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馬場恵峰書の写真集に関する情報を掲載します。
2017年9月24日 小田泰仙
馬場恵峰書の写真集に関する情報を掲載します。
2017年9月24日 小田泰仙
2015年11月29日午前11時より、小田家と北尾家のお墓の開眼法要を執り行った。最初、長松院の本堂にて北尾家、小田家の先祖代々諸精霊への供養の読経を行い、焼香をした。その後、改建したお墓に場所を移して、お墓の開眼法要を執り行った。最初に為写経をした写経を3つの納骨室に敷いた。最終的に書き損じも含めて80枚前後の写経をすることになった。よき人生経験であった。約3カ月間、毎朝斎戒沐浴をしてから1時間、根をつめて写経をすることになり、新たな発見もあった。2017年になって恵峰師から、写経が書写行として佛道の修行の中で、一番の先祖供養になることを教えてもらった。いまにして良き先祖供養をことをしたと思う。後日、写経をしたことで、戒名の間違いが露見して、再度、為写経をすることになり最終的に110枚余の写経をお墓に納めることになった。それもご縁であった。
お墓に添える蝋燭も赤の蝋燭で、お祝いとして赤を使うことを初めて知った。叔母が備えてくれた御餅もお祝いとして紅白の御餅である。この歳になっても知らないことばかりである。この歳になってお墓を作るというご縁を頂いたのも佛縁である。そのご縁で馬場恵峰先生ご夫妻にも同席して頂いたのもご縁である。
納骨
その後、本堂に安置してあった祖母と母の遺骨を骨壷から般若心経が書かれた納骨袋に移し、その納骨袋を各々のお墓の納骨室内の為写経の上にそっと置いた。北尾道仙氏の納骨袋も納めたが、その納骨袋に入れたのは旧のお墓から回収した土で、お骨ではないが、形としてお墓に納めることとなった。以前、学術機関が豪徳寺の井伊直弼公のお墓を学術調査のため調査をしたが、中には何もなかったという。当時の幕末の世情を考えて、本当の遺骨は別の場所に埋葬して、正式のお墓には納めなかったようだ。お墓とは精神的な面が強いシンボルであると思う。事象を見るのは眼ではなく、心が観るように、お墓の存在も己の心が、そのお墓の存在を認めることだと思う。同じ考えで、お骨の無い親族の分は、戒名を住職様に紙に書いて頂いて遺骨の代わりに納骨室に収めた。
23年前の母の遺骨と再会
母の遺骨は23年前のお骨で、当時、全体骨の一部をお墓に入れて、入らない残りが本堂の遺骨安置室に預けられていた。その残りのお骨を今回納骨できることになった。そのお骨は一部黒ずんだ灰色で、23年ぶりに見ることになった。あとで石屋の松居さんから、問い合わせがあって分かったことであるが、当時、大垣の古い設備の火葬場で火葬に付したが、当時はまだ設備の火力が弱くしっかりと焼けていなかったようである。13年前の父の火葬のときは、別の場所に火葬場が移り最新式に更新されていた。この11月3日に従兄弟の勇美子さんの灰葬に立ち会ったが、綺麗な白いお骨であった。火葬の技術も進歩して、時代の流れを感じた。
図1 手塚紀洋住職によるご精魂入れの儀式
2017-09-23
久志能幾研究所 小田泰仙 HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite
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今の自分が嫌で、新しい自分に変わりたいと言う人は多い。しかし変われる人は少ない。それは何故そんな自分のなってしまったかの原因を突き止めずして、小手先の手段で変わろうとするから、変われないのだ。人は生まれてから1日20回の決断をして、6歳までに43,800回の決断を繰り返し、人としての思考回路が育つ。6歳までに脳の80%が完成する。そんな強固な訓練をして固まった脳(固定観念)を変えるのは至難の業である。
人を磨くのは人
人は、ダイヤモンドのような素質を持っている。それを磨くのは、人でしかできない。人は、人からもまれて、叩かれて、笑われて、罵倒されてこそ、磨かれて己が持つダイヤモンドに変身する。人は、一人では人になれない。艱難辛苦が人を輝ける人にする。読書が人を育てるように、世間という書物を読み体験することで、人を人にする。
