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2017年8月

2017年8月29日 (火)

人生の局を奏でる ~カナデノワコンサート

 2017年8月20日、第1回から第3回までのカナデノワコンクール入賞者によるカナデノワンサートが開催された。ゲストに石原佳世・岡崎章ご夫妻を迎えて、ピアノデュオ演奏も披露された。

 

人生で己の局を奏でる

 このコンサートでは、小学1年生から中学生、高校生、大学生、プロまでが出演する。出演者を見ると、人の成長を象徴した人生の縮図である。出番が来たら、黙って縁台の上がり、演奏して舞台を降りる。前回の大垣フォーラムホテルの音楽会が、身内のお披露目とすると、今回の大垣市音楽堂でのコンサートは、実社会でのお披露目の場である。カナデノワコンクールでの厳しさが、今後の人生を歩む上で大きな経験となる。コンサートへの出演は、自分の意思で決めて、その技を披露する。それでお金が儲かるわけではない、今まで培ってきた己の技を披露するだけである。それが己の肥やしとなる。それがお金以上の価値である。

 

曲から局へ

 人生の課題の当たり前を、当たり前にこなす。それが人生だ。己の小さな「曲」を血のにじむまで練習する。そして、その鍛錬をもとに大きな人生舞台で、デュオ演奏としての仕事が「局」なのだ。これで学んだ喜びを糧として、社会の大局を目指して人生を歩んで欲しい。

 

人生のアンサンブル演奏

 カナデノワコンクールは、出場者の演奏技術の向上を目指すだけでなく、アンサンブルを通して人との協調性を育み、 音楽を楽しむ心を育て、参加過程そのものが豊かな人格形成になることを目的としている。審査では、「お互いの音をよく聞いて演奏しているか」「演奏者同士がそれぞれ協力して意欲的なアンサンブルをしているか」「音、歌に心が込められていてそれを伝えようとしているか」等を主眼点としている。より豊かな音楽表現の競演が望まれている。やっつけ仕事では人を感動させられない。心を込めて仕事をしたい。その人生の局は、一人では奏でられない。自分の思いを仕事に込めて、世に問う。多くの仲間、パートナーとの協業があってその努力の成果が2倍にも3倍にもなる。人と人との間で奏でるのが人生の仕事である。その小さな第一歩が、この舞台でのアンサンブル演奏なのだ。

 

一番喜んでくれる人

 人生の晴れ舞台を身内の人が一番喜んでくれる。親は勿論、祖父祖母が見に来てくれる。コンサート用晴れ舞台の服装の準備も大変だ。自分が大きくなった時、親になって、子供のために演奏会用の服を作ってやる時、昔の親の恩に感謝の念が沸き起こる。きっと祖父祖母もその援助をしたはず。その時、親や祖父祖母が生きていれば幸せであるが、往々にその時には親はいない。

 

カナデノワコンサートの生い立ち

 カナデノワコンクールでは、ピアノの独奏だけではなく、連弾や「こどものうた」も対象である。主催者の河村義子先生の「子ども達には音楽を仲間と共有できる楽しさ知って欲しい」という思いからである。30年以上、ピアニスト、ピアノ教師をしてきた経験から、音楽教師仲間や同窓生、教え子らと今回のプロジェクトが実現した。

 河村義子先生は中学の時、作曲家高木東六氏らが審査員を務めた大垣市芸術祭での演奏で入賞した。発表会や演奏会とは違うコンクールの厳しさ、気構え、緊張感が脳裏に刻まれたという。当時は楽譜のコピーも録音もなく、自分の演奏をゼロから作っていった。大学生や熟年世代に音楽を教え、ボランティアでも音楽活動をしながら、自分が受け継いだ教え方や、音楽の価値を次世代に伝えたい思いが、今のカナデノワコンクールで形となった。「音楽界の環境が激変している。一人で弾くピアノ演奏だけでなく、仲間と奏で合い、感じ合うことで音楽が何倍も楽しめて、相手と心が通い合う感動を味わって欲しい」との思いでこのコンクールとコンサートと企画した。「コンクールという厳しさも経験も必ず人生で生きてくる。そのきっかけになれば」と。第一回から第3回までのコンクールで、約200名がステージに立った。そのうちに30名余が今回のコンサートで腕を披露した。

 今回の演奏会は、名目的には市と教育委員会の後援とパンフレットには記載してあるが、実質的に支援はゼロである。市の実質的な支援を要望したい。当面は期待できないので、市民の草の根運動でこういう活動を支えて、大垣の文化を維持してくしかない。私も支援させていただいた。いつの時代も行政は、後追いである。市民の草の根運動で、行政を指導していくしかない。

 

音楽堂とは

 環境的に、大垣市スイトピアセンター音楽堂は、優良ホール100選に選ばれている。スタインウェイとベーゼンドルファーのどちらかを選んで出場できるコンクールである。ベーゼンドルファーのピアノは、前大垣市長の小倉満氏の尽力で導入された。素晴らしい大垣の音楽堂を広く知ってもらい、地域活性化に繋げていきたいという思いも込めている。

 

石原佳世・岡崎章のピアノデュオ演奏 「春の祭典」

 「春の祭典」はストラビンスキー作曲のバレエ音楽で、古代ロシアの春を迎える儀式で、いけにえの少女が息絶えるまで踊り続けると言うシナリオである。作曲者自身の手によって、連弾用に編曲がされている。パリで初演された時、不協和音の連続で、5拍子、7拍子、11拍子という不思議なリズムに観客は大ブーイングをしたとか。そんな初演から100年経った今は、革新的なかっこいい音楽として20世紀を代表する名作となっている。クラシック歴の浅い私には、石原佳世・岡崎章のピアノデュオ演奏は、激しいジャズの様で、真似して弾きたくとも弾けない高度な技の連続であった。私のレベルではついて行けない。100年前にパリで初演された時に観客が感じた心境が理解できた。

 

 

カナデノワとは

【奏でのわ「輪・和・羽」】を意味し、アンサンブルを通して、心の・輪、響の・和を大切にしながら豊かな心で大きく・羽ばたいて欲しい、という願いを込めた。ピアノは一人で演奏することの多い楽器であるが、連弾や歌とピアノなど、誰か共演することで、楽しさが倍増する。家族やお友達同士など音楽を愛する仲間が、ともに感じること、共に表現することの新たな喜びを分かちあい、さらに絆を深めるきっかけとなること祈念して名付けた。

 

カナデノワ:kanadenowa シンボル&ロゴ

「音符」「人」をモチーフに、人と人、心と心、歌やメロディー、ハーモニーを奏でてつながって羽ばたいていく様子を音符のイメージに見立てたデザインとした。グリーンを基調としたカラーは、音符から若葉が育っていくことを彷彿とさせ、先進的ながらも、協調性、芸術性の願いが込められている。

 

河村義子

 大垣市出身。名古屋市立菊里高校から愛知県立芸大、同大学院でピアノを専攻。演奏活動の傍らシルバー世代や子どもたちの音楽活動などを支援する。現在、岐阜聖徳学園大と大垣女子短大で講師を務める。家族は夫と息子。

 

図1 大垣市学習館音楽堂

図2~8 出演者達

図7、8 石原佳世・岡崎章のピアノデュオ演奏

図8 全員で記念撮影 

図6 皆の記念撮影を横でおばあちゃんが見守る姿は微笑ましい

 

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2017年8月28日 (月)

