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2020年11月

2020年11月15日 (日)

人生はグー・チョキ・パーの勝負

     

 人間様が仏様とじゃんけんをして勝てるわけがない。

 仏様はすべてお見通し。人の最期はパーである。

 人は裸で生まれて、裸で死んでいく。赤子は生まれるとき、手を握り締めて生まれてくる。その手の中に「ご先祖の霊」を掴んでいる。だから人を「霊止(ひと)」とも書く。人はご先祖の生まれ変わりである。

 人生の盛衰期は、世間と戦いチョキで切りまくり、手当たり次第に、強欲に集める。人が死ぬときは、弛緩状態になり手を開いて何も持たず、あの世に旅たつ。どれだけ莫大な財宝を現世で集めても、死ぬときは裸である。すべてパーである。あの世に持っていけない。人は生前に集めて握りしめたものではなく、人にパーッと与えたもので評価される。

 

人生工場の鍛錬ライン

 次図は、人生工場の行程を絵にした。人生では様々な工程を経て魂が浄化していく。時にはチョ停(怪我)、ドカ停(大病)、落とし穴にはまり(詐欺にあう)、生産中止(解雇)、工場閉鎖(死)がある。魂の品質検査をしてくれるのが師である。

 

人生工場の生産ライン トヨタ生産方式

 遇うべきご縁は、早からず、遅からず、「ジャスト・イン・タイム」で訪れる。人生で無駄なものはない。嫌なことも、自分を成長させるために試練なのだ。神仏の絶妙な差配には、人智の及ばない世界がある。人生工場のトヨタ生産方式は、在庫を持たない生産方式のため、ご縁はその時かぎり、ご縁の女神に後ろ髪はない。後からでは掴めない。

 

コスプレ人生

 良きご縁は、時として貧乏神のコスプレで来るときもある。第三の眼が開いて、ご縁を熟視しないと大事なご縁を見落としてしまう。

 人と動物と生き方が違うのは、人は気づいたら、人生の道を変えることができる。間違った道だと気が付いても、そのまま惰性で生きれば、犬猫と変わらない。己の使命を自覚して、精進して人格を高めよう。

 

人生の夜汽車

 人生工場の生産ラインでは、一時停止ボタンはあるが後戻りボタンはない。後戻りはできないが、やり直し、出直しはできる。

 何もしなくても、寝ていても、夜汽車のように、どんどんと終着駅(死)に運ばれていく。何もしないでいると、夢の超特急で終着駅に向かう。昔は三途の河を舟で渡ったが、今は怠惰な輩のために、三途の河上を走行する新幹線が用意されているとか(?)。

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Dsc098501s  「寝ていても 運ばれてゆく 夜汽車かな」 俊董

 本書は叔母の師である青山俊董堂長の著書『もう一人の私への旅』に揮毫したもの。

 私の叔母は京都の尼寺の住職であった。

2020-11-15 久志能幾研究所通信 1825  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年11月14日 (土)

西濃の小京都・大垣  栄光とその没落、夜明け

大垣の夜明け

 看板を見れば、その都市が分かる。市長の心が分かる。神は細部に現れる。大垣市民は市長の交代を熱望している。次回の市長選挙では、西濃運輸と市商連、その他からの立候補が予定されている。やっと大垣の夜が明ける。

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大垣の夜明けを待つ大垣市民

 その昔、大垣は西濃の小京都と呼ばれて栄えていた。明治時代には、大垣城近くに料亭「吉岡楼」があり、京都から三味線のお師匠さんが出稽古で来られて、大垣の弟子に教えていたという。当時は大垣に芸の花が咲いていた。私の母は、その後継の料亭「新吉」の女将さんと親交があり、その話をよく聞いた。母が倒れてからも、新吉の女将さんは大垣市民病院に頻繁にお見舞いに来てくれた。

 

乱暴医

 江馬蘭斎は延享4年(1747年)大垣藩鷲見荘蔵の家に生まれ、のちに大垣藩藩医江馬元澄の養子となる。漢方医学を究め、医学に並々ならぬ自信を持ちはじめたが、杉田玄白前野良沢の『解体新書』を読み大きな衝撃をうけて蘭学を志す。寛政4年(1792年)江戸に出て杉田玄白、前野良沢に弟子入りする事を決めた。46歳からの挑戦であった。

 当時、人生50年と言われた時代、かつ殿様の医師として地位を極めていたのに、46歳から新たな分野へに挑戦である。見習いたい心掛けだ。人生60、70ははなたれ小僧である。馬場恵峰師は現在94歳で日々新たな挑戦をされている。その師から見て親子ほども若い私は、おちおち遊んでなんかいられない。日々精進、「乱暴」と思える挑戦に取り組んでいる。

 

江馬蘭齋の挫折

 江馬蘭齋は、3年の後、自身の蘭学のレベルが師に並ぶとの自信を得ると帰郷し、大垣に私塾好蘭堂を開いた。しかし当時は蘭学に強い偏見のある時代であったため敬遠され、人は集まらずに生活は窮乏することになる。

 

