2017年8月12日 (土)

地蔵菩薩尊に込められた願い

 室村町四丁目地蔵菩薩像の移動後、石屋の石寅さんが、台上の撤去作業に取りかかった。床のコンクリートの除去までに丸1日を要して、夕方に撤去工事が完了した。撤去作業をすると、今まで地蔵尊像の水台と蝋燭台とに隠れていて、見えなかった土台前面に彫られた文字が出てきた。そこに寄進者の名や願文の文字が現れた。その文字が万葉仮名で読めそうで読めないので、2016年4月11日、元大垣市史編纂室室長の清水進先生に解読をお願いしたら、下記のように解読された。お地蔵さん建立当時の暗い社会情勢から、建立した人達の願いが推察できる。

 

日ハく連天           日は暮れて

月いてぬやミちを者       月出でぬ闇路をは

てらしたまへ流         照らしたまえる

御佛□那            御佛かな

        遊行             遊行

 

 この和歌を詠った遊行(ゆぎょう)とは、布教や修行のために各地を巡り歩いた仏教の僧侶を意味する。空海、行基、空也、一遍などの僧がその典型的な例である。遊行は「少欲知足」を主旨とし「解脱」を求めた。過去の有名な僧侶の遊行先には数多くの伝説などが存在する。また当時の僧侶自身が知識人としての位置付けであるため、寺の建立、食文化の普及、農作物の普及、仏教の伝教など地域文化に数多くの影響を与えた。

 

和歌に込められた祈り

 日光菩薩は、仏教における薬師如来の脇侍としての一尊であり、月光菩薩と共に薬師三尊を構成している菩薩である。日光遍照菩薩あるいは日光普照菩薩とも呼ばれ、薬師仏の左脇に侍する。『薬師経』に依れば、日光菩薩は、一千もの光明を発することによって広く天下を照らし、そのことで諸苦の根源たる無明の闇を滅尽するとされる。

 月光菩薩は、仏教における菩薩の一尊。日光菩薩と共に薬師如来の脇侍を務める。月光菩薩は、月の光を象徴する菩薩であり、日光菩薩と一緒に、薬師如来の教説を守る役割を果たしているとされる。

 地蔵菩薩は、その一千もの光明も月の光も照らさない無明の闇路(夜道とかけている)を照らしてくださるという信仰があった。この和歌は当時の暗い社会情勢を詠んで、お地蔵様に希望と祈りを託した和歌である。地蔵菩薩は観音菩薩が33の姿に変身する一つの姿でもある。その内容をこの和歌に読み込んでおり意味深い和歌である。室村町四丁目地蔵菩薩尊は、105年間も祈りを託されてこの地域を見守っていた。105年前の和歌であるが、誰しも経験する人生の闇地を象徴している。希望と祈りを授けてくれる象徴としての御仏の姿は、今でも通用する。人は絶望の中でも、信ずるものがあれば生きていける。

 

寄進者の意向を配慮

 花代を取り除くと、花台に隠れていた水台の寄進者の名前「伊東ひさ子」が現れた。この105年間、ずっと名を隠していた奇徳なお方である。本体の建立が明治43年8月で、水台の寄進が明治43年9月である。現在の室村町の住人で遺族を探したが、見当たらない。

 当初、この和歌を新地蔵菩薩像の台にも彫ることを計画した。しかし故意に蝋燭台で隠すように彫ってあるとしか思えないので、何かワケありであると考えた。このため知人の仏門関係者にも意見を聞いて、当面、和歌を彫る計画は中断した。

 

図1 土台に彫られた和歌

図2 土台の撤去作業を開始

図3 土台を見つめる石寅の藤井重雄社長

図4 撤去作業

図5 撤去作業

図6 土台を削岩機で取り外し

図7 2016年4月5日16:00 工事完了

 

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磨墨智 574. 自分の時間価値を認識する(改定)

1分100円、1時間6,000円と認識しよう。

一般的に会社では1秒1円と言われているが、そんなに安くはない。

自営業なら、一時間0,000円と考えよう。

余命1年と宣告されたら、一時間00,000円と考えよう。

 

