o-大垣を良くする階 Feed

2018年11月22日 (木)

チンはしない、チンチンもしない

 電子レンジに私は健康上の疑問を抱いている。だから私は15年前から電子レンジで、チンはしていない。一膳めし屋に行っても、料理済みの魚や煮物等を電子レンジで温め直しはしない。しかし最近、周りの知人の聴いても、この件は危険との認識が全くないようで、驚いた。それで改めて再考のためこのブログで記載する。

 

技術者の目

 この件は、ネット上でも賛否両論が氾濫して判断がつきにくい。昔の上司に、この件を話したら笑われたが、私は持論を通した。その上司はお酒を電子レンジでチンして毎晩、晩酌をしている。それもそのチンの仕方を滔々と述べて、自慢して美味しいという。私は晩酌する人間を評価しない。私は今までの技術者の経験と常識的判断と経済関係の考察、危機管理の点で、電子レンジの使用は問題ありと判断して、電子レンジの使用を15年前に止めた。それで、世の中は理論通りには動かないことを再確認した。

 

電子レンジ危険論(以下はネット情報を整理して記載)

電子レンジの原理

 電子レンジは「マイクロ波」を使用して料理する。マイクロ波は、まっすぐに進み、水を含むものに吸収される性質がある。電子レンジは、熱効率が最高の2.45ギガヘルツ(24億5千万ヘルツ)のマイクロ波が使われている。食品の中の水分子は、マイクロ波によって激しく動かされ、熱が発生する。それで料理される仕組みである。

 

電子レンジで指摘される問題点

 この問題点は、下記3点である。

(1)食べ物の栄養の破壊、(2)発がん作用、(3)マイクロ波と電磁波

 

 1991年、電子レンジで人肌に温めた血液を輸血したら、米国女性の患者が死亡して、オクラホマ州で裁判が起こった。

 水分が熱を産むほど「激しく動かされる」ことは、温めると同時に何かしらの組織が破壊されたと考えられる。このアメリカ・オクラホマの医療事故の裁判は、血液の中の水分を激しく動かしたことにより「血液中の成分が破壊された」証明であると推定される。組織を超超高速で動かせば、組織の中のものは傷つき、もしくは壊れるのは当然のこと。それは例えば栄養分であったり、生の酵素であったりする。

 

(1)栄養素の破壊

 毎秒24億5千万回もの超高速振動による摩擦熱の調理では、食品の分子・原子レベルで深刻な破壊がおき、栄養素が壊され、体内では代謝できない構造に変性する。ビタミンは破壊されている。ビタミンが破壊された野菜は、分子レベルで破壊が起こり、野菜ではなく、自然界に存在しない異物に変質する。残っているのは、外見は野菜で、中身は野菜ではない。

 また、調理法の違いによる野菜のファイトケミカル(フラボノイド)の変化は、ゆでた場合は66%、圧力釜では47%、蒸した場合には11%しか失われない。しかし、電子レンジで調理したものは、97%も失なわれる。

 

(2)発がん作用

 米オレゴン州、アトランティス・レイジング教育センター出版のロシア実験研究の論文集の中に、「電子レンジの実験対象となった食べ物全てに、発がん物質が生じた」と発表されている。肉類にはDニトロソディンタノラミンという発ガン物質が発生している。さらに活性酸素も大量に作られ、発がん作用があると推定される。

 

(3)マイクロ波と電磁波

 この電子レンジからマイクロ波が漏れ出ると、その発熱効果が人体を襲うことになる。事実、電子レンジが使われ始めた初期には、主婦の間で白内障が多発し、社会問題になった。現在は、その対策はされたようだ。

 電磁波の問題点は、この項では割愛する。問題は食品の変質であって、マイクロ波と電磁波の問題ではない。これは物理的に防げるのだ。

 

以上は下記等の記事を参考にした

電子レンジで人肌に温めた血液を輸血し死亡。アメリカの医療事故が証明 ...

https://macrobiotic-daisuki.jp/densirenji-134661.html

電子レンジが危険!? 使って良いのか悪いのか、必須家電にまつわる噂を大 ...

https://macaro-ni.jp/36680

 

電子レンジは絶対に使ってはいけない!人体に極めて危険!栄養素を全部 ...

https://biz-journal.jp

 

電子レンジは安全か

https://www.facebook.com/notes/minoru-ishigaki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%81%AF%E5%AE%89%E5%85%A8%E3%81%8B/331080936979237/

 

電子レンジ調理は危険

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-112.html

 

 ネットで「電子レンジ  危険」で検索すると、以上を含めて多くの情報が出てくるので、それを見て、皆さんで判断してください。

 

状況証拠

 40年前に10兆円だった日本の医療費は、現在40兆円を超える。それなのに、なぜ40年前に比べてガン患者が3倍に増えたのか。40年前は話題にもならなった認知症患者、鬱病患者が増えたのか、なぜ、すぐキレる子が増えたのか。

 なぜ、シャープは電子レンジより不便なヘルシオを開発したのか。ヘルシオは高温蒸気で食品を温める調理器である。調理時間が電子レンジよりはるかに長くかかり、値段もド高い。

 電子レンジは日本の産業界で売り上げに貢献している。経産省もそれをつぶす訳にはいかない。冷凍食品業界も、電子レンジがなければ成り立たない。食品産業も、マスコミの大きなスポンサーで、それが故にスポンサーに弓を射る電子レンジ批判はマスコミにはタブーのようだ。

 

私の判断 

 常識的に、毎秒24億5千万回も振動で痛めつけられた食物細胞が、加熱前と同じとは思えない。我々は、戦後に出てきた食品、食品加工手段に警戒をすべきだと思う。敵は添加物だけではない。当初、安全だと言われた人工甘味料も後日発癌性が発見され、禁止された。料理器具も警戒すべきである。我々は便利さと引き換えに、悪魔の食べものを手に入れたのかもしれない。その結果がガン患者、認知症患者、キレる子の氾濫ではないか。電子レンジで料理されたものは、なぜか不味い。それをごまかすため、添加物の氾濫ではないか。

 確証はないが、君子危うきに近寄らずで、正式の結果がでるまで、手を出さない方が良いと思う。今の利害関係者から、まともな回答は出まい。正式の回答をする方(政府)も、経済産業省では、電機業界や冷凍食品業界に慮って、まともな調査結果が出るとは思えない。調査さえしていないのが現状である。

 

