c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2019年4月12日 (金)

曼荼羅の佛様が 寄ってたかって 私を幸せにしてくれる

 自分に厳しいことを言ってくれるのは、私を育てようとしてくれている佛様なのだ。辛口の批評は、自分の行動の何所がいけないのかを教えてくれる。試験の成績が悪いのは、今のやり方が間違っていると親切に教えてくれている。私を幸せにしようと思わない相手は、無視をする。愛の反対は憎悪でなく、無視なのである。病気とは、己の体の使い方に関する佛様の苦言なのだ。事故とは、周りに気を使わなかった佛様の諫言なのだ。

 

佛の慈悲

 人が甘い言葉をいい、お世辞やおべんちゃらを言うのは、自分をKY(空気の読めない人)に育てるための罠である。厳しいことを経験しないと、実社会ではやっていけない。KYになっては出世など夢の話。せいぜい主任停まり。正規社員にもなれない。厳しい叱責で研鑽を積み自分の能力、精神力、人を見る目が養われる。佛の皆さんが私のために、能力向上のため、幸せになって欲しいと鍛えてくれている。どうしようもない人には誰も何も言わない。自分に向けられる厳しい言葉を、自分を鍛えるための愛の言葉と解釈をしよう。そう思うとき曼荼羅の佛様がよってたかって自分を幸せにしてくれる。

 

耳中常聞逆耳之言    

 耳には常に痛いことばかり。それが自分を鍛えることになる。甘い言葉で褒められるのは、遅延性の毒を盛られるようなもの。(洪自誠著『菜根譚』)

 あなたを地獄に落とす贈賄側の人間は、甘言で誘いノーパンしゃぶしゃぶ接待に連れて行くのです。苦労をしていない高級官僚が簡単に堕ちる罠である。

 ああ、私も誘われたい…..

Img_42811   馬場恵峰書 この書は書体の惚れて入手した。2011年

Img_63981  馬場恵峰書 2006年

      『吾が人生の師天王』 P69 より

 2019-04-09   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年4月 4日 (木)

聖徳太子17条の憲法からの学び

戦争と平和 

 中東、欧州での凄惨なテロ、米国の銃乱射事件がマスコミを賑わしている。この主の原因は貧困である。その貧困の元を作ったのはアーリア人の覇権主義による侵略戦争である。1920年に始まったフランスのイスラム諸国に対する植民地化侵略が現在に当地の貧困の原因となっている。その貧困は、中東やアジア、アフリカで欧米諸国が競って植民地化侵略を進め現地の住民を搾取したことに起因する。現在の血で血をあがなうテロは、植民地侵略戦争に起因する。

 

「和」とは

 「和」とは「禾」「口」と書き、稲を口に入れている様である。人は満腹になれば幸せな気分になり戦いをしようとは思わない。日本は和を重んじる風土があり、戦いや血を見ることを嫌う。ところが厳しい自然環境や貧困・戦争等で環境が悪いと、どうしても血で血を争う結果となる。それにあった「目には目を、歯には歯を」といった厳しい戒律も生まれる。かの地を広目天の如く俯瞰して、自国の幸せを感じた。(2015年2月3日)

 

鬼畜英米

 現在の経済状況は、昔の植民地政策の時代とあまり変わらない。飢餓状態のように金が金を求め、懐が満腹状態の資本家が更に金を求めて世界を駆け漁る。正に餓鬼である。グローバル経済主義の醜い姿である。その後に残るのは住民の貧困である。太平洋戦争当時、欧米を鬼畜英米と言ったのは、そんなに間違いでなかったのだ。

 

1%の富裕層、世界の富の半分を保有へ

 世界の人口の1%の富裕層がもつ資産の総額は来年までに、残る99%の人口の資産を合わせた額と同程度になるという推計を、国際支援団体のオックスファムが19日に発表した。また、世界の富裕層上位80人の資産総額は、貧困層35億人の資産総額に匹敵するという。

 今回の推計によると、1%の富裕層が握る資産が世界の富に占める割合は、2009年の44%から、2014年は48%に増加した。このままのペースが続けば来年までには50%を超す見通し。

