文書道・テクニカルライティング Feed

2018年11月 4日 (日)

破綻したコミュニケーション「エノラ・ゲイ号展」

 博物館とは人類の英知の集積媒体である。時には、思い上がった人々が人類が犯す愚行そのものを展示する。愚行も失敗例も人類の貴重な歴史の資産ではある。

 1997年夏、私がミシガン大学での夏季テクニカルライティングセミナーに参加したおり、スミソニアン国立航空宇宙博物館で開催されていた「エノラゲイ展」を見学する機会があった。それについての当時の私の報告書です。少し長いですが、分けると趣旨が曖昧になるので、そのまま掲載します。

   内容がシリアスで、A4判で12頁ですので、印刷してお読みください。せめてパソコンでお読みください。スマホでは読むのが辛いと思います。

4. エノラ・ゲイ号展 

破綻したコミュニケーション(1/4)

国立航空宇宙博物館/B29エノラ・ゲイ号の展示を見て 

博物館におけるコミュニケーションの分析        

 この航空宇宙博物館には年間1,000 万人が訪れる。他のスミソニアン博物館の集客力が落ちているのに、航空宇宙博物館は逆に訪問客が増えている人気博物館である。ここに終戦50周年(1994年)を記念してB29エノラ・ゲイ号を展示する計画がされた。これはスミソニアン博物館が10年来、スタッフ時間にして44,000時間をかけて準備をしてきた企画でもあった。しかし、この企画は、展示品がB29エノラ・ゲイ号でテーマが原爆であるためと、世界有数の集客力を誇る米国立博物館に展示するが故に、各方面の思惑が渦巻き、激しい論議を巻き起こした。

 

騒動の原因

 この騒動の原因は、この件を専門とする歴史学者がはっきりと2つの派 ( 大学に所属する歴史学者と軍所属の戦史官 )に分かれていて、その意見が全く相いれないことに起因する。この2派は軍事史をまったく異なる視点でとらえている。この2派は軍事史をまったく異なる視点でとらえている。大学の歴史学者は軍事史を社会面から見ようとするし、軍の戦史官は兵站、戦略、戦術以外のことに目を向けようとしている。この争いが顕著化したのが今回の騒動である。

 それはスミソニアン博物館と各種退役軍人団体との戦いであったが、実質的には、全職員280人と総勢600万人との戦いで、所詮多勢に無勢であった。なにせ敵は、豊富な資金と議会ロビー活動に力を持っている軍関係である。それに対して、スミソニアン博物館側はスミソニアン博物館憲法によりその広報活動が制限されている。結果として、スミソニアン博物館は敗北し、その展示内容を変更し、結果として、米国の国立博物館として、してはならない間違いを博物館の歴史に残した私は思う。

 

反面教師

 博物館が一つのテーマを展示する時には、著者が1冊の本、1つのレポートをデザインし、記述し、推敲し、そして読者が読み、考えると同じプロセスが存在する。そこには、展示する側の論理構成、意図、展示方法(順序、配列、照明)、内容により、見る側の受け取り方が決まる。終戦50周年(1994年)を記念して計画されたB29エノラ・ゲイ号の展示に関する騒動、実際の展示内容は、博物館としての設立理念、展示論理、米軍人会の論理、米政界の論理、新聞の論理、歴史の評価に要する時間等で博物館の展示テーマとして、近年最も考えさせられた事件であろう。それを今回、博物館のコミュニケーション手法とその騒動の現物を現地で自分の目で確認できた。博物館の反面教師としての実例を見聞できたのは貴重な体験であった。

 

4.1  展示されたB29エノラ・ゲイ号 

 入場して最初に驚かされるのは、入口の壁一杯に博物館館長の「反省・お詫び」の文面が掲げていることである。これがこの企画展の経緯と結末の異常さを象徴している。そして、自身の印象に焼きつくのは、真っ暗な背景(意識した背景デザインだ)の展示スペースの中で、ライトアップされ銀色に光り輝くB29エノラ・ゲイの巨大な胴体前頭部・垂直尾翼である。その威容は「偉業」を果たした米国テクノロージーを誇示するかのようであった。この機体の歴史的背景と今回の騒動を知らなければ、単なる美しいテクノロジーの展示物としてしか目に写らないであろう。

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図  入り口のメッセージ (後に詳細記述)

 

テクノロジーだけを謳歌

 この展示は基本的にB29の技術的な展示に終始している。ここにあるのは特定された技術データだけである。B29の開発目的、開発内容,技術マニュアル,機体はこれ、プロペラとその翼の大きさは壁の図でこれ、原爆「リトルボーイ」と弾倉はこれ、そして広島に投下しました。その新聞記事はこれ。戦争は終わりました。戦士は家族や恋人の許に帰りました。わずかに最後のコーナで、16分間のビデオがエノラ・ゲイ号の歴史、その任務、B29 搭乗者のコメント、被災地の映像が数10秒流される。ここで「博物館の物語」は終わりである。見学中と展示コーナを出た後に残る印象は、ただただ、回りを圧する銀色に輝く巨大な胴体とそのテクノロジーの誇示が、思考を圧倒する。

3b29 図   B29の前胴体  

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B29のプロペラとその大きさ

5b29 図   B29の垂直尾翼 

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原爆 リトルボーイ

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図   B29の技術マニュアル 

 

結論は観客任せの無責任さ

 B29の技術展示が続く内容はあたかも、ミシガン大学のテクニカルライティングセミナーで悪例のレポートとして提示された「アンナーバの冬の温度は1度です。春は18度です。夏は32度です。秋は15度です。さようなら」と同じ論理展開であり「で、何なんだ?(So what ?),何を言いたいんだ? 何が結論なのだ?」と問わざるを得ない。

 しかし、スミソニアン協会長官ヘイマンは、原爆展中止発表の記者会見で、そのテクノロジーがもたらした結果は「観客に考えてもらう。」と言って口を濁した。それはハーウィク元館長が示した明確なる博物館展示ポリシー(この章の最後に示す)と対極をなすものであった。

 

展示の冷たさを味わう

 出口付近に展示されているは、原爆投下を報じる当時の新聞記事とビデオである。この展示の最後のコーナに設置されたビデオ放映は、その誕生の歴史と原爆投下、搭乗員の談話、及び数10秒間の地上の惨状の描写、機体の復元作業等と単なるドキュメンター風に終始している。

 また、この16分間のビデオ放映も閉館時間10分前に、放映途中にもかかわらず、事前予告もなしで一方的に放映終了にされてしまった。内容がデリケートなだけに、この展示に対するスミソニアン博物館側の事務的なひんやりとした冷たさを感じた。

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 図   原爆投下を報じる新聞 

    

エノラ・ゲイ展の入口メッセージ

破綻したコミュニケーション(2/4)

エノラ・ゲイ

 この展示は、第2次世界大戦の終焉と核攻撃任務 (ヒロシマを破壊し、続いて1945年8月14日、日本のナガサキの虐殺を導いた)のB29エノラ・ゲイの任務を記念する。

 

 国立航空宇宙博物館は当初もっと大規模な展示を計画しました。それは原子爆弾によって引き起こされた荒廃状態と、トルーマン大統領の投下決定の歴史的環境の様々な異なった解釈に焦点を当てることでした。その計画された展示は、戦時経験者や他から強烈な批判を巻き起こしました。彼らは、この展示が米国を攻撃者に、日本人を犠牲者として描写し、アメリカ戦争体験者の武勇と勇気を不利に映していると主張しまた。博物館はその計画を実質的に変更しましたが、その批判は我々の展示計画をもっとシンプルにするように強いました。その声明で、私は下記のように述べました。:

 

 私は、原子爆弾の歴史的扱いと第2次世界大戦終結50周年と一緒にする「あやまち」を犯したと結論づけるにいたった。展示には種々の目的があり、同じ量の価値観がある。しかし、我々は多くのどの結論が卓越しているかを知ることを必要としたのであって、それらを混同することではなかった.....

   ....この新展示はもっとシンプルにすべきであり、搭乗員とエノラ・ゲイ自身に語らせること限定すべきだと。この展示の焦点はエノラ・ゲイであるべきである。放映ビデオもこの航空機にそって搭乗員に関することであるべきである。この記念される年に、戦争体験者と他のアメリカ人が復元されたエノラ・ゲイの胴体を見る機会を持つことが特に重要なのだ。

 

 今、貴方が入場するこの展示に、私は少々の変更を加えました。我々はスミソニアンによるエノラ・ゲイの修復に、B29機体と第509郡団に幾つかの素材と説明的な資料を追加しました。それは、この展示に対する反応を問う最後の部分を担当する Col. Paul Tibbetsにより指導されました。貴方のコメントを歓迎します。

            I. Michael Heyman

    Secretary  Smithsonian Institution

(著者訳)

 

原文

ENOLA GAY

   This display commemorrates the end of Warld WarⅡ and the role of the b-29 Enola Gay in the atomic mission that destroyed Hirosima and, along with  the atomic bombing of Nagasaki, led to the surrender of Japan on August 14,1945.

 

 The National Air and Space museum originally planned a mucu lager exhibiton, which concentrated attention on the devastation caused by the attomic bombs and on differing interpretations of the history surrounding President Truman's decision to drop them. That planned exhibiton provoked intense criticism  from World War・ veterans and others, who stated that it portrayed the United States as the aggressor and the Japanese as victims and reflected unfavorably on the valor and courage of American veterans. The Museum changed its plan substantially, but the criticism persisted and led me my decision to  replace that exhibition with a simple one. In a state-ment I issued at that time I said the following:

 

  I have concluded that we made a basic error in  attempting to couple a historical treatment of the  use of the atomic weapons with the 50th anniversary   commemoration of the end of the war. Exhibiotions have many purposes, equally worthwhile. But we need to know which of mamy goals is paramount, and  not to confuse them....

    ....the new exhibition should be a much simpler one, essentially a display, permitting the Enola Gay and its crew to speak for themselves. The focal point  of the display would be the Enola Gay. Along with the plane would be a video about its crew. It is paticu-larly important in this commemorative year that vet- erans and other Americans have the opportunity to see the restored portion of the fuselage of the Enola Gay.

 

 The exhibiton you are entering does what I intended, with a few changes. We have added material on the Smithsonian's rstoration fo the EnoLa Gay and some explanatory materials on the B-29 aircraft and the 509th Composite Group, which was led by then Col. Paul Tibbets, who also have a section at the  end where we ask for your reactions to the exhibition. We welcome your comments.

                         I. Michael Heyman

                         Secretary  Smithsonian Institution

 

入口メッセージを英文スペルチェック 

 私は、この文書をワープロ入力し、たまたま英文スペルチェックにかけたら、下記のメッセージが氾濫したのには驚いた。

                 

表示メッセージ

 ・長すぎる文章は理解を妨げます。

 ・冗長な表現です。   at the timie →  then

 ・前置詞をいくつも続けて並べると誤解を招きます。

 ・but で文章を始めない方がよい。文が接続詞で始まる場合、どの要素が関連しているか必ずしも明確ではありません。

   ・この文には主節がありません。

 ・文が長すぎます。

読みやすさの評価

 英文スペルチェックの文書統計情報としての読みやすさの評価

  「難しい文章です」

   ○○○●●●○○○○○○○○○○○○○○○

   専門的          標準的         簡潔

 

英文スペルチェックが示す心の動揺

 ハーウィック元館長が博物館の展示哲学で述べているように、博物館のパネルは百科事典の説明のように万人が読んで、間違いなく理解してもらえる教科書のような文章でなければならない。しかし、この上記評価には驚きと興味深さを感じた。この文体は、言うなればしどろもどろで言い訳をしている文体である。普通、展示パネルの原稿は十分なチェックがされるものだが、この文面を書いた人がスミソニアン協会のトップだったので、チェックする人がいなかった? 長官はハーウック館長の首を切った後で、精神的余裕がなかったのか? いかにスミソニアン側が追い詰められた状況かを露呈している点で、注目に値する。そんなレベルの文書を、世界有数の入場者数を誇る国立博物館の企画展コーナ入り口に掲げてあるのだから、恥さらしとしても価値がある....