 自分の時間価値を知るのは、時間を生み出すのに必要である。この金額を基準として、自分の行動(タクシー移動、待ち時間価値、距離の時間価値)を評価できる。例えば、ある場所に行くのにタクシーで1,000円かかるが、それは価値があるのかないのかが、判断できる。ある場所に行くのに10分間を短縮できれば、タクシーを使う価値がある。

 

自分の時間価値=〔年収〕/〔自分の自由時間〕

 決して、時間価値 =〔年収〕/〔労働時間〕ではない。

 

〔自分の自由時間〕=〔365日×24H×60分〕

           -〔睡眠時間〕

           -〔食事・洗面・入浴等時間〕

           -〔会社・家庭での拘束時間〕

           -〔通勤時間〕

 

奴隷の時間

 自由時間の少ない人ほど、その時間価値が高い。自由時間ゼロなら、無限大の時間価値である。言い換えれば、時間の奴隷になっていて、人間ではないこと。なんの為に働いているかが分からない人である。過労死など、奴隷の生活である。

 スクール(school)とはラテン語で暇(スカラー)から発した言葉である。学校で学ぶには、暇でないと学べない。学者(scdolar)も暇でないと研究できない。ギリシャ時代は、奴隷が労働をして、学者、哲学者は暇を使って学問をした。奴隷と学者の一人二役の我々は、奴隷時間の割合をいかに少なくするかである。自由時間を作るために、奴隷の如く、知恵を使って働け、である。現代は、奴隷として働いている時間が長すぎるようだ。自分の奴隷時間を少なくするために、知恵を使うことが時間創造である。これが本書の目的である。

 

余命宣告

 余命半年と言われたら、その価値は、

 自分の時間価値=〔持てる財産〕/〔残り人生で使える自由時間〕

 その時は、体の自由がきかず、自由時間がゼロに近い。その時の時間価値が無限大となる。老いれば、お金も時間も使えなくなる時がくる。それを踏まえて、使える時にお金を使え、である。使えなくなるのは明日かもしれない。お金を使えば知恵がつく。その知恵で時間創出をせよ。使わない器官は退化する。お金を使わかくなったら、時間も使えない。智慧も出せない。そうなったら認知症にまっしぐらである。

 

『時間創出1001の磨墨智』より

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2017年8月11日 (金)

お地蔵様の佛事異動

 2016年3月24日、室村町四丁目地蔵尊の閉眼法要が終わり、日柄のよい4月5日9時より、お地蔵様の引越し工事が行われた。当初、お地蔵さんを台から降ろすとき崩れてしまうかもしれないと危惧していたが、手際よく無事に仕事が終った。台から降ろす前に、お地蔵さんの体にビニールテープを何重にも巻きつけてから、太いロープを巻いて、クレーンで釣り下げる段取りで、工事が進められた。体に幅広のビニールテープを巻きつけられているので、風化した石像が崩れることは無かった。業者はお地蔵さんの「おくり人」である。トラックに載せられた後、お地蔵さんはお墓や地蔵菩薩像の永代供養で保管されるお寺に運ばれていった。お体が壊されず、永代供養されるので安心した。

 

105年間の永年勤続

 この105年間、お地蔵さんは氷点下にも及ぶ気候、風雪、洪水に耐え、昭和20年の大垣空襲でのナパーム弾で真っ赤になりながらも耐え、お賽銭泥棒にも何回も遇いながら、室村町を通る通学児童と住民を見守っていた。人が出会うご縁を象徴する105年間であった。お地蔵様を載せたトラックが視界から去るとき手を合わせた。ご苦労様でした。合掌。

 

地蔵尊が見つめた歴史

 木と紙で出来た当時の日本の都市に、ナパーム弾を投下するのは死鬼衆の業である。非戦闘員への残酷な殺戮で、国際法違反である。当時、植民地の奪い合いで、遅れをとった米国が日本に仕掛けた戦争である。資源の無い日本に対して、石油等の資源封鎖することは、米国からの明白な戦争行為である。日本の戦いは防衛戦争であった。これはマッカーサーが戦後、議会で証言している。なぜかマスコミはこれを報道しない。植民地という金のなる木に欲の目が眩んだ米国の仕業であった。その子孫がグルーバル経済主義を受け継ぎ、1%の特権階級が99%の人民から99%の富を知能犯的に奪う遺伝子を受け継いだ。昔は列強諸国が、アジアの植民地から生血を吸い上げていたが、今は自国民から生血を吸っている。結果として欧米は、格差社会の病に犯され、昔の怨霊が難民、テロとして乗り移り欧米社会を襲っている。因果応報である。

