c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2019年5月 5日 (日)

吸血鬼が日本上空を舞う

悪魔のサイクル

 日本の劣化が止らない。アメリカ、中国、アジア諸国は成長しているが、日本は相対的に衰退である。日本人の給与は下がる一方である。少子化も止まらない。若い人の給与が下がって、結婚もできず子供が産めない。子供の数が増えたのは東京だけで、他はすべて減少である。若者が増えず、老人ばかり増えて、年金、介護費用、医療費がうなぎのぼりである。日本社会は悪魔のサイクルに陥っている。

 一億総中流化は昔の高度成長期のお話しだ。今は若い人が車も買えない。企業も目先の金儲けに忙しく、基礎研究を放置し、技術論文数も増えず、中国や新興諸国に負けている。それでいて、日本だけがガン死が急増である。それに政府は手を打たない。政府の官僚も利権に目が眩み劣化したのだ。

 

悪魔のサイクルの原因

 その原因は、若い人の生き血を吸う吸血鬼が繁殖してきたからだ。吸血鬼とは、拝金主義者、利己的官僚、国のことを思わない官僚・役人、成果主義・グローバル経済主義の経営者・中間管理職である。

 

衰退の原因 = 吸血鬼の繁殖

 現在の日本企業が衰退した原因は、社員への教育投資を怠ったためである。1992年、バブル経済が崩壊し、経営者は未来の投資を放棄した。教育を放棄した現場責任者は、未来のある若人の生き血を吸って、自分達の成果にしていた。これを吸血鬼という。これでは会社の未来は暗いし、この弊害はボディーブローで効いてくる。気づいたときは手遅れである。だから日本経済は、バブル崩壊以降、成長なき27年間が流れた。成長するには、教育に投資をしなければならない。

 

昔の人事部の教育 

 私が入社した高度成長期の1973年は、会社も教育が充実していた。入社時、人事部主催の入社時の導入教育以外に、職場配属されて約2週間の技術部での受け入れ教育があった。当時は教育部もあり、人材に育成に力が入っていた。時は流れて、現在(2005年)は人事部に人材育成グループがあるだけである。それは2019年でも変わらない。

 

新人技術者教育を担当

 2000年、私は部品企画部に異動になり、技術部門の新人技術者教育として、約2週間のカリキュラムを組み、新人教育システムを立ち上げた。6年間、その教育を継続した。私も9講座を受け持ち、教壇の先頭に立った。その一つが「修身」であった。ビジネス文書の書き方(テクニカルライティング)にも力を入れた。2006年の合併後も2年間はそれを継続した。

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初級技術講座カリキュラム(青部が私の担当)

開講式、オリエンテーション 

ビジネス文章の書き方       

IT時代のナレッジと自己研鑽        

製図規格  (選択講座)   

安全作業の基本    

**技術概論 ポンプ及び流体理論     

**技術概論 ギヤ・バルブ  

**技術概論、設計技術   配管・**

**技術概論 電磁弁・その他バルブ   

3D-CAD教育  (選択講座)       

3D-CAD教育  (選択講座)       

3D-CAD教育  (選択講座)       

2D-CAD教育  (選択講座)       

2D-CAD教育  (選択講座)       

配管プログラム     (選択講座)      

2D-CAD教育  (選択講座)       

3D-CAD教育  (選択講座)       

3D-CAD解析教育  (選択講座)   

3D-CAD解析教育  (選択講座)   

**J技術概論    

**技術概論/車両駆動システム動向   

営業活動の概要    

危機管理の基本(情報、機密管理、安全)        

電子メールの書き方

修身(仕事の論理)

**技術概論 メカ概論     

**技術概論 モータ(メカ) 

ECUの基礎(ハード)

ECUの基礎(ソフト)

**・**概論    

**部品評価試験の基礎     

ギヤ 設計技術    

ポンプ設計技術    

ポンプ評価試験    

ギヤ 評価試験    

計測管理・精密測定法       

原価の知識        

語学(英語)の勉強方法     

技術者の文書作法・演習・添削        

特許の知識 (駆動関係)    

VE・VAの知識 (駆動関係)       

自動車部品事業部の概要と歴史        

調達のしくみ      

「当社の生産のしくみ」と「部品表」  

品質の話

トライボロジーの基礎       

車両駆動システム動向       

特許の知識1     

特許の知識2     

特許の知識3     

特許の知識4     

特許の知識5     

修了式・役員講話 

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 「修身」の講義 2004年  講師は著者

 

崩壊

 しかし私がその職を離れた後、後任のT室長はその新人教育システムを破壊した。彼は教育に極めて不熱心で、自分が楽をするため、その教育プログラムが多すぎるとして、K事業所の研修センタでの泊り込み研修をやめ、テレビ会議システムで講義をすませ、講座数も激減させた。現在は技術管理部署としては、半日の担当だけの受け入れ教育に激減させ、あとは全社のテレビ会議システムの技術教育プログラムに乗っかり、新人教育を放棄した。

 

テレビ会議システムでの講義の弊害

 講義や講演のビデオでは、テーマの裏にあるパッション(情熱)は、受講生に届かない。ナレッジはビデオでも伝えられるが、パッションは直接相手と対峙しないと届かない。人はナレッジだけでは動かない。それにパッションが加わると、大きな力となり、人に考えるきっかけと行動する力を与える。

 

成果主義の弊害

 我々の世代は、先輩が新人のために、汗をかいて手取り足取りで教えてくれていた。ところが成果主義、成果主義が浸透し、部下に教えると、自分の時間を無くなるし、自分の職が脅かされるとして、教えなくなる傾向が増えた。

 特に日産では、ゴーンの経営方針で、激烈な成果主義が浸透し、部下に教えると、自分の職位が脅かされる危険を感じて、部下を教えなくなっていった。昔の日産の風土が無くなったとОBが嘆いていた。それが日産衰退の原因であった。 

 個人の最適化で、私の後任のT室長は、自分は楽をして、全体不最適化の体制としてしまった。これを経営用語で「合成の誤謬」という。そういうことをうまくやる人間が偉くなっている。なにせ教育に力を入れても管理課の室長として、手間ばかりかかり、出世には邪魔と考えるからである。

 

グローバル経済主義・成果主義という病

 欧米のグローバル化とは、他人に面倒な仕事を押し付け、自分は楽をして成果だけ貪るシステムである。教育とは、自分の世代には決して成果とはならない損な役回りの仕事である。私はその損な役割をお役目として受け入れていた。誰かがやらないと、未来の会社が回らない。不幸なことに、直ぐには問題が顕在化しないので、それですんでしまう。成果主義では、教育の成果は次世代なので、やった教育者は、決して評価されない。だから誰もやらない。そういう悪循環で、私が32年間勤めた会社は左前になってゆき、2005年に吸収合併され、消えた。

 

吸血鬼経済

 今の教育を放棄した技術管理部の責任者は、未来の若人の生血を吸って、自分達の成果にしているのと同じである。これを吸血鬼という。これでは会社の未来は暗いし、若人に申し訳がない。この弊害はボディーブローで効いてくる。気づいたときは手遅れである。

