c-馬場恵峰師の書・言葉 Feed

2021年7月31日 (土)

文以拙進道以拙成 菜根譚の生き方

 

 文を作る修行は技巧をこらさないことで進歩し、道を行う修行はうまく立ちまわろうとしない事で成就するという意味の菜根譚後集九四である。

 菜根譚二巻は明の洪自誠の著。この書は、宋の汪信民の「菜根を咬み得れば一事をなすべし」という言葉から取ったもので、その意味は、淡泊に甘んじ、物質に心を奪われず貧困に安んじて人生を送れば困ることはない、と言うのである。

私の父は此の本を写し学びとったのが今も手元に残っている。私子供の頃からこの勉強の話しは聞かされて居た。今日今の私がこの本を学び、活用することとなる。家庭教育の成果に合掌する。恵峰述 (2015年)

 

 以上は馬場恵峰書『心に残しおく古訓言と恵峰折々の漢詩、詞文集26』の冒頭の前書きである。恵峰先生の写真資料を見直していたら、この文が目に留まった。

 この歳になって人生を振り返ると、若い会社勤めの時代、なんとか手柄を上げて人並みに出世したいと頑張っていた己が滑稽に見える。ホームランを打つ事など考えず、ひたすら業務を全うし、地道に仕事に生きていく(菜根を咬み得る)、それが人生の一番の近道であったと気が付くのだ。気が付いた時はその世界を去った後である。その世界では失敗であったが、その失敗を次の世界で役立たせるのが智慧である。人間は一足飛びに賢くはならない。

 

反・菜根譚の菅総理

 菜根譚の目から見ると、何を菅総理は焦っているのかと、哀れに見える。何もこの酷暑の時期にオリンピックを開催するとは、大前提の開催時期が間違っている。それをコロナ禍が教えてくれた。

 この酷暑の時期を選んだのは、IОCの金儲け至上主義である。TV放送権での暴利を狙ってのことで、開催の最適な時期や、選手や国民のことを考えたのではない。雨が降れば傘をさす、コロナ禍があるのだから、1年順延か中止にすればよい。菅総理が支持率低下の挽回のため、オリンピックの強引開催で、支持率回復を願う愚かさがにじみ出ている。

 日本はよき指導者に恵まれない不幸である。それは全世界でも同じようだ。アメリカ、フランス、ドイツ、ロシア、中共、韓国の全ての指導者に当てはまる。だから世界の混迷が続く。すべての指導者に利他、小欲の精神が欠けている。それを選んだのは、国民である。まず自身の生き方を見直すべきなのだ。

 

01039a12571s 表紙

02039a12871s 前書き

Dsc02462s 『心に残しおく古訓言と恵峰折々の漢詩、詞文集26』を説明する恵峰先生

  ‎2015‎年‎10‎月‎26‎日   知己塾で

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2021-07-31   久志能幾研究所通信 2106  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月30日 (金)

「自分合衆国(我集国)」建国の父を目指して

 

 自分とは、利他的な我、利己的な我、佛のような我、鬼のような我が集って、一人の人間としての自分がいる。各「自我」の要素の大小の比率で、人の性格、人格が決まる。自分は、その集合体である自分合衆国(我集国)の大統領として君臨している。やりたい放題である。その自我をどう律するかで、自分という国の成長が変わる。

 

フランクリン

 ベンジャミン・フランクリン(1706年 - 1790年)は、アメリカ合衆国の政治家、著述家、物理学者である。印刷業で成功を収めた後、政界に進出しアメリカ独立に多大な貢献をした。現在の米100ドル紙幣に肖像が描かれている。

 彼は勤勉性、真理の追究性、合理性、奉仕活動という18世紀における近代的人間像を象徴する人物である。己を含めて権力の集中を嫌った人間性は、個人崇拝を敬遠するアメリカの国民性を超え、アメリカ合衆国建国の父の一人として讃えられる。

 

建国の父

 1728年ごろ、彼は道徳的な人間に成長する計画を思いつき、その実現のため、自らの信念を13の徳目にまとめた。彼は毎週、一週間を徳目の一つに捧げて、年に4回この過程を繰り返した。それが彼をアメリカ合衆国建国の父を呼ばれるまでに成長させた。

