2017年8月 7日 (月)

磨墨智 435b.ことな親を鞭打て

 バブル期の育った今の親は、ゆとり教育の弊害もあり大人になっていない。叱られたことがない親を真剣に叱ろう。それが世の為、人の為、日本の将来のためになる。大人になっていない親を小人(ことな)という。大垣市立図書館の学習室でそんな親を、2013年の夏に3名ほど見た。

 2013年8月12日、学習室で子供二人連れの母親が、自分は真ん中に座り、両脇に子供を座らせて勉強をさせていた。母親はその合間に、家業の伝票処理をしている。小声で子供を教えるが、熱心であるが故に、その声は静寂な学習室では遠くからでも聞こえて迷惑行為になっていた。伝票処理で領収書のカーボン紙をビリッと破る甲高い音が、断続的に部屋の隅まで響く。己のやっている迷惑行為には無頓着である。己の子が走って学習室から出入りをするが、己の伝票処理に忙しく注意もしない。夏休みで、席が逼迫している状態であるが、母親が勉強ではなく、金儲けをしている。その占領した分、高校生の座る席が無くなる。母親はそんなことには気が回らない。4時間ほどこれが続いたので、さすがに堪忍袋の緒が切れて、私は、母親が学習室の外に出たときを見計らって叱りつけた。さすがに驚いて謝りはして退席することになった。

 

図書館員と大喧嘩

 数週間前のときも同じような母親がいて、回りに迷惑をかけていたので、警備員に注意をお願いしたが、動いてくれないので、やむなく私が注意をした。その経緯があり、今回は警備員を通さずに私が動いた。ところがそれを見て若い太った図書館職員が飛んできて、私に噛み付いてきた。「母親が涙声になっているではないですか、子供が怯えているではないですか」と。

 問題は、図書館職員が問題の本質を見ず、自分の務めも果たさず、問題を起こさないように(自分に火の粉が被らないように)、事象を押さえ込む姿勢である。ここに行政の退廃がある。問題は何か。私が叱ったのには訳がある。「母親が身勝手なことをして、学習室で静かに勉強している約50名の学生達に迷惑をかけた。母親が子供に、己の為なら公共の場でも身勝手なことをしてもいいと、背中で教えた」である。その真因を追究せず、無責任な肥満体の職員は、母親を泣かせたと私を責める。話が噛み合わないので、大喧嘩のような議論になった。私は副館長を呼んでもらったが、その副館長も来ただけで黙って見ているだけであった。市民の貴重な時間を盗む税金泥棒達である。肥満体とは、自己管理ができていない表示である。本来の図書館学習室の管理ができていない。無責任である。

 そもそも「子供が怯えている」という言葉使いが拙い。人殺しでもあれば、そんな言葉を使うのも許される。言葉使い一つでその人の教養がわかる。なぜ泣くのか、自分が悪いことが分かっているので、ずるい女は泣いて防衛する。すると私が加害者に立場が逆転する。女は弱いが、母親は強いはずである。またいかに日頃子供が叱られていないかである。我儘放題の躾をされている証しである。今の親は、叱られた経験が少ないのが原因である。それが現代の若者の悲惨な事件の頻発の原因である。現代は、生意気だからという理由だけで、女子高校生が同級生をみんなで殺してしまう時代である。その真因は、躾教育を放棄した親の責任である。

 この話をある社長に話したら、「中年女は、自分が悪いことが分かっていると泣いてごまかす。それがうまくいかないと、次は色仕掛けで来るので要注意だよ」と教えてくれた。館内レストランの方に話したら、「今の母親は、我々のような苦労をしてないので、教育がなっていない。小田さん、もっと叱ってよ」と励まされてしまった。以前に、泣いて職務をごまかした恥知らずな外務大臣がいた。小泉首相も「女には涙という武器がある」と閉口していたのを思い出した。

 

