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2017年6月

2017年6月25日 (日)

地獄のシベリアから生還

シベリア抑留戦没者70回忌追悼法要

 2015年11月3日10時から、大垣公園内にある「恒久平和の碑」の前でシベリア抑留戦没者70回忌追悼法要が、シベリア抑留者達で作る「西濃地区ダモイ会」今川順夫会長(92歳)の主催で執り行われた。参列者は約60人である。

 従兄弟の勇美子さんの告別式が、同日13時から新祝園(京都府)で執り行われるのが急に決まったので、私はぎりぎりまで法要に参列して10時55分に中座をさせて頂き、名古屋経由の新幹線で京都に向った。現地に13時15分に到着した。告別式が午前中なら70回忌追悼法要には参加できなかったが、両方の法要に参加できたのは、沸様のご配慮と思う。この法要には初めての参加だが、参加できて良かったと思う。

 法要の席では、市田靖さんと遺族代表席で隣りあわせとなった。市田靖さんも今回の法要で、シベリア生還者中での参加者2名の一人である。聞けば父のことも知っているとのことで、貴重なご縁を頂いた。年齢を考える稀有のご縁である。この法要に参加するのだとの強い意志がなければ、出会えなかったご縁である。

 

ダモイ (ロシア語 domoi)「自宅へ」の意、 帰国。帰還。 第二次大戦後,ソ連に抑留された日本人が帰国の合い言葉として用い流行した。

 

シベリアから生還できた理由 = 生きる本質を理解

 法要に先立ち今川会長が挨拶をされ、その中で今川氏が地獄のシベリアから生還できた理由を3つ述べられた。

 一つが気力、二つ目が体力、そして運で、この3つがあって生きて帰れたと述べられた。そしてもう一つが、軍人勅諭の「一つ、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし」をもじった下記冗談の句が生還の要点であったという。

 「一つ、軍人は要領を本分とすべし」。やはり要領の悪い人は、生きて帰れなかった。「要領」とは悪い意味もあるが、良い意味では、物事の本質である。生きる本質を理解できなかった人が、シベリアの土になった。法要後、今川会長は「無事70回忌を迎えられ、生涯忘れられない感激の日となった」と語られた。

 

 「運」は、今までの自分の生き様、ご先祖の積善功徳、それらの総合した力ではないかと最近しみじみと思う。自分の運だけでは生還出来なかったと思う。父が生還できたのもご先祖の功徳と巡り遇わせの運と思う。

 

生きる意味

 1997年、参議院で日本銀行法全面改正案が可決成立して、日本の「失なった20年」の始まりとなった。橋本龍太郎内閣が 1997年4月 消費税率を5%に引き上げ、デフレ経済の地獄に日本を突き落とした。そして小泉内閣(2001年 - 2006年)が推進した聖域なき構造改革は、日本の市場開放政策とグローバル経済主義への展開となり更なるデフレ経済に突入して行く。それが不況、倒産、過労死、自殺、引きこもりと弱者が虐げられる結果となり、それを境に自殺者が急増して、毎年3万人前後の自殺が10年以上も続いている。

 生きているだけでも、大変なことを若者は理解していないし、教えてもらっていない。己の生の大事さが理解できないから、身の回りの激変に対応できず、簡単に自殺をする。命の大事さを説くために、私は前職で2004年から新入社員教育講座の中に「修身」という講座を新設して、講義を続けてきた。

  なぜ、72年前のシベリアでもあるまいし、コンプライアンスが整備された現代日本で、電通やブラック企業に自殺者がでるのか? 捨てるならその命をくれと言ってシベリアに消えたご先祖がいる。

 

テクニカルライティング上の問題点

 新聞紙上では「失われた20年」という表現が一般的だが、私に言わせれば無責任極まる表現である。テクニカルライティング上では、受動形の表現は厳禁である。誰がその事項を実施するのか、どこに責任があるかが曖昧で、PL問題の裁判で、文書を書いた本人の責任が問われるからだ。この世は因果応報で、どんな事象にも因があり、果がある。不景気になったのは、不景気になる政策をとったに過ぎない。

 

経済の原則

 この20年、日本の景気が悪くなったのは、消費税を増税して、市場を開放して、日本の企業が海外に流失しため、日本の雇用が失われて不景気になったに過ぎない。日本の若者の賃金が高いからと言って、工場をアジアに移せば、日本が不景気になるのは子供でもわかる。全てそうなるように政府が舵を切って、企業がそれに追随したに過ぎない。東西の壁が崩壊して、共産国家の低賃金の労働者が世界市場に2倍となって溢れるから、安い賃金で作った製品が無制限に国内に流入する。真面目に働いて作った国内製品が売れなくなる。低賃金の国に工場を持つ外国企業が己の利益のため米国政府に圧力をかけ、日本のしかるべき関税を撤廃させたためである。奴隷のように安い賃金労働者が作ったグローバル経済主義の企業の製品と、日本の高賃金の労働者が作った製品で、価格競争に太刀打ちできるわけがない。

  その弊害の最大の被害者がギリシャである。関税でその波を防ぐことがEUの縛りでできないから、自滅しかない。その波がギリシャ国内産業を全滅させた。

 世界は、あと100年間はデフレ経済から脱却できない。安い労働賃金のチャイナの労賃が高くなれば、グローバル経済企業は、アジア、インド、アフリカ、中南米に工場を順次移転させる。世界の労働者の賃金が等しくなるまで、そのデフレは拡散する。経済の基本原則である。水は高きから、低きに流れる。それを三水編に、水が去ると書いて「法」である。いつでもどこでも通用する経済の法則である。

 それは自然界のであり、PDCAを回せばわかる原則である。気がつかないのは、なぜ、なぜを5回繰り返さないからだ。国民が分かると政府が困るからだ。

 それを無責任に「失われた20年」と表現して、犯人は何処か分からないとトボけるから、呆れてしまう。その表現をすれば、テクニカルライティング検定試験では零点である。分かれば責任が問われので、トボケルのである。それで新聞社の経済記者や経済学者の無知と経済音痴ぶりが露見する。真の原因が分からないと、対策が対処療法であるので効果が出ない。だから、アベノミックス景気は離陸しない。それの現象が、1997年までの景気回復と、1997年以降の景気回復の個人消費の伸び率の差に冷酷に表れている(図5)。その現象が20年近くも続いている。経済学者はどこを見ているのか。

