2023年6月24日 (土)

台湾有事、怠慢有事、一燈を掲げて暗夜を行く(2/2)

怠慢有事

 会食、グルメ、過食、ジャンクフード依存、加齢、過労、運動不足等の外部から襲って来る健康破壊攻撃に留意せず、怠慢に過ごせば、免疫酵素(体の自衛隊)が激減し、病気(がん、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞)等の憂慮な病気が頻発する。有事発生である。

 健康破壊攻撃とは、有害な添加物、防腐剤、残留農薬が満載の食品の摂取である。また不健康な生活習慣、ストレス過多な生活である。

 特に拝金主義に染まった菓子メーカは、がんの発生原因である人工甘味料、着色料、防腐剤を混入させた清涼飲料水、菓子類を冷酷に販売し続けている。その添加物を認可した官僚どもは自分の天下り先確保のため、黙認である。日本の添加物の認可数は、欧米の約10倍である。

 

 人は加齢に伴い日々、免疫力、筋力、気力が減少していく。それに反比例して、ガン等の病魔の力が増している。がんは日に5000個出来るという。それを免疫酵素が殺してくれている。それは、中国軍事力の激増と日本の防衛力の微増の関係によく似ている。

 

 ミトコンドリアは細胞の中にある小器官で、栄養素と酵素をもとに臓器を動かすエネルギーを作る。80 歳の時のミトコンドリアの機能は40歳の時の半分になっている。

 筋肉は1年に1%ずつ減少していく。25歳時の筋肉量は、古希を迎えれば、半分に減っている。それは免疫酵素も半分になったことだ。だから病気になりやすくなる。

 それらの原因で、日本人の2人に一人ががんになる事態である。40年前はあり得ない状態である。

 

 食べ過ぎは、在庫を無視した過剰生産である。カンバン方式のトヨタ生産システムでは禁止である。それがミトコンドリアや免疫酵素に働かせ過ぎを強い、それが老化・病弱につながる。

 またジャンクフードや添加物まみれの不良材料を体の製造に使えば、老化の速度が倍増する。病気にもなるのが自然の理である。体に悪い食品を一点一点明確にして、それを排除する。周りの食品は、毒だらけである。自分と言う国の支配者は自分である。周りの拝金主義の食文化に疑問の眼を持ち、自分の国を守る意識を持つ。それが「一燈を掲げて、暗夜を行く」である。自分の城は自分で守れ。

 

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 馬場恵峰書 

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2023-06-23  久志能幾研究所通信 2708号  小田泰仙

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2023年6月23日 (金)

誤医を避け、五医で悟医して、健康で長生き

 

 「医」を正しく悟れば、医療を盲信することはなくなる。医者にも良医もいれば、毒医も存在する。「自分の身(城)は自分で守れ」、それがトヨタ生産システムの鉄則である。正しい材料(食品)で正しく生産(生活)すれば、不良品(病気)の発生を防げる。整理整頓清潔清掃を徹底して、トヨタは世界のトヨタになった。その手法を自分の体に応用すれば、健康で長生きが出来る。健康とは、体と心の健やかさを言う。

 

「医」の語源

  1. 会意。「かくしがまえ)」+「」。「矢をかくす容器」を意味する漢語{医 /*ʔiis/}を表す字。病気などをいやすという意味はない。
  2. 」の略体。「醫」については醫#字源の項目を参照。

 

意義[編集]

  1. 病気けがなおすいやす行為又はそれを行なう人。

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 会意兼形声文字です(殹+酉)。「エイッというおまじないの声を示す擬声語(隠す箱・矢・木のつえを持つ象形)」と「酒器の象形」から、薬草酒等を使って「病気を治す人」を意味する「医」という漢字が成り立ちました。

 

※「医」は、「醫」の略字です。

  https://okjiten.jp/kanji450.html

「 漢字/漢和/語源辞典」より引用

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五医

 安岡正篤師は、健康を維持するための医術を「五医自療法」として定義している。

一、少欲医惑  欲を少なくして惑いを医(いや)す

二、静坐医躁  静坐をして躁(がさつさ)をいやす

三、省事医忙  事を省いて忙をいやす

四、択友医迂  友をえらんで迂(にぶさ)をいやす

五、読書医俗  書を読んで俗をいやす

 『慶山書』  安岡 正篤

 

