c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2021年5月29日 (土)

恵峰先生を偲ぶ(7)東日本大震災での支援(3/4)

 2012年9月末、馬場恵峰先生は浄土ヶ浜の海水で書いた鎮魂の書の書を被災された各地に贈呈のため訪問された。

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大槌町の佐々木副町長に贈呈 2012年10月1日

2 宮古市の山本正徳市長に贈呈 2012年10月1日

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山田町の佐藤副町長に贈呈  2012年10月1日

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大船渡市の角田副市長に贈呈 2012年10月3日

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岩手県知事に名入り色紙を贈呈

 七言詩で、末尾を践、先、宣と韻を踏んでいる。3行目の最後は韻を踏まないのが規則。

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第3回目東北地方講演会訪問 岩手県知事室で  2012年10月2日

東日本大震災・復興記念講演会と浄土ケ浜の海水でしたためた「鎮魂の書」を贈呈するため訪問

  左から齋藤社長、奥様、馬場恵峰先生、達増拓也岩手県知事

  吉田県議、福田社長、齋藤社長のご子息

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2021-05-29   久志能幾研究所通信 2038 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年5月28日 (金)

恵峰先生を偲ぶ(6)東日本大震災の支援(2/4)

  

 馬場恵峰先生は2011年の東日本大震災での支援として、計6回、支援活動として東北に出かけられている。鎮魂の書の寄贈、講演会、励ましの揮毫会、等である。当時、交通網が寸断され、移動するには車でしか行けない場所を、6回とも一日中車に揺られて回られた。84歳の老体には過酷な体験であった。高齢の先生にはハードスケジュールで、さすがに恵峰先生は疲れたと仰っていた。その無償の行為に頭が下がる。

 「恵峰先生を偲ぶ会」(2021年4月11日)で、齋藤明彦氏とグレート小鹿氏が、その支援内容を紹介された。

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齋藤明彦氏とグレート小鹿氏

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 被災直後の浄土ヶ浜。浄土であるべき姿が地獄絵に激変した。

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 震災前の浄土ヶ浜の風景。さながら極楽浄土のごとし。

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恵峰先生の支援活動

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 山田町仮設住宅での揮毫会

  その場で希望の書を書いて差し上げた。

  人はたった一つの言葉で勇気づけられる。

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 陶器に恵峰先生の書を焼いて販売して孤児を支援

 

2021-05-28   久志能幾研究所通信 2037 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年5月27日 (木)

恵峰先生を偲ぶ(5)東日本大震災の支援活動(1/4)

 

浄土が浜の海水

 2011年4月2日、朋友の齋藤明彦社長(㈱電創総合サービス)が、書の師である馬場恵峰先生(当時84歳)の元を訪問して、哀悼の書の揮毫を依頼された。東日本大震災の被害に遭われた皆さんに元気になってもらうのが目的である。そのとき、三陸海岸宮古浄土が浜の海水を持参された。その海水を使って震災で犠牲になられた方たちへの鎮魂の書を依頼された。まだ震災で犠牲になられた方たちの精霊が漂っている浄土が浜の海水である。

 齋藤明彦社長は、震災後のかたづけの多忙の時期で、家族や社員の方からは白い目で見られたにも関わらずの長崎訪問である。当時、斎藤社長の会社も甚大な被害を受け、てんてこ舞いの状態であった。従業員の方で亡くなられた方は見えなかったのがせめてもの幸いである。

 恵峰先生は海水を使っての磨墨は、そのままではかなり書きにくいとのことで、薄めて書かれた。

 

同席のご縁

 齋藤社長が長崎の先生宅を訪問したとき、私もたまたま同席をするご縁を頂いた。私は恵峰先生の松尾芭蕉300年御忌で書かれた『奥の細道全集』を撮影するため訪問していた。齋藤社長とは明徳塾で机を並べて馬場先生の書を習う仲間である。齋藤社長とは長崎空港で別れたが、かなりお疲れのようであった。こういう無償の奉仕こそ生きた仕事である。

 考えるまもなく津波に押し流された方の無念が偲ばれる。明日はわが身と思い、時間(命)の有限性を再認識した。

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 箕面 加古川山荘にて(2011年4月16日 撮影)

