2017年8月28日 (月)

磨墨智 278.偏向新聞を読まない(1/2)

新聞の第一面に見る偏向報道 

  間違った価値観に染まると、正しい判断ができなくなる。己の人生時間を無駄にする。人は一番多く見た情報に左右される。新聞もその一つである。

 「人は見たものではなく、見たいものしか見ない」とはシーザーの言葉である。マスコミは、自分たちが報道したいことしか、目に入らない。現代のマスコミは(真実でない)報道したいことだけを報道している。最近のその典型的な事例が、トランプ大統領当選の予想記事である。ほとんどの米国、日本のマスコミは、トランプ大統領当選の予想を外した。マスコミは、大資本に握られているし、大スポンサーは大企業なのだ。それの意向を反した記事を書けるわけがない。それを意識して、新聞を読まないと、自分の人生が殺される。

 

嘘も100回言えば

 テクニカルライティングでは、重要なことを最初に書くのが原則である。それを抹消的な事項や思い込みの自己主張を最初に書くと、科学工業英語検定試験に受からない。ビジネス戦争の場で問われるのは、何が一番重要な論点か、である。それをあえて避けて、己の偏狭思想を伝えたい狂団は、大事な論点をぼかして自分の意見ばかり主張する。それを見抜いて、偏論を排除しないと、自分の会社の経営判断が狂ってしまう。その手法は、オウム真理教の洗脳教育に似ている。間違ったことを何回も繰り返し繰り返し伝えるである。嘘も100回言えば、本当のように聴こえる。間違った情報で洗脳された民を、正しい情報で伝えても信用しないのが心理学の論理である。人は最初の言われた事(嘘でも)を信じてしまう。あとからそれを否定するのは大変な労力がかかる。まるで白い布に赤いインクをこぼすと、簡単にはその汚れは落ちないのと同じだ。そこに冤罪という悲劇が発生する。そんな嘘を伝える宗教団体まがいのマスコミと距離を置かないと、国が亡ぶ。己の会社が倒産する。自分で判断する能力を付けなければ、己の人生が狂う。

 

事例1 2013年の堺市長選挙

 2013年の堺市長選挙で橋本陣営が敗北した。その記事を2013年9月30日付朝刊で、朝日新聞だけが第一面のトップに据えている。よほど橋本陣営の敗北が嬉しかったようだ。他紙と比べるとその異常さが、一目で分かる。既に前回の参議院選挙で党の趨勢は分かっているのに、わざわざ第一面のトップで、他紙の3倍もの分量の報道するような話ではない。当日は特別の大ニュースの無い、平穏な日であった。その日の第一面のトップに据える記事は何か、それが編集会議で問われるはずである。そこにその新聞社の本音が表れた。自分の人生が偏向思想に汚染されないように、マスコミは色眼鏡で見るべし。異常な新聞は見ないに限る。この紙面の異常さは、私が図書館に通っている時、たまたま7紙の比較を新聞コーナで閲覧して、気が付いたのである。単独で家庭で新聞紙面を読んでいれば、気がつかない事象であった。

 

2013年9月30日付朝刊トップ記事

朝日新聞  堺市長、維新敗れる(毎日新聞、読売新聞の3倍の分量

毎日新聞  98入試問題外注 (左隅に、維新敗北)

読売新聞  サイバー攻撃  (左隅に、維新敗北)        

日経新聞  世界初の大型水素基地 (堺市長選記載なし)

中日新聞  練習なし伝統をつなぐ (堺市長選記載なし)

産経新聞  スパコン京でインフラ診断 (堺市長選記載なし)

岐阜新聞  グアム移転協定改定   (堺市長選記載なし)

 

英字新聞を読もう

 ある時期、中日新聞を購読していた。名古屋市長の広告記事拒否事件で思想的な偏向が激しいことが判明して購読を中止した。すぐ新聞販売店の係長が飛んできたので、その理由を説明して見解を求めたが、後は無しのつぶてである。その後は、日本経済新聞とInternational Herald Tribune紙を購読していた。その後、International Herald Tribune紙の日本印刷が中止になったので、The New York Times紙を購読していた。英字新聞といっても週刊8頁で購読料は月1,000円である。日本の新聞社が発行する英字新聞よりも、記事の視点がグローバルで、何よりも貴重なのはテクニカルライティング的な論理構成の英文であることだ。日本の新聞社が発行する英字新聞には、記事項目は日本の新聞と同じで、その英訳には日本語の臭いがする。それでは世界のメディアが、何を報道しているかが分からない。また、本当の英語が学べない。その後、The New York Times紙も偏向思想が激しいことが判明して購読を中止した。

 

事例2 森友学園問題、加計学園問題の報道

 今の国の最優先課題は何かが、どっかに行ってしまっている。最近のマスコミ、国会審議は、森友学園問題、加計学園問題オンパレードである。もっと大事な問題であり、我が国の存亡に影響する北朝鮮のミサイル威嚇問題や経済政策の議論が隅に追いやられている。民進党党首も揚げ足取りで抹消的な議題しか国会で質問をしない。自身の党首二重国籍問題は避けて、である。よもや北から金をもらって意図して国を危うくしているのではと、疑ってしまう。その民主党は、共産党と共闘をしている。自由主義社会で共産党が存在するのは日本だけである。民主党は、日本を共産主義国家にしたいのか。そんな党が国会を混乱させている。とりもなおさず、税金の無駄遣いだ。国民がその党に投票するように洗脳されたからだ。

 

 同じようにテレビ報道番組もある意図をもって報道しているので偏向している。“30番組で「加計問題」を扱った8時間44分59秒のうち、「初めから加計学園と決まっていた」という前川氏の発言を放送した時間は、何と2時間33分 46秒もあった。これに対し、「(前川氏の主張は)まったくの虚構だ」という国家戦略特区ワーキンググループの原英史委員は2分35秒、「岩盤規制にドリルで穴を空けた」という加戸氏は6分1秒だった。(「放送法遵守を求める視聴者の会」のウェブサイトより)

前川氏は衆参両院に呼ばれ、原氏は衆院だけ、加戸氏は参院だけという違いはあるが、正反対の意見が披露されていながら、前川氏の放送時間が、加戸氏の25倍以上というのは尋常ではない。報道各社の世論調査で、加計問題をめぐる政府側の説明に「納得できない」という意見が6〜7割あるが、こうしたテレビ報道も影響しているのではないのか。(産経ニュース 2017.8.23 11:20)“

 

 民進党の前身の社会党のオタカ氏も、北朝鮮による日本人拉致の真相を知っていて、被害者団体の陳情にも知らぬ存ぜぬとシラを切り、陳情団を冷たくあしらった。左翼のマスコミは知っていてそれを報道しなかった。そして社会党は消滅した。

 日本のマスコミの偏向した報道の影響で、政府の支持率が大きく影響される。簡単に洗脳されやすい国民になっているようだ。長年のマスコミによる偏向教育の成果である。私の英語の師からは、「外国の英字新聞を読め」と指導をされた。その視点が全く違うからだ。日本の新聞社発行の英字新聞は、日本の新聞社発行の新聞の翻訳なのでダメである。英字新聞の第一面と日本の新聞を比べると、その対象の論題があまりに違うのに驚かされる。英字新聞をみれば、世界の今の問題は何かが分かる。せめてニューズウィーク等の日本語版で比較をするとよい。

