c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2018年4月25日 (水)

恵峰師のぼやき

世は見せる教育ばかりである。ガンガンと詰め込んでも限界がある。余裕をもって臨みたい。聞く教育がない。聞かせる教師がいない。聞こうとしない。それならば書いてみせようと恵峰は思う。(馬場恵峰師談)

 

 学びとは、自分の手で、眼で、心眼で、足で観なければ身に付かない。体で痛みを感じる体験をしないと智慧はつかない。知識や情報は、本から得ることができても智慧がつかない。

 小賢しい人間が知識、情報を集積して、原爆、水爆、サリン、ビットコイン、仮想空間の世界を作り出した。それを老子は「老子」18章で、「慧智出有二大偽一」(知恵出でて大偽あり)と達観した。その意味は「昔は、自然のままの生活で平和であったが、人間の知恵が進むにつれて素朴な心が失われ、人が踏むべき真の道は廃れて、不要の道徳が起こる。その結果、大きな人為的な偽りが行われるようになった」である。二千年前の言葉である。人は二千年前から進歩していない。

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  2018年4月20日、馬場恵峰先生宅で見つけた書です。即、入手しました。

2018-04-22

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年4月23日 (月)

素晴らしい人生よりも、楽しむ人生

 うまくなったら良い紙に正式に書こうと思って、安い半紙に書いているから上手くならない。どうせ皆さんは上手くないのだから(爆笑)、今、持てる技を全て使って、良い紙に丁寧に、毎日書くことを継続すれば、必ず上手くなる。どんな揮毫も丁寧に一期一会のつもりで真剣に書く。だから後世に残る作品ができる。(馬場恵峰師談)

 

未熟時代の心がけ

 偉くなったら良い品を使おうと思い、お金持ちになったら寄付しようと思っても、今それをしていないから偉くなれないし、お金持ちになれない。貧乏ではないが普通の生活なら、少しお金があれば少し寄付をする。たまには良いホテルを使い、一流のお店で食事、一流の人を選んで付き合い、その一流の空気に触れれば、偉くなれるしお金持ちになれる。ユダヤ人は、貧しい時から収入の1割を寄付に回すという。学者やノーベル賞受賞者、富裕層の成功者に、ユダヤ人が多いのにはワケがある。

 

素晴らしい人生の末路

 日本の最高学府を出て、エリートコースに乗り、役所や企業で栄華を極め、素晴らしい会社人生を送っても、いつかはその座を去らねばならぬ。その座にいた時は、その地位に部下はかしずいていたが、肩書の外れた定年後には誰も寄りつかず、日々やることもなく過ごす高級官僚や元会社役員が多い。そういう人が認知症に係りやすい。特に校長先生、警察署長など、人の面ばかりに気を使って、頭を使わなかった人が認知症になりやすい。そういう人は、壮年期には素晴らしい人生を送るが、晩年の末路は惨めである。

 2010年の厚生労働省の資料によれば、65歳以上の高齢者の15%が認知症である。今はもっと増えているようだ。この2018年4月7日、長年、自治会長を務めた老人が、地域の会合で痴呆に似た質問を乱発してその場を白けさせた。痴呆は身近なのを目のあたりにした。その老人は、人の話を聞かないことで有名であった。人との付き合いもない。痴呆になるにはワケがある。自分が痴呆症であることが自覚できないほど、不幸なことはない。痴呆症は脳死である。それは日頃の生活の心がけで、防げる病気である。

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 (日本経済新聞2014/07/09より)

 

楽しむ人生

 恵峰師は、どんな書でも直接、表装された軸に揮毫される。85年に及ぶ修行の賜物である。この世の出来事は、偶然はなく必然である。人生で練習の事象はなく、人生二度なし、一期一会。どんな事象にも、冷静に丁寧に誠意をもって対処すれば、後悔のない楽しめる人生となるはずだ。