 私が会社の技術広報誌の編集責任者として原稿を集めていたが、基幹の事業部の技術部からの原稿が全く出てこない。今までの体制がそれを生んでいると思う。それが一因となり前任者は長期休職に逃避した。このため私が編集責任者にさせられた。これが、成果主義での技術開発での結果である。

 

人に投資をしない日本企業

 この現象は日本がグローバル化の波に表れ、人に教育投資をしない。それが全企業に及んでいる。そこに日本の不況の一因がある。教育に金をかけている企業は伸びている。

 肝心の投資を海外(中国、アジア)に投資をして、日本への投資を削減すれば、ブラーメンのようにその経済力が日本に及んでくる。ますます日本は衰退していく。それが分からない経営者が、日本企業を経営している。世も末である。

 

ご神託の愚

 毎年の会社経営方針で経営者は、「教育は大事である」と御託を述べる。しかし不況のとき、真っ先に削減となるのが教育訓練費である。この40年間、その傾向は変わっていない。私は管理部門の長としてずっと泣きを見てきた。

 それは日本の企業が、1992年のバブル経済崩壊以後に取った経営方針なのだ。バブル崩壊までの高度成長期は、教育費は増えていた。だから日本は成長した。

 バブルがはじけ、日本経済はデフレになり、成長できなくなった。人の投資をしなくなったので、成長できないだけなのだ。この当たり前のことが、わからないアホな経営者が経営するから、日本企業の成長が止ったのだ。それが原因で私を育ててくれた会社は消滅した。

1    日本経済新聞 2013年4月10日

2

    日本経済新聞   2017年12月17日

 

日本政府の怠慢

 日本の教育への公的支出は6年連続で、先進国中で最下位である。途上国等含めても123位と異常な下位にある。(2015年)

 政府が教育に投資をしない。先進国で、一人当たりの公的教育費は、日本が最低である。いくらアベノミクスで経済政策を進めても、子供への教育投資を科学技術の予算を増やさないので、景気が回復しないのだ。未来もないのだ。それはヤベえミックスである。

 日本の官僚は、未来に子供に投資をせず、抗がん剤の認可や添加物の認可で自分の保身のため、天下り先等に心を奪われている。それでいて日本の未来をつぶす増税に血眼になっている。国の未来のために働く義のある役人が減ったのだ。厚生省のデータ改ざん問題は、その体質が露見した事件である。それは子供への教育が貧困になったため、その教育環境下で育った役人が堕落したのだ。悪循環である。

 

衰退の責任

 こういうみじめな日本にしたのは、下劣な議員に投票した国民にもある。戦後教育が貧困であったので、国民自身が劣化したのだ。それで民主党の言葉に騙されて、民主党が政権を執ったら、益々日本は衰退した。今、安倍政権はそのしりぬぐいをしている。選挙では、教育に力を入れる人に、日本の未来に投資する人に投票しよう。

 

自分への教育投資

 会社はどうでもいい。国もどうでもいい。自分に自分で教育投資をすることだ。それが、変革の時代を負けないで生き延びる手段である。一人一人が目覚めて、一燈を灯して歩く。それが万燈になれば、日本は再生する。私はそう信じて自己投資を続けている。今でも自分への教育投資に年間100万円は使っている。今日は子供の日だ。日本の子供の未来のために精進をしよう。

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  馬場恵峰書 岩村に寄贈    寄贈者 弘前市 新戸部八州男氏

 

2019-05-05   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年5月 4日 (土)

「霊柩車」を購入

 2018年3月6日、私は暗号コード名「霊柩車」を購入した。「霊柩車」とは、「人生の中で最後に乗る、一番豪華なクルマ」と定義した車のことである。人には「霊柩車を買った」と吹聴して煙に巻いて楽しんでいる。私の真面目な日頃の言動のせいか、本気で信じてくれる人が多くて(?)時折、慌てて言い訳をしている。人徳でしょうか。

 最近は、霊柩車も地味な黒のベンツ車が多いが、昔はキンキラ金の霊柩車が多かった。今は本物のキンキラ金の霊柩車は人気なく、市場で余っていて中古で100万円もあれば買えるようだ。アジアでは、日本の霊柩車は、「動く寺院」として人気があるという。

P10609351 水木しげる「幽霊電車(霊柩車)」 ed.622/800    2018年入手

   鬼太郎は、悪人を瞬時に地獄に送り届けることが出来るのです。

 

車を運転できる余命

 私も人生の最終期に近づき、最後に買う車の選定で、良い車を買おうと決心した。私も次回の運転免許更新時では、70歳以上になり、チーチーパッパの認知症試験と実技試験を自動車学校で事前に受講しなければならぬ。それが済まないと、運転免許更新所に行けない。70歳以上の免許更新は、法律改正で厳しくなった。また自分の体調を考えると、体力や、目の能力でいつまでも車を運転できるわけではない。残された時間を、有意義に安全に快適に運転するために、高級車が選択肢に入ってきた。

 

シガラミを振り切って

 だからどうせ人生で最後に買う車なら、「高くて一番良い車」である。宮仕えなら、回りや上司への気兼ねがあったが、退職後なら、何の気兼ねもいらない。近所の気兼ねもいらない。今まで、なんという多くのしがらみに縛られていたのか、に思い至った。

 当初、ニュークラウンも候補に挙がったが、岐阜トヨタ大垣店に見切りをつけ、「霊柩車」である霊草主恵琉得主を買った。

 実際の霊柩車では、本人は寝たまま運ばれるが、私が買った「霊柩車」はオーナズカーとして、自分で運転して極楽(?)に行く。それは高級車と呼ばれるカテゴリーの車である。それも最高の車種でフル装備である。高いモノにはワケがある。なにしろ、運転していても、周りが気にしているようで、私の近くには寄ってこない。だから安全運転で快適にとばせるのだ。私でも、ベンツ等の高級車には、車間距離をいつも以上に空ける。それが人情だ。

 高級車は安全装備も完璧である。これではなかなか死ねない? 人生最後の車としては、良い車である。良き思いをしている。

 

小川敏大垣市長の霊柩車

 小川市長は、トヨタ・マジェスタ2台を公用車として使っている。小川敏市長は、その後部座席にふんぞり返って、寝ているようだ。だから、後ドアの窓ガラスはスモークが張ってあり、内部は見えない。まるで霊柩車のようだ。

 天皇皇后が国民の父母と例えられるため、その御料車の後席は、国民から見られるように、オープンである。

 大垣市長は、市民の父ともいえる存在であるが、小川敏市長は、市民との会話を拒否するがごとく窓を閉めて、内部が見えないように霊柩車に乗っている。やましい心があると隠したくなるのだ。失政を恥じて、顔を隠していると推察している。市民に顔向けできなくなったら、市長もおしまいである。国民から慕われる天皇陛下と大違いである。

 名古屋の河村市長は、公用車を廃止して、自分の軽自動車で走り回っている。贅沢で、税金無駄遣いの大垣市長と大違いである。小川敏市長は、節約節約というが、実体は、節約とかけ離れた政治をしている。

