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2017年9月18日 (月)

恵峰師の長生きの秘訣

 下記は、2017年9月14日、恵峰先生宅で書の撮影の合間のお茶席での雑談で仕入れたお話です。

 恵峰師は、月に一度、国立病院で検査を受けるが、現在、師は高血圧でもなく、極めて健康である。耳は昔の事故のため補聴器が必要であるが、頭脳も明晰、目もいい。歯は入れ歯であるが、超健康体である。うらやましい限りである。それにはワケがある。

 

恵峰師の話

 人生で大事なことは、頭とお腹に詰めるものをコントロールすること。それをしないから早く死ぬ。頭に詰めるものを詰めないから、つまらない人間になる。腹に多く詰めるから、腐って病気になる。そのバランスが大事である。

 固定するものは滅す。開は仁なり(開は人の道なり)。(老子)

 

 頭に入れたら、人に教えて頭を空っぽにすること。そうすると、また頭に詰めることができる。出さないから、入れることができない。出さないからノイローゼになる。

 金を沢山、懐に詰めるから病気になる。金を持ったまま死んでいく。金を流さないから病気になる。大体、金が出来ると、みんな国立病院に入院するようだ。私は金を持っていないので、身軽に動くことができ、手で軽々と書を書ける。

 今まで中国に私費で240回行って、一回20万円の旅費としても約5千万円を使った。今、お金は残っていないが、中国に行って民間で大事にしているものを買ってきた。国宝級のモノではなく、庶民が大事にしている文化財を買ってきた。それで家にお金は残っていないが、中国のモノが日中文化資料館に沢山残った。今、そのような作品を買いたくても中国にはモノがない。全て世界に散逸してしまった。中国人が見ても、喉から手を出しても欲しいものが日中文化資料館に沢山あり、中国人が驚嘆している。あくまで中国と国際交流として手に入ったものばかりである。中国人が、「恵峰先生に是非買って欲しい」と言って持ってきたものばかりである。中には、当時数十万のものが、現在は数百万円出しても買えないものも多い。全て人と人とのご縁の賜物である。恵峰師が人と人との間の人様のご縁を大事にしてきた成果である。

 60歳の時、家屋敷を担保にして生命保険をかけて、銀行から1億円を借りて、社会奉仕活動として日中文化資料館を建てた。その借金を24年かけて完済した。84歳の時である。その時はさすがに嬉しく、長男と手を取り合って喜んだ。

 

恵峰師の日常生活

 恵峰師は91歳の現在も、毎日夜遅くまで仕事として書を揮毫しまくっている。中国に行くと、購入した書の材料(軸、冊子、色紙)等を、同行した仲間に一人30キロ分を持たせて、帰国する。それに何を書くかを考えるのが楽しいという。それも後世に残すための書を書くことが多い。儲けるために書くわけではない。100mの巻物軸は、売るために書いたのではない。あくまで後世のお手本として残すために2年を掛けて揮毫された。「源氏物語」千首の色紙を書いた時も、源氏物語発刊千年遠忌があり、思いついて書いただけで、誰からも頼まれたわけではない。「奥の細道全集」も、松尾芭蕉300年遠忌が1995年に巡ってきて、思いついて書いたまでである。それも書いた色紙が、全て違うデザインの色紙である。これはバカにしかできない。おりこうさんなら、絶対にやらないことである。東大を出て合理的な人間には、絶対にできないこと。人間は損得勘定で、理性的にやる限り、人生で出来ることは知れたものと思う。私は、それが仏さまにして師を長生きさせている理由だと思う。

 毎日の仕事の合間に、350坪の敷地の庭を毎日、朝晩30分間づつ、掃除、草取りをされる。だから日中文化資料館の敷地には雑草一本生えていない。定期的に体を動かすのが健康に良いはずである。庭の松や榎の手入れも自分でされる。「私は庭師だ」と自称されるほど。

 食事は小食でゆっくりと咀嚼し、感謝して食べる。いつも私が同席して食べると私が早く食べてしまうので、いつも早すぎると叱られる。お酒は紹興酒を盃一杯に3倍のお湯で薄めて飲まれる。中国に行くと、何も言わなくても相手がそうやってお酒を出してくるとか。

