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2023年2月

2023年2月16日 (木)

文句を言わず、行動  慈工程完結

馬場恵峰師の人生

 どんなことでも文句を言わない。試練として受け入れる。

 行動を伴なわないお祈りをしないと成就しない。祈ると同時に、それにふさわしい行動を取ること。

 自分が変わらないと周りも変わらない。自分が変わろうとしない限り、何も変わらない。 

   明徳塾で 馬場恵峰師  2006年5月28日

 

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 馬場恵峰師 明徳塾にて 2006年6月28日

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トヨタの生産

 トヨタ生産システムでは、「前工程は神様、後工程はお客様」という。前工程から流れてきた部品は、文句を言わず、作業指示書通りに作り、後工程に流す。神様に文句を言っても無駄である。自工程で完璧にしないと、後工程に迷惑をかける。

 自分達の工程で問題があれば、自分達でカイゼンに取り組んで、問題を無くす。自工程完結である。後工程に不良品を流さない。それがトヨタ生産システムの原則である。

 

 KK問題は、後工程という日本社会に人間の不良品を流したと同じである。その製造責任者に責任がある。親の責任である。

 

私の人生

 出会った事件や降りかかった事件は、自分を成長させてくれるご縁である。その事件では、みんな同じ条件である。文句を言わず、その事件を解決する知恵を出して、対処する。その回数が多ければ、その分、大きく成長する。私はそうやってきた。回避したり、文句を言うだけで、何もしないのが一番悪い。その事例を避けても非難されない事例をも受け入れるが、人生修行である。

 大きな社会現象では、微力な自分ではなんともできない。しかし自分の範囲内(自工程)で、出来ることは当然として、できない事にでも最大限の努力をする。できなくてもよい。それの対策を考え続け、対策を打つだけでよい。大河に一滴を注ぐつもりで、成果が出なくてもよい。他からの援助が無くてよい。覚悟して取り組む。私の哲学「自工程完結」である。

 

大垣行政

 大垣行政に不満があれば、市役所に意見を出せばよい。お祈りしても大垣行政は良くならない。市民が黙ったままで行動しないから、汚役人はやりたい放題につけあがる。ゴミ袋有料化政策が良い例だ。

 ゴミ袋有料化議案に賛成投票をした市会議員に、次回の選挙で投票しなければよいのだ。議員の誰が市民の敵かを見極めよう。それが多くの市民のための慈しみの行動である。それが慈工程完結である。

 

2023-02-16  久志能幾研究所通信 2617  小田泰仙

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2023年2月15日 (水)

豊田章一郎 座有銘 天地人知仁勇、決断の成果

 

 豊田章一郎氏が2月14日に亡くなられた。ご冥福をお祈り申し上げます。

 

久志能幾研究所通信: 豊田章一郎の座有銘 天地人知仁勇

yukioodaii.blog.enjoy.jp/blog/2022/09/post-fff9.html

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 私は、豊田章一郎氏の座有銘「天地人知仁勇」を知り感銘を受けた。

  喜一郎はよく「天地人知仁」といっていた。企業にとって大切な要素がそれらだということです。タイミングがよくないといけない、場所もよくないといけない、それから人の和ですね。知は「知恵」、仁は「思いやり」。私流の解釈ですが、私はそれに「勇気」の勇をつけて「天地人知仁勇」を座右の銘にしております。(豊田章一郎)

 私は、トヨタの中興の祖・三代目社長石田退三が大事にしていた児玉源一郎のことばも大事にしている。

 「何でもわるいことに使う金でなければ、あとからそいつは何とでもなる。金のことをトヤカク考えていて、やらねばならぬことの時期を失するなぞ、おおよそ馬鹿げている」  石田退三著『トヨタ語録』P174 WAC

 この考えが、現地現物やジャストインタイムのトヨタ生産システムを生み、トヨタの世界展開を推進し、業務改革を推進し、世界一の自動車メーカに成長する礎となった。

 また、この考え方は、古希を迎えた私が、新しい家を買う決断を後押しすることになった。豊田章一郎氏の「天地人知仁勇」と児玉一造氏の「悪いことに使うのでなければ、カネは何とかなる」の教えを守ってきた因果である。トヨタ教の教義である。

 児玉一造は、明治から大正期の実業家で、東洋綿花株式会社(トーメンを経て豊田通商と合併)を創設した。児玉一造は、豊田利三郎トヨタ自動車工業初代社長の実兄である。石田退三氏の上司でもあった。

 

その決断の2年後

 私がその家を購入後、2023年で2年が経過した。その結果として当時、無謀な決断のように言われたが、現在、その決断をして良かったと回想している。

 この家は、現在、自分の仕事部屋、仕事の来客用の応接間、ピアノ室、写経室としても活用している。

 また自宅で溢れる本を収納するの書庫としても活用している。今回、本箱を12台も新設した。80 ×25 ×180㎝の本箱を12台である。

 現在、その家の倉庫は、町内の会議室として活用している。また町内の防災準備として水、食料品、防災トイレの仮保管庫としても提供しており、町内から感謝されている。

 また馬場恵峰先生の書の展示室としても活用している。山路徹先生作のテーブル等の作品も多数、設置出来ている。町内の会議室用として、山路先生にトチ材のテーブルを特注で作ってもらった。残りの4つのテーブルは、山路先生から無償提供を受けた。有難いことだ。きっと仏様からのご配慮だろう。だから今「悪いことに使うのでなければ、云々」の言葉を噛みしめている。

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 仕事部屋 兼 応接室  3つの机は山路徹先生作

 右手の机は、立って仕事をするための特注机。だから椅子はない。

 左手にあるドラフターの設置は長年の夢だった。

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 馬場恵峰先生書を展示する座敷

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  座敷  机と椅子は山路徹先生作

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 写経室 机は山路徹先生作

 