人生の激変

 多くの民は、江馬蘭齋である蘭方医は乱暴医だとして、敬遠していたが、寛政10年(1798年)、京都西本願寺門主文如の病を治してから評判が激変した。西本願寺門主文如が病に倒れた時、漢方医学ではもはや手の施しようがないという時に、蘭方医学の助けを得ようと蘭齋に声がかかり、蘭齋が薬を処方した。するとたちまち薬効が出て、文如上人は命を取り留め、歩けるまでに快復した。この事はすぐに世間に知れ渡り、患者や弟子志望者が蘭齋の元に殺到した。その賑わいに旅籠まで建つほどであった。以後この私塾から300を越す門弟が巣立ち、蘭齋は美濃蘭学の祖と称された。蘭齋は、享年92の最期まで現役で後進の指導にあたった。

 

京都より先に西洋医学

 江戸時代は、大垣は交通の要所であり、西洋医学を学んで帰郷した蘭賽は日本中でも西洋医番付前頭4枚目に位置するほど著名になった。だからその江馬蘭賽を訪ねてくる偉人が多くいた。頼山陽もその一人であった。頼山陽は江馬蘭齋の娘・江馬細香と恋に落ちる。

 その江馬蘭齋が西洋医学を西濃地区に広めた。大垣での西洋医学の広がりは、京都よりも早かった。

 

蘭齋の倹約ぶり

 蘭齋は堅実な倹約家で硯の水も雨水を受けて使っていた。水の豊富な大垣で何故そんな事をするのかと問われると、「こういう小さな事から倹約する気持ちを持たなければ、本当の倹約は出来ない」と答えたという。しかし師の前野良沢が困窮しているのを知ると愛読書を売って金に換え、師に送るなどただ倹約に走るだけではない一面もみせている。

 この項、wikipedia「江馬蘭齋」、『大垣市史』(大垣市)より編集、加筆

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小川敏の吝嗇ぶり

 それに対して、現市長の小川敏は、親譲りの吝嗇を発揮して、大垣市予算に反映している。しかし自分達への贅沢には金遣いが荒い。浮いたカネを自分達の給与に振り向けている。県下一豪華絢爛たる新市庁舎を建てて、悦に入っている。大垣市の児童生徒一人当たりの教育費を県下最低にして、その資源を自分達で使い放題である。後進の育成に尽力した江馬蘭齋と大違いである。大垣駅前商店街の活性化に全く効果がない「元気ハツラツ市行事」に1億円も散財して平気でいる。大垣市の経営にPDCAを回さないし、回す能力がない。小川敏に江馬蘭齋の爪の垢を煎じて飲ませたい。

  

大垣の挫折

 本来、大垣は京都やボストンと同じように、歴史的名所が数多くあるので観光名所の宣伝をすべきなのに、現市長の小川敏は、大垣の中心地に掲示してある市内観光看板のメンテさえカネをケチり、看板が錆びだらけ、ハゲハゲだらけで放置している。それは大垣の教育をも放棄したことを象徴している。小川敏は、未来への投資を怠り、大垣というブランドを棄損したのだ。結果として大垣が没落して当然である。

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 大垣市の中心地・新大橋にある観光看板(サビサビ、ハゲハゲ)

 2019年9月27日撮影(今も変わらない)

    歩道が立派なのは、岐阜県に管轄責任があるため。

 

京都御所を彦根城に移す?

 彦根藩の井伊直弼大老は、幕末の混乱を危惧して、非常事態の場合、天皇を彦根城にお連れして、仮の御所にするつもりで彦根城を整備した。だから彦根城の造りは半端ではない。

 現在、彦根市は彦根城をメインの観光として、観光に力を入れている。彦根城を世界遺産にしようという活動もしている。そのため、その市内の観光看板は立派である。大垣の観光看板と比較すると、大垣の看板は恥ずかしい。

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 彦根市の観光看板(立花町・商工会議所前)

 2020年10月5日撮影

 

 

2020-11-14 久志能幾研究所通信 1824  小田泰仙

累計閲覧総数  223,318

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

 

放浪記 ⒋2 ボストン旧跡探索

 

 このボストン市の観光案内には、米国独立ゆかりの史跡を歩いてたどるウォーキングルートがフリーダム・トレイルとして推奨されている。このルートを廻るとここの歴史的場所や記念碑の16か所を歩いて訪れることができる。

 多くのお上りさんや家族連れが、ラフなウォーキングスタイルで同じ方向にぶらぶらと歩いているので、安全でもあり私もお勧めしたい無料の観光方法です。このコースの歩道には、約20センチ幅で、案内地図と同じ赤いペンキがベターと延々と塗ってあるはいかにもアメリカ的合理主義? とはいえ下手な案内看板よりはるかに分かりやすい。また旧市街は赤いペンキの代わりに赤い煉瓦が歩道に埋め込んで多少気をつかっているのが分かるのだが、日本の京都なら環境破壊と文句が出そう。とても私の感性からはこんな発想が出で来ない。

 

踏破挑戦

 このコースを回るのは、観光ガイドブックに1日がかりを覚悟と記載されていた。私はボストン美術館に行っての帰りに、このコースに行くことを決めたので、17時半から2時間半の大忙しの行程となってしまった。そのため各史跡では閉館になっている場所も多々あった。しかし米国の京都のような古都としての雰囲気が各所に残っており、総じて良い思い出となった。次回は、各史跡を見学しながら、このコースを回りたいと思う。