行政が文化に無理解

 現在の大垣市は、芸術関係の文化振興には金を出さない。予算も取っていない。現在は、市民の持ち出しによるボランティアで文化芸術活動が行われている。音楽等の文化支援部門が、お金がないとの一点張りで、全く支援をしない。予算を取ろうとしない。なければ予算を作って大垣を活性化するという民間企業的な発想が全くない。行政の長にお願いに行っても「自分たちの仕事が増えるのが嫌だ、予算を取るのが大変だ」という後向き回答で、お役人根性が透けて見える。ボランティア活動での音楽会でも、名目的には、「大垣市後援、大垣教育委員会後援」と記載してあるが、実質的な金銭的支援はゼロである。特定の市民だけの活動に支援ができないとかの理由で、未来の子供達のための情操教育に投資をしない。お役所的な怠慢で、「教育の大垣」の伝統を破壊している。芸術文化に理解のあった前小倉満市長時代と隔世の感がある。官僚的に頭がいいだけでは、文化は発達しない。大垣が見栄えは良くなっても、下品になるばかりだ。

 奥の細道むすびの地記念館建設に大金を使ったのに、安普請にしか見えない貧相な出来栄えとなっている。他市の皆さんの多くから、「歴史の重みがあるはずの看板建屋が貧相だね」と言われて恥ずかしい。誰かピンハネしたのか。立派な市庁舎建設に金を使うのに、それに対して市の生命線の街の活性化には長年にわたり無策である。ここ数年、大垣駅前のシャッター通り化が進んでいる。駅前の活性化で、レストランを開店しても、市からは何の補助もない。他の市ではそうではない。そのため、16万人都市としては、貧弱な飲食店インフラである。商店街は市の無策に、「今の市長は何もしてくれないね」と怨嗟の声が満ちている。地域のボスがその声を封じている。駅前の一等地に大型マンションを建てること自体、市の活性化の方策が間違っている。駅前にマンションや予備校が林立するようでは、大垣の街の未来は終わっている。そうなれば住民の皆は、名古屋に買いものに行く。ますます大垣の商店街が錆びれてシャッター通り化が進む。悪魔のサイクルである。

 

2017-08-28

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磨墨智 278.偏向新聞を読まない(2/2)

週刊誌の表紙に見る偏向報道 

事例3 偏向偏執報道  

 最初から偏向した考えがあると編集時、表紙にそれが表れる。政権交代時の表紙を観察すればその答えは明白である。偏らない報道の義務を放棄した偏向偏執集団は、その本音が週刊誌表紙に浮かび上がる。週刊誌表紙を飾っている鳩山氏と安倍氏の顔の面積が25倍も違う。表紙を踊る文言に、安倍首相が大嫌いという心が見える。国民が総選挙で、国益に反した政策を乱行した政党を、国民が落第と審判した。その結果を認めない、国益に反する偏執報道である。この表紙紙面の作成に、恣意的な偏向を感じなければ、不感症である。現代社会は、痴呆者の生き血を吸うため死鬼衆が虎視眈々と狙う。情報の真偽に不感症では現代の生存競争を生き延びれない。

 

政権交代直後の週刊朝日の表紙比較

・2009年の総選挙で     |  ・2012年に民主党が大敗

民主党が政権を獲得した時  |   自民党が圧勝した時

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  民主党革命     |   自民圧勝 

  日本が変わる               |   安倍政権の不安

  ――――――――― ――――✛――――――――――――――

  鳩山氏の顔写真           |   安倍氏の顔写真

                                           |   (鳩山氏の顔面積の1/25)

  上向き視線              |  下向き視線

  明るい背景              |  暗い背景   

  (フォントサイズと色で週刊誌の表紙を表現しました)

 

事例4 CNNのフェイク記事

 アメリカの主要ニュースネットワークのCNNは『クリントン・ニュース・ネットワーク』と揶揄されている。クリントン氏が有利という調査結果を連日流して、クリントン氏陣営に有利な報道を流し続けた。グローバル経済主義の被害として裕福な中間階層から貧困層に没落した白人たちが、トランプに投票した。その実情を米マスコミは報道しなかった。その後も、CNNはトランプ大統領に不利な偽情報を流していたが、嘘がばれて、フェイクニュースを流した偏向記者3名を2017年6月26日、解雇せざるを得ない事態に追い込まれた。CNNは偏向報道を認めた。

 

マスコミの洗脳教育

 偏向した記事を読み続けると、頭が偏向したままになる。自分の考えが赤に染まり自分で考えられなくなる。自分が自分でなくなるとは、自分の命の喪失である。中国、韓国での反日教育という洗脳教育を小学校から大学までされ続けるとどうなるかは、現在の中国、韓国の対日感情の調査結果を見れば明らかである。韓国は70%以上が日本嫌いである。アジアの80%の国が、日本に好印象を持っているのに、中国、韓国のみが日本に悪感情を抱いている。それは中国、韓国の両政府が自分の体制を守るために、日本をスケープゴートにして、洗脳教育をしている結果に過ぎない。小学校から大学まで反日の教科書で教育されれば、どうなるかの大実験の結果である。その両国民は幸せであろうか。その大きな部分を朝日新聞の偏向記事が支えている。

 

偏向新聞報道はヒ素の如し

 直ぐ効く毒は、誰でも気がつくが、新聞記事で少しずつ砒素の毒のようにまぶされると気がつきにくい。頭脳が洗脳されるほど、恐ろしいことはない。それは長年築き上げた自分と言う命を無くすこと。それはオウム真理教の事件を見ても明らかである。ナチスに洗脳されたドイツ国民がユダヤ人に何をしたか。文化大革命で洗脳された中国の学生達が何をしたか。それを絶賛した記事を掲載したのが朝日新聞である。北朝鮮の拉致問題を否定し続けた社会党がなぜ消滅したか。答えは歴史が明らかにしている。慰安婦問題、南京虐殺問題、靖国参拝問題等は全て、朝日新聞が後ろで糸を引いて問題を大きくしている。国民の時間を奪っている犯人である。

 殺人事件は、その人の命を奪う犯罪ではあるが、対象は一人だけである。しかし洗脳犯罪は、多くの人の人生や国の運命までも狂わせる重犯罪である。嫌日マスコミが日本に跋扈しているのは異常である。今も毎日少しずつその毒がマスコミから流され続けている。Wikipedia では「アサヒる」と言う言葉が、朝日新聞の偏向ぶりの言葉として定義されている。世間の公認の事実であるようだ。

 

「「とにかく安倍をたたけ」の大号令」という狂気

 2017年8月26日「産経抄」によると、“作家の門田隆将さんは最近、知り合いの毎日新聞記者から「いま、毎日新聞社内は安倍首相を叩くためなら、どんなことでもするという空気になっている」と聞いたという。(月刊誌『Hanada』10月号)。朝日新聞記者にも同様のことを言われたという。学校法人「加計学園」の獣医学部新設問題をめぐり、内閣支持率が下落した安倍内閣を、この機に打倒しようと盛り上がっているという。民進党を離党した長島昭久元防衛副大臣も5月に、自身のツイッターに「昨日たまたま話した朝日新聞のある幹部の表情には、社運を賭けて安倍政権に対し総力戦を挑むような鬼気迫るものがありました」と記す。記者から、「上司に『安倍なんか取材しなくていいから、とにかくたたけ』と号令されたという。”

 このような公正を欠いたマスコミ報道が跋扈するようでは、日本が亡ぶ。それを防ぐのは、冷静な国民の目である。そんな偏向した新聞は読まないに限る。

 

親の洗脳教育

 子供は親の言うことは聞かない。親のやっていることを真似する。一番恐ろしい洗脳教育である。いかに親が責任を持って、背中で子供を教えることができるかが問われている。子供に対して躾教育を放棄した親が、今の世情の乱れを作っている。親が子供の命(時間)を左右している。親の怠惰な後ろ姿が、子供を非行に走らせる。国を滅ぼす。子供の時間泥棒の極悪人である。

 最近、近くの住職から聞いた話で、分家した新家では墓参りさえしたことがない檀家が増えたという。その檀家も、自分がそのお寺の檀家である意識が無いと言う。そんな親の後ろ姿を見て育った子供が、ご先祖を敬うはずがない。墓参りに行くわけがない。恐ろしい洗脳教育である。