 残る52%の富についても、人口の5分の1の比較的豊かな層が46%を握っていて、その他の層が握る割合は世界全体の資産のわずか5.5%にとどまる。

 昨年の大人1人当たりの資産額は平均で3851ドル(約45万円)。これに対して富裕層の資産額は平均270万ドル(約3億円)だった。(CNN 2015.01.20)

 

17条の憲法

 仏教は和を重んじる教えである。今回の元号の選定で「令和」の和の字が選定されたのは、喜ばしいことだ。聖徳太子は和を重んじるが故、17条の憲法を立案し、仏教の布教を推進した。

 

軍国主義の興亡

 時代が変わり、明治時代になり富国強兵をしないと欧米の植民地化に席巻されるのを防ぐため、軍国主義が台頭してくる。そこで邪魔になったのが和を尊ぶ仏教である。仏教に戦争はご法度である。それ故、軍国主義者が後ろで糸を引き、廃仏棄却の嵐が全国を吹き荒れ、多くの仏像や寺院が壊されていった。

 この時代に智慧者が出て、その嵐を避けるため寺院内にお稲荷さんの神様を祭った。それが現在の寺院内にあるお稲荷さんである。「神様に手をだせるものなら出してみろ」と居直ったのだ。だから軍国主義者も神様には手が出せなかった。

 我々は、聖徳太子17条の憲法の心を見直し、血への復讐の争いに和をもって終りとしたい。私は毎朝の散歩で、大垣市大悲院禅寺内の玉姫稲荷大明神にも立ち寄り平和であることの感謝に手を合わしている。

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大悲院禅寺の玉姫稲荷大明神

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172    馬場恵峰書 「聖徳太子17条の憲法 10m巻物」(部分)

  20141113日撮影

2019-04-04    久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年3月29日 (金)

出版案内 「馬場恵峰書 百人一首」

 表記の書を2019年3月28日、出版しました。

 上巻 A4 版 全44頁  価格2,300円 

 中巻 A4 版 全40頁  価格2,100円 

 下巻  A4 版 全38頁  価格2,100円 

 

 1冊だけの送料は360円です。3冊まとめても送料360円です。

 

 本書を、万葉仮名の手本としてお使いください。全て異なった色紙に、馬場恵峰先生の万葉仮名で百人一首を揮毫されています。今回はフルカラーで製本しましたので、価格が高くなって恐縮です。

 我々、日本人の雅の心をこの書でお楽しみ下さい。

購入希望者は、メールにて小田までご連絡ください。

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2019-03-29 久志能幾研究所 小田泰仙

 e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

人生曼荼羅 福の神・貧乏神

 人生を彩る神に福の神・貧乏神がある。己の人生曼荼羅で、貧乏神だけはお断りとの人生はありえない。どちらも自分を自分たらしめる佛との出会いである。

 

 「老」には「結ぶ」という意味がある。親子が生物の発展の形である。物事は結ぶことで生成発展する。結婚しかり、合併しかり、異質なものが結び合うことで新しいものが生成される。それを「化成」という。ニンベン「イ」は背の伸びた若者、「ヒ」は腰の曲がった老人の姿である。親子が結ばれて新しい価値が生まれる。それが「化」の意味である。

 

福の神

 自分とは異質の人が福を運んでくれる、育ててくれる。時に、人の本気度を試すために、福の神が貧乏神の全く逆のコスプレで来るときもある。老心は百面相である。老心は異質なものの昇華体である。だからその外観に騙されないようにしよう。人間界の投影が神の世界・佛の世界がある。神の世界はコスプレの世界である。神佛には、裕福も貧乏もない。それを決めるのは人間の欲というフィルターがかかった目である。

 

貧乏神

 来る人が貧乏神に見えるときは、目が曇っているとき。貧乏神に出会わなければならないご縁が生じたに過ぎない。類は類を呼ぶ。自分自身が貧乏神の臭いを発散している時である。友人の言い訳が鼻につくとき、それは自分がそうしてはならないと佛が教えてくれている。それは人生曼荼羅の一過程である。そんな出会いの佛が両界曼荼羅に表される。その佛に出会って、自分はどう対応したのか、それが人生で問われる。

 

