2021年9月23日 (木)

学びの舎を整備

 

 先日(2021年9月21日)、別宅に100インチスクリーンの設置が終わって、学びの舎の仮設置が完了した。まだ内装が未整備で、机や椅子が仮設置で不統一であるが、形としては収納人員15人が集会できる場が完成した。その活用を模索している。

 

備品

  資金不足の関係で、机は寄せ集めである。2つの机は「やまじ工房」の山路先生が無償で提供してくれた。一つは某旅館で長年使われていたトチの一枚ものの机である。一つだけが新作の机である。クラッシックな椅子は高級飛騨製で中古である。6脚セットを1万円で分けていただいた。本来なら30万円はするはず。残りはパイプ椅子の借り物で済ませた。

 このトチの机を見た方は、みんな机の立派さに驚かれる。トチの木の一枚もので、オーダーメイドである。すこし鼻が高い。

 

スクリーン

 100インチスクリーンとプロジェクターは本宅で使っていたのを移設した。100インチは自宅8畳の居間では大きすぎたが、30畳のこのホールでは程よい大きさである。100インチスクリーンは、自宅居間で3メータ離れて見ても、長く見ていると船酔いのような気分になってくる。画面は大きければよいわけではないことを思い知った。

 

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  仮完成の学びの舎

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「学び」とは

 学びの要素として、場が必要である。「學」とは、「子」が学びの舎(ワ)の屋根の下で、喧々諤々の議論をしている様の象形文字である。舎の場の上で、互いに向き合い、議論として「××」は言葉が飛び交っている様である。

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 この部屋の状態を見て、20年前に、前職の新入社員教育で、「修身」の講義をしたことを思いだした。多分、修身の授業は会社でも会社創業以来はじめてのことのはず。当時、よく思い切ってやったと自分で自分を褒めたあげたい。その10年後に、定年の挨拶まわりで各部署に回った時、今は中堅社員に成長した女性から、そのお褒めの言葉を頂き、嬉しかった。

 

Img_0590s1  新入社員教育で「修身」の講義中の著者 2003年

 この舎からの生成物を楽しみにしている。まず道具の整備として一歩は前進した。それで満足である。あせらずボチボチとやっていく予定である。学びの場の提供は、世のためには少しは貢献するだろ。私のモットーは「千里の道も一歩から」。

 

2021-09-23  久志能幾研究所通信 2158  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年9月22日 (水)

「人生の閉じ方」を決める 

 言葉にも出会い(2/2)

 

 人は、人とも出会うが、言葉にも出会いがある。それに啓発されて人生が変われば、それがご縁である。

 

 「終りが来ることはわかっています。しかし、目の前の音楽に、決して終りがありません。極限というものがまったくないのです。ベートーヴェンやシューベルトの声が聞こえてくる限り、私はきっと、感激続けるでしょうし、発見し続けるでしょう。そして私は変わらず弛まず、ピアノ前に座り、鍵盤の上に手を置くのです。」 室井麻耶子氏談『サライ 2021年秋号』小学館

 

 私は室井さんの言葉に感銘を受けた。言葉との出会いも、人と出会う以上の出会いである。私はこれに感化を受け、次のように人生の閉じ方を決めた。

 

 「終りが来ることは分かっている。息をしている限り、目の前に道がある限り、決して人生修行の歩みを止めることはない。極限というものもない。お釈迦さまの教えが聴こえる限り、私は精進の道を歩き続ける。お釈迦様は死に接して、弟子たちに「だた精進をせよ」とだけ言い残された。

 私はこれからも多くの人に出会い、夢を追い求め、人とのご縁に感激をし続けるだろう。私はあいかわらず、写経で佛道を学び続けるだろう。自然は声なき経を奏でている。経は人生の舞い方を教える。

 大きな夢でも、千里の道も一歩から。歩き始めるのに遅すぎることはない。希望を持ち、目標を立て、宇宙根源の理に従って進める。

 偉大なる仏を信じ、己が仏として振舞う。己が自分教の教祖として精進する。信徒は己一人で良い。それを50年続ければ仏になれる。できなくても来世で続きをやればよい。

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  馬場恵峰書

2021-09-22  久志能幾研究所通信 2157  小田泰仙

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2021年9月21日 (火)

