2019年6月12日 (水)

ガンを罹患して(1)現実を理解

 分かったことは、40年前は、癌患者が50人に一人くらいだったが、現在は2人に一人が癌にかかる。男性で62%、女性で47%が癌になる。年間の癌罹患者は100万人である。日本の年間の生誕者、死亡者は概算約100万人である。だから計算上は、国民の全てが癌になる。手を打たないと、明日は我が身なのだ。自衛しないと、自身の命も大事な肉親も失うことになる。再発する危険性も増えるのである。癌になってからでは遅いのだ。

 

癌の本質

 癌は生活習慣病であると思う。遺伝でも、癌家系の問題でもないと思う。組織が突然変異で、ガン化するという説は、間違いであると思う。癌の原因も数多く言われていて、どれが正しいかは分からない。

 癌の原因は、糖分、油分、加工食品、発癌性物質(タバコ、酒)の取り過ぎである。また大食いも癌の原因となる。またストレスの影響も大きい。間違った生活で、低体温になっていることも原因である。

 癌になるかならないかは、運の差である。その運とは、健全な生活を送ったご先祖が、癌に負けない丈夫な(免疫力のある)体で、その人を生んでくれたにすぎない。だからタバコを吸い、酒を多量に飲んでもガンにならない人もいる。いくら運が良くても、それで不摂生をすれば子孫がその害を受ける。

 

分からないことが分かった

 しかし、私はガン関係の本を50冊ほど購入して調べたが、調べれば調べる程、ガンの原因とその対策が分からない。だからその対策も混迷を極める。

 本によると、肉に対しても賛否両論、玄米に対しても賛否両論、野菜についても賛否両論である。何を信じていいのか、気が狂いそうになる。

 医師も癌の本質も対策も分からないのだ。色々と調べて、分からないことだけが分かった。後はその本の著者の理論の説明の仕方を、自分の考えで、正しいかどうかを問うしかない。

 

私の癌の原因

 外食が多くて、油濃いものを多く食べていた。

 甘いものも好きだった。糖分はガンの餌である。

 会社務めの頃は、深夜の夕食が多かった。

 大食い、早食いであった。

 会社務めの頃は、中間管理職として、上と下からのストレスが多かった。

 真面目な性格で、楽天的でなかったので、その影響もある。

 運動不足 

 

私の癌再発防止策

 自炊を増やし外食を減らした。 

 スィーツを禁止。和菓子も禁止。

 乳製品禁止、アイスクリーム禁止

 お寿司も禁止(すし飯は、糖分の塊である)

 砂糖も禁止

 コーヒも禁止(コーヒ豆も糖分である)

  癌は糖が大好きである。

 現代人の癌の原因は炭水化物、糖分の取り過ぎである。

 完全断糖は難しいが、少しでも減らす取り組みはしている。

 完全禁酒(酒は発癌性物質)

 天ぷらや油分の多い食品は禁止

  これが血管の壁にプラークを発生させ、血管内部を狭めて血流を阻害する。免疫酵素のある白血球を含んだ血液の流れが阻害さ、癌の遠因となる。

 加工肉は禁止(ハム、ソーセージ)

 加工食品、添加物の入った食品(レトルト食品)を避ける。発癌性の一因。

 体温管理

  癌は低体温で発生しやすい。体温が1℃下がると、免疫力が30%下がる。今、毎日2回、10分間のお風呂に入っている。シャワーではない。

 散歩の時間を作った。

 

余命宣告

 医師の余命宣告は、医師の方針に従って治療を進めれば、その寿命ということである。抗がん剤治療、放射線治療、何を食べてもよい、という治療を受ければ、余命宣告された年数で死ぬ(と思う)。

 抗がん剤治療も放射線治療も根本治療ではない。癌を攻撃するが、正常細胞も同じように攻撃されて弱る。癌に罹っても、ガンが原因では死なない。抗がん剤治療等で体の免疫力が低下して、肺炎等の感染症に侵されて死ぬ場合が大多数である。

 上手に癌を管理すれば、最終局面まで、人間として生きることが出来る病気が癌である。樹木希林さんは、その実例を示してくれた。

 

医療関係の現実

 名医でもガンの事は分からない。だからガンが減らず増加の一途である。

 外科医はガンの手術をするが、その再発防止の指導はしない。私の場合でも、「術後、何を食べてもいいですよ」としか指導をされなかった。

 大病院の医師では、仕事が分業化され、他科の事は分からないようだ。だから名医でも、薬品メーカのデータを鵜呑みにして、抗がん剤治療を勧める。しかし、そこには多くのデータ改ざんがある。名医も騙されている。名医も統計学の知識がないからだ。製薬会社が医師を騙すのは簡単だ。だから手術が終わったら、抗がん剤治療、放射線治療の医師に、患者を丸投げである。それが大病院の治療の方針だから。組織の医師はそれに逆らえない。