  

図1~4 「修身」の講義より

 私は新入社員に「修身」の講義で70年余前に起きたアウシュビッツとシベリア抑留の事実を話し、生きる目的を説いてきた。しかし当社が吸収合併され、相手先会社の拝金主義の上司からこの講義は禁止された。金儲けにならないことは時間の無駄だ、と。

図5 過去の景気回復と比べて個人消費が伸びない

(日本経済新聞2017年6月25日)

図6 TV局のインタビューを受ける今川順夫会長

図7 読経  右側机は今川順夫会長と大垣市長小川敏氏

図8 参列者

図9 慰霊碑に献花をされた市田様、今川会長(左から)

  

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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「桜田門外ノ変」の検証 (1/20)

 歴史の事件である「桜田門外の変」を調べるほどに、業務改革の進め方や危機管理でのリーダーの取るべき行動に、多くの示唆を得た。歴史を学ぶことは、人生を学ぶことだ。私は、この歴史の事件から下記のことを学んだ。

 

①トップの判断能力(舵取りに誤りがないか)

②リーダー自己訓練 (自己の性格分析と訓練はしたか)

③監査組織の機能 (側近は歯止めをかけたか)

④危機管理マニュアルの整備 (用意周到な対策を行ったか)

⑤護衛のリーダー訓練 (護衛のリーダーは機能したか)

⑥最新技術、情報の収集 (ハイテクに対応できたか)

⑦危機管理の基本遵守 (当たり前のことをしたか)

⑧代役のリーダー育成 

 

 井伊直弼公(1815~1860)は、毀誉褒貶の激しい政治家である。当時は独裁者の赤鬼として恐れられた。特に長州では、吉田松陰先生を殺した極悪非道の独裁者扱いである。歴史は常に勝者側(明治政府)の立場で書かれている。特に敗者側には残っている資料も少なく、どうしても不当な扱いをうける。

 

何が真実か

 安岡正篤師は「過去の出来事を正確に伝えることは至難の業である。真実というのはわかりにくい。歴史は容易には信じられないものです」と三島由紀夫氏に語っている。同じ事実を見ても、100人の観察者に100人の見解がある。全て解釈の違いである。ニーチェも「There is no fact, only interpretation .(この世に事実はない。あるのは解釈の違いだけ)」と真言を述べている。

 

 現在でも、井伊家の女直虎を巡って論争が絶えない。論を唱える人は、あくまで己の利権(名誉や自分の自己満足も含む)で話をしているに過ぎない。それが白黒どちらでもあまり関係がない、が私の意見である。価値観は時代で変わり、見る人により、評価が180度変わる。人生時間が残り少ない(あと42年?)私には、そんな些細なことに付き合ってなどいられない。その解釈が、現代社会に与える付加価値だけの問題である。それで彦根が有名になり、観光客が増えて経済が活性化すれば結構なことだ。後日、実は直虎はやはり男でしたとして、また金儲けをすればよい話である。人でも、会社でも、政府でも、報道機関でさえ、異論奇論の間違いをしまくっているのに、昔の事件の解釈など、百家万論が乱れ飛んで当たり前である。それで、皆さんが歴史に興味を持ち、日本経済が活性化して、皆さんが幸せになれば、直虎が男であろうと女であろう知ったことではない。所詮、NHKの大河ドラマは、史実を勝手に解釈して、万人受けするお話に脚色しているおとぎ話に過ぎない。直虎が男では全く受けないので、脚本家が失業してしまう。それでは、NHKの経営がなりゆかない。つまり大河ドラマは日曜日夜の(NHKの経営を助けるための)助け合い番組である。年末の助け合い運動の変形と見れば、いちいち目くじらを立てるのは、大人げない。時の報道の権力者(NHK)が、「上意である」として、商売として直虎女性論を掲げているに過ぎない。昔はそれで通ったが、今はそれを脅かす情報源が林立している。我々は冷静に、その背後にある利権を見極めて対応すればよい。

 

 いくら直近の祐筆が書いた文書でも、直近であるがゆえに、お殿様の本当のことは書けないかもしれない。真実は神仏のみ知るである。石田三成に至っては、徳川政権時代に、徹底的に悪者扱いをされ、その居城の佐和山城は徹底的に破壊され、歴史の中に埋葬された。そうすることが、徳川政権にとって価値(付加価値)があったに過ぎない。石田三成は、名君であったし、徳川家康以上の人徳もあり、徳川家康が恐怖を感じたほど頭が切れ、己の利のために関ヶ原の戦いを仕掛けたわけではない。しかし、徳川政権は己の正当性を高める為、石田三成は悪者でなければ困るのである。それが分かっていたので、石田三成本人を公開処刑にはしたが、徳川家康はその子供までは追究せず、関ヶ原の戦い後に東北の弘前藩に逃げた石田三成の次男(後日、弘前藩の家老)、を捕らえはしなかった。長男の助命もしている。

 

 現代社会の報道でさえ、誤報だらけである。戦後、日本政府が発刊した戦前の教科書の歴史事項に間違いがあったとして、生徒に墨で黒く塗りつぶさせた。朝日新聞は、慰安婦事件や南京事件でうその報道をしまくて来た。日本社会党は、北朝鮮による日本人拉致はありませんと広報しまくってきた。時の民主党政権は、福島原発事故の直後の報道で、己の都合の悪い報道はしなかった。 

 現代でも、目を凝らし、耳を澄ませ、報道する相手を見極めないと、何が真実かなど分かりはしない。まして200年前の歴史事件などは、である。

 

井伊直弼公は革命家

 井伊直弼公は一応保守派であると言われているが、私は革命家であったと思う。それも体制側の革命家である。体制側には権力を握った既成勢力が存在し、既得権を手離すのを嫌い、現状を変えることに徹底した抵抗を示す。それ故、体制側からの自律的改革はなかなかに進まない。新たに改革を断行、革命を起こすのが革命者ではない。現状の当たり前のことがなされなくなって制度疲労をおこした組織を建て直す業務も、改革である。

 