人生計画、実行してなんぼの世界

 言葉にも出会い(1/2)

 

 人は、人とも出会うが、言葉にも出会いがある。それに啓発されて、人生が変われば、それこそがご縁である。

 私は『サライ 2021年秋号』(小学館刊)で、ピアニスト室井麻耶子さんの言葉に出会って、人生を触発された。室井さんは現在100歳、現役のピアニストである。記事を読んで驚いたのは、室井さんが、90歳で家を新築したことだ。

 

 「その年齢で家をたてたのですか? 普通じゃありません」と呆気にとられる人が多くて、こちらの方が驚きました。

 90歳を過ぎたら我慢しなくちゃいけないなんて、そんな決まりはありません。人生の計画ばかり立てて楽しいかしら。『サライ 2021年秋号』

 

夢を見る

 私は室井さんの言葉に触発された。そう、人生は計画だけでなく、実行してなんぼの世界なのだ。年齢は関係ない。それで私も遅まきながら80歳で、家を新築する計画を立てた。それも70歳で、今より1.5倍も広い別宅の家を買ったばかりである。別宅の入手は10年前から計画していて、2020年に実現した。しかしそれは中古の家をリフォームした物件である。自分の思い通りの設計をして、家を新築するのが長年の夢である。

 これは自分でも呆れる思いである。それを室井さんの言葉が背中を押してくれた。夢に向かって生涯挑戦するのは、人生の活性化の為にも、ボケ防止によいだろう。

 まず夢を見なければ、何事も実現しない。今のピアノの入手もピアノ室建設の実現も、夢を抱いてから40年も経ってから実現した。

 

来世を考える

 棒ほど願って針ほど叶う。それでよいではないか。現世で実現しなくても、取り組んでいれば、人生が明るくなる。何か行動を起こせば、何らかの具体的な答えが出てくる。また来世もあるではないか。

 この世は100年の寿命だが、来世は500年の時間がある。此の世は無常である。だから生あるものは、何時かは死である。無常であるから、その死もいつまでも続くわけではない。私はこの10年程、仏像彫刻、仏教、歴史、神話等を研究して、オダブツ教として?そう思うようになった。真偽は別にして、そう信じて前向きに生きられるだけでも良いことだ。人生は希望を持って、光の方向に歩いて行けば、道は拓かれる。千里の道も一歩からである。

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第一世代のピアノ室(2014年完成)

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第2世代のピアノ室(2021年完成)

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第三のピアノ室(計画中)

 

2021-09-21   久志能幾研究所通信 2156  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年9月20日 (月)

堪忍袋の緒を切り、「うるせい、この糞ばばあ」と怒鳴りつけ

 

 先日の日曜日、町内の公園の草取り行事があった。それに私が参加中に、83歳の老婆が寄ってきて、「おい、電灯保全係! あそこの街灯が切れている」とその老婆が私に命令調に指示したので、それを無視した。そうしたら、「あんた耳が遠いのかね」と言う。それで表題にように怒鳴り返した。

 堪忍袋の緒が切れたのではない。意志を持って切ったのだ。堪忍袋には無価珍という計り知れないお宝の知恵が入っている。それを放出するため、私は堪忍袋の緒を切り、「うるせい、この糞ばばあ」と怒鳴り付けた。

  何故か、その後が爽快な気分なのだ。何故、もっと早くこの叱りつけをしなかったのかと、反省までした。言うべきことを言わないと、相手は何時まで経っても愚人のままである。それは世のために良くない。その間、その洟垂れ婆が、害毒を社会に流しているのだ。住民の皆が迷惑をするのだ。上司としてド叱るのは義務である。

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老婆がボスとして君臨

 モノには言い方がある。頼み方がある。古希を超えた長に言うべき話し方ではない。それで、言い返した。そのくらいしないと人品卑しい老婆は目が覚めない。多分、それでも目が覚めないだろう。今まで町内老人会のボスとして君臨しているので、逆らう町内住民は誰もいないのだ。

 

 うちの町内には人品卑しい老婆が権勢を奮っている。私がこの町内に移住して、1年程、私が毎朝、出会って挨拶をしても、その老婆から全く無視をされ、挨拶の返しなどなかった。1年程、我慢したが、それ以来、私もその老婆を無視した。

