2018年12月 3日 (月)

ブルーインパルスの闘い

ブルーインパルスとは

 ブルーインパルスは、航空自衛隊に所属する曲技飛行チームである。 1995年に第4航空団飛行群第11飛行隊として発足し、広報活動を主な任務とし、展示飛行を専門に行う部隊として活躍している。世界の曲技飛行隊の中でも、スモークを使用して空中に描画を行うのが得意なチームである。

 ブルーインパルスの隊員は、全員が命を掛けて、観客に感動を与えている。隊員が命を掛けても一銭も儲からない。命がけの飛行をしても手当ては普通のパイロットと同様である。守銭奴とは、価値観が違うのだ。

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 隊員は3年の任期で、21名のチームで構成されている。飛行隊員から整備員、広報員までが、全員が一丸となって、ブルーインパルスの使命を全うする。整備担当に与えられたテーマは、安全に飛ばす整備をすること。広報の隊員は、全力でブルーインパルスの魅力を宣伝する。隊員は日本の誇りを背負って飛ぶ。飛行隊員だけでは、ブルーインパルスは飛べない。全員のチームワークがあって飛ぶ。それが日本の空を守る意思の表示でもある。

 

各務ヶ原岐阜基地航空祭

 2018年11月18日、ブルーインパルスの曲技飛行は、各務ヶ原飛行場のエプロンに集まった14万5千人の観客を感動させ、日本の誇りを感じさせた。現地はブルーインパルスの曲技飛行を見る人で、身動きできない混雑さである。いつ見ても、ブルーインパルスの曲技飛行にはわくわくする。ブルーインパルスは飛行技術の粋を極める。それが自衛隊全体の士気と技術の向上になる。

 当日、私は100~400㎜レンズで撮影したので、全体の空中での描画の全体が撮影出来なかったのが残念であった。曲技飛行の撮影には広角のレンズの2台持ちでないといけない。ハートやスターのマークなどの空中描画が素晴らしい。東京オリンピックでは、五輪のマークを空中に描画する予定である。

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花束贈呈

 曲技飛行が終わって、エプロンに機体と隊員全員が整列し、で一日基地司令のミス各務ヶ原からブルーインパルスの隊長に花束贈呈があった。その横で、小学校生の一日基地司令も同席して微笑ましい。

 その後、飛行隊員は引き揚げたが、整備員が給油、点検と松島基地への帰還準備で忙しい。その風景を撮影して満足である。

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064k8a1428  ミス各務ヶ原の一日基地司令より花束贈呈。横に小学校生の一日司令官

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パイロットのお仕事

 パイロットの選出では、操縦技量が優れているのは当然で、高度なチームワークが要求されるために協調性が必須である。また、広報活動が主な任務で、航空自衛隊の代表として観衆と接するため、社交性も要求される。

 パイロットは、それまで戦闘機部隊では未体験の操縦技術を習得せねばならない。一般の戦闘機部隊で戦闘機を自在に操っていたパイロットでも、訓練内容は高度で厳しい。3年間の高度な訓練の中で編隊飛行の操縦技量等が著しく向上し、3年の任期終了後に一般の戦闘機部隊に戻ると、空中集合の早さに同僚のパイロットから驚かれたり、「どうしてこんなに編隊が上手いの?」と質問されたりするという。高度な操縦技術を3年間みっちり行なえば、一般の部隊に戻った後にフィードバックできることも多いようだ。これは車メーカがF1チームで、最高の技術を展開するのと同じ手法である。

 

リーダの役割

 1番機(編隊長)は編隊の先頭を飛行して、編隊の隊形の基準になるため、正確な操縦が要求されるが、僚機の追従が難しいような操縦は出来ないため、慎重な飛行が求められる。すべてのメンバーを統率し、高度や安全の責任をすべて負う役割で、戦闘機部隊でも飛行班長クラスのベテランが任命される。

 

当日の曲技飛行のバリエーション

コーク・スクリュー

 5番機と6番機が正面右方向からアブレスト隊形で進入して、5番機が背面飛行になった後、6番機が5番機を中心として3回のバレルロールを行い、スモークでコルクの栓抜き (Cork Screw) のような軌跡が描かれる。

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タック・クロス

 会場正面から5番機と6番機が進入、会場から見て右側が5番機、左側が6番機[290]。2機が同時に背面飛行になったあと、5番機が右ロール、6番機が左ロールした後に互いに交差する。5番機が左側へ、6番機が右側へそれぞれ上昇しながら2回転半ロールした後にスプリットSの機動で降下。滑走路上で背面飛行となり、そのまま2機がすれ違う。

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他の曲技飛行のバリエーション

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2018-12-03 久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年12月 2日 (日)

磨墨知398. 価値観を明確にしよう

 価値観があやふやだと決断に時間がかかり、一貫した方針が貫けない。間違った決断は時間ロスの最たるもの。目標達成の最短距離は、明確なクライテリアの設定から。

 

トヨタ

 トヨタでは、仕事を通してトヨタ生産方式を学ぶ。それはトヨタの価値観であり、トヨタ教である。組織は同じ価値観の人たちが、社是で決められた目標に向かってベクトルを合わせて仕事をするから、成果がでる。トヨタの目標は、社会への価値の創造と社員の幸せ追求である。トヨタでは、社員は人財である。

 

日産

 日産の社是のように、大株主のフランスの株主(42%)にために働くのでは、限られた成果しか生まない。儲かるのはゴーンとルノーだけである。社員はコスト扱のため、株主の利益のためなら、簡単にリストラされる。

 

大垣市

 大垣市長が、市民税を使って、見栄えのよいインフラや無価値の行事だけに金をばらまくから、大垣市は衰退して、大垣市民は不幸になっていく。大垣市は、市民憲章で、人より水が大事と宣言している。大垣市の衰退は、この間違った市民憲章と小川敏市長が元凶である。幸せになるのは、小川敏市長に媚びを売っている業者だけである。見返りがあるのではと、下衆の勘繰りをせざるを得ない。大垣市民の平均年収は、全国平均より100万円も低い。それでいて、市会議員の年収は、全国のトップクラスである。全て市長の不徳が影響している。ゴーンの日産と同じである。

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2018-12-02 久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知392. 何かおかしいと感じたら、追求しよう

♪楽しいな♪ 楽しいな♪  妖怪にゃ監査など無い♪ ナイ♪

 疑問をそのままにしておくから、後でそれによって引き起こされたトラブルで多大の時間を失う。おかしいと感じた時は、100 %事実として異常なことが起きていると考えよう。