 「国家の事業として、創業と守成でどちらが難しいか」を唐の大宗(598~649)が重臣たちに問うて、議論が紛糾した故事がある。創業は外からの改革者や反乱者が過去のしがらみに囚われず、旧体制を破壊して新組織を打ち立てて創業が成立する。歴史をひもとく時、国や組織が改革を進めるのは常に外からの圧力で、その外圧を利用して反体制側が現政府を倒す形で革命が成立する。また完成した組織を守るのも、組織の疲弊を補修・維持する困難さは歴史に例を多く見る。体制側が現体制を維持しながら革命をなし遂げた例は稀有である。

 組織内にあって、疲労破壊に向かって進む組織を自ら改革をなし遂げて建て直すのは、一番困難で、歴史上でも成功した例は数少ない。その組織内にあって、その困難な事業に着手して、志半ばで倒れたのが井伊直弼公である。志は道半ばであったが、その意志は近代国家誕生の道火となった。

 

桜田門外の変

 「桜田門外の変」とは、安政7年(1860年)3月3日の大雪が降った午前9時ごろ、節句の祝賀を将軍に捧上するため江戸城桜田門に向けて出発した大老井伊直弼の60人の行列に、潜んでいた18名の刺客が襲いかかり、井伊大老を暗殺した事件である。時の幕府最高権力者が、たった18名のテロリストによって江戸城下のお膝元で簡単に首を取られた事件は、幕府の威信が失墜したことを世間に知らしめ、幕末争乱の幕が切って落とされ、江戸幕府崩壊、明治維新につながっていく。

 そのドラマは刺客の囮の一人の武士が訴状を持って行列の先頭に迫り、突然供の者を切り付けたことから幕開けする。このため、井伊直弼の駕籠の近くにいた護衛の武士の多くが先頭に集結して、応戦して駕籠の近くには誰も居なくなった。襲撃側の直訴状を掲げて、籠の近くに平伏していた一人が、駕籠に銃を至近距離から発射した。その一発が井伊直弼の腰を打ち抜き、彼は致命傷に近い傷を受け身動きができなくなった。そこを多くの水戸浪人の襲撃隊が井伊大老に襲いかかり、大老は首を取られて非業の死を遂げる。

 護衛側の彦根藩士の被害者は、即死4名、後日死亡4名、重軽傷者の被害16名で傷の後遺症で体の自由を失った者が多い。

 水戸浪人を中心とした襲撃側の18名のたどった道は、討ち死が1名で、襲撃後、傷のため自殺3名、自首8名(自首後傷のため死亡3名、後に死刑5名)である。脱走者は5名(脱走後、捕縛され死刑になった者2名、最後まで逃亡して生存した者3名)である。

 

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2017年6月24日 (土)

お金の意味

 お金は単なる数値の羅列でしかない。独居老人が亡くなって、床下から数千万円の札束が出てきたという新聞記事を良く見かける。お金の真の意味を理解していない人は多い。お金は使ってこそ価値が出る。お金は知恵を得るための道具でしかない。情報を得るのに今はそんなに費用が掛からない。智慧は足と血の汗で作る結晶である。その道具を得るためが目的になると、働くことが、お金の奴隷となることになる。手段と目的を取り違えるから起こる間違いである。下手にお金を後進に残すと、財産争いが起こる。働く意味を理解できないと、10年後に子孫を醜い相続争いで不幸にすることになる。それはお金からの復讐である。

 死ぬときに、預金通帳の残高が100万円多いか少ないかなどは、何も持たずあの世に旅立つ身には、煩わしい雑事である。人生では小さな問題である。

 

 一番の理想は借金の踏み倒しである。私の夢見る状況である。踏み倒すには、足を動かし、血の汗をかいて、相応の信用を得なければ、誰も貸してくれない。踏み倒せる状況になるには、踏み倒す分以上は稼がなくてならない。それには知恵を使って働かねばならない。そうなれば踏み倒さなくても、お金の方が寄ってくる。自分の為でなく、世のための良いことに使うなら、踏み倒し前提で働けば、良いサイクルが回ってくると思う。

 

「人生で生きていくのに必要なのは、勇気とsome moneyである。」(チャップリンの言葉)

 

お金も人の子

 人生で必要なのはお金ではなく、お金を稼ぐ能力と使う才覚である。両方が身に付けば、お金のほうから擦り寄ってくる。お金も人間が作り出した人の子である。お金にも魂があり、現金なものである。お金は経済状況が変われば消えてしまうことがある。しかし身につけたお金を稼ぐ能力は、どんな経済状況になっても消えない。その能力がお金に勝る財産である。

 

うら若き女性ファイナンシャルプランナーが、がぶり寄り

 2010年、定年退職後、大垣に帰郷したら若い女性が大勢寄り付いてきて困ったことがあった。「是非、退職金の運用は当銀行にお任せください」である。都市銀行ファイナンシャルプランナーという名刺を差し出してである。そんな20代前半の若い女性の提案が信用できるはずがない。要は手数料稼ぎであり、上からのノルマである。銀行として顧客が損をしても知ったことではなく、手数料さえ入ればよいのである。そんなことは重々承知であったので、声を落として「お嬢さん、もっと儲かる投資先がありますが、知りたいですか?」。相手が乗り出してきたので、「銀行を信用せず、それは自分自身に投資すること」とうっちゃりをかました。

 

新円切替の被害体験からの知恵

 母方の祖父は、銀行に預けた虎の子の退職金が、戦後の新円切替(1946年2月16日)で、紙くず同然となった惨めな体験をした。私の生まれる4年前のことである。母がその話を何回もしてくれた。その時期、母と結婚前の父は、シベリア抑留の身であったが、洋裁の才能という芸があったので生きて帰国できた。父は遊んでいてあまり勉強をしなかったし、家の生活が苦しく、洋裁店に丁稚奉公にだされて洋裁の腕を身につけた。そのお陰で、地獄のシベリアから生還できた。なにが幸いするか、佛様の采配は摩訶不思議である。

 

