと経営危機は無くならない。それさえ分からないようだから、朝日新聞社は末期状態、危篤状態である。

 

己の危篤

 自分も人生の問題にぶつかって、小手先、対処療法の手を使っていないか、自省しよう。そうしないと人生の危篤状態に陥る。

 

 病気になり、解熱剤、鎮痛剤、降圧剤、抗がん剤、トクホ等の対処療法薬を使っていないか。

 トラブルになり、示談金、罰金、赤字補填、赤ちょうちんで和解、ゴマすり、値下げ、等で胡麻化すのは、すべて対処療法である。そのトラブルの真因を探さないと、問題は解決しない。また再発する。

 癌になって、世界最高の最高額の医療を受けても、なぜガンになったかの真因を探さないと、癌が再発する。かの世界一の金持ちのアップルのジョブズでさえ、癌には勝てなかった。享年56歳である。今、医学界やマスコミが追いかけている最先端医療技術は、単なる対処療法である。それでは癌は治らないし、無くならない。

 認知症の治療薬の開発競争が華々しい。しかし、認知症になる真因を見付け、それを防ぐ生活手段が、確実な認知症対策なのだ。それでは医薬品メーカは儲からないので、手を出さない。口が裂けて言わない。それが資本主義経済の不幸である。資本主義経済は金儲け至上主義で、人を幸せにする手段ではない。

 

企業の不祥事

 事故を起こしても、再発防止もせず、言い訳ばかりの記者会見で、担当者の首を切るだけの対処療法で済ませるから、三菱自動車は倒産寸前となった。エアバッグのタカタも同じである。

 会社が左前になったのに、その真因を追求せず、対処慮法として、ゴーンに経営を任せて、資産の切り売り、系列切り、従業員の首切り、開発費の削減だけの対策で済ませるから、日産はゴーンに骨までしゃぶられたのだ。

 

オレオレ詐欺投資

 人の言うことを妄信するから、金融商品で損をするのだ。銀行員のファイナンシャルプランナーの言うことを聞くから損をする。相手は手数料さえ稼げれば良いのだ。顧客が損をしても知ったことではないのだ。その損害を損切もせず、原因追及も真因も考えないから、何時まで経っても儲からない。

 自分の頭で考えなくて、修羅場の世界で儲かるはずがない。それで儲からないのは、勉強の絶対量が足りないのだ。知識・智慧が足りないのに、もうからない真因を追求せず、今まで通りの考えで投資をするから儲からない。それどころか破産に導かれる。

 

鴨がネギを背負って

 人を信用して、保証人になるから、破産するのだ。なぜその人間が、保証人を必用とするか、何故、己の所に来たかを考えないから、騙される。相手は貴方が騙しやすいカモだと「認定」したのだ。その人間がそういう状況になった真因を考えないからだ。己に人を見る眼が無かったのだ。

 それよりオダ仏教を信じなさい。そうすれば成仏(破産?)できる?

 人を信じるとは何と愚かなことか。自分自身を信じなさい。

 そのためには、学んで成長しなさい。

 成長しないから失敗する。

  知識を増やしても意味がない。どうせすぐ忘れる。

 それよりも智慧が大事なのだ。

 

大垣市の場合

 大垣中心市街地活性化計画、元気ハツラツ市行事、大垣未来ビジョン等はすべて対処療法の計画である。なぜ大垣が衰退したかの真因を探らないから何時までも没落が続く。なにせ独裁者の小川敏が、自分がその原因だと考えないからだ。だから大垣は没落した。

5回のなぜ何故で真因を見つけよ5_

お陰様

 お陰様とは、みほとけが56億7000万年先から発する光で照らされて、できた影でその明暗部がハッキリと分かることをいう。真黒な暗夜に、みほとけの光に当たって真偽が浮かび上がる。事故や病気は、そのみほとけの光である。愚かな人間は、事故や病気にならなければ気が付かないのだ。事故や病気はみほとけの啓示なのだ。それで人生が終わったのではない。それから立ち直れば良いのだ。それがみほとけの慈悲である。

 

2020-09-26 久志能幾研究所通信 1762  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月25日 (金)

餓死を選択しよう  磨墨知83.

 

 私は終末医療として、体中に多くの管を入れられ、ベッドに固定されたままで死にたくはない。それは生きているのではなく、生き長らせられている状態である。死にたくても死ねない。死なせてくれない。地獄である。人生は終わっている。

 管を鼻や口や血管に無理やり入れられるのは辛いもの。体が物を食べたくないといっているのに、無理やりに栄養分を管で流し込む。だから寝ているときに無意識の管を抜こうとする。それ故、病院側は両手をベッドに紐で括り付ける。自分の意思を表現できないのは、生きながらの地獄である。そこに人間の尊厳はない。それまでして生きたくはない。

 還暦を過ぎたら、延命治療の可否を家族に伝えておこう。

 

広田弘毅の母の餓死

 城山三郎著『落日燃ゆ』に出てくる広田弘毅の母は、死を予感してオランダ公使として赴任中の広田弘毅に会いたいと連絡する。広田弘毅は、立場上でオランダを離れるわけができず、それを母に伝えると、広田弘毅の母は、それ以来、食事を拒否して餓死された。その著を読んで30年経っても、その死にざまが、私の脳裏から消えない。

 

自然の摂理

 餓死は苦しくない。自然に眠るがごとく死ねる方法である。人は生まれ、老い、病気になり死を迎える。自然の摂理である。死ぬときは自分の意思であの世に逝こう。それが残された時間の有効利用である。家族の時間も大事にしよう。生きる自由があるのだから、死ぬ方法の選択があってしかるべきと思う。

 

母の死

 母は脳溢血で倒れ、幸いにも手術は成功して復帰したが、その半年後、脳梗塞になり、意識のないままベッドに半年間、横たわった。自力で呼吸できないので人工呼吸器をつけられ、自力で食べられないので、点滴で栄養素を体に送り込まれる状態が半年続いた。

 私は母を半年間見守ったが、見舞いに行っても、意識のない母を見るほど辛いものはない。それを看病する父も辛かったと思う。母が生前に延命治療の可否を意思表示するなら、決して了解しなかったと思う。そうまでして、家族をくるしめるような母ではなかった。

 

延命治療

 植物人間を生かす医療は、現代医学の傲慢さの表れではないのか。現代医学は神を目指しているようだ。延命治療をして、誰が幸せになるのか、根本思想が間違っている。意思表示ができない本人は不幸、家族も不幸である。不幸でないのは、延命治療で儲かる薬品業界、医療業界だけではないか。

 人間は、宇宙の中のチリから生まれた一つの生命体である。寿命が来たら、宇宙のチリに返る。それに逆らう現代医学界は、神への越権行為である。国はそれに資源を投入して、医療費ばかりが際限なく増大して、国全体が貧乏になっていった。

 現在、日本国の18年度の医療費は42兆6000億円を超えた。日本の収入である税収は60兆円なのだ。こんな状態で経済成長などできるはずがない。だから日本の経済成長率がたった1%なのだ。日本は病気が原因で、医療費を使いすぎて、貧困家庭に没落したようなものだ。その陰で、医療関係者はお金持ちになった。