 五医とは、現代風に言えば、トヨタ生産システムの体の5S(整理整頓清潔清掃)である。

食べ過ぎは、在庫を無視した過剰生産である。それがミトコンドリアや免疫酵素の働きすぎで、それが老化につながる。

 またジャンクフードや添加物まみれの不良材料を体の製造に使えば、老化の速度が倍増する。病気にもなるのが自然の理である。

 ミトコンドリアは細胞の中にある小器官で、栄養素と酵素をもとに臓器を動かすエネルギーを作る。80 歳の時のミトコンドリアの機能は40歳の時の半分になっている。

 筋肉は1年に1%減少していく。若い時の筋肉は、古希を迎えれば、最高値の半分になっている。それは免疫酵素の減少量に比例する。だから還暦を超えるとがんの罹患が激増する。

 

 特に健康に留意せず、怠慢に過ごせば、病気(がん、糖尿病、脳梗塞、心筋梗塞)等の病気が頻発する。加齢とともに日々、免疫力、筋力、気力が減少していく。それに反比例して、ガン等の病魔の力が増している。まるで中国軍事力の激増と日本の防衛力の微増の関係によく似ている。

 

 がさつさは、食事や生活の乱れとなる。忙しすぎると、ストレスが増え、ミトコンドリア機能を低下させ、老化が加速する。

 悪友と交わると、悪食の付き合い、飽食の弊害、酒の害が増える。それを防ぐため健康を考える友を選ぼう。朱に交われば赤くなる。病気にもなる。

 医学の情報こそ、良薬である。私もがんになったが、本を読み漁って、真の情報を得た。

 

 誤医にかかると殺される。父は切ることが大好きな医師の係り、85歳で胃の全摘手術を受けた。手術は成功した。しかし1年後、亡くなった。

 私は高血圧症で20年間、降圧剤を飲まされ続けた。そのため白内障、網膜剥離、網膜静脈閉塞症、がんにかかった。真島消化器クリニックの真島院長の食事療法指導で、高血圧が治った。降圧剤は対処療法である。それでは一生病気は治らない。病気の真因を見付けないと、病気は治らない。

 

誤医

  • 対処療法しかしない医師 (元を断たなきゃ、病気は治らない)
  • 切ることだけが好きな医師 (治療と医事行為は別)
  • 検査ばかりで、PC画面だけを見て患者を観ない医師
  • 金儲けが優先の医師 (医は算術)
  • 薬投与大好き医師  (薬は基本的に毒物)

 

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023-06-23  久志能幾研究所通信 2707号  小田泰仙

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2023年6月20日 (火)

巡礼 絵は祈り 平野峰生鉛筆画展 in Sagan

 

会期 6月3日~6月27日 11時~17時 (定休日 水・木)

場所 岐阜市 川原町 Gallery Sagan

 

 平野峰生画伯の鉛筆画で表現された作品が展示されている。平野画伯は、鉛筆での表現の極致を目指している。それが感じられる鉛筆画の数々が、Gallery Saganで展示されている。

 

 自分のやっていることがどんな社会貢献になっているか、平野峰生画伯は迷いながら鉛筆の筆を進めている。平野画伯の絵には、描く悩みが表現されている。

 その絵が社会で認められ、価値ある値段で取引されていれば、社会の営みの一部として、社会に役立っている証である。誰もその価値を認めなければ、お金を払うこともない。

 平野峰生画伯の鉛筆画は肖像画を中心に広く受け入れて、相応の価格で取引されている。それだけ社会の役立っている証である。その創造物が社会に受け入れられて、新しい価値を生んでいる。

芸術とは

 「芸」という字には、匂い草の象形文字である。芸術作品は、ある特定の時代、特定に人にしか受け入れられないという冷酷な宿命がある。その作品が何時でも何処でも誰にでも受け入れられるわけではない。その絵の価値が認められるのに、時代の価値観が変わり、その時間がかかる場合もある。

 社会は一歩前に進み過ぎる人を狂人と呼び、半歩前に進む人を先駆者と呼ぶ。時代と共に歩む人は迎合者である。歴史はその狂人を革命者と称える。

 ゴッホもそれが認められたのは、ゴッホの死後である。ゴッホは、生前、極貧の中、筆を折らず、描き続けた。何か鬼気迫る姿である。天才は社会から一歩前に進み過ぎたきらいがある。それはある意味、宗教の祈りに似た心境かもしれない。

 

絵画の歴史

 人は太古の時代から絵を描いてきた。先史時代の洞窟や岩壁の壁面および天井部に描かれた洞窟壁画は、現存する人類最古の絵画である。壁画は4万年前の後期旧石器時代より製作されている。これらは社会的に敬われていた年長者や、シャーマンによる作品であると信じられている。

