l5_佛が振るチェカーフラグ Feed

2017年8月31日 (木)

飽食という名の認知症

 その昔、学校で悪さをすると、罰として水の入ったバケツ2杯(約10kg)を持たされ廊下に立たされた。それが今は、長年の飽食の罰として、肥満になると天の罰として、バケツの水と同重量・脂肪の塊(10kg)が身につけさせられ、働かされる。肥満になれば、高血圧、糖尿病、脳梗塞、ガン、通風等の病気になるのは自然の理である。飽食が万病の元である。その結果、医療費も高騰の一途をたどり、40年前に総額10兆円であった日本の医療費は、現在、40兆円を超えている。医学が発達しても患者は増えている。これは人の食生活が贅沢になり、本能のまま旨いものばかりを求め、心の修養を怠った結果である。その罪悪の履歴(閻魔帳の記録)が体に付いた脂肪の重さで「情報公開」される。誰でも閲覧可能な情報である。見れば分かる。閻魔帳はあの世に無い。今の己の体が閻魔帳である。

 

飽食の連鎖(food slave chain)

 テレビでは連日、グルメの番組、料理番組、行列のできる飲食店の特集、絶品食品の宣伝、スイーツ・ジャンクフードのCMが目に付く。締めくくりとして胃腸薬の宣伝を大々的に展開する。ここに「飽食の連鎖」で食い物の奴隷に成り下がった現代人を垣間見る。食い物を食い物にして、金儲けに走る企業の戦略が透けて見える。

 図1の製薬メーカの広告ページを見ると、情けなくなる。日本の恥さらしである。この広告ページは、日本人の心の鏡なのだ。食い意地のはった醜い己の姿が写っている。こんな下品な広告ページを他国の雑誌でも見たことがない。製薬メーカにとって、飽食の我々はカモなのだ。それに気が付かず、嬉々としてこんな広告ページを見ているのが情けない。この広告ページを作るにもお金がかかっている。全て商品に上乗せされている、雑誌の値段に上乗せされている。餌に飼いならされた日本人は、それさえ気が付かない。

 

痴呆的グルメ番組の氾濫

 現在のテレビは痴呆的グルメ番組がオンパレードである(図2)。それを見る人がいること自体が情けない。己の子孫が、後年この出演者を見たら先祖を軽蔑するだろう。これこそ河原こじきの仕事である。その昔、芸人は河原こじきと呼ばれた。神が創造した生物の命を粗末に扱うのは、神への冒涜である。

 

肥満者が30%を超え

 その結果が、日本の男性の40代~50代で肥満者が30%を超えている。20年前に比べると3割も増加である。肥満は病気である。この結果が、医療費40年間で、4倍への肥満化である。現代社会は病気製造の片棒を金儲け主義の企業が担いでいるといえる。更に製薬会社と医療産業まで金儲けで目の色が変わっている。人の命をネタに金を稼ぐのは、吸血鬼ビジネスである。その誘惑に負けた食い意地の履歴が、己の肥満として閻魔帳に記録される。美味しいものには毒がある。何のために生かされた命かを自問しよう。

 

足るを知る

 満腹したライオンは、目の前をウサギが通っても襲わない。それが自然の摂理である。ライオンでも本能として「足るを知る」のである。ところが現代人は、満腹でもあるだけ食べてしまう。テレビも食べろ食べろとグルメ番組の氾濫である。これでは、人間様も犬畜生にも劣る存在に落ちぶれる。その罰を糖尿病、高血圧、ガン、認知症として受けている。世の中では最高のことしか起こらない。ガンでさえ、己の細胞の「火事」を最小限に防ぐために命が起こす自衛活動である。病気になるのも、み佛からのメッセージである。それに聞く耳を持たないのが現代人である。

 「足るを知る」を忘れ、自然との共生を忘れ、己の利益だけを追求するグローバル経済主義の影響で、食品業界が人の健康は無視して、少しでも多く食べさせて売上を高めることに奔走する。飽食と食品CMの氾濫に踊らされている現代から見ると、中世の貴族の食事を笑えない。人間は恵まれ過ぎると不幸になる。金持ちになり、美食を漁り、食べ過ぎ、生活習慣病になる。グルメと飽食を追求した結果は、毎日が辛い・・・とまるで悪魔のサイクルである。それなら生活信条を「足るを知る」に変えると、我慢もいらないし、生活習慣病にもかからない。毎日を楽しく過ごし、認知症にも罹らず長生きすることができる。現代の医療費の異常な膨張は、天からの警告である。認知症に罹った身内を見て反省しない人間が、同じように認知症の道を歩む。

 

 飽食は 足るを忘れた 認知症

 病院通い 通える幸せ 胸に秘め

  突然死、下流老人、寝たきりでは、皆で仲良く病院通いもままならぬ。

 認知症 貸した金だけは 忘れない

   受けた恩まで忘れたら、犬畜生以下の存在である。

 クラス会 病気の話に 花が咲き

 

図1 製薬メーカの広告

図2 グルメ番組

 己の子孫が、後年この出演者を見たら先祖を軽蔑するだろう。これこそ河原こじきの仕事である。その昔、芸人は河原こじきと呼ばれた。人が食べているところを見て何が楽しいの?