 白人がアメリカ大陸にやってくるようになった頃、1890年12月ウンデッド・ニーの虐殺により、白人によるインディアン戦争は終結した。最終的に推定1,000万人いたインディアンは直接・間接虐殺により実に95%が抹殺された。米国は先住民の950万人のインディアンを虐殺した。米国はフィリピンの植民地政策で現地人を61万人虐殺した。英国はインド植民地政策でインド人の2,000万人を餓死させた。その掠め取った富で、英国は大英帝国となった。英国はアヘンを中国人に売りつけ、因縁をつけてアヘン戦争を起こし、中国の領土を割愛した。そのニュースが幕末の日本の知識層に衝撃として伝わり、桜田門外の変、幕末争乱、明治維新、富国強兵策へとつながっていく。

 すべては白人の強欲さに起因する。白人の有色人蔑視は、白人だけが神から祝福された人間で、有色人種は人間ではないとの妄信からの行動である。当時のローマ法王でも「キリスト教に帰依しない原住民は人ではない」と言っている。その免罪符があるから残虐な殺略行為を平然と行えた。人は宗教で死鬼衆となる。

 

戦いを嫌う教え

 世界の三大宗教で、戦争を嫌う教えは仏教が突出している。また唯一排他的な考えが薄い教えである。「足るを知る」、「利他の心」、「全て受け容れる」は仏教の教えの象徴の言葉である。お地蔵様は、閻魔大王の前で当人が生前の善行を弁護する。またお地蔵様が地獄界に転勤になれば、閻魔大王に変身する。それゆえ、弁護人と裁判官が同じであるので、救済されるという地蔵菩薩信仰が生まれた。お地蔵様に手を合わせることでお地蔵様とご縁ができるとの信仰が広まった。お地蔵様は人を差別しない。

 

図1 雪が積もった冬の日 2014年12月18日

図2 お地蔵さんのお体に保護用のビニールテープを巻きつける

   2016年4月5日09:02

図3 お地蔵さんの搬出作業を見守る町内関係者

図4 慎重にクレーンで持ち上げる

図5 去っていくお地蔵様 2016年4月5日09:21 

 

2017-08-11

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磨墨智 435c.「みんなが 寄ってたかって 私を幸せにしてくれる」と思へ

耳中常聞逆耳之言 

耳には常に痛いことばかり。それが自分を鍛えることになる。甘い言葉で褒められるのは、遅延性の毒を盛られるようなもの。(洪自誠著『菜根譚』)

 

 自分に厳しいことを言ってくれるのは、私を育てようとしてくれている。辛口の批評は、自分の行動の何所がいけないのかを教えてくれる。試験の成績が悪いのは、今のやり方が間違っていると親切に教えてくれている。私を幸せにしようと思わない相手は、無視をする。愛の反対は憎悪でなく、無視なのだ。

                                                                                          

愛の言葉、地獄への言葉

 人が甘い言葉をいい、お世辞やおべんちゃらを言うのは、自分をKY(空気の読めない人)に育てるための罠である。厳しいことを経験しないと、実社会ではやっていけない。KYになっては、出世など夢の話。せいぜい主任停まり。正規社員にもなれない。厳しい叱責で研鑽を積み自分の能力、精神力、人を見る目が養われる。皆さんが私のために、能力向上のため、幸せになって欲しいと鍛えてくれている。どうしようもない人には、誰も何も言わない。私も何も言いたくない。自分に向けられる厳しい言葉を、自分を鍛える愛の言葉と解釈をしよう。そう思うとき、神仏もよってたかって幸せにしてくれるご縁を恵んでくれる。それを恨むから、幸せになれない、強くなれない。それに感謝をすべきなのだ。

 松下幸之助さんのためならと、皆が頑張ってくれた。それが松下電器を大きくした。松下幸之助さんは病弱で学歴もなく、人の任せるしかなかった。それでも皆が「寄ってたかって」幸之助さんを幸せにしようとしてくれた。そういう人徳を身につけよう。そうすれば、多くの人の時間を頂ける。助けてもらえる。一人では何もできない。仲間が己の至らぬ所を教えてくれる、補ってくれる。人を金で釣っても、金がなくなれば人は去っていく。

