2024年7月14日 (日)

太陽光パネル狂賛教団が来襲

 

  7月8日、ハウスメーカーの担当者が、町内に建てる新築物件の建築申請書に同意のサインを求めてきたが、私は拒否して追い返した。そうしたら、7月11日にその上司の課長2人が牙をむいて来襲してきた。

 

洗脳集団の攻撃

 ハウスメーカーの課長2人は、「本建築物は設計も終り、資材の手配は既に終わっており、今からの変更は契約違反となり、違約金が発生する。お客様にも迷惑をかける。だから変更は出来ない」で、サインしろとの一点張りである。その論法でまるで宗教団体への入会活動のようであった。長時間の洗脳説得で、強引に私にサインを強要してきた。私はその長時間の圧力に負けてサインをしてしまった。

 本来、建築内容を事前に提示してそれで問題の有無をお互い協議・確認してから、承諾確認のサインをするのが正当な手順である。それをすっ飛ばしてのサインの強要である。ハウスメーカーはお天道様に顔向けできない商売をしている。

 きっとS学会、統一協会等の宗教団体も、複数の教徒が狙った相手を追い詰めて、逃げられないようにしてサインをさせる。そういう手口なのだろうと推察した。サインしないと帰らないようで、「太陽光発電の推進教祖様が絶対正しい」と洗脳されている姿に、背すじが寒くなった。それで恐怖を感じてサインをした。人は洗脳されると、ここまで思考が停止して、狂気な行動を取る。その姿に恐怖である。

 

多くの新興宗教団の来襲を経験

 過去に私の家には、N佛宗の勧誘(2011年、2024年)、統一教会の勧誘(遠戚の親類夫婦でやってきた、2019年)、ネズミ講リーウエイの勧誘(2024年)、阿含教の勧誘(阿含経はオウム真理教がその手法を真似たといわれる、1980年頃)、と多くの新興宗教の狂徒がやってきている。その多くの姿を見て、なにか共通の空気を感じた。

 私が御しやすいとみられているのか、小金持ちのカモと思われるのか、心外である。私に信仰心があるのが、彼らの付け目かもしれない。

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急展開

 二人が帰った後、サインしたことで後悔の念で一杯になった。これでは、町内の皆さんの命、安全安心が守れない。

 「社会でやった失敗は、社会で解決できる。」それは50年前の職場で、私の配属先の指導員であった太田主任から教えてもらった知恵である。それを思い出し、それからあちこちの知人の社長に電話をかけて対応を相談した。青森の社長(お札の顔にもなった偉人のひ孫)にも電話をかけた。打開策を思案することになった。

 

後日談は続編で。

 

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  思案の書  馬場恵峰書

 

2024-07-13  久志能幾研究所通信 2878号  小田泰仙

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2024年7月13日 (土)

カネ儲けは未病管理で、それにつけても金の欲しさよ

 

 人生の最大の金儲けは、医者にカネを使わない事。医者通いほど無駄な出費はない。時間も取られるし、精神的にダメージが大きい。

 健康維持が最大の課題である。病気を防ぐには未病状態のうちに発病しないように対策をすることである。それが最高の金儲けである。病気になれば、カネを使いたくてもその気力も出ない。

 

 人生を最高に生きる最大の手段が、未病管理である。未病とは、「発病には至らないものの健康な状態から離れつつある状態」である。

 カネが欲しければ、自分の体を大事にすることだ。健康でないと、仕事も出来ないし、稼げない。金儲けもできなければ、使うこともできない。だから死んでもいいから?健康管理である。そのことを古希を超えて痛感する。

 

未病管理

 自覚症状はなくても、日頃の状態から異常と感じたら対策に動くことである。それがトヨタ生産方式の「予防保全」である。

 そのため、私は毎日、下記のデータを記録して、そのデータの数か月の変化を眺めては、体の異常を早期に発見するようにしている。要するに「視える化」である。

 下記項目の体温管理は、がんの再発予防のための大事な項目である。ガンは低体温体質だと罹患しやすい。女性のがんが激増したのは、狂った食生活、生活習慣で、低体温になって、免疫力が低下しているからだ。

 血圧管理は、血管内のプラークの体積量に変化を知るために、重要な項目である。血管内にプラークが溜まると、血液が流れにくくなり、自律神経が血圧を上げるように働く。その高血圧を降圧剤で抑えると、正常に血液が流れなくなり、結果として、がんになるし、認知症にもなりやすい。降圧剤は対処療法である。毛細血管が詰まると、組織の末端まで、血液が流れず、免疫酵素(白血球等)が届かなくなる。だからがんが発生しやすくなる。

 運動不足での筋肉量の低下も、がんにかかりやすくなる。筋肉には、抗がん作用がある。

  

 起床時間、就寝時間、睡眠時間

 体重(50g単位)、体脂肪率 (毎朝)

 最高血圧、最低血圧、脈拍数、体温(朝晩)、

 歩いた歩数、スクワット回数

 

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 上記は、私の体データ記入シート

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日本人の病気

 日本の年間の医療費総額が37兆円である。日本では単純計算で、年間100万人が生れ、100万人が死んでいくことを考えると、一人当たり、一年で医療費を37,000円使っている。

 平均寿命80年とすると、一生で296万円を医療費に使っている。健康保険の3割負担があるので、少ないと感じるだけだ。実際は、その3倍のカネが使われている。それは税金で賄われる。別費用で、税金で召し上げられているから、気が付きにくいだけだ。

 またそれはあくまで医療費の平均値で、付帯の費用は入っていない。がんになり、保険外治療を受ければ、医療費以外に付帯費用として数百万円が飛んでいく。私ががんになって体験したことである。私はがんになって500万円以上を使った。それには、保険外治療費、差額ベッド代、電動ベッド、愛知県がんセンターの研究機関への寄付金の費用も含まれる。

 その医療費は、50年前では、5分の一の59万円であった。

 当時、ガンになる人は、親戚やまわりにもほとんどいなかった。それが今では2人に一人ががんである。私もガンになった。何かおかしい!