 そのご縁の舞台で、良きを選び、良き場所を選び、良き人物とのご縁を選択する。そうすれば素晴らしい人生ではないかもしれないが、素晴らしく楽しめる人生が実現する。素晴らしい人生とは、運が支配する世界である。しかし楽しめる人生は、自分が生み出す世界である。運に振り回されてはならない。自分が人生の主人公として主体性をもって生きたい。人からやらされる人生より、自分でやりきる人生なら、苦労ある人生でも楽しむ人生に出来る。

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2018-04-23

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2018年4月22日 (日)

恵峰師が彦根城と犬山城を訪問

彦根城

 2018年4月12日、馬場恵峰先生ご夫妻を彦根城にご案内した。当初、彦根城への坂がきついので三根子先生は、彦根城博物館か人力車での周辺観光をしてもらおうと思っていたが、三根子先生が途中まで、ゆっくりでも上がりたいといわれるので、一緒にご案内をした。結局、天守閣のある場所まで到達できて大変良かった。三根子先生もお大変喜ばれて、よきご案内となった。

 最大の懸案であった彦根城天守閣への登城は、恵峰先生は奥様のことを考えてやめられたのでほっとした。当初の予定は、奥様は一階だけ見てもらって、恵峰先生だけ上がってもらおうと心づもりをしていた。それもすぐ下で構えながら登ろうかと心づもりであった。

 天守閣への坂道の途中にあった櫓の見学で、彦根城の内部の構成がよくわかり、急角度の階段を上らなくても済んだ。恵峰先生が櫓を見学して、三根子先生にされた説明が感慨深い。三根子先生の親は大工の棟梁とか。その仕事ぶりを垣間見たようだ。(プライバシーの問題で、三根子先生の写真の掲載は控えます)

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 2018年4月12日 彦根城の外堀の前で

 

犬山城

 4月15日、ご夫妻は犬山城に行かれたが、私の想定外で、ご夫婦で犬山城に登られたと聞いて呆れた。冷静に考えると、周りに人には犬山城の階段の危険性は通達してあるので、皆さんが構えて先生のガードをされたようだ。事故は身構えていないときに起きる。今回は身構えて対処したので事なきを得た。もし彦根城に登るとすると、何かあった場合のガードは、私一人なので、先生も気を使って、登るのを遠慮されたのだろう。

 

犬山城の漢詩

 恵峰先生も下記の漢詩を作られて喜ばれた。漢詩の意味は、「中国四川省長江北岸の古城白帝城正に犬山城の風景正に類似。平成30年4月明徳有志集り、思いやりの風和気をみちびき真に安じたり 古言訓学び新たな人生の歩みいやさか盛業輝いてほしい」である。

 「閑(のどか)」がキーワードである。閑でなければ、新しい発想も生まれない。静かな水流を見ても何も感じられない。学問もできない。Schoolの意味は閑である。閑であるから、学問ができる。哲学者scalar とは、閑という時間があるので思索を巡らすことができる人である。

 各行の末に「徳、得、篤」と韻が踏まれていることを着目ください。3行目の末は韻を踏まないのが漢詩のルールです。

 三根子先生からは「彦ニャンちゃん天守閣へ登り、犬山城へ登り人生最高です。ありがとうございました」との礼状を頂き、結果オーライで良き旅を提供できて、本望です。

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2018-04-22

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2018年4月21日 (土)

50m巻物「静楽養愚詩文録」を撮影

 2018年4月19日~21日で、長崎県大村市の馬場恵峰先生宅と福山市の三好眼科を訪問しました。陸路で片道7時間の旅でした。馬場恵峰先生宅では、この春に恵峰師が書き上げた50m巻物「静楽養愚詩文録」の写真撮影をいたしました。3人がかかりで撮影を完了しました。他に日本の唱歌5本の巻物を撮影しました。今から、編集作業にかかり、5月末には出版にこぎつける予定です。

