o-大垣を良くする階 Feed

2019年2月21日 (木)

夢興落花 人身得ること難し

正月のお供えものの謂われ

正月に昆布、スルメ、屠蘇、ミツカン、密柑、を供えるのはなぜか。子供に聞かれても親は答えられないから、子供から尊敬されない。201912馬場恵峰先生は、これは書いて残しておかねばと、「夢興落花 人身得ること難し」を揮毫された。

 

夢興落花 人身得ること難し

渋柿も振り落とされ、皮を剥かれ、寒風に晒されて、吊るされて、手入れ重なり白い粉を吹き、渋が砂糖のように変わる。渋そのものの甘味である。人生の心の灯台としたい。

昆布は海の塩水の中で生き育ち、海の試練に左右に揺れ、切れることなく自在に伸び、長いまま干され、柿と同じように白粉の甘さ生じである。

スルメも鳥賊の時、足は十本あって海の中で敵に会うと墨をかけて身を守る軟体動物。干されると軟が固くなり甘味はかみしめる程生まれる。

密柑は初夏に白い小花をつけて晩秋に実を結ぶ。中身は一つ一つ丁寧に包まれ、味覚を感ず黄色の皮は湯の中でも泳ぐ。密柑の種類も多く、人間生活の中でも多くのうるおいを与えている。

屠蘇は白朮(キク科植物の「オケラ、オオバナオケラの根茎」、山椒、防風、桔梗、桂皮などを砕いて調合、紅絹白絹を三角形に縫った袋に入れ、ミリンや酒に浸す。新年頭に飲み延命長寿を祈念もある。した。「甘からぬ屠蘇や旅なる酔心地」(漱石の句)もある。

先人たちに智慧、今新たまってどうこういうのではない。豊衣豊食の時代だからこそ、物の大切さと事の謂われを学び知るべきだと思う。

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持「万葉集 大伴家持」

恵峰93歳日々歩み始める亥年二日に書述へ書物とす。  馬場恵峰

 

会社の末路

「夢興落花 人身得ること難し」に示されるように、正月に飾られる品物や、祝いに席に呼ばれる人には、相応の苦労、試練がないと人間の「味」が出てこない。エリートのように苦労せずスレートで階段を駆け上る人は、試練に脆い。その顔は傲慢さで弛緩している。

 

人生の荒波を避けて

私の昔の部下の二人が、有名校を出て特別扱いで入社してきて、専務、役員からちやほやされ、それを鼻にかけ鼻持ちならぬ態度であった。無名大学出の私は露骨に無視された。二人は、有力役員が占める出身大学で、会社の金で博士号を取らせてもらった(費用約2000万円)。将来の役員は間違いなかった。しかし、当初の博士号を取った技術が、自動車会社が取り組んだ技術開発で、その博士号を取った技術が不要となって、当初予定の機械開発は中止となった。その一人は不本意として、退社して大学の助手に転出してしまった。会社から受けた恩に、足で泥を掛けたのだ。エリートは恩知らずである。もう一人はその後、室長までは偉くなったが、後ろ盾が無くなってその後、閑職に追いやられて、鬱で出社しなくなってしまった。

 

えこひいきの被害を味わう

当時、私は彼らの上司なのに、完全に無視される悲哀を味わった。本来、主任の私が海外見本市視察出張の順番であったが、役員のえこひいき丸出しの差配で、私より若く経験もないこの社員が、私を飛び越して海外見本市視察の席を手にした。私は情けなかった。えこひいき人事に、宮仕えの身では何も言えない。

 

巻き返し

幸いなことに、同時期にあった会社創立50周年記念懸賞論文募集「10年後の会社を考える」で、応募論文200通の中、私は最優秀賞を獲得し、副賞としてその海外見本市視察出張の席を入手できた。私の論文のテーマは、人財育成である。その論文技法も「テクニカルライティング」の手法を使って、論理的に論旨を展開した。

 

後日の悪夢

当社が吸収合併されて消えた後、その鼻持ちならぬ元部下が某大学の助教授として、新会社の開発センターに「ご」指導に来た。役員と部長がお相手をしていたが、なぜ当社を足蹴した輩を「先生、先生」と持ち上げるか、どの面下げて、昔足蹴にした会社の指導をするのか、と呆れた。恥知らずである。もう少しで私もそのお相手をさせられそうであった。まさにブラックユーモアである。2008年頃の話しである。

 

別のえこひいき人事

同時期、三菱電機から途中入社してきた同年の某大学卒が職場に来た。何も超一流の三菱電機から格下の当社に来なくてもよいのに、同窓の役員に泣きついて転職したようだ。前職では浮いて、いたたまれなくなって退職したという噂だ。彼の配属先の課長は、「彼は同世代のМ主任より仕事は出来ないのに、給与だけは高い」とぼやいていた。本人は学業は優秀かもしれないが、当社で何も実績のないまま、あれよあれよという間に出世して、役員になった。私が横で彼を観察していても、技術があり実績を上げたとは思えない。説明の口だけはうまかった。新会社になって、しばらくして子会社の役員に転出して、いつの間にか消えた。子会社の社長とうまくいかなかったようだ。だれに聞いても、今どこで何をしているか不明である。こんな人をえこひいきする役員が跋扈すれば、会社もおかしくなるのも当然である。