 

図5 「週刊朝日」の政権交代直後の表紙比較

図6 アジア諸国の対日印象

   出所:ビュー・リサーチ・センター 2015 spring Global Attitudes Survey

 

2017-08-28

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磨墨智 278.偏向新聞を読まない(1/2)

新聞の第一面に見る偏向報道 

  間違った価値観に染まると、正しい判断ができなくなる。己の人生時間を無駄にする。人は一番多く見た情報に左右される。新聞もその一つである。

 「人は見たものではなく、見たいものしか見ない」とはシーザーの言葉である。マスコミは、自分たちが報道したいことしか、目に入らない。現代のマスコミは(真実でない)報道したいことだけを報道している。最近のその典型的な事例が、トランプ大統領当選の予想記事である。ほとんどの米国、日本のマスコミは、トランプ大統領当選の予想を外した。マスコミは、大資本に握られているし、大スポンサーは大企業なのだ。それの意向を反した記事を書けるわけがない。それを意識して、新聞を読まないと、自分の人生が殺される。

 

嘘も100回言えば

 テクニカルライティングでは、重要なことを最初に書くのが原則である。それを抹消的な事項や思い込みの自己主張を最初に書くと、科学工業英語検定試験に受からない。ビジネス戦争の場で問われるのは、何が一番重要な論点か、である。それをあえて避けて、己の偏狭思想を伝えたい狂団は、大事な論点をぼかして自分の意見ばかり主張する。それを見抜いて、偏論を排除しないと、自分の会社の経営判断が狂ってしまう。その手法は、オウム真理教の洗脳教育に似ている。間違ったことを何回も繰り返し繰り返し伝えるである。嘘も100回言えば、本当のように聴こえる。間違った情報で洗脳された民を、正しい情報で伝えても信用しないのが心理学の論理である。人は最初の言われた事(嘘でも)を信じてしまう。あとからそれを否定するのは大変な労力がかかる。まるで白い布に赤いインクをこぼすと、簡単にはその汚れは落ちないのと同じだ。そこに冤罪という悲劇が発生する。そんな嘘を伝える宗教団体まがいのマスコミと距離を置かないと、国が亡ぶ。己の会社が倒産する。自分で判断する能力を付けなければ、己の人生が狂う。

 

事例1 2013年の堺市長選挙

 2013年の堺市長選挙で橋本陣営が敗北した。その記事を2013年9月30日付朝刊で、朝日新聞だけが第一面のトップに据えている。よほど橋本陣営の敗北が嬉しかったようだ。他紙と比べるとその異常さが、一目で分かる。既に前回の参議院選挙で党の趨勢は分かっているのに、わざわざ第一面のトップで、他紙の3倍もの分量の報道するような話ではない。当日は特別の大ニュースの無い、平穏な日であった。その日の第一面のトップに据える記事は何か、それが編集会議で問われるはずである。そこにその新聞社の本音が表れた。自分の人生が偏向思想に汚染されないように、マスコミは色眼鏡で見るべし。異常な新聞は見ないに限る。この紙面の異常さは、私が図書館に通っている時、たまたま7紙の比較を新聞コーナで閲覧して、気が付いたのである。単独で家庭で新聞紙面を読んでいれば、気がつかない事象であった。

 

2013年9月30日付朝刊トップ記事

朝日新聞  堺市長、維新敗れる(毎日新聞、読売新聞の3倍の分量

毎日新聞  98入試問題外注 (左隅に、維新敗北)

読売新聞  サイバー攻撃  (左隅に、維新敗北)        

日経新聞  世界初の大型水素基地 (堺市長選記載なし)

中日新聞  練習なし伝統をつなぐ (堺市長選記載なし)

産経新聞  スパコン京でインフラ診断 (堺市長選記載なし)

岐阜新聞  グアム移転協定改定   (堺市長選記載なし)

 

英字新聞を読もう

 ある時期、中日新聞を購読していた。名古屋市長の広告記事拒否事件で思想的な偏向が激しいことが判明して購読を中止した。すぐ新聞販売店の係長が飛んできたので、その理由を説明して見解を求めたが、後は無しのつぶてである。その後は、日本経済新聞とInternational Herald Tribune紙を購読していた。その後、International Herald Tribune紙の日本印刷が中止になったので、The New York Times紙を購読していた。英字新聞といっても週刊8頁で購読料は月1,000円である。日本の新聞社が発行する英字新聞よりも、記事の視点がグローバルで、何よりも貴重なのはテクニカルライティング的な論理構成の英文であることだ。日本の新聞社が発行する英字新聞には、記事項目は日本の新聞と同じで、その英訳には日本語の臭いがする。それでは世界のメディアが、何を報道しているかが分からない。また、本当の英語が学べない。その後、The New York Times紙も偏向思想が激しいことが判明して購読を中止した。

 

事例2 森友学園問題、加計学園問題の報道

 今の国の最優先課題は何かが、どっかに行ってしまっている。最近のマスコミ、国会審議は、森友学園問題、加計学園問題オンパレードである。もっと大事な問題であり、我が国の存亡に影響する北朝鮮のミサイル威嚇問題や経済政策の議論が隅に追いやられている。民進党党首も揚げ足取りで抹消的な議題しか国会で質問をしない。自身の党首二重国籍問題は避けて、である。よもや北から金をもらって意図して国を危うくしているのではと、疑ってしまう。その民主党は、共産党と共闘をしている。自由主義社会で共産党が存在するのは日本だけである。民主党は、日本を共産主義国家にしたいのか。そんな党が国会を混乱させている。とりもなおさず、税金の無駄遣いだ。国民がその党に投票するように洗脳されたからだ。

 

 同じようにテレビ報道番組もある意図をもって報道しているので偏向している。“30番組で「加計問題」を扱った8時間44分59秒のうち、「初めから加計学園と決まっていた」という前川氏の発言を放送した時間は、何と2時間33分 46秒もあった。これに対し、「(前川氏の主張は)まったくの虚構だ」という国家戦略特区ワーキンググループの原英史委員は2分35秒、「岩盤規制にドリルで穴を空けた」という加戸氏は6分1秒だった。(「放送法遵守を求める視聴者の会」のウェブサイトより)

前川氏は衆参両院に呼ばれ、原氏は衆院だけ、加戸氏は参院だけという違いはあるが、正反対の意見が披露されていながら、前川氏の放送時間が、加戸氏の25倍以上というのは尋常ではない。報道各社の世論調査で、加計問題をめぐる政府側の説明に「納得できない」という意見が6〜7割あるが、こうしたテレビ報道も影響しているのではないのか。(産経ニュース 2017.8.23 11:20)“

 

 民進党の前身の社会党のオタカ氏も、北朝鮮による日本人拉致の真相を知っていて、被害者団体の陳情にも知らぬ存ぜぬとシラを切り、陳情団を冷たくあしらった。左翼のマスコミは知っていてそれを報道しなかった。そして社会党は消滅した。

 日本のマスコミの偏向した報道の影響で、政府の支持率が大きく影響される。簡単に洗脳されやすい国民になっているようだ。長年のマスコミによる偏向教育の成果である。私の英語の師からは、「外国の英字新聞を読め」と指導をされた。その視点が全く違うからだ。日本の新聞社発行の英字新聞は、日本の新聞社発行の新聞の翻訳なのでダメである。英字新聞の第一面と日本の新聞を比べると、その対象の論題があまりに違うのに驚かされる。英字新聞をみれば、世界の今の問題は何かが分かる。せめてニューズウィーク等の日本語版で比較をするとよい。

 