 その異常と感じた感触は、自分の今まで経験して多くを学んできた智慧をもとに魂がメッセージを発している。「魂」とは己の内なる「鬼」「云う」と書く。己の魂の言霊を重んじよう。

 日産のゴーンも、あまりに権力が集中し過ぎて19年も経つので、おかしいと思っても誰も言えなかっただけ。

 小川敏大垣市長も、独裁的な政治が18年間も続いているので、市役所内でモノが言えない雰囲気となっているようだ。18年間の長期政権下では、ヒラメのオンパレードである。モノも言えない。

 

おかしいと感じた93(臭い)の妖怪現象

 なぜ、大垣市行政は、PDCAを回さないのだ。小川敏市政は杜撰な計画と金遣いの荒いドタバタだけである

♪楽しいな、♪楽しいな、妖怪にゃ、チェックなど、ない、ない、ない♪

何故、大垣市の行事の予算使用用途が条例で非公開なのだ。

なぜ、「大垣さん大集合」で、使途不明金が500万円もあるのに、使途用途が非公開なのだ。

なぜ、ギネス水饅頭食わせあいで、使途不明金が400万円もあるのに、使途用途がマル秘なのだ。

何故、大垣ドローン墜落人身事故で、指示をした大垣市役所の責任が問われないのか。

 

大垣市制方針のおかしさ

なぜお笑いの「大垣未来ビジョン」で実現不能な嘘の絵物語を書くのか。

何故、大垣市民憲章で、市民より水が大事と宣言されるのか。

何故、「大垣市中心街活性化基本計画」があって大垣市は衰退するのか。

なぜ、「大垣市民憲章」で大垣市民と青少年は犬猫より下に扱われるのか。

なぜ、大垣の歌で「真ん中、ど真ん中」と歌うのか。何が言いたいのか。

何故、「大垣は子育て日本一を目指す」と言って、その逆をやるのか。

 

大垣市長の言行の妖怪さ

何故、小川敏市長は、寄付金を受ける際、寄付をするより偉そうに、写真の真ん中に座るのか。

何故、小川敏市長は、天皇陛下からの叙勲者を差し置いて、自分が真ん中に座って写真におさまるのか。恥ずかしくないのか。

何故、小川敏市長は、大垣駅前商店街の61%もシャッターを下ろしたのに、目を向けないのか。

何故、小川敏市長は、高校同窓会で上座に鎮座して、大垣市政の話をぶつのか。同窓会は同じ視線の仲間のはず。

何故、小川敏市長は戸田公を祀る神事で、朝10時なのに居眠りをするのか。

何故、大垣の音楽文化事業で、大垣市は協賛金を出さないのか。小川敏市長は協賛金を一銭も出さず、何故、顔だけは出すのか。

何故、小川敏市長は、4選は出ないと言っておいて、4選に出たのか。

何故、小川敏市長は、5選は出ないと言っておいて、5選に出たのか。

なぜ、小川敏市長は、揉み手で近づく人以外は認識しないという習性(伝聞)があるのか。

何故、骨ある前教育長を更迭したのだ。市長には煙たいからのようだ。

何故、小川敏市長は公用車マジェスタの窓を黒のフィルムで隠すのか。

何故、小川敏市長は、市民が努力をした資源ごみの報奨金をカットするのか。なぜその言い訳で、わざわざ言い訳に自治会の会合に出向いてくるのか。

なぜ、東大出の市長が、己の異常さが分からないのか。

何故、寄付を受ける写真ばかりが新聞に掲載され、写真の中央に市長が鎮座するのか。乞食行政なのか。寄付者の売名行為なのではないのか。

 

大垣市制100周年記念行事のおかしさ

何故、大垣市制100周年記念行事とは関係ないTDL のパレードに大垣市の税金が使われるのか。なぜ警備費に600万円も使ったのだ。

何故、熟年式のイベントで美川憲一歌謡ショーが、税金で開催されるのか。500万円?

何故、無意味な朝鮮通信使行列が行われたのか。時代考証がデタラメ。

何故、無意味な山車曳ぞろえをするのか。この370年刊間、毎年実施しているのに、年2回は異常である。子どもの勉強の妨害と税金の無駄なのに。

何故、大垣100年で、釘一本打たなかった「大垣姓」さんに、一人10万円もかけて歓待するのか。

なぜ、その歓迎式に市の関係者20人もが、タダ飯を食うのか。

何故、「大垣未来フェスティバル」で、ドサまわり芸人ショーが大垣の未来を創ることになるのか。

何故、大垣未来フェスティバルで、恐竜ロボっトが大垣の未来を創ることになるのか。

何故、大垣未来フェスティバルで、ワンワンとあそぼうショーが大垣の未来を創るのか。

何故、大垣未来フェスティバルで、ドラえもんショーが大垣に未来を創るのか。

何故、ファッションショーが大垣市制100年記念事業なのだ。

なぜ、大相撲大垣場所が、市制100年記念事業なのか。

何故、お宝探偵団が、市制100年記念事業なのか。

何故、のど自慢大会が、市制100年記念事業なのか。

なぜ、ギネス記録が2週間後に三島市に破られたに、その祝いの垂れ幕が大垣市庁舎内に恥さらしに掲示されたままになっているか。 

何故、神聖な濃飛護国神社を封鎖して、水饅頭の食わせあいの愚劣な行事をするのか。英霊への無礼である。

何故、水饅頭の食わせあいの愚劣な行事市長、議長、市役所の部長達、関係外部団体まで、駆り出して、記録を作りたいのか。税金の無駄遣い。

何故、市制100年記念事業で金の無駄遣いをするのか。80年のときは1億円、今回は3億円。

何故、大垣マラソンを開催するのか。岐阜県として、日本全体から見て、税金の無駄遣いである。すぐ側に、揖斐川マラソンがあるではないか。大垣市内で運営すれば、警備費が高くなる。警備業者への利益誘導ではないのか。

なぜ、小川敏市長は、大垣市制100年記念の行事の数を100にこだわって、市民税を無駄遣いするのか。

何故、小川敏市長は、高校同窓会の会長として、今年の同窓会で、参加者数を100名以上集めろと檄を飛ばすのか。

何故、ロボット博で、ヘルメットなしの安全無視なのか。

何故、大垣少年少女合唱団に韓国民族衣装を着せて大垣の歌を歌わせるのか。

 