あれから30年経って、その立場が逆転して、私は落ち込まず臥薪嘗胆して頑張ってきてよかったと思う。自分で自分を褒めてあげたい。

 

エリートに支配された会社の末路

その後、特定大学の派閥学歴を出世の条件にしていたその会社は、左前になり、格下の競合会社に、名目は対等合併であるが、実質的に吸収合併されて消えた。

吸収された社員の方は、塗炭の苦しみを味わった。昔の仲間の室長クラスは、ほぼ全員、中国とかに条件の悪い海外の現地工場に飛ばされた。それに対して、合併相手先の幹部はぬくぬくと国内勤務である。部署異動先を見ても、吸収された方は、人事で悲哀を味わった。決断の出来ない無能なトップが、会社の方針変更を遅らせ、会社の寿命を60年に短くして、私が人生を捧げた会社を消滅させた。

 

経営者の仕事

経営者の最大の仕事は決断である。経営者の最大の罪は、すべき決断をしない事。挫折を知らないエリートは決断が出来ない。苦労もしない実力もない学閥エリートに支配された会社の末路である。

 

こんな日本に誰がした

同じようなエリート主義経営の悪例が、東芝、東電、日産等で、連日マスコミをにぎわせている。学校の秀才が、経営には不適との事例である。先人が血と汗で築いた日本経済基盤を、名門というエリート意識の大学出が、ガン細胞のように先人の築いた礎を浸食した。欧米の経営方式を猿真似して、未来へ投資をせず、利益だけを追求し、会社組織をぼろぼろにしている。その結果、1970年頃は国際経済競争力が、世界1位であったが、現在は25位に没落である。天網恢恢疎にして漏らさず。

 

大垣行政の末路

同じように、東大出というだけで、市長が痴呆的に君臨している大垣市は、就任以来、年率1%で経済没落を続けている。数字は正直だ。近隣他市は、名古屋リニア景気の恩恵を受けて沸いているのに、大垣市は地価も上がらず、大垣市だけが中部圏で取り残されている。大垣の未来に何の貢献もしない市制100周年記念行事で、34千万円も浪費(業者を儲けさせるだけ)する愚行に血道を上げている。名目的エリートに支配された痴呆都市の末路である。

 

2019-02-21  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月 4日 (月)

人生飛行の失速・着陸失敗

 現代、定年後にやることが無く、一日中、テレビを見て無為に過ごしたり、パチンコに興じたり、ショッピングモールを一日ぶらついて、時間を潰す人達が多い日本社会の現実である。過去は、学問の名声があった大垣藩の状況と比較すると歯がゆくなる。ここに日本の閉塞状況の一因がある。子供はやかましく言った通りには育たない。親がしているように育つ。親の後姿を見て育つ。高度成長期、経済価値だけを重視して、家庭教育を放棄して、教育を学校任せに経済成長を盲進した咎が今現れている。現代日本を覆っている鬱積した気は、大人が正気にならないと良くはならない。

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 大規模小売店内のソファーで、朝から長時間を過ごす老人達。大規模小売店内で、買い物をするわけでもなく、雨風が防げ、空調の効いた店内で、同席した人と無為におしゃべりに興じて時間を過ごしている。もっとやるべきことがあるだろうと、私は思うのだが。

 大規模小売店に行くと、必ずこういう老人達がたむろっている。日本の退廃の象徴である。

 

日本の価値観崩壊

 日本がこんな情けない状況になった本当の原因は、日本占領時代に米国が日本の古来の価値観を破壊する教育システムを構築して、日本弱体化の施策を仕掛けたことにある。残念なことにその害毒は現代になって効き始めている。我々は、日本の後世のために、この欠陥ある教育システムを改革すべきである。

 

痴呆行事がオンパレード

 小川敏市長が、市制100周年記念行事で、痴呆な行事ばかりをする後ろ姿を子供達に見せているので、大垣の未来は暗い。人は一番多く見たものに影響を受けるのだ。なにが「アーんして、水饅頭」なのか。それでギネスで900万円も使うなら、子供たちの教育環境の整備に金を使って欲しい。文化事業に金を使って欲しい。恥さらしなことに、半年以上も経った2019年1月になっても、その記録達成の垂れ幕が市庁舎に掲示されている。その記録は2週間しか保てなかったのだ。大垣市長の浅知恵が、三島高校生徒会のそれに負けたのだ。浅ましくも見っともない饅頭の共食いがそんなに自慢なのか。それで世界記録と自慢する神経が分からない。それがどんなに子供たちに悪い影響を与えたか、分かっていないようだ。

201901232019‎‎1‎‎23‎日  恥さらしな大垣市庁舎ロビー

 

行政の責任

 大垣の未来を背負う子供達の教育環境整備に、大垣市行政は責任がある。大垣市は、子供たちに対する害毒を防ぐ責任がある。ところが小川敏市長はそんな気はさらさらない。赤字の大垣競輪を放置して、子供達に悪い環境を放置している。大垣駅前にパチンコ店の存在を許し、通学の子供達に、大人の恥さらしな姿を見せつけている。人は一番多く見たものに影響を受けるのだ。だから非行が増えるのだ。「大垣市は文化都市を目指す」と宣言したのだから、条例で、大垣の表看板である駅前にはパチンコ店等のギャンブル関係は営業禁止にすべきなのだ。