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 後部ドアの窓にスモークを張った小川敏市長の公用車

6  後部座席がオープンの御料車

老人よ、大死を抱け

 お金は使ってなんぼである。お金はあの世に持って行けない。私も高級車を買って、日本経済活性化のささやかなお手伝いができたようだ。今の景気が悪いのは、老人が金を貯め込んで使わないからだ。老人が、今の消費の5%でも使う金を増やせば、景気は回復する。お金を使えば、幸せが感じられる。預金通帳を眺めても、幸せにはなれない。

 老人よ、大金を抱いて、金を使え。贅沢は敵ではなく、素敵だ

 今まで頑張ってきたのだ、ここで自分にご褒美をあげよう。

 お金を使いたくても、使えなくなる日が近い。

 「欲しがりません、死ぬまでは」は死語にしたい。

 

後日談

 この高級車「霊柩車」には、2018年10月、馬場恵峰先生ご夫妻を乗せて、彦根と関ヶ原合戦場跡と大垣を案内することができたのが幸せであった。この車を買ったのは、昨年であるが、2019年1月7日にガンが発見され2月12日に手術をした。今にして、「霊柩車」を買っておいてよかったと思っている。今なら、手術前後のドタバタで、とても買える状況ではない。この車を買ってなければ、馬場恵峰先生ご夫妻に良い思いをさせて頂く機会もなかっただろう。

 また水木しげるの「幽霊電車(霊柩車)」も絶版で、もう手に入らない。水木プロが、水木しげるさんの全ての絵の販売を、2018年10月31日をもって終了した。これを買えたのもご縁で、めぐり合わせである。

 今回の唯一の悔いは、河村義子先生を乗せて、退院祝いの食事会に行けなかったこと。

 今回、つくづくと「春風秋雨」を実感した。「霊柩車」は人生に華をそえる一輪の花である。自分の人生を芸術作品として創っていきたいと思っている。

P10609341 馬場恵峰書

 

2019-05-04   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月27日 (土)

春風秋雨

 ああいい梅が咲いたな,明日にでも花見に行くか、と思っていたら春風が吹いて一夜で全ての花が散ってしまった。ああ美しい椿の花が咲いたな、明日にでも見にいこうかと思っていたら、夜に秋雨が降り、全て散ってしまった。

 「春風秋雨」とは,「今,ここの精神でやらないと,時間は待ってくれない」との警句である。明日があると思うな。次ぎがあると思うな。一期一会と同じ言葉でもある。

P10609341

馬場恵峰書

 

春風

 会社の組織長は、普通3年で交代の不文律がある。それでも普通はその1,2か月前に事前の話があるもの。上司から前の組織変更の話を聞いたのが、2001年4月5日(木)午前11時、実際の組織変更は、4月9日(月)からという(書類上は4月1日付)。その日の午後、私はずっと会議で、実質1日しかない慌ただしい組織変更を通告された。グループのリーダーとして、次ぎにあれもやりたい、これも段取りしようと思っていたが、メンバーとの別れは1年余で突然にやって来た。

 この組織異動の話があって、何故か昔にNHKで「家族の写真」とかのドキュメントを見た記憶が鮮明に甦った。思いついて週末に家族の写真を写真館で撮ってもらった。

 そのNHKドュメントでは、毎年家族そろっての写真を撮りつづけ、その家族の歴史を綴っていた。家族の出生や病没による増減、家族の老いなど、楽しい記録や辛い記憶などが綴られていた。私の家族を振り返ると、各個人では写真を撮っているのだが、いざ家族揃っての写真というと無いのである。カメラは持っているから、たまには撮るのだが、親が年老いてから家族揃ってというと、意外と無いことに気づいて愕然とした。父の入院の前日に、今しか撮る機会はないかもと思い、写真館に行った。今後は毎年か隔年くらいで家族揃っての写真を撮ろうと心に決めた。

 現実問題として、後からやろうとしても出来ないのだ。時間は人を待ってくれない。結局、2001年3月に撮ったこの写真が最初で最後の家族写真となってしまった。そして、この写真が父の霊前を飾った。それでも、縁ある番組との出会いで、父の元気な姿の写真が間に合って良かったとドキュメント番組の出会いに感謝している。

 

 小才は、縁に出会って、縁に気づかず。

 中才は、縁に気づいて、縁を活かさず。

 大才は、袖すり合うた縁をも活かす。   

       柳生家の家訓   柳生石舟斎

 

 今にして、父にシベリア抑留の話をもっと真剣に聞いておけばよかった後悔している。しかし、ご縁があり、丸順の今川順夫最高顧問のお話が聞ける巡り会わせを2014年8月2日に頂いた。これもみほとけからの計らいと感じている。

 

秋雨

 2018年11月17日、河村義子先生からの「退院しました。30分のレッスンを再開しました」のメールを受けた。「体調が戻られたら退院お祝いで一席を」と返信したら、12月16日になって、

「それが、、Uターンです。またお近く通られましたらのぞいてください。

 クリコン、撮影などありがとうございました。病院でもみれるようにポータブルのものを買いました! やはりまだまだブルーレイは広まってないようです。^^大垣のもの、お待ちしてます。私の自宅へおくってくださる?」

とメールがあり、その病院が先生宅の近所で、文面からそんな緊急事態とは夢想だにしていなかった。それが最後のメールとなった。

 義子先生が愛知県がんセンターを退院され、自宅静養に入られたが、華やかな先生もやつれた顔を人に見せたくはないだろうと、もう少し元気になられたらと思っているうちに、12月25日、突然の訃報である。大きな大事な花が散ってしまった。春風秋雨に茫然自失である。

 

人生の花

 自分にとって人生の花見とは何なのか。何時かと思っているうちに、いつしか歳月は過ぎ、歳をとり、病気になりガンになり、花見にも、大事の人の死に目にも会えない日がくる。

 花見より大事なことは、自分の花を咲かせることだ。その花を見ずして死ぬに死ねない。その花も一瞬には咲かない。何年もの時間をかけて、蓄えた精進があって、ある日、花が咲く。そのためには、今からでも遅くないから、思うことは始めることだ。始めないと、何事も進まない。

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 馬場恵峰書

 

『命の器で創る夢の道』 p146

2019-04-27   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月23日 (火)

河村義子先生を殺した犯人を特定

 河村義子先生を殺した犯人は、スィーツ(糖)、乳製品、ワイン、小川敏市長の芸術無視政策によるストレスである。

 

義子先生の病状

 義子先生は、ガンの侵されたが最期までピアニストとして生きる決断をされて、手術を拒否されて対処療法で過ごされ、最期まで音楽に命を捧げられた。2018年12月25日に永眠された。

 義子先生は、人一倍、健康には気を付けて、手作りの料理にこだわったが、甘いものも辛いもの(ワイン)も好きで、乳製品も人並みに食べておられた。女性だからスィーツもお弟子さんたちと一緒にワイワイと食べていたと推定される。これは我々も身につまされる状況である。

 

日本の現状

 1970年代に比べて、40年たった現在は、ガン死が、2倍に増えた。乳がんは4.7倍に増えた。一般的に食の欧米化というが、何かおかしい。先進国中で、日本だけが、ガンが急増している。国は我々をガンから守ってくれない。しっかりその現実を見据えて、自分の体を自分で守らないと、ガンに殺される。

