2017年9月28日 (木)

大垣・大本営発表: ハツラツ市の戦果

大垣・大本営発表

 元気ハツラツ市実行委員会委員長の松本正平氏によると、通常の営業日と比較して「飲食店の売上が200%~250%、物販店舗の売り上げが100%~200%アップした」と、双方とも元気ハツラツ市が行われていない日よりも売り上げは増えており、成果を上げている。

     岐阜経済大学 2013年度学内ゼミナール大会参加論文より

       (小川大垣市長は岐阜経済大学理事)

https://www.gifu-keizai.ac.jp/campuslife/study/seminar/doc/2013/11-kikumoto.pdf

 

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 上記は、著作権法の問題よりも、公共の利益のための情報開示が重要である。この情報はネットで公開されている。大垣市民の生活に影響のある情報である。岐阜経済大学も補助金として国民の税金が使われている。国民が抱える問題提起の為の引用が、著作権法が問題になるなら、法律が間違っている。法律を改正すべきである。今の著作権法は、いじり過ぎて、本来の著作権の趣旨がおかしくなっている。かえって人類の知的財産の価値向上を阻害している。アメリカなどは、後出しジャンケンで、金儲け主義丸出しでデズニーの著作権を筆頭に保護期間を50年から70年に延長する画策をしている。

 

「うっそー!」と市民から疑問の叫び

 元気ハツラツ市当日は、飲食店は20%の売り上げ増であるが、物販店舗は売上半減である。当日は商売にならないので、多くの物販店舗は店を閉めている。

 商店街は元気ハツラツ市を止めるか、運営方法を変えて欲しいと怨嗟の声に満ちている。元気ハツラツ市実行委員会委員長は、運営方法を改善して欲しいとの商店街の皆の意見を委員長権限で黙殺している。また1年交代とされている委員長の座を、7年間も居座ってその座を離さない。よほど美味しいものがあるのか。来年は開催頻度を月1から月2にする計画もあるそうだ。それで大垣駅前商店街の息の音が止まる。元気ハツラツ市の目的は大垣駅前商店街の活性化ではなく、金をばらまき、商店街の息の音を止めるのが目的のようだ。

 

ハツラツ市当日は休業、商売にならないから

 大垣駅前商店街で平日は開店しているが、元気ハツラツ市の当日は、市役所からの開店要請があってもお店を閉めている店が約10店程存在する。元気ハツラツ市実行委員会の大本営発表では、売り上げが増えているはずなのに、なぜ稼ぎ時の元気ハツラツ市当日に休業するのか? なんでお店を閉めて売り上げが増えるなのか?

 大部分の物見遊山として電車で来る客は、一般の物販店舗で買い物などはしない。買っても荷物になるからだ。車で来る大垣市内の客は、駅の北側の大規模小売店アピタの無料駐車場に車を停めて、元気ハツラツ市に来るが、帰る時、アピタに悪いと思いそこで買い物をする。日本人の心理である。ますます大垣駅前商店街の売り上げが落ちる。

 大垣市以外からお店を出している屋台は20店程である。その分、大垣商店街の売り上げは減る。経営分析でいうカニバリゼーション(共喰い)の現象である。それが、駅前商店街のシャッターを下ろした店舗の数の多さに現れている。現実の姿が正しい。

 

大垣中心街地商店数推移

 615店舗(1988年) → 419店舗(2007年) 32%減

           → 364店舗(2014年)(推定)41%減

        (大垣市中心街地活性化計画より)

大垣中心街地小売業の年間販売推移(万円)

 34,656万円(1999年) → 21,612万円(2004年)38%減

             → 19,630万円(2007年)44%減

             → 18,048万円(2012年)48%減  

                       (大垣市商工観光課資料より)

大垣市中心部の歩行者通行量

 24,089人(1994年) → 10,160人(2009年)58%減

         (大垣商工会議所調査)

大垣駅前商店街の大通りの店の61%の店が閉店

2015年~2017年だけでも約40店舗が閉店した(20%に相当)

 

大垣・大本営発表の戦果を疑問視

 元気ハツラツ市を2011年に開催してから、近直のこの3年間でさえ、12軒ほどの店がシャッターを下ろした。閉鎖した大規模小売店のヤナゲンB館のテナントを計算に入れると40店舗近くが閉店した。それは全192店舗中で20%にも及ぶ。結果として大垣駅前商店街の大通りに面した店だけでも61%の店が閉店に追い込まれた。元気ハツラツ市を始めてから、なぜこんなに閉店が加速するのか。

 松本氏の言うように、「元気ハツラツ市が行われていない日よりも売り上げは増えており、成果を上げている」のに、なぜ大垣市発表の商業統計値で、大垣駅前商店街の売り上げが落ちているのか。なぜ、元気ハツラツ市を始めて2年目で、5年前よりも4ポイントも売り上げが減るのか。大垣市商工観光課発表と大垣大本営発表とどちらが正しいのか。

 それをレポートした岐阜経済大学の学内ゼミナール大会参加論文にも疑問を感じる。小川大垣市長は岐阜経済大学理事である。自分の大学の偉いさんのことは学生も真実は書けないのか。それとも純粋な学生は、狡猾な大人に騙されているのか。