 名医でも新しい代替医療にもあまり関心がない。私も抗がん剤治療を拒否して、代替医療を選択しているが、主治医は、その治療にあまり関心がないようだ。医師の8割は、代替医療に関心がない。

 それでも癌患者の半分は、主治医以外に代替医療を選択して、月に5万円を使っているという。

 

ガンマフィアの影響

 大病院はガンマフィアの支配下にある。大病院は、標準治療(手術、抗がん剤、放射線)をかたくなに守っている。それが社会から非難もされず、儲けることが出来るからだ。その病院の医師も病院の方針に逆らえず、標準治療を押し付ける。医師もそれが間違っていることを知っていても、黙って従う。医師もサラリーマンと同じで、会社(病院)の方針に逆らえない。医師も家庭があり、生活がかかっている。しかし医師も自分が癌になれば、抗がん剤治療も放射線治療も拒否する人が多いという。

 ガンマフィアは、ガンが増えると儲かるので、ガンの真因を明らかにしない。真因を明らかにして、対策をするとガン患者が減ってしまう。ガンマフィアとは、医療関係機関、医療機器メーカ、製薬会社、学会、官僚(天下り先に媚びることで頭が一杯)である。

 アメリカでもタバコが癌の要因であることは間違いないのに、ガン協会は積極的には煙草を禁止していないという。ガン協会も癌患者が減っては仕事が減り困るのだという。

 

報道機関へのガンマフィア

 報道機関もガンマフィアの影響下にある。製薬会社や食品会社は、テレビ、雑誌の大スポンサーである。癌の要因の商品(例えば酒、ハム等)の売れ行きに影響することは報道しないのが原則である。 

 多くの癌特集番組があるが、その治療の宣伝が多く、高額な治療の紹介である。現状の医療関係の紹介が多い。不思議なことに、ガン予防の特集は皆無に近い。ガン予防をしても儲からないからだ。国民が癌になれば、ガンマフィアは儲かるのだ。

 

結論は、自分の城(体)は自分で守るしかない。そのためには、癌に関するの知識を増やすことだ。医師以上の知識を持つことだ。医師の言いなりにならないことだ。

 

2019-06-12   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

お礼 累計閲覧90,000超え

 今朝の早朝、当ブログの閲覧累計数が90,000を超えました。ありがとうございました。閲覧数が一番の励みです。

 すこし驚いたことに、6月6日 にアップした英文の「A Hotoke-sama, saint of a man, who turn off the page of the life scene」が、「人気な記事ランキング」で第22位にランクされていることです。

 

 昨日は、東京の病院に血液検査の結果を聞きに行ってきました。朝8時5分に発生したJR刈谷駅の人身事故で、電車が動かず、約2時間も大垣~名古屋間で拘束され、それから新幹線に乗ったので、疲労困憊となり、帰宅後ブログの更新ができず、恐縮です。

2019-06-12  久志能幾研究所通信 小田泰仙

2019年6月10日 (月)

君が部長なら、誰を指名解雇するのか? その基準?

リストラで生き延びる人、淘汰される人

 あなたがある部署の部長と仮定して「部員30人中、9名の指名解雇者を選出せよ」との業務命令が上からきたら、どういう基準で選出するのか? 答えよ! リストラしないと会社が倒産して、4,000人全員が路頭に迷う事態になる。

 これは私の「修身」の講義で、対象が新人・中堅の技術者たちに出した質問である。私はこの回答には言及しなかった。その意図は、現実社会を中堅技術者達に知らしめ、自分がその立場なら、どうしたかを考えてもらい、働く意味、生きる意味を考えてもらうためであった。答えは各人の価値観で変わる。

 

実例

1960年頃 近江絹糸   経営不振で人員整理

  一級ボイラー士の有資格者も解雇され、大の男が泣いた。

  彼は、当時の父の仲間。当時私は小学生で、両親が夜、人員整理の話しをしていたことを良く覚えている。   

 

1949年 トヨタ自動車の人員整理・労使紛争

      創業者の豊田喜一郎が退任 

1954年 当社の人員整理   365人を解雇(全従業員の30%)

   「2度とこんな事態は繰り返さない」と社長は固く心に誓った

1993年 パイオニアの指名解雇

1995年 日産の座間工場閉鎖

2001年 松下電器の希望退社募集(実際は指名の肩たたき)

 

 

死の強制収容所アウシュビッツからの生還  

 

          死亡率    死者

ドイツ強制収容所  79% (ユダヤ人434万人 ガス室で大量殺戮)

シベリア抑留    12% (日本人7万人 極寒の屋外で強制労働)

          抑留初期は80%の死亡率

 

どんな人が生き延びたか?  どんな人が死んだか?