 やましい心があると文章は正直にその態を表すものだ。私はこの文章を翻訳した時、非常に訳しにくいなと感じたが、それは自分の英語力が足りないと思ったのだが、後で英文スペルチェックの結果をみて、原文が悪い事が分かり、安堵した。

 

 

4.2  展示をめぐる論争 

 破綻したコミュニケーション(3/4)

4.2.1 スミソニアン協会憲法 

 1800年代に英国人スミソニアンの寄付によって設立されたスミソニアン協会の憲法は、下記に規定されている。

  「スミソニアン協会」の名のもとに、人々の間に知識を増進し普及するための施設をワシントンに設立すること。

 わが国の航空および宇宙非行の発展を永く記憶にとどめ、歴史的に興味深く意味のある航空および宇宙飛行機器を・・・・ 展示し、・・・・ 航空および宇宙飛行の歴史を研究するための教育的資料を提供する。」 

 

 航空宇宙博物館に飾られる航空機はより速く、より高くの記録を達成し、それを後世に上記の憲法に則った形で残すため展示される。しかし、核時代の幕を開けたB29の展示は、ただそれだけですまれさないはずで、ハーウック館長は学術的に、歴史的にどう有るかを検証し分析して展示すべきだと考えた。

  中心テーマ:  核兵器はふただび使用されてはならない。 

 歴史の事実に意見や評論を加えるのでなく、基本的な歴史の検証と「分析」をし、核兵器がもたらした問題を単に提示するだけを意図した台本が作成された。具体的には、エノラ・ゲイの任務はどんなことだったのかとか、トルーマン大統領や顧問たちが原爆を行使するという決定をいかにして下したかとか、また原爆が第二次世界大戦後の世界に対してどのような意味をもっていたのか、といった事実をただ単に詳しく説明することだけであった。しかし、そのシナオリも各団体の干渉のため原案から始まって第5稿まで変更を強いられた。そのため、テーマ名も下記の変遷を経ることになった。

 

下記は ハーウック館長が当初考えたストーリー 

原案 「ゲルニカから広島まで 第2次世界大戦の爆撃」

  第1稿 「50年を経て」

      第2稿 「グランド・ゼロ 原子爆弾と第2次世界大戦の終結」

  第3稿 「50年を経て」

  第4稿 「岐路」

      第5稿 「最終幕 原子爆弾と第2次世界大戦の終結」

 

幻の展示ストーリー 

 幻になった台本の内容は下記。展示は5つのセクションに分かれる。

 

第1部「終結に向けての戦い」

    戦争に先立つ出来事      1930年代の日本の露骨なアジア侵略

    真珠湾攻撃、太平洋戦初期の戦況

    有人特攻爆弾「桜花」(実物展示)

    両軍の莫大な死傷者数

    戦略爆撃にエスカレートした経緯が解説される

第2部「原爆投下の決定」

    原爆開発の過程、トルーマン大統領が原爆使用の決定を

    するに考慮した要素を機密文書で展示

    これにはアインシュタイ博士の手紙(原爆開発の提言)

    トルーマン大統領の日記等も含まれる。

    長崎で使用された「ファットマン」型プルトニウム爆弾

           (初期の原爆の途方もない大きさと重さが示される)

第3部「原爆投下」

    B29エノラ・ゲイ号の前部胴体

            爆弾倉の開いた扉の下に配置された原爆「リトルボーイ」

    B29の開発・製造の経過

    原爆投下作戦を担当した第509 軍団の訓練、

    およびその元隊員の記念品と写真がヒューマンタッチ(?)で展示

第4部「グランド・ゼロ

      1945年8月6日午前8時15分広島、

      1945年8月9日午前11時02分長崎」

     広島、長崎の地上の光景、

     被爆資料、生々しい体験を語る被害者のビデオ

第5部「広島と長崎の遺産」

    現在の人類が直面する戦後の核拡散の問題についての展示

 

 結果として、第3部「原爆投下」のセクションだけが展示されたことになる。「本」の一部を抜き出して見せられても、「その結論は何?」と疑問が起こるのが自然だ。不自然な論理構成である。

 

4.2.3 議会の声 

 結果として館長の首を飛ばした「愛国的」下院議員達が望んだのは、「エノラ・ゲイが第2次世界大戦の最も有名な航空機として (原子爆弾の運搬と投下を初めて可能にしたテクノロジーの成果として )単純に展示されること。」(現実には、きわめてこれに近い形の展示形態となった。)

 

4.2.4 米国在郷軍人会の意見の要旨は、 

 「原爆投下はまことに遺憾ではあったが、原爆によって救われた日本人とアメリカ人の何百万人という命の代償(広島・長崎での犠牲者)としては小さな対価だった。戦争を終わらせたエノラ・ゲイ号は,その功績により誇りをもって展示され、国をあげて退役軍人とその家族らの勇気と犠牲を称え、感謝と喝采をこめて、彼らに英雄気分を味あわせるべきだ。人命を救い、善なる目的のために行われた原爆使用は、何ら非難される筋合いではない。それは20世紀において道義的に最も疑念を挟む余地のない出来事の一つである。かつまた人道的行為でもあった。それを原爆の被災地の写真と同時に展示して我々を悪者扱いするとは何ごとだ!」

 

 「アメリカこそ現代の神によって選ばれた民(ハーマン・メルビン)。」との意識が米国にはあるようだ。なにせ、米国在郷軍人会は「分析」など望んではいなかった。戦後50年間語られてきた「正義の」ストーリーに疑問を投げかける「分析」などとんでもないことなのだ。

 ハーウック元館長も、「それは20世紀において道義的に最も疑念を挟む余地のない出来事の一つである」の発言には呆れた感情を記述している。それはハーウィンク元館長でなくても一般的な感情だと思うのだが。

 この意見の背景には、50年経ても日米国民の意識に微妙な違いがあることに起因する。ニューヨークタイムズ紙、CBSニューズ、TBS放送の世論調査では下表のようになっている。

 

日米の原爆に対する世論調査 

                       米国 %  日本 %

・日本人は真珠湾攻撃について謝罪すべきか(YES) 40   55

・米国は原爆投下を謝罪すべきか     (YES) 16         73

・原爆は戦争を終わらせた正当な手段か (YES)     63       29

・原爆は不当な大量殺戮行為あった  (YES)    29         63

       

 4.2.5 政府の反応 

 クリントン大統領はベトナム戦争で徴兵忌避した経歴を持ち、軍部に後ろめたさがあるためか、在米軍人会への対応が及び腰であった。それが今回の結末の遠因となっている。

 

4.2.6 原爆展中止決定 

 そして、軍部と議会(スミソニアン協会の予算80%を議会が握っている)の圧力に屈したスミソニアン協会ヘイマン長官は、エノラ・ゲイ原爆展中止を発表し、「原子爆弾の使用を歴史的に取り上げること、戦争終結50周年を記念すること。この2つを結び付けるのが間違いだった。展示にはさまざまな目的があり、どれが主とするかに混同はあってはならない。しかし、我々は、このことを「分析」をするとの間違いを犯した。我々は「分析」が引き起こす強い感情に対して配慮が十分ではなかった。」(分析こそ博物館とその学芸員の使命なのだが。米国で、この件の分析はタブーである)と声明をだし、ハーウィク館長に辞職勧告をした。館長は就任時の契約で、辞任後も上級研究員としてスミソニアン協会に残れる権利があったが、スミソニアンを後にした。

 

4.2.7 メディアの反応 

 あのニクソン大統領を辞任に追い込んだワシントンポスト紙が、この展示会に対する批判の急先鋒であったのは意外であった。所詮、この種の論説は論説委員個人の意見が色濃く反映されるのであろうか。進歩的な新聞もことナショナリズムに関係すると、急に保守的な本質をあらわにするようだ。もちろん、この論争は各紙賛否両論ではあり、それが米国の良心であろう。概して無節操な記事が氾濫した。ただ問題がデリケートなため、本来署名記事が当たり前の米新聞論説で、無署名の記事が目立ったのは、この事件の難しさを象徴している。

 それでも、戯画でこれを風刺したのが多数あったのは米国の良心か?

     図   エノラ・ゲイ展示を風刺した戯画(略) 

     図   エノラ・ゲイ展示を風刺した戯画(略) 

 

 原爆投下はまだ当時の関係者が生々しく、その関与に各方面から口だされる状態では、正当な歴史評価ができないようだ。この評価は100年たたないと無理のようだ。本来歴史の冷静な評価は、関係者が世を去り、事実を冷静にかつ俯瞰的に眺めれる状態でされるべきなのだろう。

 ただし、何年たってもアメリカが「アメリカが世界ナンバーワン」との傲慢さを無くさないとこの種のトラブルは無くならないと思う。歴史の検証とは冷静な第三者の目で事実を見て分析することなのだから。今回の騒動は、軍人会が単に「分析」を拒否しただけ。

 逆説的にいうと世界からの批判に対して頑に耳をふさぎ、「正義のストーリー」として自己主張をするのは、どうして触れて貰いたくない米国の歴史の恥部だからなのだ。もし、それが正しく(?)後ろめたいことのない選択であったら、このような論争も米軍、議会からの圧力もなかったであろう。1940年8月の原爆投下の前で、6時間も日本の各都市上空をB29が気象観測の任務で飛行しても、迎撃機はおろか対空射撃もできない実質的に敗北していた日本に対して、行った行為が正当化はされまい。

 故意にその被害を検証するため(としか考えられない)広島も長崎も戦略爆撃から除外されていたこと、また各都市にウラン型、プルトニウム型と比較をはっきりさせるためわざわざ違ったタイプの原爆が用いられたこと、米エネルギー省の出版物中では、広島と長崎への原爆投下が「爆発実験」の項に分類されていること等から推察すると、公式的には何が何でも戦争を終結させた業績として歴史に残さねばならないと、米国のその筋は考えているようだ。それは「戦争の終結」であって、「恐怖の核時代の幕開け」ではけっしてないと。

 前者の主張が米軍人界の主張であり、後者がスミソニアン博物館が考えたB29の位置づけであった。

 この展示を巡る論争、圧力、脅迫の経過と、それの結果を展示として見学し、書物でその舞台裏を読むとき、米国のジレンマの葛藤、建前、良識との戦いとして実に興味深い。かつ一つの恥さらしな歴史的騒動としても。「圧力者」たちは、博物館はドラマを博物館に求めてはならないと言ったが、歴史の皮肉はその本人たちが歴史に残る汚点としてのドラマを残したことではないか。

 この唯一の救いは、ハーウィック元館長が生き長らえ(米国では暗殺の可能性も)、今回の経過を詳細な記録を著書に残してくれた事でしょう。それによって米国の国民性、軍部の本質、アメリカ社会等の本質の一端を明らかにしてくれた事。人でもそうだが、異常な状態の時にその国・人の本質が顔を表すもの。

 

4.3  博物館の展示ストーリー 

 第4章 破綻されたコミュニケーション(4/4)