 

 なぜこの50年で、医療費を5倍に増やしたのに、病気が5倍になり、医療費が5倍になったのか。なぜがんが5倍に増え、糖尿病が50倍になったのか。

 

原因

 その原因を吉野敏明医師は、小麦、植物油、砂糖、乳製品の摂り過ぎが原因だと断言している。私はその件を今までその情報をいろんな図書から得ていたので、なるべく摂取しないようにはしていた。

 そして食べ過ぎが病気の原因である。いままではつい食べ過ぎる傾向であった。今は意識して少食にしている。食べ足りなくて死んだ人はいないが、食べ過ぎで病気になる人が大半である。

 

 私はこの対策を打つ時期が遅れ、がんにはなった。しかし「改心」してなんとか今を生かされている。神仏に感謝である。

 

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2024-07-13  久志能幾研究所通信 2877号  小田泰仙

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2024年7月10日 (水)

人生を健全に生きる 「清く正しく美しく自然体」

 

 人生で一番大事なことは、人生を健全に生きること。

 健全とは、「清く正しく美しく自然体」である。これはオダ仏教の念仏でもある。

 

 「清く正しく美しく」とはトヨタ生産システムでいう5Sで、整理整頓清潔清掃である。健全とは、健康で自然体であること。健康とは、体と心が健やかである事。「全」とは頂いた命を全うすること。自然体とは、生老病死、春夏秋冬であり、宇宙根源の理に従うことである。

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人生のモットー

 宝塚歌劇団のタカラジェンヌのモットーは、「清く正しく美しく」である。

 自分は人生劇場の主人公である。お宝のような自分は、「宝ジェニー」(takara genuinee、私の造語)として、「清く正しく美しく、自然体」で人生劇を演じていきたい。

 

 人が生まれる確率は、1億円の宝くじが100万回連続で当たると同じほどの確率である(村上和雄筑波大学名誉教授談)。そんな自分の存在はお宝である。それも今の時代の日本に生れたのは奇跡である。中国でなく、ロシアでもなく、アフリカでもなく、戦争をしていない今の日本の時代に生れた幸せである。少し間違えば、昭和初期に生れ、特攻兵にされたやも知れぬ。私のご先祖のお二人は、一人はシベリアの土になり、一人はビルマの土になった。昭和20年のことである。

 

「宝ジェニー」(takara genuinee、造語)

 「genuine」という単語は、本物の、真正の、真の、純粋な、心からの、という意味の形容詞である。物事が本来の姿や性質を持っていることを現す。人が心からの感情や態度を示すことを表す。

 「genuine」の語源は、ラテン語の「genuinus」で、「自然に生じた」や「本来の」を意味する。また、「genuinus」は「gen」(生まれる、生成する)という語根に由来する。この語源からも、genuineが本物や真正なものを指す。(「実用日本語表現辞典」を編集)

 

不健全な人生 

 そんな大事な体を、不自然な生活(悪食、贅沢、我儘、怠惰な生活)を送るから、病気になり、人生を健全に過ごせない。誤った生活習慣、食生活を送るから、病気になり、その結果、終末に多額の医療費を使うことなる。病人は、病気でない人が払っている税金(健康保険)を浪費する罪びとである。

 病気になって、3割負担で医療費を払っても、「俺は病気になっても人様に迷惑をかけていない」という輩は無知である。その医療費の7割は、病気でない人の税(健康保険料)から払われている。日本人が健康におうちゃくになったから、現在は医療費が50年前の5倍の37兆円に激増している。

 過剰医療で、死の直前の体が受け付けないのに、無為な点滴や胃瘻をされ、苦しみながらこの世を去る羽目になる。それは美しくなく、宇宙根源の理に反している。

 

現在の惨状

 この50年間で、医療費は4倍に増えたが、糖尿病は50倍になり、がんは5倍になり、認知症やアトピー性皮膚炎は激増した。その原因は、1945年の敗戦後、占領軍の陰謀で、旧来の良き生活習慣、食生活が破壊させられたことにある。今まで食べなかった小麦、植物油、砂糖、乳製品が大量に消費することが強要された。

 そう考えないと、50年前、10兆円もなかった医療費が37兆円まで膨張したのに、病人が5倍に増えたことが説明できない。医療費が5倍に増えれば、患者は5分の1になるべきだ。現実は5倍に激増である。喫煙率が5分の一になったのだから、肺がんは5分の一になったはず。それが5倍に増えている。(よしりんチャンネルの情報)

 

 日本の医療体制と生活習慣と政治環境が「健全」ではなくなった。病気に対して、西洋医学の対処療法に終始した結果が、現在の悲惨な状況である。

 

人の一生

 人生を健全に自然体で過ごすとは、生老病死の人生を歩む事だ。人生は春夏秋冬で、世の中で黙々と真っ黒になって働き、時期が来れば静かに去っていく。それが正しい人間の生き様である。

 小池百合子東京都知事の様に、8年間も成果のないまま、任期(寿命)が来ても椅子にしがみ付き、経歴詐称、選挙違反、倫理違反、汚職疑惑でまみれて、延命治療のように、政権の終末期を送るのは、反「清く正しく美しく、自然体」である。その都政が健全ではない、との神仏の声である。

 

健全な姿

 国も東京都も会社も家庭も自分も、健全にあるべき姿で経営すべきだ。時期がくれば、指導者も老い、世代交代をする。それが健全な組織である。

 日本政界も徳川家康や吉田茂が今の総理大臣で居座っていては困るだろう。自分も後100 年も生きたら家族、孫、ひ孫が困るだろう。

 

生老病死、春夏秋冬

 国政、都政、市政等、どんなものでも、生老病死、春夏秋冬である。夏の盛りが済めば、静かにその座を去る。それが出来ない小池百合子、岸田文雄は、醜態の極みである。

 死にたくない(辞めたくない)と、延命治療(権力の座にしがみ付く)に多額の金(税金)を使うのは、自然ではなく、健全ではない。素直な目で見れば、異常さがよくわかる。

 

 人は生れた当時は、純粋で、素直で、自然体で生きていた。それが人間界の中で過ごしているうち、自分を守るため、エゴになり、病気になり(病気になるのも自己防衛機能)、凶暴になり、嘘をつき、欲にまみれ、堕落にまみれ、素直な人間界から逸脱していった。それでは人生を健全に全うできない。

 

病気の真因

 病気になったのも、内なる自分が自分を守るために起こした現象である。昆虫等の生き物では、危機に遭遇した場合、体が硬直して仮死状態になって、敵を騙す手段がある。同じ現象が人間でも起きる。ショックで気絶するのも、同じ原因である。ストレスでうつ病になるのも、本来持っている自己防衛機能である。だから鬱病を薬で治すのは間違いだ。その真因を見付けないと病気は治らない。

 15年程前、私もうつ状態になった。医者に行けば、確実にうつ病と診断され、薬漬けにされることが分かっていた。それで、自分で治療法を調べて、自分で治した。

 無知は人生を闇にする。情報と智慧こそ、人生を生き抜く「人生の灯台」である。

 

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  チェルファーの燈台(シシリア島)  2011年 著者撮影

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 ガンや糖尿病は、食生活やストレス過多で、生活習慣が異常だとの神仏からの啓示なのだ。手術でがん患部を除去しても、真因を除去しないとがんが再発する。

 

自然界の原則

 真の自分を振り返り、その病気になっら、なぜなぜと5回繰り返して、その真因を見付け、対処しないと病気は治らない。西洋医学は、対処療法が主体である。それよりも心療的に内観をして、あるべき姿の「清く正しく美しく、自然体で」と人生を見直したい。

