ma_時間創出1001の磨墨智 Feed

2021年1月26日 (火)

調和=弱肉強食(コロナの考察)  磨墨知452

 

 滅びゆくものを無理に「保護」しない。保護する時間と金が無駄である。その保護するエネルギーがその種全体を弱くする。

 弱者の滅びは、自然界が調和している証しで、自然界の原理原則である。弱いものを保護するとますます弱くなる。滅びるものが滅びず、全てが栄えるとはすべての種が絶滅する事。一種だけ繁栄しすぎるのは生態系が崩れて全てが滅ぶのだ。その場合の保護は見せ掛けの援助となる。宇宙全体の時間経過に逆行する。

 

免疫力低下での死亡

 新型コロナで死ぬのは年間3,414人(2020年)、インフルエンザで毎年1万人、癌では373,584人 (2018年)、脳梗塞で62,122人 (2017年)、心筋梗塞で37,222人(2018年)、糖尿病で13,969人(2017年)、である。全て自然の摂理に反した狂った生活、狂った食生活を送ってきて、体の免疫力が低下して病魔に負けたのが原因である。

 新型コロナで死亡する多くが、免疫力の低下した疾患持ちの人達であるが、新型コロナだけでなく、他の病気でもそれは同じである。新型コロナで死ぬより、他の病気で死ぬ人が多い。

 マスコミが新型コロナの恐怖を煽り過ぎるにはワケがある。他の病気(生活習慣病)の死因が、マスコミの大スポンサーの提供する食品の取り過ぎが原因であるので、それから目を逸らすためとしか思えない。例えば、酒、煙草、砂糖、食用油、添加物防腐剤が大量に入ったスィーツ・菓子・食品類である。

 病原菌も他の生物を攻撃して生きるのが自然の営みである。病気で死ぬのは、免疫力を低下させる「美味しい」食品を多く取ったためである。美味しいものには毒がある。

 

非武装中立の愚

 自然界の冷酷な掟で、無防備な生命体は他の攻撃を受けて死ぬ。アフリカのサバンナに生息する弱い動物は、その嗅覚、聴覚、視覚を最大限にして身を守っている。その注意を怠った動物がライオンに食われている。

 非武装中立をほざいた社会党の党員が、家の戸締りをせず寝ていたとは聞いたことがない。平和な日本でも、戸締りを忘れれば、泥棒に入られる。

 ネットの世界でも、PCのウイルス対策、詐欺防止をしていないと、詐欺に引っかかる。

 中国共産党は尖閣諸島、沖縄を虎視眈々と狙っている。中国共産党は尖閣諸島に年間1000回もの領空侵犯、領海侵犯を繰り返している。その対策が、自衛隊のスクランブル出撃である。その度ごとの自衛隊機スクランブル出撃でのガソリン代だけで、年間100億円である。そのガソリン代は全て税金である。なんでそんな国のドンを国賓として招かねばならぬのか。それを推進する二階俊博は売国奴である。

 永世中立国のスイスの軍隊は半端ではない。国民は全て徴兵制で一度は軍隊に入る。だから永世中立国を守ることが出来る。

 国を守る軍隊を持たなかったチベットは、1948年、中共共産党の軍隊に蹂躙されて、120万人が殺され(人口の2割)、国が滅んだ。日本に換算すれば、2000万人が殺されたと同じである。

 1952年、韓国は日本に軍隊がないスキを狙って、日本領土の竹島を占領した。日本に自衛隊が発足したのは、1954年である。国を守る軍隊がないとどうなるかを、竹島が強奪されたことで証明される。

 かの英国は、19世紀にアジアアフリカの諸国が、無防備をよいことに、武力にて、植民地として国を盗んだ。それで日の沈むことのない大英帝国を作り上げた。要は泥棒大帝国である。今の新型コロナよりも質が悪いウイルス国家であった。そのため、植民地にされたインドでは、イギリスによる過酷な植民地統治時代に頻発した飢饉の死者数は、推計で5000万人を越える。新型コロナでの死者数どころではない。