当日談

 本原稿を2013年8月15日の朝、何故か4時に目が覚めて、2時間ほどで書き上がってしまった。その後、何時もの散歩コースを回り、濃飛護国神社を回って常盤神社(大垣藩の教育の基礎を築かれた戸田公を祀る)と大垣大神宮に参拝した。その前広場で軍手をはめた掃除の身なりの人から「ありがとうございます」と言われた。この3年間、欠かさず神社の参拝を続けているが、お礼を言われたことがないので、驚いてどちら様ですかと伺ったら、「私はこの神社の宮司です」とのこと。ご縁を感じて色々とお話を伺った。この宮司は、いつもは濃飛護国神社の社におられる。この大垣大神宮は、明治天皇の直々の御下命で建立されたとか。この3年間、参拝をしているが初めて聞くお話であり、当日が終戦記念日でもあり不思議なご縁を感じた。

 ここで思いついたのは、前述の情けない親や子供の教育の件である。先の大戦で命を御国に捧げた英霊が見れば、「俺たちはこんな情けない国にするために、命を捧げたのではない」との声が聞こえたような気がする。それが宮司様の陰のお声である。その足で、予約をしておいた献花を求め(私は今月が町内のお地蔵様の月当番)、お地蔵菩薩様を何時ものようにお世話をさせて頂いた。別項の資料は、ご縁でお地蔵菩薩様の説明パネルの文面作成を依頼されて、作成した原案である。ご縁が繋がっている。

 

図1~3 濃飛護国神社

図4 大垣大神宮

 

2017-08-07

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2017年8月 6日 (日)

磨墨智 435a.子供を鞭打とう

子供を甘やかし育てるとは、わが子を死に追いやる

 教育とは無償の行為である。訓練は餌で釣る経済行為である。愛を込めて育成する心が、その子の将来の時間を輝かせる。豊かな未来の時間を創造してくれる。甘やかされて育った今の親と子供が、今の日本をダメにしている。甘やかされて叱られない子供は、我儘一杯に育つ。子供のときはそれでも良いが、大人になったとき、厳しいしっぺい返しを社会から受ける。甘いもの、清涼飲料水、ポテトチップス等のファーストフードを食べたいだけ食べて育つと肥満体になる。当然、糖尿病等の成人病も併発する。また自制心も育たない。そんな学生を大企業が採用するはずがない。外見を見ればその人の人格や能力はわかる。そんな子は正規社員にもなれない。性格虚弱・病気持ちの若者が現代社会を生き抜くには、あまりに厳しい世の中である。行き先はフリーターか犯罪か自殺である。全ては親が甘やかした責任である。子供の未来の時間が抹殺される。それを蜂蜜殺人という。子供が間違った道に進まないように性格を躾するのが、親の責任である。それを放棄した責任は重い。

 

脳の発達

 子供の脳は3歳までに65%、6歳までに80%が完成する。その間に親の教育(躾)ができていないと、動物同然の生き物に育つ。その昔、インドで狼に育てられた狼少女が発見されたが、程度問題の差で、同じである。躾がないと自制心も自立心もない。食べたいものは食べ放題、躾や清掃清潔等の価値観が形成されない。親は子供を人間に躾をする義務を持つ。躾をしない親は、子供の将来を抹殺していると同じで、殺人者である。

 

エピソード

 2013年8月12日、大垣市学習館内のレストランで食事をしていたら、真後ろでイスをバタンと倒した子供がいた。こちらに被害はないのだが謝りもしないので、躾として注意をしたら、お祖母さんと思われる女性に、泣きながら抱きつきにいった。普通の口調で注意しただけだが、お祖母が子供をあやしながら「この子はこれでも小学2年生なのです。親が甘やかして叱らないから、いつもこんな風なんです」と申し訳なさそうに謝る。子供に謝るように諭すのだが、子供は泣いて祖母に抱きついているだけ。体格は小学6年生並みの肥満体である。外見から判断すると、甘いもの、清涼飲料水、ポテトチップス等のファーストフードを食べたいだけ食べているようである。頭は正直に小学2年生である。これではこの子の将来は終っている。これが現代の子供の姿なのだと愕然とした。この子達が成長して私の年金の基礎となる税金を納めるはず。それが危ないのだ!