私は冷や飯食い

 私はご飯をチンせず、冷えたままで食べている。まったく苦にならない。駅弁でもチンなどしないではないか。強いて食べる場合は、お茶づけか、シャープのヘルシオで、高温蒸気を使って温めて食べている。ヘルシオに電子レンジ機能があるが、使っていない。

  

チンチンをする岐阜新聞、中日新聞

 どう考えても、常識的に、論理的にも、道徳的にも、世のコンプライアンス上からも、小川敏大垣行政のやり方が異常である。しかし、岐阜新聞、中日新聞、議会、大垣財界は、小川敏市政に媚びを売り、チンチンである。岐阜新聞、中日新聞は、大垣市の利害や批判に関係することは、絶対に記事にしない。ヨイショ記事ばかりである。マスコミの電子レンジの危険性の取り扱いと同じである。腐敗分子が超高速で、行政と地方紙の中を走り回っている。

 19年間にわたりカルロス・ゴーンにチンチンしてきた日産の幹部が目覚めて、ゴーンの悪行を調査して、警察に売った。2018年11月19日、ゴーンは逮捕された。そのやりたい放題の腐敗ぶりを報道で見て、当時からおかしいと感じていた己の感性が正しかったことに安堵した。この逮捕は日産の夜明けとして喜ばしいこと。

 18年間も続く大垣市の独裁的暗政に夜明けを期待したい。条例で、自分達の行事費用の使用用途をマル秘にするなんて、ゴーンと同じレベルである。長期政権は、かならず腐敗する。それは歴史が証明している。

 私は、権力者に媚びを売って、チンチンなどしたくない。良識ある目で、世の中を見て、自分の生活と大垣を守りたい。

 

2018-11-22 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月20日 (火)

大餓鬼饒ホールに熟年痴女の歓声がこだまする

熟年式での老女の痴態に唖然

 2018年11月17日13;15から大垣城ホールで、大垣市は今年65歳になる人を約200名を招待して「かがやき熟年式」を開催した。大垣市制100年記念事業の一つである。熟年式だから、酸いも甘いも経験してきた人が、第二の人生を始めるための記念すべき開始式で、その後のイベントだからと期待した。ところが、その記念アトラクションで、メインゲストが美川憲一と野村美菜の歌謡ショーなのだ。それも岐阜ちゃんラジオの生放送で、熟年のお祝いなどに関係ないのだ。要は岐阜ちゃんラジオと美川憲一プロダクションの営業活動なのだ。軽薄な司会者のコンビが絶叫して、歌謡ショーを盛り上げていた。私には聞くに堪えなかった。大垣の老女軍群が美川憲一に奇声を上げて熱狂していた。大垣の熟年の知性は地に落ちた。小川敏大垣市長が落としたのだ。

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   オープニングセレモニーで挨拶する小川敏市長 2018年11月17日10:20

 会場右側が熟年式に招待の席  大垣城ホール

 

税金無駄遣い、平成末期猿芝居

 何故、「かがやき熟年式」のメインゲストが美川憲一で、その歌謡ショーが市民税で行われるのか。なぜ71歳高齢歌手の地方ドサまわり歌謡ショーが大垣市制100周年記念行事なのか。私は当初、なぜメインゲストが熟年の模範者として美川憲一かと思い、それなら大いに噛みつこうと思ったのだが、実態を見れば、単なる客寄せの歌謡ショーであることが判明して、振り上げた手が、困ってしまった。

 大垣市民が65歳の熟年になった記念に、今後の世の中と大垣と自分の人生を考える機会として、有識者のパネルディスカッションや講演があるなら理解できる。しかしそれのアトラクションが、美川憲一の歌謡ショーでは、ド田舎感覚の大垣行政の平成末期猿芝居である。

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 会場に張られたポスター

 

美川憲一ショーでの痴態

 美川憲一が舞台に登場すると、バル(ギャルの老人版)が熱狂的な歓声でお出迎えである。観客約1000人で、立ち見まで出る有様である。その午前中のオープニングセレモニーの時は、会場はがらスキで、2階席は誰も座っていなかったのに、美川憲一歌謡ショーが始まると2階席も満席で立見人まで出て大満員の有様である。美川憲一にこれだけ人気があるのには驚いた。

 これが大垣市制100周年記念事業の一つで75番目の行事だという。税金の無駄遣いの最たるものだ。東京では売れなくなった高齢の71歳の歌手が、地方のドサまわりで稼ぐため、大垣市民税を食い物にした。美川憲一歌謡ショーが悪いと言っているのではない。美川憲一歌謡ショーを見たければ、市民税を使わず、身銭を切って見て欲しいだけだ。まさに市民税の私物化だ。これでは会社の金を私物化して、11月19日の昨夜、逮捕された日産のゴーン氏と同じレベルである。

3dsc04598  オープニングセレモニー 10:33 

 階段席は観客がいない。招待席も空席が目立つ

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 熟年式 13:15 これ以降撮影禁止  階段席が満席で、立ち見までいる

 

熟年式のお粗末

 式の祝辞で、大垣市長は「65年間の長年にわたり社会の発展に尽力された経験を今後の大垣のために使って欲しい」と祝辞を述べた。その言葉とは裏腹の熟年式の式次第である。式次第は、国歌斉唱、市長、議長の挨拶、「今伝えたいメッセ-ジ」表彰、「大垣の歌」全体合唱である。

 

小学生向けの言葉遊び

 熟年者に対して、65文字の「今伝えたいメッセ-ジ」の募集があり、233通の応募があった。知性と経験あふれる熟年者の今後の決意表明が、たった65文字での言葉遊びである。熟年なのだから、せめて1600文字(原稿用紙4枚、A4レポートで1枚)の論文形式で募集できないのか。65文字なら小学校生でも作れる言葉の遊び文である。それでは、これからの生き方の熱意が表現できまい。熟年として、知性あふれる書式があるはず。

 230通集まった中の最優秀作品が「あの時できなかったこと、いつの頃からか諦めていた夢、充分できなくてもいい、今こそ再チャレンジして第二の青春の花を咲かせよう!!」なのだ。なぜ65歳で今からやるの? やるのはいつでも、思いついた時なのだ。何も65歳だからと再チャレンジしなくてもいい。65歳までで待つなど愚の骨頂である。それで最優秀賞とは、情けない。

 

大垣の歌の強制

 その後が、意味なきお粗末な「大垣の歌」(別ブログで講評済み)の合唱である。この歌は3拍子なので、訓練しないと歌いにくい。ほとんどの人が合唱していなかった。その点でも問題である。熟年式で、この歌を歌う必然性が全くない。合唱時、立たずに座ったままの人も多かった。