 あなたを地獄に落とす贈賄側の人間は、甘言で誘いノーパンしゃぶしゃぶ接待に連れて行くのです。それは苦労をしていない高級官僚が、簡単に堕ちる罠なのです。あ~、私も誘われたい……

 

車の更新を計画

 耳に逆らう言葉とは、人生道の運転ナビゲーションシステムなのだ。衝突しそうになったり、道を外れたりすると警告音で教えてくれる。良き師は、迷ったとき諫言で叱ってくれる。誤った道に進むのを防いでくれる。有難い存在である。どんな人間でも老いは免れぬ。最近、車の運転をしていて小さなミスが多くなった。それがきっかけで、最新のナビゲーションシステムを購入しよう計画している。これを買うと、おまけ?で新車が付いてくるとか。17年間乗ってまだ現役のバリバリの車であるが(走行距離11万キロ)、買い替えの時の様だ。体が丈夫でも、頭と運動神経の衰えは如何ともしがたい。最新の技術でそれが補えるなら安いものだ。人生も車の運転も、安全走行が最優先である。

 

『時間創出1001の磨墨智』より

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インプラント 28(成功報酬)

3.28 成功報酬? 

 インプラント手術を当日朝にキャンセルして、キャンセル料金を歯科医に聞いたら、その答えが下記であった。

 「ドリルのガイドの型(本人専用)を発注して納入スミなので、その型代として34,000円を支払いください。原価で、当院の儲けはありません。インプラント手術は“成功報酬”で、インプラントの人工歯根はメーカに送り返したので、人工歯根代の支払いは不要です」

 

 歯科医は、「成功報酬」という言葉をさりげなく吐いたが、当方は仰天した。医療の世界で「成功報酬」との言葉はいかにも違和感があった。必殺仕置き人でもあるまいし、私の会社生活38年で、この言葉には初対面であった。「医は仁術」とは隔絶の概念である。たかがチタンのねじの人工歯根が、20万円弱もかかるはずもなく、機械技術者の私は暴利であると思っていた。「成功報酬」との言葉で、インプラントメーカから歯科医にキャシュバックがあると悟った。これから、インプラントは医療行為ではないと断定した。あくまで美観贅沢手術で、国が認めていないわけである。手術のキャンセルは、自分の体の経営判断として正解であった。

 

2017-08-11

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2017年8月10日 (木)

磨墨智 503.定年まで大過なく過ごさない(改定)

 定年の挨拶文の決まり文句「大過なく過ごす」とは、「作業」をして「仕事」をしてこなかったこと。作業とは、決まったことを、決まった通りにロボットのごとくに、業務をこなすこと。今、貴方が辞めて、会社が困りますか? 貴方がいなくては困るという存在ですか?

 

忍耐とは

 仕事とは、付加価値を創造すること。「仕事」をすれば波風が立つのです。仕事とは、課題を乗り越えて、問題を解決すること。仕事をするとは、対象を殺すこと。その無駄を殺せ。会社に殺されると「波風立てずに大過なく過ごせる」。「仕事」とは「作業」の効率化をすること。波風も立てず、上役にヒラメの如く媚びを乞い、息も殺してサラリーマン生活を送ってどうするの? それでは人生で価値ある時間は創れない。

 時間とは命の刻み。その命を何に使うか(使命)が、己の心に向けられた刃である。それに向かって血まみれになって働くのが「忍耐」である。首に縄を付けられて、羊の如く定年まで過ごすまい。命をかけて狼の仕事をしたい。殺されても、新しい新天地で生き返ればよい。仏さまが骨を拾ってくれる。その血まみれの経験という財産は、だれも盗めない。己が血まみれの仕事レベルまでには、到達できなかったのが悔やまれる。自己採点で60点である。

 