 この老婆は、町内のボスとして老人会を取り仕切っている。私から見て、どうしようもない人間である。

 

自治会の公金

 町内自治会の公金さえ、自分達の町内老人会で使い放題である。会計報告もデタラメである。コロナ禍で行事が無くなり、金が余ったからと、「厚生費」という名目にして、めだたないようにして、老人会の全員に品物を配った。姑息なやり方である。予算内で金を使うのだから非難はされないが、守るべき道義からは外れている。その行動が常識という範囲から外れるから、異様に見える。

 町内の他の子供会、運動部会等は、コロナ禍で行事や会合が出来ず、お金が余ったからと自治会に返金している。それに比較すると、町内老人会の下劣さが目立つ。それでは子供会等に示しが付かないだろう。その指示をしたのがそのボス老婆である。その件もあり、私は腹に一物を持っていた。

 

老害

 このボス老婆は83にもなり、体が不自由になったのに、ボスの座を手放ささない。醜態である。やはりボスとは利権があるようだ。政治の政界でも同じだし、老人会の世界も娑婆の縮図のようだ。65歳以上は15%が認知症である。75以上は25%が認知症である。行動を見ると認知症まがいである。そんなボスに町内の老人たちは唯唯諾諾である。情けない。

 

老人が尊敬されるワケ

 昔は、老人は尊敬された。それは人数も少なく、仁徳あふれた人が多かったのだ。昔は、人品卑しい老人は、健康管理ができず、早死にしていた。ところが現在は、医療が進んで、どうしようもない下劣老人までもが生き永らえて、その数が溢れている。社会問題である。観察していると、その家の子供もその悪影響を受けているようだ。社会の大問題である。

 

敬老の日

 長く生きたからと言って、それが尊敬に値するわけではない。長く航海した船長は尊敬されるが、出航した後、嵐に襲われて湾の中で長く波に翻弄されても、長い航海をしたとはいえまい。狭い世界で権限を振るっても経験豊かとはいえないと同じである。

 9月20日は敬老の日であるが、現在の日本で敬老に値する人は少ない。新聞紙上では、老人の犯罪、痴行が連日報道されている。

 先日は勲章までもらっていた90歳の飯塚被告が、池袋でアクセルとブレーキを踏み間違えて暴走死傷事故を起こした。その非をトヨタ車の故障だと言って、自分の罪と認めない醜態を演じたばかりである。

 昔はそんなことはなかった。どんな社会でも2・6・2の比率で人が存在する。敬老に値する人格者は2割だけである。下の2割に相当する下劣な老婆が長寿会でボスになると、その会は悲惨である。他の老人たちは人格者だから、何も言わない。ボスのやりたい放題である。

 

対処

 老いたら、愚かな老人を他山の石として、自分の行動を省みたい。

 狂った老人は、社会の常識が認知できないのだから、幼児と同じである。怒鳴りつけて教えるしかない。情けない時代になったものだ。

 老人の認知症問題は、世界一の老人大国・日本の大きな課題である。

 

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  馬場恵峰書

2021-09-20   久志能幾研究所通信 2155  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年9月19日 (日)

悪性コロナ菌、ドンキ化して「客の声をガン無視」 

 

 3月31日に、アピタ大垣店の生鮮食品売り場で、スマホで会話をしながら、食品に唾を飛ばしながら買い物の品定めをしている主婦がいた。アピタ大垣店内には、そんな買い物客が多いので、事務局に住所氏名を明記して対策お願いの手紙をだした。しかし半年経っても改善もないし、その回答さえもない。顧客の声がガン無視された。それもコロナ対策の人の命に係わることでだ。

 3か月後くらいに、変化があったのは、歩きながらスマホの注意喚起だけである。それなら平和堂でも、JRでも、どこでもやっている。

 ユニー(アピタ)は2019年、ドン・キホーテの資本下に組み込まれた。それが病気の原因のようだ。

 アピタ大垣店の経営に、鈍気呆手の人命軽視ウイルスが侵入し、その猛威が営業姿勢に影響が出てきた。客の声「コロナ感染の危険あり」という警告をガン無視する症状である。

 

賊報 携帯狂のオバタリアン、コロナ菌をバラまく?

