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2018年1月

2018年1月21日 (日)

人生の春夏秋冬

 会社を定年退職して7年が過ぎた。過去を振り返り、人生の春夏秋冬を感じるこの頃である。

  春は学びの季節。今の心境から比較すると、学生時代は未来に何の不安もなく青春を謳歌したようだ。当時は何とも思わなかったが、両親や恩師の保護・恩恵を最大限に受けて一番幸せの季節であったのだ。それは冬の時代にならないと気がつかない。気が付いた時、両親や恩師は、この世にいない。

 

 夏は仕事の季節である。当時は高度成長の時代で、今のデフレとは隔絶した時代であった。仕事はきつかったが、遣り甲斐のある仕事に恵まれ幸せであったと思う。今の自分があるのは、会社の皆さんに育ててもらったのだ。正に盛夏の熱い季節であった。やればその分、成果が上がったよき季節であった。

 

 秋は収穫の季節。定年後に故郷に帰り、人生の夕暮れを感じながら、今まで蓄積した経験を活かし、第二の人生に向けて再度の学びの時を過ごした。その過程で、自分の老いをつくづくと感じた時代であった。毎日、図書館に通い、若い人と机を並べて受験勉強に励んだのも良き思い出である。単純な記憶力を競う試験では、物理的・生理的に己の体力の限界を悟らされた時でもある。秋は、次の長い冬の期間に向けて、体の保全をする準備の時でもあった。あちこちに体の不調を感じた時期であった。それの手当てが間に合わず、あの世に旅立った仲間の数も多い。よくぞこの危機の季節を生き延びれたと、ご先祖に感謝している。

 

 冬は、未来の種を植える季節である。今、私は人生で一番忙しい時と迎えたと思い精進している。盛夏の季節は、周囲に振り回されて多忙ではあったが、今は自分で物事を統治して、限られた時間を次の世代に残すべき仕事に邁進している。一番遣り甲斐のある季節だと思う。そう思わないと、今まで生きてきた甲斐がない。「起きたけど 寝るまで 特に用もなし」でないだけ幸せである。そう思うから、今の自分は幸せだと思う。冬の時代は、後世に残す仕事を完成する季節なのだ。自伝、出版、執筆、写真撮影、後世への記録、お墓の整備、家のリフォーム、後世への遺産をどうするかを考えると、おちおちゆっくりもしていられない。24時間365日生涯無休で頑張っている。と口では言っても、若い時ほどには思うように体が言うことがきかないのがまどろっこしい。

 

冥土へ跳ぶ準備

 67歳の冬の季節の到来したとき、ご縁があり松本明慶師作の「飛蝗」に出あった。明慶師の熱い説明がなければ、ご縁のなかった飛蝗である。それも今までのご縁の蓄積の賜物である。飛蝗は、複眼で飛ぶ先を見定めて数メートルを一気に飛ぶ。跳ぶ前には行き先を良く見なければならぬ。「飛ぶ」に、虫偏に「皇帝」と書いて書いてバッタ(飛蝗)である。跳んで着地する世界で、皇帝として君臨したい。

 この飛蝗は飛躍への縁起物である。この飛蝗にあやかって、これからの冬の季節を考え、冥土への飛躍を祈願して即決で入手した。冬に植えた種は、春に花咲く。今は、両親や恩師が植えた種が花咲いている。己が植える種は、春に種が花開く。その時に、己がこの世にいるかいないかは、別の問題である。全ての生き物は、そんなことを考えず、未来に種を植える。

 

冬の時代

 冬は葉を落とし、身を削り裸になって厳しい冬に向けて準備をする季節だ。今までは集めることに余念がなかったが、冬の時代はそれを放出する季節である。それを強欲に集め続けるから、人生の終末に醜態を見せることになる。葉が茂るほど、繁栄するほど、人は命の本質から離れていく。人は裸で生まれて裸で死んでいく。何時かは必ず死ぬことが分かっている体を抱えて、生きてきた。それで何を残して死ぬのか。冬の季節は自分の仕上げの季節なのだ。

 

人生のお手本

 今までは宮仕えの視点やモノの価値観の目でしか物事を観ていなかったようだ。今は飛蝗の複眼のように複数の価値観の目で見る事で、今まで見えなかった世界が見えてきた。67歳は鼻垂れ小僧の季節だ。私は現在92歳の馬場恵峰師が、現役として矍鑠としている姿を真じかに見て、それを人生のお手本として精進していきたい。そういうお手本の師があると、生きていくうえで精神的に楽である。

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 松本明慶師作 「飛蝗」 楠の一本彫り 全長15 cm 飛蝗は4cm

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2018-01-21

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年1月20日 (土)

ドレスデントリオ・澄華コンサート in 宇野病院

 2018110日、宇野病院のホールにてドレスデントリオと金澤澄華さんのコンサートが開催された。15時からのリハーサルに合わせて、私は岡崎に赴いた。ところがドレスデントリオは、午前中に現地入りして練習を済ませていた。私が少し目を離すと(?)練習ばかりしている、との印象である。さすが超一流である。その少し前に岡崎城を見学したとのこと。これが、今回来日での彼らの唯一の観光となった。

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 リハーサルでの首脳会談。最終調整です。

 