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  日本だけ ガン死が急増

     図は船瀬俊介著『あぶない抗がん剤』(共栄書房 2018年)から引用

P1120482 乳がんの増加率が異常である。

   愛知県がんセンターの資料 2019年

 

1.スィーツ(糖)は発癌性物質

 「糖は脳やその他身体が正常に働くためのエネルギーとして必要不可欠のものである」は、製糖業界が流した恐怖の洗脳教育である。この宣伝に製糖業界は500億円以上の大枚をはたいて、一般大衆を洗脳した。実際は、糖は発癌性物質である。だからガンが増加した。

 「食の欧米化とは、肉を食べることではなく、小麦製品やバター、砂糖などをたべること」と荒木祐院長は言う。

 胃ガンや肝臓がん、すい臓がんも病原菌はウイルスか細菌かカビで、糖質の過剰摂取ではびこる。今でもコメどころで暮らす人(糖質の取り過ぎ)は胃ガンが多いといわれる。

 砂糖が摂取されると、脾臓が細胞増殖の強力な刺激物質であるインシュリンを放出する。砂糖の過剰摂取により放出される高レベルのインシュリンとインシュリン様成長因子が、乳がん、前立腺ガン、子宮内膜ガンなどの原因となる恐れがる。(オーストリアのある研究グループ)

 「砂糖の摂取は、特に高齢女性の乳がん発症率の上昇を招く危険因子である」(欧州、北米、アジアの21か国で実施された研究による)

 

砂糖が発癌性物質

 義子先生は健康に気をつかって砂糖ではなく、甜菜糖を使っていたというが、本質は同じである。残念であるが、義子先生はお弟子さんたちとスィーツを食べ過ぎたようだ。

 

ガンの発生過程

 炭水化物を過剰に取る

  ↓

 ブドウ糖を材料にした「嫌気性解糖」が盛んになる

  ↓

 乳酸が溜まる

  ↓

 細胞が酸性に傾く

  ↓

 酸素が欠乏する(ガンは酸欠状態が大好き)

  ↓

 遺伝子情報に異常をきたす(発癌)

 

2.乳製品は発癌性物質

 現状の牛乳は、大量生産、効率化生産のため、狭い牛舎で育てられる牛から摂取される。牛には、感染予防で抗生物質が投与され、疑似的妊娠をさせるため、女性ホルモンと成長ホルモンが投与される。その女性ホルモンや抗生物質、成長ホルモンが牛乳の中に混入する。この女性ホルモンが、女性のホルモンバランスを崩して、乳がんができると推定される。

 戦後、日本の食生活が激変し、乳製品を多く食べるようになって、ガンが増えたと推定される。乳がんは40年前に比べて、4.7倍に増えた。他のガンの増加率が2倍なのに、異常である。増えたのにはワケがある。

 

3.お酒も発癌性物質

 義子先生は白ワインが好きだったそうだが、アルコールは発癌性物質である。酒は百薬の長と言われが、少量でも毒であると、先年、イギリスの研究部ループが発表した。アルコールは胃で消化はなく、肝臓で薬物と同じプロセスで分解されて、体外に出される。その分解の過程でアセトアルデヒドが生まれるが、これが発癌性物質である。

 

4.ストレスも大きな発がん性要素

 大垣市は、文化芸術に関心がなく、予算もつけず、支援もしない。大垣の文化芸術関係が不毛になった。そのため河村義子先生は、孤軍奮闘でがんばり、かなりのストレスを受けたはずだ。代替案で、義子先生と田中重勝さんが「世界で一流の音楽を楽しむ会」を立ち上げ、子供たちを無料の「あしながチケット」で招待して音楽を広めた。その協賛金集めや、各企業へのお礼回り等で、後始末で心労が重なったのだろう。

 本来、市制100周年記念行事にすべきドレスデントリオやTIMMのコンサートを大垣文化事業団の支援を受けずに実施した。それでも、建前上はパンフレットに大垣教育員会後援とあるが、言葉だけで、大垣市は一銭も金を出さない。支援もしない。

4k8a3400  2017年9月29日 TIMMコンサートで挨拶をする河村義子先生

 この日は、子供たち120名を「あしながチケット」で招待しての演奏会。 大垣音楽堂で

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 大垣市役所に掲げられた「みんなで創る産業文化都市」のスローガンがお笑いである。現在は、「文化都市でない」ことを宣言している。文化都市を自負するなら、今が文化都市なら、宣言など不要である。

 

義子先生の最期のメッセージ

 あなたも、いつかは死ぬのですよ。だから、やるべきことを明確にして、それに焦点をあてなさい。私の死因を見つめて、私の二の舞にならないで。

P10409731  馬場恵峰書 2013年

2019-04-21   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2019年4月22日 (月)

ウサギと亀の狂騒曼荼羅

 ウサギと亀の競争の寓話で、地道な努力が必要と教えられてきた。それはそれで正しいのだが、徳人なら別の観点での悟りの見方が必要である。

 修証義に曰く「たとい佛に成るべき功徳熟して円満すべしというとも、尚お廻らして衆生の成仏得道に回向するなり、或いは無量劫行いて衆生を先に渡して自らは終に仏にならず、但し衆生を渡し衆生を利益するもあり」。

 道元禅師は、人の為に尽くすならば、自分は成仏しなくてもよいとまで言っている。

 亀は歩いている途中でウサギが寝ているのを見て、なぜ起こしてやらなかったのか。たかがある場所までの競争ではないか。一緒にゴールをする発想がなぜとれないか。それは自分だけよければ良いという利己主義(グローバル経済主義)の表れである。

 幼児曰く「なぜ亀はウサギを起こしてやらなかったの。意地悪ね」。童子の純粋な目とは、佛の目である。目先の欲に溺れた大人には考えが及ばない。

 競争相手は佛である。その佛が自分の至らない点を真摯の教えてくれる。ウサギと亀とは、人生の教えを佛が演じる曼荼羅のひとコマである。

Photo

馬場恵峰書「24色紙」 明徳塾で撮影。支えている手は齋藤明彦氏。

速く早く走れることの意味

 速く走れるとは、速くしか走る能力が無いことである。遅く走ることができない。其の咎は、後から、それも晩年に訪れる。

 飛行機でも速く飛べる機体は、遅く飛ぶと失速してしまい墜落する。ゆっくりの遊覧飛行は出来ない。離着陸のために広大な飛行場が必要で、その騒音は凄まじい。この世に存在するモノには各々に役割があり、速く飛ぶだけが良い能力ではない。一面から見れば長所だが、別に見方では欠点にもなる。人でも同じで、己の能力(性能)の高いか低いは人生の価値には影響しない。与えられた能力を何に使うか(使命)を考えよう。

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頭がいいとは

 頭がいい、頭の回転が速いとは、馬鹿になって物事に取り組むことが出来ないこと。物事の損得勘定に最初に考えが行ってしまう。また人が馬鹿に見えてしかたがない。物事を利害関係、合理的にしか考えられず、傲慢になりやすい。合理的にしか考えられないのは、視野の狭い偏った思考能力である。だから嫌われる。