 その後のアトラクションが美川憲一歌謡ショーでは、止めのお粗末すぎる極地である。

 

「かがやき熟年式」の真の目的が露見

 今回、「かがやき熟年式」に参加して分かったことは、「かがやき熟年式」の目的が、イベント会社に金をばらまくための仕掛けであること。「かがやき熟年式」という名目を付けて、アトラクションで歌謡ショーを開催して、業者に儲けさせることだ。美川憲一を呼べば、それだけで500万円くらいは金が動く。東京都民は騙せないが、大垣市民なら騙せるのだ。

 小川敏大垣市長は、大垣の次の100年を全く考えていないことが、これでよくわかる。大垣市民を痴呆状態に追いやって、市政を考えさせず、長期政権のゴリ押しで税金を浪費させ、業者に金をばらまいている。

 「かがやき熟年式」は、小川敏市長が14年前から実施しているという。「かがやき熟年式」は表向きのお飾りで、メインゲストを招いた歌謡ショーが主目的なのだ。それが派手な行事として実施され、それで「かがやきライフ大垣実行委員会」の役員が所属するイベント会社が儲かるのだ。誰かがうまい汁を吸っているとしか思えない。これは市民税でやるべき行事ではない。

 この行事にいくら使ったのかは、小川市長は条例を盾にマル秘扱いで公開しない。

 

美川憲一の歌の実態

 美川憲一の歌も「かがやき熟年式」に相応しい話と歌かと思いきや、全く関係なく、下記の歌で私はずっこけた。まさに地方痴呆老女向けのドサまわり田舎舞台なのだ。熟年とは関係ない痴呆老女たちが大喜びである。この場面は撮影禁止で、状況が撮影できなかったのが残念である。痴呆状態の露見はマル秘である。

 当日の美川憲一が歌った歌:さそり座の女、新潟ブルース、柳瀬ブルース、春待ち坂、愛の賛歌、生きる

 

時限爆弾

 この大垣城ホールは、昭和28年8月(1953年)建設で、大垣市指定の避難所なのに、耐震補強が不可能な危険な施設である。この施設はIS値0.33で、公共施設はIS値0.6以上が必要であるのに、放置されたままになっている。それなのに、大垣市は愚劣な行事には金を浪費して、市民の命を保全する設備更新には金をケチる。

 

古代ローマ帝国の末期を連想

 ローマ帝国の末期には、ローマ皇帝は、市民の政治への不満を逸らす目的で、円形の闘技場コロシアムが建設され、市民は奴隷と決闘者(犯罪者)、奴隷と野獣の殺し合いのショーが開催され、市民は殺し合いの見物に熱狂した。世界最大のローマ帝国のやることはスケールがでかい。その舞台で流れた血を砂(arena)で落とした。それが階段状の観客席のある演劇場、決闘場の建物のアリーナの語源である。

 ローマ市民の政治への関心を逸らすための決闘ショーと今回の大垣城ホールでの無料歌謡ショーとは同じ趣旨である。会場に市民の血税が流れている。小川敏腐政の末期、階段状の観客席のある大餓鬼饒ホールに、71歳の高齢演歌歌手に血迷った熟年痴女の歓声がこだまする。小川市長の意図通りことは運んで、市長は笑いが止まらない。小川敏市長は舞台の袖で、美川憲一歌謡ショーをニンマリと見守っていた。そんな時間があるなら、大垣市長として100年後の大垣の姿を考えることに時間を割くべきだ。愚劣な行事の付き合いは代理に任せればよい。これで小川敏氏に大垣は任せられないのを再確認した。

5img_2380 ローマのコロシアム

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コロシアムの内部  2010‎年‎11月‎16‎日 ‎撮影

 

2018-11-20 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月19日 (月)

組織のかかる死病

 会社とは、社員を支え育成に限りない援助を与えてくれる親的な存在である。会社も長く存続すると、それ相応に成熟し安定成長に入る。自然現象として、大事な情報がトップに伝わらない現象である「情報の動脈硬化病」、「組織の硬直化病」という死病がじわりじわりと迫りくる。企業の寿命は30年といわれる。入ったときは若かった会社もいつかは老いる。社会を見渡しても、2000年の雪印乳業の食中毒事件、2001年の三菱自動車のリコール隠し、2002年のみずほ銀行のシステムダウン等、この病気に起因する不祥事が続いている。発病後のトップの発言は不思議と同じで、「そんなことは聞いてなかった」である。情報が流れない情報ルートの詰まり、組織の硬直化といった死病に罹った企業の症状である。そして倒産の危機に面する。

 病気にかかれば治療する。事前予防をする。当たり前のことを当たり前にするのが自然の理にかなった経営である。その治療が業務改革である。(2003年7月31日記)

 

13年後の真実

 以上を13年経った今の目で見直しても、問題企業の体質は何ら変わらない。最近の燃費偽装問題で、三菱自動車の隠ぺい体質は、13年経っても変わらないことが露見した。人も企業も変わらない。なぜそうなったかの真因を追求せず、表面的な対処療法で済ませるからである。よき反面教師の教えを頂いた。(2016年9月23日記)

 

行政のかかる死病

 大垣市のように独善的な市長が18年間の長きにわたり君臨すると、市役所はヒラメの職員ばかりになり、正論、諫言が通らなくなる。言えば唇寒しの状態が蔓延して、情報の流れが止り、腐敗の原因となる。情報は現代組織の血液である。自分達で行事の使用用途を非公開のマル秘にする条例を作り、やりたい放題に金を使えば、不正が起きない方がおかしい。それが民主主義社会で如何に異常なのかが、分からないほど大垣市長は病が進んだのだ。

 2017年11月5日の大垣市ドローン墜落傷害事件を起こしても、行政の責任者は、業者に責任を押し付けて遁走した。大垣市制100周年記念行事の大判振舞いで、大垣さん大臭合、水饅頭偽ネス記録造成、ミッキーパレード等の予算には疑惑点が多いが、小川市長は条例を楯に使途用途の公開を拒否して何も言わない。

 それでいて、エアコン設備率が県下最低水準で、小学校の子供たちが夏の酷暑に泣く声は、市長の耳に届かない。市民の声は聞かざる市長である。

 大垣駅前商店街の61%がシャッターを下ろしても、それが市長の目には入らない。小川敏市長は、見ざる聞かざる言わざる。これは死病に罹った状態である。

 