 

健全な生活に強靭な免疫力が宿る

 健康な人が持っているのが、自衛隊に相当する体の免疫力である。芸能人たちは、札束を切って豪遊し、その免疫体制を弱めていた。金に任せて大酒は飲む、タバコは吸う、夜更かしはする、結果は睡眠不足。飽食いっぱいで肥満体。そうして免疫力が低下した体は、新型コロナウイルスの攻撃を受けてひとたまりもなかった。冷たい言い方だが、親から授かった体を大事にしなかった自業自得である。

 健全な生活を送っている健康な人は、新型コロナに罹っても重症化はしない。現代人がかかる病気の大部分は、人間が、人間も動物で、一つの生物であることを忘れて、やりたい放題で体を傷める生活をしたのが原因だ。だから疫病の蔓延は、自然界が自惚れた人間に鉄槌を下した現象である。応力は弱いところに集中する。機械力学の根本原理である。

トヨタ経営の鉄則「自分の城は自分で守れ。」

 

2021-01-26 久志能幾研究所通信 1901  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年1月22日 (金)

未来は変えられない。過去を変えよう。 磨墨知151

「何になったら」、「もし~だったら」を止めよう

 

 「●●になったら、やる」と言わないで、やるべき事は即実施しよう。言い訳や逃げ道を作るから、目的が達成できない。今までやってきたことが無駄となる。大事なのは今。出来ることから実行しよう。千里の道も一歩から。

 

 未来は変えられないが、過去は変えられる。

 過去を変えないと、今のままの人生が未来に続く。

 過去がどんなに悲惨であったとしても、その逆境が自分を鍛えてくれた学習の場として解釈する。そうすれば悲惨であった境遇が、よき訓練の場だったと解釈できる。そのためには今が輝いていなければならない。だから今に全精力を使え。

 死んだ時間を振り返ることなかれ。大切なのは今の時間。死んだ子の歳を数えても時間は戻ってこない。数えていれば、日が暮れる。命は一刻一刻と尽きていく。人生の大事を急げ。

Img_44212s  馬場恵峰書

2021-01-22 久志能幾研究所通信 1897  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年12月23日 (水)

明日死ぬる気配も見せず蝉の声(芭蕉)  磨墨知123

 

 今を精一杯生きているからこそ、鳴く声に生命力を感ずる。明日の命は分からない。今やるべきことをなせ。やりたいことではなく、やるべきことを成せ。交通事故、天災、新型コロナウイルス禍で、明日がどうなるかも分からない世の中だ。

 蝉は土中で成長し、成虫となって地上でたった1週間の命を輝かせる。その間に子孫を残すために全力を尽くす。人ならば、死を前にして世に残すものに全力をかけて臨みたい。それが出来なければ、蝉にも劣る存在になってしまう。

 

明日は死

 日本では、お風呂で年間2万人が死ぬ。自殺で2万人、一時は自殺者が3万人を超えていた。交通事故死で3千人だが、一時は1万人を超えていた。新型コロナやインフルエンザに罹り突然に3千人が死ぬ。心疾患で20万4,387人(2017年)が死ぬ。そのうち3万7,222人(2015年)が急性心筋梗塞の即死同然で死ぬ。それがこの20年間で2倍に急増している。死は他人ごとではない。

 人は遅くても50年後には死ぬのだ。10年20年は誤差範囲である。

 

余命宣告

 私も河村義子先生の葬儀後に、胸騒ぎを覚えて検診を受けたら癌が発見された。その癌の5年後生存率が51%だと医師から言われた。5年後に半分が死ぬ。余命2.5年の宣告と同じである。だから私は残された時間を大事にしている。時間は命なのだ。