スマホに洗脳された狂母、コロナ菌をばらまく?

 

 

ガン無視体質の原因

 ユニー(アピタ)はドン・キホーテに吸収された。そのドン・キホーテの前社長は、株式不正取引で逮捕された。そんなレベルの社長の影響で、客の声など聴く気はない企業体質に染まっていたのだろう。

 組織は全てトップの器量で決まる。組織の荒廃の例では、日産のゴーン、倒産したタカタ、三菱自動車、民主党政権時代の鳩山や菅、大垣の市長しかりである。

 組織はそのトップ以上の格にはならない。

 国は一人の将によって興り、一人の将によって滅ぶ。

 歴史に刻まれた鉄則である。

 

吸収合併の悲惨さ

 会社が吸収合併されると、吸収されたほうは、惨めなものだ。相手の企業文化を押し付けられ、プライドをないがしろにされる。吸収合併後、アピタの社内には、社長が違法行為で逮捕されるような劣悪な社風がはびこったようだ。

 私もそういう境遇を味わったので、当事者の悲惨さがよく分かる。私の場合も、私の元職場の同僚の室長、部長クラスが、合併の5、6年後、ほとんど中国、欧州や外国に飛ばされた。建前は、現地のトップであるが、体の良い外払いである。合併相手の同じ仕事の室長、部長クラスは全員、国内勤務のままである。

 三菱東京UFJ銀行(現:三菱UFJ銀行)の場合も、吸収された方の銀行マンは、人間扱いされなかったという話をよく聞かされた。

 それほどに、企業文化は大きな影響をあたえるのだ。

アピタはドン・キホーテに吸収された

 アピタは2019年1月、ドン・キホーテに吸収された。ドン・キホーテの前社長は、2020年12月3日、株式不正取引で逮捕された。

 客の声をガン無視する社風は、金儲けの為なら客の命など知ったことではないというトップの影響なのだろう。

 ドン・キホーテの店内に入ると、異常な感覚に襲われる。私は二度と行きたくない。激安というには、ワケがある。ドンキでは、人の命も激安扱いである。

 

・キホーテ社長逮捕

 ディスカウントショップ大手「ドン・キホーテ」を運営するパン・パシフィック・インターナショナルHDの大原孝治前社長(57)が2020年12月3日、東京地検特捜部に逮捕された。

 「流通大手のユニー・ファミリーマートHDは18年10月にTOBを実施し、ドンキをグループ会社としました。大原はその計画が公表される前の9月、知人男性に自社株を買うよう勧めたとして、金融商品取引法の取引推奨の疑いがもたれている。最近は千葉にある自宅ではなく、赤坂の高級マンションで生活していました」(司法担当記者)

   週刊文春 2020年12月17日号

 

ドン・キホーテ、アピタを吸収

 ドンキホーテホールディングス(HD)は4日、総合スーパー(GMS)のユニーを完全子会社化したと発表した。保有していた40%の株式に加え、同日付で残る60%をユニー・ファミリーマートホールディングスから282億円で取得した。有利子負債を含む業績への影響額は精査中という。買収に伴い、ユニー会長にはドンキHDの大原孝治社長が就いた。

   日本経済新聞2019年1月4日

 

2021-09-19   久志能幾研究所通信 2154  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

 

2021年9月18日 (土)

福禄寿の法(7)人生の勝利は長生きにあり

 

 人生の成功は福禄寿である。幸福になり、財を作り、長生きして、世の中に多く貢献するのが、人生の勝利である。人に喜ばれて、ありがとうと言われる布施の積善こそが人生の勝利である。それが福であり、人徳の蓄積である。積善の家には必ず余慶あり。

 

守銭奴

 それが人から恨まれて集めた金では、ありがたみがない。だから、金を沢山集めたのが人生の勝利ではない。隣国の総帥のように4兆円の財産を作っても、使う段になってから6年間も植物人間のままで人生を終わるのでは、福禄寿ではない。そのうえ死後に遺族の兄弟間で裁判沙汰の財産争いを作るようでは、醜態である。

 