 現地に着くと、宇野病院は大きな病院で、内部で少し迷ってしまった。訊ねた医師が親切に直接院内を案内していただき恐縮であった。当日、ハイケさんと金澤さんが風邪を引き体調が十分でないとのこと。急遽、事前に練り上げたプログラムから歌う曲を数曲減らすことになった。人という生の楽器(ソプラノ)の難しさを目の前にして、体調管理の大変さを感じた。お二人とも、リハーサルが終わったら、宇野院長先生から注射を受けて、そのまま別室で本番まで横になって休まれた。プロは本番に休めない。厳しい世界である。それでも素人の目からは、そんなそぶりも見せず、リハーサルをこなされた。

 金澤澄華さんは、ドレスデントリオとの音合わせが終わったあと、少し休んでから、一人でチューナを使って最終の自分の声の調整をされていた。体調が悪いのにも関わらず、真剣に音の調整(ソプラノ)に取り組む姿勢に感銘を受けた。ホールには、私以外に誰もいない。

2dsc03295  リハーサル

3p1040244  少し休息後、一人でリハーサルの金澤澄華さん

機材の運搬

 今回から、撮影機材を運ぶのに車付きのキャリアを使うことにした。今回は、ビデオカメラ、三脚まで加わったので機材の総重量が30キロほどになった。岡崎公園前駅から宇野病院までの約300mの距離が、中途半端でタクシーも呼べず、また手持ちでは移動が大変である。

 

宇野病院ホール

 宇野病院は、患者さんや地域社会へのボランティア活動の一環で、院内コンサートを、90回も開催されている。その一環で、無料のコンサートである。残念なのは本番では撮影禁止となり、写真撮影はリハーサルのみ許可されて、本番ではビデオ撮影だけとなった。200人程入る演奏会ホールは、本来会議室用とかで、本格的なホールではないとのこと。演奏会の設備はそろっており、立派な会場である。今回もほぼ満席である。それに会場にはスタンウェイのピカピカのピアノが鎮座していた。ピアノはカバーに覆われて拝顔は叶わなかったが、ニューヨークから来たばかりとか。次回、その音を拝聴したいもの。

 本番では、ハイケさんも金澤澄華さんも体調の悪いことのそぶりも見せず、素晴らしい演奏をされ観客は大喜びある。

4p1040248  宇野病院のホール   手前のカバーがスタンウェイピアノ

5_3  本番での演奏

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74k8a9008  演奏会後の宇野先生の挨拶

2018-01-20

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血の巡りの悪い大垣市

「大垣市中心市街地活性化基本計画」検証3

 表記の計画書(平成27年制定、平成29年11月29日変更)には、大垣の道路の未来計画が全く記載されていない。道路とは、経済の血路である。血路が十分でないと経済活動が、阻害される。2017年秋の台風22号の影響で、大垣市を南北に通す基幹道路の2本の内、1本が水没して経済がマヒした。その一番大事な件に対する対策が、表記計画書には、全く記載がない。そんな考え方では大垣市が衰退し、大垣駅前商店街も衰退するのも故あること。

 

大垣の道路状況

 大垣市を南北に通る大動脈である258号線のJR線高架橋は、昭和57年(1982年)12月15日の35年前に完成した。それから全く、新規の幹線道路を造る計画の煙のケの字もない。行政の怠慢である。行政の無能である。35年前から日本は車社会に大きく変貌して、経済が大発達したのにも関わらず、である。大垣を南北に走る道路の朝晩の通勤時の渋滞はひどいが、それを解消する計画さえない。その大事な南北の基幹道路の血路さえ、治水を怠り水没させて通行止めになる醜態を見せている。大垣市にはその反省さえない。それどころか、水没後に大垣市長がしゃしゃり出で防災視察をして頑張っていますと、「広報大垣」で大威張りである。お笑いを超えて醜態である。単に治水に金をケチり治水行政を放置したための天罰であると思う。そういう問題が起きないようにするのが危機管理である。表記計画書には危機管理の一言もない。

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 2017年10月23日 室村町アンダーパス水没

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 室村町アンダーパスの朝夕の渋滞4p25

 

5_2  道路建設の私案

経済の血路の確保が必要

 経済の要素である人・モノ・カネ・情報を運ぶ道路が整備されなければ、市の活性化など夢物語である。市内の回遊性の向上といって新市庁舎を建てる暇があったら、新道路を建設すべきである。物見遊山の暇人が市内を回遊しても、大垣の活性化にはならない。経済音痴の大垣市長は、節約と投資の区別がつかないようだ。トンチンカンな面に金をつぎ込んでいる。それでいて岐阜市新市庁舎よりも5割も豪華な大垣新市庁舎の建設に余念がない。

 

人の病気・経済の病気

 人が病気になるのは、不適切な食生活を過ごすことで、血管内部にプラークが溜まり、血液の流れが阻害されて、必要な血液(栄養素、免疫酵素)が、体の隅々に行き渡らなくなるのが原因である。それで心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病、ガン等の病気になる。高血圧は、「血管にプラークが詰まって血流が悪くなったよ」との仏様からの警告で病気ではない。それを放置するから、深刻な病状に陥る。

 大垣経済の活動でも、経済の拡大に合わせて道路が整備されておらず、渋滞が激しいため、人・モノ・カネの循環に支障が出ており、経済活動に多大のロスが生じている。それは人で言えば、高血圧の症状である。そんな非効率な市には、企業は誘致しても来ないし、逃げていく。現在、大垣の工業生産額は減少の一途である。この5年で、工業は5%も衰退し、商業も5%衰退である。負の産業の介護・医療のみ大盛況である(40%増)。大垣市は産業の興亡を見ても老化の一途で、病気発病寸前である。