 その内容は、仏教の戒律や豊田綱領、5S、トヨタ生産方式にも相通じる禁欲性があるが、非常に建設的な徳でもある。東西の偉人の目指すところは同じである。

 フランクリンは、彼は毎週、一週間を徳目の一つに捧げた。トヨタでは毎日、豊田綱領を唱えて社業に邁進している。私は毎日、読経をして、戒律を唱えている。同じことである。

 残念なことに、今のアメリカは拝金主義、グローバル経済主義、アメリカファースト、と建国の父の精神が衰退している。それが我が国も影響を与えている。日米の健全な精神の復活は、フランクリンの13の徳が必要だ。まず自分が、自分我集国の父になることを目指して、精進すべしである。

 

フランクリンの十三徳

節制  飽くほど食うなかれ。酔うまで飲むなかれ。

沈黙  自他に益なきことを語るなかれ。駄弁を弄するなかれ。

規律  物はすべて所を定めて置くべし。仕事はすべて時を定めてなすべし。

決断  なすべきをなさんと決心すべし。決心したることは必ず実行すべし。

節約  自他に益なきことに金銭を費やすなかれ。すなわち、浪費するなかれ。

勤勉  時間を空費するなかれ。つねに何か益あることに従うべし。無用の行いはすべて断つべし。

誠実  詐りを用いて人を害するなかれ。心事は無邪気に公正に保つべし。口に出すこともまた然るべし。

正義  他人の利益を傷つけ、あるいは与うべきを与えずして人に損害を及ぼすべからず。

中庸  極端を避くべし。たとえ不法を受け、憤りに値すと思うとも、激怒を慎むべし。

清潔  身体、衣服、住居に不潔を黙認すべからず。

平静  小事、日常茶飯事、または避けがたき出来事に平静を失うなかれ。

純潔  性交はもっぱら健康ないし子孫のためにのみ行い、これにふけりて頭脳を鈍らせ、身体を弱め、または自他の平安ないし信用を傷つけるがごときことあるべからず。

謙譲  イエスおよびソクラテスに見習うべし。

 

 馬場恵峰先生は「心に残しおく古訓言と恵峰折々の漢詩、詞文集26」でこのフランクリンの13徳から12項を挙げて揮毫された。わざと「純潔」の項を省かれたのは愛嬌である?

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 馬場恵峰書『心に残しおく古訓言と恵峰折々の漢詩、詞文集26』より

   久志能幾研究所 発行予定

2021-07-30   久志能幾研究所通信 2105  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月26日 (月)

人生とお墓の耐震対策(2/2)

 

 人が暮らすとは、日の光(日)の上で過ごすこと。お墓とは、過ごす場面が「土」の上になる。「暮」らすと「墓」は漢字下部の「日」「土」の違いで、生死が違うだけある。両方とも同じ意味である。漢字はよくできている。お墓の耐震対策も人生の耐震対策も同じである。

 

人生経営の地震対策

 会社経営では、経済環境の激変で経営基盤が揺さぶられることが多々ある。それで倒産する場合は、トップと中間管理職と一般社員とが一体感がないため、事件という激震が襲った場合、会社全体が烏合の衆になり、会社が崩れて倒産に至る。トップから一般社員まで一体となって守りの体制で取り組めば、どんな衝撃でも耐えられるはずだ。

 

 自身の人間構造でも、頭と心と体が一体となり、困難に立向かえば、人生で崩れることはない。心と体がバラバラで、肝が据わっていないから、小さな事故ですぐ挫折する。要は人生の覚悟ができていないのだ。人間が出来ていないのだ。己の戒がないのだ。危機管理ができていないのだ。

 

人生の仕事

 人生で最大の仕事は人間になることである。人は動物で生まれて、最低でも人間にならねばならぬ。しかし人は動物で生まれて、人間にまで成長できず、金だけを握りしめ、餓鬼もまま死ぬ人がなんと多いことか。

 人間として最高の出世とは、生きたまま佛になることだ。その手順がお経「修証義」に書いてある。曹洞宗道元禅師著「修証義」第三章「授戒入位」には、お葬式の手順が書かれている。それは亡くなった人が、戒名を授かり、授戒して佛になるための手順である。佛になるためにやってはならないこと、やるべきことが書かれている。死んだ人にその手順を読経で教えている。生きている人は、それに沿い、佛になる修行(事前練習)をすることだ。

 その件は、馬場恵峰先生のふた七日の法要(2021年1月14日)で、鏡園寺の住職様がお勤めの読経をして、参列者に説法をされた。それで私はふた七日の法要に参加して、初めてその内容を知った。70迄生きてきて、毎日「修証義」を読経しているのに、今までそれを知らなかったのは情けない。人生知らないことばかりである。