 

因果応報

 悪い食生活、悪い生活習慣を長年、続ければ病気になって当然、それが自然界の摂理で、宇宙の理である。延命治療はその「理」に反している。病気になったのは、自然界の生存原理で、負けになる手段の選択をしたのだ。それで病気になって、健康な人におんぶにだっこでは、正しい生活を守ってきた人に不公平だ。治療を受ける権利には、正しい義務(体の健康管理)を果たさねばならぬ。不可抗力で病気になった人を公的支援するのならは許せる。我儘放題で食べ過ぎて病気になったのを救うのは、やり過ぎだ。

 

リース物件

 人の体は、仏様からのリース物件である。大事に使おう。タバコ、飲酒、食べ過ぎ等の狂った食生活、夜更かし、睡眠不足等の狂った生活習慣などは、仏様への冒涜である。そうなれば罰も当たろう。そうなれば仏様がリース物件を引き上げて(死)も致し方あるまい。

 

 

アンケート:

 死期が迫っている時に延命治療を望むか

 

           臨む  望まない 分からない

 自分への延命治療  11%   71%   17.9%

 家族への延命治療  24.6%  52%   23.4%

 

  厚生労働省:終末医療に関する調査(2008年)。

  合計は必ずしも100%にならない。

Img_64091s  馬場恵峰書

 

2020-09-25 久志能幾研究所通信 1761  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月24日 (木)

自分を追い詰める 愛は意地悪  磨墨知370.

 

 人間はぬくぬくしているとろくな事は考えない。自分を客観的に眺めて、表面的な己には春風を持って接し、内なる自分は寒風に晒して決断せよ。

 往々に凡人は、その逆をするから人生で失敗する。大抵の人間は、表面的な己にも大甘だし、内なる己にも大甘である。誰でも自分を溺愛している。だから日記も禁酒も禁煙も浮気もダイエットも三日坊主である。死を覚悟して構えないから、大甘の人間が自分を追い詰めるなど、できるはずがない。それを「愛の法則(Iの法則)」という。

 

愛の葛藤方程式(Iの法則)

 I=E÷R 

 (中学の物理で習った電流の法則。愛は意地悪と覚えた)

 自己愛(I)は電流と同じように、エネルギー(E)を抵抗勢力(R)で割る値である。分母の抵抗勢力への力を増せば、自己愛は小さくできる。

 愛の葛藤のエネルギーに対して、自分はどれだけの抵抗力を持っているかである。力とカネの無い者は、不倫の愛に手を出してはいけない。それは物理の法則である。

 愛は人を盲目にするから、その「理」が分からなくなる。愛は静かに温めるべきだが、それでは燃える恋にはならない。どうしたらよかんべえ。

 

もう一人の人間

 何故なら、自分の中に、もう一人の人間がいて、ある決断を引き止めているからだ。それはまるでスポーツカーで、最大馬力を出そうと左足でアクセルを最大限に踏みこんでいるのに、右足でブレーキをしっかり踏んでいるような愚かな姿である。それが人間の性がなせる行動である。その性は、今まで50年間かけて形成されえたカチンカチンの固定観念である。

 

変わりたくても変われない原因

 人は一日に20回の小さな決断をする。人は13歳ころまでに、約7.3万回の決断形成訓練がなされて、脳の97%が完成し、個人の性格が形成される。それから30年も経ち、50歳の人なら50年間で、20回×365日×50年=365,000回も、その決断が毎日繰り返されて、カチンカチンに強固になった固定観念が形成されている。そういう「訓練」を無意識にしてきた。

 例えば、自分が優柔不断な性格というなら、50年間、優柔不断な決断を、日常生活の決断に於いて36.5万回もしてきたのだ。例えば、昼食にソバかウドンかの選択でも、優柔不断でなかなか決められなかったはずだ。もし夢の中でハーレムや後宮に行くとしても、A女かB女かの選択で迷ってしまうだろう。私なら迷わない。両方選んでしまう(?)。だから50男になって、優柔不断にならないほうがおかしい。

 だから一度くらい思いついた考えで、おいそれと人は変わらない。変えられない。思いついた考えは氷山の一角で、その下にある固定観念に人間は支配されている。

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崖から翔べ!

 真剣に自己改革をしたいなら、固定観念で己を命令するもう一人の自分を振り切り、自分を断崖絶壁に追い詰めて、もう一人の自分を崖下に突き落とさねば、変わらない。自分は38兆個の細胞からなる体の支配者として、覚悟を示さねばならぬ。それでこそ、身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、である。

 私は癌になり余命宣告されたので、死んだ気になって、何でもできる。崖から翔べたのだ!(嘘です(笑)。それで変われれば苦労はない)

 

「真」の意味

 変わるために「真剣に」とは、自分の生首をかけることだ。「真」とは、人間の胴体から首を取った形を表した象形文字である。その昔、戦争で敵を打ち取って、その数を数える時、首のない胴体を数えた。それが「真」の象形文字の起源である。

 

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アイデア創造

 龍は追い詰められると真珠の玉の様な汗をかく。それが時間の創造の結晶である。

 アイデアも締め切りを設け、自分を追い詰めないと出てこない。だから漫画家や流行作家は、編集者からホテルに缶詰めにされて、やっと原稿の締め切りが守れる。会社の仕事でも納期があり、上司から責められるから、やっと納期を守るのだ。人間とはそんな弱い存在である。

 仕事でアイデアが必用なら、とにかくアイデアを最低100個出すことを自分に課し、紙に書き出すことだ。ただし真珠のようなアイデアは101個目にしか出てこない。

 エジソンも電球のフィラメントの発明で、9999個のアイデアを考え、実験を繰り返し、失敗を繰り替えして、10,000個目のアイデアで成功した。エジソンは天才ではなく、汗の人なのだ。凡人の我々は、それ以上の努力が必要だ。

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 馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊

 

2020-09-22 久志能幾研究所通信 1760  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月23日 (水)

知に働いて角を立てよ 大垣市が死亡事件隠蔽

磨墨知352.  