 

広告宣伝費10%の異常

 元気ハツラツ市年間予算1,800万円とは、大垣中心街地小売業の年間販売額の約10%である。売り上げの10%もの宣伝広告費を投じて、なぜ、売り上げが落ち、お店の閉店が増えるのか。

 なぜそれが7年間も続くのか。経営では当たり前のPDCAが、なぜ回らないのか。極論を言えば、行事を止めて、その10%を配分したほうが、お店としては利益率が10%向上する。普通のお店の宣伝広告費は3~5%である。それの3倍もの金をばらまいて、なぜ成果が出ないのか。それも市民の血税である。だれか懐に入れていませんか。そのお金があれば、各店舗の設備投資が出来る。1億2千万円余の金で、知恵を使って有望テナントを誘致すれば、もっと活性化するはず。近くの岐阜市玉宮通り商店街や長浜市、彦根市には、良き事例が存在する。

 

2017-09-28

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2017年9月27日 (水)

墓石の材質の選択

 2015年に自家のお墓を改建したが、そこで検討の対象になったのが、石材の選定であった。日本の御影石は一般的に高価だが良質である。しかしもっと安価でより良質の石材がインド産にあり、今回の選択とした。その理由は、硬い石は水を吸わず、凍結等での石の劣化を防止できるからだ。高価な国産のブランド石でも柔らかい石では水を吸う。吸水率で石の種類を見ると下記の差がある。今回選定したインドグリーンブラック(M-1H)は吸水率ゼロである。

 石材は自然天然材のため、同じ産地の石でもばらつきが大きい。公表データからおおよその傾向は分かるが、最終判断は、サンプル石材を叩いて、音を自分の耳で確認するのが良い。硬い石は甲高い音が、柔らかい石は低い音がする。私は自分の耳で確認をして納得した。

 

          圧縮強度 kgf/cm2    吸水率(%)

花崗岩(御影石)     1,500       0.25 

 安山石        1,000        2.5

 凝灰石               90                17.2

 砂石           450                11

 

愚かな選択

 同じ御影石でも前表のように、その硬度や吸水率にはばらつきが大きい。同じ御影石を使った碑でも、単に価格だけで御影石を選定すると、質の悪い御影石が提供される場合がある。図3,4の碑はある公共団体の祈念碑の例である。この碑を手配した担当者も、請け負った商社も、石材のことを知らないで入札方式で、コストだけで見合う御影石を選定して製作した。その結果がわずか15年後に、水を吸い冬季に凍結してヒビが入ったみすぼらしい姿の晒しである。個人の碑ならともかく、多くの人が目にする公共の碑には相応の石材を選定しないと、子や孫の世代に金をケチったことが露見して恥をかくことになる。

 

お地蔵さんの石材

 お地蔵さんの彫刻には砂岩が使われる。素材が柔らかいため彫刻がしやすい。しかし吸収水の高い砂岩は、長い年月で傷みが激しくなる。そのお地蔵様がお堂に納まっていれば良いが、外に露出した状態で祭られて、それが寒冷地だと傷みが顕著になる。

 私の町内の室村四丁目地蔵菩薩(明治43年(1910年)建立)は、昭和20年の空襲でナパーム弾を浴びたせいもあり、その傷み方は痛々しい。後ろの衣が剥げ落ちている。冬の雨の日に吸い込んだ水が凍結・解凍の繰り返しをして、105年の年月で現在の姿になったようだ。

 

50年後の成果

 石材の経年変化は50年後でないと分からない。墓石の素材の選択の責任を子孫がとることになる。そのため、私は石屋さんの勧めで一番硬い石を選択した。石も人も叩かれてその真価が分かる。そして長い歳月の風雪がその本質を明らかにする。

 

表1 各種の御影石の比較

図1 各種の石材のサンプル

図2 石材の硬さは叩けば分かる

図3 築15年でヒビが入った御影石(某記念碑) 

図4 水を吸っている御影石(某慰霊碑)

図5 風雪で傷んだ墓石 築52年

図6 室村町4丁目地蔵菩薩像の台座

 

2017-09-27

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白檀の佛像とのご縁

 松本明慶先生は高さ5mの木造大佛を総白檀で製作された。この大きさの大佛を総白檀で造佛するのは1,400年の大佛造り歴史の中で初めてである。白檀は佛の宿る木とも言われ、鋼鉄のように硬い香木である。それ故、細かい細工をする彫刻には最高の木である。佛像という伝統工芸の制限多き世界での新技法の開発は、創造性そのものである。その過程で多くの工夫が盛り込まれ、汗と涙の苦労が窺える。その製作過程の記録はNHK「仏心大器」にある。オンデマンドでご覧ください。

 

白檀の入手

 総白檀の大佛製作には大量の白檀の材木が必要である。白檀は輸出制限のある木で、大量の白檀の木の入手にはインド政府の許可が必要だが、それがなかなか許可されなかった。担当部署にいくら説明してもその利用法が理解されないため、許可が下りない。インド政府曰く、「ラジブ・ガンジー首相を荼毘に附すために使った白檀の総量が4トンである。それなのに23トンもの白檀をよこせとは何事か」である。松本明慶先生は、その必要性を説明するため、白檀で製作する大佛と同じ構成で、紅松(ロシア産)で実物大の雛形大佛を作成して、白檀の木を無駄には使わないことをインド政府に実物で説明して、理解を得た。

