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2017年7月 2日 (日)

渡部昇一師講演「ヒルティに学ぶ 心術」

 本日(2017年7月1日)、過去の資料を見直していたら、15年前の渡部昇一師の講演記録が目に飛び込んできた。私がウィーンに到着した日、2017年4月17日に逝去された師との昔のご縁もあり、当時の資料を再校正をして掲載します。

 

講演者     渡部昇一上智大学名誉教授

日時       2002年2月26日 株式会社玉越 創立20周年記念行事にて

                    2002/02/27記 

 

 人生を幸福に生きるための基本は、その人の心術(習慣)による。それを渡部教授はヒルティから学んだ。ヒルティは1833年生まれのスイスの法律学者であり、大学教授であり、軍人であった。また敬虔なキリスト教徒でもあった。1833年とは頼山陽、ゲーテが没した翌年にあたる。ヒルティはスイスで学者としても裁判官としても一流であった。スイスの永世中立国の基礎を作った法律家でもある。明治時代、東京大学の哲学の教師であったケーベル博士がヒルティの本を学生に読ませたのが契機で、明治以降の日本の思想界や最高インテリ層にヒルティが浸透していく。この日の講演では彼の思想と日本との関わり、その時代変遷、今後の日本のあり方を解説された。

 

1.ヒルティの思想

・仕事と仕事でないのもの違い

     仕事とは         一生懸命にやると面白くなるのが仕事

     仕事でないのは   やればやるほど面白くなくなるのは仕事ではない。

                     しばらくやってみて、うんざりしてくるもの。

・仕事はまず始めてみないと仕事とならない。

 始めてみると、次に何をやるか、何をやるべきかが見えてくる。

・仕事はいつまでも準備をしていてはだめ。まず始めてみてしまうこと。

 渡部先生の学生時代の失敗例

  卒業論文が締め切りに遅れた。原因は準備に時間を掛けすぎたため。

  当時はのんびりした時代であったので許してもらえた。

    その反省で、ドイツ留学学位論文作成では、早めに取りかかり、記録的スピードの作成だと教授から誉められた。

・ヒルティは『ダス クリック(幸福論)』を著作した。そのなかで、仕事を

  持っていることが一番確実な幸福の道であると断言している。

・6日間働いて1日の休みをとる

  働きすぎもだめだし、休み過ぎもだめ(当時のキリスト教の教え)

・ゆとりとは仕事をきちんとやった時に出るものである

   6日間必死に働いて、初めて1日(日曜日)のゆとりがでる

   学校でも予習をして授業にでるからゆとりがでるのである

   さぼっとゆっくりするのがゆとりではない。だから最近のゆとり教育の考え

   は間違っている。ゆとりは勤勉からのみ発生するのである。

 

2.社会主義の影

  30年前くらいから日本の大学からヒルティの名が消えていった。今では彼の名を知る大学生は皆無に近い。それは1970年代の大学紛争、社会主義の台頭に影響している。ヒルティの思想は、自分が頑張って幸福になるとの個人の努力を前提にしている。それに対して、社会主義はこれと全く逆の考え方である。その影響が大学にも影を落としていった。

 

  1970年代当時、ソ連は世界一の国であった。世界一の金産出国で石油も豊富、森林資源も豊富であった。しかし崩壊後のソ連の実態は惨めなものであった。それは労働の精神が消えていたのが主原因であった。

  同じ例で、東ドイツの労働者達も労働とはなんであるかが分かっていなかった。それは社会主義の教育による影響である。ベルリンの壁が崩壊した後、西ドイツの資産家の多くが東ドイツに投資をした。それは昔の勤勉であった東ドイツの労働者を知っていたため、資本主義社会に戻れば経済発展をすると信じて投資をしたのだ。しかし、その投資家の多くが破産をした。勤勉でない会社に投資をしても儲からない。先生が懇意の軸受けメーカのオーナーの大富豪も破産した。その原因は、昔勤勉であった東ドイツの人が社会主義思想により、労働の思想が崩壊したためであった。一度、労働の観念が無くなると、どうなるかを東ドイツの国がそれを実証している。

 

3.習慣論

 習慣が人間そのものである。いことをやれば、次からもそれをやることがなんでもなくなる。悪い習慣をやることが抵抗となって、いい方向に向かっていく。逆も真である。仕事をやる習慣の人は、仕事が苦でなくなっている。

  1977年(当時47歳)に『知的風景の中の女性像』を初めて口述の手法で出版した。その時は3日間かかり、終わった後、頭の中が全て空っぽになり脳が萎縮したように感じて疲労困憊したが、それを繰り返すうち、最近(現在72歳)は8時間で一冊の本を口述作成できるようになり、何の苦でもなくなった。これも訓練の成果であった。

 

4.今後の日本

  今後の日本では社会主義的な要素が崩れていき、脱社会主義的な方向に向かう。規制緩和がその象徴である。徳川時代から明治時代になったようになる。徳川時代は規制の時代で、変化が禁じられた時代である。明治時代は自由資本主義で、規制緩和の時代であった。それがロシア革命の影響で日本にも悪影響が及んできた。日本人は自由にすれば、能力を最大に発揮する人種である。これからは能力を伸ばした人が成功する。21世紀は個人の時代の到来である。そのために、

 ・正しい仕事の本質を確立する。

  ・自分は習慣のかたまりだと理解する。

  ・仕事に対する正しい見方をする。

 

5.ヒルティーの人生

  ヒルティは「幸福論」を書いて、その通りの人生を歩んだ。77歳で死ぬ直前まで毎朝、早く起きて、著述活動を続けた。その日の朝も、朝の執筆活動をして朝の散歩の後、珍しく疲れたといってソファーに横たわって、そのまま眠るがごとくに息を引き取った。当時の77歳は、今の97歳に相当する。

 