 この緯度の高いボストンは、サマータイムの関係もあり夜9時まで明るいので助かる。この日の歩行数は35,000(約25km)を越えた。ああ疲れた・・。

初稿 1994年8月7日

 この項を再校正しながら、かつて西濃の小京都と呼ばれた大垣を思い出してしまった。それは次原稿で記す。

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 図⒋5 コースの赤い目印 

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 図⒋4 古い錨と帆船 

00050031s  図⒋6 バンカー・ヒル・モニュメント 

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 図⒋7 フリーダム・トレイル(市の観光案内より)

 

2020-11-13 久志能幾研究所通信 1823  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

   

2020年11月12日 (木)

河村義子先生の本気と覚悟

 

 私は2019年2月に、癌の手術をして余命宣告を受けた。それから生きる姿勢が少し変わった。

 2018年12月に亡くなられた河村義子先生は、死の5年前にその余命を悟られたようだ。義子先生は、死を明らかにして、諦めて本気で人生最後の5年間を生きた。私はその最後の5年間にご縁があったことに、感謝である。義子先生から、人生のフィナーレの生き方を学んだ。

 

死の示唆

 私が先生にピアノレッスンで師事して暫らくして、先生はドイツへ1か月間の演奏旅行に出かけられた。ドイツから帰国されて言われた言葉が、「人生でやりたいことはやり切ったので、いつ死んでもいい」である。私は何と大げさな、と思ったものだ。

 義子先生は、1か月間も音信不通で(先生は、LINEかFacebookをやって連絡をしていたようだが、私はやらないので情報がなかった)、私はやきもきしていた。帰国日時も分からない状態であった。後日、シュッツガトゾリスデンとの演奏風景や、皆と城の見学時の楽しそうな写真を見て、それを納得した。

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13131104_828857910553235_3649426451  シュッツガトゾリスデンのHPより

 いつものレッスン中の会話で、河村義子先生は演奏会パンフレットに載せる写真にもさりげなく言及して、「この写真は気に入っているので、お葬式にも使うの」というので呆れた思い出がある。その写真は名古屋の写真館で撮ったようだ。当時から覚悟をして、葬儀用の写真を準備されていたようだ。実際にその写真が遺影となった。当時の私は、そこまで気が回らない。

 先生の葬儀後、私は胸騒ぎがして検診を受けたら、癌が見つかり、ステージがかなり進んでいたこともあり、終活の準備を始めた。手術前に、葬儀用の写真を写真館で撮って準備をして、それを仏壇の前の置いておいて、愛知県がんセンターに入院した。それも私の病室は、河村義子先生が入院した病室と、東棟と西棟と病棟は違うが同じフロアーがつながる9階である。これも河村先生の見えざる教えであろう。

 

つなげたい

 音楽活動で奔走する先生に「なぜそんなに頑張るの?」と聞くと、「つなげたいから」がその答えであった。河村先生は頑張られたが、その逝去後、それを受け継ぐ弟子達に、河村義子先生の本気を受け継ぐ人は、見当たらないようだ。河村先生が生み育てた「カスミの会」が衰退していくのを目の当たりにするのは悲しい。

 

今、すなわち臨終

 人の明日は分からない。今日元気であっても、明日地震で死ぬかもしれない。東日本大震災、阪神淡路大震災のように。明日、テロに遭遇するかも知れない。ニューヨーク貿易センタービルの同時多発テロのように。いつ何時、レバノン大爆発の巻き添えにあうかもしれない。いつ何時、ガンで余命宣告をされるかもしれぬ。癌ならまだ時間余裕があり幸せである。心筋梗塞、脳梗塞、交通事故に遭えば、即死状態である。その数は年間20万人余である。

 

 「今、すなわち臨終」との一遍上人の言葉が、心に重くのしかかる。今を必死に生きない人に明日は無い。それは生きているのではなく、生き長らえていることで、ただ息をしているだけの人生ではないのか。

 

本気

 私の好きな詩に「本気」がある。本気で物事に取り組んでいれば、道半ばで斃れても、本望である。それは名誉の戦死である。本気でないから、死に臨んで悔いが出る。

 

 本気ですれば大抵のことはできる。

 本気でしていると何事も面白い。

 本気でやっていると誰かが助けてくれる。

 人を幸福にするために、本気で働いている者は、みな幸せである。

                       作者不明

 

 

死に方の選択

 死とは、人生の中で最初で最後の最大のプロジェクトである。自分の死を悔いのないプロジェクトとして完成させたい。

 私は、自分の臨終を考えて、理想の死にかたを追求している。それが美味しいモノに誘惑されて飽食し、病気になり、心筋梗塞やガンで死ぬことは避けたい。美味しいモノには毒がある。その毒物がこれほど溢れている時代は人類史上、初めてである。毒と分かっていても、つい手を出してしまう。その誘惑を排除して、心と体の健やかさ(健康)を保って、天寿を全うしたい。

 病気や不慮の事故等で死ぬのは、危機管理がされてないのだ。天命・天寿を全うするため、死というプロジェクトに本気で取り組みたい。それこそ本当の終活である。財産や品物の整理や身辺整理は、些細なこと。そんなことは、後の人がやってくれる。後は野となれ山となれでよい。