 

2017-08-31

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2017年8月30日 (水)

親の死の予兆  自分の死の予感

 私が42歳の時、母を1992年に亡くした。享年69歳。死因は脳梗塞である。脳溢血になり、手術をして幸運にも退院でき、一時は歩き回るほど元気になったのであるが、それが遠因となって半年後に69歳の若さで亡くなった。親がかかるであろう深刻な病気に対して、その前兆の知識を得ておくことは、子供の務めである。私にはそれができなかった。

 最初は頭が痛いとかで寝ていた。病院ぎらいの母である。普段も高血圧気味で、肥満気味の傾向にあった。私が口を酸っぱくして、「もっと痩せなくては」と言っていたのだが、母は、「無理な生活や、食べたいものが食べられない我慢までをして長生きはしたくない」と、生活態度を変えてくれなかった。そんなある時に、頭が痛いと言って寝ていた。病院嫌いの母は、寝ていれば直るとかで、なかなか病院に行ってくれなかった。それが脳溢血の前兆であった。

 

悔い

 親が高齢になり、高血圧、肥満気味といった状況下で、親の死を想定し、その危機状態に陥る前の兆しとその対応を考えておくべきである。家族の健康管理を認識することこそ家庭の主としての勤めである。何事にも前兆がある。それを早い時点で処置すれば、最悪の事態は避けられる。あの時に、もし、あと1週間でも、あと1日でも早く病院に連れて行っていれば、との悔いが今でもある。それによる延命は僅かであったかもしれないが、最善の対応を出来なかったのは事実である。たまたま親戚にもそんな事例がなく、私に予備知識がなかったのが災いした。

 見舞いに行っても意識なく反応のない母を見るのは辛い。そばで看護をしていた父はもっと辛かったと思う。子供にとっても、親を早く亡くすというのは悲しいもの。食生活を注意してそれが防げるなら、子どもや多くのファンに対する思いやりとして、健康管理が責務である。世にはお金では買えないものがある。そんな大事な対象に対しては、最大の危機管理をすべきである。

 

親の最期の教え

 人間として理想的な死に方は老衰である。しかし、そんな幸せな死に方を迎えることができる人は、たったの2.4 %(22,809人/1999年度)である。ガン、脳卒中、心臓病、生活習慣病が原因の死亡者は、年間 600,000人にも達する。これは全死亡者数( 900,000人)の66%である。だから、その兆しが想定される病気に対してだけでも、予備知識を持つのが親孝行である。それよりも、それを防ぐ生活姿勢、食生活が必要である。

 母の死は25年前のことであるが、今は自分がその当事者になっていることに気づき愕然とした。親の最期の子供への教えが「あんたも何時かは死ぬのだよ」である。子供は、親と共に暮らして、親と同じ生活姿勢、食生活が、沁み込んでいるため、親と同じような病気になる確率が高い。親の病気と死因を、親の最期の教えてとして学び、それを防ぐ生活姿勢を取り入れたい。

 

親の老い 己の行く末 教えられ

妖精と 呼ばれた妻が 妖怪に

妻肥満 介護になったら 俺悲惨

ほれ込んだ えくぼも今や 皺の中 

 

2017-08-30

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さようなら僕らの「赤頭巾ちゃん」

ご縁とカネと血液は流さなければ腐る

  悪い食生活を続けると血管内部にコレステロールのカスや外部にプラークが発生して、血流の流れを阻害する。それが高血圧(結果)という症状になる。血液がうまく流れないため、血の巡りが悪く認知症になる。血液の流れが阻害されるから高血圧になり、結果としてガン、脳梗塞や心筋梗塞、加齢黄斑変性症に罹る。高血圧は現象であって、病気の真因ではない。

 現代医学は、対処療法が主流である。高血圧だからと降圧剤を処方するのは対処療法である。世界一の神の手による手術を受けても、画期的新薬を飲んでも、真因を取り除かないと、病状は良くならないし、再発する。現代医学は、往々にして細分化された分野で極到の医療技術を誇る場合があるが、その病気の根本原因には目を向けない傾向がある。木を見て森を見ていない。科学の原則とは、細分化である。「科」とは禾遍に秤の意味のつくり(斗)で構成された漢字である。科学とは物事を細部の分解をして、その根本を究明する学問である。分解しすぎて本質を見失ったのが、現代科学、現代医学ではないか。

 血液には自己防衛機能としての白血球や免疫要素が含まれている。肥満になり、それに比例して血管内部にコレステロールのカスやプラークが発生して、血液がうまく流れないと、がん細胞が増殖しやすくなる。大腸がんなどのがん細胞の発生は、その免疫力が低下した証であると推定される。

 