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 恵峰先生の図書館にて(2011年4月2日)

 左端が齋藤社長、右端が恵峰先生、中央は福田社長、手前が「奥の細道全集」

2021-05-27   久志能幾研究所通信 2036 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年5月25日 (火)

我家の御本尊様

 

虚空蔵菩薩

 2014年9月21日、1年弱待った虚空蔵菩薩座像(桧、5寸)が自宅に納佛された。明慶先生に製作をお願いした時、「いま大事な仕事にかかっているので、彼岸過ぎまで待って欲しい」と言われた。

 虚空蔵菩薩は寅年生まれの守り佛である。今まで無事に生きてこられたのを感謝するのと、今後の守り佛として見守ってもらうため、製作をお願いした。明慶先生の大事な仕事とは、高野山に納める四天王の製作であった。

 虚空蔵菩薩とは、広大な宇宙の無限の智慧と慈悲を持った菩薩という意味である。そのため智慧や知識、記憶といった面でのご利益をもたらす菩薩として信仰されている。

 「虚空蔵求聞持法」は、一定の作法に則って真言を百日間かけて百万回唱えるという修行を修した行者は、あらゆる経典を記憶し理解して忘れることが無くなるという。しかし、忘れることは人間の徳性である。忘れない人とは、神であり、人でなし。

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 松本明慶大仏師作 虚空蔵菩薩像 

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人の愚かさ

 1979年頃、私も仕事で悩み、人生に迷っていた。ある新興宗教の教祖著の『密教入門(求聞持聡明法)』を読み、それに嵌りかけた。しかし物理的に凡人が、真言を百日間かけて百万回唱えるという修行が出来るわけがない。冷静に考えると、記憶を絶対に忘れないとは、人間でなくなることである。過去の嫌な失敗談を何時までも覚えていては、地獄である。今まで何回、嫌なことで死にたいと思ったことか。それが人間の特性として、忘れるから良いのであって、何時までも覚えていることは決して善ではない。

 当時は天中殺も流行した時代である。この新興宗教の手法を盗用して、オウム真理教が勢力を拡大して、地下鉄サリン事件を起こした。有名大学出の若者が堕ちていった。頭が良い人は、楽をして成功を手に入れたがる。人とは愚かな存在で、歳を取らないと己の愚かさに気がつかない。人は愚かな事をしてみて、初めて愚かな事をしてはダメと気づく。

 

文殊菩薩

  文殊菩薩は、衆知を集めて知恵を出せと教えている。三人寄れば文殊の知恵である。自分だけの考えでは駄目なのだ。文殊菩薩は、迷いや煩悩を断ち切る宝刀を右手に掲げ、左手に経典(佛の教え)を持ち、迷える衆生を導いている。

 しかし三人寄っても、それが正しいとは限らない。個人ではなく集団になると、集団浅慮で、かえって短絡的に意思決定をしてしまう時もある。そこには賢さが無くなっている。

 

Dsc06572s_2 松本明慶大仏師作 文殊菩薩像 

知識と知恵 

 知識とは議論において相手をねじ伏せるための武器である。時としてその知識が己の行動を縛る。智慧とは議論をしなくても問題を解決する佛智見である。知識で論理的に戦うことは、理でしか戦えない偏った戦いである。理だけでは感情を理解できない。だから「感動」はあっても「理動」はない。智慧とは理知をもって俯瞰的に物事を導く佛力である。お釈迦様はこの佛智見を衆生に教示するため現れた。

 

知識過剰

 しかし、どんなモノでも過剰にあると毒になる。モノが過剰にあると探す時間と保管の時間を取られ、人生の時間(命)が蝕まれる。人生経営指標の無形資産回転率が低下する。モノには精霊が籠もっていて、使われない悲しみの表われである。知識もありすぎると、どれが有用なのかが分からなくなる。1テラの知識量よりも一つの智慧が勝る。

 

