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2018年4月23日 (月)

素晴らしい人生よりも、楽しむ人生

 うまくなったら良い紙に正式に書こうと思って、安い半紙に書いているから上手くならない。どうせ皆さんは上手くないのだから(爆笑)、今、持てる技を全て使って、良い紙に丁寧に、毎日書くことを継続すれば、必ず上手くなる。どんな揮毫も丁寧に一期一会のつもりで真剣に書く。だから後世に残る作品ができる。(馬場恵峰師談)

 

未熟時代の心がけ

 偉くなったら良い品を使おうと思い、お金持ちになったら寄付しようと思っても、今それをしていないから偉くなれないし、お金持ちになれない。貧乏ではないが普通の生活なら、少しお金があれば少し寄付をする。たまには良いホテルを使い、一流のお店で食事、一流の人を選んで付き合い、その一流の空気に触れれば、偉くなれるしお金持ちになれる。ユダヤ人は、貧しい時から収入の1割を寄付に回すという。学者やノーベル賞受賞者、富裕層の成功者に、ユダヤ人が多いのにはワケがある。

 

素晴らしい人生の末路

 日本の最高学府を出て、エリートコースに乗り、役所や企業で栄華を極め、素晴らしい会社人生を送っても、いつかはその座を去らねばならぬ。その座にいた時は、その地位に部下はかしずいていたが、肩書の外れた定年後には誰も寄りつかず、日々やることもなく過ごす高級官僚や元会社役員が多い。そういう人が認知症に係りやすい。特に校長先生、警察署長など、人の面ばかりに気を使って、頭を使わなかった人が認知症になりやすい。そういう人は、壮年期には素晴らしい人生を送るが、晩年の末路は惨めである。

 2010年の厚生労働省の資料によれば、65歳以上の高齢者の15%が認知症である。今はもっと増えているようだ。この2018年4月7日、長年、自治会長を務めた老人が、地域の会合で痴呆に似た質問を乱発してその場を白けさせた。痴呆は身近なのを目のあたりにした。その老人は、人の話を聞かないことで有名であった。人との付き合いもない。痴呆になるにはワケがある。自分が痴呆症であることが自覚できないほど、不幸なことはない。痴呆症は脳死である。それは日頃の生活の心がけで、防げる病気である。

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 (日本経済新聞2014/07/09より)

 

楽しむ人生

 恵峰師は、どんな書でも直接、表装された軸に揮毫される。85年に及ぶ修行の賜物である。この世の出来事は、偶然はなく必然である。人生で練習の事象はなく、人生二度なし、一期一会。どんな事象にも、冷静に丁寧に誠意をもって対処すれば、後悔のない楽しめる人生となるはずだ。

 そのご縁の舞台で、良きを選び、良き場所を選び、良き人物とのご縁を選択する。そうすれば素晴らしい人生ではないかもしれないが、素晴らしく楽しめる人生が実現する。素晴らしい人生とは、運が支配する世界である。しかし楽しめる人生は、自分が生み出す世界である。運に振り回されてはならない。自分が人生の主人公として主体性をもって生きたい。人からやらされる人生より、自分でやりきる人生なら、苦労ある人生でも楽しむ人生に出来る。

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2018-04-23

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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