o-大垣を良くする階 Feed

2018年5月30日 (水)

大垣市長と岐阜新聞の良識を疑う

 2018年5月30日付の岐阜新聞西濃地域欄に、「褒章受章の喜びを語る」の記事が掲載されていた。その掲載写真をみて呆れ、大垣市長と岐阜新聞の良識を疑わざるを得ず、悲しくなった。市長とマスコミの劣化がここまで酷いとは……..

 

「褒章受章の喜びを語る」写真に恐懼

 大垣市在住の藍綬褒章を受章された木曽義尚さんと緑綬褒章を受章された藤井和子さんが大垣市役所を訪れ、大垣市長に喜びの報告をしたとの記事である。お二人と大垣市長の並んだ写真を見て違和感を覚えた。受章された主役のお二人が脇に位置して、ど真ん中に大垣市長が大きな顔で鎮座している写真である。

 まるで結婚披露宴の記念写真で、新郎新婦の間にノーネクタイの来賓が厚かましく割り込んで鎮座しているようだ。今回は、両氏が長年の功績が認められて天皇陛下から褒章された。その天皇陛下から拝受した章の意味を大垣市長は取り違えている。まるで市長自身が章を拝受したように見える。天皇陛下がこの写真を見たら何と思われるかと考えると、大垣市民として恥ずかしい。恐懼としか言えない。

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大垣市役所の関係者と岐阜新聞の忖度

 長年、厚生保護活動で功績のある木曽さんと社会奉仕活動で功績の藤井さんが主役であるはずが、大垣市長が主役の写真になっている。大垣市では、何事も大垣市長が写真の中央、主役として出ることが伝統のようである。それを大垣市長も市役所の関係者も、新聞記者さえ、この伝統が当たり前と思って対処している。世間の常識からみて異論があっても、左遷が「恐ろしくて」口出せない雰囲気なのだろう。なにせ17年間の長期政権であるので、大垣市役所内は癒着とヒラメのオンパレードのようである。大垣市役所も岐阜新聞も大垣市長を前面に立てて、忖度をしたい下心が丸見えである。

 

第一紙面に日大の内田前監督の除名記事

 大垣市役所の担当者たちも、日本大学のアメフト部のように、大垣市長には正論を言うこともできず、世の常識も指摘できず、岐阜新聞もそれに迎合して写真撮影をして、わざわざカラー写真で掲載している。岐阜新聞には、日大のアメフト部の体質の批判をする資格はないのではないか。

 同日の岐阜新聞の第一面には日大の前監督らの「除名」の記事が掲載されているのは、大いなる皮肉で笑わされた。岐阜新聞もオツなことをする。痴呆紙の減少が止まらないのは、故あること。

 

地方紙の衰退

 日本新聞協会の2015年時点で行われた調査では、新聞社数91社で、部数 43.276.147部数(一世帯当たりの部数0.78部)で、あり、売上、部数、従業員数、すべての項目で、2005年からの減少状態にある。地方紙業界が、そんな危機状態にあるのに、大垣市長に迎合した記事をノー天気に載せるようでは、岐阜新聞の未来は暗い。新聞は公器として、正しく報道して、言うべきことを書いてもらわないと、存在意義がなくなり、新聞社自身が衰退する。岐阜新聞も中日新聞も、ここ最近の記事を見ても、問題が山積みの大垣市政の批判記事を見たことがない。それだけ癒着体質化してお抱え新聞(大垣市の広報新聞)に成り下がっていると言われても致し方なかろう。これでは、新聞部数が減るのは当たり前。

 

良識の問題

 本件に関して、私の師である元大学教授、愛知のトヨタ系ディーラの店長、高崎市の美術館館長、地元自治会長に意見を求めたら、皆さんから笑われて恥ずかしい思いをした。大垣市と岐阜新聞西濃版は、日本大学のアメフト部並みの良識を疑われる地域であることを再認識した。自己顕示欲だけ旺盛な大垣市長のせいで、大垣市は寂れる一方である。問題は、岐阜新聞、中日新聞の記事に洗脳されて、今日のような良識を疑う記事を平然と掲載しても、新聞購読者は誰も疑問を感じず、意見を言わないように躾られた体質だ。大垣市民に目覚めて欲しいと切に思う。

 以前に私は、岐阜新聞と中日新聞を購読していたが、ある事件を機に止めた。今にして、それが正しい選択であったことを再確認した。

 

2018-05-30

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

2018年5月25日 (金)

グローバル経済主義教の大垣市長

 現在はグローバル経済主義競争という宗教が、世界中で猛威を振るい、従来の価値観を破壊しつつある。特に世界の大企業は、この宗教に帰依しないと生き残れないとして、この「宗教活動」の布教に邁進している。この宗教が国家の時間を食いつぶしている。次のステージは暴動、国家崩壊である。国民が不幸になるために働く社会が正常であろうか。

 行き過ぎたグローバル経済主義競争の結果が、一部の特権階級が99パーセントの富を独占し、貧富の差を拡大し、年功序列の価値観を破壊し、国民の多くを不幸にしている。成果主義の過度な増長である。ゴーン社長のように年収10億円の社長がいる一方で、生活保護者が2,163,394人(2016年)もいる。これは、100人に2人の貧困者割合であり、何かおかしい。40年前はそんなことなど、話題にも上らなかった。

 

サラリーマン平均年収の推移

 日本政府の無策で、日本のサラリーマンの年収は下降を続けている。1997年に比べて50万円も下落した。

 1995年 457万円

 1996年 461万円

 1997年 467万円

 1998年 465万円

 1999年 461万円

 2000年 461万円

 2001年 454万円

 2002年 448万円

 2003年 444万円

 2004年 439万円

 2005年 437万円

 2006年 435万円

 2007年 437万円

 2008年 430万円

 2009年 408万円

 2010年 412万円

 2001年 409万円

 2002年 408万円

 2003年 414万円

 2004年 415万円

 統計元:平成26年 国税庁 民間給与実態統計調査結果

 

安さの追求の果て

 企業が人件費の安さを求めて海外進出をすることで国内の生産を減らし、結果として国内労働市場を縮小させ、非正規社員を増加させている。非正規雇用労働者は、15.3%であった昭和59年(1984)から急増し、以降現在まで増加を続けて、現在の非正規雇用労働者は、雇用者全体の37.3%(2017年)と二倍以上に増えている。さらにフリータを増やし(152万人、2017年)、失業者を増やし、自殺者(年間3万人前後)を増やしている。

 私が新入社員の頃の40年前は、派遣社員の方が、自由に仕事ができて収入が多かった。腕に自信があると、独立をして派遣で働いたもの。今は、時代が変り、古い価値観が崩壊している。儲かっているのは特定の企業のみである。多くの人が不幸になる「宗教」とは正しいのだろうか。新興宗教でも教団だけが金持ちになり、信徒が貧乏になる構図と同じである。

 

大垣の惨状

 大垣市長の差配で、大垣市役所だけは124億円もかけて立派になるが、大垣駅前商店街はシャッター通り化してスラム街になりかけている。大垣市長がそういう政策を推進したのだ。

 大垣市の2014年の平均所得は、311万4153円で、全国市区町村ランキング300位で下位に位置する貧しさだ。全国平均平均所得415万円に比べて大きく見劣りする。それだけ大垣市の経済が活性化していない。それどころか衰退の一途である。大垣市長が長期政権に胡坐をかき経済活性化の策を講じない。大垣市長の無為無策の結果で、大垣市は貧困地域から這い上がれない。

 

グローバル経済主義という名の宗教

教祖   欧米の特権階級、各企業のトップ、行政のトップ

御神体  拝金主義が求めるマネー

経典   グローバル経済主義と拝金主義という教義

      金儲けが最優先、勝者のルールを弱者に押し付け一人勝ち

      1%人が99%の富を独占するのが自然の法則という定め

      貧困層が激増するのも神の思し召し

      (経済学と科学が浸透すれば、貧困は無くなるはずだが?)