智慧の経営

 浄土とは智慧で悟る世界である。穢土とは知識に振り回される煩悩が溢れる世界である。普賢菩薩と文殊菩薩は浄土から穢土に、理知を運ばれる。

 知識は時代と共に正誤が変わるが、智慧は不変である。知識を武器に相手を論破する競争よりも、黙々と下に根を伸ばす精進で智慧を育むことが大事である。不毛な議論は時間の無駄で、議論の正誤は歴史が正してくれる。多くの人が嫌がることは正しいことではない。人に喜ばれてこそ功徳である。不毛の議論は犬も食わぬ。

 

Dsc012821s    馬場恵峰書『人生訓80恵峰選』(2005年)より

賢くあれ

 Appleのジョブズは新しいことを創造した人間として、母校のスタンフォード大学の講演で「愚かであれ」と唱えた。目的を達成するために、愚かもののように邁進するのは必要だが、知恵は必要だ。

 凡人の私は、ホモサピエンスとして「賢くあれ」と唱えたい。ジョブズは世界一の金持ちになったが、間違った健康知識で癌を悪化させた。彼は癌に勝てず56歳で世を去った。世界一の財力でも、金と知識だけでは病気には勝てない。

 人生を生きていくために貯めなければならないのは、金でなく智慧である。賢さである。病気になって金の力や知識の力で治すのではなく、智慧と賢さ病気にならないことだ。知識があっても、意思が強くないと、実行できず、免疫力を強くできず病気に負ける。

 

普賢菩薩

 今の混迷の時代、我々に必要なことは、賢くなることだ。政府は当にならない。自分の身は自分で守る。知識がいくらあっても、意味がない。あまねく賢く振舞わないと、現世では負ける。政府もマスコミも賢くなく、烏合の衆である。

 私は、毎日、普賢菩薩様に手を合わせている。賢く物事に対処したいと、誓っている。普賢菩薩は合掌して私に向き合っている。合掌して祈るとは、心を無にして、謙虚に反省して今後の自分の行動を誓うことだ。それがサムライの心得である。普賢菩薩は釈迦如来を守る脇侍である。

 私が2019年に大病を患い、その病気の快癒を願って、文殊菩薩と普賢菩薩は、2019年7月に納佛された。

 

Dsc06566s_3   松本明慶大仏師作 普賢菩薩像

我家の御本尊

 御本尊とは、信仰の大切な対象である。2015年、我が家のお墓を改建したご縁で、仏壇にはご先祖の為に釈迦如来を祀った。如来とはかくの如く来たりしものという意味である。佛として理想の姿である。

 私は現世の自分の守り佛として、虚空蔵菩薩と文殊菩薩と普賢菩薩を居間に祀った。自分の守り本尊として、釈迦如来様では畏れ多いと思ったからである。

 

4k8a02641s_2 松本明慶大仏師作 釈迦如来像 

集団指導体制?

 一般的には、釈迦如来とその脇侍として文殊菩薩と普賢菩薩が祀られる。釈迦如来像は一般的に文殊菩薩と普賢菩薩の倍の大きさで作られるが、我が家は集団指導体制(?)として、大きさがほぼ同じである。例えれば一般の会社組織と同じで、社長も役員も同じ立場という体制とした。

 菩薩とは如来を目指し仏道を修行している仏様である。みんな同じ菩薩様なのだ。その身分に差はない。まとめ役として虚空蔵菩薩を中心に祀った。

 文殊菩薩は、衆知を集めて知恵を出せ、宝剣で煩悩を断ち切れと教えている。普賢菩薩は合掌して、佛を信じる衆生を、あまねく賢くあれと導いている。その二佛の菩薩を統括するのが、虚空蔵菩薩である。私は毎日、智慧があり、普く賢くありたいと虚空蔵菩薩と文殊菩薩と普賢菩薩に手を合わせている。

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2021-05-25   久志能幾研究所通信 2034 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年5月24日 (月)

痴者の戯言「全社一丸となって頑張ろう」

「うちは小さくてもピッリと辛い。D社になんかに負けないぞ」

 

 上記は前職の社長や役員が口癖でよく社員に訓示していた言葉である。「全社一丸となって」とは聞こえはよいが、愚者の遠吠え、痴者の「万歳突撃」の叫びである。泥縄の経営である。それは、指導者の管理能力のなさと智慧のなさを表している。「全社一丸となって」頑張らなくてもよいように、危機管理をするのが賢者の経営者である。