 それより何のために生きて、何のためなら死ねるのかを、明らかにすれば死は諦められる。諦めるとは、死を明らかにすること。

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 馬場恵峰書

 

2020-11-12 久志能幾研究所通信 1822  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年11月11日 (水)

付加価値を入れる器

 

 人は裸で生まれて、裸で死んでいく。その間に、どれだけの知識、経験、喜び恨みを得て、己の付加価値を上げ、社会にご恩返しをして、あの世に旅立つかである。

 赤子は生まれるとき、手を握り締めて生まれてくる。その手の中に「ご先祖の霊」を掴んでいる。だから人を「霊止(ひと)」とも書く。人はご先祖の生まれ変わりである。

 人が死ぬときは、弛緩状態になり手を開いて何も持たず旅たつ。どれだけ莫大な財宝を現世で集めても、死ぬときは裸である。すべてパーである。人は生前に集めたものではなく、人に与えたもので評価される。

 

サーブリック分析

 ギルブレスが考案した分析手法にサーブリック分析がある。これはあらゆる作業に共通する基本動作を、18種類の動作に分解して分析をする手法である。

 そのうち「加工」「組み合わせる」「使う」「分解する」は価値を生む動作であるが、「運ぶ」「掴む」は価値を生まない動作に分類されている。だからいくら金を集めて掴んでも、何も価値を生まない。お金は使わないと価値を生まない。

 

人という名の器

 人は小さな器を持って、必ず訪れる死に向かって人生を歩く。人の成長に合わせてその器は大きくも小さくもなる。人生とは料理の鍋を煮るが如しである。その器に知識・経験・愛情憎悪という調味料を入れて、事故や災害、病気に遇いながらも、鍋に入った料理がこぼれないようにして器を持って歩く人生舞台である。その材料にどういう味(付加価値)をつけるかが、人生で問われる。鍋にいれた材料のままで料理が完成したら、手抜きで、味気ない人生だ。そこにどんな己の付加価値を付けて、未完の料理を最高に仕上げるかである。

 

認知症への道

 その人生調理の工程での大きな問題は、その器の底に小さな穴が開いていること。歳をとるほどに、その穴が少しずつ大きくなっていく。若いときは気がつかないが、歳をとると、その穴から料理をした記憶や知識が大量に流出していることに気づき愕然とする。それ故、穴が大きくなるのを防ぐ努力をしないと、いつの間にか器が空になる。

 老いても、その器への料理投入を怠ってはならない。生涯現役で、料理材料を投入し続けねばならぬ。それをしないと認知症になる。全て自己責任であり、自然の摂理である。

 

料理後に残るもの

 死ぬときには、器としての肉体自体が消滅するので、器の中身は何も残らない。しかし器の下から加熱(仕事、修行、功績)して昇華したものだけが世の空気の中に残る。それがその人の航跡である。加熱の足りない人の航跡は、何も残らない。

 人は二度、死ぬ。本人の死が一度目、二度目はその人を覚えている人が死ぬときだ。その人の航跡とは、人の心に長く残る思い出であり、業績であり記録である。しかしどんなに大きな航跡でも時間ともに消えていく。それが2000年も継続して記憶されている先人は偉大である。

 

 今やっていること、金儲け、魚釣り、飲み会、女漁り、競馬、競輪、ギャンブル、グルメ探求、旅行、権力の座へのしがみ付き、等に没頭して人生で何が残るか、自省しよう。残したもので、子孫から呆れられるのは、恥である。

 

 人生で残るのは書いたものだけ、やって来たこと(価値あるものを創った)だけ。人に伝えたことだけ、与えたものだけ。

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2020-11-11 久志能幾研究所通信 1821  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年11月10日 (火)

「死にたい」悟段活用

死にたい、死に体、死に戴、死に諦、師にタイ

 

死にたい

 悲しい時は悲しむがよい。思いっ切り悲しむのがよい。悲しみという苦痛が自分を育ててくれる。ルンルン気分だけで過ごした人間より、はるかに深みのある人間に育ててくれる。

 挑戦をしない人間は、死にたいという境遇にはならない。大きな挑戦をするから、失敗、挫折をして死にたい気持ちになるのだ。しかしその挫折は、飛躍のために、思考を深め、下に根を伸ばしてエネルギーを蓄積の時なのだ。

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    馬場恵峰書

死に体

 人生に悩みもなく、ボケーと暮らせば、生きていても「死に体」である。息はしていても、生き永らえているだけだ。定年後、やることもなく、無為に過ごせば、死に体である。

 「起きたけど 寝るまで とくに用もなし」

 「あれソレで 一日過ごし 吾忘れ」

 それではそのまま認知症への道をまっしぐら。65歳以上の日本人は、15%が認知症。75歳以上だと25%が認知症。

039a33931s   馬場恵峰書

 

死に戴

 人生では、最期に神仏から死を戴くのだ。その死にざまで、生きざまが分かる。立派な死を戴くように、日々精進すべきなのだ。よく働いた一日が安らかな眠りを誘うように、よく働いた人生は、安らかな死を戴く。世の中に貢献もせず、中途半端な生き方をするから、野垂れ死にするのだ。

 