図1 2013年9月30日付朝刊 朝日新聞、毎日新聞 第一面

図2 2013年9月30日付朝刊 読売新聞、日本経済新聞 第一面

図3 2013年9月30日付朝刊 中日新聞、産経新聞 第一面

図4 2013年9月30日付朝刊 岐阜新聞 第一面

 

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トヨタ式ダイエットで14kg減(7/7) 心の肥満

心のダイエット

  トヨタ生産方式の原則は、適正在庫である。必要な時に必要なものを生産する。過剰に在庫があるとその管理費で、儲からなくなる。過剰になれば、病気になる。自分で処理できない事項を抱え込むから、病気(鬱病)になる。自然の理である。

 

頭の肥満

 ガンガンと研修でがなり立てて、受講生を追い詰める講師がいる。ガンガン、バリバリと熱い話を一方的に頭に押し込んでも、受講生には受け入れられない。体にビタミンCがいいからと大量に摂っても一定以上は排出されるだけ。それが自然の体の摂理である。頭に入れる情報も同じで、まずその器を大きくしないと、頭に入らない。いくら精神論で頑張っても長くは続かない。それでは頭でっかちという過剰在庫状態の肥満体となる。理論ばかりで実践ができない。

 頭でっかちの経済学者は、理論と合わないと、現実が間違っていると暴言を吐く。わざと簡単なことを難しく言う大学教授が跋扈する。難しいことを簡単に説明してくれる師が、本物の師である。

 

鬱病の氾濫

 現代社会では鬱病が蔓延している。鬱とは木が鬱蒼と生い茂っている状態を言う。要は、自分の心の許容容量以上に物事を抱え込んで、身動き取れない状況を現している。心が肥満体になっている。心のダイエットをしなさい、である。その療法は簡単である。持てる荷物を下せばよい。ケセラセラと居直ればよい。要は、自分の能力以上に、物事を抱え込んだのだ。成果主義の影響で、会社が過大な負荷を若者に掛けるからだ。それで若者が自殺をすれば、殺人罪である。相手の能力を見る能力のない管理職が若者を地獄に追いやる。

 太陽を浴びて、心穏やかに人間らしく過ごす。仕事量を減らす。その修羅場から去る。それで鬱病は直る。薬を飲んでも、鬱病は直らない。何が哀しくてそんな会社にしがみつくのか。しがみ付いて、挙句に自殺をするでは哀しすぎる。その仕事は命より大事なのかを考えよ、である。太陽を浴びて明るい場所で考えれば、悩んでいたことがなんと小さいことかに気が付く。暗い部屋に閉じこもっているから、ますます落ち込む。ノーベル賞を取らなくてもいいから、美しいものに感動する心を養うこと、精神性を高めて、物欲を捨てれば、鬱にはならない。もっと自然の美しさ、精神の美しさが分かれば、鬱病は去っていく。

 

 ノーベル賞の受賞者が輩出する国には2つの条件がある。第一に、幼年期から成長していく過程で、身近に美しいものに接すること。豊かな自然や優れた芸術、文学に触れて美的感受性を養うこと。第二に、精神性を尊ぶ風土も不可欠です。金儲けや実用性だけを追及せず、役に立たないと思えても精神性の高いものには敬意を払う土壌が肝要と言えます。(数学者・藤原正彦氏『週刊新潮』2014年10月23日号)

 

 私の部下も鬱病にかかる例が多かった。私が管理部署の長であったので、実戦部隊から多くの社員が鬱寸前の状態で、管理部署なら楽だろうと、異動で送り込んできた。そのため、部下の鬱の病状とその対策を研究する羽目となった。それで分かったことは、医師は鬱で病院に来ると、門を閉ざして我々管理職との接触を断つ。患者の個人情報だからと、その情報を我々の管理者には教えない。医師は、鬱症状で来るものは拒まずで、来院した患者は全て、鬱病と診断して、薬漬けにする。儲かるからだ。私は多くの関連図書を読んで、鬱は薬では治らないことを学んだ。医師に罹っている部下に、医師ではない私は、口出しをできないジレンマに悩まされた。会社の保健婦でさえ、医師にかかり薬を飲めば治ると思っているのが情けない。

 

一流と三流が演ずる人生曼陀羅

 一流の人は超一流を目指す。二流の人は一流を目指す。三流の人間は逆恨みをする。三流の部下に何を言っても、全て反発をして効果がない。合併後、相手先の研究所に異動になって、なんでこんなレベルの社員がいるのか、と驚く風景があった。なんでも使い物にならない社員を送り込む先が、管理部門であるのが伝統だという。前任の部長が、とにかく人が欲しいので、一般職も基幹職も、雑魚でいいからと集めたと白状していた。一流会社などの管理部門は全く逆の人事を行っていた。

 私も部門の長として過去に、精神異常者1名、うつ病患者3名を抱えた経験があり、会社の保健婦と両親とで話し合いをしたことがある。この種の対応で医師は、患者の言うことは絶対に否定しない。また患者の秘守義務とかで、その相談内容はおろか、会社の保健婦にでも医師は面会拒絶で情報提供を拒否する。うつ病状態を訴えれば、何時でも誰でも全員が病人にされるし、なることができる。それで医師も儲かるし、薬剤メーカも大儲けである。訴えた社員も大手を振って休める。しかし薬では鬱病は治らないし、薬依存症になる。このとき、鬱病関係の本を10冊近く集め、読んでこの方面の医療不備の実態を知った。

 私はその部下(少し言動がおかしい)を見るに見かねて初めて叱った。それが鬱病の診断書を提出し(病気の真偽は不明)、1週間ほど休んで出てきたが、けろっとしている。たった一回叱っただけで、鬱病になるわけはないが、社員が訴えれば会社も動かざるを得ない。ある意味、嵌められたようである。

 また室内のある三流社員に思い悩んで、あるリーダー研修を受けるように指導したら、人事に苦情を通報された。私は室長として指導したのだが、三流社員はそうは取らない。刺すのである。そのリーダー研修は、前の会社では役員会で承認されていたリーダー研修であった。私が役員会に提案して、それが承認されて、合併されるまで主任クラスを受講させていた実績があった。合併後の拝金主義の上司は、これが理解できなかったようだ。

 そうしているうち、その職場の軋轢で、私が鬱状態になってしまった。保健婦にメンタルの不調を訴えたら、「小田さんは軽い症状だから、少し薬を処方してもらえば、すぐ元気なりますよ」とノー天気に言って、早々に帰っていった。その後、二度と来なかった。かなり後になって来た時は、メタボの体重管理の件で来て、メンタル不調の件はフォローしない保健婦であった。保健婦の対応は、あくまで対処療法である。この状況で、保健婦を信用できなくなり、自分で治すことになる。

 鬱病は企業の病気なのに、対処療法では何の解決にもならない。あくまで医師は薬を使って治療をするだけ。病気はその原因を除去して自分が直さないと、治癒しない。医師や保健婦に治療やアドバイスはできるが、病気の根絶はできない。この病気を治すには、経営者の立場で企業の体質を直さないと、永遠にうつ病患者が増えるだけだ。当時、周りで主任クラス、課長クラスがメンタル病でばたばたと倒れていた。辞めて行った社員も多い。部下を倒した数が多い管理職ほど出世していった。その管理職は、親会社から使い物にならないとして、当社に出向させられてきた部長クラスであった。保健婦は、倒れた人の数のデータを取って、統計解析をして表面的な結論を出して悦に入っていた。その真因の追及には目を背けている。鬱病が増えて儲かるのは医師と薬メーカである。この病気の根本原因を除去できるのは、企業の社長しかいない。拝金主義で成果主義の経営者では無理である。それで、自分で本を読み漁り、薬も飲まず、医者にもかからず直した。それで今の自分がある。