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 ピアノ室のヤマハNS1000M  スピーカー台は山路徹先生作

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 ピアノ室

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 集会場 兼 仮防災倉庫 100インチの電動スクリーンを設置

 5つの机は山路徹先生作、 奥は防災トイレと水、食料品の置場

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  山路先生作のトチのテーブル

  椅子は飛騨木工産で、山路先生から格安で譲ってもらった。


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  防災トイレと水、食料品のストック

  現在、町内の住民の1日分の防災トイレと水、食料品を備蓄中。

  順次3日間分に増やす予定。

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2023-02-15  久志能幾研究所通信 2616  小田泰仙

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2023年2月14日 (火)

言志四録 吾が心を礼拝す

 

 幸せになりたいと神にアーメンと祈る。極楽に行きたいと仏様に念仏を唱える。しかし、何度も祈っても、何千回も唱えても、神佛は見守っているだけで、何もしてくれない。他力本願では幸せになれない。自分を幸せにするのは、吾である。

 その幸せは自分の心が決める。幸せになるための行動は、自分の心が決める。それなのに、どうしてその吾が心を拝まないのか。その行動を決めるのは自分だ。その行動が、幸せになるために、「それでよいか、良いか」と自分に問い、反省を繰り返すべきなのだその反省もせず、猪突猛進するから墓穴を掘る。

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    馬場恵峰書『佐藤一斎著「言志四録」五十一選訓集』久志能幾研究所刊

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吾とは

 「口」は神様へのお祈りに使う器、「五」は木の枝を交差させて2重に重ねた蓋を表す。ここから「吾」には「(祈りの効果を)とどめる、防ぐ」の意味がある。

 

六根清浄

 六根(仏語)は人間の認識の根幹である。心的作用にはたらく六つの器官を言い、対象に応じた認識思惟の作用のある器官をいう。その6つとは、眼根、耳根、鼻根、舌根、身根、意根である。それが我欲などに囚われては、正しい道(八正道)を往けない。そのため我欲を断ち、心を清めることを六根清浄と言う。そのためには、不浄なものを見ない、聞かない、嗅がない、味わわない、触れない、感じない、を実践することだ。そのために、修行として俗世との接触を絶つ山籠もり等が行なわれる。

 

八正道

 八正道とは、涅槃に至るための8つの実践徳目である。その8つとは、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。八正道は釈迦が最初の説法において説いたとされる。

 

正見

 「正しく眼の無常を観察すべし。かくの如く観ずるをば是を正見と名く。正しく観ずるが故に厭を生じ、厭を生ずるが故に喜を離れ、貪を離る。喜と貪とを離るるが故に、我は心が正しく解脱すと説くなり」と釈迦は説かれた。トヨタ生産システムで言えば現地現物である。松下幸之助翁が説いた「素直な目で視よ」である。

 

 

思惟

 正思惟とは、正しく考え、判断すること。出離(離欲)を思惟し、無瞋を思惟し、無害を思惟する、である。逆に避けるべき思考は、邪思惟である。

 

 

正語

 正語とは、妄語(嘘)を離れ、綺語(無駄話)を離れ、離間語(陰口,仲違いさせる言葉)を離れ、粗悪語(誹謗中傷,粗暴な言葉)を離れる、である。

 

正業

 正業とは、殺生を離れ、盗みを離れ、非梵行(性行為)を離れることをいう。五戒の不偸盗、不邪婬に対応する。この二つは正思惟されたものの実践である。

 

正命

 正命とは、殺生などに基づく、道徳に反する職業や仕事はせず、正当ななりわいを持って生活を営むこと。命は単なる職業というよりも、生計としての生き方をさす。

 

正精進

 正精進とは、四正勤、すなわち「すでに起こった不善を断ずる」「未来に起こる不善を起こらないようにする」「過去に生じた善の増長」「いまだ生じていない善を生じさせる」という四つの実践である。現代風に言えば、危機管理、再発防止、予防保全である。

 

正念

 正念とは、四念処(身、受、心、法)に注意を向けて、常に現在の内外の状況に気づいた状態が「正念」である。トヨタ生産システムで言えば、5S(整理整頓清掃清潔躾)、現地現物である。

 

正定

 正定とは、正しい集中力の完成である。この「正定」と「正念」によってはじめて、「正見」が得られる。いわばカンバン方式のジャストインタイムである。

 

唯我独尊

 自分が神仏になって、八正道を実践すれば幸せになれる。誰にも頼らず、神仏にも頼らなくて済むので、ストレスなく生きていける。超楽ちんである。それが唯我独尊である。トヨタ生産システムで言えば、自工程完結である。

 「世界で尊いのは、この世の存在する全てである。我々は、ここに生まれてきたが、再びは生まれない。この広い世界に生れてきた我々には、各人に与えられた尊い使命がある。そのために我々が解脱する。それが唯我独尊である」と釈迦は説かれた。

 

 

2023-02-14  久志能幾研究所通信 2615  小田泰仙

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2023年2月13日 (月)

宿命の東日本大震災、運命の新しき風を起こせ、Keep up Japan 

 

 2023年3月11日で、東日本大震災が起きてから12年である。干支が一巡する。厳しい訓練を経た選手が世界一の成績を上げる。同じように、日本は厳しい自然災害の訓練というべき試練を何度も受けてきた。それだけ日本民族は、より強靭となり、防災意識も高くなった。運命共同体の結束意識も高くなった。災害に対する対策を続けて、国土も強固になった。多くの地震被害を受けて、耐震強度のある家が増えた。防災環境も整ってきた。厳しい自然現象が日本人を育てた。