死に諦

 生あるものは、必ず生老病死苦である。死を諦め、死を明らかにしたとき、新しい人生が生まれる。

 「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり、生死の中に仏あれば生死なく、但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃としてねごうべきもなし、この時初めて生死を離るる分あり」修証義

 死を意識するから、人間なのだ。涅槃を意識するのだ。犬猫では死など考えない。死を意識するから、人生は限りある時間と悟り、命を燃やして生きるのだ。

 

師にタイ

 人間なら、志を立てたら、人生では師を持ち、その師を超えることを目標にすべきだ。師を超えられなくても、せめてタイの成績に持ち込みたい。

 「師にタイ」は「しにたい」活用の最高段である。師を超えるのが、師への最大の恩返しである。

 師を持たない人生とは、さ迷える孤舟の航海である。エンジンのなく、北極星も知らず、海を漂うだけの人生である。船が港を出て、湾内の周りを長い間漂っても、それで長い航海をしたと自慢はできない。単に歳を取って白髪が増えただけである。それは、長年会社と自宅を往復して、大過無くサラリーマン生活を送っただけの人生だ。

 だからこそ

「三年かけて師をさがせ。良き師に恵まれてこそ自己の人生に花は咲く」

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P18_039a01822s馬場恵峰卒寿記念写経書展写真集 「報恩道書写行集」(久志能幾研究所刊)より

2020-11-10 久志能幾研究所通信 1820  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

見学記 ハーバード大学付属美術館(FOG MUSEUN)

 

 ミシガン大学の美術館を見てさすがアメリカは遣ることが違うと感心していたが、ここの美術館を見て、さらにその驚きを驚愕に変更せざるを得なかった。

 ハーバード大学の敷地内にあるこのイタリア建築風の美術館は、日本の大きな美術館顔負けの内容と広さを持つ。またこの美術館は大学の芸術学部の建物でもあるので、ミージアムショップはおろか、図書館、教授室、研究室等も同居している。

 この美術館の圧巻である印象派の集めた部屋には、モネ、ピカソ、ゴッホ,ルノアール、マチス、セザンヌ、スラー等の絵画、彫刻が展示してあり壮観である。これと比べると、日本の大学はなんと貧乏なことか。経済大国と言いながらも、富の蓄積の差はこういった所で顕著に出るものだ。

 この美術品の多くは、この国のトップを形成するハーバード大学のOBによって寄付、産業界からの援助等で収集されたのであろう。その豊かな力を羨ましく思う。日本のエリートもこんな面にも力を注いでくれると、日本の面目が立つと思う。こう言った面の教養のないエリート集団は世界の恥である。またこの面での力を発揮できない内は、米国を追い抜いて名実共に世界一にはなれまい。

 歩き疲れた私は、この部屋の椅子で思わずうたた寝をしてしまった。イヤー贅沢。私は名画に出会うと眠たくなる。

 初稿 1994年8月7日

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ハーバード大学付属美術館

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 大学構内の白バイ

 

2020-11-10 久志能幾研究所通信 1819  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年11月 9日 (月)

「トヨタの片づけ」で人生を片づけ隊

 

 トヨタは5Sで世界一になった。5Sとは整理・整頓・清潔・清掃・躾である。

トヨタの片づけ格言

◆きれいにするのがゴールではない

 最終目的は、仕事の効率化、利益確保、人の育成、理念の達成である。

 見た目がきれいに整頓されていても、整理されていないと使えない。

 整理とは、何時でも使える状態に管理すること。

◆人を責めるな、仕組みを責めろ

 片付かなくなってしまった仕組みを改めよ。

 片付かないと、自身が損の痛みを直接感じる仕組みを作れ。

◆ムダという宝を探せ

 無駄の中に、改善のネタが埋まっている。

 それを一つ一つ改善すれば、業界でトップになれる。

 小さな改善の積み重ねでトヨタは世界一になった。

◆捨てるのが「もったいない」「いつか使う」は諸悪の根源

 「いつか」という時間には、高いコストがかかっている。

 期限の無い、「いつか使う」は、無駄の最たるもの。

◆ものを持つことはコストになる

 モノを持てば、減価償却が発生する。

 モノには場所も税金も人工もかかる。

◆指導者は桃太郎たれ

 部下をキビ団子という報酬を掲げ、結束して力を合わせよう

 

人生の片づけ

 これを自分の「人生の片づけ」に当てはめて、人生をオダブツ教の6Sで人生を乗り切るべし。

 6Sとは、整理・整頓・清潔・清掃・躾・創造である。創造(智慧)こそ時間創造の基本である。整理・整頓・清潔・清掃・躾・創造があれば、人生を歩むスピードが上がる。

 知識ばかりあっても、整理されてないと情報のゴミとなり、使えない。情報を智慧のレベルに上げよ。

 

目的地

 綺麗ごとの人生では、人生の最終目的に到達できない。泥だらけ、傷だらけの人生であっても、人生の目的を全うすればよい。遅くてもよい、着実に早く決断をすること。即決でなくてよい、早い時期に決める。歩む速度が遅くても、早く決めれば、敵よりも早く目的地に着く。敵とは優柔不断なもう一人の己である。何処へ行くかを早く決めるべし。