 河村義子先生は余命5年と宣告され、手術をするとピアニストとして生きられないと分かると手術を拒否して、ピアニストとして音楽道を全力で生きる道を選択された。私には死ぬ気配も見せなかった。だから義子先生の突然の訃報に茫然自失である。

 人生で余命20年も5年も、人生の長さから言えば、誤差範囲である。余命1ヶ月なら、金を使いまくり毎日楽しく過ごせばよい。しかし1年以上も余命があるなら、人生で一仕事が出来る。虚楽的な生き方では、娯楽が逆に苦痛になる。だから余命宣告された人は、命をかけて世に残す仕事に全力をかける。

 

不死の者

 多くの人は時間などいくらでもあると思って時間を無駄して生きているが、今日が人生最期の日かもしれないのだ。余命を意識して一日一日を大事に生きている者から見ると、他人は不死の者であるかのように振舞っている。しかし、いくら頑張っても後50年は生きられないのだ。だからこそ無為に生き永らえるよりも、限りある命を輝かせて、今を全力で生きたいと思う。

 

時間の伝教師

 私は見送られるよりも、知人を見送ってあげたい。だから私は時間の大切さを皆さんに伝教している。

 

 12月25日が河村義子先生の命日である。河村義子先生の追悼写真集(全134頁)が完成し、明日、印刷会社から自宅に届く。河村義子先生を覚えている人がいる限り、この記録がこの世に残る限り、義子先生は皆さんの心の中で生きている。明日、義子先生のご霊前にこの追悼写真集を届けます。

Dsc09866s 『追悼写真集-河村義子先生に音楽道を學ぶ』

 2020年12月24日、10時半に自宅に届いた

2020-12-23 久志能幾研究所通信 1871  小田泰仙

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2020年12月21日 (月)

真剣  磨墨知121

  

 真面目にやるだけでは時間は創れない。真面目には誰でもやっている。真剣な取り組みからのみ時間は創造される。努力したというのは自己美化の表現である。新入社員は努力というプロセスで評価されるが、プロは成果でのみで評価される。

 明日でも昨日でもない、今この時点での自分の目標は何? 今を真剣に生きれば時間は生まれる。

 

 「真」とは戦いの中、戦死した頭のない敵の胴体を表した象形文字である。戦って討ち取った敵の人数を数えるため、真の数を調べるための意味がある。真とは命である。

Dsc00976 馬場恵峰書

2020-12-21  久志能幾研究所通信 1869  小田泰仙

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2020年12月19日 (土)

無苦集滅道  修行の道を歩く  磨墨知119

 

 悩みに満ちたこの世で、人生の「苦」を見極めて、その原因を探り(集)、それを無くせば(滅)、安らぎの世界に入れる。その過程が修行の「道」である。どんな事にも原因がある。それを除かない限り問題は無くせない。その解決の過程で多くの学びがあり、人として成長ができる。それをお釈迦様は二千年前に説かれている。

 

対処療法の愚

 自分の不幸(苦)を嘆くだけでなく、なぜそうなったか(集)を明確にして、それを無くす対策(滅)をする。それが修行(道)である。それなくして幸福にはなれない。

 

 それを苦があるからと、原因(真因)も探らずに、ショートカットで、安易に解決を新興宗教に求めるからオウム真理教のような事件が起こる。人生の問題は、御祈祷やお布施やヘッドギヤで解決するものではない。自分がなぜ苦しんでいるかの真因を探し解決のための努力をしない限り、豊かな時間は創造できない。

 

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大垣経済没落症

 大垣経済が20年間も衰退の一途を辿っている。それを市長の小川敏は愚かな対処療法で済ますから、いつまでたっても大垣の衰退傾向が止まらない。なぜ小川敏はそんな人間になったかの真因を解明しないと、大垣は復活しない。

 