 恵峰師は生きているのではない、ご先祖から生かされているのだ、が口癖である。先生の長生きの秘訣は、書写行であるようだ。書写行が最大のご先祖供養である。今までに1万五千字以上の写経をされた。師でも般若心経を写経するのに、2時間はかかる。師は表装された軸に直接揮毫される。揮毫してから表装するのではない。神業である。

 

2017-09-18

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2017年9月17日 (日)

なぜ写経をするのか

五種法師の修行

 馬場恵峰師の『報恩道書写行集』を知人の住職さんに進呈したら、「本の写経は全て読ませて頂いた。それで馬場恵峰師は、どんな目的で写経をされたのでしょうか?」と言われて答えに窮した。それで2017年9月13日、馬場恵峰先生宅を訪問した時、その疑問を師に問うた。師曰く「写経は、『法華経』の法師功徳品第十九で説かれる読、誦、理、説、書写の「五種法師の修行」の一つである。そのうち書写が一番大事な修行で、それが一番ご先祖供養になる。今の僧侶は、この書写行をしない。」

 

五種法師の修行とは、『法華経』の法師功徳品第十九で説かれる、次の5種の修行である。

 読とは経文を見ながら読むこと。

 誦とは経文を暗誦すること。

 理とは経文を理解すること。

 説とは仏法を他の人に説き伝えること。

 書写とは経文を書き写すこと。

 

五種法師の修行の現代訳では、次の5種の修行をいう。

 受持とは教えや戒律を受けてそれを守ること。

 読とは経典を見て唱えること

 誦とは経典をそらで唱えること

 解説とは仏法を他の人に説き伝えること。

 書写とは経文を書き写すこと。

 

仕事とは祈り

 恵峰師の説明を聞いて、「仕事とは祈り」との言葉を思い出した。仕事を覚えるは、まず仕事の教科書を読み、内容を暗記し、理解して、他人に説明できるまで修得する。それを自分の天命として世のために問う。仕事は生活の糧を稼ぐためと、世の中に奉仕する意味がある。仕事とは「事」に仕える尊い行である。実際に体を動かして行う修行である。

 西洋では労働とは苦役と解釈される。キリスト教では、労働は神がアダムとイブに課した罰としての業である。しかし労働と仕事とを別に考えないと、奴隷の人生となってしまう。西洋人は金ができたらさっさと引退してしまい、浜辺でのんびりと過ごすのが夢という人が多い。それに対して、日本人の価値観は、仕事は死ぬまで現役という人が多い。価値観の相違である。

 仕事は世の中に新しい付加価値を生みだす行である。その仕事は祈りと同じで、書写行と相通じるものがある。ご先祖供養をする前に、現世の衆生に奉仕する。それが仕事である。写経を繰り返すとは、実際に手と体を動かしてご先祖に感謝を捧げる。仕事も同じで体を動かし、その仕事を何度も繰り返し、己の仕事の腕の練度をあげて魂を昇華させる。その仕事も生涯を貫く仕事であって、生涯現役なら最高である。

 

2017-09-17

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2017年8月31日 (木)

仕事とは自分を写す鏡

 宗教も仕事も芸術も、自分の魂を昇華させる燃料である。自分の心の状態がプロジェクターで投影されるように、宗教や仕事に反映される。みほとけとは自分の心のある考えの象徴である。仕事を通して完成されるのが、自分の魂である。未完の自分をいかに高めて次のステージに移るかが、この世で問われる課題である。人生に完成はない。いかに理想に近づけるかが腕(魂)の見せ所である。出あった仕事をどう解釈するかで、その人の生き様が変わる。

 

雑用

 言いつけられた用を雑にするから、雑用になる。その仕事だけを取り組んでいる人にとって、雑用はない。その「雑用」で、心を込めて取り組めば「神聖なご用」となる。私が上司として部下に、「雑用」を頼むときは、その取り組み方をしっかりと観察していた。それが次の仕事を任せるかどうかの情報となる。