Dsc09930s   馬場恵峰先生のふた七日の法要  鏡園寺の住職様     2021年1月14日

 

「修証義」第三章 授戒入位

  授戒入位とは、お葬式で、来世で佛として戒(戒名)を授かり(授戒)、佛としての位を授かる儀式である。

 来世で仏道を歩むための戒めの名前が戒名である。

 佛としての第一歩は、佛・法・僧の三宝に帰依しなさい、である。

 (馬場恵峰先生の雅号が、「三寶齋恵峰」である。三寶とはこの佛・法・僧である。これは原田観峰師の名命である。凄い名前だと思う。)

 次が摂律儀戒 一切の悪不善を行わない。

 摂善儀戒 すすんで一切の善行を行う。

 十重禁戒 重要な十種の最も重い戒。

 第一 不殺生戒 生きとし生けるものの生命を大事にしなければならぬ。

 第二 不倫盗戒 盗みや不正を行ってはならない。

 第三 不邪淫戒 夫婦の道を乱してはならない。

 第四 不妄語戒 うそ偽りを言ってはならない。

 第五 不酤酒戒 迷いの酒や思想に溺れてはならない。

 第六 不説過戒 他人の過ちを言いふらしてはならない。

 第七 不自讃毀他戒 己の自慢、人の悪口を言ってはならない。

 第八 不慳法財戒 物でも心でも与えることを惜しんではならない。

 第九 不慎恚戒 激しい怒りで自分を失ってはならない。

 第十 不謗三宝戒 佛陀の教えをそしってはないない。

  以上の戒を受けることが仏門に入ることである。衆生が仏戒を受ければ、諸仏の位に入る。

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人の道

 現世でこの戒を守れれば「生き佛」様である。そうなれば、どんな人生の大災害や激震が起きても、動ぜず倒れることはない。この内容は、どの宗教でも言っている当たり前の戒律ばかりである。この教えは、本来、人が守るべき指針である。多くの人がそれに反して、欲にまみれ、道を外して歩いている。人は人の道、佛の道を目指して修行をすべきなのだ。そうすれば人生のどんな試練にも耐えられる。

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馬場恵峰書    「修証義」第三章 授戒入位

 

2021-07-26   久志能幾研究所通信 2101  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月23日 (金)

人生の片づけ 7S

 

7S:整理・整頓・清潔・清掃・躾・スマート(賢明)・速やか

 

 人生の掟「生あるものは生老病死、死は必然、縁は偶然」。それは、人でもものでも(人・モノ・金・情報)すべてに当てはまる。自分にご縁のあったものは、懇ろに7Sで片づけよう。断捨離では7Sに反して、下品である。

 永遠に続くはずのお墓だって、生老病死がある。2015年に自家の墓を改建して、つくづくとその件を思い知った。私は絶家になった家の墓を含めて、計6基のお墓を整理統合して3基に集約した。当家の前墓は父が建てたが、60年間程しかもたなかった。絶家の家の墓は、100年の風化で墓文字が消えそうになっていた。彦根の風雪が、墓石にしみ込み、水が凍り体積が膨張して、それが日中に溶け応力が解放される。それが何回も繰り返されると、石がボロボロになる。

 ご縁でも同じである。心無い仕打ちが繰り返されると、心に沁み込み傷をつけ、交友関係を破壊する。人生の片づけ前に崩壊してしまう。

 

目的

 何のために、人生の片づけをするのか? 良く死ぬためである。あの世には何も持って逝けない。此の世で残すのは戒名だけである。だからご縁があったものを骨までしゃぶって役立てよう。そのものが持つ「機能」が使われずに捨てられるのでは、成仏できない。もったいない、可哀そうである。

 

人と縁心力

 来るものは拒まず、去る者は追わず。ご縁にも生老病死がある。去る者は縁がないという縁だった。その縁は必要な因果を消化して、成仏して去って行ったのだ。

 人は縁心力で人生軌道を回っている。引き寄せる力と外に飛び出す力がバランスを取って、人との付き合いの縁周軌道を回る。人は変化し、成長し、堕落する。人工衛星だって、何時かは地上に墜落する。お互いに成長しないと、そのバランスが崩れ、何方かが墜落(縁切れ)となってしまう。そういう縁は片づけるしかない。宇宙根源の理には逆らえない。