過当競争社会

 また総帥は己の企業を成長させるため、苛烈なる格差社会と競争社会を造り出した。多くの技術を日本人技術者から秘守義務違反で強欲に吸い取り、その技術者を使い捨てにした。そんな負の手段で得た禄では、ロクでもない。

 

経世済民

 そもそも金を稼ぐ体制の「経済」とは仏語で、「経世済民」の略である。「経」とは、全ての人を助ける真理を束ねた紐のことである。「済」とは「救う」「助ける」という意味である。広く高くその真理を広めて、充実して民を助けていくとやり方を「経済」と言う。その点で、隣国の財閥企業がグローバル経済主義を極めて業界の頂点として君臨し繁栄したが、福禄寿からは程遠い境遇である。

 

命を削る

 福禄寿のためには長生きせねばならぬ。しかし苛烈なグローバル経済競争で命を削って金儲けに成功しても、短命になってしまう。隣国の自殺率は、OECD加盟国中で1位ある。自国の企業が世界一の企業になったことを誇っても、なにかおかしい。本末転倒の異常さである。

 親から頂いた寿命を全うできないのでは、「寿」と言えない。親から頂いた命を粗末にしては、寿は全うできない。死んでもいいから健康管理である。寿が無ければ、福も禄も成立しない。

 

石垣島旅行の挫折

 このコロナ禍のおり、友人の石垣島旅行の話題を思い出し、気分転換で石垣島に旅行する計画を思いついた。しかし、いざ予約をしようとして、自分の体力の低下が著しいことに気が付いた。それでこの計画を諦めた。現地について、体力不足で歩き回れなくては、行く意味がない。体力が無ければ、何もできないことを思い知らされた。

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 馬場恵峰書

2021-09-18   久志能幾研究所通信 2153  小田泰仙

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福禄寿の法(6)電話勧誘を撃退

 

福禄寿

 人生で一番大事なものは、自分の体である。それを継続させる単位が時間である。その時間を無為に奪うものは人生の敵なのだ。

 人生で大事なことは、自分の人生を包括する時間を大事にすること。それに無頓着では、人生が崩壊する。それでは福禄寿にならない。人生を豊かにするために時間の価値を再認識しよう。

 

殺時罪

 時間は命である。自分に関係ない勧誘電話を受ければ、一生の間で使える有限の時間(命)が無為に奪われる。殺時罪、殺人罪である。

 人と面会するのも、人に電話をするのも、どちらもその有限の時間(命)を自分のために頂いているのだ。その意識なき人を遠ざけるのが、幸せの道である。此の世で一番大事なのは時間である。

 命とはこの世で使える時間の総量である。

 自分の時間も、人の時間(命)も同じように大事にする。それが回り回って、福禄寿に繋がる。

 全ての行動で、「ありがとう」と言われない行動は、全て間違った時間の使い方である。ましてや、その行動が相手から怒鳴られたら、間違っていると反省しなければなるまい。それが分からなければ、その人も会社も終わりである。

 それを怒鳴って教えるのも人助けである。教えて上げなければ、相手は永遠に気が付かない。下記はその実例である。

 

ドン・キホーテからの電話

 今日、携帯に電話がかかってきた。「ドン・キホーテのUCSカードではお世話になっております」である。その後の話は保険の勧誘電話であった。固定電話には売り込みの勧誘電話が頻繁にかかってくる。しかし携帯電話への勧誘電話は、この20年間で初めてであった。私は怒鳴りつけて電話を切った。

 くつろいで考え事をしていたさ中、強欲な一方的な電話が、私の大事な有限の時間(命)を奪った。今時、電話勧誘など、強盗商売である。

 相手の女性は、かけた相手から怒鳴られるか、すぐ切られるのが頻繁なので、その因果を悟らねばならぬ。怒鳴りつけるは、私だけではないだろう。それだけ受けた側が激怒している。そんな商売を、上司からやらされる運命を自分で反省しないと、永遠に幸せにはなれまい。商売とは自分も喜んで売って、相手もそれ以上に喜んでもらって、世の中に貢献する。そうでなければ、悪魔の商売である。