 それと比較すると他国の脆弱ぶりが明らかになる。2023年2月6日に起きたトルコ大地震では、東日本大震災を上回る死傷者が出ている。トルコには耐震強度のある家が少なかったようだ。火事場泥棒も頻発している。隣国で起きた地震でも、建物倒壊は日本の比ではない。

 

危機管理

 人知を超えた自然災害は、人間の手では為す術もない。出来ることは、その被害を最小限にする事前対策と、その後の手段を考えておくことだけだ。防災対策こそが危機管理である。それをやることが人生の強靭化である。

 

人生の災害

 そんな大きな自然災害でなくても、自分の人生では、交通事故、突然死、肉親の死、会社の倒産、受験失敗、左遷等、それに匹敵する災難が目白押しである。それで挫折してしまったら、人生の終わりである。災難で倒れることが恥ではない。そこから立ち上がれないのが、恥なのだ。

 そういう試練は、神仏が己を試している。これでも幸せになれるかい?と試している。宇宙という大きな世界で、自分というちっぽけな世界で生きている人間は、儚い存在だ。この自然界で大災害が起きて当たりまえである。

 己が自然災害の多い日本に生れたのは宿命である。その宿命の中、運命を良い方に変える取り組みをすればよい。だから心身ともに強くなればよい。倒されたら、起き上がればよい。過去の悲しみを慈しみ、人を励まし、未来を見つめて前進する。それが日本人だ。そうやって日本は前進してきた。先人の歴史を学ぼう。

 今、私は2035年±5年に起きると予想される南海トラフ大地震の準備で忙しい。

 

試練に立向かう

 私も会社では辛い目に何度もあってきた。それを打破しようと多くの本を読み、師を探し、研修会に参加して、自分を成長させてきた。試練が自分を育ててくれた。

 だから皇室特権を利用して、ぬくぬくと試験等の試練をやり過ごしてきたKK親子に、国民が共感するはずがない。言われなきバッシングを受けてきた現皇后陛下雅子様に、日本国民は、より親近感を抱くはずだ。

「新しい風」

 私は東日本大震災の被害を受けた人々の姿を表現した中島清画伯の「新しい風」をデパートで見付けて、購入し、自宅に飾った。それを見ていると勇気をもらえる。

 絵の右部は、災害を受けて悲しんでいる姿である。それに寄り添っている子の持つ袋に「Cheer up! Japan」の文字がある。

 中央部は仲間が被害者を励ましている姿である。国民が支援している姿である。被災者を見つめる子の帽子に「FUKUSHIM」の文字がある。

 左部は、その悲しみを乗り越え、未来を見据える子供の姿である。帽子に「Keep up Japan」の文字がある。そこに新しい風が吹いている。

 

山路徹先生作の台

 その絵のイーゼル代わりに使っている台は、山路徹先生作である。その台はもともとスピーカー台用に作ってもらった。それが不要になったので、このイーゼルとして再活用した。サマになって気に入っている。

 

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 右側部  過去の悲しみと国民の慈しみの目

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 左側部  未来を見つめる目

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   山路徹先生作の台

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2023-02-13  久志能幾研究所通信 2614  小田泰仙

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人工甘味料は腸内環境を破壊するヤクブツ

 

 人工甘味料は腸内環境を崩壊させるヤクブツ(厄佛・薬物)である。「佛」とは人に「非」ずと書いて「佛」である。薬は基本的に毒である。

 人工甘味料は自然界の砂糖の600倍の甘みがある。製菓メーカはコスト削減のため、人工甘味料を多用する。人工甘味料の入ったお菓子を食べることは、いわば自国を守っている自衛隊を蛇の生殺しのようにすることだ。体の免疫酵素はいわば体の自衛隊である。免疫酵素は、入ってきた異物と黙って戦ってくれている。しかし免疫酵素も数多く戦えば、疲労困憊し、弱体化する。人工甘味料はその腸内善玉菌(免疫酵素)を殺すか、弱体化させる。

 

免疫酵素への影響

 人工甘味料を食べてもすぐ死ぬわけではない。しかし、それを食べれば、確実に腸内善玉菌の活力を削ぎ、自己免疫力を低下させる。安全が保障された人工甘味料でも、それは自然界に存在しない物質なので、体にとっては異物である。体に入ってきた異物は、体が防衛機能を発揮して、その処理に余分のエネルギーを使う。だから免疫酵素がその対応で疲れてしまい、新型コロナ菌や、他の毒性のある菌への防御力に手が回らなくなる。

 女性なら、お肌への影響や、髪への影響もあるだろう。女性の乳がんはこの40年間で4倍になった。その原因の一つが、甘いものの多食と推定される。甘いものには毒がある。美味しいものにも毒がある。美しい花にはトゲがある、と同じである。

 人工甘味料の消費とがん発症率は比例していると私は推察する。昔はこんなにも甘いものは氾濫していなかった。体は微妙なバランスで健康を保っている。それを破壊するのが、人工甘味料のようだ。それは自然界には存在しない化学物質なのだ。免疫酵素にとっては異物である。

 

ドクターストップ

 私は、主治医の真島院長(久留米市の真島消化器クリニック)から、人工甘味料の摂取を禁止されている。サッカリン、セルロース等のカタカナ名の人工甘味料は、腸内環境を崩壊させるので禁止である。

 その人工甘味料は厚生省から認可されていても、安心は禁物だ。役人は利権という餌でどうにでもなってしまう存在だ。過去の事例でも、厚生省が認可した添加物、医療品で多くに事故が起きているのは冷酷な事実だ。添加物の短期の安全性は確認できても、長期の安全性は未知なのだ。日本の添加物、防腐剤等の認可数は、欧米の10倍以上もある。日本の役人は安易に認可するから、薬品の隠れた医療事故が絶えない。今のコロナワクチンでも隠れた死亡事故が多いようだが、厚生省は、その死亡事故をひた隠しである。