エピソード

  玉越の高木社長のご配慮で、渡部先生に別室で会わせて頂いた。先生のデビュー作の『知的生活の方法』と『続 知的生活の方法』、『知的風景の中の女性』にサインを頂いた。昭和51年と52年発行の初版本である。ずっと私の愛蔵書になっていて、私の手垢のついた本であるが、25年経ってそれに先生がサインをするご縁が生じた。以前から『知的風景の中の女性』は絶版になっていて、新規に手に入らないのを残念に思っていたが、今回、渡部先生より別文庫で出版されていることを教えられた(講談社学術文庫に収納)。これが先生の初の口述出版書であることも知った。

  これはTA(対人交流)の歴史的実例のような本である。TAの副読本としてお勧めです。この書では、幼児期での母親の存在の大きさと大切さを説き、ソ連の共稼ぎ家庭の悲劇やアメリカの共稼ぎ夫婦の子供の事例を記載している。出版当時、キャリアウーマンからの総反発を食らい、書評欄を賑わした。この書の出版元(主婦の友社)がキャリアウーマン支持派の出版社であったのは興味深い因縁である。最近の少年の凶悪犯罪や若い人の言動は明らかに親の教育の失敗と見て取れる事例があり、この著書でそれの洞察性に感心させられる。そういう観点から、管理職、経営者の方には、お勧めです。

 

 高木一夫会長と高木和美社長のご尽力で講演を聞かせて頂いた。また渡部先生やヒルティとのご縁も頂いた。感謝です。このヒルティの詳細は渡部昇一著『渡部昇一的生き方  ヒルティに学ぶ  心術』致知出版(1997)1600円をご参照ください。

 以上は15年前の渡部昇一師の講演録であるが、全く古さを感じさせない。師の教えを大事にしていきたい。渡部昇一師のご冥福をお祈りします。(2017-07-01)

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

 

 

2017年7月 1日 (土)

人生航海を照らす灯台

 人生を航海に例えると、航海の目印になるのが灯台である。夜明け前の一番暗いときも、人生の目印として灯台はいつも明かりを照らしている。それが己の戒めであり、師の後ろ姿である。実際の灯台の灯が簡単であるように、師の一言はさり気ない。しかしその一言が人生の灯火になることもある。師の一言には魂が籠もっている。

 生きていれば、五里夢中も真っ暗闇の時もある。進むべき道や方向が見えなくとも、どちらの方向に灯台があるかが分かればそれでいい。明けない夜はない。方向さえ間違わなければ、紆余曲折してでも目的地にたどり着ける。人間だもの、右往左往して当たり前。天才ではない我々は、長生きしてゆっくりと目的地にたどり着けばよい。健康管理を怠り病気になるから途中で沈没する。エリートでないので、一番になるためシャカリキになる必要もない。

 

 私は灯台を見ると、なぜか引きつけられる。2011年、(株)トラベルプラン主催のシシリア島へのスケッチ旅行に参加したとき、チェルファの寂れた漁村で下記の灯台を見て人生を感じた。チェルファに滞在中の3日間に、この場所に3回も訪れ、夜明け時の風景を眺めて少し長い時間を過ごした。なぜか心の安らぎを得た。この寂れた寒村には、我々のツアー以外の日本人はいなかった。治安もよく安心して海岸の路を歩き回れたのが良かった。

 

 

図1~4 シシリア島チェルファの灯台(2011年11月10日)

  地中海を航行する船のガイド役である

 

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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人生のキャンパスを彩る絵具と照らす灯台

 人生は絵に例えられる。白いキャンパスに、どんな絵を描いても自由である。書かなくても自由である。どんなサイズのキャンパス(人生の舞台)に、どんな絵の具(才能)を使い、どんな色調(志)で、どんな技(技量)を使い、どんな筆で、どういう画風で描くのか、それが人生で問われる。持てる絵の具のキャップも開けずして、人生を去りたくはない。絵具は使わずに置いておくと、乾燥して使えなくなってしまう。持てる才能にも旬がある。一番効率的に使える輝いている時に、一番良い絵の具を使って人生キャンパスに鮮やかな作品を描きたい。そのキャンパスに書いた絵は、世にどんな意味を問うのか自問しよう。 

 同じ風景を見て、同時に描いても、百人百色の人生が描かれる。それが己の履歴書として残る。そのキャンパスに、その人の人生観が現れる。その人生観を育てたのは親であるが、その人生を正しく導くのが師(灯台)である。師は人とは限らない。2000年前の書や経典や時には自然が師となるときもある。自然はいつも声なき経を唱えている。

 下図は、2011年11月、(株)トラベルプラン主催のシシリア島のスケッチ旅行に参加したときのスケッチ風景である。当日の夜、宿泊ホテルで各人が描いた絵の講評会を開いた。メンバーはスケッチツアー仲間で、約半数が還暦前後の女性達である。日本女性の元気さに感嘆した。

 (株)トラベルプランHP: http://www.travelplan.co.jp/

 

 人生を白いキャンパスに描く行為は、芸術と同じである。奥村画伯は100歳を超える長寿で、生涯現役で富士山を描き続けた。100歳のときの「100歳の富士」は有名である。

「芸術に完成はあり得ない。要は、どこまで大きく、未完成で終わるかである。

1日を大切に精進したい。」(奥村土牛画伯)

 

エピソード

 図3の部屋の写真で、壁に掛けてある絵、写真全てにマスクをかけました。見苦しくて恐縮ですが、それには訳があります。シシリア島スケッチ旅行で宿泊したホテルは全て五つ星のホテルで、中にはモハメッド・アリが泊まったホテルも含まれている。そんなレベルのホテルの部屋に掛けてある絵は要注意である。

 日本の某テーマパーク会社の渉外担当の課長さんから聞いた話です。その会社が東京で海外から絵を借りて展示会を開催して、そのパンフレットを作ったところ、そのパンフレットに会場風景を掲載したが、そこに借りた絵が小さく写り込んでいたという。それをその筋の告げ口専門家が、その絵の海外の著作権所有者に連絡して、海外から損害賠償金を請求されたという。なんとか和解ですませたが、それでも数十万円を支払う羽目になったという。海外のその筋の所有者は、それで飯を食っているという。