 情に竿さして流されるより、知に働いて角を立てたほうが、時間が創造できる。

 

 「知に働けば角が立つ。情に竿させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」 夏目漱石著『草枕』

 

 西郷隆盛は情に竿さし西南戦争を起こし、多くの人の命と時間を浪費した。大久保利通は知に働いて、角を立てて、自分の命を捧げて、日本の近代化の志を全うした。それで近代日本の時間を豊かにした。人間の格の高さが、立てた角を丸くしてくれる。

 トランプ大統領は、中共ウイルス問題、ウイグル族・チベット族の人権問題、知的財産泥棒問題で、知を働かせ、中共に角を立て、経済戦争を始めた。

 中国との関係で金儲けを企む日本の媚中派議員・財界は金と情に流されて、米国が始めた米中経済戦争のさ中、何方に付くかで右往左往である。まるで守銭奴コウモリだ。

 

日本の病状

 現代日本の閉塞感の原因は、小賢しい役人どもが、問題が起きないように、起きないようにと、何かあると「隠蔽」してしまうからだ。自分達の保身で汲々としているからだ。だから病状が深刻化する。

 それは役人を筆頭に、利害関係者が失うもの(利権)を多く抱えているからだ。そんなしがらみを捨てられないから、日本経済が停滞する。

 中韓の問題でも、問題が起きないように、起きないようにと相手の言うことに反論もせず、曖昧に対処するから、慰安婦問題、南京事件問題、竹島問題、領空侵犯事件がこじれてしまう。

 

大垣市が死亡事件を隠蔽

 問題があるなら晴天の下に晒して、大騒ぎをすればよい。それを大垣市商連の餅つき大会(2020年1月19日)での老人の死亡事件のように、問題にならないように、ならないようにと隠蔽するから、問題が大きくなる。この事件は大垣市HPで公式に広報した行事である。その行事で、大垣市の不手際で老人が死亡したのだ。大垣市長にその説明責任があるのに、それを小川敏は隠蔽逃走である。

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  大垣市のHP

 

角を過度に立てよ

 私は、現在、宮使えの会社を離れ、世俗を離れ、因習を手放したので、自由な時間を謳歌している。

 夏目漱石が亡くなったのは49歳である。それよりも私は長く生きてきたので、文豪と言われた人の49歳の考えの幼さを客観的に見る事が出来る。明治時代の因習に束縛されていては、進歩がなかろう。

 抵抗勢力に盾突いて、角を立てないと、改革はできない。それは前職の会社で業務改革のため御旗を立てて角を立てまくった経験から得た智慧である。表では、業務改革派として振舞う部長だが、裏に回ると私の足を引っ張るのだ。そんな痛い経験を何度もした。

 

50にして49の非を知る

 五十にして天命を知る(論語)であるが、夏目漱石は天命を知る前に天に召されたようだ。天命を知れば、角を立てるくらいは何の問題もない。

 年齢、学歴、世間体、親戚、固定観念のシガラミを捨て、角を立てることを気にしなければ、時間は創造できる。どうせ文句を言ってくる人間は、後30年もすれば死ぬのだ。どうせ己もいつかは死ぬ身で、死ぬ時は裸である。少しでも世のため、自分のためになるなら、角を立てよ。後は野となれ山となれ、で頑張ろう。

 

P1000710s   馬場恵峰書

2020-09-22 久志能幾研究所通信 1759  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月22日 (火)

磨墨知650. 脚下照顧。テスラ狂騒曲、日本没落、認知症への道

 行き先ばかり見ても、足元が定まっていないと、小石に躓いて痛い目に会う。また手戻り、やり直しが発生する。世の中の動きに振り回されては、道に迷う。やり直し、出直し、出戻りほど無駄な時間損失はない。

 

脚下照顧

 求めるものを他に探しに行かなくても、お宝は自分の足元にある。足元にお宝が埋まっている。何年、人間をやっているの? 自分の中には学んで、集めて、脚元に埋まっている資源が膨大にある。その発掘に努めよう。もっと自分の持っているものを有効活用しよう。自分の周りは資源の山である。探しに行くのにも時間がかかる。自分の中に探せば時間が短縮できる。最大のリソースとは、人財という自分である。青い鳥は他の家にいない。自分の家にいる。

 

株価

 株価ほど、世の動きに乱反射して人を惑わす事象はない。株価は所詮、金儲けに血迷った亡者が見る蜃気楼である。株価など見なくても、その企業の足元を見れば、10年後の株価が分かる。

 株を買うなら、DNAのしっかりした会社を選ぶことだ。トヨタ自動車と日産を比べれば、この20年間の歩みでその差は、一目瞭然である。

 

テスラ株狂奏曲 PER160倍

 電気自動車のテスラが米国株式市場で連日上場以来高値が更新した。時価総額は、トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、ダイムラーの上位3社を足しても及ばない水準になった(2020年8月23日、日経新聞)。

 なぜまだ黒字にさえなっていないテスラがトヨタの上なのだ。バブルである。時価総額が他の上位自動車会社の3社の総額の時価総額を抜いたが、所詮、蜃気楼の現象である。

 電気自動車が増えれば、電池の原料であるレアメタルの生産が中国の生産に依存するので、増産に支障が出てくるはずだ。今の中国は、工業生産で公害を垂れ流してきたので、対処療法で排ガスの少ない電気自動車にのめり込んでいるだけである。

 この20年間、全世界の企業が、公害対策をしなくても金儲けができるというので、中国に殺到して工場を造りまくった。だから中国の空気と川が汚れた。その対処療法で、電気自動車への切り替えである。電気自動車ならガソリン自動車よりも簡単に量産化できるから、技術的に遅れている中国は、それを選択した。政府命令でEV化は共産主義の独裁国家だから出来ることで、先進国では、あり得ないことだ。もうじき、化けの皮が剝がれるだろう。

 中国政府が、電池の原料であるレアメタルの輸出制限をかければ、すぐテスラは干上がってしまう。

 

自動車の電気化(EV化)

 欧州では2021年から排ガス規制で、欧米諸国の自動車メーカ13社に排ガス罰金が科せられることになり、大騒ぎをしている。そのため更なるEV化推進狂奏曲が鳴り響き、大騒ぎである。しかしその根本原因は、フォルクスワーゲンのジーゼルエンジン排ガス不正である。また真面目に排ガス対策の技術開発をしてこなかった欧米諸国の怠慢が原因である。EV化は、CO2排出税対策で、自動車メーカが対処療法で行っている泥縄である。だから欧米諸国の自動車メーカは、足もとを見ずに経営していると断言できる。

 

排ガス罰金額

 フォルクスワーゲン  45億 400万ユーロ

 日産・ルノー・三菱  10億5700万ユーロ

 トヨタ自動車        1800万ユーロ

 

総CO2排出量

 EV化しても、ガソリン車もEV車も車一生の間の総CO2排出量は大差ない。EV化しても、見かけの排ガス量が減るだけだ。どこで電気を作るのかを忘れている。そのリサイクルでのCO2排出量さえ無視している。エントロピーの世界では、ガソリン車も電気自動車も総使用エネルギーは同じである。

 日本ではトヨタが頑張っているから、なかなかEV化は進展しない。電気自動車が販売されて10年経った現在でも、電気自動車の販売量はガソリンエンジン車の100分の1である。市場の声は神の如くである。

 トヨタ自動車は脚下照顧して、地道に排ガス対策、ハイブリッド車開発、水素エンジン車開発をしている。トヨタ自動車は、CO2排出税負担が最低だし、赤字にもなっていない。

 

日本の足元

 日本の景気も蜃気楼である。いくら金をバラまき、景気対策をしても、足元の人財育成に金をかけないから、経済成長ができるはずがない。それが日本の「失われた30年」の結果である。人財こそ、日本を成長させてくれる資源なのに、日本政府も日本企業も、成果主義、内部留保に狂い、人を削減し、社員の教育費を削減した。だから日本は経済停滞をした。