 渡辺和子シスターが若い頃アメリカの修道院で修行をしたとき、食事前の準備でテーブルに皿を並べる「雑用」を言いつけられた。彼女がその雑用をそこそこにこなしていると、それを見ていた修道院長から、「何を考えて皿を置いていますか」、「何も考えていません」、「お皿を置くときに、なぜ、その席に座る人の幸せを祈れないのですか。お皿を置くごとに、お幸せにお幸せに、とお祈りしながらお皿を置きなさい」と叱られたという。皿をテーブルに並べるという雑用が、心を込めることで神聖な仕事に昇華する。

 

2・26事件の葛藤

 2016年12月30日、渡辺和子シスターが永眠された。私はシスターの著書と講演CDから多くを教えてもらった。ご冥福をお祈りいたします。渡辺和子シスターは、陸軍教育総監だった渡辺錠太郎の次女で、4人兄弟の末っ子だった。9歳だった1936年2月26日、陸軍の青年将校らによるクーデター未遂事件「2・26事件」で、父が殺害される場面を目撃する。渡辺錠太郎は体に43発の銃弾を受け殺害された。その直後の傷口を包帯で巻かれて化粧された父の遺体を触って、その冷たさの感触を長い間覚えていたという。

 渡辺家は浄土真宗だったが、和子さんの母は、父を失った娘の将来を悲観して、キリスト教系の女子校に入学させる。和子さんは献身的な修道女の姿に感銘を受け、1945年に洗礼を受けた。しかし和子さんが洗礼を受けることを最後まで母は反対する。その反対を押し切って洗礼を受け、米国での修行での出来事が上記である。それがその後のシスターの仕事の仕方を変えた。

 憎しみを花に変える努力は続けなければならない。渡辺和子シスターの言葉「希望には叶わないものもあるが、大切なのは希望を持ち続けること」。いくら修道女といっても、父を殺した相手へのわだかまりが簡単に消えるわけではない。シスターは、それが氷解するには50年の月日が流れた。相手の遺族の苦しみに気が付いた時、それが和解と赦しとなった。どんな相手でも、お幸せにと言えるまでには、多くの修行が必要のようだ。私自身も、日暮れて道遠しを感じる。

 

人生料理

 自分という作品を仕上げる仕事は、苦境、逆境、自己、非難、天災という試練が良き料理をしてくれる。強弱にない単調な火加減では、単調な味の人生料理となる。自分の人生を味のある風味にするため、神仏は試練を与えてくれると考えよう。

 

2017-08-31

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2017年8月28日 (月)

行政が文化に無理解

 現在の大垣市は、芸術関係の文化振興には金を出さない。予算も取っていない。現在は、市民の持ち出しによるボランティアで文化芸術活動が行われている。音楽等の文化支援部門が、お金がないとの一点張りで、全く支援をしない。予算を取ろうとしない。なければ予算を作って大垣を活性化するという民間企業的な発想が全くない。行政の長にお願いに行っても「自分たちの仕事が増えるのが嫌だ、予算を取るのが大変だ」という後向き回答で、お役人根性が透けて見える。ボランティア活動での音楽会でも、名目的には、「大垣市後援、大垣教育委員会後援」と記載してあるが、実質的な金銭的支援はゼロである。特定の市民だけの活動に支援ができないとかの理由で、未来の子供達のための情操教育に投資をしない。お役所的な怠慢で、「教育の大垣」の伝統を破壊している。芸術文化に理解のあった前小倉満市長時代と隔世の感がある。官僚的に頭がいいだけでは、文化は発達しない。大垣が見栄えは良くなっても、下品になるばかりだ。

 奥の細道むすびの地記念館建設に大金を使ったのに、安普請にしか見えない貧相な出来栄えとなっている。他市の皆さんの多くから、「歴史の重みがあるはずの看板建屋が貧相だね」と言われて恥ずかしい。誰かピンハネしたのか。立派な市庁舎建設に金を使うのに、それに対して市の生命線の街の活性化には長年にわたり無策である。ここ数年、大垣駅前のシャッター通り化が進んでいる。駅前の活性化で、レストランを開店しても、市からは何の補助もない。他の市ではそうではない。そのため、16万人都市としては、貧弱な飲食店インフラである。商店街は市の無策に、「今の市長は何もしてくれないね」と怨嗟の声が満ちている。地域のボスがその声を封じている。駅前の一等地に大型マンションを建てること自体、市の活性化の方策が間違っている。駅前にマンションや予備校が林立するようでは、大垣の街の未来は終わっている。そうなれば住民の皆は、名古屋に買いものに行く。ますます大垣の商店街が錆びれてシャッター通り化が進む。悪魔のサイクルである。