 三好眼科は、私の眼の検診と、新しく完成した診療建屋の見学・撮影です。あいにく三好輝行先生は学会出席のため不在でしたが、事務長の寺本様に全館を案内していただきました。これは後日報告します。

 

50m巻物「静楽養愚詩文録」

 この50m巻物は、恵峰師が92年に及ぶ自分の人生の集大成として書かれた作品である。百人一首の藤原家の事から始まり、幕末の歴史、訪中が240回に及ぶ経緯、訪中漢詩、中国の小学校を寄付した経緯、今の若人に言って聞かせ置きたい事、人としてのあるべき姿を様々な形で取り込み、一行一行にその思いを込めて、何かに役立てばと揮毫された。

 この巻物の揮毫は、先に揮毫された100m巻物よりも、疲れたと言われる。その分、多くの精力を使われて、後世へ託す言葉として思いを込めて揮毫されたようだ。それにしても、92歳の現役で、どげんばしてそげん元気ばってん?である。

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 50m巻物「静楽養愚詩文録」を前に馬場恵峰先生  2018年4月20日

24k8a9036 50m巻物「静楽養愚詩文録」の一部

 

2018-04-21

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2018年4月19日 (木)

道の学びかた

書道の学び方

 見ながら真似して書くから上手くならない。字体を覚えて、考えながら書かないから上手くならない。真似るのではなく、先人から学ぶのだ。何時でも何処でも通用する書法を学んで、書法に則って書くのだ。(馬場恵峰師談)

 

生きる道の学び方

 人の経営を真似して、経営するから上手くいかない。経営の原則、人生道の基本を覚えて、人から学んで経営しないから、うまく経営できない。先人の経営から学んで、己の経営と比較してそれを応用するのだ。先人の生き方を学んで、自分の生き方を見つけるのだ。これは全てのことに共通する要点である。

 

学ぶとは

 今の書道は、真似るだけで学んでいないので、本物の書が書けないのだ。書法から外れた読めない字を「これが芸術だ」と誤魔化して踊りながら書くから、書道の本道から外れていく。それが外道である。

 「学び」の意味は、旧字体の形から見れば、その原則は一目瞭然である。学びの館の下で子供達(我々)が、お互いに議論をして、切磋琢磨して修行している様を表現した象形文字である。相手から学ぶから成長するのだ。真似ではダメなのだ。

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     「武道としての情報設計」小田 2006年より

 

2018-04-19

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2018年4月16日 (月)

自惚れは持たねばならぬ

自惚れは持たねばならぬが、自惚れてはならぬ(馬場恵峰先生談)

 自惚れは、人一倍の努力、精進をしなければ持てない。自惚れがない人は、その努力をしていない人だ。日本一になるには、日本一の努力が必要だ。人一倍の努力をしてきたという自負が自信となり、美人コンテストでも、私が一番美しいと思って振舞うから、美人として映える。それを自信がないかのように振舞っては、美人コンテストでは優勝できない。ピアノ演奏でも、仏像彫刻でも、どんなコンテストでも同じである。

 自惚れても謙虚さを忘れたら、鼻につく。それを鼻にかけては、自分の成長は止まる。そんな料簡では、世の中でうまくいかない。

 要はどこまで大きく、太く、未完成で終わるかを目指す旅が、人生なのだ。大きくなるだけではダメなのだ。大きく成長して、テンを味方につけて、太く豊かにならねば、後世に残る仕事はできない。更なる未完成を目指して、更なる精進が必要なのだ。

 

 馬場恵峰師は、今回の彦根、関ヶ原、大垣、犬山の訪問を終えて、中部国際空港より2018年4月15日18時10分発のANAで長崎空港に向けて帰路につかれた。Nさんと一緒に、先生たちをお見送りして安堵である。

 なぜ、今回の幹事たちが中部国際空港でお見送りをしないのだ。お見送りこそ、人としての感謝の礼儀である。

 