貴方が強制収容所の看守なら、どういう基準で囚人をガス室に送る?

 強制収容所では、看守も懲罰の対象であった。シベリア強制収容所の看守も懲罰的な意味合いでシベリアに送られ、その看守の役割を負わされている。看守自身も常にその業務成果が監視されているので手抜きはできない。

 

生きる目的

 その中で、看守から死の選別をされずに生き延びた人は、「なぜ生きるかを知っている者は、どのように生きることにも耐える」(ニーチェ)ことが出来た。また未来に目的を持ち、自分の存在価値を認めていた人たちだけが生き延びた。

 それに対して、生きる目的を見いだせず、生きる内実を失い、生きていてもなんにもならないと考え、自分の存在価値をなくし、がんばり抜く意味を失った人は、いくら若く頑強な体でも、あっけなく死んでいった。(「夜と霧」ヴィクトル・E・フランクルより)

 「昨日まで元気で働いていた若い頑強な仲間が、朝、隣のベッドで冷たくなっていた。」(シベリア抑留体験者の言葉。私の父もシベリア抑留者)

 

ガス室に送られないために

 ドイツ強制収容所から生還し、その体験を記した『夜と霧』の著者(心理学者)、ヴィクトル・E・フランクルがとった行動が下記である。

 

◇ 働ける体であるように見せる

      働ける状態でなければ、自動的にガス室行き

      常に若く見えるように、行動した。

   立ったり歩いたりする時は背筋をピッと延ばしていた。

      若く見えるように髭を毎日剃った。

   最後のパン一切れを人に与えても、ガラスの破片で髭を剃ってもらった。

       病気にならない--- 病人になれば、自動的にガス室行き

◇ 常に未来を信じる

     近い将来、講演会で自分が演説している姿を思い浮かべた。

◇ 収容所での苦しみは意味があると認識する

     無意味だとすると生きることの価値が無くなる

◇ 愛する人との魂での会話を絶やさない

◇ 感動を失わない

     沈みゆく太陽の夕焼けの風景に感動

◇ ユーモアを失わない

       自分を見失わない魂の武器

 

リストラの選別対象になる人

 「会社が倒産の危機に際した時、リストラの選別対象になるのはどんな人か」を考えて欲しい、との質問を新人にした。

 リストラされると今の経済状態では再就職は至難の技である。当時、年間34,000人の自殺者(2004年当時)がいて、増加の一途であった。それを受講生に考えてもらった。

 

生きるとは

生きるとは、

 ・生きる義務を引き受ける行為

 ・生きることへの問いに正しく答える義務

 ・生きることが各人に課す課題を果たす義務

 ・時々刻々の要請を充たす義務

 

 生を受けた以上、与えられた命を全うさせる義務がある。そうしないと、生を授けてくたご先祖に申し訳ない。今生きている己は、全てのご先祖の代表である。

 

苦しむとは、何かをなしとげること

  「夜と霧」ヴィクトル・E・フランクル

 

生きるとは、仕事をすること

 会社生活は、人生の一番大事な時(一番エネルギーの高い時、一番充実した時)に、一番多くの時間を費やす舞台である。そこで元気でないと、人生がうまくいかない。会社ではリストラ対象にされる。

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2019-06-10   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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2019年6月 9日 (日)

自分と私の違い

 「修身」として、身を修める為には、まず己の存在を定義する必要がある。

 自分とは何か、私とは何か、人とは何か、人間とは何か

 「自分」とは、全体の中の「自ら」「分」である。「自分」は、禅語である。自分だから、己の分際を知っている。知っているから組織の一員として動ける。だから利他が生まれる。

 「自分」の反対の言葉が「私」である。自分が全体の中の存在であるのに対して、自己は、一匹オオカミのように己だけを考える存在である。西洋の個人主義の思想が生まれる。だから分裂して利己を考える。

 「私」とは禾偏(稲)を腕(ム)で抱えて、自分のモノだと主張している様を表した象形文字である。そこから私という言葉が生まれた。 

 「人」とは、文字のように一人では自立できず、支え合って生きる存在である。

 「人間」とは、人と人の間で、生きていける存在である。人とのコミュニケーションが出来ない人は、ホモサピエンスではあるが、人間ではない。

 