 なにせ自分達の都合のよいように、会計報告を非公開にする恥さらしな条例を施行する小川敏大垣市長なのだから、その気になれば、ギャンブル関係の禁止は簡単に出来る。それが今までの罪滅ぼしになるはずだ。

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 平日の早朝、大垣駅前のパチンコ店前で開店を待つ人達。こんな姿は子供達には見せられない。大垣駅前での大垣市の恥さらしである。これでなんで文化都市といえるのか。 201147() 0858

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 私は上記の書を毎日眺めて、生涯現役を目指している。恵峰先生も現在92歳で現役である。良き師に巡り合ったと感謝である。

 

2019-02-04 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月 2日 (土)

競輪狂の小川敏市長が、子供達の未来を殺す

 大垣市制100周年記念行事リストで、「市制100周年特別競輪」がリストアップされているのを発見して、驚嘆した。

 近畿地方では、60年まえから、公営ギャンブル場、競輪が廃止され続けているが、大垣市は、世間から半世紀以上も遅れた鎖国状態、治外法権社会(違い惚けん社会)である。

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    大垣市のHPより

 

なぜ、血税を公営ギャンブルに

 なぜ競輪のギャンブルに、大垣市制100周年記念行事として税金を使うのか。それが大垣市制100年に、また次の100年に対して、どういう価値を生むのか。公営ギャンブルに血税を使うのは恥さらしである。大垣の未来を背負う子供たちに、どういう説明をすればよいのか。あさましいドク饅頭共食い競争や、嘘っぱちだらけの朝鮮使節行列行事、TDL宣伝だけのミッキーマウスの行進行事等をみれば、小川敏市長は狂っているとしか言いようがない。それが市民のためというなら、子供たちに競輪場に行くことを学校の課外授業として推薦して、ギャンブル漬けにすればよい。スマホゲームをすると同じである。スマホゲームも課金をされて金がかかるのだ。スマホゲームより、大垣競輪なら財テクとして儲かると狂育すればよい。

 

「学問の大垣」を小川敏市長が消滅させた

 学問では東の岩村と言われた岩村は、現代でも小学校生が論語と言志四録を勉強し、西の学問の都と言われた大垣では、子供に競輪と浅ましい毒饅頭の食い合いを教えられて、世間の笑いものである。小川敏市長の汚名が全国にとどろいて、市長は大満足であろう。

 

狂育委員怪の跋扈

 大垣市の文化の大功労者の河村義子先生の告別式で、650人の参列者の目の前で、最前列の来賓席から集団で途中退席するような恥知らずの大垣教育長や文化関係のトップを、大垣市長は任命した。部下はトップの後姿を見て行動する。不徳の小川市長と大垣教育委員会に相応しい迷走との声である。大勢の子供たちが、大垣教育長が途中退席するのを軽蔑の眼差しで眺めていた。

 

大垣競輪は赤字

 大垣競輪は大赤字である。市民税で補填している。何故、日頃、節約、節約と口癖の小川敏市長は、赤字を放置するのか。岐阜市も他とも公営ギャンブルを廃止したではないか。裏金でも貰っているのか。何故、市議会は追及しないのか。

 

大垣競輪場行きのバスは大赤字(大垣市の運営)

 何故、大垣市運営の大垣競輪場までのバスを運営するのか。昔は大勢乗っていたが、現在は1名か数人しか乗っていない。それでも大垣市民税でバスが運営されている。何故、議員の誰も追求しないのか。

 

東地区は万引き生徒の検挙率がダントツ

 大垣競輪場の周りの地区は競輪関係で食っている人が多く住んでいる。そのせいで、大垣競輪場がある東地区の中学、高校の不良生徒の検挙率が一番高い。万引きで検挙される生徒もダントツである。その地区に大垣競輪場があるのが最大の原因である。教育上で最悪の環境である。それを小川敏市長は放置している。

 

何故、マスゴミは問題提起しないのか。

 本件は、岐阜新聞も中日新聞も全く記事にしない。お抱え新聞の面目躍進である。小川敏市長の覚えが良いはずだ。

 

資料【競輪の社会的状況】

 以下、Wikipedia(2019年2月2日版) より引用・編集

 

財政難と廃止

 本来賭博罪に該当する公営ギャンブルが特別法の規定によって存在を許されている理由は、国や地方自治体への財政的貢献である。しかし、公営ギャンブルの売上額は1991年をピークに減少を続け、多くの公営ギャンブル場が赤字で財政貢献ができないため、違法の状態にあると指摘されている。大垣競輪も赤字であるから、違法である。

 

放漫経営

 公営競技の運営関係者たちは客商売の自覚や経営努力に欠けており、自動券売機やネットによる投票の導入後で窓口販売員が不要になっても、販売員を解雇しない(できない)など、放漫経営で経営難に拍車をかけている。また、競輪や競艇の選手は実力下位であっても一般的なサラリーマンよりも高額の収入を得ているといわれている。

 収益悪化を理由に公営競技事業から撤退した自治体や、撤退を検討中の自治体が増加している。大垣市は、その気配さえない。

 

公営ギャンブルの売上推移

 1992年の公営競技の売上高は過去最高額の8兆9320億円を記録した。2005年は5兆2440億円、2006年は5兆1330億円、2007年は5兆0973億円、2008年は4兆9628億円と16年連続で減少し続けている。