唯我独尊でなく唯我毒尊

 小川敏はふんぞり返って人を見下し、人の助言を聞かない。それは60年前の父親の振る舞いを、潜在意識に何百回と植え付けられたからだ。そうやって小川敏は父親から洗脳教育を受けた。母親からは厳しい吝嗇の躾を受けた。「政治は金がかかるから、政治家になるのは止めて欲しい」と母親から泣いて政治家になるのを反対されれば、少なからず心に影響がでる。それはオウムの洗脳教育と同じである。

 人は一番多く見たこと、聞いたことを、自分の心に植え付ける。小川敏の性格が原因で、大垣市は没落した。そういう傲慢で吝嗇な人間を市長に選んだ市民の責任だ。東大卒信仰が、大垣市を没落させた真因である。「東大卒だから、市長として優秀」は間違いを理解しよう。

 エリック・バーン博士の「交流分析」(末尾に注)を学べば、小川敏の性格形成の経過は容易に納得できる。

 人間の脳は、13歳までに97%が完成する。その間の親の躾がその性格形成を支配する。一日20回の決断をするとすると、10年間で73,000回の洗脳教育を受ける「親の因果が子に報い」、「三つ子の魂 百まで」は正しい諺である。

 

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日本経済停滞症

 日本経済が30年間も低迷していて、それを対処療法で済ますから、いつまでたっても回復しない。財務省の役人が利権で政策を決めるから、経済が回復しない。減税すれば、すぐ経済が復活するのに、日本の役人は減税せず、逆に増税である。日本は4度増税して、4度とも景気が腰折れした。それが財務省の役人には見えない。役人は増税に盲目になっている。

 アメリカは、トランプ大統領が減税政策をして、好景気に沸き、年率3%の経済成長を遂げている。日本は増税をして成長率1%である。因果応報で当然の帰着である。

 日本の役人が、欧米の拝金主義、グローバル経済主義政策、外人労働者を導入するから、ますます泥沼に入り込む。それが30年間も同じ過ちを繰り返している。高学歴の役人は、昔に得た知識でしか考えられないからだ。役人は知恵と勇気がない。役人の最大の恐怖は、前例を変えること、新しいことをやることである。 

 その根本原因は、政府高官が利己主義に走り、公僕として国の為、利他の精神で働かなくなったためである。その原因は、日本を二度と米国に歯向かわせないようにとGHQが施した日本衰退作戦にある。70年経って、それがじわじわと効いてきた。GHQは二宮尊徳の像も撤去し、家制度を破壊し、日本人の精神を破壊した。

コロナ対処療法

 新型コロナウイルス対策でも同じである。それを対処療法でやるから、コロナ禍が収束しない。どんなものにもワケがある。因果応報である。

 

人間関係のこじれ

 何故、己の人間関係はこじれるのか。その真因を見付けて対策を打たないから、何時までも組織の問題児であり続ける。50年前の幼児期の親の躾まで遡らないと真因は見つからない。

 

ギャンブルでの負け込み症

 株やギャンブルで負け続けるのは、目先の動向に左右され、対処療法でドタバタするからだ。それで益々泥沼に入り込む。なぜ自分がそんな対処しかできない人間になったかを明らかにしないと、何時まで経っても勝てない。親がアダルト(大人の性格、合理的思考)の環境を教えず、自らも合理的なの考えを習得しなかったためだ。(「交流分析」より)

 

スマホ中毒症

 なぜ己は、人と面談している時にも、スマホをいじりに我慢が出来ないのか。何故スマホ中毒から抜け出せないのか。

 スマホをいじるとは、相手に「あんたと話すよりスマホの方が面白い」と行動で侮辱しているのだ。それで運を良くして、人間関係を良くしようなど、おこがましい。そんな習癖になった真因を、己の50年前の幼児期の親の躾教育にまで遡らないと問題は解決しない。脳があちこちと興味のあることに振り回され、一つのことに集中できないのが真因である。

 

