2017年11月14日 (火)

運慶と明慶の佛様に教えられる(1/2)

 2017年11月14日、上野の国立博物館で開催中の「運慶展」(11月26日迄)と東武百貨店池袋店で開催中の「大仏師松本明慶仏像彫刻展」(本日が最終日)に、出かけて、運慶と明慶の両方の仏様に再会して、多くの教えを頂いた。

 

準備万端で出発

 先日の11月12日(日)は、入場2時間待ちとの情報があり、累積入場者数が30万人を超えたとのニュースで、しっかりと構えて出向いた。前回の見学で長蛇の行列に懲りたので、チケットは前日に大垣のコンビニで入手して、現地に8時40分に着く段取りで、朝5時50分に自宅を出て東京に向かった。恥ずかしながら、お上りさんの為、今回は上野駅構内で迷ってしまい、少し時間を無駄にした。上野駅公園口改札に着くと、改札横の構内チケット売り場は、9時前のせいか数人しかお客がいなかった。何も前日に焦って買わなくても、良かったと思ったが、博物館に到着して、前日に入手で正解であったことが判明する。

 博物館の入場券売り場は30~50名ほどの長蛇の列で、その切符を入手しないと、入場待ちの列の最後に並べないのだ。開場45分前に約150人の行列である。その最後尾に並んだあと、どんどんと列が長くなっていった。アホほどの人出である。そのアホの一人が私である。

 

見学の結論

 結局、開場の9時30分まで約45分間を待つことになったが、第一陣で入館できたので、前回と違い、かなりゆっくりと見学ができて良かった。前回、一度は見て回っているので、今回は約1時間余で、余裕を持って見ることができた。2回目で詳細の鑑賞ができて良かった。

 行列で待っている間に、回りの人と雑談をしていて、以前に興福寺の阿修羅像がこの博物館に来たときは、今回と同じように一体の阿修羅像の周囲から見ることが出来たそうだが、それを一周するのに1時間もかかったという。今回の行列をみて、なるほどと感心した。行列時に仲良くなった周囲の4名の人に、「大仏師松本明慶仏像彫刻展」の無料招待券を進呈して、喜ばれた。ついでに私のブログの宣伝もさせて頂いた。(笑)

 今回は、公式「運慶展図録」を明慶美術館館長から勧められて入手した。3千円の図書であるが、それだけの価値がある図録であった。皆さんも購入をお勧めします。

 

松本明慶仏像彫刻展

 「運慶展」を約1時間10分ほどで見学して、その後、池袋に向かい、「大仏師松本明慶仏像彫刻展」を2時間程見学して帰宅した。運慶の佛像と、それから繋がる慶派の仏師として800年後の伝承者松本明慶大仏師の作品を、まだ記憶の新しい状態で比較すると、興味深い差異が見られる。会場で明慶先生とツーショットで収まり、明慶先生から運慶の仏像について解説を拝聴した。その内容は次回(2/2)で報告します。

 こちらも2回目なので、余裕を持って見学をして会場を後にした。松本華明さん(奥様)から、京都国立博物館で開催中の展覧会に行くことを勧められた。なんでも日本には国宝の美術品が600程あるそうだが、今回は、その内200品ほどが展示されているそうで、「運慶展」以上に大人気で長蛇の行列とのこと。早朝か、金土曜日(20時まで開館)の遅い時間帯がよいと教えて頂いた。

 

京都国立博物館 開館120周年記念「日本国宝展」

 2017年は、法令上で「国宝」の制定が始まって120年にあたる。昭和51年(1976)に京都国立博物館で「日本国宝展」が開催されて以来、41年ぶりの「国宝展」が開催されている。

本展覧会で、絵画・書跡・彫刻・工芸・考古の各分野から、歴史と美を兼ね備えた国宝約200件が4期に分けて展示され、わが国の悠久の歴史と美の精華が顕彰されている。

 Ⅰ期 10月3日(火)~10月15日(日)

 Ⅱ期 10月17日(火)~10月29日(日)

 Ⅲ期 10月31日(火)~11月12日(日)

 Ⅳ期 11月14日(火)~11月26日(日)

 

反省

 本来は、火曜日は私の断食日であるが、「運慶展」の見学であまりに疲れてしまって、つい昼飯の誘惑に負けて東武百貨店のレストランで食事をして、禁断のご飯と味噌汁のお代わり(無料)までしてしまった。私も無料には弱いのです。きっと仏様は許していただけると思う。合掌

 

図1 8時43分の上野駅構内チケット売り場

図2 8時52分の行列状況 約150名

図3 9時16分の入門前の状況

図4 9時18分の当日券チケット売り場

図5 9時27分 私の後に続く行列状況

図6 9時33分 入館直前の行列状況

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2017-11-14

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2017年11月13日 (月)

大垣市は職務怠慢、管理監督不行き届き

大垣市公共トイレの汚さは日本一。5つの何故

1.なぜトイレが汚いか?

  その掃除頻度が少なく、たまにしか掃除をしないから。

2.なぜ、たまにしか掃除をしないのか?