 

図1 2013年9月30日付朝刊 朝日新聞、毎日新聞 第一面

図2 2013年9月30日付朝刊 読売新聞、日本経済新聞 第一面

図3 2013年9月30日付朝刊 中日新聞、産経新聞 第一面

図4 2013年9月30日付朝刊 岐阜新聞 第一面

 

2017-08-28

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

920130930p1

920130930p2

920130930p3

920130930p4

トヨタ式ダイエットで14kg減(7/7) 心の肥満

心のダイエット

  トヨタ生産方式の原則は、適正在庫である。必要な時に必要なものを生産する。過剰に在庫があるとその管理費で、儲からなくなる。過剰になれば、病気になる。自分で処理できない事項を抱え込むから、病気(鬱病)になる。自然の理である。

 

頭の肥満

 ガンガンと研修でがなり立てて、受講生を追い詰める講師がいる。ガンガン、バリバリと熱い話を一方的に頭に押し込んでも、受講生には受け入れられない。体にビタミンCがいいからと大量に摂っても一定以上は排出されるだけ。それが自然の体の摂理である。頭に入れる情報も同じで、まずその器を大きくしないと、頭に入らない。いくら精神論で頑張っても長くは続かない。それでは頭でっかちという過剰在庫状態の肥満体となる。理論ばかりで実践ができない。

 頭でっかちの経済学者は、理論と合わないと、現実が間違っていると暴言を吐く。わざと簡単なことを難しく言う大学教授が跋扈する。難しいことを簡単に説明してくれる師が、本物の師である。

 

鬱病の氾濫

 現代社会では鬱病が蔓延している。鬱とは木が鬱蒼と生い茂っている状態を言う。要は、自分の心の許容容量以上に物事を抱え込んで、身動き取れない状況を現している。心が肥満体になっている。心のダイエットをしなさい、である。その療法は簡単である。持てる荷物を下せばよい。ケセラセラと居直ればよい。要は、自分の能力以上に、物事を抱え込んだのだ。成果主義の影響で、会社が過大な負荷を若者に掛けるからだ。それで若者が自殺をすれば、殺人罪である。相手の能力を見る能力のない管理職が若者を地獄に追いやる。

 太陽を浴びて、心穏やかに人間らしく過ごす。仕事量を減らす。その修羅場から去る。それで鬱病は直る。薬を飲んでも、鬱病は直らない。何が哀しくてそんな会社にしがみつくのか。しがみ付いて、挙句に自殺をするでは哀しすぎる。その仕事は命より大事なのかを考えよ、である。太陽を浴びて明るい場所で考えれば、悩んでいたことがなんと小さいことかに気が付く。暗い部屋に閉じこもっているから、ますます落ち込む。ノーベル賞を取らなくてもいいから、美しいものに感動する心を養うこと、精神性を高めて、物欲を捨てれば、鬱にはならない。もっと自然の美しさ、精神の美しさが分かれば、鬱病は去っていく。

 

 ノーベル賞の受賞者が輩出する国には2つの条件がある。第一に、幼年期から成長していく過程で、身近に美しいものに接すること。豊かな自然や優れた芸術、文学に触れて美的感受性を養うこと。第二に、精神性を尊ぶ風土も不可欠です。金儲けや実用性だけを追及せず、役に立たないと思えても精神性の高いものには敬意を払う土壌が肝要と言えます。(数学者・藤原正彦氏『週刊新潮』2014年10月23日号)

 

 私の部下も鬱病にかかる例が多かった。私が管理部署の長であったので、実戦部隊から多くの社員が鬱寸前の状態で、管理部署なら楽だろうと、異動で送り込んできた。そのため、部下の鬱の病状とその対策を研究する羽目となった。それで分かったことは、医師は鬱で病院に来ると、門を閉ざして我々管理職との接触を断つ。患者の個人情報だからと、その情報を我々の管理者には教えない。医師は、鬱症状で来るものは拒まずで、来院した患者は全て、鬱病と診断して、薬漬けにする。儲かるからだ。私は多くの関連図書を読んで、鬱は薬では治らないことを学んだ。医師に罹っている部下に、医師ではない私は、口出しをできないジレンマに悩まされた。会社の保健婦でさえ、医師にかかり薬を飲めば治ると思っているのが情けない。

 

一流と三流が演ずる人生曼陀羅

 一流の人は超一流を目指す。二流の人は一流を目指す。三流の人間は逆恨みをする。三流の部下に何を言っても、全て反発をして効果がない。合併後、相手先の研究所に異動になって、なんでこんなレベルの社員がいるのか、と驚く風景があった。なんでも使い物にならない社員を送り込む先が、管理部門であるのが伝統だという。前任の部長が、とにかく人が欲しいので、一般職も基幹職も、雑魚でいいからと集めたと白状していた。一流会社などの管理部門は全く逆の人事を行っていた。

 私も部門の長として過去に、精神異常者1名、うつ病患者3名を抱えた経験があり、会社の保健婦と両親とで話し合いをしたことがある。この種の対応で医師は、患者の言うことは絶対に否定しない。また患者の秘守義務とかで、その相談内容はおろか、会社の保健婦にでも医師は面会拒絶で情報提供を拒否する。うつ病状態を訴えれば、何時でも誰でも全員が病人にされるし、なることができる。それで医師も儲かるし、薬剤メーカも大儲けである。訴えた社員も大手を振って休める。しかし薬では鬱病は治らないし、薬依存症になる。このとき、鬱病関係の本を10冊近く集め、読んでこの方面の医療不備の実態を知った。

 私はその部下(少し言動がおかしい)を見るに見かねて初めて叱った。それが鬱病の診断書を提出し(病気の真偽は不明)、1週間ほど休んで出てきたが、けろっとしている。たった一回叱っただけで、鬱病になるわけはないが、社員が訴えれば会社も動かざるを得ない。ある意味、嵌められたようである。

 また室内のある三流社員に思い悩んで、あるリーダー研修を受けるように指導したら、人事に苦情を通報された。私は室長として指導したのだが、三流社員はそうは取らない。刺すのである。そのリーダー研修は、前の会社では役員会で承認されていたリーダー研修であった。私が役員会に提案して、それが承認されて、合併されるまで主任クラスを受講させていた実績があった。合併後の拝金主義の上司は、これが理解できなかったようだ。

 そうしているうち、その職場の軋轢で、私が鬱状態になってしまった。保健婦にメンタルの不調を訴えたら、「小田さんは軽い症状だから、少し薬を処方してもらえば、すぐ元気なりますよ」とノー天気に言って、早々に帰っていった。その後、二度と来なかった。かなり後になって来た時は、メタボの体重管理の件で来て、メンタル不調の件はフォローしない保健婦であった。保健婦の対応は、あくまで対処療法である。この状況で、保健婦を信用できなくなり、自分で治すことになる。