角熟を目指す
人は、神佛を目指してはならない。あくまで人として人になるべきである。神佛は「人ではない」。人が完全無欠の神佛を目指すと、「人でなし」となってしまう。欲を持ち、人としての欠点もあってこそ人である。生きるという欲まで捨てたら、人でなくなる。指導者として欲を持つなら、人格を高める欲を持つことだ。人として人格を極めれば、神仏にはない欠点が人間味となる。円熟ではなく、角張った欠点を抱えたまま長所を伸ばして熟する(角熟)のが人の道である。
人として死にたい
人は、食欲・物欲・性欲だけを求める生き方をすれば、畜生界の存在になり下がる。人なれば、目の前にぶら下げられた餌を自制すべし。今はあまりに美味しすぎる餌が溢れている。自制心をなくしたら、人ではなくなる。グルーバル経済主義の化け物に取りつかれた輩は、死ぬまでに使い切れない財を独り占めにして、99%の他人の生き血を吸って繁殖し、最後は死病に倒れる。いくら財を貪っても、生物である以上は死からは逃れられない。
人は寝て一畳、立って半畳、食べて一升、死んで残るは灰塚一握である。強欲に走るから、不幸になる。利他少欲であれば幸せである。強欲に取りつかれた死鬼衆としてではなく、人に成長して、人として死にたい。
2017-09-23
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「ドレイもん」とは、教えられた教義の鎖に繋がれた奴隷のような思考回路の人をいう。自分の価値観が明確でないから「これでいいのだろうか」といつも不安である。「ドラえもん」は、自由な発想で「これでいいのだ」とやったことを自分で自信をもって認める姿なのだ。「奴隷もん」にはタモリのような自由な生き方はできない。「奴隷もん」が組織の上に立つと、その組織は不幸になる。
政界の深層心理学分析
フリンセスやガソリーヌと称せられる山尾志桜里議員の顔を見て、何か違和感を覚え、またどこかで見たか顔ではないかと頭に引っかかっていた。山尾議員の顔は端正で美形である。しかしその顔にオウム真理教徒の面影があった。何か思いつめたような、それでいて無機質な顔なのだ。まるで洗脳教育を受けて感情を無くしたようにとも思える。その顔は人相学でいう法令が薄かった。それはなるべく感情を表に出さないように訓練をしてきた顔なのだ。それは深層心理学の洗脳教育のためだと思い至った。
司法洗脳教育
彼女は司法試験に7年の挑戦で合格した。その結果は美談のようであるが、心理学的には問題がある。本来、そんな努力をしないと受からない頭の悪い人は司法界に進むべきではない。一発で合格するような特別な才能の人が、その道に進むべきだ。7年の受験勉強は、洗脳教育として、彼女の思考回路に悪影響を与えた。「国家試験のようなものを、5年以上は取り組むべきではない」と、どこかの書で読んだ覚えがある。司法試験は、問題を作る試験官の考え方に合うように、必ずしも正しくはない法律を、司法試験の問題を作る試験官の考えと合うように解釈をすることが強いられる。問題を出した人の思考回路に洗脳されるように、ひたすら過去問題集を解く訓練(修行)をする。それが7年間も続くと、洗脳教育として、カチンカチンの固定観念が作られて、思考が固定される。模範解答以外の考えが浮かばなくなるし、思い浮かべてはならないのだ。(その時代に通用する)法律文面通りの思考をする優秀な頭にはなるが、文面通り以外は考えられない欠陥を持つ思考回路が作られる。なおかつ東大を出て司法試験に合格したことで、ちやほやされ、己もやればできると舞い上がり、優越感が起こり、己は特別な人間だと思うようだ。特別の人間だと己が思い込むと、社会の道徳も超越して生きることが許されたエリートだと考えるのだろう。
この洗脳教育の成果?が、山尾議員は自分の頭で考えられないので、「これでいいのだろうか」と迷い、議員辞職のつもりが、言うだけ番長に言い含められて、議員辞職を撤回してしまう。いいわけないではないか。それで恥もなく次回の選挙に立候補である。人生道の論理構成が間違っている。豊田議員は、病気と言って入院、記者会見拒否である。謝罪の記者会見も、優等生のマニュアル通りの回答しかできない。臨機応変の機転がないのだ。共に日本の最高学府を出た才女である。頭はいいかもしれないが、世の常識が考えられないように洗脳教育されてしまった。