2018-04-15

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2018年4月14日 (土)

磨墨で真心を磨る

 2018年4月13日、盛岡の湯澤さんと齋藤さんが、遠路700キロを自車で交代しながら運転して大垣フォーラムホテルに日没後の18時15分に到着した。翌日の馬場恵峰先生の講演会に参加のためである。

 湯澤さんは、重い書道道具を恵峰先生に長崎から運ばせるのは忍びないと、岩手から書道道具を車に載せて駆けつけてこられた。新幹線か飛行機で来れば楽な旅行なのに、丸一日の運転の苦行である。

 翌日の4月14日、湯澤さんは開場の4時間前の9時半に大垣のホテルを出発して会場の犬山に向かった。講演会場で恵峰先生が揮毫時に使う墨液を準備するためである。その墨液を準備するために、講演開場前に会場で3時間をかけて墨を磨るのである。

 恵峰先生が揮毫で使う本物の墨液は、静かに、穏やかに、心を落ち着かせて、長い時間をかけて、墨を磨ることで生み出せる。ゆっくりと磨ると、下した墨の粒子が細かくてよい墨液ができる。速く急いで磨ると粒子が荒くてよい墨液はできない。

 恵峰先生の講演会を聴く人は誰もこのことを知らない。私も、今回初めて、こういう支援活動を知った。人知れず恵峰先生のために骨折って下さる湯澤さんに感謝です。盛岡から駆けつけて、磨墨で真心を磨るという無償の支援をされるのも、恵峰先生の人徳の賜物である。

 

磨墨修行

 磨墨修行とは、墨を己に見立て、硯を社会に見立て、自分をすり減らす修行を言う。下りた墨で、自分の作品を作り、世に問う。その墨を磨るにも、出来合いの墨汁では修行にならない。墨汁は石油から作られた化学製品である。石油のアルコール分が、筆の毛を痛める。自分の命の代わりの道具を痛めては、良い作品は生まれない。墨汁を使うとは、安易な仕事道具で仕事をするが如きやり方である。本物の仕事は泥臭い基本の修行から生まれる。

 世の中には、表舞台の裏では、このような磨墨をして世を支えている人がいる。それを今回のご縁で教えて頂いた。自己顕示欲で、世間を揺らして磨墨するようでは、鼻につく。パーフォマンスで、読めない字をダンスのように描く書家もいる。書の基本を忘れた遊芸である。書とは、文字で己の意思を人の伝えるためにある。今回の恵峰先生の講演会の準備でのご縁に接して、人生を観た。

 

2018-04-14

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2018年4月13日 (金)

足で人生の作品を創る

頭で作品を作るから、後世に残る作品や仕事が生み出せない。足で人生の作品はつくるのだ。頭だけで作った大学教授の作品は役立たないと同じである。(馬場恵峰師談)
この考えは、トヨタ生産方式の現地現物と同じである。


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久志能幾研究所 小田泰仙

2018年4月12日 (木)

自分という家のリフォーム

人生の家の柱は、一本だけだからうまくいかない。生活を支える柱があって、もう一本の柱を立てないから、定年後に迷いの人生となる。そのもう一本の柱は、文化教養の柱であったり、社会貢献の柱であったりする。自分の人生から会社人生を取ってしまったら、抜け殻の人生になってしまうのでは人生の敗残者である。もう一人の自分を発見するのが人生のリフォームである。新しい人生を開拓するために、自分の人生をリフォームされたし。(馬場恵峰師談より)

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久志能幾研究所    小田泰仙

2018年4月 8日 (日)