ラジブ・ガンジー首相は1991年、スリランカの紛争介入を巡るテロで、遊説中に暗殺された。ラジブ・ガンジー首相はインディラ・ガンジー首相の長男で、初代首相ネール氏の孫にあたる。

 

白檀の原産地はインド。インドでは古くはサンスクリットでチャンダナとよばれ佛典『観佛三昧海経』では牛頭山に生える牛頭栴檀として有名であった。栽培もされ、紀元前5世紀頃にはすでに高貴な香木として使われていた。産出国はインド、インドネシア、オーストラリアなど。太平洋諸島に広く分布するが、ニュージーランド、ハワイ、フィジーなどの白檀は香りが少なく、香木としての利用は少ない。特にインドのマイソール地方で産する白檀が最も高品質とされ、老山白檀という別称で呼ばれる。

初めは独立して生育するが、後に吸盤で寄主の根に寄生する半寄生植物。幼樹の頃はイネ科やアオイ科、成長するにつれて寄生性も高まり、タケ類やヤシ類などへと移り、宿主となる植物は140種以上数えられる。雌雄異株で周りに植物がないと生育しないことから栽培は大変困難で、年々入手が難しくなっており、インド政府によって伐採制限・輸出規制が掛けられている。(Wikipedia 2014/7/17より)

 

見守り

 教育者の最大の務めは、生徒を黙って見守ること。ご本尊が家を見守ってくれる。みほとけの使者「魂」が、自分を見てくれていると思い日々、精進できる。みほとけはどんなメッセージを使者に託したのか、ご本尊に見守られ、「魂」に睨まれて考える日々である。松本明慶先生作「魂(オニ)」(白檀)は2014年3月18日納佛、仏壇に納める御本尊の釈迦如来座像(白檀)は2015年2月23日納佛、3月3日開眼法要を執り行った。3月3日は桜田門外の変の日である。それを意識せずに執り行ったが、後からそれを石屋さんに指摘され驚嘆した。ご縁である。

 

図1 松本明慶先生作 「魂(オニ)」(白檀)2014年3月18日納佛

   軸は馬場恵峰先生書  伊勢神宮御神水で磨墨

  

2017-09-27

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人生のコンプライアンス値

 コンプライアンス値とは 1÷〔剛性値〕 で表される。機械関係の専門用語である。この剛性値とは、ばね乗数と呼ばれる数値で、ばね乗数とは1キロの加重を与えたら、ばねがどれだけ撓むかを示すばねの強さである。

 人生という乗り物のコンプライアンス値とは、悪の誘惑に対してどれだけ耐えられるかの強さの値である。自分の役職に対して贈賄側が金品を示して、見返りを要求した場合、自分がどれだけで堕ちるのか、その金額値でもある。100万円の賄賂で堕ちれば、自分の心のコンプライアンス値は100万円である。たった100万円で人生を悪魔に売ったことになる。心のコンプライアンス値を高めないと、人生航海で沈没する。

 

造船でのコンプライアンスの設計

 船の設計で一番大事なのは、障害や荒波に対して船が傾いても、復元する力である。いかに荒波の中を安定して航海するか。何があっても平常心で安定して航行できるか、それが船の設計に問われる。

 1625年に建造された世界最大の戦艦WASA号は、処女航海で湾を出るまでに、突風に会い沈没した。船としてのコンプライアンス値が低かったのが原因である。その設計の恥さらしは、2000年代の現在もWASA号博物館内でその恥を晒している。

 人生のコンプライアンス値不足で、政財界の汚職事件で名を汚した事件簿が、歴史に刻まれて新聞の縮小版となり国会図書館に保管されている。

 

操舵装置の設計

 車の操舵装置(PS)の設計で一番大事なのは、真っ直ぐ走る能力である。曲がるのは簡単である。しかし、道路の凹凸や小石にタイヤが取られても、それに影響されずに真っ直ぐにタイヤを保持する能力がPSに求められる。PSには、操舵における剛性とあそび、そして高コンプライアンスが求められる。人生航海での必要な能力と同じである。

 

人生の操舵装置

 人生でも、誘惑に負けて、人生道で悪い方向に曲げるのは簡単である。人生を真っ直ぐに走るのが難しい。人生にはあまりに多くの誘惑が満ち溢れている。また、ささいなことに悩み自殺する人が絶えない。それも人生のコンプライアンス値が低いのだ。コンプライアンスは、遵法精神とも言われる。自分の人生で定めた「法」(戒め)に、いかに遵守するかで、人生(=命)を輝かせもし、堕落もさせる。いくら頭が良く能力の高い人でも、堕落しては人生価値がゼロになる。ゼロならまだしも、奇跡で生まれ親が手塩をかけて育てた命を地獄に落とすことになる。自殺で、大事な命を自分の手で殺めるなど、一番人の道に反している。