保育園落ちた、日本死ね
山尾議員は「保育園落ちた、日本死ね」を引用して、安倍総理を国会で攻めたが、「日本死ね」という思想の持ち主に賛同して取りあげること自体に、思考回路に違和感を感じる。それが社会の味方だとの論陣は異常である。それは上から視線で見て、己は偉いのだとの自己洗脳作用が及ぼしているとしか、思えない。
合理的な思考だけのオツム
それの結果が、今回の不倫騒動であろう。常識があれば、ガソリン多額請求事件を秘書のせいにせず、管理監督不行き届きで責任をとるべきだ。自分の置かれた立場で、マスコミに狙われることを考えないというお粗末な行動は、目を覆うばかりである。東大を出て、司法試験にだけは受かったアホである。司法試験だけが受かる能力しかない欠陥人間となった事例である。合理的に考えられるとは、合理的にしか考えられないのだ。東大出での豊田真由子議員も同じ思考回路である。すべて、東大を出て己は偉いのだとの洗脳教育を受けたのだ。そう解釈すると、かの政治家どもの非常識な言動の疑問が氷解する。
私の受けた洗脳教育
私は宮仕えの会社生活で、長年、会社の価値観の洗脳教育を受けたことになる。日本人の大分部分がそうであるはずだ。定年後は、その束縛から解放されて自由な発想ができることは嬉しいことだ。川柳の「今日からは 黒をクロ と言い」のような世界からの解放である。それこそタモリの生き方で、「これでいいのだ」と思うことだ。そう思わないと自分を追い詰めて、自分を地獄に落としてしまう。
電通の自殺をした東大出の若い女子社員は、電通の洗脳教育に染まったのだろう。「ドラえもん」の「これでいいのだ」というおおらかな考え方があれば、死ななくてよかったのにと、残念に思う。会社の成果など、己の命に比べれば軽いもの。
性格の形成
人は一日に20回の決断をするという。20年で、20回×365日×20年で146,000回の思考訓練をうけることになり、その思想と性格が固定される。それが人格・性格の形成である。それは固定観念と言われる。精神科医のエリックバーン博士(1910年~1970年)は、この理論をもとに「対人交流」という理論を立てた。これは子供の頭の形成過程での話しであるが、大人でも、回りから頭をさげられて長年を過ごすと、同じ洗脳教育を受けるのと同じ効果があると推定される。
市長17年間という洗脳教育
小さい組織の長として17年間も君臨すると、誰もそのリーダーに本当のことは言えなくなる。反対もできなくなる。リーダーが人格者なら、そうはならないが、自分がお山で一番偉いと思い込みの洗脳教育を自分に課した人間では最悪の結果となる。日々、部下がかしづいて、仕事が回るので、己は一番偉いのだ、との洗脳教育を繰り返し受けることになる。ヒラメの取り巻き役人も、市長の顔色を見て、言葉の匂いでやるべきこと、やらなくてもいいこと、やってはならないことを本能的に嗅ぎ分けて対応する。それが市民にとって、不幸せになる政策でも知ったことではない。ヒラメは己の保身が最優先である。民間企業の市場原理は働かない。だから多選の弊害が目に付き、多選を禁ずる法案が検討されている。見識ある人は、己が多選にならないように身を引くものだ。
下図は固定観念のイメージ図。表に出る言動は、氷山のように内部の1割である。
2017-09-23
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閻魔大王の閻魔帳には、己の日々の善悪の所業が記録されている。その閻魔帳とは、己の体そのものであることに、目の病気を患ってから初めて気がついた。人が自分の死を意識するのは、病気をして各器官にも寿命のあることを思い知り、終りを意識せずに登ってきた未来への道が、登りきった坂の上の曲がり角で陥没しているのを発見したときなのだ。その時になって初めて、後ろからヒタヒタと迫り来る死を明確に認識する。
四季は、なお、定まれる序あり。死期は序を待たず。死は、前より来らず、かねて後ろに迫れり。人みな死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来たる。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。