 ドン・キホーテの前の社長は、株の不正取引で逮捕されている。社長と言えば、会社で一番偉く、一番影響力がある人物である。そんな悪事を働いて逮捕された社長が君臨した会社の社風が、良いわけがない。その悪風が社員にしみ込んでいるようだ。そんなドン・キホーテに吸収されたアピタの前途は暗い。

 

アサヒからの電話

 前日も朝日新聞から「朝日新聞の紙面が変わりました。ぜひ一度お試しください」との勧誘電話である。「俺はアサヒが嫌いだ。どこで俺の電話番号を調べたのだ」と怒鳴って電話を切った。これで2回目の勧誘電話である。新聞拡販を無差別電話で勧誘するようでは、朝日新聞も終りである。まず誤報を正しく謝罪・再発防止しないと始まらない。それがないから、朝日新聞も終りだ。何回も嘘の報道の罰を受けても、目が覚めない。オシマイである。

 

岐阜トヨペットからの電話

 1か月程前、岐阜トヨペット大垣北店から車検の案内電話がかかってきた。8年前、岐阜トヨペットで車検をしたとき、不愉快な被害を被ったので、それ以降、岐阜トヨペット大垣北店での車検を止めた。もう8年間も岐阜トヨペットに行っていないので、常識で考えればわかりそうなものだ。いまだに車検の電話案内、ダイレクトメールが届く。届いたダイレクトメールを処分するにも時間ロスである。

 二度ほど、電話口の女性にその事情を言って噛みついたが、それでも相変わらず、勧誘電話がかかってくる。その担当女性は、そのことを上司に報告しないようだ。電話勧誘して顧客から噛みつかれても、上司から言われたまま、黙って機械的に勧誘電話を繰り返しているようだ。そういうレベルの社員しか入社しないようだ。だから翌年も別の女性が、顧客リストを見て、電話をかけてくる。

 岐阜トヨペットは、そんな教育レベルの会社である。それで、上司への報告も顧客リストのメンテも社員の教育もやらない会社であることが分かる。そんないい加減な会社に大事な車検など、出せるわけがない。岐阜トヨペットは、それが分からないほど劣化した経営をしている。

 

2021-09-17   久志能幾研究所通信 2152  小田泰仙

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2021年9月16日 (木)

福禄寿の法(5)パルスオキシメーターで懐を計る

 

 コロナ対策で、万が一に備えてパルスオキシメーター(血液中の酸素濃度測定器)の購入を検討した。量販店では入手不能であったので、ネットで探したらすぐ見つかった。問題はどの価格レベルの製品を買うかだけである。価格は1,268円から6万円程の製品が目白押しである。高いのは日本製で、その他のほとんどが中国製である。発注前に、どれを選ぶかで悩んでしまい、それで己の懐具合が見えてしまった。

 まあ妥当な線で7,800円の売れ筋製品を仮選定したまでは良かったが、それから考え直して悩んでしまった。

 

なぜこんなに安い製品があるか。

なぜ日本製はこんなに高いのか。

 

オキシメーターの位置付け

 オキシメーターは命にかかわるモノだ。オキシメーターを国防に例えれば、敵の外国から発射されるミサイルを検知するレーダーに相当する製品である。それの製品が仮想敵国製で良いのかを考えるべきだ。大袈裟だが、命に係わる製品である。外国製品を買えば、国内メーカが弱体化し、健康の国防(国内の経済、産業、雇用)が弱体化する。

 その問題は、先の新型コロナ騒動の初期でマスク争奪戦争において、世界的な大騒ぎでも明らかになった。マスク生産でも外交の武器になるのだ。マスクを自国内で供給が出来るか否かで、国民の命が左右される。国防の問題である。

 

食糧問題も同じ

 同じことが食料問題でも顕著になっている。現在は日本の自給率は40%を切っている。売国政治家は、工業で儲けて、食料は買えばよいと言うが、危機状態の時、近隣敵国が、食料を売ってくれるかは保証の限りではない。食糧輸出を制限すれば、日本は干上がり、危機状態に陥るのだ。危機状態では、食料は武器になる。だから欧米先進国の食料自給率は100%以上である。1970年当時のオイルショックの状況を食料危機に置き直して考えるべきだ。

 