寺院   大企業、グローバル企業、お役所

信徒   大企業の経営者、官僚 (中小零細企業の経営者は対象外)

異教徒  一般大衆

 

ジニ係数

 ジニ係数とは、主に社会における所得分配の不平等さを測る指標である。ローレンツ曲線をもとに、1936年、イタリアの統計学者コッラド・ジニによって考案された。所得分配の不平等さ以外にも、富の偏在性やエネルギー消費における不平等さなどに応用される。係数の範囲は0から1で、係数の値が0に近いほど格差が少ない状態で、1に近いほど格差が大きい状態であることを意味する。ちなみに、0のときには完全な「平等」つまり皆同じ所得を得ている状態を示す。社会騒乱多発の警戒ラインは、0.4である。

 

1975年→2014年 ジニ係数の推移

 アメリカ  0.32 →  0.40

 英国    0.27 →  0.36

 日本    0.30 →  0.33

 フランス  0.28 →  0.29

 ドイツ   0.25 →  0.29

 スウェーデン 0.21 → 0.28

 

ローレンツ曲線が示す貧富の差

 もっとも平等な社会はジニ係数が0で下図の緑線で示される。不平等ほど下凸の曲線で、示される。完全不平等ではジニ係数が1の赤線で示される。この場合は99人が貧乏で、1人が富の99%を独占している状態を示す。下図の縦軸は富の累積値で横軸は収入である。

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 アメリカではグローバル経済主義で拝金主義が横行して、貧富の差が急拡大している。中国ではジニ係数が0.61(2012年末)になり、暴動発生寸前の状況である。これも経済特区を作り、経済最優先で驀進して、中国特有の特権階級が富を独占しているからである。金持ちは益々金持ちに、貧乏人は益々貧乏になっていく。高福祉国家のデンマーク、フィンランドはジニ係数が低い。フランス、ドイツ、日本はまだ平均的なジニ係数の値である。

 

中国のジニ係数

 北京大学「中国民生発展報告2015」によると、12年のジニ係数は0.49と国家統計局の数値0.474を上回り、また保有資産でみたジニ係数は、95年0.45から2012年0.73に上昇。上位1%の層が社会の3分の1の富を保有する一方、下位25%の層は1%の富しか保有していない。家計調査や失業率推計で定評のある西南財経大学家庭金融研究センターの2014年調査では、13年に所得上位10%が社会の富の60%強を保有しており、ジニ係数は0.717だ。

玄冬舎HP「低すぎる?中国国家統計局が公表する「ジニ係数」への疑念」金森俊樹著2016.2.29より(https://gentosha-go.com/articles/-/2342

 

貧富の格差の拡大の影響

 2014年8月、米国・ミズーリ州で黒人青年の警察官による射殺事件をきっかけに抗議デモ、暴動や略奪行為が起こり、夜間外出禁止令も出る騒動になっている。この背景にはグローバル経済主義の行き過ぎがもたらす貧富の格差の拡大による貧困層の不満の爆発がある。世界最富裕の国で暴動、夜間外出禁止令である。世も末で、米国も中国を笑えない。その状況に危機感を持った米国民がトランプ氏を大統領に選んだ。

 

合成の誤謬

 「合成の誤謬」とは経済用語で、個々の場合には正しいが、全体となると正しくないことを意味する。グローバル経済主義は、個々の企業には都合が良いが、社会全体には不都合な結果をもたらす。

 大垣市政の個々の政策は、いかにも市民のためであるように見えるが、全体では市民を貧困に陥れる政策なのだ。それを「合成の誤謬」と呼ぶ。だから大垣市は衰退に一途をたどっている。大垣市長とその取り巻きは「豪勢の誤謬」に浸って悦にいっている。

 

大垣市のグローバル経済主義

 大垣駅前商店街の衰退も大垣市ベットタウン化も地価下落も、大垣市政の大型小売店舗優先、大企業優先、弱者切り捨ての政策が影響している。大垣市は、市民のためと誤魔化して役人、大企業を優先して、市民を貧困に誘導する政策に終始している。それは正にグローバル経済主義者の行動そのものである。

 なにせそれが役人には楽なのだ。大義名分も立つ。仕事を大企業に丸投げすれば、役人は苦労をしなくて済むのだ。事故が起きれば業者に責任を押し付ければよいのだ。ドローン墜落人身事故のように。大垣市民の我々は、大垣市役所の仕事ぶりに監視の眼を向けねば、己の生活が破壊される。

 

2018-05-25

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2018年5月23日 (水)

文化を破壊する大垣共立銀行

 大垣市には、「郭町通り」という70年を超える由緒ある名前があった。国宝であった大垣城があって「郭町」と「郭町通り」が存在する。それを大垣共立銀行は、強欲に自己誇示のため、「OKBストリート(大垣共立銀行通り)」に名前を変えてしまった(2013年)。市民が知らないうちに、裏で金が動いたのやも。あまりの非常識に先代の頭取が草葉の陰で泣いている。

 

名前「郭町通り」の所有権は?

 「郭町通り」という名は、大垣市民の歴史としての財産である。大垣共立銀行が独断で占有できるものではない。名前変更の審議でも地域の住民の意見も封殺して、商店街のひとたちだけで、こそこそと名前を変更してしまった。それで良いものなのか? 大垣市役所は何も指導をしないのが不思議である。それは大垣の歴史文化の破壊行為なのだ。

 

「郭」とは

 「郭(くるわ)」とは城やとりでの、周囲を土や石などで築き巡らしてある囲いを言う。また、その内側の地域を意味する。江戸時代になって「郭」の字もあてるようになった。

 山城では背後を削り取り,その土を前面に盛って造成する。単なる屋敷地や畑の段と異なって防御用の平場とするために、壁面を急傾斜の切岸状にしたり、縁辺に土塁を盛り上げたり、外周や尾根続きに空堀を掘って外部から遮断する。近世城郭では天守を備えた中心の郭を本丸、その外側に隣接した城主の館邸が設けられた郭を二の丸、その外側の家臣屋敷などが並ぶ郭を三の丸と呼ぶ。その他の諸郭に西の丸などの方角、あるいは人名を冠した呼称が用いられる。

 「郭」は遊郭の意味ではない。周囲を塀や堀で囲ったところから、遊女屋の集まっている地域として「遊郭」という名がある。大垣市の廓町はお城の囲いの意味である。

 

名前の重たい意味

 名前とは、その対象に対して思いを込めて、その成功、成長、幸せを祈って付ける符号である。それなのに、大垣駅前商店街に銀行の名前を付けて、商店街の発展があるはずがない。事実、この5年間、大垣駅前商店街は衰退の一途で、昼間にシャッターを下している店は61%にも達した。

 たかが名前、されど名前である。私はテクニカルライティングからの学びで、文書でも人の名でも、建物でも、名前が一番大事だと悟った。それは何事にも通じる真理である。文書の名前を見れば、書いた人の人格と思いが分かる。人の名を見れば、その人の目指す姿が見える。親は、子供に思いを込めて名前を付ける。

 それなのに商店街の商売繁盛と発展を祈念して付けるべき名前に、「OKBストリート」では非識である。銀行屋には、大垣駅前商店街の発展など知ったことではないのだ。大垣共立銀行を知らない人が見たら、横文字でさっぱり意味が分からない。知っている人なら、ついにこの商店街も左前になって銀行支配になったかと思ってしまう。これでは発展などはできない。企業が左前になると、経営が銀行支配になるのは世の常識であるからだ。

 

名前変更の劇的効果?