(吉田兼行『徒然草』第155段 1331年)
あそこまで登れば新しい道が見えると登ってきた道に、いつしか夕日が迫る。夕日が己の姿を照らし、その陰が長く地表に延びる。
あの世のトヨタ生産方式
人は還暦を過ぎるとあの世ではなく、この世で閻魔様より閻魔帳を見せ付けられる。昔は死んでから閻魔様に前に行って、閻魔帳に記録された前世の善悪の所業を審判された。しかし、人の寿命が昔の40年から80年に延びたので、閻魔様もあの世では暇になって、閻魔様が、負荷の平準化のためトヨタ生産方式を導入して、現代人に因果応報を生前に知らしめている。閻魔様も不届きものが増えて、その審判の忙しさで過労死寸前なのだ。なにせ1975年には206,702人だった癌患者が、2012年には865,238人(厚生省データ)と急増なのだ。その忙しさ解消のため、健康に関する審判を現世ですることになった。ご先祖から預かった体を虐めると病気になるのは、自然の理である。病気とは己の体への悪業の積分の結果である。己の体を正しく維持管理しなかった証である。それを「運が悪い」とか、「なんで私だけが」と言うのは、お門違いである。全てのことには原因がある。それを仏教では因果応報という。それに早く気が付いた人が、閻魔様より長寿というビザ有効期限延長書がもらえる。その分、閻魔様の負荷が減る。たまには閻魔様の身になって考えよう。
この世の地獄
昔は老衰が自然な死亡の原因であった。人は寿命として納得して死んでいった。時代が変わり、人は贅沢になり、贅沢が原因で様々な病気を発症する。医療技術が進歩しているが故、金を積み名医にかかれば病気は治ると思い込む。しかし、それが拒絶されると「お前はヤブ医者か」と正直に病状を話す医師を罵倒する。藁にすがった己の愚かさを悟り苦しみ死んでいく。これは地獄である。それは、生あるものは必ず死を迎える、という真理を考えないで生きてきた証である。
己の道
古代中国の各都市は城壁で囲まれていた。その外側は魑魅魍魎(ちみもうりょう=山の怪物や川の怪物)が住む恐しい場所と信じられていた。城壁の外に出て、その恐ろしい場所を通って他の都市に行くときは、異教徒を殺し、魔よけとしてその生首をぶら下げて歩いたという。その歩いた所が道となった。それが道の語源である。道の「しんにゅう」は十字路を意味する。
未来を拓く道
現代で、全く新しい分野の道に進むには、自分の首をかけて未開の地に道を創る意気込みが必要である。何時の時代も、新しい道には夢がある。夢は命をかけてこそ実現できる。時として足元は、己を含めた多くに先人の失敗で血の海である。死屍累々の中をひたすら前進して道を創る。なにもしないでいれば、座して死ぬだけである。己の失敗という生首が、後進の道しるべとなる。それも人生、人生に無駄はない。一人の成功の足元には先輩の尊い失敗がある。自分はその失敗を避けて、可能性のある新しい道を進む。先人に感謝をして進むべし。
図1 馬場恵峰書(2013年入手)
2017-09-23
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人生の道は鉄道に似ている。基幹路線もあればローカル線もある。そこを走る列車にも新幹線もあれば、急行電車も鈍行列車もある。どんなに速い列車でも鈍行列車を使っても、途中下車さえしなければ、目的の到着駅には必ず到着する。早い遅いはあるが、いつかは終着駅に着く。人生の旅の終着駅は死である。最速の新幹線で行けば、早くは着くが途中のいろんなご縁をすっ飛ばしての到着となる。到着が目的ではなく、その過程が人生の目的である。鈍行電車には時間が多くあり、多くのご縁と出逢いがあり、景色を楽しみながらの旅となる。どちらが良いか悪いかの問題ではない。その人が選択した人生であり、その結果の運命である。
手押しトロッコ
多くの路線、電車の中でも、なぜか私はトロッコに気が引かれる。トロッコは、必要な時に必要な場所に必要な線路が引かれ、必要な物資を運んで、お役目が終れば線路が撤去される。人生の後始末が美学のように思えて、好きな乗り物である。まだ日本が高度成長期に突入する前の昭和30年頃で、私が幼少のころ、地元の建設現場に工事用の手押しトロッコがあり、夕方になって作業員達が帰った後、ガキ仲間と一緒にトロッコで遊んだ記憶がある。自分の力で押して進行できる趣が好きだ。