 母は政府の金融システムを信用しない哲学を持っていた。祖父の新円切替の被害が念頭にあり、私が入社したころから、「(私の」退職時には、年金制度は崩壊しているはずで、年金はないものとして退職後の生活設計を今からせよ」と母から教えられた。それが今は年金分がプラスの取り分としてあるので、助かっている。だから、母は私の教育費には金の糸目は付けなった。贅沢品には金を使わなかったが、教育関係で欲しいと言って反対されたことはない。それでも普通のサラリーマン家庭で、内職までして苦労をしている両親を見ているので使う方も自制がある。両親から「勉強をしろ」とは、一度も言われたことがない。

 

道具としてのお金の使い方

 お金は道具であるから、悪縁を切るための道具として使えばよい。札束で相手の頬をひっぱ叩いてやれば、道具としてのお金の価値が出る。それで自分の大事な時間を有効に活用できる体制がとれれば安いもの。それで相手が目を覚せば救いがあるのだが、縁なき衆生度し難し、で目を覚ましてくれないのが現実である。

 

 仕事は「使命感」をもって取り組むもの。しかし、「使金感」をもって生きるとは言わない。言うのは「資金力」であり、お金が道具、手段であることは明白である。そのお金を人生の目的にするから、にわか成金が晩年を汚すのである。

 

お金も大事に扱ってあげて、心を込めて旅出せてあげれば、お金がお友達をつれて帰ってきてくれる。可愛い子(お金)には旅をさせよ、である。

 

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「桜田門外の変」とのご縁

 昔からの親戚の言い伝えとして、祖母のご先祖が、桜田門外の変(1860年3月3日)の時に、井伊直弼公の行列にお供して、この事件に遭遇したという。法事で集まっていた親戚の皆は、ご先祖は逃げたのだろうと笑いながら話をしているのを、小学低学年の時、傍で聞いて、本当かなと60年間ほど疑問に思っていた。武士で逃げたのなら恥だと感じていて、私が成人して、気になっていろいろと調べたが、当時の私の調査能力では限界があり、調査は停滞していた。

 

 2015年3月3日、私の両親の法事をしたとき、北尾家の最後の人である遠戚の叔母が亡くなっていたことが判明し、そのお墓をどうするかの問題が持ちあがった。偶然、見つかった菩提寺の過去帳から、その人物を特定できた。そのご縁から、1734年没のご先祖・北尾道仙にたどり着き、ご先祖の家系図(150人分)を作りあげた。そのご縁で、絶家となった北尾家と経年変化で傷んだ小田家のお墓を改建する運びとなった。この事件とご先祖も馬場恵峰師とご縁があることが分かり、ご縁の連綿の不思議さに目を回していた。そのご縁でお墓の字も馬場恵峰師に揮毫して頂くことになった、

 

 「桜田門外の変」の時に、その行列に同行したご先祖は、調査の結果、武士ではないことが分かり、安堵した。もし武士階級であるなら、事件の切り合いで無傷や軽傷なら、武士から町人に落とされ、牢に入れられ、打ち首、お家断絶の処罰である。武士の切腹の名誉もはく奪されての打ち首である。お殿様の首を取られた井伊藩の怒りは凄まじい。もし私のご先祖が、武士階級なら、今の私の生はない。戦いの専門職の護衛の武士がいる時、刀を持って襲ってきた暴力集団に対して、丸腰の町人はただ逃げるしかない。それで戦ったら越権行為である。あなたは戦う人、私は守ってもらう人である。それが士農工商の身分制度である。

 

 この時の護衛武士の組頭が、日下部三郎右衛門で、日下部鳴鶴の義父である。日下部は井伊直弼公の籠のすぐ側で護衛をしていて、襲撃された時、闘って力尽きて斃れた。父が激戦での闘死であるので、日下部鳴鶴は家名を継ぐことができた。日下部鳴鶴は明治維新後、大久保利通に書生として仕えたが、紀尾井坂で大久保利通が暗殺された。その第一発見者が日下部鳴鶴であった。鳴鶴は、大久保利通を父の如く慕っていた。そのまだ温もりのある大久保利通の骸を抱きしめて、彼は悲嘆に暮れた。しばらくして日下部鳴鶴は、突然に官を辞して書の道に進んだ。父が二人とも暗殺されたことで、己の天命を悟ったと思われる。

 

 その後、日下部鳴鶴は日本近代書道の父、書聖とも称されて、日本書道界の三大名筆となる。それをお手本に原田観峰師日本習字を創業した。馬場恵峰師は、原田観峰師の一番弟子である。「それ故、日下部鳴鶴師と恵峰の書はそっくりだろう」と馬場恵峰師は私に説明された(2015年8月24日)。

 父の長兄の小田礼一は、原田観峰師から書道教授の免許を授かっている。それは馬場恵峰師が観峰師に師事した時より少し前の時であるので、馬場恵峰師と小田礼一とは面識がない。礼一の甥の私は馬場恵峰師に師事している。不思議なご縁である。

 

 調査しても現時点では、ご先祖の北尾重次郎が、どういう位置づけで行列に参加したかは不明である。町人でもそれ相応の理由が無ければ、時の最高権力者の井伊直弼公の、なおかつお江戸での行列に参加できまい。北尾重次郎は武士でなかったので、明治維新後は、才覚を出してお煎餅屋として暮らしたと言われている。当時の武士は、死ぬことしか芸がないと言われて、商売をしても武士商いでうまくいかず、明治維新後は路頭に迷う武士も多くいた。それが西南戦争に代表される武士の反乱につながった。

 

 このご縁とそれを調査した過程の内容を、私の専門分野の危機管理の視点で「桜田門外の変の検証」として13回(予定)シリーズで公開します。これは2年ほど前に著述した『志天王が観る世界』(全199頁)にまとめたが、その後に判明した歴史事実も多くあるので、それを追記しながら連載をします。

 

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カテゴリー「極楽運転道」追加

 今回、新たに「極楽運転道」というカテゴリーを追加しました。これは自動車メーカのテストドライバー資格の試験で問われる内容と、私なりに安全の観点、技術の観点、科学的な観点、トヨタ生産方式の観点、経費削減の観点で、人生道を走る観点で、経験的にまとめた安全運転のノウハウ集です。随時、作成、公開していきます。「極楽運転道」は仮名です。もともとは「交通安全の科学」がタイトルでした。また途中で変わるかもしれません。その時はご勘弁。

 