大垣元気ハツラツ市のおかしさ

なぜ、大垣元気ハツラツ市の会計報告がなされないのだ。

何故、それを幹事会で質問したら、後から事務局から「そんなことは質問してもらっては困る」と怒られるのだ。

何故、元気ハツラツ市をやると商店街が益々さびれていくのか。

何故、元気ハツラツ市をやると商店街が寂れ、市外の業者だけが潤うのか。

なぜ、炎天下36度の中、大垣市長名で園児を芭蕉市、元気ハツラツ市で踊らせるのか。園児の弱い皮膚が火傷状態になったではないか。

なぜ、園長先生は園児を守らないのだ。

何故、営利目的に園児を元気ハツラツ市に駆り出しても、教育委員会は何も言わないのか。

何故、元気ハツラツ市で危険なコンクリート上の子供達のフットサルが放置されるのか。

何故、元気ハツラツ市で危険なコンクリート上の子供達のボール遊び放置されるのか。

何故、元気ハツラツ市で危険な水遊び放置されるのか。監視員は外注で、常時は見ていない。

なぜ、元気ハツラツ市で小川敏市長はアンパンマンに媚びを売るのか。

何故、小川敏市長は、元気ハツラツ市で、他市の出店には挨拶回りをして、地元の商店街にはそっぽを向くのか。

何故、寒空の広場でイルミネーション展示をするのか。

何故、寒空のイルミネーション展示広場で騒音のバンド演奏をするのか。

何故、元気ハツラツ市で騒音防止条例違反を繰り返すのか。

何故、元気ハツラツ市で実行委員長が長年、変わらないのだ。

何故、元気ハツラツ市の実行会議が数名の関係者だけで、決められるのだ。

 

市民無視のおかしさ

何故、敬老会で、議員の名を売るための形式的挨拶で高齢者が30分も苦痛を強いられるのだ。

何故、敬老会の記念品が毎年、同じ海苔なのだ。業者との癒着ではないのか。

何故、赤十字の寄付金が大垣市から半強制で割り当て集金に来るのか。

何故、小川敏市長が大垣支部長を務める日本赤十字の寄付金使用用途2割のが明確に公開されないのか。

 

大垣行政のおかしさ

何故、マル秘の大垣市行政資料が、県の窓口に行けば直ぐ見られるのか。

何故、小川敏市長は、駅前にマンションや予備校が乱立するのを喜ぶのか。

何故、大垣市の市民税は他市よりも高いのか。

何故、大垣市は、東京オリンピックで資材が高騰するのが明白なこの時期を選んで、大垣新市庁舎を建てるのか。

何故、大垣新市庁舎は岐阜新市庁舎より5割も高いのか。(人口比比較)

なぜ、大垣市の国民健康保険料が他市よりも高いのだ。

なぜ、大垣行政に危機管理室がなく、相当する部署が、火葬場監理部署より下なのだ。

なぜ、彦根市の市庁舎工事で不正を働らいた岐建を、大垣新市庁舎の建設に使うのか。

なぜ、歴代大垣市長は、現役死をとげるのか。

なぜ、市会議員年収が他市より高く全国でも上位であるのか。大垣市民の年収は平均以下である。

なぜ、市の広報がB4で、A4でないのか。

なぜ大垣市の経済部長が、援助金を受ける側の役員を兼ねて問題がないのか。

何故、大垣市民の平均年収が全国平均以下で、市会議員の年収が、全国トップクラスなのだ。お手盛りでの成果である。

 

施設のおかしさ

なぜ、大垣市は5Sが守れないのだ。

何故、大垣市の公共トイレは日本一汚いのか。

何故、大垣駅前のカメに池の建設が、小学校エアコン投資より優先されるのか。

何故、財政の豊かな大垣市の小学校エアコン設備率が県下最低の2.4 %なのか。

何故、岐阜新聞も中日新聞もそろって、大垣市政の批判はご法度なのか。よいしょ記事ばかりである。

何故、大垣駅前通りのモニュメント、街路灯が錆びさびなのだ。

何故、大垣市の路面価が下がり続けるのか。他市はリニア景気で上昇している。

何故、大雨で、基幹道路の室村アンダーパスは頻繁に水没するのか

何故、大垣市の観光看板が鳥の糞だらけなのか。

何故、雪の降った大垣市の路上に凍結剤をまかないのか。

何故、耐震強度不足の大垣城ホールが修復されないのか。

何故、経済の血路である道路が整備されにないのか。

 

2018-12-02 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年12月 1日 (土)

磨墨知69. 構えよう

構えないから、大事な時に病気になる。

構えないから、大事な時に遅刻する。

構えないから、大事な時に失敗する。

構えないから、大事な時に忘れ物をする。

そして大事な時間を失うのだ。小事に神が宿る。大事に妖怪が跋扈する。そうならないように、何事も全力で取り組もう。

 

デフレの時代の構え

 デフレの時代では、構えず、安易に過ごすから経営がうまくいかない。必死に頑張って、やっと経営は現状維持だ。何もしなければ、ジリ貧となる。智慧と汗を人並み以上にかいて、やっと業績が上向くのだ。

 妖怪は、己の僅かな油断のスキを狙って、いたずらをする。それは仏様から遣わされた忍びのUSO久仙一内部監査員。妖怪は相手に油断がないかを、試して楽しんでいる。構えていれば、内部監査員も手を出さない。油断すればゲゲゲの露見である。

 

構えのスタイル

 テニスの試合でも、最初は「構え」のスタイルである。ラケットを手で支え、足は少し広げて、踵を少し浮かして体を支え、どの方向からボールが飛んできても、その方向に即座に動けるように構える。それは、どんな競技でも同じで、最初は「構えのスタイル」である。構えずに敵と向き合うから、負ける。何時でも臨戦態勢で、事に当たるべし。

 

日産ゴーン事件

 仏大統領の(間違った持論を)マクロン「巻論」も、すっかり油断をして、コストカッター・ゴーン「誤恩」に頼りっきりになったのが、運の尽きである。人財の社員をコストと見なして、首を切るから、守護神の妖怪に仕返しをされる。「巻論」は国策で、日産のヒモになって楽をしてフランス経済を立て直そうとしたから、罰が当たったのだ。「誤恩」が青天の霹靂で逮捕されて、「巻論」は慌てふためいたのだ。

 