生業を楽しむ
吾が人生路は既定の路線ではなく、自分に必要な経路に新しいトロッコ線路を敷設して己が荷物をトロッコで運ぶのが良い。それが第三の人生に分相応である。出世競争も、追い越しもなく、時刻表もなく、人生の使命を黙々と運ぶ。それが生業である。皆さんが楽しんでいる歓談の場で、場の空気も読めず出世話しを押し付けるようでは、会社の元肩書きは空しい。そんな生臭い話に興ずるよりも、黙々と自分の生業を楽しむ。それが本当の人生ではないか。周りを気にして、智に働き、情に流され、意地を通せば、人生の脱線転覆である。会社人生で、ストレスのため病気になり早死にした仲間がなんと多いことか。住みにくい現世では、定年までは世の中へのお勤めとして精進して、その年季奉公が終った後の第2、第3の人生は、世のシガラミに囚われずに、自分のトロッコ路線を進みたいと思う。
トロッコに集めることだけ、入れて運ぶだけに忙殺された人生を送る人は、目的地に着いたとき、荷は降ろさねばならず、置いて行かねばならぬことを悟り、そこで何のために生きてきたのか覚醒して愕然とする。目の前の財に身が眩み積むことだけを考えると、虚の世界に取り付かれた亡者となる。それは集めても集めても、満足しない死鬼衆である。人は見たい物しか見ていない。美しく見える虚の世界に振り回されてはならぬ。
図1 馬場恵峰書(2017年入手)
2017-09-22
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テクニカルライティングの神様との出会い
早稲田大学篠田義明教授のテクニカルライティング(科学工業英語)のセミナーを社内受講して、まるでダイナマイトを食らったような衝撃を受けた。それは今まで学んできた日本語の書き方とは、一線を画する文書作成の論理構成を教える講義であった。先生の講義に出合えたおかげで、会社創立50周年記念論文募集で最優秀賞を受賞でき、ご褒美で欧州に行かせていただいた(稟議費用100万円)。それをご縁に、1994年にミシガン大学夏季テクニカルライティングセミナーに自費参加し、3回目の挑戦で科学工業英語試験1級(TEP1級)に合格し、作っていただいた会社の制度で1997年に再度、ミシガン大学の夏季セミナーに出張参加ができた。
企業内の教育現場の姿
篠田先生はいつも、研修担当が講義に顔を出さないことに怒っておられた。一流企業だと必ず、役員や部長が先生の講義ぶりと生徒の受講状況を視察に来るとか。多くの企業を観察をするとそういう企業は成長している。それに反して、教育に無関心なトップの企業は、衰退や消滅している例を私は身近で多く見てきた。
それを教訓に、私が運営した新人・中堅技術講座では、必ず講師の講義振りを評価するために顔を出して、翌年度の講師依頼の可否のデータとしていた。講義姿をみれば、その人の仕事のレベルと人格は分かる。今はそんなことまで配慮する事務局がないことが哀しい現実である。またそんなことを教えてくれる先生もいないのが現実である。そんなことまでを、体で教えていただいた篠田先生とのご縁に感謝です。先生とは20年来のお付き合いをさせていただいている。先生から学んだテクニカルライティングの手法がどれだけ仕事の役に立ったか計り知れない。文書は仕事とコミュニケーションの基本である。
この学びでの浮かび上がる問題は、文書での言い方がきつくなることである。特にメールでのやり取りでは、けんか寸前になることがよくあった。欧米の単刀直入の言い方、書き方は、日本文化にそぐわない場合が多々あり、使い分けが必要であることを、何回もの痛い経験から学んだ。言葉とはその国の文化なのである。日本語ではあまりダイレクトに言わなくても分かってくれるはずとの前提で文書が構成される。日本語では「私」という主語がない方が、当たり前の文法で、「私」を前面に出すと押しつけがましいとの印象が持たれる。ビジネス文書と私的文書のバランスの取り方が難しいと今でも感じている。
人財育成を推進