 2013年12月2日、商店街のアーケド街の名前は、大垣共立銀行の強欲から、「郭町通り」から「OKBストリート」に変えられた。2018年現在、5年経っても大垣駅前商店街の衰退は止まらない。それどころか衰退のスピードが加速している。地元銀行としてもっと別の支援する方法があるだろうと、この寂れた風景を見るたびに思う「銀行は晴れの日に傘を貸し、雨が降れば、その傘を取り上げる」という通説が頭をよぎる。

 2018年3月10日には、「OKBストリート」の中心部に店を構え、街の商売上でも、大垣駅前商店街組合活動でも理事として運営をリードしていた大型衣料店「正札堂」が事業を停止した。負債総額2億円。1952年創業で、岐阜・滋賀県下に13店舗を構え、一時は28億円の売り上げを誇ったお店である。

 この5年間だけで、それも郭町だけで、靴店、鞄店、菓子店、煎餅屋、カメラ店、傘店、タクシー、コンビニが消えた。新たに開店したのは、コンビニの跡に持ち帰りすし屋だけである。

 さらにトドメの象徴的な事象として、「OKBストリート」の中心に店を構える商店街組合理事長のお店が、今年、廃業に追い込まれた。それでも理事長としての責任は取らない。無責任である。衰退も故あること。

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1p1100404   2018‎年‎4‎月‎28‎日(土曜日)‏‎16:52 大垣駅前商店街の衰退の惨状。土曜日の休日で!

   中央の「正札堂」は2018年3月10日に営業停止となった。頭上の「OKBストリート」の看板が虚しい

 

銀行の横暴

 新しい建屋や新設の通りには命名権として、お金を出してスポンサーの名前を付けることがある。それは許される。しかし歴史的に由緒ある名前を、己の金儲けのために、己の銀行の名前にすることは許されまい。商店街の支援をするなら、金だけ出して、己の名は片隅に、寄付者として名前を入れるのが世界の常識である。それが、世界の富裕層が地域の文化を育成してきたやり方である。この自分の名を誇示するやり方はド田舎の成金者の下品さである。

 文化・芸術に造詣が深かった大垣共立銀行の先代の頭取なら決してしなかったであろう。これは欧米の拝金主義者・グローバル経済主義者の行為である。でっぷりと太った今の頭取のやり方に疑問を感じる。欧米では肥満体は自分の体さえも管理できないものとして、管理者失格と見なされ出世できない。現代のグローバル経済で競争が激化している現在、世襲の頭取では先が思いやられる。

 

後ろめたい?

 通りの名前が変わった直後、現頭取が郭町商店街の一軒、一軒を訪ねてお礼に回ったという。「よほど嬉しかったようだ」とは担当銀行員の話である。この一軒一軒にお礼に回った行為自体に、私は違和感を覚える。いかに舞い上がってしまったかを感じる。後ろめたさもあったのだろう。世間の常識から見て、まともな行動ではない。会社は公器なのだ。己の自己顕示欲のためにあるのではない。

 

文化・芸術とは

 文化・芸術では飯は食えない。だから昔の貴族や王族は芸術家に支援をして、文化・芸術を育てた。それで金儲けをしようとはしなかった。だから欧州でオーストラリアやフランス、イタリアで芸術の花が開いた。それがルネッサンスである。その支援したスポンサーは、芸術の表に出しゃばることはなかった。陰で芸術家を支えたのだ。それが教養ある金持ちの素養である。

 

十六銀行を過剰意識

 大垣共立銀行は、十六銀行を過剰意識して、本社ビルを「16を超えよ」と17階建てにした。岐阜県のトップ都市銀行として、大人げない行動である。このビルは、経営者として最適な設備投資の意思決定をしなかったことを示す恥さらしな物証である。その無駄な汗を大垣発展・駅前商店街復興に向けて欲しいと思う。

 

大垣共立の異様なライバル意識

 (大垣共立銀行は)岐阜市に本店を構え、県を代表する地銀の十六銀行とは何かと対照性を見せる。例えば、1973年(昭和48年)に大蔵省(当時)の反対を押し切って建設した17階建新本店(建設時は地銀本店として、また東海地方の高層ビルとして最も高いビルであった。なお、この階数は“16(十六)を超える”意味があるとされる)の象徴性など、ライバル意識が強い。このライバル意識は、融資競争における低金利傾向(岐阜金利)の遠因ともされている。

 消費者からの評価については、前述のように大垣共立が高い評価を受ける一方、現在の財務指標においては、行員一人当たりの業務純益が大垣共立の593万円に対して十六は975万円、総預貸金利鞘の0.18%に対して0.5%、不良債権比率は4.54%に対して4.19%等、十六がより安定的な優位性を見せる。(数値は2006年3月末決算)(この項、wikipedia 「大垣共立銀行」2018/5/22より)

 

コップの中の鍔迫り合い

 日本経新聞記事「しのぎ削る岐阜2行」(2018年5月18日付)によれば、愛知県の金融経済規模の2割しかない岐阜県で、大垣共立銀行と十六銀行の都市銀行間で過当な覇権争いを繰り返しているという。日本、世界の全体の森としての経済の流れを見ずに、小さな木しか見ずに、金の奪い合い合戦である。まるでコップの中で戦略・戦術を間違えて同士討ちをしているようだ。

 「OKBストリート」商店街のど真ん中に位置する三菱UFJ銀行の大垣支店は、大人(たいじん)のように鷹揚としている。まるで大垣共立銀行の小人(ことな)の愚行など眼中にないように。なにせ三菱UFJ銀行の預金量は124兆円、大垣共立銀行は5.5兆円で、その格差は大きい。格が違うのだ。

 現在、リニア新幹線の効果で、岐阜も大垣も名古屋駅前の経済圏にストローに吸われるように、客が名古屋駅前に流れ、経済が衰退している。岐阜も大垣も駅前の商店街は閑散としている。大垣共立銀行には、もっと視野を広げて地域経済の発展と日本経済の発展に寄与すべく知恵を絞るべきなのだ。伝統ある商店街の通りの名前を利己的に変えるような思考レベルでは、大垣の発展などあり得ない。大垣共立銀行の発展もないだろう。大垣共立銀行は、大垣の文化を破壊する利己的な売名行為に忙しい。

 

共立の意味

 グローバル経済主義は利己主義なのだ。古来、日本は利他の心で生きてきた。グローバル経済主義教に犯されると、利他の心は消える。大垣経済と大垣駅前商店街の立て直しには、利他共生の心が必要だ。大垣共立銀行の「共立」の名が泣いている。大垣共立銀行の創業者は、思いを込めて、この名を付けたはずだ。創業者は草葉の陰で泣いている。

 

2018-05-23

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2018年5月 9日 (水)

大垣市の子供達の命を護れ

コンクリート路上のストリートフットサルは危険

大垣ドローン墜落人身事故の二の舞を危惧

 

 元気ハツラツ市では、石黒塾の主催で毎回、コンクリート路上のストリートフットサルが開催されている。子供たちには危険であるので、即中止すべきである。

 石黒塾のフェイスブックから調べると、このイベントは2015年ころから始まったようだ。その頃の写真をフェイスブックで見ると、今とほとんど同じ状況の設備で、危険性は今と同じである。元気ハツラツ市は大垣市主催も同然であり、石黒塾の企画は大垣市に管理監督責任がある。大垣市役所は子供達の命を商店街の金儲けの為に危険に晒している。

 

一般社会の状況

 ネットでフットサルの設備を調べても、こんなちゃちな設備はお目にかかれない。コンクリートの路上でフットサルをしている例は見つからなかった。ペラペラのベニア板仕切りで、フットサルしている例も見つからない。これは、大垣地方だけの痴呆的な状況のようだ。

 

日本フットサル連盟の規約

 日本のフットサルは、日本サッカー協会とその傘下にある日本フットサル連盟によって統括されている。日本にあるフットサル専用の施設は、屋外の人工芝コートが比較的多い。ただし、日本サッカー協会主催・主管の競技リーグや各種大会では、基本的に屋内の体育館やスポーツコートの屋内施設で行われる。コンクリート路上なんてもっての外である。