 

 いくら難病を完治しても、何時かは死ぬのが人間(生物)なのだ。それが自然界の掟である。それを無理やり延命治療するから、本人には拷問になる。

 

 「死ぬ時は、死ぬのがよい」と一休さんも言っている。それが自然であり、社会のためである。

 

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2024-07-10  久志能幾研究所通信 2876号  小田泰仙

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防災倉庫の提案  空家の有効活用

 

 当町内は、公園があるので防災倉庫を新たに置く場所の選定には困らなかった。しかし周りの町内には公園のない街もあり、防災倉庫の設置に困っている例が多々ある。

 それで思いついた案が、空き家の利用である。当町内でも少子高齢化で、この20年で空き家が20%も増えた。人が減っているので、その活用は難しいが、その家を防災倉庫代わりに使う手もある。

 それには、行政の補助がないと難しい。空家でも一軒家を借りるとなると、月に数万円は払わねばならぬ。年間で数十万円となり、年間の会費収入60万円程の自治体では無理がある。

 屋根付きの車庫を借りても、月に1万3千円ほどかかる。年間で15万円ほどの賃料が必要で、平均的自治会レベルでは、大きな負担で払えない。10年もかりれば総額150万円になってしまう。

 

空家の借り上げ

 行政が防災の整備として、空家を借り上げて、各自治体に提供するという案である。そうすれば必要な資金も限定的である。その対象は、大垣市内の中心部で、防災倉庫を建てる公園のない町内のみに限られる。

 行政も別途、防災倉庫を建てるための補助金を出すより、既存の空家を活用したほうが総合的によい運営となるだろう。大垣市は防災に力を入れているというイメージアップにもなる。

 

2024-07-09  久志能幾研究所通信 2875号  小田泰仙

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2024年7月 8日 (月)

太陽光パネル、建築申請で押印を拒否

 

 真の防災とは、災害が起きてから対処する(泥縄)のではなく、その前に被害が拡大しないように対策をしておくことだ。

 その対策の一つが「住宅密集地での太陽光パネル設置の禁止」ある。私の町内では、それを推進している。

 日本では何時、どこで大災害が起きるかもしれない。能登半島地震、熊本地震、阪神淡路大震災も、その地震が起きるとは予想されていなかった場所で、想定外に突如として起きた災害である。明日は我が街なのだ。

 

怒り心頭

 今日(2024年7月8日19:30)、Sハウスメーカーの岐阜営業所の担当者が、大垣市に提出する建築許可の印をもらいに防災担当の私の家にやってきた。私は地区の消防団の役員になっていて、月一回の定例会合に出席している。

 先日、その土地の境界線の現場確認の際、不動産屋の担当者に、「当町内では、新築の際、太陽光パネルの設置は止めて欲しい」と土地の購入者への伝達をお願いしたばかりである。その話が、その不動産屋から、その購入者とハウスメーカにその話が全く伝わっていない。私は怒り心頭である。住民の命にかかわることだ。

 先日もこの不動産屋には、他県の私の物件の取引で、煮え湯をのまされたばかりであった。それでその不動産屋を全く信用できなくなった。

 

 また太陽光パネルを勧めるハウスメーカーも信用が出来ない。それで家屋の価格が上がるし、近い将来、お荷物になるであろう装置を付属して売る商売姿勢では、信用できるハウスメーカではない。

 太陽光パネルの材料は、イタイイタイ病の原因物質であるカドニウムである。その廃棄の際、多大の費用が発生する。

 

太陽光パネル火災の消火

 太陽光パネルを設置した家屋が火災になった場合、消火できないわけではなく、特殊な消火液を使った消火をする必要があるという。太陽光パネルの設置した家屋の火災の場合、それに対応出来る消防車の数も限られているし、消火活動が制限される(2024年初、大垣消防署の広報担当に問合わせした結果の回答)。

 

久志能幾研究所通信: 太陽光発電は危険  巨大地震で感電死を誘発

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我が街の取り組み

 それなら南海トラフ大地震のような大規模災害が起きて、各所で火災が起きた場合、太陽光パネルが設置された家の火災の消火作業は一番後回しにされるだろうと私は推測する。その際の隣近所への延焼が危惧される。

 私は住民の命を守る責任上で、太陽光パネルの新規設置を禁止としている。大規模災害が起きた際、街を炎の地獄にすることは避けねばならぬ。だから私は新築許可申請書に印を押さなかった。

 昭和20年7月の米軍による大垣大空襲で、室村町4丁目は火の海になった。80年後の現在、中国産の太陽光パネルが原因で、我が町を火の海にする恐れのある事態を黙認するわけにはいかない。

 

再生可能エネルギー賦課金の問題

 現在、再生エネルギーの普及のためと称して、一世帯当たり1万円の増税となっている。太陽光パネルの設置の家庭は儲かるかもしれないが、全国民がそれを(知らされずに)負担している。

 これで諸物価が上がり、一世帯当たり約5万円の負担になっている。これでCO2は2.5%しか減っていない。

 太陽光パネルの結晶シリコンの世界の45%はウイグル地区で生産されっている。ウイグル族虐殺の噂のあるあの地である。残りの30%がウイグル以外の中国である。中国の生産は75%になっている。日本の太陽光パネルの8割が輸入品である。

 

太陽光発電の闇にくすぶる火の手

 再生エネルギーのカネの闇

 政府は再生エネルギーの推進のため、電気代に再生エネルギー税が上乗せされている。多くの人はそれに気が付かず、支払っている。一般的な3人家族の家で毎月約1,300円の再生エネルギー税が有無を言わさず、徴収されている。電気明細を穴のあくほど見てみよう。

 敵もさる者、電気使用明細は、多くの人が見えないように電子化されて、郵送されなくなっている。特別に申請して月100円を払わないと、容易には見えない。敵は狡猾である。

 その再生エネルギー税の金の一部が、太陽光発電の家が売電する金が回されている。当然、今までにないカネが動けば、裏でその金の一部をチューチューする人間がいる。だからやめられない、止らない。

 つまり、太陽光発電で儲けた金は、一般家庭で広く浅く巻き上げられいる税金で賄われている。

 

 太陽光発電は、導入した後もソーラーパネルのメンテナンス費用がかかる。具体的な項目と費用は、次の通り。

 

 定期点検:1~2万円

 ソーラーパネルの清掃:3~6万円

 パワーコンディショナーの交換:20~30万円

 

 発電量50kW未満の産業用太陽光発電設備の場合、メンテナンス費用の相場は年間10万円〜15万円とされている。

 

天候が悪い日の発電が難しい

 発電に太陽光を必要とするため、天候が悪い日や夜間には発電できないというのは大きなデメリットである。梅雨や冬期などは長期間発電できない時期があり、その場合は電力会社から買電しなくてはならない。

 蓄電できる設備を導入して余剰電力を貯めておくといった対応は可能だが、買電のために追加費用が発生する。

 

 2022年3月に公表された、環境省の「令和2年度 家庭部門のCO2排出実態統計調査」では「美しい話」が公開された。2022/10/27

 

太陽光パネルの火災が起きても放水できない?