 

大垣市の病気

 大垣市役所は、長期政権で、癒着病と贅沢病にかかり、頭が高くなり、人の声を聞く耳が遠くなり、ヒラメの役人ばかりが繁殖して、意思の疎通が途絶えて、市行政がマヒ寸前である。大垣市の経営で、PDCAを回せないほど重病である。それが「大垣市中心市街地活性化基本計画」のあちこちに表されている。大垣市は大企業病のような、大市役所病に罹っている。

 

添付ファイルp25.PDFをダウンロード   p25-大垣市中心市街地活性化基本計画

添付ファイル5.jpgをダウンロード   大垣道路計画案(私案)

 

2018-01-20

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2018年1月19日 (金)

創造での大垣再生を目指して

「大垣市中心市街地活性化基本計画」の検証2

 表記の計画書(平成27年制定、平成29年11月29日変更)に設定された目標値が詐欺まがいである。目標値がにぎわいの創出で、「休日歩行者・自転車通行量」とあるが、お役人の自己保身に固まったまやかしの目標項目である。

 p18のグラフでは、中心市街地の年間売上額の34百万円(平成11年)が、平成24年には18百万円へ半減している。この大きな問題点があるのだから、年間売上額を目標項目にすれば、単純明快である。それを黙殺する大垣市の狡猾さが露骨である。

 

目標項目の狡猾さ

 にぎわいの創出の数値目標として「中心市街地の休日歩行者・自転車通行量」が次のように定められている。

  現状値 12,189人(平成26年)

  目標値 12,688人(平成32年)

 なぜ「休日」なのか? イベントのあった時は、確かに人出が増えるが、それは一時的な事象である。平日も含めて人出がコンスタントに賑わう大垣にすべきなのだ。異様なイベントだけ人出あり、平日は死の街では、意味がない。現実は、元気ハツラツ市で、普段より人出はあるが、商店街は儲からず、市外に業者だけ儲かる図式で、平日は死の街である。そしてだんだんと市が寂れていく。それには大垣市は目も向けない。

 欲しいのは休日の歩行者の増加ではなく、街の活性化である。商店街が活性化すれば歩行者が増えるのだ。目標値の設定が、順序で逆である。

 なぜ「歩行者・自転車通行量」が目標項目なのか? 多くの歩行者通行量があっても、元気ハツラツ市のように、地元の商店街にはお金を落とさない観光客ばかりでは、街の活性化にはつながらない。人が集まっても、商店街にはお金を落とさず、露店商に金を落とすだけである。寂れた商店街には、後日、誰も来ない。

 目標項目は、商店街売上高、税収にすべきである。結果が明確になるはずだ。なぜそうしないか? 鉛筆をなめて作った政策の誤りが露見するからだ。

 

幽霊調査 = 意味のない歩行量調査

 大垣市は、平成21年から毎年、歩行者・自転車通行量を調査しているが、それでどんな付加価値をだしているのか。その価値が無い。税金の無駄遣いである。まるで市の職員は亡霊の影を追う幽霊である。大垣市役所の職員は、足が地についていない。歩行者の通行量とは陰である。実像は、通行客がお店に入って落とすお金である。それを計測せずして、実像はつかめない。だから正しい対策が打てないのだ。だから、大垣市は衰退していく。それに気がつかない愚かさが哀れである。それでもリストラされないお役人には幸せである。そんな状況に陥れば民間企業なら、倒産、首である。今のお役所には厳しさが無い。

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歩行者・自転車通行量の捏造疑惑

 なぜ目標項目を、商店街の売上高、税収を目標値にしないのか? 政策の不備からの逃避としか考えられない。大垣駅前商店街の売上が減り、売り場面積が減り、従業員が減り、それでいて、なぜ歩行者数が変らないのか? それはデータの捏造以外に考えられない。大垣駅前商店街のある店主に聞いても、このグラフの値は実態とかけ離れた数値だという。歩行量の測定など、後からどうでも細工ができる。どの時間帯で、どの天候で、気温で、等の状態で計測したデータかは明記が無い。歩行者数の計測では、時間帯で幾らでも変わるし、データの加工も自由自在である。

 なぜ平成11年からのデータが無いのか? それを載せると市役所に都合が悪いから載せないとしか考えられれない。

 指標にするなら、そういう影響の受けない万人が納得できる指標にすべきである。例えば、商店街売上高、税収である。

 

「創出」を使う不遜さ

 計画書では「にぎわいの創出」と、記述しているが、血の滲む苦労など無縁の大垣市のお役人が、鉛筆をナメナメして「創出」の言葉を安易に使って欲しくない。「創出」とは、血みどろになって物事を作り出すことである。

 

「創」からの学び

 極限での闘いが創造という生命力を生み出す。という文字の偏である「倉」には、傷という意味がある。つくりの「リ」(りっとう)は、刀の意味である。つまり「創」という字は、刀傷を表している。「創造」という文字は、刀で切られた傷を思い描かせる。刀傷は、戦闘状態の時に敵に切られて出来る。刀傷だから深く切られれば死ぬが、浅く切られたキズは、時代劇の一場面のように、焼酎を吹き掛け晒をまいて「死んでたまるか!」と気合を入れれば、傷跡に肉が噴き、直っていく。そしてその新しい肉と皮膚は、以前に増して強固になってくる。これこそが人間の生命力であり、創造の「創」につながる。平穏無事な逃げの状態から、決して「創造」は生れない。