技術部門の担当部署でその長のときは、部下の文書の書き方について、こだわりを持って部下を指導してきた。企画部門に異動してからは、部品事業部全体を考える立場になったので、その事業部に配属になった新人、中堅技術者に対して、技術教育講座を開設し、日本語のテクニカルライティングの講義・添削指導を8年間することになった。人に教えることは、自分への良い勉強の機会である。その時に痛感したことの一つが、そういう教育の場に社長はおろか、直属の長さえ顔をださないことで、自分の会社の行く末を案じた。その危惧は悲しいが当たった。多くの研修講師と話をしたが、その研修会場に顔をだすトップはごく少ないとのこと。一流の会社ほど、トップがそういう教育現場に顔を出すようだ。多くの経営者は教育は大事だと、口先で言うが、それを後ろ姿で実際に示す経営者は少ないのが現実である。これも成果主義の弊害であろう。教育の成果は10年後なので、目先の成果に囚われる経営者は見向きもしない。
図1 名古屋キャッスルホテルにて(2000年8月24日)
前列左から二人目が篠田先生、一人置いて後藤悦夫先生、著者は左端
2017-09-22
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人生の街道を「自分の体」という乗り物で疾走するには、安全が最優先である。それは自動車の運転で問われる課題と同じである。その中でも、普通の運転者より高い技量が求められる自動車メーカのテストドライバー資格での最優先事項は安全である。試験車運転資格試験で問われるのは、3Sの能力である。3Sとは、安全 (Safety)に、素早く(speedy)、滑らかに(smooth)である。これを言い換えると、次の表現になる。
自分の子供が急病になって、車で病院に連れて行かなければならない。焦って安全運転を怠れば、事故で病院にたどり着けず、子供が死んでしまう。低速で走れば、時間がかかり子供が死んでしまう。スピードを出して乱暴に運転すれば、振動や衝撃で容態が悪化して、子供は死ぬ。安全に、素早く、滑らかに運転して、我が子を病院に送り届ける。これがテストドライバーに求められる能力で、これがないと自動車部品の評価はできない。
仕事のやり方の象徴
これは安全確認の心構え(危機管理)である。これは全ての仕事のやり方を象徴である。子供を仕事の置きなおすと、仕事の心得そのものである。この資格の実技試験で、急ブレーキを踏むと一発で不合格である。なぜなら危険の予想が出来ていないとの判定である。事前に危険を予測できるのに、それを怠った結果が急ブレーキである。安全確認の心構え(危機管理)ができていない。
3秒前に方向指示をしてから車線変更をする。要するに、自分や組織は何処の方向に向うのか、周りにも部下にも、適正な時期に示せ、である。
サイドブレーキを引く時は、カチャカチャという音を立てず、ノブを押しながら引け。車をいたわり優しく操作をせよ、である。仕事や周りへの心配りである。
曲がる時は、右よし左よし後方よし、と呼称する。安全の自己徹底で、仕事でチェックリストを使うのと同じである。今でも私は呼称運転をしている。
私の運転の作法
・曲がらない。ひたすら大通りを走り、裏道は走らない
曲がるからタイヤに余分な摩擦が生じてタイヤが磨耗し、ガソリンを無駄にする。曲がるとは無駄な変化があるから、事故を起こす。近道のため曲がって走っても、到達時間は同じ。裏道は事故が多い。人生道はひたすら真っ直ぐに表街道を走る。
・ブレーキを踏まない
ブレーキを踏むのは予想運転をしていないため。止まるにも、エンジンブレーキをかければ、省エネにもなり、ブレーキパッドも減らない。相手にブレーキを踏ませない。無理な運転をするから、相手がブレーキを踏むという迷惑をかける。人生道は譲り合って、走る。私の車のブレーキパッドとタイヤの寿命は普通の人の2倍です。
・なるべく車を使わない
事故は[事故確率]×[走行距離]の確率で起きる。各要素の数値を減らせば、事故の確率は減る。車とは目的地に行く手段である。走るのを目的にしてはならない。
後日談(2013年)
2013年2月14日、馬場先生宅に知己塾出席のため訪問した。当日、先生の運転で市内へ食事に誘われた。その時の運転が、先生の人格らしからざる水準であった。要するに、仏の馬場恵峰先生がハンドルを握ると人が変わった。車は人を虜にする魔物である。そこに車の素晴らしさと恐ろしさがある。見るに見かねて、後日、運転の改善をお願いする手紙に、自著の運転ノウハウ資料『交通安全の科学』を添付して、おそるおそる差し上げた。なにせ私の師である。事故があれば日本の宝の損失である。諫言を書くのは一大決心であった。
