爬虫類の氾濫(小欲)
現代社会の問題は、全て小欲に犯された輩が大手を振って歩いていること。それを認める社会の矩が問題である。人としての基礎が出来ていない。なぜか? そういう躾、教育を放棄しているためである。師天王は、己の心に問いかける。
・形式主義――法律さえ犯さなければ何をやってもよいのか?
・効率主義――小さな努力で大きな成果を、が立派なのか?
・利己主義――自分さえ、今さえよければ良いのか?
自分の回りに壁を造り、部分最適を目指すのか?
・拝金主義――お金が全てを超越するのか?
犯罪を犯しても、お金で解決すればよいのか?
強欲主義の果て
ホリエモンに代表される拝金主義の横行。グローバル経済主義(成果主義)の今さえ成績が上がればよいと、将来の飯の種蒔きを放棄し、人材育成を軽視している現代経営の横行がある。その代表的な事例が、日産のゴーンCEOの10億円の年収である。本人はまだ不足と思っている強欲さがある。日産の資産を切り売りして見かけの利益を上げ、魅力ある商品開発を怠り、10年後の今日、他社が増益増収となる中、日産だけの一人負けである。その原因は、まだ先の車である電気自動車に力を入れすぎて、目標未達になったためである。ゴーンCEO自身の経営判断のミスであるが、その責任を部下に押し付け、ナンバーツウのクビを切って、ゴーンCEOは責任を取らない。成果主義の反面教師である。
ルノーの拝金主義経営に染まった日産からは、情熱は消え、魅力的な車が生まれなくなった。それでいて日産のゴーンCEOの年俸は10億円に迫り、平均役員報酬は1億円を超え、トヨタのそれの数倍もある。それに対して一般社員の平均給与は、トヨタよりも低い。ゴーンCEOはそれを「恥じることはない」と恥さらしな言葉を豪語する。何かおかしい。(2015年記)
2019年の現実
以上を2015年初稿の『吾が人生の師天王』の一節に書いて、2018年末にゴーンの不正が発覚した。誰が見てもおかしいことが、18年間も横行したことが、日本社会の情けなさを象徴している。日本の精神文化の衰退である。
一部の人だけが富を独占して幸せになり(本当に幸せかどうかは別にして)、99%の人が不幸になる社会を、我々は本当に目指してきたのだろうか。この構図は共産中国の党幹部だけが、富を独占している姿に似ている。グローバル経済主義=拝金主義社会である。
福沢諭吉の醒眼
文明開化(グローバル化)で西洋の本質に気がついた福沢諭吉翁は、「学問のすすめ」で、「数百年の久しき、おのおのその国土に行われたる習慣は、仮令い利害の明らかなるものと雖も、頓にこれを彼に取りてこれに移すべからず・・・・これを採用せんとするには千思万慮歳月を積み、漸くその性質を明かにして取捨を判断せざるべからず」と記述する。諭吉翁は狩猟民族の持つ動物的本能に疑惑の眼を向けている。
西洋思想と東洋思想の差
西洋の思想は論理的、比較的、現実的、刹那的である。それに対して東洋思想は内面的、感性的、永世的である。西洋の思想は、現世の利益追求で小欲の権化である。一生の間に使え切りもしない金を集めてもまだ足りないと守銭奴のごとき行動を取る。それはゴーン被告の罪状を見ると明らかだ。それは他人と比較するから、まだ足りない、まだ足りないと餓鬼の世界に堕ちていく。
それに対して東洋思想は、少欲、利他、足るを知る、という大欲のレベルの行動を目指す。東洋の目指すところは宇宙である。即ち自分の心である。人間としての尊厳として大欲で生きるのが本筋である。
馬場恵峰書「佐藤一斎「言志四録」五十一選訓集」久志能幾研究所刊より
2019-01-25 久志能幾研究所 小田泰仙
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