 ビジネス社会では、傷を受けるとは失敗を意味する。人は失敗を恐れて、刀を避けようとする。しかし大抵の場合は、うまく避けられず、妙な所に傷を受ける。正面から対峙せず、逃げたために脇腹を切られたりもする。また自分が避けたがために、後の人間が傷を受けることもある。真剣に仕事をするなら、真正面から切られる勇気を持つべきだ。傷を恐れてはならない。傷を負ったとしても、それは必ず再生できる。そして再生され傷跡は、今までよりも確実に強固になる。「創造」とはゼロからのスタートとは限らない。今あるものをどんどん進化させていく。新たらしいものに生れ変わっていくことにこそ創造である。

 傷つかなければ進歩もない   No pain, no gain.

 

仕事での創造

 ドレスデントリオのアンドレアスも、同じ曲を何千回、何万回も演奏しても、場面が変り、時代が変り、自分が成長することで、そのたびごとに新しい発見があるという。そこに求道者の姿を見る。それこそが創造である。そういう意識が無いと芸術の世界で創造はできない。創造とは、日本創造学会の定義では、今あるものの分解と再構築である。そこから新しい価値を生みだすことである。自分の仕事、生きざまに、「創造」を作り出したいと思う。

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5dsc03615  2018年1月11日 アンドレアスさん

挑戦と創造

 今の大垣や日本が衰退しているのは、問題を起こさないように、失敗をしないようにと、後ろ向きの姿勢を取っているためだ。それは創造とは対極の姿勢である。挑戦とは創造なのだ。血まみれの失敗だらけの取り組みをして、初めて果実を得るのだ。失敗は敗北ではない。その過程で多くの経験と知恵を得る。それが人生のお宝である。今の日本人には、その挑戦という気概が欠けている。だから創造できないのだ。デフレが止まらないのだ。

 

お役人の負の特性

 傷つくことや、失敗を恐れるのは、お役人の最大の負の特性である。お役人は減点主義・官僚主義の社会なのだ。それは成長の無い世界なのだ。創造とは対極の世界なのだ。だからうまくいかない。こんな役人に大垣市を任せるから大垣も日本も衰退していく。PDCAを回さず反省もせず、同じ失敗を何度も何度も繰り返し、大垣を没落に導いている。その引導書が死の「大垣市中心市街地活性化基本計画」である。

 

添付ファイルp18.PDFをダウンロード 大垣市中心市街地活性化基本計画」p18

添付ファイルp69.PDFをダウンロード  「大垣市中心市街地活性化基本計画」p69

添付ファイルp70.PDFをダウンロード  「大垣市中心市街地活性化基本計画」p70

添付ファイルp71.PDFをダウンロード  「大垣市中心市街地活性化基本計画」p71

「大垣市中心市街地活性化基本計画」は大垣市のHPに掲載されている。

 

2018-01-19

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2018年1月18日 (木)

「大垣市中心市街地活性化基本計画」の検証1

 表記の計画書(平成29年11月29日変更)を読んで、お役人の感性と税金の無駄遣いの痴性に呆れた。活性化基本計画では、問題点の把握が無視されて、自分達の都合よい政策だけ正当化された文章が、延々とつづられている。あるべき問題点と把握とその分析がないので、その対策もピント外れである。その結果、大垣市政17年間の愚政で大垣は没落の一途である。

 

商店街再開発計画の頓挫

 2018年1月現在、この「大垣市中心市街地活性化基本計画」の目玉のひとつの南商店街活性化計画が、用地買収で暗礁に乗り上げ、計画がとん挫しつつある。そのプロセスもこの50年間、繰り返し試されてきた愚行である。儲かるのは再開発との名目で、その税金をばらまかれた業者だけである。大垣市が指導して再開発をするというので、商店街には新しい店舗が入ってくる障害となっている。自分達で店を改造しようにも、再開発というプロジェクトが掲げられると、同じように店舗改造が躊躇される。その悪循環で、商店街は寂れる一方である。商店街への営業妨害の最たるもの。それがこの50年間、繰り返されてきた。その再開発が2018年1月現在で、とん挫しつつある。全て大垣市役所が真剣に商店街を再開発しようとしないのが原因である。長年、絵に描いた餅を掲げてきた咎である。

 

大垣行政の愚の象徴

 その象徴がこの「大垣市中心市街地活性化基本計画」に表されている。実務や実態をしらないお役人が書いた絵空事の「大垣市中心市街地活性化基本計画」である。現在、市政百年で新しい計画を作る計画があるようだが、今の計画が落第なのに、新しい計画がまともになるはずがない。

 市の活性化には何の効果もない「まちなかの回遊性の向上」との詭弁で新市庁舎建設に正当性が強引に論調されている。どこの世界にお役所を観光名所の起点として賑わいの創造で回遊性の向上という発想が生まれるのか。税金無駄使いの発想である。そんな結果が下記に惨状である。

 