その後、三根子先生から絵葉書の礼状が届き、「心暖まる運転のご忠告ありがたくお受け致します。私も実はハラハラドキドキで乗せていただく時もあり、言うとオコルので、言えません。でも小田先生からお便りをいただき助かりました。心から感謝です」である。馬場先生は神業の筆力を持ってみえるが、やはりシャイな暖かい人間であった。安心した。
その1ヵ月後の3月27日、岐阜駅じゅうろくプラザで先生の講演会があり、「平常心」の掛け軸を書かれた。先生の手にかかると数分間でうん万円の書が完成する。その背景には80年間の修行がある。
翌日、馬場先生は「奥の細道むすびの地記念館」の見学のため大垣を訪問され、私が案内をさせて頂いた。その昼食会場で、前日の「平常心」の掛け軸を贈られた。さすが人生の達人の先生は、お礼の表現もさりげなく、超一流の芸を駆使される。感謝です。
車の運転では平常心が必要である。自分という乗り物で、人生道を平常心で走り、走った跡を「道」にする。平気で死ねる、平気で生きられることが人生修行である。横を走る車と比較し、競争する必要はない。人と比べることは自分を失うこと。
後日談2(2017年9月)
今でも夜遅く先生宅を訪問すると、先生が私をホテルまで送ると言う。91歳の先生に、深夜、車で送らせるのは、弟子として恐縮でもあり、今までは言い訳をしてタクシーを呼んでいたが、考え直して、それが先生の元気の素のようであるから、「運命に身を任せて?」車で送って頂いている。最近は以前に比べれば大分運転がおとなしくなった。やはり言うべきことは、言わないと駄目である。先日、恵峰先生が健康診断で国立病院に行ったら、担当医師から「恵峰先生の頭はまだ20歳代である。どうしたらそうなるのか?」と逆質問されたという。絶句!
2017-09-22
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「自分」とは、生かされている全体の中で、「自ら」の「分」である。己は世の中の一部として考える姿である。その反対が「利己」である。己のことだけしか考えないから、囚われの闇の世界に落ちていく。
「我」とは稲(禾)を刃先がぎざぎざしたほこ(戈)で刈って、自分のものにしている様を表わす。「私」とは稲(禾)を腕(ム)で自分のものとして抱える姿を表している。
私の使い分け
英語を筆頭にした欧米の言語では、必ず主語として「私」が書かれる。文法的に主語がない文章は成立しない。しかし、日本語では、往々にして「私」がない文が存在するし、なくても理解できる。それが日本社会の特殊性が表れている。日本では、文書で「私」を前面にだすと、押しつけがましく、謙虚さが無くいように思われる。だから手紙が論文では、私はあまり出てこず、「そう思われる」と誰が思うか曖昧な文章が多い。それも日本人だけの世界なら許されるが、現代の世界を相手にしたビジネス社会では、問題となる。ビジネス社会では、主語と主張を明確にしないと、察しの文化は通用しない。日本文化の社会と欧米式の社会の見極めをして、使い分けをして、主義主張を明確にして論理を展開すべき時代となった。
自分の使命
自分とは曼荼羅という人間舞台で、一つの役割を演じる一佛なのだ。人生曼荼羅で、天から与えられた使命のため、あるお役目を演じている。その使命を知るための業が修行である。そして段々と成長(出世)して、中心の大日如来に近づいていく。せめて大日如来に王手をかけた状態でこの世を去りたいもの。投げる人生であってはならない。天に召されるまでに、いかに未完成で、より高く魂を向上させるかが大日如来(宇宙の真理)から問われている。芸術も人生も同じで完成はない。人生とは自分つくりの芸術活動なのだ。
「芸術に完成はあり得ない。要はどこまで大きく未完成で終わるかである。1日を大切に精進したい。」 奥村土牛画伯
2017-09-21
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現代に繋がる井伊直弼公との縁