 鬱病は企業の病気なのに、対処療法では何の解決にもならない。あくまで医師は薬を使って治療をするだけ。病気はその原因を除去して自分が直さないと、治癒しない。医師や保健婦に治療やアドバイスはできるが、病気の根絶はできない。この病気を治すには、経営者の立場で企業の体質を直さないと、永遠にうつ病患者が増えるだけだ。当時、周りで主任クラス、課長クラスがメンタル病でばたばたと倒れていた。辞めて行った社員も多い。部下を倒した数が多い管理職ほど出世していった。その管理職は、親会社から使い物にならないとして、当社に出向させられてきた部長クラスであった。保健婦は、倒れた人の数のデータを取って、統計解析をして表面的な結論を出して悦に入っていた。その真因の追及には目を背けている。鬱病が増えて儲かるのは医師と薬メーカである。この病気の根本原因を除去できるのは、企業の社長しかいない。拝金主義で成果主義の経営者では無理である。それで、自分で本を読み漁り、薬も飲まず、医者にもかからず直した。それで今の自分がある。

 そんな事例の背景を、電通の女子社員が自殺した事件(2015年12月25日)に垣間見て哀しい気持ちになる。電通鬼十則は、私も昔に憧れたが(?)、それが全ての人に適合できるわけではない。人にはもてるキャパシティがあり、それを考慮せず成果主義の道具として、もてあそんだ結果が女子社員が自殺事件である。

 松下幸之助経営塾で講話(2013年3月16日)を聞いた梅原勝彦氏(エーワン精密創業者)もうつ病になったという。チャーチル元首相がうつ病にかかっていたことは良く知られている。「特に精神が繊細で、責任感があって、酒を飲んで発散できない人は危ない」と梅原勝彦氏はいう『日経ビジネス2013.4.1』。本来、周りが相応の配慮があるのが治療の定石であるが、当時の職場は全く逆で、毎日が針の筵であった。

 

心の肥満

 高尚なことばかりを聞いていては、心の糖尿病になってしまう。高尚なことではなく、ます小さな善意と気配りの行動を社会に示そう。高尚なことを言っている輩に限って、社会人として大事なことを実行できない。心が肥満で、正しく動けないのだ。

 ある時、某ホテルの玄関前に、人が入るのに邪魔になるような横暴な停め方の外車があった。それは毎土曜日にホテルで開催しているある経営者セミナーの講師の車であった。その会の会長が最敬礼で、その講師の外車を見送っていた。その経営者セミナーの会は、高尚な理念を唱える会であるが、その実態を目撃して目が覚めた。偉そうなことをいう輩に限って、自分自身は社会の最低限のマナーが守れない。そういう輩は、精神が繊細でなく、責任感もなく、気配り心もなく、酒を飲んで発散するので、鬱病にはかからない。それは良き反面教師であった。それを見習って、辛いことがあってもケセラセラと居直ろう。もっと周りを良く見て自分の人生を大事にしよう。

 

図1 集めた鬱病関係の図書

図2 梅原勝彦氏

 

2017-08-28

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

Photo

Photo_2

2017年8月27日 (日)

トヨタ式ダイエットで14kg減(6/7) 血管

水を治める者は国を治める

 水を治める者は国を治めるという。昔から政治を預かるものの務めとして、河川の整備が最大の仕事であった。それができなければ、国は洪水に悩まされ、干ばつに苦しめられ、飢饉になり、年貢は徴収できず、民衆が領土から逃げ出し、国が亡びる。

 

血管の肥満

 人は自分の体内の水の道(血管)を管理しないと、自分の人生を治められない。血管には、動脈、静脈、毛細血管3種類があり、これらの血管の全長は約10万km(地球2周半)の長さにも及ぶ。血液が全身を一巡りする時間は、およそ1分で、地球を2周半している。心臓から送られた血液が、体全身を巡り、血液は、酸素、栄養、水分などを細胞に運ぶ。

 その大事な水路が己の食の貪りで、存亡の危機に瀕している。体に悪い食品を多量に取ることで、水路の壁に汚染物(コレステロールの糟、プラーク)が付着し、その血管の内径が細くなり、血流の流れを阻害する。血管が肥満状態で、正常に機能しなくなっている。その結果が、血を流すために血圧を上げる自己防衛機能が働く。それを降圧剤で、血圧を過剰に下げては、体の自律機能が混乱する。それは体の自動操縦装置と人為的操縦装置の闘いとなる。

 1994年4月26日、名古屋空港で着陸進入中に中華航空140便エアバスA300が墜落した。事故は、乗員による誤操作と、自動操縦装置の反作用により発生した。この事故で、職場の仲間の母親が犠牲となられたのでよく覚えている。血管に血が正常に流れないと、酸素、栄養や免疫酵素が末端まで届かないので、ガンや痛風、認知症、脳梗塞、心筋梗塞、各種の障害が発生する。前記の航空機事故の様である。

 

現代医学の対処療法

 現代医学は、対処療法で、その部分だけを治療する方策をとるが、根本原因の対応はしないので、治療はしても病気は治らない。結果として患部は治りました、患者は死にました、となるのが現代西洋医学である。いわば圧政(薬)で不満分子(患部)を押さえつけるだけである。まるで独裁共産国家のやり方と同じである。インフラの道路(血管)が細くなって、必要な生活資材(栄養素、免疫酵素)が回って来ないので、暴動(病気)という形で、民衆(体)は警告を発しているだけである。

 己は、自身の体の政治を取り仕切る殿様として、名君と呼ばれてその一生を過ごしたいもの。その土台が自分という王国の治水(治血)である。飽食・淫食では、その国が乱れ、国家存亡の危機となる。自制心を無くして、食を貪ると、人生第4コーナでフェンスの激突である。 

 楽其生 保其寿  その生を楽しみ その寿を保つ   『忠経』

 淫其食 乱其命  その食を淫し その命を乱す     百舌鳥

人生最大の目的は、生きていることを楽しみ、天寿を全うすること。己の生業を楽しむこと。食におぼれては、命が危ない。足るを知り、血の道を大事にすれば、長生きができる。親から頂いた命の天寿を全うすべし。全ての血の道は心臓に通づる。

 

冥途行きをドタキャン

 2016年10月12日、体調不良の真因を検証してもらうため、久留米市の真島消化器クリニックで血管に付いたプラークの厚みを測定した。その結果、かなり危険な状態であることが判明した。全身の8か所の血管の状態を検査して、一部の血管は血管年齢80歳と判定された。いうなれば余命5年である。現在、余命5年を40年にするための食事療法、生活改善を取り組み中である。今のままの生活習慣では、冥途行きの特急切符を携帯していたようだ。その冥途行きをドタキャンした。

 

真島消化器クリニックでの診察

 医院では、看護婦からの事前問診が20分、真島院長によるエコー検査が20分、資料説明が10分、エコー検査の写真8枚と食事療法の資料40頁を受け取った。診断のエコー写真まで提供してもらえたことに新鮮な驚きを感じた。全身8か所の血管のプラーク厚みを測定してくれるのは全国で、真島消化器クリニックしかない。

