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2017年8月28日 (月)

行政が文化に無理解

 現在の大垣市は、芸術関係の文化振興には金を出さない。予算も取っていない。現在は、市民の持ち出しによるボランティアで文化芸術活動が行われている。音楽等の文化支援部門が、お金がないとの一点張りで、全く支援をしない。予算を取ろうとしない。なければ予算を作って大垣を活性化するという民間企業的な発想が全くない。行政の長にお願いに行っても「自分たちの仕事が増えるのが嫌だ、予算を取るのが大変だ」という後向き回答で、お役人根性が透けて見える。ボランティア活動での音楽会でも、名目的には、「大垣市後援、大垣教育委員会後援」と記載してあるが、実質的な金銭的支援はゼロである。特定の市民だけの活動に支援ができないとかの理由で、未来の子供達のための情操教育に投資をしない。お役所的な怠慢で、「教育の大垣」の伝統を破壊している。芸術文化に理解のあった前小倉満市長時代と隔世の感がある。官僚的に頭がいいだけでは、文化は発達しない。大垣が見栄えは良くなっても、下品になるばかりだ。

 奥の細道むすびの地記念館建設に大金を使ったのに、安普請にしか見えない貧相な出来栄えとなっている。他市の皆さんの多くから、「歴史の重みがあるはずの看板建屋が貧相だね」と言われて恥ずかしい。誰かピンハネしたのか。立派な市庁舎建設に金を使うのに、それに対して市の生命線の街の活性化には長年にわたり無策である。ここ数年、大垣駅前のシャッター通り化が進んでいる。駅前の活性化で、レストランを開店しても、市からは何の補助もない。他の市ではそうではない。そのため、16万人都市としては、貧弱な飲食店インフラである。商店街は市の無策に、「今の市長は何もしてくれないね」と怨嗟の声が満ちている。地域のボスがその声を封じている。駅前の一等地に大型マンションを建てること自体、市の活性化の方策が間違っている。駅前にマンションや予備校が林立するようでは、大垣の街の未来は終わっている。そうなれば住民の皆は、名古屋に買いものに行く。ますます大垣の商店街が錆びれてシャッター通り化が進む。悪魔のサイクルである。

 

2017-08-28

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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