 図1 教育とは

図2 価値観教育とは

 

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磨墨智 324.自分の評価価値を知ろう

約束時間への遅刻は自分への評価の逆数指数

人は潜在意識で行動し、それが約束時間に現れる。

  自分の時間を大事にする以上、他人との約束時間、特に待ち合わせ時間を守るのも、間接的に大きな節約であろう。人さまの時間を尊重しない人間に、自分の時間の大切さが分かるはずがない。曰く「遅刻は最大の拒否表現」。私は、人の評価にこの待ち合わせ時間の正確さで、判断している。その人の持つ人格、人生思想、自分への評価(自分がどの程度大事に思われているか)等なかなかに、相関係数の高い指標である。

  あと40年しか生きられない?残り少ない人生で 、付き合う人物を選別することは、己の人生密度を高めてくれる。時間にルーズな人からは、将来大きな時間泥棒的な被害を受けるはずだ。またこのことの、自分へのけじめとして、待ち合わせでは、時間に遅れない段取りをする。電車で行く場合は必ず、1本早い電車にする。そうすれば一つ乗り遅れても慌てなくて済む。現地で時間があれば、することはいくらでもある。私は待ち合わせ場所を、なるべく本屋ですることにしている。ここは早く行っても、待ちぼうけを食っても、時間を有効に使える場所だ。また人を待たせると、どうしても受け身になりがちだ。人生では自分の主体性が大事。私は、人を待たせるより、待つほうが性にあっている。

 

出入り禁止

 ある知人が会いたいというので、時間を指定した。相手の都合により指定時間より1時間早い時間で約束時間が決った。そのため図書館から帰宅する時間を1時間早めて帰宅した。ところがその約束時間になって、相手から電話がかかってきて、「今から1時間後に行っていいですか」という。当日は大した用事でもない話であった。そつなく話をして別れた。その知人とは交際を絶った。

 

--- 15分前の余裕 ---

「私の生涯の成功のすべては、他人より15分早く行動したことにある。」

 19世紀初頭、ナポレオンのフランス艦隊をトラファルガー沖で壊滅させたイギリスの名将ネルソン提督の言葉

 

2017-08-06

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「桜田門外ノ変」の検証 (6/25)

(4)危機管理マニュアルの整備

 ― 暗殺計画シナリオ 

暗殺計画は、シナリオ通りにはなかなかうまくいかない。しかし、防御の方はシナリオがなかった。だから、緻密なシナリオがあるほうが勝ちである。この場合、水戸藩の志士達の襲撃隊には詳細な計画書があった。護衛する側には、何ごともなくて当たり前の世界である。いかに無事に済ませるかが問われる。 襲撃側はわずかな隙を狙ってせめてくる。そこに防御の難しさがある。

 

女子寮の警備

 父はオーミケンシの警備の仕事をしていた。当時のオーミケンシの工場の従業員は大部分が若い女子である。工場内には女子寮があり、工場の塀には上側が鉄条網になっていた。それでも変態者が、よく乗り越えて侵入してきたという。変態者は、警備員の巡回時間を知っていて、それを避けて塀を乗り越えてやってくるという。数人の警備態勢で、深夜、広大な敷地全部には監視の目が行き届かない。

 