自己を表す言葉がその国の文化

 英語では、自分を表す言葉はI,my等の限られた数だけである。しかし日本語は、私、自分、己、拙者、愚弟、朕、小生、我、吾、俺、ワシ、と周りの状況に合わせて、己を表現する言葉が100個以上にも及ぶ。それだけ全体の中の己の存在を意識して表現している。それが日本の気配りの文化である。常に相手を考えて、自分の行動を決める。組織あっての自分である。うまくいかないからと、他人を巻き込んでの自殺は、利己主義である。

 

植民地強奪戦争の原因

 グローバル経済主義は、「I」が優先で、「自分」の放棄である。俺のモノは俺のもの、人のモノも俺のモノである。人のことなどは知ったことがない、が原則であった。だから戦前の植民地強奪戦争が起きた。

 インドは英国の植民地にされ、2000万人が英国の搾取で餓死した。英国人にとって、インド人は人間でないので、その生死は知ったことではないのだ。

 アメリカ建国時には、1000万人の原住民(インディアン)がいたが、950万人が虐殺された。現在はインディアンは50万人しかいない。アメリカ人(当時の英国人)が、Iを主張して、新天地開拓で自己の利益の為、インディアンの命と土地を強奪した。先住民のインディアンの分際は知ったことではなかったのだ。

 中国のアヘン戦争の原因は、英国人が中国人にアヘンを売りつけ巨額の利益を得たことに起因する。英国人にとって、己の利益が最優先で、中国人の命は知ったことではなったのだ。

我々はその歴史を俯瞰して、現在の欧米の行動を見る必要がある。

 

社会の病巣

 今の社会は、自己主張の価値観がぶつかり合うからうまくいかない。グローバル化とは、「I」の主張のぶつかり合いである。だから結果として強者がのさばり、弱者が切り捨てられ、就職できない人が絶望から、凄惨な事件を起こす。その事件の真因は、グローバル経済主義化で、弱者が切り捨てられたためである。「自分」というように、地球社会の一員という考えであれば、犯罪も戦争は起こらない。

 

新封建社会の建設の愚行

 「I」が優先のグローバル経済主義は、現代に新たな封建社会を作る元凶である。グローバル経済主義は、貧富の差を拡大する。グローバル経済主義は、1%の富者と99%の貧者を作りだす悪魔の仕組みである。その影響で中流層が厚かったアメリカも、貧困者が増えて、世相が殺伐となってきた。

 最近頻発する凄惨な無差別殺人事件の遠因は、弱者切り捨てで、職に就けない人が、絶望して起こす事件は、復讐と絶望からの事件である。中高年で職がなく引きこもっている人が、日本には61万人もいる。若者でも54万人で、計105万人が引きこもりである。

 政府は、その問題を解決せず、安易に、安い賃金の外国労働者を80万人も導入しようとしている。企業は正規社員を減らし、非正規の社員を減らして、人件費を下げる取り組みをする。

 グローバル経済主義では、海外で奴隷のような極安の賃金で働かせて、それで作った格安の製品が日本に流れ込む。それで正規の日本製品が売れない。だから製造業が衰退して、益々日本人の給与がさがる。悪循環である。これでは日本経済は復活しない。日本は、欧州が移民政策を導入して、欧州社会を混乱に招いた実例から何も学んでいない。日本政府は、同じ過ちを犯そうとしている。

 

自分ファースト

 今、反グローバル化を推進しているアメリカ、イギリスがうまくいっている。

 反グローバル化は、自分の組織を大事にするである。だからアメリカファーストである。そのために、自分を組織の一員として、能力を最大限に発揮する。全体を俯瞰して、組織に自分が何を貢献できるかを考える。その上で、自分ファーストでよい。

 日本再生には、「修身」の教育が必要である。

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2019-06-09   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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Request for improvement“Sendai International Music Competition”

 ”改善要望案「仙台国際音楽コンクール」”の英訳です。

    This time, I have listened to all the preliminary rounds of the three major international piano contests of Hamamatsu, Takamatsu, Sendai and Japan, and based on the comparison, I want the following improvements at the Sendai International Nusic Competition.

 

1. Change of task time

           The playing time of the first qualifying session is too long in 40 minutes. Should be 20 minutes.

           Both the Hamamatsu International Piano Competition and the Takamatsu International Piano Competition have 20 minutes to play the subject songs. There are difficulties in listening to a 40-minute performance when choosing among many candidates. The first qualifying session is a solo track, not a concerto, so 20 minutes is the best.