 

識者の意見

 大垣駅前商店街の商店主達は、コンクリートの路上での球技は危険だからやめろと言っているが、石黒塾のメンバーは全く聞く耳を持たず、ずっと継続されている。また子供たち用のフットサルは、大垣駅前商店街の活性化には何の貢献もしない。私も商店主にも、その設備の危険性を通達しているが、大垣元気ハツラツ市実行委員会は無視である。危機管理の意識さえない。

 石黒塾に中止さえ指導できない元気ハツラツ市実行委員会も大垣市にも、組織を統率する能力も運営能力もない。そういう無政府状態で、事故は起こるもの。2017年11月7日の大垣市主催のロボフェス大垣・ドローン墜落人身事故のような事故が起きるの危惧している。

 

石黒塾には危機意識が希薄

 石黒塾のメンバーは危機管理の何たるかを全く理解できないようだ。そんな意識ではお店の活性化など夢の夢である。フェイスブックから調べると、石黒塾には若者だけの集まりで、見識がある年長の経営者はいないようだ。今の石黒塾の教えでは経営はまともになれまい。当然、自分達のお店の顧客に対する安全意識と対策が欠如しているだろうと推定される。良識ある顧客は、恐ろしくて、寄り付くまい。だから大垣駅前商店街が衰退している。

 

石黒塾には経済観念が欠如

 このフットサルの企画は、大垣市から元気ハツラツ市の事業として予算が付与されている。つまり子供達の命に影響する凶行に大垣市が金を出して奨励している。それは市民税である。このフットサルは商店街の活性化には何の貢献もしない。商店主達からは、このフットサルは元気ハツラツ市の邪魔になるとブーイングである。石黒塾は、それさえ聞き流しである。大きな場所を占有して、その分の露天商の利用料が取れず迷惑なのに、石黒塾のメンバーはその経済の原則さえ理解できない。元の塾長の石黒靖敏氏は生徒達に何を教えたのか。教え子を見れば、教師のレベルが分かる。

 

学校と大垣市の無責任さ

 学校の担当者の眼も節穴である。子供達を危険に晒して、何も気がつかない。大垣市教育委員会はこんな貧相なフットサル設備で子供達を遊ばせていて平気なのか。何が「子育て日本一を目指す大垣市」なのか。お笑いを通り越して、怒りである。税金泥棒である。

 

大垣市長には危機意識・危機管理がない

 大垣市長は毎回、元気ハツラツ市に顔を出すが、そういう危険性のある場所は素通りである。見ざる、聞ざる、近づかず、である。それに対して、トヨタグループのトップは自ら現場に足を運び、具体的に危険性箇所を指摘する。大垣市長はトヨタのトップの爪の垢を煎じて飲んでほしい。

 私が前職で務めたトヨタ系の工場では、月に一回、現場の職制は当然だが、間接部門の管理職も一緒に現場に出て、工場内に危険な場所はないかの相互点検を実施していた。元気ハツラツ市でそんな対策は見たことがない。大垣市は警備会社に丸投げである。大垣市には危機管理が存在しない。その結果がドローン墜落人身事故であり、室村町アンダーパス水没事故、高屋町地下道水没事故で長期閉鎖事象である。それで誰も責任を取らない。江戸時代の封建社会のようである。

 

大垣市への天罰

 トヨタの危機管理が一流なので、結果として繁栄している。三流の大垣市政と対極にある。トヨタの城下町の刈谷市役所には危機管理室があるが、大垣市には、危機管理室の言葉さえ影も形もない。一事が万事である。

 その危機管理対策が怠慢であった天罰が、ドローン墜落人身事故である。大垣市に責任があるのに、その責任を業者へに押し付けた。大垣市民として恥ずかしい。責任を明確にせず、真の責任者がドローンとドンずらしたから、危機管理が益々進まない。

 

親の背中を見て子供は育つ

 ドローン墜落人身事故みたいな不祥事を起こしても、業者に責任を押し付ければよいとの悪例を示した。大垣市役所の年寄りの後姿を石黒塾の若者が真似をしている。若者は言っても聞かないが、年寄りのやる愚かさをすぐ真似る。今の石黒塾のように。

 経験ある年長者は、後進に範を示すのが勤めである。大垣市役所はその逆をやっている。大垣市長を筆頭に、である。

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   2017‎年‎10‎月‎1‎日 元気ハツラツ市で

2018年3月4日の元気ハツラツ市の状態

 ベニヤ板のピン角が危険

 支えの棒が、歩行者がつまずく危険あり

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201848日の元気ハツラツ市の状態

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2018年5月6日の元気ハツラツ市の状態 

 見栄えのためにベニヤ板に色を付け、恰好を直しただけで、危険防止には全く配慮がされていない。危険性は、前と同じである。子供達が勢い余って囲いのヘリのピン角にぶつかれば、腕を切る危険がある。角で足を引っかければ怪我をする。これでは寂れた場末温泉の遊技場である。大垣市役人の精神の貧困さを表している。

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2018-05-09

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2018年5月 7日 (月)

アンパンマンに頭が上がらない大垣市長

 2018年5月6日、大垣元気ハツラツ市が開催され、調査に赴いた。そこで、大垣市長の役目とは何か、市長の使命とは何かを考える機会を得た。

 大垣ハツラツの当初の目的の撮影も終わり、途中で喫茶店に寄ったおり、落とし物に気が付いて、再度、元気ハツラツ市の中央の新大橋に出かけたら、黒塗りの公用車が目の前に止まって、大垣市長が降りてきた。見ると行き先は、元気ハツラツ市のメイン会場でのアンパンマンショーである。

 大垣市の平成30年度予算額は、1,563 億9,600 万円である。大垣市長は、一時間1,785,342円、一分間297,557円の経費が流れて去っていく大垣市行政の執行に責任がある。それをアンパンマンにうつつを抜かし、あろうことか公衆の面前でスマホをいじっていた。

 

大垣市長にやって欲しいこと

 そんな時間があれば、大垣市の未来を考えることに時間を使って欲しい。衰退しつつある目の前の現実を直視して欲しい。直視すべきは、スマホの画面ではない。見るべきものを間違えている。市長が参加すべきは、アンパンマンショーではない。そんなのは、委員長か副市長の部下に任せればよいのだ。そうしないから、大垣市は衰退している。大垣市の興亡は全て組織の長、つまり大垣市長の双肩にかかっている。

 

大垣市長の使命

 大垣市長の使命は、大垣市民の幸せと生活の安全の確保、大垣市の発展のための政策を施し、大垣市の百年の計を立てる事である。そのために、何をやって、何をやらないかの戦略を練るのが仕事である。戦略とは、戦いを略すること。全てに手を出していては、戦いに勝てない。アンパンマンショーへの参加は、略すべき行事である。その軽重を考えられないのでは、リーダーとしての市長の資格がない。

 

金の義理のための裏事情

 アクアウォークのアピタ大垣より、アンパンマンショーの公演費用を半額で提供するとの話が大垣市にあったそうだ。元気ハツラツ市のチラシのトップに、「アンパンマンショー」は「アクアウォーク大垣共催イベント」として掲載されている。その義理立てで、大垣市長がアンパンマンショーに嫌々「ご臨席」されたようだ。本心では、子供相手のショーなど見たくもないだろう。私でも時間を取ってまでしては見たくもない。それ故、大垣市長は、暇を持て余してスマホをいじっていたのだろう。つまり大垣市長はアンパンマンに頭が上がらなかったのだ。ショーが終わったら、大垣市長は現金なもので、挨拶をするでもなく、あっという間に消えた。いつもなら滔々と演説をぶつ大垣市長であるのに。このアンパンマンショーは「大垣市政100周年記念事業」の一つなのに、だ。せめて子供たちがアンパンマンと握手する姿を見てあげて欲しかった。見て上げるのも教育である。