 新しいことを始めると、必ず躓き、そこから新しい知恵を得る。何もやらなければ、躓かないが、知恵も付かない。どちらの道を選ぶかが人生で問われる。新しい道を選ぶとは、新しい絵の具を使うこと。どうしても少しの無駄がでる。それで知恵を得る。

 

 

図1、2 SICILIA島 PIAZZA ARMERINA  2011年11月11日

 お勧めのスケッチポイントでイタリア中世の都市を写生

図3 当日の夜、宿泊ホテルで各人が描いた絵の講評会を開いた。

 メンバーはスケッチツアー仲間。約半数が女性で、日本女性の元気さに感嘆。シシリア島  2011年11月11日

 

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2017年6月28日 (水)

人生というプロジェクト

 生あるものは必ず死ぬ。春夏秋冬、始まりがあれば終わりがある。飛行機も飛び立てば、必ずいつかは着陸せねばならぬ。飛行機の離着陸に人生を感じる。

 

健気な離陸

 旅客機がある飛行場から飛び立ち、目的地の飛行場に着陸する飛行は一つのプロジェクト(PJ)である。操縦士だけでなく、管制官、機関士、クルー、キャビネットアテンダント、地上クルー、整備工場員を含め、数十名のクルーによって遂行される目的を持ったPJである。地上の整備員、管制官等の多くのサポータ全員の協力があって、このPJは完遂する。一つでも、一人でも欠けても完遂ができない。

 多くの支援を受けて飛行機が全出力を出して飛び立っていく。引力を振り切っての離陸である。その姿は健気でもある。

 

巡行飛行

 巡航飛行に入り、高度10,000mを飛ぶ飛行機は、コンパスを使い、目的地を目指す。コンパスが無ければ、何処に行くか分からない。離陸から巡航、そして着陸に到る過程はまるで一つの人生のようである。人生の旅立ちでは、人間としての育成が必要で、どこに志すかが必要である。壮年期は、北極星に相当する己の戒め、使命、志を見つめて歩かないと、人生行路で墜落・沈没する。いくら盛大な人生を送っても、晩年を見据えて行動しないと、惨めな末路となってしまう。

 

美しい着陸

 目的地に近づけば、高度を下げ、速度を下げ、フラップ、ギアを降ろして、優雅に静々と大空から降りてくる。着陸には離陸とは違った美しさがある。

 一人で生きてきたつもりでも、多くに人のご縁・支援があって全うできる人生である。飛行機事故の80%は着陸時に起きている。それは人生の終着点で、道を誤る人が多いのに似ている。その事故例は私の家系図にも見受けられる。人生の着陸が近づいてきたのに、速度を落とさず、地面に激突する人もある。荷物(遺産・肥満)を積みすぎて、離着陸での失敗をする人がなんと多いことか。多すぎるお金が人生を不幸にする事例に事欠かない。それは感謝を忘れ、利己だけを考えた人生の結末である。残すのが金だけの人生は哀しい。何のために生まれたのか。それでは授かった天命を知らずに生きたのと同じで、屍の人生である。

 

来世へ旅立ち   Departure(死、航海の出発、撤退)

 お墓とは一つの人生を終えて、次世の大空に旅立つための基地である。戒名という来世飛行コードをもらい、佛弟子として佛道を行じるという道に修行航路を向ける。墓地はその離陸する基地なのだ。

 2008年に公開された映画「おくりびと」の英語題名はDepartureである。

 

 

図1 交通整理をする管制官がなければ、離陸も着陸もできない

  管制塔の中で、管制官がパイロット以上に神経を使って多くの飛行機を管制している。

図2 雨の中で手荷物の積み込み 長崎空港

図3 地上クルーの打ち合わせ  セントレア

図4、5 地上クルーのチーム活動 セントレア

図6 離陸  2015年9月16日  セントレア

図7 欧州から夜を徹して飛行してセントレアに着陸 2015年10月20日

 

 

6月29日は九州出張につきブログは休載します。

 

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書の著作権は馬場恵峰師にあります。所有権は久志能幾研究所にあります。

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2017年6月25日 (日)

地獄のシベリアから生還

シベリア抑留戦没者70回忌追悼法要

 2015年11月3日10時から、大垣公園内にある「恒久平和の碑」の前でシベリア抑留戦没者70回忌追悼法要が、シベリア抑留者達で作る「西濃地区ダモイ会」今川順夫会長(92歳)の主催で執り行われた。参列者は約60人である。

 従兄弟の勇美子さんの告別式が、同日13時から新祝園(京都府)で執り行われるのが急に決まったので、私はぎりぎりまで法要に参列して10時55分に中座をさせて頂き、名古屋経由の新幹線で京都に向った。現地に13時15分に到着した。告別式が午前中なら70回忌追悼法要には参加できなかったが、両方の法要に参加できたのは、沸様のご配慮と思う。この法要には初めての参加だが、参加できて良かったと思う。

 法要の席では、市田靖さんと遺族代表席で隣りあわせとなった。市田靖さんも今回の法要で、シベリア生還者中での参加者2名の一人である。聞けば父のことも知っているとのことで、貴重なご縁を頂いた。年齢を考える稀有のご縁である。この法要に参加するのだとの強い意志がなければ、出会えなかったご縁である。

 

ダモイ (ロシア語 domoi)「自宅へ」の意、 帰国。帰還。 第二次大戦後,ソ連に抑留された日本人が帰国の合い言葉として用い流行した。

 

シベリアから生還できた理由 = 生きる本質を理解

 法要に先立ち今川会長が挨拶をされ、その中で今川氏が地獄のシベリアから生還できた理由を3つ述べられた。

 一つが気力、二つ目が体力、そして運で、この3つがあって生きて帰れたと述べられた。そしてもう一つが、軍人勅諭の「一つ、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし」をもじった下記冗談の句が生還の要点であったという。

 「一つ、軍人は要領を本分とすべし」。やはり要領の悪い人は、生きて帰れなかった。「要領」とは悪い意味もあるが、良い意味では、物事の本質である。生きる本質を理解できなかった人が、シベリアの土になった。法要後、今川会長は「無事70回忌を迎えられ、生涯忘れられない感激の日となった」と語られた。