 

2017-08-28

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2017年8月26日 (土)

天皇皇后両陛下の行幸啓

 2012年12月5日、天皇皇后両陛下が21年ぶりに大垣に行幸啓された。当初、岐阜国体の後の訪問予定が台風19号の影響で中止になり、京都で明治天皇の100年の祭事をされた後の帰京途中でのご訪問である。沿道には大勢の市民が出迎えて、何処にそんなに人がいたのかの大騒動であった。大垣市の人口は16万人余、静かな中核都市で、昼間は街中をそんなに人は歩いていない。ところが、市民28,000人のお出迎えと物々しい警備の警察官1,000人の出現である。両陛下はスイトピアセンターの学習館で昼食をされて、以前に叙勲をされた方などとお会いになり、その足で「奥の細道結びの地記念館」へ向かわれ見学された。皇后陛下が「奥の細道」の史料に興味を示され、そのための訪問であった。記念館では塩村耕教授が大垣と松尾芭蕉の関わりなどを説明し、皇后陛下は奥の細道の写本に興味を示され、季語に日本の良さが表れる俳句の魅力のお言葉を述べられた。

 

写真撮影のご縁

 私は天皇皇后両陛下のお顔を直接、拝顔する機会は、還暦を迎えるまでなかったので、カメラを携えて沿道に並んで、旗を持ちお迎えをした。10時より15時までの5時間を要したが、寒風の下、二度、3mの至近距離でお顔を拝顔できたのは、幸運であった。特に皇后陛下の気品には、圧倒された。まるで観音様の趣である。日本国の父と母であると改めて実感した。早々にA3サイズにプリントして額に入れて自宅玄関に飾った。

 お出迎えとお見送りの二箇所で、約百枚の写真を撮影した。警備の警察官の説明では、お迎えの人達の前は低速で走るとのことであったが、実際は結構早い速度であり、デジカメTZ30では、1回しかベスト撮影ができなかった。急遽、家にとって帰り連写毎秒8コマの一眼レフEOS 7Dを持ってきた。しかしお見送りの撮影時では、場所的に逆光で、構図的にもピント的にもよい写真が取れなくて、結局、最初の1枚がベストショットの写真となった。その一枚も、自分がシャッターを押したのではなく、仏様が勝手にシャッターを押したとしか思えない出来栄えであった。ご縁を感じて、購入したばかりのレーザカラープリンタで、A3サイズにプリントしてご縁のあった多くの皆さんに配布した(約30枚)。

 2016年(平成28年)8月8日に、退位のお気持ちを表明され、結果として現天皇陛下として、大垣の地で、まじかにお顔を拝顔できたのは、今にして良きご縁であった。もうこういう機会はあるまい。定年延長せず、大垣に帰郷したことの結論が正しかったとの仏さまの啓示として受け止めた。(2017年現在)

 

写真の意味

・両陛下が車窓の中に入っている。撮影時が0.05秒でもずれていたら、車のセンターピラーが邪魔してどちらかの陛下のお顔が隠れてしまう。

・両陛下が程よい明るさである。柔らかい光の中に浮かんでおられる。

・右下の旗も意図せずに写っていて、日の丸も欠けていない。

・皇宮警察の白バイもベストの位置である。御料車とラップしていない。

・車の位置もベストである。(車の全景だと御料車の写真となる)

・菊の御紋章の旗もベストである。

・背景に3本の楠木(大垣市の象徴の木である)の配置もベスト。

 

撮影地のご縁

 撮影する時は、無我夢中で周りのことまで気が回らなかったのが現実である。本来、スイトピアセンター学習館の前の歩道から両陛下が降車される所を撮影したかったが、2時間前には人垣ができており、やむなく学習館西側の道路に移動をした。それが結果として幸いした。当初の場所は、逆光になりうまく撮影できないのだ。移動した場所は順光となり、幸いであった。また場所的にも8階建の学習館の日陰となり、ライティングとしても柔らかな配光で、両陛下のお顔がうっすらと浮かび上がる厳かな雰囲気となった。毎日の散歩と学習館隣接の図書館学習室へ毎日通っているお陰で、撮影地点の地理が頭に入っていた。