 このうち、中央競馬の売上はピーク時の69%であるが、他競技の売上はすべてピーク時の50%以下にまで減少している。オートレース(31%)、地方競馬(39%)、競輪(42%)、競艇(45%)、の順に減少が激しい[12]。

 

現時点で、公営ギャンブル場が存在しない県

 宮城県(仙台市、石巻市に競馬場があった)

 秋田県(秋田、大館に競馬場があった)

 山形県(米沢市、上山市に競馬場があった)

 山梨県(現在の甲斐市、山中湖村に競馬場があった)

 長野県(現在の安曇野市、諏訪市に競馬場が、松本市に松本競輪場があった)

 鳥取県(米子市に競馬場があった)

 島根県(益田競馬場、松江市に松江競輪場があった)

 宮崎県(都城、宮崎競馬場があった)

 鹿児島県(鹿児島市と鹿屋市に競馬場があった)

 沖縄県

 

相次ぐ競輪場の廃止

 近畿地区で競輪場の廃止が相次いだ。まず1958年(昭和33年)、京都市営競輪場が市議会の賛成多数により廃止を決定。

 さらに当時の兵庫県知事・阪本勝も兵庫県営ギャンブルの廃止を表明したことから、1960年(昭和35年)12月に神戸競輪場が、1961年(昭和36年)3月に明石競輪場がそれぞれ廃止された。

 大阪市営中央競輪場も、1959年(昭和34年)に大阪競馬場が廃止されたことを踏まえ都市公園として整備する方針で、大阪市長中井光次は1962年(昭和37年)3月をもって廃止を決定した。

 大阪住之江競輪場も1964年(昭和39年)に休止(事実上の廃止)となり、大阪市内に存在した2つの競輪場が消滅した。

 近畿地区以外にも政治的な理由による廃止が相次ぎ、札幌競輪場(1960年開催廃止)・福岡競輪場(1962年廃止)・会津競輪場(1963年休止)・長崎競輪場(1966年開催廃止)がそれぞれ姿を消した。

 

2019-02-02

久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年1月25日 (金)

大餓鬼紙の小欲

 大垣市では家業が紙屋の小川敏市長が、爬虫類の小欲に取りつかれて、それが原因で大垣市が衰退の危機に瀕している。市長や取り巻きはいい思いをしているようだが、市民は悲惨である。

 

長期政権の弊害

 小川敏市長は、血迷って5期も市長の座にしがみ付いている。それも姑息な方法で、大垣財界への根回しをして対抗馬が出馬できないようにしての無投票当選である。常識的に2期が行政の長の任期である。任期中に後進を育て、後は後任に託すのが世のためである。それが大欲である。

 長期政権は腐敗するのが世の常識である。日産ゴーン体制を見ても明らかだ。小川敏市政は長期的な視点に欠け、小欲の餓鬼道に迷い込んでいる。自分の名誉欲だけ市長の座に居座ると、市の行政の空気が澱む。だから大垣市庁舎にはヒラメが跋扈して、澱み切っている。左遷を恐れて誰も諫言をしない。

 

大垣市の失策

 大垣市長は目先の線香花火ごとき行事ばかりに熱を上げ、市の経済は衰退の一途である。それは市制100周年記念行事を見ても明らかだ。大垣市にはケバイ目先の計画ばかりで未来を展望した計画がない。

 現在、大垣市の経済は年率1%で減少の一途である。「大垣市中心街活性化計画」にその現状の惨状が明記されている。それなのに、その真因を追及せず、市外の業者が儲かる間違った政策ばかりを施行している。やましいことがあるようで、その会計報告は条例でマル秘である。間違った政策を続けるから大垣市の衰退が止らない。仏様はよく見ている。結果として、2017年9月2日(金)現在、大垣駅前商店街は、61%の店がシャッターを下ろしていた。

(久志能幾研究所通信「大垣駅前フェリー 61%沈没(改定)」2017-09-20 を参照。カテゴリー「大垣を良くする階」に収録)

 

他市の景気は良い、それなのに

 近隣他市が、リニア景気で沸いて地価が上昇しているのに、大垣市は取り残されている。市場は正直だ。全ての原因は、小川敏市長が小欲に基づいて行政を行っているためである。だから大垣市制100周年記念行事を「100個行うのだ」と小川敏市長は意固地になっている。それをやっただけ、大垣の未来は遠のいていく。それが小欲の末路である。ゴーン被告がその典型を示してくれた。その点で、ゴーンは逆縁の仏様である。手を合わせたい気持である。良き悪例を世のために演じてくれた。ゴーン被告の任期と小川敏氏の任期が同じなのは、何の啓示なのか。

2019-01-25 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

爬虫類の氾濫(小欲)

 現代社会の問題は、全て小欲に犯された輩が大手を振って歩いていること。それを認める社会の矩が問題である。人としての基礎が出来ていない。なぜか? そういう躾、教育を放棄しているためである。師天王は、己の心に問いかける。

 

・形式主義――法律さえ犯さなければ何をやってもよいのか?

・効率主義――小さな努力で大きな成果を、が立派なのか?

・利己主義――自分さえ、今さえよければ良いのか?

         自分の回りに壁を造り、部分最適を目指すのか?

・拝金主義――お金が全てを超越するのか?

         犯罪を犯しても、お金で解決すればよいのか?