ピアニスト中村紘子さんの訃報

 ピアニストの中村紘子さんが大腸がんで亡くなられた(2016年7月26日)。その追悼番組で中村紘子さんのピアノリサイタルを視聴して真っ先に目がいったのは、肥満した体であった。それを視て肥満と洋風の食生活が大腸がんの遠因だと確信した。その映像に、記憶にある妖精のような中村紘子さんの姿はない。中村紘子さんは最期までピアノの弾ける状態を最優先にした闘病生活をされた。ファンとしては、理想のアイドルとして健康管理にもピアノと同じような情熱を注ぎ込んで、老いてもそのスタイルを保って欲しかった。さようなら僕らの永遠の『赤頭巾ちゃん 気をつけて』。ご冥福をお祈りします。

 中村紘子さんのように、多くのファンを持ち宝石のような才能に恵まれたのなら、多くのファンを泣かせないために、自身の健康管理は責務であった。『赤頭巾ちゃん気をつけて』の主人公は東大紛争で東大入試中止(1969年)の被害を被った受験生で、私と同じ境遇であった。中村紘子さんに何かご縁を感じた。

 

フードトラップ

 「赤頭巾ちゃん」を食べたのは、拝金至上主義の食品業界の狼達である。その狼達は、消費者の健康は眼中になく、美味しすぎる毒餌で、フードトラップ(至福の罠)を仕掛け、油断した獲物を捉えて喰っている。獲物は至福のまま死んでいく。

 

 “パッケージは子供が喜ぶようにデザインされている。広告には、買わないという我々の理由づけを覆すべく、あらゆる心理トリックが使われている。味も強力だ。売り場を通りかかって、つい手に取ったが最後、我々は次回もその味をしっかり覚えている。そして何より、加工食品の原材料とその配合は、熟練の科学者や技術者たちが計算しつくしたものだ。知っておくべき最も重要なポイントは、食料品店の店頭に偶然の要素は一つもないということである。”

(マイケル・モス著『フードトラップ』(日経BP社)の「エピローグ」より)

 

 健康を保つには、何を食べるかではなく、何を食べないかである。よき人生を送るには、良き縁を探す前に、悪い縁を避けるようにするのが原則である。世の中は悪手、悪食、悪縁が満ちている。お金も水も、溜め込むと腐ってくる。お金、ご縁、血液を流さないから、病気や不運になる。お金はお足である。足止めされれば、お金もお友達を連れては来られない。気持ちよく感謝を込めてお金を送り出すと、お金はお友達のお金を連れて帰って来てくれる。それがお金の本性である。ご縁も同じである。良きご縁が更なる良きご縁を招く。

 

2017-08-30

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2017年8月29日 (火)

命の確認

 自分の命を一番身近で確認できるのは、自分の目である。目の老化を認識すると、また目の病気をすると、つくづくと命の限度を認識させられる。動物では、目が見えなくなったら、餌を捕れなくなるため、それは即、死を意味する。私のエサは本やPCからの情報である。目からそのエサが得られないことは、私にとって死を意味する。幸いなことに、人間はまだ助かる機会が与えられている。現代は医学が進歩してそれを支援してくれる。本来それに感謝をすべきだが、そうでない人は、人としての驕りがある。

 

我々の役目

 芸術家としての人間が、自分の命の限界を感じるとき、そこに表す作品は極めて精神的なものとなる。人の寿命はせいぜい百年だが、仏像や大理石の像の寿命は千年、二千年にも及ぶ。己の作品を千年、二千年後まで残そうと芸術家のDNAが、永遠に続く作品(子)として残そうと意識するのはごく自然である。我々の役目は「生き続けること」ではない。「自分のDNAを残す」、「後進を育てる」、「後生を育てるための作品を残す」ことである。生物の生きる目的が、「生き続けること」ではないのは、地上に出てから7日間しか生きられないセミの姿を見ると良く分かる。

  91歳の馬場恵峰師が、今だ現役で、毎日、深夜まで作品を書き続けているのも、後生を育てるためのお手本の作品を残すためであるという。師を見ていると「どげんして、そげん元気かばってん?」と思うが、その気力が師を長生きさせているようだ。

 

ロンダニーニのピエタ

 人が自分の寿命を意識するのは、人生も後半になり体のあちこちに支障が出てきて、目も見えにくくなってからである。今まで意識が薄かった死が現実に見えるときである。ミケランジェロも死の6日前まで、目がほとんど見えなくなった状態でも手探りで「ロンダニーニのピエタ」を彫り進めた。ミケランジェロは1554年2月18日永眠、89歳。生涯、ピエタを彫り続けた一生であった。このピエタの仕上がりの姿から彼の精神的な高揚の鬼気迫る姿が伝わってくる。天性の能力が全開した時(34歳)に彫ったピエタ(サン・ピエトロ大聖堂に展示・1499年製作)と、「ロンダニーニのピエタ」(1554年)の姿を比べると、あまりの差に驚ろかさせられる。

 ミケランジェロは老人性白内障に罹患して目が見えなくなっていたと推定される。それでも89歳まで現役で彫り続けたのは、当時の平均寿命から見て驚異である。神が与えた長寿と言う才能である。現代は白内障手術で人工の水晶体を入れることで、元の視力を回復することができる。医学の進歩の恩恵を私も頂き、感謝している。