  真島消化器クリニック 〒839-0862 福岡県久留米市野中町1483-4 TEL:0942-33-5006

 私は、過去、数十人の医師から診察を受けたが、対処療法がほとんどで、真因の除去方法として食事療法を指導して頂いたのは、真島院長が初めてであった。

 今まで診断を受けていた病院とその診察対応を比較して考えさせられた。普通の受診では待ち時間1時間、問診3分、医師は患者本人をあまり見ず、パソコン画面を睨めっこしていることが多い。あと「薬を出しておきます」で終わりである。薬で治すことが最優先で、生活習慣や食事療法の指導には及ばない。その結果、私の場合、毎月の薬代が、1万円を超えている。

 

薬の過剰投与

 その薬も長年使われて副作用の少ない安全で安価な薬ではなく、高価で安全性がまだ定まっていない新薬を処方されることも多い。製薬会社も新薬開発で膨大な研究開発費をつぎ込んでいるので、元を取るため医師に取り入って新薬を使ってもらうため工作をしているようだ。病気はすべて薬や手術をすることで治療としている。食事療法や生活指導で薬をなくすような指導はない。それでは、医院の売り上げも、製薬会社の売り上げも減ってしまう。薬漬けにして儲ける体制が出来上がっている。その結果が40年前は10兆円であった日本の医療費は、現在40兆円に膨れ上がっている。患者は減らず、むしろ増えている。なにかおかしい。

 

会社のかかる死病

 会社とは、社員を支え育成に限りない援助を与えてくれる親的な存在である。会社も長く存続すると、それ相応に成熟し安定成長に入る。自然現象として、大事な情報がトップに伝わらない現象である「情報の動脈硬化病」、「組織の硬直化病」という死病がじわりじわりと迫りくる。企業の寿命は30年といわれる。入ったときは若かった会社もいつかは老いる。社会を見渡しても、2000年の雪印乳業の食中毒事件、2001年の三菱自動車のリコール隠し、2002年のみずほ銀行のシステムダウン等、この病気に起因する不祥事が続いている。発病後のトップの発言は不思議と同じで、「そんなことは聞いてなかった」である。情報が流れない情報ルートの詰まり、組織の硬直化といった死病に罹った企業の症状である。そして倒産の危機に面する。病気にかかれば治療する。事前予防をする。当たり前のことを当たり前にするのが自然の理にかなった経営である。その治療が業務改革である。(2003年7月31日記)

 以上を13年経った今の目で見直しても、問題企業の体質は何ら変わらない。最近の燃費偽装問題で、三菱自動車の隠ぺい体質は、13年経っても変わらないことが露見した。人も企業も変わらない。なぜそうなったかの真因を追求せず、表面的な対処療法で済ませるからである。よき反面教師の教えである。(2016年9月23日記)

 

身内というカス

 名経営者と言われた人でも、企業が公器であることを忘れて、身内の人間には甘くなることが多い。その身内の人間が経営者として失格でも、身内ゆえ、切るに切れず、経営の中枢部が侵食されてゆく。そうすると本体の経営がおかしくなる。血管のプラークのように経営の中枢の障害物となって経営情報の流れを阻害する。経営の意思決定の流れの中に付いた不純物は、身内というカスなのだ。身内ゆえに切るに切れない。経営情報という血が正常に流れないので、じわじわと企業の生命力を削いでいく。業病である。かの松下幸之助翁も娘婿の経営者を切れなかった。そのため辞めさせる汚れ役を後進の社長に託したが、反撃され返り討ちにあってしまった。そして松下電器はおかしくなっていった。それは企業が公器であることを忘れた罰なのだ。

 地元の企業でも名経営者と呼ばれた方も、身内におかしな娘婿を入れたがため、経営がおかしくなった。そんな娘婿を選ぶような娘の男を見る眼が問題で、娘の育て方を間違えたのだ。

 

2017-08-27

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

桜田門外ノ変」の検証 (17/28)菩提寺

「桜田門外の変」との関わり

  長松院は彦根を開いた井伊直政公に由緒ある寺であり、観光名所の一つとしても存在する。徳川家の四天王の一人と言われた井伊直政が関ヶ原の戦いの傷がもとで亡くなった時、この地で荼毘に付し、その跡地にお寺を建立したことで長松院が建立された。井伊家の菩提寺としては彦根の古沢町に清凉寺がある。長松院、清凉寺ともに「格地」としての格式あるお寺である。(お寺は格地、法地、準法地、法類で分類される)

 

長松院

 長松院には元彦根藩士の家系のお墓がある。両親の墓と父の母方の祖先のお墓がここにある。また古沢町には母が生まれ育った家がある。父の母方の祖先である北尾道仙のお墓が、4つある北尾家の墓の一つとして、井伊直政公の供養塔の左側から10mほど離れた場所に、単独のお墓として立っている。お墓に刻まれた文字は風雪にさらされて、書いてある文字は読みにくい。2014年当時、私の小田家の墓はその斜め後の1つ通路を隔てた場所にあった。ご縁があり2015年末に新しいお墓に改建した。

 古沢町には、両親が残してくれた借家がある。これは古沢町の清凉寺が土地を市に分譲して、そこに両親が家を建てた経緯がある。いわば井伊家から御恩(禄)を頂いているようなものかもしれない。

 

清凉寺

 清凉寺は禅の曹洞宗のお寺である。観光寺ではなく、禅の修行道場として名高い。清涼寺の名の由来は、井伊直政公の戒名(祥壽院殿清凉泰安大居士)から来ている。佐和山城時代には、境内地には石田三成公の奥方、家老島左近の屋敷があった。

 歴代住職は、井伊家が徳川幕府の重臣としての権勢で全国から高僧を請じたので、悉くその時代における第一流の和尚ばかりであったから、修行道場として名声が高かった。井伊直弼公は、13歳より清凉寺で参禅され、21世道鳴和尚に禅と学問の手ほどきを受けた。そののち17歳から27歳まで、後任の住職師虔和尚に鍛えられ、高僧23世仙英和尚の元で参禅が仕上げられた。井伊直弼公は自分の住居の埋木舎にも座禅の間を設けて修行に励んだ。安政の大獄のさなか、住職と相談して戒名を受け、位牌を生前に作り、桜田門外の変の年の正月には自分の肖像画に歌を書き、清凉寺に納めた。井伊直弼公はここに参拝してから、江戸に発った。井伊直弼大老は、その年の3月3日に桜田門外の雪に散った。

 

恵峰師が清凉寺を訪問

 清凉寺住職の奥様に、松居石材商店の松居保行さん経由で馬場恵峰先生の訪問をお願いした。2015年11月28日、中部国際空港に着いた恵峰先生を米原経由の新幹線で彦根にお連れして、清凉寺を訪問した。馬場家のご先祖が武田家で、井伊家の赤備えとご縁があるからである。ご挨拶だけの予定であったが、客殿で応接を受け、本堂の奥まで案内をされた。私は初めてみる内部の荘厳さに驚嘆をした。将軍家の最側近である最高権力者の菩提寺である。華美ではないが厳かで壮大な造りである。この御本蔵の釈迦牟尼佛は運慶作と伝聞されている。観光寺ではないので、そのお姿は遠くからしか拝顔できなかった。