 弱い組織をどうするかが指導者の役目である。織田信長は尾張武士が弱いことを知り尽くしていたから、鉄砲を使った。織田信長は知恵と素早い決断で、天下が取れた。

 

多様性

 画一性には成長性がない。そこには智慧がない。多様性こそ、成長の鍵である。そんなレベルの社長や役員が跋扈した会社は、30年後、競合他社に吸収合併されて市場から消えた。遠い昔、前職の会社はD社と同等レベルであったが、今ではD社ははるか上を行っている。当然の帰着であった。

 日本と大垣が衰退続けている原因は、その多様性を許容する余裕のない政治屋の偏狭さである。すべて役人ファーストの政治が原因である。国民は貧困になり、政治屋が私腹を肥やしている。

 

齟齬のある政策

 少子化にかこつけて、外人労働者導入を強力に推進して儲けている人材派遣業の元政府高官・竹中平蔵がいる。国賊ものである。その分、日本の若者の雇用がなくなる。日本には188万人の完全失業者がいる。それなのに、外人労働者数は127万人である。企業がきちんと労働対価を払わないから、激安の給与の人材派遣業が跋扈するのだ。安い賃金の外人労働者を許すから、日本人の給与がそれにつられて下がる。ますます日本は貧乏になっていく。

 

少子化対策「万歳突撃」

 日本政府も大垣市も「全力で少子化対策をしてます」、「大垣市は子育て日本一です」と掛け声だけは勇ましく、実質は何もしていない。『大垣未来ビジョン』でも「大変だ、テイヘンだ」というだけで、具体的な政策はどこにも記述がない。

 大垣市は、幼児予算だけ目立つようにして、残った金を自分達の利権に使っている。大垣市の役人の給与は岐阜県一の高額である。役人が堕落しているから、少子化が止まらない。日本と大垣の没落が止らない。日本人の年収が下がり続けている。大垣市の公示地価が暴落し続けている。それが、この30年間の政策の答えだ。政治は結果が総てである。

 

真の少子化対策

 少子化対策で必要な対策は、子供が安心して生める環境作りである。それを増税、景気対策の愚策、教育費の削減(先進国中で最低のレベル)、正規社員の削減、派遣社員の増加、外人労働者導入、給与の30年来の減少等、全て政治家の劣化とそれに起因する政策の愚劣さが少子化の原因である。

 日本で子供を産んだら、地獄の苦しみがあるのに、だれが生むものか。一人を育てるのに4千万円がかかるのだ。

 大垣市の学校の教育環境は最悪である。大垣市の児童生徒一人当たりの教育費は県下最低レベルである。3年前は学校にエアコンさえなかった。当時、エアコン設備率は2.1%で県下最低であった。岐阜県の他市はほとんど100%であったのに。大垣市民として恥ずかしい。

 

子育て以前の問題

 子育ては幼児期間だけでなく、子供が就職して独り立ちするまでである。それ以前に大事なのは子供を安心して生める体制づくりである。大垣市が、幼児だけ優遇したとしても、それは春画的対策である。今ではどこの市でもやっている。だから大垣市の施策は智慧がない。大垣市はこの20年間、無為無策無能の政治が続いて、大垣市の没落が続き、子供を安心して産める状態ではなくなった。また児童生徒一人当たりの教育費が県下最低になり、少子化に拍車をかけている。政治は結果が総てである。

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2021-05-24   久志能幾研究所通信 2032 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年5月23日 (日)

一流を夢みて

 

百不当の一老

 効果のないと思われる小さな積み重ねが、臨界点に達すると劇的な時間創出となる。臨界点に達するまでに止めてしまうから、それまでに費やした時間が無駄になる。

 どんな道でも、1万時間をかければその道のプロになれる。

 1万時間とは、一日8時間を3年半かければ達成する。

 

 下図は佛像彫刻に深夜まで取り組む松本明慶工房の若い仏師たち。1万時間という彫刻修行が、名人を作る。毎日の修行の積み重ね以外に名人は生まれない。

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夢とは

 人生は夢のように流れ去る。だからこそ現実を一所懸命に生きるために夢を持つことは真剣に生きることをいう。夢が人生を作る。

 

「一生実現できない夢、志をもつこと」

 高原慶一朗ユニチャーム社長の座右の銘。

 利己的な夢を抱いて生きると、小さい利己的な未来が待っている。

 

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 馬場恵峰先生書

 日中文化資料館にて撮影   2010年10月8日

2021-05-23   久志能幾研究所通信 2030 小田泰仙

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2021年5月22日 (土)

自分は仕事以外に何が出来るのか?