最高権力者の暗殺

 井伊直弼公の籠の行列に、直訴状を掲げて飛び込んできた男を、護衛の武士も直ぐには排除できなかった。その男が直訴状を掲げながら平伏して、隠し持った単筒で、至近距離から井伊直弼公の籠に向けて弾を撃った。それが致命傷となった。その単筒の音を合図に、水戸藩士が井伊直弼公の籠に襲いかっかった。現時点で考えても、これを防ぐ手段は思い至らない。そういう運命であったと考えるしかない。あの警備万全であったはずのケネディ大統領の車パレード中の暗殺劇も、当時としては防ぎようがなかった。確信犯に対しての防御は、不可能に近い。ましてや、相手は死を覚悟しての犯行である。それも、方向が違うが、国を憂い殿様に忠義を誓い、命を投げ出した志士達である。

 

体制の疲労破壊

 また300年続いた幕藩体制で、時の最高権力者の大老を襲撃するという行為が、想定されなかった。時代が音もなく変わりつつある中、その体制を守る側は無力である。その防御態勢のしきたり(幕府の規則で警備の人数まで規定される)を破れば、幕藩体制を自ら壊すこととなる。幕府のしきたりが、自らの首を絞める結果となっていた。体制の疲労破壊である。井伊直弼公は改革者であるが、幕府のしきたりは破らない。彼も改革をそこまでは手を付けられなかった。

 

2017-08-06

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インプラント 25(立場を代えて)

3.25 立場を代えて観る

 自分が歯科医なら、インプラントを患者に勧めるか?

 これは経営者の価値観の問題である。拝金主義で、医院の利益を考えるならば、インプラントを勧めるであろう。患者のことを思い、良心があるならば、現状では安全性に不安があるので、勧めないのであろう。いくら儲かるといっても、将来の訴訟されるリスクを考えると、経営上でインプラントは恐ろしい麻薬のようだ。私が歯科医ならば、インプラントは絶対に患者には勧めない。

歯科医の付加価値

 歯科医院は、全国にコンビニエンスストアの1.6倍の数が存在する。「1996年に歯科医療費が2兆5千億円に達してから、歯科医療費は抑制され続けてきた。一方で歯科医が増えたため、「保険診療だけでは経営が成り立たない」と嘆く歯科医が増えた(厚生省資料)。つまり歯科医療は過当競争状態にある。歯科医師の平均年収は582万円で、医師の1,141万円に遠く及ばない(週刊ダイヤモンド2012/2/11号)。そこに「麻薬のような」インプラント治療が登場し、多くの歯科医が飛びついた。その状況で、利益率の高いインプラントの魅力は、極めて大きい。付加価値のある経営が求められているが、インプラントが患者に真の付加価値があるのかが、問題である。

 

トヨタ生産システムでは、まず顧客から出発して、各工程で、「この工程は顧客に対してどのような付加価値を生み出しているか」と問いかける。

   ジェフリー・K・ライカー著『ザ・トヨタウェイ』p54

 自然の摂理でみれば、インプラントを無条件に勧める歯科医は今後、淘汰されるだろう。それが市場の原理である。顧客の目は正直で厳しい。自然の摂理はもっと冷酷である。

 

2017-08-06

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2017年8月 5日 (土)

カテゴリー「書天王が描く世界」を追加

 「文以拙進道拙以成」とは、文章でも技巧を凝らしうまく見せるのではなく、道はうまく立ち振る舞おうとしないことで成就する、との意味だと菜根譚で洪自誠は言う。それは人生でも言える。世渡り上手のテクニックでうまく人生を泳ぐのではなく、正しい方法で愚直に正しい道を歩くのが、人生道だと思う。お墓に入るとき、ご先祖様に会っても「ただ今還りました」と胸を張って言えるように、恥ずかしくない人生を送りたいと思う。勤勉とは自分に対する修行なのだ。

  半世紀前に聞いたご先祖の話がずっと頭の隅にあり、2015年3月3日に両親の法事をした機に叔母の北尾自孝の死去が判明して、それから、北尾家の墓のお守りの引き受け、家系図つくり、北尾道仙探し、300年前のご先祖のお墓の改建に到る旅物語に発展した。その連綿としたご縁の不思議さに手を合わせている。

 