 マーティン・ハーウック著『拒絶された原爆展』を読んで感銘を受けたのが、氏が語る博物館としての使命、展示の思想であった。いままで多くの博物館の展示を見てきたが、漠然と感じていたその展示思想を、マーティン・ハーウック元館長は明快に定義付けてくれた文(下記)で示してくれた。それと今回の騒動の経緯、実際の展示を見るとき納得される。

 この結論は、たとえ100万ドルの費用をかけた展示でも、明確なクライテリア欠如次第ではゴミ同然の展示に成り下がることである。これはミシガン大学テクニカルライティングの講義のエッセイスと同じである。また、これは我々が開催する展示会等でのストーリー作りにも、応用できるし、かつ留意しなければならない事項でもある。

 

博物館はストーリーを語る 

 博物館における展示とは、気まぐれに選んだ展示資料を寄せ集め、それぞれに名前のラベルを貼っただてのものではない。何を展示し、何を展示しないかの選択が、展示企画の方向を決める出発点になる。展示資料を並べる順序や配列によって、それらを見る角度が決まる。照明のレヴェルの選択でムードが決定される。

 展示を紹介したり展示資料を解説したりするための言葉やビデオもまた、その協調の仕方によって来訪者に影響を与える。意図されたものであれ無意識にされたものであれ、こうした選択の一つ一つが、来訪者の受け取り方に、彼らが展示から持ち帰るストーリーに、さらには彼らが友人に展示のことを話す時の話し方に作用を及ぼすのだ。

 博物館はストーリーを語らないわけにはいかない。学芸員と展示デザイナーはストーリーの語り手である。ストーリーといってもいろいろあるが、なかでも歴史こそは博物館が語るタイプのストーリーである。歴史とは、実際に起こった出来事についてのストーリーであり、博物館にはそうした歴史的な出来事を正確に、事実に則して描く責任がある。

 博物館が歴史を語るにあたって、学問的な正しさを忘れないのは当然だが、同時に考慮してければならないのは来訪者のことである。すなわち、博物館を訪れる人々は展示のテーマについてどれだけのことを知っているのか? 大人にも子供にも展示を楽しんでもらうようにするには、語彙のレヴェルをどこに定めるのか? どの程度まで説明するのか? 一般に来訪者は展示に対して先入観を持っているのが普通だが、それを質す必要はあるか? デリケートなテーマ、あるいは論争を引き起こすようなテーマについては、すべてを提示するべきか? その場合、博物館はそれをどのように持ち出すか?

 

 展示では「正確さ」、「バランス」、「受け取られ方」の3つの問題の検討が不可欠である。(というのは、)展示という伝達・発表の形態は他の系統は異なる特質を持っているからである。

 「正確さ」とは、事実についての情報に関わるものである。博物館は情報源として信頼に足るだけの正確さが求められており、この点で最高の教科書や百科事典と同程度の水準が保たれている。

 「バランス」とは、展示に盛り込むべき事実と展示物の選択に関わるものである。複雑なテーマをバランスよく展示するうえで、選択はきわめて重要である。これはまた極度に困難になる場合もある。エノラ・ゲイ展をめぐって争いが起こった大きな原因の一つは、この飛行機をまったく異なる目で見る二派が存在したことである。

 「受け取られ方」とは、正確さやバランスとは対照的に、学芸員が展示にはめ込むのではなく、むしろ来訪者たちが持って帰るものである。展示のバランスをとることが難しい場合には、・・(中略)・・博物館スタッフはできるだけ多くの代表的フォーカス・グループを見つけ出して、その反応を探り、来訪者の受け取ること (  すなわち展示を見て来訪者が「学ぶ」こと ) と、「教える」ようと意図されていることとを一致させるようにしなけばならない。

 

総括

 この『拒絶された原爆展』はアメリカの国民性や思考方法、原爆の投下の真相がかなり肉薄して語られている。それと合わせてスミソニアンで実際に展示されているB29エノラ・ゲイ号を見る時、展示の表舞台には現れない様々なメッセージ、人・組織の葛藤(軍関係の干渉・脅迫はある種のスリラーサスペンスとして)を感じることが出来る。また、アインシュタイン博士が米大統領に原爆開発の進言をしている手紙、「たとえ敵でも非戦闘員の女子供を巻き添えにする殺戮はどうしてもできない」と記述があるトルーマン大統領の日記等、歴史の物語としても感慨にふけさせてくれる。

 

 各種の資料は、マーティン・ハーウック著『拒絶された原爆展』(みすず書房 1997年)による。

初稿 1997年12月1日

2018-11-01   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2017年9月22日 (金)

「桜田門外ノ変」の検証 (26)文書道神様

テクニカルライティングの神様との出会い

 早稲田大学篠田義明教授のテクニカルライティング(科学工業英語)のセミナーを社内受講して、まるでダイナマイトを食らったような衝撃を受けた。それは今まで学んできた日本語の書き方とは、一線を画する文書作成の論理構成を教える講義であった。先生の講義に出合えたおかげで、会社創立50周年記念論文募集で最優秀賞を受賞でき、ご褒美で欧州に行かせていただいた(稟議費用100万円)。それをご縁に、1994年にミシガン大学夏季テクニカルライティングセミナーに自費参加し、3回目の挑戦で科学工業英語試験1級(TEP1級)に合格し、作っていただいた会社の制度で1997年に再度、ミシガン大学の夏季セミナーに出張参加ができた。

 

企業内の教育現場の姿

 篠田先生はいつも、研修担当が講義に顔を出さないことに怒っておられた。一流企業だと必ず、役員や部長が先生の講義ぶりと生徒の受講状況を視察に来るとか。多くの企業を観察をするとそういう企業は成長している。それに反して、教育に無関心なトップの企業は、衰退や消滅している例を私は身近で多く見てきた。

 それを教訓に、私が運営した新人・中堅技術講座では、必ず講師の講義振りを評価するために顔を出して、翌年度の講師依頼の可否のデータとしていた。講義姿をみれば、その人の仕事のレベルと人格は分かる。今はそんなことまで配慮する事務局がないことが哀しい現実である。またそんなことを教えてくれる先生もいないのが現実である。そんなことまでを、体で教えていただいた篠田先生とのご縁に感謝です。先生とは20年来のお付き合いをさせていただいている。先生から学んだテクニカルライティングの手法がどれだけ仕事の役に立ったか計り知れない。文書は仕事とコミュニケーションの基本である。

 この学びでの浮かび上がる問題は、文書での言い方がきつくなることである。特にメールでのやり取りでは、けんか寸前になることがよくあった。欧米の単刀直入の言い方、書き方は、日本文化にそぐわない場合が多々あり、使い分けが必要であることを、何回もの痛い経験から学んだ。言葉とはその国の文化なのである。日本語ではあまりダイレクトに言わなくても分かってくれるはずとの前提で文書が構成される。日本語では「私」という主語がない方が、当たり前の文法で、「私」を前面に出すと押しつけがましいとの印象が持たれる。ビジネス文書と私的文書のバランスの取り方が難しいと今でも感じている。

 

人財育成を推進

 技術部門の担当部署でその長のときは、部下の文書の書き方について、こだわりを持って部下を指導してきた。企画部門に異動してからは、部品事業部全体を考える立場になったので、その事業部に配属になった新人、中堅技術者に対して、技術教育講座を開設し、日本語のテクニカルライティングの講義・添削指導を8年間することになった。人に教えることは、自分への良い勉強の機会である。その時に痛感したことの一つが、そういう教育の場に社長はおろか、直属の長さえ顔をださないことで、自分の会社の行く末を案じた。その危惧は悲しいが当たった。多くの研修講師と話をしたが、その研修会場に顔をだすトップはごく少ないとのこと。一流の会社ほど、トップがそういう教育現場に顔を出すようだ。多くの経営者は教育は大事だと、口先で言うが、それを後ろ姿で実際に示す経営者は少ないのが現実である。これも成果主義の弊害であろう。教育の成果は10年後なので、目先の成果に囚われる経営者は見向きもしない。

 

図1 名古屋キャッスルホテルにて(2000年8月24日)

   前列左から二人目が篠田先生、一人置いて後藤悦夫先生、著者は左端

 

2017-09-22

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2017年8月 3日 (木)

誘導弾文書で賞金100万円を射る(改定)

F= m・α      : ニュートン力学の力

E=m・ v 2 /2    : 運動のエネルギー

 上記はあらゆる物質の力、運動エネルギーを表す式である。これはあくまで物質の持つ力、エネルギーを表す式であるが、自然現象だけでなく、他の技術現象、社会現象、文学芸術作品、文書にも当てはまる式だと考える。

 この式を科学技術英語、論文に例えれば、質量mはその書類の内容に相当し、加速度αは文章の修辞、論理構成、展開方法、魅力度に当てはまると考えられる。文書が他人へのコミュニケーション(情報伝達)である以上、その訴えたい事項、伝えたい内容の力は上記二つの要素の積であると考えた。これを考慮していない書類は、えはしたが、相手の心にしていない文書である。

 文書が持つエネルギー

 コミュニケーションとしての文書は、その内容と修辞のありかたで、その文書の持つ力とエネルギーが全く異なる。いくら内容が優れていても、その記述方法(修辞法・論理構成)がお粗末では、著者の意図が、オーディエンス(読者)に届いても、心までは達しない。またいくらその修辞法が優れていても、内容が薄っぺらでは、その相手の心に響かない。文書として、この両者のバランスの重要さを上記の式は示している。

 例えて表現すれば、己の思いを込めた矢を射る時、科学的手法(テクニカルライティング)の技術を最大限に駆使してその文書の威力を高め、標的のど真ん中に命中するように、矢が飛ぶ軌道精度を高める、である。

 私は社内の教育講座で、早稲田大学教授・篠田義明先生の科学工業英語(テクニカルライティング)に初めて接して、強烈な衝撃を受けた。篠田教授のような説得力ある、論理的な講義は初めてで、思わず引き込まれてしまった。それ以来、約30年間弱にわたり、私の仕事のバックグラウンドとして学び続けることになる。ミシガン大学でのセミナーにも2回受講し、会社勤めの間もこの手法を学びつつ、部下や新人教育の講座でも指導をすることになった。このご縁で科学工業英語検定試験1級(30年間で総計500人弱しか合格しない)にも合格して、自信をもって仕事をすることもできた。私はこの学びで、ビジネス戦争で戦うための文書という武器を手に入れた。

懸賞論文で最優秀賞受賞

 このスキルを活用して、前職の「会社創立50周年記念論文」募集に応募して、160通中で最優秀賞に選ばれた。最優秀賞を標的として「ターゲット書類」を射った経緯が上記である。この副賞として欧州国際工作機械見本市(EMOショー)見学と、フランス、イギリスの博物館見学(稟議費用100万円)の機会を得た。これも科学工業英語の日本の第一人者の先生から直接薫陶を受けたのが最大の勝因である。そのご縁で英語の神様の後藤悦夫先生とのご縁ができ、ますます私の英語力、文章力のスキルアップの支えとなった。後藤悦夫先生は若いころ、手術のため2日間だけ英語に接しなかったことがあるが、それ以外50年間、毎日英語に接して勉強をしてこられた。ミシガン大学夏季セミナーにも自費で10回も参加されているミシガン大学夏季セミナーにも自費で10回も参加されている(総費用約1千万円)。前職の会社でも篠田先生の後任として、10年間程この科学工業英語講座で教えて頂いた。