 

 会社を定年になり、会社を離れて自分は仕事以外に何が出来るのかを、自身に問うべきである。だから第二の人生で何が出来るのかを、会社に勤めている間に道を探すべきなのだ。会社に勤めている間に、その道を歩く準備に一日の時間の1割を割いて学ぶべきだ。そうしないと、定年後、やることがなく認知症になり、早く死ぬ。

 仕事は生活の糧である。それを卒業した後が、本当の人生なのだ。家のローンも終わり、子育ても終り、これからが人生の収穫期である。それなのに、やることがないなんて、惨めすぎる。それは社畜の人生だ。

 第二の人生でやることが、魂の糧となる。己は会社生活38年間で、何をするために生まれてきたかを、悟るべきだ。

 

利己主義

 下手でもいい、何かを取り組むべき。最初は下手で当たり前。字書き恥かきというように、恥をかかないから、何事もうまくいかない。

 身の回りで問題があっても「言わぬが花」と黙っている人は、保身主義者である。自分が可愛いのだ。自分が傷つきたくないのだ。それは今まで世間様から育ててもらった御恩を忘れた畜生の行為である。

 「学びしことを人に教えざるは、借金をして返さざる如し」と福沢諭吉は説いた。今まで多くのことを人から学んできた。そのお陰で智慧ある年長者に成長したのだから、それを人に教えないと、知識泥棒になってしまう。教えないから、認知症になる。「俺には関係ない」と利己主義を出すから、認知症になる。日本では、65歳以上の15%は認知症である。グローバル経済主義の氾濫で利己主義者が増えたのも原因の一つである。

 

人に教える

 「情報」とは情けの知らせである。それを自分の頭の中で、その流れを止めるから、頭の中で腐ってくる。溜めずに、人に話してその考えを流すから新しい発想や別の情報が入り、生まれてくる。

 それはお金も同じである。お金は財産ではない。経験を得るための回数券である。それを溜めるから、有効期限切れになって腐ってしまう。若い時に使うべき経験のチャンスは、年老いてからでは有効期限切れで使えない。私も若いときにやっておくべきことが出来ず、後悔してことが多々ある。

 お金を世間に流せば、利子をつけて帰ってくる。その利子とは経験から生まれる智慧である。馬場恵峰先生は、自費で260回以上も中国に旅された。その経費は約8千万円で、お金は消えたが、それから得た智慧とご縁は消えない。得たご縁は限りない。2019年12月13日から、馬場恵峰先生は最後の中国旅行をされた。それは人生最後のお別れの挨拶回りという。実際にそうなってしまった。何ごとも永遠に続くわけではない。

 

宗教の教え

 会社生活でしみ込んだ自己中心主義を止めないと、定年後の第二の人生は寂しいものになる。仏教もキリスト教も「自己中心主義を止めなさい」が基本の教えである。欧米の企業が害毒を振りまいたグローバル経済主義、拝金主義、利己主義が日本人の心を破壊している。宗教はそれとは反対の教えである。

 己の第二の人生で、人を祈る気持ちがないと、神仏の加護はない。今の成果主義、利己主義の権現のままでは、社会に受け入れてもらえない。

 

学び

 何のために学ぶかというと、己の感性を高めるためである。感性とは教養の事。それは学習しないと身に付かない。そのために「温故知新」、「温故創新」が必用だ。

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             「修身」2004年

2021-05-22 久志能幾研究所 2028   小田泰仙

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2021年5月21日 (金)

老いて知る人生の結論

天網恢恢疎にして漏らさず

 

 いくら年老いても、今からでも遅くない。人生の結論に気が付いた時から、改めればよい。改めたことだけ、確実に残り人生が豊かになる。

 残り人生38年になって(?)やっと人生の結論を得た。

 