 日本はデジタル化再教育で公的支援が、OECD中で最低である(2020年9月22日、日経新聞)。だからその結果が、日本の成長率が1%で、欧州が2%、米国が3%なのだ。

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 日本経済新聞 2020年9月22日

 

拝金主義で日本空洞化

 日本の企業は、欧米の拝金主義、グローバル経済主義に洗脳されて、安い労働力を求めて、競って工場を海外に移転した。だから日本の産業が空洞化した。日本が貧乏になって当然である。もっと足元の日本を見直さないと、日本再生はあり得ない。

 日本には2020年現在、44万人の職のない若者がいる。それなのに、何故外人労働者を入れるのか。

 日本の25-34歳の失業者は、昨年と比較して39万人から44万人と5万人も増えている(2019年4月と比較)。(2020年5月29日、「労働力調査(基本集計) 2020年(令和2年)4月分結果」の発表。)

 安い外人労働力を入れれば、更に日本の給与水準が下がって、貧乏になるのだ。もっと日本の足元を見るべきなのだ。

 外人労働者の導入は、パソナで金儲けをしようとしている竹中平蔵が元凶である。竹中平蔵は、自分の会社だけが儲かれば、日本の事は知ったことではないのだ。現代日本には、そういう輩が跋扈している。こんな男が政府の高官に就くから日本は没落した。

 

大垣の足元

 大垣の小川敏行政も蜃気楼のようである。小川敏は、大垣市の児童生徒一人当たりの教育費を県下最低にしたから、大垣の未来はマッ黒ケである。だから小川敏が市長である限り、大垣の景気が回復するはずがない。だから大垣の経済成長率はマイナス1%である。

 小川敏は、大垣活性化の対処療法として、元気ハツラツ市行事、大垣市中心市街地活性化計画、大垣市制100周年記念行事、大垣未来ビジョン等を推進した。小川敏は口先だけの詐欺師としていかにも市民に利益があるかのように浮かれた話をしても、根本対策で、足元の人財の教育を無視した。だから、大垣経済はジリ貧で没落した。足もとも見ず、19年間も無為無策で迷走すれば、大垣が没落して当然である。最大の大垣の不幸は、小川敏が、それに気が付いていないこと。自分が一番頭がいいと思っているから、人の意見は全く聞かない。

 

日本のサラリーマンの没落

 日本のサラリーマンの年収はこの30年間、ずっと下がり続けている。日本人が人生を迷走しているのは、日本人のサラリーマンが自己投資をしてこなかったためだ。年間2000時間を働き、帰宅すると疲労困憊で勉強する時間も気もなくなる。30年間、仕事以外に勉強時間をかけなかったので、その結果が、今の己の姿である。欧米のサラリーマンは、自己投資時間が、日本の数倍である。だから経済成長率が日本の2倍も3倍もある。それがそのまま自分の成長の程度になっている。

 日本はこれだけ頑張っているから、成長しないのはおかしいと、ますます体の汗をかいて労働しても、欧米の頭脳労働者は頭の汗をかいて付加価値を高めているから、日本が勝てない。

 そういうサラリーマン生活を続けれ、当然、定年になれば「終わった人」になり、あとは認知症にもなるしかないだろう。

Img_63911s  馬場恵峰書

 

照観脚元菩薩

 貴方は大丈夫? もっと足元を観よう。他人を羨み、浮利を追う者は、足元をすくわれる。浮利を追えば、人生の迷いも増える。悪銭身に付かず、である。地道な自己研鑽が、時間創造につながる。それが遠回りでも確実な人生の金儲けである。私は自分が「照観脚元菩薩」になった気で人生を歩んでいる。

 多くの人は遠くに輝く浮利ばかりを見て、自分の足元は観ないのだ。だから躓いて怪我をする。人は大きな石では躓かない。小さな小さな小石でつまずくのだ。人と比較するから、不幸になる。

P1000115s 松本明慶大仏師作 聖観音菩薩(別名 照観脚元菩薩?)

 

2020-09-22 久志能幾研究所通信 1758  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月21日 (月)

120歳まで生きるための健康法

 長生きしようと思っても、なかなか長生きできないが、長生きしようと思わないと、絶対に長生きはできない。

 蒲柳の室と言われ、24歳までは生きられまいと医師から言われた松下幸之助翁は、おれは110歳まで生きるのだといって、95歳の天寿を全うされた。

 学生時代は擁護室のクラスに入れられた虚弱な渡部昇一先生は、健康を管理され、86歳の寿命を全うされた。

 凡人の我々は、棒ほど願って針ほど叶う、の精神で健康管理を追及すべきだ。平均寿命まで生きればよいと思うと、定年後、直ぐ逝ってしまう。私の中学校のクラス仲間は、53年目の同窓会の時、既に2割が旅立っていた。

 

人の死

 人は三度死ぬ。一回目は、肉体の死である。

 二度目は、その人を知っている人の死である。

 三度目の死は、その人の記録がこの世から消える時である。 

 

生き永らえる

 松下幸之助翁も渡部昇一先生も、私の蔵書中に多量にその本があるので、今でも私の心と私の家の中で生きている。私もそういう状態を目指して、少し控えめに108歳?まで生きようと頑張っている。

 頑張るという精神論だけではなく、私は技術者なので、実務でそれを実現しようと実験・検証を繰り返し、自分の体に応用している。確かに効くと実感した内容を下記に紹介する。

 

125歳まで生きるための10の条件

1 水分をたっぷり摂る

   私は飛行機の中や、ホテルの喫茶では、コーヒーではなく、ミネラルウォーターを注文する。コーヒーは利尿作用があるので、水を摂ったことにならない。

2 海のミネラルをたっぷり摂る

   私は海藻やところてんをよく食べる。

3 冷たい食べ物を食べない

   私は夏でもアイスコーヒーを控えてホットコーヒーである。

   お冷にも、氷は入れない主義である。自宅の冷蔵庫には氷を貯蔵していない。

4 便秘をしないように気を付ける

   10年程前、大腸ポリープを経験して、大腸がんになる恐怖から、今は水もしっかり飲み、野菜をしっかりと摂っている。

5 発酵食品を食べる

   私は毎日、お味噌汁、糖質ゼロのヨーグルトを摂っている。

6 食べ過ぎない

7 風邪を引かないようにする

   私は病気になっても良いと思う。それは仏様からの警告である。病気になってすぐ死ぬわけではない。そうなった原因をなぜ何故で追究して、真因を見付け、反省して、再発防止を図ればよいのだ。

8 喜んで生きる

   生きていることが奇跡なのだ。自分が生まれたことが奇跡だ。人が生まれるとは、一億円の宝くじが100万回連続で当たると同じ確立である。それを、不平不満を言って過ごすから、仏様から、あの世に早めに呼ばれてしまう。