 断定的な言い方の好き嫌い

 篠田教授の講義は、断定的、論理的で大変分かりやすいと私は感じたが、人によっては、ハッキリと言いすぎ、押しつけがましいとの感じた人も多くいた。そのため、篠田教授の評価は好き嫌いで極端に分かれる。面白い現象である。世の中を象徴しているようだ。嫌いな人は、日本の波風を立てない温厚な世渡りをして、欧米式の白黒を明確にする社会に合わない人が多かった。それを思うと、私の文書は、先生の影響で欧米的の白黒の明白なキツイ文書のため、皆さんから煙たがれたので、出世に響いたかもしれない。前職の会社は温情的なのは良いが、ぬるま湯的、決断の先延ばしが常のスタイルであった。そのため、世の中のエゲツナイ金儲け主義に徹しきれず、グローバル経済主義の荒波に押し流され、65年の歴史に幕を閉じた。

 エピソード

 面白いエピソードとして、私がこの懸賞論文の優勝を自分で予言したとされた。私も社の技術広報誌の編集委員で、応募論文を審査員の一人として担当分の論文を審査した。私の書いた論文と比較すると、審査した論文は格段の格差があり、文書品質が落ちるのである。これで、自分の論文の上位入選を確信した。それを編集委員会の懇親会の場で、話したら、私が優勝を予言したとして有名になってしまった。それほどに、皆さんは文書の論理構成を学んでいないので、論文として体裁がなっていなかった。

 後日談

 この論文のテーマは「人財育成への設備投資」であった。この論文の受賞後、きっと社長や役員からヒアリングなどがあり、社内教育システムが改善されるものと期待していた。そのヒアリングが全くなかった。幸いなことに教育部が科学工業英語の教育システムを充実させた。それは感謝である。

 後日、「会社創立50周年記念式典」があり、永年勤続者、業務での功績者、等の表彰があり、そのあと祝賀パーティとなった。その場で社長が通ってきたが、私の酒で赤くなった顔を見て「やあ、君の顔はいい顔色だね」と言ったきり向うに行ってしまった。直前の式典で、論文最優秀の表彰状を手渡した私を忘れている。この件で、今の会社の限界を悟った。この会社の行く末を心配したが、20年後にその危惧が当たった。ターゲット文書で、相手の心臓に命中させても、相手が不感症だと、いくら良い弾を撃っても効果がないことを悟った。世の中はうまくいかないもの。

 「会社は人財育成が大事だと、どの経営者も口を酸っぱくして言うが、現実にそれを実行する会社は稀である」とドラッカーも達観してその経営書で記述している。教育費は、予算削減の時、真っ先に削減される。それを論文で訴えたが、現実は変わらないことを、この式典で思い知らされた。しかたがないので、後年、自分が技術管理部署の課長に異動になってから、自分で技術部の教育システムを構築して、それを実行・運営した。自分でも7講座程を持って、自ら新入社員教育、中堅社員教育を陣頭で教えた。

 会社が合併してから、新会社の役員・部長が私の技術者教育講座内容に干渉してきて、「技術以外の余分なこと(金にならないこと)は(時間の無駄だから)教えるな」。「会社の歴史」、「修身」、「交通安全の科学」などの講座が中止に追い込まれた。拝金主義、成果主義の氾濫である。旧の会社で4年間続けた講座である。吸収合併された身で、強くは反論できず、宮仕えの身で吸収合併された方の辛さを味わった。周りを見ても、教育など自分の成果にならないので、誰も助けてくれない。大手銀行の吸収合併で、吸収されたほうの管理職の悲哀がマスコミを賑わしていた頃である。保身の知恵はあったので、逆らって飛ばされるような愚は避けた。出来る範囲で、やれることを実行して、教育講座の運営を中心にビジネス文書の書き方の講座に集中して、新人教育を進めた。

 図1 ターゲットを文書で射る

図2 ビジネス戦争の武器は文書

 

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2017年7月31日 (月)

天声人誤の竹槍が14万人を殺した(4/4)(改題・改定)

「ブッシュ大統領、宮中晩餐会で倒れる」が歴史の転換

 2000年の米大統領選挙の投票数集計では、ブッシュ候補とゴア候補間のおそまつな得票数集計茶番劇が数カ月間続き、ゴア氏が国家の危機意識をもって身を引く形で第43代米大統領がきまった。その点で、ゴア氏の決断には敬服する。このドタバタ劇は、1992年、ブッシュ候補の父親であるジョージ・ブッシュ第41代大統領が宮中晩餐会で倒れることで、その幕が切って落とされた。大統領の健康を心配した国民が、当時のブッシュ大統領を再選させなかった遠因となったとも言われる。結果とし、次の選挙でクリントン氏は、ブッシュ氏を破り大統領にはなった。しかし後年弾劾寸前まで追いつめられた下品な事件を起こし、チャイナマネーに絡む疑惑を巻き起こした。不幸への道の前幕である。

 もしこの宮中晩餐会での事件が起きなかったら、ジョージ・ブッシュ氏が再選を果たし、結果として2000年に、息子であるブッシュ氏の大統領当選はなかったと言われる。そしてイラク戦争の拡大もなく、世界貿易センタービルへの911航空機テロ(2001年)も、ISの誕生もなかったはずである。どちらが良かったのかは、神のみぞ知る。歴史に「もし」はないが、物事は死(本当の死でなくて、物事の終結)で新しい価値や進展が生まれる。

 歴史の語り部が、文章の本質を吐露

 事件が起こるとマスコミが騒々しい。それは格好の比較材料を提供してくれた。「段落とは」というテーマで、当時の各紙のコラムを統計分析で比較した(1992年)。今まで、「名コラムとは?」の定義が曖昧であったが、今回でそれが明白になった。また単にテクニカルライティングの視点だけでなく、日本経済と政策の誤りによる自殺者推移までに視点を広げて再検討をした(2017年)。

 五紙のコラム比較

 1992年1月9日,宮沢首相のブッシュ大統領歓迎夕食会で、大統領が過労で倒れるハプニングがあった。この「ブッシュ大統領倒れる」をテーマに各紙が記述した文は、そのコラムの書く人の文体を比較する絶好の機会となった。これの内容を分析した表と図を下表に示す。原文は、著作権の関係で掲載を控えますが、図書館に行くか、新聞社のHPでバックナンバーが閲覧できる。それを見なくても、現在のコラムを読めば、この傾向が理解できる。ご自身で、各新聞のコラムの論理性(ビジネス文書として必須)の有無を確認ください。ビジネスで役立たないコラムを読んでも、人生の道草になるだけである。

 

このデータと分析結果からの結論

(1) 「天声人語」は段落数、段落内の総文字数から判断して段落の思想がない。

(2) 「編集手帳」も同上の傾向ある。僅か2センテンス弱で改行している。     「天声人語」は3センテンス強で改行しているが、内容からみると,一文当たりの文字数が少ないので多く見えるだけである。実質の文字数で見れば「天声人語」と「編集手帳」は同レベルである。

(3)「春秋」はこの分量からすると常識的な段落の区切り方をしている。     段落の総文字数も他紙の2倍近い量でまとめてある。五紙の中で「春秋」のみが段落の思想あると言える。

(4) 「天声人語」の文は平均長さが27.8文字で,他紙と際立って短い。一文の平均文字数とその分散値の比からも、極端に短いセンテンスを織り混ぜながら適宜長い文も使って、メリハリを付けている。25文中,5文は15文字以下の超短文であり,最大長の文は57文字である。この特徴は文章の下品さを表すと感じた。

(5)「春秋」は文の平均長さが47.5文字で、分散値から見ても「天声人語」ほど極端な文の長短がなく落ち着いて書かれている。

(6) 「天声人語」は主語が毎回変わる。日経の「春秋」と比べると興味深い。

 

各段落の冒頭文の主語比較(各紙のコラム比較 例2)

 テニルカルライティングの基本原則は、「段落の冒頭にはトピックセンテンスを据え、その主語は統一する」である。この原則に適合しているのが「春秋」で、外れているのが「天声人語」である。「天声人語」はよくもまあ、これだけ主語を支離滅裂に変えて書けるものだと呆れる。文は名文なれど、論理性なし。日本政界では、「言葉明瞭、意味不明」の首相も多く出現した。日本の代表新聞のコラムだからその象徴かもしれない。

 その昔、私も英語の勉強のため、天声人語の英訳本を買って読んだことがあるが、今にして思うと、実に不適な教材を使ったと後悔している。日本語が論理的でなく、主語が毎回変わり、主語が省略されてる文書は、英訳にするとバラつきの多い変な英文になる。その点からも、日本語失格の文章である。工業製品としての文章ならだれが英訳しても、同じ翻訳となる。正しく英訳できるかどうかも、工業製品としての評価指数である。

 ビジネス文書は工業製品である。工業製品であれば、その品質が問われる。論理性ある文章は、主語、述語、動詞、目的語等が明確で、文書の品質にバラツキはない。それがバラツクなら、それは芸術・文学の世界で、情報伝達のための工業製品ではない。それは上図のバラツキ、分散の分布は明確に示している。

 

図1 五紙のコラムの傾向

表1 コラムの分析表

表2 コラムの冒頭文の主語比較(括弧内は省略された主語)

資料1 各コラムの冒頭段落

 

2017-07-31

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表1 コラムの分析表

        コラム名 日本経済新聞 朝日新聞 読売新聞 毎日新聞 中日新聞

              春 秋   天声人語 編集手帳 余 祿  中日春秋

項目        単位  

総文字数      文字    618     696    505    590    623

文数         個    13       25     11     18     16

段落数        個    4     8    6    6    6

段落の平均文数    個   3.3     3.1    1.8    3     2.7

段落毎の平均文字数 文字   155      87     84     98    104

一文の平均文字数L 文字    47.5     27.8    45.9    32.8    38.9

分散         σ    15.9     11.8    17.7    13.3    15.6

  

表2 コラムの冒頭文の主語比較(括弧内は省略された主語)

 

 「春秋」                                      「天声人語」

 ① ブッシュ大統領は          ① ブッシュ大統領は

 ② 大統領は              ② 訪日については

 ③ (大統領は)            ③ (行動は)

 ④ (大統領の)代役スピーチは            ④ それは

                      ⑤ こころの状況までが

                        ⑥ そういう例も

                                             ⑦ (この事実は)

                      ⑧ (我々は)

 

資料1

 著作権の関係で、各社のコラムの第一段落のみ記載します。(後半は各社のHPか、各市の図書館の蔵書で確認ください)

「春秋」   日本経済新聞社   1992.01.10

 ブッシュ大統領は自国を離れるほどリラックスする人物だといわれる。外交に精を出したのも得意技がここにあるからだろう。米国経済建て直しの長旅も,成果を上げて米大統領選の予備選に臨もうという戦略だった。(以下略)

 「天声人語」   朝日新聞社     1992.01.10

 夕食会で倒れたブッシュ大統領は,昨日,比較的元気な姿を見せた。疲れがたまっていたに違いない。ひどい事態に至らず,何よりだった。

 今度の米大統領訪日については,米国の中だけでなく,欧州にも冷やかな見方があると報じられていた。産業界代表を引き連れての,あまりにも露骨な商売第一主義,というのだ。(以下略)

 (わずか2文で段落が変わっている。次の段落では別の話題である。段落に思想が全くない)

「編集手帳」   読売新聞社     1992.01.10

 「トランジスターのセイルスマン」と日本の首相が皮肉られたのは昔。今,「自動車のセイルスマン」と陰口されながらの旅は,ブッシュ大統領もさぞ気が重かったことだろう。(以下略)

 「余録」  毎日新聞社     1992.01.10

 「ロシアの専制君主は地球上のだれよりも権力を持っている。しかし,その君主でさえ止めることのできないものが」とマーク・トウェーンはいった。「それはクシャミだ」(以下略)