身内というカス

 名経営者と言われた人でも、企業が公器であることを忘れて、身内の人間には甘くなることが多い。その身内の人間が経営者として失格でも、身内ゆえ、切るに切れず、経営の中枢部が侵食されてゆく。そうすると本体の経営がおかしくなる。血管のプラークのように経営の中枢の障害物となって経営情報の流れを阻害する。経営の血の流れに付いた不純物は、身内というカスなのだ。身内ゆえに切るに切れない。経営情報という血が正常に流れないので、じわじわと企業の生命力を削いでいく。業病である。

 

松下電器の過ち

 かの松下幸之助翁も娘婿の経営者を切れなかった。そのため娘婿を辞めさせる汚れ役を後進の社長に任せたが、反撃され返り討ちにあって消えてしまった。そして松下電器はおかしくなっていった。それは企業が公器であることを忘れた罰なのだ。

 地元の企業でも名経営者と呼ばれた方も、身内におかしな娘婿を入れたがため、経営がおかしくなった。そんな娘婿を選ぶような娘の男を見る眼が問題で、娘の育て方を間違えたのだ。

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     2016年9月28日 揮毫

 

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2018-11-19 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月12日 (月)

「おおがきの歌」は経済的音痴

 小川敏市長は、大垣市制100周年記念事業で「おおがきの歌」を作らせたが、内容が私の目から見てお粗末である。「おおがきの歌」を作るより、大垣市民憲章の見直しが急務である。

 

結論

歌にも、詩にも、憲章にもメッセージがある。この「おおがきの歌」には、こうしたい、こうありたい、という希望の声が聞こえない。これは単なる時間つぶし、税金の無駄遣いの歌謡曲である。

この歌詞を作った人は経済が全く分かっていない。大垣の現状が分かっていない。大垣の現在の教育の状況が分かっていない。今、大垣は次の100年に向かって衰退か繁栄かの帰路に立っている。だから大垣市民を鼓舞して次の100年を全員の力で創りあげる気力を唄う歌であるべきなのだ。昔を懐かしがって極楽とんぼごときに歌っている場合ではない。ピント外れである。作詞者は小川市長とグルになって市民を経済衰退から目を逸らすため、ボケに促す歌を作っている。

 

新しい「おおがきの歌」の歌詞を要約すると、下記である。

起  大垣はど真ん中

承  大垣は東西を結ぶ道

転  水が人を潤し

結 (昔は繁栄、今衰退。昔が懐かしい)おおがき万歳

こんなレベルの歌でいいのか?

 

内容分析

「おおがきの歌」で「真ん中、真ん中、おへそ」と喚いているが、どこが、真ん中でいいのか。地理上の真ん中なんか、何の意味もない。教育界の真ん中、文化の世界で真ん中、芸術の真ん中になるような取り組みをしていないから、大垣は衰退の一途である。

 この詩の作者は、有名な先生の作だが、私は感動しない。夢がないのだ。理想がないのだ。大垣経済の緊急の話題を逸らして、とぼけた歌となっている。

この歌は大垣の現状の本質を歌っていないのだ。だから、大垣の少年少女に韓国民族衣装を着せ、おおがきの歌 「これまでからこれからへ」を歌わせるような国賊まがいの真似をさせて、悦にいる小川敏氏のようなお粗末な市長が生まれるのだ。

「真ん中」がどうしたというのだ。大垣市民の歴史の努力の跡が何もない。「私の背の高さは、日本人のど真ん中の寸法です」というようなものだ。天から与えられた自然現象を誇ってどうするのか。アホかいなである。ど真ん中でない他市を侮蔑した歌である。

ど真ん中に位置して、大垣の水が大垣の100年を作ったのではない。370年前のお殿様の指導があり、人々の地道な人づくりがあって、今の大垣ができた。それがこの歌には表現されていない。

天才のピカソ作には傑作が多いが、駄作もそれ以上に多い。有名な先生だから、全てが素晴らしい詩であるわけではない。のどかを唄う目的なら許されるが、今はそんな状況ではない。市民の視線でその歌の価値を評価すべきだ。有名だからと作詞者の名前で胡麻化されてはダメである。有名企業の不祥事が多すぎる日本である。

 

芸術に疎い人がクレーム

そんな状況下で、大垣市長が、当初の原案の歌にクレームをつけて、41日に発表すべき歌の披露が、7月に延びた醜態がある(伝聞)。芸術に疎い市長が、プロの作詞者にクレームを付けたこと自体、異常である。大垣市の恥である。だから歌詞に感動を呼ばない。本来は、歌詞を市民公募にして、作曲をプロに任せればよかったのだ。今からでも遅くない。

 

作詞者のコメント

 作詞者のコメントを見ると単なるノスタルジアで、歌詞を作ったようだ。過去ばかり見て、現在と未来に目を背けた歌である。

  「子どもだった私にとって、 旅と言えば東海道線に乗って行く京都でした。そこが母の郷里で、私はよく旅の 終わりに近い大垣で、柿羊羹を母にねだって買ってもらったものでした。そんな縁が あったおかげで、歌詞を考えるにも心のどこかに、暖かい懐かしさのようなものがありました。

  昔と今、東と西、異なる時間と空間を、水の流れのように絶え間なく動き続けなが ら結ぶイメージが浮かんだとき、幼いころから知っていた大垣が、私の心に新しくよみがえりました。 <のびのび> <わくわく>のような子どもの声に ふさわしい言葉も、自然に私の心と身体のうち に浮かんできたのです。」 大垣市のHPより

 

大垣市制100周年記念

おおがきの歌「これまでからこれからへ」

日本の真ん中 おおがきの

大地の下から 湧く水は

昔を今に むすぶ水

清らかに 人を うるおし

これまでから これからへ

これまでから これからへ

いのち いのち

のびのび 大垣!

日本のおへそ おおがきに

終わり始まる この道は

東と西を つなぐ道

生き生きと 人は行き交い

これまでから これからへ

これまでから これからへ

未來 未來 わくわく 大垣!

これまでから これからへ これまでから これからへ

いのち いのち のびのび 大垣!

ラ ラ ラララララ ララララ ラ ラ ラララララ ル ル ル ル

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2018-11-12  久志能幾研究所 小田泰仙

  著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2018年11月10日 (土)

磨墨知85 . 原理原則から見て判断する

物事は何が正しいのか? 原理原則から、それを判断すること。そのクライテリア(判断基準)は何か?