オダ佛教の解決策

 オダ佛教では、トヨタ式の「なぜ何故を5回繰り返す」という修行(?)をして、それを解決している(?) オダ佛教では、「苦」は自分を成長させるために、仏様が授けた課題だと認識して、修行に励んでいる。何事も一段階(一段界)上の立場で物事を俯瞰しないと、真理が見えない。さらに、問題は自分で見つけて、自分で解決しなければ、修行とは言わない。

 

 キリスト教は「求めよ、されば与えられん」と教える。

 トヨタ生産システム教(TPS)を本山に仰ぐオダ仏教では、「考えよ、何度も何度も、何故なぜと考えよ。真因を見付ければ、天国は与えられん」である。人と同じことをやっていて、儲かるわけがない。時間を有効活用しなければ、何事も成就しない。時間は命なのだ。

 この大事な言葉「無苦集滅道」は、般若心経のど真ん中に配置されている

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交流分析とは

 交流分析(Transactional Analysis,TA)とは、1950年代後半に、精神科医エリック・バーンによって提唱された一つの心理学パーソナリティ理論である。人格と個人の成長と変化における体系的な心理療法の理論である。応用範囲は広く、ソーシャルワーカー、警察官、保護観察官、宗教職者などのカウンセリングで用いられる。

  • 自我状態モデルとしては、恐らく、P(Parent、親)、A(Adult、成人)、C(Child、子供)というPACモデルが最も知られており[1]、このモデルは、どのように人々が行動し表現するかということについての理解を容易にしている。
  • コミュニケーションの理論としては、交流分析は、システムと組織の分析における方法にまで及んでいる。
  • 交流分析は、子供の発達理論も提供している。
  • 交流分析は、「何が問題なのか」「私はどのように人生を過ごせばよいか」といった問題に答えるための、人生脚本という概念を提唱している(ここで脚本とは、ある一人の人生である。)。
  • 交流分析は、幅広い精神病理学の理論をも提供している。脚本は、交流分析によれば、結果というより、むしろ苦悩、強制、自虐的行動、その他精神的障害を証明するのに有効である。

 Wikipedia より 

 2020-12-19 久志能幾研究所通信 1867  小田泰仙

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2020年12月18日 (金)

罣礙(ケイゲ)なし  磨墨知118

 

 罣礙とは障害やこだわりのこと。こだわりを捨てればスピードアップできる。物事の成就を邪魔をしているのとは自分の恐怖心。何を恐れているのか。それをやって命を取られるわけではあるまい。失敗してもよいではないか。それこそが智慧の源だ。

 

アドレナリン

 恐怖は思考を委縮させる。大昔は、ちょっとした危機で命が失われた。昔は他の生物に殺されて、10歳までに、半分が死んだ。野獣に襲われ、毒蛇に襲われ、外の部族に襲われ殺された。そのため人間は動物的本能で、チョッとした物音や気配に恐れ、逃げ出していた。恐怖に直面するとアドレナリンが分泌され、逃げるエネルギーが沸いてその場から逃げた。だから正常な恐怖心が起きる人間が、生き延びられた。そうでない人間は、早く死んだ。

 現代では、その大昔に培った遺伝子が、今も正常に発揮するので、別の問題を起こしている。野獣も毒蛇も他部族の襲撃もない現代社会では、社会生活でのストレスに過剰反応して、鬱病が起きる。鬱病は、自己防衛機能の現象である。鬱病にならないのは、神経がマヒしているのだ。図太い神経に成長したのだ。大昔なら、自己防衛機能不十分で、すぐ殺されている。

 

飢餓の恐怖

 その遺物の本能の一つが飢餓の恐怖である。だから目の前に食べ物があると腹いっぱいまで食べないと気が収まらない。現代では、その本能が刃となって、食料が豊富にある現代では、飽食という病気になっている。

 今は、戦争でもなければ、病気以外では、人は死なない。食料が豊富になる現代では飢餓では死なない。

 