         Because it is painful even for professional judges, it seems to have become a stupid act of closing the arena seat this time. For amateur music lovers who enjoy listening to the first qualifying session, it is particularly difficult for a long time (three hours in a row for two consecutive hours and 30 hours in a row). Human concentration lasts only about 20 minutes.

        In order to be heard with confidence even for amateurs like me, in the first round of the first qualifying round should be judged in 20 minutes. It's a long game, with 36 people playing. If three players play it in succession, it will be two hours long. At the Hamamatsu International Piano Competition, 88 people will play. So it's a 20-minute performance per person. Then I understand the difference of the performance, the difference of the piano, and the fun to listen to the contest comes out. At the Sendai International Music Competition, it is hampered.

 

2. Management change

           It seems that the judge's authority is too big. It should be reviewed. In the position of a third party, if it does not have the check function, the situation of blocking the arena seat this time will be revived.

          In the attitude that the site manager also ignores the audience's voice, the name of the international piano competition cries. As it is now, it is a contest of country level. Both crisis management and compliance regulations are issues.

 

 

3. Make the most of the features

           What is the difference between the Sendai International Piano Competition and the other two international piano competitions (Hamamatsu, Takamatsu). I do not understand it well. They should make a point and appeal the feature. It is said that the concerto is characterized, but it is not restricted in the first qualifying round. In the final, every contest will be judged in concert with the orchestra.

           Although there is a commentary on the HP that presented its unique concept of concerto-centered, it is a semi-final and final task song, and such restrictions have not been described in the first round of the official HP. The finals at the other two international piano competitions are also the same for the concertos.

 

Comparison of domestic three major international piano contests

Challenge songs for the first qualifying round

1. Hamamatsu International Piano Competition Application Rules

          All contestants will be screened over 15 days. (88 people participated in the 10th)

          Play within 20 minutes with free choice including one or more practice songs. We will announce 24 people who will advance to the second qualifying on the final day.

 

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   2018‎/‎11/‎‎日 Hamamatsu International Piano Competition

2. Takamatsu International Piano Competition Application Rules

          Play in the order of (A), (B) and (C) below. The playing time is a total of 20 minutes or more and 25 minutes or less, and repetition is free.

  (A) Bach One from the Torah I and II

  (B) Chopin 1 piece from practice song work 10 or work 25

     ※ It may overlap with the preliminary screening song

   (C) Works composed after 1900

     ※ Do not overlap with the preliminary screening song

 

3p1100084s

4p1100114s   2018‎/‎3‎/14日 Takamatsu International Piano Competition

3. Sendai International Music Competition Application Rules

            Construct and play a recital program of any solo music, with a duration of 35 minutes or more and no more than 40 minutes.

           However, one or more songs from the composer's work below and 10 minutes or more must be included.

           JS Bach, Haydn, Mozart, Beethoven, Schubert, Mendelssohn, Chopin, Schumann, Brahms

          ・ The number of songs and the length of each song are not specified. However, if you choose a piano sonata, play the entire movement.

          ・ Works that include special rendition methods (internal rendition, prepared piano, tone cluster, etc.) are not included in the selection.

 

5p1070080s

6p1070067s

  ‎2019‎/‎5/‎27‎ Sendai International Music Competition

2019-06-08   KUJINOKI Institute   Taisenn Oda

                   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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e-mail :  yukio.oda.ii@go4.enjoy.ne.jp

Blog: http://yukioodaii.blog.enjoy.jp

HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

2019年6月 8日 (土)

改善要望案「仙台国際音楽コンクール」

 今回、浜松、高松、仙台と日本の三大国際ピアノコンクールの第一次予選を全て聴いて、その比較から、仙台国際ピアノコンクールで、下記の点の改善を要望する。

 

1.課題曲時間の変更

 一次予選の課題曲の演奏時間が、40分では長すぎる。20分にすべきである。

 浜松国際ピアノコンクールも高松国際ピアノコンクールも、課題曲の演奏時間は20分である。多く候補者から優劣を選ぶのに、40分の演奏を聴き分けるのは、困難がある。一次予選の課題曲は独奏曲で、協奏曲ではないので、20分がベストである。

 それがプロの審査員でも辛いので、今回のアリーナ席の封鎖という愚行になったようだ。一次予選を聞く楽しみの素人の音楽愛好家にとっては、長時間(予選だけで3人連続2時間、連続で30時間)は辛く、なおさらである。人間の集中力は20分程度しか続かない。

 私のような素人でも安心して聴けるように、最初の一次予選では20分で審査すべきである。なにせ36人も演奏する長期戦なのだ。それが3人続いて演奏すると、2時間の長さとなる。浜松国際ピアノコンクールでは、88名が演奏する。だから一人20分の演奏なのだ。それで演奏の差、ピアノの差が分かって、コンクールを聞く楽しみが出る。仙台国際音楽コンクールでは、それが阻害されている。