その判断基準を周りの都合に合わせ、自分の都合で毎回、変えるから問題が起こる。基準に従って判断して、問題が出れば社会が間違っているのだ。正しいとの信念があれば、気にすることはない。間違いない判断は時間を節約する。迷いこそが時間の浪費の最たるもの。クライテリアが明確でないから、無駄な金と時間と人手を使う。

 

大垣市制100年記念行事にクライテリアなし

大垣市制100年行事を開催するなら、次の100年につながる有意義な行事にするというクライテリアがなければ、愚劣な行事はしてはいけないのだ。

クライテリアが明快でないから、偽ネス毒水饅頭共食いの愚行が行われた。市民税900万円が2週間で無駄になった。大垣市のギネス記録は、市民税を使わなかった三島高校のコロッケ記録に負けたのだ。ギネスを取るのと金を使うのが目的で市民無視で実施した行事だから、4か月も経った今でも、恥さらしなことに、ギネス達成の祝い横断幕が大垣市庁舎に掲げられたままになっている。市民として恥ずかしいたらありやしない。その予算額の半分が使途不明である。

ドローンによる菓子散布行事も市民憲章で謳うクライテリア「安全」を考えれば、実施はあり得ない。だからドローンが世界初の人身事故で、墜落して見物客にけが人が出たのに、大垣行政の責任者が、業者に全責任を押し付けて、雲隠れするのだ。大垣市の職員に安全と道徳というクライテリアがないからだ。

ミッキーマウスのパレードも大垣市制100年にはなんの関係もないイベントである。このクライテリアは何か? 大垣市TDL の営業宣伝パレードに振り回されただけだ。大垣市制の次の100年に何の意味もないパレードであった。市民税の無駄であった。600万円がパー。

ミッキーマウスのパレードの影響で、翌週の賑やかしだけの大垣祭り山車特別曳そろえも、見物客1万人しか動員できないので、実施しても意味がなかった。子供たちの勉強時間を奪っただけ。山車を曳く学生アルバイト代が市民税で投入された。無駄だ。何のために?のクライテリアがなかったのだ。単に100個のイベントを行うという愚劣な考えだけが先行しただけだ。

「大垣さん大集合」も、市制100年のクライテリアには、頓珍漢な行事である。その大垣姓の100名を交えた大宴会で20名の市の職員がどさくさに紛れてご馳走を盗味した。それが次の100年にどういう貢献をするのか。市民税泥棒である。一人10万円の散財で1000万円が消えた。後世に何の価値も生まない。

朝鮮通信使行列も、「なんのために?」のクライテリアがないから、歴史の事実を捻じ曲げて、大嘘の行列を仕立てるのだ。日本政府は、徴用工裁判の不当性で、韓国との国交断絶さえ考えているのに、小川敏市長が韓国に媚びを売っているのだ。

大垣市制100年行事は、小川敏市長が、目立ち我利の行事をしたいがため、分捕った予算の消化と業者に金をばらまきたいがための行事で、明確なクライテリアがなく、本来の筋から逸脱するから、事故を起こすのだ。大垣市制100年行事予算3億4千万円を浪費して会計報告をマル秘にするから汚職が疑われるのだ。市の財政が杜撰になるのだ。

 

己の人生のクライテリアは明確か?

自分は何のために働いているのか。なんのために金を稼いでいるのか。金ができたら働かないのか。人生は、お金のためにあるのではない。自分は何を目指して生きているのか。人は、何のために書を書き、仏像を彫り、音楽を奏で、写真を撮り、文書を作るのか。

そのクライテリアが明確でないと、道半ばで、人生道に迷う。その価値基準を明確にして仕事に取り組もう。そうでないと、定年後の人生が認知の人生となってしまう。今の日本社会は、65歳以上の15%が認知症である。

 

2018-11-10  久志能幾研究所 小田泰仙

  著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月 9日 (金)

大垣市民憲章は論理的に恥さらし

現在の大垣市民憲章の論理構成がおかしい。大垣市民憲章で宣言している内容がお粗末である。だから大垣市は迷走している。

(大垣)市民の誓い:「私たちは水を生かし 緑を広げ 安全に務め 心を育て 助け合います」

 

論理の問題点

この市民憲章では、人よりも、水、緑が大事にせよと、市民の誓いで強要している。ついでに、人の教育より、先人の伝統より、安全と心を育てるのが大事と血迷って宣言している。なにかおかしくないか。大垣市を支え、発展させるのは、人である。水も緑も自然の恩恵で市民が作ってきたものではない。今の大垣市民憲章には、人の育成、歴史の恩人の話がない。恥さらしな市民憲章である。

テクニカルライティングの基本は、一番大事なことを、一番最初に記述する。その論法で言えば、大垣の市民憲章で、人よりも水が大事なのだ、と宣言しているのだ。言葉とは裏腹に、天与の水をいい加減に扱う(治水をせず)から、水害のしっぺ返しを受けるのだ。頻繁に市内の基幹道路が水没するお粗末さを招いている。市民憲章から笑われている。全てを生む源は、人である。人を育成せず、先人の恩を忘れれば市と日本の発展はない。

 

主語の使い方が不適切

「私」とは、禾編で稲の意味を表している。「ム」は、腕で稲を抱え、自分のモノにしていることを表す象形文字である。つまり第一人称で、利己主義的な意味を含む単語である。だから市民憲章の主語として不適である。主語を書くなら、皆、全員、大垣市民を主語にすべきである。

 

戸田公の功績

今の大垣市の基礎を築いたのは、370年前の初代藩主戸田公が、教育に力を入れ、代々、大垣は教育の町、文化の町、博士の町に築き上げた。明治初期には、博士の出現率が、全国他市の50倍という驚異的な値であった。江戸時代に培った教育への取り組みが明治時代に花開いたのだ。

今でも、岐阜県の学問・教育に関しては、「西の大垣、東の岩村」と言われている。二つの街はお互いに似通っている。岩村は日本の孔子といわれた佐藤一斎を生んだ街である。2018113日、岩村を訪れた時、茶屋のお店の人からそう言われて大垣を見直した。

一般家庭でも毎朝のお勤めで、仏壇に手を合わせて、ご先祖にお礼を口上するのが日本人だ。その心がないから、大垣市長が戸田公を祀る神事で居眠りをする失態を晒すのだ。

 