 若く基礎体力があるうちは良いが、老いて全体の体力や免疫力が低下した状態で、人工甘味料を多食すると、テキメンに免疫力が下がる。だから新型コロナウイルスに感染しても、高齢者の死亡率は極端に高い。

 

レクサス店で人工甘味料

 今日(2月12日)、レクサスIS500を見るためレクサス店に行ってきた。画廊Saganの「山路徹個展」へ行くため、寄り道である。

 レクサスIS500は排気量5000CC、自然吸気エンジンで後輪駆動のスポーツカーである。お値段1000万円弱。今は買えなくとも、いつか買いたいという若気の至りである。欲しいという熱意があれば、何時かは実現すると思う。「若さの気」を保たないと、老化は坂を転げ落ちるように、老化スピードが速まる。夢を持つことは老化防止なのだ。

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 そこで、コーヒとお菓子が出た。洋菓子と和菓子の選択があったので、和菓子の「きな粉餅」をリクエストした。ところが出てきたその和菓子に人工甘味料「トレハロース」が入っていた。レクサス店ともあろうが、なんて不健康な接待をするのかと、がっかりである。

 「トレハロース」は安全だと信じられて多く使われている。しかし最近、「トレハロース」が危険との論文が英国で発表され注目されている。

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英誌がリスク指摘 食品添加物トレハロースは本当に安全か

 「トレハロースは、シイタケなどのキノコ類にも入っている天然の糖質です。食品添加物としてはイモやトウモロコシなどのでんぷんに酵素を加えて生成し、パンやご飯、お菓子、肉、魚の加工品などに入れます。甘味料だけでなく、保存料としての役割もある。その一方で、腸の中では菌の栄養になり、食中毒を引き起こすとみられます」

英誌がリスク指摘 食品添加物トレハロースは本当に安全か|日刊ゲンダイDIGITAL (nikkan-gendai.com)

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/221758/2

 

 またご丁寧にコーヒフレッシが添えられている。常温で1年以上も放置しても変質しない人造ミルクである。人間の食べるものではない。私は健康上の危機管理で、絶対にコーヒフレッシを入れない。

 レクサス店に行く人の大半は、健康に留意をしており、コーヒはブラックのはずだ。希望者だけコーヒフレッシ、砂糖を出せばよいはずだ。本当なら、コーヒフレッシではなく、本物のミルクを出せばよい。それなら安心だ。

 いくらレクサス車の安全性が高くても、食いもので体を痛めつけては、本末転倒である。外の敵よりも、内なる敵が身を亡ぼす。

 

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自己防衛

 私は家でのお菓子は、和菓子の最中ばかりである。その最中の餡は、昔ながらの製法で、砂糖、寒天以外には入っておらず、安心して食べられる。私はお菓子を買う場合、裏の成分表で体に悪いモノが入っていないことを確認してから購入している。人工甘味料入りはご法度である。私は自宅へ来られるお客様にも、この最中を出している。

 自分の城は自分で守れ、である。

 

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 私がいつも食べている和菓子

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2023-02-12  久志能幾研究所通信 2613  小田泰仙

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2023年2月11日 (土)

「何処でもヘリ」と「愚かの素」で山路台を飾る

 

 私の家の玄関には、ラジコンヘリコプターと勤続20年記念時計、40年前のドットプリンターが展示してある。もう使わないからと断捨離などとんでもない。自分史の一頁を飾る品である。今でも大事に保管している。

 それを置く芸術的な展示台は、山路徹先生がプレゼントしてくれた。その台は、自分が人生の山有り谷ありの山路(やまみち)を歩いてきた象徴である。

 

ラジコンヘリコプター

 私はドラえもんの「どこでもドア」が大好きだ。そうありたいと身軽にあちこちに出かけて、どこでも出没している。人様も、私のフットワークの軽さに驚いている。その行動の象徴として、「どこでもヘリ」としてラジコンヘリコプターを玄関に飾った。これは山路徹先生が紹介してくれた骨董屋で入手した。このラジコンヘリは飛行可能のはずだが、飛ばす予定はない。あくまでインテリアとして1万円で購入した。それを眺めていると幸せホルモンが噴出してくるのを感じる。元気になる。

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記念時計

 時計は勤続20年記念として会社から1993年に贈呈された。勤務中のことで「会社を辞めてやる」と思ったことは多かった。宮仕えとは辛いものだ。しかし20年間も勤続すると、よくやったねと自分で自分を褒めてあげたい気持ちになる。その年、私は課長に昇格した。前年に母が亡くなり、課長昇格と同時に別工場の別事業部に異動させられた。私の激動の時代の始まりを象徴した時計である。その直後、リーマンショックが起き、リストラが始まった。異動した部署は仕事が忙しく、会社の稼ぎ頭であり、リストラどころではない。以前の職場からは、「良い時に異動したね」と羨ましがられた。何が幸いするか、まさに塞翁が馬である。

 その後、私は定年まで勤めることが出来た。ところが、その勤めた会社は創業65歳で挫折して、合併して会社名が変わってしまった。何事も永続するとは、苦難の道なのだ。この時計を見ると、それを思い出す。

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プリンター

 テーブル下のドットインパクトプリンターは、40年前に購入したパソコン(オフコン扱い)のプリンターである。パソコン一式は定価500万円40Mの外付けハードディスクが100万円、このプリンターは40万円であった。定価500万円は当時の私の年収に近い。

 当時、初めて5Mのハードディスク付きで発売されたPC9001M3が40万円であった時代である。同時に40Mの外付けハードディスクを100万円で購入した。今なら100倍の容量の4テラバイトのハードディスクが1万5千円である。この性能のプリンターは、今なら2万円ほどで手に入る。当時の標準機扱いのPC9001との性能差は、軽自動車とベンツの差である。だから使っていて極楽であった。それで私はコンピューターにのめり込んだ。