 「中日春秋」   中日新聞社   92.01.10

 宮沢さんの言う通り,確かに米国は病んでいた。大統領が夕食会の席で倒れた光景をテレビで見て,思わずそうつぶやいた人も多かったろう。(以下略)

2000年12月16日作成の論文を、グローバル経済主義企業の跋扈にアタフタする状況を、現在の視点で見直して掲載した。(2017年7月31日)

2017年7月30日 (日)

天声人誤の竹槍が14万人を殺した(3/4)(改題・改定)

この真因を前哨戦となった新聞コラムから分析する。

五紙有名コラムの論理構成を統計分析

 論文として段落思想(前コラム掲載)の有無を、各新聞第一面のコラム欄で分析すると、各新聞社の作文能力が明白になる。1992年1月9日、宮沢首相主催のブッシュ大統領歓迎夕食会で、大統領が過労で倒れた事件を「ブッシュ大統領倒れる」で各紙がコラムを記述した。この事件は歴史の転換を象徴する事件になった。それ故、これのコラムを統計解析で分析した(表1 コラムの分析表 (4/4)で掲載)。

 その中で、日本経済新聞社の文が一番,論理的に記述されているのが分かる朝日新聞社の「天声人語」は段落の思想がなく、数センテンス間で改行して、主語も頻繁に変わり、論理性が皆無に近い。このコラムは、ビジネス文書では厳禁の起承転結を意識している。いわば文芸作品である。読売新聞社の「編集手帳」も「天声人語」と同じ傾向である。

 この文芸作品のよう文書を論文のお手本にしたら、従業員の生活と社長の生死をかけるビジネス戦争では殺される。事実、毎年1万人の管理職、社長が殺されてきた。左が好きな大学教授が作る大学論文試験では勝てるが、実戦のビジネス戦争では負ける。

 こういう論理性のない考え方が背景にあると「失われた20年」などの無責任な文学表現が氾濫して、日本経済に突きつけられた問題点を曖昧にして、真因を探そうとする思考を放棄させてしまう。これは思考に論理性の欠如を生み、日本の道を誤らせる憂慮すべき事態である。朝日の慰安婦事件の誤報は一過性だが、日本語の論理性の欠如を新聞紙面の第一面で長年にわたり展開するのは、ヒ素のような慢性の毒を国民に盛ると同じである。鎖国時代の平和な時代なら許されたが、グローバル経済主義企業が跋扈する時代は、論理性で日本を守らねばならないのに、その行為は売国奴である。

 名文を集めても名論文でない

 各文が集まって一つの論文、エッセイとなるが,いくら単品の名文が集まっても段落、論旨が明確に構成されなければ名エッセイ、名論文ではない。コラム中の単文は日本語表現としてのみ、学ぶべき表現はある。

 しかし「天声人語」等のコラムは、話題の展開性が激しい構成なので、論理構成を学ぶのには不適である。ビジネス文書では、論旨展開の激変は厳禁で、ビジネスに求められるのは、論理の一貫性である。

 「天声人語」等のコラムは、文芸の遊びとして言語明瞭、論旨曖昧の文章である。だから「天声人語」等のコラムは、文芸作品である。文芸作品は新聞の一面でなく、最終紙面にあるべきだ。日本経済新聞では、最終紙面は文芸欄である。大学入試に大新聞社のコラム欄が出題されるケースが多いせいか、この欄は受験生の愛読欄となっている。これが我が国の国語力、論理思考の育成の妨げの一因となっている。皆さんが、大学入試に受かって、会社の論文試験に落ちたのは、論理的でない新聞コラムを教材にして勉強したためである。

 左翼の特徴

 朝日に代表される左翼系の論調は、ヒガミの文化である。大学教授とか知識人とは、(日本の場合は)左翼的でないと駄目なのだ。人をけなさないと商売にならない。金持ちをけなすので貧乏人が喜ぶ。金持ちが金持ちになった血と汗と涙には目を向けない。日本が嫌いでないと駄目なのだ。そんなに日本が嫌なら、共産国に移住をすればよいのだが、それはしない。共産主義は左翼の代表的な形態で、人の成功をうらやみ、足を引っ張るのが得意である。人が成功すれば、密告して足を引っ張る。だから共産圏の経済が発達しない。それは世界の共産国家の歴史を紐解けば一目瞭然である。

 左翼系新聞社のコラム執筆者は、所詮、雇われ人で、社長の顔色と社内の風向きを見ながらコラムを書いている。左翼的な考えこそが進歩的で唯一正しいと思い込んでいる人が、大学教授に多い。けなすのは簡単で、良いところを見つけて褒めるのは難しい。頭が良くて要領がよい故に教授になった人は、けなすのが得意である。有能なリーダーや教育者は、人の良いところだけを見て、それを伸ばす指導をする。

 大学教授は恰好をつけて、簡単なことを、わざと難しい表現をして大衆を煙に巻き、相手を騙す。そうしないと己の保身にならないし、すぐ本質を追及され嘘がばれる。その類の経済学大学教授が大金持ちになった話を聞いたことがない。

 テクニカルライティングは難しいことを、誰にでも分かるように簡潔に書く。そうしないと科学工業英語検定試験に受からない。

 

2017-07-30

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2017年7月 5日 (水)

カモがネギを背負ってやってきた

文章から見る人相

 私は文章の一字一句や体裁、表・グラフの書き方等から、その文書、稟議書、計画書等のレベルを評価して、作成者の人物像・能力を占っている。スキのない書類は、各面への考慮が滲み出ているから,当然その文書の本質では充分に検討がしてあり、信頼に耐えうると判断できる。当然の結果として、作成者は仕事の出来る人である。

 

 ところがこれが逆だと、内容はおろか,そのデータの信頼性まで疑ってかからねばならない。この情報が含まれている前提で文書をチェックすると、落とし穴にはまる危険性が少ない。普通の住居でゴキブリが一匹目についたら、その家には100匹のゴキブリが住むと言われる。同じように書類で一つの間違いが目につくと、他にも多くの間違いがあると考えるのが自然である。そんな書類をそのまま上司に出したら、チェックした自分の能力や仕事の責任が問われる。

 

 旅館の女将や水商売の女は、客の靴を見て人物を判断するそうだが、ビジネス文の判断でも同じ手法でものが言えると思う。私はこの手法で文書内容や著者の誠意を計る大きな判断指標の一つにしている。経済や自然界の事象でも、僅かな変化と材料でその将来や全体像を推しはかる能力が求められている。文章の内容判断でも同じことである。

 

 これは小さな依頼業務の出来ばえで、その人の仕事能力、神経、熱意が全てわかると同じである。これこそ全てのビジネスの事象に適用できる。それが分からなければ、貴方の感性が鈍く、危機管理意識が薄いのだ。僅かな変化やおかしいと感じる力、これも危機管理である。それが自分や組織への危機を未然に防いでくれる。社長の自分一人では、なにもできない。そのとき誰に何を頼むかで、プロジェクトの成否が決まる。社長の貴方はそういう風に見られているし、見なければならない。だから自分の仕事を決して手抜きをしてはならない。それこそが、危機管理の基本原則である。

 

 

カモがネギを背負ってやってきた。

 

 2017年5月末、簡易書留で私宛てに脅迫状まがいの文書が届いた。その内容は私の所有地と相手側の境界線に絡む問題であった。しかしその内容を見て笑ってしまった。あまりのお粗末さに呆れ、正規の対抗処置を司法書士と相談しながら、牙を磨いていた。その後、6月初旬、2回目の脅迫状が内容証明付きでやってきた。こんどは大笑いである。文書のプロの私に、こんなレベルの文書を私に送り付けるのは、カモがネギを背負ってくるようなもの。

 その文書も公式文書として通用しない。私が「恐れながら…..」と相手に社長に訴え出れば、この欠陥文書を送り付けた店長の首は間違いない。

 このように、文書の書き方如何で、人の首さえ切ることができる。自分が切られる恐ろしさもある。別に刀が無くても文書で人を殺せる。ビジネスマンの武器は文書である。ご用心、ご用心。鉄砲は、目の前の敵だけが相手であるが、文書は全世界を相手に戦える飛び道具である。それが私の商売である。

 

一通目の文書は、下記問題と齟齬が多すぎて公式文書として通用しない。

・民法に照らして、間違った住所の記載では対象物件の住所が特定できない、

・指定された物件は「駐車場」でなく「車庫」(駐車場は建物がない物件)、

・自社の会社名をも間違えている(濁点の変換ミス)、

・日付がない、

・管理文書番号がない、

・会社代表者の印がない(上司承認印がない)、

・担当者のフルネームがない(姓名だけ)、

・担当者の印がない、

・担当者が現地を確認していない(事実誤認がある)、

・まだ被害が出ていない段階で、損害の話をするのは脅迫まがい、

・一方的な施行指示の文書である、

・文書のタイトルがない、

・日本語がお粗末な文章でおかしい、

・この物件は50年間以上もどこからも苦情を受けていない。

問題があるなら、この問題を売買契約書で「重要告知」で承認したはず。

 

二通目の文書も、下記の問題があり公式文書として通用しない。

・書いた日付と郵便局受付日に齟齬がある。

・問題となった対象物件の番地が間違っている。

・県名が間違っている。

・代理人の印が明らかに三文判。

  後日、当の委任者に見せたら、この文書は初めて見たとのこと。

・現地の確認、当事者同士の話し合いもない状態で、損害賠償の予告通知を送り付けるのは、日本の常識に照らして脅迫に値する。

・署名欄に会社印もなければ、上司の社長印もない。

・送り付けた封筒に手書きの住所記載(会社なら社の住所印を押す)

・司法書士が調べたら、相手の建屋は登記がされていなかった、、、、

  当事者が騙されて不動産屋から買わされたようだ。

 

またこの会社のホームページを見て笑ってしまった。会社のHP、会社案内、名刺を見れば、その会社の概要とレベルが露見する。著作権の関係で、それが引用掲載できないのが残念。

 

相手の不動産屋の身元調査

 この会社は過去2回の宅地業者として免許が更新されているが(司法書士が調査)、3回目が通るか大いに興味がある。私が、当局に「恐れながら・・」と通告すれば、何らかの影響はあるだろう。そんなバカなことはしませんがね。会社創業10年後に、95%の会社が消える(国税庁資料)。他人事ながら心配になってきた。

 

現地確認・当事者同士の話し合い

 それから、司法書士に相談して、返信の文書を作成してもらい、6月中旬に内容証明付きで当事者に送った。今回のかかった費用は交通費等を含めて3万円弱。だれがその費用を負担してくれるのか、怒れてしまう。まあこれは国防費に相当する必要経費を思わねばなるまい。司法書士に指導されて、その回答書は業者には送らなかった。送れば、相手の思うつぼカモしれない。6月下旬、現地に赴き、業者を除いて当事者同士の話し合いをして、本件は穏便に解決した。相手の当事者は、この手紙の内容を全く知らず、大恐縮の平謝りであった。当事者の本人は直接、私と話したいと相手の業者に言ったが、それを業者は強く止めたとのこと。当事者はその業者に怒り心頭であった。

 

後日談

 本件を訴訟の観点で司法書士に相談したら、「相手は、敢えて会社の印を押さず、非公式文書として、自筆の住所で書類を送り付けたと言い訳する含みがある。あくまで依頼人から依頼を受けて出しただけの手紙で、裁判になっても会社は関係ないと逃げる。そのスジの危ない仕事をやっている不動産屋みたいで、その辺はわきまえている。」と。