お粗末な市民憲章の罪

今のお粗末な市民憲章が、今の大垣の衰退を招いている。それを放置しているのが、大垣行政の責任だ。市民の教育より、水が大事なのか。緑が大事なのか。安全が市民の教育より大事なのか。教育をきちんとして人を育てれば、おのずと市民は安全最優先で心豊かな高い意識となり助け合うのだ。説明の順序が逆である。論理構成が出鱈目だ。

 

因果応報

こんな低落だから、だから安全を無視した因果で、201711月に大垣ドローン墜落人身事故を起こして、真の犯人の大垣市行政の責任者が、全責任を業者に押し付け、雲隠れする不祥事を犯した。大垣市行政の信用がドローンと地に落ちた。その総責任者は小川敏市長である。小川市長自身が己の心が育っていないのだ。

 

改定案(仮)

大垣市民は皆で、人を愛し、人を育成し、先人の偉業を受け継ぎます。大垣市の発展のため、大垣の産業と文化を育てます。

(人と文化を育てれば、おのずと大垣市も発展し、産業も発達する。)

 

皆さんも、自分の住まいする市の市民憲章を上記の目で見直してください。

 

2018-11-09  久志能幾研究所 小田泰仙

  著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月 8日 (木)

磨墨知54. 仕事の時刻表を意識しよう

 時刻表(納期)のない仕事は仕事ではない。自分の人生、仕事、家庭そして今日の時刻表は何? 納期を心に刻んで、仕事をしよう。きっと仏様が助けてくれる。己の命を返上する日は決まっている。どんなに引き延ばしても100年なのだ。それを意識しないから、真剣な仕事ができないのだ。

 

私文書窃盗

 2013年7月27日、大垣市立図書館長と副館長とに談判する「事件」を体験した。当方が出した文書窃盗事件(私の私文書を図書館員が窃盗した)に対する公式見解の要求書を大垣市立図書館長宛に出したが、2ヶ月近くも回答がないので、知人の有識者に同席してもらい、二人で談判をして、その返事を求めた。私文書窃盗罪は、懲役5年以下の重罪である。その場で図書館長は、職員が窃盗した犯罪事実は認めたが、ウダウダと言い訳を言うだけで、いくら追及しても、その公式見解書の回答期限は口にしない。まさにお役人根性である。これでは行政の改革は進まないと痛感した。

 これでは埒が明かないと、議論するだけ時間の無駄と分かり、二人とも呆れ果てて退室した。その会話内容は全て録音した。いつでも公開できる準備はある。録音データのバックアップは知人に預けた。

 

民間企業とお役所の違い

 仕事として何らかの書類を要求されたら、嘘でもいいから回答期限を宣言する。そうすれば、遅れるかもしれないが、自ずとそれに向かって仕事を回すようになる。ところが、その民間企業の論理は、お役所には通用しない事態に遭遇した。よき反面教師との例である。魚は頭から腐る。大垣行政の頭が腐るから、組織の末端まで腐っていた。今回、記録としてこの事件を報告する。

 

私用文書等毀棄罪(刑法第259条)

 権利又は義務に関する他人の文書又は電磁的記録を毀棄した者は、5年以下の懲役に処する。

 

2018-11-08   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年10月30日 (火)

親子の因果が街を襲う-2

(6) 孤高い汚鼻畑に咲き狂う惚けの花

とかくこの世は住みにくい。理に走れば大喧嘩。利に走れば墓穴掘り。義に走れば絶滅種。情けかければ裏切られ。皆でピンはね恥が消え。真面目であれば鬱病に。ブラック企業、正論言えば村八分。とう大出で汚鼻が高いのよ。惚けたふりして公金隠匿。認知を装い会計報告雲隠し。仁義なき多々怪、相手よく欲みれば認知商。目先の利益に目がくらみ、街滅ぶ。親の因果が子に報い。遺志黒指導、危険遊びであのよいき。何時か子供が泣きを見る。痴気恥気馬鹿莫迦逝けいけ蛮蛮大行進。この世は狂気、認知、KYばかり。正気の己が泣きを見る。今に見ろ、俺は健康長生き、此岸で勝ち。

 

目先近眼認知症

 大垣が大空襲で焼け野原になった後、大垣駅を高架にして南北を縦断する道を作る計画があった。それをすると南側の大垣駅前商店街の客が北地区に流れると、当時の南側大垣駅前商店街の店主達が大反対をして、その計画は流れた。それが大垣駅前商店街の衰退の始まりである。親は未来を見ず、目先だけしか見ない近視性認知症である。その息子が、遠耳性認知症である。

今は、南北の道が両側2車線の国道258号以外は1車線のアンダーパスの道が2本しかなく、朝晩は大渋滞である。大雨が降れば、そのアンダーパスが頻繁に水没する。貧困な道路状況が大垣経済の発展を阻害している。道路は経済活動の血路である。60年前の利己主義の判断が、今の衰退を招いた。それを認識して反省がなければ認知である。だから同じ過ちを継続している。

 

汽車と鶏の大喧嘩

 三河地方でも、その大昔、近代化で国鉄が走るというので線路の位置と駅の位置の話が持ち上がったが、汽車が走ると鶏が卵を産まなくなるとの噂が立ち、有力地主が線路、駅を近くに作るのを反対して、遠くに通させたという。その結果、我儘を言った地主の土地は衰退して、線路が通った地方は繁栄した。繁栄する場所に、人モノは集まる。繁栄する種を植えないと、卵は手に入らない。経営者に求められるのは、先見性である。今の大垣市長に先見性があるだろうか。

 

2018-10-30   久志能幾研究所 小田泰仙

  著作権の関係で、無断引用を禁止します。

親子の因果が街を襲う-1

(5) 孤高い汚鼻畑に咲き狂う惚けの花

 とかくこの世は住みにくい。理に走れば大喧嘩。利に走れば墓穴掘り。義に走れば絶滅種。情けかければ裏切られ。皆でピンはね恥が消え。真面目であれば鬱病に。ブラック企業、正論言えば村八分。とう大出で汚鼻が高いのよ。惚けたふりして公金隠匿。認知を装い会計報告雲隠し。仁義なき多々怪、相手よく欲みれば認知商。目先の利益目が眩み、街滅ぶ。親の因果が子に報い。腹黒塾指導で、危険個所が目に入らない。何時か子供が泣きを見る。痴気恥気馬鹿莫迦大行進。この世は狂気、認知、KYばかり。正気の己が泣きを見る。今に見ろ、俺は健康長生き、此岸で勝ち。

 