 

人の使命

 認知症になれば、自分の目の衰えも認識できない。命に相当する「見えること」が分からなくなるとは、その症状が脳死である。頂いた命を、後世に何を残すかが問われている。どんな人には老いは迫りくる。生き永らえているだけの状態になるまでに、やらねばならぬことをやろう。それが、動物ではなく、人として生まれたものの「命の使い方」である。

 

 以上は、NHKBSプレミアム「旅のチカラ ミケランジェロの街で仏を刻む~松本明慶・イタリア~」を見ての感想です。著作権の関係で、画像の掲載が不可なので、オンデマンドでご覧になるか、「ロンダニーニのピエタ」でネット検索をしてください。

 

2017-08-29

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2017年8月21日 (月)

冥途駅手前で悟る師の諫言

 昔、シナのある国で繁盛している居酒屋があった。そこに来た客が食事をしたおり、その台所で火事になる危険個所に気づき、その店の主人に忠告をした。商売繁盛で接客に忙しい主人は、分かった、わかったと迷惑そうにまともに聞いてはいなかった。そんなやり取りが数回あった後に、本当に火事が起きた。店にいた客たちが火事に気づき大騒ぎをして、皆で火を消し止めることができた。主人は感激して、火事を消してくれた客たちに大盤振る舞いの料理でお礼をした。しかしその主人は、何度も火事の危険を忠告した客には、礼一つしなかった。

 

師の諫言

 病気になり、日本の名医と言われる医師を探し歩き、手術、治療をしてもらい、大感激して多大の礼をするのが人の常である。それは自宅が火事になり、消火活動に尽力をしてくれた消防士にお礼を言うようなもの。「そんな食事では病気になる。そんな間食は体に良くない。生活習慣を直せ」と真にその人のことを心配して諫言した師を忘れているのと同じである。昔のシナでも、病気を治す医師は下で、食事を指導して病気を予防する医師のほうが上とされていた。病気になってから、治療をするのは泥縄式の対処療法である。病気になる前に治せ、である。医食同源は真言である。

 

若き日の愚行

 人生で、当たり前の生き方を教えてくれる親や教師が真の師である。それを己の生き方が間違っているに、人生に迷い、街の占い師に道を訊ねる愚か者が多い。その昔(1979年頃)、自分もその愚か者の一人となって、当時流行した天中殺の占い師の二人に、上京してまでして占ってもらいに行った。今になって情けなく、また自分の成長の足跡の一つとして思い出される。当時、半年の予約待ちで30分間2万円の占い料金であった。よほど自分も占い師に転職しようかとも思ったほど儲かる職業であった。

 老いの身になり、人生の修羅場を経験し、甘いも酸いも経験した後になって、真の師の姿が観えてくる。だれが本当の師であったかと。それを冥途駅に到着直前になって気が付く。それでは遅いのだ。

 

冥途駅 全て悟って 乗り遅れ

  「天国行き」は発車しました。「地獄行き」が待ってくれています。

 

図1 大垣市桐ケ崎町の火事

 隣人が何度も可燃物の取扱いを注意したが、無視をして煙草を吸い引火した。近年稀なる大火となった。手前の消化器で、私も初期消火の手助けをしたが、火勢が強く無力であった。火の出る前に、真因を消さないと大火となる教訓である。

撮影筆者 2013年10月27日

 

2017-08-21

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蜘蛛の糸が切れた

 お釈迦様はある日の朝、極楽を散歩中に蓮池を通して下の地獄を覗き見た。罪人どもが苦しんでいる中にカンダタ(犍陀多)という男を見つけた。犍陀多は殺人や放火もした泥棒であったが、過去に一度だけ善行を成したことがあった。彼は、林の中で小さな蜘蛛を踏み殺しかけて止め、命を助けた。それを思い出したお釈迦様は、彼を地獄から救い出してやろうと、一本の蜘蛛の糸を犍陀多めがけて下ろした。

 暗い地獄で天から垂れて来た蜘蛛の糸を見た犍陀多は「この糸を登れば地獄から出られる」と考え、糸につかまって昇り始めた。ところが途中で疲れてふと下を見下ろすと、数多の罪人達が自分の下から続いてくる。このままでは重みで糸が切れるだろう。犍陀多は「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸はオレのものだぞ。お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。下りろ。下りろ。」と喚いた。その途端に、蜘蛛の糸が犍陀多の真上の所から切れ、彼は再び地獄の底に堕ちていった。

 無慈悲に自分だけ助かろうとし、結局元の地獄へ堕ちてしまった犍陀多を浅ましく思ったのか、それを見ていたお釈迦様は悲しそうな顔をして蓮池から立ち去った。

 