 

学あり智慧なき人生

 人生のあるべき道から誘われて道を誤る人が多い。洗脳教育のように、世間から、ちやほやされて、己は偉いのだとの勘違いになり、常識ある目で見たら、目を覆うばかりに愚行を繰り返す政治家が絶えない。

 伊川先生言う、人、三不幸あり。少年にして高科に登る、一不幸なり。父兄の勢に席(よ)って美官となる、二不幸なり。高才有って文章を能(よ)くす、三不幸なり。(『伊川文集』)

 年の若いのにどんどん地位が上がる。世の中はこんなものだと思う自惚れ者が出来上がる。これは修練を欠いたまま偉くなる不幸者である。実務経験が少ないのに市長になり、ヒラメの取り巻き役人により自惚れ者が出来上がる。これは官僚だけではない。親のお陰で若輩が社長になったりして、己の会社の不祥事が起こり、その記者会見で「なりたくて社長になったのではない」と愚かな居直りをする者も出る。

 今は東大をでたからと、若くて有能だと言われてちやほやされる。これは当人にとって不幸だ。記憶力が高く、司法試験に受かり検察官になるほどの才能があって、口が達者であれば、それも大きな不幸である。山尾志桜里議員は、元検察官として弁が建つはずなのに、ガソリン代過剰請求や、自身の不倫には説明責任を放棄する。人生の悪の誘惑に負けたのだ。記憶力は高くても、人生道の道徳コンプライアンス値が低いのだ。学があっても智慧がないのだ。 

 人間でも、動物でも、植物でも本当に大成するためには、「習い、知と与(とも)に長じ、化、心と与に成る。」という長い間の年期をかけた修練・習熟・修養という期間が必要である。

 

WASA号博物館

 WASA号は、1628年に当時世界最大の木造戦艦として製造された。その約100 年前の1521年にスウェーデン貴族のグスタフ・ヴァーサがスウェーデンを建国し、1523年に王位に就いた。1630年に、ヴァーサ国王の孫グスタフ2世アドルフが、リボリアを征服し、ドイツの新教徒を保護するという名目で、ドイツに侵攻して、第3期30年戦争(スウェーデン戦争)を引き起こした。その後スウェーデンは領土を拡大して、大国時代を迎えることになる。当時スウェーデンは列強に伍し、その勢力拡大を計っていが、それは長くは続かなかった。ヴァーサ号はその時代の戦艦である。その時日本は、やっと関が原の戦いが終わって、徳川の時代になったばかりである。当時の世界で、軍事大国で科学技術の先進国であったのがスウェーデンである。スウェーデンは、なんとドイツに戦争を仕掛けた歴史ある国でもある。かつ国王の名が、「アドロフ」には歴史の因縁を感じる。

 しかしヴァーサ号は設計ミスのため(頭でっかちの不安定構成)、1628年8月10日にストックホルム港から処女航海に出たところ、港湾を出る前に突風に会い、転覆沈没してしまった。大砲の積み過ぎが原因とも言われる。この点で、歴史的な名戦艦である。戦わずに平和的に?沈んだのだから、いかにも未来の平和国家スウェーデンを予見するようなエピソードと言える。とはいえ世界最大の戦艦を建造するとは、スウェーデンは当時の軍事大国であった。

 この艦は1961年に334 年ぶりに、水深31mの海底から引き上げられて修復され、現在はWASA号博物館として展示されている。沈んだ場所は分かっていたが、技術的な問題でこの時まで、引き上げることが出来なかったとか。極寒のバルト海の底に沈んでいたため、木造艦といってもあまり腐食もせず、原型をほぼ止めており、当時のスウェーデン黄金時代としての艦船装飾、彫刻像、備品等がつぶさに見えて、歴史的な鑑賞には興味深い。だだし古い木造艦のため、湿っぽく暗い雰囲気はあまり楽しいものではない。(1985年記)

 

図1 WASA号

   排水量 1300トン   大砲 64門    乗員 435人

   全高  61m    全幅  4.7m

 

2017-09-27

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2017年9月26日 (火)

「桜田門外ノ変」の検証 (27)国友鉄砲

 2003年10月、自動車技術会中部支部報『宙舞』のインタビュー記事のため、長浜城内で鉄砲伝来と国友の鉄砲のお話を市立長浜城歴史博物館の太田浩司氏に伺った。その時に印象に残っている話は、「日本のハイテクの要として国友の鉄砲が長浜で栄えたが、産業としては技術進歩もせず衰退して、江戸末期に外国の技術の前に滅亡する」、であった。そこで氏は、井伊直弼公のリーダーシップについて話が及んでいる。それを太田氏は、下記に述べている。

 

鉄砲の育成

 「国友が生れた時は家康という人がいました。技術者だけでは産業にならないのですね。一貫斎は技術を世に普及させたいという企業的な面も多分にあった人間です。気泡もかなり売り込んでいるし、天体望遠鏡をも70両とか60両で大名に売っています。ただ基本は技術者ですから大々的にはできませんでした。あそこで誰かが、例えば彦根の殿様がバックについて、「俺が資金的なことをやるからお前はどんどん技術開発をやれ」というふうに言っていたら、一貫斎を中心に大きな産業に成長していったかも知れません。井伊直弼がいたら違っていたかもしれませんけど、ちょっと時代が数十年違いました。」