組織の定年

 どんな組織の長にも暗黙の定年がある。普通の組織の長の任期は3年である。就任1年目は、その組織の現状把握と改善点の開発である。2年目は、改善案の実行である。3年目はその成果の確認と後進の育成である。長はその期間の間に、「仕事」を行う。長が「作業」をして時間を過ごすのでは、その組織の長の地位に就く価値がない。その組織の長の定年まで、大過なく過ごしてはなるまい。上司は、貴方にどんな期待をして長として選んだのか。己は組織の長として、どんな付加価値を生むのか。それを自問したいもの。その長に出世するために、上役にゴマすりをするのでは、人生の目的が本末転倒である。人生の定年を迎える前に、佛は己に何を期待しているのか、何のために生まれたのかを考えたい。

 

第一の人生の反省

 私の定年の挨拶状に、ついこの項を忘れて、「大過なく」の文言を入れてしまったのを、今になって反省している。会社の定年が過ぎても、第二の人生の定年、第三の人生の定年が待ち受ける。今度こそ、前の失敗をしないようにしたい。若い人には、この意識を持って仕事をして欲しいと願っている。

 

 あるOBの銀行マンは、支店長時代に上司から「お前の代わりはいくらでもいる。預金目標額を達成するまで、死ぬまで働け!」と罵声を浴びせられたと言う。今にして、私は幸せな職場で働けたと思う。仕事はお金のためではない。私の経験した職場は付加価値を生める仕事があった。

 

『時間創出1001の磨墨智』より

 

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インプラント 27(耳)

3.27 観音菩薩様の耳での判断

  二つの事象が接してこすれると、ミクロ的な現象として破断が起こり、必ず音が出る。これはトライボロジーの世界である。その音を耳からの目で聞くことができるか、心の耳で聞くことができるかどうかである。問題があれば必ず雑音が発生する。その「萌しとしての音」を心の目で「観る」能力が、経営者に求められる。心して観れば心眼が開く。それができなければ経営者として失格である。

 「耳」という字の真ん中に、「目」がある。「目」の上下の線が両端に伸びている。それが上の人たちの声、目下の人たちの声を見なさいであり、「目」の下に伸びた線が、自分の心底から聞こえてくるご先祖様の「助言」の声を観なさい、という意味である。「助」とは「目」の「力」と書く。

 問題がなければ、スムースな接触で音は観えない。インプラント手術からは多くの不協和音が聴こえる。観音菩薩様は全てを観ておられる。「心の耳を澄まし、天のメッセージに聞き入ろう」(安岡正篤師)。心の耳を澄ますと、眉間にある心の第三の目が開き、この世の真実が見える。

 

図1 聖観音菩薩像 松本明慶大仏師作 楠 1尺

 

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佛像の著作権は松本明慶大仏師作にあります。

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仕事とは何か 創造とは何か 

 遊びと仕事の違いで、一番大きな差は、その付加価値の有無である。佛像に付加価値を生み出すために佛師は命をかける。それに対して、遊びは、仕事の疲れを取る役目でしかない。その付加価値でも、今までにないものを創り出すのは、命をかけた真剣勝負と同じである。

 

創造とは

 創という文字の偏である「倉」には、傷という意味がある。つくりの「リ」(りっとう)は、文字通り刀のことである。つまり「創」という字は、刀傷を表している。刀傷というのは、戦闘状態のときに敵方に切られてできる。刀傷だから、深く切られれば死ぬことになるが、浅く切られた傷ならば、時代劇の一場面のように、焼酎を吹き掛け、晒をまいて「死んでたまるか!」と気合を入れれば傷跡に肉が噴き、直っていく。そしてその新しい肉と皮膚は、以前に増して強固なものになってくる。これこそが人間の生命力であり、創造の「創」につながる。

 

真正面から切られる勇気

 平穏無事なことからは、創造は生れない。ビジネスで言えば、傷を受けるとは失敗することを意味する。おおむね人は失敗を恐れて刀を避けようとする。うまく避けられることもあろうが、大抵の場合は刀を避けようとして妙なところに傷を受けるものである。正面から対峙せず、逃げてしまったために脇腹を突かれたりもする。また自分が避けたがために、他の人間が傷を受けることにもなる。 真正面から切られる勇気を持つことである。傷を恐れてはならない。傷を負ったとしても、それは必ず再生できる。そして再生されたものは、今までよりもきっと強固なものになる。「創造」とはゼロからのスタートとは限らない。今あるものを進化させ、新たらしいものに生れ変わらせることが創造である。現状維持に創造はない。

 傷つかなければ進歩もない   No pain, no gain.