 

後日談

 写真の出来が良かったせいか、この御真影を「奥の細道むすびの地記念館」に提供して掲示してはとの意見があり、早々に記念館の窓口に行き、写真を提供した。後日、自宅に責任者からお礼の言葉と共に展示スペースの関係で展示できない旨の断りの電話があった。展示スペースの言い訳は、明らかな方便であることが分かった。記念館の壁一面に今回の行幸啓のお写真が、36枚展示されていた。スペースの問題ではない。今回のイベントでは、市の職員かプロの写真家が天皇皇后両陛下の写真を撮るお役目が決まっていた。そこに素人が撮った写真が提供されては困るのである。いくら良い写真でも。市の撮影担当者と展示写真の選択をした担当者も、立場がなくなるのであろう。面子を重んじ柔軟性に欠けるお役所仕事ぶりが、大垣駅の駅前通りのシャッター通り化防止の取り組み等の遅々とした現状や、行政指導で行うべき日本経済活性化のネックになっていると感じた。

   

図1 お出迎え時の注意を説明する警官

 説明の警官が、沿道に10m間隔で配置されて、10分間ほどの頻度で、下記の注意事項を繰り返し説明する。

  1. 御料車通過時は、前に出ない・押さない
  2. 御料車を追いかけて一緒に走らない、
  3. 旗の振り方は上品に小ぶりに
  4. (横の人に迷惑にならないように)、
  5. Z車が通過するまでその場を動かない(怪我防止) 

図2 ご到着5分前通報車

図3 ご到着3分前通報車

図4 ご到着1分前通報

図5 先導の皇宮警察白バイと先導車

図6 御料車 スイトピアセンター・学習館の西側にて

図7 次ショットでは後姿しか撮れない

図8 報道関係者バス1号

図9 報道関係者バス2号 

図10 随走車

図11 Z車が通過

 

2017-08-26

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2017年8月25日 (金)

何事も上手になるには好きで継続、時を活かせ

1.実行してみたら出来るかも知れないのに、なさず学ばず・・・歳月流れ老化道、早く気付いて、老華輝く道歩み幸つかめ。

2.手の三分、練磨の繰り返し、目で三分を覚え、脳裏に刻むこと、そして耳から学ぶ。四分が最強の力、糧となり充実する。

3.多忙でも時間活用心得て何事でも基本をしっかり学び身に付けることだ。

4.続けていると、自然にいつかは好きになるもの。

又、忙中に自然その時間も生まれてくる。

5.習字(自)-書道―書芸と進歩せよ。

6.字は苦手だ・・・と学ばないまま、生涯つかまず成果も残らず心寂しいものである。優劣ではなく、希望を持ち活動を。  

 平成29年夏91翁恵峰

 2017年7月20日、馬場恵峰先生宅を訪問したとき、素敵な文言の書を見つけた。少々サイズが大きすぎたので、お願いして所定の色紙に書いてもうことにした。その書が、昨日(8月24日)、宅配で届いた。その文を掲載します。この文の内容は書の分野だけではなく、どの分野でも当てはまる言葉である。これからの人生で、この言葉を大事にしていきたい。著作権の関係で写真が掲載できませんので、文章のみ掲載します。

2017-08-25

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2017年8月24日 (木)

人生の貸借対照表

 自分の人生の貸借対照表を確認したい。残縁高はいくらになっているか、人生の決算書で、どれだけの付加価値を生み出してきたのか、己の損益分岐点年齢はいくらであるのか、還暦を迎え人生決算書を確認してたい。金銭面の決算書では見えない自分の人生が見えてくる。見えないご縁の蓄積こそが、人生の宝である。明徳、感恩、報恩で人生を振り返ることが、PDCAを回す人生経営である。

 