コロナ死、ガン死、認知症の原因は同じ

 コロナ死は、コロナ菌と戦った免疫細胞の死骸が血管に詰まって、酸素を運ぶ血が流れなくなったのが原因である。

 がんの発症原因は、免疫力の衰退である。血管内部が飽食、悪食でプラークがたまり、血がうまく流れず高血圧となる。それで免疫酵素が毛細血管の末端まで行かなくなり、がんの増殖の原因となる。

 認知症の発症原因も同じである。血管の内部が飽食、悪食やジャンクフードでプラークが蓄積して、血管内径が細くなり、必要な酸素が脳細胞まで十分に行かなくなり、脳細胞が死ぬのが、大きな要素である。

 自分の人生がうまく行かなくなるのも、安いものばかり買うから、自分の考え方が貧乏くさくなり、前向きの行動がとれなくなった。人生が負のスパイラル降下になったのだ。そういう人間が増えたため、それが原因で国民を支えてくれる日本経済をじわじわと衰退したのが原因である。「風が吹けば桶屋が儲かる」と同じ連鎖が起きたのだ。

 

人は資源

 日本が、この30年間の経済戦争が敗れた一原因は、人件費を経費として、海外の安い労力を求めたことにある。それが今の家電業界の「敗戦」の一原因である。技術防衛をせず、機密情報がダダ洩れになったことだ。家電の敗戦は、労賃が安いからと、国内工場を海外に移転させたのが最大の原因である。人へ払うお金は、経費ではなく、投資なのだ。人が付加価値を何倍にもしてくれる存在である。

 

モノを買う意味

 どれを選ぶかは、自分の生き方を選ぶことになる。モノを買うとは、自分を買うことだ。モノを買うことで、自分の生き方を訓練している。安いものを買うのは、安物買いの人生の訓練をしている。そんな人生しか送れないことは情けない。何かが間違っていたと悟ることだ。

 安物買いは、日本経済の足を引っ張る拝金主義者の勢力を応援することになる。それでは将来、日本はますます貧しくなる。大河に一滴を注ぐつもりで、日本製を買うことを続けたい。

 血の巡りは、酸素を含んだ血が頭に回らないと、よくならない。日本経済も国内に血(お金)が回らないと、活性化しない。安い製品は、敵国の経済を活性化するだ。その分、日本の経済が負の活性化となる。いわば自分で自分の首を絞めている。それがこの30年間の日本経済停滞である。その責任の一端は、国の保安を考えず、安ければよいと考える国民にもある。

 

結論

 自分の歳を考えて、そんなにも長く生きられるわけではないが(精々37年?)、最期まで自分らしく生きたい気持ちを再確認した。

 結論として、2~3万円程の日本製を買うことにした。それが世の為、人の為、日本経済活性化に役立つのだ。

 

2021-09-16   久志能幾研究所通信 2151  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年9月15日 (水)

白衣観音、オニの明慶師を笑顔に変える

 

 大仏師松本明慶先生は、仕事のオニ(魂)である。オニとは「鬼」が「云う」と書いて「オニ(魂)」である。私はこの10年間、全国のデパートで開催される松本明慶仏像彫刻展に、追っかけで走り回っている。その折、いつも松本明慶先生とツーショットの写真を撮らせてもらっていた。

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 オニ(魂)  松本明慶大仏師作

 

明慶先生の変身

 松本明慶先生は、当世の仏師の第一人者として、いつも威厳ある趣の顔でツーショットであった。しかし今回、名古屋・名鉄百貨店で開催された松本明慶仏像彫刻展(9月8日~13日)では、すこし勝手が違った。

 私とツーショットを撮る前、先生は婦人たちとの記念写真で、明慶先生はご婦人たちに「もっと笑って、笑って」と言って一緒に笑顔で写真に納まっていた。

 次に私とのツーショット時も、「小田さん、もっと笑って、笑って」である。この10年間で、こんなことは初めてである。私もいつもの真面目くさった顔を、今回は少し緩めて笑顔で写真に納まった。周りのお弟子さんたちも、明慶先生と私の笑顔をみて、素敵な顔ですねと世辞?を言う。

 