05dsc01626  5月6日12:16 大垣市長のご臨席 

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 5月6日12:18 スマホ

07dsc01641  5月6日12:19   市長の体の姿勢が、嫌々であることを示している。

08dsc01643 5月6日12:20   市長に媚びを売るアンパンマン。

 子供たちの夢を壊している。

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 アンパンマンと握手するために並ぶ子供達

 大垣市長はいつの間にか姿を消している

大垣市長の薄情さ

 大垣市長は12時前に会場に到着した。それよりほんの少し早く来て、その前の出し物の大垣西高校の若人の和太鼓演奏や吹奏楽部演奏を聴いてあげれば、大垣の未来を背負う若者への励ましになったのだ。吹奏楽部の代表が挨拶で、「今回の演奏で、学校最後の舞台を飾れた」と涙ぐんで挨拶をしていた。それを聞いていたので、市長の振舞いを情けなく思った「徳不孤 必有隣(論語) 徳は孤ならず 必ず隣有り」の正反対を大垣市長は実行している。大垣市民として恥ずかしい。政治に、人情がなければ、血の通った政治はできない。政治家大野伴睦氏は、「政治は義理と人情だ」と明言した。大垣市長は、金の義理しか果たさない人である。政治家として失格である。

01dsc01573  5月6日10:43 大垣西高校の吹奏部演奏

02dsc01606  5月6日11:32 大垣西高校の和太鼓演奏 

「アンパンマンショー」が100周年記念事業?

 「アンパンマンショー」を元気ハツラツ市で開催しても、大垣市は少しも活性化しない。まず元気ハツラツ市が大垣衰退の元凶なのだ。それさえ分からない大垣市長である。そのアンパンマンショーが「大垣市政100周年記念事業」の一つである元気ハツラツ市のトップイベントとして扱われている。子供相手のこのショーをトップ記念行事とする扱いには、大垣市民として恥ずかしい。

 

正義の味方は誰?

 原作者のやなせたかし氏は、アンパンマンを「正義」というテーマで創作した。氏は端的に「『正義の味方』だったら、まず、食べさせること、飢えを助ける。」と述べている。大垣市長が正義の味方に肩を持つなら、大垣駅前商店街が寂れて、商店主たちが食べられなくなっている現実を直視すべきである。元気ハツラツ市で、食べる金を稼いでいるのは、市外県外の露天商達である。大垣駅前商店街の商店主達は飢えている。廃業が続いている。今年は大垣駅前商店街組合の理事長のお店が閉店した。大垣市の商店街の状況を象徴している事象である。

 

公用車の運転手のお仕事

 アンパンマンショーの間、黒塗りの公用車の運転手も手持ちぶたさに、車の横に立って時間を潰していた。彼の人件費も市民の税金である。その後、彼は運転席で居眠りをしているようであった。当日はポカポカ陽気であった。

 仕事とは尊いものである。しかし、その尊い仕事を、投げやりにさせているのは、大垣市長の心がけの拙さである。市長を春の連休中に、付加価値の生まないアンパンマンショー視察のために送迎するのは、辛かろう。眠たくもなる。

 

公用車の異様さ

 その公用車の後部座席の窓を見て違和感を覚えた。濃いスモークフィルムが貼ってあって車内が全く見えないのだ。市長は公人である。何が後ろめたくて顔を隠してまでして、こそこそと市内を公用車で走り回っているのか。なぜ隠す必要があるのか。市長は、あちこちに顔を出して、顔を売っているのに、この公用車の後部窓の状態は異様である。天皇陛下の御料車には、スモークフィルムなど貼ってない。国民の父として振舞いをされていている陛下を見習ってほしい。大垣市長は、大垣市民の父も同然である。公用車の中で居眠りをしているのを見られたくないのかと勘ぐってしまう。移動中なら、居眠りしても何の問題もないではないか。

03dsc01616  5月6日11:53 大垣市長の公用車到着

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 5月6日12:18  大垣市長を待機中

どのイベントが一番重要なのか?

 テクニカルライティング的には、冒頭に記載する事項が一番重要なのだ。新聞でも、冒頭の記事が一番重要である。大垣西高校の若人の和太鼓演奏や吹奏楽部演奏などは、元気ハツラツ市のチラシの末尾に記載されているので、大垣市としては重要ではないとの意思表示である。こんな市長で、大垣の未来はどうなってしまうのか。心配で心配で、昼寝もできない。お蔭様で夜は熟睡している(?)。

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元気ハツラツ市の宴の陰で泣く

 元気ハツラツ市が開催されている大垣駅前通りは露店が開店して人出で賑わっているが、商店街のアーケード通路はシャッター通り化していて、中央の賑やかさとは対極で、人通りもまばらである。当日は、大垣市のやり方に反抗して店を閉めている店主も多い。誰かうまい汁でも吸っているのか?

 大垣市長は、役員に公用車からメインの中央舞台に案内されて、そのまま帰るので、この状況を見ないようにしている。見ざる聞かざる言わざる、である。

11dsc01598  5月6日11:25  

12dsc01602 5月6日11:24

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 5月6日11:28

 

2018-05-07

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2018年5月 6日 (日)

「徳不孤 必有隣」とのご縁

 徳は孤ならず 必ず隣有り(論語)

  その意味は、「本当に徳のある人は孤立や孤独であることはない。純粋で高潔な人や謹厳実直な人は、とかく近寄りがたく敬遠されがちであるが、いかに峻厳、高潔で近寄りがたくても、真に徳さえあれば、必ず人は理解しその徳を慕い、教えを請う道人や支持するよき隣人たちが集まって来る。」である。

 人は、自ら学び得たことや、技量が世間に省みられず、認められないことは耐え難い。往々に、己の主義主張や心操を曲げて、世間に迎合してしまいがちである。しかし、道を求め続け、学を究め続ければ、おのずから理解者は現れ、支持する人も出てくるのだ。

 陰徳陽報として、目立とうが目立つまいが、人の嫌がることを陰徳として喜んでさせていただく下座行に徹すると徳は高まり、人々は慕い集ってきて孤にしてはおかない。

 

理解のご縁

 2018年4月13日の朝、馬場恵峰師を彦根市の松居石材商店にご案内した。その応接室にかかっていた額が「徳不孤」であった。私には、あまりに達筆すぎて読めなかったが、恵峰師はすぐ理解して、解説をしてくれた。それが上記である。

 この額は、松居石材商店の先代が、鳩山一郎氏を自宅に泊めてもてなしたことへのお礼として、鳩山一郎氏がその場で揮毫されたという。石屋さんだから、家に揮毫用の太い筆もあるのです。

 後日、政治家大野伴睦氏が、この額を見て「一郎の字だ、一郎の字だ」と喜んだという話を松居さんの叔母がしていたという。残念だが、今はその叔母さん以外に、その生き証人はいない。伝聞である。

 一介の石屋さんに鳩山一郎氏も大野伴睦氏も訪問してくるとは驚きである。松居石材商店は創業文政12年(1829年)で、創業189年のお店である。文政12年の前年には、シーボルト事件が起きている。文政12年は、「桜田門外の変」の起きた31年前である。私もよき石屋さんとご縁ができて嬉しい。

 

鳩山一郎

 鳩山一郎氏は、(1883年(明治16年)- 1959年(昭和34年))は、日本の政治家、弁護士である。第52・53・54代内閣総理大臣で、位階勲等は正二位大勲位。55年体制最初の内閣総理大臣を勤めた。

 鳩山一郎氏が提唱した「友愛」は、1938年に出版されたリヒャルト・クーデンホーフ=カレルギーの著書『The Totalitalian State against Man』(直訳: 全体主義国家対人間)を原点としている。「友愛」の論語版が「徳不孤 必有隣」のようだ。

 