 一時期、SNSで「ソーラーパネル火災は水での消火が不可能です。東京みたいな密集地で火が出たら、一体どうなるのか」という投稿が話題となりました。太陽光パネルが燃えている動画を載せて、太陽光発電の普及促進およびメガソーラー建設反対を訴えていました。
 こうしたSNSの投稿による情報が独り歩きして、いつしか「太陽光パネルの火災は水で消えない」と言われるようになったのです。毎日新聞社が総務省消防庁消防救急課に取材を行ったところ、「他の火災と同様に放水で消火している。太陽光パネルだから水を使えないという事実はない。太陽光パネルを設置した住宅火災の放水消火は各消防本部で普通に実施している」と回答しています。
 感電を伴うために注意は必要ではあるとしましたが、火災に対し放水できないという事実は存在しないと、ネット上の情報を否定しています。とはいえ、火災を発見したからといって、素人がやみくもに消火しようとするのは非常に危険です。すぐに119番通報するようにしてください。

 

そこまで過度に気にする必要はなし

 前述の「住宅用太陽光発電システムから発生した火災事故等」に関する報告書は、一定の条件で火災発生リスクがあるとしたものの、太陽光発電そのものが危ないと訴えかける意図はありません。住宅用太陽光発電システムから発生した火災事故等に関する事故情報は、2008(平成20)年~2017(平成29)までに、事故情報データバンクに127件登録されています。72件が調査対象で、モジュールまたはケーブルから発生した火災事故などが13件です。その他は、パワーコンディショナーや接続箱などが原因となった火災とのことです。
 100件以上の事例があると聞くと、太陽光発電への心配が募ってしまうかもしれませんが、住宅用太陽光発電の累積設置棟数は、2018年10月時点で全国に約237万4700棟です。火災発生確率を計算すると、なんと0.000053%。航空機に乗って死亡事故に遭遇する確率が約0.0009%と言われていますから、飛行機の墜落事故に遭うより低い確率ということです。
 これから太陽光発電を設置予定の方は、安心してもらって大丈夫です。すでに設置されている方は、設置方法の確認や定期的なメンテナンスをしっかり行えば問題ないでしょう。

 

環境省の「令和2年度 家庭部門のCO2排出実態統計調査」で。2022年3月公表

 

 以上はあくまで「美しい」眉唾の公式見解で、太陽光パネルの設置を推進して、裏金を作りたい側の見解です。真実は不明です。

 2017年、太陽光パネルを屋根に設置したアスクルで起きた火災が、12日間も燃え続けたという事実から目を背けてはならない。太陽光パネルが燃えだすと、燃え尽きるまで、消化ができない。ドイツでは感電で消防士が死亡している。

 

2024-07-08  久志能幾研究所通信 2874号  小田泰仙

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2024年7月 6日 (土)

大垣市、命を軽視。防災倉庫の建設に苦節3年

 現有の町内の小型の防災倉庫内は雑品が一杯で、防災備蓄品を入れる余地が全くない。災害が頻発する昨今、今ある小型防災倉庫を大型の防災倉庫に建替える計画をした。やっとこの7月4日、防災倉庫を建てられた。ここまでに苦節3年の苦労があった。

 その過程で、大垣市行政の矛盾と不合理を目のあたりにした。

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 左側の倉庫が新設大型倉庫 (旧の倉庫の3.9倍の容量)

    右側は旧の小型防災倉庫(後日撤去予定)   2024年7月4日

今回の防災倉庫建設の過程で判明したこと。

 大垣市は危機管理体制が不十分、

 大垣市役所内部署の縄張り意識が強く、市民の自衛活動を妨害、

 大垣市役所は市民の命を軽視、

 大垣役人の防災意識レベルが低い、

 危機管理室は市民の命のことを無視、

 役人は、人命より自分達で決めたルールが大事、

である。まさにそのレベルの低さに嘆くばかりである。

 本来なら、市民の命を守るため、防災倉庫は行政が準備すべきと思う。自治会は、行政がやってくれないので自衛のため防災倉庫を建て、そこに防災用品や備蓄品を用意しているだけだ。政治の貧困の現れである。

 

無駄金の強要

 防災倉庫を建てようと、お役所の言う通りに動けば、その建築確認で30万円を無駄にふんだくられる。防災倉庫を建てるには、一級建築士にその建設可否の確認を依頼せねばならぬ。

 懇意の一級建築設計士の助言で、新規の防災倉庫を「増設」にして、後日、旧倉庫を撤去することにすれば、建築確認は不要であることが分かった。しかしそれをお役所は教えてくれなかった。なぜ市役所はその助言をしないのか。

 

市民イジメ

 防災倉庫購入の申請は、前年度の半年前に、予備申請をしておかないと、当年に補助金が下りない。そのため、私の自治会では1年が無為に過ぎた。たかが15万円の補助金を授けるにあたり、市役所は偉そうな態度で補助金のお下げ渡しである。もともと我々の税金なのだ。

 大垣市として、15万円×500自治体=7,500万円の防災備品の補助金予算である。一自治体の15万円などは誤差範囲であるはず。それを形式的な愚民政策で、1年前に計画して「お殿様、補助金をお下げ渡しください」と概算予算申請をせねばならぬ。その手続きを踏まねば補助金は下りない。

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時代遅れの大垣市行政体制

 この情勢変化の激動の時代、時代遅れの政治である。予算作成時、まず防災の予算を確保して、必要な申請をした自治会に臨機応変に予算を配分すればよいだけなのだ。そうすれば、概算要求という手間が省けて、業務改革ができる。

 大垣市の危機管理室は、無駄な手続きを作り、自分達で無駄な仕事を作り、大垣市行政を非効率で質の悪い行政にしている。

 大垣市の令和6年度の全体予算は1780億円である。そのうちの15万円が出せないと言う、全自治体でも総額7,500万円(たったの0.04%)である。その比率の少なさで、大垣市の無気力が露見している。

 大垣市は市民の命を守るための予算には吝嗇である。それでいて自分達の御殿(市庁舎)は県下一豪華である。大垣市は、市民の命軽視、自治会イジメ、市民イジメである。

 

補助金額を増額

 私は危機管理室のT室長と各1時間、2回の打ち合わせして粘った結果、「年間15万円の補助金」「2年間で30万円の補助金」に変更になった。1年目で30万円の補助金をもらうと、翌年は補助金ゼロである。増額と見せて、実質的に市役所の出す総費用は増えない。人を馬鹿にしているが、一時に85万円の倉庫を購入する時にはありがたい処置である。