 以上は芥川龍之介作『蜘蛛の糸』のあらすじである。この小説は勧善懲悪のお話ではない。犍陀多が振り落とそうとした罪人達は、自分の分身である。自分の魂には仏の心も宿れば、鬼の心も宿る。すべて包含して自分である。美しい自分だけが、抜け駆けをして極楽に行こうとするのは許されまい。悪の部分を切り捨てては、自分が自分でなくなってしまう。自分自身が罪の償いをしないと、地獄からは抜け出せないという寓話である。

 

癌とは自身の分身

 人は地獄を見ると、天から降りてくる助け(蜘蛛の糸)が全てだと思いこみ、他は振り捨ててそれにすがろうとする。その捨てるものの中に因果の原因ある。その部分を改善しないと助からない。父の癌宣告に対して、今なら治るとの医師の言葉を仏の言葉と信じて、勧められるまま胃の全摘手術を受け入れた。しかし、蜘蛛の糸は切れた。癌は自身の分身である。悪い個所を防御しようと自身の細胞が細胞分裂を始めて、それが止まらなくなったのが癌である。癌とは悪いものを一部に集め、他に広がらないようにする自己防衛機能である。癌は結果であり、そうなった原因が別にある。結果の癌だけを取り除いても、他臓器に転移をしてしまうことが多い。父が他界してから10年が経って、物事の真理が見えてきた。今は高齢の父の手術を受け入れたことに後悔している。でも、もう遅いのだ。せめてこれを父の最期の教えとして自分の人生に反映したいと思う。

 私は今までの人生でも多くの地獄を見てきたが、その場しのぎで済ませて、暫くたつとまた新しい地獄に直面することが多々あった。地獄に遭遇するのは、地獄に会う因果を自分が作ってきたからだ。その原因をなくさない限り、極楽には行けない。極楽には行けなくてもよいから、せめて地獄に行かないようにしたい。

 

自分の敵は自分

 減量に取り組み、極楽ポイントの体重〇〇㎏の数値を達成して、メタボから脱却直前になると、内なる悪魔が「お饅頭の一つくらいなら?」、「最後のご褒美で食べ放題は?」と囁いて、極楽寸前で地獄に引き戻される。その悪魔は、あくまで自分の分身なのだ。誰の責任でもない。自分が自分の弱さに負けたのだ。同じことが人生一般、ご縁のつながりにみられる。

 一匹のゴキブリを見つけたら、家には百匹のゴキブリが住むといわれる。一つの病気がでれば、陰には百の病気が隠れている。ハインリッヒの法則「1つの重大事故の背後には29の軽微な事故があり、その背景には300の異常が存在する」は、自分の体の病状にも当てはまる。

 体の細胞は、肥満になると免疫力が低下して、外敵からの防衛戦争で悲惨な戦いを強いられる。それでも我慢強い体の臓器は、最後まで音を上げない。音を上げた時は、手遅れの病状である。体の悲鳴を無視して食べまくれば、地獄に引き戻されても、因果応報である。お釈迦様も悲しそうな顔をするしかない。お釈迦様を悲しませては罪が重い。少しぐらいの賄賂ならと、ずるずると地獄の淵に引きずられていく強欲のお役人どもも多い。世間を騒がす汚職事件は一向に減らない。因果応報とは仏語で、どの世界にも通用する原則である。地獄はあの世にはない。自身の強欲心と自制心の闘いで、自制心が負けた時が、地獄へ足を踏み入れる時なのだ。

 

2017-08-21

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2017年8月 8日 (火)

兵どもが夢の跡

 2010年に帰郷した大垣で、遊歩道「ミニ奥の細道(四季の路)」を毎日歩いていると、会社勤め当時のビジネス戦争が思い出される。その記憶が、東北の地で詠んだ芭蕉の句と重なりあう。過去を振り返ると、なんと愚かな戦いをしたことかと。

 「夏草や 兵どもが 夢の跡」 芭蕉 (岩手県平泉町)、

 「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」 芭蕉(山形県・立石寺)

  そんな仕事上でのチャンバラも、今は昔である。蝉が地上に出て、騒々しい鳴き声を響かせるのも1週間である。長い人生を思えば、人の絶頂期の数年などは、蝉が鳴く期間と同じである。どんなに騒々しく働き、栄達を極めても、10年もたてば会社から消える。一緒に一時期を戦い、ゴマすり戦争に敗れ飛ばされ、過労死や病死した戦友を思うと、哀愁を感じる。芭蕉も戦国時代に思いをはせた。

 その戦場であった会社さえ、グローバル経済競争時代に巻き込まれ、同じグループ会社と合併を余儀なくされ消滅した。グローバル競争時代にあっては、年商5千億円の自動車部品メーカは、中小零細企業なのだ。それでは生き延びられないと親会社からの指示で戦略的合併をさせられた。うたい文句は対等合併であったが、実質的に吸収合併で、吸収された方は、悲哀を味わうことになった。会社の寿命も60年である。いくら花形産業としてもてはやされても、それは10年も続かない。いつかは衰退産業となり消えるのが運命である。諸行無常である。会社生活の38年間、私は何と闘ってきたのか、人生道の第4コーナを回りながら考えている。