 

 「運」は、今までの自分の生き様、ご先祖の積善功徳、それらの総合した力ではないかと最近しみじみと思う。自分の運だけでは生還出来なかったと思う。父が生還できたのもご先祖の功徳と巡り遇わせの運と思う。

 

生きる意味

 1997年、参議院で日本銀行法全面改正案が可決成立して、日本の「失なった20年」の始まりとなった。橋本龍太郎内閣が 1997年4月 消費税率を5%に引き上げ、デフレ経済の地獄に日本を突き落とした。そして小泉内閣(2001年 - 2006年)が推進した聖域なき構造改革は、日本の市場開放政策とグローバル経済主義への展開となり更なるデフレ経済に突入して行く。それが不況、倒産、過労死、自殺、引きこもりと弱者が虐げられる結果となり、それを境に自殺者が急増して、毎年3万人前後の自殺が10年以上も続いている。

 生きているだけでも、大変なことを若者は理解していないし、教えてもらっていない。己の生の大事さが理解できないから、身の回りの激変に対応できず、簡単に自殺をする。命の大事さを説くために、私は前職で2004年から新入社員教育講座の中に「修身」という講座を新設して、講義を続けてきた。

  なぜ、72年前のシベリアでもあるまいし、コンプライアンスが整備された現代日本で、電通やブラック企業に自殺者がでるのか? 捨てるならその命をくれと言ってシベリアに消えたご先祖がいる。

 

テクニカルライティング上の問題点

 新聞紙上では「失われた20年」という表現が一般的だが、私に言わせれば無責任極まる表現である。テクニカルライティング上では、受動形の表現は厳禁である。誰がその事項を実施するのか、どこに責任があるかが曖昧で、PL問題の裁判で、文書を書いた本人の責任が問われるからだ。この世は因果応報で、どんな事象にも因があり、果がある。不景気になったのは、不景気になる政策をとったに過ぎない。

 

経済の原則

 この20年、日本の景気が悪くなったのは、消費税を増税して、市場を開放して、日本の企業が海外に流失しため、日本の雇用が失われて不景気になったに過ぎない。日本の若者の賃金が高いからと言って、工場をアジアに移せば、日本が不景気になるのは子供でもわかる。全てそうなるように政府が舵を切って、企業がそれに追随したに過ぎない。東西の壁が崩壊して、共産国家の低賃金の労働者が世界市場に2倍となって溢れるから、安い賃金で作った製品が無制限に国内に流入する。真面目に働いて作った国内製品が売れなくなる。低賃金の国に工場を持つ外国企業が己の利益のため米国政府に圧力をかけ、日本のしかるべき関税を撤廃させたためである。奴隷のように安い賃金労働者が作ったグローバル経済主義の企業の製品と、日本の高賃金の労働者が作った製品で、価格競争に太刀打ちできるわけがない。

  その弊害の最大の被害者がギリシャである。関税でその波を防ぐことがEUの縛りでできないから、自滅しかない。その波がギリシャ国内産業を全滅させた。

 世界は、あと100年間はデフレ経済から脱却できない。安い労働賃金のチャイナの労賃が高くなれば、グローバル経済企業は、アジア、インド、アフリカ、中南米に工場を順次移転させる。世界の労働者の賃金が等しくなるまで、そのデフレは拡散する。経済の基本原則である。水は高きから、低きに流れる。それを三水編に、水が去ると書いて「法」である。いつでもどこでも通用する経済の法則である。

 それは自然界のであり、PDCAを回せばわかる原則である。気がつかないのは、なぜ、なぜを5回繰り返さないからだ。国民が分かると政府が困るからだ。

 それを無責任に「失われた20年」と表現して、犯人は何処か分からないとトボけるから、呆れてしまう。その表現をすれば、テクニカルライティング検定試験では零点である。分かれば責任が問われので、トボケルのである。それで新聞社の経済記者や経済学者の無知と経済音痴ぶりが露見する。真の原因が分からないと、対策が対処療法であるので効果が出ない。だから、アベノミックス景気は離陸しない。それの現象が、1997年までの景気回復と、1997年以降の景気回復の個人消費の伸び率の差に冷酷に表れている(図5)。その現象が20年近くも続いている。経済学者はどこを見ているのか。

  

図1~4 「修身」の講義より

 私は新入社員に「修身」の講義で70年余前に起きたアウシュビッツとシベリア抑留の事実を話し、生きる目的を説いてきた。しかし当社が吸収合併され、相手先会社の拝金主義の上司からこの講義は禁止された。金儲けにならないことは時間の無駄だ、と。

図5 過去の景気回復と比べて個人消費が伸びない

(日本経済新聞2017年6月25日)

図6 TV局のインタビューを受ける今川順夫会長

図7 読経  右側机は今川順夫会長と大垣市長小川敏氏

図8 参列者

図9 慰霊碑に献花をされた市田様、今川会長(左から)

  

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2017年6月24日 (土)

お金の意味

 お金は単なる数値の羅列でしかない。独居老人が亡くなって、床下から数千万円の札束が出てきたという新聞記事を良く見かける。お金の真の意味を理解していない人は多い。お金は使ってこそ価値が出る。お金は知恵を得るための道具でしかない。情報を得るのに今はそんなに費用が掛からない。智慧は足と血の汗で作る結晶である。その道具を得るためが目的になると、働くことが、お金の奴隷となることになる。手段と目的を取り違えるから起こる間違いである。下手にお金を後進に残すと、財産争いが起こる。働く意味を理解できないと、10年後に子孫を醜い相続争いで不幸にすることになる。それはお金からの復讐である。

 死ぬときに、預金通帳の残高が100万円多いか少ないかなどは、何も持たずあの世に旅立つ身には、煩わしい雑事である。人生では小さな問題である。

 