 記憶力が優れているとは、部下の失敗を何時までも覚えていて、部下にその嫌味を言って部下から嫌われる。また己の失敗をいつまでも引きずることにもなる。

 頭が良くて早く出世する能力は、エリートコースに乗り、下積みの経験をせず直ぐ課長や所長・役員になって人生を謳歌すること。それが長い人生でプラスなのかマイナスなのかは別問題である。人生は長い目で見るとプラスマイナスゼロの世界である。

 

頭がいい弊害

 そうやって部長や役員での仕事として、人のアラ探しや指示することだけは出来るが、実務や実生活では何も出来ない人間が出来上がる。退職後に、やることが無く、認知症に罹りやすい落とし穴が待っている。長年、気ばかり使って頭を使わなかった警察署長、校長先生等が認知症になりやすいという。接待の宴会続きで旨いものを食べてばかりいると、糖尿病、高血圧、肥満の罠が待っている。

 

ガンとガン治療の狂騒曲

 1兆円以上の金を集めても、更に金儲けに欲を出している輩が日本にもいる。使えきれない金を集めて、幸せになれるのか。あの世には持って行けない。それは社会のガン細胞。

 発がん性が明白なタバコや酒を規制しない役人がいる。高級官僚として高学歴の知性があって、なぜその危険性が見えないか。その分、我々の健康保険料の負担が増える。

 先進国で、日本だけがガン死が急増しているのに、手を打たない役人がいる。ウサギが寝ているのを放置していると同じである。

 米国で、抗がん剤、放射線治療ではガンは治療できないことが証言されたのに、それに耳を貸さない日本がん協会は、ウサギが寝ていると同じ。仏様が罰を日本社会に与えている。

 

『吾が人生の師天王』p162

 

2019-04-20   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月21日 (日)

人格の体温測定 → 冷血人間にならない

 体の体温が1度下がると、免疫力が30%下がるという。それを知っていたから、ガン予防対策、病気対策で、毎日2回、お風呂に入っている。シャワーではなく、40度か41度のお風呂に10分~15分も浸かっている。

 冷たいものを飲むのも良くない。私はアイスコーヒーを飲まない。水も氷なしで飲んでいる。勿論、アイスクリームはご法度である。死んでもいいが?、健康管理は大事である。

 健康管理として、毎朝、体温計で体温を測り、記録することを始めた。これは血圧測定より重要である。だから入院すると必ず、朝晩、検温がある。この取り組み1か月の成果で、体温36.4 度が36.5度に上がった。わずか0.1度、されど0.1である。体温の目標値は37度である。

 4月22日の検温結果は、36.7度であった。成果あり。

 若い人や結核患者は、ガンにかからないという。それは体温が高いのでガンにならないという。低温だと病気やガンにかかりやすい。

 そうやって私は体温を上げる取り組みをしている。体が温かいと、心も豊かになる。冷え性では、幸せになれない。

 

礼状なし

 河村義子先生の音楽会やイベントの写真撮影をして、ビデオのブルーレイディスクや写真プリントを関係者に差し上げても、礼状はおろか、お礼の一つも伝えない人が多い。数十人にBDや写真プリントを差し上げても、今までお礼が来たのは、この5年間で、せいぜい2、3人である。それもほとんどが電子メールで、である。相手は貰って当然と思っているようだ。私は、彼らにとって写真撮影係の奴隷なのだ。ディスクも写真プリントの費用も、私の人件費も持ち出しである。カメラの減価償却費も半端ではない(機材総額200万円)。私は別に儲けるためにやっているわけではないので、気にはしていないが、お礼の一つもないのは、悲しい。

 それが馬場恵峰先生のお弟子さんに写真等を贈ると、全員から必ず手書きの手紙、時には毛筆の礼状が届く。それと対比すると、考えてしまう。

 それも、多くの弟子を持つ先生と言われ人でも、礼状一本、お礼一言寄こさない。病気見舞いの言葉もなく、ましてや病気見舞いなどに、来るはずがない。今まで、年賀状のついでの書き足しで、お礼がきたのが一回だけ。そんな先生に教えられる生徒たちの将来が不安である。大垣の未来の未来を背負う若者が心配だ。

葬儀の写真を贈る

 2018年12月25日の河村義子先生の葬儀の時の写真CDを、二人の先生に贈った。一人の先生の住所・氏名が分からず、名古屋ヤマハ店の人に託して、贈った。お店の人は、相手が確かに受け取ったというが、私には何の連絡もない。もう一人の先生からも、何の連絡もない。

 

義子先生が草葉の陰で泣いている

 しかし河村義子先生からは必ず、礼状とお礼の品が来た。義子先生がこの弟子たちの実態を知れば、悲しまれるだろうと思う。先生は何のためにお弟子さんたちを教育してきたのかと、その現実に嘆かれるだろう。音楽を教えるとは、人格教育の一環のはずなのだ。義子先生が草葉の陰で泣いている。

 

そんなことは私が許さない

 その昔、河村義子先生の主催するピアノ発表会で、ある人の写真を撮ってあげたが、そのデータメディアの返却がないので、義子先生にボヤいたら、「そんなことは私が許さない」と早々に相手をド叱って、相手からは慌てて礼状が来たことがある。今の状況を義子先生が知れば、「私は、そんなことは許さない」と言われるのだろう。義子先生の弟子にしては情けない状況だ。

 今までは、義子先生への恩と義理があったから、演奏会を喜んで撮影していた。しかし、義子先生が亡くなって、弟子の指導者たちの冷血な本性が明らかになったので、今後の付き合いを考え直している。

 

某音楽家の例

 懇意にしている音楽家の演奏会で、毎回、撮影を担当している。彼とカルテットを組む仲間にも、撮影・編集した写真BDを贈っているが、今だかって、誰からも礼状が来たことがない。

 

仁の村の仕打ち

 2019年1月22日、岩村に馬場恵峰先生の佐藤一斎の言葉の板書を3枚、思い込めて寄贈したが、今だ岩村から礼状は届かない。情けないことだ。寄進をして頂いた方に申し訳ない気がする。私の顔の泥を塗ったのだ。言志四録読みの言志四録しらずである。

 

人格体温測定

 私としては、BDや写真プリントを差し上げて、その反応で人格の体温を測定している。それで、今後の付き合い方を考えればよい。血の通った温かい人と付き合わないと、自分も冷血になってしまう。厚情に何も反応しないのは、冷血な「無視」なのだ。愛の反対は「憎悪」でなく、「無視」である。こちらが厚情を注いでも、相手が「無視」をするなら、付き合わない方が、お互いに幸せである。

 人が病気になっても、お見舞いどころか、見舞いの言葉一つない知人が多い。なんと冷たい人かと、その人の非常識さが分かり、初めてその人の人格の体温が判明する。これが今回、私がガンになって、周りの人の反応を見て判明したことだ。人格とは人情の温かさに比例する。

 

教師の人格教育の堕落

 2016年、母校の北高の合同同窓会があり、そこで音楽部の後輩達が、先輩の卒業後50周年を祝って歌を歌った。私はその姿を撮影して、各人の写真を印画して校長宛に送った。費用は数千円である。しかし、誰からも礼状一つ来なかった。大垣で一番の高校なのに、人格教育は校長を筆頭にして、なっていなかった。吾が母校も堕落した。