人生禍福が糾える

 禍があるから福に繋がる。人生の禍福の合計は、人生と言う長い尺度ではトータルゼロである。不遇な時期は人生の貯金の時と割り切り自己充実を図るべし。人生曼荼羅は禍福あざなえる人生道である。何もない平穏な人生では、砂漠を旅するようなもの。行けども行けども、砂漠ばかりの風景では寂しかろう。それでは人生曼荼羅が白黒印刷になってしまう。波乱万丈な人生も一興である。人生経験をカラフルにしてくれたと思おう。

 

逆縁の菩薩との出会い

 相田みつを氏は学生の時、喫煙の濡れ衣を着せられ、不良学生と烙印を押されて軍事教練の教官から徹底的に虐められた。結果として軍事教練の単位が、相田氏だけとれず落第となり、大学に進めなかった。当時、軍事教練の単位がないと進学できない時代である。氏はそのため寂しい青春を過ごすことになり、ある縁で在家ながら禅の道を学んだ。それが後に書の道に進む縁に結びつく。大学に進んでいたら、学徒動員で戦死していた可能性が大きい。氏はこの軍事教官を「逆縁の菩薩」と呼んでいる。なにが人生で幸いするか、人知を超えた天の計らいである。この軍事教官は結果として、相田みつを氏には福の神であった。

 

因果応報

 人によって事故に遭遇したり、病気に罹ることもある。人から見れば貧乏神に取りつかれたようなものだ。冷静に考えてみれば、それは偶然ではなく、事故に会うめぐりあわせがあり、病気になる因果があったのだ。仏様は、今後、最悪の状態にないようにと、考える時間を与えてくれたのだ。それを不運だと考え、行動を改めないから、幸福になれない。その不幸を糧に生活姿勢を改めねばならぬ。

 

 次頁の板書「福の神・貧乏神」は馬場恵峰先生の随筆である。現在88歳の道を歩く先生が(2014年11月)、この随筆で人生を考えるヒントを述べてみえる。

 この板書を下書きなしにそのまま書いてしまう恵峰先生に驚嘆。それには50年間の書道人生の曼荼羅が存在する。

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馬場恵峰先生書  福の神・貧乏神の随筆。和歌の巻物の収納箱の蓋に書かれている。

      『吾が人生の師天王』 p136 より

2019-03-29      久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年3月28日 (木)

後は野となれ山となれ

 この句は、此の世でやるべきことをやりきって、全ての執着心を捨てて、あの世に旅立つ心境である。ある意味で「人事を尽くして天命を待つ」を裸の本心で表した言葉である。人生の最期で到達する心境である。

 人は裸で生まれて、裸で死んでいく。あの世には何も持って行けない。それが分かってからが、本当の人生のスタートである。それが分からない御仁がゴマンといるから、遺産相続関係で醜態が絶えない。死に際が見苦しい。

 何に執着して、此の世に未練があるのか。「後は野となれ山となれ」の心境こそ、悟りの心境である。いくら金があっても、死の間際では体力的にも、精神的にも金など使えない。だから未練が残る。だからこそ、使える時に、世の為、人に為、己のためにお金を使ってこそ、お金の価値が出る。それで悔いを残さず、「後は野となれ山となれ」の心境になれる。

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   馬場恵峰書

 2019-03-28 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年3月27日 (水)

曼荼羅を俯瞰する

 己を客観的に見つめることは難しい。どうしても「私が」が出てしまう。冷静に第三者の眼で、過去の自分、今の自分を凝視し、己の課題と未来のあるべき姿を見つめたい。

 

四天王になって

 曼荼羅には過去の自分、今の自分、あるべき姿の佛としての自分が描かれている。悩みがあれば、自分が四天王の立場に眺めたらと仮定して、己を睨みつけ一喝して考えることである。第三者の眼で、上から己を観ると己の弱さが見える。

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広目天 松本明慶師作 高野山 中門

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増長天 松本明慶師作 高野山 中門

外国人と我との発想の差

 外国に住んで外から見ると、日本がよく分かる。そんな発想があったのかと驚くことが多々ある。いかに狭い視野でモノ見ていたのかと反省させられる。己が広目天・増長天になった思いである。日本語も外国語を学び、外国語の観点で日本語を見直すと、英語がよく理解できる。私もテクニカルライティングの勉強のため、検定試験の受験勉強をし、ミシガン大学の夏季セミナーでも英語を学んだが、そこで学んだのは、日本語には無い論理構成であり欧米の考え方であった。英語で日本語を考えると、日本語が良く見える。