 当時の食料確保も大変な時代に、絵を描く人がそれで生計を立てようとして描いていたとは思えない。しかし実際に洞窟等ですばらしい壁画が描かれていることは、それを専門にしていた人がいた証拠である。推定するに、それは目に見えない何らかの偉大な存在への豊作、豊漁、豊狩への捧げものとして祈りの形であったのだろう。それを年長者や、シャーマンが描き、彼らを部族の皆が支えていたのだろう。そう考えると、絵を描くことは神聖な神への祈りであったようだ。

 

最期の豊作

 私が一番感動した絵は、田園の稲の風景画である。平野画伯の描く鉛筆画での一本一本の稲、一粒一粒の稲粒を描写する様は、祈りである。油彩では決して表現できない手法である。祈りとは言葉だけの世界ではない。祈りとは具体的な行動の繰り返しである。それで出来上がった創造物が、見えざるサムシンググレートへの捧げものなのだ。それは祈りの昇華である。

 その風景画は、二度とない最期の豊作の姿の遺影である。農家の人が高齢で、その年で稲の作付けを止めるという。画伯は、その風景を鉛筆画で遺したのだ。それは今まで豊かな稲を生んでくれた大地への感謝の絵でもある。

 それこそ太古の時代に洞窟や岩壁の壁面や天井部に書かれた絵とおなじではないか。画伯は、「風景はその土地に住む人々の心の心映え」と言う。その心映えは、古代人が豊作、豊漁、豊猟を願って描いた絵と同じである。素朴な岩石の面に描いた技法が、現代の進化した技術を使って精密に描かれている。どちらも心の反映であることには変わりはない。

 

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   Gallery Sagan

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      平野峰生画伯

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平野峰生プロフィール

1962年、愛知県生まれ。弥富市在住。

愛知県立芸術大学・大学院デザイン専攻を修了。

ランドスケープデザイン・建築設計事務所勤務を経て、

1996年アーキテクチュアル・レンダラー、画家として独立。

 

2008年 「産土の心-飛騨種蔵 冬から春ヘ-」(飛騨市宮川町文化祭)

2009年  「産土の心-飛騨種蔵 二度目の四季—」(飛騨市宮川町聖圓寺)

2010年 「産士の心-飛騨種蔵-」(岐阜市十六銀行本店ギャラリー)

2012年 平野峰生鉛筆肖像画展「和顔鑽仰」(愛知県江南市、ギャラリーみわ)

    平野峰生鉛筆肖像画展「和顔鑽仰」(東京都青山、たまサロン)

    平野峰生鉛筆肖像画展「和顔鑽仰」(名古屋市中区、ギャラリーチヨダ) 

    平野峰生鉛筆肖像画展・講演会(北海道野付郡別海町、本覚寺報恩講)

    平野峰生鉛筆肖像画・風景画展「和顔鑽仰」(愛知県津島市)

2013年 平野峰生鉛筆画展「肖像と風景」(滋賀県米原市、グリーンパーク山東 伊吹の見える美術館)

    敬老の日「はつらつ健康まつり」講演・展示(名古屋市東区)

2014年 平野峰生鉛筆肖像画展「和顔鑽仰 2014」(東京都大塚マスミギャラリー)

            平野峰生鉛筆風景画展「産土の心-飛騨種蔵-」(東京都青山、たまサロン)        

           朗読・対談「画に耳をすます。朗読を見つめる」(東京都大塚、マスミスペースMURO)

     平野峰生鉛筆肖像画展「和顔鑽仰 2014」(愛知県江南市、珈琲&ギャラリ―予約席)

2015年 久野博史×平野峰生二人展「感動がこころをケアする」(愛知県豊川市)

    平野峰生肖像画展「燈の記・和顔鑽仰」(愛知県岡崎市、画廊・ギャラリー Musee Soleil)

2016年 「和顔鑽仰 in シニアステージいつきの夢」(愛知県一宮市、笑顔の家プロジェクト)

    「和顔鑽仰 in 南生協よってって横丁」(名古屋市緑区、笑顔の家プロジェクト)

     平野峰生鉛筆画展「画に耳をすます-飛騨種蔵から始まる物語-」(岐阜県飛騨市、飛騨市美術館)

2017年 平野峰生鉛筆風景画展「空歩庭園」(岐阜県土岐市、かふぇぎゃらりぃ五斗蒔)