自制心

 大昔に埋め込まれた恐怖を感じる過剰な遺伝子が、現代社会では、人生を地獄に落としている。今の人生で必要なものは、自制心と勇気と少しのおカネである。死ぬ心配はないのだ。だから利他の心を持ち、豊かな精神になれば、恐怖心はなくなる。利己心で生きるから、恐怖心が起きる。

 

心無 無故 無有恐怖

 心に罣礙なし。罣礙なきが故に、恐怖あることなし。  般若心経

 

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2020-12-18 久志能幾研究所通信 1866  小田泰仙

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2020年12月 8日 (火)

読みの省略  磨墨知110

 

 過去の経験や思考が、未来の事件を読む糧となる。時間節約の為、読むべきことを絞ろう。全てを読んでいては、絶対時間が足りなくなる。プロは、過去の血の滲む訓練を智慧に昇華する。それが定石と言われる手順だ。失敗から学ばなければ知恵とならない。

 

 人生の岐路の選択では、蓄積した自分の定石を使おう。それが考える時間を略するテコになる。

 早く選択すれば、多く選択する機会が増える。間違いもあるが、それが貴重な経験となる。若い時に、人より多く失敗すれば、人より多くの智慧が付く。多く決断しなければ、読みの練習にならない。若い時の失敗は挽回できる。しかし年老いての決断では、大怪我となる。だから若いときに苦労をしなければならぬ。

 だから大事なことは第一感で決めても、そんなに大きな間違いはしない。その第一感は、経験から獲得した智慧の結論だからだ。

 

2020-12-08 久志能幾研究所通信 1855  小田泰仙

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決め打ちをしよう  磨墨知112

 

 物事の決定に、全員一致を待つから決定に時間がかかる。上司の判断を待つから、時間が無駄に過ぎる。幹事なら、仕事上で上司からその業務を任されているなら、腹をくくって決めてしまえ。

 その結果が駄目なら、軌道修正をすれば済む話である。問題が出れば、対処して謝れば済む話である。たかが幹事の仕事ではないか。ボランティアでやっている仕事だ。その件を上司から任されている仕事だ。その責任は自分で取っても、大したことではない。

 会社の業務の事項でも、小さなことは自分で決めた方が、上司の覚えも良いはず。自分の決定に自信を持とう。

 

 私が上司で部下からそんな相談を受けたら、「そんな小さなことは、お前が決めろ。その面の仕事はお前に任せているのだ。俺は忙しいのだ」である。

 

2020-12-08 久志能幾研究所通信 1854  小田泰仙

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2020年12月 7日 (月)

やっても一年、やらなくても一年  磨墨知107

 

 やらなくても時間は無情に過ぎていく。やるしかない。それしか時間は創れない。

 犬猫は、目標を持たないし、何もしない。認知症になれば、犬猫と同じで何もしないので朽ちていくだけだ。霊長類の最高位の人間として生まれたのに、そんなことでいいの? ギャンブルやペット自慢や生き物をいたぶる釣りに熱を上げるのは、恥ずかしい。もっと世のためになる事に時間を使おう。

 何のために生を受け、此の世で生かされているのだ。

 

 いくらやっている振りをしても、効果がなければ、やらないと同じである。やっている素振りの時間だけ、有限の人生時間から無駄に時間が無くなっていく。やっている素振りでそれが相手に損害を与えていたら時間泥棒である。

 

売名の寄付は時間泥棒

 小川敏が各企業や団体から寄付の贈呈式の写真を岐阜新聞に頻繁に掲載させる。寄付金を受ける方(小川敏)は何ら市に貢献していない。それを小川敏が堂々と受け取る場面を新聞に掲載させるのは、異常である。それは小川敏が、「市の為に仕事をやっている振り」をしているに過ぎない。