テクニカルライティグのご縁
2004年3月11日、テクニカルライティングの世界的権威であるミシガン大学スチーズンソン教授との再開の機会があり、その席で、彦根市とミシガン大学のあるアナーバー市が姉妹都市であることを初めて知った。このアナーバーには1994年と1997年の2回、計20日程滞在したことあり、ずいぶん縁と言うのは深いもので、いかにそれに気付かず過ごしているかと感慨を新たにした。
私のテクニカルライティングの師である早稲田大学の篠田義明名誉教授は、アナーバー市の名誉市民でもある。1994年に初めて私はアナーバー市の地を踏んだ翌年、先生は長年のテクニカルライティングの普及の功績で、アナーバー市の名誉市民の栄誉を受けた。深いご縁である。私がこの面の能力を身につけるきっかけも、篠田先生との出会いが縁である。先生の講義はまさに私にとって衝撃的なメッセージとなり、この面の勉強を始める縁となった。コミュニケーション力とは、データmと加速度αで伝える力Fが決まる。それを実感させて頂いた講義であった。その先生も2004年、古稀のお祝いを受けられた。
文書という武器
昔の武士は刀で戦った。現代のビジネス戦士はペンで戦う。ペンは刀より強し。文書はときには人を切り、情報戦争の上で戦いの武器ともなる。その武器としての文書構成方法がテクニカルライティングである。その技法を学んだご縁は、その後の仕事に大きな力となった。新人教育の講師としても、この文書作成手法や文書デザインを新人に教えた。
事例:大垣駅前商店街の衰退研究
多くの人に事実を伝えるのは文書の力である。その伝え方には、「道」がある。何が問題か、何が原因か、真因は何かを明確に論理的に展開して、伝えないと、相手に伝わらない。論理性がないと、声を大きくして相手に伝えても、相手の心に達していない。こちらの情報が、相手に伝達されないのだ。その真因が何かを明確にして追及しないと、対策もポンボケとなる。現在、大垣駅前商店街の衰退について研究している。今まで漠然と衰退を議論して、大変だ大変だと騒いでいても、具体的な現実のデータと原因と対策で示さないので、無責任な為政者が動かない。相手も責任逃れに必死である。
論理的な解決策
現状把握
どれだか商店街が衰退したか、そのデータを示す。
現在の閉店数の調査、図示
公式データで、実際の状況を明確にする。
産業従業員数等で、時間的な推移を示す。
視える化
話しだけではなく文書で視える化して、冷静に解析する。
何が原因か、「何故なぜ?」を5回繰り返して追及する。
真因の追及
表面的な原因ではなく、真因を明確にする。
対処療法ではなく、真因を明確にして、手を打つ。
責任の明確化と対策
曖昧に責任の所在を明確にしないから、解決ができない。責任者は多額の報酬をもらっていて、多くの人の命・生活を守る責任がある。それを個人攻撃になるかと遠慮して、曖昧にするから問題が解決しない。
責任者とは
責任者とは決断すること。責任者とは主座である。責任者には、報酬に見合った大きな責任が発生する。それを曖昧にするから、ますます大垣市が衰退する。責任者には、大垣市民の生活と命がかかっている。
大垣市の開国
井伊直弼公が、米国のペーリ総督の黒船の大砲の武力という脅しで開国を迫られた。井伊直弼大老は開国という正しい選択としたが、桜田門外の変で、世界情勢を理解できない偏狭的な日本人に殺された。敵は本能寺、である。現代の我々ビジネスマンは、危機状態に論理的な対応しないと、身内に殺される。今は、敵は外国や県外の商人ではなく、事なかれ主義の何もしない市の役人が、我々の敵なのだ。何もしないし声も出さない、サイレント殺し屋である。業務改革では、何もしないのが最大の罪なのだ。市民が声を出さないから、大垣駅前商店街が静かに20年かけて殺される。もう商店街の61%が殺された。自分の城は自分で守れ。自分達も改革しないと生き残れない。
図1 『武道としての情報設計』
2017-09-21
久志能幾研究所 小田泰仙 HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite
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