弱年性認知症

 駅の北側に大規模小売店舗ができれば、南側の大垣駅前商店街が寂れ、己の店と土地の価値が下がるのが明白なのに、その件で何も発言しない若店主たちがいた。大垣駅前商店街を寂れさせたのは、思考停止の息子店主地。大垣駅前商店街の衰退の元凶である。大規模小売店(アピタ)が進出すれば、大垣駅南側の駅前商店街の地価が下がり、税金は変わらず、売上は減る、と訴えたが、若い店主は何も反応がなかった。

 

危険盲目症認知

 元気ハツラツ市を開催すればするほど、大垣駅前商店街は寂れていく。儲かるのは、市外の露店業者だけ。その開催日に賑やかしとして、腹黒塾の指導で、子供たちにコンクリート上でボール遊び「沸騰猿ゲーム」、「バスケットボール遊び」、小さな臨時プールで「水掛けろん遊び」をさせている。子供が大通りの上で遊んでも、大垣駅前商店街の活性化には何ら貢献しないのにも関わらず、何年も続いている。フットサルのベニヤ板は面取りがしていなく、当たれば手を切る恐れがある。バスケットボール遊びで、ころんで仕切りのブロックに当たれば大怪我だ。

 腹黒塾は、商店主たちに経営塾として何を指導しているのか。腹黒塾は、商店街が衰退するための経営指導のようだ。街のシャッター通り化推進には、その効果はあったようだ。フットサルが商店街の活性化に効果があると考えるなら、立派な認知である。

 路上の臨時小プールでは非正規の監視員が一人いるだけで、少し目を離したら子供の水事故になる恐れがある。共に子供たちの怪我に危険や命の危険があり、若店主達が自己満足で暴走している。目先の賑やかしのため子供達に起きる恐れのある危険が目に入らなければ、立派な認知である。街の長老が危険性を指摘しても若店主たちは誰もそれに耳を貸さない。大垣教育員会も教師も見て見ぬふりである。子供が怪我をして損害賠償を請求されたら、腹黒塾で払うのか。小川敏市長が払うのか。

 

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2018-10-30   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年10月27日 (土)

小川敏市長がケンチャナヨ汚染

「朝鮮通信使」時代考証の出鱈目さ 

 大垣郷土館で開催中の「朝鮮通信使」特集展で展示中の「朝鮮通信使行列絵巻」、google画像検索での「朝鮮通信使行列巻物」と大垣大パレードの姿を比較検討した。2018年10月17日、大垣10万石まつりでの「朝鮮通信使のパレード」の様子が、時代考証的にでたらめだと断定した。

 絵巻と比較して、大パレードの御輿に乗った長官の冠がおかしい、御輿の形態がおかしい、随行婦人の様子がおかしい、服装がおかしい、靴がおかしい、旗がおかしい、のだ。

 今回のパレードの様子は、単に市制100周年記念で獲得した予算消化の見世物の行列となっている。韓国のケンチャナヨ文化が、大垣市制を汚染した。韓国人の行列には破顔で無邪気に喜んでいる小川敏市長の顔は見られたものではない。それなのに大垣少年少女合唱団が大垣の歌を歌っている最中、大垣の青少年たちが市長の面前で整列しても、にっこともしないぶすっとした小川市長である。

ケンチャナヨ主義:本来の意味は「問題ない」「関係ない」。細かいことに拘らない韓国人の適当な精神を指す。(小倉紀蔵・京都大学大学院教授)

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韓国人の行列時はご満悦の小川市長

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大垣市の子供達が韓国民族衣装で「大垣の歌」を歌う間、ずっとしかめっ面の小川敏市長

時代考証

長官の冠

 「朝鮮通信使行列絵巻」で描かれた使節長の冠は布製である。それも地味な色と形態である。金ぴかの冠を付けた姿は巻物では見当たらなかった。金ぴかの冠なら王様である。朝鮮通信使の長は単なる使節の長官である。当時の朝鮮には染料がなく、中国から輸入していた。

 

長官の乗る御輿

 パレードで示されたようなトロッコのように下部に小車を付けて、朝鮮人が神輿を曳いている形態は、巻物には描かれていない。歴史の巻物に描かれたのは、全て、8人ほどの日本の人足が長官を乗せた籠を担いでいる。通信使長の籠の上を覆う天蓋もない。扇のような旗もない。その後の玩具のようなキャスターを付けた派手な台車の行進はお粗末すぎる。そんな染料が当時の朝鮮にはなかったのだ。大垣市はケンチャナヨ。

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お粗末なキャスターで馬脚が現れている。こんな状態で、舗装の無い江戸時代の道を行けるわけがない。ケンチャナヨ

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出典konn.seesaa.net

 上図は、写真ができた当時の韓国貴族の写真。写真技術ができた時代でこの有様だから以前の朝鮮通信使が何度も来た江戸時代中期は、その姿が想像に余りある。当時の朝鮮には二輪車を作る技術さえなかった。車輪を左右均等に作れないのだ。日本は平安時代に二輪、天蓋付きの漆塗り牛車があった。それと比較すると、当時の韓国の文化レベルが推し量れる。

 

女性陣の参加の疑問

 当時の朝鮮は儒教の影響で、男尊女卑である。今でもその男尊女卑の風習は色濃く残っている。当時は貴族階級の女性でも外出はできなかった。だから晴れ晴れしい行列に女性は参加など言語道断である。

 大垣郷土館に展示された「朝鮮通信使巻物」に描かれた行列風景でも、95人の男性が描かれているが、女性はたった8名だけである。その女性の全ては、馬に乗って、日本人の人足に曳かれて行列している。多分高貴な女性であろう。それも派手な赤の服装ではなく、地味な服装である。もしかすると日本女性かもしれない。当時、女性が10か月間、2000キロに及ぶ朝鮮通信使の行列に同行するのは実質的に困難である。

 ユネスコ登録記念の歴史再現行列なのに、女性陣は運動靴での参加で、雰囲気が台無しである。それを許した大垣行政は、ケンチャナヨ。

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派手な色の服装と運動靴で馬脚が現れている。朝鮮の昔の歴史上では、女性は外出禁止。これは歴史の大嘘

 

子供達への反逆者・小川敏市長

 だから、大垣大パレードで赤の派手な韓国女性が、ほぼ半数の大勢でパレードするなど、歴史的に大嘘である。これでは大垣の子供たちに間違った歴史観を植え付けてしまう。大垣市長は、子供への教育の反逆者である。歴史を捻じ曲げてまでして、韓国に媚びを売りたいのか。何が子育て日本一を目指すのか。