 一番の理想は借金の踏み倒しである。私の夢見る状況である。踏み倒すには、足を動かし、血の汗をかいて、相応の信用を得なければ、誰も貸してくれない。踏み倒せる状況になるには、踏み倒す分以上は稼がなくてならない。それには知恵を使って働かねばならない。そうなれば踏み倒さなくても、お金の方が寄ってくる。自分の為でなく、世のための良いことに使うなら、踏み倒し前提で働けば、良いサイクルが回ってくると思う。

 

「人生で生きていくのに必要なのは、勇気とsome moneyである。」(チャップリンの言葉)

 

お金も人の子

 人生で必要なのはお金ではなく、お金を稼ぐ能力と使う才覚である。両方が身に付けば、お金のほうから擦り寄ってくる。お金も人間が作り出した人の子である。お金にも魂があり、現金なものである。お金は経済状況が変われば消えてしまうことがある。しかし身につけたお金を稼ぐ能力は、どんな経済状況になっても消えない。その能力がお金に勝る財産である。

 

うら若き女性ファイナンシャルプランナーが、がぶり寄り

 2010年、定年退職後、大垣に帰郷したら若い女性が大勢寄り付いてきて困ったことがあった。「是非、退職金の運用は当銀行にお任せください」である。都市銀行ファイナンシャルプランナーという名刺を差し出してである。そんな20代前半の若い女性の提案が信用できるはずがない。要は手数料稼ぎであり、上からのノルマである。銀行として顧客が損をしても知ったことではなく、手数料さえ入ればよいのである。そんなことは重々承知であったので、声を落として「お嬢さん、もっと儲かる投資先がありますが、知りたいですか?」。相手が乗り出してきたので、「銀行を信用せず、それは自分自身に投資すること」とうっちゃりをかました。

 

新円切替の被害体験からの知恵

 母方の祖父は、銀行に預けた虎の子の退職金が、戦後の新円切替(1946年2月16日)で、紙くず同然となった惨めな体験をした。私の生まれる4年前のことである。母がその話を何回もしてくれた。その時期、母と結婚前の父は、シベリア抑留の身であったが、洋裁の才能という芸があったので生きて帰国できた。父は遊んでいてあまり勉強をしなかったし、家の生活が苦しく、洋裁店に丁稚奉公にだされて洋裁の腕を身につけた。そのお陰で、地獄のシベリアから生還できた。なにが幸いするか、佛様の采配は摩訶不思議である。

 

 母は政府の金融システムを信用しない哲学を持っていた。祖父の新円切替の被害が念頭にあり、私が入社したころから、「(私の」退職時には、年金制度は崩壊しているはずで、年金はないものとして退職後の生活設計を今からせよ」と母から教えられた。それが今は年金分がプラスの取り分としてあるので、助かっている。だから、母は私の教育費には金の糸目は付けなった。贅沢品には金を使わなかったが、教育関係で欲しいと言って反対されたことはない。それでも普通のサラリーマン家庭で、内職までして苦労をしている両親を見ているので使う方も自制がある。両親から「勉強をしろ」とは、一度も言われたことがない。

 

道具としてのお金の使い方

 お金は道具であるから、悪縁を切るための道具として使えばよい。札束で相手の頬をひっぱ叩いてやれば、道具としてのお金の価値が出る。それで自分の大事な時間を有効に活用できる体制がとれれば安いもの。それで相手が目を覚せば救いがあるのだが、縁なき衆生度し難し、で目を覚ましてくれないのが現実である。

 

 仕事は「使命感」をもって取り組むもの。しかし、「使金感」をもって生きるとは言わない。言うのは「資金力」であり、お金が道具、手段であることは明白である。そのお金を人生の目的にするから、にわか成金が晩年を汚すのである。

 

お金も大事に扱ってあげて、心を込めて旅出せてあげれば、お金がお友達をつれて帰ってきてくれる。可愛い子(お金)には旅をさせよ、である。

 

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

書の著作権は馬場恵峰師にあります。所有権は久志能幾研究所にあります。

007の上司に見る深層心理学

007ジェームス・ボンドの上司

 「おはよう↴」という言葉で、頭の隅にこびりついているのは、007シリーズでジェームス・ボンドの上司のテープの声である。その冒頭は「おはよう。ボンド君」で始めるメッセージである。声優・大平透が演じる上司役のドスの効いた「おはよう」はいかにも威圧的で、明確な上下関係を思い知らせてくれる。これが「おはようございます。ボンド君」ではサマにならない。つまり上司にとって007は、組織の道具であって、ボンド氏が死んでもなんとも思っていないとのメッセージでもある。このメッセージは「このテープは自動的に消滅する」というエンディグで終わり、テープは煙とともに消滅するが、頭にこびりついた威圧感とその背後のメッセージは永遠に頭の中に残っている。

 

 「おはよう」の語感

「おはよう」「おはようございます」は語感と意味が違う。「おはよう」と言うと、自然とトーンは下がるが、「おはようございます」ではトーンは上がる。「おはよう」は相手を見下したトーンで、絶対的な上下のある場合に意識的に使う挨拶である。たとえば親が子供に言う時、軍隊での上下関係の場合の挨拶です。それに対して「おはようございます」は、相手を対等な人間として敬意をもって接している姿である。

 組織での職位は、あくまで職務を遂行するための役割でしかない。あくまで人間的には対等である。心ない人は、往々に職位によって自分が部下よりも人間的に偉いだと思いがちだ。その潜在意識が朝の挨拶や日頃の言動に出てくる。

 そんな事例が朝の職場のあちこちで展開されている。人間観察の事例は目を凝らしてさえ見れば、回りに数多くある。そういった意識の観察が、人を見る目を養ってくれる。危機意識を高めてくれる。組織を成長させるのも壊すのも人だからだ。

 

潜在意識の現われ

 人は過去の体験、経験、考え方(潜在意識)を日頃の言動で表している。顕在意識は潜在意識の10%しか表れないと言われている。その潜在意識が顕在意識をコントロールしている。だからその人の言動が、その人の人生とも言われる所以である。その人が他人をどう思っているか、態度、言葉づかいに全て出ます。それに注意をしている人は、その言動を見逃しません。気づかないのは発信している本人だけである。謙虚になって自他を観察すれば自明の事象です。自分の組織をあるべき方向にもってくために、リーダーであるべき人はそういった些細な信号を見逃さないことである。そういう人を考慮して組織を構築するのが組織を危機から守ってくれます。人を見下す人が上にいる組織は、組織の活性化(成果)に対して最終的に大きな差を生み出します。