 

英語の体得

 天界の四天王なら俯瞰するだけですべてを見通せる。しかし人間界の我々は、見るだけでは、頭で理解できても納得できない。手を動かし足を動かし体で覚える必要がある。私は科学工業英語検定1級(TEP)取得のため、裏紙に模範解答をひたすら模写した。写経と同じである。これで英語のパターンを体で覚え、3度目の挑戦で47歳にして1級に合格できた。体を通して体得する。これが「格物致知」だと思う。

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私がTEP受験の為に模範解答を手で写した裏紙の山、約1,500枚余 (1997年)

 

宗教とは

 宗教もキリスト教、イスラム教、仏教を比較し、さらに仏教でも真言宗、法華教、禅宗等を網羅的に学び俯瞰的に見ると本質が見えてくる。宗教の本質は同じであると思う。茶筒を宗教に例えると、縦に切ると長方形でキリスト教、横に切れば円形で仏教、斜めだと楕円形でイスラム教となると思うと合点がいく。その宗教が生まれた環境により、教祖様の見方が違うだけである。人間が勝手に切り口と見方を変えている。

 

地球の存在

 地球を宇宙から見た宇宙飛行士の多くが神を信ずるようになるという。真っ黒な宇宙にポッカリと浮かぶ青い地球を見て、地球の美しさと尊厳さを感じ、その存在の神秘さに感じいるという。それは宗教に近い心境である。地球の外から眺めて、初めて出てくる発想である。

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画像引用は、www.jaxa.jp- より

 

自分という小宇宙

 自分も小宇宙という存在である。37兆個の細胞を持ち、魂が支配する己はその魂も変幻無限である。その細胞一つの存在が奇跡である。それが37兆個も存在して、人であること事態が神秘である。その神秘の塊が、己の回りを取り囲み人間界を形成している。それを思うと頂いた命の有難さを感じ、その命を全うすべきとの念を強くする。

 そう思うと、くだらないことに関わっている場合ではない。無為に死んでいる場合ではない。自分の使命を全うしなければという思いが沸く。

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    馬場恵峰書

     『吾が人生の師天王』 p134

 2019-03-27   久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月23日 (土)

河村義子先生の中陰を供養する(4/4)

「河村義子先生の中陰を供養する」(1/4)~(3/4)中の写真を更新しました。

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43日 常に人を拝む心得大切に。拝まれる人になる心得大切。

44日 亡き人に日々家庭円満な暮らしを見てもらおう。

45日 寂しい時には手を合わそう。亡き人の命にふれることが出来る。亡き人の分まで、日々大切に生きよう。

46日 日頃真心の供養をささげれば、己の一日一日で心が清められるもの。一日清閑一日福の道を歩もう。

47日 うれしい時はまず亡き人へのご報告

48日 人生四苦八苦新たに日々共に喜びともに悲しむ

49日 日々振り返って、ほほえめるような悔いのない人生を創生して生活るべし。幸不幸苦楽皆自から体験して人間として生活る道。「明日あると思う心のあだ桜今日の訪れなんとときくらん。」人生二度なし。

 上記は吉田松陰の辞世の句である。志半ばで倒れた吉田松陰の志を受け継いだ志士達が、日本の夜明けを創った。我々は河村義子先生の志を受け継ぎ、大垣の音楽文化を育成していくのが勤めである。

 

平成2997日 91歳翁三寶齋恵峰考書

4 馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

河村義子先生の想い出写真。良き想い出と教えをありがとう。

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ピアノ発表会 2017723日、大垣フォーラムホテルにて

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子供を見る目が温かい

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「子と音」が出演中、観客の後ろで心配そうに見守る義子先生

201745日 大垣市民病院のふれあいコンサートで(義子先生は後列右から3人目)

47 勉強会の前の準備体操

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 ピアノの先生たちの勉強会で、2017‎‎6‎‎19‎日、大垣音楽堂

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2019-02-22  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月22日 (金)