(自動車技術会中部支部報『宙舞』2004年54号 P10)

 

歴史のもし

 武器を生産するとは、その防御方法も開発することになる。旧態以前たる防御で、最新の武器で攻めて来る敵を防ぐには、当方も最新の防御が必要となる。いくら井伊直弼公が北辰流の免許皆伝でも、短筒で籠の中に打ち込まれては、手の出しようがない。もし井伊直弼公が鉄砲の生産に政治力を発揮すればとの、歴史上の「もし」を言いたくはなる。

 

国の外は魑魅魍魎

 徳川家康は、戦乱に明け暮れた時代を終焉させ、平和な世を作るため、幕府の仕組みの変更を禁じて265年の治世を維持した。それは一つの成果ではあった。しかし、どんなものにも生老病死があり、体制の死も起こる。その死への備えがないと危機状態に陥る。江戸末期、鎖国をして国体を守ろうとしても、血に飢えた列強欧米諸国が、平和な日本の扉をこじ開けにきた。その対応で日本古来のよき多くのモノを失った。

 その危機状態は今も変わっていない。攻めてくる役者が変わっただけである。近隣には北朝鮮のようにミサイルをぶっ放す国がある。尖閣列島強奪作戦や領海領空侵犯を繰り返す国が存在する。竹島を不法占拠する国が現在も存在する。サヨクは本件を全く非難しない。平安時代でもシナからの侵略を防ぐ防人として、恋人と別れて九州で国を護ってきた先人がいる。性善説は国内ではよいが、対外的には通用しない。足るを知る、利他を愛する高潔な国民は世界でも稀である。きれいごとでは生きていけない。正しい防衛力を持たないと殺される。その国難の大事なことを無視して、ありもしない問題を新聞第一面に掲げて、国難解散を非難する新聞が存在する。自分の城は自分で守れ。最大の敵は、自身の怠慢、身内のサヨクの獅子。何が正しいか、自分の頭で考えたい。魑魅魍魎の跋扈する世界とわたりあうには、自分の価値観をしっかりもつことだ。世には金に飢えたグローバル経済主義者が跋扈している。それを鏡として、日本の役割を考えたい。

 

図1 国友鉄砲の里資料館の掲示板

図2 国友の鉄砲 (国友鉄砲の里資料館)

 

2017-09-26

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引き出物 白檀のお線香

 お墓の開眼法要の宴席の引き出物として、松本明慶佛像彫刻美術館館長の小久保さんと相談をして、白檀のお線香を選定して皆さんにお贈りした。松本明慶工房で佛像を彫った時に出る削り屑で作られたお線香である。

 今まででも、知人の訃報で香典を出せなかった時、このお線香を後供養として贈るときが多い。皆さんから喜ばれている。

 

佛が宿る木

 お釈迦様は35歳で悟りを開かれた。お釈迦様が歩いてこられると、1里先からよい匂いがしてきてお釈迦様が来られるのが分かったという。インドでは白檀は佛が宿る木として尊重されており、最高の香木とされている。白檀はお釈迦様の香木とされている。

 

人の香り

 私は、文書、声、姿、人相から伝わる香り、匂い、腐臭からその人物の評価をしている。直接、本人に会わなくても、その言動をみれば、おおよそ分かるものだ。目指す生き方として、己の言動から白檀のような良い香りを発散する人間になりたいと思っている。

 

図1 白檀のお線香 松本明慶工房製

 

2017-09-26

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商店街の魅力とは

 魅力とは、人の心を引き付ける、魂をうばう、ハッキリ見ることのできないものの気である。

 商店街の魅力とは、なんとなく惹かれて足が向くお店の集客力である。具体的には、モノを買うにも食べるにも、どれを選ぼうかと迷うのが楽しい。自分の中には答えはない。そこに行って、欲しいものが目の前に出現する。それが商店街の魅力になる。

 

玉宮通り商店街の魅力

 知人の料理長からの紹介で、2017年9月25日の夕刻、岐阜駅前の玉宮通り商店街を視察した。大垣駅前商店街の活性化の参考にするためである。私が学生時代の40年ほど前に歩いた記憶があるが、当時は繊維問屋街で暗い通りであったのがおぼろげに記憶にある。現在は、通りの近辺にその面影があるが、長さ300mに渡り、お洒落な飲食店や魅力的そうなブッティク等のお店が軒を並べている。何処に入ろうかと迷うほどで、歩いていて楽しい雰囲気である。まだ午後5時すぎで、歩いている人は少なかったが、その雰囲気は楽しめた。空き店舗はあるのだが、目障りではない。聞けば開店の希望があってもなかなか、テナントの入手は難しいほど人気だそうだ。

 この商店街は、市と商店街組合が共同して作り上げたという。現在は、柳ケ瀬通りが寂れて見る影もないが、玉宮通り商店街は岐阜駅に直結した飲食店やお洒落なお店の通りで、繁栄している。