2018年 平野峰生鉛筆肖像画展「観自在記への扉」(岐阜県恵那市、ギャラリーなすの花)

2020年    平野峰生鉛筆肖像画展「ありがとうの KISEKI 2020」(愛知県江南市、珈琲&ギャラリー予約席)

 

 

2023-06-20  久志能幾研究所通信 2706号  小田泰仙

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2023年6月18日 (日)

フリーセックス、フリースマホ、フリーゲーム  (磨墨智663)

 

フリーセックス

 差別や障害がないから、物事を進めるスピードが上がる。こだわりを持つと回り道をしなければならない。それが時間を奪う。

 スウェーデンのフリーセックスでいう「Free」とは性からの拘束、社会規則や昔の慣習からの自由・開放という意味で、日本で取り立たされている淫乱不埒なセックス風俗の推進ではない。スウェーデンでは援助交際もヘルスないし、ポルノショップも大都会で数軒しかない。

 例えばsmoking freeとはタバコの煙からの自由という意味で「禁煙場所」である。スウェーデンでは、小学校から性教育がきちんとされている。この国では愛がないと何事も進まない。結婚も離婚も自由だから不倫もない。結果として、望まれないで生まれてくる子供はほとんどない。Freeだから愛に自己責任がある。一人の人間としての人生時間を両親から愛を持って育てられるから責任ある人生を送れる。日本の親が躾け教育を放棄した現実が、「切れる」子供の多発である。無責任な親が日本の社会の時間を奪っている。親が子供の教育に責任をもたなくて子供の将来の時間はない。

 

   Free: (to do smoothing) not under the control or in the power of somebody else     (Oxford現代英英辞典)

 

フリースマホ

 スマホを持つと便利になったような気分になるが、人間として大事な要素が奪われる。スマホには、利便性以上の大きな損失がある。スマホからの誘惑から脱しよう。

 スマホの着信音、ネット情報の誘惑、ゲームの誘惑等、全て自分を無駄に拘束する悪魔である。その束縛から逃れにないとスマホ脳になり廃人に追い込まれる。学業成績は下がり、健康を害し、人生が終わる。

 イギリスの『ミラー』による2017年4月のインタビューによれば、ゲイツと妻のメリンダは、子どもたちがIT機器に触れる機会を厳しく制限していたという。携帯電話は14歳になるまで持たせず、夕食の時にはとりあげていた。スマホの時間を決め、それ以降はスクリーンを見ることを禁止したと言う。「そのおかげで子供たちは夜更かしせずに眠ることができた」とゲイツはいう。

 「ご承知のように、テクノロジーは、たとえば宿題をするときや友だちと連絡をとるときには、うまく使えばおおいに役に立つ。だが、使いすぎてしまうこともある」

 「うちの子たちは使っていない」とアップルのジョブズは答えた。「うちのなかでは、子どもたちのIT機器の使用量を制限しているからね」

 

 ゲイツ家やジョブズ家の子供への躾を見習い、下記のような取り組みをすべきである。勿論自分自身への戒めともすべきだ。

 

  • 子どもが14歳になるまで携帯電話を持たせない。
  • 定年後の生活からスマホを排除する。
  • 家族の食卓での使用を禁止
  • 就寝時間の2時間前から、スマホ、タブレット使用禁止
  • 平日については、スクリーンを見る時間を厳密に定める
  • 使用を認めるSNSを慎重に検討する
  • 寝室でスマホ、タブレットを使うことを禁止

 ある飲食店で、4人家族が会食をしていた。しかしその場で若い男の子だけスマホをいじって会話に参加していなかった。横で見ていて寒々としたことを思いだした。スマホ害の最たるものだ。スマホが家族関係を破壊している。 

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フリー殺人ゲーム

 スマホ等のIT機器で無料のゲームに興ずることは、自分の時間が奪われることだ。自分の時間を奪われるとは、命を奪われることだ。命とはこの世で使える時間の総量の事だ。それを何の付加価値も生まない時間に奪われることは、殺人なのだ。

 2023年6月14日9時10分、岐阜陸自射撃場で小銃を乱射した自衛官候補生は、2人の自衛官の命と自分の一生を殺したのだ。それを実現するためスマホ等でシューティングゲームという「殺人ゲーム」で、他人と自分の人生を殺す練習をさせられたのだ。そんなゲームから逃れることがフリー殺人ゲームである。