河村義子先生の中陰を供養する(3/4)

29日 今生きているのは何の為、温故創新一路前進。 天は己を生き永らせるために生かしているのではない。その命を世の為人のために使え。故人の遺徳・教えを温(たずね)て、世のために新しい価値を創れ。それが故人への供養である。

30日 仕事の中に亡き人の願いを生かすべし。 河村義子先生の願いを思い出すべし。

31日 したい事をするのではなく、仕なければならない事を生涯かけてもやりとげるべし。心如鉄石という。 それを河村義子先生は体を張ってみせてくれた。それをまねするのが供養。

32日 どうせ井戸を掘るなら、水の出るところまで掘って見よ。

33日 出来ないのではない。やって見ようとしないだけ。 河村義子先生はそれをやって見せてくれた。

34日 二度とない人生、今そこからいまの自分を大切に。 河村義子先生の死で、忘れていた、死を再認識した。頂いた命を大切に、悔いのない人生を送る決意を新たにした。

35日 そのうちそのうちでなさずじまい。今そこから気付く時から。 今やらなけらば、一生できない。河村義子先生は身を呈して教えてくれた。

36日 亡き人の遺産は誰でもない。世の為、人の為に残せ。 河村義子先生が遺した遺産は、音楽を通して子供たちの育成である。その志を受けつぐのが、供養である。

37日 耳すませて亡き人の呼び声を聞く心を大切に。 天地自然は仏の経を唱えている。それに気が付くのが供養である。

38日 人の子も自分の子も皆仏の子。皆ちがってみんないい。

39日 実るほど頭のさがる稲穂かな。

40日 亡き人へ、笑顔でおはよう、感謝でおやすみ。 いつまでも悲しんでいても、義子先生は喜ぶまい。

41日 拝む喜びが働く喜びを生む。 拝む相手がいることを喜ぼう。それが師なら幸せだ。拝む相手がいない人は、極悪非道の人。

42日 亡き人を呼ぶ口で、他人をそしるな、ののしるな。

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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

31   リハーサルにて

Timm

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3 ありし日の河村義子先生。チェリストTIMMを招いての音楽会。「あしながチケット」で120名の子供たちを招待した。「世界で一流の音楽を楽しむ会」では、世界一流の音楽家を招待して子供たちに一流の音楽に生で接する機会を提供している。  2017929日、大垣市音楽堂

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2019-02-22  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年2月21日 (木)

夢興落花 人身得ること難し

正月のお供えものの謂われ

正月に昆布、スルメ、屠蘇、ミツカン、密柑、を供えるのはなぜか。子供に聞かれても親は答えられないから、子供から尊敬されない。201912馬場恵峰先生は、これは書いて残しておかねばと、「夢興落花 人身得ること難し」を揮毫された。

 

夢興落花 人身得ること難し

渋柿も振り落とされ、皮を剥かれ、寒風に晒されて、吊るされて、手入れ重なり白い粉を吹き、渋が砂糖のように変わる。渋そのものの甘味である。人生の心の灯台としたい。

昆布は海の塩水の中で生き育ち、海の試練に左右に揺れ、切れることなく自在に伸び、長いまま干され、柿と同じように白粉の甘さ生じである。

スルメも鳥賊の時、足は十本あって海の中で敵に会うと墨をかけて身を守る軟体動物。干されると軟が固くなり甘味はかみしめる程生まれる。

密柑は初夏に白い小花をつけて晩秋に実を結ぶ。中身は一つ一つ丁寧に包まれ、味覚を感ず黄色の皮は湯の中でも泳ぐ。密柑の種類も多く、人間生活の中でも多くのうるおいを与えている。

屠蘇は白朮(キク科植物の「オケラ、オオバナオケラの根茎」、山椒、防風、桔梗、桂皮などを砕いて調合、紅絹白絹を三角形に縫った袋に入れ、ミリンや酒に浸す。新年頭に飲み延命長寿を祈念もある。した。「甘からぬ屠蘇や旅なる酔心地」(漱石の句)もある。