 井伊家歴代当主が祀られている奥の祭壇に案内をされて、しばしその荘厳さに圧倒された後、井伊直弼公や歴代の井伊家の菩提が祀られている御所の横にある武田家家臣の100以上の位牌が祀られてる部屋に案内された。突然の元武田家家臣の位牌の列を目前に見て、恵峰先生がただならぬ雰囲気で合掌された。私もあわてて合掌させていただいた。これは完全に虚をつかれたご縁の出現であった。佛縁により招かれたご縁であったと思う。

 武田家が滅んでから1582年の今川協定で、武田家の家臣120名を井伊直政公が井伊家に受けいれたという。井伊直政が進言して、勇猛な武田家の家臣をそのまま野に放つと戦国の乱の種になり不満分子を世に作ることを防いだという。知恵ある危機管理方策である。そこから、井伊家が武田家の赤備えをすることを家康公から授けられたという。

 

天童寺とのご縁

 奥の本堂に至る回廊に、中国の絵佛師・王峰が描いた佛画が掲示されていて、いつも長崎に先生宅で見ている作者と同じだと直ぐに気がついた。奥様に聞くと、清凉寺の行寛さんが中国に行ったとき、3枚買ってきて、その内の1枚を1階に飾ってあるという。素晴らしいご縁であった。恵峰先生は、中国の天童寺に6回も参拝されておられる。清凉寺の住職さんも天童寺に行かれたことがあるという。また清凉寺の住職が横浜の総持寺も勤められたこともあるとのこと。先生ともそのご縁に驚かれた。

 天童寺は、遣唐使の着いた港として日本に結ぶつきの深い古都・寧波にある中国の中でも有数の禅宗寺院である。唐の僧方璇が開元20年(732年)に建立された。北宋代以後、高僧が輩出。臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖である道元もここで修行をつんだ。

 2014年6月、恵峰先生は空海が修行をされた清龍寺で、お弟子さん達をつれて写経会をされたのも仏縁である。恵峰先生は清龍寺を13回ほど訪問されておられるとか。寛旭和上管主とも親密である。当時、私も写経ツアーに誘われたが、目の手術の関係で断念した経緯がある。書家で、恵峰先生ほど写経をされた方もおられまい。2015年、私は先生の写経の軸56枚を撮影して製本にしてまとめた。

 

 

図1 清涼寺全景

図2 書は井伊直愛氏

図3 説明看板

図4 客殿

図5 本堂

図6 修行道場

図7 井伊直政公のお墓

図8:馬場恵峰先生宅  2014年11月13日

   頭上に掲げられた王峰作佛画 敦煌57密菩薩

図9 清龍寺 寛旭和上管主に写経を4巻奉納

    2014年6月26日  福田琢磨氏撮影

 

2017-08-27

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

1

2_2

3_2

4

5

6

7

8

9

55年間の加減乗除

人生経営の中間決算後

  2016年3月4日、謝恩の意味を込めて中学の時の恩師・子安一徳先生と会食をしたら、今度の4月に中学の同窓会があるとの情報を教えて頂いた。中学を卒業してから住所を数回変わっているので、同窓会の案内が届いていなかった。ご縁として早々に幹事に連絡を取り参加を決めた。

 

妖怪変化

 2016年4月23日の同窓会で55年ぶりに会う仲間の顔は、記憶の忘却と体形と顔の変貌で見分けはほとんど不可能であった。かろうじて憶えている名前で名札を見て確認し、その仲間をその変貌振りに驚嘆するばかりである。当時58kgであった精悍な柔道少年が、95 kgの肥満体に変貌している様は半世紀の年月の流れを感じさせる。女性は男性以上に変貌が激しくて記憶が全く役に立たない。 自分のクラス44名中で、8名が既に他界していた現実には考えさせられる。多くの知っている昔の学友の名前の欄に「亡」との記載があり、愕然とした。生きていることと健康の有り難さをつくづくと感じた。

 

ローリング ストーンズ

 今回の中学の同窓会では昨年の高校の同窓会ではあまり感じなかった人の成長の差のばらつきを感じた。65年も人間をやってきて、中学生の頃とあまり変わっていない人格に、成長のなさを感じた人も多くいた。佛様が55年間に与えた試練をどう受け止めたかが垣間見れた再会であった。開けている大垣ではあるが、地元で田舎の風習に染まって育ち、外の文化に触れなかったためか、宴会でその天性爛漫な性を露天し成長していない様を出す人が多くいた。外の空気に触れる大事さを感じ、自分の成長の位置づけを感じることが出来、あちこちと流されて多くの経験を与えられたことに感謝をした次第である。

 宴会に後半になり、宴会会場でカラオケ大会が始まり小時間ほど大騒音の中の宴会場となった。騒音のため歓談もままならぬようになったので、暫く外のロビーでそこにいた仲間と雑談をしてすごした。会場の多くの人がカラオケなど聞いてはいないのだが、歌う者だけが盛り上がっている。こういう場でのカラオケ大会は初めての経験である。65歳にもなってこういう場でカラオケ大会を企画する神経と、歌って自己満足して、人と場の空気を読めない神経に幼さを感じた。幹事たちの閉鎖的な成長していない田舎の感性を感じて、50年間の人生試練の加減乗除の差を感じた。歌いたい人は別室で自分達だけで楽しめばよい。多くの人が歓談したい場では、カラオケはご法度である。それは音の暴力である。それが分からない人に説法をしても始まらないので、そっとその場を離れるのが賢明であろう。

 

佛様からの問い

 この場の状況が現時点の現実である。思わず彦根市の天寧寺の五百羅漢像を思い浮かべた。行けば必ず己に会えるという五百羅漢である。55年が経過した同級生の姿が五百羅漢である。そこに己とそっくりな姿がある。55年間、仏様が遠火で熟成した結果が今の姿である。目の前の相手は、己を写す鏡である。現実を冷静に見つめたい。それを見て自分はどうするかが、佛様から己への問いかけである。まだ人生軌道を修正する時間は残っている。

 

図1 1961年3月  大垣北中学校 Jクラス 卒業アルバム 

    中央は子安一徳先生、3列目中央が著者

図2 2012年11月18日  恩師の子安一徳先生と再会

    大垣文化連盟の応接室で。大垣文化連盟の理事長で現役

図3 天寧寺の五百羅漢(彦根市)

 

2017-08-27

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

    

11961

 

3

2017年8月26日 (土)

天皇皇后両陛下の行幸啓

 2012年12月5日、天皇皇后両陛下が21年ぶりに大垣に行幸啓された。当初、岐阜国体の後の訪問予定が台風19号の影響で中止になり、京都で明治天皇の100年の祭事をされた後の帰京途中でのご訪問である。沿道には大勢の市民が出迎えて、何処にそんなに人がいたのかの大騒動であった。大垣市の人口は16万人余、静かな中核都市で、昼間は街中をそんなに人は歩いていない。ところが、市民28,000人のお出迎えと物々しい警備の警察官1,000人の出現である。両陛下はスイトピアセンターの学習館で昼食をされて、以前に叙勲をされた方などとお会いになり、その足で「奥の細道結びの地記念館」へ向かわれ見学された。皇后陛下が「奥の細道」の史料に興味を示され、そのための訪問であった。記念館では塩村耕教授が大垣と松尾芭蕉の関わりなどを説明し、皇后陛下は奥の細道の写本に興味を示され、季語に日本の良さが表れる俳句の魅力のお言葉を述べられた。