 2018年、大垣少年少女合唱団の「大垣の歌」のお披露目があり、私はその写真撮影をして、リーダの人に写真CDを贈った。しかし、何の礼状も来なかった。

 2018年、地区の敬老会で、中学校と小学校の音楽部の生徒が慰問として歌を歌った。私はその風景を撮影してリーダの先生に写真CDを贈った。何の礼状も来なかった。

 

リトマス・マフラー

 先の年末、親戚に家に行ったとき、その家にマフラーを忘れてしまった。親戚は忘れたことを知らせてくれたが、それを送り返すことはしてくれなかった。わざわざ、遠方の親戚の家まで取りに行くのも大変で、そのままにしておいた。時は冬である。この冬はマフラーなしで寒い思いをした。それでその親戚の体温の冷たさを知った。

 

日本社会の冷血化

 こんなに日本社会が劣化して、冷たくなっては、日本復興はあり得まい。何とかしたいと焦っている。日本社会の体温が下がっているのだ。社会が冷たくなれば、ガンに相当する社会の病気が蔓延する。無責任体制、拝金主義、事なかれ主義、利己主義、忘恩の人格である。だから大垣市は衰退している。これが日本全体に広がらなければと危惧している。

 余命2年の身だから、言うべきことを言っておかないと、日本のため、後進の為、悔いが残ると思い書いている。

039a32691  馬場恵峰書

 

2019-04-21   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月18日 (木)

最期の贅沢 病室の選択

 2019年2月8日、愛知県がんセンターに入院した時、人生最期の贅沢として、一番価格の高い個室A室を選択した。河村義子先生もこの部屋を選ばれた。こういう場合に、良い部屋に入院しなくて、何のために今まで金を稼いできたのか、である。

 この部屋は私の体と頭の修理ドックなのだ。体を修理した後、結果が火葬場行きか、実社会への復帰かに影響する場所である。ひょっとしたら、人生の最期の場所になるかもしれない。だから病室にお金をかけても悔いはない。

 

愛知県がんセンターの病室

 個室A 32,400円  31.2㎡

 個室B   17,290円  19.6㎡

 個室C   12,420円  15.6㎡  

 個室D    7,200円   15.6㎡  

 

病室の環境

 当初は2週間の入院予定であったが、術後の経過が良くなく、一か月余の入院となり、部屋代だけで100万円近い金額になった。しかし居心地はよく、価格相当と納得して悔いはない。長い人生、一回くらいなら奮発しよう。

 なにせ、日に6度の食事・おやつが部屋に運ばれ、日に2度、美人の看護婦さんが手を握りに来てくれて(検診で)、2時間に一度、様子を見に来てくれ(死んでいないかの確認?)、夜も私が寝ていても2時間ごとに、点滴の異常がないかを見回りに来てくれる。毎日、部屋と洗面台とトイレ、風呂場の掃除をしてくれて、1週間に一度はシーツの交換と、高級ホテル並み以上である。

 ここの看護婦さんには、大変よくして頂いた。感謝です。言い換えれば、ここは病院のレクサス店であった。ある人に言わせると、大垣市民病院は、野戦病院だという。なぜか納得である。

 

ベッド

 病室のベッドは電動ベッドで、どのクラスの部屋でも大きさと内容は同じである。この病院で電動ベッドの快適さを体験して、退院後、自宅にも電動ベッドを入れた。高かったが、思えば人生の3分の1を過ごす場所である。お金をかけても無駄ではない。このベッドでなら安らかに永眠できる。人生でたった一度だけ、目が覚めないときがあるが、毎日、熟睡できる環境を整備することは、人生への投資である。

 メーカはパラマウントベッドで、業務用でしか売っていない。その分、しっかりした性能と保守体制である。他メーカのように値引きはない。

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テレビ

 部屋には50インチくらいのテレビがあったが、結局、入院中一度も電源を入れなかった。ベッドの横にも15インチほどのテレビがあったが、これも一度も使わなかった。死を意識して、死と今後の生き方を考えるとき、チャラチャラした番組など見たくもない。病室Aにテレビは不要だと思う。

 

ソファーと机

 病室Aの特徴として、ソファーと机が設備されている。私はここで、体調が回復してから読書と仕事をした。ノートパソコンを持ち込んで、ひたすら文書を書いていた。我ながら呆れたことに、外付け2テラのハードディスクを持ち込んでいた。WiFiも使えた環境であったのは幸せであった。新聞もテレビもなくても、ニュース情報は入手できたからだ。

 重要な本として、言志四録、松下幸之助発言集第一巻(全44巻の最初)を持ち込み。毎日読んでいた。

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お風呂

 部屋はお風呂付であったが、溺れ防止のためか、腰までの深さしかなく、湯につかってもお風呂に入った気がせず、お風呂に浸かったのは、1度だけで後はシャワーで済ませた。でも病室内でシャワーが使えるのは、ありがたかった。それでも手術後10日間程は点滴があるので、シャワーも使えない状態であった。

 トイレは普通のLINIXのシャワートイレであるが、前後方向のサイズが短く快適ではなかった。

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展望

 9階の窓からの眺めは、心を落ち着かせる癒しとなった。目の前に池があり、その横に本山の大きな墓地が見える。遠くに東山のヘリポートがあり、そこから頻繁にヘリコプターが発着していた。この場所は、名古屋空港(小牧)の航路になっているようで、旅客機がよく飛んでいた。

 毎日、この展望から空の変化を眺めて、人生を感じた。この部屋で、命の洗濯をした思いである。今まで、こんなに長時間、空を眺めて過ごしたことはない。

 河村義子先生も、どんな思いでこの景色を眺めていたかを考えると複雑な心境である。絶望され、一時、誰とも会いたくないという心境になられたとも聞いている。

   私は幸いなことに、9階の病棟の東棟に入院したこと。そのため、毎朝、朝日を浴びて起床することができた。河村義子先生が入院されたのは、同じ9階であるが、西棟である。義子先生は、夕日は拝めるが、朝日は拝めない。なにか象徴的で悲しくなった。

 

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 馬場恵峰書

2019-04-18   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月17日 (水)

ガン治療の狂騒曲は、兎と亀の競争

現代日本のガン医療は、暗中無策

 幼児がウサギと亀の競争を見て、「なぜ亀は、寝ているウサギを起こしてやらなかったの? 亀は意地悪ね」と言ったとか。素直な幼児の眼は、仏様の眼と同じである。

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馬場恵峰書 「24色紙」 明徳塾で撮影。支えている手は齋藤明彦氏。

2012年4月20日

 

世界のガン治療の潮流

 米国では「抗がん剤、放射線治療が効果なし」と米国議会で証言されて、1988年以降、代替医療を展開してガン死が減っている。それなのに、なぜ日本はそれを参考にしないのか? 「日本ガン学会はガン患者に意地悪ね」と言いたい。よほどガン・マフィアの利権が大きくて、妨害工作が大きいのだろうと邪推してしまう。

 最近、ガン特集番組を見て、気になった言葉が「医師の言いなりにならない。」であった。ガン専門医師は、ガン・マフィアに踊らされている。ガン治療の基本は、標準治療といわれる。手術、抗がん剤、放射線治療が標準治療と言われている。愛知県がんセンター等の大病院は、それを基準に治療をしている。私もそれに沿って治療を受けた。それで何故、日本だけがガン死が急増しているのか? 欧米のガン死は減り続けている。標準治療を放棄した米国で、ガン死が減っているのに、なぜ日本の医学界は現状の標準治療を変更しないのか?