先人たちに智慧、今新たまってどうこういうのではない。豊衣豊食の時代だからこそ、物の大切さと事の謂われを学び知るべきだと思う。

新しき年の初めの初春の今日降る雪のいやしけ吉事 大伴家持「万葉集 大伴家持」

恵峰93歳日々歩み始める亥年二日に書述へ書物とす。  馬場恵峰

 

会社の末路

「夢興落花 人身得ること難し」に示されるように、正月に飾られる品物や、祝いに席に呼ばれる人には、相応の苦労、試練がないと人間の「味」が出てこない。エリートのように苦労せずスレートで階段を駆け上る人は、試練に脆い。その顔は傲慢さで弛緩している。

 

人生の荒波を避けて

私の昔の部下の二人が、有名校を出て特別扱いで入社してきて、専務、役員からちやほやされ、それを鼻にかけ鼻持ちならぬ態度であった。無名大学出の私は露骨に無視された。二人は、有力役員が占める出身大学で、会社の金で博士号を取らせてもらった(費用約2000万円)。将来の役員は間違いなかった。しかし、当初の博士号を取った技術が、自動車会社が取り組んだ技術開発で、その博士号を取った技術が不要となって、当初予定の機械開発は中止となった。その一人は不本意として、退社して大学の助手に転出してしまった。会社から受けた恩に、足で泥を掛けたのだ。エリートは恩知らずである。もう一人はその後、室長までは偉くなったが、後ろ盾が無くなってその後、閑職に追いやられて、鬱で出社しなくなってしまった。

 

えこひいきの被害を味わう

当時、私は彼らの上司なのに、完全に無視される悲哀を味わった。本来、主任の私が海外見本市視察出張の順番であったが、役員のえこひいき丸出しの差配で、私より若く経験もないこの社員が、私を飛び越して海外見本市視察の席を手にした。私は情けなかった。えこひいき人事に、宮仕えの身では何も言えない。

 

巻き返し

幸いなことに、同時期にあった会社創立50周年記念懸賞論文募集「10年後の会社を考える」で、応募論文200通の中、私は最優秀賞を獲得し、副賞としてその海外見本市視察出張の席を入手できた。私の論文のテーマは、人財育成である。その論文技法も「テクニカルライティング」の手法を使って、論理的に論旨を展開した。

 

後日の悪夢

当社が吸収合併されて消えた後、その鼻持ちならぬ元部下が某大学の助教授として、新会社の開発センターに「ご」指導に来た。役員と部長がお相手をしていたが、なぜ当社を足蹴した輩を「先生、先生」と持ち上げるか、どの面下げて、昔足蹴にした会社の指導をするのか、と呆れた。恥知らずである。もう少しで私もそのお相手をさせられそうであった。まさにブラックユーモアである。2008年頃の話しである。

 

別のえこひいき人事

同時期、三菱電機から途中入社してきた同年の某大学卒が職場に来た。何も超一流の三菱電機から格下の当社に来なくてもよいのに、同窓の役員に泣きついて転職したようだ。前職では浮いて、いたたまれなくなって退職したという噂だ。彼の配属先の課長は、「彼は同世代のМ主任より仕事は出来ないのに、給与だけは高い」とぼやいていた。本人は学業は優秀かもしれないが、当社で何も実績のないまま、あれよあれよという間に出世して、役員になった。私が横で彼を観察していても、技術があり実績を上げたとは思えない。説明の口だけはうまかった。新会社になって、しばらくして子会社の役員に転出して、いつの間にか消えた。子会社の社長とうまくいかなかったようだ。だれに聞いても、今どこで何をしているか不明である。こんな人をえこひいきする役員が跋扈すれば、会社もおかしくなるのも当然である。

あれから30年経って、その立場が逆転して、私は落ち込まず臥薪嘗胆して頑張ってきてよかったと思う。自分で自分を褒めてあげたい。

 

エリートに支配された会社の末路

その後、特定大学の派閥学歴を出世の条件にしていたその会社は、左前になり、格下の競合会社に、名目は対等合併であるが、実質的に吸収合併されて消えた。

吸収された社員の方は、塗炭の苦しみを味わった。昔の仲間の室長クラスは、ほぼ全員、中国とかに条件の悪い海外の現地工場に飛ばされた。それに対して、合併相手先の幹部はぬくぬくと国内勤務である。部署異動先を見ても、吸収された方は、人事で悲哀を味わった。決断の出来ない無能なトップが、会社の方針変更を遅らせ、会社の寿命を60年に短くして、私が人生を捧げた会社を消滅させた。