 

写真撮影のご縁

 私は天皇皇后両陛下のお顔を直接、拝顔する機会は、還暦を迎えるまでなかったので、カメラを携えて沿道に並んで、旗を持ちお迎えをした。10時より15時までの5時間を要したが、寒風の下、二度、3mの至近距離でお顔を拝顔できたのは、幸運であった。特に皇后陛下の気品には、圧倒された。まるで観音様の趣である。日本国の父と母であると改めて実感した。早々にA3サイズにプリントして額に入れて自宅玄関に飾った。

 お出迎えとお見送りの二箇所で、約百枚の写真を撮影した。警備の警察官の説明では、お迎えの人達の前は低速で走るとのことであったが、実際は結構早い速度であり、デジカメTZ30では、1回しかベスト撮影ができなかった。急遽、家にとって帰り連写毎秒8コマの一眼レフEOS 7Dを持ってきた。しかしお見送りの撮影時では、場所的に逆光で、構図的にもピント的にもよい写真が取れなくて、結局、最初の1枚がベストショットの写真となった。その一枚も、自分がシャッターを押したのではなく、仏様が勝手にシャッターを押したとしか思えない出来栄えであった。ご縁を感じて、購入したばかりのレーザカラープリンタで、A3サイズにプリントしてご縁のあった多くの皆さんに配布した(約30枚)。

 2016年(平成28年)8月8日に、退位のお気持ちを表明され、結果として現天皇陛下として、大垣の地で、まじかにお顔を拝顔できたのは、今にして良きご縁であった。もうこういう機会はあるまい。定年延長せず、大垣に帰郷したことの結論が正しかったとの仏さまの啓示として受け止めた。(2017年現在)

 

写真の意味

・両陛下が車窓の中に入っている。撮影時が0.05秒でもずれていたら、車のセンターピラーが邪魔してどちらかの陛下のお顔が隠れてしまう。

・両陛下が程よい明るさである。柔らかい光の中に浮かんでおられる。

・右下の旗も意図せずに写っていて、日の丸も欠けていない。

・皇宮警察の白バイもベストの位置である。御料車とラップしていない。

・車の位置もベストである。(車の全景だと御料車の写真となる)

・菊の御紋章の旗もベストである。

・背景に3本の楠木(大垣市の象徴の木である)の配置もベスト。

 

撮影地のご縁

 撮影する時は、無我夢中で周りのことまで気が回らなかったのが現実である。本来、スイトピアセンター学習館の前の歩道から両陛下が降車される所を撮影したかったが、2時間前には人垣ができており、やむなく学習館西側の道路に移動をした。それが結果として幸いした。当初の場所は、逆光になりうまく撮影できないのだ。移動した場所は順光となり、幸いであった。また場所的にも8階建の学習館の日陰となり、ライティングとしても柔らかな配光で、両陛下のお顔がうっすらと浮かび上がる厳かな雰囲気となった。毎日の散歩と学習館隣接の図書館学習室へ毎日通っているお陰で、撮影地点の地理が頭に入っていた。

 

後日談

 写真の出来が良かったせいか、この御真影を「奥の細道むすびの地記念館」に提供して掲示してはとの意見があり、早々に記念館の窓口に行き、写真を提供した。後日、自宅に責任者からお礼の言葉と共に展示スペースの関係で展示できない旨の断りの電話があった。展示スペースの言い訳は、明らかな方便であることが分かった。記念館の壁一面に今回の行幸啓のお写真が、36枚展示されていた。スペースの問題ではない。今回のイベントでは、市の職員かプロの写真家が天皇皇后両陛下の写真を撮るお役目が決まっていた。そこに素人が撮った写真が提供されては困るのである。いくら良い写真でも。市の撮影担当者と展示写真の選択をした担当者も、立場がなくなるのであろう。面子を重んじ柔軟性に欠けるお役所仕事ぶりが、大垣駅の駅前通りのシャッター通り化防止の取り組み等の遅々とした現状や、行政指導で行うべき日本経済活性化のネックになっていると感じた。

   

図1 お出迎え時の注意を説明する警官

 説明の警官が、沿道に10m間隔で配置されて、10分間ほどの頻度で、下記の注意事項を繰り返し説明する。

  1. 御料車通過時は、前に出ない・押さない
  2. 御料車を追いかけて一緒に走らない、
  3. 旗の振り方は上品に小ぶりに
  4. (横の人に迷惑にならないように)、
  5. Z車が通過するまでその場を動かない(怪我防止) 

図2 ご到着5分前通報車

図3 ご到着3分前通報車

図4 ご到着1分前通報

図5 先導の皇宮警察白バイと先導車

図6 御料車 スイトピアセンター・学習館の西側にて

図7 次ショットでは後姿しか撮れない

図8 報道関係者バス1号

図9 報道関係者バス2号 

図10 随走車

図11 Z車が通過

 

2017-08-26

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

1_2

25

33

41

5

6

7

81

92

10

10_2

 

トヨタ式ダイエットで14kg減(2)方針(改定

 どんなプロジェクトも方針、基準が明確でないと成功しない。私はトヨタ生産方式でダイエットを進めた。その原点は豊田佐吉翁が定めた豊田綱領にある。

 

豊田綱領

豊田佐吉翁の遺志を体し

一、上下一致 至誠業務に服し 産業報国の実を挙ぐべし

一、研究と創造に心を致し 常に時流に先んずべし

一、華美を戒め 質実剛健たるべし

一、温情友愛の精神を発揮し 家庭的美風を作興すべし

一、神仏を尊崇し 報恩感謝の生活を為すべし

 

 豊田綱領を発表した1935年10月末は、G1型トラックの発表を翌月に控えた時期にあたり、自動車事業をやり遂げるための心構えを示したとも解される。自動車産業の確立を通して、社会経済の発展に寄与するという「産業報国」の目的を明示するとともに、技術開発に努めて、さらに自動車を進化させていくという「研究と創造」の決意を表明したといえよう。

「トヨタ自動車75年史」より

 

 トヨタ綱領の戦術としての具体的展開が、カンバン方式、現地現物、なぜなぜを5回繰り返す、PDCA,VA,無借金経営、視える化、アンドン方式、5S(整理整頓清潔躾)、無駄の排除、工程の平準化、高品質、適正価格、である。

 NHK「ためしてガッテン」のディレクター北折一氏が自らの体を実験台にして編み出した「メタボ脱出法」(『死なないぞダイエット』メディアファクトリー (2009年) 1200円)の方法も応用して、自分の体でトヨタ生産方式ダイエットを実験した。結果として7ヶ月間で体重を14kg削減できた。

 

自身の体の経営者として

  標準体重の基準値をオーバーするのは赤字経営と同じ

  それが3年も続くと、倒産の危機です

 

 我々は神様から体を借りてこの世のひと時を過ごしている。本当の自分は精神(頭、心)であって、体は自分ではない。病気になったら、「ああ、お借りしている体の使い方が悪くて故障しているんだな」と思うべし。この世で有意義で価値ある人生を送るには、最大の資本財である体を大事に使わないと、神佛様がバチを当てる。体の大家さんは神佛です。