 小川敏には大垣市の予算660億円(平成2年度)の運用監督責任がある。年間2000時間の勤務として、一時間当たり3300万円の市の予算が運用されている。市長は、その運用状況を監督する責任がある。それが寄付の贈呈式に時間を使うと、寄付する人間が市長を独占することになる。市長の1時間3300万円の監督仕事を邪魔している。寄付贈呈式を執行すると、市長はその時間分を、大垣市の現在と未来にために時間が使えない。だから寄付行為は、寄付どころか市の時間財産からの強盗である。その大事な時間が、わずか数十万円の寄付で、強奪される。

 小川敏はやるべき市政の決済や監督、戦略策定の考える仕事をおっぽり出して寄付贈呈式に熱を上げてきた。だから大垣市は没落した。

 そんなに寄付したいのなら、匿名ですればよい。だから寄付する人間は売名行為で、それに便乗する小川敏も顔売りである。

 大垣市の寄付金の比率は他市に比べて異常に大きい。不正の温床になる恐れがある。

 

一般会計に占める寄付金比率比較

 大垣市は寄付金依存が他市に比べて異常に多い。

 

     令和2年度

      一般会計収入    うち寄付金額 比率

大垣市    603億6000万円  7.24億円  1.20%

岐阜市   1790億1000万円  2.10億円  0.12%

多治見市   417億5368万円  0.64億円  0.15%

高山市    422億3779万円  0.06億円  0.014%

刈谷市    607億8000万円    0.02億円    0.003%

高崎市   1655億2000万円  1.30億円  0.078%

  

2020-12-07 久志能幾研究所通信 1853  小田泰仙

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2020年12月 4日 (金)

散弾活用「~したいと思います」と言わない  磨墨知111

 

 思うだけでは時間は創れないし、実行も出来ない。「~する」と決意を述べよう。

 「したい」と「思う」と動詞が二つもあると、テクニカルライティング上では冗長な表現とされ禁止表現である。だから、そういう言葉を発する人は、発言内容を実行しない。

 

大垣市長の散弾

 不誠実な政治家の常套文句は、「前向きに、できるだけ早く善処したいと思います」である。「前向く」「したい」「思う」の散弾活用で、言うことが、聴衆を惑わすように発散している。こんな言葉を言う政治家は信用できない。だからこの発言を常用した市長の小川敏は、大垣市を没落せた。

 2017年の台風による大垣市内大浸水で、大垣市連合自治会から排水機場の整備を求められた小川敏は、「県にも要望するなど、できるだけ浸水が起きないように対処したい。」と応じた。

 なぜ「すぐ整備します」「全力で整備します」と言えないのか。「できるだけ」とはそこそこにお茶を濁すということだ。「できるだけ」とは「できないことはやらない」と宣言したのだ。皆ができないと思っていることを実現するのが大政治家だ。

 

本物の政治家

 1960年代に活躍した松野幸泰知事は、伊勢湾台風で被害の出た岐阜県の治水事業で、国を動かし、堤防整備をして、治水を完備させた。それでこそ政治家である。

 

 松野幸泰氏は、穂積村議会議員、岐阜県議会議員、岐阜県議会議長を経て、1958年10月、岐阜県知事選に出馬し初当選。1966年まで2期8年務め、伊勢湾台風を教訓とした治山・治水等の安全な県土づくりに尽力した。

そのほか、“道路知事”とも呼ばれるほど道路整備等の産業・生活基盤の整備に重点を置いた県政発展の基盤づくりを進めて「町も村も豊かな岐阜県」を目指した長期ビジョンを策定した。その他、岐阜県庁舎の移転等を実現した。

 この項、Wikipediaより

 

大垣ルネッサンスの時代

 あと5か月で、小川敏の任期が終わり、新しい市長が選出される。それに期待したい。来年は大垣ルネッサンスの時代が到来する。

 出来ないと思われていることを実現することこそ、時間創造である。

 生活基盤の安全、治水は時間創造の基本である。

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 中日新聞 2017年11月9日

 

2020-12-04 久志能幾研究所通信 1850  小田泰仙

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