 

原色の派手派手の衣装 

 大パレードの服装も、原色の派手派手で、絵巻物に描かれた姿と大違いである。当時の朝鮮には染料がなく、中国から輸入していた。だから大嘘の大パレードである。

 

旗の存在の疑惑

 大パレードで掲げた旗も、絵巻物では、その形跡が歴史上に存在しない。当時の朝鮮には染料がなく、中国から輸入していたので、こんな派手な旗は大嘘である。

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こんな旗は絵巻物に描かれていない。大嘘

歴史の事実

 当時の朝鮮通信使の中には狼藉を働く使用人も多く、殺人事件まで起こす人種が同行したとの記録がある。宿泊先の建屋内の階段で小便をまき散らす男たちもいて、それが記録に残っている。そういうレベルの人が同行していたという事実を知らねば、この行列を観察する意味がない。だからその警護で大勢の大垣藩の村民が駆り出された。それを認識しておかねば、歴史認識を誤る。ユネスコ登録という名目での再現行事なら、時代考証を綿密にしなければ、単なる見世物行列となり、税金の無駄遣いである。今回の朝鮮通信使行列の状況を検証したら、税金の無駄使いと断定した。

 

朝鮮通信使行列は朝貢外交

 朝鮮通信使は、日本の将軍への朝貢使節団であり、文化は伝えるためではない。「日東壮遊歌」を読めばそれが明白である。高い文化を所有していると自慢する国が、なぜわざわざ日本へ団体で頻繁に来るのか。日本が文化を教わる立場なら、出向くのは日本の方のはずだ。

 朝鮮通信使に同行した書記が書いた記録にも、大阪の風景は、当時の朝鮮の首都より万倍も立派と書いて感激している。

 朝鮮通信使についても、あくまで「日本に対し文化を教えてやった立場である」としないと、韓国が捏造する歴史の整合性がとれない。それでは、日韓の共同ユネスコ申請に際し、当時の両国は対等であったと妥協したのだ。そうでないと韓国が納得しない。だからユネスコ登録は妥協の産物である。本来、登録すべき事例ではなかった。これは事実を捻じ曲げて広報した慰安婦事件の変形版である。それをありがたがる大垣市長がおかしいのだ。小川敏市長よ、あなたはどこの国の市長なのか。

 

『朝鮮紀行』

 『朝鮮紀行』はイザベラ・バードが1894年(明治27年)から1897年(明治30年)にかけて、最末期の李氏朝鮮(朝鮮王朝)の4度の旅行記録。当時の朝鮮の風俗、社会、政治情勢などを知ることのできる歴史的資料である。李朝末期(約100年前)の朝鮮の姿は凄まじい。「朝鮮紀行」では下記が記載されている。

・貨幣制度が皆無に等しい。

・ソウルは世界有数の汚く悪臭のする都市。

・一般民衆の住む場所は藁葺きのあばら屋で、通りからは泥壁にしか見えない。

・道はとにかく悪い。

 

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出典blog-imgs-45-origin.fc2.com

「朝鮮通信使」の実際は「民度の低い盗人集団」

 江戸時代、大名たちは、家の格を守るために幕府に忠誠を尽くす必要があった。戦争があれば武功で忠義を示すことができる。しかし、江戸時代は戦争がない時代で、大名たちは幕府のために熱心に朝鮮通信使を接待した。江戸への旅で、過剰な接待を受け続けた朝鮮通信使の一行は、甘やかされた子供のように、しつけをしていない犬のように、どんどん傲慢になり、有頂天になって傍若無人な態度をとるようになっていた。それは、もはや不良中学生の修学旅行の一行であった。(出典 歴史投稿朝鮮通信使

 「朝鮮通信使」が、鶏を盗んで乱闘になっている有名な絵が残っている。船着場から上陸して町の中をうろついていた朝鮮通信使一行が、町人が飼っている鶏を盗んで逃げようとし、日本人と喧嘩になっている絵である。朝鮮人は、欲しいと思った物は、力ずくだろうとなんだろうと、何がなんでも手に入れようとする執念を持っていた。(出典朝鮮通信使の真実

 出典朝鮮通信使の宿泊施設の旅館では、部屋にある布団から、花瓶や、食器、掛け軸まで盗まれた。朝鮮通信使が去った後の部屋は、まさに「引っ越した後の空き家」状態になったという。朝鮮通信使の随員の中には、段々と尊大な行動をする者も現れた。食事に難癖をつけて、魚なら大きいものを、野菜ならば季節外れのものを要求したりというような些細なことから、予定外の行動を希望し、拒絶した随行の対馬藩の者に唾を吐きかけたりするようなこともあったという。(出典BBの覚醒記録)

 

韓国ドラマのいい加減さ

 韓国ドラマの衣装の素晴らしさは、作り話のテレビドラマだけの世界である。時代考証をした実際の姿とはかけ離れているとは、多くの識者の見解である。時代の捏造は韓国のお得意技。それに迎合する小川市長は誰の味方?

 

結論

 要は、大垣大パレードでの朝鮮通信使の格好は、3億4千万円の記念行事予算の消化のための大芝居なのだ。税金の無駄遣いである。行事で大きな金が動けば、陰で裏金が動くとみるのは、常識である。「大垣さん大集合」の行事一つ見ても、予算の半額が使途不明金である。下品な「水饅頭共食い挑戦」にも、使用用途の半分に疑惑があるようだ。なにせ今回の市制100周年記念行事の予算の使用用途は、条例で公開禁止なのだ。すべてそのためのカモフラージュと見るのが、常識のある人の見方である。

 

大垣丸の行く末

 近未来に大垣丸フェリーの横転、沈没が予想される。頭でっかちの船体で、未来を見据えて作った海図がケンチャナヨで、航海コンパスが狂い、燃料駄々洩れで、船底に穴が空いて浸水しているが、甲板上では、お祭りでどんちゃん騒ぎ。大垣船長は宴に酔い痴れている。大垣丸の行く末や、如何?

 

参考文献

日本人なら知っておきたい「朝鮮通信使」の嘘と真実https://matome.naver.jp/odai/2143457548330480301?&page=3

韓国のナンチャッテ時代劇

2015-03-20 | 歴史・政治

https://blog.goo.ne.jp/mannizawa/e/4596479e1def02a733f1cb62c761fcdb

 

2018-10-27 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。