大野伴睦

 大野伴睦氏は、(1890年(明治23年)- 1964年(昭和39年))岐阜出身の日本の政治家で、東京市会議員を経て衆議院議員となり、衆議院議長、国務大臣北海道開発庁長官、日本自由党幹事長、自民党副総裁を務めた。没後、従二位勲一等旭日桐花大綬章。

 氏は典型的な党人政治家として知られ、「伴ちゃん」の愛称で親しまれた。また、「政治は義理と人情だ」「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればただの人だ」等の名言を残した。今まで私には、新幹線駅「岐阜羽島駅」を誘致した政治家としか頭になかった。今回、大野伴睦氏を見直した。

 

ご縁の不思議さ

 今まで、お墓を作るための打ち合わせで、この松居石材商店を訪問してこの額を何回となく見ていたが、今回、馬場恵峰師を松居石材商店にご案内したご縁で、その意味を初めて理解した。少し恥ずかしい。また鳩山一郎氏と大野伴睦氏に、いまさらながら親しみを覚えた。

 2018年5月4日、松居石材商店のご主人を改めて訪問して、この額の写真を撮らせて頂いた。ご縁に感謝。

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2018-05-06

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2018年5月 3日 (木)

身閑夢亦安養心

 2018年3月28日、大村市の馬場恵峰先生宅に写真撮影のために訪問したおり、壁にかかっていた「身閑夢亦安養心」の掛け軸が目に留まった。読み方を聞くと「身のどかにして、夢また養心を安んず」である。これは恵峰先生が心がけている信条とか。またその軸は、日本では入手困難な貴重な中国製である。なにか閃くものを感じて、即、譲っていただく決断をした。

 この軸は特殊な模様の入った紙材で、先生の書き賃よりも軸の原価のほうが高い。

 

忙と閑

 「忙しく」慌ただしく日々を過ごしても、良き人生は送れない。しいと(のどか)は対極にある。「忙」とは「心」を「亡」くした状態である。

 「閑」とは門の間に木を置き、他からの侵入を防ぐ仕切りの意味を表わす。一人静かに考える環境と時間を作りことである。そうしないと人生の道を誤る。

 ギリシャ時代の哲学者(スカラー)は、労働は奴隷にさせて、自身は閑だから哲学を考えていた。閑だから考えれるのだ。哲学者のスカラとは、ラテン語で閑という意味から派生した言葉である。学校(school)もスカラから派生した言葉である。閑だから学べるのだ。

 

組織の長の役割

 行政の長の中には、全ての行事に顔を出して、自分の顔を売ることに余念のない市長がいる。忙しすぎて、大事な市の行事の神事で居眠りさえする。抹消的なことに執着して、大事な百年の計には頭が回らない。些細な行事は副市長やその委員長に任せればよいである。市長がしゃしゃり出ても何の付加価値も生まない。それはルーチンワークで、戦術のレベルである。組織の長は、戦術ではなく100年の計、戦略を考えねばならぬ。

 

夢の実現

 忙しい忙しいと自慢するように走り回っている経営者がいる。私は彼を自分の時間を作れない愚か者だと軽蔑している。それでは戦術に溺れている実務者でしかない。それは部下に仕事を託す才覚のない経営者である。部下が育たないから、ますます忙しくなる。それでは夢の実現など、夢の夢の悪夢である。

 この軸を自宅に持ち帰り、早々に座敷に吊るして毎日この軸を眺めている。心が安らぐ日々である。私はこの軸を眺めながら、閑(のどか)に20年後の夢が実現できる戦略を練っている。 

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 梱包のために軸を下す恵峰先生 2018328

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  珍しい模様の入った軸。恵峰先生は、表装された軸に直接揮毫される。

 

2018-05-03

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2018年4月10日 (火)

中日新聞の忖度

新聞社の使命を放棄した寄付の記事

 2018年4月7日付の岐阜新聞と中日新聞の「西濃欄」に掲載された寄付の記事を比較して、「忖度」という流行語に思いあたった。

 中日新聞には、地元企業「太平洋精工」が大垣市に400万円を寄付した記事が掲載されていた。岐阜新聞には、「県外3社」が海津市にハリヨ湧水池事業に賛同(1140万円を寄付)した記事が掲載されていた。

 これを見て各新聞社の姿勢が明白になった。日頃、中日新聞社は、大垣市政に対する批判・提言記事は、皆無に近い。中日新聞社は、公共の公器であるべき新聞を私物化している。

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  中日新聞 201847

2p1100335 岐阜新聞 2018年4月7日

 

寄付という売名行為

 中日新聞の記事では、見出しの寄付企業の名前を見出しで大きく掲載している。売名行為、宣伝行為である。その紙面に対して、読者は購読料という金を払っているのだ。寄付するなら匿名ですればよい。宣伝したいなら、広告欄に広告料を払って掲載すればよい。自社のHPで宣伝すればよい。

 市民に伝えるべき、もっと大事な情報があるはずだ。その寄付宣伝記事が載れば、市民に伝えるべきその情報が、限られた紙面に掲載できないのだ。なにも社長がしゃしゃり出て、寄付しましたなど宣伝するのも不遜である。社長にそんな時間があるなら、その時間を経営に費やし、日本経済活性化のために汗をかいて欲しい。

 

情報とは

 「情報」とは「情け」の「報せ」である。その情報を与えて、読者の大垣市民にどう動いて欲しいのか、それがあって初めて正しい報道である。つまり「報せる」「道」なのだ。今の中日新聞はその「道」から外れている。つまり外道である。寄付の記事を見ても、読者には何のためにもならない。寄付を宣伝した企業が得をするだけだ。そんな情報は、情報過多の時代に不要である。だから新聞購読数の減少が止まらないのだ。新聞社は自分で自分の首を絞めているのだ。いまの中日新聞の西濃欄は、学校新聞みたいである。その記事を読んで「で、何なんだ?」である。時間の無駄である。読後感想は、虚しさだけである。その情報を得て、読者は嬉しいと思うだろか、自問して欲しい。

 寄付の記録としての記事ならテキスト文だけで、写真は不要である。文章が書いてあれば、くだらない記事でも読者は読まねばならぬ。時間の無駄である。時間とは命である。

 

寄付金の位置づけ

 太平洋精工は売上高205億円(2017年3月期)、グループ全体1,230人(2017年3月)の会社である。寄付額400万円を従業員一人当たりにすると3,250円である。一方では、匿名で、もっと大きな金額を寄付している個人が沢山存在する。

 岐阜新聞掲載の寄付をした県外の3つの企業の一つ、中日本氷糖は、従業員数139名(2017年8月現在)で、太平洋精工の約1/10の規模の企業である。ワンストップパートナーズも山口化成も、資本金から推定すると従業員は、遥かに少ないと推定される。その中日本水糖は、従業員一人当たりで、太平洋精工の約10倍の寄付額である。それを考えると、中日新聞社の記事の扱いが異常である。忖度そのものである。

 

何を伝えたいか

 テクニカルライティングの伝達文法では、題名にその記者の本音が現れる。ハイヨ湧水池事業を見れば、記者の伝達意図が明白だ。それがテクニカルライティングの原則である「一番重要な情報は、最初に書く」が原則である。記事の一番重要な文は、題名である。

 中日新聞は「太平洋精工が400万円を寄付」。

 岐阜新聞は「ハイヨ湧水池事業に賛同」。

 中日新聞は、「太平洋精工」の名を寄付の形で大々的に宣伝したいのである。中日新聞は、大垣市役所から紹介を受け、便益ある企業に貸しを与えたいのだと、推定されても致し方あるまい。

 岐阜新聞は、報道機関として公正な立場で「ハイヨ湧水池事業」を読者に伝えたいのだ。題名を見れば、その下心は露見する。遮二無二に太平洋精工の名を宣伝したいのなら、記事構成が新聞社としてお粗末である。もっと頭をつかって巧妙にすればよいものを。

 太平洋精工が教育関係に寄付をするなら、なぜ寄付をするか背景まで、調べるのが記者の使命である。つまり大垣市は教育軽視で、教育に金を出さないので、教育現場が荒廃して、見かねて企業が寄付をするのだ。この記事内容では、新聞社としての使命の放棄を宣言している。中日新聞は、単なる大垣市の言いなりの広報担当に成り下がっている。

 

誰が主役?