 そんな事例の背景を、電通の女子社員が自殺した事件(2015年12月25日)に垣間見て哀しい気持ちになる。電通鬼十則は、私も昔に憧れたが(?)、それが全ての人に適合できるわけではない。人にはもてるキャパシティがあり、それを考慮せず成果主義の道具として、もてあそんだ結果が女子社員が自殺事件である。

 松下幸之助経営塾で講話(2013年3月16日)を聞いた梅原勝彦氏(エーワン精密創業者)もうつ病になったという。チャーチル元首相がうつ病にかかっていたことは良く知られている。「特に精神が繊細で、責任感があって、酒を飲んで発散できない人は危ない」と梅原勝彦氏はいう『日経ビジネス2013.4.1』。本来、周りが相応の配慮があるのが治療の定石であるが、当時の職場は全く逆で、毎日が針の筵であった。

 

心の肥満

 高尚なことばかりを聞いていては、心の糖尿病になってしまう。高尚なことではなく、ます小さな善意と気配りの行動を社会に示そう。高尚なことを言っている輩に限って、社会人として大事なことを実行できない。心が肥満で、正しく動けないのだ。

 ある時、某ホテルの玄関前に、人が入るのに邪魔になるような横暴な停め方の外車があった。それは毎土曜日にホテルで開催しているある経営者セミナーの講師の車であった。その会の会長が最敬礼で、その講師の外車を見送っていた。その経営者セミナーの会は、高尚な理念を唱える会であるが、その実態を目撃して目が覚めた。偉そうなことをいう輩に限って、自分自身は社会の最低限のマナーが守れない。そういう輩は、精神が繊細でなく、責任感もなく、気配り心もなく、酒を飲んで発散するので、鬱病にはかからない。それは良き反面教師であった。それを見習って、辛いことがあってもケセラセラと居直ろう。もっと周りを良く見て自分の人生を大事にしよう。

 

図1 集めた鬱病関係の図書

図2 梅原勝彦氏

 

2017-08-28

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2017年8月27日 (日)

トヨタ式ダイエットで14kg減(6/7) 血管

水を治める者は国を治める

 水を治める者は国を治めるという。昔から政治を預かるものの務めとして、河川の整備が最大の仕事であった。それができなければ、国は洪水に悩まされ、干ばつに苦しめられ、飢饉になり、年貢は徴収できず、民衆が領土から逃げ出し、国が亡びる。

 

血管の肥満

 人は自分の体内の水の道(血管)を管理しないと、自分の人生を治められない。血管には、動脈、静脈、毛細血管3種類があり、これらの血管の全長は約10万km(地球2周半)の長さにも及ぶ。血液が全身を一巡りする時間は、およそ1分で、地球を2周半している。心臓から送られた血液が、体全身を巡り、血液は、酸素、栄養、水分などを細胞に運ぶ。

 その大事な水路が己の食の貪りで、存亡の危機に瀕している。体に悪い食品を多量に取ることで、水路の壁に汚染物(コレステロールの糟、プラーク)が付着し、その血管の内径が細くなり、血流の流れを阻害する。血管が肥満状態で、正常に機能しなくなっている。その結果が、血を流すために血圧を上げる自己防衛機能が働く。それを降圧剤で、血圧を過剰に下げては、体の自律機能が混乱する。それは体の自動操縦装置と人為的操縦装置の闘いとなる。

 1994年4月26日、名古屋空港で着陸進入中に中華航空140便エアバスA300が墜落した。事故は、乗員による誤操作と、自動操縦装置の反作用により発生した。この事故で、職場の仲間の母親が犠牲となられたのでよく覚えている。血管に血が正常に流れないと、酸素、栄養や免疫酵素が末端まで届かないので、ガンや痛風、認知症、脳梗塞、心筋梗塞、各種の障害が発生する。前記の航空機事故の様である。

 

現代医学の対処療法

 現代医学は、対処療法で、その部分だけを治療する方策をとるが、根本原因の対応はしないので、治療はしても病気は治らない。結果として患部は治りました、患者は死にました、となるのが現代西洋医学である。いわば圧政(薬)で不満分子(患部)を押さえつけるだけである。まるで独裁共産国家のやり方と同じである。インフラの道路(血管)が細くなって、必要な生活資材(栄養素、免疫酵素)が回って来ないので、暴動(病気)という形で、民衆(体)は警告を発しているだけである。

 己は、自身の体の政治を取り仕切る殿様として、名君と呼ばれてその一生を過ごしたいもの。その土台が自分という王国の治水(治血)である。飽食・淫食では、その国が乱れ、国家存亡の危機となる。自制心を無くして、食を貪ると、人生第4コーナでフェンスの激突である。 

 楽其生 保其寿  その生を楽しみ その寿を保つ   『忠経』

 淫其食 乱其命  その食を淫し その命を乱す     百舌鳥

人生最大の目的は、生きていることを楽しみ、天寿を全うすること。己の生業を楽しむこと。食におぼれては、命が危ない。足るを知り、血の道を大事にすれば、長生きができる。親から頂いた命の天寿を全うすべし。全ての血の道は心臓に通づる。

 

冥途行きをドタキャン

 2016年10月12日、体調不良の真因を検証してもらうため、久留米市の真島消化器クリニックで血管に付いたプラークの厚みを測定した。その結果、かなり危険な状態であることが判明した。全身の8か所の血管の状態を検査して、一部の血管は血管年齢80歳と判定された。いうなれば余命5年である。現在、余命5年を40年にするための食事療法、生活改善を取り組み中である。今のままの生活習慣では、冥途行きの特急切符を携帯していたようだ。その冥途行きをドタキャンした。

 

真島消化器クリニックでの診察

 医院では、看護婦からの事前問診が20分、真島院長によるエコー検査が20分、資料説明が10分、エコー検査の写真8枚と食事療法の資料40頁を受け取った。診断のエコー写真まで提供してもらえたことに新鮮な驚きを感じた。全身8か所の血管のプラーク厚みを測定してくれるのは全国で、真島消化器クリニックしかない。

  真島消化器クリニック 〒839-0862 福岡県久留米市野中町1483-4 TEL:0942-33-5006

 私は、過去、数十人の医師から診察を受けたが、対処療法がほとんどで、真因の除去方法として食事療法を指導して頂いたのは、真島院長が初めてであった。

 今まで診断を受けていた病院とその診察対応を比較して考えさせられた。普通の受診では待ち時間1時間、問診3分、医師は患者本人をあまり見ず、パソコン画面を睨めっこしていることが多い。あと「薬を出しておきます」で終わりである。薬で治すことが最優先で、生活習慣や食事療法の指導には及ばない。その結果、私の場合、毎月の薬代が、1万円を超えている。

 

薬の過剰投与

 その薬も長年使われて副作用の少ない安全で安価な薬ではなく、高価で安全性がまだ定まっていない新薬を処方されることも多い。製薬会社も新薬開発で膨大な研究開発費をつぎ込んでいるので、元を取るため医師に取り入って新薬を使ってもらうため工作をしているようだ。病気はすべて薬や手術をすることで治療としている。食事療法や生活指導で薬をなくすような指導はない。それでは、医院の売り上げも、製薬会社の売り上げも減ってしまう。薬漬けにして儲ける体制が出来上がっている。その結果が40年前は10兆円であった日本の医療費は、現在40兆円に膨れ上がっている。患者は減らず、むしろ増えている。なにかおかしい。

 