 会社の経営者、管理者なら、自分の体が管理できなくて、なんで会社の経営、部下の管理ができるのか。そこからが経営者のマネジメントの出発点です。

 肥満とは、会社に例えれば倒産の危機にある状態といえる。リストラをして、一部門だけ改善すれば、会社が良くなるわけではない。会社の全部門が協力して、改革に取り組まない限り、会社の改革は成功しない。同じことがダイエットにも言える。特定の食品の摂取だけや、食事制限だけ、運動だけとの対応は、部分最適で、全体最適ではなく、体のリストラは成功しない。ダイエットは業務改革、全面戦争と思って取り組むべだ。

 

標準体重からの乖離量は、自分の会社の経営の贅肉の量に比例する。

標準体重からの乖離量は、肉親に対する愛情の深さに反比例する。

                                       人生での行動力

機械工学の観点から体重を見ると、下記の第一運動方程式が当てはまる。

 

 F=m・α  ( F:力  m:質量(体重) α:加速度)

 

 つまり、身軽に行動するには質量を減らすか、加速度を増やせば、少ない力で素早い動きが出来ます。第二次世界大戦初期に驚異的な戦果を上げたゼロ戦は、非力なエンジンにもかかわらず、徹底的な軽量化設計で質量を減らし、結果として得られた優れた運動性能で敵の戦闘機を圧倒した。自分の体が身軽であることは、人生の行動で、他よりも優位に立てる。ビジネスは戦いである。何かをやるのに、どっこいしょ、と体を動かすようでは人生の勝利者にはなれない。活動的な状態を維持するには、思いついたら、すぐ実行をする、すぐ現地に飛ぶ、である。人生の最大の敵は、自分の怠惰な考えと結果としてなった重い体なのだ。

 

自分の収支バランスを知る 

下記のグラフは私のカロリー消費状態

 約141日分の自分自身の摂取カロリーと消費カロリーのデータから、体重がどの程度増減するかを統計計算の二次回帰分析使って自分の体で実証してみた。毎日の摂取カロリーと体重変化をグラフにして、体重変化を記録した。そのため、各食物のカロリーは頭に叩き込んだ。

その結果、1日の摂取カロリーを現在より約400k㎈減らさないと、体重の増減がバランスしないことが判明した。北折氏の著書によれば、倹約型の遺伝子が節約するエネルギー量は、1日に普通100~200k㎈だが、私の場合ダイエット中で、体が超倹約型状態になっているためか、400k㎈もの節約量となっていた。つまり、見かけ上で収支ゼロカロリーなら、1日当たり約300gの体重増となってしまう。また過剰摂取カロリーによる実際の体重の増減は、理論的な体重の増減よりも大きな変化を示す。

 

〔一日の過剰摂取カロリー量〕=〔一日の摂取カロリー量〕-〔1日の総消費カロリー量〕

〔1日の摂取カロリー量〕=1日の3食と間食の総摂取カロリー量

〔1日の総消費カロリー量〕=〔基礎代謝量〕+〔DIT〕+〔生活代謝エネルギー〕+〔運動エネルギー〕

〔基礎代謝量〕=生きていくために最低限必要なエネルギー。体重計で表示されます。

〔DIT(食事誘導性熱産生)〕=咀しゃくや消化、吸収、代謝など食事にともなうエネルギー消費≒〔基礎代謝量の約14%〕

〔生活代謝エネルギー〕=万歩計で消費カロリーとして表示されます

 

図1 一日接種カロリーと体重変化の関係

図2 ゼロ戦 スミソニアン博物館 1994年8月

 

2017-08-26

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

1

2

インプラント 36(人相)

3.36 人相・しぐさ占い

  かかった歯科医院のデンタルガイドブック、新聞チラシに掲載された院長の写真を見ると異様な印象を受けた。腕を組んで斜めに構えてこちらを見据えている姿、異様な口の開き方をした表情の写真が掲載されている。腕を組む姿勢のボディーランゲージの意味は相手への「拒否」である。湾岸戦争の時、フセイン大統領が捕虜の英国少年に自国の「慈愛に満ちた」活動のPRのため話をしようとする姿を放映したが、少年はフセイン大統領に対して腕組をして、黙って拒否反応を示した。さすが大英帝国の末裔の少年だと全世界のマスコミが、ボディーランゲージの意味を解説して賞賛したのは、1990年頃のことである。

 斜めにこちらを見据えている視線も異様な感じを与える。私も会社案内書、会社決算報告書での社長の写真等で千枚枚以上のトップの写真を見てきたが、こんな視線のトップの写真は見たことがない。顎を少し上げ、見下したような視線が哀しい。姿勢もふんぞりかえっているような印象を受ける。

 口の開き方も、どんなメッセージがあるかは不明であるが、少なくとも笑みの口の開き方ではない。口の両サイドが下がり幾分下に反り返った口の形が不快感を与えておる。笑顔は口の両端が上がっているもの。写真を見る相手に「拒否」の姿勢でふんぞり返って、斜め上からの視線で、患者に何を伝えたいのか、疑問を与える写真である。

  

新聞のチラシでの違和感

 新聞のチラシにもこの院長写真が使われていたが、全体印象が異様である。さらに、その用紙がパチンコ店の広告より質の悪い紙で、極めて低俗な安っぽい印象を受け取った人に与えている。提供する紙の質も大きなメッセージを与えている。その前提として、歯科医院の広告を新聞チラシで行うこと自体、疑問を感じる。医療は特売するような商品ではない。そんなに儲けたいの? インプラント手術が医療行為ではなく、審美観治療と思えば納得はできる。

 

己の姿とは、己の積善積悪の証し

 人はいつも見られている。特に社長や上に立つ人と言われる人は衆人の注視の的である。その目を胡麻化そうと意識しても、自ずと己の全てが曝け出されてしまう。今まで数十年かけて育成してきた己の姿である。小手先での誤魔かしは効かない。今からでも遅くないので、自分を真摯に育成するしか、対応方法はない。

 

2017-08-26

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

Photo

2017年8月25日 (金)

何事も上手になるには好きで継続、時を活かせ

1.実行してみたら出来るかも知れないのに、なさず学ばず・・・歳月流れ老化道、早く気付いて、老華輝く道歩み幸つかめ。

2.手の三分、練磨の繰り返し、目で三分を覚え、脳裏に刻むこと、そして耳から学ぶ。四分が最強の力、糧となり充実する。

3.多忙でも時間活用心得て何事でも基本をしっかり学び身に付けることだ。

4.続けていると、自然にいつかは好きになるもの。

又、忙中に自然その時間も生まれてくる。

5.習字(自)-書道―書芸と進歩せよ。

6.字は苦手だ・・・と学ばないまま、生涯つかまず成果も残らず心寂しいものである。優劣ではなく、希望を持ち活動を。  

 平成29年夏91翁恵峰

 2017年7月20日、馬場恵峰先生宅を訪問したとき、素敵な文言の書を見つけた。少々サイズが大きすぎたので、お願いして所定の色紙に書いてもうことにした。その書が、昨日(8月24日)、宅配で届いた。その文を掲載します。この文の内容は書の分野だけではなく、どの分野でも当てはまる言葉である。これからの人生で、この言葉を大事にしていきたい。著作権の関係で写真が掲載できませんので、文章のみ掲載します。