 これから自分が戦うのは、後から静かに迫ってくる「自分の老い」である。その戦いも何時かは終わる。それも全員が負け戦である。「人生は旅である」と芭蕉は詠う。「四季の路」を6年間に渡り歩き続け、秋の落ち葉を踏みしめながら感じる「老い」の実感である。

 旅に病んで 夢は枯野を駆け巡る  芭蕉

 

図1 「四季の路」の秋  2011年11月6日 日曜日  07:58

 

2017-08-08

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2017年7月30日 (日)

生前葬、棺から起きて逃走す(改定)

 会社で定年を迎えて会社の残ると、いわば使用済み人材の扱いを受ける。定年退職を生前葬だと定義する定年小説『終わった人』(内館牧子著)まで現れている。そんな会社の物差しで測られてたまるかいと、私は会社を離れ、還暦後の自分の道を探して歩いている。まだ棺桶に入れられるのは早い。棺桶からの逃走も人生である。会社に残れば生前火葬の憂き目にあう。生涯現役が天の思し召し。それは自分が決められる選択肢である。

人は3度死ぬ

 人生での一度目の死は、会社の定年であるが、人生の使命が終ったわけではない。二度目の肉体的な死までは、かなりの時間がある。三度目の死は縁あった人たちの記憶から、その人の記憶が無くなる時だ。その時を少しでも伸ばすための仕事が、定年後のやるべきことである。それからが本当の人生である。それは自分で全て取り仕切れる仕事である。その仕事に嫌な上司の干渉はない。その時期に完成させた仕事が世に長く残るとは、その人が永遠に生きることだ。その作品を見る度に、後世の人がその人に思いを馳せる。その人の作品が目の前で語りかける。そんな風に命が永らえる作品を残して旅立ちたい。だから定年後だからと、おちおち棺桶で寝ていられない。

第二の人生

 第二の人生で、何に己の命を捧げるのか、今までの38年間の修行をどう生かすのか。単に命の糊をしのぐために働くのか。第二の人生は、お金の為ではあるまい。今まで培った能力を世のために使うべきではないのか。その仕事を探して5年間をさ迷って、瓢箪から駒みたいに出版業という鉱山に突き当たった。IT技術の発展が、私みたいな素人でも出版業に携われる時代に変化した。幸せなことだ。金脈ではないのが残念だが、後世に残す仕事してはやりがいがあると認識した。今は手さぐりで鉱山を掘っている有様である。

 50年間、趣味で飛行機の離着陸写真を撮り続けていたら、ピアニストの河村先生から演奏会の写真撮影の依頼がきた。飛行機の着陸時の一瞬を切り取ってきた技が、音楽家の演奏中の顔の一瞬を撮る技に役立った。何が人生で役立つか、分からないものだ。朝起きてまだ息をしていれば、まだまだやるべきとはあるとの仏さまのメッセージである。

姨捨山風習

 自分という大地を耕し続けないと、使用済み核燃料の処理の問題のように、使用済み徘徊老人、寝たきり老人になって、家族や社会のお荷物になる。やることがなく無為に生きている人が溢れる時代である。ショッピンモールに行けば、朝から初老の多くの人が、ベンチに座り込んで、時間をつぶしている。仕事を選ばなければ職はいくらでもあるのに。そんな生活をすれば、病気にもなりがちだ。寝込めば、誰かが介護をしなければならない。介護に疲れて妻が夫の首を絞め、子供が介護の親を殺す時代である。親の介護のため子供が会社を辞め、そのため妻との喧嘩が絶えず、生活が崩壊することもある。己の体の維持管理の怠慢がわが子を不幸のどん底に突き通す。認知症のかなりの部分が、自身の快楽(タバコ、美味飽食、運動不足、痴呆TV番組へ没頭)に起因する。それが家族を地獄に追いやる。昔の姨捨山風習がまだ合理的であったかもしれない。昔の貧しい時代は、そうしないと家族全員が崩壊してしまう。姨捨山風習は貧しい時代の生きる術であった。それを豊かな時代の我々は非難をできない。

この世の地獄

 戦前の日本は貧乏で、昭和東北大飢饉(1930年、1934年)で姨捨山、子供の間引き、娘の売り飛ばしが横行した。それが遠因で戦争の時代に突入していく。今の豊かな時代はまだ40年間ほどである。その現実を忘れて現代人は飽食、放蕩を尽くしている。それは天が仕掛けた落とし穴である。その天罰が、ガン、認知症、贅沢病(痛風、高血圧、肥満)、精神の荒廃の増大である。

 寝たきり老人の介護は使用済み核燃料の扱いのようである。寝たきり老人を施設に預け、家族の誰も「放射能」を恐れるかのように近寄らない。自分が寝たきりになってベッドに縛り付けられ、食欲のないのに胃瘻をされて、生かさず殺さずにされたら生き地獄である。意思表示もできず、寝返りも、かゆいところもかけない。死にたくても自分では死ねない。自分なら餓死での自殺を選ぶが、ベッドに縛り付けられればそれも叶わない。