 人殺しの練習をして、自分の人生が豊かになるかどうか、冷静に考えよう。残り時間は限られているのだ。 

 

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2023-06-18  久志能幾研究所通信 2705号  小田泰仙

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2023年6月16日 (金)

岐阜陸自射撃場、小銃乱射犯人の同類に遭遇

 

 6月14日9時10分ごろ、岐阜陸自射撃場で、自衛官候補生が小銃乱射事件を起こし、2名の自衛官が亡くなられ、1名が重症を負った。

 

 私はその時刻、愛知県がんセンターで胃カメラ検査に行くため、ラッシュ時に超混雑の東山線の地下鉄に乗っていた。そこで小銃乱射犯人と同類の人間に遭遇した。その若い男は優先席同等の席で大きなヘットフォンをかけ、眼鏡をかけ、マスクをして、射撃ゲームに没頭していた。多分、大音量でゲームに熱中しているのだろう。超満員の地下鉄車内で、周りの目を無視してゲーム機を狂ったように両手で叩きまくる姿は、狂気の沙汰である。

 その雰囲気から、マシンガンを打ちまくり、人殺しをするゲームだろうと推察した。その夜に岐阜陸自射撃場の事件のニュースに接して、この若者と事件の犯人像を重ね合わせてゾッとした。この行為は人の所行ではない。ゲームに洗脳された畜生の行いである。

 

 その3人の若者の目の前には乳飲み子を抱えた若い母親が、5歳ほどの幼児の手を引いて立っていた。その右隣に若者はスマホで小説のような記事を、知らんふりで読んでいた。左隣の若者はヘットフォンで音楽を聴いて、若い母親の存在を無視するように目をつぶっている。それは地下鉄名古屋駅から栄駅まで続いた。

 この3名の若者は、乳飲み子を抱えた若い母親を約10分間完全無視である。そこに現在の若者のモラルを見た。その席は、名城線では優先席である。東山線では、車両の片側だけが優先席に設定されている。

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 名古屋市東山線地下鉄内(名古屋→栄) 2023年6月14日、08:58
 

ゲーム弊害

 今回の岐阜陸自射撃場での殺人犯は、シューティングゲームをよくやっていたという証言が知人から出ている。人は育つ中で、一番多く見たものや、体験したことで人格が形成される。だから良い方法がよき師について薫習するのが最良の教育である。

 毎日、シューティングゲームで人を撃ち殺す「訓練」を続ければ、精神的におかしくなるのは自明である。人は思った通りの人間になる(中村天風談)。美しいフォームのゴルファーになるイメージトレーニングを繰り返せば、その通りのゴルファーになれる。人を撃つプロを目指せば、立派な人殺しになれる。実際に岐阜陸自射撃場で起きた惨劇は、それを象徴している。

 ゲームなら、人が殺されても、人を殺しても、リセットボタンを押せば、チャラで終わる。そんな愚劣さを「学んだ」若者が量産されれば、日本がおかしくなるもの故あること。人殺しのゲーム禁止令を出すべきだ。ゲームで儲けるソニーの経営方針変換を望む。

 電車でスマホをいじっている若者を見ると、その半数以上がゲームに没頭している。それでは社会が崩壊するだろう。それが最近の凄惨な事件の多発の真因だと思う。

 WHОは、ゲーム依存症を麻薬と同じ病気だと認定しているが、厚生省、文科省はそれを認めていない。だから日本ではゲームが野放しである。きっと汚役人は、裏でゲーム業界から裏金が回っているのだろう。

 日本をよくするのは、我々が、異常な現象に声を出して止めるしかない。

  

2023-06-16  久志能幾研究所通信 2704号  小田泰仙

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2023年6月15日 (木)

がんセンター待合室で腐風、テレビOFF、生生流転

 

胃カメラ検査

 2023年6月14日、1年ぶりに愛知県がんセンターで、定期の胃カメラ検査を受けた。私は喉だけの麻酔での検査には耐えられないので、鎮静剤を打っての検査である。意識に無い状態での検査なら、胃カメラ検査もそう苦痛ではない。胃カメラ検査は鎮静剤が無ければ、私には地獄の苦しみである。この検査もがんの手術後の標準治療コースの一つなので、逃れられない。郵便ポストが赤いのも、私がガンになったのも私が悪いのだ。だからその原因を待合室で考えよ、である。

 