 「猛毒の猛発ガン物質の抗がん剤でガンを治せにないのは常識」(厚生省技官)、「治療を受けると余命3年、受けないと12年半」(H・ジェームス博士)、「2~3種複数の抗がん剤投与で、死者7~10倍」(米国東海岸リポート)等の情報をガン学会はどうみているのか。

 世界のガン治療の主流は、脱・抗がん剤、代替医療に向かっている。それに対して日本のガン学会は背を向けている。その被害者は日本のガン患者である。

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現代医療の限界

 どんな優秀な医師も会社(病院の基本方針)の方針には逆らえない。医師も生活がかかっている。出世もある。家族もいる。だから病院の方針に疑問があっても医師は病院の方針に従って治療をする。その方針が正しいかどうかは、関係ない。医師も宮仕えの身なのだ。

 ガン特集番組の多くを見て感じたことは、「医師も最適な治療方法は分からない」であった。外科医も抗がん剤の薬剤医も放射線医も、専門分野ごとの細分化され、全体像が把握できていないようだ。専門医は、木を見て、森を見ていないようだ。わかれば、ガン死は減るはずだ。しかし日本の医療でガン死は激増している。医療費だけは毎年、増加である。40年前に10兆円であった医療費が、現在は40兆円を超えている。ガン患者は2倍に増え、乳ガン死は4.7倍に増えた。幼児でもおかしいと気が付くのに、ガン専門医は、気にしないようだ。

 

ガンだって生きたい

 自然の原理では、ガンになった原因を無くさずに、ガンを攻撃すれば、ガンは別の場所に逃げる。ガンだって、生きたい。ガンが生まれたのにも理由がある。ガンも命がある。それの存在理由を無くさないと、ガンだって死ぬに死ねない。たまには、ガン細胞の身になって考えよう。

 ガンを抗がん剤、放射線で攻撃するとは、傲慢である。ガンだって命がある。抗がん剤で虐められれば、それに対抗した免疫力を付け、さらに強力にガンが再発する。現代医療のガン治療は、もぐらたたきである。

 生活と食事と精神状態を変えないと、ガンは再発する。ガンは外から来たのではなく、己の細胞が変身したのだ。

 いわば、ガン細胞は身内がぐれて不良になったようなもの。ぐれた彼を優しく受け止めてあげて、そうなった理由を追及し、その原因を無くせば、不良になった身内も改心して、堅気のなって帰ってきてくれる。それがガン治療のヒントではないか。

 

ガン検査でガンを作る

 CT検査を繰り返せば、許容以上の放射線を受けて、ガンが発生する。それの確率が10%である。CT検査は通常のX線撮影の600倍の放射線を浴びる。医師は安易にCT検査で患者に施す。

 私の例でも、2019年2月に、愛知県がんセンターで手術前のCT検査を受け、8月に術後の再発確認で、またCT検査を受けねばならぬ。それでは、年間許容放射線量をオーバーしてしまう。私は今から、どうしようかと焦っている。

 がんセンターで指定された抗がん剤治療で、5年後死亡率が10%下がるというが、CT検査で10%もガン発病が増えたら、ブラックジョークである。

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「CTはレントゲンの600倍の放射能を放射して、10万人に104人の割合でガン患者を発生させる」との記事が“The New York Times” SEPTEMBER 9,2012に掲載されている。

 不思議なご縁で、私の英語の師の後藤悦夫先生のアドバイスで、当時、私はこの新聞を定期購読していた。その時の記事である。当時、奈良に居たが、その地区での購読者は、私だけであった。

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現代医療の傲慢さ

 「人が現代医療でガンと闘い、ガンを叩き、ガンを殺す」との考えは傲慢である。治すのは、己の自然治癒力である。現代医療はその自然治癒力を否定する。それでいいのか「抗がん剤、放射線治療でガンは治りました、患者は免疫力低下で死にました」が現代医療の姿である。ガン患者の8割が、抗がん剤、放射線治療のため免疫力低下で肺炎等の病気で死ぬ。

 何かおかしい。幼児の素直な目で物事を観察して、ガンに対応したいと私は走り回っている。その過程で多くの学びがあるはずである。

 

良い子ぶるのをヤメ

 私は今まで「良い子」で生きてきた。親のいう事を聞き、素直に先生のいう事を聞き、優等生として生きてきた。特待生にもなった。会社でも上司の言うことを、裏で舌を出しながらも黙って会社方針に従ってきた。しかし、宮仕えの身から離れ、余命2年を宣告された今だから、居直って、「悪い子」になって生きたいと思う。悪い奴が世にはばかる、を実践したい。そうすれば長生きできる?

 

2019-04-17   久志能幾研究所 小田泰仙

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2019年4月15日 (月)

死神の幽霊に襲撃される

死神幽霊の言いがかり

 2019年4月13日、死神の幽霊に自宅が襲撃された。近所の鬼婆が、19年前の父の葬儀の事で、自宅に言いがかりを付け来た。それは現世の死神幽霊であった。

 なんでも父の葬儀のあと、葬儀屋から頼まれて、お下がりの菓子類の配布を頼まれたが、それを独り占めしたと噂になったという。それを私が根に持っているだろう、という。その家の名誉にかかわるので、名誉回復にきた、という。

 19年前の話しである。私は父の葬儀の喪主であったが、そんなお下がりの処理の雑事は、葬儀委員長や町内の人に任せていたので、そのこと自体、全く記憶にない。そんなことがあっても、知ったことではない。近所の班長さんに聞いてもそんな話は聞いた事がないという。その老婆の妄想である。

 

世の中の地獄

 何時までも過去に囚われていると、幸せになれにない。それが分からない亡者が世にはうじゃうじゃいる。この老婆は、昨年に夫を亡くしている。気がふれているのかもしれない。近所でも問題児の家である。その昔、その夫が私に因縁をつけて、怒鳴り付けられたことがある。相手は文句を言うのが正しいと信じ切っている。言いがかりを付けられる方は、世の地獄である。

 こちらは病後の体調不良で、立って話すだけでも辛いのに、くだくだと訳の分からない話しを長々とするから、怒れてしまった。それも相手は私がガンの手術後のことで、体調不良を知っての愚行である。私には死神の行動であった。地獄はあの世ではない。この世に地獄があるのだ。その中で生きて行くのは大変だ。

 

磨墨知451. 幽霊にならない

 丸山応挙の描いた幽霊の絵は、人間の性を表現している。あなたは何の幽霊ですか、と丸山応挙の幽霊は己に問いかけている。

 

幽霊とは

 幽霊とは、大地に足の着いていない餓鬼道に落ちた人間の象徴である。また来ぬ未来を手さぐりにして、過去に捕らわれるさまは、後ろ髪を引かれている様に表現されている。髪を振り乱し、虚ろな目で、帰らぬ過去とまだこぬ未来を見つめる。

 その目は「今、ここ」を見ていない。恨めしや、と言いながら、他人のせいにして自分の責任は考えない。この世の全ては自分が生み出したもの。今のあなたは、自分が生み出した世界の中心にいる。それは金の亡者、名誉の亡者ではないのか。自己を見直したい。

 

ゴーンは西洋幽霊

 ゴーン被告も、金の亡者となって、日産のルネッサンスを金科玉条に、裏では己の金の亡者となって金儲けだけを追求していた。ゴーン被告は、西洋の幽霊である。ゴーンが行った不要なリストラで、首を吊った人もいるのに、である。西洋の幽霊は質が悪い。自己弁護ばかりで反省の陰さえない。

 

 あなたは何の迷い人? 鏡に写る自分の姿に幽霊の気配はないか? 現地現物として、しっかり自分の姿を、鏡に写してよく観よ。鏡は世間の目である。世間の目が、自分の幽霊を映し出してくれる。

 鏡よ、鏡よ、此の世で一番正しく美しいのは誰?