植民地政策

 「誤恩」の本当の姿は、「強怨妖怪」だった。その「巻論」の政策は、昔の植民地政策と同じフランス人特権意識から出ている。ルノーの日産支配は、植民地政策と同じである。日産の配当を異常に高くして、その利益を配当の名目でフランスに持っていく政策である。配当が他社より高い分、日産は将来の研究開発に回す金が薄くり、国際競争に負けるのだ。ルノーは濡れ手で粟であるが、日産は塗炭の苦しみである。

 トヨタの配当は3.2%、日産は5.3%。トヨタの一人当たりの営業利益は6.4百万円、日産のそれは4.1百万円。社員の給与はトヨタが日産より高いが、役員の給与は日産がトヨタより高い。日産はトヨタの3分の2しか儲けていないのに、なぜトヨタの1.65倍もの配当を出すのだ。すべてルノーに貢ぐためである。

 

デフレ時代の経済政策

 時代は変わり、経済環境が激変しているから、構えなくてはダメなのだ。仏大統領「巻論」が構えず、愚策を継続するから、フランス経済が好転せず、失業率が高いのだ。経済は結果が全てだ。だからパリを揺るがすデモが頻発する。

 同じことが安倍首相の経済政策にも言える。罪務省の持論で消費税を上げれば、日本経済は沈没である。デフレの時は、景気を冷やす増税は、絶対にやってはいけないのだ。罪務省は、天下り先を確保したいので、増税なのだ。

 

2018-12-01 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月30日 (金)

磨墨知415. 今、勉強しよう。今、精進をしよう

昔勉強したというなら、今勉強するがいい(アラン)。

 昔必死に働いたなら、今、もっと全力で働くがいい。昔勉強したこと、働いたことは過去の遺物で、自慢になんかならない。時間創出は「今」が問われる。昔のことは日々に疎し。老いると、どんなに感動しても日々に時間概念が希薄になる。今を継続しよう。

 現在92歳の馬場恵峰師は、学生時代より、今のほうが勉強しているという。時間はたっぷりあるのだ。勉強しない方が損なのだ。だから、92歳で現役である。人は学びを止めた時、人でなくなる。それは認知症への道に転落である。痴老の恥は晒したくないものだ。

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2018-11-30 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

ゲゲゲの訪問記(2)境港妖怪サミットの成果

 境港駅を降りると、目の前に観光協会のある建物に妖怪ファミリーの大きな壁画が掲示されている。観光地の玄関として、半端な取り組みではない。その前に並ぶ街路灯が目玉おやじ妖怪の整列である。なかなかに秀逸なデザインである。見ていて嬉しくなった。街に降り立ったら、ときめくようなものが歓迎してくれると嬉しいものだ。

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 駅舎を出るとすぐ目の前に、水木しげる先生の執筆中の姿を再現した像がある。これはJR境線が「妖怪線路化」されたのを記念して建立された。その横に鬼太郎ポストがある。残念だが、これは普通のポストで、妖怪の消印にはならない。本局に行くと、妖怪の消印を押してくれるとか。

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世界妖怪会議

 境港駅近辺を散策したら、世界妖怪会議の像が目に飛び込んできた。欧州、米国、中国、南方アジアの妖怪たちとの世界会議風景である。その議長は鬼太郎と目玉おやじである。その横に、水木しげるさんの顕彰する碑が建立されていた。氏は水木しげるロードの建設、ゲゲゲの鬼太郎記念館の設立で全面的な支援をして、境港市を県下一の観光都市にした。きっと妖怪たちが今でも定期的に会議をして、街の活性化の打ち合わせとお手伝いをしているようだ。

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「賽の石罪妖怪」の跋扈

 大垣市では、金に執着した妖怪達が自分たちだけの利益誘導で、大垣の街を寂れさせている。それと比較して、境港の妖怪はうらやましい限り。大垣の妖怪に境港の妖怪の爪の垢を飲ませたい。大垣市のように、普通の市民が喜ばないお仕着せの行事で、金だけは使う行事ばかりをしている。それでは、街の活性化にはならない。大垣の妖怪は、学歴は高くお鼻も高いが頭が悪い。その割には頭が高い。何度も同じ失敗をして、大餓鬼減気ハツラツ市で、賽の河原の石を積み上げるが如く回数だけを積み上げている。それで少しも街の活性化になっていないのに、自分達の愚かさには気が付かない。大餓鬼には「賽の石罪妖怪」が跋扈する。

 境港市の観光客集客率は大垣の3.7倍なのだ。境港市の人口一人当たりの集客数は、200万人÷3.3万人=60.6人である。大垣市のそれは、267万人÷16万人=16.6人である。境港市は一人当たりの集客率が、大垣市の3.7倍と格段の差なのだ。それも大垣よりも、地の利が悪いとのハンディがあっての事。

 

水木しげるさんのモットー

 水木しげる氏顕彰像は2009年に、氏の米寿の年に建立された。記念碑に氏のモットー「なまけ者になりなさい」が刻まれている。それは世間の仕事は怠け者になりなさいであって、自分が好きで進む道は、死に物狂いで取り組めとのパロディである。氏ほど、仕事に必死に取り組んだ漫画家はいない。その仕事中に、背中からオーラが出ていてその後ろ姿に、奥さんの布枝さんが見とれてしまったと、のろけが水木布枝著『ゲゲゲの女房』記載されている。

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業績の悪い「死神」君

 水木しげるロードで、最初にお出迎えしてくれるのが「河童の三平」で、その次の妖怪は、死神である。死神は「河童の三平」に登場する妖怪である。なにせ、地獄界で一番「業績」が悪い死神である。はて? 地獄界の「業績」とは何だ? 死神が相手に取りついても、死神力が弱く相手が死ななかったようで、その「死なせた」率の成績が一番悪かったようだ。「死神」君が、なまけ者でよかった。水木しげるさんが学校ではほとんど勉強しなかったことを象徴しているようで、お笑いである。死神の好物はスイカとか。水木しげるさんの好物はバナナで、それに対して栄養価の少なく、水分だけが多いスイカでは、死神力も出まい。

10p1060076 「河童の三平」

11p1060083 「死神」君

「妖怪たちの足湯」

 駅の鬼太郎交番のすぐそばに、天然温泉の夕凪の湯「妖怪たちの足湯」があり、現世の老婆の妖怪たち(? 失礼)が足湯をしてお喋りに花を咲かせていた。きっと妖怪会議のオブザーバーたちの番外会議だろう。その老妖怪の一人が、乳母車を妖怪モニュメント「家獣」の横に駐車させて、私の妖怪モニュメントの撮影の邪魔をしたのは、愛嬌である。