2017-08-05

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722.「鰻掴み理論」の結論は禁酒

お酒は時間と命を削る鉋

 食べ物は胃、腸で消化されるが、酒は薬物を分解する工程の肝臓でしか、分解できないので、世界保健機構(WHO)は薬物として定義している。だから宴会とは薬物パーティである。私は原則、禁酒をしています。「薬物」としてのお酒は、頭の回転を乱し、時間を削る鉋である。そんな薬物に対して、いかに自制するかが時間創造である。そもそも肝臓は、アルコールを9~12mℓ/H時しか処理できない。大人の適量は、日にビール大瓶1本(633 mℓ).日本酒で1~2本、ウイスキーで1~2杯というが、この分量では3時間も「薬物酩酊状態」に陥る。薬物酩酊状態では時間創造は不可能である。

 だから、お酒の適量はせいぜいワイン一杯(アルコール度12%)、ビール350 mℓ ( 同5%)、日本酒(同15%)半合である。宴会で禁酒をする場合は、「私は酒が飲めません」と言うか、「私は酒を飲みません(will)」と宣言するかで、意味は違う。あくまでも自分の意志(will)を明確に宣言すべきである。

「時間は最もユニークにして、かつ乏しい資源である。これをうまく活用できないものは、他のどの資源も活用することはできない。」ピーター・ドラッガー

 

鰻掴みの理論

 胃の内面の壁は、ウナギの外皮の状態に似ている。胃は自分の消化液で自身の胃壁の消化を防ぐため,表面にぬるぬるした保護膜で覆われている。それはウナギの外皮に酷似している。手では掴みにくいウナギを扱うため,手に塩を付けるか、アルコールでウナギの外皮を拭くと、容易にウナギを掴める。これと同じ状況が、塩けの多い食品を食べたり,つまみ無しに酒だけ飲んでいる時に、胃の壁に起きている。塩けの多い食品やアルコール単品で胃に入ると、胃の保護粘膜が除去され、自身の胃液で胃が傷められる。この刺激が長年続くと、胃ガンとなる。従来日本人のガンで胃ガンがトップであったのは、濃い味噌汁や漬物に代表される塩辛い食品が原因であった。試験として、純粋アルコールを細胞に注射すると、細胞が萎縮するのが観察される。アルコールを飲む場合は、事前にコーンポコタージュや牛乳を飲んで、胃壁を保護するのが欧米の家庭の知恵である。

 2001年初春,父が胃ガンの初期と診断され,その縁で上記「鰻の外皮理論」を後藤悦夫先生から教えられた。知恵は人生の危機に対して予防の杖を与えてくれる。無知は人生に壁を作り、破滅の道に導く。

 

赤ワインの勧め

 中国首都医科大学名誉教授の佐藤富雄氏は、そのお酒の中でも、赤ワインを別格として勧めている。これはあくまで薬としての話である。

 酒は「毒にも薬にも」なると評されるが、どんな理由であれお酒は体にとって「薬物」である。薬物を分解するプロセスでしか、お酒は分解できないという宿命をもっているので、世界保健機構(WHO)ではあくまでも薬物として定義づけている。それゆえ肝臓には薬物代謝として確実に負担をかけることになる。  

 だだし、そのお酒のなかでも、赤ワインだけは薬理効果がある。赤ワインの原料となるブドウの木は、直下型で地下十数メートルまで根を張っていて、その根は地下水を汲み上げている。一方、日本酒やビールの原料となる米や麦の根は、わずかの長さしかない。それでも表土のところからミネラルをはじめとする栄養分を吸収し、穀物としての成分を作っている。しかしブドウの木は10年くらいかけて途中の奥深く根を延ばし、地下水を汲み上げているのだから、果実に蓄積されるミネラルは米麦の比ではない。

