京都国立博物館で国宝展を見学
2017年11月17日の今日、京都国立博物館で開催されている国宝展に行ってきた。松本明慶仏像彫刻展で、松本華明さんからこの展示会を教えてもらい、京都に出かけた。ところが、運慶展でもどこにこんなアホがいたかと思った人出であったが、国宝展では、それを上回る人出で、どこにこんなバカが大勢いるかと思うくらいであった。私はアホでバカでした。
現地に、タクシーを飛ばして開場45分前に到着したが、結局私の前に500人ほどの行列ができていた。運慶展では、開場45分前で私の前の行列は150人であったが、今回はその3倍である。幸い、入場の第一陣の約1,000人の中の一人として入館できたので、なんとか朝一番の陣で入館ができた。
それも米原駅で新幹線ひかりへの乗り換え時間が3分間しかないので、構内を全力疾走して、ひかりに滑り込みで間に合い、このテイラクである。それが間に合わないと30分後の到着であった。また運慶展での学びとして、京都駅で入場チケットを事前に入手しての段取りであった。事前入手がないと20分ほどの時間ロスとなるので、京都駅内の京都観光案内所で、事前入手が望ましい。
会場で
今まで、教科書等で見たことがある約200点もの国宝が、整然と並んでいた。一番驚いたのは、2階の書のコーナである。このコーナが想像を絶する大混雑なのだ。運慶展よりもひどいくらいの混雑ぶりで、少しも前に進まない。それでも今日は平日の金曜日でこの有様。そんなに日本に書を愛する人がいたのかと驚いた次第である。もう一つのコーナが考古学の展示で、あまりの人込みで、ここは少し見ただけで退散した。それでも入場して退場するまでで、約1時間半を要した。それだけ見ごたえのある展示であった。この規模の展示は41年ぶりとのこと。この展示会は11月26日まで。
お昼前に見学が終わったが、精神的に疲労困憊で、頭を冷やすため徒歩で京都駅に向かい(約25分)、他には寄らずにそのまま大垣の帰路についた。
展示コーナ
書の展示では、日本の三跡の一人の藤原行成の書の名品が巻物で展示されていた。それを皆さんが読みながら凝視してすり足で進んでいる。だから少しも列が進まない。それほどの名品であった。残念ながら空海の書は、展示終えである。写経の巻物の展示では、写経の一字毎に佛が宿るとして、一文字毎を金色の線で丸く囲った写経巻物が展示されていた。素晴らしい名筆である。
東寺に展示されている両界曼陀羅図の金剛界、胎蔵界の軸も展示されていて、以前、東寺で見た時よりも、見栄えがよく展示されていた。
仏像、仏画も展示されていたが、古典的価値の作品のようで、美術品としての見地では、少し物足りない思いである。
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名品の生病老死
その国宝が生まれた当時は、色鮮やかで素晴らしい作品でも、年月での色の退化は如何ともしがたい。遺産的価値と、現時点とでの美術品としての価値は別のような気がする。色褪せて判別が難しい源氏物語絵巻や仏画を見ると、その感を強く感じる。
名画や名品の定義。名縁とは
私の名画の定義は、捕まってもいいから美術館から盗んでみたくなる絵や美術品が名画、名品である。しかしいくら名画、名品でも巨大な作品や威圧感を感じる作品をウサギ小屋の日本の自宅においても、致し方あるまい。自分の身丈に合った作品が、自分にとって名画、名品なのだ。その点で、美術館や国宝には、それに合格する作品は少ない。私も世界の美術館を100カ所ほど回ったが、その中で、盗んできたくなるような作品には、ほとんど出会っていない。悲しいことである。
世の中で、どんな素晴らしい出会いでも、それを受け止める自分の器が大きくなければ、その価値が分からない。そのために自分を成長させねばならない。そうでないと、世の中にある素晴らしいお宝に出会っても、素通りである。猫に小判である。
図1 京都国立博物館の入門前の行列 開場45分前
図2 京都国立博物館に入館して開場を待つ行列 開場30分前
約1000人(横四人で行列、手前で折り返し)向うが入り口
2017年11月17日09:00
図3 京都国立博物館内から見た外の行列風景 開場直後
図4 退門後の京都国立博物館 2017年11月17日11:13
2017-11-15
久志能幾研究所 小田泰仙 e-mail : yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp
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