韓国時代ドラマの腐臭

 その順番を待つため、待合室に行くと、その場のテレビが韓国時代ドラマを放映していた。時代考証がデタラメのドラマである。韓国時代ドラマの時代考証がデタラメさは以前に聞いていたので、全く見る気が無い。その知識があり、一見するだけで、その時代考証の出鱈目さはすぐわかった。

 

 それよりも異常なのは、待合室にいた7名ほどの患者は誰もテレビを見ていない現実である。先週のCT検査の待合室でも同じで、誰も放映されているテレビなど見ていない。それでもCT検査の場合は5分間ほどの待機なのと、放映されていたのが転機ニュースなので、あまり気にならなかったが、今回は30分ほど待たされることが予告されていたので、私は自分の手でテレビのスイッチを切った。誰かに文句を言われるかもと周りを見渡したが、誰も文句など言わない。それで静かな待合室となって、平和が訪れた。

 

テレビの害

 以前に某皮膚科病院で、朝一番に出向いたら、誰もいない待合室でテレビが唸っていたので、私がテレビの電源を切った。しかし、その後から来た患者がテレビの電源をまた入れてしまった。その時は情けない思いであった。他の病院でも、待合室にテレビのない病院は皆無に近い。

 一番滑稽なテレビは眼科医院の待合室に設置のテレビである。目が悪くなった原因の一つであるテレビがかけ放題である。眼病の一因となる食品のCMオンパレードである。患者は目の悪い中、必死にテレビを見ている。お笑いである。

 

 なぜ自分が病気になったのか、なぜガンになったのか、これから残り人生をどのように送るのか、それを考えるには、病院の待合室は良い場所である。それをくだらないテレビ番組で邪魔などされたくない。くだらないと言うより、思考を妨げる暴力である。しかもテレビ宣伝は、病気になる原因の食品の宣伝ばかりである。だから私はテレビ電源を切った。

 

 愛知県がんセンターは、各待合室の各所にテレビを置いて無意味にテレビ番組を放映しているが、待合室で患者にテレビを無神経に見せる神経を疑う。これは全国どの病院でも同じである。日本人を痴呆にする洗脳行為である。

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洗脳教育

 同じことを何度も何度も美味しそうな顔をして食べる姿を見せれば、見せられる方は、それが美味しいものと思い込んでします。それは洗脳教育である。現代の食品のCM放送は洗脳教育である。それで狂った食品を食べる習慣になれば、がんになる。その食品の添加物が世界一緩い規制で入っていれば、がんになって同然である。添加物には発癌性物質が多く含まれる。受け身の情報を受けるのは、テレビの奴隷になることだ。意識してそれを避けよう。

 愛知県がんセンターのロビーにある「生生流転」像に見送られて、ガンセンターを後にした。テレビの奴隷に象徴される腐風に流されないように、命を全うしようと決意を新たにした。

 

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   「生生流転」 愛知県がんセンターのロビーにて

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2023-06-15  久志能幾研究所通信 2703号  小田泰仙

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2023年6月13日 (火)

初体験 ロイヤル・スィーツルーム

 

 2011年9月11日、東北地方に出かけたときの経験談である。当時、まだ東日本大震災から半年しか経っておらず、人はあまり観光に行かないだろうと思い宿泊ホテルも現地でなんとかなるはずと思いこみ、安易な気持ちで出かけた。しかしその時が、月曜日が敬老の日で3連休の最初に当たり、また現地でお祭りもあったため、どのホテルも満室で宿が確保できなかった。駅の宿案内で当夜の宿を探してもらったが、全く宿が無い。

 途方に暮れていたが、宿案内の方が、粘り強く探してくれて、某ホテルのスィートルームなら空いていて、定価の半額でよければ、提供するという。それは通常のビジネスホテルの約10倍の値段である。まあ野宿よりましかと、かなり迷ったがそのホテルでの宿泊を決めた。ホテル側も、空き部屋で置くより少しでも売り上げがある方が良いのだろう。

 

何でも一桁変えて挑戦

 結果として極楽の気分で宿泊出来た。その一夜、よい仕事も出来て、よい経験ができた。トヨタ生産システムを作った大野耐一氏も、何でも一桁変えて挑戦しろという。それを思うと良き経験であった。

 

ロイヤル・スィーツルーム

 このロイヤル・スィーツルームは、皇族やVIPや新婚さんよりも、ビジネスでの会議でも多く使われているようだ。普通のスィーツルームは普通の部屋の2倍の大きさ、ロイヤル・スィーツルームは普通の部屋の4倍の大きさである。そして仕事用の机がある。それが一番の価値があるとおもう。豪華なソファーセットや大型テレビもあったが、私は全く使わなかった。酒も当然、飲まない。当日の夜、快適に仕事をしただけである。