 ワインは、地下水から吸収する栄養分で育てた果汁だけで、発酵させていく。しかし、日本酒はお米を蒸してそれを麹にして、さらに水を加えて発酵させている。ビールも原料が違うだけで、基本的製法は似たりよったり。こうしてワイン以外のほとんどのお酒は原料である穀物に水を加えて醸造している。だから加水せず、脱皮をしない赤ワインはまさに「純天然」である。

    (佐藤富雄著『「積極人間」は早死にする』中経出版(1997))

 赤ワインは、鉄分が多く、昔は貧血の薬として使われたくらい血液を補う働きがあり、血行を良くする働きがある。赤ワインは日本薬局方(医薬品の品質に関する国の法令)に収録されている薬です。「血液中の善玉コレステロールLDLに、活性酸素が結びつくと、善玉コレステロールの酸化LDLに変化する。赤ワインはこのLDLが酸化しにくくする作用がある(国立健康・栄養研究所 板倉弘重部長が1995年5月の日本栄養・食料学会で発表)。白ワインはブドウの実だけを搾って作られるが、赤ワインは、ブドウの皮も一緒につぶして作られる。この皮の渋みの成分はポリフェノール類の化学物質で、これが熟成して活性酸素を取り除く薬効が出ると推定される。(『壮快』1995年8月号)

 

J型曲線のピットフォール(落とし穴)

 お酒は脳を不健康にする。そんな研究結果が最近英国のオックスフォード大学から出ました。適量でも長期間継続的に飲酒していた人は、全く飲まない人やほぼ飲まない人に比べて、脳に異常が出てくることがわかったのです。記憶を司る海馬という脳の大切な部位が、お酒を飲むとその飲酒量に相関して萎縮していたのです。すなわち、お酒を飲めば飲むほど記憶力が低下するリスクが高くなるのです。

飲酒と健康についての昔の疫学研究はJ型曲線を示していました。アルコールの消費量を横軸にし、健康アウトカムを縦軸にしたグラフでの結果です。健康アウトカムとして心筋梗塞と脳梗塞をとると、全く飲まない人に比べて、適量の飲酒者は、それらの病気になりにくいという結果を示していました。そのグラフの形がJ型だったのです。

しかしながらこれらの疫学研究にはピットフォールがありました。原因と結果が逆転していたのです。体力が弱って病気の人はお酒も飲めなくなりますね。そのような人々も含めてグラフにするともともと病気の人が非飲酒者群に含まれてしまうことになります。

このような原因と結果が逆転してしまうような現象を取り除いて分析してみるとJ型の形は消失し、正の相関を示す直線となったのです。すなわち少量の飲酒でも心筋梗塞や脳梗塞になりやすくなるということが判明しました。お酒はまた、クモ膜下出血や脳出血のリスクでもあります。

メルマガ『ドクター徳田安春の最新健康医学』より

http://www.mag2.com/m/0001657727.html?l=aqy09907be

 

 私は医師でないので、正誤は論じられません。私が得た情報を公開します。判断は各自にお任せします。

酒は人類の敵である。聖者曰く「汝の敵を愛せよ」

 

『時間創出1001の磨墨智』より

 

2017-08-05

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「桜田門外ノ変」の検証 (17/25)冬夜

大垣藩と安政の大獄

「冬夜」の碑

大垣市立図書館前の公園内にあるこの碑文「冬夜」は、勉学に励む当時の大垣藩の藩医江馬家の家庭の雰囲気を伝えている。文面の書もなかなかに名筆である。大垣藩は多くの学者や文人を輩出した「文教のまち・大垣」として全国に知られている。下記の詩は、当時、人生50年の時代にもかかわらず、80歳の父が時代の最先端情報である欧・蘭書を精読している横で、灯火を分け合って、娘(40歳)が中国の古典を読んで勉学に励んでいる様を格調高く漢詩にしている。毎朝の散歩でここを通る時、当時の大垣藩の教育と文化に思いを馳せる。

 