大垣市衰退のデータを隠ぺい

 この計画書のp17、18に、大垣市中心街の小売事業者数の減少、従業員の減少、商店街売り上げの減少、内場面積の減少の実態がグラフで示されているが、それに対するコメントも対策も記述が全く無い。誤魔化しの解説をしている。データの解釈も間違っている。現実を矮小化して表現して、市民を煙に巻いている。大垣市の産業人口の70%は商業である。それが崩壊寸前なのに、人ごとのような「大垣市中心市街地活性化基本計画」である。税金無駄遣いの最たるもの。153ページのこの報告書を作成するにも税金が使われている。資料作成費1頁1万円で計算すると最低でも153万円の無駄遣いである。

 p18のグラフでは、中心市街地の年間売上額の34百万円(平成11年)が、平成24年には18百万円へ激減しているが、そのグラフを小さく表現することで、市民の目を逸らす詐欺まがいのテクニックを使っている。「大垣市全体の減少傾向より緩やかなため」との解説は、詐欺まがいの表現である。大垣市は商店街売上半減の衝撃の状況を隠ぺいしている。これでは正しい対策など出てこない。これでは益々大垣市は衰退していく。

P17

P18

大垣新市庁舎の愚

 人口45万人の岐阜新市庁舎が254億円で、市民から高すぎるとの議論が沸騰している。大垣市は人口16万人で大垣新市庁舎が121億円である。岐阜市の規模から換算しても、大垣市は80億円の規模の市庁舎でよい。それでも贅沢である。大垣市は、今後コンパクトシティを目指すと言いながら、それに反した市庁舎は、単位人口当たりで、岐阜市よりも5割増しの贅沢な市庁舎である。

 予想では、2040年には大垣市の人口は129,646人となり、現在の161,160人から20%も減る。それなのになぜ、そんな贅沢な市庁舎を建てるのか。その言い訳書が「大垣市中心市街地活性化基本計画」である。人口推計値は、国立社会保障・人口問題研究所の推計(平成25年3月)による。

 

計画書の問題点 

 現状把握が無視されている。

 大垣市衰退のデータを詐欺まがいに無視して対策が計画されている。

 対策が、適正ではない。

  誰が考えても、それで効果が出るとは思えない。

 対策の効果把握の指標が子供だましである。

   目標値を商店街の売上高にすれば明確だが、それを避けている。

   歩行者の通行量を目標値としている。誤魔化せる目標値である。

 新市庁舎の建設ありきで、計画書が作られている。

 計画書作成者、承認者が誰かも不明の無責任計画書である。

 空き店舗に「かくれ空き店舗」が入っておらず、捏造データである。

 大垣市の惨状をデータで示しながら、それを無視した解析である。

 市民の意見もヨイショ記事で埋めている。

 

大垣市衰退の惨状  平成11年~24年

 駅前商店街のお店数  560店 → 361店    36%減

 駅前商店街の従業員数 2,440人 → 1,901人  23%減

 駅前商店街の売上   34,656 → 18,048千円  48%減

 駅前商店街の売場面積  59,108 → 37,819   36%減

 空き店舗数      44 → 36店(嘘)

           「かくれ空き店舗」が集計に入っていない。

           現在、シャッターを下ろしたお店61%

 公示地価の下落   152千円 → 135千円   12%下落

  高屋町1丁目53番地(平成21年~平成26年)資料岐阜県(p14)

 小川敏氏は大垣市長に平成13年より就任。それから大垣市の衰退が顕著になった。

 

添付ファイル p17.PDFをダウンロード 「大垣市中心市街地活性化基本計画」p17

添付ファイルp18.PDFをダウンロード  「大垣市中心市街地活性化基本計画」p18

「大垣市中心市街地活性化基本計画」は大垣市のHPに掲載されている。

 

2018-01-18

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一本道を歩く

 人生とは、バイキング料理店と同じである。多くの料理の皿を目の前にして、何を食べようが食べまいが、どれだけ取ろうが自分の自由である。その代金は、自分の「果断から始める行動」という対価で支払えばよい。

 人生とは、ごまんとある人生道(仕事、諸芸、宗教等)の中から一つの道だけを選んで歩むこと。どれだけ道が沢山あっても、選べるのはせいぜい二つである。その一つを選んで歩み始めても、横道に美味しそうな道が誘惑するが如くに現れては消えていく。それに足を踏み出しそうになるのを我慢して、脇目も振らず歩むのが正しい人生である。その誘惑に負けると、人生をさ迷う徘徊者に落ちぶれてしまう。隣の芝生が青く見えるのは、欲目症候群に罹っているからだ。

 「この道より外に我を生かす道なし。この道をあるく。ただひたすら一本道」を心に刻んで、心眼をもって行く末を見つめて歩みたい。道を選ぶ前の前提として、バイキング料理店に入るなら、せめて上流のお店に入れるように精進をしたい。下流のバイキング料理店では、人生の腹下しを起こす。少にして学び、良い学校に入ることは、人生成功の保証にはならないが、壮での活躍の場に恵まれるご縁がある。壮にして学べば、老いて衰えず。下流の徘徊老人に落ちぶれることもない。老いて学べば、死して朽ちず。そうすれば後進を導く学びの舗装道路を建設できる。

 

チェリスト ウルフさんの道

 ドレスデントリオのチェリスト ウルフ・プレーレさんは、5歳から楽器を始めて12歳の時、チェロを弾いていて雷に打たれたような衝撃を受け、チェリストになる決意をしたという。彼はそれ以来、ひたすら音楽一本道である。アメリカのサール カルテットで研鑽を積み、ベルリン・フィルハーモニーのカラヤン・アカデミーで研鑽の後、室内管弦楽団、バーゼル交響楽団を経て、1992年よりドレスデン・フィルの第一ソロ・チェリストを務めている。彼は現在、ドレスデンのカール マリア フォン ウエーバ音楽大学でチェロ、教授法、室内楽の教育に携わっている。