 しかし、そのルール変更の内容を危機管理室は公開していない。一般の人は、今でも年間15万円しか補助してもらえないと思っている。なにかおかしい。

 

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予算のやり繰りで苦労

 大垣市の平均的な規模の自治会(約100世帯)では、年間の自治会費の総収入は約60万円である。その予算規模で、一時的に85万円の倉庫の購入費用を捻出するのは、大変である。倉庫購入等の一時的な大型投資の場合は、行政の補助金制度を見直すべきだ。

 年度の町内防災備蓄品の更新や新規防災備品を買うだけでも、年間15万円の補助金だけでは足りない。その状況で高額な約85万円の倉庫など、並の苦労では買えない。

 

四角四面

 「公園に防災倉庫を設置する場合は1台のみ」という「公園みどり課」の厳しい掟がある。そのため設置場所の選定に苦労をした。何度も市役所に足を運んだ。。役所の人間は四角四面の約束事を押し付けてくる。市民の命より、役人どもが自分達で勝手に決めたルールが大事と、それを市民に押し付ける。

 災害時の緊急事態を想定してるのに、論理が本末転倒である。これだけ自然災害が頻発しているのに、その対応が泥縄である。情けない。ルールは(状況により、市民の為に)変える必要がある。今の役人は保身第一のため、市民の危機状況が分からないようだ。

 

大垣市への要望

 防災倉庫等の大型投資(自治会にとって)には、特別の補助金制度を作って欲しい。今回、大型の倉庫にしたが、将来的にはこれでも容量的に足りない。

 防災倉庫用の土地の利用には、建築確認の費用の補助とか、優先利用を検討して欲しい。

 防災備蓄品への補助金を増やして欲しい。

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2024-07-05  久志能幾研究所通信 2873号  小田泰仙

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2024年7月 2日 (火)

「みとりし」上映後、死神が来たりて笛を吹く

 

 「みとりし」上映会で奇遇な縁が舞い込んだ。「みとりし」の上映会後、1週間が経ったころ、知人が「訪問したい」と電話をしてきた。用は何かと聞いてもハッキリ言わず口を濁すだけ。

 6月29日(仏滅)、木戸ホールの改造の打ち合わせを音響の専門家M氏とした後、16時頃、知人は二人連れで訪問してきた。連れの人とは面識が無い。名刺を見たら中小企業の社長であった。結論として二人とも死神だった。訪問目的はN宗への入信勧誘であった。

 

11年前の入会勧誘事件

 N宗の幹部信徒は、11年前にも自宅に押し掛けてきた。(ブログ参照)

 

久志能幾研究所通信 : 私はこれ(小指)で、※※をやめました (enjoy.jp)

 

 その信徒は自身で営業活動もしていた社長だったし、G経営研究会の元会長でもあったので、説明も弁舌サワヤカで、説得力があった。その信徒は、私への説得が難しいと悟り、後日、岐阜地区の親分の所(Y会計事務所所長)に私を連れていった。そこでその親分は仏教関係の資料を見せながら高圧的に入会を説得してきた。思わず入会の意思を示したが、後でネットを調べたら、とんでもない新興宗教団体であることが判明した。それで脱兎のごとく逃げた。

 

今回の入信勧誘事件

 その信徒が、先日の「みとりし」映写会の新聞記事で、私をカモと思い、押しかけてきたようだ。あな怖ろしや。ある美術館の館長さんの言葉では、「おださんはそのイベントで、有名人、金持ちと認定されたので喜ばしいく名誉なこと」だと。しかし名誉には危険が伴うのだ。

 11年前に比べると、今回はド素人のような入会勧誘内容であった。その社長も営業出身ではないようだ。私は懇々とその死神を諭して、お帰り頂いた。

 

 二人は勧誘に対して熱意もないし、説得の技術、勧誘のテクニックもなく、単にノルマで勧誘に来たようだ。それも過去の営業記録もなく過去の勧誘されていたことも知らないというお粗末な勧誘方法であった。

 

相手を占う

 相手は従業員数80名弱の中小企業の社長で、50~60歳代である。2代目のようで、一見全く苦労をしていないしまりのないの顔である。ボンボンのように見えた。少し異様な風貌で、決して付き合いたいとは思わない顔相である。

 そうか、知人はこんなレベルの人と付き合っているのか、と愕然とした。人は、付き合っている人でもその人格が評価される。ご用心、ご用心。

 私は観相学の知識があり、それで観相をするし、説得の占い(テクニカルライティングに則った評価)もする。資料占い、名刺占いもする。それからみると全ての項目で落第である。それでよく社長が勤まるかと呆れた。二代目だから社長に居座っているのだろう。だから新興宗教に引きずり込まれて、ノルマでいやいや勧誘をしているようだ。その営業?説明のレベルは、11年前よりかなり落ちていた。その宗教団体も化けの皮が剥がれてきて、会員の質も劣化してきたのだろう。

 

N宗教団体の実態

 それでも入会金38万円は変わらず、入会秘密儀式も京都で2日間と同じである。入会すると、なんだかんだと年間数十万円~数百万円をむしり取られる。その教団の本殿の建設費を信徒数で割ると、一人当たり1千万円以上となる。

 ご奉仕の名目で、遠方の教団御殿の早朝の時間指定の掃除に駆り出される。現地に行くまでの遠距離運転と掃除の労働の疲労で、帰宅時に交通事故を起こし、死亡している会員も多いとか。

 いわば統一教会やオウム真理教のごとく、搾取され殺される。まさに死神である。脱退しようとすると、信徒が大勢で押しかけてきて、「脱会すれば無間地獄に堕ちるぞ」と家の回りで大騒ぎをするという。

 一緒に大騒ぎをする信徒も、真面目に大騒ぎをしないと脱会を考えていると疑われる。そのため、疑いを避けるために必死に大騒ぎをせねばならぬ。この大騒ぎは、脱会しようとする信徒に、そんな気を起こさせないための見せしめの儀式でもある。

 オウム真理教の教団内でのリンチ殺人事件でも、一緒にリンチをしないと自分が殺されるので、必死にリンチに加わる。狂った宗教集団は、そんな怖ろしさがある。

 「無間地獄に堕ちる」には、正式には親殺し等の極悪非道の罪を犯さなければ、その地獄に行く資格がない。それを持ち出して脅迫するのはお笑いであり、無知の極みである。宗教の脱会の自由は日本国憲法で保障された権利である。

 なお正式の仏教では、勧誘行為は戒律で禁止である。入信希望者を拒みはしないが、寺院側からの勧誘は禁止である。自分の菩提寺が新規に檀家を募集しているなど聞いたことがない。勧誘禁止はキリスト教でも同じで、128派あるキリスト教でも、ごく少数派が勧誘をしているだけである。