 

 これ以降、スィーツルームの利用に躊躇がなくなった。後年、この経験から馬場恵峰先生ご夫妻をお泊めする時、スィーツルームを躊躇なく利用できた。普通のホテルのスィーツルームはおおよそ普通の部屋の5倍程度の値段である。それで先生への感謝の気持ちが表せる。

 

地方都市のスィーツルーム

 地方のシティホテルのスィーツルームは精々一泊5万円から20万円程である。その気になれば泊まれない部屋ではない。ごくたまのイベントで感謝の意味の接待なら、使う価値がある。

 スィーツルームと言っても、華美で豪華な装飾に部屋ではなく、ビジネスライクに合理的で、広く使い勝手がよい部屋であるだけである。会社の会議用にも使われているようだ。やはり、そういう事情は現地現物で見てみないと分からないものだ。

 

 その後、地元のホテルのスィーツルームで、1年に1度、人生の棚卸しをするために使うことになった。それは12年前の投資から得られた経験資産である。スィーツルームを使うと言うのも智慧という資産なのだ。スィーツルームを使ってそれに見合った付加価値を生めばよいだけだ。

 

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 ペントハウスからの展望


 

2023-06-13  久志能幾研究所通信 2702号  小田泰仙

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2023年6月11日 (日)

CT検査で毒を盛られ、イエローオーシャンで沈没

 

朝起きて、生きているとは何と素晴らしいことか。

 壁にぶち当ったら小休止。

自分が変わろうとせんかぎり何も変わらない。

 どんな車よりも、構造が複雑で運転が難しい車とは、「自分という名の車」である。一生の運転手は自分。

  2007年7月8日 馬場恵峰師談

 

 言い換えると、「朝、今まで通りに、何の不調も感じずに、目が覚めるとは何と素晴らしいことか」である。人は何時までも健康に、朝に起床できるわけではない。人は生老病死である。

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黄→赤の大海

 2023年6月8日、愛知県がんセンターの定期検診でCT検査を受けた。その際、注入された造影剤の影響で、2日間、朝にまともに起きれず、寝込んでしまった。

 要は、CT検査の造影剤が、免疫酵素への毒となり、体が不調に陥ってしまった。まるでイエローオーシャンの嵐に巻き込まれた思いである。今まではブルーオーシャンでの快適な目覚めの日々であったが、それが嵐の海になって起きれなかった。つくづくと当たり前に起きられた日々が素晴らしいと感じた。人は失ってみないとその有難さが分からない愚か者である。だからレッドオーシャンに突入する前に、対策を打たなばならぬ。それを放置するから沈没する。

 

 病気(トラブル)と言う壁にぶち当ったら小休止すればよい。小休止して考えればよい。自分が変わろうとしないかぎり病気は治らないし、何も変わらない。その原因を何故なぜを5回繰り返し、原因と真因を見付けないと、問題は解決しない。対処療法でごまかすから、また再発する。

 

 どんな車よりも、構造が複雑で運転が難し車とは、「自分という名の車」である。一生の運転手は自分。その保守と運転の基本を怠ると、病気という事故にあう。

 

 私も自分と言う車の保守と運転を誤り、がんになった。ガンになったことに付け込まれ、ガンセンタの標準治療のCT検査を定期的に受けさせられるはめになった。病院も高額な(約1億円)の設備投資の減価償却のため、必要以上にCT検査をするようだ。検査をするとは体に負荷をかけることで、却って病気になってしまいそうだ。現実にCT検査の放射線で、年に2回も受けると、年間許容量以上の放射線を受ける。それで全体の5%の人ががんになると言われる。

 世界的な医学誌としてしられる『ランセット』に掲載されたオックスフォード大学の研究論文では、日本や米国、英国など15カ国を対象に調査したところ、日本でがんを発症した人のうち、4.4%は放射線検査での被爆によって誘発されたものと結論付けています。(『PRESIDENT 2020.1.3』 P21)

 

良品製造(おだ仏教生産方式)

 トヨタ生産システムでは、検査工程は付加価値を生まない工程なので、検査をしなくてもよい生産工程を組んでいる。よい材料で、よい生産機械で、正しい工程で、自動車部品を製造する。