  掃除の有無を追及されないから、掃除記録をチェック表に残さない。

3.なぜ市職員はチェックしないのか?

  市の職員は怠慢のため誰もチェックしないから、チェック表も無い。

4.なぜチェック表がないのか?

  市の職員としての意識が低く、人格も低いから。

  チェックをしても、しなくても、己の評価には関係ないから。

5.なぜ、市の職員の人格が低いのか?

  国の助成金を誤魔化すような人格が低い職員が多いから。17年間の長期政権で、癒着と緩みが蔓延して、市職員のモラルが低下しているから。経費節約という美名の元、ケチの精神が蔓延しているから。

 

大垣市職員の不正

 トイレの美観に、市の職員の人格のレベルが表れる。会計検査院の調査で、大垣市は国庫負担金の不当に療養給付負担金406万円を請求していたことが露見した。それは県内のワーストワンある(2017年11月9日付新聞報道)。市民として恥ずかしさの極みである。出すべき大事なところの金をケチる市役所の雰囲気が、下々の職員にこのような不正請求として現われる。トイレの汚さは、この一環の問題である。単にトイレが汚いだけの問題ではない。

 

トイレ掃除チェック表の欠落

 まともな施設のトイレには、必ず掃除チェック表が掲示されている。ところがまともでない大垣市公共のトイレには、この掃除チェック表は、12.5%の場所しか掲示されていない。以前はあったそうだが、この3年ほどで無くなったという。無くなっても市の職員の誰も、指摘をしない。掃除チェック表があっても、見えないように折り畳んであったり、裏返しである。普通のトイレは、そのチェック表が誰にも見えるように掲示されている。それも公共施設なら、日に数回の頻度での掃除である。大垣は数日に一回の場合も多いと、近くに住む人は証言する。大垣のトイレは発展途上国並みである。

 そのトイレ掃除チェック表の有無を確認しないのは、市の職員の職務怠慢であるし、税金泥棒である。市が寂れる原因の一つである。大垣市にとってトイレ掃除費は、無駄な費用なのだろう。それがトイレの汚さに現れる。それは大垣市の心の汚れである。行き着く先が、大垣市ドローン違法行事での墜落人身事故である。ドローン墜落人身事故は決して偶然ではない。佛様の啓示である。

 

図1 名神高速道路SAのトイレチェック表の掲示

  2017年11月10日 京都霊山墓地大垣藩招魂碑前祭への道中で

  これがジャパンスタンダード

 

大垣市公共トイレの掃除チェック表有無(男子トイレ)

 貴船橋手洗い場   ×

 新大橋手洗い場   ×

 水門川沿い(西)  ×

 船町公園      〇

 四季の広場     ×

 大垣城内      〇

 大垣公園      ×

 清水駐車場内    ×

 東外側橋駐車場内  ×

 丸の内駐車場内   ×

 大垣市立図書館内  ×

 学習館       ×

 文化センター    ×

 文化センター外側  ×

 木戸公園      ×

 西公園       ×

       2017年11月13日に確認

 

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2017-11-13

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累積閲覧回数が13,000回を突破

 2017年11月12日深夜、当ブログの累積閲覧回数が13,000回を超えました。ブログ開設以来171日目での記録です。エディオンブログ「人気の記事ランキング」で、カテゴリー「大垣を良くする階」の記事が2つも入りました。

 また、当ブログ「久志能幾研究所通信」で、トップ9にカテゴリー「大垣を良くする階」の記事が4つも登場しています。それだけ、皆さんの関心が高いようです。「人気の記事ランキング」トップ20入りは、全国で皆さんが見てくれているという励ましのメッセージです。

 

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11位 大垣市ドローン違法行事は,なぜ許可されたか(改題)

18位 「ロボフェス大垣2017」で人命軽視を展示

        2017年11月13日現在

 

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        2017年11月13日現在

  今後も大垣を良くするため、問題点の把握、改善提案、あるべき姿の提示を継続します。大垣市政の問題は、日本の問題でもあります。大垣の市政に日本行政の悪さが凝縮して病状として表れています。大垣市役所の善処を期待したい。

 

2017-11-13

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2017年11月12日 (日)

大垣市の人命軽視宣言

 「クール大垣」でなく「狂う大垣市」をアピール

  2017年11月12日に届いた『広報おおがき』を見て、激怒を通り越して悲しい気持ちになった。ここまで大垣市役所は落ちぶれたかとの憐みの思いである。

 冒頭の記事に「ロボフェスおおがき2017を開催」とある。その文面の最後にそのほかにも、チアリーダー型ロボットのステージイベント、大学や高校などの研究内容の展示・体験など、ロボット技術にまつわる多彩なコーナーが設けられ、4日には、菓子まきをしていたドローが落下してけが人が出るトラブルがありましたが、2日間大いに賑わいました」とある。

 この記事文中の写真に、ヘルメット無しの親子のセグウェイ乗車写真がある。人命軽視の極みである。

 

