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2017年8月30日 (水)

親の死の予兆  自分の死の予感

 私が42歳の時、母を1992年に亡くした。享年69歳。死因は脳梗塞である。脳溢血になり、手術をして幸運にも退院でき、一時は歩き回るほど元気になったのであるが、それが遠因となって半年後に69歳の若さで亡くなった。親がかかるであろう深刻な病気に対して、その前兆の知識を得ておくことは、子供の務めである。私にはそれができなかった。

 最初は頭が痛いとかで寝ていた。病院ぎらいの母である。普段も高血圧気味で、肥満気味の傾向にあった。私が口を酸っぱくして、「もっと痩せなくては」と言っていたのだが、母は、「無理な生活や、食べたいものが食べられない我慢までをして長生きはしたくない」と、生活態度を変えてくれなかった。そんなある時に、頭が痛いと言って寝ていた。病院嫌いの母は、寝ていれば直るとかで、なかなか病院に行ってくれなかった。それが脳溢血の前兆であった。

 

悔い

 親が高齢になり、高血圧、肥満気味といった状況下で、親の死を想定し、その危機状態に陥る前の兆しとその対応を考えておくべきである。家族の健康管理を認識することこそ家庭の主としての勤めである。何事にも前兆がある。それを早い時点で処置すれば、最悪の事態は避けられる。あの時に、もし、あと1週間でも、あと1日でも早く病院に連れて行っていれば、との悔いが今でもある。それによる延命は僅かであったかもしれないが、最善の対応を出来なかったのは事実である。たまたま親戚にもそんな事例がなく、私に予備知識がなかったのが災いした。

 見舞いに行っても意識なく反応のない母を見るのは辛い。そばで看護をしていた父はもっと辛かったと思う。子供にとっても、親を早く亡くすというのは悲しいもの。食生活を注意してそれが防げるなら、子どもや多くのファンに対する思いやりとして、健康管理が責務である。世にはお金では買えないものがある。そんな大事な対象に対しては、最大の危機管理をすべきである。

 

親の最期の教え

 人間として理想的な死に方は老衰である。しかし、そんな幸せな死に方を迎えることができる人は、たったの2.4 %(22,809人/1999年度)である。ガン、脳卒中、心臓病、生活習慣病が原因の死亡者は、年間 600,000人にも達する。これは全死亡者数( 900,000人)の66%である。だから、その兆しが想定される病気に対してだけでも、予備知識を持つのが親孝行である。それよりも、それを防ぐ生活姿勢、食生活が必要である。

 母の死は25年前のことであるが、今は自分がその当事者になっていることに気づき愕然とした。親の最期の子供への教えが「あんたも何時かは死ぬのだよ」である。子供は、親と共に暮らして、親と同じ生活姿勢、食生活が、沁み込んでいるため、親と同じような病気になる確率が高い。親の病気と死因を、親の最期の教えてとして学び、それを防ぐ生活姿勢を取り入れたい。

 

親の老い 己の行く末 教えられ

妖精と 呼ばれた妻が 妖怪に

妻肥満 介護になったら 俺悲惨

ほれ込んだ えくぼも今や 皺の中 

 

2017-08-30

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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