 

もの(家電製品)

 家電製品だって腐ってくる。8年前に買ったTEACのラジオ(SDカードに録音可能)は、一度も使わずに、寿命が来た。思いついて、使おうとしたら電源が壊れていた。修理しようにも、メーカの部品在庫が法律で5年と決まっていて、修理不能である。そのままゴミとして廃却である。家電製品だって腐るのだ。

 

 お金だって、生きている間しか使えない回数券である。体が動かなくなったら、有効期限切れで、紙切れとなってしまう。お金を使うのだって、今のうち、生きている間である。

 サムスンの総裁李健煕だって、72歳で倒れて、6年間も寝たきりとなり、4兆円もの財産を使わず亡くなった。子息は刑務所行き、兄弟で財産争いの裁判沙汰。何のために金を稼いだのか。人生の片づけを間違えたのだ。

 

ご縁

 ご縁だって生老病死である。その時、その時間にご縁として掴まないと、ご縁も成就しない。出会ったご縁には、全力で対処することが、人生の7Sである。そこから花開き、ご恩に実が結ぶ。

 私と馬場恵峰師とのご縁も、奇跡のような出会いであった。これはと、全力で7Sの精神でぶつかっていったから、縁が花開き、良き実が結んだ。

 

時間というご縁の浪費   

 その原因はどこにあるのか? 君たちはあたかも自分は永久に生きられるかのように今を生きていて、自分のいのちの脆さに思い致すことは決してない。いかに多くの時間がすでに過ぎ去ったかを意識しない。時間なぞ無尽蔵にあるもののように君たちは時間を浪費している。そうやって君たちがどこの誰かに、あるいは何らかの事に与えているその日が、実は君たちの最後の日であるかもしれないのに。死すべき者のように君たちは全てを怖れ、不死の者であるかのようにすべてを得ようとしているのだ。          

   セネカ「人生の短さについて」3-4(中野孝次訳)p 35

 

 時間を整理整頓すると、残り時間が如何に少ないかが分かる。一日で自分が自由に使える時間は、睡眠、食事、洗面風呂等の時間を除くと10時間もない。なおかつそれは引退後の生活の場合で、老体に鞭打って働いていれば、自由に使える時間は一日に数時間だ。

 日本人男性の平均寿命は81.4歳だが、平均健康寿命は72.1歳である。いくら長生きしても寝たきりでは意味がない。病院通いで時間を使っても無為である。古希を迎えたら、残り時間は2年間、730日で、使える時間は10H×365日×2年=7300時間しかないのだ。酒を飲んでくだを巻き、魚釣りに時間を潰すような時間はないのだ。日暮れて途遠し。

 

躾 

 ご縁に出会ったら、礼儀を尽くして、おもてなしをしよう。来客があるからと、主人が玄関を水で清めても、相手が「玄関が濡れているよ」と言うような相手と付き合っては(7Sに無知)、人生は片付かない。

 相手の健康を考えない接待品を出すような不躾さでは、付き合えない。

 相手の立場と時間を無視する対応の不躾さでは、付き合いを考えてしまう。

 お互い、残り時間はないのだ。

 

知識

 知識・情報も生老病死がある。時代とともにその知識の価値が変わる。何時までも過去の知識に縛られていると、大事なご縁と疎遠になる。

 1テラの情報より整理した一つの智慧が人生で役立つ。情報が多すぎると、どれが大事か分からない。多くの知識を整理整頓して知恵に集約しよう。

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 いづくやの来たり去りゆく人の道 縁の恵みは我宝なり。

 

 2014年12月23日、恵峰先生より色紙がお歳暮として届いた。この色紙は、大工の新立広美さんが伊勢神宮遷宮で使用された桧の鉋削り屑で作られた。神様からの贈り物としてありがたく拝授した。

 書いて頂いた言葉が心に突き刺さる。想いやりのある心とは、頭の良い人には縁のない言葉である。人生をただ生きるのではなく、縁を活かさねば価値ある人生は創れない。ご縁は神仏からの恵み。天の計らいは人智を超える。夢ゆめ「私が」と思うべからず。

 

 2021-07-23   久志能幾研究所通信 2098  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月21日 (水)

墓の納骨室は、人が土に還るための宇宙船

 