 この文面には、ドローン違法飛行での墜落事故に対して大垣市役所が責任を感じることもなく、ひとごとの話をしている。謝罪さえない。ドローン違法飛行での墜落人身事故は「そのほかにも、」で扱うべき雑事で、それも「最後の最後に記載された取るに足らない事故」との扱いである。菓子まきが違法であったことも、それを指示したのが大垣市であることも、安全無視の一番安い業者を選定したのも大垣市の責任であることには、全く触れていない。

 「落下して」とは、自然物が上から落ちることを表現する漢字である。意図をもって飛ばしたドローンが落ちるのは、「墜落」である。大垣市役所は、中学生でも間違えない漢字の使い方が、できないほど知性が劣る。

 「けが人が出る」とはひとごとの表現である。人が勝手に怪我をしたとの表現である。「偶然の事故で怪我人がでたようです、気の毒ですね」との無責任な表現である。本来なら「市民の皆様に怪我人を出す不手際をして申訳ありません」と表現すべき人身事故である。

 「4日には」との表現も、ひとごとで、記事枠がまだ余裕があるので記載すると、そういえばドローンの墜落事故があったね、との印象を与える文である。

 「トラブル」との言葉の選定も無責任である。「トラブルとは、もめごとの意で、会話や硬くない文章に使われる外来語」と中村明著「日本語 語感の辞典」(岩波書店)に定義がある。だからこの「菓子まきをしていたドローが落下して、けが人が出るトラブルがありましたが、」との表現は、くだけた記事の『広報おおがき』でのまるでひとごとの表現である。

 「トラブルがありましたが、」「が」も、その話は置いといてと、「2日間大いに賑わいました」と自分たちの宣伝に余念がない。「人命など知ったことでない」の本音が出て、馬脚が出た表現である。たかが、「」、されど「」の助詞の使い方である。

 「多彩なコーナーが設けられ」も無責任な表現である。だれがこのロボット技術展示をしたのか。勝手に業者が展示したのだと言わんばかりの表現である。これらの展示は、大垣市の要請を受けて展示をしたのだ。大垣市は、ドローン人身事故を誤魔化すために、その主催者を誤魔化す表現をしている。

 

「人命軽視遺産の記事」として価値あり

 だれが人命軽視のコストが一番安い業者を選定して、違法なドローンでの菓子まきを指示したのか。大垣市市役所である。ここに大垣市の深層心理が全てさらけ出されている。これはお役人の責任逃れの最高傑作の文書である。お役所の書いた「人命軽視遺産記事」として永遠に残すべき文書である。この記事を掲載する最終許可を与えたのは誰なのか。

 

大垣市の「狂うおおがき市役所」アピール

 この記事の下段にある大垣市長執筆の「市長のかがやきメール」では、この大垣市に全責任がある「ドローン違法飛行の墜落人身事故」に対する件は全く記載がない。本件は、安全配慮義務違反であると思われるが、それには全く謝罪もない。つまり市民がまかり間違えば死亡事故に繋がったドローン違法飛行での墜落人身事故に、責任を全く感じていない。大垣市民の命など知ったことではないのだ。それがこの広報からひしひしと伝わってくる。企業で不祥事が起きたら、記者会見で、社長が謝罪をするのが世の常識である。大垣市は世間知らずか、無責任か、人命軽視の為なのか、その謝罪会見さえもがない。大垣市には、そんな些細なことよりも、「クールおおがき地域プロモーション」が大事なのだ。大垣市はクールでなく狂っている。

 人の命を軽視する市長に市政は任せられない。小川敏市長は大垣市民のために辞任すべきと思う。それが世のためである。将来の死亡事故を起こさないためにも。

 

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2017-11-11

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2017年11月11日 (土)

大垣市民の安全は火葬場の下

 大垣市は安全配慮義務違反のオンパレード

元気ハツラツ市の路上球技用の柵が危険

 元気ハツラツ市で、子供たち用のフットサル用でベニヤを立てただけの安全カバーなしの柵が路上に設置されている。そのベニヤ板の端が、子供が猛スピードでぶつかった場合や、何気なくベニヤ板で手足をひっかけた場合、そのベニヤ板の凸面が鋭利な刃物と同じ作用をする。面取りのしていない角材は、露失した手足の肌に傷を与える恐れがある。柵の支えの角材が危険表示をしていないので、歩行者が躓く危険性もある。

 主催者の商店街事務局の担当者は誰も安全をチェックしていない。安全など頭になく、金儲けで忙しいので、すべて業者任せである。市の職員は見向きもしない。まず大垣市には安全点検の担当部署がない。大垣市長は元気ハツラツ市で人出が多ければ、なんでもオーライである。

 

バスケットボール球技での危険性

 元気ハツラツ市で、子供たち用のバスケットの場がコンクリートの路上に設定されている。子供たちが競技に熱中して滑り転んで、中央分離帯のコンクリート製ブロックに頭をぶつければ、命の危険や後遺症の恐れさえある

 