 

 心眼で聴く

 耳を澄ませてみよう。目を見開いてみよう。目を閉じて心眼で凝視してみよう。上司の仮面の下のあなたに対する生の本音と本性が聴こえる。観える。浮かび上がる。

 上司は部下が貴方の一言、一挙動を観察していることを肝に銘じるべきだ。部下は上司にとって極めつきの時、そのしっぺ返しをする。それは全て自分が蒔いた巻いた種の因果である。気が付いた時は、遅いのだ。そういう自戒をもって、メンバーと接していって欲しい。リーダーとは、チームの一体感を体現する存在である。

 

「おはよう↴」の行く末

 挨拶一つで上司の心と人格が透けて見える。だから部下が言うことをきかない。勤続38年間の前職で、部長、役員と呼ばれた人たちの中で、私から見て尊敬に値した人は数人である。そんな人たちが取り仕切った会社は、創業65年の寿命を終え、消えた。その結末は、決して偶然ではない。

 

貴方の上司は「おはよう↴」派、それとも「おはようございます」派?

 それを観察して、自分の会社と上司の行く末を考えて、今から準備をしよう。上司を見極めないと、己も地獄への道ずれになる。過労死天国の電通の上司も、きっと「おはよう↴」派であったはず。(2017/6/24)

 

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

著作権の関係で無断引用、無断転載を禁止します。

書の著作権は馬場恵峰師にあります。所有権は久志能幾研究所にあります。

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あなたは裏切り者? 人殺し? 女殺し?

選択と決断

 人が貴方の所に来て、頼みごとをすることがある。その時に、貴方がどういう反応をするかで、貴方の評価と将来が決まる。依頼人は数多くの候補者の中で、貴方を見込んで,つまり貴方を「選択」し、お願いを「決断」して来ている。単に出鱈目に貴方を選んで来ているわけではない。最初からやってくれそうもない人や、頼むとイヤな顔をされる人、仕事の出来に不安のある人になんかに誰も頼まない。貴方はそういう期待をされた。だから、そんな貴方を頼ってきた人に対して、「ノー」というのは、人の期待を裏切る「裏切り者」なのだ。少なくともその件に関してはマイナスの「選択」をした。相手は貴方に、「裏切り者」との烙印を押す。全ての選択には責任が伴う。その結果に対して責任を負うのは貴方である。それが3年後、10年後かもしれない。3年前、10年前の選択と決断の結果が今の貴方の姿なのだ。

 

社長の責任

 その仕事は往々にイヤな仕事か難しい仕事かもしれない。しかし難しいからこそ、自分の問題解決能力向上のよい訓練であり、貴方専用の成長の教育機会なのだ。人は少し難しい問題を解決することを繰り返すことで成長し、仕事の能力を高めることができる。それは時間を有効活用する練習をすること。しかし、それを避けているのは、つまり人の期待を裏切るのは、自分の能力を減少させる訓練をしている。貴方は○○家株式会社の社長である。家族と自分自身に対して今よりも幸せにしていく責任がある。今、その言動はその責任と期待を果たさない「裏切り行為」となっていないだろうか? 

 

貴方は人殺し? 女殺し?

  でも、「裏切りもの」と罵倒されるのは、まだ救いがある。見限られ信頼を無くすと、頼みにも来ないし、期待もされず相談相手として無視される。罵倒するのは、貴方に愛情があるからだ。愛の反対は憎悪でなく、無視なのだ。

 貴方が今までで一番多く裏切ってきた相手とは、神様ではないか。神様の前で、「どうぞ成功させてください。私は・・・をします」と願をかけ、神様を裏切ったことがどれほどあることか。

 

 貴方は人殺しなのだ。「三日坊主」という己の子供を何人殺したことやら。どんなものにも魂が宿る。プロジェクトにも命がある。多くの中からやるべき候補を選択し、計画し、やる決断をし、実行に移したはず。神様の前で誓ったはず。企業の大プロジェクトなら、神主を呼び、お供えをして、祈祷をしてもらい、全員で手を合わせ、成功を祈願する。プロジェクトの大小は関係なく、それを止めるのは、己の大事な子供であるプロジェクトの命を絶つこと。

 そのプロジェクトは女性と同じである。細心の心遣いと誠意を示さないと、そっぽを向かれて、「失恋」となる。「女殺し」と呼ばれるくらいに熱意を込めて取り組まないとプロジェクトの女神の心は掴めない。

 

 他人は知らないが、己と神様は忘れない。貴方も後ろめたいはず。そんな「裏切り者、坊主殺し、女殺し」を神様が助けるわけがない。仏の顔も三度まで。神様は一度だけ。神様だって、世界中からお願いが殺到していて忙しいのだ。神様、仏様の身になって考えよう。近い将来、あの世で顔を合わすのだから。

 

なぜを5回繰り返せ

 自分が人の頼みを、断ることがある。それは頼みに来た人の過去の因業がそうさせている。断らざるを得ない過去の言動があるからだ。その反省しなければ、悪循環で益々運が悪くなる。なぜ断られたのか、PDCAを回さないから、運が良くならない。なぜ、なぜを5回繰り返すべきなのだ。

 なぜ、なぜを5回繰り返せば、真因が「自分に信用がない、真剣でなかった」に行き着くはずである。

 

人生は航海

 人生は航海に例えられる。ボートの船長は貴方である。裏切り行為が積み重なっていくにつれ、貴方のボートは人生の危険領域に静々と流されていく。本人に自覚はない。そして気づいた時は、貴方が船長を勤めるボートは、風も吹かない、海流もない死のバミューダ海域に到達する。そこは船の墓場である。外部は無風状態だが、心の中を氷点下の冷風が吹き荒れている。幸か不幸か、認知症に罹って、それさえ気が付かない状態かもしれない。