 

撃破

 私の仏教知識と5トンの書籍の現物を見せつければ、仏教知識に素人のような二人を諭すのは、赤子の手をひねるようなものであった。二人は尻尾をまいて帰っていった。

 二人とも、仏教の本質とは何か、原始仏教と現代の仏教の差は何か、生きるとは何か、宗教とは何か、仏教の歴史、現地現物のあり方はと問うても、答えられない。彼らにはそんな知識も意識もなく、それを考えるという発想もなく、教団からの洗脳された教えをそのまま顧客?(カモ?)に伝えているだけだ。それでは相手を説得できない。

 

平安時代の貴族並み

 彼らがこの宗教団体に入ったのは、自身の病気や経営問題があり、解決のため安易な道を選んだのだろう。それは自身に災難が降りかかると、平安時代の貴族の様に、ご先祖様の祟り、悪霊が取りついたと思い、それを加持祈祷で解決しようとするのと同じである。新興宗教団体の教えは、その加持祈祷の類と同じである。

 我々は平安時代から1300年も経った現代に生きており、科学技術の恩恵を受け、その知識を持っている。なぜ病気になったか、なぜ経営が上手くいかないか、何故なぜを5回繰り返し、真因を探る手段を講じればよいだけだ。

 病気になったのは、生活習慣、食事習慣が間違っていただけだ。会社の業績が上がらないのは、経営が原理原則に則っていなかっただけだけだ。そう考えて自分で問題を解決しないと、新興宗教団体のカモとなる。

 

怖ろしさ 

 この宗教団体を、N宗と表現したのは、相手は強力なIT部隊を持っており、ネット上で都合の悪い情報があると、改ざんや削除をしてしまう。そんな怖ろしい団体であるから自衛せねばならぬ。Wikipediaや2チャンネルの情報でも改ざんしてしまう。だからネット上の情報は疑ってみないと騙される。私は目を付けられてネット攻撃を受けないため、N宗と表現した。この宗派の問題は『週刊新潮』が頻繁に取り上げている。

 

極楽ポイントで死の勧誘

 前回のリーウェイ勧誘もN宗も両方とも初期費用が38万円、39万円と絶妙な価格設定である。その価格帯が極楽ポイントのようだ。リーウェイ勧誘やN教勧誘が世に蔓延るのは、政治が悪い。政治が悪くなると、世が乱れ、人は安易な金儲けや宗教にその解を求めがちだ。怖ろしいことだ。

 オウム真理教事件が起きたのは、30年前だ。新興宗教団体の恐ろしさが解明されたのに、いまでも統一教会事件のような事件が起きる。統一教会のような団体に人生を狂わされると、安倍元首相暗殺という事件さえ起きる。安倍元首相の存在の有無が、日本国家の安全に影響する。そんな恐ろしさである。

 宗教狂団は貴方の財布を狙っている。ご用心、ご用心。看取られる前に「殺されて」は、安らかに死ねない。その宗派は、葬式となると、葬儀を取り仕切り、全ての香典を持ちさってしまうという。それはS学会と同じである。

 

救いと感謝

 11年前は、もりわじんの「招き猫」が死神の勧誘の危機から救ってくれた。今回は我家の三尊が見守って私を救ってくれた。三尊とは、松本明慶師に彫って頂いた虚空蔵菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩である。文殊菩薩の知恵と普賢菩薩の賢さで、物事を判断しよう。宇宙根源の理に従って生きよう。それを教えてくれる仏様達である。

 今回の事件で、知識と知恵で対処することが出来た。宇宙根源の法則に則って、人生とは何かを問い、邪悪な輩を追い返すことが出来た。感謝です。

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松本明慶大仏師作 普賢菩薩像、虚空蔵菩薩像、文殊菩薩像

 

2024-07-02  久志能幾研究所通信 2872号  小田泰仙

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2024年6月30日 (日)

結婚式場の撮影体制に問題あり、仕事道具は命

 

式場の映像機器の不備

 私は映像、写真分野に興味あるので、今回の結婚式場の記録方法に興味を抱かされた。二人との事前打ち合わせでビデオ撮影は、結婚式場側に任せることにして、私はスチールカメラを2台持ちで対応することにした。

 当日にその機材を確認して、結婚式場の機材の選定と撮影体制に問題があることが判明した。この世界は撮影技量が高い低いではなく、機材の性能差で出来栄えが支配される。それは戦争時と同じだ。いくら士気が高くても、性能の良い兵器の前には、無力である。仕事とは戦争である。だから私は道具に拘っている。道具は命なのだ。

 大事な姪の結婚式だ。二人の一生で一番大事な一瞬を、一番良い道具で、出来る限り最高の状態で記録に残してあげたい。そんな想いを込めて私は撮影した。思い出こそ人生なのだ。その記録の価値が分かるのは30年後なのだ。

 結婚式場の映像は、スチールカメラにも力を入れるべきだ。動画と同等の資材を投入すべきである。現状の人員を2倍にして、カメラにも投資をすべき。

 結婚式場もサービス産業として、どれだけ顧客満足を高めるため、そこに力を注ぐかでどうかで一流とそれ以外に分類される。顧客の真のニーズを把握しないと、結婚式場の未来はない。これは経営の問題である。結婚式場の社長の問題である。

 

スチールカメラ

 当日に確認したら、結婚式場側のスチールカメラはCANON5D markⅢ(2008年12月発売、2230万画素)の一眼レフである。担当カメラマンは一人で撮影している。この機種は一眼レフのシャッター音が響く。厳粛な結婚式の場では静粛であるべきなのに、と思った。

 そのレンズはCANON 70~200mmF4である。永遠に残る一生に一度の写真を撮るのだから、F4の普及型のレンズではなく、F2.8 の一段上の上級レンズにして欲しいと思う。結婚式場はそれで商品価値を高めるのだ。

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  カメラマンは一人、CANON5DmarkⅢ ,レンズは 70~200mm F4

 

ビデオカメラ

 結婚式場側のビデオカメラは、約60万円のプロ用機材で、2台を2人で撮影している。この機材は、私が欲しいと思う垂涎の的のビデオ機材である。しかし価格が高く、私には手が出ない。

 私所有の愛用ビデオカメラはパナソニック製の約10万円の機材である。結婚式場側のビデオ機材は流石ではある。

 

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 ビデオ担当は二人。

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 私には垂涎のビデオカメラ

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  ビデオ担当は二人。

  リムジンの中にも一人のカメラマンが撮影中

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  ビデオ担当は二人。


 二つの機材を比較するとスチールカメラがあまりにお粗末である。担当カメラマンは結婚式業界が不景気で、カメラに予算を回してもらえないと嘆いていた。

 カメラマンは一人で孤軍奮闘していた。まるで戦争末期に、米軍の物量と最新兵器の量に押されて苦労をしていた日本兵のように見えた。

 それの根本原因は日本経済停滞の元凶である政治が悪いのだ。国民はもっと政治に関心を持つべきで、最低でも投票に行くべきだ。

 