 いくら頑張っても、あと50年は生きられない。自分の人生をどう片づけるのか。癌になってもその片づけはできるが、認知症になってしまえば、片づけが出来ない。

 

システム構成

 こんな私に誰がしたと嘆かないで、自分の人生は自分で片づけるべし。

 人生のお荷物はAI付きブルドーザーを使って片づけよう。

 

無駄こそお宝

 人生で無駄なことは一つもない。病気も不遇も事故も全て自分の成長にために必要な事象である。人生が総て思い通りに行けば、鼻持ちならぬ人間になってしまう。

 病気をするから体の限度が分かり、体を大事にする。人の痛みが分かる。

 会社での冷遇も、自分の至らなさを教えてくれる仕組みである。仏様が頑張れと言っている。

 小さな事故が自分の危機管理の至らなさを思い知らせてくれる。それは仏様からの啓示である。そのまま突っ走れば、大事故に遭い死亡である。

 先日も、事故寸前となる事象に遭遇したので、仏様からの啓示と思い、ドライブレコーダーを前後2カメラ方式にすることにした。危機管理である。

 体で体験しないと智慧にならない。それが格物致知である。

 

「いつか」などは永遠に来ない

 今しかない。今使わないものは、永遠に使わない。捨てるべし。

 必要な時に、必要なものを買えばよい。

 モノを溜めるのが習性であった母は、日用品を大量に保存していた。昔の人は皆同じである。私は母の死後、その処分のため時間とお金を使った。今はモノを処分するのにお金がかかる。保管場所も土地代という金がかかる。

 

所有コスト

 モノを持てば、減価償却費がかかる。友人、知人を多く持っても同じだ。何時かはそれらが陳腐化する。知人友人が自分と同じように成長してくれればよいが、波長が合わなくなると別れがくる。

 教育も知恵も経験も維持しないと減価する。現代は知識も陳腐化の速度が速い。そのための訓練、練習の保持活動が必要だ。それにはお金がかかる。自分はどんな能力を持つのか。費用を考えてその能力を持とう。

 変な宗教思想を持てば、お布施という金ばかりを教団に貢ぐことになる。正しい思想を持とう。思想には所有コストがかかる。正しい思想は一つあれば十分だ。正しい宗教には、お金はあまりかからない。

 人生のお荷物は早く下ろせ。

 

モノを持つとは

 そのモノを持って、自分の人生を助けてくける存在のモノを持つべきだ。そのものと心中する気で、棺桶まで持って行く覚悟がなければ手に入れないことだ。

 モノを買うとは自分を買うことだ。安いものを買えば、自分の人生を安物扱いすることになる。大事な人生が、ぞんざいに扱われてしまう。すぐゴミ箱行きとなる。モノを多く持てば、自分の持つ資源がぼやけてしまう。自分の資源を整理整頓清潔清掃にして、世の中で活用しよう。

 

自分というお荷物

 自分が、認知症になり、粗大ゴミ同然になればその片づけコストが大変だ。人様に迷惑をかける。今後、日本は老人大国となり、その社会的負担が増加する。

 自分が、そんな存在になるなら、沖縄のきれいな海にドボンした方が、世の為かもしれない。だからこそ人間として、存在付加価値のある人物になるべきだ。人として世の中に貢献してこそ、生きている価値がある。そうすれば仏様と社会が生かしておいてくれる。自分は生きているのではない、生かされているのだ。仏様が世の中で不要と判断すれば、死が訪れる。世の中で不用品にないように学び続けなければならぬ。

 

人は学ばないと、人間ではなくなる。

学ばないと宿命的存在、つまり動物的、機械的存在に成り下がる。

学ぶことで運命的存在、つまり人間的存在になる。

よく学問修行をすると、自分で自分の運命を創っていくことができる。

              安岡正篤

 

鬼退治

 人生の片づけとは、自分の内に存在する「鬼」を退治すること。後ろ向き、劣等感、僻み、等の自分をディスカウントする負の潜在意識が「鬼」である。外の敵は容易に退治できる。しかし内なる鬼は強敵である。それを退治しないと、人生は片づかない。鬼を退治して、人生目標を目指して、菩薩になろう。菩薩とは佛になるために修行をしている。それが生きる意味だ。私は毎日、馬場恵峰師の書を見て自分の人生を確認している。

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    「魂(オニ)」は松本明慶大仏師作、「不動心」は馬場恵峰書

P10400341s  馬場恵峰書

2020-11-09 久志能幾研究所通信 1818  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2020年11月 8日 (日)

死刑の証明は1つで十分  磨墨知28 

 

 無為な事に時間をかけすぎない。自己満足の証明のため、決断の時を無為に延期するのですか? その「裁判」の目的はなんですか? 死体に鞭打つのですか? 後の始末は仏様がやってくれる。目的を忘れると余分な事に時間を使うもの。それは死んだ子の歳を数えると同じ。

 

死刑判決

 過去の人を「死刑判決」で鞭打たない。その人に自分は「死刑判決(絶交、絶縁)」をしたのだ。その魔の世界から遠ざかれば、幸せが手に入る。時間が手に入る。腐れ縁で苦しむのは、縁を切れない優柔不断な己である。その人は住む世界が違うのだ。価値観が違うのだ。「人種が違うのだ。」