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007の上司に見る深層心理学

007ジェームス・ボンドの上司

 「おはよう↴」という言葉で、頭の隅にこびりついているのは、007シリーズでジェームス・ボンドの上司のテープの声である。その冒頭は「おはよう。ボンド君」で始めるメッセージである。声優・大平透が演じる上司役のドスの効いた「おはよう」はいかにも威圧的で、明確な上下関係を思い知らせてくれる。これが「おはようございます。ボンド君」ではサマにならない。つまり上司にとって007は、組織の道具であって、ボンド氏が死んでもなんとも思っていないとのメッセージでもある。このメッセージは「このテープは自動的に消滅する」というエンディグで終わり、テープは煙とともに消滅するが、頭にこびりついた威圧感とその背後のメッセージは永遠に頭の中に残っている。

 

 「おはよう」の語感

「おはよう」「おはようございます」は語感と意味が違う。「おはよう」と言うと、自然とトーンは下がるが、「おはようございます」ではトーンは上がる。「おはよう」は相手を見下したトーンで、絶対的な上下のある場合に意識的に使う挨拶である。たとえば親が子供に言う時、軍隊での上下関係の場合の挨拶です。それに対して「おはようございます」は、相手を対等な人間として敬意をもって接している姿である。

 組織での職位は、あくまで職務を遂行するための役割でしかない。あくまで人間的には対等である。心ない人は、往々に職位によって自分が部下よりも人間的に偉いだと思いがちだ。その潜在意識が朝の挨拶や日頃の言動に出てくる。

 そんな事例が朝の職場のあちこちで展開されている。人間観察の事例は目を凝らしてさえ見れば、回りに数多くある。そういった意識の観察が、人を見る目を養ってくれる。危機意識を高めてくれる。組織を成長させるのも壊すのも人だからだ。

 

潜在意識の現われ

 人は過去の体験、経験、考え方(潜在意識)を日頃の言動で表している。顕在意識は潜在意識の10%しか表れないと言われている。その潜在意識が顕在意識をコントロールしている。だからその人の言動が、その人の人生とも言われる所以である。その人が他人をどう思っているか、態度、言葉づかいに全て出ます。それに注意をしている人は、その言動を見逃しません。気づかないのは発信している本人だけである。謙虚になって自他を観察すれば自明の事象です。自分の組織をあるべき方向にもってくために、リーダーであるべき人はそういった些細な信号を見逃さないことである。そういう人を考慮して組織を構築するのが組織を危機から守ってくれます。人を見下す人が上にいる組織は、組織の活性化(成果)に対して最終的に大きな差を生み出します。

 

 心眼で聴く

 耳を澄ませてみよう。目を見開いてみよう。目を閉じて心眼で凝視してみよう。上司の仮面の下のあなたに対する生の本音と本性が聴こえる。観える。浮かび上がる。

 上司は部下が貴方の一言、一挙動を観察していることを肝に銘じるべきだ。部下は上司にとって極めつきの時、そのしっぺ返しをする。それは全て自分が蒔いた巻いた種の因果である。気が付いた時は、遅いのだ。そういう自戒をもって、メンバーと接していって欲しい。リーダーとは、チームの一体感を体現する存在である。

 

「おはよう↴」の行く末

 挨拶一つで上司の心と人格が透けて見える。だから部下が言うことをきかない。勤続38年間の前職で、部長、役員と呼ばれた人たちの中で、私から見て尊敬に値した人は数人である。そんな人たちが取り仕切った会社は、創業65年の寿命を終え、消えた。その結末は、決して偶然ではない。

 

貴方の上司は「おはよう↴」派、それとも「おはようございます」派?

 それを観察して、自分の会社と上司の行く末を考えて、今から準備をしよう。上司を見極めないと、己も地獄への道ずれになる。過労死天国の電通の上司も、きっと「おはよう↴」派であったはず。(2017/6/24)

 

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あなたは裏切り者? 人殺し? 女殺し?

選択と決断

 人が貴方の所に来て、頼みごとをすることがある。その時に、貴方がどういう反応をするかで、貴方の評価と将来が決まる。依頼人は数多くの候補者の中で、貴方を見込んで,つまり貴方を「選択」し、お願いを「決断」して来ている。単に出鱈目に貴方を選んで来ているわけではない。最初からやってくれそうもない人や、頼むとイヤな顔をされる人、仕事の出来に不安のある人になんかに誰も頼まない。貴方はそういう期待をされた。だから、そんな貴方を頼ってきた人に対して、「ノー」というのは、人の期待を裏切る「裏切り者」なのだ。少なくともその件に関してはマイナスの「選択」をした。相手は貴方に、「裏切り者」との烙印を押す。全ての選択には責任が伴う。その結果に対して責任を負うのは貴方である。それが3年後、10年後かもしれない。3年前、10年前の選択と決断の結果が今の貴方の姿なのだ。

 

社長の責任

 その仕事は往々にイヤな仕事か難しい仕事かもしれない。しかし難しいからこそ、自分の問題解決能力向上のよい訓練であり、貴方専用の成長の教育機会なのだ。人は少し難しい問題を解決することを繰り返すことで成長し、仕事の能力を高めることができる。それは時間を有効活用する練習をすること。しかし、それを避けているのは、つまり人の期待を裏切るのは、自分の能力を減少させる訓練をしている。貴方は○○家株式会社の社長である。家族と自分自身に対して今よりも幸せにしていく責任がある。今、その言動はその責任と期待を果たさない「裏切り行為」となっていないだろうか? 

 

貴方は人殺し? 女殺し?