 手紙の書き方があまりにお粗末なのは、その業界のレベルである。そんな人しかこの業界には入ってこない。こんなレベルの文書でも、大抵の人はビビッてしまうだろう。この種の問題は、正しい知識で、不当な要求には弁護士や司法書士のプロと相談して、毅然として対処すべきである。また経営者の皆さんは、部下の文書の確実な管理が必要です。それは会社の存亡に関わります。存亡でなくとも、会社の信用問題に発展します。

 本当は、原文をしかるべき部分を塗りつぶして掲載したかったが、相談した司法書士に止められた。あえて身を危険にさらすことは愚かであると納得した。

 

その筋のお方の手口

 ある料理人から聞いた話で、その筋のお方がホテルのレストランで座っていて、コーヒを運んでいたウエイトレスに、わざと動いてそのコーヒを少しこぼさせ己のスーツを汚させたという。普通はクリーニング代だけで済むのだが、そこはその筋のお方「新品のスーツをどないしてくれるんや!」とドスノ効いた声で言いがかりをつけた。ホテルマンは隣の高島屋に連れていかれて、数十万のスーツを買わされて弁償させられたとのこと。その筋のお方は、そういうお金は保険で下りることを熟知しており、ホテル側もわきまえて対応するとのこと。それで誰も損をしない。かようにその筋の方と絡むと恐ろしい目に会うので、早々に手を引いた次第です。持つべきは知識と、弁護士、弁理士、司法書士である。素人の生兵法は危険であることを学んだ。この歳になって、まだまだ知らないことばかりです。もしかしたら、私がカモになっていたかもしれない。あな恐ろしや。

 

2017-07-05

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2017年7月 3日 (月)

『文章読本』が日本を殺す (2/2)

以下、時間が無ければ読む必要はない。文章読本の記録として掲載。

 

6.1.2 『文章読本』私見  

 

現在の文章読本の抱える問題点

 ⑴本の読者対象が明確でなく,かつ小説用,エッセイ,ビジネス・技術論文用の用途が明快に指定されたのは少ない。

題名から判断すると日本では暗黙の内に下記のように分類される。

 

文章読本   小説家が記述       小説,随筆用

文章作法   ジャーナリスト・評論家  随筆,新聞記事用

・・表現法  大学教授・評論家     論文,レポート,一般文書用

・・作り方  大学教授・評論家     論文,レポート,一般文書用

・・書き方  大学教授・評論家     論文,レポート,一般文書用

・・技術   大学教授・評論家     論文,レポート,一般文書用

・・上達法  大学教授・評論家     一般文書

・・入門   エッセイスト・評論家   手紙,投稿等

 

⑵文章読本の文体自体,構成自体が「美しく」ないのが多い。文章読本である以上、普通の書とは一線を期すべく,格調高い文体で書くべきか,もしくは徹底してマニュアルらしく記述すべきだと私は思う。

 

⑶対象読者のレベルを明確にしていないので,読んでいて馬鹿にされた気にさせられる内容が目につく。

曰く「原稿用紙は・・・を使いましょう」

   「校正者に読めるような丁寧な字で書きましょう」

   「締切期限は守りましょう」

   「下書きをしましょう」等々

 

⑷漠然とした指示,指針のため,では具体的にどう書けば良いかと質問したくなる内容が多い。

 

⑸エッセイなのか,マニュアルなのか曖昧な書が多い。

⑹辞書を見れば記載されている漢字の用法,読み方等の内容を数頁に渡って掲載してある書が目立つ。これではページ稼ぎとしか思えない。

⑺大学教授,文章塾の講師の書で自分こそ文章読本を書く資格ありと豪語している書が目につく。そういった書に限って,上記の不具合を持つ例が多い。

 

以下に私が目を通した『文章読本』と文章に関する書を,

 ⑴小説家の本家としての『文章読本』

 ⑵大学教授,評論家,ジャーリスト等のビジネス文用『文章読本』

 ⑶文学,エッセイ,随筆用『文章読本』,それに関する書物

の3つに分類して,感想を記述する。

 

6.1.3 小説家の著した『文章読本』(出版年順)

 

谷崎潤一郎著『文章読本』          中央公論社 1934(昭和9年)

 文章読本として,バイブル的存在の名著であるとされている。しかしこの名著の声はあくまでも文学作品用としての文章読本である。この書では日本語の品格と余韻、含蓄の重要性を説いている。また文章の見た目の美しさ、リズムの重要性を説いている。曰く「言葉というものは出来るだけ省略して使いなさい」、「大事なのは余韻,余情だ」、「言いたいことが十あったら言葉で表すのは五つに留め,残りは余韻として残す。そうすれば五つの余韻が何倍にもひろがっていく」

 この余韻は清少納言著『枕草紙』の「言葉は不具なるこそよけれ」や吉田兼好著『徒然草』の「よくわきまえたる道には,必ず口重く問わぬ限りは言わぬこそいみじけれ。」(79段)などの言葉に対する過少評価を旨とする日本人の伝統からきていると私は思う。全てを言い尽くしてしまう言葉より余韻,余情が残っていたほうが良いとする言語観を谷崎氏は上の言葉で著したと推定される。

 この書は文学、エッセイ等の記述のためには読むべき示唆は多いが,論理性の必要なビジネス文・技術論文用には向かない。谷崎氏がいう含蓄の重要性はビジネス文・技術論文では最も避けねばならない事項である。

 またこの書の内容は,昭和9年に出版された時代背景を考慮すると興味深い。この時代,日本文学や思想が西洋主義から伝統主義,日本主義に転換する時代背景が文章読本の形で表現されている。谷崎自身も,従来の欧米調の明晰な文から『細雪』に代表される情緒を主体とする文体へ変化している。この変化を促した事情は下記の昭和9年前後の社会情勢を見れば納得がいく。

  昭和3年 関東軍,張作林を爆殺す

  昭和6年 柳条溝事件(満州事変)

  昭和7年 515事件,警察庁に特高警察部,各県に特高警察課設置

  昭和8年 河上肇検挙,小林多喜二虐殺さる,国際連盟脱退

  昭和9年 文部省に思想局設置

  昭和10年 天皇機関説事件(美濃部達吉『憲法撮要』発売禁止)

 この時代,言いたいことがハッキリ言えない時代になってきた背景を考えると,谷崎氏の言う余韻,含蓄の持つ別の意味合いが明確になる。この事情を念頭にこの文章読本を読むことが必要と考える。

 

三島由紀夫著「文章読本」           中央公論社   1959(S34)

 この書での主題は文の品格と格調であり,あくまでも文学作品用と理解したい。小説,長短編小説,戯曲,評論文の記述の違い,人物描写,心理描写等で読むべき点は多い。

 「(文学作品として)あるものを描写する場合は,主語が単調にならない様に変化させて記述せよ」といった科学・工業英語の発想とは正反対の記述がある例からも文学はビジネス文とは違うことが認識される。また,文学として形容詞の使い方の重要性も説いている。形容詞の役割が,文学用とビジネス文を峻別する。また文章の味わいと言った表現でその質を感性として重要視している。

 三島氏は「小説は歩行の文章,戯曲は舞踏の文章」と書いている。小説が勝手きままな歩行と言うなら,私は「ビジネス文は整然たる行進の文章」としての形式が必要と考える。

 

丸谷才一著 『日本語のために』        新潮社     1974

丸谷才一著 『文章読本』           中央公論社   1977

丸谷才一対談集『日本語そして言葉』      集英社     1984

 谷崎氏の文章読本からはじまって,文壇の各氏の文章読本を比較、批評しているのが興味を持たれる。ここに氏の考えが出ている。名文の基準が過去何処にあったかが記述されていて面白い。氏の研究熱意が伝わる書である。ただし,これは文章を書くためのマニュアルではない。

丸谷才一編 『恋文から論文まで』       福武書店    1987

 この書も文学としての文章論である。井上ひさし氏はこの書を「考える文と感じる文の実例」として大きく評価している。一読の価値はある。

 しかし,小説家,文学者,評論家の23人が文章についての独自の論陣(一人平均9頁)を張った内容を一冊にまとめたため,体系的なまとまりがないのが残念である。

 

井上ひさし著『自家製文章読本』        新潮社     1984

川端康成著『新文章読本』

伊藤整著 『文章読本』

 上記二冊はゴーストライタによって記述されたとの噂があるので批評は避ける。川端氏の文章読本は、雑誌に連載した各章ごとを編集しているせいかまとまりがない。またその内容は私には明確には理解しがたい。

 

6.1.4 大学教授,評論家,ジャーナリストが著した文章読本

 

立花隆著 『知のソフトウェア』        講談社現代新書

 著者は「田中角栄研究」で有名。氏の文章を削る技法のノウハウには一読の価値がある。

 

板坂元 編 『ことばの技術』         フォー・ユー  1990

 説得の技法,言葉の持つニュアンス等を記述。

板坂元 著 『考える技術・書く技術』     講談社現代新書 1973

板坂元 著 『続・考える技術・書く技術』   講談社現代新書 1977

板坂元 著 『日本語を外から見れば』     創拓社     1989

板坂元 著 『異文化摩擦の根っこ』      スリーエーネットワーク

板坂元 著 『キラリと光る文章技術』     KKベストセラーズ   1992

外山滋比古著『思ったことを思い通りに書く技術』青春出版社

 一読の価値あり。

外山滋比古著『英語の発想・日本語の発想』   NHKBOOKS   1992

 NHKラジオテキスト「英会話」紙上に連載されたのを編集した本。二つの言語の表現の差,その背景,理論的説明等をまとめた内容は,視点が的を射ていて,読ませる。文章読本ではない。

外山滋比古著『山茶花はなぜサザンカか』    朝日新聞社   1990

外山滋比古著『ことばの作法』         三笠書房    1987

 ハーバート大学教授の板坂元氏,お茶の水女子大学名誉教授の外山滋比古氏の書は日本語に関する良質の知識が散りばめられていて,知的好奇心が堪能させられる。どれも一読の価値がある。

本多勝一著『日本語の作文技術』        朝日新聞社   1976

 ジャーナリストとしての文章論で、ビジネスマン,技術者に参考になる点が多い。ただし氏の偏向した考え方は問題。

 

以下出版年順で記載

 

清水幾太郎著『論文の書き方』         岩波新書    1959

 技術系の文章読本には参考資料として必ずといっていいくらい,引用される有名な論文用の文章読本。名著とされている。しかし,50数年たった現代の目からみると,書の構成,各章の構成,文章の構成,文のスピード感等,首をかしげたくなる箇所が目につく。時代とともに文章の価値観,文章作成仕様も進歩するのだから,本書を参考資料の筆頭に挙げてあるような文章読本はパスが無難である。

金田一晴彦著『日本人の言語表現』       講談社現代新書 1975

 日本語の構成を,歴史的,社会的な背景から解説した。一読の価値あり。

八杉龍一著 『論文・レポートの書き方』    明治書院      1971

市原A・エリザベス 著 『ライフ・サイエンス ニオケル英語論文の書き方』共立出版社

宮川松男著 『技術者のための文章作法』    日刊工業新聞社

佐藤孝一著 『博士・修士・卒業論文の書き方』 同文館     1973

とみ田軍二著 新版『科学論文の纏め方と書き方』朝倉書店    1975

尾川正二著 『原稿の書き方』         講談社現代新書 1976

中島重旗著『技術レポートの書き方』      朝倉書店    1977

 イラストの書き方にページを割いている。

森本哲郎著 『「私」のいる文章』       ダイヤモンド社 1979

 ジャーナリストとしての文章論を展開している。一読の価値がある。

今井盛章著『文章起案の技術』 学陽選書 1980

川上久 著 『知的表現の方法』        産業能率大学出版部  1978       書名と出版社名に期待して読んだが期待はずれ。氏は裁判官。組織としての文章の書き方を記述している。少し冗長な内容だが,参考になる点は多い。