9 怒らないようにする

   怒る、瞬間的にエネルギーが燃えるから、血管内に老廃物が多量に出来る。それが病気の元である。怒らずに、冷静にその対策を打とう。時にペンは、機関銃より強力な武器となる。文章の言葉は、言霊であり言弾である。

10 セックスはほどほどに

  安田成徳著『病気になりたくてもなれない話』致知出版社より

 

 青字は小田の追記

私の追加2条

11  利他の心で世に貢献できる仕事を生涯現役で勤める

   人に与える仕事が生き甲斐を与えてくれる。

   お金があっても、長生きできるわけではない。

12  青春で生きる

   青春は歳の多寡ではない。精神の若さである。青年でも、精神が虚弱だと、老人である。

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2020-09-21 久志能幾研究所通信 1757  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

心の垢を落とそう

 人が活動すれば汗をかく。人は毎日、お風呂でその汚れを落とす。動かなくても生きていれば、体に垢も溜まる。お風呂で、たわしで、タオルで、石鹸で、その垢を落とす。それが清潔な人間としての身だしなみの生活である。しかし心に溜まった垢を落とす人は少ない。

 人として生きていれば、欲があり、他人と衝突して、怒りが起きる。その怒りが心を垢で汚す。心に邪念が起きると、素直な心に垢がつく。

 素直な心で、感謝して生きれば、心に垢は溜まらない。それが幸せの基である。その呪文が「ありがとう」である。

人は使命を持って生まれてくる。最大の使命が、この世で、最低一人の人間を幸せにする責務がある。その最初の一人が己である。それを期待してご先祖は、己をこの世に遣わした。

 

3大排泄

 人は動物として、皮膚からの排泄(汗、垢)、腸からの排泄(便)がある。それに対して、人間は霊長類として、心があるから、3つ目の排泄として、心の浄化が必用である。その排泄をやらないから、畜生の欲望だけの、堕落した存在から脱却できない。

 動物ではない人間は、一生かけて魂を浄化するのが、人間が人間たる責務である。

 

心を汚す「欲」

 人は成長するごとに、色んな欲が増えてくる。生存欲、食欲は勿論、青年になり色気づくと女が欲しくなり、金が出来ると更に二号さんまで欲しくなる。それは限度がない。

 欲とは、「谷」底に突き落とされても、「欠」けないと書いて、「欲」である。生きている限り欲は無くならない。生存欲が無くなれば、死んでしまう。だから人間として、生きていくために良い欲を持つべきだ。認知症になれば、それがなくなるから、それは脳死である。

 金も集めれば集めるほど、限度が無くなり、守銭奴・餓鬼道への道をまっしぐらである。幸いに、多くの人はそれほど能力がないので、自然と世間からその限度を思い知らされて、諦める。まともに働けば、大金は手にできない。過剰な金には強欲の汚れが付いて回る。

 権利欲・名誉欲も一度手に入れた利権、権力の座は、決して手放さない強欲に包まれる。その欲からはどす黒い垢が生まれる。

 

人は死ぬ

 多くの汚濁にまみれた金満家、色欲魔、権力欲魔の人間に、忘れていることがある。人を何時かは死ぬのだ。金も地位も女もあの世には持って行けない。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。無垢な赤ん坊で生まれて、汚濁に満ちた人生を歩み、痴呆の老人になって、垢まみれで死んでいく。痴呆になったとき、その垢も消える。

 

旅立ち

 私は痴呆症になって、人に笑われて心の垢が火葬場で焼かれるよりも、最期まで正常な意識で、心の垢を落として、旅たちたいと思う。

 長く生きると、ものも増え、しがらみも増え、心のわだかまりも増える。それは、人生の山を下山する時は、全て不要なモノだ。死ぬ前に少しずつ、それを捨てていくのが、人間としての心の浄化である。

 たまには心を空にし、広い場所で、高い場所で、清楚な神社で、静かなお寺で、自分を見直すのも良き心の掃除である。私は飛行場で飛行機の離着陸を眺めていると、俗世間の憂さを忘れて心が清らかになる。それも俗世間からの旅立ちである。

 

心の富者の家

 金持ちの家は、不要なモノがなく、すっきりしている。貧乏人の家はモノだらけで混沌としている。それでは幸せとは言えない。心の豊かな人は、心のしがらみもこだわりも少なく、幸せである。心の金持ちを目指そう。

 それが出来ないのは、比較3原則(非核三原則?)で、他人と比較し、過去の自分と比較し、親と比較して、欲を出して人モノかねを集めるからだ。それは自分の心の惨めさの表れである。心に綺麗な人は、ものに拘らない。

 

非欠惨原則

 仏教の3つの教えの一つは、他人との比較を禁じている。他と比較すれば、必ず優越感や劣等感を抱き、それが心の汚れの原因となる。それが自分を苦しめ、自分で自分を無くしてしまう。所詮、死ぬ時には意味のない比較3原則である。何時か、必ず死ぬ身には、その比較は大したことではない。人は裸で生まれて、裸で死んでいく。

 

そうは言っても

 そうは言っても、私はまだ成仏も悟りもしていないので、人間として欲望のオンパレードである。私は聖人君主ではない。その欲が無くなれば生きている意味がない。私はまだ金も女もモノも名誉も欲しい。美味いものも食べたい。修行中の身として、今はその整理途中ではある。

 人に説法するのと、現実の自分の行動とは別である。私も人間だもの、理想に燃え、理想を語っても、その実行は難しい。それが出来ていれば、今頃は仙人である。だから、私は死ぬまでが修行として、夜間飛行を続けている。夜間飛行でも、北極星の方向が分かれば、目的地を見失う心配はない。そうやって心の垢の汚れを落とすこと心がけている。

 

角熟

 私は円熟でなく、角熟、欠く熟、書く熟を目指している。人間として欠点を持ったまま、人格を熟するのだ。そうすれば、欠点が人間味となる。人は神、如来の完璧さを求めては、人でなくなる。「人でなし」である。菩薩とは、仏道を修行する仏様の姿である。

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  馬場恵峰書

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2020-09-20 久志能幾研究所通信 1756  小田泰仙

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2020年9月19日 (土)

強欲・非道の小倉利之、大垣市商連理事長

 今は高齢者が増大した時代である。大垣市もまた、老人ばかりの都市になってきた。それも大垣市が没落して、暇な老人が益々増えている。その状況で、商店街で昔のような餅つき大会を開催するのは非常識である。それを取り仕切っていたのが小倉利之、大垣市商店街振興組合連合会理事長である。

 

非常識・危険な餅つき大会

 2020年1月19日(日)、新大橋北側で大垣市市商連主催の餅つき大会最中、救急車が飛んできた。餅を食べた老人が餅を喉に詰まらせた。老人は大垣市民病院に運ばれ、その3日後に亡くなられた。

 

餅は高齢者に凶器

 柔らかい出来立ての餅は、高齢者には誤嚥の発生(嚥下障害)が危惧され、老人にはまさに凶器である。餅という食品は、飲み込み能力が低下した老人には、飲み込むことが大変難しい。餅はその付着性で、喉に張り付く。餅は他の食品に比較して、餅の付着性はゼリーの100倍である。