 私は来日中のドレスデントリオに8日間、密着撮影をして、音楽にかける彼らの真摯な姿勢に感銘を受けた。そのウフルから面白い話を聞いた。彼が小さい頃、音の感性テストを受けた。高い音と低い音の感性を調べるテストで、高い音に感性が高い人は、チェロのような低い楽器が合い、低い音に感性が高い人は高い音域のバイオリンのような楽器が適しているという。だから彼はチェリストになったという。

 音の感性と逆の対応で興味深い。悪の感性が高い人が、聖職に就くようなものかもしれない。

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 チェリスト ウルフさん   金山スタジオにて リハーサル 2018111

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 予約してあった書画が手違いで人手に渡ってしまったので、新規に先生に揮毫していただいた。こちらの方が、出来が良くハッピーでした。

2018-01-16

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2018年1月17日 (水)

学ぶとは自分探し

 学ぶために記憶するとは、単に個別の項目を覚えるのではない。個々の項目と他の項目の関連を学ぶことなのだ。本を読んで新しい知識を得るのは、今まで学んで構築した脳内のネットワークを強固なベースにする手段である。単なる一項目を覚えても、人生では何も役立たない。それが自分の人生とどういう関係があるかまで、掘り下げて学ぶことが学問である。単に覚えることは受験勉強の抹消の技でしかない。学ぶ以上は、自分自身の癖や性格までを直さねば、本当の学問ではない。受験勉強はその入り口での練習なのだ。

 

西洋思想と東洋思想の差

 科学の「科」とは、「禾」偏に「斗」と書く。稲を収穫して、それを秤で計測することを意味する。科学は幹を枝に分解して、枝を葉と花に分解し、花を花びらと雌しべに分解し、細かく細分化して本質を究明する学問である。現代は、余りに細分化しすぎてがため本質を見失いがちになっている。病気になり西洋医学がその病名を探求し治療法を開発するのだが、病気は治りました、病人は死にましたということも起こりがちである。

 グローバル経済主義とは、経済を究極に細分化した果てで、理論的には正しく、個別には成功するが、社会全体は不幸になる理論である。個人主義の欧米では、経済万能主義に行き着き、これに邁進中である。ねずみが集団となり、狂ったように暴走して、海に向かって突っ込み全滅する様を思い描いてしまう。

 哲学や宗教、そして東洋思想は、その末端からその根源に向ってその源を探る学問である。木を見ず森を見て、その本質を究明する。東洋医学は西洋医学と違い、その病気のもとになった原因を探し、元から治していく治療方法である。

 歴史を学ぶとは、人間の営みを学ぶことである。2000年前の人間の行動と現代人の行動に、差などはない。史記、十八史略、三国史、ローマ史を読むと、人間の行動は変わっていないことが良く分かる。

 経営とは、人間の歴史を学ぶことである。「経」とは、縦糸と横糸の関係を象形文字として現している。いままで連綿として営まれた歴史を、現代という流行の横糸で織りなした状況を、盛んに火を燃やして陣屋のなかで活動している様を表現した字が「営」である。今起こっている事象は、過去の事象の流れのなかで、今の事象はどういう関係にあるかを解明するのが、学びである。今の事象だけに振り回されていると、本質が分からず、間違った対応をすることになる。そのために、その関連を学ぶことが、歴史と経営を学ぶことなのだ。オックスフォード大学には経営の学問はない。経営は歴史を学べば、不要であるという考えである。

 

歴史からの学び

 学びを怠った民族は、滅亡するしかない。その事例は歴史の上に死屍累々と山積する。今の中韓の歴史の対応をみていると、考えさせられる。歴史は繰り返すので、歴史を学ばない愚かな国に振り回されることはない。

 自分探しを怠ると、己を見失い自虐的にも、攻撃的にもなる。挙句にうつ病に罹り、幽霊となり、認知症にもなる。学問をするとは、自分を見失わないための手段である。人として、当たり前のことをして、頂いた命を全うしたい。

 

1img_44121   馬場恵峰書

2018-01-17

久志能幾研究所 小田泰仙  e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

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2018年1月16日 (火)

選択と決断

 産業革命が起きて200年が経ち科学技術は発展したが、人類は細胞一つ作り出すことが出来ていない。その細胞が37兆個からなる人間と言う存在は、佛といわざるを得ない。己は人体と言う曼荼羅の中で、中心に位置する魂の存在である。己を支えてくれている37兆個の佛に感謝をして生きていたい。

 2014年11月29日、お酒を飲み意識を失って救急車を呼ばれたというご縁は、佛様からのメッセージとして真摯に受け止めて禁酒を決断し、体の精密検査を受けることにした。

 

経営者の仕事

 経営者の仕事は決断である。即決でなくてもよいので、早い時期に決断をすること。最大の過ちは決断をしないこと。決めれば何かが動く。間違った決断は、佛様がその結果を教えてくれる。間違っていることが分かれば、軌道修正すればよい。決断をしないと軌道修正も出来ない。決断をしないと佛様もご加護しようが無い。