大垣市は危険性を無視

 多くの人が元気ハツラツ市での、このイベントの危険性を訴え、中止を要望しても、大垣市商店街連合会と大垣市は、聞く耳を持たず、金儲け至上主義で、このイベントを3年間も強行している。大垣市商店街連合会と大垣市は、子供達に対して安全配慮義務違反である。怪我人、死亡者が出たら、大垣市長の責任問題である。これの罰則法律が曖昧なので、大垣市は大手を振って安全配慮義務違反を実行している。

 2017年11月4日のドローン違法飛行で墜落事故を起こした件でも、大垣市(観光協会)は責任を認めようとしない。すべて業者がやったこと、と突き放しているようだ。ドローン製造会社の社長が警察から事情聴取を受けているが、もっと罪が重い大垣市担当者の取り調べがないのが不合理である。誰がドローンで上空から菓子をばらまく(違法行為)ように業務指示をしたのか。だれがコスト至上主義で、安全無視の格安業者を選定したのか。業者が、菓子投下を自主的にやるわけがない。全て大垣市の売名行為での業務命令があっての事故である。死亡事故にならなかったのが不幸中の幸いである。大垣市の人命軽視のイベントでは、これは氷山の一角である。

 

大垣市長には危機管理という観念がない

大垣市長には「市民の命を保全」という意識が無い。

 この種のイベントで、事前にその安全性をチェックする部署が大垣市には存在しない。その部署がないので、訴えてもたらい回しである。事故が発生しても責任を取る部署がないので、市の職員は安泰である? 担当者は、商店街の事務局か、市長が責任をとればよいと考えている。市のお役人は、自分に火の粉が降りかからなければ、人のことなど知ったことではないのだ。

 ヒラメの教育担当責任者は、己の保身とゴマすりで上を見るのに忙しく、子供の命など見る暇はない。大垣駅前通り周辺の住民の自治会長は、見て見ぬふり。噂によると、大垣市商店街連合会に丸め込まれているという話も漏れ聞く。子供の安全に責任あるはずの自治体連合会も黙っている。3年間もこの危険なイベントが継続されても、校長先生の会合で、話題にも上らないようだ。子供達を思う良識ある大垣の大人は消滅したのか。情けない思いである。教育の町大垣は今いずこ?

 

大垣市では、市民の安全が火葬場の下?

 本来、大垣市が安全責任を負うべき部署は、組織上で火葬場管理の下に置かれている。危険を予知してそれの管理を総合的に監査する部署は、組織の上位にあるべきだ。それ以前に、大垣市にはその「危機管理室」はない。刈谷市の組織図では、上から3番目に「生活安全部」がありその下に危機管理室がある。大垣市は市民の安全管理部署が火葬場管理部署の下にあるから、事故が起きたら、葬儀は迅速に執り行いますとのブラックユーモアである。

 なぜ、大垣市の組織では、市民全体の命と安全を取り仕切る「生活安全部」がなく、日常生活を見る「生活環境部」しかなく、その部署の位置付けが、かがやきライフ推進部、上石津や墨俣の一地区管理部署の下なのか。思考回路の論理構成が落第である。何が重要かの優先順位がわかっていないのだ。

 テクニカルライティングでは、物事の記述を重要な事項から順に書くことが大原則である。それは物事の思考全てに当てはまり、組織図の構成を考える場合でも同じである。今回の選挙でも、野党はモリカケ問題ばかり追求して、もっと重要で国の存亡に係わる北朝鮮ミサイル問題を放置したから野党が大敗したのだ。国民はバカではない。良識ある大垣市民は、市長の貧弱な思考回路を憂い、小川市長に大垣市民の命は預けられないと感じている。

 

図1 フットサルの柵 柵の支えが躓きの危険性

図2 フットサルの柵 安全カバーのない危険性 

図3 フットサルの柵 女子の足が露失。危険

図4 バスケットボールの状況 コンクリート路上危険

図5 バスケットボールの足元の中央分離帯ブロック 危険

図6 大垣市組織 火葬場の下に生活環境部。安全部はない。

図7 刈谷市組織 上位3番目に生活安全部(危機管理室)

 

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2017年11月10日 (金)

第37回 霊山顕彰会研修旅行

 2017年11月10日、7時前出発、20時帰宅で、第37回霊山顕彰会岐阜県支部の研修旅行として、東福寺と旧三井家下賀鴨別邸、京都霊山墓地、霊山歴史館を訪れるバスツアーに行ってきた。今年、私が公益財団法人霊山顕彰会岐阜県支部に入会して、初めての研修旅行であった。

 京都霊山墓地は明治元年(1968)5月8日、太政官布告により、7招魂社(京都、山口藩、水戸藩、鳥取藩、福岡藩、熊本藩、高知藩)が建立された。そこに明治維新に命を捧げた志士368柱(3116柱合祀)が祭られている。

 京都へのバスの途上で、横幕孜先生から、京都霊山墓地の経緯等の歴史の講義を受け、基礎知識を受けたうえで参列した。この霊場には、岐阜県招魂場とて梁川星厳と所郁太郎の碑が建てられている。今回は碑の碑前祭を中心に報告する。

 