 今回(2015年)改建したお墓の文字は、馬場恵峰先生に書いて頂いた。先生には、ご快諾して頂いた。普通の書家は、お墓や石碑等への揮毫は、永遠に残るので嫌がり、まず書いてくれない。恵峰先生に揮毫していただいたことは、ありがたいことです。

 馬場恵峰先生のご先祖は、武田家の武田四天王といわれた馬場信春公である。武田三代に仕えた40数年の間、70回を越える戦闘に参加したが、長篠の戦いまでかすり傷一つ負わなかったという。このため「不死身の馬場美濃」、「不死身の鬼美濃」と評されている。井伊家の赤備えは、もともと武田信玄軍団の赤の装備に由来する。徳川家康が、徳川四天王と称された井伊直政の武功を称えて、赤備えを許したというご縁である。

 

納骨室内部に梵字を彫る

 お墓の納骨室内の五面に梵字を彫ることにした。ご先祖様に安らかに眠っていただく環境を作るためである。何時かは自分も入る寝室である(予定では38年後?)。

 この発想は、2015年3月12日に馬場恵峰先生宅で、三重塔と五重塔の写真撮影をした時のことが頭にあり、今回の発想となった。その時は今回のお墓建立の話は全くない状態である。これも恵峰先生とのご縁の賜物である。さすがに石芝台の狭い内部側面に般若心経の字を彫るのは難しく梵字とした。

 

 納骨室内の5面に刻む梵字は納骨室内が一つの浄土であることを象徴する文字である。下図のように梵字を5面に配置することで、金剛界曼荼羅の世界を作る。

 供養塔で外側に梵字を配置した例は多いが、内部に梵字を配置した事例は本邦初ではないかと、石屋さんは言う。完成してお墓を封印すれば、納骨室内部は見えない。これは私のこだわりである。

 これは恵峰先生宅で、三重塔と五重塔の内部に書かれたお経の撮影をして思いついた事項である。恵峰先生とご縁が無く、この三重塔と五重塔に出会わなければ思いつかなかった。恵峰先生とのご縁に感謝である。

 

お墓は人が土に還る宇宙船

 納骨室内に敷いた土は山土である。お墓とはお骨を土に還す装置である。土の上の置かれたお骨は、80年経つと自然と土になる。お骨を納骨用の陶器の壺に収めただけでは、土に還らない。お墓は浄土へ旅立つ宇宙船なのだ。

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納骨室内の梵字

 納骨室内の側面まで磨いているので製作工数が大変である。普通は、納骨室は外から見えない場所なので、磨いて仕上げることはない。その分、コストが上がるから、石屋さんはやらない。6年後の今(2021年)、これを回想して、よくやったと呆れる思いである。今でもやっておいてよかったと思う。将来の自分の居場所を造ったのだ。ご先祖様も喜んでいただける。

 今、このお墓を作ろうとしても、やれない。馬場恵峰先生は今年亡くなられたし、私の体力も気力も金力もない。新型コロナ禍で外国から材料も輸入できない。このお墓の建立の打ち合わせの為、石屋さんは数回、中国に出張された。思いついた時、やるべきことをやってよかったと思う。

 

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三重塔と清龍寺・寛旭和尚から贈られた観音像(2014年6月26日)を納めた三重塔(恵峰先生宅で撮影 2015年3月12日)

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 恵峰先生と管主寛旭和尚       

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寛旭和尚は将来の中国仏教界のトップに立つ方  福田琢磨氏撮影

 

 2021-07-20   久志能幾研究所通信 2095  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月19日 (月)

「千里の道も一石から」 一般は優秀、幹部は堕落

 

 自宅の近くの道路沿いの水路に砂が溜まり、水が流れないという問題点が発見された。それを、日頃水路掃除されている近所の方が知らせてくれた。2021年7月19日、その対処を大垣市役所にお願いのため出向いた。その1時間半後に担当者2名が現地を見に来て、業者に堆積砂の除去を手配してくれることになった。大垣市役所治水課の素早い対応に感激である。

 

無駄な駐車場案内者

 そのお願いに市役所に出向いた折、大垣市役所駐車場は閑散としていたが、この炎天下、2名の駐車場案内者が立って案内をしていた。私はその案内を無視して、遠くの空いている場所に駐車した。駐車場案内者は、首に灼熱の太陽光防止の布をかけての対応である。人権無視の労働である。駐車場案内者の設置は、IT化市役所とかけ離れた対応である。税金の無駄遣いである。