 

人種が違う

 「人種が違う」とは故河村義子先生が言った言葉。私は河村先生主催のコンサートの勧誘で、チケットを売るため走り回っていた。その中で当然来るべき人、義理でも来なければならない人と思って勧めたら、その人に「休日に来なければならないほど魅力あるコンサートですか」と拒否されて愕然とした。その報告を河村先生にしたら、河村先生が私を慰めてくれた言葉が上記である。

 そのコンサートが河村先生の生前の公式最後の公演となった。私が主のスポンサーとなって開催したコンサートだ。ドレスデントリオを招いての2018年1月13日の新年コンサートであった。

 河村先生の葬儀当日、2018年12月、その人は葬儀には来たが、焼香だけを済ませると早々に消えた。義理で来たことが見え見えであった。私には何か割り切れない気持ちが残った。私はその人に「死刑判決(絶交、絶縁)」をして正解であったと悟った。

 

病気というご縁

 自分を癌にした原因には鞭打たない。そういう苦い経験が今の自分を作った。当時はそれで極楽だったのだ。やってはいけない事、付き合ってはいけない人を、身を挺して体験したのだ。人生の修行時は、清濁併せのまねば成長できない。自分はそれから知見を得たのだ。後は、その魔の世界から遠ざかればよい。

 酒、煙草、分かっちゃいるけどやめられねぇ、では犬猫以下である。

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   馬場恵峰書

 

2020-11-07 久志能幾研究所通信 1817  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2020年11月 7日 (土)

狂密からの解脱  乳がん防止策、男性の癌対策

 

 乳がんの死亡者数は、この30年間で3倍に増えた。増えたのにはワケがある。狂った習慣(食生活、生活習慣)に密接してきたからだ。乳がんは女性だけだから男性は関係ないというわけではない。男性はその影響が前立腺癌や他の癌として現れる。日本人の2人に一人が癌になる時代だ。敵を知り、己を知って自己防衛をするしかない。

20160208  日経ビジネス 2016年2月8日号

 下記は私が実行しているガン再発防止策である。

 

1 肥満にならない。

  肥満は乳がんの発生を1.6倍増やす。

  肥満は心血死(心筋梗塞、脳梗塞)のリスクを上げる。

  お腹の出っ張りは、仏様からの癌の予告メッセージである。私は癌が発見される前は腹囲が90センチ近くあった。手術後の現在は75センチほどに減った。体重も25キロ減った。体脂肪率12である。もっと太りたいが、なかなか体重が戻らず悩んでいる。人から見れば贅沢な悩みだが、体重減と共に体力が無くなったので辛い。死んでもいいから健康管理である。

 

2 糖分(炭水化物)を取り過ぎない。

  癌は甘いものが大好物である。

  私は現在、ご飯一食分で、100gに計量して食べている。それで十分に満足している。いかに今まで食べ過ぎていたかを思い知っている。

  お饅頭も原則禁止である。(なかなか難しい)

  美味しいモノには毒がある。しかし毒を食らわないと、極楽は手に入らない。

 

3 脂肪分を取り過ぎない。

 

4 脂肪分と糖分の同時摂取を避ける。

      同時摂取は相乗作用で肥満になり勝ち。それが癌の遠因。

  だからケーキ等の洋菓子は、肥満の元で厳禁。せめて和菓子にすること。

 

5 油分の摂取を控える。

  私は天婦羅、油の乗った美味しいお魚はドクターストップである。

  お煎餅も禁止です。

      お煎餅は引っ付き防止で鉄板に油をひいて焼いている。

 

6 乳製品の摂取を減らす。

   乳製品は乳がんを増やす。乳製品の摂取量が日本より多い欧米は、乳がんの発生率が高い。

 

7 ノーパン生活を心がける。

  グルテンフリーを心がける。パンの主成分の小麦粉は、腸の中でお米の10倍のガスを発生させる。それだけ長く腸に留まり、細菌が増える。それが万病に基。だから私はパンを食べない。ノーパン生活である。

 だから食べるならうどんより、蕎麦である。

 欧米型の肉・パン中心の食事では、乳がんの発生率は1.3倍になる。(国立がんセンターの調査)

8 チンチンはしない。

  電子レンジは、食材を超高周波数で振動せる。自然界にはない現象である。それで食材のビタミン類が破壊される。私は電子レンジを使わない。外食でも、食材を電子レンジで温めてもらわない。

 

9 夕食から朝食までを13時間以上空ける「プチ断食」を心がける。

  プチ断食が癌の再発防止に役立つ。

  間食禁止です。

 

10 アルコールは再発リスクを高める。

  どんなに微量でも、アルコールは発癌物質である。

  WHОでは、アルコールは薬物として認定されている。食べ物は胃で消化されるが、アルコールは肝臓で薬物と同じプロセスでしか分解されない。だから宴会は、薬物パーティである。

  ワイン1本で、タバコ10本分の害がある。

  飲まない女性と比べると、飲む女性の乳がんリスクは1.8倍高い。(国立がんセンターの調査)

 