 

経営者の仕事

経営者の最大の仕事は決断である。経営者の最大の罪は、すべき決断をしない事。挫折を知らないエリートは決断が出来ない。苦労もしない実力もない学閥エリートに支配された会社の末路である。

 

こんな日本に誰がした

同じようなエリート主義経営の悪例が、東芝、東電、日産等で、連日マスコミをにぎわせている。学校の秀才が、経営には不適との事例である。先人が血と汗で築いた日本経済基盤を、名門というエリート意識の大学出が、ガン細胞のように先人の築いた礎を浸食した。欧米の経営方式を猿真似して、未来へ投資をせず、利益だけを追求し、会社組織をぼろぼろにしている。その結果、1970年頃は国際経済競争力が、世界1位であったが、現在は25位に没落である。天網恢恢疎にして漏らさず。

 

大垣行政の末路

同じように、東大出というだけで、市長が痴呆的に君臨している大垣市は、就任以来、年率1%で経済没落を続けている。数字は正直だ。近隣他市は、名古屋リニア景気の恩恵を受けて沸いているのに、大垣市は地価も上がらず、大垣市だけが中部圏で取り残されている。大垣の未来に何の貢献もしない市制100周年記念行事で、34千万円も浪費(業者を儲けさせるだけ)する愚行に血道を上げている。名目的エリートに支配された痴呆都市の末路である。

 

2019-02-21  久志能幾研究所 小田泰仙

 著作権の関係で、無断引用を禁止します。

河村義子先生の中陰を供養する(2/4)

16日 もっとつくしてあげたかった悔いは、人への親切で。 人生は輪廻転生。悔いるよりも、己の至らぬ点が発見できたと喜ぼう。再発防止をすればよいのだ。師から受けた恩を後進に伝えよう。

17日 過去を悔いず、未来を夢見ず、ただ今を力強く。 過去の悔いは、未来のための修行。それを活かして今だけを考えよう。

18日 花びらは散っても花は散らない。 義子先生という花びらは散ったが、義子先生の志は散らない。それを受け継ぐ責任が門下生にある。それが供養である

19日 人を敬えば、自分も敬われる。「禮尚往来」 人を敬うとは、己を敬うこと。師の偉さを認めることができる目利きの己を、尊敬しよう。世には河村義子先生の偉さを理解出来ない人もいる。

20日 哀しい時は目をつむろう。まぶたの裏には広い世界がある。自分を見うしなわないように。 生きているから哀しいという感情が起きる。死んでしまえば、その感情も起きない。自分を見失うとは、自分が自分で無くなること。それで故人が喜びますか。

21日 人に頼るより、頼られる人に。 河村義子先生は子供たちへの愛に身を義して生きた。そいう生き方を目指して生きよう。

22日 何ごとも打て。それが己を強くする。

23日 自分には忠実 人には誠実 物には確実に。

24日 人の幸せを喜べる人が、自分も幸せになる。

25日 一人で生きているのではない。生かされていきているのだ。 支えられて生かされている事の気付くのが、故人への供養である。

26日 やがて死ぬ気色も見えず蝉の声。 まさかの突然の河村義子先生の訃報。それまでの活動的な音楽活動が真夏の蝉の声のようであった。一期一会。

27日 心変われば見方も変わる。逆境は展開のチャンス。 義子先生は死んだのではない、姿を変えて見守っているだけだ。独り立ちしなさいとの励ましなのだ。

28日 人生列車はいつも満員。楽になったら終点。 人生列車はビジネス快速列車である。自分の「志終着駅」を目指して、席の取り合いである。霊柩車はガラスキである。どちらに乗りますか? 人生列車から、途中下車させられた義子先生の無念を晴らすのが、供養となる。

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馬場恵峰書「中陰を生きる活かす」(部分)

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ドレスデントリオを招いてのニューイヤーコンサート。これが公式の最後の演奏会となった。2018113日、クインテッサホテル大垣で。

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2019-02-21  久志能幾研究所 小田泰仙

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