 前職の会社の経営者はその決断ができず、65年続いた会社を消滅させた。吸収合併されて、多くの人が悲哀を味わった。経営のトップが名門校卒だから、それが頭がよい証明にはならない。また決断力があるわけではない。会社を消滅させたのは、優柔不断なトップが招いた悲劇である。政治行政でもトップに正しい選択眼、決断力が無いと、市を衰退に導く。大垣市のように。

 

決断

 決断の「決」は水(さんずい 氵)が堤防(ユ)を切り裂いていく様を表している。自分を取り巻く固定観念壁(堤防)や障害を切り裂かないと前進は出来ない。

 人は一日に20回の決断をするという。コーヒか紅茶か、魚料理か肉料理か、A案かB案か、その縁に乗るか乗らないか等の選択は、毎日迫られている。人の意思は、今までの慣性で回していた決断の人生惑星という軌道上にある。その軌道から慣性力に打ち勝って新たな軌道へ移るには大きなエネルギーが必要である。人生60年間に約44万回もの決断をして、かつ同じような決断を日々繰り返しているため、その考え方が強固になっている。これが固定観念である。だから老人の頭はカチンカチンの固定観念で凝り固まっている。約44万回もの決断の訓練をして強固にした固定観念を打ち破るのは並大抵のことではない。その固定観念の堤防を破り、新しい道に進むのが決断である。決断が新しい人生を切り開く。

 

選択と責任

 選択とは、2つの選択肢から1つを選んで、進むべき道を決断すること。一方を選択すると、片方は切り捨てる事だ。それに対して、選択肢の両方を選び、決断を曖昧にするから道に迷う。すべて己の責任である。

 「色もなく 香もなく 常に天地は 書かざる経をくり返しつつ」(二宮尊徳)とその選択肢は、天地(あめつち)が奏でる経のように目の前に現れては消えていく。その経とは目の前に現れるご縁である。それは世に満ちている。出会うご縁に色香はない。それに色を付けるのは、己の利己慾・業欲・権力欲・色情である。素直な眼で見れば、正しい判断ができるが、偏向した色眼鏡でみれば、色のついたご縁として目の前に写り判断を誤り、偏向した決断となる。すべて己の責任である。

 人が助けて欲しいとメッセージを発信しても、相手には利己慾・金銭欲で染まった目には、煩わしい雑音にしか聞こえない。そのメッセージを取り逃がすことで、「蜘蛛の糸」というご縁が切れる。その糸は二度とつながらない。人の世は義理人情・報恩感謝で絡み合っている。合理的に選択・決断する世渡り上手な人は、合理的にしか生きられない宿命を背負う。そういう人とは縁を切らないと、己の人生が豊かにならない。

 この年初のドレスデントリオのニューイヤーコンサートの運営では、多くの人のご援助を頂いた。この場をお借りしてお礼申し上げます。

 

わが道

 利己慾・金銭欲・権力欲で染まった衆生の言動に煩わされず、私は己の道を、迷わず あせらず 胸を張って 心に刻んで 歩んでいきたい。

 

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2018-01-16

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ドレスデントリオと金澤澄華の共響

 ドレスデントリオが来日して、2日目(2018年1月8日)のリハーサルは、金山スタジオでソプラノ歌手の金澤澄華さんである。ドレスデントリオと金澤澄華さんの演奏会は、1月10日の宇野病院と1月14日のレストランChez KOBEである。

 その金澤澄華さんのソプラノをまじかで聞いて私は腰を抜かした。どこからそんな強烈なソプラノの声が出るのかとの驚きである。目の前の大きなスピーカが、突然大音量で音楽を奏で出した趣である。音楽ホールやホテルの宴会場では、何度もソプラノ歌手の声楽を聞いてはいたが、こんな至近距離1mで、大音量の豊かな声楽に接せるのは初めてである。それもスマートなスタイルの金澤澄華さんの体のどからそんな声が出るかと。

 

身体改造プロセス

 きけば、彼女は、イタリア留学時にそのソプラノの声が出るように体の骨格を改造したという。彼女は日本人とイタリア人で、音楽のスタイル、音の捉え方など、全てにおいて違っていることを観察して、声帯、骨格、筋肉から東洋人と西洋人の差を認識して研究を続けて、それを自分の体に応用した。

 使っている言語が違うと、使う顔の筋肉も違うことを発見して、顔を変えたという。骨格をイタリア人に近づけようとストレッチとマッサージを続けた。その結果、1年半で顔が全体的に上がって声も変わり、声も良く通るようになった。

 筋肉と骨は付随しているので筋肉をほぐせば骨の位置も上がる。イタリア人は、喋る時に頭の筋肉をよく使う。それを発見してから、頭も念入りにマッサージしていて、声を出す時に頭の筋肉を使うようにしたら、後頭部も丸みを帯びた形になった。

 オペラ歌手にとって、持って生まれた声帯も骨格も重要だ。それは楽器の骨格のようなもので、声が出る時にそれを響かせる土台の器が重要なのだ。

 「土台を考えないでいて、家の構造ばかり考えたって、その家は住むに耐えられない家になっちまうでしょう。人生もまたしかりであります。(中村天風)」

 どんな職業でもその土台、基礎、骨格がしっかりしていないと、いくら小手先のテクニックではごまかしのレベルの仕事しかできない。それは建築や芸術、仕事の全てに当てはまる。

 