集めたものと返すもの

 知識やお金をいくら貯めても、それは死蔵である。知識だけではどうにもならない。お金も知識も死蔵すると腐ってくる。経験を踏まえて世に問うてこそ、磨かれ洗練されて、それが見識になって自分に帰ってくる。それを回してこそ智慧が出る。使う過程での利子が智慧である。受けたご恩も、世に回してこそ生きてくる。ご恩を受けたら、少しプラスをしてお返しすると、倍返しのご恩が帰ってくるのが佛界に近い人間界である。多くお返しが出来るとは、それだけ儲かったからである。儲からなくても、後から佛様が利子をつけて返してくれる。税金はたくさん納めたほうが良い。それは収入が多いという成功の証しである。脱税や節税対策など、縁罪人のすることである。

 

不良債権者

 今まで、成人までの教育費とその後の自己啓発費の出費の累計額と、日々の出力のための必要経費(変動費)の累計額の合計が、社会へ生み出す付加価値額を比較して、何時になったら収支がバランスするのは何歳かであるか。その歳を損益分岐年という。通常は還暦の歳である。最低でもその歳までは世に貢献する働きをしたいもの。その前に、亡くなるか、隠居の身になるのは、ご先祖、両親、社会への恩返しが出来ない負の遺産となる。社会の足を引っ張ることになる。借金を背負ってのあの世への旅立ちは不良債権者である。

自分の付加価値生産額=(月当たりの社会への貢献価値)×(働く年月)

 

自分の付加価値

 自分が社会に与える付加価値とは何か。橋を架けるのも、モノを生産するのも、後進の指導も、ボランティアをするのも全て付加価値を生む仕事である。遊びほうけていなければ、全て付加価値生産者である。学んで能力を上げ、高付加価値生産者としてありたい。

 

図1 人生のバランスシート

    持てる資産を回さないと死蔵である。

    持って次界には行けない。

図2 ご縁の賃借対照表

図3 人生の損益分岐点

 

2017-08-24

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言葉は人を活かし、人を殺しもする

 人を活かす言葉を使うこと。愚痴を言わないこと。自分の職場を超えて、良き友を持つこと。自分の人生のゆとりと豊かさを育てることを忘れない。健康に気をつけて、無理をしない、無駄をしない。

 「あなたがいなくては困る」と言われないように、後継者を作りながら、新しい人生ではなく、今まで築いた人生に新たに油を注いでいく。新しいものを持って来るのではない、今ある自分を磨き上げるのだ。

 自力他力と祈ってみても、所詮旅路は自力なり

 

男の人生

 20代  ハンサムにする。身だしなみをきちんとする

 30代  強く生きていく心を教える

 40代  財力に心を砕く

 50代  賢く物事の判断をきちっと行う

 60代  聖人の道を歩く。何事もこだわらないように

 70代  色んなことに精通する。学んだことを人に捧げる

 80代  静かに自分の人生を静観する人間になる

 90代  指南役になる。「あなたがいなくては困る」という人間になること

 

女の人生

 女に生まれたのではないのだ。女になるために生まれたのだ。

 20代  美しくありたい

 30代  たくましく成長する

 40代  明朗に過ごす

 50代  辛いけど辛抱強く生きる

 60代  人のことを素直に聞く

 70代  人の噂をしない   一談一笑

 80代  九施を行う

 90代  憧れを持つ。人間は憧れを持たなければ廃人も同じ

 

以上は、太志塾秋季大会(大島修冶塾長 2014年10月5日)での馬場恵峰先生の「自分を知る事の大切さ」のお話をまとめた。

 

図1 講演される恵峰師 2014年10月5日

 

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2017年8月23日 (水)

自分が自分でなくなっていく「死」の恐怖

 この数年間、国家資格の受験勉強をしてきたが、この受験戦争では挫折の繰り返しであったが、その過程で試験合格以上の大切なことを得た。それは体の劣化、特に血管の劣化の発見で、それの根本対策への目覚めであった。そのまま放置すると、あと10年もしないうちに、脳梗塞か脳内出血、心筋梗塞、失明等で成仏するか、認知症になるところであった。

 