 以下、「HP:にぎわいあふれる商店街」の内容を抜粋、編集して商店街再生の経過を記載する。大垣駅前商店街再建を考える上で参考になった。

 

岐阜市玉宮通り商店街の再生

街並み整備とイベント開催で商店街の再生

 商店主を中心とした地域住民がまちづくり組織を結成し、まちづくり協定の締結と街並み整備を推進して、独創的な実験的イベントを開催して再生した。

事業実施の背景

 急激な人口減少と商店街衰退によって駅周辺地域の中心街が空洞化した。かつてはいわゆる駅前通りとして賑わった南北約300メートル(幅員約6メートル)の玉宮通り商店街も、来訪者が激減した。街の再生に向け、地権者とテナントから成るまちづくり協議会を新たに結成した後、ハード・ソフト両面から様々なまちづくりを展開した。行政側も、総合計画における活性化策の一つとして、都心部全体の回遊性の促進と賑わい再生を目指して、支援を行った。

事業の概要と経過

(1)まちづくり協定の締結と街並み整備の推進

 ・街並み整備のルール化による個性的な景観を有する商店街の創出

 ・事前協議システムによる協定遵守の担保

 ・整備費用助成による事業の推進(市による空地整備補助)

(2)新しい社会実験の開催による新しいまちづくりの展開

 ・オープンカフェ社会の試みによるまち情報の発信

 ・落書きクリーンアップキャンペーンの実施

(3)定期的なイベントの開催と販売促進活動の展開

 ・定期的なイベントを開催

事業の効果

(1)魅力的な街並みの整備と個性的テナントの集約

 ・ 1年1件程の頻度で街が更新され全体の約30%が建替わる。

 ・個性的な街並みとなり多種多様なブティックや居酒屋が集積。

(2)イベント開催による賑わい再生

  業種の壁を越えた一体的な一つの商店としてイベントを実施。

(3)都心部の回遊性促進と一体的な発展

  賑わい再生と、駅周辺・柳ヶ瀬地域双方の活性化が図られた。

(4)先駆的な試みによる街の情報発信

  オープンカフェ社会実験等で、恒常的な情報発信を図った。

事業の課題

(1)街並み整備のスピードアップ

  魅力的な街並みの早期実現と建替え活動スピードアップ。

(2)景観協定等の法的拘束力を有するルール化

(3)クルマ排除による歩行者空間化の促進

(4)テナントミックス等も含めた街作り経営への発展

(5)線から面へのまちづくりの展開

  都市部の回遊性促進のため、広域に拡大してより効果的な街作りを促進。

 

にぎわいあふれる商店街:

http://www.chusho.meti.go.jp/shogyo/shogyo/shoutengai77sen/nigiwai/4chuubu/1_chuubu_18.html

 

己の魅力

 友には会うたびに新しい発見がある。知らない側面を見せてくれる。そんな要素を有した人が大きな魅力ある人である。変わらないから魅力がない。老人に魅力がないのは、変わらなくて、変わる気のなくて、頭がカチンカチンで、心身とものに老化していくばかりだから、会っていて楽しくない。

 「男子3日会わざれば刮目して見よ」。なんの努力もなしに、新しい魅力は生まれない。必死の努力をしているから、魅力が生まれ輝くのだ。女性でもお化粧やフィトネスを取り組み、礼儀作法を学ぶから、上品に美しく、蛾が蝶に変身する。いくら美人でも、言動が下品では幻滅である。ガソリーヌのように。

 恵峰師は91のおいぼれではない。会うたびに新しい発見がある。気持ちは青年のようである。先日も、定期検診の国立病院の医師から「頭脳は20歳代」といわれて、医師からうらやましがられたとか。師は毎日、深夜まで作品を書き、精進されている。会うたびに新しい挑戦を見せつけられる。今でも頻繁に外国や国内のあちこちに出かけて、色んなものを仕入れている。それが魅力で、私は毎月、先生宅の九州に飛んでいる。師に会うたびに新しい発見がある。そういう魅力がないと、九州に飛ぶというエネルギーは出てこない。師の姿勢を見習いたい。

 

大垣駅前商店街との比較

 岐阜市玉宮通り商店街に比べて、大垣駅前商店街は活気がなく、飲食店が極端に少なく、お店を選ぶにも選択の余地がない。それも小汚い雰囲気の商店街を歩くのが苦痛である。これでは、商店街が衰退するのも故あること。

 商店街の商店は基本的に中小零細企業である。大企業と違って、人も金もノウハウもない。それで世間の過当競争時代を生き抜くのは至難の業である。それを統括する人や組織がないと、他市の商店街に負ける。それを統括するのを助けるのは行政の力であると思う。商店街が栄えている地区は、行政が力を入れている。長浜市、彦根市、岐阜市等が、その例である。見事に何もしないのが大垣市である。まるで大垣市長が「大垣駅前商店街、死ね」と言っているとしか思えない。そう思っている商店主が大垣駅前商店街には多くいる。大垣市の不幸である。

 