 

強欲主義の果て

 ホリエモンに代表される拝金主義の横行。グローバル経済主義(成果主義)の今さえ成績が上がればよいと、将来の飯の種蒔きを放棄し、人材育成を軽視している現代経営の横行がある。その代表的な事例が、日産のゴーンCEOの10億円の年収である。本人はまだ不足と思っている強欲さがある。日産の資産を切り売りして見かけの利益を上げ、魅力ある商品開発を怠り、10年後の今日、他社が増益増収となる中、日産だけの一人負けである。その原因は、まだ先の車である電気自動車に力を入れすぎて、目標未達になったためである。ゴーンCEO自身の経営判断のミスであるが、その責任を部下に押し付け、ナンバーツウのクビを切って、ゴーンCEOは責任を取らない。成果主義の反面教師である。

 ルノーの拝金主義経営に染まった日産からは、情熱は消え、魅力的な車が生まれなくなった。それでいて日産のゴーンCEOの年俸は10億円に迫り、平均役員報酬は1億円を超え、トヨタのそれの数倍もある。それに対して一般社員の平均給与は、トヨタよりも低い。ゴーンCEOはそれを「恥じることはない」と恥さらしな言葉を豪語する。何かおかしい。(2015年記)

 

2019年の現実

 以上を2015年初稿の『吾が人生の師天王』の一節に書いて、2018年末にゴーンの不正が発覚した。誰が見てもおかしいことが、18年間も横行したことが、日本社会の情けなさを象徴している。日本の精神文化の衰退である。

 一部の人だけが富を独占して幸せになり(本当に幸せかどうかは別にして)、99%の人が不幸になる社会を、我々は本当に目指してきたのだろうか。この構図は共産中国の党幹部だけが、富を独占している姿に似ている。グローバル経済主義=拝金主義社会である。

 

福沢諭吉の醒眼

 文明開化(グローバル化)で西洋の本質に気がついた福沢諭吉翁は、「学問のすすめ」で「数百年の久しき、おのおのその国土に行われたる習慣は、仮令い利害の明らかなるものと雖も、頓にこれを彼に取りてこれに移すべからず・・・・これを採用せんとするには千思万慮歳月を積み、漸くその性質を明かにして取捨を判断せざるべからず」と記述する。諭吉翁は狩猟民族の持つ動物的本能に疑惑の眼を向けている。

 

西洋思想と東洋思想の差

 西洋の思想は論理的、比較的、現実的、刹那的である。それに対して東洋思想は内面的、感性的、永世的である。西洋の思想は、現世の利益追求で小欲の権化である。一生の間に使え切りもしない金を集めてもまだ足りないと守銭奴のごとき行動を取る。それはゴーン被告の罪状を見ると明らかだ。それは他人と比較するから、まだ足りない、まだ足りないと餓鬼の世界に堕ちていく。

 それに対して東洋思想は、少欲、利他、足るを知る、という大欲のレベルの行動を目指す。東洋の目指すところは宇宙である。即ち自分の心である。人間としての尊厳として大欲で生きるのが本筋である。

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   馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊より

2019-01-25 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年1月24日 (木)

「小欲・中欲・大欲」の選択

 欲があるから人間なのだ。欲が無くなったときは人間を止める時である。「谷」に蹴落とされても「欠」けないものが「欲」である。四天王や天女が住む世界が欲界六天である。だから佛である四天王や天女にも欲がある。迷える人間を救いたいという欲である。大日如来を支えたいという欲である。無機質な物質には欲は無いが、生命には生き延びたいという本性の欲がある。だからそれを殺めるのは罪である。

 己を形作る37兆個の細胞は、己を生き延びさせたいと必死に働いている。それが佛性である。産業革命が起きて200年以上が経つが、いまだ人類は細胞一つ作れない。それは生き物が佛性を持つが故のことと思う。

 人として欲を持つ以上、できるなら大きな欲を持ちたいもの。飲む打つ買うは、動物界で爬虫類の持つ小欲である。人間なら自分を高めたいという中欲や、他人の魂を歓ばせる佛性ある大欲を持ちたいもの。

 

下記は「大楽金剛不空真実三摩経」末尾の恵峰先生の言葉

 大楽金剛不空真実三摩耶経般若波羅密多理趣品が、正式名称で般若心経とも云い真言密教の根本経典である。元は金剛頂経の中の第六会でその中の教と功徳を説いている部分を一つの品にまとめたものである。理趣は条理という意味で般若という真実の智恵をたよりにして解脱に到着すること意味しています。人間を含めてすべての自然は、その本性において清浄であるから、人間も修法によってはその本性が清浄になり、宇宙の原理と合一して佛になることが出来ると説いている。理趣経は欲の聖典とも云われる即ち我々人間の生命そのものが欲で、その欲に対してどのように生きていくかを解いたものであるから也。大楽は食べ遊び飲むの小楽に満足するのではなく、真の楽しみ人間の生命を支配している宇宙と一緒になり、永恒の生命を生きる楽しみであり、仏の境地に立って大意欲を持って生きよと説く。空海は三密動作、言葉思惟を表し、実際に宇宙の篤息の中に自分を同一化して身口意修行強調せり。百字の偈の読誦が一般的である。(南無大師遍照金剛 齋沐敬書二千字 霜月21日 恵峰馬場英男)

 