 科学技術の進歩は、必ずしも先駆者を幸福にしない。しかし安くなるまで待っていては、時代に乗り遅れる。当時は、自分がこんな高いPCを買ってしまい、何と愚かなことをしたのかと、後悔半分で、買った勇気も褒めてやりたい気持ちであった。しかし愚かだからこそ誰よりも先に時代の最先端を行ける。ジョブズがスタンフォード大学でのスピーチで、「ハングリーであれ。愚かであれ  “Stay hungry, stay foolish.”言った。それが当時の自分であった。その勇気と愚かさを思い出させてくれる私の技術後悔遺産である。

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バタフライエフェクト

 このPCを買って、プログラミングに熱中したため、コンピューターに強くなり、構造化言語もマスターし、機械語もかじり、フローチャートにも精通出来て、仕事に役立てることが出来た。そのお陰でこのPCを使って実施したSQC研究事例で、論文を書くことになった。それは私の業務外の仕事で、上司も驚いたようだ。その論文を掲載した図書が、日本経済新聞社の1992年度の日経図書賞を受賞し、それで社内で社長賞を受けることになった。

 人生の成功とは、カネが貯まったことではない。仕事の達成感を味わうことだ。幸せになることだ。人生経営は、芸術なのだ。そして自分史に刻んだ思い出こそ、人生なのだ。その思い出が何もないなら、真剣に生きてこなかったことになる。

 

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2023-02-11  久志能幾研究所通信 2612  小田泰仙

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2023年2月10日 (金)

バックアップとは、人生の危機管理 HD

 

 私のミドルタワーのPCは、データ保管として4テラの内臓ハードディスク(以下HD)を2台装備している。主メモリーはSSDである。そのためバックアップに毎月、8テラ分のバックアップを取っている。そのため8テラのHD内容を、外付けの4テラのHD2台セットで、3回分のバックアップが取れるようにしている。

 私は、PCを40年間も使ってきて、今までに3回ほどHDがクラッシュした苦い経験がある。クラッシュすれば、今まで溜めてきた大事なデータが忽然と消える。泣きである。どんなものも生老病死である。この業界では、HDは準消耗品的な扱いである。だから大事なデータのバックアップは必須として始めた自己防衛策である。

 PCデータは文書、写真データ、映像データ、音声データ、講演会データがある。昔の古い写真やネガフィルムもデジタル化して保存をしてある。写真データの画素数が急増したので、極端に分量が増えてきた。作り上げたデータは自分史の記録である。思い出こそ人生である。それを失ったら認知症である。

 

 

ハードディスクの状態

 HDのデータ記録書き込み読み出しのヘッドは、毎分5,000回転程の高速度で回っているディスク上を数ミクロンの距離で浮いている。そのヘッドの大きさと浮いている距離をジャンボジェットに例えると、地上5センチ上を浮いて、高速で飛んでいると同じである。だからHDの事故は当たり前。壊れることを前提に使わないと怖しい。使用中にHDに振動を与えるのはご法度である。

 また密閉式のHDは準消耗品的な扱いで、ヘッド(ライナー)の寿命がハードディスクドライブそのものの寿命となる。

  
  磁気ヘッド部分。プラッタが鏡の様にヘッドの姿を写している
    wikipedia ハードディスクドライブ より

 そのHDのデータのバックアップを取らないとは、私に言わせれば狂気の沙汰である。

 前職の会社のホストコンピューターのデータは磁気ディスクにある。その日のデータは、毎日バックアップテープに保存し、そのテープは本社とは距離の離れた場所にトラックで運んで、大事の保管している。大地震を想定した危機管理である。

 自分の作成したデータの保全を考えないとは、人生の危機管理をしないこと。

 

私が守っているバックアップ要点

1 データの圧縮をしない

 以前に圧縮して保管したデータが復元できす、泣いたことがある。だからデータ量が多くても、圧縮せず、そのままバックアップである。データ量が増えれば、HDの容量を増やせば済む話だ。そこでケチるから、泣きが起きる。

 今使っている外付けHDは、バッファロー製のUSB接続の4テラの容量である。価格は1万5千円程。1テラなら1万円ほどである。

2 バックアップはHD 

 データ容量が多いのでCDディスクでは間に合わない。100ギガのブルーレイディスクでも使う枚数が多すぎて使い物にならない。80枚のブルーレイディスクに書き込むわけにはいかない。やはりコストと安定性を考えるとHDである。

 便利な機能は使わない

 私は、自動ミラーリング機能、自動バックアップ機能、差分バックアップなどの機能を使わない。バックアップだから基本に忠実に、月1でそのままバックアップして、ローテーションをして使う。

4 バックアップのHDは、常時は電源を入れない。

 その分、データの安全性が高まる。しかしハードディスクも長期間使わずに置いておくと、回転部分のグリスが固まり、有動作不良の原因となる恐れがある。だから3~4か月一度は使うように、ローテーションで8テラ分を3セットでバックアップしている。HDに何かあっても最悪2か月前に戻れるからだ。

5 多数決で

 コンピューターだって間違えるし、エラーがある。バックアップHDでも、機械である。何時か壊れる恐れがある。人的ミスで壊れる場合もある。だから3つでバックアップである。1つでは不安である。2つでは、間違いがあった場合、多数決で決められない。奇数なら多数決で決められる。

6 状態管理

またハードディスクドライブの状態を管理するため、無償ソフト「CrystalDiskInfo」を時折使って、監視している。HDは消耗品なのだ。

 