 スウェーデンでは寝たきり老人はごくまれで、人権無視の延命治療はあまりされていない。胃瘻やベッドへの拘束は虐待扱いとされる。先進国のはずの日本がこの医療体制を執っているので、スウェーデンからは呆れられている。

 生涯現役が家族への愛情

 自分が健康で人生を全うすることが、家族への愛情表現である。介護の為にわが子から人生を奪ったら鬼である。鬼にはなりたくはない。佛として成佛したい。佛が無理なら、せめて人間として尊厳ある死を選びたい。それが死生観である。

 この世で一番楽しく立派なことは、一生涯を貫く仕事を持つ事である。

寂しいことは、仕事のないことである。       福沢諭吉翁の訓言

 

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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冥途行き切符をドタキャン

 2016年10月12日、体調不良の真因を検証してもらうため、セントレアから西方浄土の方角(九州)に向けて飛び立った。当日予約のシニア割引で極楽席(プレミアムシート)を予約しようとしたら、季節柄、乗客が少なくなったので、機材が小型のB737-500に変更されてその設定がなかった。シニア割引では、全国どこでも一区間15,000円である。少しの追加料金で極楽シートに座れると思ったが叶わなかった。

冥土行きのご挨拶

 搭乗手続きが終わり、時間があったので我が師に「ちょっと西方浄土の方へ行ってきます。極楽席が入手不能です」とメールを打ったら早々に返信(図1)があった。師に言わせると、極楽に行く人は皆無に近いので、向こうに行っても誰もいなくて寂しいという。極楽ではやることもなく、孤独で死ぬほど退屈だが、地獄なら仲間も多く、話し相手として地獄での修行の苦労話にも話の花が咲き、退屈しないという。極楽に行けば、間違いなく惚ける。地獄であっても、みんなで苦労を共にすれば、よき経験になる。間違っても「極楽行き」などに乗らないようにとの師の忠告である。「地獄へ行けって??」か

 真島消化器クリニックの診察

 久留米市の真島消化器クリニックで、血管に付いたプラークの厚みを測定した。その結果、かなり危険な状態であることが判明した。全身の8か所の血管の状態を検査して、一部の血管は血管年齢80歳と判定された。いうなれば余命5年である。今から余命5年を40年にするための食事療法、生活改善をする。今のままの生活・食事習慣では、冥途行き特急切符を携帯していたみたいだ。その冥途行き切符をドタキャンして、帰路は地を這うように新幹線で名古屋に帰り着いた。

 真島消化器クリニックでは、看護婦からの事前問診が20分、真島院長によるエコー検査が20分、資料説明が10分、エコー検査の写真8枚と食事療法の資料40頁を受け取った。診断のエコー写真まで提供されたことに新鮮な驚きを感じた。全身8か所の血管のプラーク厚みを測定するのは全国で、真島消化器クリニックしかない。私は死んでも?いいから、己の健康管理のためなら全国どこへでも飛ぶつもりです。それで病気の真因がわかれば安いもの。この医院には国内全国各地は勿論、海外からも、診察に訪れる人が多いという。タクシーの運転手が言っていた。地獄でよき医師に巡り逢った。滑り込みセーフで昇天できそうだ。

 今まで診断を受けていた病院とその診察対応を比較して考えさせられた。普通の受診では待ち時間1時間、問診3分、医師は患者本人をあまり見ず、パソコン画面を睨めっこしていることが多い。あと「薬を出しておきます」で終わりである。薬で治すことが最優先で、生活習慣や食事療法の指導には及ばない。その結果、私の場合、毎月の薬代が、1万円を超えている。

 薬漬けの日本

 その薬も長年使われて副作用の少ない安全で安価な薬ではなく、高価で安全性がまだ定まっていない新薬を処方されることも多い。製薬会社も新薬開発で膨大な研究開発費をつぎ込んでいるので、元を取るため医師に取り入って新薬を使わせる工作をしているようだ。病気は、薬の処方や手術で治療としている。食事療法や生活指導で薬を無くすような指導はない。それでは、医院の売り上げも、製薬会社の売り上げも減ってしまう。日本では薬漬けにして儲ける体制が出来上がっている。その結果、40年前は10兆円であった日本の医療費は、現在40兆円に膨れ上がっている。患者は減らず、むしろ増えている。なにかおかしい。

 父は86歳で胃の全摘手術を受けたが、その1年後、亡くなった。医師の勧めるままに手術を受け入れたが、却って苦しめただけだと今にして後悔している。86歳の高齢癌患者に、胃の全摘手術が本当に適正な治療であったのか、手術万能主義の現代医学に疑問を感じている。

 

図1 我が師からの茶目っ気あるメール

図2 B737-500 2016年10月12日 セントレア

図3 離陸 西方浄土の方向に向けて離陸(昇天?) セントレア

 

2017-07-30

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2017年7月29日 (土)