大垣駅前商店街衰退の原因・真因

 その気があれば、岐阜市玉宮通り商店街のように再生は可能である。大垣の人口は他市と違い減っていないのだ。問題は旗を振り、正しい戦略を練る人がいないのだ。上に立つ人にその「気」がないと、とんちんかん政策ばかりで、実質的に見殺しの政策しか実施しない。それが現在の姿である。現状の61%がシャッターを下ろした姿が正しい。そこに為政者の心が全て表れている。

 

対策

 原因は分かれば、対策は簡単である。しかし取り除くと言う実施が難しい。商店街がまとまり、その気にならないと、難しい。現在もお店をたたむ店舗が急増中である。その気も能力もない人がリーダーでは、何をやっても再生は難しい。長期にその座にしがみ付いて、その座を手放さない。それは経営コンサルタントの指導とは、別の次元の話しである。同じよう事例を調査・解析したことがあったが、取り巻きの人物が闇の世界と通じていることが判明して、銀行の支店長の助言で、身を引いたことがあった。この世は理論通りには行かない。

 

図1~11 玉宮通り商店街 2017年9月25日(月)17時30分ごろ

 

2017-09-26

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2017年9月25日 (月)

開眼法要後の粗宴の講話

 開眼法要後の宴席で恵峰先生に法事にまつわる講話をお願いしておいたので、宴席でのお話が知己塾の講話のようになってしまった。想定以上のお話をして頂き感謝です。ためになるお話でお土産話として持って帰っていただいたが、荷物にもならずよき引き出物であった。親戚から、「こんな格調高い法事は初めて」と大変喜ばれた。普通の法事では、大人が酒を飲んでウダを巻く例が多いとか。

 

焼香の作法

 焼香のやり方で正しい方法でする人が極少である。学校でも教えてくれない。ましてや親でさえ知らないのが大半である。焼香を人差し指でつまむ人が多いがとんでもないやり方である。人差し指は、生活の指であり、生きていくためには無くてはならない指である。人を指したりもするし、鼻をほじくったり、指を曲げて稼ぐの泥棒を意味する。親指や小指をまげたのを泥棒とは言わない。悪さをするのは人差し指である。佛様に捧げる香を掴むのにその人差し指を使ってはならない。

 焼香は親指と中指と薬指と小指で香をつまみ、人差し指は添えるだけである。親指はご先祖様、一番長い中指は森羅万象を象徴し、長生きをすべき自分自身を象徴する。薬指は薬と言うように、人生の艱難のときに助けてくれる師を象徴する指である。小指は子孫を象徴する。その4本の指で香をつまみ、生活の指の人差し指をそっと添える。宗派によって焼香の回数は違うが、一回目の香は目の上まで捧げ、ご焼香をする。二度目はそのまま焼香する。

 

自分の人生を表す手

 自分の手は自分の人生を象徴している。ご先祖と、生活手段、指導をしてくれる師、子孫があってこそ人間の人生である。自分とご先祖の業を行うのに、人生の師がそっと後ろで支えてくれている。焼香に己の人生が現れている。どれか一つでも欠けてもよき人生を歩めない。

 

生業に生きる

 正業は生活のお金を稼ぐだけの職業。生業は給与もないし、年金も無い。定年もない。自分の業を生かす生き方をするのが生業である。生きる法を活かす生き方をすればよい。どう生きていくかを、考えながら生きるべきである。死ぬまで現役で生業に生きれば悔いは無い。高速道路の道を走って、走る「法」を知らない人が多い。道路に道路交通法があるように、人生道を走る「法」がある。その法を勉強していないから、人生を誤る人が多い。

 

花と香の意味

 花は邪険の心を清めるために佛前に捧げる。年に一回でよい。お香は貪瞋痴(三毒をいう。貪ること、怒ること、迷い惑って理非のないことの3つの煩悩)を抑えるために焚く。「何も咲かない冬の日は、下へ下へと根を伸ばせ」(道元)とあるように、冬になっても、貪瞋痴を避ければ、いつか春が来る。「なさざれば受けることなし」と道元禅師の言葉がある。貪瞋痴をするから、その落とし前を払わないといけないのである。過食をしたり、暴利を貪ったり、財産を独り占めするから病気や犯罪や家族争いの禍を受ける。怒るからその咎を受ける。人生道に迷うから劫火を受ける。正しいあるべき道を歩めば、迷わない。

 「迷わず あせらず 胸を張って 心にきざんで」道を歩むべし。

 親が知らないから、子が知らない。だから親が勉強して子供に教えなければならない。親の後姿を見て子供は育つ。

 

図1 馬場恵峰師の講話

図2 書道教室の加藤梅香先生の書

   (毎日文化センター・名古屋  1976年ごろ)

 

2017-09-20

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問題と課題: 大垣元気ハツラツ市

大垣駅前商店街にお客が来ないのは問題

大垣を買い物客や観光客が集まるような魅力ある街にするのが課題

 