 己が鏡に映る姿に、幽霊の気配が観えなければ、己は幽霊である。

 

足を大地につけて

 時間を創るには、しっかりと大地に足をつけた生き方、真っ直ぐに前を見つめる目、過去を振り切って前進する力、手を上向きにして、しっかり現実を掴む力が必用だ。今を最大限に生きれば、幽霊にならない。幽霊の人生とは、死の時間の経過である。

 生きていても、幽霊になっては、時間だけは冷酷に過ぎていく。足るを知れば、亡者にはならない。過去のしがらみを捨てれば、生き返る。人生でやり直しはできない、しかし出直しはできる。過去の亡霊を捨てて、生き返れ。再生せよ。それが人生のルネッサンス。

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 馬場恵峰書 2006年 

2019-04-15  久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月13日 (土)

進行ガンで、余命2年を宣告された

 2018年12月25日の河村義子先生のガン死に出会い、胸騒ぎがして、2019年1月7日、検診を受けたら、進行性のガンと診断された。河村義子先生のご主人の助言で、大垣市民病院ではダメだと、義子先生が入院した愛知県がんセンターを紹介され、そこで2月12日に手術を受けた。手術は無事に終わった。もう少し、検診が遅れていれば手遅れとなるところだった。河村義子先生の霊が助けてくれたと思う。

 ガンはステージ3であった。それでも自覚症状はなかった。だからガンは怖ろしい。それがガン検診を受ける気になったのは、義子先生のお陰である。

 しかし術後の経過が悪く、予定の倍の期間の1ヶ月余の入院となり、3月9日にやっと退院できた。しかし体調が戻らず、今は自宅で寝たり起きたりの生活を送っている。体重も13キロ減である。腹囲は10cm減である。さすがに1か月で13キロも痩せると体力が無くなり、体がだるい。3日に一度の頻度で嘔吐している。

 先日、松本明慶さんに会いに、松本明慶美術館に出向いたが、地下鉄丸田町駅から美術館までの500mの距離が歩けず、タクシーを使った。我ながら情けなく、体調は絶不調である。

 

5年後生存率

 2019年4月10日、主治医から5年後の生存率は、ステージ3だから53%と宣告された。計算上で2.7年である。死の直前の緩和医療、終末治療を考えると実質2年の余命である。同じ病状の人が、5年後には半数が死ぬ。

 ただ不思議と冷静に自分を見つめることが出来ている。ガン宣告されても、冷静に対応できたのに、我ながら少し驚いた。人の話しでは、頭が真っ白になると言うが、そんなことはなかった。

 

決断

 4月10日、転移防止のため術後の抗がん剤治療を受ける予定であったが、それを断って、薬物科の主治医とは喧嘩別れをした。当初は、抗がん剤治療を受ける意向であったが、本で抗がん剤の効用と副作用の問題に目が覚め、その可否について悩み、茶摘み畑に迷い込みそうになった。しかし「自分の城は自分で守れ」とのトヨタの基本思想に立ち返り、拒否を決断した。その判断に悔いはない。あくまで自己責任である。

 

吾が人生

 思えば、父(享年86歳)よりは短いが、母(享年69歳)よりも、ほんの少し長生きできそうである。両親の功徳のお陰で、両親の倍は密度の高い生活を送らしてもらえた。

 私は、会社の仲間よりも2倍か3倍の密度の高いサラリーマン生活を送ったと自負できる。人よりも仕事を愛し、人よりも多く働き、人よりも本を沢山買い、読み、人よりも沢山書き、研修も人よりも多く受け、講演も人よりも多く聴いた。人よりも多くの距離を、世界中で走り回った。人よりも多くの美術館を回った(世界の美術館80館以上)。やるべきことはやり切った思いがあり、悔いはない。

残った人生を、今まで蓄積した知識・智慧・遺産を皆さんに役立つように遺せばよいと達観している。私は「人の価値は、集めたものより、与えたものに価値がある」と信じている。

 

素直

 余命が分かれば、恐いものはない。言いたいこと、言うべきことを言える立場になった。人や世間を慮って、発言や行動を遠慮する必要はない。人間として、当たり前のことをすればよい。今まで見えないシガラミに囚われていた己が、愚かであった。これからは素直な人間に変身したい。素直とは「狂」である。世の天才は全て「狂」である。凡才の己も、「狂」を演じて、多少は良い人生作品を残したい。

 

時間

 今まで以上に「時間は命だ」を感じる。一刻でも時間を無駄にしたくない。縁なき衆生とも、徳なき親類とも縁を切り、残された時間を有意義に使いたい。時間観念なき人とは、縁を切らねばならぬ。時間は命なのだ。死を意識すると、時間への感性が研ぎ澄まされる。無為に時間を流すつもりはない。貪欲に時間を創る道を探したい。今からでも遅くない。人間は、死ぬまでが学びと成長である。

 

ご恩返し

 ガンや病気を治すのは専門医に任せればよい。しかし、それは対処療法である。その治療方法が正しいか、自分に合うか合わないかは、自己責任で判断すればよい。

 それよりも大事なことは、ガンや病気にならない生活を送ることである。それが根本治療で、危機管理である。私はガンにならない食事、生活等をこれから研究して、皆さんに報告していく予定です。それが今まで自分を育ててくれた世間への恩返しである。それが自分の未来の時間を創造することになると信じている。

巻き返し

 現在、ガンの発生原因、標準治療法、代替治療法等を研究中で、本は20冊ほど購入した。まず発生原因の真因をつかまないと正しい手が打てない。対処療法ではダメなのだ、それで打てる手はすべて打つ予定である。そのために情報収集として全国を走り回っている。こんなことで死んでたまるか、という思いで取り組んでいる。

 しかし、それでガンと闘うつもりはない。ガンは己の細胞が変化した身内である。そういう風に変えたのは、己の生活習慣、食生活、考え方である。全ての原因は己にある。仏様はそれを直せと助言してくれている。ガンと闘うのではなく、共存して生きていきたい。ガンは生き方を変えることを教えてくれた仏様である。 

 自分がガンになったからこそ、ガンの闇の門を叩くご縁に出会った。ガンの鬼門に入り、ガンにならない智慧を皆さんと分かち合えとの仏様の啓示である。

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2019-04-13  久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。