 

 人生の航海を、後悔にはしたくない。私の人生も後悔の連続だが、あの時あの縁を生かさずに、やらなかった後悔より、やって失敗した後悔がどれだけいいことか。失敗から人は多くを学ぶ。一歩前に出る「行為」がない限り、失敗はない。しかし、それでは成長も学びも縁の獲得もないのだ。

 

過去課・現在課・未来課

 人が頼みに来る。これも一つのご縁である。過去の貴方の言動から発生したご縁である。それは仏教用語で過去課という。そのご縁をどれだけ大事にするかで、今後の人生の展開(未来課)が違ってくる。人は出会うべき時に、遅からず早からず、出会うべき縁に出会うもの。しかし、その縁に気づくかどうかは、今をどれだけ真剣に生きているかと、その熱意によって変わる(現在課)。全力で生きて、必死に学んでいて、サービス精神に徹していると、そのご縁に出会うまでの時間が短くなる。人生の成功は、そのご縁に如何に早く出会うかである。それ故どんな縁も大事にし、その縁をご縁に変える能力を身につけるべし。柳生家の家訓「小才中才大才」はそれを伝えている。

      

小才は、縁に出会って、縁に気づかず。

中才は、縁に気づいて、縁を活かさず。

大才は、袖すり合うた縁をも活かす。

           柳生家の家訓   柳生石舟斎

 

 その縁が10年後に花開く。人生でまかぬ種は開かない。人生は何にどれだけの時間と金と情熱を投入したかで、それに比例して花開くのだ。最近、この10年後というキーワードを実感している。今、種を蒔いても収穫は10年後なのだ。今やっている事は10年後にしか効かない。やらなかったら10年後にボディブローとして効いてくる。しかしその時に気づいても遅いのだ。(2017/6/24)

 

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2017年6月23日 (金)

人生の課題とは何か(2/2)

私の病気の問題と課題

 私は長年の高血圧症(問題)を、対処療法の降圧剤を飲むのではなく、食事療法で血管内に蓄積したプラーク層が無い状態にする(課題)取り組くんでいる。その治療のため、私は4ケ月に一度、岐阜県大垣市から真島消化器クリニック(真島康雄院長 福岡県久留米市野中町1483-4 TEL:0942-33-5006)に出かけて診察を受けている。その医院のHPには、血管プラークに関する研究成果情報が随時更新して提供されている。

真島消化器クリニック http://majimaclinic22.webmedipr.jp/

 

私の過去の食生活

  身の回りには揚げもの、添加物・砂糖だらけの菓子類、酒類、肉類、乳製品の美味なる食品が激安で氾濫し、食卓を襲っている。100円でハンバーガが提供され、うまい早い安いで280円の牛丼が目の前にぶら下がる。しかし外来種の全ての食品には、遅延性の毒が盛られている。それはフードトラップ(食品に仕掛けられた至福の罠)である。私はすっかり油断をしていた。

 

 私は中間管理職として宮仕えの長時間労働で、夜遅い食事、外食の悪食を30年間食し続けた結果として、肥満、高血圧、心房細動、高脂血症、網膜静脈閉塞症、記憶力低下の体に変貌した。その毒が血管の内側にコレステロールの血漿の壁(プラーク)を作り、血管の内部を細くし、血管の柔軟性を損なわせた。それは無言の殺し屋として、ガンよりも恐ろしい脳梗塞、心筋梗塞を招く引き金となる。

 ガンの場合は死まで1年くらいの余裕があり、死に対して心と身辺整理の準備ができる。しかし脳出血や心筋梗塞は、即死状態になることが多く、自分も家族もその準備ができない。また助かっても後遺症が残ると家族を介護の地獄の生活に陥らせる。自身もリハビリで地獄の苦しみを味わう。現代医学の対処療法では、また病気が再発する。真因を突き止めて、根本原因を除去すべきなのだ。

 

降圧剤の弊害

 高血圧の場合、一般的に医師は降圧剤を処方する。しかし、高血圧は体の自己防衛機能として働いているにすぎない。血管内部が狭くなり、血が全身に回らないので、心臓のポンプ作用を正しく機能させるために血圧を上げているに過ぎない。必要な血が全身の各部や脳に回らなければ、認知症、ガンの発症率も高くなるはずと推定した。血液には免疫酵素が含まれており、いろんな病気の発症を防いでいる。その血が、降圧剤のため全身に回ることが不十分になれれば、副作用で病気にもなる。それが、自然の理である。基本的に薬は毒である。

 

 現在、自分の体の不調(目の病気、肥満、心房細動、高血圧、記憶力の低下)が、長年の食生活の乱れで、血管の若さが失われたのが病状の真因であると推定した。それで病気の治療として、油を使った料理、砂糖の入った菓子類、肉類、乳製品、酒類を避ける食事療法を始めた。国家試験受験の勉強の成績がなかなか上がらないというご縁を頂いて、体の異常が発見できた。有り難いことである。

 

真島消化器クリニックでの診察

 真島消化器クリニックでは、看護婦からの事前問診が20分、真島院長によるエコー検査が20分、資料説明が10分、エコー検査の写真8枚と食事療法の資料40頁を渡された。診断のエコー写真まで提供されたことに新鮮な驚きを感じた。全身8か所の血管のプラーク厚みを測定する医院は全国で、真島消化器クリニックしかない。

 

 今まで診断を受けていた病院とその診察対応を比較して考えさせられた。大病院の普通の受診では、待ち時間1時間、問診3分、医師は患者本人をあまり見ず、パソコン画面を睨めっこしていることが多い。あと「薬を出しておきます」で終わりである。薬で治すことが最優先で、生活習慣や食事療法の指導には及ばない。その結果、私の場合、毎月の薬代が、1万円を超えている。

 

 その昔、高血圧の関係で、新しい病院の門を叩いた。その医師は私の診断結果を見ながら、「少し血圧が高いから、もう一種類の降圧剤を追加しましょう」と簡単に告げた。当方は、体重減に必死に取り組んでいる時で、今の降圧剤の薬の量を少しでも減らそうとしている最中であった。私は即、その病院を去った。