 嚥下障害とは、食物などを口から胃まで運ぶ、「飲み込み」を嚥下という。高齢者や脳疾患などのためにこの飲み込みがうまく行かない障害を嚥下障害という。厚生省の発表では、平成17年の段階で療養病床の施設に入院されている方の半数以上が何らかの嚥下障害を抱えている(厚生労働省、平成17年10月)。

 

狂気の沙汰の無料の餅つき大会

 その危険性が高い餅で、街が寂れて老人ばかりの商店街で、無料の餅つき大会をするとは狂気の沙汰である。

 老人が当日に亡くなられたわけではないので、大垣市商連理事長の小倉利之は、ダンマリを決め込んだ。小倉利之理事長、大垣市市連の道義的責任、社会的責任は免れないはずだ。特に街を寂れさせた元凶は小倉利之なのだから。

 

死神として祟る

 大垣市長の小川敏と小川敏の命令を盲従する下僕・小倉理事長の策略で、大垣市は貧乏になり、大垣駅前商店街は死に絶えた。まるで死神に取りつかれたようだ。小川敏が市長になって、開店率が80%であった大垣駅前商店街が、20%まで開店率が激減した。実に全体の60%の店がシャッターを下ろした。最終的に大垣駅前商店街は、80%の店がシャッターを下ろして没落した。大垣市の公示地価も半分以下に暴落した。

 

市民功労賞という汚職

 2018年に商店街のリーダの正札堂が倒産し、2019年に岐阜県下で2軒しかない百貨店のヤナゲンが閉店し、2020年に創業260年のツチヤ駅前店が閉店した。

 その商店街を血祭りにした「功績」で、小倉利之理事長は、市民功労賞を小川敏から与えられた。大垣駅前商店街を死に追いやった元凶に何故、市民功労賞なのだ。それも市民の血税である。税金泥棒である。それは汚職と言ってよい。

 商店街の全店主が、元気ハツラツ市行事等のやり方に反対しているのに、それを無視して、小川敏の命令の手先として、小倉利之は理事長権限で、やりたい放題の行事を10年間も強行したのだ。それで利益を得たのは、他市の業者だけである。市商連の幹部達が裏で良い思いをしたとしか思えない。小倉利之は、大垣駅前商店街にお店を持っていないので、大垣駅前商店街が消滅しても、知ったことではない。なぜそんな男が、大垣市商連の理事長なのだ。なぜ市民功労賞なのだ。

 

理事長の選挙は密室

 その理事長の選任選挙も、関係者だけの密室で決められた。一度手にした理事長の座は、8年間も手放さない。現在、進行中の郭町再開発でも、裏で利権を行使しているという噂がある。

 他市の商店街組合の理事長選挙は、組合員の投票できまる。それが常識だ。しかし大垣市商連は、密室で、一般の組合員を排除しての選挙である。そこで利権の奪い合いがあるようだ。

 市から補助金が出ている元気ハツラツ市行事に、その会計報告さえない。既に1億円の金が市商連に渡ったが、その会計報告がない。それをある女将さんが会議でそれを問うたら、後で幹部から叱られたという。そんなことは皆の前で言ってはいけないとか。だから常識的に汚職しか考えられない。 

辞めない三兄弟

 小川敏、小倉利之、松本正平元気ハツラツ市実行委員長は、この界隈で「辞めない三兄弟」と揶揄されている。いつも元気ハツラツ市行事では路頭を組んで闊歩している。その悪影響で大垣駅前商店街は「病める」状態になってしまった。三人とも「辞めろ」と言っても、絶対に辞めない。利権がよほど美味しいようだ。商店街の組合員たちは辞めさせる手段がなく、泣いている。まるで死神に取りつかれたようだ。

 

某連合自治会の敬老会贈答品を変更

 数年前、敬老会で配る贈答品の選定で、私は連合自治会に贈答品(焼き海苔)の変更を申し入れた。焼き海苔は老人の喉に張り付き、誤えんの発生で、窒息死の事故発生の恐れがあるからだ。そうなれば敬老会を主宰した連合自治会の責任となる。その提案が受け入れられ、翌年から贈答品物が変わり、死亡事故を起こすこともなく、事なきを得た。それが危機管理である。

 

小川敏・大垣の危機管理意識は醜態

 大垣市はつい最近まで、危機管理室がなかった。台風被害が大垣に出て慌てて危機管理室を作ったが、形だけの組織である。その悪しき習性が大垣死商連にもDNAとして受け継がれている。大垣死商連は、死神に取りつかれている。小川敏というトップに危機管理意識がないと、下部組織も危機管理意識がない。

 魚は頭から腐る。それは2017年のドローン墜落人身事故でも、その醜態を露見させた。その時も、市の関係者は全員、ドローンである。小川敏は謝罪もせず、説明責任も果たさなかった。責任は全て業者に押し付けた。

 今回も、その醜悪なDNAを受け継いで、小倉利之理事長は敵前逃亡である。謝罪もお見舞いも弔問も全くない。人間としてクズだ。大垣市民は呆れている。大垣の恥である。

 これでは大垣が没落しても当然である。クーデターしか手がないだろう。

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2020-09-19 久志能幾研究所通信 1755  小田泰仙

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2020年9月18日 (金)

原因解明 大垣の没落、日本の停滞、日本人の劣化

経済成長率:

  大垣はマイナス1%、

                日本は  1%、

                欧州は  2%、

               米国は 3%  である。

この原因を解明する。

 

 米国経済の牽引役はGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)である。それらの企業が躍進している要因は、革新性、多様性、女性パワー、高学歴化、グローバル性、奴隷制開放、である。

 

大垣の没落

 大垣の衰退の原因は、封建制の横行、士農工商の身分制(お役人が一番偉い。商売人は人間扱いされない)、市のインフラ投資を吝嗇、教育への費用を削減(教育を県下一最低のレベルに落とした)、小川敏の19年間の長期無為無策無能政治の横行が、衰退の原因である。

 大垣新市庁舎だけは豪華になった。それは、まるで自宅だけ豪華にして、稼ぐための能力向上に自己投資もせず、パソコンも購入せず、子供にも高等教育を受けさせないような、安サラリーマンに成り下がったのだ。吝嗇で5Sもしないから、家の中(大垣市内)はゴミ屋敷である。それでは出世など、夢の夢である。大垣が没落して、当然である。

 

日本の衰退

 日本の衰退の原因は、政府の経済政策の間違い、行政の革新性の無さ、IT化の遅れ、金儲け主義で海外に工場移転して国内を空洞化、多様性の欠如、女性パワーの活用遅れ、低学歴化、行き過ぎたグローバル経済主義化、中国の奴隷制利用での金儲け、中国の公害無視の生産で不当利益確保、である。

 

日本人の劣化

 日本人劣化の原因は、人間としての教育(修身)が無くなったためである。先祖を敬わず、年長者を敬わず、間違った個人主義の理解で、利他から利己主義の染まったのが原因である。アメリカ占領軍の日本精神破壊工作が効いてきたのが根本原因である。それが日本の衰退につながった。