7 クラウド保管はやらない

 データのバックアップには、クラウド保管という選択もあるが、私には感性が合わないので使わない。私は古い人間のようだ。クラウドの保管だって、その保管先は巨大なHDであるので、原理は同じだ。それだって生老病死がある。それが壊れない保証はない。

 

 データ盗聴を考えると、保管先が見知らぬ世界にあるので、気持ちが悪い。ネット障害だって頻繁に起きるご時世だ。杞憂と言われても、手元のHDに保管するのが武骨だが安心である。私は頑固に古い手法を守っている。自分の城は自分で守れ。

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   バックアップ用の外付けハードディスク 右側は個別電源スイッチ

 
 

2023-02-10  久志能幾研究所通信 2611  小田泰仙

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2023年2月 9日 (木)

童地蔵とタービンブレードの展示台 山路徹作

 

 写真の展示台は山路徹先生作で、童地蔵とタービンブレード用である。山路徹先生から贈り物であった。

 

 童地蔵は、東京で開催された松本明慶仏像彫刻展で、300体の中からお見合いをして決めた童地蔵である。毎回の松本明慶仏像彫刻展で約300体が売れるという。その300体の童地蔵だが、それぞれ微妙にお顔を違う。その中から選んだ仏さまである。

 

 

 タービンブレードは、2019年にセントレアで購入した。河村義子先生が逝去されて1週間たった2019年1月1日、友人とセントレアの「FLIGHT OF DREAMフライトパーク」に出かけた。そのショップに展示してあったボーイング707のジェットエンジンのタービンブレードカットモデルに、河村先生の面影を発見して、そのカットモデルを購入した。

 そのボーイング707エンジンの誕生年が河村先生の生まれ年が同じで、ジェットエンジンのブレードの役目が、ピアノの鍵盤を叩くことに重なって見えたから、ご縁を感じて購入を決めた。私が飛行機マニアであることも重なった。

 その1週間後、私にがんが見つかり、生死をさ迷うことになった。

 

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縁の下の力持ち

  日本と欧州間の飛行を年間150回するとして、タービンブレード寿命が5年間として計算すると、ジェットエンジンのタービンは約5億回転して、旅客機の推力としての空気を後方に送ることになる。それで多くの海外旅行客を運ぶ仕事を陰で支えている。

 ピアノをモノにするには、一日8時間、10年間続けないと一人前のピアニストになれないという。単純計算で一秒に1回鍵盤を叩くとして計算すると、それを30年間続けると、3億回も鍵盤のキーを叩いてきたことになる。ひたすら鍵盤を叩いて、人びとに安らぎと喜びを与える音楽を世に送り続けているのがピアニストである。

 そのエンジンの製造年が河村先生の生まれ年と同じだと気が付いて、ご縁として購入を決めた。

 

河村義子先生の分身に出会う

http://yukioodaii.blog.enjoy.jp/blog/2019/01/post-d0c9.html 

 

賽の河原の石積み

 三途川の河原は「賽の河原」と呼ばれる。賽の河原は、親に先立って死亡した子供がその親不孝の報いで苦を受ける場とされる。そのような子供たちが賽の河原で、親の供養のために積み石による塔を完成させると供養になると言うが、完成する前に鬼が来て塔を破壊し、再度や再々度塔を築いてもその繰り返しになってしまうという俗信がある。このことから「賽の河原」の語は、「報われない努力」「徒労」の意でも使用される。

 しかしその子供たちは、最終的には地蔵菩薩によって救済されるとされる。

この項wikipedia より

 

 賽の河原の石積とは、親の供養のための童子の願行ではない。それは己が成仏させられなかった己の願行である。「禁煙・禁酒をしよう、毎日散歩をしよう、毎日勉強しよう、毎日ピアノの練習しよう」と願をかけ、最初の数日間だけは実行する。しかし、内なる鬼が「そんなしんどいことは止めて、もっと気楽にしなはれ」と天使の声の如く耳元に囁きかける鬼が出てくる。

 

 今まで積み上げてきた禁煙・禁酒、散歩・勉強の継続という名の「石積の供養塔」を壊すのは、鬼ではなく、怠惰な自分である。成就させることのできず、途中で投げ出した供養塔が、人生でどれほどあることか反省したい。

 幼くして死んだ子は、自分が投げ出した三日坊主の象徴である。賽の河原の石積はあの世ではなく、己の「人生という大河」の両岸にある。チャレンジしては、途中でおっ放り出した死屍累々の山に手を合わせたい。

 

 積み上げた石積を壊す鬼を止めるのが、己の内なる地蔵菩薩である。佛像は己の心を現す鏡である。自分の心には鬼も住めば、佛も宿る。場面ごとに鬼と佛が心の鏡の中に交互に現れる。堕落に誘う鬼の時もあれば、己を厳しく裁く裁判官の時も、救いの佛さまのときもある。すべて自分の心が決める。

 自分の心に住むのは「鬼」である。賽の石積みをしながら、それを壊すのは己の「鬼」である。そんな鬼を誰が育てたのか、自省したい。賽の河原の積み石の「地蔵和讃」は、子供に対する寓話ではなく、怠惰な大人への説法である。「三途川の河原の石積」はあの世ではなく、己の怠惰な心が作る現世の己の姿である。地獄に堕ちる前に、自分を救ってくれるのは、地蔵菩薩という名の自分である。菩薩とはひたすら修行道を歩く佛様である。 

 そんな思いを込めて、このブレードと童地蔵を玄関に飾った。

 

2023-02-09  久志能幾研究所通信 2610  小田泰仙

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2023年2月 8日 (水)