「幽霊友の会」行き高速道路を逆走

 命を大事にしたいなら、未来を切り開く生き方を続けるべし。「幽霊友の会」に入るべからず。最近、会社のOB会のお誘いがあり、元本社があった市で開催された懇親会に出て後悔をした。そこで会った昔の仲間達が幽霊に見えたのである。OB会は幽霊友の会であった。

幽霊とは

 幽霊とは、足を地に付けず、手を下向きにして、後ろ髪を振り乱し、上目遣いで、うらめしやと囁く人達である。遇った人の多くは年金生活で、特に日々やることもなく過ごしている。その人は無精ひげを生やし、服装もだらしがない。目も精彩がなく、生活が地に足がついていない。後ろ髪を惹かれるがごとく過去の思い出を語り、仲間と酒の席で時間を潰す。前向きの話はなく、病気や妻の愚痴、家庭菜園、ゴルフ、釣り、旅行の話しばかりに身を入れる。手を下に向けての身の上話しである。こういう病気になったとの話題に花が咲く。病気は己が不節制で体を痛めて、体の部位が故障したに過ぎない。それを人ごとのように責任転嫁して、うらめしやとぼやく様は幽霊である。定年退職したはずなのに、当時の職位のままに酒の席を回っている。まだ後ろ髪を引かれている。

『現代の平家物語』を語る

 OB会の仲間が足に地を付けない生活に堕ちて、過ぎ去りし恨み話や過去の肩書きで話に興じて、手を下向けて病気や妻への愚痴の話に興じる様は、幽霊の所業である。幽霊まで行かなくても、片足が棺桶に入っている。目の前にいる相手が幽霊と見えないのは、己が盲目の琵琶法師「耳なし芳一」のように、壇ノ浦に沈んだ平家武士の怨霊を前にして、昔話を弾き語っている。『現代の平家物語』が、栄光と没落の会社物語として語られる。会社の寿命は30年である。未来への投資を怠った会社は、合併で消え幽霊となった。幽霊の仲間に取り囲まれ、過去の話に加わると、己にも幽霊の「気」が乗り移る。朱に交われば赤くなる。幽霊に交われば、あの世が近くなる。

「幽霊界」行き高速道路を逆走

 自分の体中から「元気」と「未来」という陽気を発して、幽霊を追い払おう。掌を上に向けて、来る縁をプラスに受け止めて、前向きに生きる仲間と議論をしよう。そうすれば少しは長生きができる。私は64歳で、ピアノ用に部屋を防音工事をして、グランドピアノを買い、ピアノを習い始めた。

仏壇屋の大番頭?

 松本明慶仏像彫刻美術館館長の小久保氏が50年ぶりで、中学時代の同窓会に参加した。同期の約200名のうち、33名が既に鬼門に入っていた。残りの大半は、前記OB会の仲間のようにラフな格好で、話題も病気や家庭菜園、ゴルフ、釣り、旅行の話しばかりであった。残りの10%がまともな格好で、まともな話しをする仲間であった。人の真の評価は、60歳からと感じたという。

 笑い話として、小久保氏が仏像彫刻美術館に勤めている話しが、仏壇屋の番頭をしているという話しに化けていて、それを打ち消す説明に苦労したという。自分の世界に閉じこもり、仏像美術と言う世界を知らないし、理解しようともしない。広く知識を得ようとしない。まさに認知症の世界の入り口をさ迷っているようだ。60歳過ぎても仕事をしている幸せを感じたという。仕事をしていれば多くの人と出会える。仕事をしなければ惚けるの当然である。

幽霊にならない人はゾンビになる

 もっと恐ろしいのは生きたままゾンビになること。認知症になり、わが子も認識できなくなり、脳死同然の状態で、親の仮面を被って夜な夜な、ベッドから抜け出し徘徊するさまはゾンビである。精魂込めて介護しても、「お前はだれだ、俺をベッドに縛り付けてお前は鬼か」と罵られては、わが子は心身ともに疲労困憊である。手塩をかけて育てた子供から虐待をされ、家族からはゾンビと思われるのも、全て己の不摂生が招いた因果である。この世の地獄である。

  在宅介護する家族の80%がストレスを感じており、35.5%が憎しみさえ感じている。虐待したことがあるかの質問に、12.3%がイエスと答えている。重い認知症の場合、は26.9%がイエスと答えている(調査は連合加盟の労働組合からの1381件の有効回答より 2014年8月21日 産経ニュースより)。

  2014年9月11日朝7時半ごろ、散歩の道中の喫茶店に寄ったら、老女4名が大声で吼えていた。曰く「薬を飲みテレビを見ていて寝てしまった。テレビが付けっ放し。そのため夜に寝むられず、睡眠薬を飲んだ」。静かな朝の喫茶店内でゾンビ行動である。歳はとってもボケたくはない。淑やかであった日本女性も歳を取ると化け物になる。次の川柳を笑える人は幸せである。そのうち、笑えなくなる日がやってくる。それが一日でも遅くなるように精進をしたいもの。

起きたけど寝るまで特に用もなし

 

図1 平成の壇ノ浦耳あり芳一   絵 兼俵順子 2017-07-26

 

2017-07-29

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