会社のかかる死病

 会社とは、社員を支え育成に限りない援助を与えてくれる親的な存在である。会社も長く存続すると、それ相応に成熟し安定成長に入る。自然現象として、大事な情報がトップに伝わらない現象である「情報の動脈硬化病」、「組織の硬直化病」という死病がじわりじわりと迫りくる。企業の寿命は30年といわれる。入ったときは若かった会社もいつかは老いる。社会を見渡しても、2000年の雪印乳業の食中毒事件、2001年の三菱自動車のリコール隠し、2002年のみずほ銀行のシステムダウン等、この病気に起因する不祥事が続いている。発病後のトップの発言は不思議と同じで、「そんなことは聞いてなかった」である。情報が流れない情報ルートの詰まり、組織の硬直化といった死病に罹った企業の症状である。そして倒産の危機に面する。病気にかかれば治療する。事前予防をする。当たり前のことを当たり前にするのが自然の理にかなった経営である。その治療が業務改革である。(2003年7月31日記)

 以上を13年経った今の目で見直しても、問題企業の体質は何ら変わらない。最近の燃費偽装問題で、三菱自動車の隠ぺい体質は、13年経っても変わらないことが露見した。人も企業も変わらない。なぜそうなったかの真因を追求せず、表面的な対処療法で済ませるからである。よき反面教師の教えである。(2016年9月23日記)

 

身内というカス

 名経営者と言われた人でも、企業が公器であることを忘れて、身内の人間には甘くなることが多い。その身内の人間が経営者として失格でも、身内ゆえ、切るに切れず、経営の中枢部が侵食されてゆく。そうすると本体の経営がおかしくなる。血管のプラークのように経営の中枢の障害物となって経営情報の流れを阻害する。経営の意思決定の流れの中に付いた不純物は、身内というカスなのだ。身内ゆえに切るに切れない。経営情報という血が正常に流れないので、じわじわと企業の生命力を削いでいく。業病である。かの松下幸之助翁も娘婿の経営者を切れなかった。そのため辞めさせる汚れ役を後進の社長に託したが、反撃され返り討ちにあってしまった。そして松下電器はおかしくなっていった。それは企業が公器であることを忘れた罰なのだ。

 地元の企業でも名経営者と呼ばれた方も、身内におかしな娘婿を入れたがため、経営がおかしくなった。そんな娘婿を選ぶような娘の男を見る眼が問題で、娘の育て方を間違えたのだ。

 

2017-08-27

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桜田門外ノ変」の検証 (17/28)菩提寺

「桜田門外の変」との関わり

  長松院は彦根を開いた井伊直政公に由緒ある寺であり、観光名所の一つとしても存在する。徳川家の四天王の一人と言われた井伊直政が関ヶ原の戦いの傷がもとで亡くなった時、この地で荼毘に付し、その跡地にお寺を建立したことで長松院が建立された。井伊家の菩提寺としては彦根の古沢町に清凉寺がある。長松院、清凉寺ともに「格地」としての格式あるお寺である。(お寺は格地、法地、準法地、法類で分類される)

 

長松院

 長松院には元彦根藩士の家系のお墓がある。両親の墓と父の母方の祖先のお墓がここにある。また古沢町には母が生まれ育った家がある。父の母方の祖先である北尾道仙のお墓が、4つある北尾家の墓の一つとして、井伊直政公の供養塔の左側から10mほど離れた場所に、単独のお墓として立っている。お墓に刻まれた文字は風雪にさらされて、書いてある文字は読みにくい。2014年当時、私の小田家の墓はその斜め後の1つ通路を隔てた場所にあった。ご縁があり2015年末に新しいお墓に改建した。

 古沢町には、両親が残してくれた借家がある。これは古沢町の清凉寺が土地を市に分譲して、そこに両親が家を建てた経緯がある。いわば井伊家から御恩(禄)を頂いているようなものかもしれない。

 

清凉寺

 清凉寺は禅の曹洞宗のお寺である。観光寺ではなく、禅の修行道場として名高い。清涼寺の名の由来は、井伊直政公の戒名(祥壽院殿清凉泰安大居士)から来ている。佐和山城時代には、境内地には石田三成公の奥方、家老島左近の屋敷があった。

 歴代住職は、井伊家が徳川幕府の重臣としての権勢で全国から高僧を請じたので、悉くその時代における第一流の和尚ばかりであったから、修行道場として名声が高かった。井伊直弼公は、13歳より清凉寺で参禅され、21世道鳴和尚に禅と学問の手ほどきを受けた。そののち17歳から27歳まで、後任の住職師虔和尚に鍛えられ、高僧23世仙英和尚の元で参禅が仕上げられた。井伊直弼公は自分の住居の埋木舎にも座禅の間を設けて修行に励んだ。安政の大獄のさなか、住職と相談して戒名を受け、位牌を生前に作り、桜田門外の変の年の正月には自分の肖像画に歌を書き、清凉寺に納めた。井伊直弼公はここに参拝してから、江戸に発った。井伊直弼大老は、その年の3月3日に桜田門外の雪に散った。

 

恵峰師が清凉寺を訪問

 清凉寺住職の奥様に、松居石材商店の松居保行さん経由で馬場恵峰先生の訪問をお願いした。2015年11月28日、中部国際空港に着いた恵峰先生を米原経由の新幹線で彦根にお連れして、清凉寺を訪問した。馬場家のご先祖が武田家で、井伊家の赤備えとご縁があるからである。ご挨拶だけの予定であったが、客殿で応接を受け、本堂の奥まで案内をされた。私は初めてみる内部の荘厳さに驚嘆をした。将軍家の最側近である最高権力者の菩提寺である。華美ではないが厳かで壮大な造りである。この御本蔵の釈迦牟尼佛は運慶作と伝聞されている。観光寺ではないので、そのお姿は遠くからしか拝顔できなかった。

 井伊家歴代当主が祀られている奥の祭壇に案内をされて、しばしその荘厳さに圧倒された後、井伊直弼公や歴代の井伊家の菩提が祀られている御所の横にある武田家家臣の100以上の位牌が祀られてる部屋に案内された。突然の元武田家家臣の位牌の列を目前に見て、恵峰先生がただならぬ雰囲気で合掌された。私もあわてて合掌させていただいた。これは完全に虚をつかれたご縁の出現であった。佛縁により招かれたご縁であったと思う。

 武田家が滅んでから1582年の今川協定で、武田家の家臣120名を井伊直政公が井伊家に受けいれたという。井伊直政が進言して、勇猛な武田家の家臣をそのまま野に放つと戦国の乱の種になり不満分子を世に作ることを防いだという。知恵ある危機管理方策である。そこから、井伊家が武田家の赤備えをすることを家康公から授けられたという。

 

天童寺とのご縁

 奥の本堂に至る回廊に、中国の絵佛師・王峰が描いた佛画が掲示されていて、いつも長崎に先生宅で見ている作者と同じだと直ぐに気がついた。奥様に聞くと、清凉寺の行寛さんが中国に行ったとき、3枚買ってきて、その内の1枚を1階に飾ってあるという。素晴らしいご縁であった。恵峰先生は、中国の天童寺に6回も参拝されておられる。清凉寺の住職さんも天童寺に行かれたことがあるという。また清凉寺の住職が横浜の総持寺も勤められたこともあるとのこと。先生ともそのご縁に驚かれた。

 天童寺は、遣唐使の着いた港として日本に結ぶつきの深い古都・寧波にある中国の中でも有数の禅宗寺院である。唐の僧方璇が開元20年(732年)に建立された。北宋代以後、高僧が輩出。臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖である道元もここで修行をつんだ。

 2014年6月、恵峰先生は空海が修行をされた清龍寺で、お弟子さん達をつれて写経会をされたのも仏縁である。恵峰先生は清龍寺を13回ほど訪問されておられるとか。寛旭和上管主とも親密である。当時、私も写経ツアーに誘われたが、目の手術の関係で断念した経緯がある。書家で、恵峰先生ほど写経をされた方もおられまい。2015年、私は先生の写経の軸56枚を撮影して製本にしてまとめた。

 

 