「大垣市未来ビジョン」は、大垣市没落大作戦

大垣という名の恐竜

 恐竜とは、図体ばかり大きくなり、自分の頭で考えられなくなり、危機に際しても的確に動けず、衰退の一途を辿る組織体である。最後は絶滅する。今の大垣市行政、大垣財界、大垣商店街組合の幹部達がこれに当たる。

 生物の世界では、強いものが生き延びるのではない。最も早く環境の変化に適合した種が生き延びる。ダーウィンの法則と言われている。

 この言葉は、1960年代に米国の経営学者レオン・メギンソンがダーウィンの考えを独自に解釈して論文中に記した。それを他者が引用を重ねるうちに、ダーウィンの言葉として誤って伝えられている。

 

「大垣市未来ビジョン」(没落大作戦)を錦の御旗

「大垣市未来ビジョン」は、計画の趣旨を下記に定めている。

 本市では、30年間のまちづくりを進めるにあたり、その目指すべき未来都市像を「みんなで創る 希望あふれる産業文化都市」とする大垣市未来ビジョン基本構想(2018年度(平成30年度)~2047年度(令和29年度))を定め、未来都市像の実現を図るための基本的な施策を体系的に示した大垣市未来ビジョン第1期基本計画(2018年度(平成30年度)~2022年度(令和4年度) 以下、第1期基本計画)を策定しました。この計画は、第1期基本計画における施策を効率的に実施するため、具体的な事業を示したものです。

  2018年3月30日 大垣市公開

 

Photo

 大垣市政は、絵にかいた餅「大垣市未来ビジョン」を錦の御旗に、やりたい放題(お役人や利権者に都合を合わせ)にやってきた。そのツケが今、請求書として突き付けられている。その結果が、人口と公示地価の22年間連続下落である。

 一番大きな「成果」は、「大垣市未来ビジョン」第一期が予定通り終わり、結果としてデパートのヤナゲンが閉店して、駅前商店街の8割がシャッターを下ろして、大垣駅前商店街通りから人の姿が消えたことだ。大垣駅前通りは幽霊通りになった。

 大垣駅前は大垣の顔である。美人コンテストでも顔が最大の価値があり、それで評価が決まる。だから大垣市の公示地価は下がり続けている。大垣の没落である。

 時代は昔の徒歩の社会から、車社会、情報化社会に変化している。その変化についていけないのが、大垣市役人と大垣財界である。

 

 「大垣市未来ビジョン」が誤った計画であったことさえ、石田仁市長は気が付いていない。石田仁市長は、議会で声高らかに、「大垣市未来ビジョン」第2期を進めると宣言したのだ。愚かである。そんな市長が存在するだけ、大垣の恥である。

 「大垣市未来ビジョン」は、役人が割り当てられた頁に字を埋めただけの作文である。そこには何の夢も具体的計画も希望もない。

 その実現のための手段の記載もない。ただ希望的な曖昧な目標値だけが書いてある。そうすれば書いた役人は失敗しても責任を問われないからだ。

 

 例えば、産業の育成で「~支援が必要です」、「~業務効率の向上が必要です」、「~人材育成が必要です」、「~連携した取り組みが必要です」と人ごと表現で、具体的に人・モノ・カネに対する処置の記載は全くない。役人の常套文句「検討します」と同じ文面が並んでおり、読んでいてイライラである。で、どうするのだ? が全く書いていない。

 

大失敗

 「大垣市未来ビジョン」第一期の結果が大失敗であったのに、大垣市は失敗する道を更に暴走しようとしている。まるで旧日本軍の万歳突撃である。前市長もオツムがおかしかったが、現市長も同じである。学校の記憶だけの成績がよいのと、実務が出来るのとは違うのだ。だから前市長は自分の会社を中小零細企業のままで、成長させられなかった。会社も行政も、どちらも経営能力が求められる。福岡市を経営して成功させた高島市長の例をみればよい。

 

万歳突撃

 「大垣市未来ビジョン」第一期が終わっても、人口減少が止まらす、公示地価が下がり続けている。大垣市長はその原因を解明するためのPDCAさえ回さない。まるで大垣市は、恐竜の大きな図体と小さな頭脳と同じなのだ。夏の夜、外に出ようとガラス戸に激突を繰り返す害虫と同じなのだ。

 要は、「大垣市未来ビジョン」は責任を問われるのが嫌なので「何もしません」との宣言である。

 それは利権にしがみ付き、変化を嫌ってきたための行動である。具体的に改善をすれば、手に入れた利権が失われるので、手が付けられないのだ。それが続き、その結果として大垣市は没落した。上がったのは役人の給与だけである。大垣市の役人は、市民の2倍の年収に出世した。全国でも上位である。市民の平均年収は地を這っている。

 

傷口に塩を摺り込む

 その極致の政策が、ゴミ袋有料化政策である。この10年間でごみが35%も減っているのに、増えていると大嘘をこいて市民を騙し、ごり押しである。この物価が暴騰しているさ中、狂気の沙汰である。市民は貧乏になり、役人は利権で太り、ますます大垣市は没落する。

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石田仁市長の仕事始め 訓示

 2023年1月4日に石田仁市長は市役所で課長級以上の職員30名を集め、訓示をした。「4月から「市未来ビジョン第二期基本計画」がスタートすることを踏まえ、厳しい経済状況だが、職員が一丸となり、市民サービス向上に向けて頑張ってもらいたい」と激励した、そうだ。市民サービス向上の第一弾が、「ゴミ袋有料化政策」である。とんでもない市長である。大垣は終わったのだ。

 