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2018-11-30 久志能幾研究所 小田泰仙

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磨墨知412.  セミナーでは一番前の席で聞く

 学習効率、理解効率を最大にしよう。最前列と最後列では2倍の学習効率差。

 1番目と2番目の席でも差がある。下記の座席の座る位置での年収の差は、学習効果の差がある。

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 その理由は物理の原理で説明される。講師の発するエネルギーをEtとし、講師からの距離をr、受講生が受け取るエネルギーEは下記の式となる。つまり講師のエネルギーを受ける量は、講師からの距離の二乗に反比例する。

 

 エネルギー受信量 E Et÷r

   Et:講師の発するエネルギー

   r :講師からの距離 

 セミナーや会議は人生の縮図である。多くの人と人の間で、自分はどう行動したかが問われる場所だ。そのセミナーで何を学ぶか、参加した会議でどう振る舞うか、日頃の行動や思考が、そのまま座る位置に微分値として表れる。座る位置は偶然でなく、その人の選択で、その選択の結果が人生の縮図となって現れる。

 学びに積極的で前向きの人は会場の前方に座る。そういう人は学習効率も高く、結果として高い成果を残す。会議に積極的に参加し、発言する人は前方に座ります。そういう人が精力的な仕事をする。

 それに対して、学ぶ意欲や意思も弱く、会議に積極的に参加しない人は、後方に座る。特にやらされ感での参加は、参加しても心ここにあらずとの状態である。

 人生をそこそこに生きている人は、そこそこの目立たない場所に座る。すべてその人の選択です。会議ではそこそこだが、他の面では抜群の活躍をするなどとは絶対にありえない。

 結果として人生の成功は、直接表現でその人の年収になって表れる。米国で生涯教育に携わっているボブ・コンクリン氏は「講演会やセミナーなどで、最前列に座っている人と後方に座る人とでは、2倍の差がある場合もあります。もちろん、前列の人が多いんです」と述べている。

 

年収調査

 グループダイナミック研究所長の柳平彬氏は、経営者向けセミナーで、最前列に座っている人と最後列に座っている人の、現在年収と、将来の期待年収を無記名で記入してもらい、年収をアンケート比較調査した。結果は、最前列の人の平均年収が580万円なのに対して、最後列は470万円であった。2倍の差はないが、前列の人は後列に比べて約3割も収入が多かった。一方、将来への期待収入は、前列が1,350万円で後列は940万円、年収差として44%の格差が出たそうだ。(1981年当時で)

 

コミュニケーション度

 セミナーの目的は、テーマに関して学び、自分を成長させること。それ故セミナー会場や学びの教室では、一番学習効率の高い席に座るべきなのだ。アメリカの心理学の本によると、教室で教壇に一番近い最前列に座った学生の一番成績が良く、逆に一番成績の悪い学生は一番後ろに座ることが多かったとの実験結果がある。これは最前列席に座ることによって、集中して講義を聞くことが出来るので、結果として理解度が上がり、復習する時間が節約できる。その実験によると、先生とのコミュニケーション度は最前列席と最後列席では2倍の差がある。前列に座った者の中では、61%の人間が先生とコミュニケーションができ、それが後方の席だとたった31%しかない。

 

 私は大学時代から、授業やセミナーで最前列席を選んでいる。それで大学時代は、特待生の座を得た。

 

2018-11-30 久志能幾研究所 小田泰仙

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2018年11月29日 (木)

磨墨知410-1.  時間を観る目を養え

 時間は観ることができる。時間とは命である。命を持った人間の行動を観察すれば、時間の使い方の真贋が分かる。時間の使い方の真贋を見極めるよき目を持っていても、自分の行動がそのようにできるかどうかは別である。しかし、意識して真贋を見る訓練をしていれば、人様よりも良き時間の使い方はできるはず。

 骨董屋の小僧は、ご主人から常に本物の骨董品だけを見せられて、真贋の見分けの修行をするという。時間の使い方の本物を探して修行をしよう。いつかは時間の使い方の名人になれるはず。

 

作品を観る目を養え

 松本明慶大仏師は、師である野崎宗慶老師から「作品を観る目を養え。」と教えられたという。自分の技術よりもほんの少し観る目を進めること、目が少し腕より良いくらいが丁度よいということである。

 自分達は、自分の人生という命(作品)を彫っている仏師である。素材から多くの部分を削り取らないと作品が仕上らない。削り取る過程で痛みも歓びもあり、人生の創作を体験する。削り残しが多い人生とは、未完の人生である。自分の人生レベルより少し進んだ目で、自他を観察して、よりよき時間を駆使して人生を完成させるのが、人間に生まれた責務である。自分の後ろにはご先祖様の期待がある。

 

削りくずの時間

 仏像彫刻の工程では、切りくずは、粗削りから中削り、仕上げ削りと段々と小さくなっていく。松本明慶さんが留守をして帰ってきて、弟子の削りくずを見れば、弟子の仕事の時間を見ることができるという。仕事が正しい行程でないと、仕事が前工程に戻ったりして、その削りくずが一定でないという。だから、それは削りくずを見れば一目瞭然だという。明慶さんは削りくずで時間を見ている。

 

言葉の時間

 ある会社の土壌汚染問題で、その後処理工事の報告会への参加依頼の連絡がきた。その案内書の題名が「リスクコミュニケーションの案内」であった。報告会の会議名を美化して「リスクコミュニケーション」では、その案内受けた方は、訳が分からない。文書内容をジックリ確認して分かったことは、言い換えれば「出席依頼 弊社の土壌汚染対策工事の報告会」という会議案内なのだ。

 そんな小手先の「美しい」会議名にするから、本質からずれた報告会、対策になるのだ。それでは時間が無為に過ぎていく。その会社が作る会議の題名だけを見れば、その会社の時間の流れを見ることができる。

 2018年11月23日、依頼を受けて、その報告会に参加した。その報告会の説明では、結論の表明が曖昧で、ぐだぐだと詳細の説明がされた。それでは、企業の時間、聞くほうの時間の無駄となる。要は、「役所との書類の対応で計画が遅れ、当初の日程が遅れました。しかし、問題なく工事が進んでおります」だけなのだ。

 言葉は言霊といって、命が籠る。時間はシーケンシャルに進んでいく。それを言葉遊びで胡麻化しても、時間は戻ってこない。人生のやるべき時に、やるべきことをやらないと、取り返しがつかない。会社の役員も、依怙贔屓で若くして偉くなっても、やるべき苦労をしていないから、不祥事を起こしやい。そんな事例が日本に絶えない。若くして流さなかった涙は、年老いて後悔の涙となる。