 

2.運営の変更

 審査員の権限が大きすぎるようだ。見直すべきである。第三者の立場で、そのチェック機能を持たせないと、今回のアリーナ席の封鎖という醜態を再発させる。

 現場責任者も観客の声を無視する態度では、国際ピアノコンクールの名が泣く。今のままでは、ド田舎レベルのコンクールである。危機管理上でもコンプライアンス上の規定でも問題である。

 

3.特色を生かす

 仙台国際ピアノコンクールの他の2つの国際ピアノコンクール(浜松、高松)との差はなにか。それがよくわからない。その特色を打ち出し、アピールすべきである。協奏曲が特徴というが、一次予選ではそれは制限されていない。ファイナルでは、どのコンクールも楽団との協奏曲で審査が行われる。

 協奏曲中心という独自のコンセプトを打ち出した解説をしたHPにあるが、それはセミファイナルとファイナルの課題曲で、公式HPで一次予選には、そんな制限は記載されていない。他の2つの国際ピアノコンクールでもファイナルは、同じく協奏曲の課題である。

 

国内三大国際ピアノコンクールの比較

一次予選の課題曲

◆浜松国際ピアノコンクール応募規定

 5日間にわたり出場者全員の審査が行われる。(第10回は88人が出場)

練習曲1曲以上を含む自由な選択により20分以内で演奏する。最終日に第2次予選に進む24名を発表します。

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   2018‎年‎11‎月‎9‎日 浜松国際ピアノコンクール

◆高松国際ピアノコンクール応募規定

 (A)バッハ 平均律Ⅰ、Ⅱ巻より1曲※予備審査曲と重複してもよい※予備審査曲と重複してはいけない

 (C)1900年以降に作曲された作品

 (B)ショパン 練習曲作品10または作品25より1曲 

 下記の(A)、(B)、(C)の順に演奏する。演奏時間は合計20分以上25分以とし、繰り返しは自由とする。

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4p1100114s   2018‎年‎3‎月‎14‎日 高松国際ピアノコンクール

◆仙台国際ピアノコンクール応募規定

 任意の独奏曲で、35分以上かつ40分を超えない演奏時間のリサイタルプログラムを構成し、演奏する。

 ただし、下記の作曲家の作品から1曲以上、かつ、10分以上の演奏を含めなければならない。

 J.S.バッハ,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェン,シューベルト,メンデルスゾーン,ショパン,シューマン,ブラームス

 ・曲数、各曲の長さについては特に指定しない。ただし、ピアノ・ソナタを選んだ場合には全楽章を演奏すること。

 ・特殊奏法(内部奏法、プリペアドピアノ、トーンクラスターなど)を含む作品は選択の対象外とする。

5p1070080s

6p1070067s

  ‎2019‎年‎5‎月‎27‎日 仙台国際ピアノコンクール

2019-06-08   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

接骨院で治療中の携帯使用に呆れ

 3年ほど前、脊柱管狭窄症にかかり、大垣市民病院の医師から、加齢現象で骨が縮んでいると言われた。しかし治療法はないと宣告された。そこで知人の紹介で、大垣市民病院の近くの接骨院にかかることにした。

 

違和感

 この接骨院で最初に違和感を覚えたのは、初診の時、まだ院長の診察も終わっていないのに、そのまま、電気マッサージ治療を受けさせられたことである。常識的には、問診、診察があり、それでどんな治療をするかを決めるはず。それが診察なしで、いきなり電気マッサージ治療である。

 また、そこで電気マッサージ治療をしているとき、隣で同じく電気治療をしている男性が、携帯電話で長々と通話を始めた。病院の治療中の携帯電話使用に違和感を覚えて、院長にその苦情を言ったら、その回答が、呆れた。

 「携帯に出ることで、治療が中断し、待っている患者さんが迷惑する。だから、治療中の携帯電話を許可している。」

 私はその論理に呆れて、その接骨院に行くのを止めた。幸いなことに、いつの間にか、腰の痛みも自然治癒で少なくなっていた。

 

結論

 このため、初診の扱いに不信感を覚え、携帯電話の扱いで、これは駄目だと結論付けた。また領収書も、その場ではくれず、1週間後しか渡してもらえなかったこと。

 院内の掲示板には、保険適用の警告書も掲示してあり、なにか違和感を覚えた。健康保険の制度を悪用した、接骨院の療養費の不正請求が問題になっているようだ。その関係でなないかと思う。