 

私の機材

 私は2018年、河村義子先生の演奏会を撮影するため、一眼レフCANON5DmarkⅢからミラー音のないミラーレスカメラに切り替えた。レンズは 70~200mm F2.8である。演奏会会場では、一眼レフのシャッター音はご法度である。

 私の使用機材は、Sony α7RⅣ+24~105mmレンズ(2021年12月発売、6100 万画素)とSONY α9+70~200㎜F2.8レンズ(2017年5月発売、2420 万画素)の二丁拳銃で、撮影をした。両機種とも無音のミラーレスである。特にSONY α9は暗い場所で、動きの激しいバレエ演劇も撮影可能な動態用高感度カメラである。

 感度を10,000以上に上げても色つぶれもなく、ノイズもほどんどない。

 

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   SONY α9+70~200mm F2.8

   SONY α7RⅣ+24~105mm F4

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 バレエ公演の撮影サンプル  2018年12月8日 クリスマスコンサート(リハーサル)

           大垣音楽堂  林葉子バレイアカデミー、河村義子先生 音楽監修

  動きの激しく暗い中での撮影には,無音のSONY α9が必須である。

  ISO12,800   シャッター速度 1/1000  絞りF4

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ディジタルカメラの世界

 スチールカメラとビデオカメラを見れば、式場がどこに力を入れているかが明白である。結婚式場は映像に力を入れている。

 ディジタルカメラは、パソコンと同じで日進月歩である。1年毎に新製品が出る世界である。それが16年前の一眼レフカメラとは絶句である。CANON 5DmarkⅢは、確かに当時は最先端のカメラで、私も使っていた機種である。しかしCANON 5DmarkⅢの後継ミラーレス機を待っていても、なかなか発売されなかった。私はしびれを切らして、私はCANONからSONYのミラーレス機に変えた。今までのレンズ資産があるので、切り替えは大変だった。

 演奏会で撮影するためは、シャッター音のない、高感度が許容できる、新しいミラーレス機が必要であった。レンズ性能はCANONに分があるが、CCDではSONYに軍配が上がる。またCANONは開発力があるが、大企業ゆえに新製品を出す速度が、SONYに負けて遅い。

 また馬場恵峰先生の書画を撮影するためには、高画質のカメラが必要で、そのためCANON 5DmarkⅢからSONY α7RⅣに機種を変えた。出版にも対応するので、少しでも高画質な機種が必要である。

 

思い出

 思い出としてビデオも良いが、それを再生する時、長時間を要する。写真なら、パラパラとめくって瞬時に当時の思い出にふけることが出来る。映像業界の人は、15分以上の映像には価値がないという。だから長時間の映画が廃れ、短時間の映像のYouTubeが流行っている。

 だから私は、高性能のスチールカメラでの撮影に拘っている。ビデオは早送り機能もあるが、ディスク上の映像だと、早や送りの機能に制限がありイライラする。

 私の書庫に昔のカセットテープやビデオテープを保存しているが、その音声記録を再生することは滅多にない。しかし昔の写真集は頻繁に見直している。写真は一目見れば、当時の記憶が鮮明に思い出される。ビデオや音声テープではそうはならない。聞くには、時間を確保して構えなければならぬ。

 

覚悟

 昔の思い出に浸る時は、年老いていて、人生の残り時間が少ない時なのだ。その時間は有効に使いたい。

 死ぬ時には、昔の思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡ると言われる。その時に昔のビデオが再生されるわけではないようだ。やはり思い出の記録は写真である。

 

 

 

2024-06-28  久志能幾研究所通信 2871号  小田泰仙

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2024年6月28日 (金)

名古屋の結婚式風景を諦観する

 

 先日、姪の結婚式に参列した。四半世紀ぶりの結婚式参列である。退職してから、その種の式典には縁がなかった。

 今回、結婚式に参列して感じたことは、昔に比べて結婚式はショー化している、である。その進み過ぎには疑問をもったが、もともと名古屋の結婚式はド派手である。しかしそれは先人の知恵で、ド派手にして、二度とあんな大変なことはしたくないと思わせ、離婚を踏みとどまらせる手段でもあるようだ。

 姪の結婚式も、当初、本人たちは、身内の関係者だけでこじんまりとやろうとしていたが、各所からの圧力?に負けて、正式のド派手結婚式に変更になったようだ。めでたしめでたし?である。

 

結婚式の舞台風景

 結婚式では、式場の教会で神父の前で誓いの言葉を交わし挙式、チャペルの鐘に送られて白いリムジンで出発である。人生の晴れ舞台なのだ。人生舞台の演劇の主役と思えば、恥ずかしくもなく演じられる。(古い価値観の私が当事者なら、恥ずかしすぎて逃亡である。)

 本人たちは仏教徒であるので、教会で挙式を挙げるのに私はわだかまりがあった。しかしよく考えると、キリスト様は「愛に命を捧げた教祖様」だから、その場の担当としては、グローバル経済主義上で適任なのだと納得した。

 披露宴では、白いスーツと白い洋装、お色直しで華やかさが際立つ色打掛である。女性にとって花嫁姿は夢なのだろう。

 披露宴の料理はフランス料理に和食のてんこ盛りである。フランス料理に刺身、赤飯、吸い物では違和感ありである。更にウェディングケーキまでおすそ分けで振る舞われた。さすが名古屋の結婚式場のスタイルで、脱帽、満腹である。

  結婚式が派手なのは、日本経済活性化には良いことだ。たまには人生の最大のお祭りとして羽目を外すのは良いことだ。

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テクニカルライティングの検証

 披露宴で残念だったのは、主賓の挨拶がだらだらと長かったこと。テクニカルライティング上で、「何が言いたいのだ?」と突っ込みを入れたくなった。場所柄、立場上でそれも言えず我慢であった。

 それを踏まえて私の乾杯の音頭の挨拶は、「言いたいことは3つ」と結論を最初に言って、簡潔に述べた。

 

 

 主賓の挨拶が、だらだらと長いのは昔からである? それで私はその人の仕事能力を計っている。そんな人が会社幹部だと、その人とその会社の将来が心配となる。

 言葉とは言霊である。その使い方、構成の仕方次第で、その人の運命が支配される。その言葉の影響を一番多く受けるのは自分なのだ。

 

 

2024-06-28  久志能幾研究所通信 2870号  小田泰仙

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2024年6月26日 (水)

観魂学で「みとりし」上映会とLINEを観望する

 