橋本峰雄著 『論争のための文章術』      潮出版社    1980

 題名はすばらしいが,「起承転結」論はいただけない。有名な小説用の文章読本の解説は明快に記述されている。しかし,書の1/3をも「自由作文」と称して題名とは関係ないエッセイを載せているのはいかがなものか。

桑原武夫著 『文章作法』           潮出版社    1980

 文芸、ジャナーリスト用文章読本。内容は並以上のことを言っているが、出版が古いせいか構成、文体にスピード感がないのが残念。

木下是雄著 『理科系の作文技術』       中公新書    1981

林茂樹監修 『論文はこう書けばいい』     西東社     1981

金田一晴彦著『日本語セミナー1』       筑摩書房     1982

井口茂著『法律を学ぶ人の文章心得12章』   法学書院    1982

 法学関係の文が分かりにくいのは有名である。題名から受けるイメージで期待して読んだが,文学作品向けと勘違いしそうな構成でがっかりした。

広中俊雄・五十嵐清編『法律論文の考え方・書き方』有斐閣選書R 1983

 法律関係の書は難しくて,読みにくいのが定説だが,法律論文用の文章読本までが同じく読みにくいとは思わなかった。各大学の教授が14名で分担執筆している。法律の小論文の書き方で起承転結の論法が出でくるとは意外であった。

 この書では,法律論文を書くための4条件を

  ⑴ 明確な問題意識

  ⑵ 言葉・文章に対する鋭敏な感覚

  ⑶ 事実認識における客観的な姿勢

  ⑷ 解釈論のもつ実践的性格の自覚

で取り上げ,解説している。私は,法律論文こそ明確な論理性・論理展開が最重要と考えていたが,上記4条件からみて法学者は技術屋とは視点が大きく異なることを認識した。

松本道弘 著『英語はロジックに強くなる』   講談社     1983

鈴木孝夫著 『武器としてのことば』      新潮選書    1985

市毛勝雄著 『間違いだらけの文章作法』    明治図書    1986

 ╶─╴若い教師のための論文入門╶─

 文章に論理性が必要だとの点で論じている。著者は「起承転結」でなく「起承束結」で論理展開を主張している。新聞コラムに論理性を求めるのは無駄との意見には賛成だ。

山口喬著  『エンジニアの文章読本』     培風館     1988

  理工系学生向け文章読本。

野口靖夫編著『書く技術表現する方法』     日本実業出版社 1988

 取り上げた視点,まとめ方はユニークで工夫の跡がわかるが、5人で執筆しているせいかまとまりがない。文章読本らしい体裁で,本の半分を対談文で埋めているのもいただけない。本のネーミイグだけは素晴らしい。

大隈秀夫著『文章実践塾』           ぎょうせい   1989

 エッセイ,新聞記事,小説用の文章の書き方としての文章技術なら許せる。

木下是雄著『レポートの組み立て方』      筑摩書房     1990

 人文・社会科学系の学生向けの文章読本。

 結論を最後に述べる「逆茂木型の文」論は,分かりやすい。

堺屋太一他 『マニュアルはなぜわかりにくいのか』毎日新聞社  1991

小川明著『表現の達人 説得の達人』      TBSブリカニカ 1991

 冒頭で「あなた」といわれると,親近感より先に馬鹿にされた気がして、その先を読む気がなくなる。「あなた」の使い方の難しさが理解できる逆説的な本である。題名をその点で意味深長である。

二木紘三著 『文章上手になるチェックリスト』 日本実業出版社 1991

町田輝史著『技術レポート上達法』       大河出版    1992

 「京都三条糸屋の娘・・・」で起承転結を絶賛している。

 文中,話し言葉も目につくが,学生のレポート用としてみれば許せる。

高田城著『就職論文の書き方攻め方』      二期出版    1992

 就職試験のための泥縄式のコツを伝授されるより,文章記述の基本を述べるのが大事だと思う。文中で「あなた」と書くのは宗教書と低学年向きの書が多いのを知るべきだ。

阪倉篤義著 『日本語の流れ』         岩波書店    1993

Roy W.Poe 編 "THE McGAW-HILL HANDBOOK OF BUSINESS LETTERS"ジャバンタイムズ マグロウヒル版英文ビジネスレターの書き方。

八幡ひろし著『プレゼンテーション技術』    日本生産性本部

渡部昇一著 『日本語のこころ』        講談社現代新書

秋沢公二著 『アメリカ人の英語』       丸善ライブラリー

品川嘉也著 『思考のメカニズム』       PHP研究所

金田一晴彦著『日本語』            岩波新書

大出あきら 『日本語と論理』         講談社現代新書

小村宏著  『外語と内語』考え方の技術    実用新書

 文章ばかりでは分かりにくい。最初にまとめを記述するとわかりやすいのに。

時事教育研究会編『論文・レポートの書き方と作文技法』画文堂

 段落の思想なし。起承転結等の主張している。

三島浩著  『技術者・学生のためのテクニカル・ライテング』       F.SCHOT HWEL,野田晴彦著『科学者のための英語教室』     

佐々克明著 『報告書・レポートのまとめ方』  三笠書房

         

 

6.1.5 文学、エッセイ、随筆等の文章に関する著書(出版年順)

 

大石初太郎著『文章批判』           筑摩書房    1980

 文学用。文字通り,文体の解説であって文章読本ではない。

多田道太郎著『文章術』            潮出版社    1981

 手紙,小説,コラム用の文章読本。例示文章も小説,コラム,手紙,新聞記事が主体となっている。氏は良い文章の条件を①わかりやすい②面白い③間違いがすくない,で規定している。私はビジネス文とは視点が違うことを認識した。付録で「私の文章作法」として小説家,文学者,大学教授,ジャーナリストの10人が各2ページほどに意見を集約して記述しているが,このページ数では言いたいことも言えないせいか,内容が漠然としている。載せない方が良いくらいで,これでは付録ではなくオマケであると言いたい。

日本語シンポジウム『美しい日本語』         小学館     1982

 昭和57年の日本語シンポジウムでの外山滋比古,稲垣吉彦,青木雨彦,芳賀綏,樺島忠夫の5人の講演と,討議をまとめた書。各々の素晴らしい講演も多人数分の講演を本としてまとめると美しくなくなる事例としては面白い。シンポシウムの記録としての価値はある。

森本哲郎著 『日本語 表と裏』 新潮社             1985

  文学作品用の文字に関するエッセイとしては興味深い。

向井敏著  『文章読本』           文芸春秋社   1988

 起承転結をベースにした文学、エッセイ等のための文章読本。序章の「名文の条件」において,何が名文の条件なのかを理解するのには心して「精読」をする必要がある。

井上敏夫著 『エッセー・随筆の本格的な書き方』大阪書籍    1988

大隈秀夫著『文章実践塾』           ぎょうせい   1989

  エッセイ,新聞記事,小説用の文章の書き方なら許せるが。

佐藤正忠著 『文章は,心で書けばいい。』   経済界     1990

 文章読本のエッセイとしてなら。

中村明著  『文章をみがく』         日本放送出版協会1991

 文学作品用・・・。題名だけは素晴らしい。

森本哲郎著 『日本語根掘り葉掘り』      新潮社     1991

 日本語独自の表現を通して,日本人の論理構成,ホンネ等を浮き彫りにしたエッセイ。「は」と「が」を「説明」,「叙述」の手法で定義した論法は一読の価値あり。前著『日本語 表と裏』の姉妹版。

岩淵悦太郎著『悪文」第三版          日本評論社

秋澤公次著『英語の発想法 日本語の発想法』   ごま書房    1992

 ─アメリカ人の考え方を知るための33のキーワード─

 コミュニケーションを成立するためには、その国民性まで理解しないと、英語の直訳や日本人が認識している意味での訳では、会話が成立しないこと。それによって貿易摩擦にまで発展する恐れを秘めていることが解説されていて、興味深く読みごたえがある。学校英語とコミュニケーション英語の違いが認識できる

 

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2017年7月 2日 (日)

『文章読本』が日本を殺す (1/2)

 日本には『文章読本』なる書籍が、200冊を越える。その中で我々ビジネスマン、技術者がビジネス文・技術論文を書く上で参考になる書は少ない。特に小説家、文学者の書いた文章読本では特に少ない。この200冊を越える事実は、いかに正確なビジネス日本語を記述するガイドブックの決定版が世に生まれていないかの証明でもある。その多くは、遊びの文芸と死闘のビジネス文の区別がつかず、感性としての文章の書き方の記述をしている。この種の文章読本ではむしろ、大学教授、ジャーナリストが記述した書が参考になる。文章読本は内容を文芸用とビジネス用で、その内容を峻別すべきである。

 

 どんな文章読本でも、文章力向上のために「名文を読め」「多読せよ」と共通した主張がされている。この主張は作家、ジャーナリストでも同じで、文章力向上のために一つの真理である。しかし、正しく書かれた文章を多く読まないと、文章力は向上しない。その観点が、現状の文章読本には抜けている。オウム真理教のように、間違った方向で、いくら厳しい修行を積んでも、行き先は絞首台である。道元禅師も「正師に付かざれば、付かざるにしかず」とまで言い切っている。某大手新聞社のHPの広告で、「私はこの新聞社のコラムを写して文章を勉強しました」と某女子学生が記しているが、起承転結の氾濫する新聞コラムをいくら写経しても、論理性は学べない。

 

 もう一つの論点で、起承転結が主張されるが,これの推奨があれば文芸用(お遊び)だと判断して本を閉じること。谷崎潤一郎をはじめ小説家の著した文章読本は全てこの論法である。読者が小説家志望ならこの限りではない。現在も年30冊近いペースで文章読本の類の書が発行されているそうだが,それだけ決定的な書がない証明である。

 

6.1.1  ビジネス文書を書くための推薦図書

 

篠田義明著『科学・工業英語』通信教育用テキスト

            日本テクニカルコミュニケーション協会 1984

篠田義明著『コミュニケーション技術』     中公新書    1986

篠田義明著『書き方の技術』          ゴマ書房    1989

篠田義明著『英語の落とし穴』         大修館書店   1989

『わかりやすいマニュアルを作る文章用字用語ハンドブック』

    テクニカルコミュニケーション研究会編 日経BP社   1991

篠田義明著『科学技術論文・報告書の書き方と英語表現』日興企画 1994

『説得できる文章・表現200の鉄則』  日経BP社      1994

J.C.Mathes Dwigth W.Stevenson“DESIGNING TECHNICAL REPORTS”Macmillan

MARY A.DEVRIES“THE BUSINESS WRITTER’S BOOK OF LISTS”       1998

篠田義明著『ビジネス文 完全マスター術』   角川書店     2003

照屋華子著『ロジカル・ライティング』東洋経済新報社       2006

福田・豊田著『仕事が早くなる文章作法』日経BP社       2014

 

 科学・工業英語の書き方を学ぶことにより,日本語で文章を論理的に記述する手法が見えてくる。下手な文章読本を読むくらいなら上記の書で英語を勉強したほうが,よほど日本語力が身につく。外国語を学ぶとは、自国語を学ぶこと。他国の言葉で、自国語を考えると、自国語が良く理解できる。一か国しか話せないのは、語学力が低いと言える。二か国語が話せるのは、バイリンガルだが、一か国しか話せないのをアメリカンという。それほどに、米国人は自国語以外を勉強しない。それ故、現在の国としての横暴さがある。