 コレ内緒の話?アルガ、私は毎朝、小原庄助さんばりに朝寝はないが、朝酒、朝湯をやっている。

 アルコール分0パーセントの甘酒30mlに、糖質ゼロのヨーグルトとキウイ(皮ごと刻んで)を混ぜて食べている。南雲吉則先生の著書にあるノウハウである。

 朝湯は、体温を上げるためである。

 

11 お風呂に肩まで10分間以上浸かる

  シャワーは使わない。お風呂で体を温める。体温が1度下がると、免疫力が30%下がる。癌は体の免疫力が低下して、発症する。還暦までは体力、免疫力があるから癌は発症しにくい。還暦後に体力が低下して癌の発症率が急上昇する。だから癌の早期発見の為、定期検診を。

 入浴後、水シャワーを全身に浴びる。自律神経を刺激して、免疫力を上げるためである。癌になり、メスで開腹手術され、毎日点滴で注射針を刺される辛さを思えば、冷たさも我慢できる。

 

12 有酸素運動が推奨される。

  散歩がよい。

 

13 一日座りぱっなしは避ける

 座り作業とがん死亡との関係を検討したところ、座位時間が1時間延長するごとに、がん死亡リスクは16%上昇することが示唆された。座位時間を30分減らし、その間に軽い運動を行うと、がん死亡リスクは8%低下し、30分間の中強度から高強度の運動に置き換えると、がん死亡リスクは31%低下すると推定された。

論文は、2020年6月18日付のJAMA Oncology誌電子版に掲載されている。Gilchrist SC, et al. JAMA Oncol. 2020 Jun 18;e202045.

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO63466340U0A900C2000000/?page=2

 

14 ビタミンDの生成の為、太陽光に一日20分当たる。

  ビタミンDに抗がん作用がある。

  私は南雲吉則先生の診断で、ビタミンD欠乏症と診断され、治療を受けている。

 

15 十分な睡眠

  睡眠中に出る成長ホルモンが、傷んだ細胞を修復する。若い時は、成長のための成長ホルモンだが、歳を取れば、それが傷んだ細胞の修復に使われる。0時から午前2時まで、一番多く成長ホルモンが分泌される。だから夜更かしは癌を誘発する。

 熟睡するため、睡眠環境を整える。電気も完全に消して、真っ暗な環境で寝る。小さな電灯でも、網膜はそれに反応して完全熟睡を妨げる。熟睡できないと、免疫力が低下する。癌への抵抗力が下がる。

 

16 高血圧を治す

 高血圧は病気ではないが、癌と認知症の遠因となる。血管の内部にプラークが堆積して、血管内径が細くなり、血圧を高めないと、末端まで血が行かないので、自律神経が血圧を上げている。それが高血圧症。それを降圧剤で血圧を下げると、血が末端までいかないため、血液に含まれる免疫酵素が、末端までいかず、癌が増殖する遠因となる。

 

17 タバコは言語道断で禁止。

   夫や子息がタバコを吸うと、妻の乳がん罹患率が急上昇する。

    非喫煙者と比べると、喫煙者の乳がんリスクは1.9倍高い。(国立がんセンターの調査)

18 対処療法しかしない医師を避ける

  癌になった真因を探し、その対策を教えてくれる医師にかかる。

    私は抗がん剤治療を拒否した。

    私は降圧剤しか出さない医師を避けた。  

  私は、薬を原則飲まない。薬は基本的に毒である。

 

19 安い食材に手を出さない

  安いものにはワケがある。添加物、偽造食材、発癌性物質が入った毒入り食材、劣悪環境で作られた食材が、出回っている。将来、それが原因で医療費を使うなら、本末転倒の結果となる。

 

20 肝炎ウイルス、胃ガンの予防でピロリ菌対策を

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番外編

21 認知症になったふりをする(ジョークです。下記はホント)

  癌経験者は、健康な人よりアルツハイマー型認知症を発症するリスクが33%減少し、喫煙に関係する肺がん等では、74%もそのリスクが低下する。

 追跡期間の22年間にアルツハイマー病と診断された人がその後、癌を発症するリスクは61%低下した。

 つまり癌患者はアルツハイマー病になりにくくい。アルツハイマー病をかかった人は癌になりにくい。

 ただし喫煙関係のがん(肺がん、食道がん等)では、アルツハイマー病のリスクは下がるが、脳卒中の発症リスクは2.18倍に跳ね上がる。

  英医学雑誌「BMJ」の記事より

 

 要は、癌はストレスから来る確率が多いので、認知症になれば、そのストレスが減るのが理由のようだ。認知症になれば本人は何も分からなくなるので幸せだが、回りが地獄に落ちる。

 癌は一朝一夕ではできない。目に見える大きさになるまで約10年間かかる。つまりサラリーマン生活でストレスを溜め、退職10年後に発症するようだ。私の場合もそうだった。ストレスこそ、最大の癌の要因である。柳に風でストレスを受け流そう。ストレス発生元と縁を切ろう。そんな元凶と付き合って癌になってはたまらない。私は定年延長せず、会社を辞めた。

 

 以上は補完代替医療の専門誌、日本乳癌学会の治療ガイドライン、国立がんセンターの調査資料、他の資料、私の癌治療の実経験より得た知見を編集した。

 

P10409731s   馬場恵峰書

2020-11-07 久志能幾研究所通信 1816  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。