 

2018-11-29 久志能幾研究所 小田泰仙

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ゲゲゲの訪問記(1/8)JR境線の妖怪熱気

 なぜか、この数か月、水木しげるの版画にのめり込んで、5枚の版画を入手した。大垣のヤナゲンで版画展を見てから、東京での版画展、京都での水木しげる展に行ってきた。

 2018年11月27日 、思い立ってゲゲゲの鬼太郎の故郷、境港市に行ってきた。目的は、町おこしの情報収集である。大垣市から境港市まで、往路6時間の旅である。

 

寝過ごし寸前

 大垣から新幹線で岡山まで行き、そこから在来線(単線)の特急に乗り換えて130分の鉄路で、米子駅で乗り換えである。その米子駅で、寸前で寝過ごすところを、妖怪に助けられて、下車できた。後10秒、気が付くのが遅れていたら、特急は出発するところであった。電車の2時間10分の乗車では、駅弁を食べるしか楽しみがなく、つい2食分の朝食を食べて、お腹の皮が張って眠気に誘われたのが原因であった。それを起こしてくれた妖怪に感謝をして、JR境線への乗り換えのため、米子駅に降り立った。そこで寝ぼけまなこの私に、強烈な妖怪のお出迎えがあった。

 

♪楽しいな、お化けにゃ、規則などない、ない、…♪

 駅の階段がすごい、案内表示がすごい、駅のプラットフォームがすごい、看板がすごい。電車の塗装がすごい。電車内の猫娘の歓迎がすごい。電車内の腰掛がすごい。終着駅の境港駅の改札がすごい、待合室がすごい。妖怪だらけである。昔の国鉄の営業規則では、考えられないこと。妖怪に規則はない。規則に縛られるから、自由な発想が生まれない。JR境線に脱帽。

01p1060018  米子駅、境線への乗り換えの零番線。

02p1060020  ねこ電車が待っていた

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06p1060044  ねこ電車の車内

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妖怪さまさま

 境港には年間200万人の観光客が訪れる。妖怪のご利益で、経済が「陽回」転である。JR境線の観光への取り組みが本気である。妖気満満である。これくらい真剣に観光客のことを考えて、工夫を重ねて妖怪にのめり込んだ結果が、ご褒美の年間200万人の観光客なのだ。

 

大垣との対比

 境港市は人口3万3千人、名古屋から新幹線、在来線特急で6時間、鳥取の片田舎で、観光客は200万人である。それに対して、大垣市は人口16万人、名古屋から快速で32分。それで大垣の観光客が267万人(平成27年度)である。鳥取地方の遠路路の境港市には、私でもまた行きたいと思うが、東海道のど真ん中にある大垣に再度行きたいという言う人は少ないようだ。大垣市は観光への取り組みに怠慢である。やっているのは、どさまわりごとき祭りばかりで市外に業者への利益誘導で、地元は寂れる一方である。

 

♪楽しいな、お化けにゃ、駅名の制限などない…♪

 米子駅から境港駅までの45分間の車窓から見える駅の看板がすごい。JR境線の16の駅には正式名称以外に、愛称として妖怪の名前が2005年に付けられていた。その年、岐阜県が主催する、優れた芸術家に与えられる「織部賞」のグランプリを受賞した。米子空港駅は、べとべとさん駅なのだ。砂かけばばあ駅、こなきじじい駅もある。

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12p1060057  境港駅に着いて、車窓の眺め

13p1060061  境港駅の改札

13p1060517  境港駅の待合室

霊界への信仰

 ケチな人間は、目に見えることしか信じないので、いつか人間界の限界にブチ当り、挫折する。そんな人は、精神の世界の広大さが見えないのだ。目に見えるものは、知れている。魔物界の見えないものを信じて、敬いなさい。そうすれば道が開ける。

 万策尽きても、神に祈ろう、佛に祈ろう、妖怪に祈ろう、そうすれば忙しい神様仏様の代理として妖怪が優しく助けてくれる。たまには、いたずら好きな妖怪におちょくられるが、それも愛嬌である。妖怪という相手を認めてあげれば、困ったときに、助けてくれる。

 祈るとは、心を空にして謙虚に己を見つめること。そうすれば正しい道が見える。ご先祖に手を合わせにない人間など、佛様が助けるわけがない。自分が一番偉いと思うから、謙虚になれないのだ。素直になれないのだ。だから神仏の罰が当たる。

 日産のゴーンは、自分が皇帝のように振舞ったので、リストラで首を切られた従業員のことなど、気にも留めなかったのだろう。己が神として己惚れていたのだろう。日本の妖怪が、鉄槌を持っていることを知らなかったのだ。

 人間は、六界では、小さな存在である。いつかはその六界に行く身である。米子駅で寝過ごしそうになった私を、寸前で起こしてくれたのは、妖怪さんだと感じた。妖怪も仏様の親戚なのだ。そう信じて水木しげるさんは、妖怪の世界を作り上げた。私は、この数か月、水木しげるさんの版画や著書、展覧会にのめり込んだので、それのご褒美だと感じた。

 

2018-11-29 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2018年11月28日 (水)

浜松国際ピアノコンクール(10) 調律師の闘い 

 ピアノコンクールは、勿論ピアニストの戦いであるが、その舞台裏で調律師達の戦いがある。その過程はNHK BSプレミアム「もう一つのショパンコンクール~ピアノ調律師たちの闘い」に詳しい。オンデマンドでご覧ください。

 

調律師の激務

 浜松国際ピアノコンクールは20分の演奏、それが3人続き、20分の休憩。その間に調律師の戦いが繰り広げられる。当然、昼休み、夕休みの1時間、その日のコンクールが終わった深夜に、調律師の出番である。コンクールでの調律師は一見華やかだが、社運を賭けた戦いであるので、現場は3Kの世界である。海外のコンクールでは、他社を含めての調律のスケジュールが組まれており、深夜の2時、3時しかピアノに触れないことも多い。その間、床で仮眠をする場合もあるとか。調律学校の卒業生は7~8割が女性だが、コンクールでは、激務のせいで女性は殆ど見ない。

 