 この数年間、かなり精力的に受験勉強をしてきたが、少しも成果が上がらない。それどころか試験の成績が下がり気味であった。冷静に分析をしたところ、己のエンジン(心臓)、CPUと配線(脳内血管)の劣化であることに思い至った。この数年の眼の病気も含めて推察すると、全身の10万kmにも及ぶ血管の内部にコレステロールのカスがこびり付き、それが高血圧の原因となっていた。血管の内径が細くなってきたので、血流を保つため、血圧を上げる自己調整機能が働いて高血圧になっていた。当然、脳内や眼底の血管も同じ状況である。それが一番弱い箇所である眼や脳内の血管に来て記憶力の低下に至っていた。それを対処療法で降圧剤を飲むから、頭や眼の血のめぐりが更に悪くなり、眼の病気や記憶力の低下となる。これでは受験戦争や人生の戦いに勝てるはずがない。

 

 受験勉強での記憶力の低下は、認知症や死の病に至る前兆である。この状況を放置すると、本物の認知症になる。認知症とは、記憶が段々と薄れてゆく病気である。過去の様々な経験や対人関係の葛藤を記憶していてこそ、その人の人格の形成がある。しかし人間からその苦労の記憶が無くなれば、人間の仮面を被った中身のない人(生物)に成り下がってしまう。妻や親との苦楽を共にした記憶があってこそ、肉親である。それが子や妻を認識できなければ、肉親とは言いがたい。必死に介護をして親から「お前は誰だ?」では残酷である。親の徘徊を防ぐためベッドに縛り付ければ、「お前は鬼か」と罵られて家庭生活は地獄に変わる。

 

 国家試験に受からない真因が分かったので、対処療法ではなく根本療法として、運動の改善(チンタらした散歩を中強度に変更)、食事の改善(添加物まみれの食物を断ち、血管内部のコレステロールを下げる食事療法等)、嗜好品の改善(断酒、甘いものを断ち、油っこいものを断ち)、減量の取り組み(週一で断食)をした。

 その成果として体重が5キロ減り、血圧も下がり、体調も劇的に良くなった。この取り組みを継続中である。これで自分が自分でなくなってしまう「死」を少しでも先延ばしできたと思う。朝起きてまだ息をしていることは、まだこの世でやることが沢山あるとの佛様からのメッセージである。

 

 ネットで真島消化器クリニック(久留米市 tel:0942-33-5006)の情報にたどり着き、診察を受けて対処療法ではなく、真因を無くす治療を始めた。真剣に病気の原因を探すという行動が、ご縁にたどり着いた。

http://majimaclinic22.webmedipr.jp/

 

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人生を支える心の杖

 1.人の親切にする杖

 2.無理をしない無駄をしない、不精をしない杖

 3.自分に辛切な杖

 4.神仏の教えの深説の杖

 

 「年老いて金を持っているから手が震える。私は何も持っていないので(1億円も使ってしまったので)、軽々と筆を動かせる。遠き道を自分の業を背負って歩くこと。そうすれば新しい自分というものを掴むことができる。」と。

 お金という杖は腐らないが、己はいつしか老い、腐っていく。老いて若さと情熱を失うと、お金という杖も使えない。その前に己が朽ち果ててしまう。お金は使ってなんぼである。使うことでご縁を得て、知恵がつく。人生を支える大事な杖の存在に気づけ、である。

 

 恵峰師は60歳のとき、実家の土地家屋を抵当に入れ、1億円の借金をして社会奉仕のため日中文化資料館を建設された。返済に24年の年月を要したが、84歳の時に完済された。

 

縁ありて花開き、恩あって実を結ぶ

 「縁あって人間に生まれたからには、ご恩に報いないと申し訳ない。書くことの大切さを知り、自分の子孫に自分の書いたものを残せ。自分を磨くのは、自分の手で書いたものだけである。」

 「10回読むより一回書け」が恵峰師の言葉である。同じことが仕事でも言える。10回、口で理屈を述べるより、汗をかいて涙を流して一回実行した事が血にも肉にもなる。

 

 以上は、太志塾秋季大会(大島修冶塾長 2014年10月5日)での馬場恵峰先生の「自分を知る事の大切さ」のお話をまとめた。

 

図1 日中文化資料館 敷地350坪 大村市 

図2 日中文化資料館内部を案内される恵峰師

 

2017-08-23

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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