 大垣市が「子育て日本一を目指す」と豪語するなら、教育関係で寄付を受ける必要はない。それより大垣に文化関係の予算が市長の意向で貧困であるので、その面の寄付を受け付ければよい。

 写真の説明文で、なぜ市長の名が先で、寄付者名が後なのか。テクニカルライティングの表現でいえば、市長が一番重要と認識して、寄付者など後回しになっている記事構成である。そうやって記者は、大垣市長に忖度しているいる。そのやりかたが露骨であり、滑稽である。葬儀で焼香順序を間違えれば、大騒動である。中日新聞は、その焼香順番を間違えていると同じなのだ。

 

誰が出しゃばりたいの?

 なぜ寄付する善意には関係ない教育長までが中央にしゃしゃり出て写真に写っているのか。写真では、寄付に関して脇役であるはずの市長と教育長が中央にふんぞり返って、主役の寄付者が隅で小さくなっている。岐阜新聞は白黒写真であるのに、中日新聞のそれはカラー写真である。そのカラー印刷の費用を読者が負担している。お笑いである。

 それも過去の中日新聞の記事を見ても毎回である。毎回の寄付関係の記事でも主役は、寄付を受ける大垣市長であって、寄付するほうはオマケなのだ。記事に写真を付けるなら、寄付者だけの写真で十分ではないか。本来、それも不要である。寄付とは本来、陰徳である。それを威張ってどうするの? 政治屋や経営者に謙譲という美徳はなくなったのか。それがグローバル経済主義の流儀なのか。

 大垣市秘書室が、日頃通じている地元企業に便益をはかるため、新聞社に連絡をして寄付の場面の写真記事を掲載させるようにしたと推定されても致し方あるまい。これも忖度というのだろう。

 下世話な表現をすれば「(お上という)俺たちが活動宣伝として顔を売りたいので、ついでのお情けでお前の会社の寄付を新聞に掲載できるようにしてやる。お前は下座で控えておれ」である。可哀そうなのは市民である。

 市民が欲しい情報は、現在も急速に衰退を続ける大垣市の問題点の広報・摘出とその解決策の提言である。宣伝まがいの寄付の記事など読みたくもない。

 

岐阜新聞の常識、中日新聞の非常識

 岐阜新聞は、写真説明で寄付者の名前の掲載が、市長よりも先である。それが常識的な対応である。題名の付け方も岐阜新聞は正当で、中日新聞は忖度まがいである。

 記事情報は、記者や新聞社の「忖度」が絡むと記事の表現の優先度が逆転するのだ。中日新聞の寄付の記事は、市長名が先で、寄付者はとって付けたように後回しである。中日新聞は、後世に残る良き「忖度」のお勉強教材を提供してくれた。なにせ公共の媒体を使って、「忖度してます」と宣伝しているのだから。

 大垣市行政を監視すべき中日新聞社が、その使命を放棄して忖度しているのだから、大垣が衰退するのも故あること。

 

2018-04-10

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2018年4月 5日 (木)

災害に弱い大垣市の恥晒し

新市庁舎だけ災害に強くなる

 新市庁舎の建設現場では、大きな看板で「災害に強い新市庁舎」とある。大垣市長が居座るビルだけは災害に強くても、大垣市民は災害に弱い状態を押し付けられている。

 2018年3月22日に、昨年9月の台風21号の影響で水没した大垣駅前高屋町交差点の地下道が、半年ぶりで開通した。その大垣駅前地下道の修復状況をみて、呆れた。たかが配線の修理に半年もかかっている。また半年間、閉鎖の原因になった配電盤が、屋上ではなく、前と同じ地下の中にあるのだ。大雨が降れば、また浸水して、防災に弱い大垣市の恥を晒すことになるだろう。新市庁舎だけが、防災に強い新市庁舎を作るようだ。なにせ市民税を岐阜市新市庁舎の5割増しのレベルで、税金を無駄遣いすれば、新市庁舎だけは災害に強くできて当たり前。市民の暮らしに直結する市の設備は、災害に弱いままである。可哀そうなのは、大垣市民である。

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亀の池の開所式が最優先

 この地下道の復旧日程も二転三転していた。当初の数か月間は復旧の予定日さえ記載されていなかった。なおかつ不要不急の亀の池の開所式に大垣市長の参列の華を添える為、やっと表示された復旧予定日の3月20日から、3月22日に直前に延期され変更になった。担当者の大垣市長へのゴマすりの極みである。また水没が予想されるこんな地下に配電盤を前と同じように置いてよいのか。また水没すれば、お金を業者にばらまけるので、めでたし、めでたし?

 大垣市は、市民の安全確保よりも、市長の開所式の参列が最優先なのだ。市民の安全を考えるなら、一日でも早い復旧に努めるべきなのだ。こんな大垣市民の安全を考えない大垣市長に、大垣市の未来を任せてよいのか?

2p1090930半年間の恥さらし

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市民の事を考えれば、一日でも早い復旧が常識

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これでは、大雨が降ればまた閉鎖

 

再発防止は眼中にない大垣市長

 数年に一回の大雨が降れば、また地下道が水没することが分かっているのに、同じ地下の位置に配電盤を設置してある。本来なら、再発防止として、地上に設置すべきである。将来、また水没させて、業者を潤わすつもりなのか。

 本来、この地下道は不要である。現在は殆どの歩行者は、地上のスクランブル交差点を利用して、地下道を利用しない。また将来も大垣市は、もっと老人社会になって、段差や階段が多い現状の大垣市街地では老人には地獄である。この地下道も全く利用されなくなるだろう。地上のスクランブル交差点を使い、地下道を使う人は、今でも少ない。

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 同じ構造の地下道が、南方向の1キロ先の郭町にあるが、それに対して横展開の再発防止がされた形跡がない。災害に強い街作りなら、当然、横展開をして、災害を未然に防ぐのが大垣市長の勤めである。

 前年に水没した室村町アンダーパス、林町アンダーパスの再発防止、大谷川の浸水被害での対策をしたという広報は伝わってこない。喉元過ぎれば、なんとかで市民の防災への忘却を期待して、市長は新市庁舎の建設に邁進する。

 

「大垣未来ビジョン」が語る大垣市長の本音

 『大垣未来ビジョン』(2018年3月発行)でも、「災害に強いまち いつ発生してもおかしくない南海トラフ巨大地震や集中豪雨などの災害に対しては、新市庁舎を中心とした公共施設の耐震化や治水対策、防災拠点の整備など、災害に強いまちづくりがすすんでいます。」と簡単に防災に関する記述があるが、その文面はあくまで「新市庁舎が中心で、他は二の次」であると、この「大垣未来ビジョン」で大垣市長の本音を出している。現状の地下道の復旧対策や、室村町アンダーパスの水没対策、大谷川の氾濫対策さえ、現在でもまともにできなくて、どうして大垣の未来が語れるのか。経営者の経営能力として分かることは、その気になればすぐできることが出来なくて、未来の改善など出来るはずがない、である。その水害も今日、昨日の話ではないのだ。『大垣未来ビジョン』で、とって付けただけの話では、話にならない。

 『大垣未来ビジョン』では、経済の基本の道路新設、改善政策も全く記載がない。これでは、大垣の経済での未来はない。

 

老人に冷たい大垣市

 2018年3月31日、股関節脱臼の手術をしてその後遺症を抱えた知人が大垣を訪ねてきた。彼と一緒にこの近くを歩いたが、この交差点で地下道の利用は拒否された。地上のスクランブル交差点を利用である。まさに大垣市の老人社会になる未来を象徴する事象であった。

 その老人に優しい未来ビジョンが、大垣市には欠落している。バリアフリーなど眼中にない大垣市である。「大垣市未来ビジョン」(2018年3月刊行)でも、「公営住宅等の維持管理」の項目でバリアフリーの一文字があるだけで、他には全く記述がない。後は押して知るべし、である。

 

経済活動を阻害

 この地下道があるため、大垣駅前の高屋町交差点が2車線から1車線に狭められて、大垣市内の交通の大渋滞の元凶になっている。それを放置したままにしている経済感覚が、お粗末である。大垣市長は金勘定だけはできても、近代経営の才はないと言わざるを得ない。

 改善案として、東西方向の出入り口を廃止するだけで、地下道も存続させたまま、地上の東西歩行の1車線を2車線に拡張できる。なぜそんな簡単な工事ができないのか。

 

2018-04-05

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2018年4月 2日 (月)

大垣市長のマネジメント能力は?