岐阜県招魂場で慰霊祭

 京都霊山墓地では、梁川星厳と所郁太郎が祭られた岐阜県招魂場で厳かに慰霊祭が執り行われ、霊山顕彰会岐阜県支部の44名が参列した。慰霊祭の前に慰霊碑を掃除をして、お花、お水を手向けて、住職による読経、梁川星厳作の詩吟を大垣詩吟の会の皆さんが慰霊として吟じた。その後皆さんが新しい日本のために命を捧げた偉人に合掌した。私は初めて参列して感銘を受けた。

 この周りの土地全ては、以前は白居家の神道のお墓であったがそれが全て維新の志士のための墓地として提供されたという。岐阜県招魂場には、梁川星厳に縁ある人達のお墓が取り囲んでいた。

 

梁川星厳

 梁川星巌(1789年~1858年)は、美濃国安八郡曽根村の郷士の子に生まれ、文化5年(1808年)に山本北山の弟子となり、同3年(1820年)に女流漢詩人・紅蘭と結婚した。紅蘭は江馬細香の妹である。星巌は紅蘭とともに全国を周遊し、江戸に戻ると玉池吟社を結成した。

 梁川星巌は、梅田雲浜・頼三樹三郎・吉田松陰・橋本左内らと交流があったため、安政の大獄の捕縛対象者となったが、その直前(大量逮捕開始の3日前)にコレラにより死亡した。星巖の死に様は、詩人であることにちなんで、「死に(詩に)上手」と評された。妻・紅蘭は捕らえられて尋問を受けるが、翌安政6年(1859年)に釈放された。

 東京の松陰神社内の吉田松陰墓所の右側2つ目が幕末に思想家頼山陽の三男・頼三樹三郎の墓である。頼三樹三郎は安政6年(1859)に、安政の大獄に連座して、刑死した幕末の志士である。頼三樹三郎は、梁川星巌がコレラに罹り死亡する時、側にいて看取った縁がある。梁川星巌は、江戸時代後期、学問の大垣といわれた時の漢詩人で、現在の大垣の代表的文人である。梁川星巌の妻は江場細香の妹である。江場細香は、頼山陽の永遠の恋人であった。

 梁川星巌の資料や経歴の書画は、「奥の細道むすびの地記念館」(大垣市船町)に展示されている。

 

大垣の偉人 金森吉次郎

 京都霊山墓地は、明治100年を経て荒れ果てていたが、松下幸之助翁が尽力をされ、整備をされた。同時に明治維新の志士の業績をたたえる為、霊山歴史館を建てられた。日本の未来を懸念され、過去の偉業に光を当てた松下さんは偉い。

 それよりも、今回初めて知ったのが大垣の偉人である。松下幸之助さんが大金を投じて整備された時よりも、50年も前の明治41年9月に、大垣の金森吉次郎が、京都霊山招魂社社表を寄贈し、社前四辻角に大道標建立を願い、大森府知事に設計を依頼、極上長崗岩、尺角高六尺二重台、表面に「霊山招魂社道」。「風致と維持資金のため、扁柏(桧)千本・杉500本寄付」との記事が『大垣青年会誌』に記載されていることだ。

 

金森吉次郎

 元治元年(1864年)~昭和5年(1930年)、大垣輪中(現:大垣市魚屋町)に生まれる。父の金四郎は篤志家として外国貿易や製糸業を手がけた大垣屈指の資産家である。明治21年、25歳の時、大垣輪中が揖斐川の洪水で一面湖となった時に、人々の推挙により救済委員となり、治水事業に関わり始める。その後、県会議員、衆議院議員などを歴任した。「治水のもとは治山である」が持論で、水害の根本解消のため、木曽三川改修の実現を生涯の目標として、父から譲り受けた全財産と一生を治水と山林事業に使い尽す。また、治水の先人である平田靱負ら薩摩義士の事績を掘り起こし、記念碑を建てるなど、薩摩義士の顕彰にも貢献した。現在、大垣城の前に顕彰の銅像が立っている。

 今日まで、こんな偉人が大垣にいたことを私は知らなかったのが恥ずかしい。今回の旅行で、横幕先生のバス内講義で初めて知った次第です。今回は良きご縁の出会いであった。また戸田極子伯爵夫人のご縁も、今回の京都霊山墓地で見つけた。これは次回の報告です。

 

図1 京都霊山護国神社

図2 京都霊山墓地

図3 岐阜県招魂場

図4 岐阜県招魂場 読経

図5 岐阜県招魂場 読経

図6 岐阜県招魂場 慰霊の詩吟

図7 霊山歴史館

 

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2017年11月 9日 (木)

正しく見ていますか? 見えていますか?