  

危機管理

 自分の体を預ける医師には、心して選択が必要である。接骨院の医師には、「接骨医」・「整骨医」の名称も使用されることがあるが正式には、「柔道整復師」の名が正規である。だから医師ではない。

 自分の命を預ける医師、柔道整復師には、違和感のある人や価値観の合わない人を避けるのが、危機管理である。

 

2019-06-08   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2019年6月 7日 (金)

離陸の美しさ

 2019年6月5日、病後のリハビリを兼ねて、セントレアに飛行機の撮影に行ってきた。セントレアのターミナルビルから出て、展望台の先端までの距離がいつもより長く感じて閉口した。今までは苦にならなかった400mを歩いて、つくづくと体力の低下を痛感した。この4か月間で、16キロの体重減である。体が軽くなったから、軽快に動けるかと思ったら、エンジンの馬力も減ったようだ。途中で一度休まないと展望台の先端までの400mが歩けない。結局、疲れて1時間弱ほど飛行機の離着陸を撮影して、いつもよりも早く引き揚げた。

 それでも、リハビリとしてかなりの距離を歩いたので、効果はあった。翌日朝の体温がいつもより0.2℃も高かった。熟睡もできた。健康は運動からである。

 当日は、病院に定期検診に寄り、昼からセントレアに到着したので、風向きがいつもと逆で、離着陸方向も逆になった。そのため着陸場所は遠く、着陸の撮影が上手くいかなかった。その代わり、離陸の姿を多く撮影出来た。

 

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セントレアの展望台 この先400mが撮影地点

 

人生の再離陸

 飛行機の離陸の姿は、元気を与えてくれる。重力に逆らって、遮二無二エンジンパワーを上げて、地面を離れたら機種を急角度に上げて、飛び立っていく姿は感動である。しずしずと上空から降りてくる着陸とはまた、違った趣がある。

 

離陸というスタート

 病を得て人生療養中の身には、離陸の姿は、人生の大空に向けて、再度飛び立とうという気持ちにさせてくれる眺めである。

 離陸する飛行機は1機だけではない。いろんな会社、国の飛行機が、それぞれの目的地に向かって飛び立っていく。自分も、人生で抱えるプロジェックとは一つではない。私も今まで多くのプロジェクトを飛ばしてきた。これからも夢あるプロジェクトを飛ばせたい。それには、まず離陸させないと、何事も始まらない。何事も始めるのに、遅すぎることはない。離陸の姿を見て、死ぬまでにやりたいことを、一つずつ離陸させようという気持ちが湧いてきた。

 セントレアのレストラン街はアジア系の人で賑わっていた。この場所は、私に刺激を与えてくれた。

 

生死

 離陸する飛行機と着陸してくる飛行機の数は同じである。飛び立てば、必ず着陸せねばならぬ。プロジェクトを始めれば、必ずその終結がある。生まれれば、必ず死がある。飛行機の離着陸は、人生を感じさせてくれる風景である。

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2019-06-07   久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

遠縁の菩薩---「ご縁の見直し」を告げる

 モノを贈呈すると、その反応でその人間性が明らかになる。贈呈した本代は無駄になるが、その出版社や人の本性の調査費と思えば安いもの。その反応で、今後の人生の交友関係を見直せばよい。そのご縁を授けてくれると思えば、ありがたい逆縁の佛様である。人生の交友関係は、人生の宝であり、時間の塊である。それを見直すことは、自分の人生価値を高めてくれる。人生時間は有限である。

 自分の残り少ない人生で、価値観の違う人、感謝の念のない人と付き合うと、時間を奪われ、己の魂が汚される思いである。音楽家や、音楽関係者、バレエ等の指導者でも、そんな人が多くみられ、私は今まで不快な思いを多くしてきた。

 

「無視」という返礼

 私が心血注いで作成した写真集BDやビデオBDを進呈しても、礼一つ言わない、礼状も寄こさない人が多い。写真集BDやビデオBDを贈る相手は複数人なので、その費用は半端ではない。時間レートで計算すれば一枚で、千円、二千円もかかる。別に金儲けのためで、BDを進呈しているわけではない。あくまで好意とご縁への感謝で贈呈しているので、それでヨシとしている。

 しかし同一人物から何回も無視されると、考えてしまう。それも相手がもらって当然という反応を見せられると、考えてしまう。無視は愛の対極の表現で、最大の侮辱なのだ。愛の反対は憎悪でなく、無視である。そういう不感症の人たちに付きあっていると、人生が暮れてしまう。そういう人たちとは縁を切るに限る。人生では、そんな人と付き合っている暇はないのだ。付加価値の高い人と付き合うべきなのだ。時間は命なのだ。