 

2017-08-10

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磨墨智 23.フーワーユー (改定)

上記は私が前職の時、よく周りの人の言っていたジョークです。

“Who were you? ”ではなく「不和 are you?」なのです。

「こんなにまで遅くまで会社にいて、貴方の家庭は家庭不和ですか?」

「家庭を省みず、自分の体を無理させてまで働くあなたは誰?」

「あなたは何のために働いているの?」

 

 この意味を直ぐに理解できる人は頭がいい、もしくは後ろめたいので、すぐ真意を理解してくれる。家庭不和の状態では、家族の幸せの時間は創出できないのだ。遅くまで会社で働いているのは、時間の使い方が下手なだけだ。家族を思う気持ちが少ないだけだ。仕事も家庭も両方大事なのだ。両立させてこそ、初めて時間創出がマスターできたと言える。

 

運命の流れ

 遠戚の叔母の子息が常務に昇進したのだが、その子息に大腸ポリープが見つかった。町医者では対応できないほど大きさの為、日赤病院で削除手術を受けた。その組織を調べたら大腸がんと診断された。それを聞いて、健康に関する私がまとめた資料を叔母に送った。私が8年ほど前に大腸ポリープで手術をした折、大腸ガンになる恐怖から、その病後の対策で、各種の本を読み漁り、それの要点をまとめた資料である。それに沿って健康管理を行って、現在は大腸ポリープに関しては健康である。その資料を叔母に郵送して、息子さんに渡して欲しいと託した。1週間ほどして、その感想を聞いたら、まだその資料を息子さんに渡していないという。今、息子は常務に昇進したばかりで忙しく、それどころではないので、渡せなかったという。命にかかわることなので、急いで送ったのに、この有様で、息子にしてその親ありである。人生の優先順位を間違えている。なんのために働いているのか、それを教えるのが親の勤めである。命を犠牲にしてまで働いて、どうするのかである。運命の糸の縺れ、他人には強制もできず、如何とも致し方ないことを悟った。病気になるのは、病気になるような躾と環境で育ったためである。親と嫁が、子息の運命の流れを変えるべき責務があると思うのだが……。私の家のお墓を改建したとき、お墓の開眼法要でその子息にも声をかけたが、出席はなかった。その時に会っていれば、面識ができたので、連絡もつくのだが、それが叶わない。運命はご先祖様が握っていることを悟った次第である。

 

健康になる要点

 下記は自分が大腸がんになる恐怖心から、健康に関する図書を読み漁りまとめた資料の要約である。その詳細は、健康関係の図書一覧で参照ください。

  1. 水を1日に1リットルを飲む。
  2. 体を冷やさない。お風呂に毎日、10分間入る。
  3. 睡眠を十分にとる。部屋を真っ暗にして眠る。
  4. 食べるより出すことが大事。
  5. ファーストフードを食べない。
  6. 洋風の食事から、和風の食事に。
  7. 乳製品、肉類を少なく。

 下記の健康関係図書一覧は、知人に送付した書き抜きの資料です。各資料A4で3~10頁ほど。著作権の関係で、ブログでは公開できませんが、興味があれば個別で相談に乗ります。メールで連絡ください。

 

健康関係の図書一覧

1.『メイ牛山のもっと長寿の食卓』メイ牛山著

  情報センター出版局 2002年 1400円

【要旨】メイ牛山91歳8か月。現役の美容家が実践する、「イキイキ・楽しく・美しく長生きする」秘訣集。今日食べたモノが、明日のきれい・元気の素になる。長寿の食卓を実践する生活レシピを満載。食事の大事さが、91歳の現役という事実で実証される。生きるとは、食べること。今の体は、過去の食生活の結果です。(2010/03/29 小田)

 

2.『酵素で腸年齢が若くなる!』鶴見隆史著 2008年 青春出版社 1400円

【要旨】全身のリンパ組織の80%が集中する腸を、若返らせるのは酵素である。人間の体の免疫システムの要は腸内環境で、腸内環境が悪化すれば、老化がはじまり、健康を損ねる原因になる。その腸内環境を左右するのが、「酵素」で、酵素を毎日の食事で多く摂り、体内酵素をムダづかいしない生活姿勢が、いつまでも若くて元気に生きられるポイントである。酵素と腸は密接な関係にある。酵素食のレシピとファスティングによって、若返りと健康を作る。(2010/2/7 小田)