 元気ハツラツ市を開催して大垣を訪れる人を増やすのは対処療法である。課題を理解せず、本質の解決策を間違えているので、この7年間で、益々大垣駅前商店街が寂れた。元気ハツラツ市には、一日平均36,500人(事務局発表のデータ。その算出方法は大いなる疑問あり)の人出がある。しかし大垣元気ハツラツ市に来る人は、屋台で食い物を買ったり、県外の露店の名産を買う物見遊山の暇人だけである。そのため、昼飯か屋台で食べるだけのお金しか落さず、大垣に来てみたら、シャッターを下した店ばかりだし、街が小汚いから、二度と来たくもないという印象を与えている。

 

7年間の愚行の結果

 7年間で1億2千600万円もの市民税、県民税の血税をどぶに捨てるが如き行事に費やした。その結果は、大垣商店街全体の売り上げが大幅に減り、商店街のお店の閉店は益々増えていくばかり。この3年間でさえ、12軒ほどの店がシャッターを下ろした。大規模小売店のヤナゲンB館のテナントを入れると40店舗近くが閉店した。結果として大垣駅前商店街の大通りに面した店だけでも61%の店が閉店している。潤っているのはごく一部の飲食店のみで、自己満足で悦に入っているは、元気ハツラツ市実行委員会の幹部のみである。元気ハツラツ市での痴呆的バラエティTV番組と変わらない出し物で、大垣の文化レベルを落としている。子供の教育を大事にする親なら、元気ハツラツ市には、行かせないだろう。大垣市は、元気ハツラツ市の痴呆的イベントには血税の金を出すが、未来を背負う子供たちのための芸術活動の支援にはビタ一文出さない。キャラクター人形のショーにうつつをぬかすのは、幼児だけである。大人の幼児化が情けない。知性ある学生は、見向きもしない。

下記データは打つ手が間違っていることを示している。現実が正しい。

 

大垣中心街地商店数推移

 615店舗(1988年) → 419店舗(2007年) 32%減

           → 364店舗(2014年) 41%減

   (大垣市中心街地活性化計画より)

大垣中心街地小売業の年間販売推移(万円)

 34,656万円(1999年)、21,6124万円(2004年)、18,048万円(2012年)  

  この13年間で実に48%減大垣市商工観光課資料より)

大垣市中心部の歩行者通行量

 24,089人(1994年) → 10,160人(2009年) 58%減

   (大垣商工会議所調査)

 

建設的意見を抹殺

 意見を言っても無視されるから、アホらしくて、見識ある人は、元気ハツラツ市実行委員会の運営会議も誰もでないし、出さないように事務局が画策している。それでもまだお役所は目が覚めない。小川市長が聞く耳をもたないのは、もっと大問題である。商店街との意見交換会を提案しても、小川市長は拒否。大垣衰退の原因の本質から目を遠ざけて、真因を探らず、見せかけのお役所的な建前だけの愚かな手を打っている。誰が甘い汁を吸っているのか。

 元気ハツラツ市には、大垣市から1200万円、県から100万円、市商連から300万円、出店料収入200万円、で年間1800万円が使われる。7年間で、1億2千600万円もの市民、県民、市商連の血税を使ったのに、その会計報告もない。どういう基準でタレント事務所の選定をしたかも不明である。合い見積もりも見たこともという。商店街の住民も会計報告を見たことがないという。正規の企業経営ならあるべき、手順とプロジェクトのPDCAが回っていない。当然、その成果報告もない。それは不正の温床となる。

 

問題とは現在、起こっている悩ましい状況。それの解消は対処療法。

課題とは、あるべき姿と現状の乖離で、それを解消するのが、根本療法。

 

 大垣市はトンチンカンな対処療法で、ますます大垣を寂れさせている。今必要なのは、本質を見極めた根本治療である。

 大垣市はいま、駅前商店街沈没中という大火事である。火を消すのも大事だが、それよりも火事が出ないような街にすることだ。それは魅力ある大垣市の建設である。そうなれば、放っておいても人が寄ってくる。

 

図1 問題と課題の違い

   火事を「大垣駅前商店街フエリー沈没」と置きなおしてください。

 

2017-09-25

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2017年9月24日 (日)

100m巻物の事前紹介

 馬場恵峰書「100m巻物」の内容を一部紹介します。私は50年経ったら、この巻物は日本の国宝になると思う。日本史上でも中国でも、この偉業は今後成し遂げられることはないであろう。単に100mの巻物を書いたのではなく、明治の三大書家の一人の書聖日下部鳴鶴をも凌ぐと思う名筆での揮毫である。この100mを連続して書き上げる力量のある書家が今後、出現することは想像できない。この師との出会い、師が240回も中国に行って出会った100m巻物素材との出会い、師の体力、円熟した技量とのご縁、酔狂な私との出会いが揃わないと、決して完成しなかった100m巻物写真集である。

 単に書の写真を撮ってまとめるのが写真集ではない。書を理解して、その美しさをどうそのページに表現するか、書に対しての思いがないと美しい写真集はできない。単にきれいに、見栄えよくスタジオで撮影してページに並べれてできた写真集では、人の心を打たない。そんな写真集を過去に多く見ていて、そんな写真集にはしたくないとして、心魂を込めて作り上げたのが、今回の写真集です。これは後世の子孫に残す日本の魂の宝です。

 今回は限定100部での出版です。ご期待ください。

 

2017-09-24

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