ピアノメーカの体力勝負

 ヤマハ、カワイ、スタインウェイの 3社で30台のピアノを会場に持ち込んだという。舞台の本番用のピアノ以外に、参加者の練習用に27台のピアノを持ち込んだのだ。先のショパン・コンクールでは、ヤマハは電子ピアノを50台無償提供して、参加者のホテルの部屋に準備したという。それに随行する調律師も10人単位である。ベーゼンドルファーの支配人が、「弱小メーカの我々は、資金的に耐えられないので、参加が難しい」という。世界的ピアノコンクールは金がかかるのである。ちなみにヤマハのピアノ生産高の1/10 がスタインウェイ、その1/10がベーゼンドルファーである。

 だから、2018年春の高松国際ピアノコンクールで、ベーゼンドルファーが参加したのは驚きであった。私には、ベーゼンドルファーのピアノと他社との比較が出来て幸せであった。そのピアノは280VCで、お披露目の意味もあったようだ。

 

ピアノの選定

 今回の浜松国際ピアノコンクールでは、第一次予選で、ヤマハ39人、カワイ28人、スタインウェイ24人が各ピアノメーカを選定した。どのメーカのピアノが一番多く挑戦者に選定されたかが、一番気になるところ。

 過去9回のコンクールで優勝者が使ったピアノはヤマハが7回、カワイが2回である。第10回の今回はカワイSK-EXが優勝を飾った。

 

コンクールやコンサートでの調律

 ピアノの調律は、基本的に音程比を扱った理論である。調律は、理論的には測定器だけでも出来る世界である。しかしそれが音楽的かどうかは全く別の世界である。だら、測定器の理論通りの調律では、蒸留性の水を飲んでいるみたいで、全く味気の無いものになりがちである。それでは演奏家から「音楽的でない」とそっぽを向かれるという。

 

感性の世界

 音楽の響きというのは、数学的に完全に割り切れるものではない。それはギターみたいに弦が 6 本しかないと、測定器でやっても、それほど気になるものにならない。しかしピアノは一つの音でも 3 本の弦が張ってあり、全体では約230本の弦があり、全体が調和して鳴るためには、数学的にビッシと割り切れる世界ではない。そこは感性の世界が広がる。それを音楽的に調律せねばならぬ。当初は、本当に胃が痛くなる毎日であったとヤマハの鈴木俊郎さんはいう。

 それを重ねてていって、どうしよう、どうしよう、こうしてもダメ、ああしてもダメという中で、一つひとつ答えを見つけていくと、なぜか音楽的な調律ではなくなってしまう。ただ、調律の制度から言うと、きちっと音は揃っている、音程感も合っている。誰が見ても、全然悪くない。しかし音楽の芸術家の世界ではそれが通用しない。

 これは永遠のテーマであるし、そこの 1点が、ある程度ポイントをつかめれば、非常にいい響きになると思うけども、要は音を音楽として聞いてないとだめなのだ。それは調律だけの音なのだ。

 特にホールに行くと、いろいろな音が返ってくる。ホールの場所によって、饗きが全然違う。それは一般の家庭でも、同じであるが、色んな音が返ってくる。それを、トータルとして捉えてなければ、音楽の音にならない。ーつのトータルバランスとして、整合が取れない。鈴木さんは今まではピークだけを捉えていて調律をしていたので、演奏家から総スカンを食ったのだ。。

 

コンサート技術者の仕事

 調律師は芸術家ではなく、コンサート技術者である(鈴木俊郎さんの持論)。コンサートの場合は、調律とそれから整調である。それから整音の 3 つが欠かせない作業である。全部が大事である。3つともきちんと揃っていないと、だめなのだ。

 調律は、聴力のバランスを整えて正しい音律にする。整調というのは、アクション機構の、鍵盤を押してハンマーが弦を打ってハンマーがキヤッチするまでの一連の行動のアクションの動きを調整する。整音というのは、いわゆるハンマーに弾力感をつけたり、針を入れることによって弾力感をつけたり、音の飛ばし方、音の広がり方を変える。ただ、音色には関係するんだけれど、整調をやることによって、音色に関係する。調律をやることによって、タッチにも関係する。

 

調律師の仕事

 だから、この3つが全ていい方向で絡み合わないと、コンサートピアノは調整できない。そこからが調律師の勝負である。具体的には、ここはこういう響きだから合うかな、といじってみる。直らない、鳴らないなあ。調律やってみようか。ああ、これでいけそうかな、こんなもんかなあ。もうちょっと良くなるかなあ、余計ダメになった。この繰り返しでである。

 作業的には、一つひとつやって重ねていくが、1個だけ突出しても、絶対いいものにはならない。だから 3つずつ重ねながら頂点へ持っていって、この辺の擦れ違う所で、どういうふうに持っていこうか、これを上に持っていこうか、ちょっと調律を変えてみようかとか。それでやはりうまくいかない。ちょっと鍵盤を深めにしてみようかと。そういうことをやって、ああこれでいいかな、こんなものかなあという作業の繰り返しである。

 

鍵盤の重さ?

 鍵盤は軽ければいいというものでもない。その軽い重いとか、よく言われるが、演奏家からも「ちょっとこの鍵盤、軽すぎるわ」「重すぎるわ」とかの表現がされるが、物理的に重くするか軽くするというのは、できない。そこは音のタイミングをちょっとずしたり、一瞬速めたりとか、音の立ち上がりの頭の音を少し広めたり小さくするような、調律をする。

 

音の立ち上がり 

 音の立ち上がりで、感じが変わる。感じが、ピシッといくか、ちょっと柔らかくいくかとかになる。タイミングというのは、ハンマーを叩いて、押し上げてカクッと外れるような構造になっている。そこの外れるタイミングを変えたりすることで、音の立ち上がりが変わる。一つのキーあたり、整調という作業は、一つのキーあたり、10 箇所ぐらいある。それが 88 鍵あり、後はアクション全体で機械的に行う作業がある。

 バランスよく揃えるということが基本である。しかし、それが生楽器だから、揃わないのだ。そこがまた楽器としての魅力にもなってくる。もちろん、一つひとつ音は揃えていくというのが原則である。

 

耳で聴き、耳で判断

 最終的には弾くほうが耳で聴くわけで、決して測定器を持ってきて聴くわけではない。調律する方も、自然に聴いていて心地よい、弾いていて、弾きやすいとか、音楽的な調律というのが重要だ。調律のための調律ではだめで、音楽のための調律が大事なのだ。

 コンクールの調律は、調律師の腕の見せ所である。ヤマハの花岡さんの前任者の鈴木俊郎さんも「音楽的でない」と言われて悩みぬいた方だ。コンクールで戦う調律師のリーダーは、全てこの思いを持っているのだ。