図1 清涼寺全景

図2 書は井伊直愛氏

図3 説明看板

図4 客殿

図5 本堂

図6 修行道場

図7 井伊直政公のお墓

図8:馬場恵峰先生宅  2014年11月13日

   頭上に掲げられた王峰作佛画 敦煌57密菩薩

図9 清龍寺 寛旭和上管主に写経を4巻奉納

    2014年6月26日  福田琢磨氏撮影

 

2017-08-27

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55年間の加減乗除

人生経営の中間決算後

  2016年3月4日、謝恩の意味を込めて中学の時の恩師・子安一徳先生と会食をしたら、今度の4月に中学の同窓会があるとの情報を教えて頂いた。中学を卒業してから住所を数回変わっているので、同窓会の案内が届いていなかった。ご縁として早々に幹事に連絡を取り参加を決めた。

 

妖怪変化

 2016年4月23日の同窓会で55年ぶりに会う仲間の顔は、記憶の忘却と体形と顔の変貌で見分けはほとんど不可能であった。かろうじて憶えている名前で名札を見て確認し、その仲間をその変貌振りに驚嘆するばかりである。当時58kgであった精悍な柔道少年が、95 kgの肥満体に変貌している様は半世紀の年月の流れを感じさせる。女性は男性以上に変貌が激しくて記憶が全く役に立たない。 自分のクラス44名中で、8名が既に他界していた現実には考えさせられる。多くの知っている昔の学友の名前の欄に「亡」との記載があり、愕然とした。生きていることと健康の有り難さをつくづくと感じた。

 

ローリング ストーンズ

 今回の中学の同窓会では昨年の高校の同窓会ではあまり感じなかった人の成長の差のばらつきを感じた。65年も人間をやってきて、中学生の頃とあまり変わっていない人格に、成長のなさを感じた人も多くいた。佛様が55年間に与えた試練をどう受け止めたかが垣間見れた再会であった。開けている大垣ではあるが、地元で田舎の風習に染まって育ち、外の文化に触れなかったためか、宴会でその天性爛漫な性を露天し成長していない様を出す人が多くいた。外の空気に触れる大事さを感じ、自分の成長の位置づけを感じることが出来、あちこちと流されて多くの経験を与えられたことに感謝をした次第である。

 宴会に後半になり、宴会会場でカラオケ大会が始まり小時間ほど大騒音の中の宴会場となった。騒音のため歓談もままならぬようになったので、暫く外のロビーでそこにいた仲間と雑談をしてすごした。会場の多くの人がカラオケなど聞いてはいないのだが、歌う者だけが盛り上がっている。こういう場でのカラオケ大会は初めての経験である。65歳にもなってこういう場でカラオケ大会を企画する神経と、歌って自己満足して、人と場の空気を読めない神経に幼さを感じた。幹事たちの閉鎖的な成長していない田舎の感性を感じて、50年間の人生試練の加減乗除の差を感じた。歌いたい人は別室で自分達だけで楽しめばよい。多くの人が歓談したい場では、カラオケはご法度である。それは音の暴力である。それが分からない人に説法をしても始まらないので、そっとその場を離れるのが賢明であろう。

 

佛様からの問い

 この場の状況が現時点の現実である。思わず彦根市の天寧寺の五百羅漢像を思い浮かべた。行けば必ず己に会えるという五百羅漢である。55年が経過した同級生の姿が五百羅漢である。そこに己とそっくりな姿がある。55年間、仏様が遠火で熟成した結果が今の姿である。目の前の相手は、己を写す鏡である。現実を冷静に見つめたい。それを見て自分はどうするかが、佛様から己への問いかけである。まだ人生軌道を修正する時間は残っている。

 

図1 1961年3月  大垣北中学校 Jクラス 卒業アルバム 

    中央は子安一徳先生、3列目中央が著者

図2 2012年11月18日  恩師の子安一徳先生と再会

    大垣文化連盟の応接室で。大垣文化連盟の理事長で現役

図3 天寧寺の五百羅漢(彦根市)

 

2017-08-27

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2017年8月26日 (土)

天皇皇后両陛下の行幸啓

 2012年12月5日、天皇皇后両陛下が21年ぶりに大垣に行幸啓された。当初、岐阜国体の後の訪問予定が台風19号の影響で中止になり、京都で明治天皇の100年の祭事をされた後の帰京途中でのご訪問である。沿道には大勢の市民が出迎えて、何処にそんなに人がいたのかの大騒動であった。大垣市の人口は16万人余、静かな中核都市で、昼間は街中をそんなに人は歩いていない。ところが、市民28,000人のお出迎えと物々しい警備の警察官1,000人の出現である。両陛下はスイトピアセンターの学習館で昼食をされて、以前に叙勲をされた方などとお会いになり、その足で「奥の細道結びの地記念館」へ向かわれ見学された。皇后陛下が「奥の細道」の史料に興味を示され、そのための訪問であった。記念館では塩村耕教授が大垣と松尾芭蕉の関わりなどを説明し、皇后陛下は奥の細道の写本に興味を示され、季語に日本の良さが表れる俳句の魅力のお言葉を述べられた。

 

写真撮影のご縁

 私は天皇皇后両陛下のお顔を直接、拝顔する機会は、還暦を迎えるまでなかったので、カメラを携えて沿道に並んで、旗を持ちお迎えをした。10時より15時までの5時間を要したが、寒風の下、二度、3mの至近距離でお顔を拝顔できたのは、幸運であった。特に皇后陛下の気品には、圧倒された。まるで観音様の趣である。日本国の父と母であると改めて実感した。早々にA3サイズにプリントして額に入れて自宅玄関に飾った。

 お出迎えとお見送りの二箇所で、約百枚の写真を撮影した。警備の警察官の説明では、お迎えの人達の前は低速で走るとのことであったが、実際は結構早い速度であり、デジカメTZ30では、1回しかベスト撮影ができなかった。急遽、家にとって帰り連写毎秒8コマの一眼レフEOS 7Dを持ってきた。しかしお見送りの撮影時では、場所的に逆光で、構図的にもピント的にもよい写真が取れなくて、結局、最初の1枚がベストショットの写真となった。その一枚も、自分がシャッターを押したのではなく、仏様が勝手にシャッターを押したとしか思えない出来栄えであった。ご縁を感じて、購入したばかりのレーザカラープリンタで、A3サイズにプリントしてご縁のあった多くの皆さんに配布した(約30枚)。

 2016年(平成28年)8月8日に、退位のお気持ちを表明され、結果として現天皇陛下として、大垣の地で、まじかにお顔を拝顔できたのは、今にして良きご縁であった。もうこういう機会はあるまい。定年延長せず、大垣に帰郷したことの結論が正しかったとの仏さまの啓示として受け止めた。(2017年現在)

 

写真の意味

・両陛下が車窓の中に入っている。撮影時が0.05秒でもずれていたら、車のセンターピラーが邪魔してどちらかの陛下のお顔が隠れてしまう。

・両陛下が程よい明るさである。柔らかい光の中に浮かんでおられる。

・右下の旗も意図せずに写っていて、日の丸も欠けていない。

・皇宮警察の白バイもベストの位置である。御料車とラップしていない。

・車の位置もベストである。(車の全景だと御料車の写真となる)

・菊の御紋章の旗もベストである。

・背景に3本の楠木(大垣市の象徴の木である)の配置もベスト。

 

撮影地のご縁

 撮影する時は、無我夢中で周りのことまで気が回らなかったのが現実である。本来、スイトピアセンター学習館の前の歩道から両陛下が降車される所を撮影したかったが、2時間前には人垣ができており、やむなく学習館西側の道路に移動をした。それが結果として幸いした。当初の場所は、逆光になりうまく撮影できないのだ。移動した場所は順光となり、幸いであった。また場所的にも8階建の学習館の日陰となり、ライティングとしても柔らかな配光で、両陛下のお顔がうっすらと浮かび上がる厳かな雰囲気となった。毎日の散歩と学習館隣接の図書館学習室へ毎日通っているお陰で、撮影地点の地理が頭に入っていた。