 

3.『病気にならない生き方1~3』 新谷弘実著   サンマーク出版

2010/01/10  小田

 

4.『10歳若返る心身活性法』樋口芳朗著  徳間書店 1983年 680円

【まえがき】自分にあったものを、断固継続せよ! 健康法についての情報は世にあふれています。ここで、骨身に徹して自分に言い聞かせなければならないのは、本当に大事なことは、情報を集めたり、ちょっぴりやってみるなどということではなく、洪水のような情報の中から、長続きしそうで、自分にあったものを選択し、一たん決めたら断固してある期間継続することなのです。この本では、自分がやってみて本当に確かめたもの、とくに還暦の身で、毎日実行している健康法を主として述べました。極端に各論的ですが、健康法などというものは具体的でなければ無意味であると割り切りました。(2010/07/04  小田)

5.『なぜ「粗食」が体にいいのか』帯津良一・幕内秀夫著  

三笠書房 2004年  ¥560  2010/06/23 小田

 

6.『温泉に入ると病気にならない』松田忠徳著 PHP選書 2010年 760円

【要旨】なぜ日本人は昔から温泉が好きなのか?―近年、予防医学の立場から、病気にならないために体温を上げろと指摘する声が高まっている。では、塩素づけの水道水を沸かした家庭の風呂やシャワーで事は足りるのか。それよりも、還元力のある“生きたお湯”につかったほうが安全。体も温まりやすく冷めにくい。日本人にとって温泉は、くつろぎの場であるとともに、免疫力を高めるもっとも身近な健康管理の場だったのだ。病院に行かなくてもいい健康な心身はホンモノの温泉で十分。その活用術を温泉教授が伝授。(e-hon HPより)(2010/5/3 小田)

 

7.『体温を上げると健康になる』齋藤真嗣著 サンマーク出版 2009年1400円

【要旨】「体温が1度下がると免疫力は30%低下する」と著者は警鐘を鳴らす。米国・EU・日本で認定されたアンチエイジングの専門医が教える体温アップ健康法。最近、平熱が36度以下という、いわゆる低体温の人が増えている。その影響で様々な病気が発生している。その対策として、1日1回、体温を1度上げることを推奨し、体温を恒常的に上げていくことで健康な体を手に入れることができる「体温アップ健康法」を提唱している。「病気の人は健康に、体調のすぐれない人は元気に、健康な人はより美しくなる」と。(2010/03/06 小田)

 

8.『腸の健康革命』 新谷弘実著 日本医療企画 (2005年) 1524

【要旨】胃腸内視鏡の第一人者が、「出すことは食べることよりもっと大事である」ことを説く。腸内に老廃物、毒素、異常発酵物をため込んだり、硫化水素、活性酸素等の有毒物質を発生させないためには、食べたものを12~24時間以内に出してしまうのが理想です。(2010/02/14 小田)

 

9.『病気にならない人は知っている』ケビィン・ドルドー著 幻冬舎2006年1,470円

【要旨】ハンバーガーを食べるな!日焼け止めは塗るな!水道水は飲むな!歯磨き粉は使うな!牛乳は飲むな!電子レンジは使うな!風邪薬・抗生物質をのむな!ダイエット食品を食べるな!ひとつやめれば体調がよくなり、全部やめれば長寿になる。(2010/06/12 小田)

【おすすめコメント】添加物まみれの食品や土壌汚染が、私たちの体を蝕む。医学界や製薬業界、食品業界が明かさない、健康に生きるためにしてはいけないことを解説した全米900万部のベストセラー日本上陸。(e-hon HP)

 