  でも、「裏切りもの」と罵倒されるのは、まだ救いがある。見限られ信頼を無くすと、頼みにも来ないし、期待もされず相談相手として無視される。罵倒するのは、貴方に愛情があるからだ。愛の反対は憎悪でなく、無視なのだ。

 貴方が今までで一番多く裏切ってきた相手とは、神様ではないか。神様の前で、「どうぞ成功させてください。私は・・・をします」と願をかけ、神様を裏切ったことがどれほどあることか。

 

 貴方は人殺しなのだ。「三日坊主」という己の子供を何人殺したことやら。どんなものにも魂が宿る。プロジェクトにも命がある。多くの中からやるべき候補を選択し、計画し、やる決断をし、実行に移したはず。神様の前で誓ったはず。企業の大プロジェクトなら、神主を呼び、お供えをして、祈祷をしてもらい、全員で手を合わせ、成功を祈願する。プロジェクトの大小は関係なく、それを止めるのは、己の大事な子供であるプロジェクトの命を絶つこと。

 そのプロジェクトは女性と同じである。細心の心遣いと誠意を示さないと、そっぽを向かれて、「失恋」となる。「女殺し」と呼ばれるくらいに熱意を込めて取り組まないとプロジェクトの女神の心は掴めない。

 

 他人は知らないが、己と神様は忘れない。貴方も後ろめたいはず。そんな「裏切り者、坊主殺し、女殺し」を神様が助けるわけがない。仏の顔も三度まで。神様は一度だけ。神様だって、世界中からお願いが殺到していて忙しいのだ。神様、仏様の身になって考えよう。近い将来、あの世で顔を合わすのだから。

 

なぜを5回繰り返せ

 自分が人の頼みを、断ることがある。それは頼みに来た人の過去の因業がそうさせている。断らざるを得ない過去の言動があるからだ。その反省しなければ、悪循環で益々運が悪くなる。なぜ断られたのか、PDCAを回さないから、運が良くならない。なぜ、なぜを5回繰り返すべきなのだ。

 なぜ、なぜを5回繰り返せば、真因が「自分に信用がない、真剣でなかった」に行き着くはずである。

 

人生は航海

 人生は航海に例えられる。ボートの船長は貴方である。裏切り行為が積み重なっていくにつれ、貴方のボートは人生の危険領域に静々と流されていく。本人に自覚はない。そして気づいた時は、貴方が船長を勤めるボートは、風も吹かない、海流もない死のバミューダ海域に到達する。そこは船の墓場である。外部は無風状態だが、心の中を氷点下の冷風が吹き荒れている。幸か不幸か、認知症に罹って、それさえ気が付かない状態かもしれない。

 

 人生の航海を、後悔にはしたくない。私の人生も後悔の連続だが、あの時あの縁を生かさずに、やらなかった後悔より、やって失敗した後悔がどれだけいいことか。失敗から人は多くを学ぶ。一歩前に出る「行為」がない限り、失敗はない。しかし、それでは成長も学びも縁の獲得もないのだ。

 

過去課・現在課・未来課

 人が頼みに来る。これも一つのご縁である。過去の貴方の言動から発生したご縁である。それは仏教用語で過去課という。そのご縁をどれだけ大事にするかで、今後の人生の展開(未来課)が違ってくる。人は出会うべき時に、遅からず早からず、出会うべき縁に出会うもの。しかし、その縁に気づくかどうかは、今をどれだけ真剣に生きているかと、その熱意によって変わる(現在課)。全力で生きて、必死に学んでいて、サービス精神に徹していると、そのご縁に出会うまでの時間が短くなる。人生の成功は、そのご縁に如何に早く出会うかである。それ故どんな縁も大事にし、その縁をご縁に変える能力を身につけるべし。柳生家の家訓「小才中才大才」はそれを伝えている。

      

小才は、縁に出会って、縁に気づかず。

中才は、縁に気づいて、縁を活かさず。

大才は、袖すり合うた縁をも活かす。

           柳生家の家訓   柳生石舟斎

 

 その縁が10年後に花開く。人生でまかぬ種は開かない。人生は何にどれだけの時間と金と情熱を投入したかで、それに比例して花開くのだ。最近、この10年後というキーワードを実感している。今、種を蒔いても収穫は10年後なのだ。今やっている事は10年後にしか効かない。やらなかったら10年後にボディブローとして効いてくる。しかしその時に気づいても遅いのだ。(2017/6/24)

 

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2017年6月23日 (金)

引き上げられた死体には手がなかった

水没事故の凄惨さ

  2003年年頃、当時のビスタ刈谷店の松本透課長(現ネッツ徳重店の店長)さんから聞いた怖~いお話です。

 1992年頃、この課長さんの友人の知り合いが、知多の佐布里池に車ごと落ちる事故を起こした。事故を起こしたのは二十歳過ぎの男性で、若いガールブレンドも同乗していた。事故は昼間に起きて、それを目撃した仲間が助けようと水中に潜り、内部で窓ガラスを必死に叩いている2人を発見したが、水中のため車外からでもドアを開くことができず、結局、警察に助けを求めることになった。警察が車を引き上げた時は、すでに2人共死亡していた。恐ろしいことに、引き上げられた男性の手が無くなっていた。

 水没してから脱出しようと必死に窓ガラスを割るため手の甲で叩きつづけた結果、手の骨が全て砕けてしまい、結果として引き上げたときに手がないという凄惨な姿となった。最近の自動車の車内には、安全化設計と軽量化設計のため、ガラスを割ることができる部品は車内に存在しない。また事故を想定した強度となっている車のガラスが、人間の手で割れるわけがない。また水没の場合、水圧でドアは開かないし、電気も駄目になるので、パワーウイドウも開かない。悲惨である。

 2000年10月の愛知県下の記録的な水害時も、刈谷の主婦が自動車ごと用水に水没して、死亡したとの痛ましい事故が身近で起こっている。

 

ハンマー兼ハサミ搭載の必要性

 この種の事故の自己防衛手段として、車内搭載のハンマーが必要である。さらに車が横転した場合の脱出時には、このハンマーにハサミ機能が必要となる。横転して車が火災になった場合、車から脱出できないと、生きたまま焼かれることになる。最近、電気系統の配線が多くなった車には、火災事故が多いという。横転した場合は、自分の体重のためシートベルトが体に食い込み、簡単にシートベルトのロックが外せない状況が実験で分かってきた。その場合は、シートベルトを切って脱出するしか方法がない。いくら自分で運転に気をつけても、信号無視の車に横からぶつけられると、簡単に車は横転する。側面からぶつけられると、ドアが開かなくなり、火災になれば悲惨である

 

 国土交通省の発表では、平成25 年に発生した車両火災事故件数は1,220 件、前年の平成24 年は1,099 件で、毎年1,000 件以上の車両火災事故が継続して発生している。冒頭に話は10年以上前の話であるが、状況が変わっているわけではない。むしろ電気自動車、ハイブリット車の普及で、車両火災の危険性は増している。

