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2018年5月 6日 (日)

「徳不孤 必有隣」とのご縁

 徳は孤ならず 必ず隣有り(論語)

  その意味は、「本当に徳のある人は孤立や孤独であることはない。純粋で高潔な人や謹厳実直な人は、とかく近寄りがたく敬遠されがちであるが、いかに峻厳、高潔で近寄りがたくても、真に徳さえあれば、必ず人は理解しその徳を慕い、教えを請う道人や支持するよき隣人たちが集まって来る。」である。

 人は、自ら学び得たことや、技量が世間に省みられず、認められないことは耐え難い。往々に、己の主義主張や心操を曲げて、世間に迎合してしまいがちである。しかし、道を求め続け、学を究め続ければ、おのずから理解者は現れ、支持する人も出てくるのだ。

 陰徳陽報として、目立とうが目立つまいが、人の嫌がることを陰徳として喜んでさせていただく下座行に徹すると徳は高まり、人々は慕い集ってきて孤にしてはおかない。

 

理解のご縁

 2018年4月13日の朝、馬場恵峰師を彦根市の松居石材商店にご案内した。その応接室にかかっていた額が「徳不孤」であった。私には、あまりに達筆すぎて読めなかったが、恵峰師はすぐ理解して、解説をしてくれた。それが上記である。

 この額は、松居石材商店の先代が、鳩山一郎氏を自宅に泊めてもてなしたことへのお礼として、鳩山一郎氏がその場で揮毫されたという。石屋さんだから、家に揮毫用の太い筆もあるのです。

 後日、政治家大野伴睦氏が、この額を見て「一郎の字だ、一郎の字だ」と喜んだという話を松居さんの叔母がしていたという。残念だが、今はその叔母さん以外に、その生き証人はいない。伝聞である。

 一介の石屋さんに鳩山一郎氏も大野伴睦氏も訪問してくるとは驚きである。松居石材商店は創業文政12年(1829年)で、創業189年のお店である。文政12年の前年には、シーボルト事件が起きている。文政12年は、「桜田門外の変」の起きた31年前である。私もよき石屋さんとご縁ができて嬉しい。

 

鳩山一郎

 鳩山一郎氏は、(1883年(明治16年)- 1959年(昭和34年))は、日本の政治家、弁護士である。第52・53・54代内閣総理大臣で、位階勲等は正二位大勲位。55年体制最初の内閣総理大臣を勤めた。

 鳩山一郎氏が提唱した「友愛」は、1938年に出版されたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの著書『The Totalitalian State against Man』(直訳: 全体主義国家対人間)を原点としている。「友愛」の論語版が「徳不孤 必有隣」のようだ。

 

大野伴睦

 大野伴睦氏は、(1890年(明治23年)- 1964年(昭和39年))岐阜出身の日本の政治家で、東京市会議員を経て衆議院議員となり、衆議院議長、国務大臣北海道開発庁長官、日本自由党幹事長、自民党副総裁を務めた。没後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。

 氏は典型的な党人政治家として知られ、「伴ちゃん」の愛称で親しまれた。また、「政治は義理と人情だ」「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」等の名言を残した。今まで私には、新幹線駅「岐阜羽島駅」を誘致した政治家としか頭になかった。今回、大野伴睦氏を見直した。

 

ご縁の不思議さ

 今まで、お墓を作るための打ち合わせで、この松居石材商店を訪問してこの額を何回となく見ていたが、今回、馬場恵峰師を松居石材商店にご案内したご縁で、その意味を初めて理解した。少し恥ずかしい。また鳩山一郎氏と大野伴睦氏に、いまさらながら親しみを覚えた。

 2018年5月4日、松居石材商店のご主人を改めて訪問して、この額の写真を撮らせて頂いた。ご縁に感謝。

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2018-05-06

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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