白衣観音のご指導

 聞けば、先生の白衣観音様(奥様・華明さん)から、「人生の後半になったのだから、もっと笑顔を見せて過ごすように」と、お叱りと言うか、お小言をされたようだ。今まで松本工房の統領として、40人の弟子の前では厳しい指導をするため、笑顔が少なく、顔つきも厳しくなっていたようだ。しかし、いま仏師として日本一の名声も得たし、後継者も成長したし、全国各地に大仏も数多く建立したし、高野山中門に四天王の納佛という大仕事もできた。それで華明さんが、明慶さんの行動を見かねて笑顔に関する助言されたようだ。

 

笑顔の力

 笑顔でいれば自然と仏様から愛される存在となる。笑顔で顔の筋肉を鍛えれば、幸運をつかむ力なる。笑顔は「顔施」といって、七布施の一つである。それで運命がよくなる。

 人は幸せだから笑うのではない。笑うから幸せになれるのだ。

 明慶さんの仏像の素晴らしさを見て、笑顔になれば幸せである。仏像を見て笑顔にならなければ、その出来が悪いというようなものだ。

 人は、人に恵むことで初めて救われる。幸せは、人から奪うことでは達成できない。お釈迦様は、托鉢でまわるなら、貧しい人の所に行きなさいと言われる。貧しいからこそ、ほんの少しでも人に恵むことで幸せになれる。それが顔施である。それが出来ないようでは、人生の成功はあり得ない。

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  馬場恵峰書

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私の顔😐  2011年9月13日 名鉄百貨店で

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私の顔😐  ‎2017‎年‎1‎月‎11‎日  富山の名鉄百貨店で

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私の顔😊 2021年9月13日 名鉄百貨店で

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 馬場恵峰書

2021-09-15   久志能幾研究所通信 2150  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。

2021年9月13日 (月)

癌は佛様の化身。 佛様と出会い、生まれ変わる(2/2)

がんは佛さまの化身

 私はがんになって、船戸先生の指導でリボーン(生まれ変わり)ができた。がんに感謝である。リボーンせずそのままの狂った生活を続けていれば、別の病気で早死にしていただろう。

 がんは仏さまの化身である。仏様はがんに正しく向き合えと言っている。がんを患い、治療と再発防止を真剣に考えるとは、真剣に自分の生き方に向き合うことだ。自分に祈ることだ。病気を治すために自分に課した戒律を自分に百万遍誓うことだ。その誓いを守れないようでは、仏さまも味方になってくれまい。

 自分の戒律として、良眠生活、良食生活、加温生活、運動生活、微笑生活を誓っている。健康でなければ、何もできない。

 

戒律ある生活

 文殊菩薩は、宝刀で俗世間の煩悩を断ち切り、宝玉に詰まった知恵を授ける。多くの医師の知恵を借り(文殊の知恵)、その智慧を賢く選択して治療にあたる(普賢菩薩)。世の中の智慧は玉石混交である。自分の見識で一番正しい道を選ぶ事が、自分のまつりごと(御政道)である。

 真の宝物とは智慧である。我々が正しく生きるためには、「苦」が必要なのだ。人は必ず生老病死苦である。与えられた「苦」を昇華するためは、変わらなければならぬ。仏様は変えろと言われる。この世の全ては無常である。全てが無常であることは、「全ては変わる」、「全ては変えられる」。だから必然の変化(生老病死苦)に合わせて自分を変えればよい。それが仏様の教えである。

 自分を変えられない人は、時間が止まった状態である。それは死の世界。そういう人は、世を恨んで死んでいく。そんな人生を送ってはならない。

 

寂滅

 生は偶然で、死は必然である。ご縁も同じで出合いは偶然で、別れは必然である。我々は必ず死ぬ体を抱えて生きている。生とご縁を大事に労わりたい。生かされている以上は、人として志を高く掲げて、少しでも長生きして、少しでも多くの貢献を世に残したい。生かされた命を無為に生きてはならない。お釈迦様は死ぬ時に、あの世が有るとも無いとも言われなかった。だだ「精進せよ」とだけ言われて寂滅された。

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 虚空蔵菩薩 松本明慶大仏師作

Dsc065732s 文殊菩薩 松本明慶大仏師作

Dsc065662s 普賢菩薩 松本明慶大仏師作

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2021-09-13  久志能幾研究所通信 2149  小田泰仙

著作権の関係で、無断引用を禁止します。