 本写経は絹本の軸に揮毫されているので、ゆっくり書くと滲んでしまう。早く書くと掠れてしまう。一定の速度で精神を統一して書かないと、常人には書けない代物である。本写経は原紙に直接揮毫されている。書いてから表装したのではない。

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 馬場恵峰書『報恩道書写行集』(久志能幾研究所刊)より

   「吾が人生の師天王」p114

2019-01-24 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

胃カメラの拷問

提案:大垣市民病院で、麻酔での胃カメラ検診を導入すべき 

  多くの人が、抵抗なく胃カメラ検診を受けれるように推進すべきである。現状は、その環境作りに大垣市は怠慢である。

 定期健診で胃カメラを飲む計画をしたら、大垣市民病院は麻酔をしての胃カメラ検査はしていないという。それで掛かり付けの医師に相談して、麻酔で胃カメラ検診を行う市内の胃腸科病院を紹介してもらい、そこで胃カメラでの検査を受けた。意識のない状態で検診を受けられて、苦痛もなく済んで幸いであった。

 その昔、三河の病院で胃カメラを飲んだことがあるが、まるで拷問であった。もう二度と検査をしたくないと思った。

 他の知人に聞いても、今時、大きな病院で麻酔をせず胃カメラを喉の押し込む残酷な拷問をしている病院は稀である。大垣市民病院は、麻酔をすると検査時間がかかるので、効率が悪く、病院経営上で経費がかかるのでやらないようだと推定した。要は、効率最優先で、病人の市民が被る苦しみなど知ったことではないのだ。つくづくと、大垣市民病院はド田舎の病院だと思った。

 その大垣市民病院の納入通知書兼領収証には、「大垣市民病院 大垣市長 小川敏」の名と印鑑が押してある。大垣市民病院の総責任者は小川敏大垣市長である。こんな市長がいては、市民は幸せになれない。

 

2019-01-24 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年1月20日 (日)

高い精神文化で世界をリードせよ

芸術は心の豊かさ、徳人の教養

 芸術の世界は儲からない。芸術は金がかかる。金を稼ぐなら、芸術の世界に入らないことだ。芸術につぎ込む情熱を、起業、経営、宗教狂祖の技につぎ込めば、誰でも成功する。ピアニストでも、毎日、8時間、10年間練習を続けないとモノにはならない。それだけの精力を別の面につぎ込めば、何でも成功できる。ところが芸術は、努力だけでは何ともならない面がある。好きでないとやれない世界である。

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河村義子先生も、音楽活動で、お金に苦労をされた。音楽活動は、音楽家の情熱以外に、スポンサーがなければ成り立たない。演奏会活動で、大垣市内の企業の多くに協賛金をお願いして、やっと音楽の活動を回していた。最近の企業経営の厳しさから、文化関係の寄付などの経費は、真っ先に削減の対象である。協賛してくれる金額面でも厳しいものがある。女性ピアニストなど女性の演奏家は、衣装にもお金がかかる。演奏会では、同じ服装はできないのです。

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コンサートで一人3000円のチケットでも、300人のホールに満席で、やっと売上90万円である。ドイツから3人の演奏家を呼べば、交通費・宿泊・日当で、軽く100万円はかかる。ホールの使用料、ピアノの利用料、練習の部屋の料金、通訳料、宣伝費、販売経費等を計算すると、演奏会ビジネスは赤字である。有志のボランティア活動で成り立っている。それを補うのは、企業のスポンサーや個人の寄付である。

 

芸術はスポンサーが必要

 その昔、私がヤマハジャズクラブでスタッフとして動いた時、ジャズコンサートがいかに儲からないかを実感した。ジャズコンサートで東京からジャズ演奏家4人を呼んでも、観客はせいぜい150名。チケット価格2500円で、総収入はせいぜい40万円程度。その中で、交通費、宿泊費、ホール使用料、打ち上げ費用等を賄わねばならぬ。4人のジャズ演奏家は2日間拘束されて、一回に10万円の金にもならない。これではジャズ演奏家の生活が大変だ。好きでないとやれない。ヤマハジャズクラブが運営できたのは、岡崎の内田病院の内田修先生のバックアップがあってできたこと。内田先生は、内田病院の病室を宿泊宿として提供、食事の提供もされてジャズメンバーをもてなした。だから内田先生は日本のジャズの父と呼ばれた。

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ルネッサンスの時代でも、メディチ家のように有力なスポンサーがいて、芸術家が活躍できた。それは現代でも変わらない。だから行政や企業が芸術を支援しないと、その都市の文化は育たない。

大垣市は、その点で、その支援が皆無に近い。芸術に理解ある市長に変わらないと、大垣市に文化は育たない。今の大垣市長ほど、芸術に理解のない市長もめずらしい。それでいてあさましい水饅頭の共食いのような下劣な行事には熱を上げる。

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子供たちに芸術を触れさせないと、拝金主義、成果主義に染まった人間が出来上がる。それでは日本の精神文化が崩壊する。それでは日本が未来に韓国中国の門下に下ることだ。日本は次の世代には、世界の精神文化のリーダーとして、世界に貢献せねばならない。それが日本の使命である。私はそれに貢献するための一灯になればと頑張っている。今のままでは死んでも死にきれない。

 

2019-01-20     久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年1月15日 (火)

人生のCTスキャン

(コンピュータ断層撮影 Computed Tomography)