 2017年11月9日~14日、大佛師松本明慶仏像彫刻展が、東武百貨店池袋店で開催されている。私は、本日東京に出かけた。会場には560点(公式には540点)の仏像彫刻作品が展示された。通常のこの種の彫刻展では300点ほど展示であるが、今回は非常に数が多かったので、見回るに大変であった。その詳細は、後日報告します。

 東京に向かう新幹線の中で、珍しく進行方向左側の席になり、天候が良かったので「左手に富士山が良く見えます」との車内アナウンスで、思わずお上りさんの如く、カメラを向けて写真を撮ってしまった。そこで新しい発見があった。

 

現代の歪んだ風景

 シャッター速度2000~250分の一で写った写真を見て考えてしまった。遠くの富士山は美しく写っているが、手前の電柱や建物が傾斜して歪んで写っている。これは電子シャッター特有の現象であるが、これで現代の歪んだ世相に考えが及んでしまった。

 現代のマスコミ上では、フェイクニュースや偏向記事が氾濫している。真実の姿が、誇張されて、故意に事実が歪められ、我々に伝えられている。それは属してる社会、会社、時代、組織が超スピードで走っているため、誰かの利益のため、歪んで我々に真実の姿が伝えられ、我々の目には歪んで映されているためである。その事実が歪んでいることに多くに人は気が付いていない。多くの人は洗脳教育の如く、それが真実だと思いこまされてしまっている。

 遠くのもの(古典、経典、故事、偉人の真言)は、時代が変わっても風雪に耐えた事実であるので、歪まずに我々に正しく伝わってくる。我々は、素直な目で近直のものを見ないと、道を誤る。それを、今日の富士山の写真を見て感じた。富士山は千年の時代を通して美しい姿を我々の目に写してくれる。大佛師松本明慶仏像彫刻展に出向くので、そのご褒美で仏様が与えてくれたご縁であったようだ。

 

図1~3 歪んだ鉄塔、電柱、建物

   遠くの富士山は美しくそびえている。

 

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2017-11-09

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2017年11月 8日 (水)

予告 New Year Concert

現在、計画中の演奏会の内容が固まりましたので、お知らせします。

2018年1月13日(土)15時より「New Year Concert ドレスデンフィルハーモニー弦楽三重奏団を迎えて」を開催します。

 

出演:ドレスデンフィルハーモニー弦楽三重奏団

    バイオリン:ハイケ・ヤニッケ

    ビオラ:アンドレアス・クールマン

    チェロ:ウルフ・プレッレ

    ピアノ:河村義子

入場料:3,000円

会場:クインテッサホテル大垣(旧ロワジールホテル大垣)3階

  コンサート終了後、出演者を囲んでパーティ:参加費 3,900円

 

プログラム(予定)

 フチーク:剣士の入場(雷鳴と稲妻)

 ガルデル:我が懐かしのブエノスアイレス

 ジョップリン:メイプルリーフラグ,ラグタイムダンス,エンターテイナー

 J.シュトラウス2世:こうもり より ティクタクポルカ

 ジョップリン:ベセナ 

 J.シュトラウス2世:皇帝円舞曲, 美しく青きドナウ

 シューマン:ピアノ四重奏曲 変ホ長調 作品47  他

 

プロフィール

 ドレスデンフィルハーモニー弦楽三重奏団は、1996年結成の国際的なオーケストラです。その卓越した演奏により、国際的文化都市としても知られるドレスデンの大使としての役割を果たしている。ベルリンなどドイツ国内だけでなくニューヨーク、ロンドン、ブエノスアイレス、南アフリカや日本など世界各地の都市で演奏活動を行っている。オラフ ベール ペーター ルーゼル、ゲーデ三重奏団、バーバラ ストイデなど、多くの室内楽奏者たちと共演活動も精力的である。最近では2011年、南アフリカのケープタウンにおけるケープクラシック音楽祭に招かれた。本楽団は、伝統的ザクセン派の弦楽音楽を重んじながら、新しい解釈を加え、室内楽奏団としても、独奏者としての立場もみごとに融合した演奏を完成している。

 

終了後の懇親会

 演奏会終了後、すぐ隣の会場で立食パーティを開催します。演奏者と楽しく会話ができると思います。ご期待ください。

 

ドレスデン情報

 ドレスデンは、ドイツ連邦共和国ザクセン州のエルベ川の谷間に位置している州都である。人口は約51万人(2008年)である。陶磁器の町として有名なマイセンまで約25kmで、エルベ川を通じて交流があった。

 ドレスデンの音楽はザクセン侯宮廷の雰囲気を反映して、古くからイタリアの影響を受けている。シャイト・シュッツらはルター派典礼音楽にイタリア音楽の傾向を付け加えた。ミヒャエル・プレトリウスもしばらくドレスデンで活動した。ドレスデンは17世紀ドイツにおける音楽の中心地のひとつであった。モーツァルトもまたドレスデンで作品の初演を行っている。

 街の雰囲気はやや古典的で、狭い路地が続く町並みには、中世的な雰囲気が漂い、レストランやバーが無数に存在し、週末は地元人達で賑わっている。美術・芸術家などの個展や、演奏会・音楽サロンが街のあちこちで毎週のように開かれ、地元人も芸術に関心が深く、文化・芸術が生活と密接に関わっている。

 森鴎外は、1884年から約4年間のドイツ留学をした。彼は1885年10月11日から翌1886年の3月初旬まで、約5ヶ月間ドレスデンに滞在していたことがある。小説『文づかひ』はドレスデンを舞台にした作品である。