犬山城を調査訪問

 2018年3月24日、犬山城を調査訪問した。結論は、階段が急で、踏板の先が摩耗して丸くなっており、高齢者には非常に危険である。高齢者でなくても危険である。つい最近まで、個人所有のお城であったので、観光用にはまだ完全には整備がされていないようだ。高齢の先生の旅行の見学先としては不適である。階段幅が狭く、日曜日に人出が多く混雑が予想される時は、特に危険である。国宝というだけで、見る価値も、見るべき展示物は少ない。学ぶべき事項は少ない。物見遊山ならともかくである。先生は、見学に訪れる以上は、学びの価値ある場所を希望されている。

 最上階の展望の回廊も手すりが、昔の武士の体形に合わせた高さで、現代人には低すぎて、歩くと恐怖感を覚える。長良川の展望は素晴らしいが、それは単なる風景で、女子供たちには良いだろう。手すりの高さは人の臍の位置より高くないと、危険である。犬山城はその安全基準から外れている。彦根城は、最上階の展望の回廊には出ることが禁止されている。

 

彦根城を調査

 2018年4月3日、比較確認のため彦根城を調査した。犬山城と同じく国宝で、階段が急である。しかしその階段には滑り止めが付けられていた。手すりも持ちやすいステンレス製である。階段の幅も犬山城よりはるかに広い。また階段の上り下りは、上る人と下る人を分けて、交通整理している。安全のためである。犬山城ではこの上り下りの人達を交通整理する分離対策はされていない。

1p1040742 犬山城 階段のヘリが摩滅で丸い。滑りやすく危険。

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恐怖心一杯で手すりにしがみ付いて降りてくる老女

私も降りる時に恐怖感を覚えた。

休日は、入城に30分待ちとかで、大混雑である。ますます危険である。

この日は平日で人出は少なかった。

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4p1040764 犬山城 天守閣の最上階の手すりが異常に低い。歩くと恐怖感あり。

 6p1040749 犬山城 天守閣からの展望。高層ビルからの眺めに慣れているので、感動無し。

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彦根城 階段の滑り止めが設置。ステンレスの手すりも別に追加設置 

8p1100316彦根城 安全のため一方通行で昇降の交通整理がされる。

9p1100305 彦根城 天守閣の外の回廊に出ること禁止。

 

階段からの転落死亡者

 階段からの転落,床での転倒,足場,梯子,開口部などからの転倒・転落・墜落削を含んだ年間の事故死亡者数は男子2702 人,女子1435人,(1989 年)で、交通事故を除いた事故死亡者総数の26.8%を占めている。この死亡者数 はその年の労働災害による年間死亡者2419人(1989年)の約 1.7倍となっている。転倒・転落・墜落事故による死亡者のうち14.3%(1989年)が、階段からの転落事故である。階段転 落事故の内容について、転倒・転落・墜落事故は 家庭で多く発生し、高年齢者の多くが下肢骨折、特に大腿骨頸部骨折を原死因として死亡する割合が高いと指摘されている。

「日本における階段からの転落死亡事故の様相」永田久雄

日本建築学会論文集 1992年1月

 

ジャランの口コミ

 ジャランの犬山城に関する口コミが1500通ある。私はその内、最新の1,000通ほどに目を通した。正確に確認するため、再度、最新の500人の口コミ情報を見て、それをテキストでエクセル表に張り付けて統計調査をした。その中で、階段の危険性に言及した20人ほとんどが、「高齢者は絶対に上らせてはダメ」とコメントしている。

 そういう状況の中で、高齢の先生を犬山城に案内するのは、狂気の沙汰である。犬山城を旅行先にする幹事は、高齢の先生の命や仲間の命の危険性を全く意識していない。危機管理意識が皆無である。幹事達が楽をするために、見学先を選定したに過ぎない。先生の付き添いの方に、絶対に上らせないようにと申し送りをした。

https://www.jalan.net/kankou/spt_23215af2120008924/kuchikomi/

 

 2018年3月31日、南宮大社に参拝するため大垣を訪ねてきた知人と雑談したら、「犬山城には、高齢の先生は絶対に上らせてはダメ」と助言をされた。

 

2018-04-08

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