 年末の鬼酒とのご縁で倒れ、救急車を呼ばれてしまった。そのため循環器系の精密検査をする羽目になり、2014年12月25日のクリスマスプレゼントとして大垣市民病院で心臓のCTを受けた。その待合室に、CTスキャン説明ビデオが流れていた。これを見て、人生で遭遇する事件とCTの構成が良く似ていることに思い至った。思い起こせば、河村先生が逝去された日の正に4年前の出来事である。河村先生からレッスンを受け始めて半年後の事である。

 CTは放射線の放射銃が体の中心の周りを回転しながら対象の臓器に向けて撮影用の放射線を発射する。ドーナツ状のガントリ内に配置された検出器でその映像を撮影して、その情報をコンピュータで合成して三次元画像を作成する。

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CT適塾  http://www.ct-tekijyuku.net/basic/equipment/equipment001 より

 

佛のCTスキャン(師弟スキャン)

 人生で遭遇する事象(天災、病気、怪我、悪魔の誘い、試験、トラブル等)が、己の心の揺れる状態を行動に投影する。多くの事象が違った角度で、人生の節目毎に振るかかり、己の心が佛の光に照らされて明かになる。己の反応の様が心の円熟未熟度を露見させて投影される。それを己が真摯に診断して、今後の生き方の軌道修正ができるかどうかを、佛様が試している。それを「何で私だけが」と反論しては、人生ゲームで失格、退場である。

 自分は遭遇した試練にどう反応したのか、前と同じような事件の時とは対処状況が成長できたのか? 自分の対応は佛様から合格通知をもらえたのか? 事前に分かっていた試練に対する準備に覚悟があったのか? 自分の心の動きを分析すると自分の成長度合いが自明となる。

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人生のPDCA

 魂の成長のために、計画・実行・分析・改善(PDCA)を回さない限り人間としての成長はない。師は弟子の修行状況を全方角から診断して、弟子のために敢えてキツイ試練を与える。これが師弟スキャンである。そこに裸にされた己の心が現れる。

 今回の河村義子先生の最後の行動で多くの学びがあり、自分の心に投影されて、自分の課題と使命が浮かび上がった。また先生の真の姿が見えて良かったと思う。

 

話題閑休=師弟スキャン

 河村先生のご主人から伺った話では、義子先生の前世は、ドイツのガラス職人だという。知人の2人の霊感に強い人から、同じことを言われたという。これは1月11日に、河村家を訪れて義子先生の霊前のお参りした時、ご主人から聞いた。「いまごろ義子さんは、ドイツの空を舞っているよ」と言われて思わず納得してしまった。義子先生のガラス細工のような繊細な音楽を奏でる姿は、ガラス職人に合っているかもしれない。

 大垣の片田舎で活躍した一ピアニストとして、世界で著名なドイツの音楽家の多くの知人を持って活躍されたことは、奇跡みたいである。私は、ドレスデンやシュッツガルドのメンバーが、「ヨシコと演奏をしたいと言ってくれる」と河村先生が嬉しそうに言われたのを思い出した。生前の義子先生の活躍を「師弟スキャン」にかけると、その裏に潜む前世の妖精たちが垣間見える。これを信じるかどうかは、お任せです。

 

刺偵スキャン

 大垣行政の状況を「刺偵スキャン」かけると、大垣市行政の裏の姿、市の職員の本音、大垣行政のがん組織が明らかになった。

 組織が行う行事、政策、計画を色んな角度で投射すると、その組織の本音が浮かび上がる。小川敏市長が精力的に推進している市制100周年記念行事を多方面から照らして検証すると、市長は大垣市を衰退に導くがん細胞であることが浮かび上がる。がん組織は早期に摘出しなければ、大垣市の命が危ない。

 大垣行政の健康診断をしようにも、小川敏市長は、その会計報告をマル秘扱いにして平然としている。大垣市の外部組織もそれに便乗して、会計報告を市民に公開しないので、その外部団体予算に不正の匂いがプンプンである。小川敏大垣市長は、まるで人間ドックを前にして、便検査、尿検査、レントゲン検査、血液検査、内視鏡検査をかたくなに拒否している様である。重病で、推定有罪で、クロとしか断定できないのは自然の成り行きである。このままでは大垣市は病気発見の手遅れで、ご臨終である。私は何とかしなければと焦燥感で一杯である。

 

2019-01-14 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年1月14日 (月)

河村義子先生の告別式で怒り心頭

 河村義子先生の告別式に参列して、大垣市職員の人間として礼を失した振る舞いに怒りが出た。告別式の最前列の来賓席に、市の関係者席として教育長、大垣市文化関係の長、市会議員席が設けられていたが、告別式の途中で4名が揃って退席して、真ん前のど真ん中の席が4つも空席のままになった。お通夜では350人、告別式では650人ほどの参列者で、2階の別室でモニターを見ながら、告別式に参列した人も多かったが、立って告別式に参列した方が大部分であった。

 そのポッかり空いた4つの空席が、大垣市関係者の恥さらしを象徴していて、私は怒り心頭である。「義理だけで来るなら、来るな」である。故人に不敬である。告別式の途中退席するなら、義理で出るなら、何も義子先生の亡骸の真ん前のど真ん中席に座らなくてもよい。義理で来るなら、代理が焼香のときに、皆と同じく並んで焼香だけして、退席すればよい。N県会議員は、いつも葬儀の最後まで滞在しておられる。それが人の道である。組織は頭から腐るというが、現在の大垣行政の痴走をみると、それが顕在化した事象である。