冬夜                             江馬細香

爺は欧蘭書の原書を精読し

児は唐宗の漢詩を読む

一灯の光を分かち合い

物事の根本や時代を遡る

児は飽きて甘物を思う

一心に蘭書に向かう爺の姿に、

爺の精神力に及ばぬ己を恥じる

齢80爺の眼に曇りなし      (訳 著者) 

 

 作者の江馬細香(多保)は、大垣藩主の信任厚い藩医、江場蘭斎の長女として生まれ、この時代には珍しく高度な教育を受け、芸術面で才能を発揮した。蘭斎は細香が18歳になった頃、婿養子を迎えて家を継がせようとした。そのとき細香が「結婚しないで芸術の道に精進したい」とその気持ちを父に伝えると、蘭斎はあっさりとその願いを聞き入れ、妹の柘植子に婿養子を迎えてしまった。分かりのよい親である。現代でも難しいのに封建時代の話である。

 文化10年(1813)10月、頼山陽は大垣藩の江馬蘭斎を訪ねて大いに歓待された。頼山陽は、江戸後期の儒者・詩人で『日本外史』の著者として広く知られている。明治維新の際に、勤王方の若い青年たちに広く読まれ、彼らの士気を鼓舞したといわれる。このとき細香と出会い、お互い好意を寄せる感情を抱いた。彼女は彼を尊敬し、門人になり「細香」という号をもらった。時に彼女は27歳の才色兼備の佳人であった。その後、頼山陽は多保(細香)に、求婚をしたが、江馬蘭斎が結婚には反対し実現しなかった。しかし、彼の才能を認めて娘の入門は許している。結局、頼山陽は別の女性(梨影(りえ)17歳)と結婚した。彼女は父が縁談を断ったことを知り、塞ぎこむ日々を送ったが、気を取り直し、話を戻してもらおうと翌春に上京して頼山陽の元を訪ねたが、彼は結婚した後であった。落胆した彼女ではあったが、その現実を受け入れ、その後、頼山陽が亡くなるまで20年間に7度、従学し、漢詩を師事し続けた。また頼山陽の母に対しても、子のように接した。頼山陽の死後も、彼の妻と姉妹のような交際が続き、ついに一生を独身で終った。頼山陽のような、才能豊かで人格も高く、当代きっての人物に知遇を得ると、他の男性が見劣りするのであろう。

 頼山陽の影響もあってか、細香女史は、早くから勤皇の大義に目覚めて、慷慨国家を憂へた女丈夫でもあったようである。安政の大獄では、頼山陽の妻も牢に入れられ、子息も幕府から追われ、捕縛され斬首されている。

 歴史上の「もし」として、細香女史が望み通り頼山陽の妻になっていたら、安政の大獄で死罪になっていた。井伊直弼大老が統括した安政の大獄での厳しい追求は、彼女の言動を見逃すはずが無い。そうなると女性漢詩人、画家としての江馬細香は存在せず、「冬夜」の漢詩も存在しない。この頼山陽と結婚できなかった不幸なご縁は、彼女の才能を惜しんだ神様のご配慮かもしれない。

 

【江馬 細香】(1787~1861)

 江馬 細香(天明7年4月4日(1787年5月20日)- 文久元年9月4日(1861年10月7日))は、江戸時代の女性漢詩人、画家。美濃大垣藩の医師江馬蘭斎の長女として生まれる。本名は多保。少女の頃から漢詩・南画に才能を示し、絵を玉潾・浦上春琴に、漢詩を頼山陽に師事する。湘夢・箕山と号すが、字の細香で知られ、同郷の梁川紅蘭と併称された。頼山陽の恋人であった。

 江馬 蘭斎】(1747~1838)