 

 私は松本さんの話を聞いて、すぐ車にハンマーを乗せた。ただし乗せただけで、固定をしていないと駄目である。この種の事故の場合は車の姿勢がどうなっているか保証の限りでなく、その非常時にハンマーがどこかに飛んで行っていて、それに手が届く保証は全くない。これは運転席近くにキチンと固定すべきだ。

  人によってはカナヅチやナイフをこの目的で装備している人もいるが、車のガラスを割るのに、普通のカナヅチでは芳しくない。なにせ事故を想定した強化ガラスです。少々の衝撃では割れず、単にヒビが入るだけである。ガラスを割る機能として、ハンマーの先端は90度の鋭角さが必要である。

 

危機管理

 私は車の横転時に、車内からシートベルトを外して脱出する難しさを検証したビデオを見て、1998年からこのハンマー兼ハサミを自車に装備した。

 カーパーツショップに行くと、いろんな種類のハンマー製品が売られているが、これを保安部品と考えて、純正品が勧められる。純正以外の部品でも値段の差は、車の価格、己の命の値段から見れば微々たるもの。私の購入したトヨタ純正部品で、定価3,800円。

 

 幸福はお金で買えないが、不幸は少々のお金と決断で避けることができるお金があってもそれに投資をするとの決断がないと、不幸は避けられない。わずか2,3千円のことだ。これはお金の問題でなく、考え方と決断の問題である。保険としてこのハンマーを使わずに、その役目を終えることほど幸せなことはない。これが危機管理の鉄則である。またこのハンマーは他車の事故の救援にも使える。事故はどんな場合も悲惨である。2000年に新車に代えた時、このハンマーを外して、新しい車にそのまま付け直した。これは一生もの。2017年の今もこのハンマーは現役です。

 松本店長さんの話では、現在でもこのハンマーの存在を知っている人は稀で、あまり装備をしていないという(2017年6月23日現在)。車のカタログにも、隅に小さく載せてあるだけとか。本来なら標準装備にすべき保安部品である。

 

自分の身は、自分で守れ。

トヨタ自動車「中興の祖」石田退三氏曰く、「自分の城は自分で守れ」

 

 

図1 車搭載のハンマーの形状

図2 自車に搭載したハンマー

 

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人生の課題とは何か(2/2)

私の病気の問題と課題

 私は長年の高血圧症(問題)を、対処療法の降圧剤を飲むのではなく、食事療法で血管内に蓄積したプラーク層が無い状態にする(課題)取り組くんでいる。その治療のため、私は4ケ月に一度、岐阜県大垣市から真島消化器クリニック(真島康雄院長 福岡県久留米市野中町1483-4 TEL:0942-33-5006)に出かけて診察を受けている。その医院のHPには、血管プラークに関する研究成果情報が随時更新して提供されている。

真島消化器クリニック http://majimaclinic22.webmedipr.jp/

 

私の過去の食生活

  身の回りには揚げもの、添加物・砂糖だらけの菓子類、酒類、肉類、乳製品の美味なる食品が激安で氾濫し、食卓を襲っている。100円でハンバーガが提供され、うまい早い安いで280円の牛丼が目の前にぶら下がる。しかし外来種の全ての食品には、遅延性の毒が盛られている。それはフードトラップ(食品に仕掛けられた至福の罠)である。私はすっかり油断をしていた。

 

 私は中間管理職として宮仕えの長時間労働で、夜遅い食事、外食の悪食を30年間食し続けた結果として、肥満、高血圧、心房細動、高脂血症、網膜静脈閉塞症、記憶力低下の体に変貌した。その毒が血管の内側にコレステロールの血漿の壁(プラーク)を作り、血管の内部を細くし、血管の柔軟性を損なわせた。それは無言の殺し屋として、ガンよりも恐ろしい脳梗塞、心筋梗塞を招く引き金となる。

 ガンの場合は死まで1年くらいの余裕があり、死に対して心と身辺整理の準備ができる。しかし脳出血や心筋梗塞は、即死状態になることが多く、自分も家族もその準備ができない。また助かっても後遺症が残ると家族を介護の地獄の生活に陥らせる。自身もリハビリで地獄の苦しみを味わう。現代医学の対処療法では、また病気が再発する。真因を突き止めて、根本原因を除去すべきなのだ。

 

降圧剤の弊害

 高血圧の場合、一般的に医師は降圧剤を処方する。しかし、高血圧は体の自己防衛機能として働いているにすぎない。血管内部が狭くなり、血が全身に回らないので、心臓のポンプ作用を正しく機能させるために血圧を上げているに過ぎない。必要な血が全身の各部や脳に回らなければ、認知症、ガンの発症率も高くなるはずと推定した。血液には免疫酵素が含まれており、いろんな病気の発症を防いでいる。その血が、降圧剤のため全身に回ることが不十分になれれば、副作用で病気にもなる。それが、自然の理である。基本的に薬は毒である。

 

 現在、自分の体の不調(目の病気、肥満、心房細動、高血圧、記憶力の低下)が、長年の食生活の乱れで、血管の若さが失われたのが病状の真因であると推定した。それで病気の治療として、油を使った料理、砂糖の入った菓子類、肉類、乳製品、酒類を避ける食事療法を始めた。国家試験受験の勉強の成績がなかなか上がらないというご縁を頂いて、体の異常が発見できた。有り難いことである。

 

真島消化器クリニックでの診察

 真島消化器クリニックでは、看護婦からの事前問診が20分、真島院長によるエコー検査が20分、資料説明が10分、エコー検査の写真8枚と食事療法の資料40頁を渡された。診断のエコー写真まで提供されたことに新鮮な驚きを感じた。全身8か所の血管のプラーク厚みを測定する医院は全国で、真島消化器クリニックしかない。

 

 今まで診断を受けていた病院とその診察対応を比較して考えさせられた。大病院の普通の受診では、待ち時間1時間、問診3分、医師は患者本人をあまり見ず、パソコン画面を睨めっこしていることが多い。あと「薬を出しておきます」で終わりである。薬で治すことが最優先で、生活習慣や食事療法の指導には及ばない。その結果、私の場合、毎月の薬代が、1万円を超えている。

 