共響

 弦楽三重奏団とソプラノの相性の良さを今回始めて体験した。素晴らしい響きである。途中で宇野病院の院長先生が、様子見と差し入れで来られた。金澤さんが、1月10日の宇野病院での曲目の選定を直々に宇野先生に相談をされた。演奏会での曲目の順番も重要が要素であることを知った。彼女とのリハーサルが終わった後、ドレスデントリオは2時間程、彼らだけの練習に没頭した。私はその姿を拝見・拝聴・拝撮した。有難い機会である。

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2018-01-16

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2018年1月15日 (月)

為写経が奏でる「美しき青きドナウ」

為写経のご縁

 ご縁があり、平成27年、自家のお墓の改建をすることが決まった折、父の末弟の小田五郎に「護國院」という立派な院号を長松院住職様から付けていただいた。小田五郎は昭和19年にビルマで戦死された英霊である。また元の戒名が戰勲至誠居士であるので、吉田松陰が好んで使った「至誠」であるのも因縁である。その一連の過程で、小田家先祖代々諸精霊の位牌を作るとよいと長松院住職様からのアドバイスを受けて作成した。

 その位牌を納めに来た横田仏壇屋の奥様から、為書きの写経をお墓に納めると良いという助言があり、早々に写経を始めた。書いているうちにそれならお墓に入っているご先祖様全員の為写経をしようという気になり、全33名分の写経をする大変なことになった。平成27年8月15日から始めて、11月29日のお墓の開眼法要までに百十余枚の為写経を終ることができた。これも以前に、知己塾で恵峰先生より「般若心経の写経をすると書道の勉強にもなる」と言われて、その教材を入手していたため、直ぐに取り掛かれることが出来た。それもご縁である。

 

為写経から生まれたご縁

 般若心経の一字一字を慎重に書いていると、その意味するところが伝わってくる。書いてこそ、その経の意味が理解できる。それが分かったのも大きな功徳であった。その功徳のお陰?で、お寺から来た年忌の連絡書で、ご先祖の戒名に違和感を覚えたのが、過去帳と位牌の戒名の齟齬の露見につながった。位牌と墓誌の改建をすることになる騒動となった。それも何回も為写経で戒名を書いて頭に染み込んでいたので間違いに気が付いた次第である。

 馬場恵峰先生は、今までに一万五千文字の写経をされたという。先生でも一枚の般若心経を書かれるのに二時間を要するという。それも斎戒沐浴をしてからの写経である。ご縁があり、先生の書の写真集を出版することで、先生の書を撮影している。これもご縁である。

 

なぜ為写経をするか、なぜ仕事をするか

 お経を書くことは、ご先祖の供養をする行為となる。それがご先祖へに一番の供養である。口でいくら唱えても、書いて供養する行為には及ばない。

 お墓の開眼法要以降も、毎日為写経を続けている。来る日も来る日も写経を続けていて、写経と仕事の関係に思いを馳せた。同じ写経をしていても、前日と同じ字が書けるわけではない。毎日、少しでも前日よりも良き字で写経ができるように取り組んでいる。日々新たなり。

 自分の仕事でも同じである。毎日、仕事をしていても出てくるアウトプットは日によって違う。その違いを日々レベルアップさせるのが仕事である。全く同じレベルが継続するなら、それは作業である。仕事である以上は、創造がないといけいない。

 仕事とは祈りである。仕事をすることで社会への貢献となる。まわりまわって社会への奉仕となる。橋作り、道路作り、医療行為、演奏活動、全ては社会が幸せになるための活動である。現世の人たちが幸せになるために活動である。人々を幸せにした量に比例して報酬がある。それが仕事である。人に喜び、付加価値をあたえない作業は、仕事ではない。それは単なる物理的な仕事量でしかない。その仕事も成長がないと意味がない。

 

「美しき青きドナウ」にかける想い

 音楽を楽しむのは趣味ではあるが、演奏家にとって曲を演奏するのは、社会の人々に喜びを与える奉仕活動としての仕事である。仕事である以上は、創造が必須である。2018年1月、ドレスデントリオが来日したおりの演奏曲目の一つにヨハン・シュトラウス2世作「美しき青きドナウ」が演奏されたが、その演奏のリハーサルでもビオラのアンドレアスが譜面にメモを記入している姿に疑問に感じ、質問をした。「今まで、なん千回も何万回も演奏、練習をしたはずの古典のこの曲で、何を今更メモを書き入れることがあるのだ?」

 アンドレアス曰く「どんな曲でも、毎日、毎回、新しい発見がある。リズムが違い、テンポが違い、環境が違い、聴く聴衆が違い、我々も昨日と同じレベルではない。そこに新しい取り組みのインスピレーションを感じて、新たしい創造の音への挑戦が生まれるのだ」と。

 「美しき青きドナウ」も、国民にとってはお経と同じ位置付けかもしれない。美しい国土・河川を歌い、その恩恵に感謝の念を捧げ、永遠の国家の存続を祈念する「お経」なのだ。そのお経は時代と共に進化している。

 我々が作り出す仕事の作品も、人々に幸せの一助にある形を提供する。その多くの形が集って社会に幸せを提供している。自分が担当する仕事とは、社会の幸せを祈念するお経なのだ。そのお経には、日々の創造が必要とされる。

Photo

Dsc04094  鉛筆を握りしめるアンドレアス

2018-01-15

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