 

後日談

 写真の出来が良かったせいか、この御真影を「奥の細道むすびの地記念館」に提供して掲示してはとの意見があり、早々に記念館の窓口に行き、写真を提供した。後日、自宅に責任者からお礼の言葉と共に展示スペースの関係で展示できない旨の断りの電話があった。展示スペースの言い訳は、明らかな方便であることが分かった。記念館の壁一面に今回の行幸啓のお写真が、36枚展示されていた。スペースの問題ではない。今回のイベントでは、市の職員かプロの写真家が天皇皇后両陛下の写真を撮るお役目が決まっていた。そこに素人が撮った写真が提供されては困るのである。いくら良い写真でも。市の撮影担当者と展示写真の選択をした担当者も、立場がなくなるのであろう。面子を重んじ柔軟性に欠けるお役所仕事ぶりが、大垣駅の駅前通りのシャッター通り化防止の取り組み等の遅々とした現状や、行政指導で行うべき日本経済活性化のネックになっていると感じた。

   

図1 お出迎え時の注意を説明する警官

 説明の警官が、沿道に10m間隔で配置されて、10分間ほどの頻度で、下記の注意事項を繰り返し説明する。

  1. 御料車通過時は、前に出ない・押さない
  2. 御料車を追いかけて一緒に走らない、
  3. 旗の振り方は上品に小ぶりに
  4. (横の人に迷惑にならないように)、
  5. Z車が通過するまでその場を動かない(怪我防止) 

図2 ご到着5分前通報車

図3 ご到着3分前通報車

図4 ご到着1分前通報

図5 先導の皇宮警察白バイと先導車

図6 御料車 スイトピアセンター・学習館の西側にて

図7 次ショットでは後姿しか撮れない

図8 報道関係者バス1号

図9 報道関係者バス2号 

図10 随走車

図11 Z車が通過

 

2017-08-26

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トヨタ式ダイエットで14kg減(2)方針(改定

 どんなプロジェクトも方針、基準が明確でないと成功しない。私はトヨタ生産方式でダイエットを進めた。その原点は豊田佐吉翁が定めた豊田綱領にある。

 

豊田綱領

豊田佐吉翁の遺志を体し

一、上下一致 至誠業務に服し 産業報国の実を挙ぐべし

一、研究と創造に心を致し 常に時流に先んずべし

一、華美を戒め 質実剛健たるべし

一、温情友愛の精神を発揮し 家庭的美風を作興すべし

一、神仏を尊崇し 報恩感謝の生活を為すべし

 

 豊田綱領を発表した1935年10月末は、G1型トラックの発表を翌月に控えた時期にあたり、自動車事業をやり遂げるための心構えを示したとも解される。自動車産業の確立を通して、社会経済の発展に寄与するという「産業報国」の目的を明示するとともに、技術開発に努めて、さらに自動車を進化させていくという「研究と創造」の決意を表明したといえよう。

「トヨタ自動車75年史」より

 

 トヨタ綱領の戦術としての具体的展開が、カンバン方式、現地現物、なぜなぜを5回繰り返す、PDCA,VA,無借金経営、視える化、アンドン方式、5S(整理整頓清潔躾)、無駄の排除、工程の平準化、高品質、適正価格、である。

 NHK「ためしてガッテン」のディレクター北折一氏が自らの体を実験台にして編み出した「メタボ脱出法」(『死なないぞダイエット』メディアファクトリー (2009年) 1200円)の方法も応用して、自分の体でトヨタ生産方式ダイエットを実験した。結果として7ヶ月間で体重を14kg削減できた。

 

自身の体の経営者として

  標準体重の基準値をオーバーするのは赤字経営と同じ

  それが3年も続くと、倒産の危機です

 

 我々は神様から体を借りてこの世のひと時を過ごしている。本当の自分は精神(頭、心)であって、体は自分ではない。病気になったら、「ああ、お借りしている体の使い方が悪くて故障しているんだな」と思うべし。この世で有意義で価値ある人生を送るには、最大の資本財である体を大事に使わないと、神佛様がバチを当てる。体の大家さんは神佛です。

 会社の経営者、管理者なら、自分の体が管理できなくて、なんで会社の経営、部下の管理ができるのか。そこからが経営者のマネジメントの出発点です。

 肥満とは、会社に例えれば倒産の危機にある状態といえる。リストラをして、一部門だけ改善すれば、会社が良くなるわけではない。会社の全部門が協力して、改革に取り組まない限り、会社の改革は成功しない。同じことがダイエットにも言える。特定の食品の摂取だけや、食事制限だけ、運動だけとの対応は、部分最適で、全体最適ではなく、体のリストラは成功しない。ダイエットは業務改革、全面戦争と思って取り組むべだ。

 

標準体重からの乖離量は、自分の会社の経営の贅肉の量に比例する。

標準体重からの乖離量は、肉親に対する愛情の深さに反比例する。

                                       人生での行動力

機械工学の観点から体重を見ると、下記の第一運動方程式が当てはまる。

 

 F=m・α  ( F:力  m:質量(体重) α:加速度)

 

 つまり、身軽に行動するには質量を減らすか、加速度を増やせば、少ない力で素早い動きが出来ます。第二次世界大戦初期に驚異的な戦果を上げたゼロ戦は、非力なエンジンにもかかわらず、徹底的な軽量化設計で質量を減らし、結果として得られた優れた運動性能で敵の戦闘機を圧倒した。自分の体が身軽であることは、人生の行動で、他よりも優位に立てる。ビジネスは戦いである。何かをやるのに、どっこいしょ、と体を動かすようでは人生の勝利者にはなれない。活動的な状態を維持するには、思いついたら、すぐ実行をする、すぐ現地に飛ぶ、である。人生の最大の敵は、自分の怠惰な考えと結果としてなった重い体なのだ。

 

自分の収支バランスを知る 

下記のグラフは私のカロリー消費状態

 約141日分の自分自身の摂取カロリーと消費カロリーのデータから、体重がどの程度増減するかを統計計算の二次回帰分析使って自分の体で実証してみた。毎日の摂取カロリーと体重変化をグラフにして、体重変化を記録した。そのため、各食物のカロリーは頭に叩き込んだ。

その結果、1日の摂取カロリーを現在より約400k㎈減らさないと、体重の増減がバランスしないことが判明した。北折氏の著書によれば、倹約型の遺伝子が節約するエネルギー量は、1日に普通100~200k㎈だが、私の場合ダイエット中で、体が超倹約型状態になっているためか、400k㎈もの節約量となっていた。つまり、見かけ上で収支ゼロカロリーなら、1日当たり約300gの体重増となってしまう。また過剰摂取カロリーによる実際の体重の増減は、理論的な体重の増減よりも大きな変化を示す。

 

〔一日の過剰摂取カロリー量〕=〔一日の摂取カロリー量〕-〔1日の総消費カロリー量〕

〔1日の摂取カロリー量〕=1日の3食と間食の総摂取カロリー量

〔1日の総消費カロリー量〕=〔基礎代謝量〕+〔DIT〕+〔生活代謝エネルギー〕+〔運動エネルギー〕

〔基礎代謝量〕=生きていくために最低限必要なエネルギー。体重計で表示されます。

〔DIT(食事誘導性熱産生)〕=咀しゃくや消化、吸収、代謝など食事にともなうエネルギー消費≒〔基礎代謝量の約14%〕

〔生活代謝エネルギー〕=万歩計で消費カロリーとして表示されます

 

図1 一日接種カロリーと体重変化の関係

図2 ゼロ戦 スミソニアン博物館 1994年8月

 

2017-08-26

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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