 その昔、高血圧の関係で、新しい病院の門を叩いた。その医師は私の診断結果を見ながら、「少し血圧が高いから、もう一種類の降圧剤を追加しましょう」と簡単に告げた。当方は、体重減に必死に取り組んでいる時で、今の降圧剤の薬の量を少しでも減らそうとしている最中であった。私は即、その病院を去った。

 

現代医療への疑問

 その薬も長年使われて副作用の少ない安全で安価な薬ではなく、高価で安全性がまだ定まっていない新薬を処方されることも多い。製薬会社も新薬開発で膨大な研究開発費をつぎ込むため、元を取るため医師に取り入って新薬を使わせる工作をしている噂もある。病気は全て薬や手術を前提に治療として、食事療法や生活指導での指導は皆無の等しい。そうしないと、医院の売り上げも、製薬会社の売り上げも減ってしまう。薬漬けにして儲ける体制が出来上がっている。その結果が40年前は10兆円であった日本の医療費は、現在40兆円に膨れ上がっている。患者は減らず、むしろ増えている。なにかおかしい。

 

父の死去

 父は86歳で胃癌のため胃の全摘手術を受けたが、その1年後、癌が肝臓に転移をして亡くなった。医師の勧めるままに手術を受け入れたが、却って苦しめただけだと今にして後悔している。86歳の高齢癌患者に、胃の全摘手術が本当に適正な治療であったのか、手術万能主義の現代医学に疑問を感じている。手術後、トレーに載せられた父の全摘の血まみれの胃を見せられて、自分の判断ミスを悟らされた。今は父の写真を見るたびに慚愧の念に駆られる。

 

 父はシベリア抑留を経験して生き延びた。シベリア抑留(1945年~)では60万人以上が飢餓と重労働に苦しみ、6万人以上の同胞が異国のシベリア凍土に消えた(致死率10%)。その数は10万人以上とも言われる。父が地獄のシベリアから生還できたので、今の私の命がある。2,300万人を殺した恐ろしいスターリンの共産主義国の魔の手を逃れられたが、現代の薬や食品や含まれる魔の手からは逃れなかった。父も高血圧であった。病気の大部分は、間違った薬の処方、誤った食の摂取に起因すると私は確信している。医食同源である。ひょっとしたら、金儲け主義の食品業界は、添加物・糖分・油脂を含んだ極楽ポイント設定食品で、スターリン以上に人を殺しているのかもしれない。

 

図1 父との写真

 父86歳、著者51歳(2001年7月撮影)。父は翌年の2002年8月に他界。父との最後の写真で、入院の前日に撮影。この写真が霊前を飾ることになった。当時の私の体重は80kgに近い。食生活の乱れによる肥満が原因で、10年後に病魔が襲うことを暗示している写真である。今、この写真を見ると、己の醜い体形を恥ずかしく思う。

 

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人生の課題とは何か(1/2)(改定)

 人生で大事なのは、降りかかる問題を解決することではない。大事なことは、生きる課題が何であるかを見つけることだ。問題は衆智を集めて取り組めば、どんな問題でも時間が解決する。人が生み出した問題は、人が解決できる。解決できないのは智慧と努力と時間が足りないからだ。

 

  問題とは、トラブルの現象である。その現象の解決手段はいくらでもある。火事が起きれば消せばよい。血圧が高ければ、降圧剤で血圧を下げればいい。熱が出れば解熱剤で下げればよい。しかし、それは対処療法である。真の解決、根本治療にはならない。却って問題が大きくなり、別の問題が起きる。

 

 課題とは、「あるべき姿」に対して現在との乖離である。火事が起きたら、それが二度と起きないような安全な環境を作るのが課題である。血圧が高ければ、血圧が高くなった原因を取り除き、正常な血圧となる体の状態にするのが課題である。人生の目標点に到達するための過程を「人生道」と言う。自分のあるべき姿とは何か? その実現に命を使う。それが使命である。

 

人生とは、何のために生きるかを探す旅

 人生とは、40億年間も連綿と続く自分のDNAが、何のために未来に繋がっているかを捜す旅である。それは命(=時間)の使命を探す旅である。連綿とした経糸が過去から未来につながる。時代毎に異なる横糸としての各種の問題が、経糸と織りなすのが人生模様である。その経糸は何処に向って流れているのか。自分の代の役割、目的、使命は何か。そのつど表れる横糸の問題は、そのつど解決していけばよい。経糸としてのDNAは、解決ではなく、何のために自分は存在するかの課題を探る旅での道筋の糸道なのだ。

 

人生とは、自分つくりの旅

 自分という作品の完成を目指して還暦までに一応の完成を見るが、それは所詮、師匠のコピー作品である。還暦まで人生を歩いてきて、己の心身には多くの汚れがついている。還暦を機に、目を凝らし、耳を拭い、癖の悪い手と泥にまみれた足を洗い、身についた悪縁を落とし、心の垢を洗わねばならぬ。その上で心を込めて、自分という作品を、自分の心眼で見て、自分の手で仕上げなければ、本物の自分は完成しない。人生で最大の作品は自分自身である。あるべき姿の自分と現在の自分の乖離を見極め、一歩でもあるべき自分に近づくための歩みが人生である。人生に完成はありえない。どれだけ高い状態の未完成で、人生を終るかである。

 

図1 2013年10月27日 大垣市桐ケ崎町で起きた火事

 近年まれにみる大火となった。写真は著者が朝の散歩中に、この火事に遭遇して撮影した。私も手前の消化器を使って初期消火をしたが、全く歯が立ったない大火となった。この写真は岐阜新聞に掲載された。

 課題が解決されていないと、問題(火事)を起こす。火事の原因は、塗装工の当事者が、塗料を違法に大量保管して、当人が煙草を吸いながら仕事をしていたため。そのタバコの火が保管塗料に引火して大火事となった。隣人が再三再四、注意をしていたが、本人が聞く耳を持たなかったという。自業自得である。巻き添えが大迷惑である。違法なのだから、消防署、警察に通報するのが、隣人の社会的責務と思う。結局、延焼を含めて3棟が全焼である。課題は、火事に至らない環境にすることだ。警察への通報も一手段である。

図2 DNAの継承

図3 人生の課題と問題

 

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