 ゲーテは、ドレスデンがお気に入りであり、何度もこの地を訪れている。彼はエルベ川からみて旧市街地側の川に沿って続く小高い歩道を好んで散歩した。それは森鴎外が滞在するおよそ100年前のことであった。

 

2017-11-08

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大垣城の歴史とトイレ不敬

大垣城の経歴

 大垣城は天文4年(1535)、宮川安定が築城したと言われる。大垣市内を流れる水門川を外堀に利用して築城され、天然の水門川を掘りの一部として使って、四層四階建ての総塗りごめ様式である。現在では想像がつかないほどの四層の掘りがめぐらされた広大な難関不落の城で、大層優美な巨鹿城、麋城と言われた名城である。関ヶ原の戦いの時は、西軍の石田三成が本拠地とした。

 

関ヶ原の戦い

 関ヶ原の戦いに伴って発生した攻城戦の一つが大垣城の戦いである。9月14日から9月23日まで続いた戦いで、実質的にこれが天下分け目の戦いという史家もいる。この戦いは、西軍が本拠地としていた大垣城を主力が関ヶ原へ移動した後に、東軍の部隊が攻撃したことで発生した。大垣城に駐留していた西軍は9月14日夜、大垣城に守備兵として福原長堯以下7,500名を配置して主力を関ヶ原へ移動した。守備に携わる武将の中に山田去暦がおり、その娘おあんが残した「おあむ物語」がこの戦いの城内記録として残っている。

 9月15日払暁に東軍が三の丸に攻撃を開始した。三の丸はその日のうちに陥落したと思われる。また、関ヶ原の戦いもこの日で決着がついたので、大垣城は敵地に取り残されることとなる。9月16日夜に場内の主要戦力が東軍に寝返り、9月18日に守将達を謀殺し、残存の武将福原長尭のみとなった。福原長尭は二の丸が陥落した後も抗戦を続けたが、徳川家康の使者の説得により9月23日に松平康長に降伏を申し入れ、開城した。福原長尭は剃髪後に伊勢浅熊山にこもるが許されず後に切腹した。

 

関ヶ原の戦い後

 関ヶ原の戦いの後、寛永12年(1635)に戸田氏鉄公が入城して、戸田十万石の居城となった。以後明治維新まで戸田公の治世が続いた。戸田公は名君として、教育や藩の産業の育成に務め、大垣の発展に寄与した恩人である。その功で、大垣は教育の街、博士の街とまで謳われる名声を得た。その文化の発展ぶりは、江戸末期に江馬蘭斎が導入した西洋医学が、京都よりも早く西濃地区の展開されたことで示される。大垣城は昭和11年に国宝に指定されたが、昭和20年7月29日の米軍B29大編隊の大垣大空襲で焼失した。昭和34年に外観はそのままでコンクリート製に再建され、今は大垣のシンボルとして観光名所の第一の拠点となっている。

 

大垣城の敷地内のトイレ

 その観光名所の看板である大垣城の敷地内にあるトイレが汚く、大垣城の経歴からみて恥ずかしいのだ。大垣の恥である。大垣城は大垣藩主戸田公の居城である。大垣の発展に貢献されたその遺徳、ご恩ある居城である。トイレのひどさは、その戸田公の顔に泥を塗るようなものだ。

 大垣城の敷地内のトイレ外観は、一見、お城の一部のようで素晴らしい。しかし内部は不潔な状態である。サビさびのトイレドア、蛍光灯むき出しの下品さ、配線むき出しの無様さ、天井の蜘蛛の巣、表壁の見苦しいセロテープの跡、錆さびのトイレの男女標識、のっぺらぼうの幽霊のような下品なデザインの男女標識等は、観光都市大垣の恥さらしである。いかにご先祖を大事にしていないかの表れである。大垣市長が鶴の一声で、直せば済む話である。それが無い。

 大垣市の職員が「大垣市の公衆トイレの汚さは日本一」というのが実感できる。

 

ご先祖に不敬

 今の大垣市長は、まるで養子に入ったドラ息子が、ご恩ある先祖の廟を埃だらけにして、祭りごとを疎かにして、先祖が残した金で、豪邸としての新市庁舎を建てるようなものだ。だから戸田公を祭る神事で、居眠りをしているかに見える振舞いをするのだ。一市民としての私の思いは、戸田公の居城であった大垣城のトイレとして、豪華でなくてよいから、他市の人に恥ずかしくないレベルの普通の状態にして欲しいだけである。平成21年完成予定の大垣新市庁舎建設費用121億円のわずか1万分の一のお金を掛ければ、このトイレは並みの状態になるのだが、節約がモットーで、ケチな大垣市長は、びた一文金を出さない。その結果が現在の恥さらしな姿である。ご先祖の戸田公に不敬である。私はご先祖を敬わない人間を信用しない。いずれバチが当たるでしょう。

 