P1140731s 大垣市役所前の駐車場 案内係が二人いる 2021年7月19日

 

自慢の案内ロボットが失業中

 そのお願いに市役所に行ったが、担当が何処の部署かは分からないので、案内嬢に聞いたら、案内嬢は相応の課に電話をして確認をしてくれた。

 親切な案内嬢の横にはIT化大垣市役所ご自慢の案内ロボットが「超暇そうに」立っていた。多分、その件を案内ロボットに聞いても、対応不能のようである。案内ロボットは税金の無駄遣いである。

 私は、この案内ロボットが動いているところを見たことがない。

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 大垣市役所内 2021年7月19日

馘首

 大垣市役所の実務部隊は真面目に市民の困りごとに対応しているが、上層部の幹部は利権にまとわりつかれて職務怠慢ばかりである。だから大垣市の衰退が止まらない。

 旧日本軍も兵卒は優秀であったが、陸軍大学出のエリート集団の大本営は腐っていた。日本社会の構造は80年前と少しも変わらない。日本の衰退の原因は指導者の堕落である。それが現代では、今回のオリンピックの強引開催という事象に現れている。日本の現指導者は、東京オリンピックの中止か延期が決断できない。愚かである。

 私は大垣市と日本の問題点を一つずつ明らかにして、大垣市と日本を良くしていきたいと思う。まず諸悪の根源であった大垣のトップは首が挿げ替えられた。もうじき日本のトップの首が変わるだろう。変わらなければ日本沈没である。

 長年蓄積した隘路に堆積した悪石もすぐには無くならない。千里の道も一歩よりで、地道に一石ずつ除去を進めたい。焦ってはいけない。

 

 

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 馬場恵峰書

2021-07-19   久志能幾研究所通信 2094  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月18日 (日)

墓誌と院号  恩徳に骨を砕いて謝す

 

 昔は一人一墓であったが、墓の土地供給の問題もあり、一家で一つのお墓となってきた。いわば一戸建てから集合住宅になったようなものと解釈している。それで問題になるのは、誰がそのお墓に入っているかである。改建前のお墓はそれが曖昧であったので、2015年改建のお墓には墓誌も併設することにした。

 

墓誌

 墓誌では様々な書き方があり、戒名、命日、俗名、享年に更に叙勲の有無まで書くような例も見受けられる。当初、父の弟で五男の方が勲八等を叙勲されており、それを記入する方向で話が進んでいた。

 しかし、死ねば沸の世界では全て平等であり、俗世間の位など何の意味もない。思い直して、記入は取り止めとした。

 また命日の日付も人が見てあまり意味がないと考え、両親の命日は子供が一番知っている事項である。あえて墓誌に書く必要もなく、個人情報の類であるので、止めることにした。

 弥勒菩薩は現在仏であるゴータマ・ブッダ(釈迦牟尼仏)の次にブッダとなることが約束された菩薩(修行者)で、ゴータマの入滅後56億7千万年後の未来にこの世界に現われ悟りを開き、多くの人々を救済するとされる。弥勒菩薩が来訪するという56億7千万年の尺度からいえば、40年や80年の享年に差があるわけでもあるまいし、誤差範囲である。この世に生を受け、しかるべきこの世のお勤めをして旅立った人に、寿命の多少で偉さに差があるわけでもあるまいと、書くのを止めることにした。

 結局、改建のお墓の墓誌は、戒名と俗名だけとした。簡潔な美しい墓誌となぅた。ちなみにトヨタの大番頭と言われた石田退三氏の石田家墓誌には、石田退三氏の戒名だけしか記されておらず、俗名さえ記されていない。石田退三氏は旧勲一等瑞宝章(瑞宝大綬章)を授与されている。ご遺族が故人の意思を継いで、戒名だけの墓誌を作られたと思う。頭が下がる。さすがに倒産寸前のトヨタを立て直した大番頭に相応しい墓誌である。

 

故人に院号を頂く

 現在、父の五男に当たる小田五郎に戒名に院号が付いていないので、今回の墓誌を新設するにあたり、英霊への後供養として院号を付けて頂くことにした。夫を亡くし二人の子供が戦死をした当時、祖母は院号を付ける経済的余裕がなかったと思わる。当初、祖父小田成健の戒名にも院号がなく、叔父が祖母の亡くなった時に、祖母と一緒に院号を付けてもらった。