 

現代医療への疑問

 その薬も長年使われて副作用の少ない安全で安価な薬ではなく、高価で安全性がまだ定まっていない新薬を処方されることも多い。製薬会社も新薬開発で膨大な研究開発費をつぎ込むため、元を取るため医師に取り入って新薬を使わせる工作をしている噂もある。病気は全て薬や手術を前提に治療として、食事療法や生活指導での指導は皆無の等しい。そうしないと、医院の売り上げも、製薬会社の売り上げも減ってしまう。薬漬けにして儲ける体制が出来上がっている。その結果が40年前は10兆円であった日本の医療費は、現在40兆円に膨れ上がっている。患者は減らず、むしろ増えている。なにかおかしい。

 

父の死去

 父は86歳で胃癌のため胃の全摘手術を受けたが、その1年後、癌が肝臓に転移をして亡くなった。医師の勧めるままに手術を受け入れたが、却って苦しめただけだと今にして後悔している。86歳の高齢癌患者に、胃の全摘手術が本当に適正な治療であったのか、手術万能主義の現代医学に疑問を感じている。手術後、トレーに載せられた父の全摘の血まみれの胃を見せられて、自分の判断ミスを悟らされた。今は父の写真を見るたびに慚愧の念に駆られる。

 

 父はシベリア抑留を経験して生き延びた。シベリア抑留(1945年~)では60万人以上が飢餓と重労働に苦しみ、6万人以上の同胞が異国のシベリア凍土に消えた(致死率10%)。その数は10万人以上とも言われる。父が地獄のシベリアから生還できたので、今の私の命がある。2,300万人を殺した恐ろしいスターリンの共産主義国の魔の手を逃れられたが、現代の薬や食品や含まれる魔の手からは逃れなかった。父も高血圧であった。病気の大部分は、間違った薬の処方、誤った食の摂取に起因すると私は確信している。医食同源である。ひょっとしたら、金儲け主義の食品業界は、添加物・糖分・油脂を含んだ極楽ポイント設定食品で、スターリン以上に人を殺しているのかもしれない。

 

図1 父との写真

 父86歳、著者51歳(2001年7月撮影)。父は翌年の2002年8月に他界。父との最後の写真で、入院の前日に撮影。この写真が霊前を飾ることになった。当時の私の体重は80kgに近い。食生活の乱れによる肥満が原因で、10年後に病魔が襲うことを暗示している写真である。今、この写真を見ると、己の醜い体形を恥ずかしく思う。

 

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人生の課題とは何か(1/2)(改定)

 人生で大事なのは、降りかかる問題を解決することではない。大事なことは、生きる課題が何であるかを見つけることだ。問題は衆智を集めて取り組めば、どんな問題でも時間が解決する。人が生み出した問題は、人が解決できる。解決できないのは智慧と努力と時間が足りないからだ。

 

  問題とは、トラブルの現象である。その現象の解決手段はいくらでもある。火事が起きれば消せばよい。血圧が高ければ、降圧剤で血圧を下げればいい。熱が出れば解熱剤で下げればよい。しかし、それは対処療法である。真の解決、根本治療にはならない。却って問題が大きくなり、別の問題が起きる。

 

 課題とは、「あるべき姿」に対して現在との乖離である。火事が起きたら、それが二度と起きないような安全な環境を作るのが課題である。血圧が高ければ、血圧が高くなった原因を取り除き、正常な血圧となる体の状態にするのが課題である。人生の目標点に到達するための過程を「人生道」と言う。自分のあるべき姿とは何か? その実現に命を使う。それが使命である。

 

人生とは、何のために生きるかを探す旅

 人生とは、40億年間も連綿と続く自分のDNAが、何のために未来に繋がっているかを捜す旅である。それは命(=時間)の使命を探す旅である。連綿とした経糸が過去から未来につながる。時代毎に異なる横糸としての各種の問題が、経糸と織りなすのが人生模様である。その経糸は何処に向って流れているのか。自分の代の役割、目的、使命は何か。そのつど表れる横糸の問題は、そのつど解決していけばよい。経糸としてのDNAは、解決ではなく、何のために自分は存在するかの課題を探る旅での道筋の糸道なのだ。

 

人生とは、自分つくりの旅

 自分という作品の完成を目指して還暦までに一応の完成を見るが、それは所詮、師匠のコピー作品である。還暦まで人生を歩いてきて、己の心身には多くの汚れがついている。還暦を機に、目を凝らし、耳を拭い、癖の悪い手と泥にまみれた足を洗い、身についた悪縁を落とし、心の垢を洗わねばならぬ。その上で心を込めて、自分という作品を、自分の心眼で見て、自分の手で仕上げなければ、本物の自分は完成しない。人生で最大の作品は自分自身である。あるべき姿の自分と現在の自分の乖離を見極め、一歩でもあるべき自分に近づくための歩みが人生である。人生に完成はありえない。どれだけ高い状態の未完成で、人生を終るかである。

 

図1 2013年10月27日 大垣市桐ケ崎町で起きた火事

 近年まれにみる大火となった。写真は著者が朝の散歩中に、この火事に遭遇して撮影した。私も手前の消化器を使って初期消火をしたが、全く歯が立ったない大火となった。この写真は岐阜新聞に掲載された。

 課題が解決されていないと、問題(火事)を起こす。火事の原因は、塗装工の当事者が、塗料を違法に大量保管して、当人が煙草を吸いながら仕事をしていたため。そのタバコの火が保管塗料に引火して大火事となった。隣人が再三再四、注意をしていたが、本人が聞く耳を持たなかったという。自業自得である。巻き添えが大迷惑である。違法なのだから、消防署、警察に通報するのが、隣人の社会的責務と思う。結局、延焼を含めて3棟が全焼である。課題は、火事に至らない環境にすることだ。警察への通報も一手段である。

図2 DNAの継承

図3 人生の課題と問題

 

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