 伝馬町で版木彫を職業としていた鶴見壮蔵の長男として生まれる。大垣藩侍医江馬元澄の養子となり、医学の道に進む。大垣藩主氏教の侍医を勤める。養父を師として漢方医として活躍したが、46歳で蘭学を志し、江戸で前野良沢や杉田玄白に学び、大阪・京都よりも早く美濃に西洋医学をもたらした。患者には慈悲深く接し、自らは倹約を第一義として、硯の水さえ井戸水を用いず、雨水を受けて用いた。優れた才知を持って学門に励むとともに、蘭学塾「好蘭堂」を創設し、多くの門人を世に送り出した。

 この時代にあって92歳までの驚異的な長寿を全うした。「冬夜」の書かれた当時、80歳でまだ現役として、西洋医学の研究に励み、若人の指導にあたり、最期まで現役として活躍された。理想とする人生の歩き方である。人生50年といわれた時代、また侍医として誰よりも保障された身分にもかかわらず、46歳から全く新しい蘭学の志ざした。だからこそ、92歳まで活躍されたのだろう。そんな名声を聞いて、頼山陽が江馬 蘭斎のもとを訪ねてきて、細香とのめぐり合いの縁が生じたのである。

 

図1 「冬夜」の碑(公園内) 2011年1月17日撮影

 

 

2017-08-05

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643.死にたい人を止めない

 死にたいと言ってきた人には、臓器提供をしてもらおう。できれば活きのいい状態での生体臓器提供を勧めて、その場でドナーカードにサインをもらう。そういえば(残念ながら)大抵の人は死ぬのを思い止まってくれる。そんな泣き言を言ってくる人に、まともにつきあう時間が無駄だ。冷たく突き放すのが本人の為である。心理学的に言って、泣き言を聞いてもらいたいがために、死にたいといっているだけ。それを深刻に受け止めると、相手も当方のうなずきに落ち込んでしまい、本当に死んでしまう。

 本当に死ぬ人は黙って死んでしまう。だれにも止められない。

 死ぬ死ぬと言う人で、本当に死んだ人を私はまだ見た事がない。ぜひ見ていたいもの。

 「私にその生命を下さい!」と悲痛な叫びを上げている難病に罹った人が、世にごまんといる現実を直視しよう。死にたいと言う時間があれば、1秒でも長く生きる術を考えるべし。ご先祖から頂いた命を全うすべし。

 誤って自死の道に舵を切っても、己の37兆個もの細胞は一秒でも長く生きてくれようと、心臓を動かし、血液を送り、肺を動かし、息が絶えるまで働き続ける。それこそが佛の存在である。佛はあの世ではなく、己の体の中におわします。己の37兆個の細胞の期待を裏切ってはなるまい。

 『時間創出1001の磨墨智』より

 

2017-08-05

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増長天の教え

 静の広目天に対して、増長天は動の佛として造られている。増長天は、四天王の一体で、南方を護る守護神として造像される場合が多い。仏堂ではご本尊に向かって左手前に安置するのが原則である。その姿には様々な表現があり、日本では一般に、革製の甲冑を身に着けた唐代の武将風の姿で表される。

 佛の世界も、この世の中が全て善人であるとは定めていない。襲ってくる邪悪の存在も認め、それからご本尊の佛を守る四天王が考えられた。非武装中立などこの世にはありえない。あの世では存在するかもしれないが、此岸では自分の身は自分で守らねば、生きていけない。「自分の城は自分で守れ(石田退三)」。一番恐ろしい敵は、己の怠慢心、傲慢心である。己を滅ぼすのは己である。

 

 170年ぶりの中門の再興というご縁、高野山開山1200年という節目、佛師の技が最高に上り詰めたときに四天王造佛を依頼されたというご縁、年齢的なご縁(10年早くても、遅くても縁が結ばない)、全ての条件が整って松本明慶先生が造佛できるご縁となった。私もその縁の一端に接するご縁を頂いたことに感謝している。この世は全て縁起で回っていることを確認した四天王にまつわるご縁である。

 2015年10月8日、三度目の撮影でベストの写真ができた。何事も三度くらいの試行は必要である。

 

2017-08-05

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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仏像の著作権は松本明慶師にあります。

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