 戒名とは引導をされる僧侶が弟子にするために授ける名前である。院号とは贈り名とも言われ人の死後にその徳を称えて贈る称号である。業績のある方のためにお寺を建てると同じように、亡くなられた方の心の中にお寺を建て、来世の名前を戒名として授け佛として修行をしてくださいと供養する意味である。

 院号はお金を出せば付けてもらえるものでもなく、相応の功徳ことがないと付けてもらえないという。お寺によっては、いくらお金を積んでも付けてもらえないという。

 私の叔父の小田五郎さんはビルマで昭和19年に戦死された英霊であり、「戰勲至誠居士」と立派な戒名が付けられている。至誠とは吉田松陰が好んで説いた『孟子』離婁上の言葉である。今回、お寺さんのご意向で、「護國院戰勲至誠居士」との立派な院号を付けていただくご縁を頂いた。

 

戒名の意味

 この世でいくら金を貯めても、どれだけ贅沢をしても、此の世に残せるのは、戒名と院号だけである。何もあの世に持って逝けない。自分のために金を使えば使うほど、それは毒となって己の体を蝕ばみ、病気になって早死にするのがオチである。因果応報とはよく言ったものだ。

 それよりも生きている間に、受けた恩に骨を砕いてでも感謝すべきなのだ。生きている間に、世に貢献して旅立ちたいという念を新たにした。

 院号についても今ままではあやふやな知識で、今回初めて詳細な知識を得ることが出来た。人生知らないことばかりである。

Photo_2 馬場恵峰書

          『志天王が観る世界』p176

  

2021-07-18   久志能幾研究所通信 2093  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月17日 (土)

自然に学ぶ

 

 四季の自然のうつろいの中様々に学び気付く事多し。ふと見ればはきだめに南瓜の芽がいくつも出て、せい高あわだち草が菜の花畑のように泥沼からは蓮の花が咲き、可憐さ華麗言葉を失う。それらの自然の存在に気付く時、自然はこの事以外においても野菜果実等々物を造り育てる名人で、その物を最大限に活かすのが人間である。人間皆それぞれすばらしい種子あり。明日、否、今どんな何とした花が咲くか貴重な宝を人間持っている。

 何事も縁を活かし、勇気出して新しい自分の道を進もう。「そのうちそのうちって・・・・」「いや今のうち、今でしょう」そのうちと言いわけは言い訳に結ばぬ。人生チャンスは二度なしの受けとめ、今そこからです。耳で見て、目で聞く、心眼を開いて行きましょう。智学び仁もって人の道守り勇気出して、大切なあなたの人生、私の生涯明日を念じ今大切にと有縁を活かす。

 偶然の出会いに不思議なつながりを覚え深いかかわりのあることを知ることが縁を知ることなのである。縁を知らない者に花の咲きようがない。

 縁を恩として受け止める時、実が稔る。いい縁ばかりが存在するものでもない。善悪有縁の歩みは何事も自らの心身の中にあり。結果いずれも因果は自身の自然のはからい也。

 自分を深く知り、自ら襟を正しく生きよう。一歩また一日人間誰でもいつかは親になり人生を歩み行かねばならぬ。両親の家庭での躾とそれぞれの先生の教えをしっかりと身につけて身につけて身をつつしみ、勉強に力を入れるのが子供としての義務である。

  馬場恵峰書『百m巻物』より 

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 馬場恵峰書『百m巻物』  日中文化資料館蔵  2014年4月17日撮影

 

ご縁との遭遇

 恵峰先生との出会いは偶然である。恵峰師との出会いの縁、恵峰先生の言葉との出会いの縁、百メートル巻物とのご縁、それを撮影できるご縁に不思議なつながりを覚える。この百メートル巻物とのご縁も、中部地区から長崎まで行かないと手に入らなかった。当初は、長崎まで800キロの旅は飛行機を一月前に予約しての大仕事であった。それがいつしか月に一度の九州行きになってしまった。縁ありて実を結んだのだ。

 

2021-07-17   久志能幾研究所通信 2092  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年7月16日 (金)

蓮華の模様

 

 2015年に再建したお墓つくりで最後まで悩んだのが蓮華の模様の有無である。簡素に華美に走らずの基本方針で、お墓つくりを進めたが、蓮華の模様をつけるかどうかで最後まで悩んでしまった。最初は蓮華の模様無しで進めたが、親戚の助言や蓮華の意味を考えて、伏せ蓮華の模様を付ける事に変更した。受け蓮華だと結構目立つのだが、伏せ蓮華ならそんなにも華美とは見えないことを確認して決断した。ご先祖供養としての気持ちとして伏せ蓮華の模様も許されると判断した。