 

ブラックユーモア

 最近の製造業の開発現場は不況・円高のせいで、コストダウン、経費削減、節約一辺倒であるつい最近、そのあおりで、研修でコストダウン、原価管理の教育を受けさせられる羽目になった。その時のコストダウンのテキストを読んで反面教師を認識した。その反面教師とは、そのテキストが後述の文章読本以上に分かりにくい文体で、経費削減、コスト削減の思想、手法を記述していたこと。これではコストダウン以前にその本を理解するのに、余分のコストが必要とされるブラックユーモアであった。こういう類の本こそ、簡潔明瞭な、コスト意識に目覚めた文体が要求される。文章は金なりを認識した。(この項1995年記)

 

 上記の文を記述して20年が経ったが、日本経済の状況が変わっていない。政府と経済学者の無能さを証明している。経済学者は「失われた20年」と受動形の無責任な表現をして、だれの責任なのかを追及しない。追及されては困るので、「失われた20年」という表現で国民を煙に巻いている。経済学者の言うことが正しければ、経済学者は全員大金持ちになるはずだ。現実は、訳の分からない理論を文芸作品のように、わかる話をわざと芸術的に難しく書いて、著者が悦に入っている経済書が多い。テクニカル・ライティングのお作法からすれば、零点の書である。象牙の塔の大学の経済学者の書く経済書は、信用がおけない。その陰で、欧米からのグローバル経済主義企業の圧力で、ますます企業は追い詰められて、自分で自分の首を絞めている感がある。経済問題で追い詰められて自殺者する人が、連続14年間3万人越えであった。ここ5年程でやっと3万人の壁を切ってきた。 (2017年7月2日記)

 

次回「『文章読本』が日本を殺す(2/2)」で76冊の文章読本の紹介をします。

 

 

図1 過去の景気回復との違い (日本経済新聞2017年6月25日)

なぜ個人消費が伸びないかは、(新聞社の経済部の)企業秘密?で公表されない。

 

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2017年6月30日 (金)

オウム真理教とテクニカルライティングの死闘

  1995年5月7日(日)夜、某民放でオウム特集番組が放映された。たまたまその番組を見ていたらそこに、私の科学工業英語の師である早稲田大学篠田義明教授がコメンテータとして登場して驚いた。1995年6月3日、テクニカルライティング国際セミナー(大阪)での懇親会で、篠田教授からその時のエピソードを伺う機会を得た。

 

 地下鉄サリン事件は、1995年(平成7年)3月20日に、東京都の帝都高速度交通営団で、宗教団体のオウム真理教が起こしたサリンを使用した同時多発テロ事件で、死者を含む多数の被害者を出した。5月16日に教団教祖の麻原彰晃が事件の首謀者として逮捕された。

 上祐は、早稲田大学在学中の1986年8月に「オウム神仙の会」に入会する。早稲田大学高等学院、早稲田大学理工学部を経て、1987年早稲田大学大学院理工学研究科修士課程を修了し、同年4月に特殊法人宇宙開発事業団に入る。宇宙開発事業団は、翌年には退職、出家する。5年後の1992年12月には、「尊師」に次ぐ位階の「正大師」に昇進。1993年9月にはロシア支部長に就任。上祐は、ロシアへは実質的には左遷で飛ばされていたため、幸か不幸か、サリン事件には直接関与しなかった。上祐は地下鉄サリン事件後に麻原に日本へ呼び戻され、「緊急対策本部長」に就任。2年後の1995年10月に国土利用計画法違反事件で有印私文書偽造などの容疑で逮捕され、懲役3年の実刑判決を受ける。

 

 この番組は、当時「時の人」であったオウムの上祐広報部長がディベートの達人であったため、各放送局が上祐氏にやられっぱなしなので、篠田教授にその論法の解析とコメントを求めての出演であった。そのご指名の理由は、早稲田大学篠田教授は、日本でテクニカルライティングの第一人者であったのと、ディベートの達人(と世間が誤解)の上祐被告(1996年現在)が同じ早稲田大学出身であったためである。

 

その番組での篠田教授のコメント

 「最初に結論を言って、その次にデータでその裏付けをしているので、いかにもテクニカルライティングの手法だが、データを多く見せているだけで、自分達に都合の悪いことは何も言ってない。またそのデータの真偽を証明していないので、論理が間違っている。上祐広報部長の論法は、データを多くして、焦点をぼかしている。これは本当の論理的な説得ではない。」

 

エピソード

 その夜、オオム真理教からの怖いアクションがあった。テレビ出演後、オウム真理教団からテレビ局に1回、自宅に2回も電話があった。そのため、その夜NHKから、翌朝の番組への出演依頼があったが、命に係わることなので、篠田先生は出演を辞退された。また一時期、不審者の尾行が付いたため先生には警察から護衛がついた。またこのTV収録でも、かなりの部分をカットしたとのことだが、それでもこの有り様である。

 上祐は早稲田在学中、篠田教授の講座を取っていたとのこと。篠田教授は、上祐のことを良く覚えていると仰っていた。なにせ、当時学生の上祐だけが、篠田教授にいつも英語で質問をしていた。だからよく覚えていると仰っていた。

 

 何事もその目的とするところを取り違えると、オオムの上祐のようになる。それは往々にして頭のいい人にそれが起こりがちである。事の本質を知るには、「その目的は何?」を5回唱えると良い。トヨタ生産方式の神様、大野耐一氏も、なぜ?なぜ?を5回繰り返せと、その大野語録で述べている。言わんとするところは同じである。

 篠田先生の評価は社内で大きく別れる。ある人は篠田先生の口癖の「だからダメなんですよ」に反発を感じ、別の人は一方的に否定されるのに付いていけない等である。その受け止め方は、その人の器の問題である。

 どんな素晴らしい師についても、受け手の持つ器の大きさ以上には受け入れられない。器が小さければ水はコップから溢れるだけ。またその周波数にあったアンテナを持っていないと、馬に念仏となる。

 また最低限、そのコップは立っていなければ、いくら水を注いでもコップの中に入らない。己の心は立っているだろうか、自問したい。

 だからこそ人は自らの器を立て、その容量を大きくするために、正しい道で学び続けなければならない。自分の器が小さいと、何が正しくて何が正しくないが見えない。特に頭のいい人ほど、その器に柔軟性がなく、考え方は思い込みが支配している。それが固定観念である。人は謙虚さを忘れたとき、成長が止まり、その殻から脱出できなるなる。素直に何事も真剣に取り組む人が自分の殻を破り成長する。

                    1996/06/03初稿、2017/06/30 追記

 図1 2つの教育 (「修身」より)

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2017年6月27日 (火)

てんで話にならず

1.2  自然な論理展開

 

 自然な論理展開とは,読者の期待を裏切らない記述手法である。各種の文章読本には論旨の展開方法として、起承転結が推奨されているが、ビジネス文書で、「起承転結」の論法は間違っており、使用禁止である。ビジネス文書で「起承転結」の「転」がこれば、論理破綻である。ビジネスマンは、文学作品を書いているのではない。相手を説得して(文書で当方の意図を伝え)、意図が成就(金儲け)するために、文書をデザインして書く。社長はそれに対して給与を払う。文学作品では給与が出ない。ビジネス文書で「転」が来れば、読み手が困惑し、会社が損をする。

 

文学作品としての例

   京の五条の糸屋の娘        〔起〕

   姉は十七,妹は十五        〔承〕

   諸国諸大名は弓矢で殺す    〔転〕

   糸屋の娘は眼で殺す        〔結〕

 

ビジネス文例1

   A  は B,C,D,Eから構成されている。

   B  は ・・・・である。    

   C  は ・・・・である。   ← ここでお天気の事を言ってはダメ

   D  は ・・・・である。        新聞コラムでは、この転が乱用される。

   E  は ・・・・である。   新聞コラムは文学でビジネスではない。

 

ビジネス文例2

 A  は B  である。

 B  は C  である。

 C は D  である。 よって

 A  は D  である。

                                         

 

文例)『桃太郎』

   昔,昔あるところに,おじいさんおばあさんがいました。

 →  次文の主語は、「おじいさん」以外にはない。これが自然な論理展開。

   「おじいさん」の記述が済めば,次文は「おばあさん」が主語の記述となる。

  これが自然な論理展開。

 

  おじいさんは山へ柴刈りに,おばあさんは川へ洗濯に行きました。ある日おばあさんが川でせんたくをしていますと・・・・

 

  以下「おばあさん」と言う主語が、変わっていない記述手法を注意。

    主語が変わらないので,内容が理解しやすい。

 

    「おばあさんが,かわで  せんたくを・・・・ながれて  きました」

    「おばあさんは,びっくりして,めを  まるく  しました」

    「おばあさんは,ももを  ひろって,たらいに  いれました」

    「おばあさんは,おもたい・・・・ももを  うちへ  もって  かえりました」

 

 

 文学は雅の世界で、ビジネスの金儲けとは別世界である。起承転結が通じるのは漢詩、日本文学の世界のみある。日本の新聞紙上でさえ、文学作品とビジネス文書をごっちゃにして、起承転結を錦に御旗にした文章を書いているから、それに慣れさせられた日本人が世界のビジネス戦争で負けるのだ。

 

敵を知り己を知れば百戦殆うからず(孫子)

 欧米の狩猟民族は、金儲け至上主義で、「雅」など知ったことではない。我々が世界を相手に戦って生き抜くためには、相手の論理スタイルを知り、己の間違った文書パターンを知り、相手に合わせて戦わねばならぬ(敵を知り己を知れば百戦殆うからず)。文書は、ビジネス戦争の武器である。武器には、武器として使う作法がある。弓道、武道等が日本の作法であるように、テクニカルライティングとは、欧米の文書道である。文学は夢の世界で、書き方は何でもありだが、テクニカルライティングには、工業製品として法則とスタイルが決まっている。何時でも何処でも誰にでも、通用する法則で書類を書けば、工業製品として世界に通用するビジネス文書が出来上がる。欧米のテクニカルライティングとは、論理思考を、文書の形に展開する手法である。

 

私のテクニカルライティングの学び

 私は日本語の文章での書き方の論理構成を学ぶために、ミシガン大学のテクニカルライティングセミナー(科学工業英語)に、二度参加した。英語の勉強をするために渡米したのではない。最初の1994年は、110万円で自費参加。会社にこの教育の展開を提案して、2度目の1997年、検定試験1級合格のご褒美として出張扱いで参加した。

 英語を学ぶと自然に論理構成が分かる。日本語が出来なければ、英語もできない。科学工業英語の検定試験1級には、ネイティブ並みの英語力TOEIC900点でも、合格できない。英米の現地人が、正しい英語を書けるわけではない。TOEIC600点でも、自然な論理展開法が使いこなせれば合格できる。過去30年間の科学工業英語検定試験で、1級合格者は500人もいない。英検1級なら数万人である。私は3年の挑戦で、389人目の1級合格を射止めた。それで学んだ武器としての文書道で、えげつないビジネス社会を生き延びてきた。それを教えて頂いた篠田義明教授と後藤悦夫先生に感謝です。

 

 

文豪の森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介、川端康成らの文学者は、英文科卒である。文豪と称される彼らは欧米の英文の書き方を学んでいるので、その文学作品は、ビジネス文書ではないが、論理的に書かれている。

 

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図1 ビジスネとは生き残りをかけた顧客創造戦闘

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