1p1110882 2018年11月9日 

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2018年11月12日 花岡昌範氏の調律風景

前回のショパン・コンクールでの調律師の闘い

 2015年のショパン・コンクールでの優勝者のチョ・ソンジンが選んだピアノはスタインウェイであった。しかし彼は予備戦のときはヤマハを使っている。それは、彼がソロはヤマハの方がコントロールしやすいと判断したためであった。その彼も、1~3次予選ではスタインウェイに変更した。彼はスタインウェイ社に調律上の要望を強く出していたが、スタインウェイを選定したピアニストが多かったので、なかなか彼の要望を聞いてもらえなかったという。ファイナリストに選ばれた中では、スタインウェイを選んだ演奏家が少なく、結果的に彼の要望を聞いてもらえるようになって幸いしたという。

 1次、2次、3次予選の課題曲は各ステージで異なり、その課題曲の雰囲気が異なる。また決勝の課題曲は、オーケストラを背景にしての演奏である。チョ・ソンジンは「ソロはヤマハでよいが、オーケストラを背景にしての演奏では、オーケストラに負けないような豊かな響き(派手な音)が必要で、それはスタインウェイのほうがよい」としてスタインウェイを選んだ。ヤマハからスタインウェイに機種変更をした他の2名も同じようなコメントをしている。

 かようにソロ演奏とオーケストラとの協演では、最適な響きのピアノは違うようだ。派手の音ではソロのショパンの静かな曲では相性が良くないだろうし、また全てに合わせた調律も難しい。ピアノにも個性があり、合う合わないということがあるようだ。

 ショパン・コンクールは、ショパンの作品だけによって競われる特殊なコンクールである。それに対してチャイコフスキー・コンクールは、それぞれの楽器を弾きこなし、世界で活躍していく演奏家を発掘するのが目的である。「どんなに演奏家に腕があっても、どんなに音楽的才能があっても、どんなに素晴らしピアノでもショパンにふさわしい演奏でないと優勝は難しい」と音楽評論家の青柳いづみこ氏は言う。またそれを評価する審査員も絶対的な基準があるわけではない。その人の感性で評価が変わる。極端な評価をする審査員がいるのも現実である。

 「対象に合わせた調律も、弾くピアニストが多いと、誰の好みに、またどの曲に焦点を当てて調律するかが難しい。全ての演奏家に満足した調律は困難だ」と調律を担当したヤマハ調律師花岡昌範氏は嘆く。どこで落とし所を見つけるかが、多くのファイナリストがヤマハを選んだがために出てきた悩みである。

 

 FAZIOLIのピアノ調律師越智さんも、ショパンの曲だからと、柔らかな温かい音つくりをして、会場に乗り込んだが、他のメーカが派手な音作りの調律をしてきた影響のためか、78名の参加者中、1名にしか指名されなかった。かように音作りは調律での命である。

 越智さんは「ハッと思わせる音、ぞくぞくするような音の仕上げたい」と現地に乗り込んだが、音の好みは芸術家と環境により大きく変わるという現実の壁にぶちあったたようだ。

 花岡昌範氏はコンクールでのピアノの調律方針を、「心を震わせるような音、聞いていて感動させるような音、響きを重視した音作りをしたい」として取り組んでいる。

 

車とピアノの関係

 ピアノは、よく車をたとえられる。ピアノの調整と、アーティストの好みというのは、車の特性のようなものだ。ドイツ車はサスペッション硬いとか、日本車は足回りがやわだとか、言われるが、硬くても、ガチガチのペコペコはねるような形じゃダメなのだ。柔らかくても、攻める時には、がんがんロールしていて、どこまでロールしていくか分からないのでは不味い。つねに硬くても柔らかくても路面に吸い付き、ふんばっている感触が運転者に分からないとダメ。だから硬いとか柔らかいというのは、好みである。それからメーカーの個性差である。きちっとサスペンションが動いているというか、そいうイメージがピアノにもあると思う。(鈴木俊郎氏談)

 

ピアノの個性の発揮

 調律といっても、ハンマーの状態、アクションの状態とか、全部が関わって、最終的に調律の音として出てくる。これでまたアクションの調子を変えたりすると、響きも変わってしまう。その辺の噛み合いの調整の仕方は、ホールへ行って実際にやってみないと分からない。また、ピアノは生楽器であるので、弦でもハンマーでも、全て均ーではない。フレームの材質にしてもそう。だから同じ3本の弦がありながら、1本ずつ叩くと、みんな音が違う。それは整音だけの違いではなくて、ある種のバラつきの差というのもある。だから、やはりそこを調律でうまく一番伸びるところを探しているのが調律師の仕事である。まるで人間の個性と同じである。

 

調律とは(教科書用語説明)

 ピアノ調律(piano tuning)とは、ピアノの音程を整える作業、または調律時に行う鍵盤タッチの調整や音色を整える作業などをいう。

  • 調律

 チューニングハンマーと呼ばれるピアノ専用の調律工具を使用し、弦が巻かれているチューニングピンを回して音の高さを調節していく。 ピアノは構造上、弦楽器の一種であるが、一般的なギターやバイオリンなどと違い、ほとんどの鍵盤1音につき2本または3本の弦張られている。このため、ミュートと呼ばれるフェルト状の工具を使用し、1本のみ音が出る状態にして音を聞き分ける。

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  • 整調

 鍵盤のタッチ(弾き心地)を調整する作業を整調という。鍵盤を指で押し始めてからハンマーが打弦し音を出た後、鍵盤から指を離して音が止まるまでのアクションとよばれる各種部品の動作を調整する作業であり、これらは単に鍵盤が押し下がる負荷、重い・軽いの調整だけではなく、アクションの動きが複雑に関係している。

 

  • 整音

 ピアノの音色・音質を整える、または音色を変える作業を整音という。ピアノの製造段階では最初から工程に組み込まれているため、仕上げと呼ばれる最終段階では「整える」ことに主目的があり、ここから「整音」という言葉が生まれた。

 

 鈴木俊郎氏のコメントは、自動車技術会中部支部でインタビューした時の記録(2002年)を基にした。鈴木俊郎氏は中村紘子さんの御指名の調律師であった。先日、名古屋ヤマハホールでのコンサートで、その姿を見つけて、名刺交換をさせて頂き、光栄であった。

 今回の浜松国際ピアノコンクールで、花岡昌範さんと名刺交換をさせて頂いた。

 

2018-11-18 久志能幾研究所 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。