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 伏せ蓮華の模様 字は馬場恵峰先生の揮毫

 

蓮の世界

 蓮華とは蓮の花のことで、蓮は仏教の世界で最高の花である。蓮の花は泥の沼の中に美しく咲く。それに対してワサビは清純な山の中の清流の中に咲く。人間社会の中で正義を貫きすぎると自身はワサビの存在となってしまう。正義とは狭義な存在である。神仏の身でない人間は、清濁併せ呑む大きな度量が必要である。清らかな環境で育って清純な心を持っても、人としてワサビの存在になっては佛になれまい。それを仏教は蓮華の花で教えている。

 お釈迦様は世間と断絶したお寺で修行をされたわけではない。俗世間の泥にまみれた中で修行をされた。

 

人は泥沼の人間社会の中で、いかに美しい華を人生で咲かせるかが問われる。回りが泥だらけでも、自分の心をいかに清らかにするかである。

 

 蓮(LOTUS)は、古代エジプト、インド、ギリシャ、ローマの神殿にもさりげなく彫刻されている。西洋でも高貴な花として認められている。ギリシャ神話では、その実を食べると現世の苦悩を忘れるとされた。ギリシャ神話の世界では、神の世界にも現世の苦悩があるとされ、生々しい神の恋愛話や武勇伝が神話を彩っている。

 私も2010年、2011年とローマやシシリア島に20日間の旅行をしたが、当時はそんな意識が無いので、目に入らなかったが、写真で神殿等を見ると確かにLOTUSの模様がある建築物が多くある。

 2017年にウィーン楽友協会の黄金ホールを訪問した時は、目を凝らして探したので、あちこちにLOTUSの模様があることを発見した。

P1010063s ウィーン楽友協会の黄金ホールで

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  馬場恵峰書『百m巻物』  日中文化資料館蔵  2014年4月17日撮影

     志天王が観る世界 p174

2021-07-16   久志能幾研究所通信 2091  小田泰仙

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2021年7月14日 (水)

極楽橋を渡ったら

 

 高野山開創1200年法要(2015年4月2日)の2日前の3月31日、高野山に出かけた。高野山は正月準備の12月30日のような状況で、境内のあちこちで掃除と準備作業等で騒然としていた。50年前の開創1150年法要では、50日間に47万人が訪れたという。今回の法要では30万人が来訪すると推定されていた。

 

金はあっても

 開創1200年法要の事前の参拝で良かったが、それでも平常より参拝者が多く、食堂が少ないため、昼食にありつけなかった。食堂に入り席には着いたが、多くの店員が走り回っていたが、我々の席には、待てど叫べど店員が注文を取りに来ない。待つこと10分、諦めて食堂を出た。

 高野山の極楽橋駅を渡ってしまえば、お金をいくら持っていても使えない。お金を使うのも楽しむのも、今のうち生きているうちが高野山の掟である

 現世の極楽橋駅へは往復切符で行けるが、来世の「極楽橋」行きは片道切符で、二度と帰って来られない。何事も今のうちである。

 

極楽橋を渡る前に

 弘法大師が今も修行をされているという「奥の院」にお参りをするため、約1kmの参道を往復した。その参道の両脇に30万基とも言われる墓標が林立している。その墓標の名前を見るたびに、同行の知人と二人して、「はぁ~」、「へぇー」というため息を何回、何十回と発した。日本の1200年前から続く歴史に名を残した有名人の墓標が林立していた。

 それを見て「人はこの世で集めたものでは評価されない」ことを体得した。その多くの墓標を見るたび頭に浮かぶのは、その人がこの世で何をしたか、何を世に与えたかであった。偉人はその業績に相応の墓標で祭られている。それを見てなるほどと納得させられる。後世に残るのは名前だけである。名前を刻む墓石は背景にすぎない。

 自分の死後、人が自分の墓標を見て、どう思うかを考えると、極楽橋を渡る前にやるべきことは何かを考えさせられる。

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再興された中門  四天王は開眼法要前で、白幕で覆われている 2015年3月31日

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中門の後ろに建つ根本大塔  内部は立体曼荼羅となっている

 

Img_47461s  馬場恵峰書

2021-07-14   久志能幾研究所通信 208高野山9  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。