マネジメントとは

 「マネジメントとは、組織の成果を出すための概念である」と定義したのは、ドラッカーである。その組織をマネジメントする目的は、組織の使命達成と組織構成員の幸せの達成である。

 大垣市という商業都市の組織(就業者の69%が第三次産業)を、衰退させたのは、一見盛況になったように見える「大垣元気ハツラツ市」である。「大垣元気ハツラツ市」は、他市の業者だけを潤すだけの税金のカネ食い虫である。大垣市を衰退させて、その事実から目を逸らし、市民を騙し、「大垣元気ハツラツ市」に執着する大垣市長は、マネジメント失格者である。

 

呪いとして制癌剤

 大垣駅前商店街を活性化すると称する「大垣元気ハツラツ市」は、まるで制癌剤のようだ。制癌剤は、ガンを殺す目的は達成するが、回りの健康な組織も無差別に殺して、結果として患者の死期を早める。儲かるのは製薬会社と医療関係だけである。

 「大垣元気ハツラツ市」の開催日だけは、大垣駅前通りは多くの物見遊山の観光客で賑わうので、成果が上がっているかに見えるが、他の日は人通りなく長期的には衰退である。「大垣元気ハツラツ市」の当日でも、盛り上がっているのは大通りの中央で店を開いている露天商だけで、大垣駅前商店街は、廃業していない店は閉店している。当日は儲からないからだ。

 大垣市長は、大垣駅駅前商店街に呪い込めて完全犯罪として「大垣元気ハツラツ市」という毒薬を7年間も大垣市に盛った。長年、薬を投与しても病巣はひどくなる一方で、商店街の衰退という病気は少しも治らない。当たり前だ、毒なのだから。

 7年間の毒物投与で、大垣駅駅前商店街は壊死した。儲かったのは、商店街組合の一部の幹部と芸人派遣業者、他市の露店商、警備会社だけである。最大の被害者は、大垣駅前商店街と大垣市民である。

砂上の楼閣

 「大垣元気ハツラツ市」では、他市の観光客でにぎわうが、他市からの出稼ぎの露天商の店で飲み食いをして、地元の商店街には、お金が落ちない。イベントがある日だけ来る物見遊山の観光客は、大垣駅前商店街では買い物をしない。なにせ買えば荷物になり、車まで運ぶのが面倒である。それなら車を無料で停めた大垣駅北側の大規模小売店アピタで買い物をする。

 そして大垣市長の意図通り、大垣駅前商店街の昼間は61%の店がシャッターを降ろしてしまった街に落ちぶれた。結果として商業で成りったっている大垣市も寂れた。公示地価も、大垣市駅前一等地の高屋町の地価は下落の一途である。それに対照的に、東海道から大きく外れているが、観光で実績を上げている高山市の公示地価は上がっている。つまり大垣市長が、大垣を衰退させたので、大垣市民が貧乏になったのだ。大垣市長が、大垣市民の財産を目減りさせたのだ。大垣市という組織のマネジメント失格である。

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 2018年3月4日の「大垣元気ハツラツ市」。大通りを通行止めにして屋台が並ぶ

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 大通りに面した商店街は、中央部の屋台の繁盛とは別世界で、シャッターを降ろした店が続く

4dsc01378 大垣市長は、「元気ハツラツ市」の雛壇で、大垣駅前商店街のシャッターを降ろした店が並ぶ街並みには目を背けて、大垣スィーツのグランプリ表彰式に出てご満悦である。2018年3月4日

 営利目的の商店のコンテストに、なぜ大垣市長が公務として参加するのか。なぜ大垣市民の健康に悪いスィーツの宣伝に手を貸すのか。もっと市長としてやるべきことがあるだろう。

スィーツという名の毒

 そのスィーツには、ショートニング、マーガリン、バター、植物油、砂糖が多量に入っていて、現代病の遠因となっている。ショートニングは、主に植物油を原料とした食用油脂である。マーガリンから水分と添加物を除いて純度の高い油脂にして、パンや焼き菓子の製造などにバターやラードの代用として利用される。人体への影響として、水素添加の処理時に脂肪酸が一部トランス化し、トランス脂肪酸が生成される。このトランス脂肪酸が心臓疾患・アレルギーを中心とする様々な健康被害を引き起こす恐れが指摘されている。ショートニングは、食品への使用においては、北米や欧州の大半の国では規制されているが、日本では野放しである。

 植物油から作られるマーガリンは、バターよりも健康によいという印象があった。しかしマーガリンに含まれるトランス脂肪酸が健康被害を与える恐れが指摘されている。トランス脂肪酸は心臓疾患や現代病の一因である恐れがある。米国では食品中に含まれるトランス脂肪酸の量の表示や、量の規制が行われている。規制がないのは日本だけである。

 私は健康上の理由から、この種の毒の入ったスィーツは、ドクターストップである。美味しいものには毒がある。

 

マネジメント意識の欠如

 大垣市長には大垣という組織を繁栄させる責任がある。大垣市の責任者なら、下記の問題点を直視して対処しないのは、職務放棄か無能のどちらかである。

大垣市の公示地価の下落に対策がない。他市では上昇しているのに。

駅前商店街の61%がシャッターを降ろした。見て見ぬふり。「空いた店舗は、駐車場にすればいい」と広言する。

駅前商店街が幽霊街になっているのに気がつかない。

「大垣元気ハツラツ市」に7年間、1億2千万円を投じて、なぜ大垣駅前商店街の衰退が止まらないのかを考えない。

「大垣元気ハツラツ市」を止めてという商店街店主の声に耳を塞ぐ。

・イベントの運営でPDCAを回さない

・大垣市長として「大垣元気ハツラツ市」に来ても、運営責任者に案内をされて、行事の挨拶だけをしたら、街の実態から目を逸らすように、さっさと黒い公用車に乗って姿を消す。現地現物で、実体を見ようとしない。

・なぜ一商店街の営利団体の行事「元気ハツラツ市」に、また休日に、幼稚園園児や小学校児童を市長名で駆り出すのか。

防災、治水の意識が薄い。室村アンダーパスの水没、大垣駅前地下道の水没、半年間の放置。

経済の血流である道路行政を放置、交通渋滞を拡大させている。

・17年間の長期政権で、取り巻きはヒラメの役人ばかりで、市民の声を遠ざけている

 

「大垣市中心市街地活性化基本計画」の顛末

 大垣市駅前商店街の整備には「大垣市中心市街地活性化基本計画」で、市民税を大量に投じた。見た目だけは綺麗になった。しかし本来の目的の中心市街地の活性化には、全く逆結果で大垣市の衰退化に拍車をかけた。休日は、買い物歩行者皆無のシャッター通り化の幽霊都市を作り出した。市庁舎だけが立派になるだけである。まるで砂上の楼閣という中国の鬼城と同じである。見た目だけは金を投じて綺麗にしたので、土建業者だけは潤った。

 

2018-04-02

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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