 

幼稚化、サル化

 日本の指導者の幼稚化が日本の衰退に輪をかけた。政治家や指導者がサル化した。自分だけ良ければ良い、今だけ良ければよい、という利己主義の横行である。

 なぜ国のために命を落とした英霊に敬意を表するのを、中韓に遠慮せねばならぬのか。媚中議員は、中国の猿回しのサルである。媚中議員は、日本の国益を賄賂という餌でサル化して忘れたのだ。

 なぜ最近の日本人はお墓参りに行かなくなったのか。墓参りは先祖の存在を親が背中で教える教育の機会である。私は父の墓参りする背中から、それを教わった。

 

躾教育崩壊

 利己主義の横行とは、人の痛みを感じる躾が無くなったためである。利己主義で、金儲けの為なら、義理や礼を欠いても平気な日本人が増えた。

 

スマホの弊害

 スマホばかりいじって、知性を養うため本を読む人が少なくなった。日本の出版額は、1997年の8兆9280億円をピークに、2016年は5兆2750億円と42%も減少した。現在もその額は下がり続けている。それだけ日本人が本を読まなくなった。読書をして考えることが少なくなったのだ。電車の中では、読書する人は消え、スマホゲームに没頭する輩ばかりである。

 

人格欠如

 人としての教養がないから、人格・人徳で人を引っ張っていくリーダが少なくなった。信用できる人も少なくなった。大企業のトップでも不祥事が絶えない。トップとしての人格がないのだ。魚は頭から腐る。だから日本は衰退した。

 市長の多選が大垣市の衰退の原因なのに、利己主義で6選を目指す東大出の市長・小川敏がいる。19年間の長期独裁政治のど真ん中に居るとその弊害が理解できないのが、東大出の頭である。それこそ日本と大垣の衰退を象徴している。これからの日本の発展のためには、50年前の知識テストだけで選ばれた権利を獲得した者が、物事を決めてはダメなのだ。多くの人は、50年も経つと認知症にもなり、使い物にならなくなるのだ。70歳ともなれば、20%は認知症である。

 

甘やかし

 親が子供を甘やかして育てるから、上司が少し叱るとすぐ折れる人間になってしまう。鬱病等の精神疾患患者の激増である。その元凶は堕落した親である。

 

親子断絶

 年長者を敬う躾をしないから、親殺し、子殺し、孫殺しの悲惨な事件が多発する。私が小学校の頃の1960年頃はそんな話など聞いたことがない。

 その子供も親の体が不自由になると面倒も見ず、親をすぐ施設に放り込む。その子供は施設へは、滅多に面会に行かない。それが日本の現実だ。

 

ゲームの弊害

 親が子供のスマホゲームを放置するから、すぐ切れるゲーム脳の子供に育ってしまう。ゲームが日本の未来に貢献しないのに、ソニー等を筆頭に拝金主義的にそれにたかる企業が増加である。ソニー等は、それが社会に貢献しないのにも関わらず、金儲けさえできればと開発に余念がない。井深さんが草葉の陰で泣いている。

 

 金儲けの為なら、毒相当の食品をテレビコマーシャルで日本人に食べさせる風潮になった。添加剤、防腐剤、酒類も、金さえも儲かれば、やりたい放題である。テレビも食品メーカは大スポンサーなので、批判など一切しない。それが原因で日本人の2人に一人が癌になる時代となった。その原因は、日本人の人格の劣化である。今さえよければ良いという人間が増えたのだ。

 

自己啓発しない日本人

 パーソル総合研究所が昨年、アジア・オセアニア14カ国・地域で実施した調査では、「勤務先以外で行っている学習や自己啓発は?」との問いに対し、「特になにもやっていない」と答えた割合は日本(46%)と突出していた。要は入社後の成長も会社に委ねていたのだ。

(日経ビジネス 2020.09.07号p31)

 その回答で、中国は6%、韓国12%、台湾13%にオーストラリア21%であり、それと比べると異常である。自己成長に取り組まない国が成長するはずがない。

 

人の劣化

 なぜ自分は成長しないのか。ジリ貧になるのか。それは自己投資をしていないからだ。勉強しないからだ。奥さんに財布を握られ、自己投資へ費やす金がないのだ。世間の多様性を認めないから、自己中になっている。勉強していないから、人として昔に得た能力が減価償却して、能力が磨滅している。それで自分の世界に閉じこもって、他の意見の受け入れを拒否しているからだ。

 老人ホームに行くと、寂しい老人が大勢いる。それは頑固に自分の殻を大事にしているからだ。元エライさんは、「私の上席はどこですか」とのたまう。だから誰も寄り付かない。

 40年間、家と会社の間を往復するだけで、家に帰れば、「風呂、メシ、寝る」しか妻と会話がなければ、人間として劣化して当然である。妻は夫が家で勉強をしている姿を見たことがない。そうなれば、後は定年離婚か認知症への道を歩むしかない。

胸に手を当てて、自省しよう。何のために生きてきたのだ?

 

2020-09-19 久志能幾研究所通信 1754  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年9月17日 (木)

磨墨知649.野鴨であれ。愛人を崖から突き落とせ

過保護が生命力を弱くし、活きる力(時間)を弱くする。

 

 「デンマークにジーランドという場所がある。大変、景色のいい所だ。その湖に毎年、野性の野鴨たちが翔んできていた。

 たまたま、この湖には人の好い老人が住んでいた。その老人は、大変な距離を翔んでくる野鴨たちに、遠くから大変だろう、と美味い餌を用意する。美味い餌と最高の景色。鴨たちにとって、この湖で過ごす季節は豊かで楽しく、健康的で恵まれていた。

 しかし、野鴨は渡り鳥である。一つの湖に住みつくことはしない。ある季節を過ごした後は、餌を求めて次の湖へ翔び立っていたのだが、その野鴨たちが、だんだん考え始めた。

 こんなに景色がいい、こんなに美味い餌がたくさんあるのだから、何も大変な苦労をしてまで餌を求めて次の湖へ翔び立つことはないではないか。豊かで楽しくて、健康的で恵まれた毎日。いっそのこと、この湖に住みついてしまえば良いではないか。野鴨たちは翔ばなくなった。

 しかし、そんな生活をやっていたある日、この野鴨たちに出来事が起きる。美味い餌をたくさん用意してくれていた人の好い老人が、老衰で死んだのだ。明日から、食べる餌がなくなった。そこで、この野性の野鴨たちは、何千キロも翔べる羽ばたきの力で、餌を求めて次の湖へ翔び立とうとする。しかし、どうしたことか、あの精悍だった凄まじいまでの羽ばたきはまるでなくなり、翔ぶこともできなければ、駆けることをできない。やがて、近くにあった高い山から雪を溶かした激流がこの湖へ流れ込んでくる。ほかの鳥たちは丘に駆け上がったり、飛び立つなりして激流を避けえたものの、今は醜く太ってしまったかっての野性の鴨たち、なす術もなくこの激流に押し流されてしまった。」      行徳哲男著『全生語録』より(2000年 全生塾刊)