 

交友関係という逆縁の菩薩

 10年来、わが家が盆暮れの中元、歳暮を欠かさなかった家がある。結局、その家から電話だけの礼はあったが、その返礼は来なかった。非常識とは思っていたが、その家とはしがらみがあったので、その中元、歳暮は継続した。ずっと違和感を覚えていた。今回、私の病気の関係でトラブルが発生し、思い切って縁を切ることにした。今後もその家と付き合って、得るべきものはないと結論を出した。今回の病気は、逆縁の菩薩様であった。病気は、人生の交友関係の病状も明らかにしてくれる。

 

非常事態での真心の露見

 非常事態の対応を見ると、そこから真の友人の姿が浮き彫りになる。東日本大震災での支援状況を見ると、そこから国家の徳が明らかになる。それが明徳である。下表は日本赤十字社宛ての義援金リストである。台湾が絶対額でも大きく、アルジェリアと台湾が一人当たりの義援金で、群を抜いている。オーマン、タイ、スイス、アルジェリアの親日ぶりに刮目した。また台湾と中国の差が182倍であるのも驚くべき差である。また米、仏、英と韓国との差もあまりの大きい。もっと親日国家との友好を見直すべきだと思う。日本の不幸を喜ぶ国との付き合いは考えるべきだ。

 

一人当たりに義援金換算

 オーマン  330円/人

 台湾     124

 スイス    70.6

 タイ     30.4

 アルジェリア 22.5

 米国      9.59

 フランス    7.68

 英国      6.97

 韓国      4.22

 中国      0.68

Photo

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mo-mo-さんのブログより

https://ameblo.jp/potuta3/entry-11507598693.html

 

2019-06-07 久志能幾研究所通信 小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

遠縁の菩薩---致知出版社の腐臭

 馬場恵峰先生の書による『佐藤一斎著「言志四録」51選集』(2,800円)を出版したので、その図書を贈るのに相応しい会社と思って、2019年1月23日の徳望塾の会場で、致知出班社の藤尾社長と担当者2名にその書を贈呈した。また徳望塾の言志四録の講師にも贈呈した。

 この図書の出版は、2月12日の手術では死をも覚悟して、葬儀の段取り、死後50年間の法要、公正証書の遺言書まで準備した上での終活の一環の仕事であった。 

 

無反応

しかし致知出版社の藤尾社長と社員2人からは、誰一人、お礼の言葉も礼状も来ない。社長が礼状を出さないから、社員が出さないのは当然だろう。部下は上司の背中を見て行動する。納得である。5年以前に藤尾社長に自著の図書を贈ったら丁寧な礼状がきた。それを思うと致知出版社は変質したようだ。

 また、今、私が取り組んでいる「言志四録の言葉を馬場恵峰師揮毫板で岩村へ寄贈」プロジェクトへの協賛のお願い書も添付したが、それも無視された。

 私は、この「佐藤一斎著「言志四録」51選集」の出来栄えが悪く、出版の専門家からは評価外と判断されたかと心配になった。

 

熱い礼状

 しかし徳望塾の言志四録の講師からは、本書を絶賛されて、「かつて心ある先達から勝川華舟浄書『言志四録』を頂戴し、大切にして参りましたが、馬場恵峰先生の書は、またそれを上回る趣きがあり、うちの宝が二つになりました」との手書きの熱い礼状が来たので、ほっとした。この本は、馬場恵峰先生も私も心血を注いで作ったのだ。ますます致知出版社の社長たちの対応に疑問を感じた。

 

志の変質

 致知出版社は、人間学を中心に「言志四録」関係図書の販売活動に力を入れている。私は、それに疑問を感じるようになった。

 私は、致知の人間学のこだわりに惚れて、月刊「致知」を20年間も購読している。それも総て残している。致知も創刊以来40年が経過して、その志が少し風化してきたのかもしれない。致知も部数が増え、創刊当時の発行部数の目標値を達成して、胡坐をかく状況になったのかもしれない。これでは百年の恋も冷めた心境である。

 現在の致知は、人間学の上っ面に走り、金儲け優先の姿勢になったのではないかと懸念している。一事は万事に通じる。それ以外に4件もの不快事項も重なり、偶然のことではないと確信した。致知出版社と付き合いでは、少し距離を置くようになった。

124k8a10911s  馬場恵峰書「佐藤一斎著「言志四録」五十一選訓集」

  久志能幾研究所刊

 

2019-06-01   久志能幾研究所通信 小田泰仙

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