図1、2 大垣城

図3 トイレ外観

図4 セロテープ跡が見苦しい白壁

図5 錆びだらけで見苦しいトイレドア

図6、7 錆びだらけの不潔な男女標識

     のっぺらぼうの顔が、幽霊の様で不気味

図8,9 配線むき出しの蛍光灯

図10 蜘蛛の巣だらけの天井

図11 新市庁舎の姿  工事中の市庁舎の前に掲示

    大垣城敷地内トイレとの美観の対比が凄まじい。

    もののあわれである。

 

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2017-11-08

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2017年11月 7日 (火)

元気ハツラツ市で子供達の命が危ない

コンクリート道路上での球技の危険性

 元気ハツラツ市では、歩行者天国になった大通りの南側で、フットサルやバスケットボールの場が設定され、子供たちが遊び狂っている。しかし、その足元はコンクリート道路なのだ。転んでの怪我や、打ちどころが悪くて後遺症が残る大怪我をする恐れもある。子供たちがフットサルやバスケットボールで興じても、大垣駅前商店街の売上には何の貢献もしない。それでもこのイベントは元気ハツラツ市のにぎやかしで3年ほど前から続いている。フットサルやバスケットボールが学校等の土のグランド上でされるなら、何の問題もない。なにを血迷って、また何が不満でコンクリート道路上で子供達の球技スポーツ遊びをさせ、それを黙認するのか。黙認は教師として狂気の沙汰である。大垣市の学校のグランドでは、この種のスポーツが禁止されているのか。

 

水の事故の恐れ

 夏の元気ハツラツ市では、駅前大通りの道路上に小さいプールを設営して、小さい子供たちを水遊びさせている。それを見守る責任は親任せである。親が少し目を離して買い物に行っている隙に、子供が水の事故を起こしたら、誰が責任を取るのか。いくら浅いプールとは言え、小さい子の事故は何があるか予測不能である。自宅のお風呂でも子供が溺れる事故さえ起きている。市の担当者は誰も監視をしていない。市の職員にとって市民の安全など知ったことではないのだ。全て業者任せで、それも数少ない業者がたまにしか見ていない。

 

危険性の訴えに事務局も大垣市役所も門前払い

 多くの人がその危険性を訴えるが、金儲け至上主義の元気ハツラツ市の事務局と大垣市の担当者は、聞く耳を持たない。大垣市長は、何も言わない。安全に対する見回りや管理は、全て業者任せである。その業者も人数が少ないので、常に子供たちを見ているわけではない。大垣市担当者は誰もチェックをしない。なにせそんな部署が存在しない。だから誰も責任を取らなくても済む体制である。それで市民の安全と命が守れるのか。そこに、大垣市長の市民の命を軽視した姿勢が垣間見える。その結果が、11月4日のドローン墜落事故である。決して偶然の事故ではない。大垣市長の不徳の致すところと私は思う。神様仏様はよく見ている。取り返しのつかない事故の前に、警告として小さな事故で、その間違いを教えてくれる。その科学的統計的な教えが、ハインリッヒの法則である。それを謙虚に聞くか、前の十万石まつりでの神事でのように居眠りするふりをして聞き逃すかの問題である。瞑想をしていると言い訳をする場合ではない。神事では真剣に神様に扮した舞人の神事を見守るのが市長の勤めである。教育の現場でも、教師が子供たちの学ぶ姿を黙って見守ってあげるのが、一番効果の高い教育であると同じである。

 

小学校校長と教育の長の無責任

 もっと狂気なのは、その危険性を黙認している大垣市のヒラメの教育担当の責任者である。元気ハツラツ市のこのイベントを知らないはずがない。見て見ぬふりをしている小学校の校長や先生達は、何をしているのか。事故が起きてからでは遅いのだ。打ちどころが悪くて後遺症が残ったら、誰が責任を取るのか。なにせ大垣市長は市民の命のことよりも、新市庁舎建設のことで、頭が一杯なのだ。それはドローン墜落事故で証明された。十万石まつりで朝10時の神事でも居眠りのような姿を見せるほどお疲れなのだ。体力の限界なら引退すべきだ。それを補佐する担当者が、責任をもって見守らないと未来を背負う子供の命は守れない。今は、昔の森市長の時代のような良き補佐役がいないのだ。

 大垣市は商店街の金儲けのために、子供をダシにして、元気ハツラツ市で客寄せをしている。子供達の命を危険に晒しての金儲けである。大垣市行政がその先棒を担いでいる。大垣市は、現在、金儲け主義の死神に取りつかれている。私は毎朝の散歩の道中にある大垣八幡宮と常盤神社・円通寺の戸田公の霊前で、大垣の安全を祈っている。

 

図1 元気ハツラツ市 フットサル 2017年10月1日

図2 元気ハツラツ市 バスケットボール 2017年10月1日

図3 元気ハツラツ市 水遊び場 市職員不在 2017年9月3日

図4 水遊び場 回りに買い物客はいない。2017年9月3日

    この場の状況で、水遊び場に違和感を感じないのか。

    誰がこの費用を負担するのか。市民の税金である。

 

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2017-11-07

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