2017-08-25

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

 

トヨタ式ダイエットで14kg減(1/7) 総括(改定)

 ダイエットは健康問題ではなく、経営の問題である。経営者としての危機管理の問題である。たかが己の体重管理ひとつができなくて、なんで会社の経営ができるのか。目の前の小さな変化を見逃して、何で経営者なのか。私は経営診断で、社長の肥満度を見て、その会社の経営の重要参考データとして観察している。米国では、肥満者は管理能力がないと見なされ、管理職失格である。

 ちなみにダイエットとは痩せる意味もあるが、真意は「食餌療法・処罰」(ランダムハウス英和辞典)である。お相撲さんは強くなるために、ダイエットとして体重を増やし、そして自然の理に反した体重増で短命となる。この世では最高のことしか起こらない。肥満になる生活をして、起きた最高の事象が肥満なのだ。喜ばしいことだ。それで太らなければ、自然の理に反する事象となり、神仏が差配する「天会社」の経営が成り立たなくなる。

 

 2010年、還暦の歳を迎えた機に、体の整備として、トヨタ生産方式を活用してダイエットに再チャレンジした。2010年1月から7ヶ月間で体をスリム化して、定年退職の日には標準体重を達成した。ダイエットは200人に1人しか成功しない。このダイエットの成功の最大の成果は、まだまだやれる自分の再発見と生きる力の獲得である。一時、落ち込んでいたが、第二の人生を歩む上で自信を取り戻した。

 

体重を14kg減    (77 → 63Kg)、

体脂肪率で6%減  (25.8 → 19.7%)、

おなか周りで14cm減 (96 → 82cm)

BMI 22        (26.7 → 22.1)

 

 7年後の現在(2017年)でも、少しリバウンドだが許容値内で(67 Kg)、心身とも身軽になり、総コレステロール値を始め、人間ドックの検査結果の要注意項目が激減した。また嬉しい出費として、スーツ、ズボン類がほとんど買い直しとなった。今までは太ってスーツが着られなくなるのを「脱皮」と称して、笑って誤魔化していたが、今回は真の脱皮となった。新しい出発に際し、体の贅肉が取れて身軽になった。

 

茹でかえる現象

 体重が長期間にわたり微増し続ける変化は、茹でかえる現象である。知らず知らずのうちに、内臓に脂肪がたまり血圧が上がり、肝臓に脂肪肝が増え、体の細胞が死の岸に押し流されていく。毎日毎日が、小さな変化なので気にならず、意識もなく時が過ぎ去っていく。38年前の入社時には58Kgであった体重は、年々徐々に、かつ順調?に増え、一時80kg弱まで増えた。入社から10年間ぐらいの自身の写真を見ると、どこのスマートな青年かいなと、我ながら笑ちゃいます。まさに「命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに縦証跡なし」(修証義)である。今まで何回もダイエットに取り組み、数キロは痩せるが、すぐリバウンドしてしまった。今回は病気によるご縁を引き金に、新たな決意と視える化による科学的・経営的な取り組みが功を奏した。

 

ダイエット成功者

 『ワシントン・ポスト』の調査によると、アメリカでは過去70年間で、26,000種のダイエット法が発表されたそうだ。それらのダイエット法で成功した人は、200人のうち10人。つまり成功率は5%。この場合の“成功”というのは、いちおう「目標体重に達した人」という意味だ。100人のうち95人が目標体重に達する前に挫折する。理由は「ダイエットを続けられないから」。

 そして、わずか5%の「成功者」の中でも、その後も体重の維持に成功した人は、200人のうちでわずか一人。たった0.5%しかいない。ダイエットの失敗というのは「やせられないこと」ではなく、「続けられないこと」なのだ。いかに持続することが難しいかがわかる。

『いつもでもデブと思うなよ』岡田斗司夫著(新潮新書)

 

ダイエットのきっかけ

 2009年末、私は社内保健婦S氏から特定保険指導対象として、体重と万歩計値をWEB上で管理される身となった。昨年病気をした件もあり、本気でダイエットに取り組むことになった。これを機に5年前購入の100g単位の体重計を、50g単位の体重計に更新した。前機種は測定値が不安定で閉口したが、今回のT社の体重計は1万円余の値段なのに、何回計っても同じ値が表示される高性能さである。これは技術進歩なのか、メーカ差異かは不明だが、ダイエットのモチベーション維持には大きな力となった。前日の悪行(食べ過ぎ)と努力(節制)が、即、数値で表示される。この効果は大きく、1万円の投資はすぐ元が取れた。また体脂肪率(体脂肪量)、骨量、基礎代謝、筋肉量、内臓脂肪レベル、体内年齢の表示機能もあり、その推移をグラフ化して視覚で納得するのもダイエットのモチベーション維持に大きな力となった。

 

母の死

 私は母を42歳の時に亡くした。享年69歳、平均寿命から見て早すぎる死である。母は太っていて、私が健康上から、もっと痩せろと口すっぱく言っても、母は「食べたいものを食べずに、長生きなどしたくない」と聞く耳を貸さなかった。

結果的に肥満からくる高血圧で、脳内出血で倒れ、最後は脳梗塞で亡くなった。亡くなる前の5ヶ月間は、意識がなく、眠るがごとく逝ってしまった。この間、就業後の深夜、刈谷から大垣市民病院まで(80kmの距離)車を飛ばして通ったのだが、意識のない母を見舞うほど、辛く情けないことはない。面会しても意識のない母の顔を見るだけ。全く反応がない。看護していた父はもっと辛かったろうと今にして思う。こんな見舞いがいのない、辛い見舞いはない。見舞いに行っても母の反応があれば、まだ慰めがあるのだが、全く反応のない母の顔を見るのは辛いものだった。

 親としての健康管理は家族・子供に対する責務です。特に肥満は発病の大きな原因の一つで、突然死や脳溢血の発生率が数倍に跳ね上がる。だから肥満の解消と健康管理は、親としての責務なのです。

親の早死にほど、子供にとって不幸なことはない。還暦を過ぎて、両親が健在の友人をみると羨ましくなる。親として子供がかわいければ、自分が健康管理をして、長生きしてあげるのが、最大の「孝行」です(「孝」の字は、大人を意味する「老」と「子」から構成されています)。子供に残して喜ばれるのは、財産よりも親の長生きです。親を失って初めて、また還暦の歳を迎えてその価値がわかる。でも、その時には遅いのだ。母が逝ってから、今日で18年が経った。今日は母の命日です。         (この項2010年12月9日 記)

 

図1 体重、体脂肪率、体脂肪量の変化 (2010年1月1日~7月12日)

図2 人間ドック数値の推移

図3左 大学の実験室で(左) 1972年 58kgほど

   今見ると笑っちゃいます。なんとスマートな青年! 

図3右 ミシガン大学セミナー参加時 1997年

   なんと肥満な体形! 米国の食事を飽食して80kg超えと推定

 

本稿は2010/07/12初稿、2017/08/25第3版

2017-08-25

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

1_2

2_2

19691977_2