親類はあてにならない。

 長年の友もあてにならない。

 長年の友も経年変化をする。無常である。

 勿論、国なんかあてにならない。

 頼るのは自分だけ。そう思えば強くなれる。

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 終活で断捨離なんて大間違い

 記憶こそ人生だ。その記録を捨てるとは、人生を捨てること。

 断捨離は死後、カネさえ出せば、業者がやってくれる。

 想い出の品で人生を振り返り、反省して今から新しい人生を創るのだ。

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嫌な上司や陰険な年寄りは気にするな

 必ず、先に死んでいく。上司など一過性の付き合いだ。

 

失敗、左遷、孤独になった時が成長の時期である。

 置かれた場所で咲けばよい。

 長い人生で、たかが一過性の事象である。

 挫折を知らない奴ほど、上の仕事ができない。

 学校の成績など、50年前の記憶力テストだけのこと。

 記憶力だけ良くても、実の仕事ができるわけがない。

 東大出だからといって、仕事が出来るわけではない。

 そいつが20年間も市を君臨して故郷が没落した。

 知識は陳腐化する。知恵は熟成する。

 

師の偉さは取り巻き次第

 以前に師と仰いだ人の死後、取り巻きに煮え湯を飲まされた。

 それで師に幻滅したことが数知れず。

 師が後進や取り巻きまでを教育できてこそ、真の師である。

 それは師の死後にしか判明しない。

 

定年後、やることがない奴ほど、付き合えない。

 そういう人間は、日々、陳腐化していく。

 老いても日々成長している人と付き合いたい。

 心が青春の人と付き合うべし

 

人生は思った通りになる。日頃の口癖が人生を創る。

 どうせ俺の人生なんて、と言っていると、その通りになる。

 後ろ向きの言葉を吐く人を避けよ。副悪縁流の被害を受ける。

 

若い時に流さなかった涙は、老海で後悔の涙になる。

老いても心を若くして、世のために苦労をしよう。それが人の華。

 

3歩前進、3歩後退でよい

 結果が伴わなくてもよい。どうせ死が目的地だ。

 動けば経験知、智慧は増えている。決してゼロではない。

 

若さにかまけた暴走のツケは、老いて病気というツケを払う。

 暴飲暴食、タバコ、夜更かし、

 タバコによる肺の損傷は、老いてからくる。肺の組織は再生しない。

 狂った生活、食生活はガン、認知症の最大原因である。

 

降りかかる事象に対処療法で胡麻化していると、後日、痛い目にあう。

 何故なぜを5回繰り返して、真因を探せ。

 病気も悪縁も同じである。なぜそんな悪縁に巡り合うか考えよう。

 

見えない世界に目を向けよう

 この世は正の世界と負の世界で成り立っている。

 とかくエリートは目に見える世界ばかりに力を入れる。

 だから見えない世界の精霊に足をすくわれる。

039a34431s  馬場恵峰書

 

2021-05-21 久志能幾研究所 2026   小田泰仙

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2021年5月20日 (木)

恵峰先生を偲ぶ会(4)夢見佛の借金地獄

同じ夢見る弟子佛  異床同夢

 

 馬場恵峰先生は60歳(1988年)の時、私財を投じ日中友好親善と社会奉仕活動の一環として日中文化資料館を建設された。建設費用(1億円)は銀行からの借入で、350坪の敷地に、日中文化資料館と図書館が建てられた。

 実家の家屋敷を担保に入れ、知人達に保証人になってもらい、多額の生命保険をかけての銀行からの借入れであった。

 今ではそんなことは銀行が許してくれない。恵峰先生は良き時に良き決断をされた。

 

借金地獄

 並みの人間には還暦の身で1億円の借金を背負うのは地獄である。生命保険料が高いとこぼされながら、再婚するなら相手は保険金目当てだろうとご夫婦で冗談を交わすユーモア精神で地獄を乗り越え、24年間の年月をかけて、御歳84歳(2010年)にその借金を完済された。完済時には、先生も若先生と手を取り合って感涙されたという。

 