 その思想を自分の体に当てはめれば検査を受けなくてもよい。病気とも縁が無くなる。自分の体は食品という材料から作られる。だから不良品の原因となる食品を避ければよい。不良品の生産の原因となる生活習慣を無くせばよい。自分という製品は、肉体と精神からなる。だから精神は、それを痛めるストレスを避ければよい。病気(製造不良)を避ける方法は、それだけである。

 

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2023-06-11  久志能幾研究所通信 2701号  小田泰仙

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2023年6月 8日 (木)

『命の食事』高騰、 市場が神の如くの評価

 

 知人がガンになったという話を聞いて、お見舞いとしてガン関係の情報の本として南雲吉則著『命の食事』(税込み1430円)を贈ろうとネットで注文を出したら、版元が売り切れで発注できなかった。

 それで慌ててA社のネット市場で中古本を探したら、新品で4,147円の品が16点も売られていた。コレクター商品として、新品の12,000円が一点、一般的な新古品2,570円の品が16点である。他の中古品は1,033~3,732円で売られていた。やはり内容が、良質で本物のガン対策本なので、それなりの価格が付いているようだ。市場の評価は正しいようだ。

 

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 A社のネット市場

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 松下幸之助翁は戦後、財閥追放で社長の座を追われた時、「市場は神の如くの評価をする」と言って達観していた。そして後年、松下幸之助は社長に復帰して、松下電器を世界の松下にした。

 

 私は送料込みで、新古品を1540円で入手して、知人に贈った。

 私は主婦の友社が『命の食事』を増刷してくれることを願っている。

 

予防

 がんの対策は、予防することが大事で、ガンになってから金をかけても無駄である。がんは生活習慣病であるので、がんにならない生活を送れば予防できる。がんになっても、きちんと治療し、狂った食事、狂った生活習慣をやめれば、再発しない。その内容が、南雲吉則著『命の食事』(主婦の友社刊)に書かれている。

 

 

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2023-06-08  久志能幾研究所通信 2700号  小田泰仙

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2023年6月 7日 (水)

丁寧な仕事、丁寧な人生

 

 字は丁寧に書けばうまくなる。一点一画を注意して書けばうまく早くなる。字は早く書くと下手になる。速記者は字をうまく書けない。

  2006年5月28日 馬場恵峰師

 

仕事

 仕事は丁寧にこなせば、仕事の能力が上がる。一仕事、一作業を注意してこなせばスキルも上がりスピードも上がる。仕事をスピードだけを重視してこなすと雑になる。

 10年前、自宅のリフォーム工事を宮大工さんにしてもらった。仕事の速度はそんなに速くないが、仕事は丁寧であった。10年経った今でも、ガタも何もない。

 しかしそれ以前に若い大工にやってもらった工事は、仕事の仕上がりは早かったが、出来栄えは雑であった。二度と仕事を頼みたいとは思わない。

 

人間関係

 人との付き合いでも、誠実に丁寧に付き合った人とは長く付き合っている。雑な付き合いしかしてくれなかった人には、裏切られ、短期間に交際が終わった。

講師という仕事

 20年前、私は新入社員教育で、新人研修講座の統括責任者として、各講座の専門担当者に講師をお願いして研修を進めていた。私は統括責任者として各講座を必ず視察をした。講座の時間に、その教室に出向き、後で講義ぶりを観察した。全部で約30講座の講師の講義ぶりを全て観察した。それを7年間続けた。

 本来なら、その講座を専任の講師に任せれば、それで私の仕事は終わりである。しかし私はこだわって、講師の仕事ぶりを観察した。そこで判明した事実は、「仕事がいいかげんな講師は、講義もやっつけ仕事である。人は、日頃の生き方・仕事ぶりが、人を教える仕事に現れる。」である。

 

 当年、いい加減な講義をした講師には、次年度の講師依頼はしなかった。要はクビである。「新人技術者教育講座」の運営は私の仕事の作品である。その講座の完成度向上が私の使命であったからだ。

 

 私には人を観る修行となった。その結論として、一事が万事で、一緒に仕事をしたくない人の判別材料となった。

 そんな講師を反面教師として、自分の講義は真剣に対応した。それで今の自分がある。

 人生の最大の仕事とは、自分の人生を作る仕事である。自分という建物の完成には、自分の成長が必要だ。死の床で後悔しないため、丁寧に自分を作ろう。

 

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 私の講義風景

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 他の講師の講義風景

 全講義を観察するため、後ろからそっと視察した。 

 

 

2023-06-07  久志能幾研究所通信 2698号  小田泰仙

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