 

1924年のIBM--「野鴨であれ」

 話は他愛ないが、この野鴨の話が強烈な哲学を生む。それがデンマークの哲学者キェルケゴールが残した「実存」という哲学である。この野鴨の訓えは、約70年前にアメリカの小さな会社の経営者トーマス・ワトソンに強烈な衝撃を与え、その社員たちとの間で合言葉を生むことになる。それが「野鴨であれ」である。1896年にタピュレーティング・マシン社として創立され、1924年にIBMと改称したこの小さな会社は、一時はコンピュータ界のガリバーと称される企業に成長する。野鴨の逞しい精神で、業界を圧倒したのであった。

 

落ちぶれた野鴨

 活力という野鴨の精神を失ない、傲慢になった企業が、どう落ちぶれたかを1992年当時のIBMが示している。「野鴨の教え」を忘れた時、企業や人は危機に陥る。当時、私は技術部のCAD管理責任者で、IBMと打ち合わせの機会が多かった。その当時、IBMの対応ぶりで、巨大企業としての横暴さに辟易していたのは、私だけではなかった。当社もその対応ぶりに担当者が不満を爆発させ、1999年、当社基幹CADがIBM製から競合製品に置き換えられた。それもIBMが野鴨でなくなった一つの象徴でもあった。その後、IBMが赤字に陥り、IBMの当社担当者がリトスラでその部ごと、別会社に移籍されたとかの生々しい激変ぶりを目の前で見せつけられるようになった。

 

2000年のIBM--VISONe--

 昔のIBM会社案内の冒頭には、この野鴨の羽ばたく写真が飾られていた。しかし、巨人企業となったIBMは、野鴨の精神をいつしか忘れたかのようであった。醜く太って動きの鈍い官僚的巨大企業となったIBMは、1992年に約50億ドルもの巨額な赤字を出す。野鴨が太ってしまい翔べなくなったのだ。そしてルー・ガスナーがCEOとなり、会社の5年越しの再建が始まった。その時を境に、そしてリクルートの関係もあり、会社案内のパンフレットもソフトトーンとなり、この「野鴨であれ」が会社案内や新入社員教育からも抜けていく。ここ10年くらいの新入社員で、この話を知っている人はほとんどいないという。2000年度の会社案内パンフレットにも野鴨の姿はない。

 

自社の鏡として

 当時(2000年)、その実状の詳細を各種の本で知って、当時感じなかった危機感を今、自分の会社に感じていた。他人は自分の鏡と言われる。同じように、他社は自社の鏡として見よう。そうしないと野鴨が業界のカモになってしまう。

 私は新規に企業との接触があると、無意識に会社案内を求め、目を走らせる。また英文の会社案内も求めることが多い。それを見れば、そこに会社の全てが「見える」からだ。会社案内がいいかげんだと、仕事の仕方、レベル、社員の姿勢もいいかげんである。これは私の経験から言っても、会社心理学(これは私の造語)から見ても間違いない。私の趣味は人間ウォッチングと会社ウォッチングである。私はこれを自己成長の学びのツールとして活用している。なにせ、「あなたは私の鏡」なのである。相手を見れば、自分と自社の良さ悪さが浮かび上がる。

 

「鏡よ、鏡よ、鏡さん、この世で一番美しい会社はどこ?」

 

2020年の世界

 その後、20年経った今(2020年)は、GAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon)がこの世界を席巻し、IBMの姿は昔ほどの力強さがない。IBMに替わり、野鴨精神にあふれ尖った企業がIT世界を支配している。

 その昔、ソニーも尖った企業で、モルモットと呼ばれながら、世界を魅了する製品を次々に世に出して世界を席巻した。しかし、ソニーのストリンガーが米国の経営方式を導入し、成果主義経営が蔓延するとその毒素が体に回り、チャレンジ精神は殺された。それが今のソニーの惨状の原因である。ソニーはゲームや保険で稼ぐ企業に成り下がった。

 同じように日本では、政府の間違った経済政策、学閥横行、役人の利権あさり、年功序列の横行、成果主義の横行、国を捨てて海外で雇用を造る愚策、国民の低学歴化、女性の進出の遅れ、間違った労働管理、で失われた30年が過ぎた。高度成長期、エコノミックアニマルとまで揶揄された野鴨のような日本人は、野性味を失い、飼いカモになってしまった。

 

崖淵から翔ぼう

 部下や子供を良かれと思い、安穏で楽な状態にしてあげるのは、実はその人のためには害毒である。本当にその人のことを思えば、厳しい状況に追い込んで育てるのが親心である。それが危機管理で、頭で分かっていても、実行は難しい。それはその人を崖淵に追いつめ、突き落とすことだから。

 でも厳しさを分からない人は、崖下に突き落とすしかない。能力ある子虎は谷底から這い上って来る。そんな厳しさが最近のビジネスでは求められている。

 そうしなかった咎が、企業の倒産や負け組みという形に表れる。また17歳の犯罪の激増のように、子供の教育の失敗事例にも表れている。どんな局面でも人は危機感をもって生きて欲しい。野鴨のように。部下を持つリーダは危機感を持って部下を育てて欲しい。自らも自分を危機状態に身を置いて欲しい。

 当時(2000年頃)、私は心を鬼にし、愛する部下の成長を願って部下の首を荒縄で絞めることが多かった。絞める方は快感である(?)。当時、部下の係長から「オニ!」とよく言われた(笑)。だから決してパワハラでありません。パワハラなら、部下も上司に面と向かって「オニ!」なんて言わない。

 また理念に反した行動をとった他部署や他社の人には、荒縄を真綿に持ち替えて、じんわりと首をしめることにしていた。情報漏洩で危機管理の失態を犯した一部上場の会社役員を1時間かけて泣かしたこともある。相手を怒鳴るのではなく、「そんな危機管理状態で、貴方の会社は10年後、存続できるのですか?」、「その時、貴方の部下はどうなるのですか?」と優しい口調で、グサッと相手の心に囁き続けるのだ。

 

翔べ

 「飛ぶ」とは、小さな鳥が数キロからせいぜい数十キロを羽ばたくときに使う。それに対して「翔ぶ」とは、渡り鳥のように数千キロを渡る場合に使う。崖淵に立ったとき、我々は野性の野鴨として翔ぶ力をつけないと生き延びられない。私は下記の言葉を自分に言い聞かせて生きている。

 

 青春とは年齢の多寡ではない。精神が若ければ青年である。

 醜く太った体からぜい肉をそぎ落とし、青年よ、翔べ!

 

エピソード

 大学卒業当時から30キロも太れば、醜い野鴨である。当時の姿が恥ずかしい。昨年、癌を患い25キロの減量となった。仏様から罰が当たったのだ。お蔭でスリムな野鴨に戻れた。

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 馬場恵峰書

 

2020-09-17 久志能幾研究所通信 1753  小田泰仙

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