1dsc02958  河村義子先生の告別式 2018年12月27日

河村義子先生の貢献

 河村義子先生が企画した2017年10月のTIMM演奏会、2018年1月のドレスデントリオの演奏会、2018年9月のサラ・ディビスコンサートは、本来、大垣市制100周年記念行事でやるべき事業であった。この演奏会では、大垣の未来を背負う120名の子供たちを無料の「あしながチケット」で招待して、演奏会を開催にこぎつけた。子供たちは、その感想文で、感激の言葉をしたためた。それは「世界で一流の音楽を楽しむ会」の田中重勝さんと仲間達が走り回って実現した演奏会であった。

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 TIMMとリハーサル中

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 TIMM演奏会では、あしながチケットで120人の子供達を招待した。冒頭でベーゼンドルファーのピアノの説明を子供達の為にされる河村義子先生。2017年9月29日。大垣市音楽堂で。

大垣市行政の浅ましさ

 しかし、大垣市は、市制100年記念行事で、3億4千万円の金を業者にばらまくことで頭に血が上り、この大垣の文化を育成する音楽文化事業等には目も向けなかった。やったのは、あさましい水饅頭食い合いで、わずか2週間の命のギネス記録に有頂天になっている。そのわずか2週間後、市民税は一銭もかけずに、日大三島高校が大垣市の記録を更新した。大垣市は、市民税を使いまくり、市の職員や外部組織や、部長級職員まで総動員して数を辻褄合わせした。もう記録ではなくなったのに、いまだに未練がましく、その祝賀垂れ幕を市庁舎に飾っている。正気の沙汰ではない。恥さらしである。

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2018年6月3日 水饅頭の浅ましい食わせ合い

5p1120012 今だ2018年12月5日でも祝賀垂れ幕がかかっている。大垣市庁舎

  多分今日も掲示されたままのはず。

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大垣市はデズニーパレードで狂気の沙汰

 2018年10月7日のデズニーのパレードでは懇意の警備会社に600万円もばらまいている。デズニーのパレードには大垣市人口の2倍の30万人が集まったが、どう計算してもその多くは大垣市外の人間である。なんで僅か30分のパレードに、大垣市民以外の人のために大垣の市民税600万円を使うのか。TDL35周年と大垣市制100周年とどういう関係があるのか。それが、どういう付加価値を大垣の未来に与えたのか。

 

ドレスデントリオ演奏会

 この河村先生が企画した3つの演奏会開催で、大垣市の協賛が全く得られないので、仲間が力を合わせて、大垣市内の企業に協賛のお願いに回り、3つの音楽会を開催にこぎつけた。やってよかったと思う。

 ドレスデントリオの演奏会「ニューイヤーコンサート」は、TIMM演奏会を3か月前に開催したばかりで、市内の企業の協賛にお願いに行けないので、私が資金面で全面的に援助した。それでよかったと思う。

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ドレスデントリオ「ニューイヤーコンサート」

2018年1月13日 クインテッサホテル大垣にて

サラ・ディビス大垣公演

 2018年9月17 日のサラ・ディビスのピアノコンサート大垣公演では、河村先生の最後の企画となった。その演奏会後、招待された子供たちは、サラ・ディビスからサインをもらい、一緒の写真が撮れて喜んでくれた。そのサイン会は、当初予定されていなく、事務局がサラさんに今回の公演の趣旨を話したら、急遽、子供が好きなサラさんが子供たちにサインをすると言い出し、事務局はその会場準備で大慌てであった。それでも私は、カメラマンとして、サラさんと子供たちの交流風景を撮影できて、よかったと思う。この子たちが、大垣の未来を背負ってくれる。今にして、あれだけ河村先生が喜んでくれたワケが分かった。それが河村義子先生への餞となった。見苦しくもあさましい水饅頭共食いのギネスや大垣市の為に何も残らないTDLパレードよりよほど、大垣の子供達の未来のためになった。

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サラさんのサイン会に並ぶ子供達

 

大垣の未来

 今の大垣市体制では、大垣の経済や文化はご臨終である。なんとかしようと思う。それには皆さんの力がいる。私は一燈を掲げて、大垣を良くするため歩いている。それが万燈になれば、大垣市は変わる。このブログ記事を仲間に広めてください。

 

最期のレッスン

 私は以上を報告しなければ、大垣の子供達の未来の為に命をかけた河村義子先生に申し訳ないと思い記述した。

 河村義子先生は2018年9月16日に、余命1週間と宣告された。義子先生は、その後、少し持ち直して体の無理を押して後進のために12月9日までレッスンを続けられた。その最後のピアノレッスンに同席されたお母さんは、義子先生が辛そうではあったが、それでもプロとしてレッスン中はしっかりされていたという。レッスンは演奏会よりも、多くの気力と体力を消耗するのです。

 私は11月17日に、メールで退院とレッスン再会のお誘いを受けて、先生が回復されたと安心していた。当時の先生の状況を全く知らず、幸か不幸かそのレッスンを遠慮して正解であった。老いた私より、前途有望な若手に最後のレッスン時間を譲ったことになり、結果として幸いであった。12月25日、寂滅。河村義子先生のご冥福をお祈りします。

 

2019-01-14 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。