弟子への影響

 その影響を受けてか、2014年、延岡市の山崎さん(65歳)が自動車整備事業で1億円の投資で新しい特殊車両整備事業を宮崎市で立ち上げた。同じ2014年、盛岡市の齋藤明彦氏(64歳)も今の電線工事事業の1億円の新規投資として仙台市に進出して新事務所を立ち上げた。これは夢見佛の恵峰先生の後姿を見ての因果であろう。両氏とも、2006年以来、ずっと恵峰先生から薫陶を受け続けてきた社長達である。師の後姿は、弟子に大きな影響を与える。84歳の先生がやれたなら自分も負けてはいられないと。

 

利他の心

 借金地獄でも、利己のためでなく世の為なら苦労が励みとなる。それが先生をして93歳まで現役のバリバリの書家として佛様が活躍させておられるのだろう。

 

 「悪いことに使うのでなければ、金は何とかなるものだ(トヨタ 大野耐一の言葉)恵峰先生は、その模範を示してくれた。

 私はそれを信じて頑張っている。私には、「忍法踏み倒しの術」の奥の手のがある? それを信じて、大きな夢を見ている。この世で人間が起こしたことは、人間界で解決できる。私も今、1億円のプロジェクトを実行中である。だからおちおち死んでなんかいられない。夢なき人生は墓場の人生だ。老人よ、若人よ、大夢を抱け。夢が人生を創る。今からでも遅くない。死ぬまでが挑戦の人生だ。

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1   日中文化資料館

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日中文化資料館内に中国古代の石器も並ぶ。模造品だが、今はそれも手に入らないほど貴重品。

恵峰先生の後姿が大きい   2011年4月2日

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図書館の2階   恵峰先生は84歳

水谷英二氏と齋藤明彦氏  衝立は千文字経。机の上は「奥の細道全集」

  2011年4月2日

 

2021-05-20  久志能幾研究所 2025     小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年5月18日 (火)

恵峰先生を偲ぶ会(3)希望という事業計画

 

 「恵峰先生を偲ぶ会」で紹介された師の教育功績が下記である。

 師は中国に自費で260回以上も渡航しておられる。中国は、馬場恵峰先生の尽力に対して正当に評価している。

 それに比べると日本政府の対応が情けない。長崎県は叙勲を何度も申請したが、叶わなかった。日本では政治のコネがないと叙勲は難しいようだ。日本の叙勲の基準は、公的役職在任の得点の加算できまる。大学学長を〇〇年やって何点、公的委員会の役員をやって〇〇点、とその合計値で叙勲のランクが決まる。加算されるのは、単に在職の事実だけで、実績で世に貢献した話しではない。馬場恵峰先生は、そういう公的な役職を避けてきた。

 日本の役人が「上から視線のお役人仕事」しかしなくなったので、日本の衰退が始まった。心の問題、使命感の問題である。日本に修身教育が必要だ。

 

渓流希望諸学校の建設

 中国の浙江省でダム建設により、その土地の学校が水没した。学校の建設計画ミスで学校に行けなくなる子供たちが出た。当時、まだ貧しかった中国政府は各国に「希望」という名の事業計画で学校建設に寄付を募った。

 

1993年、その資金集めに尽力したのが、恵峰先生であった。恵峰先生が私財から必要資金の1/3を寄付し、それと同じ額を有志の方たちから集めた。中国政府が残り1/3を出して希望小学校が完成した。

1993年、恵峰先生は、その功績で初代の希望小学校の校長になり、以降、名誉校長を拝命した。

1997年 馬場恵峰訪中七十回記念で、北京中国美術館で個展開催

 北京中国美術館は中国一の美術館で、そこで個展を開催できるのは半端な力量ではない。

2000年12月、中国杭州浙江省博物館にて個展を開催。

 そのおり、人口4230万人の浙江省の名誉市民賞を授かった。浙江省は昔から文化人たちの憧れの地であり、現在でも文化の中心地である。

2002年 大村市より書の文化功労賞を授与。

2003年 浙江工業大学江学院の客員教授として招聘された。

2004年 中国桐蘆県より教育功労賞を授与された。

2012年 大村市国際交流活動表彰

     長崎県波佐見町民表彰

2013年 長崎県民功労賞受賞(祖父、父、恵峰 三代県民表彰)

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2021-05-16 久志能幾研究所 2023 小田泰仙

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