 2024年6月19日、23日に大垣市木戸町の木戸ホールで、「みとりし」映写会と講演会を開催した。参加者は両日とも15名である。新聞に開催記事が掲載されたので、多くの人から問い合わせがあり、参加してもらえてうれしかった

 本来の対象者は私の町内からであったが、その参加者は予想外に少なかったのが残念であった。この会の趣旨は、町内で、昨年夏の孤独死で腐乱状態での発見事件をきっかけとした、再発防止の啓蒙活動の映画会・講演会であった。

 

 岐阜新聞社、中日新聞社、大垣ケーブルテレビが取材にきてくれたので啓蒙活動の第一歩としては成功だろう。今後、地道に活動をしていくので、最初から大々的に進行しても続かないだろう。それを思えば良きスタートであった。内容が重たいので、ボチボチやって行けばよいと達観している。

 

抵抗感

 「看取り士」というと、やはりまだまだ色眼鏡で見られる。死を連想して拒否反応をする人が多かった。お嫁さんに親の参加をお願いしても、親の死を早く望んでいるのかと思われるのが嫌で映画会への参加を勧めがたいと言う。本人に私が直接案内に行ったが、死を連想して縁起でもないと門前払いであった。看取り士の小川さんも同じ体験をしているという。まだまだ認識がないようだ。私だって、72歳になるまで知らなかったのだから。知ってからまだ1年である。

 

成果  

 今回の映写会を開催しての最大の収穫は、古川秀昭氏(元岐阜県美術館館長、OKB美術館館長、「生と死を考える会」会長)にも参加いただき、

 「新築する際、死ぬ時は自宅でとデザインしたりもしたが、いざ臨終間際になると、家族も戸惑うだけだろう。看取りについて互いに学び合えるこういった機会は、切実に大切だと思った。活動を応援していきたい」と感想を述べて頂いたこと。感謝である。

 近い将来、「生と死を考える会」でも講演をする予定となった。良いご縁であった。

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 映画「みとりし」上映

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  講演者の小川みさ子さん


 

 

魂の交流以前

 数か月前、ある行事で縁が出来た人たちがいた。その人たちにも参加してもらおうと、友人に仲間の2人の電話番号を聞いたら、「個人情報だ。何で電話番号を知りたか?」と逆質問にあった。また「なんでラインをやっていないのだ」とも言う。そうか、彼は私を信用していないのかと愕然とした。

 私は彼らに名刺を渡して、携帯も住所もブログも全てオープンである。しかし彼らは誰一人私に名刺をくれない....

 ラインでは中国と韓国に個人情報が筒抜けである。そのサーバーは韓国にある。ラインは今まで何度も情報漏洩で、政府から行政指導を受けている信用できないシステムである。そのLINEは信用して、今まで真摯に付き合ってきた仲間が信用できないとして、電話番号も教えてくれない。彼にはがっかりさせられた。この件で、今後の付き合い方を神仏は示唆してくれた。

 後から、彼はしぶしぶ2人中の一人だけ電話番号を連絡してきた。しかしそこに電話をかけても応答がない。常識ある人なら、スマホに着信履歴が残るから応答があるのが普通だ。私は、「これは神仏からの啓示である」と受け止め電話をするのを止めた。これは「縁がないという縁」だ。今後、付き合うべきではないと判断した。住む世界が違うのだ。

 私は情報漏洩が怖いので、ラインはやらない。やる人の気が知れない。ラインをすれば、下手をすると銀行情報まで抜かれる。

 

久志能幾研究所通信:「LINEにあらずんば人にあらず、LINEで廃人に!」  

http://yukioodaii.blog.enjoy.jp/.s/blog/2021/04/lineline-7fe6.html

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毒にも薬にもならぬ

 ある会の会長に案内をしたら、いつまでたっても返事がない。電話で問い合わせたら、「参加人数が少ないなら、出てもよい」という。なにさまなのだ。やはり、彼は噂通り、毒にも薬にもならぬ御仁であったことが再確認できた。今後、この種の案内はこの御仁には出さないと決断した。そんな御仁と付き合うのは時間の無駄である。そんな御仁が出席すれば、会の雰囲気が悪くなる。

 

魂のふれあい

 知人の紹介で来たという老人が、映画を観て涙を流してくれた。ご縁があって良かったと安堵した。

 多くの方が参加して良かったと言ってくれて、嬉しかった。

 一人一人の死を考える良き機会となった、いままで無知だったので、良い機会であったとの感想が寄せられた。

 誘ったある人は、直ぐ「参加する」と返事があり、知人まで連れて参加してくれた。私への信用問題であり、魂のふれあいの問題である。

 

 ある人は、直前に急用があり、欠席との連絡があった。常識ある対応である。それに対比して、無断欠席の人がいた。その人にはある役目をお願いしてあった。しかし開催後でも欠席の理由連絡がない。それで人間性が分かる。よきリトマス試験紙の映画会であった。

 

霊界通信

 思いついて、恩師の子安一徳先生にも参加してもらおうと電話番号をかけたら、奥様から、「2か月前に道路で転倒して亡くなった」と告げられて絶句である。つい最近、先生が活躍されている姿を新聞紙上で見たばかりなのに。

 亡くなられたことを教えてもらって感謝である。ご冥福をお祈り申し上げます。人は生老病死である。春夏秋冬、年功序列である。

 恩返し 返したいときには 恩師はなし

 

 魂は百面百相である。魂の会話ができる人と付き合おう。人生で一番大事な友は、自分の中のもう一人の魂である。

  飛行機で海外に行くときは、入念な準備をして旅立つ。人は必ず此岸から彼岸に旅立たねばならないから、相応の準備が必要だ。看取りはその一つの準備である。

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 馬場恵峰書

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資料

 総務省は2024年3月5日、LINEヤフーに対し行政指導を行った。同社が提供する「LINE」サービス利用者の通信情報や従業員情報が流出するなど度重なる情報漏洩事案に対し、再発防止など必要な措置を講じることを求めた。

 

 2023年10月、LINEヤフーはZホールディングスとLINE、ヤフーが合併し発足。

 2023年11月、LINEヤフーは、サーバーがサイバー攻撃を受け約44万件の個人情報が流出した可能性があると公表した。

 2023年12月、11月に不正アクセスの時期が約1カ月続いていた。

 2024年2月にも旧LINEの従業員情報約5万7000件が流出した可能性がある。

 2023年11月時点で不正情報流出件数は約51万件に増えた。

 

 総務省は、同社の業務委託先である韓国ネット大手NAVERとの間にシステムやネットワーク構成に「相当に強い依存関係」が存在していたと断定した。総務省は、ネイバーや業務委託先会社の情報セキュリティーに関わる安全管理措置に不備があり情報漏洩につながったと認定した。

 

2024-06-22  久志能幾研究所通信 2869号  小田泰仙

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