資料

大垣市の地価  下落が止まらない

         大垣市地価平均   前年比変動率

 2001年[平成13年]   12万4222円/m2  -7.98%  下落 小川敏市長就任

 2002年[平成14年]   10万8425円/m2  -10.10%  下落

 2003年[平成15年]   9万6470円/m2   -9.65%  下落

  2004年[平成16年]   8万3482円/m2   -8.56%  下落

 2005年[平成17年]   7万3836円/m2    -7.04%  下落  小川敏市政2期目

 2006年[平成18年]   7万2277円/m2    -4.20%  下落 

 2007年[平成19年]   6万8535円/m2   -1.85%  下落

 2008年[平成20年]   6万9942円/m2   -0.16%  下落

 2009年[平成21年]   7万1687円/m2   -1.40%  下落 小川敏市政3期目

 2010年[平成22年]   6万7237円/m2   -2.82%  下落

 2011年[平成23年]   6万5702円/m2    -2.36%  下落

 2012年[平成24年]   6万3941円/m2    -2.41%  下落

 2013年[平成25年]   6万3216円/m2    -2.13%  下落 小川敏市政4期目

 2014年[平成26年]   6万1898円/m2    -1.31%  下落

 2015年[平成27年]   6万1495円/m2   -0.78%  下落

 2016年[平成28年]   6万0585円/m2    -0.57%  下落

 2017年[平成29年]   6万0692円/m2    -0.50%  下落 小川敏市政5期目

 2018年[平成30年]   6万1540円/m2    -0.39%  下落

 2019年[令和元年]   6万2036円/m2     -0.47%   下落 

   2020年[令和2年]  6万1718円/m2        -0.55%    下落 

 2021年[令和3年]     6万0993円/m2   -1.24%  下落 石田仁市政1期目

 2022年[令和4年]     6万0683円/m2  -0.81%  下落

大垣市の公示地価・基準地価マップ・坪単価 - 土地代データより 

 ※変動率は、各地点の変動率の平均となる。(平均地価の変動率ではない)

  https://tochidai.info/gifu/ogaki/

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大垣市の人口推移、減少傾向が止まらない

 大垣は衰退している。それでどうしてゴミが増えるのか。

2006年  166,925 人   この年に上石津町を併合

  一見人口増だが、合併で大垣市の面積が増えたので、人口が増えたように見えるだけ。実質的には人口減の傾向は変わらない。元の大垣市部分は人口減は続いている。人口は微増だが、人口密度は半減した。

2007年  166,960  

2008年  165,420  減少

2009年  164,680   減少  小川敏市政3期目

2010年  164,649   減少

2011年  164,306   減少

2012年  163,134   減少

2013年  162,859   減少   小川敏市政4期目

2014年  162,702   減少

2015年  162,157   減少

2016年  161,992   減少

2017年  161,628   減少  小川敏市政5期目

2018年  161,308   減少

2019年  161,123   減少

2020年  160,485   減少

2021年  159,359    減少 石田仁市政1期目

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2023-02-09  久志能幾研究所通信 2609  小田泰仙

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2023年2月 7日 (火)

山路徹先生と「袖すり会うた縁」

 

 山路徹先生とのご縁は、2011年、大垣のデパート・ヤナゲンで見つけた素敵なテーブルを入手した縁が始まりである。そのテーブルは山路徹先生が製作した芸術的な作品であった。

 

 私は2010年に定年退職して、大垣の実家に戻った。そこから築40年の日本家屋のリフォーム工事を始めた。そうしているうち、ヤナゲン2Fの服販売店で素敵なテーブルを見付けた。それはそのお店が営業用で接客用に使っていた。

 お店を訪れる客は、このテーブルを欲しいと思う人が多くいたのだが、既に家具が一杯入った家には置ける空間がないと諦めていたという。

 

古いものを捨てる

 幸い、私の家はリフォームをして古い家具の多くを捨てた後で、家中が空っぽの状態である。それもご縁である。リフォームをしなければ、先生とのご縁もなかった。新しいご縁を掴むには、古いものを捨てなければならない。何時までもしがらみを掴んでいると、新しいご縁はやってこない。

 新しい世界で生きていくためには、過去の遺産を捨ててなければ、真のスタートができない。エリートを呼ばれる種族が世間で成功できないのは、過去の栄光を捨てられないだ。だから思いっ切った改革が出来ない。

 

 それで新しいテーブルを買う交渉をした。聞けば、販売可能という。店頭で使っていたテーブルは高さ70センチの椅子用である。それを座敷用に低い脚に作り直してもらった。

 

出会い

 その時、初めて山路徹先生とお会いした。聞けば先生は、私の出身高校で美術を担当されておられた。私の高校時代と時期がずれており、直接の恩師ではないが、ご縁のある方であった。それから先生とお付き合いが始まった。

 それから先生に多くの特注の家具を作ってもらい、いつの間にか32点の家具が揃った。机やテーブルだけでも15点もある。またその半数近くは、好意で提供して頂いた。全て材料はトチの木や奈良樫の木である。

 

ご縁を掴む能力

 今、過去を振り返ると、良きご縁に出会ったと思う。ご縁をご縁として大事にするのも、一つの能力だと思う。またそのご縁を発見するのも能力である。今まで世界の80館以上の美術館を回り、鑑賞眼を養ってきた甲斐がある。

 2010年、2011年は、松本明慶大仏師ともご縁が出来た時期であった。松本明慶先生作の仏像を置く台も、山路徹先生に造ってもらった。2010年に会社人生を捨てて、新しい人生が始まった。

 

「柳生一族の家訓」

 小才は、縁に出会って縁に気付かず。

 中才は、縁に気付いて縁を生かさず。

 大才は、袖すり会うた縁をも生かす。 

 

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 リフォーム前の居間の状態

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 リフォーム後の居間

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 デパートの服販売店で商談用として使われていた。

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 テーブル搬入前の状態

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 テーブル搬入後

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   2011年 今より12歳も若き日の山路徹先生

 

 

2023-02-07  久志能幾研究所通信 2608  小田泰仙

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