10.石原結實著      

①『体を温めると病気は必ず治る』三笠書房 2003

②『おなかのすく人はなぜ病気にならないのか』プレジデント社 2006    

③『病気は自分で見つけ自分で治す!』KKベストセラーズ 2006 

④『老化は体の乾燥が原因だった!』三笠書房」 2007    

⑤『50歳からの病気にならない食べ方・生き方』海竜社 2009

⑥『病気にならない生活のすすめ』渡部昇一・石原結實著 PHP文庫 2006

【要旨】病気は、体の低体温化、食べ過ぎ、運動不足、によって起こる。

低体温化を防ぐため身体を温めることが大事です。身体の中心のお腹を温めることが大事で、腹巻はその手段として最高。入浴は体温を上げる大きな手段。また発熱作用は自然治癒の手段である。食べるより出すほうが大事である。動物は病気になると食べない。断食は排せつ機能を高める手段としてメスのいらない手術とも言われる。運動は基礎代謝力を上げ、身体を温める。(2010/04/11 小田)

 

『時間創出1001の磨墨智』より

 

2017-08-10

久志能幾研究所 小田泰仙  HP: https://yukioodaii.wixsite.com/mysite

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2017年8月 9日 (水)

「桜田門外ノ変」の検証 (9/25)前後裁断

(7)危機管理の基本遵守  

 当日の朝、途中で襲撃があることを知らせる投げ文が井伊直弼の元に届けられた。しかし、彼は護衛を増やせとも、側近にもそのことさえ伝えなかった。なぜ、警護の人間に伝えなかったのかの疑問がある。幕府のきまりで護衛の数が決まっていた。幕府のトップがそのきまりを破るわけにはいかなかった。また彼は武芸に自信があり、まさか首を取られるとは思わなかったのだろう。

 しかし大名が理由はともあれ、首を取られるという失態をすると、御家とり潰しとなる決まりがある。そうなれば家臣たちが路頭に迷うこととなる。そんな危険を考えなかったのは、トップとして危機管理意識が希薄であった。

 敢えて、水戸藩の関係者に自分を襲撃させれば、水戸藩をつぶせる口実ができると思ったのかもしれない。自分の身を危険に晒せても、お国のためになるならそれも良いとの考えがよぎったかもしれない。あるいは、米国との通商条約を結び、反対勢力をある程度押さえたので、自分の役割は終わったとの達観があったのか。彼は死に場所を求めていたのかもしれない。彼は、人殺しの嫌いな人間である。この時代、お殿様が家臣を手打ちにする事件はざらにある。しかし、井伊直弼は家臣を手打ちにしたことはない。これは当時の風習からいくと希有なことである。その井伊直弼公が、安政の大獄では鬼となった。私憤では人を殺さなかったが、公憤では赤鬼となった。安政の大獄での処刑者数、処分者数は、徳川幕府始まって以来の規模である。それへの自虐があったのか。

 

前後裁断

 雨の予報があれば、傘の準備をするものだ。経営の神様の松下幸之助は、経営の極意として、「雨が降ったら傘をさす」と言っている。つまり当り前のことを当り前にしろと言っている。危機管理上、経営の基本として、井伊大老は危機管理の基本を、古い慣習や制度に囚われて遵守できなかった。そこに彼の保守派としての限界があった。もしくは、彼は死に場死を求めたのかもしれない。明治維新となり、西南戦争を終えた久保利通卿も、全く無防備な状況で襲撃され暗殺されている。暗殺の恐れは十分に予見されていたが、彼も特別な護衛をつけなかった。これも自ら死に場所を求めたとしか解釈のしようがない。両巨頭とも、独裁的な権力で国を思うが故に、騒動元を断固たる決意で押さえて幾多の血を流した。その後冷たさが、無意識に働いたのかもしれない。彼は禅の修行を積んで、悟りの境地として、全てを天命として行動をしていたようだ。襲撃を受け死ぬのも天命、業務改革を推進するのも天命だと悟っていたのでないかと思う。

 彼は「ただまさに今なすことをなせ」との禅の思想で行動していた。組織として自分を護衛する藩士達がいる。自分の使命は幕府の業務改革遂行で、自分の身を守ることではない。それは部下を信用して任せるべきである。彦根藩の赤備えの勇猛さは、武田軍団の血を受け継いでいる。そんな優秀な藩士達に余計な情報を与えなくても、対処してくれるはず。そうでなかったら、自分の指導が悪かった。それで自分が死ぬなら、それも天命だと。自分の死が、日本の将来への礎となるなら、それもよい。そんな考えがあったに違いない。彼は生死を超越した位置で、日本の未来を考えていたはずである。

 

2017-08-09

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